そこは、不思議な空間だった。
ガミオの一件で助けられた礼を言おうと七瀬家を訪れてみれば、そこは七瀬家とは似ても似つかぬ喫茶店だった。ジュンイチ達が別の世界から来たということを思い出し、「もう次の世界に旅立ってしまったのか」と考えていたノーヴェやスバル達だったが、そんな彼女達を突然“黒いオーロラ”が包み込んだのだ。
そして放り込まれたのが、様々な景色が万華鏡のように映り込んでいるこの空間だった。何が起きたのかと警戒を強めるノーヴェ達だったが、
「フフフ……来たわね……♪」
そう告げて、それはノーヴェ達の前に飛来した。
胴体全体がほぼ顔、という奇妙ないでたちのコウモリ(?)である。
見たこともないその姿、さらに人語を解するそのコウモリに対し、ノーヴェ達は思わず顔を見合わせ――
「きゅくっ」
かぷっ。
「痛ァ――――――ッ!?」
とりあえずフリードがかみついた。
「痛っ!? 痛っ!? 何よ、この子!?」
「こ、こら、フリード、ダメ!」
痛がるコウモリの声に、キャロはあわててフリードを引きはがした。かまれた尻(首?)を器用に翼を使ってさすると、コウモリはノーヴェ達に向けて口を尖らせた。
「何よ何よ。
あんた達が“ディケイド”を探してるみたいだから、力を貸してあげようと思ったのに」
「えぇっ!?
ジュンイチがどこにいるか知ってるの!?」
「もちろん」
驚き、声を上げるスバルに対し、コウモリは自信タップリにうなずいてみせる。
「この先にまっすぐ行けば、“ディケイド”のいるところに行けるわよ」
「ホント!?
よし、行こう、ノーヴェ! ジュンイチにお礼を言わなくちゃ!」
「お、おい!
お前、こんなヤツの言うことをそんな簡単にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
ノーヴェの反論は途中から悲鳴に化けた。不意討ち気味にスバルに手を引かれ、二人はコウモリの指し示した方向へと猛スピードで走り去っていく。
「大丈夫。
ちゃんと“ディケイド”のところに行けるから」
「…………とりあえず、信用はしとくわよ。
どっちみち、あのバカを追いかけなくちゃならなくなったワケだし」
改めて念を押すコウモリの言葉に、ティアナは一瞬だけうさんくさげな視線を向け、エリオ達と共にスバルを追って走り出し――
「――目の前に出られるとは、限らないけどね♪」
「え――――――?」
コウモリの付け加えた一言に振り向き――ティアナの視界が光に包まれた。
「ここは……?」
気がつくと、全員が例の空間を抜け出し、落ち着いた内装の広間にいた。突然の変化に戸惑い、ギンガは思わず疑問の声を上げる。
「ここに、ジュンイチさんがいるのかな……?」
「なのかな……?」
しかし、そこにジュンイチの姿はない。首をかしげるキャロにエリオが周囲を見回しながら同意して――と、そこにこの建物を使っているのであろう一団が姿を見せた。
ただ、その一団はどう見ても“普通”ではなくて――
「か、怪人と、人が……」
「一緒に、出てきやがった……!?」
そう。現れたのはグロンギとは明らかに趣の異なる怪人達と、人間のメイドや執事、すなわち使用人達――その光景に、スバルとノーヴェは思わず顔を見合わせた。
◇
「やっぱり、な……」
ふすまの絵柄が変わると同時、またしても外の風景が変化する――居間の縁側から見渡せる範囲内だけではあったが、そのことを確かめたジュンイチは満足げにうなずいた。
建物の建築様式、その年代が一気に後退した――ついさっきまで近代的なそれだった周囲の建物が昔のアジア風のそれになっている。
「もう次の世界に着いたんですか?」
「外、行ってみよか?」
つぶやく八重に多汰美が答え、彼女達がパタパタと外に出て行く――その後に続き、ジュンイチも外を見に行こうときびすを返し――
「………………ん?」
ふと、傍らに投げ出されたチラシに気づいた。
第4話
「苦悩姫君」
七瀬家を出たところで、前の世界でそうだったようにジュンイチの服装が変化した――軽装ながらも丈夫そうな鎧をまとった姿に変化
し、腰には新たに一振り、刀が帯に差されている。
「…………旅の武芸者、ってところか……」
背中に荷物をまとめた包みを背負っていることからそう判断しながら、ジュンイチは八重達と合流した。そんなジュンイチの姿に最初に気づいたのは多汰美で――
「何やの? ジュンイチくん。
その落ち武者みたいなカッコ」
「すでに負けてんのかオレわっ!?」
のっけからボケもツッコミも冴え渡る二人であった。
と――
「そんなことより……ジュンイチくん、アレ……」
「『そんなこと』とかゆーな!……って……」
口をはさんできた真紀子に言い返すが――ジュンイチもまた彼女の見ているものを前に動きを止めた。
竜だ――ただし、ただの竜ではない。
西洋の城のような建物から四肢が、頭が、翼が生えているのだ。それが街の中央の宮殿のような建物の上でグーグーといびきをかいて眠りこけている。
下の宮殿は中華風の様式か――竜のことを無視したとしても、中華風の宮殿上に洋風の城が重なっている光景はなかなかにミスマッチだ。
「飾り……じゃないわよね? いびきかいてるし……
あのお城の中で寝てるっての?」
ともかく、今一同の注意をもっとも引いているのはあの竜だ。首をかしげてにわがつぶやくと、
「…………キャッスル……ドラン……!」
ジュンイチはその名を知っていた。つぶやき、眠っているキャッスルドランを静かに見つめ、考えをめぐらせる。
(ってことは……この世界の仮面ライダーはキバか……
となると、もひとつの“物語”の世界は……?)
今のところヒントになるのはふすまに描かれたこの世界の光景を描いた絵。そこに描かれていた“魏”“呉”“蜀”の旗印のみだ。そこから『三国志』のからんだ物語の世界であることはわかるのだが――ジュンイチがそんなことを考えていると、
「おやおやおや〜?」
傍らで声が上がる――見れば、白い服の男がどこか道化のような仕草で七瀬家を見上げていた。
「どうかしましたか?」
「ここ……茶店ではありませんでしたか?」
尋ねる八重に、白い服の男が答える――前の世界でスバル達が同じようにして七瀬家にやってきたことを考えると、元々喫茶店だった場所に七瀬家は転送されてきているようだ。
ただの一軒家でしかない七瀬家にしてみればいい迷惑というものだが、人の集まる喫茶店に成り代わるのは情報収集の面から考えると悪い話ではない。
そう考え、ジュンイチは男を七瀬家に招こうと口を開き――
「コーヒーくらいならお出しできますよ?」
「そうですか?
じゃあ、お願いしましょうかねぇ♪」
そんなジュンイチよりも八重が動いた。上機嫌で七瀬家へと向かう男を見送り、ジュンイチは八重に尋ねた。
「…………なぜに誘った?」
「だって、せっかく来てくださったんですから、ここで肩すかしなんてかわいそうじゃないですか」
「………………」
打算のあった自分と違い、男を無条件に信用しての提案らしい――よく言えば人の良い、悪く言えば無警戒と言える八重の答えに、ジュンイチはため息まじりに真紀子に告げた。
「……元の世界に帰ったらセ○ム入っとけ」
「了解」
「ここで待っていてくださいね」
「はぁ〜い♪」
何が楽しいのか、糸矢と名乗ったその男はまるでダンスのステップのような足運びでついてきた。八重によって居間に通され、糸矢は上機嫌で彼女に答える。
「さて、と……それじゃあ……」
「あぁ、手伝うよ」
今のところ、糸矢から悪意めいたものか感じられない。放っておいても問題はなかろうと判断し、ジュンイチは八重に続いて台所へ。それを見送った糸矢はふすまに描かれたキャッスルドランの絵に気づいた。
「へぇ……なかなかオシャレなふすまじゃない。
じゃあ、ボクもこれに相応しい姿に“着替え”ようかな?」
「え………………?」
いきなり「着替え」などと言い出した糸矢の言葉ににわが声を上げ――そんな彼女達の目の前で、糸矢の姿が変化した。
そして姿を現したのはクモ系の怪人だ。まるでステンドグラスのようにきらびやかな体色が、クモ素体であることも重なってそうとうに毒々しい印象を与えてくる。
「やっぱり、この格好の方がこの絵には似合いますよね♪
あなた達もそう思いませんか?」
言って、怪人――スパイダーファンガイアとなった糸矢はにわ達へと振り向いて――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「ぶべっ!?」
いきなり怪人へと変身され、驚いたにわの平手がスパイダーファンガイアの顔面を思い切り張り飛ばし、
「わぁぁぁぁぁっ!?」
「ぶぎゅっ!?」
反対側の頬を、今度は真紀子がグーで張り倒し、
「怪人退散――っ!」
「に゛ゃあっ!?」
あわてて傍らに置いてあったほうきを手にした多汰美が、スパイダーファンガイアの顔面にそれを叩きつけた。
「みなさん!?」
「どうしたの!?」
「八重ちゃん、おばさん!
怪人です、怪人! ジュンイチくん呼んで!」
その騒ぎを聞きつけ、やってきた八重や幸江に真紀子が答えると、スパイダーファンガイアは彼女らの包囲網から逃げ出し、
「何ナニ!? 何なの!?
ファンガイアだからって、差別する気!?」
「あのねぇ、差別も何も――」
どういうワケか、怪人へと変身したスパイダーファンガイアの方が逃げ腰だ。そんな彼に対し、にわは言い放ちながらさらに一撃をお見舞いしようと進み出て――
「待てい」
「ぅわっ!?」
それを止めたのはジュンイチだった。彼が目の前に差し出した回覧板に驚き、にわはジュンイチをにらみつけるが、
「………………え?」
回覧板に留められた書面に気づいた八重が声を上げた。何事かとにわも書面に視線を戻し――
「……『人間とファンガイア、交流の集い』……?」
表題を読み上げ、にわは思わず首をかしげる――書面に印刷された写真にも、人間の子供と怪人、すなわちファンガイアが仲良くしている姿が描かれている。
「人間とファンガイアは仲良くしなきゃいけないんだぞ!
お前達のこと、親衛隊に言いつけてやる!」
困惑する八重達に言い放ち、スパイダーファンガイアはきびすを返し――
「ハーイ、ちょっちストップ」
そんなスパイダーファンガイアの肩を、ジュンイチはガッシリと捕まえた。
「何?
キミもファンガイアだからっていじめる気?」
「いやいやいやいや。そんなつもりはさらさらないさ。
さっきの一件は、そっちがファンガイアだからって悪人と決めつけた真紀子達が悪い」
「だよね!? だよね!?」
ジュンイチのその言葉に、味方を見つけたスパイダーファンガイアが喜びの声を上げるが――
「でも」
そう付け加え――ジュンイチはスパイダーファンガイアを無造作に投げ飛ばした。きれいな放物線を描きつつ庭先に放り出され、スパイダーファンガイアは顔面から地面に突っ込んだ。
「い、一体何を――」
「正座」
「………………はい」
顔を上げるスパイダーファンガイアに対し、ジュンイチは足元を指さして告げた。プレッシャーに圧されたスパイダーファンガイアがその場に正座するのを確認し、再び口を開く。
「確認する。
お前、オレが放り出すまでどこにいた?」
「…………そこの、居間です」
「そうだ。
で――にわ達に殴られる前に、お前は何をした?」
「ファンガイア態に、変身しました……」
「そうだ」
スパイダーファンガイアの答えに、ジュンイチはうなずき、続けた。
「お前らファンガイアにとっちゃ、変身なんか簡単なもの……それこそお着替え感覚なんだろうな……
けどな……」
と、そこで言葉を切ると、ジュンイチは深々と息をつき――
「初めて訪れる人様んちの居間で……断りもなくいきなり着替えを始めるバカがどこにいやがるかぁっ!」
「怒るポイントそこぉっ!?――って、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
30分後――
ジュンイチはお腹がすいたので殴るのをやめた。
◇
「……ホントに人間とファンガイアが共存してるんだな……」
あの後、スパイダーファイガイアは丁重に“おもてなし”し、情報の真偽を確かめるべく街へ――八重と二人で
大通りを歩きながら、ジュンイチは周囲を見渡してそうつぶやいた。
三国志の物語がからんでいる以上、文明もそれほど発達していないかもしれない。そう考えてディケイダーは使わず、徒歩で街に出たのだが――その心配は今のところ杞憂だった。
というのも――
「昔の中国風の街並みだから、てっきり文明も同程度かと思ったら……」
「使われてるもの……けっこう、私達の世界と変わらないですよね……?」
そう。少なくも技術レベルはジュンイチや八重達の故郷の世界とほぼ同等の水準にあった。ただ、デザインのセンスが中華寄りなだけだ。
車は普通に走っているし、コンビニだってある。茶店に入ればエスプレッソマシンが置いてあった――文化と技術の時代水準が違いすぎて、先ほどのキャッスルドランのように見た目的にはミスマッチもいいところだが、そこにさえ目をつむれば、元の世界と変わらない暮らしができるレベルである。
「この分じゃ、テレビも映るかもしれないな。
八重ちゃん、一旦戻ろう――ノーヴェ達の時みたいにテレビのニュースを見ていれば、この世界の仮面ライダーについて何かわかるかもしれない」
「そうですね」
ジュンイチの提案に八重がうなずき、二人は七瀬家に戻るべく帰路につく――街の地理を把握するため、行きとは違った道に入るのも忘れない。
幸江以下居残り組の気配はすでにジュンイチがつかんでいる。多少道に迷っても最終的には帰り着けるだろう。そのまま住宅街に入り――
「………………?」
しばらく歩いたところで、そのジュンイチが不意に足を止めた。
「どうかしましたか?」
「いや…………」
八重の問いに、ジュンイチはあいまいな答えを返しながら、道沿いに建つ一軒の廃屋へと視線を向けた。
かなりの資産家か有力者が住んでいたのか、元は豪勢な豪邸だったのだろうが、今ではすっかり荒れ果ててしまっている。
「誰も住んでないみたいですけど……」
「わかってる。
だからこそ気になるんだ」
つぶやく八重に答え、ジュンイチは邸宅の門に向かうと、通用門の扉に手をかけた。
鍵は――かかっていなかった。確信と共に、八重に告げる。
「かすかだけど気配がしたんだ。
たぶん……誰かいる」
◇
「いたか!?」
「ううん。いないよ!」
その頃、キャッスルドランの内部ではちょっとした騒ぎが起きていた――声をかけた狼男、ウルフェン族のガルルの問いに、半魚人、マーマン族のバッシャーが階段の上からそう答える。
「まったく……蓮華様にも困ったものだ」
「あぁ……
即位の話をするたびにこれだ」
傍らの褐色の肌に黒の長髪をなびかせ、メガネをかけた女性のつぶやきにそう答えると、ガルルは振り向き、そこにいた重厚な怪人、フランケン族のドッガに告げた。
「とにかく探すのだ!
思春殿にも連絡を! 新入りの親衛隊員を動かしてもらえ!」
「ん」
◇
「………………ふぅ」
すでに住む者もいなくなって久しく、荒れ果ててしまった室内で、その少女はひとり静かに息をついた。
薄い褐色の肌を貴金属の装飾のきらびやかなチャイナドレスに包み、髪を短く切りそろえたその姿から、彼女が“それなりの”家の出であることを容易にうかがい知ることができるが、その表情はどことなく憂いを含んでいて――
「………………ずいぶんとまぁ、ノスタルジーに浸ってらっしゃいますねー、どこの誰だか知らないけど」
「――――――っ!?
誰だ!?」
声をかけられ、振り向くと、そこには建物の中を興味深げに見回すジュンイチの姿があった。
「貴様、何者だ!?」
「通りすがりの武芸者ですが何か?
あぁ、武装してるのが不安だっつーなら、ほれ」
尋ねる少女にあっさりと答えると、ジュンイチは“紅夜叉丸”とこの世界に来た際の“衣装チェンジ”で与えられた刀を腰の帯から引き抜き、その場に放り出す。
「驚かせて悪かったね。
こんな廃屋に人の気配があったから、どうしたのかと思って見に来たんだけど……声かけなきゃ気づいてくれそうになかったから」
「そ、そうか……すまない」
ジュンイチの言葉に少女が納得すると、
「あ、あのぉ……」
そんなジュンイチの背後から顔を出し、八重が声をかけてきた。
「この家の方……ですか?」
「…………この家の者“だった”だな」
尋ねる八重に、少女は息をついてそう答えた。
「この家は私の生家でな……住まいを移した後も、こうしてたまに来るんだ」
「なるほどねぇ……
でも、それならもっと、こまめに手入れしておくことをオススメするよ。ほこりまみれじゃないか」
少女の言葉に、今度はジュンイチの納得する番だった。つぶやきながら近くの机の上を軽く払い、舞い上がったほこりに思わず顔をしかめ――
「キャアァァァァァッ!」
突然、家の外から悲鳴が響いた。
「――――――っ!
八重ちゃん、ここにいろ!」
「ジュンイチさん!?」
その悲鳴を聞いてからのジュンイチの反応は速かった。八重が止めるのも間に合わず、ジュンイチは部屋を飛び出していき――
「忘れ物忘れ物……」
先ほど床に放り出した刀と“紅夜叉丸”を取りに戻ってきた。
◇
「ハァッ…………ハァッ………………ッ!」
息を切らせ、その女性は逃げていた。
旗のような装飾を身体に施した、ライオン種のファンガイアから。
「もう逃げられんぞ……!」
「ひ………………っ!」
しかし、その逃走劇にも限界が訪れた。ライオンファンガイアによって袋小路に追い詰められ、女性は壁に背中を預けて息を呑む。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
そして、ライオンファンガイアがその手の爪を振り下ろし――
「はい、そこまで♪」
あっさりとそう告げて、ジュンイチがその一撃を受け止めていた。
「いきなり『死ね』たぁ穏やかじゃないね。
ファンガイアと人間は仲良く、じゃなかったのか? 何いきなり人間襲ってんのさ?」
「『人間』だと……?
何をバカなことを言っている!」
自分の一撃を軽々と受け止められ、ライオンファンガイアは驚愕しながらもそう言い返す。
「我らは掟を破った――貴様、後ろだ!」
「へ?」
しかし、その間にも事態は動いていた。ライオンファンガイアの声に首をかしげたジュンイチの背後で、女性はヘビ型のファンガイアへと変身を遂げていく!
そして、変身も終わらぬ内から目の前のジュンイチへと襲いかかり――
「後ろの殺気だったらとっくに気づいてるけど?」
「ぶぎゃっ!?」
その鼻っ柱に、ジュンイチが肩越しに繰り出した右の裏拳が叩き込まれていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「あらら、妙に獣じみた殺気だったと思ったら、こっちもファンガイア?」
変身中で骨の繊維の組み換えでもしていたのか、一撃で鼻の骨が砕かれた。顔を押さえてもがくスネークファンガイアに対し、ジュンイチはそう告げながらディケイドライバーを取り出した。
「とりあえず――誰にケンカ売ったか、教えてやるよ」
ファンガイア……である以前に敵とわかれば容赦はしない。言い放ち、ジュンイチはディケイドライバーを腰に装着。変身のカードを取り出し、装填する。
《KAMEN-RIDE!》
「変身っ!」
《“DECADE”!》
装填したカードを読み込み、変身――ディケイドへと姿を変えたジュンイチが、スネークファンガイアに向けて地を蹴り、殴りかかる!
対し、懸命に反撃するスネークファンガイアだったが、ジュンイチはいともたやすく弾き、さばき、反撃を叩き込んでいく。
「さて……さっさと終わらせるか」
それほど慎重に戦うほどの相手でもなさそうだ。今までの攻防でそう判断し、ジュンイチはライドブッカーからファイナルアタックライドのカードを取り出した。
《FINAL-ATACK-RIDE!
“DE《“DE《“DE《“DECADE”!》
迷うことなくカードを装填、読み込ませる――同時、ジュンイチとスネークファンガイアの間に“力”で描き出されたカードが並んだ。ライドブッカーをソードモードに切り替え、ジュンイチはカードの隊列の中を突っ切るようにスネークファンガイアへと突っ込み、
「ディメンション――スラッシュ!」
ライドブッカーを一閃。カードの“力”を取り込んだ刃で、スネークファンガイアをすれ違いざまに叩き斬る!
「き、貴様……一体……!?」
「ディケイド。
仮面ライダー……ディケイドだ」
うめくように尋ねるその問いにジュンイチが答えた、その次の瞬間、スネークファンガイアの身体が爆散した。息をつき、ジュンイチはライドブッカーの刃を収め――
「ディケイドだと!?」
「ん………………?」
突然上がった声――振り向くと、そこには先ほど廃屋で出会った少女が、驚愕の表情でこちらを見つめている。
「お前……さっきの?」
どこか様子のおかしい少女の態度に、ジュンイチは思わず眉をひそめて――と、少女のもとに、胴体全体がほぼ顔、という奇妙ないでたちのコウモリ(?)が飛来した。
ジュンイチは知らないことだが、ノーヴェ達の前に現れたものと同じ種類の生物のようだ。
「蓮華……コイツ、キバーラが警告していた!」
「あぁ……いくぞ、キバット!」
そのコウモリもまた、ジュンイチに向けて鋭い視線を向けてくる――その言葉にうなずき、蓮華と呼ばれた少女がコウモリ、キバットの身体をつかみ、
「ガブッ!」
自分の手にかみつかせた。その“かみつき”の効果なのか、少女の頬にステンドグラスのような模様が浮かぶ――同時、バックル部に野球ボールほどの大きさのスペースを備えたベルトが
蓮華の腰に出現、装着される。
そして――
「変身!」
蓮華がキバットをベルトに導いた。バックル部のスペース、その上部に渡された“止まり木”に止まったキバットがそのスペースにその身を収め――蓮華の姿が変わった。“力”が彼女の身体を覆い、それがまるでガラスが割れるかのように砕け散った。
その中から現れたのは、各所に鎖を巻きつけた、コウモリを思わせる意匠の仮面の戦士――
「なるほど……
お前がこの世界の仮面ライダー、キバってワケか」
少なくとも彼女がキバであることは理解できた。しかし、彼女を前にして、ジュンイチはディケイドの仮面の下で人知れず顔をしかめていた。
理由は今ここで彼女が変身した、その理由――先ほど自分に向けていた鋭い視線といい、“前例”があるだけにイヤな予感しかしなくて――
「はぁぁぁぁぁっ!」
予感的中。咆哮と共に蓮華がジュンイチに襲いかかってくる――変身前から腰に差していた剣を抜き放ち、ジュンイチに対して斬りかかる。
だが、イヤな予感がしていただけにジュンイチの対応も早い。素早くかまえたソードモードのライドブッカーで蓮華の斬撃を受け止める。
「お前のことは聞いている……悪魔め!」
「おいおい、やっぱりこのパターンかよ……!?」
そして、襲われた理由もまたジュンイチの予想通り――前の世界でノーヴェが襲ってきた時とほとんど変わらない状況に、蓮華を押し返したジュンイチが舌打ちまじりにそううめく。
と――
「――――――っ!?」
背後に殺気――とっさに振り向いたジュンイチの目の前を刃が駆け抜ける。
蓮華ではない。新手だ――真紅の、すその短いチャイナドレスに身を包み、髪を後頭部で団子状にまとめたその少女は、蓮華を守るようにジュンイチと対峙する。
「思春!」
「蓮華様……よくご無事で」
声を上げる蓮華に応えると、思春と名乗ったその少女はジュンイチへと視線を戻し、
「貴様……このお方が呉王・孫仲謀と知って刃を向けているのか!?」
「って、おい……どっちかっていうと、オレの方が襲われてんだけど……」
思春の言葉に思わずうめき――ジュンイチは気づいた。
「孫仲謀……って、まさか、孫権!? その子が!?」
孫権といえば、三国志に登場する主要三国の一国、呉の王だ――それがキバに変身した蓮華という少女であることに、ジュンイチは思わず驚きの声を上げる。
「思春、そいつ……ディケイドだ」
「何ですと!?
こいつが、ディケイド……!」
そんな思春に蓮華が告げ、思春の視線が鋭さを増す――ますます状況がややこしくなってきているのを感じ、ジュンイチは思わずため息をついた。
「おいおい……少しはこっちの話を聞いてくれてもいいんじゃないかと思うんですけどねぇ?」
「うるさい!
蓮華様に仇なす悪魔め! この甘興覇の刃で天に還れ!」
「かん……って、こっちは甘寧かよ!?」
またもや三国志の武将が少女となって自分の前に現れた――驚くジュンイチだが、思春はかまわずジュンイチへと襲いかかった。斬りかかってくる思春の攻撃を、ジュンイチはライドブッカーでさばいていくが、
「はぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
そんなジュンイチに蓮華が仕掛けてきた。彼女の振るった刃をかわし、二方向から攻められたジュンイチは挟撃を避けるべく二人の間から飛び出す。
「素早いヤツだ……
それなら!」
だが、蓮華にはまだ攻め手がある。自分達の連携から逃れたジュンイチに対し、腰に差した緑色の笛を手に取り、
「来い、バッシャー!」
「バッシャー、マグナム!」
腰のキバットにくわえさせた。トランペットの音色にも似たメロディーを奏で、キバットがその名をコール――同時、彼女達の前に飛び出してきた者がいた。
キャッスルドランにいたはずの半魚人、バッシャーだ。その姿が縮み、彫像のようになるとまるで拳銃のような形状に変形する。
バッシャーの変形したその銃を蓮華が左手でつかみ――彼女の変身したキバの姿も変化する。全身のカラーリングが緑を基調としたものに、そしてコウモリの羽をイメージしていた鎧の意匠も魚のヒレをイメージしたものに変化する。
銃撃戦に特化したキバの一形態、バッシャーフォームである。
「くらえ!」
「ぅおっとぉっ!?」
そして、迷うことなくジュンイチに向けて引き金を引く――放たれた水の銃弾“アクアバレット”をとっさにライドブッカーで弾くジュンイチだったが、さばききれずに何発か喰らって吹っ飛ばされる。
「ってぇ……!
やってくれるじゃねぇか、おい!」
しかし、やられっぱなしで終わるジュンイチではない。言い返しながら素早く身を起こし――
「私を無視するとは――いい度胸だ!」
「してねぇよ、無視なんて!」
飛び込んできた思春に反応。飛び込んできた彼女の斬撃を受け止め、押し返すが、
「やるな……
なら、これはどうだ!?」
対し、思春は剣を足元に突き立てると、懐からそれを取り出した。
ベルトと、ナックルガードのような何かのツールだ。ベルトを装着するとツールのナックル部を押し込んで起動させ、
《レ・ディ・ー》
「変身!」
《イ・ク・サ、フィ・ス・ト・オ・ン!》
ツールをベルトにセットした。電子音声が思春に告げ、その全身に白銀の鎧が装着される。
新たな姿となった思春。その名は――
「おいおい、マジかよ……
こっちはイクサかよ……!?」
思わずうめくジュンイチだが、第2の仮面ライダー、イクサとなった思春は容赦なくジュンイチへと襲いかかってきた。腰にマウントされていたイクサカリバーをソードモードに変形させ、斬りかかってくる。
対し、一歩も引かずに斬り結ぶジュンイチだったが、
「思春!」
蓮華がバッシャーマグナムで援護。思春をかわして飛来したアクアバレットがジュンイチを直撃、吹っ飛ばす!
「あー、もうっ!
二人そろって、人の話を聞きやがらねぇな、おいっ!」
思わぬ苦戦を強いられ、ジュンイチとしてもこのまま引き下がるワケにはいかなくなってきた。舌打ちまじりに言い放ち、身を起こして二人と対峙する。
「しゃーねぇな……!
アザのひとつや二つは勘弁しろよ!」
言って、取り出したのはカメンライドのカード――しかし、それはジュンイチが変身に用いたものではなかった。
そのカードに描かれているのは、前の世界でジュンイチと共に戦った、ノーヴェが変身した仮面ライダー、すなわち――
《KAMEN-RIDE!》
「変身!」
《“KUUGA”!》
ディケイドライバーにカードを装填、読み込ませ――ジュンイチの姿が変わった。
ディケイドから――
クウガへと。
「あれは!?」
その光景は、ようやく戦いの場に駆けつけることができた八重もまた目撃していた。ディケイドの変身したその姿に思わず目を見開く。
「そんな……!?
ノーヴェさんと同じ、クウガ……!?」
よく見れば腰のベルトはアークルではなくディケイドライバーのまま。ライドブッカーもそのまま残されている――しかし、その違いさえなかったらまさにクウガと瓜二つだ。驚く八重の見守る中、ライドブッカーから新たなカードを引き、ディケイドライバーに読み込ませる。
《FORM-RIDE!
“KUUGA”――“PEGASAS”!》
カードの効果によって、ディケイドの変身したクウガ、ディケイドクウガがフォームチェンジ――ペガサスフォームとなったディケイドクウガの手の中で、ガンモードに切り替えたライドブッカーがペガサスボウガンへと変化する。
「そんなもの!」
「我らの前には!」
対し、蓮華がバッシャーマグナムで攻撃、思春もガンモードのイクサカリバーでそれに加わるが、
「悪いな。
一撃の破壊力は――こっちが上だ!」
ジュンイチがペガサスボウガンに“力”を溜め込み、発射――放たれたチャージショットの弾丸が蓮華達の銃弾を蹴散らし、さらに二人を吹っ飛ばす!
「く…………っ!
それなら!」
「ドッガハンマー!」
バッシャーマグナムによる銃撃を破られ、蓮華が次に呼び出すのはドッガだ――先ほどのバッシャーと同じく彫像に変身、さらにそこから戦鎚へと変形し、蓮華の手に収まる。
それに伴い蓮華、キバも変化――重厚な鎧に身を包んだ紫電のキバ、ドッガフォームへと変身する。
「それなら、こっちはコレだ!」
それに対し、ジュンイチも動く――ペガサスボウガンから元に戻したライドブッカーからさらにフォームライドのカードを取り出し、
《FORM-RIDE!
“KUUGA”――“TITAN”!》
タイタンフォームへと変身。ライドブッカーをソードモードに切り替え、タイタンソードへと変化させると、ゆっくりと蓮華に向けて歩を進める。
対し、蓮華もドッガハンマーを引きずりながら前進。思春が、八重が固唾を呑んで見守る中、両者が互いを間合いに捉え――
『はぁっ!』
二人は同時に動いた。ドッガハンマーが、タイタンソードが、相打ち同然のタイミングで相手の身体に叩きつけられる!
だが――
「ぅわぁっ!?」
今度はジュンイチが吹っ飛ばされる番だった。ドッガハンマーに殴り飛ばされ、大地を転がる。
対し、蓮華の身体にはタイタンソードの刀傷が刻まれているが、ジュンイチほどのダメージはない――“肉を切らせて骨を断つ”を信条とするフォーム同士の対決は蓮華に軍配が上がった形だ。
「これで一勝一敗か……
だったら、次で決めようじゃねぇか!」
そして、ジュンイチが動く――タイタンソードへの変化を解いたライドブッカーから新たなフォームライドのカードを取り出し、
《FORM-RIDE!
“KUUGA”――“DRAGON”!》
ドラゴンフォームへと変身。強化された脚力で近くの手すりのアームを蹴り外し、手にするとそれがドラゴンロッドへと変化する。
「ならばこちらも!」
「ガルル、セイバー!」
そして、蓮華もそれに対抗するためにガルルを召喚。先の二人と同様のプロセスで変身、ガルルセイバーとなった彼を手にし、蓮華も青き疾風のキバ、ガルルフォームへと変身する。
そして、互いが相手をにらみつけ、地を蹴り――
『ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!』
声を上げ、両者の間に割って入ってきた者達がいた。
「ジュンイチ、もういい! そこまでだ!」
「の、ノーヴェ!?」
「孫権もだよ!
ジュンイチは敵じゃないから!」
「スバル!?」
そう。飛び込んできたのはノーヴェとスバルだ――戦いを止める二人の言葉に、ジュンイチも蓮華も驚き、動きを止める。
「孫権。ジュンイチはあたし達の友達だよ。
悪魔なんかじゃない……のかな?」
「ちょっと待て。
なんでそこで疑問形なんだよ!?」
「性格が悪いからだろ」
「ハッキリ言われた!?」
蓮華を説得しようとしながらもちっともフォローになってないスバルにジュンイチがツッコみ、返すノーヴェの言葉に悲鳴を上げる――目の前の光景にすっかり毒気を抜かれてしまい、蓮華は息をつき、変身を解いた。
こうなると、ジュンイチも戦う理由はなくなった。ため息まじりに変身を解き、
「思春、あなたも」
「いえ。
彼がもしスバル達の言うとおり悪魔でなかったとしても、蓮華様に手を上げた事実は変わりません」
変身を解くよう促す蓮華だったが、思春はイクサに変身したままだ。仮面越しにもわかる鋭い視線をジュンイチにビシビシと叩きつけてくる。
「おいおい。前提条件を履き違えるなよ。
先に仕掛けてきたのはそっちの……えっと、蓮華と孫権、どっちで呼べばいいんだ?」
「貴様、蓮華様の真名をたやすく!」
「落ち着いて、思春。
スバル達と同じ境遇なのだとしたら、彼も真名の風習を知らなくても当然よ」
呼び方を確認しようとしたらいきなり思春が激昂した。扱いに困り、眉をひそめるジュンイチの姿に大体の事情を察し、蓮華はやんわりと思春をなだめる。
「……私のことは孫権で。
蓮華は私の真名……本当に近しい相手にしか許してはいけないし、許された者以外がその名で呼ぶことはとても失礼にあたるの」
「なるほどね。じゃあ、そっちは甘寧って呼んだ方がいいか。
じゃあ、話を戻すけど……甘寧。乱入してきたお前は知らないだろうけど、先に仕掛けてきたのは孫権の方だ。
オレはただ、ファンガイア同士のケンカにそうとは知らずに首を突っ込んじまっだけで……」
そう甘寧に説明し――ジュンイチはふと気づいた。
「そういえば……さっきのライオンなファンガイアは?」
『え………………?』
言われて蓮華改め孫権達も気づいた。全員がまったく同じタイミングで“そちら”へと視線を向け――
「いいんだいいんだ。どうせオレなんか……
孫権様も甘寧様も、オレみたいな下っ端なんかどうでもいいんだ……」
『あー……えっと……
…………………………ゴメン』
完全に忘れ去られ、いじけていたライオンファンガイアに対し、全員がそろって頭を下げた。
◇
それから数時間後、ジュンイチと八重は七瀬家に戻ってきていた。
ノーヴェやスバルも一緒だ――もちろん、詳しい事情を聞くためである。
「はーい、お待たせしました♪」
長い話になりそうならお茶とお菓子があった方がいいだろう――居間で顔をそろえていたジュンイチ達のもとへ、八重は人数分のコップとコーヒー、手作りのチョコレート菓子を持ってきた。
「バレンタインチョコの残りの再利用です♪」
「渡す相手いたのか!?」
「何気に失礼ですね!?
いや、確かにいなかったから残ったんですけど!」
思わず聞き返すジュンイチに八重から悲鳴が上がる――とりあえず無視しておこうと決断し、にわはスバルとノーヴェに尋ねた。
「で……どうしてアンタ達がこの世界にいるワケ?」
「うーん……なんて言えばいいのかな……?
変なコウモリに、変な空間に連れ込まれて……」
「その変なコウモリ、っていうんが、よくわからへんのやけど」
「とにかく……その空間から出たら、この世界だった……ってことですか?」
「えぇ」
スバルに聞き返す多汰美のとなりで尋ねる八重には、ギンガが静かにうなずいてみせた。
「最初は、どうしてあたし達がこの世界に来たのかわからなかったけど……思うんだよ。
アイツの……孫権のためなんじゃないか、って」
「孫権のため……?」
眉をひそめ、聞き返すジュンイチに対し、ノーヴェは静かに続けた。
「アイツ……父親である前の王がファンガイアらしいんだよ。
っつっても、実の親、ってワケじゃなくて、育ての親ってヤツ。人間の奥さんをもらって、その娘が……ってこと。
だからアイツはファンガイアの血を引いてない、ただの人間で……キバの力も、相棒のキバットの助けがあるからこそ、使えてるらしい」
「義理とはいえ父親がファンガイア……
だからこの世界は、人間とファンガイアが共存しようとしているってのか? 前の王が人間との共存関係にあったから」
「あぁ。
ほら、あたしも戦闘機人で、普通とはちょっと違うから……やっぱ、感情移入しちまうのかな?
だから、アイツの力になってやりたくて、親衛隊に入ったんだ」
「ふーん……」
そこで会話が途切れる――ノーヴェの話に適当な相槌を打ちながら、ジュンイチはチョコレートを口の中に放り込み、つぶやく。
「さて……
なんとなく、見えてきたかな……?」
「オレが……この世界でやるべきことが……」
◇
「即位式はいつにしようか?」
所変わってキャッスルドラン――戻ってきた孫権を相手に、ウキウキしながらそう尋ねるバッシャーだったが、
「私は……王にはならない……!」
「な、なぜですか、蓮華様!?」
「今日もキバとなり、戦っていたではありませんか!」
バッシャーに対する孫権の答えは即位の否定――あわてて彼女の前に進み出て、ひざまずいたドッガや甘寧が進言するが、孫権の表情は暗いままだ。
「孫権様。すでに玉座は10年以上空位なのです。
そのために、ファンガイアの中には掟を忘れ、人間を襲う者も現れ始めている」
「あなたが王となることを誰もが望んでいるのですよ」
「…………すまない……」
ガルルや、メガネをかけた女性――周瑜が告げるが、それでも孫権は小さく謝ると奥の部屋へと引き上げていってしまった。
「……やはり、彼女では若すぎる……」
「しかし、キバの鎧を受け継いだのは彼女だ。
彼女以外に、この孫呉とファンガイアの王となれる者はいない」
ため息をつくドッガに答え、ガルルは窓の外に広がる夜景へと視線を向けた。
「せめて、あの御方がお戻りになれば……」
「………………あぁ……」
となりで周瑜もうなずき、二人は窓の外の夜景を眺める――しかし、彼女達は気づいていなかった。
その会話を、人知れず聞いていた者の存在に――
◇
開けて翌日――孫権はキャッスルドランを抜け出し、湾岸の公園をひとり歩いていた。
特にどこへ行くでもなく、公園の中をさまようことしばし。ひとり公園を出た彼女の前に一台のバイクが停車した。
ノーヴェの乗るトライチェイサーである。
「よっ。
またこんなところを出歩いて、どこ行くつもりだよ?」
「ノーヴェ……」
ヘルメットを脱ぐノーヴェに孫権は一瞬だけ視線を向けるが、すぐに彼女とは反対方向へと歩き出す。
「ち、ちょっと待てって!
あのさ、昨日のことなんだけど……ジュンイチのこと、許してやってくれないか?
あんなのでも、あたし達の恩人で……仲間なんだ」
「恩人……?」
「あぁ。
そりゃ、あたしもお前みたいにアイツのことを『悪魔だ』って言ってケンカしたけどさ……アイツのおかげで、あたし達のいた世界は助かったんだ」
「そうか……
なら、お前の方から『すまなかった』と伝えてくれ」
「いや、ちょっと待てって!」
簡単にそう告げて立ち去ろうとする孫権――あくまでこの場を離れようとする彼女を、ノーヴェがあわてて引き止める。
「孫権……お前、どこに行きたいんだよ?
いつもいつも城を抜け出して……」
「…………別に」
そっけない返事を返し、うつむく孫権の姿に、ノーヴェはため息まじりに彼女の頭をなでてやる。
「ノーヴェ……?」
「……あんま、ひとりで抱え込むなよ。
お前はひとりじゃない。周瑜や、ガルル達……それにあたしや、スバルや……みんながいるんだからさ」
言って、ノーヴェは再びトライチェイサーにまたがり、
「今度行きたい所があったら言ってくれ。どこへでも連れてってやるからな」
ノーヴェはそう言ってトライチェイサーを発進させ、その場から去っていった。
「…ノーヴェ」
孫権は去っていくノーヴェを見つめたながらしばらく考えた後、またキャッスルドランへと戻っていった。
◇
「………………コイツぁ……!?」
一方、情報を求めて再び街に繰り出していたジュンイチは、目の前の光景に思わず声をしぼり出していた。
通り一面に広がる人間の衣服やバッグの数々――ファンガイアに生命エネルギー“ライフエナジー”を吸われ、消滅した人間の成れの果てである。
それだけではない。ファンガイアまでもがその手にかけられたのか、彼らの残骸であるステンドグラス上の結晶の破片が辺りに飛び散っている。しかも、その量からして殺されたのは1体や2体どころの騒ぎではなさそうだ。
まだ犯人は周囲にいるかもしれない。周囲に気を配り――気づいた。
「ここって……孫権のいた廃屋の近くじゃねぇか……!?」
「だからどうした」と一笑に伏すことは簡単だっただろう。
しかし、何かの予感があった。廃屋の中に足を踏み入れ、迷うことなく孫権と出会った部屋へと向かう。
その予感が当たったのかどうかはわからないが……そこにはひとりの男がいた。ジュンイチに気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「…………人も、ファンガイアも、たくさん殺されていたな」
「アレがファンガイアの本性だ」
カマをかけてみるジュンイチにあっさりと答え、男は家具のほこりを軽くふき取る。
「人間だろうが同族だろうが関係ない、弱者を踏みつけ、喰らい尽くす……
所詮、人間とファンガイアの共存など夢物語にすぎなかったんだ」
「………………アンタ、ファンガイアか?」
「なぜそう思う?」
「なに、その『そら見たことか』ってな感じの上から目線なあきらめ具合が……な」
「……そうか」
淡々とそう応じると、男はジュンイチの脇を抜け、部屋を出ていってしまった――軽くため息をつくと、ジュンイチもまたその場を立ち去ろうときびすを返した。
◇
その後も街を見て回ったが、結局収穫はなし。すっかり陽も沈んでしまい、ジュンイチはとりあえず七瀬家へと戻ることにした。
夜の闇に包まれ、人気のない道を進んでいき――不意に口を開いた。
「…………どこのドイツか知らないけど、いい加減出てきたらどうだ?」
「あら、気づいてたの?
じゃあ、お言葉に甘えて……」
そんなジュンイチの言葉に応えて現れたのは、ノーヴェ達をこの世界に導いたあのコウモリだった。
「白いキバット族……
……なるほど。お前がノーヴェ達の言ってた『変なコウモリ』か」
「私はキバット族のキバーラ。
『変なコウモリ』なんて、失礼しちゃうわね」
「オレに言うなよ。ノーヴェ達が言ってたんだ」
『変なコウモリ』改めキバーラの言葉に、軽く肩をすくめてジュンイチが答える。
「それより……ディケイド。
あなた、自分が何をするべきかわかってないみたいね?」
「お前は知ってるってのかよ?」
「えぇ。
あなたの……というより、ディケイドのするべきことはね」
聞き返すジュンイチに答えると、キバーラはどこにあるかもわからない胸を張るように身体をそらし、
「教えてあげる。
ディケイドはね……」
「バンダイナムコと東映を儲けさせるために生まれたのよっ!」
「ミもフタもないメタ発言は慎んでもらおうか」
「うっ、撃ったわね!? 割と殺意全開でっ!」
淡々と告げるジュンイチのその言葉に、彼の放った炎から命からがら逃れたキバーラがちょっぴり涙目で抗議の声を上げる。
「……まぁいいわ。マジメに答えてあげるわ。
ディケイド、あなたはね……世界を破壊するために生まれたのよ」
「世界を、破壊……?」
「えぇ」
眉をひそめるジュンイチにキバーラが答え――周囲の空間が歪んだ。それまでいた夜間の住宅街から、どこかのスタジアムの観客へと周囲の風景が変化する。
「別の場所への転移か……!?」
自分の中の位置情報を司る感覚が乱れを起こしたのがその証拠だ――いきなりの頭痛に顔をしかめたジュンイチは、不意に新たな気配を感じて振り向いた。
そこには、金色のラインが入った黒い鎧を纏い紫の瞳を光らす仮面ライダーがひとり。
「…………カイザ、か……」
ディケイドとしての知識が相手の正体を教えてくれる――つぶやくジュンイチの目の前で、『ファイズ』の世界に存在するはずの仮面ライダー、カイザはゆっくりと一歩を踏み出し――
「――――っ、らぁっ!」
気合の入った咆哮と共に一気に突っ込んできた。腰に留めてあった主武装カイザブレイガンをソードモードで繰り出してくる。
「っ、なろぉっ!」
自分を狙う鋭い斬撃に対し、ジュンイチはむしろ相手に向けて踏み込んだ。カイザブレイガンの鈍く光る刃をかわし、カウンターの掌底を――
「――――――っ!?」
しかし、直前で危険を察知して後退――次の瞬間、ジュンイチの道着の胸元が浅く斬り裂かれた。
「…………チッ、いいカンしてやがるぜ」
カイザのもう一方の手に握られた、大振りの肉切り包丁によって。
「ま、そうでなくちゃ殺りがいがねぇけどな」
「お前は……!?」
「てめぇの質問に答えてやる理由なんかねぇよ。
キレイに“解体”してやっからよぉ……安心して泣き叫べぇっ!」
言うなり再び突撃。斬りかかってくるカイザの連続攻撃をかいくぐり、ジュンイチは一度後退して距離を取り、
「上等じゃねぇの。
やってやるぜ!」
《KAMEN-RIDE!》
「変身っ!」
《“DECADE”!》
ディケイドへと変身。ライドブッカーをソードモードに切り換えて身がまえる。
そして、さらに襲いかかってくるカイザの斬撃をかわし、カイザブレイガンの斬撃をライドブッカーで受け止める。
「なんでオレと戦う!?」
「ジャマなんだよ……!」
ジュンイチに言い返し、カイザはジュンイチを押し返すとカイザブレイガンと肉切り包丁をかまえ、
「てめぇ……すべてのライダーを破壊する存在だって言うじゃねぇか。
獲物を横取りされたらたまんねぇんだよっ!」
「獲物、だと……!?」
「おぅよ」
思わず聞き返すジュンイチに答え、カイザはゲラゲラと笑い声を上げ、
「オレはよぉ……これでもちったぁ名の知れた殺人鬼ってヤツでよぉ。殺しが好きで好きでたまんねぇのさ。
そこに、仮面ライダー様のご登場さ。もう震えたね。『なんてブッ殺しがいのあるヤツらだろう』ってさ」
「それでオレを襲うってのか!? 冗談じゃねぇ!」
「てめぇの都合なんか知るかよ!」
ジュンイチに言い返し、カイザは両手の獲物を左右に振りかぶり、
「“我殺我有”!
オレが戦う理由なんざ、それだけで十分なんだよ!
おとなしく解体されろや、ディケイドぉっ!」
狂気に満ちた咆哮と共に、ジュンイチに向けて襲いかかる!
◇
同じ頃、キャッスルドラン――
玉座の間で、孫権はひとり、窓から見える夜景を眺めていた。
「私に……父様達のような王になれる力など……」
周りの者達は皆、自分に「王になれ」と言ってくる。しかし……自分に本当に、王としてやっていけるだけの力があるのだろうか? そんな疑問が、彼女の中にはずっと居座り続けていた。
自分は実力で今の立場にいるワケではない。人間との共存を選んだファンガイアの先王が自分の母を妻として迎えたから、娘の自分にその役どころが巡ってきたにすぎないのだ。
それに……
「姉様さえ、いてくれたら……」
王の素質なら、自分よりも優れた者がいる――いや、“いた”。
今となってはその生死すらもさだかではない姉のことを思い出し、孫権はため息をつき――
「キャアァァァァァッ!」
「――――――っ!?」
突然の悲鳴は、なんと城の中から――驚き、身がまえた孫権の目の前で、玉座の間に通じる扉が轟音と共に砕け散る!
そして――
「ようやく、この時が来た……」
もうもうと立ち込める土ぼこりの向こうから姿を現したのは、1体のカブトムシ型ファンガイアであった。
「貴様の持つ……キバの鎧を渡せ!」
「………………っ!
キバット!」
「よっしゃ!」
その正体、目的はわからないが、相手の狙いは自分の持つキバの力か――孫権の呼びかけに答え、キバットが彼女のもとに飛来。その手にかみつき、“力”を注ぎ込む。
「変身ッ!」
そして、腰に巻かれたキバットベルトにキバットを収める――キバの鎧に身を包み、孫権は目の前の敵、ビートルファンガイアへと地を蹴った。
to be continued……
次回、仮面ライダーディケイドDouble!
???? | 「ファンガイアとの共存などできるはずがない」 |
ジュンイチ | 「それが……アンタの本当の狙いか」 |
スバル | 「変身!」 |
孫権 | 「私は、まだお前の友達だろうか……!」 |
ノーヴェ | 「当たり前だろ!」 |
ジュンイチ | 「ファンガイアも人間もない。人の心を持つ者を人として受け入れる――それができるコイツは本物の王だ」 |
孫権 | 「私は……王になりたい!」 |
第5話「D.C.#王者の帰還」
総てを滅ぼし、総てを生かせ!
(初版:2010/10/11)
(第2版:2012/04/15)(書式修正)