「…………ん……」
 気がつくと、最初にジュンイチの視界に入ってきたのは知らない天井だった。
 ネタでも冗談でもない。本当に知らない――少なくとも、今現在自分の寝かされているこの部屋に自らの意思で入ってきた覚えはない。
「……えっと……」
 記憶をたどり、何があったのかと思い返してみるが――
「…………あかん。本気で覚えがない」
 前の世界での事件を解決して、この世界へ――と、そこで記憶はぷっつりと途切れており、気がついたらここにいた。
 どういうことなのかと思考をめぐらせて――ふと思い至る。
「ひょっとして……」



「今回は、役割だけじゃなくてスタート地点もご指定ってワケか……?」

 

 


 

第6話
「シークレットゲーム」

 


 

 

「アルザスの竜召喚の部族、ルシエの末裔の者キャロよ」
「わずか六歳にして白銀の飛竜を従え、黒き火竜の加護を受けた。
 お前はまこと、素晴らしき竜召喚師よ」
 まだ幼い、白い親友を抱いた自分の前でそう告げるのは、自分の暮らす里の長老達。
 だが、その顔は皆、一様にして沈痛なもので――
「じゃが、強すぎる力は災いと争いしか生まぬ」
 そう――彼らは恐れている。
 彼女の、そして彼女を守る優しき竜達の、あまりにも強大な力を。
 だから――
「すまんな……お前をこれ以上、この里に置くワケにはいかんのじゃ」
 彼らは、キャロを半ば追放するかのようにキャロを里から旅立たせた。

 確かに、里を争いから守るためには必要な選択だったかもしれない。
 キャロを守る二匹の竜の力があれば、少なくとも、彼女の身の安全は保障される――そんなある種の“信頼”もあったのかもしれない。
 だが――彼らはもっとも考慮すべき事項を見落としてしまった。
 当のキャロがまだ幼い少女でしかない、その事実を。


 その結果――この出来事は彼女の心に深く刻み込まれた。


 里を終われる原因となった竜召喚に対する、“危険な力”“みんなを傷つける怖い力”――そんな認識と共に。







「………………ん……」
 意識が浮上し、視界に光が差し込んでくる――目を覚まし、キャロはうっすらと目を開けた。
 夢の内容は覚えていないが――きっと悲しい夢だったのだろう――頬に残る涙の跡に気づき、なでながらそんなことを考える。
「えっと、ここは……?」
 それはそれとして、状況を確認する――自分がいるのはコンクリートがむき出しの、みすぼらしい一室だった。
 自分の寝かされているベッドも、その他の家具類も、せいぜいほこりが払われているくらいでそれ以上の手入れはされていない。端の方はスプリングが飛び出してしまっていて、これでケガをしなくてよかったと思わず安堵する。
 しかし――自分はどうしてここにいるのだろうか。
「えっと、確か……」
 『龍騎』の世界に到着するなりジュンイチが姿を消した。手分けして探そうということになり、探しに出て――そこで記憶が途切れている。
 少なくとも、自分でここにやってきたワケではないのは確かだ。誰かに連れ込まれたのだろうが、誰が、何のために……?
 と――そんなキャロの思考を、部屋の中に鳴り響いた電子音がさえぎった。
 あわてて周囲を見回すと、ベッドの近くに木製のテーブルが置かれており、そこで何かがチカチカと光っていた。電子音の出所もそこだ。
 見ると、そこに自分の持っていた荷物がすべて置かれていた。待機状態のケリュケイオンもだ。
 とりあえず回収しようとテーブルへと歩み寄り、必然的に電子音の出所も視界に入ってくる。
「何だろ……?
 情報端末……かな?」
 それは一台のPDAだった。
 より技術の進んだ管理局に身を置いていたキャロには少し時代遅れのシロモノに見えたが、ジュンイチや八重達の世界から見ればそれなりに最新機種と言える水準のものだ――もっとも 、メーカーを示すような刻印は一切なく、またメーカーを特定できたとしてもキャロの知らない会社であることは想像に難くないが。
 そして、その画面にはトランプのカードが大写しになっている。
「スペードの、クイーン……」
 手に取り、よくよく観察してみる――ディスプレイはPDAのほぼ全面を埋め尽くしており、その下に小さなボタンが三つ。
 画面に触れてみると、電子音は単なるアラームだったのか、あっさりと鳴り止んだ。どうやら三つのボタンとタッチパネルで操作する仕組みのようだ。
 本体はトランプ柄を意識しているのかそれなりに薄型だが、側面と底面に備えられている二つのコネクタだけはそのサイズに合わせられなかったのか、その部分だけがPDA本体よりも厚めになっている。
 試しにキャロがボタンを押し込んでみると、バックライトが灯って画面が切り替わった。
 バッテリー残量や何かの時間表示の他、『ルール・機能・解除条件』――そう書かれている。
(解除条件……?)
 いったい何を解除する条件だろう。指先で文面を追うとさらに画面が切り替わる。

 『貴方の首輪を外す条件』

 どうやら、解除条件というのがこれらしい。
 というか――
「首輪……?」
 思わず自分の首に手を当てて――そこでようやく、彼女は自分の首に金属質の“何か”が着けられていることに気づいた。
 直径はだいたい1、2センチといったところか。首への接触面は真っ平で、そこから半円状に盛り上がっている感じだ。
 それが動きを疎外しない程度に密着しているため、指先を滑り込ませるようなすき間もない。
 指を引っかけられるような凹凸も、継ぎ目もない。素手でどうにかすることは難しそうだ。
 ともあれ、“首輪”の確認は取れた。問題の解除条件だが――

 『Q:二日と23時間の生存』

「………………」
 イヤな予感がした。
 先頭の『Q』というのが画面に映し出されていたトランプのクイーンを指しているのはわかる。
 だが、最後にある『生存』――その二文字が妙な胸騒ぎをかき立てる。
 とにかく、姿を消したジュンイチや、自分と一緒に彼を探しに出かけたはずの他のみんなのことも気になる。連絡を試みようとケリュケイオンを手に取り、セットアップする。
 すぐさま服装が変化し、八重から借りたかわいらしい私服がバリアジャケットへと変わる――誰かと連絡を取ろうと通信回線を開くが、
「……ダメか……」
 建物が電波を通さないのか無線通信は不通。魔法による思念通話も試してみたが、何らかの妨害措置が取られているのかつながらない。
 少なくとも、自分をこんな状況に放り込んだ者達が善人だという可能性は消えそうだ。唯一の手がかりと言えるPDAをもう一度手に取り、調べてみる。

 『バッテリー残量100%』
 『ゲーム開始より1時間25分経過/残り時間71時間35分』
 『ルール・機能・解除条件』


 トップ画面に表示されている情報はこれだけだ。タッチパネルを操作して、画面を進める。

@参加者には特別製の首輪が着けられている。
 それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外すことができる。
 条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
 一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

A参加者には@〜Hのルールが四つずつ教えられる。
 与えられる情報はルール@とAと、残りのB〜Hから二つずつ。
 およそ五、六人でルールを持ち寄ればすべてのルールが判明する。

BPDAは全部で14台存在する。
 14台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時にカードデッキと共に参加者に一台ずつ配られている。
 この時のPDAに書かれているものがルール@で言う条件にあたる。
 他人のPDAを奪っても良いが、そのPDAに書かれた条件で首輪を外すことは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
 あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

Cカードデッキを鏡に向けてかざし、出現するバックルにセットすることで仮面ライダーへと変身することができる。
 ライダーに変身すると、鏡を出入り口として鏡面空間“ミラーワールド”へと出入りすることができる。
 なお、自分の手荷物の鏡でも変身やミラーワールドの出入りに使うことができる。また鏡でなくてもものを映すことができるものならば変身やミラーワールドの出入りに使うことができる。
 なお、PDAと違い、カードデッキはプレイヤーの間で交換、貸与、贈与、その他自由にやり取りしてもよく、最初に配布されたプレイヤー以外でも問題なく使用できる。

「………………」
 イヤな予感が的中した。
 ルールを確認しようとしたところ、最初の項目にいきなり出てきた『殺す』という言葉。
 キャロが戦いとは何の縁もゆかりもない一般市民であったなら、現実と結びつけられずに悪いジョークだと笑い飛ばしていただろう。
 だが、彼女は管理局員として犯罪者やグロンギと戦い、『キバ』と『恋姫』の世界でも悪事を働くファンガイアと戦ってきた。その経験が、この状況が冗談と片づけるのは早計だと告げていた。
 とにかく、物騒な状況である可能性が高い以上、この部屋に留まり続けているのは危険だ。この部屋に自分が放り込まれていた以上、誘拐してきた連中が戻ってくる可能性は十分にある。
「姿を消したジュンイチさんも、ひょっとしてこの建物の中に……?」
 そんなことを考えながら、荷物の中から次に確認すべきものを探す。
 Bのルールに記載されていた、PDAと共に配布されているという“カードデッキ”だ。
 それはすぐに見つかった。漆黒のケースでフタはなく、サイドからカードを引き出せるようになっている。
 Cのルールによれば、これを使って仮面ライダーに変身できるという。つまり……
「まさか、龍騎もここにいるのかも……」
 つぶやいた、その時――部屋の外で物音がした。
「――――――っ!?
 誰ですか!?」
「あぁ、すまない。驚かせちゃったかな?」
 外に誰かいる――察し、身がまえるキャロに対して、相手は思いの外あっさりと応えた。
 扉が開き、入ってきたのは、どこにでもいそうな、ジュンイチやスバル達と同じくらいの年頃の、ごく普通の少年だった。
「大丈夫。怪しい者じゃない……と言っても、簡単には信じてもらえないか。
 けど、オレもキミと同じ、ここに連れ込まれた側だと思うんだけど」
「どうして、わたしがここに連れ込まれたんだってわかるんですか?」
「違うのかな?
 “オレと同じ首輪をしていたから”、てっきりそうだと思ったんだけど」
「首輪……?」
 言われて、ようやく気づく――少年の首にも、金属製の首輪が巻かれていることに。
 そして、第三者の首に着けられたそれを見て、ようやく今までは手触りだけでしか把握していなかった首輪のディティールがよく見えてきた。
 銀色のつるっとした半円状の形――かまぼこ型と言えばいいだろうか。そして正面のあたりについている何かのコネクター。
 そしてコネクターの脇にはインジケータらしきLEDランプがついている。
(これと同じものが、わたしの首にも……)
「じゃあ、あなたも……」
「あぁ。
 学校の帰り道、途中から記憶がなくて……気がついたらここに」
 うなずくと、少年はキャロに向けて右手を差し出し、
「オレは総一。御剣総一。
 キミは……?」
「あぁ、キャロ・ル・ルシエです」
 応えて、総一と握手をかわし――キャロはふと気づいた。
「そういえば……総一さん」
「ん?」
「“どうして、出歩けてるんですか”?
 わたし達が誰かしらにさらわれてここに連れ込まれたんだとしたら、普通は身動きできないように閉じ込めておくものだと思うんですけど」
「そうなんだよなぁ……
 けど、オレが目を覚ました部屋も、この部屋も、カギなんてかかってなかったんだよ」
「どういうことでしょうか……?」
 総一の言葉にキャロが考え込むが――現状では答えは見えてきそうになかった。



   ◇



「んー、見れば見るほど、厄介な状況だねぇ」
 この男の目覚めた部屋にも、扉にカギなどかかってはいなかった。
 もっとも、この男の場合たとえカギがかかっていようが遠慮なく突破したであろうが――とにかく、廊下に出て周囲を探索しながら、ジュンイチはため息まじりにつぶやいた。
 彼が見ているのは、キャロのところにもあったPDA――彼女と同じく、部屋のテーブルの上に持ち物と一緒に置かれていた。
 元々このテのツールの扱いはお手の物だ。あっという間にPDAから拾える情報は拾い尽くしてしまったが――その内容は決して歓迎できるものではなかった。
(早いトコ龍騎を見つけないとな……
 出会う前に“脱落”なんてされたら、元も子もないぞ……)
 そうなる前に龍騎を見つけなければならない。気配を探り、一番近くにいた気配の主のもとへと向かっているのだが――
(つか……コイツ、ちっとも動いてなくないか?
 気配の大きさから考えて、たぶんもう意識は戻ってるはずなのに……)
 自分達と同じように連れ込まれたクチなら、気配の主にとって現状はかなり異常な状況のはずだ。何がどうなっているのか確かめようと動き回るのが自然な反応のはずだ。
 なのに、気配の主に動きは見られない。まさか――“すでに状況を把握しているのだろうか”
 だとしたら、この気配の主とは“敵対する可能性がある”。慎重に、気配の主のいる部屋の前までやってきて――そんな警戒はただの杞憂だったと思い知った。

「すいませーん。誰かいるんですかー?
 扉、壊れちゃって開かないんですけどー?」

(単に閉じ込められていただけかよ……)
 自分に気づいたのか、中から呼びかけてくる女の子の声に、ジュンイチは思わず肩を落とす。
 というか、声をかけた相手が自分達をここに連れ込んだ相手や敵対の意思がある者だったらどうするつもりだったのか。大物なのか、それともただのバカか……そんなことを考えながら、ジュンイチはドアノブに手をかけ、
「……ふんっ、ぬっ!」
 力ずくでこじ開けた。
「あぁ、開いた〜!
 助けてくれてありがとう〜!」
 そんなジュンイチの姿に諸手を挙げて喜んでいるのは、聞こえてきた声の通りひとりの少女だった。
 よく目立つウェーブのかかった長い髪とそれを飾る大きな髪飾り。そして装飾の多い服。
 そして――首に着けられた、金属製の首輪。
「えっと……アンタも、いきなり意識が途切れて、気がついたらここにいたクチだったりする?」
「うん。そうだよ〜」
「つまり、オレと同じ境遇ってことか……」
 自分は“世界を移動した”際にここに放り込まれたのだろうが、彼女はおそらくは何者かにさらわれてきているはず……とりあえず自分の例は特殊なイレギュラーということで、ジュンイチは彼女と同じ境遇を装うことにした。どの道今の立場は同じなんだし、と胸中で自己完結しておく。
「柾木ジュンイチだ。
 通りすがりの仮面ライダー、ってところかな?」
「ふぅん、ジュンイチくんか〜」
 とりあえず名乗っておくジュンイチに対し、彼女はうんうんとうなずいている。
「私は渚っていうの。綺堂渚〜。今年でにじゅ……」
 と――名を名乗る、渚と名乗ったその少女の動きが唐突に止まった。
「……年齢、言わなきゃダメかな〜?」
「………………知らんがな」
 敵意バリバリの相手と出くわすよりはマシかもしれないけど……これはこれで、厄介なのに捕まったなー、とジュンイチは内心でため息をつき――
「――――ん?」
 ふと、新たな気配を感じた。
 見れば、廊下を少し行ったところの曲がり角に、こちらを伺う少女の姿――こちらに気づかれたと知って、あわててきびすを返して逃げ出した。
「ちょっ、おいっ!?
 渚さんはここにいて!」
「え? ジュンイチくん?」
 こちらを敵対者と思っているのか。だとしたら今後の遭遇でそれこそ敵対される――渚をその場に残し、あわててジュンイチは少女を追いかける。
 彼我のスピード差は歴然としていた。すぐに追いつき、彼女の手を捕まえる。
「くっ、放して! 放せぇっ!」
「落ち着け! オレは敵じゃない!
 よく見ろ! お前と同じ首輪してるだろうが!」
 見ると、やはり少女の首にも渚と同じ金属製の首輪が着けられている。
 もちろんジュンイチにも、だ。つまり彼女もまた自分達と同じ境遇なのは間違いないのだが――それでも少女は警戒を緩める様子はない。
「じゃあなんで追いかけてきたのさ!?」
「そりゃ、お前が逃げるから――って、ンな定番のやり取りはどうでもよくてだなぁ!」
 なおも抵抗する少女に答えて、ジュンイチは少女の手をつかんで元来た道を引き返す。
「ちょっ、何するの!?」
「ンなの決まってる」
 自分をどこへ連れて行くのか、そしてどうするつもりなのか――声を上げる少女に、ジュンイチは答えた。
「さっきのお姉さんも交えて、オレ達が敵じゃないってお前にわかってもらわなきゃな」



   ◇



「PDAの数は全部で14……だとしたら、私達の他にもあと12人、ここに連れてこられた人がいると思うんですけど……」
「そう……なのかな?
 さっきから歩いてるけど、誰にも出くわさないけど……」
 とにかく、せっかくある程度は自由に動けるのだから、歩き回っていろいろ調べてみよう――そう二人で決めて、キャロと総一は建物の中を歩きながら情報をまとめていた。
「っていうか、この建物もどういう大きさなんだよ……
 ずっと直進しながら調べてるのに、ちっとも突き当りが見えてこない……」
「おかげで、このPDAの地図もあまり役には立ちませんしね……」
 総一に答え、キャロはPDAの画面を地図に切り替え、もう一方の手に持つノートに描いた手描きの地図と照合する……が、すぐにため息と共に見比べていた両手を下ろした。
 PDAの地図には、かなりの大きさの建物の見取り図が収録されていた。しかもそれが六階分。この地図が正しいとしたら、現在位置を把握する上でこの地図は大いに役に立つ――かと思いきや、ここで問題が発生した。
 なんと、このPDAの地図機能、現在位置を示す機能がついていなかったのだ。つまり紙面の地図を持っているのと同じで、まずは自分の現在位置を知るところから始めなければならなかった。
 そこで、探索と並行して総一の持っていたノートで手書きの地図を作成、PDAの地図と照らし合わせることで現在位置を特定しようとしているのだが……まだもう少しマッピングを進める必要がありそうだ。
「PDAに書かれていたルールも、オレ達だけじゃ当然そろわないし……残りの12人全員とまではいかなくても、誰かしらと出会って、情報交換くらいはしたいところだけどね……」
「はい……」
 キャロに向かって告げるでもなく、独り言のようにつぶやく総一にうなずく――実のところ、キャロは総一のそんな発言の真意に気づいていた。
 今のように地図の照合が不発に終わった時や自分が目覚めたのと同じような部屋を見つけても誰もいなかった時――自分が落胆の表情を見せた時、彼は決まって自分に声をかけてくるのだ。
(わたしを……不安にさせないようにしてくれてるんだ……)
 管理局員としてそれなりに訓練を積んできた自分と違って、ただ普通の暮らしをしていただけの、普通の学生のはずなのに……
 そんな、物騒な世界とは無縁に生きてきたはずの身で、自分のことを気遣ってくれる――総一の気配りに、思わず笑みがこぼれる。
(すごく……優しい人なんだ。総一さんって……)
 本人に自覚はあるまいが――今や、キャロは総一に対し全幅の信頼を寄せていた。彼ならば無条件に信じてもいい、そう思えるくらいに――
「…………ん?」
 と、そこで総一がふと足を止めた。
「総一さん……?」
「いや……今、そっちで人影が見えたような……」
 尋ねるキャロに総一が答えた、その時――



「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」



 突然、総一の見つめていた、まさにその方向から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「――――――っ!
 キャロちゃんはここにいて!」
「総一さん!?」
 とっさに駆け出す総一の言葉に、キャロも「ここにいろ」といわれたのも忘れ、思わず後を追う。
 悲鳴の聞こえてきた方へと曲がり角を曲がり――
『――――っ!?』
 思わず、二人は足を止めた。
 武器を手に、気を失って倒れる、総一よりも少し上くらいの年頃の少女へと歩を進める――



 鉛色の装甲に身を包んだ仮面ライダーの後ろ姿を目撃して。



   ◇



「へへ、こんなにすぐにチャンスが巡ってくるなんてな」
 少女へと歩を進める仮面ライダーガイ――長沢勇治という少年にとって、この“ゲーム”の実行には首輪を外して生き延びる以上の意味があった。
(――オレは口先だけじゃない! 実際に戦っても強いんだ!)
 長沢を突き動かしていたのは、日頃溜め込んでいた鬱屈うっくつした感情だった。
 体格にも腕力にも恵まれず、誰も彼の言葉に耳を貸さない。誰もが口先だけの根性なしだと彼をあざ笑った。
 そんな連中を見返してやる――そんな歪んだ感情を、この“ゲーム”が後押しした。
 この“ゲーム”は一般には知られていない。
 これだけの建物が普通に建造されれば、どうあっても注目を集めるはずだ。
 しかし長沢はそれを聞いたことがなかった。
 また、ここで行なわれていることの内容からしても秘密裏に建造されている可能性は高かった。
 だから、長沢はここで何をしても外部にもれる可能性はないとあっさり看破した。
 そして、行動を開始した。
 自分が強いんだと証明するために――目の前の“獲物”を仕留めようと。
 ここに来る前に見つけた手鏡を使いバックルを出現させ、デッキを装填そうてんして変身。こちらに気づいていなかった少女へと猛然と襲いかかった。
 幸いと言うべきか、かろうじて気づいた少女はなんとか長沢の拳の直撃は避けたものの、吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて意識を失ってしまった。
「くそっ、一撃で仕留めてやろうと思ったのに……
 まぁいいや。とどめだ」
 相手は気絶している。仕留めるのはたやすい――悠然と少女へと歩を進める長沢だったが、
「やめろぉっ!」
「ぅおっ!?」
 不意打ちは背中に。背後からの体当たりを受け、長沢は思わずたたらを踏んだ。
 この場に駆けつけた総一が、少女を救おうと突っ込んできたのだ。
「なんだよ、兄ちゃん……ジャマすんな!」
 しかし、所詮総一は生身の人間。戦いは素人とはいえ、仮面ライダーに変身している長沢をたじろがせるのが精一杯だった。逆に長沢の怒りに触れ、腕の一振りで吹っ飛ばされる。
「ハハハハハッ! “ゲーム”ったって簡単じゃないか!
 見ろよこのざまを! こんなもの速攻でクリアしてやらぁっ!」
 相手はもう動けなくなった。これで決める――高らかに笑いながら、長沢はカードデッキから一枚のカードを引き抜いた。
 それを肩に装備された召喚機、メタルバイザーにセットし、

《STRIKE VENT》

 メタルバイザーからの発声と共に、その右腕に格闘武器メタルホーンが装備された。迷うことなく、それを総一に向けて振り上げる。
「やめてください!」
 とっさに総一と長沢の前に立ちふさがるキャロだったが、長沢はかまわない。どうせ全員殺すんだからと迷いなく拳を振り下ろし――







 しかし、結局彼は勝てなかった。







 長沢の不幸は三つ。

 ひとつ目は、彼の予想に反して、ルールが総一を守ったということ。

 二つ目は、そのルールを彼が知らなかったこと。

 そして三つ目は……確かにそれは“彼のために用意された状況だった”ということ。



 だから――



《貴方はルールに違反しました》



 首輪とPDAからのメッセージが、長沢の敗北を宣言した。



   ◇



「うーみゅ……」
 条項を書き記していたペンを止め、ジュンイチは思わずうめいた。
 目の前には、閉じ込められていた少女――綺堂渚とジュンイチの姿を見て逃げ出した少女――北条かりんがいる。が、二人ともジュンイチと同じ理由でその表情は暗い。
「これ……冗談、だよね……?」
「そう思いたい気持ちは、わからないでもないけどね……」
 かりんに答えて、ジュンイチはやたらとファンシーな手帳に記された、やたらと物騒な“ルール”に改めて目を通す。
 渚を救出し、かりんの誤解も解いたことで、その場にPDAを持つ人間が三人集まった。とりあえず、渚の持っていた手帳にそれぞれが持っていたPDAに記されているルールを書き出し、少しでもルールを把握しようとしたのだが……
「ジュンイチは、マジだと思うの……?」
「マジか冗談か、そこはあんまり関係ないさ。
 どっちにしたって、マジだと思って“襲ってくる”ヤツがいる可能性は、頭に入れておいた方がいい――そういうことだよ」
 もう一度尋ねるかりんに、ジュンイチは息をついて答える。
「特にこの辺のルールだ。
 知らずに動いてたら、速攻アウトだった可能性もある。
 つか、これがマジだった場合……その時は、このルールが載ってないPDAを持ってるヤツら全員が危ない。ヘタすりゃ、もうすでに死体がいくつか転がっていたっておかしくないぞ」
 言って、ジュンイチが指し示したルールは――

G開始から六時間以内は全域を戦闘禁止とする。
 ただし、首輪の作動前の違反者に対する正当防衛(自衛・他衛問わず)に限り戦闘禁止は免除される。



   ◇



《貴方はルールに違反しました。
 変身解除。15秒後にペナルティが実行されます》

「な…………っ!?」
 合成音声の言葉に長沢が驚くと同時、突然彼のバックルからカードデッキが弾き出され、変身が解除される。
「なっ!? オレはルール違反なんかしてないぞ!?
 ルールに書いてある通り、三人殺せって言うからやってるんだぞ!?」
 愕然としたまま、長沢はPDAを取り出す。
《開始から六時間が経過するまで、すべてのエリアは例外なく戦闘禁止です。
 貴方はルールに違反しました》

「そんなバカな!?
 そんなルール、オレは知らないぞ!?」
 長沢のPDAに記録されていたルールに、G……すなわち“開始から六時間以内の全戦闘行為の禁止”は記されていなかった。ずっとひとりで行動していた長沢はそのことを知らず、このルールに違反してしまったのだ。
 対し、長沢を止めようとした総一については首輪は無反応。Gのルールに記された“首輪の作動前の違反者に対する正当防衛”に該当するためだ。
 もし、彼が総一達に襲いかかる前に誰かがこれらのルールを教えていたら、こうはならなかったかもしれない。
 しかし、初期配置はそういった意味で彼にとって不利だった。
 それらのルールを記録したPDAの持ち主は、彼の周りには“意図的に”配置されていなかったのだ。
 つまり、彼はこの“ゲーム”を仕組んだ者達の手によって、この状況に誘導……いや、追い込まれていたのだ。
「何だ!? 何が起こる!?」
 長沢は動揺からPDAを取り落とし、辺りをキョロキョロと見回す。その間も首輪は点滅を繰り返し、合成音声は同じメッセージを繰り返している。
「ペナルティって何なんだ!?」
 その瞬間、ホールの暗がりの中から何かが飛んできた。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
 そしてそれは、長沢の胸に突き刺さった。
 しかも、さらに三本――計四本が、次々に長沢の身体に突き刺さる。
「ワイヤー!?」
 それは先端に矢じりのついたワイヤーだった。キャロが、ようやく持ち直した総一が見つめる中――
《さようなら、長沢勇治様。またの御利用をお待ちしています》
「待ってくれ、一体――」
 バチィッ!
「ガ――――――ッ!?」
 高圧電流が長沢の身体を貫いた。
 身体が激しく痙攣し、肉が焼け、やがて焦げて黒ずみ始める。
 彼はすでに絶命しているだろう。ただ電流による刺激で筋肉が反応、その身が支えられているだけで――それでもすまじい電流が彼の身体を痛めつける凄惨な光景に、キャロは思わず視線をそらした。
 全身の水分が高圧電流の熱で蒸発し、電流が流れにくくなった長沢の身体がその場に倒れ込む――その光景を、総一はただ呆然と見つめるしかなかった。



 PDAが戦闘禁止の解除を知らせるアラームを鳴らす、その時まで……

 

 仮面ライダーガイ・長沢勇治:死亡
 残りライダー:13人



   ◇



「……おい、おいっ!」
 何度か肩を叩かれ、総一はハッと我に返った。
「おい、大丈夫か? 正気は保ってるか!?」
「あ、はい、大丈夫です……」
 声をかけてきたのは、ソフト帽をかぶった見知らぬ男だった。答えて、総一は周囲を見回した。
 そこには、男以外にも何人か、新たに合流した男女の姿が見える――キャロへと視線を向けると、その意図を汲み取って答えてくれる。
「あぁ、大丈夫です。
 この人達も、わたし達と同じように連れてこられたみたいで……」
 その言葉によく見ると、確かに新たに加わっていた面々の首にも自分達と同じような首輪が見える。
「ま、そういうこった。
 オレ達はオレ達で出会って、一緒に出口を探してたんだが、そこへあの嬢ちゃんの悲鳴が聞こえてな」
「――――っ! そうだ、あの人は!?」
 キャロに続いたソフト帽の男の言葉に、総一は先ほどの事の顛末を思い出した。ソフト帽の男の連れと思われる二人の女性に介抱されている、長沢に襲われていた少女のもとへと駆け寄る。
「あの、彼女は……?」
「あぁ、大丈夫。
 気絶してるだけよ――すぐに目を覚ますわ」
 女性の片一方、眼鏡をかけたOL風の女性が答えると、その言葉通り、気を失っていた少女が反応を見せた。
「……ん……」
「大丈夫……?」
「……えっと……」
 もうひとりの女性、受付嬢風の女性が尋ね、少女は少し頭を振って自らの記憶をたどり、
「――――っ!
 そうだ、私を襲ったヤツは!?」
「ほれ、そこに転がってるだろ」
 少女の問いにはソフト帽の男が答え――少女は黒こげになって転がる長沢の死体に気づいた。
「し、死んでるんですか……!?」
「あぁ。こりゃもう生き返りそうにねぇな」
「手塚くん」
 軽く肩をすくめるソフト帽の男を眼鏡の女性がたしなめた。受付嬢風の女性が、改めて少女に声をかける。
「ごめんなさいね。彼、少し口が悪いの。
 私は陸島文香……仮面ライダー、ライアよ」
 言って、文香と名乗った受付嬢風の女性は少女に自らのカードデッキを見せる。
「あなたは?
 あ、えっと……八幡、麗佳です。
 カードデッキは……」
 文香に答える形で、麗佳と名乗った少女が見せたカードデッキには、大きく翼を広げた鳥のシンボルが刻まれている。
「あなたは仮面ライダーファム、ね……
 私は郷田真弓。それから彼が……」
「手塚義光だ。
 悪いが、オレはデッキもPDAも見せねぇぜ――これでも用心深くてね。見せてほしけりゃ、オレに信頼されるようにがんばるこった」
 麗佳のデッキを見て納得した眼鏡の女性――郷田が名乗り、ソフト帽の男、手塚がそれに続く。
「とりあえずは情報交換といきたいのだけど……ごめんなさいね、私達もそう多くをわかっているワケじゃないの。
 もっとも……そっちも似たようなものみたいだけど」
「はい……
 オレ達も、今の現状を把握するのが精一杯で……」
 郷田の言葉に総一が答えると、
「それでも、ルールの確認くらいはやっちゃいましょうか」
 そこへ提案してきたのは文香だった。
「ルールの、確認……?」
「ほら、PDAのルールのA番に書いてあるでしょ?
 『ここに書いてあるルールは一部だけ、五、六人そろえば内容はすべてわかる』って」
 麗佳に答え、文香は自分のPDAをトントンと指で叩く。
「そしてここには六人の人間がいる。
 ルールをすべて把握するには、十分な人数でしょう?」
「あぁ、なるほど。
 確かに……こうして“ルール違反”で殺された人間がいる以上、ルールを知らないまま動き回るのは危険ね」
 文香の言葉に郷田が同意。総一が取り出したノートに各自が書き込んでいく形でルールを書き出していく。
 そして、すべてのルールが出そろって――
「………………何ですか、これ……」
 麗佳のもらしたうめきが、全員の気持ちを代弁していた。

 

@参加者には特別製の首輪が着けられている。
 それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外すことができる。
 条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
 一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

A参加者には@〜Hのルールが四つずつ教えられる。
 与えられる情報はルール@とAと、残りのB〜Hから二つずつ。
 およそ五、六人でルールを持ち寄ればすべてのルールが判明する。

BPDAは全部で14台存在する。
 14台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時にカードデッキと共に参加者に一台ずつ配られている。
 この時のPDAに書かれているものがルール@で言う条件にあたる。
 他人のPDAを奪っても良いが、そのPDAに書かれた条件で首輪を外すことは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
 あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

Cカードデッキを鏡に向けてかざし、出現するバックルにセットすることで仮面ライダーへと変身することができる。
 ライダーに変身すると、鏡を出入り口として鏡面空間“ミラーワールド”へと出入りすることができる。
 なお、自分の手荷物の鏡でも変身やミラーワールドの出入りに使うことができる。また鏡でなくてもものを映すことができるものならば変身やミラーワールドの出入りに使うことができる。
 なお、PDAと違い、カードデッキはプレイヤーの間で交換、貸与、贈与、その他自由にやり取りしてもよく、最初に配布されたプレイヤー以外でも問題なく使用できる。

D侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。
 侵入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。
 また、二日目になると侵入禁止エリアが一階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には建物の全域が侵入禁止エリアとなる。
 なお、通常空間で侵入禁止エリアとなっているエリアはミラーワールドにおいても侵入禁止エリアとなる。したがってミラーワールドからも通常空間で侵入禁止エリアとなっている場所に入ることはできない。

E開始から三日間と一時間が過ぎた時点で生存している人間をすべて勝利者とし、20億円の賞金を山分けする。

F指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、変身している、していないを問わず首輪が作動する。
 これは、通常空間でもミラーワールド内でも変わらない。

G開始から六時間以内は全域を戦闘禁止とする。
 ただし、首輪の作動前の違反者に対する正当防衛(自衛・他衛問わず)に限り戦闘禁止は免除される。

Hカードの種類と解除条件は以下の14通り。
A:QのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。
2:JOKERのPDAの破壊。
 またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。
3:三名以上の殺害。首輪の作動によるものは含まない。
4:他のプレイヤーの首輪を三つ取得する。手段は問わない。
 首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。
5:建物全域にある24個のチェックポイントをすべて通過する。
 なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントがすべて記載されている。
6:JOKERの機能が五回以上使用されている。
 自分でやる必要はない。近くで行なわれる必要もない。
7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。
8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に五台破壊する。
 手段は問わない。六つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。
9:自分以外の全プレイヤーの死亡。手段は問わない。
10:五個の首輪が作動しており、五個目の作動が二日と23時間の時点よりも前で起こっていること。
J:『ゲーム』の開始から24時間以上行動を共にした人間が二日と23時間時点で生存している。
Q:二日と23時間の生存。
K:PDAを五台以上収集する。手段は問わない。
JOKER:絵札(A/J/Q/K)のPDAの所有者が二日と12時間時点で全員生存しており、その全員を二日と23時間以前に殺害すること。



「やってくれるな、おい。
 賞金が出るとなりゃ、それに目がくらんでやる気になるヤツは絶対に出てくる……
 『それでも戦いたくない』ってヤツらも、時間と共に広がる侵入禁止エリアに追い立てられて先に進むしかない。殺る気マンマンな連中との遭遇を余儀なくされるってワケか」
「戦うも地獄、戦わぬも地獄ってワケね……タチが悪いにも程があるわ」
 記されたルールの悪質さを敏感に感じ取り、つぶやくのは手塚と文香だ。
「ま、待ってください。
 ここに書かれていることが……本当だって言うんですか!?」
「すでに死体がひとつ出来上がってんだ――そう思っておくべきだろ。
 そして――本気だとすれば、“参加者”の殺る気を促す意味で、賞金の話もマジだろうな」
 あわてて異を唱える総一だったが、手塚はそう答えてニヤリと笑う。
「手塚くん……楽しんでる?」
「不謹慎だってか? ま、否定はしねぇがな。
 まぁ、殺す殺さないはその時になってから考えるとして……少なくとも、こういう緊張感は嫌いじゃなくてね」
 咎めるような視線を向ける文香に答え、手塚は自分の荷物を手に立ち上がる。
「ちょっと、手塚くん!?」
「悪いが、こんなルールだとわかった以上、オレは別行動を取らせてもらうぜ」
 声をかける郷田に答え、手塚はクルリときびすを返した。
「待ちなさいよ。
 “こんなルールだからこそ”、生き残るためにみんなで力を合わせないと……」
「で、殺る気マンマンのヤツらから集中砲火をもらって一網打尽、ってか?」
 制止しようとした文香だが、手塚もあっさりとそう返してくる。
「力を合わせたいって言うなら、合わせたいヤツらで勝手にやんな。止めやしねぇよ。
 けど、オレはごめんだぜ――悪いが、集団行動ってヤツは苦手でね。
 それに、だ……こっちがバラけりゃ、殺る気マンマンのヤツらの狙いもその分バラけるってもんだ……襲われる率が下がるって意味じゃ、お前らにとっても悪い提案じゃねぇはずだ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「そいうワケだ。
 じゃあな。お互い生きてりゃ、上の方で会うこともあるだろうな」
 なおも何か言いたげな総一に告げると、手塚は手をヒラヒラと振りながら、その場を立ち去っていく。
「待ちなさい、手塚くん!
 たとえあなたの言う通りだったとしても、あなたひとりでは危険だわ!」
 そんな手塚に声をかけ、郷田もまた立ち上がり、彼の後を追いかける。
「郷田さん!?」
「なんとか説得して、連れ戻せればいいんだけど……
 もしダメでも、その時は彼の案に乗るわ。彼と一緒に、相手の目をこっちとそっちに分断してみるから」
 文香に答え、郷田もまたその場を去る――かくて、その場にはキャロ、総一、麗佳、そして文香の四人だけが残された。
 と――唐突に麗佳が口を開いた。
「……あの二人、戻ってこないつもりね」
「え…………?」
「この“ゲーム”に乗るつもりだ、ってことよ」
 聞き返す総一に、麗佳はそう答えた。
「気づかないの? あの二人……どっちもPDAやカードデッキの内容を明かしていない。
 しかも、『見せない』って公言していた手塚って人はともかく、郷田さんに至っては自分が名乗った後、すぐに手塚に自己紹介を振ってうやむやにしてしまった。
 デッキもPDAも……自分の手の内を隠そうって意図が見え見えなのよ」
「そんな……それだけの根拠で……」
「手塚の言葉を借りたくはないけど……実際に人が死んでるのよ。警戒は、しすぎるくらいしてもまだ足りないくらいだわ」
「でも……」
 キッパリと答える麗佳に総一がうめくと――







「…………これが、わたしのPDAとカードデッキです」







 そう言って、キャロは自分のPDAとカードデッキを麗佳に向けて差し出した。
「あなた……」
「これで……信用してもらえませんか?」
 突然の行動に困惑する麗佳にキャロが返す。
「こんな状況なんです。今はみんなが力を合わせないと……
 麗佳さんが、PDAもデッキも見せなかったから怪しいって言うなら、まだ見せていないわたし達も怪しいってことになるじゃないですか。だから……」
「それで……これ?」
 キャロに聞き返して――答えを待つことなく、麗佳はぷっ、と吹き出した。
「まったく……子供らしい単純な理屈ね」
「たっ……!?
 た、単純って何ですか!? わたしは真剣に……」
「けど」
 ムッとするキャロだったが、麗佳は笑いながら彼女の頭をなでてやる。
「子供らしい、まっすぐで、好感の持てる意見だわ。
 子供にここまでさせてるんだもの。これでなお意地なんて張っていたら、大人の立場がないじゃない」
「じゃあ……」
 顔を輝かせるキャロにうなずき、麗佳は自分の懐を探り、
「さっき見せなかった、私のPDAは……これ」
 言って、麗佳の見せたPDAの表記は……8。
「じゃあ、私もね。
 私のPDAは……これよ」
 続いて文香もPDAを見せる――6だ。
 8はPDA五台の破壊、6はJOKERの機能の五回使用……どちらも、キャロの指定時間までの生存と同じく、人を殺さなくても達成可能なルールである。
「でも、『JOKERの機能』って何なんでしょうか……?」
「たぶん、そのJOKERのPDAにだけ書かれた特殊ルールなんでしょうね。
 けど……想像はできるわ」
 眉をひそめる麗佳に、文香が答える。
「JOKERは多くのトランプゲームで、他のカードの代わりとして使えるワイルドカードよ。
 そして、2のPDAの解除条件に付記されている『偽装解除』の一文……
 たぶん、JOKERには他のPDAに偽装する特殊機能が備わってるんじゃないかしら」
「厄介な機能ですね……
 もし、そんなPDAを持ってる人がこの“ゲーム”に積極的に参加してきたら……」
「えぇ……かなりの強敵になるわね。
 まぁ、だからこそ、JOKERの解除条件が厳しく設定されているんでしょうけど。ゲームバランスってヤツね」
「というか……こんな条件、満たせる人がいるんでしょうか……?」
 麗佳に答える文香に、キャロは改めてルールに目を通しながらつぶやいた。
「こんな環境下で、四人の人間の生存が絶対条件……こんなの、その人がその四人を守りでもしない限り、絶対に達成できませんよ。
 しかも、終盤になったら今度はその四人を殺さなきゃいけない……」
「そうね……まともな神経の人間ができることじゃないわ」
 キャロの言葉に、文香はため息まじりにそう答える。
「もし、この条件を達成した人がいるとしたら、その人はここでの殺し合いの果てに心が壊れたか、あるいは最初から壊れていたか……どちらにしても、まともな神経の人間ではないってことね」
 そう言うと、文香はふと思い出し、総一へと視線を向けた。
「そういえば……総一くんのデッキとPDAは? まだ見せてもらってないわよね?」
「え……
 あの、いや……その……」
「…………何? この期に及んで見せられないっていうの?
 まさか、あなたも私達を裏切るつもりだったんじゃ……」
「そ、総一さんはそんな人じゃありません!」
 文香の言葉に見せた一瞬のためらいに、麗佳が敏感に反応した。それに対しキャロが総一を弁護するが、
「いいんだ、キャロちゃん」
 そんなキャロに総一が告げた。
「というか……むしろキャロちゃんが、オレを疑うべきかもしれない」
「え…………?」
「もし、キャロちゃんがオレを信じられないって言うなら……いつでも切り捨ててもらってかまわないからさ」
「総一さん、いったい何の話を……」
 問いかけて――キャロは気づいた。
「…………総一さん、まさか……」
「あぁ」
 言って、総一はキャロに自らのPDAを見せた。
「どうやら……オレが生き残るためには、キミを殺さなければならないらしい」
 そう告げる総一のPDAには……



 スペードのAが、描かれていた。



   ◇



「……懸念が的中したな」
 苦々しげにジュンイチがうめき、かりんや渚も動揺を隠せない――
 三人の前には、黒こげになって転がるひとつの死体――ただし、長沢のものではない。
 別人の死体だ――全身が小規模な爆発の数々によって焼かれ、えぐられ、絶命する寸前まで意識があったことを示すかのようにその死に顔には恐怖の色がハッキリと貼りついている。
 首輪が着けられているところから見ても、彼が“ゲーム”の参加者であることは間違いなさそうだが……
「なぶり殺しか……ひどいことしやがる」
 言って、ジュンイチは死体に向けて合掌し――ふと、傍らに転がっているものに気づいた。
 カードデッキの残骸と――免許証だ。
「……漆山、権造……コイツの名前か。
 デッキは……シザースだな」
 カードデッキの残骸、そのレリーフの欠片にカニのハサミの装飾を確認し、そう判断すると、ジュンイチはおもむろに死体を調べ始めた。
「じ、ジュンイチくん、何してるの……?」
「少しでも情報が欲しい。
 死後硬直が始まってもいない――つい今しがた死んだってことだ。
 もう、戦闘禁止は解除されてる。他のルール違反で建物のシステムに殺されたのなら話は単純で済むけど、もし誰かに殺されたんだとしたら……経過時間的に考えて、殺したヤツはそう遠くへは行っていないはずだ」
 恐る恐る尋ねる渚に答え、ジュンイチは死体を調べる――そんな彼の姿を、かりんは呆然と見つめていた。
(なんで……?
 どうして、そんな平然としていられるの……?)
 実際の戦場を経験しているジュンイチだからこそ、この死体を前にしても平然としていられるのだが、そんな背景事情を知らないかりんにとっては、そんなジュンイチの行動は常軌を逸していた。
(ジュンイチ……人が死んでても何とも思ってない……
 この人を殺したのがジュンイチじゃなかったとしても、その気になったら……)
 そして、常軌を逸しているからこそ、そこに疑念が生まれる。ジュンイチが敵となる、そんな可能性がかりんの脳裏をよぎり――まさにそのタイミングで、彼女のPDAが震えた。
 見ると、彼女のPDAにはキングの絵札の上にメール着信を示すメッセージが表示されている。ジュンイチや、渚には見えないようにこっそりと確認して――
「――――――っ!?」
 目を見開いた。
 そこには、こう書かれていた。

 

『そんな、死体を平気でいじくり回せるような人と一緒にいて大丈夫かな?
 キミが生きて帰れなきゃ、妹さんはどうなっちゃうんだろうね?』



(あの様子……ゲームマスターが“仕込み”を打ってきたみたいね)
 そんなかりんの様子に気づき、そう確信する者がいた。
(そう……人は、そんな簡単に人を信じられるものじゃない。
 こんな極限状態の中じゃ、なおのこと……人は、追い込まれればいくらでも相手を裏切れるのだから。
 たとえ相手が恋人だろうが……親友だろうが)
 事前の調査でも、かりんがこの“ゲーム”に乗る可能性は極めて高いと見られていた。
 潜在的な積極性はA+判定。ちょっとでも背中を押されれば、ゲームクリアのために簡単に殺人鬼に化けられるレベルだ。
(そう……あなたは殺し合うしかないの。
 生きて……十分な額の賞金を持って帰らなきゃ、妹さんは助からないものね)
 そう考える理由は、かりんの妹にあった。
 かりんは早くに両親を亡くし、妹と二人で生きてきた。
 しかし、その妹も難病に倒れ、生きるためには多額の費用がかかる手術が必要と言われた。
 その費用――3億8000万円。妹と二人で生きてきたかりんには、とうてい払える額ではなかった。
 必死に寄付を募っても、その一割にも届かなかった。
 そんな身の上の彼女だからこそ、“ゲーム”の参加者に選ばれた。
 賞金をちらつかせれば、彼女の境遇からして意識せずにはいられないはず。後はちょっと同行者に対する疑念を芽生えさせてやれば……



「……マズイな」
 一方、ジュンイチはちょうど漆山の死体を調べ終えたところだった。
「何がマズイの?」
「コイツ……PDAを持ってない」
 渚に答え、ジュンイチは渋い顔で立ち上がる。
「残骸もないんだ。カードデッキみたく壊されたってワケじゃない。
 誰かが持ち去ったんだ……おそらく、屋敷のシステムにコイツが殺されたのに便乗した、誰かが」
「どうして便乗したってわかるの?
 さっきは、この人が別の誰かに殺されたかもしれないって……」
「根拠その一。
 首輪の……ここのランプの色がオレ達と違う」
 渚に答え、ジュンイチは死体の首、首輪のLEDランプの色が赤くなっているのを指さす。
「“危険”を意味するレッドシグナル……たぶん、このオッサンは何かしらのルール違反を犯したんだろう」
「ルール違反〜?」
「あぁ。
 時間的に、戦闘禁止はありえないな。考えられるのは……条件未達成のまま首輪を外そうとした、ってところか」
 首をかしげる渚にそう答える。
「でもって……根拠その二。
 コイツの持ち物の中で、カードデッキの他にはこの免許証しか外に転がってなかったからだよ」
 言って、ジュンイチは足元のデッキケースの欠片と漆山の免許証を拾い、
「さっきのオレみたいに、免許証で相手の身元を確認したんだろうな。
 自分で殺したなら、わざわざそんなことするかね?」
「あぁ、なるほど……って」
 ジュンイチの言葉に納得しかけた渚だったが、ふと気づく。
 もし、ジュンイチの言う通りだとしたら――
「じゃあ、ジュンイチくん」
「あぁ……
 PDAを持ち去った“誰か”は、まだこの近くに……危ねぇっ!」
 渚に答え――ジュンイチはとっさに動いていた。渚に飛びつき、押し倒すようにして、彼女目がけて飛んできたナイフをやりすごす。
「誰だ!?」
 すぐさま顔を上げると、角の向こうに消える人影が見えた。一瞬のことで顔まではわからなかったが――
(女……?)
 その体つきから、かろうじてそのくらいは判別できた。しばし様子を伺い、完全に気配がなくなったのを確認して身を起こす。
「渚さん、ケガはなかったか?」
「うぅっ、頭ぶつけた……」
「そのくらいはガマンしてくれ。
 ナイフが刺さるよりはマシだろ?」
 渚に答え、ジュンイチは壁に当たって跳ね返り、地面に転がるナイフへと手を伸ばし――



 その手が届くよりも早く、ナイフが拾われた。



「二人とも、動かないで!」
 ナイフをかまえ、ジュンイチと渚に告げるのは――
「かりんちゃん!?」
「何のつもりだ?」
「動かないでって、言ったでしょ!?」
 かりんだ。驚く渚や立ち上がるジュンイチに、改めて鋭く言い放つ。
「二人とも、今のでわかったよね……?
 これは、本気の殺し合いなんだって……」
 緊張で息を荒くしながら、かりんはジュンイチ達に告げる。
「だからって、あたしはこんなところじゃ死ねないんだ……っ!
 あたしが死んだら、妹は……っ!」
「妹……?」
「そのために、オレ達とも敵対するのか?
 生きて、また妹に会うために」
「それだけじゃない!」
 渚やジュンイチの言葉に、かりんが再び声を上げる。
「二人も見たでしょ? 賞金のルール……
 お金がいるんだ。妹の病気を治すためには……っ!
 そのためには、助かる人数が多かったら困るんだ! ひとりでも減らして、賞金の額を引き上げなくちゃならないんだ!」
「……なるほどね」
 かりんの言葉に、ジュンイチは軽く息をついた。
 少し面倒くさそうに頭をかき――
「…………わかった」



「なら殺れよ」



「ジュンイチくん!?」
 渚が思わず声を上げるが、ジュンイチはかまわない。それどころか、自分の胸をトントンと叩き、
「ほれ、心臓はここだ。外すなよ」
「ジュンイチくん、何言ってるの!?
 こんなところで死ぬつもり!?」
 ご丁寧に心臓の位置まで教えるジュンイチの姿に、渚はただ驚くしかない。
「何のつもり!?
 そんなことを言えば、あたしが油断するとでも思ってるの!?」
 一方、ジュンイチの行動に驚かされたのはかりんも同じだ。
「そんな無抵抗なフリをしたって、あたしは容赦しないよ!」
「だから、さっさと殺れっつってんだろ」
 再度“警告”する――しかし、そんなかりんに、ジュンイチも先の発言を繰り返す。
 ジュンイチは完全に棒立ちだ。このままかりんが踏み込めば、そのナイフはあっけなくジュンイチの心臓を貫くだろう。
 その光景を想像したのか、かりんの握るナイフの切っ先が震える。
 いや、切っ先どころの騒ぎではない。かりんの全身がガタガタと震えている。
 緊張、疑念、そして自分が殺されるかもしれないという、妹を救えないかもしれないという恐怖――トドメにジュンイチの行動に対する困惑。さまざまな感情が彼女の頭の中をかき回す。
「ほら、殺れよ。
 妹のために勝ち残るんだろ? なのに、こんなひとりめでつまずいていて大丈夫なのか?
 妹を救うために、人を殺すと決めたんだろうが。違うのかよ――北条かりん!」
「――――――っ!」
 ジュンイチに鋭く名を呼ばれ、かりんがビクリとその身をすくませる。
「お前の決意は、その程度のもんかよ?」
 そんなかりんに、ジュンイチはゆっくりと一歩を踏み出す。
「殺ると決めた以上、ためらうな」
 思わず一歩下がるかりんに向け、さらに一歩。
「中途半端な覚悟は、相手だけでなく自分も殺すぞ」
 また一歩下がり、一歩進む――それでも、歩幅の違いが両者の間の距離を詰めていく。
「その手を血で染める覚悟もなしに、軽々しく『殺す』とか言ってんじゃねぇよ」
 かりんの背が壁に当たり、後退が止まる。
 対し、ジュンイチはかまわず前進。ついにかりんの目の前に立つ。
「ほら、間合いだぜ。
 殺るんだろ? さっさと殺れよ」
「ぅ……ぅ…………っ!」
 ジュンイチの言葉がプレッシャーとなって、かりんの両肩にのしかかる。
 彼女が耐えられたのは――そこまでだった。
「……ぅわぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫と共に、再びかまえられるナイフ。ジュンイチに向け、勢いよく突き込まれ――



   ◇



「く……っ! 文香さんや麗佳さんの言う通りだったってことか!」
 うめきながら、総一はキャロの手を引きながら廊下をひた走っていた。
 しかし、名が挙がった文香やとなりの麗佳、そして彼に手を引かれているキャロからも返事はない。
 なぜなら、彼女達も総一同様必死だから。
「オラオラ、反撃してこねぇなら死ぬ気で逃げな!
 でないと――本当に死んじまうぞ!」
 仮面ライダーゾルダに変身、専用銃マグナバイザーでこちらを銃撃しながら追ってくる手塚から、逃走するために。

 総一の首輪の解除条件――QのPDAを持つキャロの殺害――については、当のキャロによって保留が言い渡された。
 キャロが総一のことを信頼しきっていたこともあるが、まだ“ゲーム”は初日。総一と相容れないと言い切るには早すぎると文香も判断したためだ。唯一警戒していた麗佳を多数決で押し切る形で、この話は一時棚上げとなった。
 とりあえず、共闘が容易な相手――中でも麗佳やキャロの解除条件とかみ合い、且つ対JOKERのために共闘しやすいKやJのPDAの持ち主を探そうということになったのだが、そこへこの手塚の襲撃である。
 戦闘に対し消極的なメンバーが大半であったところにさらに不意打ち。総一達は反撃どころか自分達の身を守ることすらままならず、ただ逃げ出すしかなかった。

「へっ、逃がしゃしねぇよ!」
 ただ逃げるばかりで反撃してこない。そんな総一は手塚にとって格好の獲物でしかなかった。
 なら、このゾルダの力を試すテスト相手にしてやる――ベルトに収めたカードデッキからカードを引き抜き、マグナバイザーの銃身下部に備えられたカードリーダーにセットする。

《SHOOT VENT》

 同時、飛来するのは彼の身の丈ほどもある大型砲。しっかりと狙いを定めて――“総一達の頭上を”撃つ。
 狙い通り、砲弾は総一達の真上を駆け抜け、行く手の天井を爆砕。降り注いだガレキが総一達の逃げ道をふさいでしまう。
「しまった!」
「へへっ、もう袋のネズミってヤツだな」
 退路を断たれ、うめく総一に対し、手塚は余裕だ。大型砲を手放すと、悠々とこちらに向けて歩を進める。
「総一さん。変身して、ミラーワールドから回り込めば、逃げられるんじゃないですか?」
「いや、たぶんムリだ。
 こちら側のものが破壊された場合、その光景を鏡越しに映し込んでいるミラーワールドでも同じように天井が崩れてるはずだ。
 アイツの脇を抜けようにも、アイツだってミラーワールドまで追ってくるだろうし……」
 提案するキャロだったが、その案は総一によって却下される。
「もう、やるしかないってワケね……」
 言って、ファムのカードデッキを取り出す麗佳だったが、その手を文香が押しとどめる。
「待ちなさい。
 ここで戦いに乗っても、この“ゲーム”を仕掛けてきている連中の思うつぼよ」
「なら、このまま黙って殺されろとでも!?
 それだって、『“ゲーム”を仕掛けてきている連中の思うつぼ』なんじゃないんですか!?」
 止める文香と戦おうとする麗佳、二人が押し問答を繰り広げていると、
「……オレが行きます」
 言って、総一が前に出た。
 その手に、自分のカードデッキを握りしめながら。
「お、ようやくやる気になりやがったか」
「他のみんなに戦わやらせるよりは、少しはマシだろ」
 手塚に答え、総一は傍らの鏡に向けてカードデッキをかざす。
 それに伴い、総一の腰にベルトが巻かれる。その際、鏡に映った総一のデッキが後方に控えるキャロにもチラリと見えて――
「――――っ!?」
 そこに見えたのは、デッキの中央に刻まれた――



 ――龍の、紋章。



 そういえば、と思い出す。
 総一は、自分のデッキをキャロ達に見せてはいなかった――それ以上に、先に差し出した彼のPDA、そこに書かれた彼の首輪の解除条件の方が重要な問題だったために話題がそちらにシフトして、そのまま忘れられていたのだ。
 驚愕するキャロの前で、総一はデッキを手にかまえる。そして――







「変身!」







 デッキをベルトに装填そうてんし、











 仮面ライダー龍騎へと、その姿を変えていた。



   ◇



「………………っ、く…………っ!」
 止まっていた。
 ジュンイチの胸を刺し貫くはずだったナイフが、まさに彼の目の前で。
 そして、そのナイフを握るかりんは――
「…………〜〜〜〜っ……!」
 泣いていた。
 ナイフをジュンイチの胸に突きつけたまま、涙をボロボロ流して泣いていた。
「なんでよ……っ!
 どうして反撃してこないの!? どうして、そんな簡単に自分の命を投げ出せるの!?」
 ジュンイチは、あまりにも無防備すぎた。
 かりんが攻撃をためらうほどに。
 今にも殺されそうな状況にあって、それでも彼は自然体であり続けた。そんな彼に、かりんは刃を突き立てることができなかったのだ。
「なんで……どうして……っ!」
「んー、お前らにわかってもらえるかどうか、ちょっと微妙な理由なんだけどな」
 泣きじゃくるかりんに対し、ジュンイチはそう返しながら彼女へと手を伸ばし、
「信じたんだよ。
 お前の……その“殺意を”な」
 優しく、その頭をなでてやった。
「殺意を……信じる……!?」
「あぁ。
 病気の妹を救うためなら、人を殺す覚悟すら決められる――お前は、そのくらい“優しい”女の子だ。
 そして……そのくらい“優しい”からこそ、オレを殺すことはできない。そう思った」
 思わず返すかりんに対し、ジュンイチは彼女の頭をなで続けながらそう答える。
「やめとけやめとけ、優しさからの殺しなんぞ。
 優しさに突き動かされての殺人は、その優しさ故に良心が心を壊す。
 心の壊れたお前を……妹さんが見たいと思うか?」
「――――――っ!」
 ジュンイチの言葉に、かりんの脳裏に妹の姿が浮かぶ。
 もし、彼女が自分の命を救うためにかりんが人の命を奪ったと知ったら……
「……あぁっ、かれんっ!」
 カランッ、と音を立て、ナイフが床に転がる――ヒザから力が抜け、かりんはその場に泣き崩れた。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!
 かれんっ! かれんっ! どうすれば……どうすれば、あたしはお前を救ってやれるの!?」
 緊張、恐怖、そして妹への愛情――さまざまな感情が頭の中をかき回す。大声で泣きわめくかりんの姿を、ジュンイチはただじっと見つめていた。
 ただじっと見つめて――やがて、口を開く。
「渚さん」
「何?」
「彼女を、勝たせよう」
 強い決意と共に、ジュンイチはキッパリと宣言した。
「彼女を、この“ゲーム”で生存させる。
 生き残らせて、賞金を持ち帰らせて――妹さんを助ける」
(そう……
 それが、この世界でオレのやるべきこと。勝手にそう思わせてもらう)
 胸中で付け加え、ジュンイチは軽く息をつく。
「でもそれだと、ジュンイチくんの首輪は……」
「んー、オレの?
 大丈夫。オレのは“そういう条件”じゃないから」
 口を挟んでくる渚に答えて、ジュンイチは自分のPDAを見せた。
 彼のPDAは――



 『Q:二日と23時間の生存』



「な? 大丈夫だろ?」
 言って、ジュンイチはポケットに自分のPDAを戻して――
(…………まぁ、真っ赤なウソなんだけどな)
 その内心では、渚に対してペロリと舌を出していた。
 そして思い出すのは、自分のPDAに書かれていたルール――

 

CJOKERはいわゆるワイルドカードで、トランプの機能を他の13種のカードすべてとそっくりに偽装する機能を持っている。
 制限時間などはなく、何度でも別のカードに変えることが可能だが、一度使うと一時間絵柄を変えることができない。
 なお、どのカードに偽装しても解除条件については表記が偽装されるだけであり、実質的な解除条件はJOKERのそれのまま維持される。そのため、偽装したカードの解除条件を満たしても首輪を外すことはできない。



 本来はライダーのルールが書かれていたはずのCのルールに、キャロが疑問に思っていた“JOKER”の機能についての説明が記載されていたのだ。
 つまり――
(勘弁しろよ。
 オレのPDAの“正体”を知ったら、お前ら絶対警戒するだろうし……しなかったとしても、かりんを助けるとしたらオレはTHE END。そんなの絶対反対するだろうしな)
 ポケットの中でPDAを操作し、“すでに前回の使用から一時間が経っているPDAの偽装を本来の表示に戻す”
 そう――“JOKERとしての本来の姿に”
 すなわち、彼のPDAはJOKER。その首輪の解除条件は――



 総一キャロかりんを守り――最後に裏切り、殺すこと。



   ◇



「きゃあっ!?」
 悲鳴と共に、金色のライダーが地面を転がる。
 なす術なく打ちのめされ、仮面ライダーオーディーン――郷田真弓は対峙する相手をにらみつけた。
「どういうつもり……!?
 あなた、自分の立場がわかっているの!?」
「あぁ、わかってるさ」
 声を上げる郷田だが、対峙する“青い仮面ライダー”はあっさりと答える。
 その心底楽しそうな声色に、仮面の裏で“彼”が浮かべているであろう獰猛な笑みを想像し、郷田の背筋を怖気おぞけが走る。
「プレイヤーキラー、なんだろ? オレは。
 だったらその通りにやるさ。プレイヤーは“みんな”、ブッ殺してやりゃあいいんだろ!?」
「それでどうして私を狙ってくるの!?
 私はゲームマスターよ! あなたが狙うべきは、一般の――」
「わかってねぇな。
 “だからこそ”、真っ先にお前をつぶすんだよ!」
 答えて、“青いライダー”――仮面ライダーアビスが突撃。手にした武器で郷田を、オーディーンを吹っ飛ばす。
「ジャマなんだよ。てめぇがなぁ。
 せっかく楽しく戦ってるんだ。ゲームマスターだかなんだか知らねぇが、お前らの都合で引っかき回されたらたまんねぇんだよ。
 オレはオレで好きにやらせてもらうぜ――そのためには、お前らはジャマなんだよ!」
「……狂ってる……!」
「上等だよ。
 人間狂ってけっこう! それが戦争だ!」
「く…………っ!
 誰よ、こんな狂犬をプレイヤーキラーに選んだのは!」
 うめいて、郷田はデッキからカードを引いた。自身の武器、ゴルドバイザーのカードリーダーにセットし、

《FINAL VEN
おせぇっ!」

 再びアビスによる一撃。ゴルドバイザーは破壊され、郷田の起死回生の必殺技は不発に終わる。
「さぁ……始めようじゃねぇか!
 ライダー同士による、とんでもねぇ戦争ってヤツをよぉっ!
 手始めに――お前からブッ殺してやらぁっ!」
 言って、アビスは自身の武器、アビスバイザーにカードをセットし、

《ADVENT》

 カードが読み込まれるのと同時、彼の傍らに二体の怪人が姿を現した。
 ミラーワールドに生息し、仮面ライダーと契約することもできるミラーモンスター。アビスと契約しているそれはサメ型のアビスラッシャー、シュモクザメ型のアビスハンマーだ。

《FINAL VENT》

 そして、さらなるカードを読み込ませる――と、二体のミラーモンスターがひとつになり、より巨大な一体のミラーモンスターとなる。
 合体ミラーモンスター、アビソドンだ。荒々しく空中で跳ねたアビソドンは郷田をにらみつけ――襲いかかった。文字通り頭からかぶりつき、乱暴に振り回して周囲の壁に叩きつける。
 現実世界とミラーワールドを何度も行き交い、郷田をくわえたまま暴れ回るアビソドン。何度も地面や壁に叩きつけられ、郷田を包むオーディーンのアーマーが見る見るうちに打ち砕かれていく。
 あっという間に見る影もなくなった郷田が地面に放り出され、最後にアビソドンが頭から突っ込んで――オーディーンに変身したままの郷田を押しつぶした。



「ふぅっ……」
 すでに物言わぬ肉の塊になど興味はない――息をつき、アビスは最後に郷田が取り落としたPDAを拾った。
 5――首輪の解除条件は、建物内に用意された全チェックポイントの通過。
「チッ、自分達だけ楽な条件選びやがって……こんなやりがいのねぇ条件で、何が楽しいんだか。
 とにかく……これで晴れて自由の身ってワケだ」
 つぶやき――しかし、アビスはすぐに思い直した。
「いや……まだだな。
 まだ、ゲームマスターがくたばった時用のサブマスターがいたはずだ」
 言って、PDAを操作。“ゲーム”の関係者だけが使えるサブ機能で参加者の一覧を呼び出す。
「……っと、コイツだな。
 なら、次はコイツをブッ殺すとするか」
 言って、彼が見つめる画面に映るのは――



 渚だった。

 

現時点での死亡者
 長沢勇治(PDA:3)/仮面ライダーガイ
 漆山権造(PDA:7)/仮面ライダーシザース
 郷田真弓(PDA:5)/仮面ライダーオーディーン ※メインゲームマスター

残りライダー
 11名+一名プレイヤーキラー
 

to be continued……


次回、仮面ライダーディケイドDouble!
 

総一 「いっそ、全部なかったことにできればどれだけ楽か……」
   
キャロ 「本当は、いつも誰かのために戦ってる……」
   
アビス 「さっさとかかってこいやぁっ!」
   
キャロ 「……いきます!
 変身!」
   
ジュンイチ 「こいつらの想いは、てめぇに喰いものにされるために育んできたワケじゃねぇんだ!」

第7話「果てなき希望いのち

総てを滅ぼし、総てを生かせ!


 

(初版:2012/03/23)
(第2版:2012/04/15)
(書式修正)