「へぇ、お前が龍騎だったのか」
キャロ達を守るため、ついに変身した総一。仮面ライダー龍騎となったその姿を見て、仮面ライダーゾルダ――手塚はヒュウと口笛を鳴らした。
「ちっとも戦いたがらねぇから、ロクでもねぇデッキを引き当てたのかと思ったら、なかなかどうして、当たりじゃねぇか」
「当たりか外れか……そんなの、関係ないさ」
答えて、総一はデッキからカードを何枚か引き、その内のひとつを左手の召喚器、ドラグバイザーにセットする。
「手塚……ここは退いてくれ。
オレは戦うつもりなんかないんだ」
「へっ、今さら何言ってやがる。
仮面ライダー同士が顔合わせたら、もう殺し合うしかねぇだろ!」
言うと同時、マグナバイザーの引き金を引く手塚だったが、
《GUARD VENT》
総一はドラグバイザーにセットしていたカードを読み込ませた。両肩にシールドを装着、手塚の銃弾を防ぐ。
「くっ、どうしてもやると言うのなら!」
そして、総一は続けてもう一枚カードを読み込んで、
《SWORD VENT》
飛来するのは専用剣ドラグセイバー。手にしたそれを思い切り振りかぶり――
「っ、のぉっ!」
手塚に向けて思い切り投げつけた。
「んなっ!?」
これにはさすがの手塚も意表を突かれた。サイドステップで回避、狙いを外して飛んでいくドラグセイバーを思わず見送って――
「おぉぉぉぉぉっ!」
総一がそこに飛び込んだ。手塚の肩をつかみ、そのまま押し込むようにして自分もろともミラーワールドへと飛び込んでいく。
「みんな、今だ!」
「えぇ!」
「はい!」
総一の言葉に文香とキャロがうなずき、麗佳と共に手塚のいなくなった通常空間の廊下を駆け抜け、その場からの逃走を図る。
「チッ、逃がすかよ!」
そうはさせじと、手塚も彼女達を覆うとするが、
「三人に手出しはさせない!」
《STRIKE VENT》
総一が右手に龍の頭を模した格闘武器、ドラグクローを装備し、手塚の前に立ちふさがる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
かまえたドラグクローの口の中に炎があふれ――
「昇竜……突破ァァァァァッ!」
撃ち出された。炎の渦が手塚の前にぶちまけられ――その炎が収まった時、キャロ達も、総一も、手塚の視界から完全に消えうせていた。
「……チッ、逃がしたか……
ま、生きてりゃそのうちまた会えるか」
舌打ちするも、手塚はすぐに気を取り直してその場を立ち去るのだった。
第7話
「果てなき希望」
「ジュンイチさんもキャロちゃんも、どこ行っちゃったんだろう……」
一方、こちらは七瀬家――行方のわからないジュンイチや探しに出たまま帰らないキャロをみんなが探して回る中、体力的に長々と出歩いていられない八重は家でみんなの帰りを待っていた。
「まさか、この世界のライダー達と戦ってるんじゃ……」
思い返すのは、かつて見た、ディケイドと多くのライダー達が戦い合う夢のこと――言い知れぬ不安を感じ、八重はその身を震わせて――
「――――――っ!?」
突然、彼女の周りに“黒いオーロラ”が発生した。思わず身をすくめる彼女を飲み込み――次の瞬間には、八重は無人のビル街の中に独り佇んでいた。
――いや、ひとりではない。
もうひとり――今までにめぐった二つの世界で、彼女達の見えないところで暗躍していたあの男が、八重の目の前に立っていたのだ。
「あ、あなたは……!?」
「この“世界と時代”では、会うのは初めてかな? 七瀬八重」
尋ねる八重に対し、男は静かにそう返してきた。
「私は鳴滝……預言者だ。
ディケイドが世界の破壊者だと警鐘を鳴らす者……」
「あなたの、目的は……!?」
「ディケイドは危険だ。
キミを死なせるワケにはいかない」
「そんなことありません!」
鳴滝と名乗った男の言葉に、八重はキッパリと反論した。
「ジュンイチさんは危険なんかじゃない……あなたの言うような、世界を破壊する存在なんかじゃない!」
「この先もそうだとは限らない。
ディケイドは、この世界でも戦っている……ライダー同士の戦いの中で、ディケイドは悪魔に目覚める!
そして始まるのだ……“ライダー大戦”が!」
「ライダー大戦……!?
あんなもの、私の見たただの夢です!」
キッパリと答える八重の言葉に、鳴滝はため息をつき、
「……まぁいい。
ディケイドによって、この世界も壊される……その時になって気づくのだ。私の言っていたことが、間違っていなかったことに」
その言葉と同時、再び八重を“黒いオーロラ”が包み込み――気づいた時には、元いた七瀬家の居間へと戻されていた。
◇
「…………ん。よく寝てる」
さんざん泣いた末、緊張の糸の切れたかりんはそのまま深い眠りに落ちてしまった。
よほど気を張っていたようだし、ゆっくり寝かせてやりたいのだが、廊下のド真ん中ではそうもいかない。かりんを担ぎ、渚と共に近くの倉庫へと退避した。
軽く部屋を探索してみたところ、“ゲーム”の主催者側が仕込んだと思われる“アイテム”をいくつか発見。さらに毛布を見つけたので、眠っているかりんにかけてやる――と、以上が現時点までの流れである。
「フフフ、優しいんだね、ジュンイチくん」
「ほめても何も出ませんよ――っと」
微笑む渚にそう答えると、ジュンイチは手元の、自分のPDAへと視線を落とした。
画面表示はQに偽装――通算三度目の偽装だ。あと二回偽装すれば、6のPDAを持つ人物は首輪の解除条件を満たすことができる。
とはいえ、その“6のPDAを持つ人物”の人となりがわからないのも不安だ。
首輪が外れてすんなり“ゲーム”から外れてくれればいいが、仮に『賞金を“山分け”』というルールに引っ張られ、頭数を減らそうと“ゲーム”を続行されようものなら目も当てられない。
もしそうなれば、首輪の制約もなしに暴れ回る最悪の敵の完成だ――もっとも、彼らの知らないところで、すでに“そういう敵”がこの建物の中に放たれているのだが。
いずれにせよ、かりんや渚に対し自分のPDAをごまかし続けるためにはJOKERの偽装機能は使い続けなければならない。ここはあきらめるべきところかと自分を納得させ、ジュンイチはPDAと同色のプラスチックケースを取り出した。
部屋の中を調べた際、毛布と共に見つけたいくつかの“アイテム”のひとつである。
ケースにはコネクタがついており、PDAに接続できるようになっている。ケース外側の表記によれば、PDAの拡張ソフトのインストーラのようだ。
タイトルには『PLAYER COUNTER』と書かれている。もうこれだけで、生存しているプレイヤーの人数を確認できるものだと想像できた。
(……ま、あった方がいいよな)
この“ゲーム”が生き残りをかけたサバイバル戦である以上、プレイヤー残り人数の把握は地味に重要な要素だ。それを確認できるこのツールの存在は非常にありがたいとさっそくインストールする。
インストールが終わり、さっそく起動してみる――現在のプレイヤー人数は11人。初期人数が14人であるから、すでに三人のプレイヤーが脱落していることになる。
「えっと……この状態のままもらえる賞金は20÷11で約1億8000万円。
かりんの妹さんの手術に必要な金額が3億8000万円で、オレの賞金を丸ごとアイツにくれてやるとすると約3億6000万円……
うーん、微妙に足りないなぁ……あだっ!?」
困ったようにつぶやくジュンイチの頭に、ずびしっ、とチョップが打ち込まれた。
打ったのは――
「もう、ジュンイチくんってばカッコつけすぎ。
私だって、かりんちゃんの妹さんを助けてあげたいんだからね」
「はいはい、わかってますよー」
ぷりぷりと頬をふくらませて起こっている渚だ。応えて、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめる。
「でも、まぁ……二人分もあれば、十分かりんの妹さんの手術費はまかなえると思うぜ」
「え?
でも今、『足りない』って……」
「それはあくまで、“これ以上脱落者がなく全員生存したら”っていう希望的観測が基準だから。
実際には間違いなく、さらにプレイヤーは減るだろう。現状からひとり減るだけで、賞金はひとりあたり20÷10で2億円。二人分で4億円……ほら、足りた。
生存者が五人以下にまで減れば、ひとりで4億円だ。かりんひとりで十分にまかなえる計算になる」
「そううまくいくのかな……?」
「人数が減る……そっちについては、いくと思うよー。
だって……“あんなの”も、この先ゴロゴロしてるんだろうからさ。戦いの激化は必至だろ」
渚に答えてジュンイチが見たのは、プレイヤーカウンターと共に見つけた“アイテム”……否、“武器”だ。
コンバットナイフが一振りと、ブラックジャックがひとつ。
要するに“ライダーに変身しなくても使える武器”だ。先ほど渚を狙い、かりんを狂気に走らせたナイフもまた、誰かが入手した、こうした武器のひとつだったのだろう。
「でもでもー、こんなのもらっても、変身した方がよほど強いよね?
こんなの、もらえる意味あるのかな……?」
「必要なんだよ。
こういう武器がないと、“デッキは破壊されたけど本人は無事”って状況が発生した時にそいつの戦闘手段がまったくない状態になっちまう」
首をかしげる渚に答えて、コンバットナイフを手に取る。
「けど、こういう通常の武器があれば、デッキを失ってもやり方次第で他のプレイヤーを殺すことは十分に可能だ。
この“ゲーム”の主催者様達は、どうあってもオレ達に“殺し合い”をさせたいらしいね」
(……なるほど。
さっきシザースの死体を調べていた時といい、頭のキレもかなりのものだね)
つらつらと推論(正解)を述べるジュンイチの姿に、渚は自分の中での彼の実力評価をさらに一段引き上げた。
彼がその気になれば、他のプレイヤーにとってはかなりの脅威となるだろう。彼の宣言している通り“かりんを勝たせる”ことも不可能ではない……いや、かなりの現実味を帯びてくる。かりんの首輪の解除条件が人を殺さなくても達成できるものであるということも、その可能性をさらに後押ししていることもある。
ただし……
……“ジュンイチ自身の生存”というファクターを本当に除外できるのなら、という条件がつくが。
(キミの本当のPDAはJOKER。
私達を生き残らせるってことは、自分が生き残れないってことなんだよ……)
ゲームマスターとしての立場から、渚はジュンイチのPDAがJOKERであることを最初から知っていたのだ。
そして――知っているからこそ、ジュンイチのやろうとしていることを素直に信じることはできなかった。
(かりんちゃんや私を生き残らせると自分が死ぬ。
自分が生き残るには、私達を殺すしかない……)
正直、渚はジュンイチが宣言を貫けるとは思っていなかった。
口では協力だ共闘だとうたいながら、結局は裏切り、出し抜き、相手を殺す――それが、この“ゲーム”の常識なのだから。
◇
綺堂渚が初めて“ゲーム”に参加したのは、まだ彼女がジュンイチ達と同じくらいの年頃の時期のことだった。
当時の渚は今とは正反対で、活発で明るい、どこにでもいる元気な女の子だった。
そんな彼女を変えたのが――親友と共に参加させられた、最初の“ゲーム”だった。
「真奈美っ!
よかった、やっと会えた!」
「渚!?」
すでに“ゲーム”開始直後の戦闘禁止も解除されてかなりの時間が経っていた――ようやく捜し求めていた親友の姿を見つけ、渚は驚く親友へと駆け寄った。
「あなたもここに閉じ込められてるって聞いて、ずっと探してたのよ!
無事!? どこもケガはない!?」
「う、うん……だ、大丈夫……」
うなずく真奈美だったが、その身体はすっかりすくんでしまっている――それだけで、彼女がどれほどの恐怖にさらされていたのか、容易にうかがい知ることができた。
「そう、よかった……っ!」
だからこそ、渚は彼女の無事に心から安堵していた。
彼女は――麻生真奈美は、渚の友人の中でも特に仲のいい、親友と呼んで差し支えのないほどの友人であった。
「こんな馬鹿げたことってないわ。
一緒に帰るわよ、真奈美! こんな場所で、無意味に殺されてたまるものですか!」
「そ、そうだよね〜。
帰れば〜、御家族のためになるし〜」
「そうよ。
きっと私達のことを心配してるわ。早く帰って安心させてあげなきゃ!」
出会いは古く、小学校に入ってすぐに出会い、ずっと友情を育んできた。
誰よりも互いのことを知っている二人だった。
しかし――
知っているからこそ、生じる亀裂もあるということを、彼女はこの後思い知ることになる。
「渚〜、それで、これからどうするの〜?」
「そうね。
いろいろ考えたんだけど……ここに書いてあるルールは、残念ながら本当だと考えるしかないと思うの」
言って、渚は真奈美に向かってPDAを差し出した。
現在から見て何年も前の話なので、PDAはジュンイチ達に配られたものよりも一回り以上大きかった――しかし、その機能自体はこの時点でほぼ完成されており、現在の機種と変わらない性能を備えていた。
「や、やっぱり〜、そうなのかなぁ〜」
「えぇ……
私の知ってるだけでも、もうすでに二人も、ルール違反で亡くなってるの」
「ふ、ふたり!?
じゃあ、もう、四人も死んじゃったんだ……」
「真奈美の方でも!?」
「う、うん……」
聞き返す渚に、真奈美は今にも泣き出しそうな様子でうなずいた。
「香田さんも、西嶋さんも、初めは仲良しだったんだけど……にっ、西嶋さんが、突然私達を殺そうとして、それでっ、香田さんが刺されてっ!
わっ、私、怖くて何もできなくてっ! 香田さんが真っ赤になって、それで、それでっ!」
こらえきれず、涙をボロボロと流す真奈美を、渚はそっと抱きしめた。
「あなたの方も、大変だったのね……
ともかく、あなただけでも無事でよかったわ、真奈美」
「うっ、うぅっ……
な、渚ぁ……っ、う、うぅ……っ!」
渚にすがりつき、泣き崩れる真奈美――彼女が落ち着くのを見計らって、渚は改めて彼女に告げた。
「真奈美、落ち着いて聞いて」
「な、なぎさ……?」
「生きて帰ろう、真奈美。
私と真奈美、二人一緒によ……こんなところで死んだら、なんにもならないから」
「家族のためにも?」
「えぇ、そうよ。
だからまず、この首輪を外すの」
「る、ルール通りに!?」
渚の言葉に、真奈美はガタガタと身を震わせる……そんな彼女を安心させるように、渚は優しく微笑んだ。
「ヤツらの言いなりになるのはしゃくだけど……首輪もルールも冗談じゃないわ。時間がくれば、私達は本当に殺されてしまうはずよ」
「冗談じゃ、ない……」
「大丈夫よ、真奈美。
二人でやれば、きっと大丈夫……これまでだって、そうだったでしょ?」
震える真奈美――その古江を、渚は首輪やルールを恐れてのことだと考えていた。
しかし、真奈美がこの時考えていたことはまったく違っていた。
真奈美は知っていた。
綺堂家には莫大な借金があったことを。
それは数年前に事業に失敗した渚の父親が作り出したもので、負債総額は20億円以上。
会社が手元に残っていれば返済の可能性もあったのだが、事業の失敗によって会社が乗っ取られてしまっている現状では返済の目処すら立たなかった。
綺堂家の生活は一気に苦しくなった――そしてそれは渚自身も例外ではなかった。
麻生真奈美はそれを知っていた。
苦しい時期の渚を精神的に支えていたのは他ならぬ真奈美だったから。
しかし、それだけに真奈美は知っているのだ。
渚がどれだけ家族を大切にしているのか。
そして――渚の家族が、どれだけお金を必要としているのかを。
常に間近で見ていた真奈美だからこそ、渚とその家族の必死さ、そして家族への深い愛情を誰よりも知っている。
『開始から三日間と一時間が過ぎた時点で生存している人間をすべて勝利者とし、20億円の賞金を山分けする』
PDAには、確かにルールの欄にそう書かれていた。
ルールが真実なら、冗談じゃないなら、そして渚がルール通りにするというのなら――渚は賞金を手にすることになる。
それも、文字通りノドから手が出るほどほしいはずの、とんでもない額の賞金を。
“生存者の数次第では”負債のほとんどを返済できてしまうほどの賞金を。
真奈美は渚のすべてを知っている。
だからこそ、思ってしまったのだ。
(渚は本当に、二人で帰るつもりがあるの?
私を裏切らないの?
20億を独り占めしようって、思わないの?)
真奈美の心に刺さった小さなトゲ――
それが、二人を最悪の結末へと導いた。
「銃を下ろして、真奈美っ!
どうして私に銃なんて向けるの!?」
「だ、だって知ってるんだもん!
渚ちゃん、お金が欲しくてたまらないんでしょ!? 家族を助けたいんでしょ!?」
やめるよう説得する渚だったが、銃口が自分から外れることはなかった――恐怖にその身を震わせながら、真奈美は渚に銃を向けていた。
「お金は欲しいわよ! でも、こんなことでお金をもらったって仕方ないじゃない!
本当にくれるかどうかもわからないのに! だから真奈美、銃を下ろして!」
「そんなのウソ!
ひとりで帰れば20億円よ! 渚ちゃんのお父さんの借金も、半分以上返せる! 私、知ってるんだから!」
渚の言葉を、真奈美は頭ごなしに否定する――真奈美が渚に銃を向けたのは、参加者が残り少なくなってきた三日目。長く続いた戦いの果てのことだった。
渚と真奈美は女二人だけということもあり、他の参加者からは頻繁に狙われていた。
だまされたことも一度や二度ではない。裏切りもあった。
それなのに二人が今もなお生き残っているのは奇跡に近いことだった。
その“奇跡”を実現させたのは、他ならぬ渚の、何としても家族のもとへ帰ろうとする強い意志の力だった。
だが――真奈美はそれを見ていた。
“何としても”首輪を外し、家族のもとへと帰ろうという渚の姿をずっと見てきたのだ。
時には銃も使った。身を守るための、仕方のないことではあったが、それもまた、“家族と自分のためなら迷わず銃を使う”と真奈美には受け止められていた。
だからこそ――真奈美は思ってしまった。
渚の銃が、いつか自分にも向けられるのではないか、と。
「お願いだから撃たないで、真奈美!
私はあなたを殺そうだなんて思ってないのよ!」
「うるさいうるさいっ!」
言い返し――その拍子に引き金が引かれた。
銃弾が渚に当たることはなかったが、渚にとってそれは致命的な一発だった。
ここでさんざん繰り返した反応がここで出た――銃撃してきた相手に、思わず銃を向けてしまったのだ。
「ほら、やっぱりそうなんだ!
渚ちゃん、やっぱり私を撃つんだ!」
「こ、これは、いきなり撃たれたから反射的に……」
渚が説明しようとするが、真奈美にその言葉が届くことはない。
“普段の”真奈美であれば、渚が撃つなど絶対に思わなかっただろう。
しかし――“今の”真奈美は違った。
“ゲーム”によって演出された三日間の殺し合いの中、強いストレスにさらされた彼女はまるで睡眠が取れていない。
判断力も意志の力もどんどん薄れる中、人間の醜い部分を見せつけられた。
そして、自分が恐怖に震えているにも平然と立っている渚の姿を見て、真奈美は何もかもが信じられなくなっていた。
もちろん、渚も恐怖がなかったワケではない。ただ、家族のもとに帰るという想いが彼女を支えていたにすぎない。
しかし――そんなこともわからないほど、真奈美は目の前の状況に追い詰められていた。
「私を殺してお金にするつもりなんでしょ!?
それとも、私を殺したら渚ちゃんの首輪が外れるワケ!?」
「そんなつもりはないのよ、真奈美!」
渚が叫ぶが、真奈美の心の闇が晴れることはない
『渚は自分を殺して、20億円を持って家族のところに帰るつもりなのだ』
彼女の頭の中は、そんな黒い考えに支配されていた。
その渚が、無意識下の反応だったとはいえ真奈美に銃を向けた――この時点で、彼女の頭の中の疑念は事実無根の確信へと変わった。もはや、この時点で説得の可能性はほとんどなくなってしまっていた。
そして――
渚だけが、生き残った。
◇
「ジュンイチさんだけじゃなくて、キャロとまで連絡がつかなくなるなんて……」
手分けしてほうぼうを捜し歩いているが、ジュンイチを見つけることはできないでいる。
それどころか、今度はキャロまでフリードを残して姿を消した――いったい何が起きているのかと、エリオは二人を捜して街を歩きながら苦々しくうめいた。
デバイスのサーチも込みで捜しているというのに、反応もなければ通信による呼びかけへの反応もない。どう考えても、ただ事ではない。
「二人とも、一緒にいるんだろうか……!?」
ただ焦りばかりが募っていく。一度他のみんなと連絡を取ろうと、人目を避けて路地裏に入り――
「エリオ・モンディアル」
「――――――っ!?
あなたは……!?」
自分達の世界にも、そして『キバ』と『恋姫』の世界にも現れた、マントの人物がそこにいた。
◇
「ぐわぁっ!?」
一撃を受け、仮面ライダーインペラー、葉月克己は無様に床を転がった。
すぐに身を起こそうとするが、そこにアビスが蹴りを入れ、再び床を転がる。
「く…………っ!」
《ADVENT》
それでも、なんとかカードを使い、契約モンスターを呼び出す――召喚されたレイヨウ型のミラーモンスターが、次々にミラーワールドから現れてアビスを包囲する。
「こんなところで、死ねるか……っ!」
葉月克己は、どこにでもいるただの家庭持ちのサラリーマンであった。
その日も、いつも通りに仕事を片づけ、妻と娘の待つ家に帰ろうとしたところで記憶が途切れ、気づけばこの異様な“ゲーム”の中に取り込まれていた。
「帰るんだ……っ!
妻が、娘が、私の帰りを待っているんだ!」
「へっ、くだらねぇな」
なんとしても、家族のもとに帰りたい――自分を鼓舞する葉月を、アビスは軽く鼻で笑い、
《FINAL VENT》
自身のカードを、使用した。
◇
「――――――っ」
プレイヤーカウンターの数字がひとつ減った。
かりんも目を覚まし、先に進む道中――たまたまチェックしたそのタイミングで起きた変化に、ジュンイチは思わず顔をしかめた。
「ジュンイチくん……?」
「ジュンイチ……?」
「……誰か、やられたらしい」
そんな自分に気づいた二人には隠していてもしょうがないので素直に答える。
「いるっていう前提で考えてはいたけど……ホントにいたみたいだな。ガチで殺し合いに参加してるライダーさんがな」
「うん……」
ジュンイチの言葉に、かりんは渋い顔でうなずいた。
「あたしも、ジュンイチが止めてくれなかったら……“そう”なってたかもしれないんだよね……」
「『止めた』? ジョーダン言うな。
『止まった』んだよ。お前が、自分でな」
先ほどジュンイチに刃を向けたことを悔やんでいるかりんだったが、ジュンイチの答えはあっさりしたものだった。
「オレはお前に選択を委ねただけ。止まったのはお前自身の判断だ。
誇っていいぜ。あそこまで追い込まれて、そこで止まれるヤツはそうはいねぇ」
「って、止まらなかったらどうするつもりだったの!?」
「刺された上で、お前を“敵”としてブッ飛ばしてただろうな」
ギョッとして聞き返すかりんに答えて、あの時かりんが握っていたナイフを取り出す。
「握って刺すより投げて刺すことを目的とした、投げナイフ用のナイフだ。
こんな小ぶりの刃じゃ、よほどうまく急所に刺さらないと致命傷にはならないだろうな。
で、テンパってる素人に急所なんて狙えるワケがねぇ。あそこでお前がそのままオレを刺していたとしても、オレの急所を捉える可能性はゼロに近くて……オレが思わずかわしちまう分を考慮に加えると、ゼロだとハッキリ断言できた」
「……つまり?」
「あそこでかりんがオレをブッ刺していたところで、オレが死ぬことはまずなかった。
どう転んだところで、かりんがオレを殺す心配はなかったワケだ……がっ!?」
余裕しゃくしゃくで語っていたところに、弁慶の泣き所に強烈な一撃×2――かりんと渚に両足を蹴られ、ジュンイチは思わず飛び上がった。
「何バカ言ってるのさ……!?
たとえ死なないとしても、刺されるんだよ!? 傷つけられるんだよ!?
なのに、なんでそんなふうに平然としていられるの!?」
「そうだよ、ジュンイチくん。
キミは少し自分を大事にしなさすぎだよ」
「ンなコト言われても……っ!」
痛む両足を抱え、体育座りの姿勢で地面を転がるジュンイチがうめき――
「――――――っ!?」
何かに気づいた。痛みも気にせず、真剣な表情で立ち上がる。
「ジュンイチ……?」
「ジュンイチくん……?」
「しっ」
首をかしげる連れ二人に対し口元に人さし指をあて、『静かに』とジェスチャーで伝える。
「誰か来る。
集団だ。数は……4」
小声で伝え、さらに詳しく気配を読み――ジュンイチは眉をひそめた。
集団はもう、自分達のいる通路の目と鼻の先、曲がり角の向こうまで来ている――が、その中に“ものすごく覚えのある気配”がひとつ。
これは……
「キャロ……?」
「え……?」
曲がり角の向こうから声が返ってきて――
ジュンイチ一行とキャロ一行が、対面を果たしていた。
◇
「はぁっ、はぁっ……!」
“ゲーム”の舞台となっている無機質な建物の中を、10歳前後の少女が走っていた。
その手には、PDAとカメレオンの紋章が刻まれたカードデッキ――しかし彼女、色条優希はそのどちらについてもろくに使い方を理解していなかった。
だから――自分を追ってくる青い鎧の人物が仮面ライダーであることも、わかっていなかった。
ただ唯一わかっているのは、青いライダーが自分を殺そうとしていることだけ。
相手はゆっくりと歩いているが、本気になって走り出せば、自分などあっさりと追いつかれてしまうだろう。今のうちに少しでも距離を離そうと走る速度を上げる。
曲がり角を曲がり、追いつかれない内に、相手に見られない内に近くの部屋に逃げ込む。
扉を閉め、息を潜めて様子を伺う。鎧の人物の足音は、そんな優希の隠れている部屋の前に差し掛かり――通り過ぎた。
足音はそのまま去っていく。危機は去ったと、優希はホッと胸をなで下ろす。
とりあえず一休みしようと、息をついて部屋の中へと振り向いて――
大口を開けたアビソドンが、彼女の上半身にかぶりついた。
◇
手塚がそれを見つけたのは、必然であり、また偶然でもあった。
総一達を取り逃がした後、彼は建物の中をいろいろと見て回り、ジュンイチが見つけたように、いくつかの武器を発見した。
そして、それを見て考えてた。
これが“ゲーム”として演出されているというのなら、この辺りはまだ序盤。カードデッキはともかく、そんなところから強力な武器を用意するだろうか、と。
だとしたら、建物の上層階にはもっと強力な武器があるのではないか、と。
だから、彼はほかのライダー達を狙うことは一旦中止し、まずは上の階を目指すことを優先。一気に最上階である6階にまで上がって探索を開始した。
まず何より“アイテム”を探すことを優先したのだから、彼がいくつかの武器と共にPDAの拡張ソフトを発見するのは必然と言えた。
だが、彼が見つけたのが“そのソフト”であることはまったくの偶然であり――そしてそれは、他のプレイヤーにとっては最悪の偶然であった。
『カフスサーチャー』。カフス、つまり首輪の位置を探知するソフトである。
加えて、地図の拡張ソフトも入手し、戦闘禁止エリアの位置を始めとする建物の詳細まで手に取るように把握できるようになった。
これらのソフトがあれば、他のプレイヤー達は自分の首輪を解除し、外しでもしない限り手塚にその位置を知られることになる。その動きに応じてワナを張るもよし、奇襲を仕掛けるもよし、まさに“殺りたい放題”というワケだ。
さらに、他に見つけた武器もタチが悪かった。マシンガンに手榴弾、果てはロケットランチャーまで見つかった。
そうして、装備を整えた手塚は再び下層階へと降りてきた。
まだ脆弱な武器しか持たない、デッキくらいしか頼るもののない、他のプレイヤー達を“狩る”ために。
◇
「………………なるほどね。
キミ達の関係については、概ね理解したわ」
ジュンイチ組三名、キャロ組四名、計七名――二つのグループは、ジュンイチとキャロの仲立ちによって衝突することなく合流することができた。
ちょうど近くに戦闘禁止エリアを発見したこともあり、そちらに移動して情報交換。ジュンイチから一通りの事情を聞き、文香が腕組みしてうなずいた。
戦闘禁止エリアに指定された部屋は、他の部屋とは違い、まるで豪華ホテルの一室のような上質な部屋だった。中央に用意された高級ソファに、ジュンイチ組、キャロ組に別れて座り、対面しての会談である。
「つか、まさかキャロまでこの“ゲーム”に巻き込まれていたなんてな……」
「はい……
ジュンイチさんを探して街を歩いていたところまでは、覚えてるんですけど……」
そんな中、ジュンイチは自分のみならずキャロまでもがここにいることに思わず頭を抱えていた。ため息と共にもらしたつぶやきに、キャロも思わず萎縮してそう返す。
「でも、まさかこの世界のライダーがこんな形で殺し合いをしているなんて……
ジュンイチさん、なんとかならないんですか?」
「ムリゆーな。
外野からならいくらでもやりようはあったかも知れないけど、ここからじゃなあ。
ルールの裏側を突いて好き放題……この“ゲーム”を仕込んだヤツらにできる仕返しなんて、それぐらいしかねぇよ」
そもそも、こんな殺し合い自体歓迎できるものではない。なんとかできないものかと一縷の望みを託すキャロだったが、ジュンイチの答えは芳しくない。
肩を落とすキャロに対し、ジュンイチはため息まじりに肩をすくめ――
「いっそ、全部なかったことにできればどれだけ楽か……」
(………………ん?)
一同の輪の一角でポツリ、とつぶやいた総一の言葉に眉をひそめた。
(『全部なかったことに』……)
総一の言葉を反芻するジュンイチの脳裏に、ひとつの可能性が浮かび上がる。
そして――
「そんなことを言っても始まらないでしょう?
今は何としても生き残ることを考えなくちゃ」
「それはわかってるけど……」
「………………それだ」
返す麗佳に総一が反論しようとしたところで、ジュンイチは改めて口をはさんだ。
「ジュンイチ……?」
「その手があった……
そうだよ、全部なかったことにしちまえばいいんだ!
あるんだよ! それができるアドベントカードが!」
怪訝な顔をするかりんに、ジュンイチはそう答えた。
「タイムベントだよ。
オーディーンのデッキに入ってるタイムベントのカードには、時間を巻き戻す効果があるんだ。
オーディーンをふん捕まえて、タイムベントを発動させれば……!」
「この“ゲーム”が始まる前に、時間を戻せる……!
ひょっとしたら、“ゲーム”が始まるのを阻止できるかも!」
「止められなかったとしても、今までの流れはわかってるから、死者が出るのをかなり回避できる可能性はある!」
ジュンイチの説明に、希望を見出したキャロや総一の表情が明るくなる。
「オレとしては、かりんの妹さんの手術費の捻出があるからな。“ゲーム”自体はやりたいところだ。
死者を出さずに勝ち残って、その賞金から手術費のカンパを募る……他のヤツらの賛同が得られなかったとしても、この面子が金を出し合うだけでも十分費用には足りるはずだ」
「ちょっと待って、ジュンイチくん。
こんな殺人ゲームを、もう一度最初からやりたいっていうの!?」
「殺し合わなきゃ、“殺人”ゲームにはならないだろ?」
思わず声を上げる渚だったが、ジュンイチはあっさりとそう返す。
「ここにいる七人が結託するのは前提として……今現在生き残ってる他の二人や、すでに死亡している五人の中にも、“ゲーム”に乗り気じゃない、乗り気じゃなかったヤツはいるはずだ。
過去に戻して、そういうヤツらも取り込んで一大グループを結成すれば、“ゲーム”に乗り気な連中に対する大きな抑止力にもなる。
そうやって戦いを抑え込みながら、殺人が条件じゃないルールの首輪を可能な限り外していく……そうすれば、殺害、死亡が条件のA、3、9、JOKERの首輪についても、光明が見えてくるはずだ」
「どういうこと?」
「オレ達がやろうとしていることが、運営側からすればデメリットしかないからだよ」
麗佳の返しに対しても、ジュンイチの答えにはよどみがない。
「こっちが一大勢力を築けば他のプレイヤーはおいそれと動けなくなる。
そうなれば、この時点で“ゲーム”は膠着状態。動きがなくなる上に、非殺害系の条件の首輪を次々と外されていけば、プレイヤーが減って別の意味で“ゲーム”が動きづらくなる。
当然、殺し合いをしてほしい運営側にしてみればそんな事態は避けたいはずだ。必ず、何かしらのアクションを起こしてくる。
具体的には、解除条件の緩和か……発破をかけるために、“ゲームをぶち壊したペナルティ”と称して条件をより厳しく設定してくるか……そんなところだろうな」
「って、条件厳しくされたらマズイんじゃないの?」
「ところがどっこい、そうでもない」
怪訝な顔をする文香だったが、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべた。
「この“ゲーム”のルール、実によく考え込まれてるだろ?
いくつものルールが相互作用を起こして、完全に抜け道を封じてる。実に見事な包囲網だ。
けど、見方を変えればそこがスキだ――下手なルールの変更は、その包囲網に何かしらのほころびを生じさせる。そこを突くことができれば、包囲網の決壊は不可能じゃない」
「なるほど……
逆に、それを警戒してルール変更を申し出なかったとしても、その時は“ゲーム”は膠着したまま……
運営側としては、スキを突かれるリスクを冒してでも、ルール変更を申し出るしかない、か……」
「そういうことだ。
とはいえ……すべてはオーディーンをしばき倒して、タイムベントのカードを手に入れてからの話なんだけどな」
納得する総一に、ジュンイチは改めて話を本題に引き戻した。
「どうせ、こうして話してることは運営側には筒抜けだろうしね。
向こうも、タイムベントを奪われまいとあの手この手を打ってくるだろうな」
「だよね……って、筒抜け!?」
「ん」
同意しかけたところで気づき、思わず声を上げるかりんにうなずき、ジュンイチは自分の首輪をトントンと叩く。
「こんなイイモノをオレ達に取り着けてんだぜ。盗聴器くらい、仕込んでないワケないだろ」
「いや、そうじゃなくて!
それがわかってて、それで全部声に出して話してたらダメだろ! そこは筆談とか……」
「アレ」
反論するかりんに答えてジュンイチが指さしたのは、部屋の天井に設置された監視カメラだ。
「運営側は、オレ達が殺し合いをする様を見たいんだ。どこにだって監視の目はあるさ。
どう話し合ったところで、その内容が筒抜けになるのは避けられない……となれば、方法は二つ。
ひとりで、誰にも話さずに策を推し進めるか、開き直って全部ぶちまけて、運営側の妨害をものともしないで突っ走るか、だ」
「う……確かに……」
「まぁ、そういうことなら仕方ないわね」
反論に詰まるかりんをよそに、そう話をまとめにかかったのは文香だ。
「とにかく、今後の方針としてはタイムベントを手に入れて、時間を戻して……誰も死なせない方向で“ゲーム”をリスタート。これでいいのね?」
「あぁ。
とりあえず、現時点で生き残っている二人はいいとして……死亡している五人の方が問題だ。
時間を戻した後は、この五人を特定してできる限り早く合流したいところだけど……」
「でも……その五人の中に好戦的な人がいたら危なくないですか?
実際、仮面ライダーガイに変身していた子はわたし達に攻撃してきました……」
「そこなんだよなぁ……
やっぱ、オレ達七人が合流して、数の暴力に任せて説得するが一番妥当か?」
「少しは言葉を選ぼうよ!?」
キャロに答えるジュンイチの言葉にかりんがツッコんで――
「ちょっと待って」
口を挟んだのは麗佳だった。
「さっきから気になってたんだけど……どうして死亡者と生存者の数が正確にわかるの?
実際に見てきたワケじゃないでしょう?」
「ん? あぁ、そのことか。
PDAの拡張ソフトで、プレイヤーカウンターっつーのを見つけたんだ。
そのおかげで、残り人数が把握できる――後はそこから逆算するだけだ」
あっさりと答えて、ジュンイチはPDAを取り出し、件のプレイヤーカウンターを起動して麗佳に見せる。
「なるほど。
よくわかったわ。ありがt――あら?」
画面を確認し、ジュンイチにPDAを返そうとしたところで、麗佳は気づいた。
PDAの画面に触れた拍子にプレイヤーカウンターが終了、初期画面のトランプの図柄が表示されたのだ。
その画面は――
「Q……ですって……!?」
「え…………?」
その麗佳の言葉に、キャロもまた不思議そうに首をかしげる。
「え? 何か問題でもある?
ジュンイチのPDAはQ……人を殺さなくても首輪を外せるんだから」
「それが、本物のQなら……ね」
返すかりんに答えると、麗佳はキャロへと視線を向け、
「だって……QのPDAは、キャロちゃんのPDAなんだから」
「えぇっ!?」
かりんが思わず声を上げ、一同の視線がジュンイチに集まる。
「ジュンイチくん。
まさか、キミのPDAは……」
「……なんで考えなしにバラすかなぁ?
そんなに絵札組を怖がらせたいの? 自分達が絵札じゃねぇからってチョーシこいてたりする?」
文香の言葉にジュンイチがため息をつき――麗佳の手からジュンイチのPDAが消えた。
一瞬の早業で、ジュンイチがPDAを取り戻したのだ。操作し、偽装を解除すると一同に見せる。
「お察しの通り。
オレのPDAは……JOKERだ」
「じ、じゃあ、ジュンイチが首輪を外すためには……」
思わず後ずさりするかりんの姿に、ジュンイチは軽くため息をつき、
「そーやってビビられるのがイヤだったから、ずっと偽装してたんだけどなー。
安心しろ。お前らをブッ殺さなきゃ外せないような首輪を外すつもりなんかねぇよ」
「で、でも、それじゃあジュンイチが!」
「あぁ。このままじゃ時間切れでTHE ENDだろうな」
怯えていたのが一転、詰め寄ってくるかりんに、ジュンイチは「忙しいヤツだなー」などと考えながらそう答える。
「とはいえ、黙って殺られるつもりはねぇさ――時間切れまでに、他に外す方法がないか考えてみるさ」
言って、ジュンイチはかりんの頭をなでてやり――ふと、麗佳と文香が不思議そうにこちらを見ていることに気づいた。
「…………何?」
「いや、あの……ねぇ?」
「呆れてるのよ。
そんなバカなことを言い出す人がもうひとりいたなんて……ってね」
「誰がバカだ……って、『もうひとり』?」
反論しかけて止まるジュンイチに対し、麗佳が視線で示した先にいるのは――
「総一くん……?」
「これが……オレのPDAです」
渚に答え、総一は自分のPDAを見せた。
「解除条件は、QのPDAの所有者の殺害……
つまりオレは……キャロちゃんを殺さなければ、首輪を外すことができないんです。
けど……オレは、キャロちゃんを殺したくはない……」
そう告げる総一の言葉に、かりんと渚は彼とジュンイチを交互に見る――なるほど、両者の主張は確かに似通っている。
だから――
「……お願いです、ジュンイチさん」
キャロは、ジュンイチに向けて頭を下げた。
「首輪を外す方法……なんとしても、見つけてください。
でないと、総一さんも、ジュンイチさんと一緒に……っ!」
「……わかったよ」
言って、ジュンイチは先ほどかりんにしたように彼女の頭をなでてやる。
「オレひとりなら、最悪タイムアップで殺されてもいいや、くらいに思ってたけど、同じ境遇のヤツがいるっていうなら話は別だ。
必ず方法は見つけ出す。だから安心しろ」
キャロを安心させるように、ジュンイチは笑いながらそう告げて――
「…………『タイムアップで殺されてもいい』ねぇ……?」
背後から低い声が上がった。
「ジュンイチ、そんなこと考えてたんだ……」
「か、かりんさん……?」
ゆらり、とこちらに向けて一歩を踏み出すかりん――その身にまとう、言い知れぬプレッシャーに圧され、ジュンイチは思わず敬語で返しながら後ずさりする。
「えっと……かりんさん?
ひょっとして……怒ってる?」
「怒ってないとでも思ってるの!?
何回言っても自分を大事にしないんだから! どうして自分の命をそんな簡単に安売りできるの!?」
「…………ごめんなさい」
いちいちもっとも、かりんの言う通りだ――だから、ジュンイチとしては素直に彼女に頭を下げるしかない。
「フフフ、ますます死ねなくなっちゃったみたいね、ジュンイチくん」
「いい気味だわ」
「人事だと思いやがって……っ!」
クスクスと笑う文香や麗佳にジュンイチがうめき――
轟音と共に、戦闘禁止エリア、その出入り口の扉が吹き飛んだ。
「きゃあっ!?」
「何っ!?」
突然のことに驚き、かりんや渚が爆音に思わず耳をふさぎながら声を上げ――
「伏せろ!」
そんな二人をジュンイチが押し倒した。直後、二人の頭のあったあたりを多数の銃弾が貫く。
「攻撃……!?
みんな、机やソファの影に!」
事態を把握し、文香が声を上げる――無事全員が退避するが、かまうことなく銃弾の嵐が襲いくる。
「どういうこと!?
戦闘禁止エリアで攻撃なんかしたら、首輪が作動するのに!」
ソファの影に身を隠し、麗佳が声を上げる――が、
「いや――違う!」
ジュンイチは、彼女の言い分に潜む、ある“間違い”に気づいた。
「くそっ、完全にしてやられた……っ!
とんでもねぇルールの“穴”がありやがった! このルールを考えたヤツも、今仕掛けてきてるヤツも、頭がどうかしてるぞ!」
「どういうこと!?」
「ヤツのこの攻撃は、ルール違反にはなり得ないんだよ、くそっ!」
聞き返す文香に、ジュンイチは舌打ち混じりにそう答えた。
「Fのルールが禁じているのは、戦闘禁止エリア“での”戦闘行為! それ以外の場所での戦闘行為を禁止してるのは、Gの開始後6時間の戦闘禁止だけだ!
つまり――“外から”戦闘禁止エリア“に”攻撃することは禁止事項には含まれない!」
ジュンイチの言葉に、身を隠している全員の顔から血の気が引いた。
彼が言っていることの“意味”を正しく理解したからだ。
「で、でも、正当防衛の場合は免除されるって!」
「『違反者に対する』ってあったろ! アイツは違反してない!
それに、そもそも正当防衛云々が適用されるのはGの開始後6時間の戦闘禁止だけ! 戦闘禁止エリアに関する条項にその文言はない!」
かりんに答え、ジュンイチは悔しさから歯噛みする。
「それじゃあ、私達は……っ!?」
「あぁ……そういうことだ!
戦闘禁止エリアの入り口は一ヶ所だけ……完全に袋のネズミな上に、反撃だって許されないときた!」
そう麗佳に答えながら、様子を見ようと顔を出――そうとしたジュンイチだったが、そこに銃撃を浴びせられ、たまらず頭を引っ込める。
(くそっ、やられた……っ!
オレとしたことが、戦闘禁止イコール安全とタカをくくってた……っ!
なんとか、この状況をひっくり返す手を考えないと……!)
内心でうめきながら、もう一度様子をうかがい――
「げっ!?」
こちらに向けて放り投げられたものを見て、全身の警戒レベルが一気に最大にまで跳ね上がった。
放物線を描き、飛んでくるそれは――
(手榴弾――!?)
このままでは、爆風で身を隠している机やソファごと吹っ飛ばされ、壁とのサンドイッチだ――とっさに飛び出し、ジュンイチは投げ込まれた手榴弾を外に向けて投げ返す。
さすがに銃撃が止み、廊下で爆発――危機を切り抜け、一同がホッと胸をなで下ろした、その時だった。
ピ――――ッ!
《貴方はルールに違反しました》
“ジュンイチの首輪から”そのメッセージが発せられたのは。
『な――――っ!?』
「そんな……どうして!?
ジュンイチは、戦闘行為なんて……ただ身を守っただけなのに!?」
驚く一同の中、かりんが声を上げるが、
「――そういうことか……っ!
あの手榴弾の投げ返し――アレが反撃、つまり攻撃行動だと受け取られたのよ!」
「そんな!?」
気づき、叫ぶ文香の言葉に、キャロが声を上げる。
このままではペナルティが執行され、ジュンイチは殺されてしまう。もうどうすることもできないのか――
(くっ、どうする……!?
首輪の作動に、外からの襲撃……これを切り抜ける方法……っ!)
思考を巡らせるジュンイチだったが、さすがの彼もこの状況は完全に手詰まりだった。
(考えろ……考えろ……っ!
0.2秒で考えろ。頭ン中クソギア回せ……っ!
このままじゃ、オレだけじゃなくてみんなも殺され――)
(――“殺”される!?)
その瞬間――ジュンイチの頭の中で閃いたものがあった。
被害はゼロとまではいかないが、切り抜けるにはもうこの方法しか――
「…………しょうがねぇか」
つぶやき、ジュンイチは自分のPDAを取り出した。もう何度も繰り返した操作を行い――
《おめでとうございます!》
突如、“文香の首輪から”メッセージが再生された。
《貴方はJOKERの機能を五回使用し、または使用させ、首輪の解除条件を満たしました!》
「これは……ジュンイチくん!?」
顔を上げる文香に対し、ジュンイチは静かにうなずいた。
「もう首輪の外れるアンタに言うべきじゃないのかもしれないけど……みんなのこと、頼みます」
「ジュンイチくん!?
あなた、まさか!?」
意図に気づいた文香の声にかまわず、ジュンイチは今度は麗佳へと向き直り、
「受け取れ」
自分の、JOKERのPDAを投げ渡した。
「アンタが持ってろ。
残るひとりのPDAが2だった場合、交渉の材料に使えるだろうし、アンタだってPDAの破壊が首輪の解除条件だろう?」
PDAを受け取る麗佳に告げると、次はキャロへと声をかける。
「キャロ! お前のPDAをよこせ!」
「わたしの!?
ジュンイチさん、いったい何を――」
「早くしろ! 時間がない!」
「は、はいっ!」
ジュンイチに急かされ、キャロはあわてて自分のPDAをジュンイチに投げ渡す。
「んじゃ……いくか!」
キャロの、QのPDAを受け取り、ジュンイチはいよいよ行動開始――所持したままだった、かりんのターニングポイントを演出したあの投げナイフを手に、部屋の入り口に向けて突撃する。
「ジュンイチさん!?」
「ジュンイチ!?」
思わず声を上げるキャロやかりんだったが、その声は銃撃にかき消される――再開された弾幕の中を、ジュンイチは最小限の回避だけで、“急所への直撃だけを避けた”、本当に最小限の回避だけでしのぎ、突っ込んでいく。
それでも一直線に、全速力で突っ切れば被弾は最小限で済む。一気に弾幕を突破。戦闘禁止エリアを飛び出す。
だが、これで終わりではない。銃弾を浴び、血みどろになった全身に渇を入れ、襲撃者へと向き直り――
「へっ、待ってたぜ」
シュートベントを発動、両肩にギガキャノンを装備した手塚がそこにいた。
「首輪が作動して、やぶれかぶれの特攻か?
けどな――見え見えなんだよ!」
手塚が勝ち誇り――砲撃。至近距離からの一撃が、ナイフを握るジュンイチの右手を吹き飛ばす!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はっ、ざまぁ見やがれ!」
高笑いする手塚の目の前で、右手を失ったジュンイチが激痛に悲鳴を上げ――
「――なんて、痛がると思ったか?」
「な――――っ!?」
ピタリ、と悲鳴が止んだ――驚く手塚に対し、“芝居をやめた”ジュンイチが“左手に握るコンバットナイフを”繰り出す。
交錯は一瞬。金属が砕ける音がして――
ジュンイチの一撃は、手塚の腰、ベルトにセットされたゾルダのカードデッキを、粉々に打ち砕いていた。
「覚えときな。
人間、あんまりデカイダメージを受けると、脳内麻薬が分泌されて痛みが麻痺するんだよ」
変身が解除され、驚愕する手塚の素顔が顕わになる。そんな彼に言い捨てて、ジュンイチはゾルダのデッキと共に刃が砕け散ったコンバットナイフを放り出し――それが限界だった。全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「……へっ、なんだよ、脅かしやがって。もう限界じゃねぇか。
だが、残念だったな! デッキは砕けても、オレはまだピンピンしてるぜ!」
が――対する手塚は未だ健在。余裕の笑みと共に、ヒザをつくジュンイチへと銃口を向ける。
動けないジュンイチに向けたサブマシンガン、その引き金に指をかけ――
「…………いや、十分だ」
そんな手塚に、ジュンイチは笑みを浮かべて言い放った。
「今の一撃でお前を仕留めようなんて思ってないさ。
オレの狙いは最初から、お前のカードデッキ――お前の変身を解除することにあったんだからな」
「何……?」
「忘れたのか?
オレは今……“首輪が作動してるんだぜ”」
「――――――っ!?」
ジュンイチの言葉に、その意味を理解した手塚の顔が引きつる――あわててその場を離れようとするが、ジュンイチも残る力を振り絞り、かろうじて動く左手でその足を捕まえる。
「ジュンイチ!」
「来るな!」
ここに至って、ようやくジュンイチの意図が見えた――手塚をペナルティの道連れにしようとしているジュンイチの姿に総一が声を上げるが、ジュンイチ本人によってその足は止められる。
「オレのことは気にするな!
“助けようとした。だけど止まった……それでいい”んだ!」
「どういうことだよ!?
それじゃあお前が……っ!」
「どういうことかは、すぐにわかる……っ!」
反論する総一に答え、ジュンイチは逃げようと抵抗する手塚の足をしっかりと抱え直す。
《さようなら、柾木ジュンイチ様。またの御利用をお待ちしています》
そうこうしている間に、建物のシステムが作動。壁の中から多数の自動銃器が姿を現す。
「てめぇ、放しやがれ!」
「だが断るっ!
オレと一緒に、地獄へ行こうぜ!」
なおも逃げようとする手塚に答える――そんなジュンイチの耳が、自動銃器の安全装置が解除される音を拾った。
「ジュンイチさん!」
「ジュンイチ!」
「二人とも、危ない! 出ちゃダメだ!」
飛び出そうとしたキャロやかりんを、気づいた総一がとっさに止める――そんな彼らに向け、ジュンイチは笑い、告げた。
「みんな……」
「生き延びろよ」
次の瞬間――
多数のスマートガンから放たれた銃弾が、ジュンイチと手塚の全身に降り注いだ。
◇
「………………っ」
正直、直視できたものではなかったが、それでも――胃の中身が逆流しそうになるのを懸命にこらえながら、総一は血みどろの肉塊の中からPDAを拾い上げた。
ジュンイチがキャロから借り受けていたQのPDAだ。最後の最後まで、身体を張って守ってくれたのだろう。血まみれになっている以外には特に問題は見られない。
「ジュンイチさん……っ!」
「………………っ!」
ジュンイチの、そして手塚の身体は、実に5分以上も続いたスマートガンの斉射によって原型を留めぬまでに破壊され尽くしていた。もはや肉の塊としか言い表せないその亡骸を前に、キャロも、かりんもただ呆然とするしかない。
それを見守る文香や麗佳、渚もかける言葉が見つからず――
《おめでとうございいます!》
だからこそ、空気を読まずに発せられたそのメッセージは静まり返ったその場に実によく響いた。
発生源は――総一の首輪だ。
《貴方は無事QのPDAの所有者を殺害し、首輪の解除条件を達成しました!》
「え…………!?」
そのメッセージはまさに予想外。思わず振り向く総一だったが、QのPDAの持ち主であるキャロはピンピンしている。
「ど、どういうことだ……!?
なんで、キャロちゃんを殺してもいないのに……!?」
ワケがわからず、動揺する総一をよそに、麗佳はしばし考え、
「……そうか……
だから彼は、死ぬ前にキャロちゃんのPDAを……」
「麗佳さん……?」
「御剣の首輪の解除条件、よく思い出してみて」
首をかしげるかりんに、麗佳はそう答えた。
「“QのPDAの所有者の殺害”……この文面にすっかりだまされたわ。
この文面の“所有者”の部分がまさに曲者だったのよ。“所有者”と言われて、私達はみんな持ち主であるキャロちゃんのことだけを指していると思い込んでいた……
けど、違ったのよ。所有者とはすなわち“所有する者”――QのPDAさえ持っていれば、キャロちゃんでなくてもよかったのよ。
そこに気づいたから、彼はキャロちゃんのPDAを借りた上で特攻を仕掛けた……首輪の作動してしまった自分の死は避けられない。ならせめて、QのPDAを所有した状態で殺されることで、御剣の首輪の解除条件を満たすことを思いついた……」
「で、でも、総一さんがジュンイチさんを殺したワケじゃないのに……」
「彼、殺される前になんて言ったかしら?」
疑問を口にするキャロに、麗佳は逆に聞き返した。
「『助けようとした。だけど止まった。それでいい』……
彼自身の制止があったとはいえ、御剣は彼を救うことを“意図的にやめた”。
意図的な見殺し……つまり、あえて死なせた。それが殺害行為と受け取られたのよ」
言って、麗佳はジュンイチ“だった肉塊”を見下ろし、
「私達の中で人を殺さなければ首輪を外せなかった人間は二人。その内のひとりは死に、その死によってもうひとりの首輪が外れる……
もう私達は、誰とも戦わなくても首輪が外せる……戦うとしたら、もう後は身を守るためだけでいい。
まったく、とんでもない子ね。自分が殺される前、しかも敵の攻撃が続いている極限状況の中で、その死を最大限に利用することを考えていたんだから」
「それが……ジュンイチさんでしたから」
麗佳のつぶやきに、キャロは静かにそう答えた。
「ここに連れてこられる前から、ジュンイチさんは仮面ライダーで……ずっとそうやって戦っていたんです。
ムチャクチャに見えても、その言動で相手の反感を買っても……それでも本当は、いつも誰かのために戦ってる……そういう、人でした……」
「そう……なんだ……」
キャロの言葉に、渚はジュンイチの亡骸を見下ろした。
自分は今まで、人間いざとなれば親友であろうと疑い、裏切ることができるのだと思っていた。
実際に自分達がそうだったのだ。周りもそうに違いないと信じて疑っていなかった。
そう信じなければ、親友を殺して生き延びた自分の心が耐えられなかった。
だが、ジュンイチは違った。自分の死が迫っている中でも、その死を利用して自分達を襲ってきている敵を倒し、さらに首輪を外すことをあきらめ、死を待つばかりだった総一すらも救ってみせた。
最後の最後まで、誰かのために……それも出会ったばかりの、信用できるかどうかもわからない相手のために、文字通り命を捨てて戦い抜いた――自分とは真逆の人間がそこにいた。
「……あの時、キミがいてくれたら、私や真奈美のことも救ってくれたのかな……?」
「渚さん……?」
「御剣。とにかく首輪を外しなさい」
渚のつぶやきを聞きつけた総一だったが、そんな彼に麗佳が声をかける。
「ジュンイチだって、タイムベントを手に入れて時間を戻せばその死を回避できるかもしれないわ。
今はとにかく、先に進むために態勢を整えることを考えましょう。
それで……あとは、かりんももう首輪を外せるのよね?
ここには五台以上のPDAがあるんだから」
「あ、そっか」
「キャロちゃんと渚さんは時間設定があるからまだムリとして……文香さんも含めて、これで三人首輪が外せるわね。
私はPDA五台の破壊が条件だから……柾木のJOKERは2番の人とあった時の交渉用として、壊せるのは首輪を外せる三人の分だけか。
手塚のPDAが無事なら、もう一台確保できるんだけど……」
つぶやき、麗佳が吐き気をこらえながら手塚の死体を調べ――ようとした、その時だった。
「ぐわぁっ!?」
轟音と共に、通路の向こうの鏡から黒い仮面ライダーが叩き出されてきたのは。
「敵!?」
「ううん……誰かと戦ってる!?」
思わず声を上げるかりんに文香が答える――が、その言葉に麗佳はふと違和感を覚えた。
「ちょっと待って……
私達以外で残っていた二人のライダー、その内のひとりだった手塚が死んだ今、私達のグループ以外にはひとりしかライダーはいないはず……
じゃあ、あのライダーは“いったい何と戦っているの”!?」
『あ…………』
麗佳の言葉に、総一達がその事実に気づくが、
「……プレイヤーキラー……」
そうつぶやいたのは渚だった。
「この“ゲーム”には、14人のライダーの他にもうひとり、プレイヤーキラーとしてのライダーが参加してる。
本来なら、他に比べて戦力が突出したプレイヤーを“狩る”ことで戦力を拮抗させ、“ゲーム”が白熱するようにバランスを保つのが役目だった……けど、それが今、ゲームマスターのひとりを殺害して暴走してるの」
「待って。どうしてあなたがそんなことを知ってるの?」
説明する渚に文香が尋ねると、
「さすがに詳しいじゃねぇか」
自分達から見て、黒いライダー、リュウガが現れたのとは反対側、ちょうど総一達を挟み撃ちにする形で仮面ライダーアビスが姿を現した。
その手に持ったカードをアビスバイザーに装填し、
《FINAL VENT》
ファイナルベントを発動。ミラーワールドから飛び出してきたアビソドンが、リュウガを一撃のもとに押しつぶした。
「仮面ライダーリュウガ、高山浩太、リタイア、と……
それより、いいのかねぇ? そんなにベラベラしゃべっちまって。
上にバレたらめんどうなんじゃねぇか? え? ゲームマスターさんよ」
『――――――っ!?』
アビスの言葉に、総一達の視線が渚に集まった。
「そんな、ゲームマスター、って……」
「それじやあ、渚さんは、運営側の人間……!?」
明かされた事実に総一やキャロがうめく中、渚は鏡に向けてデッキをかざした。出現したベルトを腰に装着し、
「変身」
トラをモチーフとしたライダー、タイガへと変身する。
斧型の召喚器、デストバイザーをかまえ、渚はゆっくりと――
アビスへと向き直り、対峙した。
「へぇ……正体がバレてもなお、そいつらの味方をするのかよ?」
「うん。するよ」
楽しそうに告げるアビスに、渚もまた仮面の下で笑みを浮かべる。
「だって……生きていてほしいんだもの、この子達には」
言って、渚は総一達に視線を向け、
「総一くん達は逃げて。
ここは私がなんとかするから」
「渚さん!?」
「せっかく生き残れる目が出てきたのに、こんなところに残る必要ないよ」
声を上げる総一に、渚はそう答えた。
「ゲームマスターだってことがバレちゃったから言うけど……オーディーンはもう、あのアビスに倒されちゃってるんだよ。
だからもう、オーディーンのデッキは手に入らない……もう、やり直しは利かないの。
だから……今この時を、絶対に生き残って。お願い」
言って、渚は改めてアビスへと向き直り――
「残念ながら、その願いは聞けないわね」
そう答えたのは文香だった。
「文香さん……?」
「だって……後ろ」
渚に返し、文香が指さした背後で、ファイナルベントの効果切れでアビソドンから分離したアビスラッシャーとアビスハンマーが退路をふさぐ。
「逃げたくても逃げられないんだもの。さすがに、もう戦って切り抜けるしかないわよ」
「手塚に襲われた時みたいに、簡単には逃がしてくれそうにありませんしね」
麗佳もまた、文香の言葉に付け加え、彼女達に並び立つ。
「それに……オーディーンのデッキだって、あきらめるには早いわよ。
オーディーンが倒されたことは確認されてるのかもしれないけど……オーディーンのデッキがどうなったかは、わからないでしょ?」
「そ、それは……」
文香の問いに渚が答えに窮していると、
「オーディーンの……?
あぁ、コイツのことか?」
対峙するアビスがこちらの会話を拾い、懐からそれを取り出す――
仕留めた郷田から回収した、オーディーンのデッキを。
「アレは……オーディーンのデッキ!?」
「アイツが持ってたの!?」
「なんだ、お前ら、コイツが欲しいのか?
だったら、オレを倒して奪うしかねぇなぁ!」
驚く総一や文香に対し、アビスは楽しそうに告げるとアビスバイザーをかまえる。
「……ますます、ここを離れるワケにはいかなくなっちゃったわね」
「えぇ。
タイムベントを手に入れるためには、アイツを倒すしかない……っ!」
そんなアビスの態度に、文香と麗佳は決意を固めた。それぞれが鏡にカードデッキをかざし、
『変身』
出現したベルトにカードデッキをセット、仮面ライダーライア、仮面ライダーファムへと変身し、
「くそっ、やるしかないのか……っ!
変身っ!」
総一も覚悟を決めた。彼女達の後に続いて龍騎へと変身する。
「わたしも……っ!」
そして、キャロもまたデッキを握って立ち上がり――
『強すぎる力は災いと争いしか生まぬ』
「………………っ」
突如、頭の中にその一言がよぎった。
かつて、故郷の里を追われた際に言われた、自分が里を追われた理由――キャロ自身には自覚がなかったが、先ほど見たその夢が、ここにきて、“力”を使おうとしたこの状況が引き金となって呼び起こされたのだ。
「力は……災い……」
かつてそのことに悩み、克服したはずだった――しかし、ここでの戦いを思い返すと、どうしてもためらってしまう。
ガイやゾルダ――欲望の赴くままに力を行使し、倒れていったライダー達の姿を、見てしまっていたから――
「…………キャロちゃんは、ここにいて」
「かりんさん!?」
「あたしは……何が何でもタイムベントがほしい」
と、ためらうキャロに告げて立ち上がるのはかりんだ――声を上げるキャロに答えて、カードデッキを取り出す。
「アレがあれば……ジュンイチが死ぬのを回避できる。
絶対に……助けたいの。ジュンイチを」
鏡にカードデッキをかざし、ベルトを装着する。
「妹だけじゃない……ジュンイチだって、助けてみせる!
変身っ!」
宣言と共に、カードデッキをベルトにセットして――西洋の騎士を髣髴とさせるライダー、仮面ライダーナイトへと変身する。
「…………いくぞっ!」
「さっさとかかってこいやぁっ!」
サーベル型の召喚器、ダークバイザーをかまえるかりんにアビスが答え――両者が地を蹴り、戦いの火蓋を切って落とした。
◇
「あそこに……?」
「あぁ。
あの建物の中に……ディケイドと、お前の仲間がいる」
尋ねるエリオに、マントの男が答える――二人が見つめる先には、巨大なコンクリート製の建築物がそびえ立っていた。
「悪いが案内はここまでだ。オレには他に、この件に関してやることがある。
仲間の救出は、お前ひとりの手で行うことになる」
「いえ、十分です。
でも……」
答えて、エリオは男へと向き直り、
「どうして……教えてくれたんですか?
それに、そもそもあなたは……?」
「理由も、素性も……一言で事足りる」
エリオの問いに、男はフードの下で苦笑した。
「それはな……」
「オレもまた、“通りすがりの仮面ライダー”だからだ」
◇
「く…………っ!」
《ADVENT》
舌打ちしながら、麗佳はサーベル型の召喚器、ブランバイザーにカードをセット。契約している白鳥型のミラーモンスター、ブランウィングを呼び出すが、
「へっ、バカが!」
《FINAL VENT》
アビスはファイナルベントで対抗。アビソドンがブランウィングをたやすくかみ砕き、さらに暴れ回るアビソドンに跳ね飛ばさされた麗佳のベルトからファムのカードデッキが
弾き飛ばされる。
「麗佳ちゃん!」
《FINAL VENT》
そんな麗佳を救うべく、文香が自身のファイナルベントを発動。契約モンスター、エイ型のエビルダイバーの上に飛び乗り、アビスに向けて突っ込んでいくが、
《STRIKE VENT》
「ちょいさぁっ!」
アビスはアビスクローを装備。文香のファイナルベント、“ハイドベノン”を跳び越えるように回避。さらにすれ違いざまの一撃で文香の腰のカードデッキを破壊する。
「麗佳ちゃん! 文香さん!」
「このぉっ!」
変身が解除され、床に転がる二人を守り、渚とかりんがアビスに突撃。デストバイザー、ダークバイザーを振るってアビスに斬りかかり、
《SWORD VENT》
「このぉっ!」
ドラグセイバーを装備した総一も加わった。三人がかりでなんとかアビスを追い払い、後退させることに成功する。
「くっ、なんてヤツだ……っ!」
「なんとかアイツからオーディーンのデッキを奪って、タイムベントを発動させられれば……っ!」
数ではこちらが上のはずなのに、明らかに劣勢だ。肩で息を切らせ、総一とかりんがうめくが、
「タイムベント……?
あぁ、コイツのことか?」
言って、アビスは自分の持つオーディーンのカードデッキからタイムベントのカードを抜き取り、総一達の前にかざす。
「どうしてこんなデッキが欲しいのかと思ったら……なるほど、目当てはコイツだったのか。
そりゃご苦労なこった――けど、残念だったな!」
そして、笑いながら総一達に言い放ち――
タイムベントのカードを、真っ二つに引き裂いた。
『あぁっ!?』
「これでもう時間は戻せねぇっ!
大方この“ゲーム”をリセットしたかったんだろうが、ところがぎっちょんっ! こんな楽しい“ゲーム”、リセットされてたまるかよ!」
さらにカードを引き裂き、バラバラにちぎる――声を上げる一同に言い放ち、アビスは高笑いと共にカードの破片を周囲にばらまいた。
「そんな……タイムベントが……っ!?」
「もう……時間は戻せないの……!?」
目の前に舞い散るタイムベントのカードの破片を見て、文香や麗佳がうめき――
「じゃあ、ジュンイチも……生き返れない……!?」
誰よりもショックを受けていたのはかりんだった。
「せっかく、ジュンイチが見つけてくれた希望だったのに……っ!」
うめくかりんの脳裏に、ジュンイチの笑顔がよみがえる。
「ジュンイチがいてくれたから、あたしは壊れずにすんだのに……っ!」
人殺しになりかけた自分を受け止めて、引き止めてくれたジュンイチの姿を思い出す。
「お前なんかより……ジュンイチの方が、よほど生きてるべきなのに……
……それなのに、お前はぁっ!」
「ま、待て、かりん!」
そのジュンイチの復活の希望が費えたのだ。怒りの咆哮と共に、かりんは総一の制止も聞かずにアビスへと斬りかかる。
《SWORD VENT》
斬撃の最中にカードを使用、飛来した槍、ウィングランサーに持ち替え、力任せにアビスに斬りつけるが、
「なめんなっ!」
勢いに任せ、スキだらけの斬撃をアビスはあっさりと回避した。逆にかりんの腰の、ナイトのデッキを打ち砕く!
「かりんさん!」
変身が解け、かりんが地面を転がり――その先には、戦いに加わっていなかったキャロがいた。痛みに顔をしかめるかりんにあわてて駆け寄るが、
「とどめだ!」
《FINAL VENT》
そんな二人は、アビスにとって格好の的でしかなかった。アビスがファイナルベントを発動。アビソドンが出現し、二人に向けて咆哮する。
「かりんちゃん、キャロちゃん、逃げて!」
渚が叫ぶが、間に合わない。アビソドンが二人に向けて突っ込んで――
飛び込んできた総一が、二人をかばってその一撃を受けていた。
「ぐあぁっ!?」
背中に必殺の一撃を受け、総一が吹っ飛ばされる――デッキこそ無事だったが、あまりのダメージに変身も強制解除されてしまう。
「総一!」
「総一さんっ!?」
「よかった……かりん、キャロちゃん……無事だったか……」
あわてて駆け寄る二人に対し、総一は地面に仰向けに倒れたまま、彼女達の無事に安堵の笑みを浮かべる。
「よくないよ!
それで総一がやられてたら、結局同じじゃないか!」
「そうでも……ないさ……」
助け起こすかりんに対し、総一は笑いながらそう答えた。
「キャロちゃんを殺せなくて……時間切れで捨てるつもりだった命だ……
それをひっくり返してくれたジュンイチには悪いけど……少しは、マシな捨て方ができたんじゃないかな……」
そこまで告げて、せき込み、吐血する。
「……でも……もし、二人がどうしても納得できないなら……」
それでも、全身から力が抜けていく中、総一はかりんに向けて龍騎のデッキを差し出した。
「納得できないなら……オレに助けられたその命で、みんなを守ってくれ……
オレの分まで……そして、オレを守った、ジュンイチの分まで……っ!」
「総一……っ!」
「オレ達の想い……託した……から…………な……」
涙を浮かべ、それでもデッキを受け取るかりんにそう告げて――
総一の手が、地面に落ちた。
「……総一さんっ!
総一さん、総一さん、総一さんっ!」
総一の顔から完全に生気が消えた――キャロが声を上げ、その肩を何度も揺さぶるが、もはや総一は何の反応も返さなかった。
「総一さん、総一さんっ!」
「キャロちゃん……もうやめてあげて!」
信じたくない。総一が死んだなど――なおも総一の身体を揺さぶるキャロを、かりんが止めた。
「もう……総一を、眠らせてあげて……っ!」
「かりんさん……ぅうっ……!」
かりんに諭され、キャロはようやく総一を揺さぶるのをやめた。その双眸から涙があふれ、その場に崩れ落ちる。
「……総一、さん……っ!」
この“ゲーム”会場につれて来られて以来、ずっと行動を共にしてきた――ずっと自分を守ってきてくれた。
いつしか、キャロの中で総一の存在は彼女の思っている以上に大きなものとなっていた。その総一を失い、キャロは声を上げて泣き崩れる。
が――
「へっ、くたばったのか、そいつ」
危機が去ったワケではない。楽しそうに、アビスは総一の死をあざ笑う。
「心配すんな!
どうせお前らも、すぐにあの世でそいつとご対面だ!」
そんなアビスの言葉と共に、アビソドンがキャロに向けて襲いかかり――
跳ね上がった。
真下にすべり込んだ何者かが、アビソドンの腹を思い切り蹴り上げたのだ。その巨体が、轟音と共に天井に叩きつけられる。
「何ぃっ!?」
これにはさすがのアビスも驚きの声を上げた――たまらず後退してくるアビソドンや彼の前に、その一撃の主が立ちはだかる。
「な…………っ!?」
「え…………!?」
「ウソ……!?」
だが、その正体はまったく予想だにしなかった人物だった。かりんが、キャロが、渚が呆然と声をもらし――
「あい、しゃる、りぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
胸を張り、ジュンイチが高らかに声を上げた。
「そんな……ジュンイチくん!?」
「なんで……!?」
絶体絶命のかりんを救ったのは、死んだはずのあの男――目の前の現実が信じられず、文香と麗佳が声を上げる。
「ジュン……イチ……!?
そんな……でも、どうして……!?」
“実は死んでいなかった”なんてオチの余地がある死に様ではなかった。自分を守ったジュンイチの後ろ姿を目の当たりにし、うめくかりんだったが、
「なぁに、実にシンプルな理由さ」
対するジュンイチはあっさりと答えた。
かりんに背を向けたまま、アビスと対峙したまま、堂々と宣言する。
「生き返った!」
『シンプルだけど納得できない!?』
味方サイドの全員からのツッコミが入った。
「……ま、過程を端折って結論だけ聞けばそうツッコみたくもなるわな」
だが、そんなツッコミも予想の内だったか、ジュンイチは苦笑しながら肩をすくめる。
「……『生き返った』ねぇ……」
一方、アビスにとってはむしろ興味深い話だったようだ。楽しそうにジュンイチへと声をかけてくる。
「なんともうらやましい話しだなぁ、オイ!
そんな能力があるってことは――殺される心配なく、戦いを楽しめるってことじゃねぇか!」
言って、アビスがジュンイチ目がけて突っ込んできて――
「楽しむつもりなんか……ねぇよっ!」
その懐に飛び込んで、ジュンイチは両手で掌底。諸手突きの要領で叩き込まれたそれは衝撃を内部まで伝え、アビスはたまらず後退する。
「下卑た趣味もいい加減にしろよ、てめぇ」
生身のままアビスを退け、ジュンイチは不機嫌そうに言い放つ。
「こいつらの想いは、てめぇに喰いものにされるために育んできたワケじゃねぇんだ!
一生懸命“今”を生きて、“明日”につなげるためのものなんだ!
たとえ途中で力尽きても、誰かに託すことができれば道は続く……総一が、かりんに“明日”を託したように。
受け継がれて、どこまでも続いていく果てなき希望……てめぇのクソッタレな楽しみのために、断ち切られてたまるかよ!」
アビスに向けて言い放つと、ジュンイチは背後のかりんに声をかける。
「かりん。
総一から受け継いだもの……今こそアイツに見せてやれ!」
「……うんっ!」
ジュンイチに答え、かりんもまた立ち上がる――ディケイドライバーを身につけるジュンイチのとなりに並び立ち、鏡にカードデッキをかざしてベルトを装着する。
「てめぇ……何者だ!?」
「何者もクソもねぇよ」
《KAMEN-RIDE!》
アビスに答え、ジュンイチはディケイドライバーにディケイドのカメンライドカードをセットし、となりのかりんも右手を左斜め上に伸ばすようにポーズを決め、
「オレはオレだ!
いくぜ、かりん!」
「うん!」
『変身!』
《“DECADE”!》
宣言し、ジュンイチがカードを読み込ませ、かりんがベルトにカードデッキをセットする――ジュンイチがディケイドに、かりんが龍騎に変身し、アビスと対峙する。
「へっ、上等だ!
大口叩くだけの力があるのかねぇのか、確かめてやるぜ――アビソドン!」
対し、アビスは二人のそろい踏みを前にしてもひるむどころかますます闘志を滾らせた。彼の指示で、ミラーワールドから飛び出してきたアビソドンが二人に向けて突っ込んできて――
「でやぁぁぁぁぁっ!」
すぐ脇の壁を打ち砕いて現れた影が、アビソドンに一撃、ブッ飛ばす!
そして、一同の前に降り立ったのは――
「キャロ、大丈夫!?」
「エリオくん!? どうしてここに!?」
「ここまで案内してくれた人がいて……ん?」
キャロに答え――エリオは自分が降り立った、その足元に転がるそれに気づいた。
砕かれたカードデッキの欠片だ――ただし、問題なのは“それが修復され始めている”点だ。砕かれた破片同士が寄り集まり、くっつく度に割れ目が消えていく。
「これ……?」
「それって……!?」
デッキを拾ってつぶやく――持ち上げられてなお、修復は続いている――エリオの姿にキャロも異変に気づく。
が、彼女はもうひとつ気づいた。
問題のカードデッキの上にはりついているのは――
「タイムベントのカードの、切れ端……?」
アビスによって破られた、自分達の希望となるはずだったカードの一片。それがエリオの拾ったカードデッキの上に落ち、はりついていたのだ。
タイムベントの効果は時間を戻すこと。もしかしたら……
(破られたことで、カードの力がもれ出してる……!?
そのせいで、あのカードデッキの“時間が戻されてる”の……?)
仮説にたどり着くキャロの目の前で、カードデッキの修復が終わり、完全な姿を取り戻す。
と――
「エリオくん、だっけ!?
そのデッキを鏡に向けて!」
そう叫ぶのは、アビスにやられたダメージが抜けず、麗佳に助け起こされている文香だ。
「私達はまだ動けない――恥ずかしい話だけど、キミに頼るしかないの!
さぁ、早く!」
「は、はいっ!」
文香に促され、エリオはとまどいながらもデッキを鏡に向け、その腰にベルトが装着される。
「デッキをそこにセットして!
それでキミは、仮面ライダーに変身できるわ!」
「仮面ライダーに!?」
文香の言葉――その中の“仮面ライダー”という一言に、エリオはようやくベルトとデッキの意味に気づいた。意を決して、改めてアビソドンをにらみつける。
「……わかりました! やってみます!」
デッキを持つ手を引き、大きく身をひねりながら、空いている方の手をガッツポーズのようにかまえる。そして――
「変身っ!」
デッキをベルトにセット。その姿が仮面ライダーに――仮面ライダーナイトへと変わる。
「これが、この世界の仮面ライダー……よぅし!」
変身を遂げ、エリオはダークバイザーを手にアビソドンへと向かっていく――その姿を、キャロは自分のカードデッキを握りしめ、見送っていた。
(わたしは……何をしてるんだろう……)
ジュンイチが、かりんが、渚が、エリオが戦ってる――麗佳や文香、総一も懸命に戦った。自分だけが、力を振るうことをためらい、ここに留まっている。
それがたまらなく歯がゆい――だが、自分の中に甦った力に対する恐れが、どうしても踏み出すことをためらわせる。
ガイ、ゾルダ、そして目の前のアビス――力に酔い、他者に対しその力を向けたライダー達の姿が脳裏によみがえる。
もし、自分もまた力の使い方を誤り、誰かを傷つけてしまったら――
『オレに助けられたその命で、みんなを守ってくれ……
オレの分まで……そして、オレを守った、ジュンイチの分まで……っ!』
「――――――っ!」
そんな彼女の脳裏に、総一が死の間際に放った一言が響いた。
(そうだ……総一さんは、かりんさんとわたしに託していったんだ……
自分の代わりに、みんなを守ってほしいって……っ!)
ぐっ……と、デッキを握る手に力がこもる。
(わたしはこのデッキを……力をもらった。
この力を使う道を、総一さんが教えてくれた……っ!)
強い意志の甦った瞳がエリオや渚と戦うアビソドンに向けられる。
(私も……守りたい……っ!
総一さんがわたしを守ってくれたように……私も、この力で、大切な人達を……)
「守りたい!」
気づけば、自分の想いが口をついて出てきていた。決意と共に立ち上がり、キャロは鏡に向けてデッキをかざす。
腰にベルトが巻かれ、改めてデッキをかまえ――
「……いきます!」
「変身っ!」
デッキをベルトにセットし、その姿が変わる。
紫を基本カラーに据えた、ヘビを――コブラを髣髴とさせるボディアーマー。
その手に顕れた、これまたコブラを意匠に取り入れた、ステッキ型の召喚器。
変身を完了し、キャロは――
仮面ライダー王蛇として戦場に立った。
「いくよ――エリオくん、渚さん!」
「キャロ!?」
「キャロちゃん!?」
手にしたステッキ型の召喚器ベノバイザーをかまえて戦列に加わる――驚くエリオや渚と共に、アビソドンに一撃を見舞う。
《SWORD VENT》
《STRIK VENT》
素早くそれぞれの召喚器にカードをセットし武器を召喚。キャロがベノサーベル、渚がデストクローを装備してアビソドンを打ち据え、
「そうか……こうか!」
《SWORD VENT》
それを真似てエリオもダークバイザーにカードをセット。ウィングランサーを呼び出し、アビソドンに斬りつける。
対し、アビソドンは尾を振り回して抵抗。それをかわしてエリオとキャロは後退し、
《ADVENT》
それぞれの契約モンスターを召喚。コウモリ型のダークウィングが、コブラ型のベノスネーカーが、虎型のデストワイルダーがアビソドンに襲いかかる!
◇
《ATTACK-RIDE!
“SLASH”!》
《SWORD VENT》
『オォォォォォッ!』
それぞれに刃をかまえ、突撃――突っ込み、斬りかかるジュンイチとかりんだが、
「あらよっと!」
アビスはそれを楽々かわし、逆に二人に一撃を見舞う。
「にゃろうっ!
それならこれはどうだ!」
うめいて、ジュンイチは再びディケイドライバーにカードを装填し、
「変身っ!」
《KAMEN-RIDE!
“KIVA”!》
カードが読み込まれ――前の世界でクウガに変身したように、今度はキバへと変身する。
「姿が変わった!?」
「目には目を、歯には歯を――モンスター使いにはモンスター使いってね!」
驚くかりんにかまわず突撃、アビスに肉弾戦をしかける――カウンターを狙って拳を繰り出すアビスだが、ジュンイチはそれを真上に飛んでかわした。
そのまま頭上で身をひるがえして天井に蹴り。右足を天井に突き刺してコウモリのように上下逆にぶらがると、意外な方法で空中に身を留めたこちらに驚くアビスの顔面に正拳と裏拳の往復ビンタを両手でお見舞いする。
さらに足を引き抜き、逆立ちの状態で地面に着地するとそのまま両足でアビスに向けて連続蹴り。体勢を立て直すとさらに追撃に出るが、
「しゃらくせぇっ!」
《STRIKE VEMT》
アビスはアビスクローを装備。そこから放たれる水弾、アビススマッシュでジュンイチを吹っ飛ばす!
《FINAL VENT》
キバからディケイドに戻り、ジュンイチが地面を転がる――そんなジュンイチを尻目に、アビスはファイナルベントを発動する。
と言っても、こちらを攻撃するためではない。キャロ達を相手取っているアビソドンの合体を維持するためだ。
「くっ、何枚ファイナルベントのカード持ってるの……!?」
「プレイヤーキラーに、デッキのカード枚数の制限なんぞないってか……っ!」
かりんの言葉にうめきながら、ジュンイチは立ち上がり、アビスと対峙する。
そして、かりんもまた立ち上がり、アビスをにらみつける。
その仮面の下には、もう決して折れることのない強い意志のこもった瞳――
「だからって、負けられないんだ……っ!
総一のつないでくれた希望……今度はあたしがつなぐんだ!」
力強くかりんが宣言し――ジュンイチのライドブッカーに異変が起きた。
開き、排出されたカードを手に取ると、それは“力”を取り戻した龍騎に関するカードの数々――
「……へっ。
ちょぅどいいタイミングで、切り札が舞い込んできやがったぜ!」
このカード、使わない手はない――迷わずその中から一枚を選び、ディケイドライバーに装填する。
《FINAL-FORM-RIDE!
“RYU《“RYU《“RYU《“RYUUKI”!》
「さぁて、かりん。
ちょいと柔軟体操、いってみようか!」
「え!?
ちょっ、何!? 何の話を――」
ジュンイチの言葉にかりんがとまどい――そこへアビスが再びアビススマッシュを放った。
かりんをジュンイチが突き飛ばす形で、二人がそれをかわして――その拍子に、かりんの姿が変わる。
両肩にドラグシールドが装備され、さらに全身が変形。自身の契約モンスター、ドラグレッダーそっくりにその姿を変える。
「よっしゃ! いけぇっ、リュウキドラグレッダー!」
「あぁっ! もうヤケだぁっ!」
ジュンイチの言葉に開き直り、かれんがアビスへと突撃する!
◇
《FINAL VENT》
「はぁぁぁぁぁっ!」
ファイナルベントを発動、ダークウィングがマントとなってその背に装着される――咆哮と共に、エリオは大きく跳躍し、
「飛翔斬!」
マントと化したダークウィングの翼が全身を包み込み、ドリルのように螺旋を描く――巨大なドリルとなったエリオがアビソドンへと突っ込み、一撃を打ち込む。
「今だ!」
《FINAL VENT》
地面に叩きつけられたアビソドンの姿に、渚が続けてファイナルベントを発動。デストワイルダーがアビソドンに組みつき、地面に押しつけるようにそのまま渚の方へと引きずってくる。
対し、渚はデストクローを装備してそれを待ちかまえ――
「クリスタル、ブレイク!」
デストワイルダーと交錯、彼の引きずってきたアビソドンに、カウンターの如き一撃を叩き込む!
「キャロちゃん、たたみかけて!」
「はい!」
再び大地を転がるアビソドンの姿に、渚がキャロへと呼びかける――答えて、キャロはベノバイザーをかまえ、
《FINAL VENT》
ファイナルベントを発動。ベノスネーカーを伴って大きく跳躍し、
「ベノクラッシュ!」
ベノスネーカーの吐いた毒液の流れに乗ってその身を撃ち出し、アビソドンに左右の足で連続蹴りを叩き込む!
だが――
「――――ダメ! 倒せてない!」
渚が気づき、三人が離脱――直後、アビソドンが尾を振り回し、彼女達のいた場所を薙ぎ払った。
「なんてヤツだ……っ!
ボクらのファイナルベントを三発、全部まともにくらってるはずなのに……っ!」
「二体のミラーモンスターが合体してる分、生命力が強いんだよ」
うめくエリオに渚が答え――
「…………『合体』?」
渚のその言葉に、キャロが仮面の下で眉をひそめた。
思い出すのは、自らのデッキの中にある、“あるカード”の存在――
「……やってみよう!
エリオくん、渚さん! 少し時間を稼いで!」
言って、キャロはデッキから一枚のカードを引き、ベノバイザーへとセットする。
《ATTRACT VENT》
カードを読み込み、発動――同時、ベノバイザーから甲高い金属音が発せられる。
と、すぐに近くの鏡に動きがあった。巨大な影が鏡から、ミラーワールドから飛び出し、キャロの前に降り立つ。
数は2――仮面ライダーガイの契約モンスター、メタルゲラスと仮面ライダーライアの契約モンスター、エビルダイバーである。
ガイが死に、ライアのデッキが砕かれたことで自由の身となったモンスター達が姿を現したのだ。
これがアトラクトベントのカードの効果――ライダーと契約していない、フリーのミラーモンスターを引き寄せるためのカードなのだ。
なぜそんなカードを使うのか――その答えとなるカードを、キャロは続いてデッキから引き抜いた。
“CONTRACT”――意味は“契約”。
そう。ミラーモンスターと契約するためのカードだ。それを二枚、エビルダイバーとメタルゲラスに向けてかざす。
すぐにカードは姿を変え、それぞれのミラーモンスターを描いたものへと変わる。契約完了だ。
これで準備は整った――本命のカードをデッキから引き、ベノバイザーへとセットする。
《UNITE VENT》
カードが読み込まれ、効果を発動――それに伴い、ベノスネーカーがメタルゲラスの背に重なり、さらにその上からヒレをXの字に展開したエビルダイバーが重なる。
メタルゲラスの頭部がベノスネーカーの頭部にかぶせられ、ひとつとなった合体ミラーモンスターが咆哮する。
「ジェノサイダー、お願い!」
キャロの指示で、合体ミラーモンスター、獣帝ジェノサイダーが動く。重量感たっぷりの足音を響かせ、アビソドンへと向かっていく。
負けじとアビソドンも突撃。ジェノサイダーへと体当たりを見舞う――が、ジェノサイダーはビクともしない。あっさりと耐えてみせると、振り上げた両手をアビソドンの背中に叩きつけ、地面に叩き落す。
さらに何度もアビソドンの頭を踏みつけると、ジェノサイダーは相手の背後に回り、アビソドンの尾をつかんだ。力任せにアビソドンの巨体を真上に振り上げ――地面に叩きつける!
「これで決めるよ!」
何度も、何度も地面に叩きつけられ、すっかり弱ったアビソドンを放り出す。そんなジェノサイダーに告げ、キャロはカードを引き、ベノバイザーへとセットする。
《FINAL VENT》
使ったカードはファイナルベント。それを受け、ジェノサイダーは自らの腹の生体装甲にかみつき、引きはがす。
そこにはぽっかりと大穴が開いており、その奥にマイクロブラックホールが発生、周囲のものを飲み込み始める。
もちろん狙いはアビソドンだ。吸い込まれまいと懸命にその場に踏みとどまっているが、
「はぁぁぁぁぁっ!」
そこへキャロが反対側から突撃する。跳躍、吸引される勢いに乗って加速し、
「ドゥームズ、デイ!」
ベノクラッシュの要領でアビソドンを蹴り飛ばし、ジェノサイダーの腹の穴へと叩き込む!
哀れ、アビソドンはジェノサイダーの腹のブラックホールに飲まれて消滅。獲物を飲み込み、役目を終えたマイクロブラックホールがジェノサイダーによって打ち消され、吸引が止む。
「よしっ!」
見事にアビソドンを討ち倒し、キャロは満足げにうなずいて――
「……拝啓、フェイトさん。
ボクらの家族はどんどんたくましくなってるみたいです……」
相手の存在すら許さず、この世から消し去ってしまったキャロの容赦のない戦いぶりに、エリオが思い切りドン引きしていた。
◇
「はぁぁぁぁぁっ!」
「あらよっと!」
咆哮と刃が交錯、ジュンイチとアビスが斬り結び、
「くらえっ!」
そこへリュウキドラグレッダーに姿を変えたかりんが火炎弾を撃ち込むが、アビスはそれを難なくかわす。
「そらよっ!」
さらに、アビスクローでジュンイチに一撃。まともにくらったジュンイチが跳ね飛ばされる。
「へっ、まずはお前から仕留めてやるよ!」
地面を転がるジュンイチに向け、アビスが突っ込んできて――
「ぐぅっ!?」
その身に異変が起きた。突然足がもつれ、その場に倒れ込む。
「クソッ、何だってんだ……!?」
うめき、アビスが身を起こし――その身の異変は目に見えて顕れていた。
全身のアーマーが色彩を失い、黒ずんだ灰色に変化しているのだ。
ブランク体――メタルゲラスやエビルダイバーとは逆に、契約モンスターであるアビソドンを失ったことで未契約状態となったのだ。
「形勢逆転だな、アビスさんよ!
決めるぜ、かりん!」
「うん!」
この機を逃す手はない。かりんに呼びかけ、ジュンイチはライドブッカーからカードを引き、ディケイドライバーに装填する。
《FINAL-ATTACK-RIDE!
“RYU《“RYU《“RYU《“RYUUKI”!》
カードの力が発現。ジュンイチとかりん、双方に力がみなぎる。かりんが周囲を飛ぶ中、ジュンイチは大きく跳躍する。
かりんもその後を追い、ジュンイチの背後につき、
「いっ、けぇっ!」
火炎を吐き放ち、ジュンイチをアビスに向けて撃ち出す!
炎に包まれ、ジュンイチはそれを自身の右足に収束させ――
『ディケイド、ドラグーン!』
渾身の蹴りを、アビスに向けて叩き込む!
まともにくらい、アビスが地面を転がる――その目の前にジュンイチが着地し、
「フィニッシュだ――ぶちかませ、かりん!」
「うんっ!」
ジュンイチの呼びかけに応え、上空でかりんはリュウキドラグレッダーから龍騎へと戻り、
《FINAL VENT》
ファイナルベントを発動。本物のドラグレッダーが飛来し、彼女の周りを飛び回る。
そして――
「ドラゴン、ライダーキック!」
ディケイドドラグーンの再現の如く、ドラグレッダーの火炎でその身を撃ち出した。その炎と共に、必殺の蹴りをアビスに叩き込む!
「へっ、Finish――comple……何!?」
しかし、勝ち鬨の声を上げようとしたジュンイチの表情が驚きのそれに変わる。
ディケイドドラグーンとドラゴンライダーキック、大技を立て続けに打ち込まれてなお、アビスがその場に立ち上がったからだ。
「ウソでしょ!?
効いてないの!?」
「いや……効いてる……
この上なく効いてるのに……倒せてない……!?」
驚くかりんにジュンイチがうめくように答えると、そんな二人の目の前で、アビスの腰のカードデッキが砕け散った。
変身が解け、その正体が暴かれる――姿を現したのは、乱暴に伸ばした赤毛が目を引く、どこか野獣を想起させる男だった。
と――
「フハハハハっ!
驚いたか、ディケイド!」
高笑いと共に現れたのは、前の世界でジュンイチに“破壊のキバ”の誕生を警告したあの男だ。
「彼はこの世界の人間ではない。
アリー・アル・サーシェス……別の世界の人間であり、“アンデッド”の中の一体、パラドキサアンデッドをその身に重ねられている」
「アンデッド……!? 『剣』の世界の敵か……!?
それに、『重ねられて』って……まさか、世界の融合の影響でオレと門矢士が同一の存在になったのと同じ……!?」
うめくジュンイチに対し、鳴滝は満足げにうなずく。
「人と怪人の同一存在が、貴様に対しどの程度有効か……この“ゲーム”を利用して確かめた甲斐はあった。
ディケイド……次の世界こそがお前の墓場だ。覚えているがいい!」
男が告げ――彼とサーシェスが“黒いオーロラ”に包まれた。すかさずジュンイチがガンモードのライドブッカーを向けるが、その時にはすでに、“黒いオーロラ”は男達を別の世界へと連れ去ってしまっていた。
◇
「……あと5分、か……」
“ゲーム”開始から72時間と55分――すなわち、終了まで残り5分。
自分達以外が全滅し、戦う相手のいなくなったジュンイチ達は、豪華なベッドやソファがあり、ゆっくり休める戦闘禁止エリアでのんびりと終了の時を待っていた。
すでに解除条件をクリアしていたかりんや文香はもちろん、QやJの時間制限もクリアしてキャロや渚の首輪も解除。役目を終えたPDA五つを破壊し、麗佳も首輪を外していた。事実上全員が首輪を外し、後はゲームの終了を待つばかりの状態である。
「でも、おかしな話よね。
二人のゲームマスター内ひとりが死んでもうひとりがプレイヤー側へ裏切り。その上プレイヤーキラーの暴走で私達以外のプレイヤーが全滅して、戦う理由のない私達がだらだらしているだけ……
これだけ“ゲーム”がメチャクチャになってるのに、それでも通常通り“ゲーム”を進行するなんて……」
「渚さん、本当に運営側の指示は“続行”だったんですか?」
「うん……
私が運営の意向に逆らう形になってることに対しても何も言われなくて……それに、ちゃんと賞金も出すって」
文香の言葉にうまくいきすぎていると思ったのか、麗佳が尋ねる――が、ゲームマスターであった渚にとっても前例のない事態のようだ。彼女もしきりに首をかしげている。
「でも、わたし達にとってはいいことじゃないですか。
そのおかげで、かりんさんの妹さんの手術費用もなんとかなりそうですし」
不思議そうにしている年長者組に対し、キャロは現状のメリットを素直に受け止めている――彼女達は知らない。エリオを送り届けたその足で、あのマントの男が主催者達のもとを襲撃。かりんの手術費のため、賞金という体裁で彼女に金を与えるため、力ずくで“ゲーム”を続行させていることを。
だが――
「まぁ……確かに、オレ達にとってはありがたい話、か……
帰ってこないものも大きすぎるけど……その中でもベストの結果に落ち着いた、そう考えるべきなんだろうな」
『帰ってこないもの』が何を指すかは考えるまでもない。ジュンイチの言葉に場がしんみりと静まり返る。
「総一さん……」
特に、“ゲーム”の序盤から総一と行動を共にし、彼に全幅の信頼を寄せていたキャロの落胆は大きくて――そんなキャロの頭を、ジュンイチは軽くなでてやる。
「悲しいと思うなら……忘れてやるな。
アイツのことを忘れず……アイツの分まで、アイツに助けられた命をまっとうするんだ」
「はい……」
うなずき、キャロは手入れの行き届いた戦闘禁止エリアの天井を見上げた。
(わたし……総一さんのこと、忘れません。
総一さん自身のこと、総一さんに命を助けられたこと。そして……)
(きっと、総一さんに恋していたことも……)
◇
「ただいまー」
『お帰りーっ!』
実に三日ぶりの七瀬家――代表して声を上げるジュンイチを、ノーヴェや八重以下今回の居残り組が出迎えた。
「きゅくーっ!」
特に、今回キャロに置いてきぼりをくらわされることになったフリードは大喜びだ。八重達の頭上を飛び越え、キャロの胸に飛び込む。
「エリオからだいたいのことは聞いたわ。
大変だったみたいね」
「でも、二人もエリオも無事で、本当によかったよ!」
「はい。ご心配をおかけしました」
安堵の息をつくギンガやスバルの言葉に、フリードの頭をなでながらていねいに頭を下げるキャロ――そんな中、ジュンイチはふと、八重が沈んだ表情を見せているのに気づいた。
『ライダー同士の戦いの中で、ディケイドは悪魔に目覚める!
そして始まるのだ……“ライダー大戦”が!』
そんな八重の脳裏によぎるのは、鳴滝に言われたあの言葉。あの場は否定してみせたが、やはり不安はぬぐえなくて――
「どうした、八重ちゃん?」
「あ、いえ……
何でも、ないです……」
「………………?」
明らかに『なんでもない』はずがないリアクションなのだが――こうもあからさまにごまかされてしまっては追求してもムダだろうとあきらめる。
「とにかく、この世界でやるべきことは果たした。
これで次の世界に行けるな」
「ボクらも、ライダーになりましたしね」
気を取り直して告げるジュンイチにそう答えるのは、ナイトのデッキを手にしたエリオだ。
最終的に、カードデッキは今回の“ゲーム”の参加者、その生存者全員の手に残った。
マントの男が、賞金の支払いが行われた時点をもって改めて“ゲーム”の運営組織を攻撃。組織に“ゲーム”を運営していくだけの力が(物理的な意味で)失われてしまったためだ。
結果、ミラーモンスターなどという危険な存在を宿すカードデッキを組織は持て余すことになり――回収することなくジュンイチ達を解放することで、事実上その管理を彼らに押しつけることにしたのだ。
こうして、かりん達は仮面ライダーであり続けることになった。
今回の“ゲーム”を通じて命の重さと戦う意味を見出した彼女達は、きっとその力を見誤ることなく使っていくことができるだろう。
“ゲーム”の参加者ではない。人々を守る仮面の戦士、本当の意味での“仮面ライダー”として……
「そっかー。すばるんだけやなくて、えりおんやきゃろっちもライダーになったんやもんね」
「世界を救う旅のパーティーとして、順調に戦力整ってきてるなぁ……なんかRPGみたいやけど」
エリオの手にしたナイトのデッキを見て、多汰美や真紀子がつぶやく――なんとなく、本当になんとなく、全員の視線が同じ方向を向き、
「…………べっ、別に、あたしはうらやましいとか思ってないわよ」
「ティア……そこで返しちゃったら泥沼よ……」
「まぁまぁ。てぃあっちやぎんちーも次の世界でライダーになれるかもしれへんし」
ぷいとそっぽを向くティアナに、ギンガがツッコみ、多汰美が笑いながらフォローを入れる。
そして、一同はなんとなく次の展開を予想しながら居間へと移動――予想通り、居間のふすまに描かれた、現在滞在している世界を示した絵が光を放っていた。
龍――ドラグレッダーと銃、PDAを描いた絵がジャーニーライドのカードに収練され、飛び出してくる――ジュンイチがそれをキャッチし、絵の変化が終わる。
一方、ふすまの方の変化も終了。新たなふすまの絵、そこに描き出されているのは――
「たくさんのカードと……ロボット?」
「カードっていうか……トランプ?」
「またトランプかよ……」
「もうこりごりです……」
絵を見てつぶやくティアナやにわのつぶやきに、ジュンイチとキャロは思わず肩を落とす。
と――真紀子が絵を見てふと気づいた。
「なぁ……この一番手前に描いたるロボットのおでこ……何か書いてあるで?」
「え……あ、うん。あるなぁ」
「っていうか、ここまで細かく描きこんであるこの絵の精密さもある意味脅威よね……」
多汰美やにわもまた、絵を確認してつぶやき――全員の視線が“そちら”に集中。代表してノーヴェが尋ねる。
「ジュンイチ、わかるか?」
「なんでそこで迷わずオレに来るかなぁ?」
「そこはまぁ、毎度おなじみの理不尽パワーで」
「うんうん」
「ノーヴェ……あと今うなずいたキャロ。二人とも後で説教な」
即答するノーヴェと、となりでうんうんとうなずくキャロにジト目で告げると、ジュンイチは示された場所に書かれている文字を確認する。
「えっと……G……A……」
「……“G.A.N.D.A.M.”……?」
Next World is “BLADE” and ……“GANDAM 00”.
次回、仮面ライダーディケイドDouble!
スバル | 「ソレスタル、ビーイング……?」 |
スメラギ | 「ライダーはこのソレスタルビーイングのガンダムマイスターであり、ライダーシステムはガンダムと並ぶ、私達の切り札よ」 |
ミハエル | 「てめぇらが緩い介入しかしない上、アンデッドに手間取らされてばっかりだから、オレらにお鉢が回ってきたんだろうが!」 |
刹那 | 「オレは……ガンダムにも、ライダーにもなれない……!」 |
第8話「ソレスタルビーイング」
運命の切札をつかみ取れ!
(初版:2012/04/15)