「ここは……?」
気がつくと、そこは市街地のド真ん中――周囲を見回し、ジュンイチは眉をひそめた。
自分達は確かに、基地のある地下空洞にいた。それがどうしてこんな場所に……
「ジュンイチーっ!」
と、聞き慣れた声が自分を呼ぶ――相棒のブイリュウだ。一抱えほどの大きさの、ディフォルメされたドラゴンのぬいぐるみにも似た生き物がフヨフヨと飛んできてジュンイチの腕にしがみつく。
「ここは……?」
「さて、ね。
どっかに転送されたのは確かだろうけど。その証拠に……うっぷ」
ブイリュウに答えたところで吐き気を催す――転送酔いに顔をしかめながら近くの電柱に向かう。
「吐くの?」
「誰がンな酔っぱらいのテンプレみたいなことするすよ。
こーゆー電柱には、事故や急病の通報のために現在地が記載されてるもんなんだよ」
ブイリュウにツッコむと、ジュンイチは電柱の表記を確認する。
「……閂市、中央商店街東口……閂市?」
聞き覚えのない地名に思わず眉をひそめる。簡単に現在地がわかると思っていたが、あてが外れたようだ。
仕方がない。図書館にでも出向いて地図を探してみるか――などと考えていると、突如周辺一帯にサイレンが鳴り響いた。
聞き慣れないものだが、それが警報であることはすぐにわかった。その判断を裏づけるように防災放送がかかるが――
〈緊急放送、緊急放送。
こちらはダイビート。こちらはダイビート。閂市の皆さんに避難のご案内です。
現在、この街に宇宙からの侵略者が接近しています――〉
「侵略者……?
それに、ダイビート……?」
聞き慣れない地名、「侵略者」というワード、何やら組織らしい名前にその組織(?)からの避難の呼びかけ――
「……おもいっきり、ヒーローもののワンシーンだなぁ。
シリーズ序盤でお出しされて、ある程度話数を重ねてくると尺の都合で略され始めるヤツ」
思わず率直な感想が漏れるが、警報と共に周囲の空気が張り詰めたことには気づいている。そんな周囲の反応が、これがドラマや映画の撮影などではない、正真正銘の“現実”であることを伝えてくる。
〈市内で戦闘が発生する可能性があります。
すみやかに自宅、もしくは近隣避難所に避難してください。
繰り返します――〉
「……ふむ」
防災放送が続く中、すでに離れたところで爆発音が上がり始めている。対し、ジュンイチは少し考えて――
「……よし」
決断した。
第1話
「邂逅、超昂戦士」
街の中心部は、すでに侵略者によって蹂躙されつつあった。
建物は破壊され、道路も砕かれ、あちこちで火の手も上がっている。
人々の避難もまだ済んではいない。何度か経験しているのか、ある程度は勝手がわかってきているようだが、それでもスムーズに、という訳にもいかなくて――
「ブーッ!」
「ブブーッ!」
そんな人々を見つけ、侵略者の尖兵、フーマン達が駆けてきた。
人間に似た、しかし明らかに異質な漆黒の異形達が避難する人々に襲いかかり――
「待ちなさい!」
そんなフーマン達を鋭く制止する声が響いた。
声は頭上から――フーマン達が見上げると近くの店の屋根の上に四つの人影。
全員が少女だ。それぞれ赤、空色、黄、紫をベースカラーとしたコスチュームに身を包んでいる。
「青い地球を守るため、胸の鼓動が天を衝く!」
そのひとり、赤の少女が口上を述べ、四人がそれぞれ名乗りを上げる。
「紅蓮の光は不滅の炎!
超昂戦士、エスカ・ルビー!」
「青い光は勝利の狼煙!
青嵐の超昂戦士、エスカ・サファイア!」
「金の光は闇裂く正義!
黄輝の超昂戦士、エスカ・トパーズ!」
「奔る紫光は蕩ける迷夢。
紫幻の超昂戦士、エスカ・アメイズ!」
『悪の現場にただいま参上!』
四人で見得を切り、四人はフーマン達に向けて飛び込んだ。先頭集団を着地ついでに蹴散らし、後続の集団の前に立ちふさがる。
「街の人達のところへは行かせないよ!」
言い放つ赤い少女、エスカ・ルビーが言い放ち、それを受けたフーマン達がひるみ――
「えぇい、何をやっている!」
そんな声と共に、フーマン達の人垣を跳び越えてルビー達の前に降り立ったのはひとりの大男――のような何か。
明らかに人間をやめた見た目、肥満体の如き寸胴体型の人型ロボにも見えるがれっきとした生命体。
人間が侵略者によって変質させられた怪人、種別名はレールフラスト。
「シャダーンッ!
相手はたった四人だぞ! 数に任せて押しつぶせ!」
「ハッ! 悪役のテンプレ台詞ね!」
「たとえ数で上回っていようと、それがフーマンでは質で負けるだろう」
フーマン達を鼓舞するレールフラストの言葉に黄色の少女、エスカ・トパーズと空色の少女、エスカ・サファイアが言い返すが、
「フンッ、甘いな。
こちらの戦力がここにいるだけだと思ったのか!?」
レールフラストが告げると同時、ルビー達の後方にもフーマンの一団が現れた。前後から挟み撃ちにされた形だ。
「なるほど、伏兵か……」
「そう思う?――アレ」
うめくサファイアにツッコんで、紫の少女、エスカ・アメイズがレールフラストを指さす。後ろ手に持っているのだろう、レールフラストの後ろにチラリとのぞいて見えるのは――
「……スマホ?
ヤツの元になった人間の持ち物か?」
「私達が来たから、アレで別のところにいるフーマンを呼び寄せたらたまたま挟み撃ちの形になった……そんなところでしょ」
「呆れた。ただの行き当たりばったりじゃない」
「えぇいっ、うるさいうるさいっ!」
サファイアに答えたアメイズの言葉にトパーズが呆れ顔――微妙な反応にレールフラストが地団駄を踏んで癇癪を起こす。どうやら図星だったらしい。
「もういい!
お前達! やってしまえ!」
キレたレールフラストの号令にフーマン達が戦闘態勢へ。ルビー達も意識を切り替え、迎え撃つべく身がまえて――
「あー、すんませーん」
せっかく引き締まった場の空気は、気の抜けた声によってあっけなく粉砕された。
「な、何……?」
ずっこけかけたのをなんとか耐えたルビーがつぶやく中、声の主――ジュンイチがブイリュウを連れて彼女達とレールフラストの間に進み出てきた。
「え……?
だ、誰……?」
「って、それよりっ!」
いきなり緊張感皆無で介入してきたジュンイチの姿に思わすトパーズが困惑するが、その一方でルビーが我に返った。
「危ないですよ!
今は街中が危険な状態で……」
「あぁ。
だから詳しい状況を知りたくてさー」
あわてて避難を促そうとするルビーにジュンイチが答えると、
「フンッ! どこのどいつか知らないが、こんなところにノコノコ出てくるとは、跳んで遅らす環状線!」
「『跳んで』と『遅らす』の間が怖すぎる!」
ジュンイチに矛先を定めたらしいレールフラストの言葉にトパーズがドン引きした。
「お前も遮断機にならないかーっ!」
「っ! 危ない!」
改めて叫びながら、レールフラストがジュンイチに向けて突撃。ルビーがジュンイチを守るべく前に出てレールフラストを迎え撃ち――
“ルビーの頭上から”振り下ろされた蹴りが、レールフラストの脳天に叩きつけられた。
「ぶべっ!?」
「……え?」
まだレールフラストは彼女の間合いには入っていなかった。顔面から地面に叩きつけられたレールフラストを前にいったい何が起きたのかとルビーが目を丸くしていると、
「放送にあった『侵略者』とやらがどっちか聞こうと思ってたんだけど……もうその必要はないかな」
そんなルビーの前に降り立ち、ジュンイチが誰に告げるでもなくつぶやいた。
地面に突っ伏したままのレールフラストを指さし、改めてルビーに尋ねる。
「いきなり問答無用で襲ってきたあたり、あの人間辞めてる方が侵略者ってことでいいんだよな?」
「あ……はい、そう、です……」
「ってゆーか、見ればわかるでしょーが」
「いやいや、そんな『見ればわかる』なんて簡単な話じゃねぇだろうが」
うなずくルビーの傍らからツッコんでくるトパーズだったが、対するジュンイチはあっさりと返した。
「何しろこっちは状況ぜんぜんわかってねぇんだ。
『一見人間な侵略者に、ヤツらに改造されながらも人の心を失わなかった怪人がヒーローとして立ち向かっている』なんて可能性も十分に想定しておくべきだろ」
「ふむ……」
ジュンイチの言葉に、トパーズは少し考え、
「……確かにそうね」
「わかっていただけたようで何よりだ」
明らかに含みのあるトーンでうなずくトパーズに、ジュンイチも明らかに含みのあるトーンで返す。二人の間で何やら通じ合うものがあったようだ。
「……サファイア」
一方で、サファイアに声をかけたのはアメイズだった。
「どう見る? 今の彼の動き」
「かなりの手練れだな」
サファイアは迷うことなく断言した。
「ルビーがあの男をかばった瞬間――敵だけではない、我々も含めたこの場の全員の意識がルビーに集まったその一瞬にあの男は動いた。
それだけでなく、変身もしていない生身でレールフラストを一撃で叩き伏せるほどの攻撃を叩き込んでみせた……少なくとも、格闘技をかじった程度の一般人にできる動きではない」
「だよねー。
私なんて何したか完全に見落としたし」
サファイアの言葉にアメイズが肩をすくめる一方で、今度はフーマンが二体、左右からジュンイチとルビーに襲いかかり――
「ぅりゃっ」
気の抜けた掛け声にはあまりにも不釣り合いな鋭い打撃音がほぼ同時に二つ――右から来たフーマンへは拳、左へは蹴り、一瞬にして放たれた二つのカウンターがフーマンを殴り、蹴り飛ばす。
「え? え?」
そんなジュンイチの立ち回りに、意表を突かれたまま戻ってこれないでいるルビーは困惑するばかりで――
「礼っ!」
「はっ、はいっ!」
ジュンイチの声に思わず一礼――と、そんなルビーの背に重み。とっさに踏ん張ったルビーの上を乗り越え、その先のフーマンの腹にジュンイチの蹴りが突き刺さる。
間髪入れずに腰に差した霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放ち、殴りかかってきたフーマンの脳天に一撃。ひるんだところに切り上げで顎を打ち上げ、ブッ飛ばす。
「つ、強い……」
「これ、私達いる……?」
大立ち回りを繰り広げるジュンイチの姿にルビーとトパーズが思わずつぶやいて――
「ぬがぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に、先ほどジュンイチに叩き伏せられたレールフラストが勢いよく起き上がってきた。
「よくもやってくれたな、貴様っ!」
そんなレールフラストがあからさまな恨みの声と共に殴りかかったのは――ルビーだった。
「え――?」
台詞の内容から、てっきり先の一撃の犯人であるジュンイチを狙うと思い込んでいた。彼も先の一撃の経緯を理解していない、自分がやったと誤解していると遅れて理解したルビーの顔面を目掛けて、遮断機の竿を模した棍が横薙ぎに振るわれて――
「危ねぇ!」
そんなルビーを押しのけたジュンイチがその一撃を受けていた。
「あぁっ!?」
吹っ飛ばされたジュンイチが近くの商店の店頭の商品棚に突っ込む。崩れた棚の下に彼の姿が消えるのを目の当たりにして、ルビーが思わず声を上げるが、
「なぁにを驚いてる?
戦いの最中に気を抜いた、お前の油断が招いたことだろうが!」
「…………っ」
レールフラストの言葉に、思わず歯噛みする――認めたくはないが彼の言う通りだ。予想外の展開に思わず呆けてしまった自分をかばってジュンイチはやられてしまったのだから。
「だが、安心しろ。
お前達はすぐにそんなことは気にならないようn
「どうするって?」
「……って、え?」
そんなルビーにしてやったりと誇らしげに告げるレールフラストだったが、崩れた棚の下からかけられた声に思わず動きを止めた。
直後、件の棚の残骸が衝撃と共に吹っ飛んで、
「うしっ、脱出」
道着についた埃をパンパンと払いながら、ジュンイチが姿を現した。
「ばっ、馬鹿な!?
直撃だったはずだ!」
「なぁにが直撃だ。
踏ん張り切れずに押し切られただけで、攻撃自体はしっかり防いだわ」
驚愕するレールフラストに答えて、ジュンイチは足元に転がった紅夜叉丸を拾い上げる。
「なっ、ならっ! もう一度叩きのめしてやるまでだぁっ!」
そんなジュンイチにレールフラストが改めて殴りかかった。振り下ろされた棍とジュンイチの紅夜叉丸がぶつかり合う。
「多少はやるようだが、所詮は超昂戦士でもない生身の人間だろう!」
「確かに生身だけどさぁ……
にしても、超昂戦士……アイツらのことか」
レールフラストの言葉に息をつき、ジュンイチは戦いへの介入の機会をうかがっているルビー達へと視線を向ける。
「よそ見をしている余裕があるのか!?」
「ありますが――」
そんなジュンイチにレールフラストが蹴り上げ――右足で踏みつけるように受け、ジュンイチは勢いに逆らわず跳んで後退し、
「何か!?」
着地と同時に再度の突撃。再びレールフラストと激突する。
「馬鹿め!
何度かかってきても同じことだ!」
ジュンイチを力ずくで押さえようとレールフラストが体重任せに圧をかけてきて――
「覆いかぶさってきたな」
そんなレールフラストにジュンイチが告げ、
「そいつを――待ってた!」
瞬間、炎が巻き起こる――ジュンイチの異能だ。のしかかってきたレールフラストの身体を、真下からの熱の奔流が焼きながら押し上げ、吹き飛ばす。
「ぅわぢゃぢゃぢゃっ!?」
「なっ、何!?」
「炎だと!?
レールフラストにあんな能力は……」
「じゃあ、あれは彼が……!?」
突然の炎に焼かれ、のたうち回るレールフラストの姿にトパーズ、サファイア、アメイズが順に驚く――そんな背後の動揺にかまわず、ジュンイチが紅夜叉丸をかまえる。
そんな紅夜叉丸に巻き起こった炎がまとわりつくように集まっていき、
「こんがり……焼けとけ!」
解き放った。振るった紅夜叉丸から放たれた炎の奔流がレールフラストを直撃して――
「……逃げられたか」
炎が収まった後には、レールフラストも配下のフーマン達の姿も消えていた。
「……くそっ、気配もしっかり消してやがる……消せるようなスキル持ってるようには見えなかったけど。別の手段で隠蔽してるのか……?」
改めて探り、完全に気配が消えていることを確認する。隠蔽手段があるならこちらの隙をうかがっている可能性は捨てきれないが……
「……ま、いっか。
じゃ、終わったみたいだし帰るわ。お疲れー」
状況終了と判断した。きびすを返してジュンイチはその場を後にし――
「あ、あのっ!」
(……チッ)
――ようとしたが、ルビーに呼び止められてしまった。
「えっと、あなたは……?」
「……ただの通りすがりだよ。
状況聞きに来たら襲われたから自衛した、ただそれだけの、通りすがり」
「あぁ、そうなの。それは災難だったわねー。
……で、納得できるワケないでしょーが!」
ルビーに答えたジュンイチの話に、トパーズがノリツッコミの要領で追及に加わってくる。
「生身で“アルダーク”の連中をしばき倒すだけでもたいがいなのに、思いっきりパイロキネシスっぽい炎までぶちかましておいて、なぁにが『ただの通りすがり』よ!?」
「アルダーク……それが敵の名前……『連中』ってことは組織の名前か。
それはともかく、別にウソはついてねぇぞ。
“オレが通りすがりであること”と“オレが異能持ちであること”は別の話なんだ。両方事実だったとしても、別に矛盾はしねぇだろ」
「む……それは確かに」
「だとしても」
あっさりと言いくるめられてしまったトパーズに代わり、サファイアがジュンイチの前に立ちふさがった。
「フーマンどころかフラスト怪人すら一蹴し、さらに異能の力まで使ってみせたあなたを放っておく訳にはいきません」
「……ま、そりゃそーなるよねー」
「うっわー、あからさまにめんどくさそう。
でも、めんどくさいのはお互い様だし、話くらいは付き合ってくれてもいいんじゃない?」
さらにアメイズもジュンイチの背後を押さえてくる。対して、ジュンイチは――
「……悪いね」
消えた。
拒絶を思わせる言葉に一同が身がまえた瞬間、一瞬にして。
「え? えぇっ!?」
一挙手一投足に気を配っていたはずの相手をあっけなく見失い、ルビーが目を丸くして――タンッ!とルビーの頭上で音がした。
ジュンイチだ――ルビーの後ろ上方、電柱を蹴って、道路の反対側の商店の屋根の上へと三角跳びの要領で跳び上がる。
「じゃ」
「まっ、待て!」
ジュンイチの言葉に、あわててサファイアが後を追い――
「……っ、もう……!?」
屋根に上がった時には、すでにジュンイチは姿を消していた。
◇
「……なるほど。
素手でフーマンどころかフラスト怪人すら圧倒し、炎を操る異能を持つ少年、か……」
「はい」
基地に戻り、報告――ダイビートを統べる長官、戦部トキサダの言葉に、エスカ・サファイアの変身者、加古野ヒビキがうなずいた。
「いきなり乱入してきて、レールフラストが狙ってきたから迎撃……か。
というか……この乱入の理由、『状況を説明してほしい』って……本当か?
まさに戦闘が始まろうとしているところに、この用件で?
それに、報告の通りなら、こちらとアルダーク、どちらが侵略者側かもわかってなかった、と……」
「ちょっと……状況把握できてなさすぎよね……」
眉をひそめるトキサダに副官の美女、ユーノが同意する――そんな二人の疑問は実際に対面した四人も同感であった。自分達ダイビートのことも、侵略者アルダークのことも、世間ではそれなりに報じられているしネット上でも話題は盛んだ。にもかかわらず、ジュンイチの態度は不自然なまでに事情に疎すぎた。
「それに……話を聞こうとしたら逃げられた……
こちらからは話を聞こうとして、逆に自分のことを話すのは嫌がった……」
「信用されてない……ってことでしょうか……?」
「いやぁ、アレはどっちかっつーと『自分の用は済んだからハイ、サヨナラ』って感じじゃなかった?」
「あからさまにめんどくさがってたもんね……」
寂しそうに肩を落とすエスカ・ルビーこと園崎アカリにエスカ・トパーズこと春雛うらら、エスカ・アメイズこと雪城エリーが答える。
「そういうことなら、何とか場を作れれば話にも応じてくれそうだが……」
「あの逃げ足を考えると、難しいでしょうね……」
つぶやきトキサダにヒビキが答え、この件に関してはこの場ではこれ以上の進展は見込めないということでひとまず保留で決着した。
◇
明けて翌日、街角のとあるオープンカフェにて――
「……ふむ」
入手したスマートフォンを“使って”一通りの情報を集め、ジュンイチは軽く息をついた。
「宇宙からの侵略者アルダークと、そのアルダークに滅ぼされた未来の地球から来た男が組織した対抗組織、ダイビートか……」
「オイラ達のことは?」
「情報なし」
ブイリュウに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「ってことは……」
「あぁ。
“そういうこと”なんだろうな」
ブイリュウに答え、ジュンイチがもう少し調べてみようとスマートフォンを手に取り――
「あぁっ!?」
「…………?」
突然上がった声に振り向くと、四人の少女を連れた青年がいて――少女のひとりがこちらを指さしたまま目を丸くしていた。
「長官まで探しに出なくてもよかったんですよ?」
「オレも気になるからな。
それに最近は指揮、事務、交渉事と身体を動かさない仕事ばかりで少し鈍っていたからな。散歩を兼ねて……ってことで」
アカリ達エスカチームと共に街へ――話しかけてくるアカリに、トキサダは苦笑まじりにそう答える。
一夜明けて、エスカチームの面々はジュンイチのことを探しに街に出ることにした。戦闘の際助けられる形になったアカリが礼を言えていなかったことを気にしていることに他の三人が気づいたからだ。
アカリの憂いを晴らすため、そして味方ではあるようだが正体不明には違いないジュンイチについてこのまま情報なしのままでいいのかという懸念からまずヒビキが賛同。元からジュンイチの正体に興味を持っていたうららとエリーに反対する理由はなく、四人で出ていこうとしていたところにアカリに述べた理由で見回りの名目で散歩に出ようとしていたトキサダと出くわして――現在に至る。
「でも、見つかるかな……?
あの人も、逃げたってことはこちらに見つからないようにしてるんじゃ……」
「でもないんじゃない?
こういうのって、堂々としていれば却ってバレないもんだし、フツーにそこらをうついてるんじゃないかしら?」
見つけられるかどうか不安そうなアカリに答えるのはエリーだ。てきとうに道端のカフェを指さし、
「案外、そこらへんのカフェでお茶してたりしt
『あ』
「……って、え……?」
と、そこで彼女以外の女子三人が声をハモらせた。どうしたのかとエリーも指さした先を見て――
「……あ。
…………あぁっ!?」
オープン席で、テーブルの上のスマートフォンを手に取ったジュンイチがそこにいた。
「んー……」
いきなりこちらを指さしてきた少女とその連れを前に、ジュンイチは眉をひそめた。
こんな態度を取られるようなことは……昨日思いっきりしでかしたが、少なくともあの場にいた顔ぶれにはこんな面々は――
(……いや、これは……)
「……お前、昨日の紫か?」
「え……!?」
ジュンイチの指摘に、エリーは彼を指さしたその姿勢のまま思わず目を見開いた。
自分達の変身には認識阻害の効果があり、変身の瞬間を目撃されでもしない限りは正体が露見しないようになっている。
それをジュンイチは見抜いてみせたのだ。考えられるのは――
(一、単なる当てずっぽうがたまたま正解した。
二、昨日のアレ……通りすがった、っていうのがウソで、実際は私達が変身したのを目撃して後を追ってきた。
三、これが一番厄介――何らかの理由で、認識阻害を正面から抜かれた……つまり、彼には私達の認識阻害が通じない)
可能性を列挙して、とりあえず「二」は除外した。これだとしたら彼はあらかじめ自分達の正体を知っていたことになる。そこを演じ偽る必要性も考えられないし、今の、まさに今ここで照会したかのような反応と矛盾が生じることになる。
となると残る可能性は二つ――
「な、何でわかったんですか!?」
「って、アカリ!?」
と、そこでアカリから露骨な反応が出てきた。
「そんなこと言い出したら、もう認めちゃったようなものじゃない!」
「あ、ご、ごめん……」
「まぁ、いいけどね。
彼、もう完全に特定してるみたいだし」
「ハッハッハッ、気を遣ってそのものズバリの名前を出さなかった配慮に感謝するがよい」
ツッコまれてシュンとするアカリにエリーが返す傍らで、ジュンイチがカラカラと笑い、
「キミが、昨日エスカチームを助けてくれたのかい?」
そんなジュンイチに、トキサダが声をかけた。
「まずは自己紹介。
戦部トキサダだ――積極防衛組織ダイビートの長官を務めている」
「へぇ、アンタが」
「それで……君は?」
「ぐ……自分が名乗ったんだからお前も名乗れってヤツかよ勝手に退路断ってきやがって……」
自身の自己紹介からトキサダに返しを促され、ジュンイチがうめき――
「――――っ」
その動きを止めた。
「…………君……?」
「お前ら」
そして、どうしたのかと首をかしげるトキサダやその後ろに控えるアカリ達に告げた。
「避難誘導」
『え……?』
いきなりの指示に困惑するトキサダ達にかまわず、ジュンイチは席から立ち上がり、
「ブーッ!」
次の瞬間、突然の咆哮と共にフーマンが姿を現し――
「うっさい」
「ブッ!?」
すでにジュンイチは動いていた。あっさりと先頭の一体との距離を詰めると迷うことなく殴り倒す。
間髪入れず、踏み込んだ右足を軸に背中側、反時計回りに身をひるがえし、別のフーマンに左の裏拳一発。
そこでようやく、周りの一般人達が状況に気づいた。フーマンの出現に悲鳴が上がり、我先に逃げ出し始める。
「わっ、私達も!」
そんな周囲の様子に、アカリも戦いに加わろうと駆け出し――
「避難誘導しろっつってんだろボケぇっ!」
「ひゃあっ!?」
ジュンイチが手近なテーブルに残されていたコースターを逃げつけてきた。アカリの額に貼りつくように命中する。
「何よりもまずは民間人の安全確保!
市街地防衛の基本だろうが!」
「は、はいっ!」
ジュンイチに叱られ、アカリは半ば反射的にきびすを返してトキサダ達に合流する。
「長官!」
「あぁ。
オレは避難誘導しながら基地へ戻る――エスカチームは隙を見てどこかで変身して戻ってきてくれ」
「はい!
みなさん! こっちへ避難を!」
トキサダの言葉にうなずき、アカリが避難誘導に取りかかる。
同じようにエスカチームの面々やトキサダも避難誘導を始めて――エリーはふと、フーマン達を相手に立ち回るジュンイチの方を見た。
(ひょっとして、彼……私達が変身のためにここを離れる口実を作ってくれた……?)
「っ、らぁっ!」
気合いと共に拳を一閃、殴り飛ばされたフーマンが背後の仲間を巻き込んで倒れる。
さらに自分に殴りかかってきた別のフーマンの拳をつかみ、崩し、投げ飛ばし、先と同じように仲間のフーマンのもとへと投げ込んだ。
「ったく、遠慮なく火力ぶちまけられれば楽なもんを……!」
いちいち殴り倒さなければならない面倒臭さにため息がもれるが、ダイビートとやらのスタンスを把握しない内からこんな人目のあるところで手の内をさらすのも考え物だと自らを戒める。
地道につぶしていくしかないかと腹をくくり――
「そこまでよ!」
頭上からの声が響いた。
「青い地球を守るため! 胸の鼓動が天を衝く!」
カフェの屋根の上に現れたルビー達だ。今回はトパーズが代表して口上を述べて――
「ピッチャー振りかぶって第一球〜」
「って、ちょっと!?」
ジュンイチはおもむろに足元の瓦礫を拾い上げ、“エスカチームに向けて”振りかぶった。そして――
「投げたーっ!」
「ブーッ!?」
投げた瓦礫はトパーズとルビーの間を駆け抜けて、そこに忍び寄っていたフーマンの顔面を直撃した。
「オレもやるから、名乗り自体は止めないけどさ……
でもっ! やる時は敵に邪魔されないよう安全確認はしっかりと! これ大事!」
「わっ、わかってるわよ!」
襲いかかってくるフーマン達を返り討ちにしながら告げるジュンイチに、トパーズがムキになって言い返して――
「見つけたぞ!」
ジュンイチでもエスカチームの面々でもない、しかし聞き覚えのある声が乱入してきた。
「昨日はよくもやってくれたな、小僧!」
「あれ、レールフラスト!?」
「口ぶりからして、昨日取り逃がした個体か……」
「っていうか、狙いは彼!?
リベンジマッチってワケ!?」
現れたのは昨日ジュンイチにあしらわれたレールフラストだった。トパーズ、サファイア、アメイズが口々に声を上げる中、ジュンイチに向けて襲いかかり――
「たぁぁぁぁぁっ!」
「ふぎゃっ!?」
頭上から飛び降りてきたルビーに思いきり頭を踏みつけられ、レールフラストは顔面から地面に叩きつけられた。
「赤いの……?」
「はいっ! 赤いのです!
エスカ・ルビーっていいます!」
ジュンイチに答え、「よっ」とレールフラストの上から飛び降りたルビーがジュンイチに合流する。
「後は私達に任せて、あなたも避難してください!」
「ムリ」
そして、フーマンと戦い始めながら告げるが、対するジュンイチはあっさりとルビーに即答した。
「気づかなかったのか?
お前らが避難誘導してる間、ザコども、ほとんどそっちに行ってなかったと思うんだが」
「そういえば……じゃあ、まさか!?」
「あぁ。
コイツら、全面的にオレ狙いっぽいんだわ。理由はわからなかったが……アイツが出てきて理由が判明した、ってのが現状」
ルビーに答え、ジュンイチは起き上がろうとしているレールフラストを指さした。
「アレが昨日のリベンジにオレを狙ってて、そのためにこの手下どもを動かしてるっつーなら、オレがここを離れても敵はくっついてくるぞ。
シェルターとやらまでコイツらとカルガモ行進しろってか?」
「そ、それは……」
答えに詰まるルビーに対し、ジュンイチはフーマンを回し蹴りで蹴り倒した流れで振り向き、
「アイツの大人げなさを甘く見たオレのミスだ――落とし前はつけるさ」
言って、ルビーに代わってレールフラストの前に立ちはだかり、左手の腕時計型端末、ブレイカーブレスをかまえる。
「そういうワケだ。
こっからは自重も解除――出し惜しみなしだ!」
「ブレイク、アァップ!」
ジュンイチが叫び、眼前にかまえたブレイカーブレスが光を放つ。
その光は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むと人型の龍の姿を形作る。
ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
最後に頭の炎が立ち消え、ヘッドギアを装着したジュンイチが叫ぶ。
「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」
「へ、変身した……!?」
「私達のとは、違うみたいだけど……」
“装重甲”を身にまとい、見得を切るジュンイチの姿にルビーと、彼女に合流したアメイズが口々につぶやく。
「きっ、貴様、超昂戦士だったのか!?
男の超昂戦士がいるなんて聞いてないぞ!?」
「へぇ」
ジュンイチの着装に驚いているのはレールフラストも同じだった。あわてる彼の言葉にジュンイチは感嘆の声と共に振り向いた。
「そーゆー驚き方をするってことは、超昂戦士っていうのは女子限定なんだな。
ありがとよ。またひとつ情報増えたわ」
「フンッ、そんな感謝するフリをしたところで許してやるものか!
昨日の恨み、晴らさでおくべきかーっ!」
ジュンイチに言い返し、レールフラストが棍で打ちかかり――
「リベンジ上等返り討ちじゃ」
レールフラストの一撃が振り下ろされるよりも早く懐に飛び込んだジュンイチが、相手の顔面に右の拳を叩き込んでいた。
右拳が引かれると同時、立て続けに響く打撃音――左ジャブの連打で追撃、仕上げとばかりに右回し蹴りでレールフラストを蹴り飛ばす。
そんなジュンイチに向け、主を助けようというのか、フーマン達が殺到し――
「させない!」
声を上げたルビーを先頭にエスカチームが参戦。フーマン達を蹴散らした。
「ターゲットであるお前をこの場から動かせないとしても!」
「黙って見てるのは、違うわよね!」
「ちゃんと戦えるみたいだし、この場の主役は譲ってあげるわよ!
露払いはしてあげるから、きっちり決めなさい!」
「かしこまり〜」
サファイアとアメイズ、そしてトパーズが口々に告げる――トパーズの発破に背を押され、ジュンイチは軽い返事を返しつつ立て直したレールフラストの前に立つ。
「なっ、何だ!? やんのかコラ!」
「おー、やるぞー」
「〜〜〜〜っ!
どこまでも舐めよってからに!」
あっさりと答える言葉に激昂して殴りかかるレールフラストだが、
「そりゃ舐めるさ」
ジュンイチには通じない。振り下ろした棍はあっさりさばかれ逆に拳と蹴りを叩き込まれ、
「だって――オレ、強いからっ!」
さらに紅夜叉丸でさんざんに打ち据えられる。
「爆天剣!」
さらに、ジュンイチの叫びと共に紅夜叉丸の姿が変わる――塵の如く霧散、再び剣の形に収束して両刃の直剣に再構築される。
作り出した爆天剣で何度も斬りつける――身体の前面を刀傷だらけにされ、レールフラストが地面を転がる。
爆天剣を紅夜叉丸に戻し、腰に差すと重心を低く落としてかまえる――背中の翼から炎が生じ、ジュンイチの背後に立ち上ったその炎が竜の姿を形作る。
「紅蓮――蹴撃!」
そして、ジュンイチが頭上後方、炎の竜の口の中へと跳び込んで――
「ブレイジング、スマッシュ!」
撃ち出された――炎の竜の口から吐き放たれるかのように飛び出し、その勢いを乗せた飛び蹴りをレールフラストに叩き込む!
「がっはぁぁぁぁぁっ!?」
さらに、竜を形作っていた炎もジュンイチに引っ張られるようにレールフラストへと襲いかかった。炎に吞まれ、全身を焼かれながら吹っ飛ばされる。
地面を転がり、ヨロヨロと身を起こすレールフラストに背を向け、ジュンイチは右手の人差し指と中指をそろえて天を指し、
「Finish――Completed!」
「ぐわぁぁぁぁぁっ!?
ショ〜テ〜〜〜〜ンッ!」
振り下ろした――直後、蹴り込まれたエネルギーが炸裂、レールフラストはジュンイチの背後で断末魔の叫びと共に爆発の中へと消え、
「……う、うぅ〜ん……」
「……?
人間……?」
爆発が収まると、そこにはどこにでもいそうなサラリーマンの姿があった。意識を失い崩れ落ちるその姿に、ジュンイチは思わず眉をひそめ、
「これで――ラストぉっ!」
ほぼ同時に、周りのフーマンも掃討完了。トパーズの剣が最後の一体を斬り伏せた。
「うし、終わりーっ!
さーて! 今度こそ話を聞かせてもら……って、またいないしっ!」
すぐさまジュンイチの方へと振り向くトパーズだったが、すでにそこにジュンイチの姿はなかった。
「また屋根の上か!?」
「うぅん、真上!」
昨日の再現かと周囲の建物の上を見回すサファイアだったが、アメイズはそれよりもさらに上方――自分達の真上に滞空するジュンイチを見つけて声を上げた。
「あ、見つかった」
「そりゃ、ね。
昨日と違って、今のキミには翼があるんだもの――なら飛ぶでしょ、普通」
見つかっても特に気にする様子のないジュンイチに、対するアメイズも平然と答える。
「くっ、逃がすものか!」
「おっと」
ジュンイチを見つけるなり、サファイアが動く――捕獲用の縄を括りつけた苦無を多数投げつけるが、ジュンイチは紅夜叉丸に炎をまとわせ、その一閃でまとめて薙ぎ払い、
「残念でした〜♪
じゃ、そーゆーことで、今度こそアデュ〜♪」
「こらーっ! 待ちなさいよーっ!」
そしてそのまま、トパーズが止めるのも聞かずに飛び去っていってしまった。
「あーっ! もうっ!
また逃がしたーっ!」
「まぁ、包囲してもまた昨日と同じ手口で逃げられたでしょうけどね。
昨日、私達の前から一瞬で消えたあのトリック、解明できてないんだし」
「そこを対策できない限り、何度囲っても逃げられる、か……」
悔しがるトパーズの背後でアメイズとサファイアがため息をつき、
「…………」
そんな仲間達をよそに、ルビーはジュンイチの飛び去っていった方角を見た。
「……また……お礼、言えなかったな……」
つぶやくルビーの声は、誰の耳にも入らず風に乗って消えていった。
(初版:2025/07/14)