それは、特に何も起こらない平和な午後のことだった。
「エクシリオン達、行っちゃったわね……」
「ですね」
 なのは達よりも一足先に基地に来たものの、ヒマを持て余していたアリサがポツリとつぶやく。それに相槌を打つのはデータ整理に追われているホップである。
「ねぇ、ホップ……」
「何ですか? アリサ様――」
「『様』はやめてよ。アリサでいいわよ」
「わ、わかりました……アリサ……」
 すかさず訂正してくるアリサに答えると、ホップは改めて尋ねた。
「それで……何なんですか?」
 その問いに、アリサはキッパリと答えた。
「あたしも宇宙に行きたい!」

 

 


 

第6話
「宇宙でドッキリ大ピンチなの」

 


 

 

 突然『宇宙に行きたい』と言い出したアリサ――ホップが説得にあたるものの、彼女に口で勝てるワケもない。
 と言っても、ホップに大気圏離脱能力はない。そこで彼女達が当てにしたのは――
「おいおい、ムリ言うなよ」
「そこをなんとか……
 スペースブリッジの入り口まででいいですから」
 いきなり話を振られ、困惑気味に答えるバックパックに、ホップはなんとか了解を得ようと説得を試みる。
 が、バックパックも譲らない。彼としても基地に居残っているからといってヒマなワケではないのだ。
「ダメダメ。
 スペースブリッジを監視しているのは、遊びじゃないんだから」
 その言葉に、困り果てたホップがアリサへと視線を向けると、そんな彼に任せておけないとばかりにアリサが口を開いた。
「えー? いいじゃないのよ。
 当分この星で暮らすんだし、現地の人との交流も大事でしょ? やっぱり」
「交流なら、こないだのドッジボールで……」
「交流ってのは続けるから交流でしょ?」
 あっさりと反撃され、バックパックは言葉に詰まる。
 結局――バックパックにできることはひとつしかなかった。
 引率である。

 そんなこんなで、ビークルモードでアリサを乗せたバックパックは基地出入り口からスペースブリッジへと続く不可視の直通ブリッジ、通称『虹の橋』を展開、その上をスペースブリッジに向けて出発する。
「ぅわぁ、海鳴市があんなに小さぁい!」
「展望中すまないが、少し地上は見にくくなるぞ」
「え?」
「雲の上に出るからね」
 バックパックが答えると同時、彼らは雲の中へと突っ込み――すぐにその上へと姿を現した。

 一方、最初のプラネットフォースがあるといわれる星、惑星スピーディアでは――
「どんな意味があるんだ? これは……」
 周囲を縦横無尽に走っているハイウェイの数々を見回し、ファストエイドは思わず首をかしげた。
 そして、それはシオンも同意見だったようだ。ファストエイドを介した望遠映像を見て眉をひそめる。
「山や川のような障害物があるワケでもないのに、なぜわざわざ高架道路にする必要があるのでしょうか……?」
「あぁ……設計にムダが多すぎる」
 だが、そんな彼らの疑問をよそに、エクシリオンとブラーは顔を見合わせ――同時につぶやいた。
『走るため……』
「え…………?」
「ほら、地球でも高速道路とか――速く走るための道路はたいてい高架道路だろう? それと同じなんじゃないか?」
 疑問の声を上げた美緒にブラーが答えると、
「……走りたいようだな、キミ達も」
 そんな彼らに告げたのはクロノだった。
「まぁ、とりあえず止めはしないけど……ギャラクシーコンボイから地元住民との接触を避けるよう言われてるんだ。この星の人達とのレースは、するんじゃないぞ」
「わ、わかってるよ!」
「オレ達だってそのくらい心得てる!」
(図星だったか……)
 思わずムキになって言い返すブラーとエクシリオンに、クロノは内心で小さくため息をついたのだった。

「バックパック、どこに行った!?」
 その頃、海鳴・国守山のサイバトロン基地ではドレッドロックがバックパックを探してオカンムリ状態だった。
 と、そこへちょうどよくなのはやフェイトが秋葉、志貴と共に姿を現した。
「あぁ、キミ達か。
 バックパックを見なかったか?」
「いーや、見てないよ。
 なのはちゃんは?」
「見てません……
 わたし達も、今来たばっかりなので……」
 志貴となのはが答えると、そのとなりでフェイトが尋ねた。
「他のみんなは……?」
「あぁ、チップスクェアの探索中さ。アルクェイドやリンディ提督も同行している。
 今日向かってるのは……アイルランドだな」
「そういえば……最近アイルランドとアトランティスを同一視した学説が発表されてたっけ……」
 ドレッドロックの答えに志貴が納得すると、
「あぁ、なのはちゃん……」
 そこへ姿を現したのはすずかだ。アリサもそうだったが、今日はみんな予定がかみ合わず、バラバラに来ることになっていたのだ。
「アリサちゃんは?」
「そういえば……
 ドレッドロックさん、アリサちゃんは?」
「知らんよ」
 あっさりと答えるドレッドロックに、なのはは肩の上のユーノと顔を見合わせた。
「おかしいよね……?」
「うん……
 確か、今日はアリサが真っ先に来てるはずなのに……」

 惑星スピーディアのハイウェイを、彼はいつものように疾走していた。
 流線型の赤いボディのハイスピードカー。もちろんトランスフォーマーである。
 そして――もしこの場にエクシリオン達がいたら、思わず声を上げていただろう。
 スピーディアへの到着早々、彼らをたやすく追い抜いていった張本人だったからだ。
 そのスピードはすさまじく、道を行く他のトランスフォーマー達もあっさりと道を譲る。
 だが、彼にはそれが不満だった。
「どいつもこいつも、道を譲るしかしない……おもしろくない!
 誰か、オレの退屈を紛らわせてくれ!」
 もはや自分に立ち向かおうというものはいないのか――もう永い間負けを知らない彼にとって、この星で走ることはもはや退屈しのぎにはなり得なかった。
 と――そんな彼の行く手にそれは見えてきた。
 腕組みをして、ハイウェイの真ん中に佇むトランスフォーマーがひとり。
 マスターメガトロンである。
(見慣れないヤツ……?)
 疑問と興味を抱き、彼はマスターメガトロンの目の前でトランスフォーム、ハイウェイをブレーキを駆けながらすべり、ちょうどマスターメガトロンと背中合わせになる形で停止した。
「よそ者、か……
 どこから来た?」
「この星の外からだ」
 あっさりと返ってくる答え――だが、それは彼にとって衝撃的なものだった。思わずマスターメガトロンへと向き直り、聞き返す。
「何!?
 この星以外にも、知的生命体がいるのか!?」
 だが、マスターメガトロンはその問いには答えない。かまわず話を進める。
「お前がニトロコンボイだな? この星のリーダーの」
「あ、あぁ……」
(オレがよその星から来たと知って動揺してやがる……
 コイツなら簡単に落とせそうだ……)
 彼――ニトロコンボイのうろたえる様に、マスターメガトロンはそう判断を下した。改めてニトロコンボイへと向き直るとストレートに尋ねる。
「ニトロコンボイ。プラネットフォースはどこにある?」
 だが、その言葉はニトロコンボイに余裕を取り戻させた。彼は不敵な笑みを浮かべ、マスターメガトロンに告げる。
「オレに何かを聞くんなら、オレとレースするしかないな」
「よかろう……
 トランスフォーム!」
 対して、マスターメガトロンもあっさりと応じた。咆哮し、大型のカー形態、メガビークルモードへと変形する。
「合図を」
「いいだろう」
 自分のとなりにつくマスターメガトロンに応え、ニトロコンボイも腰を落としてかまえ、
「3、2、1……Go!」
 スタートと同時にビークルモードへと変形、マスターメガトロンと共にハイウェイを駆け抜けていく。
 状況はスタートダッシュの差でニトロコンボイが前。最高速度ではマスターメガトロンに分があるようだが、ニトロコンボイは巧みにブロックしてマスターメガトロンを抜かせない。
 そのままハイウェイを疾走していくと、やがて行く手に一際大きなゲートが見えてくる。
 惑星スピーディアのハイウェイに一定区間ごとに設けられている。判定用のゴールゲートである。
「あそこがゴールだ!」
 言って、ラストスパートとばかりにニトロコンボイが加速する。が――
「フォースチップ、イグニッション!」
 初めてマスターメガトロンがフォースチップを使った。デストロンマークの刻まれたフォースチップがチップスロットへと飛び込み、車体後部のブースターが起動。すさまじいスピードで加速し、ニトロコンボイとの差を詰めていく!
「何!?」
 驚きながらもニトロコンボイはさらに加速、二人は横並びで駆け抜け――ゴール!
『判定は!?』
 ゴールと同時にロボットモードへとトランスフォームし、二人はゴールゲートの判定モニターへと注目する。
 そして表示された判定画像は――ほんのわずかの差でニトロコンボイが勝利したことを示していた。
「オレの勝ち、だな」
(チッ……
 まぁ、今日でなくともいいか)
 ニトロコンボイの言葉に内心で舌打ちしながらも、マスターメガトロンは今回は引き下がることにした。さすがにプラネットフォースの在り処を特定できないままに力ずく、というつもりはないらしい。
 だが――
「待て。行くのか?」
 そんな彼を、ニトロコンボイが呼び止めた。
「どうした?
 気が変わって、教えてくれる気になったのか?」
「いや……教えてやりたいのはやまやまだが、そもそもオレはそのプラネットフォースとやらを知らない。
 いったい何なんだ?」
(なんだ、そういうことか……)
 どうやら、ニトロコンボイは根本的に何も知らないようだ――いささか拍子抜けしたものの、マスターメガトロンは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「答えを知りたければ、今度オレと会った時、レースをしてオレに勝つことだな」

 一方、その頃――
「ホップさん♪
 あなたなら知ってるでしょ? アリサさんはどこに行ったのかしら?」
 わざとらしく可愛らしい声を上げ、秋葉はホップの頭を撫でながらそう尋ねる。
 いや――撫でていない。彼女の細腕からは信じられないほどのものすごい握力でホップの頭をギリギリと圧迫している。
 できれば止めたいところだが――秋葉の静かな迫力を前に、なのは達も志貴も口をはさめないでいる。
 さすがにこれは答えなければ命が危ない――そう直感し、ホップは慎重に言葉を選びながら答える。
「アリサ様……いや、アリサは、バックパック様とドライブへ……」
「どこまで?」
「えっと……」
 聞き返すなのはの問いに、ホップはふと視線をそらし、
「見晴らしのいいところ」
『………………?』

「ぅわぁ♪」
 シールド内に降ろしてもらい、眼下に広がる地球の光景を見下ろし、アリサは思わず感嘆の声を上げた。
「この風景、映画で見たことあるわよ!」
「そうか。
 けど、本物の方が断然カッコイイだろ」
 はしゃぐアリサにとなりでロボットモードに変形したバックパックが答え――ふと気づいたアリサはバックパックに尋ねた。
「ねぇ、ここって、重力がないからフワフワするんじゃないの?」
「本来ならね。
 けど、それじゃボク達が困るから、この『虹の橋』に擬似重力を仕込んであるのさ」
「えー?
 せっかくここまで来たんだし、宇宙遊泳もしていきましょうよ」
「冗談じゃない。
 ボクは無重力下での推進能力をスキャンしてないんだ。そんなことしたら戻れなくなっちゃうよ」
「むぅ」
 答えるバックパックにアリサは頬を膨らませながらもう一度地球を見下ろし――気づいた。
 何かが飛行している。数は2。
 航空機かとも思ったがそれにしては互いの距離が近すぎる――眉をひそめ、バックパックに尋ねる。
「バックパック、アレは?」
「アレ………………?」
 アリサの問いに、バックパックはその飛行体を望遠画像で確認し――声を上げた。
「す、スタースクリームに、サンダークラッカー!」
「えぇっ!?」
 その言葉に思わず声を上げ――アリサは気づいた。
「……ラナバウトは?」
「留守番なんだろ。アイツ飛べないし」

「この辺り、か……」
 学説で提唱されていた遺跡にたどり着き、ギャラクシーコンボイはロボットモードへと変形し、
「特にそれらしいものは見当たらないが……」
「そうでしょうか……?」
 つぶやくギャラクシーコンボイの言葉に、リンディはそう言うと足元にフローターフィールドを展開、上昇させると上空から遺跡を見下ろし、
「……やっぱり……」
 遺跡の一角にアトランティスの紋様を模したストーンサークルを確認して満足げにうなずく。
「少なくとも、ここがアトランティス関係の遺跡であることは、間違いないようですね」
「そうですか……
 どうだ? ベクタープライム」
「許されるのなら、ルーツを飛ばして偵察したいのだが……」
 リンディの言葉に納得し、尋ねるギャラクシーコンボイに上空で待機していたベクタープライムが答える。
 と――その瞬間、飛来したミサイルがベクタープライムを直撃する!
「何だ!?」
「へっ、いい加減、チップスクェア探しはあきらめな!」
 驚くギャラクシーコンボイに告げるのは、飛来したサンダークラッカーである。
 さらに、その後方からスタースクリームが放ったミサイルがベクタープライムへと立て続けに襲いかかる。
 だが――その攻撃は思いもよらない副産物をもたらした。
 外れたミサイルの射線上に、アリサやバックパックがいたのだ。
「こ、こっちに来るわよ!」
「危ない!」
 あわてるアリサをバックパックはとっさにかばい――ミサイルが直撃、シールドに包まれたまま宇宙へと放り出される!

「ニトロコンボイから、何か聞き出せたんですか?」
「いや……どうやらヤツは知らんらしい」
 尋ねるガスケットに、マスターメガトロンはあっさりとそう答えた。
「ニトロコンボイが知らないんじゃ、誰も知らないんじゃ……」
 ランドバレットがそう言いかけると、
「……待てよ?」
 ふとそう口を開いたのはパズソーだった。
「『爺さん』なら何か知ってるんじゃないか?」
「そうか、『爺さん』か!」
「そうだな、何か知ってるかも」
 その言葉にガスケット達が同意すると、マスターメガトロンが尋ねた。
「誰のことだ?」
「へぇ、オートランダーっていう爺さんのことで……」
「長生きだけが取り得みたいなヤツで、はい」
「ですから、プラネットフォースのことも何か知ってるかも……」
 ランドバレット、ガスケット、パズソーの順に答えが返ってくるのを聞き、マスターメガトロンはしばし考え、
「そうか……ならば聞いてこい。
 手段を選ぶ必要はない」
『へい!』
 マスターメガトロンに答え、ランドバレットとガスケットはビークルモードへと変形、走り去っていく。
 と――マスターメガトロンはひとり残ったパズソーに尋ねた。
「何をしている?」
「はい?
 いや、荒事ならあの二人の方が専門なんスから……」
「貴様も行け!」
「は、はいっ!
 トランスフォーム!」
 マスターメガトロンの剣幕に、パズソーはあわててビークルモードへと変形、ランドバレット達を追うのだった。

「ギャラクシーコンボイ、スーパーモード!」
 咆哮し、ギャラクシーコンボイはスーパーモードへとトランスフォームし、スタースクリーム達へと攻撃を開始する。
 その攻撃にまずサンダークラッカーが真っ先に直撃をもらうが、スタースクリームは素早くかわすとロボットモードへとトランスフォームし、
「フォースチップ、イグニッション!
 バーテックス、ブレード!」

 フォースチップをイグニッションし、バーテックスブレードでギャラクシーコンボイへと襲いかかる!
 だが――その一撃はギャラクシーコンボイをとらえなかった。内部のライドスペースに避難させられたリンディがプロテクションを展開、スタースクリームの攻撃を防いだのだ。
「甘く見ないでもらいたいですね。
 なのはさんと違ってフォースチップは使えませんが、それでもできることはあります!」
「ほぉ……おもしろい!」
 リンディの言葉に、スタースクリームは不敵に笑って再びかまえる。
 その光景を、飛行能力のないガードシェルとジャックショット、そしてアルクェイドはただ見守るしかない。
「くそっ、オレ達は何もできねぇのかよ!」
「いや、少ないがある」
 うめくジャックショットに答えたのはガードシェルだ。
「まずは、基地にいるドレッドロックに連絡だ」

「……『留守は頼む』って言われても……」
 今や立派に戦闘要員であるなのはとフェイトを連れ、現場に向かったドレッドロックの言葉を反芻し、すずかは思わずため息をついた。
 と、秋葉は改めてホップへと向き直り、
「ホップさん、いい加減白状してもらいますよ。
 アリサさんとバックパックさんは、どこまでドライブに行ったんですか?」
「で、ですから……」
「どこへ!?」
 もはや問答無用とばかりに詰め寄る秋葉に、ホップは観念してアリサ達の行き先を告げた。
「えっと……宇宙へ……」
『え………………?』
 一瞬その意味が理解できず、秋葉とすずかは顔を見合わせ――
『宇宙!?』
 声をそろえて聞き返した。
「ズルい! 私を差し置いて!」
「って、秋葉さん、ツッコむところはそこじゃなくて……」
 思わず本音をもらした秋葉をなだめ、すずかはホップへと向き直り、
「とにかく、早く戻ってきてもらわないと……!
 スペースブリッジの監視システム、借りるね!」
 言って、すずかは自分達やマイクロン用に用意された小型コンソールを操作し――表示された映像を見て目を丸くした。
 今まさに、漂流しているアリサとバックパックを発見したからだ。
「だ、大丈夫です!
 シールドもありますし、空気ももちます。
 ……しばらくは」
「しばらくって、どれくらいですの!?」
 秋葉の言葉に、ホップは素早く計算し、
「えっと……15分ほど……」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよぉ!」
 ホップの言葉に思わず言い返し、すずかは通信回線を開き、
「ドレッドロック! 緊急事態発生です!」

「何だって!?」
「アリサちゃん達が!?」
 事態を知らされ、ドレッドロックとなのはは思わず声を上げた。
〈お願い! アリサちゃんとバックパックを助けて!〉
「わかった!」
 答えて――ドレッドロックはふと気づいてなのはに尋ねた。
「キミ達はどうする?
 司令官達の援護に向かうか、私と共に二人の救助に向かうか」
「え、えっと……」
 ドレッドロックの問いに、なのはは思わず迷いの声を上げた。
 アリサのことはもちろん心配だ。だが、同時にギャラクシーコンボイ達のことも心配だ。どうすれば――
「なのは、行って」
 そんななのはの迷いを断ち切ったのはフェイトの一言だった。こちらへと振り向くなのはに、黙って上を指さすことでどちらに向かうべきかを示す。
「ギャラクシーコンボイ達は、わたしが助けるから」
「うん……
 フェイトちゃん、ギャラクシーコンボイさん達をお願い!」
「任せて」
 なのはの言葉に笑顔でうなずくと、フェイトはドレッドロックのハッチを開き、バルディッシュを手に飛び立った。

「なんてことだ!
 私のせいで!」
 思わず頭を抱えたホップのとなりで、すずかは静かに告げた。
「わたしが助けに行きます」
「え?
 ですが……どうやって?」
 尋ねるホップには秋葉が答えた。
「トランスフォームするのよ」
「誰が、ですか……?」
『ホップ(さん)が!』

「ドレッドロックさん、ここでいいです!」
 そう告げ、なのははレイジングハートの展開したプロテクションに守られて機外へと飛び出し、
「トランスフォーム!」
 咆哮し、ドレッドロックもロボットモードへと変形してアリサ達の元へと向かう。
「ドレッドロック……なのはも!
 よかった、来てくれたんだ!」
「待ってて、アリサちゃん!」
「すぐ助けてやるぞ!」
 声を上げるアリサになのはとドレッドロックが答え、二人はアリサ達を包むシールドに取りつこうとする。
 が――それに気づき、アリサは声を上げた。
「危ない!
 二人とも、下がって!」
 その言葉になのは達がとっさにとびのくのと同時――軌道上を進んできた人工衛星がアリサ達に激突、二人を包むシールドが大気圏へと叩き落される!

「えぇっ!?」
 秋葉からその報告を受け、ヘリコプターに変形したホップに乗って急行していたすずかは思わず声を上げた。
〈人工衛星よ! 人工衛星がぶつかって……!〉
「そんな……!
 ホップ、どうしよう!?」
「わ、私に聞かれましても……!」
 すずかの問いにホップが答えると、前方に赤く輝きながら落下していくものが見えた。
 アリサとバックパックである。
「ホップ!」
「は、はい!」

「なんとか、地上戦に持ち込めませんか!?」
「あぁ、そうすれば、オレ達が!」
〈わかった、そうしよう!〉
 ガードシェルやジャックショットの言葉に答え、ギャラクシーコンボイとベクタープライムは地上の彼らの元へと急降下を開始し、
「これからがお楽しみだというのに……逃げるのか」
「逃がすか!」
 スタースクリームのつぶやきにサンダークラッカーが声を上げ、二人はトランスフォームしてその後を追う。
 と――そこでようやく彼らは待ち受けているガードシェルとジャックショットに気づいた。
(ワナ、か……
 あの程度のワナなら、飛び込んでも問題はないが……)
 かといって、むざむざ飛び込んで『ワナも見抜けない』と思われるのもおもしろくない――そう考えたスタースクリームは敵の裏をかくことにした。素早くロボットモードへとトランスフォームし、追いついたギャラクシーコンボイとベクタープライムの足をつかみ、その動きを封じる!
「しまった!」
「アイツ、やってくれるじゃない!」
 それを見て声を上げるガードシェルとアルクェイドだが、彼らにはサンダークラッカーがミサイルをお見舞いする!
「へっ、バーカバーカ! 悔しかったら飛んでみろ!」
「あのヤロー……!」
 調子づくサンダークラッカーの言葉に、ジャックショットはうめいて立ち上がる。
「ナメてくれるじゃない、アイツ……!」
 同様に、アルクェイドも立ち上がり、
『アイツ――ブッ倒す!』
 声をそろえて叫ぶと同時、二人が真紅の輝きに包まれる!
『フォースチップ、イグニッション!』
 二人の叫びに呼応し、サイバトロンマークの刻まれたフォースチップがジャックショットのチップスロットへと飛び込み――
『アンカー、ショット!』
 ジャックショットの胸から放たれたアンカーが、サンダークラッカーを直撃する!
「くっ、くそっ!」
 それでも、なんとか体勢を立て直そうとするサンダークラッカーだったが、そんな彼にジャックショットは告げた。
「わかってないな。
 アンカーってのは――『いかり』なんだぜ」
「だから何だってんだ!?」
 思わず言い返し――サンダークラッカーは気づいた。
 ジャックショットの胸から伸び、アンカー本体に引かれた惰性でこちらに伸び続けているチェーン――それにつかまり、こちらに突っ込んでくるのは――
「理解が遅いわよ!」
 サンダークラッカーの反応を待つつもりなどなかった。アルクェイドは渾身の力で爪を叩きつけ、サンダークラッカーをブッ飛ばす!
 そのままサンダークラッカーはスタースクリームへと激突、そのスキに脱出したギャラクシーコンボイ達は改めてスタースクリーム達へと向き直る。
「やってくれる……!
 だが、このままムザムザ帰れるか!」
 うめいて、スタースクリームがバーテックスブレードをかまえ――声が響いた。
「サンダー、レイジ!」
 瞬間――空が暗雲に包まれ、放たれた多数の落雷がスタースクリーム達へと襲いかかる!
「あばびびぶべばぁっ!?」
「何だ!?」
 直撃を受けるサンダークラッカーを無視し、落雷をかわしたスタースクリームは上空を見上げ、
「たぁぁぁぁぁっ!」
「あの小娘どものひとりか!」
 上空から襲いかかってきたフェイト――そのバルディッシュの一撃をバーテックスブレードで受け止める。
「たったひとりで、それで援軍のつもりか!」
「そのつもりだよ」
 あっさりと答え、フェイトはバルディッシュをかまえ、
「フォースチップは使えないけど……それでも、わたしはあなたと戦える」
「ほざけ!」
 言い返し、斬りかかってくるスタースクリームの斬撃をフェイトはバルディッシュで受け止める――が、やはり体重差は大きい。いともたやすく弾き飛ばされる。
「くっ……!」
 うめいて、フェイトは体勢を立て直し――そんな彼女にバルディッシュは告げた。
〈Force-tip, Stand by Ready〉
「え――――――?」
(フォース、チップ……!?)
 地球出身ではない――つまりチップスクェアの加護を受けていない自分はフォースチップを使えないはず。なのになぜ――? と疑問を抱くフェイトだったが、
「逃がさん!」
 さらに襲いかかってくるスタースクリームの斬撃をかわし、フェイトは決断した。
(迷ってる場合じゃない……!)
「いくよ、バルディッシュ!」
〈Yes sir〉
 かまえるフェイトにバルディッシュが答え――フェイトは叫んだ。
「フォースチップ、イグニッション!」
 とたん――フォースチップが飛来した。
 今までになかった色――黄色のフォースチップが、“フェイトの元に”。
「え――――――?」
 驚くフェイトをよそに、フォースチップはバルディッシュのコアにまるで溶け込むように飛び込み、
〈Force-tip, Ignition!〉
 バルディッシュが告げると同時、まるでレイジングハートのシューティングフォームのように、輝く翼が展開される!
 新たな“力”――だが、使い方はバルディッシュが教えてくれる。フェイトは導かれるままにバルディッシュをかざし、その周囲に無数のエネルギー球が生み出される。
「あれは――?」
 それに似た現象をリンディは知っていた。彼女の持つ、最大最強の魔法の発動に酷似している。
 そう――フォトンランサー・ファランクスシフトに。
 だが、バルディッシュがフォースチップまで使って放つ技だ。その力は遥かに上を行くものだろう。
 そのリンディの予感はその直後に的中することになる。フェイトは大きくバルディッシュを振りかぶり――叫んだ。
「サンダーレイジ――ブレイク、ストーム!」
 バルディッシュを振り下ろすと同時、エネルギー球が解き放たれた。互いに連携して雷撃をまき散らしながらスタースクリームの周囲を飛び回り――全方位からスタースクリームへと襲いかかる!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!」
 全弾命中。そのすべてがスタースクリームをとらえ、大爆発を巻き起こして吹き飛ばす!
「くっ、おのれ……!」
 うめいて、スタースクリームは自己診断プログラムを走らせ、自身のコンディションを確かめる。
 結果――
「戦闘機能、76%にまで低下、だと……!?」
 予想外もいいところだ。フォースチップの力を借りたとはいえ、たかが人間の少女を相手にここまでのダメージを受けるとは――
「これ以上の戦闘は危険が大きすぎる、か……
 引き上げるぞ、サンダークラッカー!」
 悔しげにそう告げると、スタースクリームはビークルモードへとトランスフォーム、サンダークラッカーと共に離脱していく。
 事実上、スタースクリームにとっては地球に来て初めての完全撤退だった。
「大丈夫か? フェイト」
「は、はい……」
 気遣い、尋ねるギャラクシーコンボイに答えるフェイトだが、その息遣いは荒い。
「ムリしないで、こっちへ」
 そんなフェイトを自分の肩の上に下ろし、ギャラクシーコンボイは尋ねた。
「ところで……一緒に向かっていたはずのドレッドロックはどうした?」
「そ、それが……」

「くそっ、届けぇっ!」
「アリサちゃん!」
 うめいて、懸命に急降下するドレッドロックとなのはだが、バックパックやアリサから引き離されないでいるだけで精一杯の状態である。
「も、もう……ダメかも……!」
 このままでは地上に激突してしまう――アリサがあきらめ気味につぶやくと、
〈アリサちゃん!〉
 スピーカーで拡大された声が聞こえた。これは――
「すずか!?」

「ホップ、もっと近づいて!」
「はい!」
 すずかに答え、ホップは懸命に加速、アリサ達を包むシールドに最接近する。
「受け止められる!?」
「その心配はありません!」
 だが、どうすれば助けられるのか――尋ねるすずかにホップはキッパリと答えた。
「これだけ近づけば……!」
 言って、ホップは自身のローターの回転数を上げていき――それに伴い、ローターから光が放たれる。
 それは自分達を、そしてアリサ達を包み込み――数秒後、その場から彼らの姿は消えていた。

「え――――――?」
 目の前の光景が信じられず、アリサは思わず声を上げた。
 自分とバックパックがいるのは――
「ここ……基地の、発進ゲート入り口……だよね……?」
「そう、みたいだ……」
 アリサのつぶやきにバックパックが答えると、
「アリサちゃん!」
 そんな彼女に、すずかが突然抱きついてきた。
「よかった、無事で……!」
「あ、ありがと、すずか……
 それから……心配させちゃって、ゴメン……」
 感極まって泣きじゃくるすずかをアリサがなぐさめていると、バックパックがホップに尋ねた。
「けど、いったい何がどうなって……?」
「ベクタープライム様と旅を続けていくうち、私もワープを覚えまして……
 と言っても小規模で、使える範囲も制限されておりますが……」
「そうか……
 とにかく無事でよかったよかった――」
「本当にそう思っているのか?」
 後ろから声がかけられ――それを聞いたバックパックの動きが止まった。
 ゆっくりと振り向き――共にワープしてきたのだろう。そこにはドレッドロックが静かに佇んでいた。
 その背後に控えているなのはは、これからのことを思って思わず十字を切り――

 その後、アリサとバックパック、そしてホップの3人がドレッドロックから延々と説教を受けたことは、今さら語るまでもないことである。

 同じ頃、惑星スピーディアでは――
「えっと……誰かにプラネットフォースの在り処を聞くのも、ダメなんだよね?」
「そうだ」
 荒野を駆けるスピーディアのトランスフォーマーに見つからないよう身を隠し、尋ねる美緒にファストエイドはあっさりと答える。
「根気のいる仕事だなぁ……」
「まぁ、気長にやりましょう」
 思わずボヤくブラーをシオンがなだめると――トランスフォーマーが突然フォースチップを使った。真紅に彩られたフォースチップをイグニッションすると車高を変化させ、そのままハイウェイへと飛び乗って走り出す。
「へぇ……」
 どうやら今のは路面の変化に適応するための変形のようだ――感心するエクシリオンのとなりで、クロノは何やら考え込んでいる。
「どうしたんだ? クロノ」
「チップの色だよ」
 尋ねるファストエイドに、クロノは思考を続けながらそう答える。
 スピーディアに降り立ってから今まで、何度か地元のトランスフォーマー達のイグニッションを目撃している――それらの情報も踏まえ、説明する。
「地球でキミ達が得たチップの色は様々だったけど、この星の住人達が使うフォースチップの色はみんな同じ赤色で、他の色は存在しない。
 どういうことだ……?」
「さぁね……ん?」
 クロノに答えかけ――ブラーは気づいた。
「パラリラパラリラぁ♪」
「オラオラオラぁっ!」
 調子に乗って蛇行運転しつつ、バイクと3輪バギーが年老いた老人とまだ子供――二人のトランスフォーマーにからんでいる。
「ラァリホ〜〜♪」
 上空にはヘリコプター型トランスフォーマーまでいる――ランドバレット、ガスケット、パズソーの3人である。
 からまれているのは老トランスフォーマーがオートランダー、子供の方はスキッズという。
「いい若いもんが!
 ここから立ち去れ!」
「やめてやめて!」
 オートランダーとスキッズが言うが、ガスケット達は当然立ち去るつもりはない。
「アイツら……!」
 うめいて、エクシリオンが立ち上がろうとすると、
「わかってるだろうな?」
 そんな彼にファストエイドが告げた。
「我々はこの星の住民と接触することは禁じられている」
「何で今それを言うんだ!?」
「医者だからね。
 キミの鼓動パルスが速くなったのに気づいたんだ」
「くっ……!」
 ファストエイドに言い返すこともできず、エクシリオンはうめきながら目の前の光景へと視線を向ける。
 先手を打たれる形になったブラーも動くワケにはいかず――ただ目の前の暴挙を見ていることしかできなかった。

「こうなったら……!
 フォースチップ、イグニッション!」
 うめき、フォースチップをイグニッション。ブレードをかまえるオートランダーだったが、
『トランスフォーム!』
 かまわず、ガスケット達はロボット形態へとトランスフォームし、オートランダー達の前に降り立つ。
「おい、ランドバレット、パズソー。
 この爺さん、オイボレのクセにオレ達に歯向かうってよ」
「上等だぜ、爺さん。やってみろよ」
「ぐっ……!」
 余裕で告げるガスケットとランドバレットに、オートランダーはうめくしかない。
 ムリもない。確かに彼らが確信している通り、自分の戦闘力は彼らの足元にも及ばないのだから。
「へぇ、ポーズだけか♪」
「当然なんだな。オイラ達が相手なんだから」
 それがわかっているからこそ、ガスケットとランドバレットはますます調子に乗っていく。
「や、やめてよ!」
 そんな彼らを見かね、スキッズが割って入るが――
「ジャマだ!」
 ガスケットはそんなスキッズを一蹴、弾き飛ばす!
「おいおい、やりすぎじゃないのか?」
「へっ、かまうもんかよ!」
 さすがにやりすぎだと感じたか、口をはさむパズソーにガスケットは答え、
『フォースチップ、イグニッション!』
 ランドバレットと共にフォースチップをイグニッション、それぞれの武器をオートランダーに向ける。
「ほら、お前も!」
「はいはい……おどしだけだからな。
 フォースチップ、イグニッション!」
 ガスケットにうながされ、パズソーも仕方なくフォースチップをイグニッションし、両腕のミサイルをかまえる。
「アンタの時代はとっくに終わってるんだって、気づけよな!」
 言って、ガスケットは引き金に指をかけ――
「やめろぉっ!」
 咆哮と共に飛び込んできた影が、ガスケット達をまとめて弾き飛ばす!
 そして、ロボットモードへとトランスフォームし――エクシリオンはオートランダー達へと向き直り、声をかけた。
「大丈夫か!?」
「あ、あぁ……
 だが、アンタは……?」
「あ………………」
 その問いに、エクシリオンはようやく自分が何をしたのかに思い至った。

 そう――彼らを助けに入ってしまった。
 『住民と不用意に接触してはならない』というギャラクシーコンボイの命令に背いて――


 

(初版:2006/01/15)