それは、なのは達の知らないことだった。

 それは、すでに始まっていたことだった。

 それは、すでに決まっていた出会いだった。

 それは――すでに決まっていた戦いだった。

 

 そしてそれは今この時――『GグランドBブラックHホール事件』に収束する。

 

 


 

第13話
「新たなライバル・登場なの!?」

 


 

 

 チップスクェアの獲得からすでに1週間――

 臨海公園の森の中――なのはは静かに魔力を集中する。
 目標は、近くに用意した箱――その上に置かれた空き缶である。
「――リリカル、マジカル!」
 なのはの唱えた魔法の起動キーに従い、彼女の足元に魔法陣が展開される。

 ――福音たる輝きこの手に来たれ
    導きのもと 鳴り響け!

「ディバイン、シューター、Shoot!」
 呪文を唱え、術を解放すると同時、放たれた光弾が空き缶を上方に弾き上げる。
 だが――それで終わりではない。光弾は弧を描いて戻ってくると落下を始めた缶を再び弾き、明後日の方向に飛びかけた缶を別の光弾が弾いてその場にとどめる。
 そして――
『15、16、17……』
 傍らでカウンタを手になのはが缶を弾いた回数を、間違いがないよう二人で数えているのはアリサとリスティ――そのさらにとなりではカウンタ役の座を奪われたユーノ(元の人間の姿に戻っている)がふてくされているがそれはさておき。
 カウンタが50を越えたところで――なのはが動きを見せた。
「アクセル!」
 その合図と共に光弾の動きが加速。缶を上方高く弾いていく。
 そして――
『100!』
 なのはとアリサ達の声が重なり、なのはは仕上げとばかりに缶を勢いよく弾く。
 目標はゴミ箱だ。缶は狙いたがわずゴミ箱へと飛び――
「トランスフォーム!」
 声が響き――ロボットモードへとトランスフォームしたホップが着地した。
 ただし、“ゴミ箱の前に”
 結果――ゴミ箱に向かって飛んでいた空き缶は、見事ホップの顔面を直撃したのだった。

「……お、来たか」
 サイバトロン基地・指令室――自動ドアが開き、ホップ達と共に姿を見せたなのは達にガードシェルが振り向き――
「……どうかしたか?」
 公園での一件により、未だに苦笑いを浮かべているなのはを見て、思わず疑問の声を上げる。
「えっと……まぁ、ちょっといろいろあって……」
 そんなガードシェルの問いに答えを濁し――なのはは本題に入った。
「それで……呼び出しがあったってことは、スペースブリッジの調査が終わったんですか?」
「いや、そちらはまだだ」
 そう答え、ガードシェルは肩をすくめて見せる。
 チップスクェアの発動によって展開されたスペースブリッジ――だが、唐突に開かれたそれがどこに通じているのかはまったく未知の状態だった。
 そんなスペースブリッジにうかつに突入することもためらわれ、ギャラクシーコンボイ達はその調査を行っていたのだが――まだその結果は出ていないようだ。
「じゃあ、ホップはどうして、わたし達を呼びに来たのよ?」
「いえ、それは……」
 尋ねるアリサにホップが答えようとすると、
「なんでも、ベクタープライムからの呼び出しみたいよ、コレ」
 そう答えるのは、すずかと共に一足先に来ていた忍である――琥珀と共に人間用のコンソールに向かい、何やらデータを検索している。
 他には耕介達や志貴達の姿もある。現在ギャラクシーコンボイと共に本局にチップスクェア獲得の報告に出向いているリンディ達アースラクルーを除き、トランスフォーマーのことを知る一同が皆呼び集められているようだが――
「ベクタープライムの?
 そういえば、アタシはずいぶん会ってなかったっけ……」
「リスティさん、移民さん達のお世話にかかりきりでしたからね」
 つぶやくリスティになのはが答えると、
「みんなそろったようだな」
 そこへちょうど、ベクタープライムが司令官代行を務めるドレッドロックと共にその姿を現した。
「ベクタープライム、これは……?」
「今から説明しよう」
 尋ねる恭也に答え、ベクタープライムは一歩前に進み出て説明を始めた。
「知っての通り、我々はチップスクェア探索の際、世界各地のオーパーツを手がかりにしていたが、その中でも特にアトランティス文明のものと言われるものにターゲットを絞って調査を進めていた。
 だが、アトランティスが古代トランスフォーマーのスターシップであり、世界各地を回っていた以上、アトランティス以外の古代文明伝説にも、古代トランスフォーマーが関与している可能性が極めて高い」
「だから何だってんだい?
 もうチップスクェアは見つけたんだし、今さら遺跡を調べて回っても……」
「いや、そうでもない」
 言いかけた真雪を制したのはガードシェルだった。
「スピーディア、アニマトロスと、我々はフェイクのチップスクェアからその位置を特定した。
 それと同じように、チップスクェア本体の解析と並行してフェイクのチップスクェアのデータも集めていけば、チップスクェア解析のための情報がより多くなる。
 結果、より早く残り二つの星が特定できる、ということだ」
「その通りだ」
 ベクタープライムがうなずくのを見て、ユーノは気づいた。
「つまり……今後のボク達の方針は……」
「そうだ」
 ユーノに答えると、ドレッドロックは一同を見回し、告げた。
「今後我々は、新たなスペースブリッジの調査と並行、移民トランスフォーマー各員と協力し、世界各地の、アトランティス以外の古代文明についてもオーパーツの情報を収集することとする!」
『了解!』

「あぁ、ちょっと」
 ドレッドロックの言葉に調査に向かおうとする一同――だが、突然人間メンバーをバックパックが呼び止めた。
「出かける前に、持っていってもらいたいものがあるんだ」
 言って、ブリット達に持ってきてもらったトレイに並べられているのは――
「サイバトロンPDA……?」
「新型だよ。
 バージョンアップが終わったから、こっちに交換していってもらいたいんだ」
「はーい、古いバージョンはこちらにお願いしまーす」
 つぶやく耕介にバックパックが答える後ろで、ホップが古いサイバトロンPDAの回収ボックスを持ってくる。
「今回はソフトを新型に更新した他に、パートナーとしてのイグニッション補助能力――そのブースター機能も組み込んでみた。
 イグニッションのパワーが上がるワケじゃないけど、パートナーとして機能できる有効範囲が倍以上に広がってる。
 なのはと総司令官みたいに、両方とも戦闘に参加するペアは戦いの中で引き離されたりする事態もあると思うけど、少なくとも戦闘エリア内にお互いのパートナーがいれば、多少離れていてもイグニッションできるはずだ」
「ありがとう、バックパック。
 これでコンビネーションの幅が広がる」
「志貴さんは近距離タイプなのに、ドレッドロックは遠距離タイプだもんね」
「好きで遠距離タイプになったワケではない」
 しみじみとつぶやく志貴の言葉に、アリサは彼らコンビの能力を確認して思わず苦笑。対してドレッドロックはムッとしてそううめいた。

〈管理局本局へのドッキング準備、すべて完了しました〉
「うんうん。予定は順調ね」
 ブリッジから入ってきたその報告に、艦長室で報告書の最終確認をしていたリンディはうなずいてそうつぶやき、
〈到着したのか〉
「えぇ。
 長いことビークルモードで待たせちゃって、ごめんなさいね」
〈かまわない。
 私が座れるようなイスもないからな。変にフラついて艦内を傷つけるよりはマシだ〉
 答えるリンディの労いの言葉に、ビークルモードのまま格納庫でスタンバイしているギャラクシーコンボイはそう答える。
 と、そこへお茶を用意したエイミィが姿を現した。
「艦長、お茶のお代わりは……」
「あぁ、ありがとう」
 答えて、リンディはお茶を受け取り、
「本局にドッキングすれば、アースラも私達も、やっと一休みね」
「アースラにとってはホントに『一休み』ですね。
 この間の月の裏側での戦いで、スタースクリームからけっこうもらっちゃいましたし……」
 エイミィの答えにうなずきながら、リンディはお茶に角砂糖を次々に放り込み――その様子をモニター越しに見ていたギャラクシーコンボイが尋ねた。
〈……それは、さすがに糖分の取りすぎなのではないか?〉
「そうかしら?」
 心の底からあっさりとそう返され、ギャラクシーコンボイは思わず絶句し――そこへブリッジから、リンディ相手に通信が入ったことが知らされた。
 リンディが回線を回すよう告げ――そこに現れたのは彼女の見知った顔だった。
〈予定は順調? リンディ提督〉
 レティ・ロウラン。リンディと同じ提督の地位にあり、彼女とは以前からの友人である。
「えぇ、レティ。
 そっちは順調?」
 リンディの問いに笑顔で答える――と思いきや、レティは表情を暗く落とし、答えた。
〈えぇ……
 ドッキング受け入れとあなたの報告の手続き、サイバトロン代表とグレアム提督の会見準備、それとアースラの修理の手配は、ね……〉
 それらはすべてリンディ達の今回の滞在予定だ――つまり、こちらの本日の予定とは別のところで問題が起きている、ということになる。
「やっぱり……難しい?
 『GBH事件こっち』への増員の話……」
 ひょっとして、こちらへの捜査官増員の要請が難航しているのか――リンディがそう尋ねると、レティは沈痛な面持ちでうなずく。
 やはり――と納得するリンディだったが、続くレティの言葉に思わず眉をひそめた。
〈平時なら、何とかなったかもしれないんだけど、ね……〉
「え………………?」
 と、彼女の声が聞こえたのか、レティはため息をつき、
〈こっちの方では、あまりうれしくない事態が起こっているのよ……〉
〈『うれしくないこと』……?
 それはデストロンの動きと関係があるのか?〉
 と、会話に割り込んできたのはギャラクシーコンボイである。
〈あなたは……?〉
〈失礼。
 私はセイバートロン星・サイバトロン軍総司令官ギャラクシーコンボイだ。
 本日はそちらの代表と会見するため、アースラに同行した次第だ〉
〈あぁ、あなたが。
 話はリンディから聞いてるわ。
 有能な指揮官らしいわね――ウチに引き抜きたいくらいだわ〉
〈高い評価でうれしいよ〉
 笑顔で答えるレティの言葉にギャラクシーコンボイが答え――表情を引き締め本題に戻った。
〈それで、そちらでは今何が……?〉
〈あぁ、安心して。少なくともあなた達の言う『デストロンがらみ』ではないわ。
 けど……『トランスフォーマーがらみ』、って考えると、無関係とも言い切れないかも……〉
「どういうこと?」
 尋ねるリンディに、レティは答えた。
〈ロストロギアよ。
 しかも一級捜索指定のかかっている超危険物〉
〈ロストロギア……確か、キミ達が捜索、回収、管理を行っている、遺失世界の遺産だったな?〉
〈えぇ。ある意味ではあなた達の探しているプラネットフォースや先日自爆したっていうアトランティスもその範疇なんだけど……
 とにかく、そのロストロギア、いくつかの世界で稼動の痕跡が見つかって、今捜索担当班は大騒ぎなのよ〉
「そう……」
〈今捜査員を派遣して、今はその子達の連絡待ち。
 だから、そっちへの増員は……しばらく難しいわね〉
〈それで……それが私達トランスフォーマーと無関係ではない、というのは、どういう根拠で……?〉
 尋ねるギャラクシーコンボイに、レティは少し言いにくそうに答えた。
〈その問題の『痕跡』の現場に、ロボット系の巨大戦力の存在を確認したの。
 そして、報告された特徴から推測されるのが……どうもそれが、トランスフォーマーなんじゃないか、っていう話なの〉

 その頃、地球では――
「ぎゃあああああっ!?」
 わめきながら、サンダークラッカーは勢いよく大地に叩きつけられた。
「な、何だ、てめぇは!?」
 あわてて立ち上がり、襲撃者をにらみつけるが――
「ザコいな」
「あぁ」
 相手の反応は淡白だった。パートナーの少女の言葉に、そのトランスフォーマーはあっさりとうなずいた。
「こんなのが相手じゃ、大したタシにはならないだろうけど……」
「それでも、移民トランスフォーマーや時空管理局のヒラ魔導師よりはマシだろう?」
「そりゃ、そうだけどよぉ……」
 トランスフォーマーの言葉に、少女は少しムッとして答え、サンダークラッカーの前に一冊の本を広げた。
「魔導師の魔力やお前らトランスフォーマーのスパークは――“闇の書”のエサだ」
 少女が告げ――サンダークラッカーの悲鳴が響いた。

 同時刻、南米でも――
「ぐわぁっ!」
 大きく弾き飛ばされ、吹っ飛ばされたラナバウトは岩壁へと突っ込んだ。
「くそっ、なんてヤツだ……!」
 うめいて、立ち上がるラナバウトだが相手の姿はすでに視界にない。
 そして――次の瞬間、真横からの衝撃で再び弾き飛ばされる。
「く、くそっ……!」
「ほぉ、まだ立つか。
 さすがはデストロンの精鋭。大したものだ」
 それでもなお立ち上がるラナバウトを見て、襲撃してきたそのトランスフォーマーは感嘆の声を上げた。
「貴様ら……何者だ!?」
「貴公が知る必要はない」
 うめくラナバウトに答えたのはそのトランスフォーマーではなく、パートナーの女性だった。
「貴公からスパークを少々分けてもらいたい。
 そのために力のあるトランスフォーマーや魔導師を探している――我らの用件はそれだけだ」
「そうか……
 ……だがな、こっちが素直にスパークをくれてやるとでも、思ってるのか!?」
 女性の言葉に言い返し、ラナバウトは立ち上がり、
「フォースチップ、イグニッション!」
 咆哮と同時に胸部のチップスロットにフォースチップをイグニッション。両腕の装甲が展開され、
「バウト、シューター!」
 エネルギーをまとった状態で撃ち出された装甲が、トランスフォーマーへと突っ込んでいき――トランスフォーマーは告げた。
「フォースチップ、イグニッション」

 翌日――
「ふわぁ〜あ……」
 欠伸しながら、志貴は図書館への入り口を潜った。
 とりあえず、夕べは遠野家の書庫を調べてみたのだが特に収穫はなく、今日は大きな図書館でも調べてみようと、三咲市よりも大きな規模を持つ海鳴の風芽丘図書館を訪れたのだ。
 案内図で古代史関係の書架を探し、いざそこに向かおうと振り返り――
「………………?」
 ふとそこに、気になる光景を見つけた。
 車イスの少女がいる――書架の本を取ろうとしているようだが、少し高いところにあり、なかなか手が届かないようだ。
 それを見てため息をつき――同時にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。志貴は気配を殺して少女の背後に回り込み――
「もしもし、そこのお嬢さん」
「ひゃっ!?」
 突然背後から声をかけられ、少女は思わず声を上げた。
 目を丸くしたまま振り向く少女に、志貴はイタズラが成功したこともあり笑顔で尋ねた。
「どの本を取りたいのかな?」

「ありがとうございます、何から何まで……」
「いいよ、このくらい」
 その後も志貴に何冊か本を取ってもらい貸し出し手続きも完了。車イスを押してもらいながら礼を言う少女に、志貴は笑顔で答える。
「ここにはよく来るの?」
「はい……
 わたし、こんな足ですから、本読む以外に楽しめることもあらへんし……」
「……そう、なんだ……」
 なんとなく場が沈んでしまった。志貴は少し困って頬をかき――
「あ、そんな顔せんでえぇですよ。
 わたしは別にこの身体がイヤとか、そんなふうには思ってませんから。
 たまに、さっきみたいな時にちょい不便やなー、とか思ったりするくらいで」
 そんな志貴に、少女は手をパタパタと振って答え、
「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。
 わたしは八神はやて。『八』つの『神』にひらがなではやてです。
 なんや、変な名前やとは思うんですけど……」
「そんなことないさ。こっちだって負けてない」
 少女――はやてに答え、志貴は自らも名乗ることにした。
「オレは遠野志貴。『遠』い『野』原で遠野、『志』に『貴』族で志貴だ。
 はやてちゃんに負けず劣らずのレアっぷりだろ?」
「あはは、そうやね」
 笑いながらはやてが答えるのを見て、志貴もまた笑顔を見せる。
 と――ふと前方に視線を向けたはやてが何かに気づいた。
 見ると、図書館の出入り口にひとりの女性の姿がある。はやての家族だろうか……?
「お姉さん?」
「そんなトコ。
 ありがとな、志貴さん」
「だから、このくらいなら礼なんかいいって」
 いつの間にか敬語ではなくなっている――心を許してくれたようで、志貴はなんとなくうれしくなってはやてに答える。
「じゃ、オレは行くけど……これからもちょくちょく顔を出すと思うから、今日みたいに困った時に見かけたら、遠慮なく頼ってくれていいから」
「あ、はい。
 じゃあ」
 答え、一礼するはやてに、志貴は軽く手を挙げて答える。
 そして、女性にはやてを託し、共に帰っていくのを見送り――気づいた。
「……調べもの、ちっとも進まなかったな……
 ………………ま、いっか」
 少なくとも、それでひとり不便な思いをしなくて済んだのだ――前向きに考えることにして、志貴は帰途についたのだった。

「さっきの人は……?」
「何や、気になるんか? シャマル」
 志貴から引き継いで車イスを押す女性――シャマルの問いに、はやては逆に聞き返した。
「それはまぁ、気になりますよ。
 はやてちゃんを守るのが、私達の使命なんですから……」
「大丈夫やて。
 図書館でちょっと困ってたら、手伝ってくれたんよ。
 それより――」
 シャマルに答え、はやては少し苦笑して、
「なんやシャマル、ドラマとかでよく見る『ゴシップ好きな近所のオバチャン』みたいな顔してるで」
「そ、そうですか……?」
「してるしてる。
 せやけど残念。志貴さんとは今日会うたばかりで、そんなんと違うで」
 『オバチャン』呼ばわりに少しショックなシャマルにそう答え――はやては駐車場にさらにひとり、車を回して自分を待っている人物の存在に気づいた。
「あ、シグナム、アトラス」
「お待ちしていました。主はやて」
「定時通り」
 声をかけるはやてに、シグナムと呼ばれた少女、そして――彼女の背後の車型トランスフォーマー、アトラスが応えた。

「シグナムは何か夕飯に食べたいものある?」
「そうですね……迷います」
 帰り道、尋ねるはやてに運転している(実際にはアトラスが自分で走らせている。シグナムの運転は『フリ』でしかない)シグナムは少し考えた末にそう答えた。
「買い物の時、食材を買いながら考えましょうか」
「せやな」
 シャマルの提案に同意し、はやてはアトラスに声をかけた。
「アトラスも、ご飯とか食べられればえぇんやけどね……」
「我らにも味覚及び消化器官は存在。
 しかし極めて低効率。嗜好以外に薦める場合、エンゲル係数高騰は必至」
「そんな、気にせんでもえぇのに……」
 淡々と、しかしこちらの財布を気遣ってくれるアトラスの言葉に答え――ふと気になったはやてはシグナムやシャマルに尋ねた。
「そういえば……ヴィータはまたどっか出かけとるん?」
「え、えっと……」
 その言葉に、なぜかシャマルは言いにくそうに視線を泳がせ――そんな彼女に代わってシグナムが答えた。
「あちこち遊び歩いているようです。
 まぁ、ジンライもついていますし、心配はないでしょう」
「せやな。
 ジンライやったら大丈夫や」
 シグナムの挙げたヴィータの保護者と思われる者の名に、はやては納得してうなずき、
「せやけど……風邪だけはひかんよう、ちゃんと注意しとったってな」
「わかっています。
 ヴィータも、自分の体調を崩すようなマネはしないでしょう」
 そう答え、シグナムは付け加えた。
「我ら8名は、あなたを守る騎士なのですから――」
「我ら、汝を守る剣なり」
 アトラスが付け加え、彼らは夕飯の買い物のためスーパーの駐車場へと入っていった。

 その夜――海鳴市の上空には二つの影が滞空していた。
 真紅の装束に身を包んだ少女と1体のオオカミ型の獣。見たところ魔導師とその使い魔、といった感じの二人だが――
「どうだ? ヴィータ」
「ちょっと待てよ、ザフィーラ。今探ってるんだから。
 ……いるような、いないような……」
 尋ねる獣――ザフィーラの問いに、魔導師の少女――ヴィータは精神を集中し、少しあいまいな答えを返す。
「この間から時々、トランスフォーマーと一緒に山の方でドンパチやってる、妙に巨大な魔力反応――
 あれが見つかれば、一気に20頁分はいきそうなんだが……」
《しかし、よりにもよってこの海鳴で仕事、というのはいただけないな》
 そんなヴィータに告げたのは地上にいる相棒からの思念通話だ。
「どういうことだよ? ジンライ」
《今ここには地球に移民してきたサイバトロンの本部があるらしい。
 ヤツらのお膝元では、あまり大掛かりなことはできないぞ。
 ヘタをすれば……》
「逆だよ、逆。
 未だに動かないってことは、アイツらあたしらに気づいてないんだろうし――気づいてたとしても、まさかこんな基地の近くであたしらが動くとは思ってないさ。
 向こうが油断してるうちに、大物をサクッと叩いて戦力を削いでおけば、手出ししたくてもできなくなるって」
 相棒、ジンライの言葉にヴィータがそう答えると、ザフィーラは気を取り直し、分担を提案する。
「なら、オレ達は別を探す。
 “闇の書”は預けるぞ」
「OK。
 そっちもしっかり探してよ。
 ――あ、けどムリはしないこと。アトラス連れてきてないんだから」
 立ち去るザフィーラにそう答え――ヴィータは自らのデバイスをかまえた。
 なのは達のような杖ではない――長物ではあるが、どちらかと言えば杖というより武具、ハンマーのような形状だ。
 足元に3角形の魔法陣を展開し――告げる。
「封鎖領域、展開」

「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
 サイバトロンに協力しながらも、いつもの生活はちゃんと続けている――塾からの帰り道、なのははポツリとつぶやいた。
 これからの方針が決まったとはいえ、ギャラクシーコンボイが本局から戻ってくるまでは自分やユーノは探索に出ることはできない。どうしたものだろうか――そんなことを考えていると、
〈Caution, Emergency.〉
「え――――――?」
 突然レイジングハートが警告を発し、なのはは思わず声を上げ――彼女の周囲の空間が変わった。
 これは――
「結界!?」

「……見つけた」
 目標を発見し、ヴィータはそちらへと――なのはのいる方角へと視線を向けた。
「いくぞ、グラーフアイゼン」
〈Jawohl!〉
 デバイスから返ってきた『了解』との答えにうなずくと、ヴィータは一直線に飛翔した。

「こっちに来る――!?」
 結界の主と思われる魔力はすでに感知していた――それが動き出したのに気づき、なのはは思わず声を上げる。
 結界が展開されたのに気づくと、なのはは戦闘になった場合を想定し、被害を抑えられそうな場所へ――臨海公園へと移動していた。
 と――気づいた。前方から、何かが高速で飛来する。
 最初は結界の主かと思ったが――すぐにそれが小さすぎることに気づいた。
(誘導弾――!?)
〈Master!〉
「うん!」
 レイジングハートに答え、なのはは素早くラウンドシールドを展開。飛来した鉄球を受け止める。
 勢いよく叩きつけられた鉄球の勢いに、なのははなんとか踏みとどまり――
「――後ろ!?」
 気づくと同時、そこにヴィータが姿を現した。
「テートリヒ、シュラーク!」
 咆哮と同時、手にしたグラーフアイゼンでなのはを狙う。
 とっさにもう1枚ラウンドシールドを展開――しようとした瞬間、なのははふと思いとどまった。
 挟撃されたこの体勢でヴィータの攻撃まで受ければ、完全に動きが止まる。もし、自分が今受け止めている鉄球がひとつだけではなかったら――回避は不可能だ。
 一瞬の逡巡の末――なのはは鉄球の勢いに逆らわず跳躍。ヴィータの一撃は間合いを狂わされ、なのはのすぐ頭上をかすめる。
 いきなりの攻撃をなんとかやりすごし、なのははレイジングハートをかまえ、
「レイジングハート、お願い!」
〈Stand by Ready, Set up!〉
 なのはの言葉に応え、レイジングハートは彼女にバリアジャケットを装着。自身も杖型の基本形態、デバイスフォームへと切り替わる。
「デストロンの人達以外に、いきなり襲いかかられる覚えはないんだけ、どっ!」
 言いながら、なのはは追撃してきたヴィータの一撃をかわすが――ヴィータはすでに、その手の中に鉄球を用意していた。
〈Schwalben Fliegen!〉
「いっけぇっ!」
 グラーフアイゼンの言葉と同時に咆哮。ヴィータは鉄球をグラーフアイゼンで打ち出し、なのはを狙う。
 しかし――
「――そこっ!」
 すでに次の手を打っていたのは、なのはも同じだった――バリアジャケット装着のドサクサに紛れて放っていたディバインシューターの光球が飛来し、鉄球を撃ち落とす。
「こいつ――っ!」
 予想以上に手強い――自分の放った鉄球を正確に撃ち落としたなのはの手腕に、ヴィータは思わず舌打ちし、パートナーに呼びかけた。
「――ジンライ!」
《『援護しろ』か?
 珍しいな。お前が対人戦闘で、しかもこんな早くからオレを頼るなんて》
「わかってんだろ。
 確実に勝たなきゃいけないんだ――こだわってなんかいられない!」
《了解だ》
 答えが返ってくると同時――上空からなのは目がけて多数のエネルギーミサイルが迫る!
 放物線を描いて飛来するそれは――
(地上からの、遠距離砲撃――!?)
 すかさずそう判断し、なのはは飛行魔法“フライヤーフィン”を発動。足元に飛行補助ウィングを形成しエネルギーミサイルを回避すると上空に逃れる。
 そして砲撃の主の姿を探し――見つけた。
 公園の外れ、1台のコンボイトレーラーが停まっている。
 ただし、後方のコンテナに砲塔を装備している。先のエネルギーミサイルはあの砲塔によるもののようだ。
 その正体は、なのはにとっては想像するまでもなかった。
 ただし――意外ではあった。
「トランスフォーマー!?」
 パートナーを連れているということはデストロンではあるまい。考えられるのは移民トランスフォーマーだが――それならばなおさら自分を攻撃してくる理由がない。
「どういうこと!?
 あなた達、何者なの!?」
 思わず声を上げるなのはだが、トレーラーは――ヴィータのパートナー、ジンライはかまわずなのはへの攻撃を続ける。
 しかも、地上からヴィータまでもが追撃。一気に間合いを詰めてグラーフアイゼンによる一撃を繰り出す。
 それをなんとかかわし、なのははレイジングハートをかまえ、
「いきなり襲いかかってきたり、話を聞いてくれなかったり――」
〈Shooting Mode〉
 レイジングハートが形を変え、システムも砲撃用のシューティングモードへと切り替わる。
「そんな人達に――手加減なんか、しないんだから!」
 位置は――ヴィータとジンライを結ぶ直線上。
「頭を――」
〈Divine――〉
 かまえたその先端に光が生まれ、
「冷やしなさぁいっ!」
〈――Buster!〉
 放たれた閃光がエネルギーミサイルを薙ぎ払い、さらにヴィータの脇をかすめるとジンライの足元を吹き飛ばす!
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
 トランスフォーマーですらまともにくらえばタダではすまない一撃だ。かすめただけとはいえ、ヴィータは大きく吹き飛ばされ、海中へと没した。
「ヴィータ!?」
 それを見てあわてたのがジンライだ。あわててヴィータの方へと走り出し、
「ジンライ、トランスフォーム!」
 トレーラー部を切り離すとトラック部がロボットモードへとトランスフォーム。ヴィータの姿を探す。
「ヴィータ、大丈夫か!?」
「大丈夫だよ……!」
 しかし、返事はあっさりと返ってきた。海中から、ずぶ濡れになったヴィータがその姿を現す。
 だが――その瞳は怒りに燃えていた。
「怒るなよ。
 あくまで冷静に、だ」
「わかってるよ」
 彼女の怒りを察し、告げるジンライにヴィータはそう答え、
「冷静に――徹底的に叩きつぶす」
 そして、足元に魔法陣を展開し、かざしたグラーフアイゼンに告げた。
「グラーフアイゼン! カートリッジ、ロード!」
〈Explosion!〉

 瞬間――グラーフアイゼンの内部で魔力による爆発が起きた。
 内蔵されたシリンダー内で、魔力を込めた炸薬弾を炸裂させたのだ。
 それによって瞬間的、かつ爆発的な魔力を操る――彼女達のデバイスに備えられた特殊装備『カートリッジシステム』である。
 そして――
〈Raketen form〉
 告げると同時、グラーフアイゼンが形を変えた。
 ハンマーヘッドの一方がスパイクに、そしてもう一方が噴射口にかわり、推進ガスを噴出し始める。
 その勢いを蓄えるかのように、ヴィータはその場でグラーフアイゼンを振り回し――次の瞬間、なのはに向けて突撃する!
「ラケーテン――」
 振りかざしたグラーフアイゼンはさらに勢いを増し――
「ハンマァァァァァッ!」
 咆哮と同時、ヴィータの一撃が、レイジングハートの展開したラウンドシールドに叩きつけられる!
 必死にレイジングハートを支え、ラウンドシールドを維持するなのはだが、ラウンドシールド自体に亀裂が走る。
 拮抗は――わずか数秒だった。ラウンドシールドは粉々に粉砕され、グラーフアイゼンのスパイクは正確にレイジングハートに食い込む。
 そしてなのはの耳に届く、決定的な破壊音。
 次の瞬間――
「きゃあっ!」
 レイジングハートのメインフレームを完全にへし折り、ヴィータの一撃はなのはを大地に叩き落していた。

「う……く……っ!」
 衝撃が肺を叩き、うまく呼吸できない――それでも、なのははなんとか身を起こした。
 その目の前に、ヴィータが静かに降り立ち、グラーフアイゼンをかまえる。
「けっこうてこずったな」
「うるさい。
 シグナムには黙ってろよ。また『気が緩んでる』だの何だの、お決まりの小言を言うに決まってる」
「それだけずぶ濡れじゃすぐバレると思うが……」
 返ってくる答えにジンライは肩をすくめるが、ヴィータはかまわずなのはに向けて歩を進める。
 そして、グラーフアイゼンを振り上げ――

「――――――っ!?」
 一撃はなのはをとらえなかった――それどころか、ヴィータは驚愕し、間合いを取る。
 突然なのはの前に現れた人影によって一撃が止められた――しかも、その受け止めた『獲物』が異常だった。
 真紅の――髪の毛だ。
「仲間か……!?」
「まぁ、そんなところですね」
 うめくヴィータに答え、彼女は優雅にかまえて見せた。
「ただし、正確な表現ではありませんね」
 揺らめく髪は真紅に染まり――いや、輝いている。
「彼女は――戦友です」
 キッパリと断言し、秋葉はヴィータに向けて殺気を解放した。
「私の身内に手を出した以上――すべてを奪い尽くして差し上げますわ!」


 

(初版:2006/03/26)