「これでよし……」
「終わったのだぁ……」
ようやく一通りの手当てを終え、ファストエイドと美緒は心の底から息をついた。
「システムの再起動を確認。
すぐに目が覚めますよ」
そのファストエイドの言葉を合図にしたかのように、エクシリオンのカメラアイに輝きがよみがえった。
「……う……っ……!
オレは……生きてるのか……?」
「強がりを言うなって」
「まずはファストエイドに礼でも言うんだな。
厄介なオペだったんだぞ」
うめくエクシリオンに真雪とガードシェルが言うと、エクシリオンは自分の胸に手をあて、
「自己診断システムを、組み直したんだろ……」
「いや、外したままだ――今のお前の身体では、自動修復には耐えられない。
代わりに、他のシステムの回線をいくつか強化しておいた。それでなんとかなるだろう。
とはいえ、ミッションにはまだ問題がある――クラッチの歪みからか、2速から3速へのギアチェンジで引っ掛かりが起きるかもしれない」
エクシリオンの言葉に、治療の内容を正確に報告するファストエイドだったが――
「かまわないよ」
エクシリオンの言葉は、彼らの予想に反して冷めたものだった。
「どうせオレは謹慎中の身。
ただの、厄介者だからな……」
「エクシリオン!
あたし達がどれだけ心配したと思ってるのだ!」
自嘲気味、どころではない。完全にやけになっているエクシリオンの言葉に、美緒は思わず声を荒らげるが、ブラーがそんな彼女を手で制する。
「オレのことは……放っておいてくれ……」
自分達から明確に視線をそらし、告げるエクシリオンに――誰もが、声をかけられなかった。
第16話
「みんなで挑むレースなの」
「プラネットフォースのことは聞いていると思う。
何も『くれ』と言っているワケではない。少しの間だけ、我々に貸してほしいのだ」
なんとかニトロコンボイの説得を試みるギャラクシーコンボイだが、当のニトロコンボイはかまうつもりなどないようだ。こちらに背を向けたまま、次のチューンナップ案を検討している。
「そうしないと……」
「全宇宙が、破滅するらしいじゃないか。
でも、オレには関係ない」
あっさりとした答えが返ってくる――渋い顔をしてみせるギャラクシーコンボイを、リンディは一歩下がったところから見守っていた。
彼女とて、ここで説得ができるのならばそれが最良だと思っている。だが、ここはあえてギャラクシーコンボイの好きに説得させていた。
だが――肝心の交渉の方は芳しくなかった。
「そんなことは知ったことじゃない。
この星はスピードこそ真理。速さこそ正義なんだ。
オレに意見をしたいなら、オレにレースで勝ってからにするんだな――それができないなら迷惑だ。帰ってくれ」
「し、しかし、それでは宇宙が――」
「だから、それが迷惑だと言っているんだ!」
なおも食い下がるギャラクシーコンボイに、ついにニトロコンボイは声を荒らげた。両者の間を緊張が支配し――
「はいはい。そこまで」
ため息をつき、リンディはそう言いながら割って入った。
「いいかげんにしないか、エクシリオン!」
自暴自棄になっているエクシリオンの態度に、最初に限界を超えたのはガードシェルだった。
「いくら謹慎中でも、お前にはこの星であったことを正しく報告する義務があるんだぞ!」
「別に、何もなかった、それが現実ですよ……」
しかし、それに答えるエクシリオンの言葉に力はなかった。
「結局、オレはここに来ても役立たずだった、ってことです……」
「エクシリオン、そんなことは……」
さすがにシオンも口をはさみかけるが、それを制するとガードシェルは告げた。
「『役立たず』か……
自分でわかっているなら、思ったほどバカじゃなかった、ってことだな」
「ガードシェル!?」
思わず声を上げるブラーだが、ガードシェルはかまわず続ける。
「自分の身に起きたことを冷静に報告できないのであれば、戦士として失格だ。
ケガが治ったら好きなところに行け!」
「………………っ!」
決定的に突き放され、さすがに今のエクシリオンもこたえたようだ。力なく視線を落とし――
「冷たいじゃないか!」
そんな二人の間に割って入ったのはスキッズだった。
「どんなに偉いのか知らないけど、エクシリオンさんはボクを助けてくれたんだ!
戦士失格なんてことは――」
「やめろ、スキッズ」
そんなスキッズの言葉を、エクシリオンは止めた。
「……もう……やめてくれ……」
そう告げると、エクシリオンは立ち上がり、フラフラとガレージを出て行った。
「け、けど……」
なおも納得のいかない様子のスキッズだったが、今度はブラーがそれを制した。
「今は……何を言っても逆効果だ。
なぐさめは、確かに必要だろう。けど……タイミングを間違えば、それはただ相手を余計に傷つけるものでしかなくなる」
「………………はい」
ブラーの言葉にスキッズがうなずくと、
「少し、言い過ぎたんじゃないか?」
エクシリオンが立ち去った出入り口を見ながら、真雪はガードシェルに尋ねた。
「お前さんなら気づいてたんだろ?
ギャラクシーコンボイの下した謹慎の、本当の理由」
「本当の……?」
首をかしげるなのはだが、それにはベクタープライムが答えた。
「おそらく、ギャラクシーコンボイはエクシリオンに休養を、そして――頭を冷やす時間を与えたかったのではないだろうか……」
「あ………………」
ベクタープライムの言葉に、なのははようやくそのことに思い至った。
(そっか……
エクシリオンさん、すぐムチャしちゃうから、あのままほっといてたらまた……)
自分もゴッドジンライに敗れたばかりで余裕もないだろうに、それでも仲間のことを考えている――ギャラクシーコンボイの思慮の深さに、なのはは改めて感嘆した。
「けど……それじゃ、なんでガードシェルさんはあんなことを……?」
「あー、そりゃアレだ」
首をかしげるスキッズに、真雪は頭をかきながら答えた。
「心配するのはわかるけど、周りでお前らがアレコレ世話焼いてたら、冷える頭も冷えないだろ。
その点、あそこまでボロクソに言われたエクシリオンを追っかけるのは誰だって気が引けるだろ」
「あ………………」
真雪の言葉に、なのはは思わずガードシェルへと視線を向けた。
(じゃあ……ガードシェルさんはエクシリオンさんのことを心配して……)
ならば、そのギャラクシーコンボイのパートナーである自分が今できることは――
(ガードシェルさんの気遣いには反しちゃうけど……それしかできること、ないよね?)
「スキッズくん!」
「な、何?」
突然なのはに声をかけられ、スキッズは驚いてこちらへと振り向いた。
「もういいでしょう? ギャラクシーコンボイ。
このまま続けても平行線なのは、あなたもわかってるはずよ」
「し、しかし……」
交渉に割って入ってきたリンディの言葉に、ギャラクシーコンボイは思わずうめく。
だが、リンディはかまわずニトロコンボイへと振り向いた。
「ニトロコンボイさん。
この星はスピードが真理――レースの勝敗こそが正義。そうですね?」
「あぁ」
「なら、こちらがそれに沿ってあなたに勝利した場合は、こちらの言い分にも耳を傾けてくれる、と?」
「もちろんだ」
「リンディ提督、まさか……」
なんとなく彼女の言いたいことに見当がついた――ギャラクシーコンボイは思わず声をかけるが、リンディは彼の制止よりも早くニトロコンボイに告げた。
「なら、私達からあなたにレースを申し込みます」
「お前達が、オレにレースを……?」
「えぇ。
と言っても、私はトランスフォームできませんから……サイバトロン軍そのものとあなたとのレース、ということになりますね」
思わず聞き返すニトロコンボイに、リンディは笑顔でうなずき、
「リンディ提督、それは……」
「郷に入れば郷に従え、ですよ。
私達は本来招かれざる者――それがこの星のルールだというのであれば、そのルールに従って筋を通すのが最善なんじゃないかしら?」
反論しかけたギャラクシーコンボイの言葉を満面の笑みで却下する。
そして、彼女は改めてニトロコンボイへと向き直り、
「そのレースに勝ったなら、その時はプラネットフォースを譲っていただきます。
それで、文句はないですね?」
その言葉に、ニトロコンボイはその口元に笑みを浮かべ、
「あぁ。
そういうことなら話は早い。3日後の12時、スーパーフリーウェイに来い」
「3日後……ですか?」
「そうだ。
ちょうど3日後、この星で最速のレーサーを決める定期レースが行われる。
そのレースで決着をつけようじゃないか」
リンディにそう答えると、ニトロコンボイはビークルモードにトランスフォームし、走り去っていった。
その様子を見ていた者達がいた。
ランドバレットとガスケットである。
しかし――その彼らも気づいてはいなかった。
上空から、獣の姿となったザフィーラがそのやりとりを聞いていたことに――
「何!?
それは本当なのか!?」
ザフィーラから話を聞かされ、ジンライは思わず声を上げた。
「レースで勝ったらプラネットフォース、か……
そいつ、よっぽど自身があるんだな」
思わず呆れてヴィータがうめくが、一方のジンライは乗り気のようだ。
「だが、考えようによっては好都合だ。
そのレースに勝つだけで、オレ達がプラネットフォースを手に入れられるんだからな」
「そりゃ、そうだけどさ……」
まだ納得がいかないのか、なおもブツブツと文句を垂れるヴィータだが――
「では、その旨を報告」
『――――――っ!』
あっさりと告げ、マキシマスへの通信回線を開くアトラスの言葉に、ヴィータだけでなくジンライやザフィーラの顔からも血の気が引いた。
「ち、ちょっと待て、アトラス!」
あわてて声をかけるジンライだったが、
「遅し。すでに報告書、メール送信完了」
「あああああ……」
あっさりと告げるアトラスに、ヴィータは思わず頭を抱えた。
「バカか、お前は……
こういう話を聞いたら、“アイツ”がしゃしゃり出てこないワケないだろ……」
思わずうめくヴィータの言葉に、となりでジンライもうなずき、
「そうなると真っ先に被害をこうむるのはお前だろうに……」
その言葉に、アトラスはしばし考え――ポツリと一言。
「忘却」
「大丈夫? エクシリオンさん」
「あぁ。なんとかな」
ガードシェルの気持ちもわかるが、やはりエクシリオンを放ってはおけない――なのはと共にやってきて、尋ねるスキッズにエクシリオンは笑顔でうなずいてみせる。
「ボクは、いつでもエクシリオンさんの味方だからね!」
「味方、か……」
励ましてくれるスキッズの言葉に、エクシリオンは雨もあがった空を見上げた。
なんとなく頭がスッキリした気がする――謹慎処分とガードシェルの戦力外通知で一時的にとはいえ責任から解放されたからだろうか。
自然と、その口から本音がもれた。
「オレは……早く一人前になりたかった……」
「エクシリオン、さん……?」
突然の告白になのはが首を傾げるが、エクシリオンはかまわず続ける。
「早くみんなから一人前と認められて、一緒に戦いたかった……
だから、オレは……」
その言葉に、なのはとスキッズは思わず顔を見合わせた。
なんとなく、自分達にも覚えがある――無鉄砲にも思えるエクシリオンのムチャは、ひとえに『子供扱いされたくない』という、若者独特の反発感の現われだったのだ。
しかし、スピーディア行きが決まり、やっと役に立てると思っていた矢先の、ニトロコンボイによってもたらされた挫折――それがエクシリオンのそんな思いを傷つけ、かたくなに意固地にさせていたのだろう。
謹慎処分を下したギャラクシーコンボイも、決定的に突き放したガードシェルも、それぞれのやり方でそんなエクシリオンに休養の、そして自分と向き合う時間を与えようとしたのだろう。
「オレだって……オレだって、みんなと一緒に宇宙を救いたいんだ。
なのに……焦れば焦るほど、気持ちばかりが空回りして!」
うめいて、拳を岩壁に叩きつけるエクシリオン。だが――
〈そんなことない!〉
突然の声は、スキッズのものでも、なのはのものでもなかった。
この声は――
「すずか……?」
〈あたしもいるわよ!〉
声を上げ、振り向くエクシリオンに、展開された通信ウィンドウにすずかと共に映るアリサが答える。
地球にいるすずか達へと、なのはがサイバトロンPDAで通信をつなげたのだ。
〈エクシリオン、地球でも何度もわたし達を助けてくれた!〉
〈初めて会った時も、博物館でスタースクリーム達と戦った時も!
アンタはもう、十分に立派な戦士じゃない!〉
「そ、そうだよ!
ボクのことも助けてくれたじゃないか!」
二人に同意する形でスキッズも同意し、すずかは改めてエクシリオンに告げた。
〈どういうのが『一人前』っていうのか、よくわからないけど……きっとなれるよ、エクシリオンなら。
一人前……ううん、宇宙一の戦士に!〉
すずかの言葉に、エクシリオンは視線を落とし――つぶやくように応えた。
「………………ありがとう」
「ニトロコンボイは説得できず、ですか……」
ガレージに戻ると、ギャラクシーコンボイとリンディが交渉の結果を伝えていた。話を聞き、ファストエイドが「やはり……」とつぶやく。
「かといって、力ずくで奪ったんじゃ、あたしらもデストロンやスタントロンと同じになっちまう……
ったく、どうすりゃいいんだ……」
「あきらめるしか、ないのか……?」
真雪の言葉にブラーがうめくと、
「……ひとつだけ、可能性がある」
そんな一同に、ギャラクシーコンボイが告げた。
「交渉の結果、レースで決着をつけることになった」
「レース……?」
背後でエクシリオンが反応するのに気づきつつ、なのははギャラクシーコンボイに聞き返す。
「そうだ。
我々サイバトロンとニトロコンボイとのレース――この星の定期レースを利用するため、厳密には他にも参加者はいるだろうが、このレースに優勝し、プラネットフォースを手に入れる」
「しかし、総司令官……
相手の性能を考えると、どう見ても我々に勝ち目は……」
ギャラクシーコンボイの言葉にファストエイドが告げると、
「そうでも、ないんじゃないかな?」
そうつぶやいたのはブラーだ。
「しかし、お前のエヴォリューショナルブースターでも追いつけない相手だぞ」
「確かに、オレのイグニッションじゃアイツには追いつけないけど……」
ファストエイドに答え、ブラーは視線を動かし――その視線の先に気づいたギャラクシーコンボイは静かにうなずいた。
「……そうだな。
エクシリオン。出動準備だ」
「え………………?」
「任務復帰だ。
我々は、お前にすべてを賭ける」
突然声をかけられ、振り向くエクシリオンにギャラクシーコンボイはそう答えた。
「やったな、エクシリオン!」
「しっかりやれよ!」
そんなエクシリオンをたたえるブラーとファストエイドだったが、
「何を言っている?」
二人にもギャラクシーコンボイは告げた。
「お前達も出るんだ」
『え………………?』
その言葉に、二人は思わず顔を見合わせた。それぞれに自分を指さし――
『えぇっ!?』
「エクシリオンのサポートには、この星でエクシリオンと行動を共にし、もっとも最近の走りを知っているお前達が適任だ。
よって、二人も謹慎解除だ。エクシリオンを頼む」
驚きの声を上げる二人に、ギャラクシーコンボイが答える。
「もちろん我々も出場する。
走行可能なメンバー全員で、エクシリオンのバックアップ体制をとるんだ。
ベクタープライムは、デストロンの妨害が入らないよう監視を頼む」
「わかった」
ギャラクシーコンボイの言葉にベクタープライムがうなずくと、
「それじゃあ、私達も動きますね」
そう告げたのはリンディだ。
「クロノ」
〈はい、艦長〉
声をかけるリンディに答え、展開された通信用魔法陣の中にクロノの姿が映し出された。
だが――その姿はどこかやつれている。そのことになのはは首をかしげるが――リンディはかまわず尋ねた。
「用意はできてる?」
〈データの準備は問題なく。
一度アースラに戻り、インストーラを持ってそちらに合流します〉
クロノがそう答え――そんな彼女にギャラクシーコンボイが尋ねた。
「リンディ提督、彼に何を……?」
「虚偽報告の処分、ってことで、ちょっとキツめにお仕事を♪」
笑顔で答えると、リンディは一同に告げた。
「クロノにはこの惑星スピーディアの全コースと、ニトロコンボイについてのデータ収集をお願いしておきました。
彼のデータを各自インストールして、レースに備えてください。
もちろん、ファストエイドと美緒さんはエクシリオンのチューンナップも忘れずに」
「すまない、リンディ提督」
告げるリンディにギャラクシーコンボイが謝辞を伝えると、
「ち、ちょっとストップ!」
彼のとなりでなのははあることに気づき、声を上げた。
クロノがやつれていた原因に察しがついたのだ。
「リンディさん、クロノくんは、この星の全部のコースのデータを集めてたんですか?」
「そうよ」
「その上、ニトロコンボイさんのデータも?」
「えぇ」
あっさりと答えるリンディ。
確かに、クロノの能力を考えれば可能だろう。ただし――あるひとつの条件さえなければ。
「……“この、短い時間で”?」
『え………………?』
その一言で、一同はなのはの言いたいことに気づいた。
そうだ――ギャラクシーコンボイ達がスピーディアを訪れてから、まだ1日も経過していない。報告と処分の通達の時間を考えれば、実質の作業時間はほんの数時間しかなかったはずだ。
そんな短時間でこの星の全コースのデータとニトロコンボイに関するデータ収集――どう考えてもムチャだ。無謀だ。無理難題にもほどがある。
だが、そんな一同の視線にも動じず、リンディは告げた。
「だって、オシオキですから♪」
((笑顔で死刑宣告ですか!?))
それが、その場の一同の統一された感想だった。
「よ、よかった……管理局に所属してなくてホントによかった……」
「所属してたら巻き込まれてたのだ……」
心の底から胸をなで下ろすのは、管理局の所属でなかったこととプラネットフォース獲得への尽力を評価され厳重注意で済んだシオンと美緒――もちろん他の面々も同意見である。
「と、とにかく、ガードシェル、クロノからデータが届いたら全員にインストール。メカニック組はエクシリオンのチューンナップだ」
だが、今は呆けている時間などない。レースに向けて万全の準備を整えるには一刻、1秒を争う――ギャラクシーコンボイは動揺をなんとか抑え込み、一同に指示を下す。
そんなギャラクシーコンボイの姿に我に返ると、なのはもまた気を取り直し、高らかに宣言した。
「そ、そうだね。クロノくんが死ぬ気でデータ集めてきてくれたんだもん。このチャンス、逃すワケにはいかないよ!
わたし達サイバトロンと時空管理局は、全力でこのレースを勝ちにいこう!
がんばろー、おーっ!」
『おぅっ!』
「さすがギャラクシーコンボイ総司令官とリンディ提督だ。
どうなることかと思っていたが、うまくまとめてくれた」
その様子は、地球のサイバトロン基地でもモニターしていた。意気の上がる一同を見ながら、ドレッドロックは安堵のため息をついてつぶやく。
「……若干1名には同情するが」
その後付け加えられたつぶやきは全員に聞こえていたが、あえてツッコむ者はいない。
「エクシリオン、勝てるよね……?」
「何が何でも勝ってもらわないとな」
尋ねるすずかに耕介が答えると、
「よぅし、それじゃあこの忍ちゃんメイドの特製ブースターを……」
「いえいえ、忍様。
ここは私の作ったまききゅーX・Type-TFを……」
「………………
何か、後ろで不穏当極まりない発言が聞こえるんだが……」
「聞いちゃダメ反応しちゃダメ関わっちゃダメ!」
背後で何やら相談している忍と琥珀の会話を聞きつけ、尋ねるドレッドロックに志貴は全身全霊で拒絶の意思を表明した。
一方、アニマトロスには――マスターメガトロンの姿があった。
スタースクリームの見込んだ通り、マスターメガトロンはアトランティスの自爆の際にも難を逃れていた――ただし、さすがに無傷というワケにもいかなかった。現在はフレイムコンボイの神殿の近辺に再生カプセルを設置し、ボディのオーバーホールを行っていた。
と――そんな時だった。突然ランドバレットから通信が入った。
〈マスターメガトロン様、聞こえますか?〉
「どうした?
こっちは今オーバーホール中で忙しいんだ」
〈へぇ、それが……
ギャラクシーコンボイがこぉなって、ニトロコンボイがあぁなって……〉
「で、レースってことになったんですけど……」
〈えぇい、経過などどうでもいい!〉
説明するランドバレットに、マスターメガトロンはぴしゃりと言い放った。
やはり機嫌が悪い――なのはとギャラクシーコンボイの合体技によって、ほぼ完全敗北に近い形でチップスクェアを奪われてしまったのだからムリもない話ではあるのだが。
〈結果のみを報告しろ! いいな!〉
「……感じワルぅ……」
さっさと通信を切ってしまったマスターメガトロンの態度にランドバレットがうめくと、ガスケットが尋ねた。
「マスターメガトロン様、何してた?」
「エステに通ってるらしいぜ」
「マジかよ!?」
「…………気楽でいいな、お前らは」
パズソーのツッコミは冷ややかだった。
そして――レース当日。
「エクシリオンさん、がんばって!」
〈負けたら承知しないわよ!〉
〈エクシリオンなら勝てるよ!〉
「あぁ、任せとけ!」
一度地球に戻ったものの、ギャラクシーコンボイのフォローのために今朝早く戻ってきたなのは、そして地球に残っているアリサとすずか――仲良し3人組の声援に、エクシリオンはガッツポーズでそう答える。
「張り切るのはいいが、いつものように空回りされても困るんだがな」
「わ、わかってるって!」
ファストエイドの言葉に、エクシリオンはムッとして言い返す。
その一方で、ブラーと美緒はこのレースのルールの確認中だ。
「えー?
飛行モードへの変形は反則なのか?」
「らしいぞ」
肩の上でルールを確認して声を上げる美緒に、ブラーはあっさりとそう答える。
「それじゃ、あたしらはエヴォリューショナルブースターを使えないのだ!
どうするのだ!? ブラー!」
このままでは役に立てない――焦る美緒だが、ブラーはニヤリと笑って答えた。
「心配するな。
ちゃんとオフィシャルにチェックしてもらってきた――エヴォリューショナルブースターは、飛行“補助”システムであることからギリギリセーフ、だそうだ」
「さすがブラー! ぐっじょぶなのだ!」
自分の出番がなくなると思っていたところに希望をつなげられ、美緒は思わずブラーの頬に抱きつき、
「そ、そうか……」
そんな美緒に、ブラーは照れていた。赤くなってそっぽを向く。
と――
「………………む?」
ギャラクシーコンボイは、コースの反対側のピットに、知った顔があるのに気づいた。
一緒にいるトランスフォーマーは知らないが、彼の顔を忘れるはずもない。
何しろ――先日襲われたばかりなのだから。
「あれは……ジンライ!?」
「ジンライ?
では、彼が……」
「あぁ。
サイバトロンの元総司令官にして、私やなのはを襲った、ヴォルケンリッターのメンバーだ」
「アイツが……!」
ベクタープライムに答えるギャラクシーコンボイの言葉に、エクシリオンはうめき――
「ストップ」
それを止めたのはブラーだった。
「こっちがこれだけワイワイ騒いでたんだ、向こうだってとっくにこっちには気づいてる。
その上で仕掛けてこないってことは、オレ達と戦う気はないってことさ」
「だろうな」
ブラーの言葉にガードシェルがうなずき、
「魔力やスパークを狙っていたことから考えても、目的はおそらく――」
「プラネットフォースに宿る、プライマスのスパーク……
その力で“闇の書”とやらを完成させるつもりか……」
ベクタープライムがつぶやくと、
「それはないさ」
そう告げたのはエクシリオンだった。
「アイツらがプラネットフォースを手に入れることはない。
オレが、勝つからな」
「なぁ、せっかくアイツらがいるんだ。叩いちまえばそれでOKだろ」
「ダメだ。余計な争いは主が望んでいない。
そもそも、どうして蒐集していることを主に隠しているのかを忘れるな」
まったく、どこまでも好戦的な――そんなことを思いながら、ジンライはヴィータの提案を一言で両断した。
と――
「ジンライの言う通りよ、ヴィータ」
そう告げたのはシャマルである。
しかし、彼女はパートナーのフォートレスと共にマキシマスでバックアップを任されていたはずだ。どうしてその彼女がここにいるのか――? それは彼女の服装が物語っていた。
ドライバースーツ姿なのだ。
「このレースに勝てば万事解決。一気に“闇の書”も完成して、私達の目的も達成されるのよ。
何の問題があるっていうのよ?」
「まずそのカッコに大いにツッコみたい気分なんだけどな」
シャマルの言葉に、ヴィータは思わずそううめいた。
が――無情にも答えはあっさり返ってくる。
「この格好?
私がアトラスの運転するからに決まってるじゃない」
「それではやてを酔わせたりザフィーラにゲロぶちまけさせたりアトラスを峠のガケから落っことしたりしたのは誰だ!?」
すかさずツッコむジンライだが――
「誰よ、そんなひどいことしたのは!?」
『お前だよ!』
当人にその自覚は一切なかった――真顔で聞き返してくるシャマルに、ヴィータとジンライは絶妙なタイミングでツッコんだ。
〈さぁ、今回のグレートレースもいよいよスタート時間が迫ってまいりました!
参加者達が一斉にスタート地点に集合していきます!〉
久々に本来の仕事に戻り、やたらとノリノリなパズソーの実況の元、グレートレース参加者達が次々にスタート位置についていく。
〈まずは泣く子も黙るスピーディアの若きプリンス、ニトロコンボイ!
マッスルハッスル、インチアップ!
危険度200%! スタントロンから、オーバーライドとメナゾール!〉
「アイツらも来てたのか……」
「ある意味、デストロンよりも危険な連中です。
総司令官、気をつけて」
先日エクシリオンを襲った連中――パズソーから紹介されたスタントロンの二人を見て、うめくギャラクシーコンボイにファストエイドが告げる。
そしてさらにパズソーの紹介は続き、オートランダーやスキッズも紹介され――
〈そして、今回の特別チャレンジャー!
サイバトロン軍のみなさんに、守護騎士ヴォルケンリッターから、ジンライ、アァーンド、アトラス!〉
その言葉に、サイバトロンの面々が、順番にスタート位置についていく。
ギャラクシーコンボイに乗り込んだなのはとユーノを始め、各自ちゃんとパートナー同伴だ――彼らの場合、重要なのは自分達のレースの勝敗よりも、いかにエクシリオンを勝たせるか、という点だ。イグニッションも含め、それぞれの能力をすべて駆使してエクシリオンのサポートに徹するつもりなのだ。
そしてジンライとアトラスも、最後にランドバレットとガスケットもスタート位置につき――
〈――以上っ!〉
『ぅおぉいっ!?』
あっさりと締めくくったパズソーの言葉に、無視されたランドバレット達の声が唱和した。
が、今の彼にその声が届くはずもなく、パズソーは悠々と続ける。
〈3ステージをすべて完走し、夢のファイナルステージで見事優勝した者には――〉
とたん、参加レーサー達を映していた観客席のオーロラビジョンの画面が切り替わり、それが映し出された。
〈この、プラネットカップが贈られます!〉
「あれが……」
「この星の、プラネットフォース……」
ついに目標をその視界にとらえた――スタート地点でエンジンをふかしながら、ギャラクシーコンボイとなのはがつぶやく。
「よし、みんな!
我らサイバトロンの、すべてを出し切るんだ!」
『了解!』
がぜん気合が入ったギャラクシーコンボイの鼓舞に一同が答え、
「やはり……気になるか? なのは」
「あ、はい……」
尋ねるギャラクシーコンボイに、なのはは静かにうなずいた。
気になる――もちろんヴィータ達ヴォルケンリッターのことだ。
「あの子達、どうして……」
「わからない。
だが、ニトロコンボイを襲ったりせず、素直にこのレースに出場している――そのことから考えても、彼らが本来不意打ちなど好まないと信じていいだろう」
不意打ちをするような者がサイバトロンの総司令官に任命されるはずもないしな、と付け加える。
「我々に突然襲ったのも、きっと何か、やむを得ない理由があるはずだ」
「そう……ですね……」
ギャラクシーコンボイの言葉にうなずき、なのはは気を取り直して告げた。
「だったら、その理由も含めてお話、させてもらうためにも――ここは一発、ガツンとレースで勝っちゃいましょう!」
「了解だ!」
一方、なのは達がそんなことを話していることなど、カケラも気づいていないヴィータ達は――
「いくぜ、ジンライ!」
「おぅっ!」
「で――無事に走れよ、アトラス」
「御意」
「どういう意味よっ!?」
ヴィータの言葉にアトラスとシャマルがそれぞれに応えた。
そして、ついにその時が訪れた。いつでも飛び出せるよう、参加選手達は一様に息を殺してその瞬間を待ち――シグナルが変わった。
「いくぜぇっ!」
「バリバリよぉっ!」
先頭を切ったのは意外にもランドバレットとガスケット。それに続いてヴォルケンリッター、まだ本調子でないエクシリオンを守る形で形でサイバトロンの面々、そして一般のレーサー達と続いていく。
注目株のニトロコンボイはなぜか出遅れている――
――いや。それどころか止まったままでスタートすらしていない。
というのも――
「やれ」
「合点っ!」
いきなりふるいがかけられた。オーバーライドの指示により、巨大トレーラーにトランスフォームし、スタート地点に留まっていたメナゾールがそのコンテナからエネルギーミサイルを乱射。前方のレーサー達に攻撃の雨を降らせる!
この“ふるい”に気づいていたからこそ、ニトロコンボイはすぐにスタートせずに攻撃をやり過ごしたのだ。
「くそっ、いきなりこれかよ!」
「全員で防御陣形! エクシリオンを守れ!」
うめく真雪にギャラクシーコンボイが指示を出し、一同は盾となってエクシリオンを守る。
だが、彼らは大丈夫でも他の面々はそうもいかない。ランドバレット達は命からがら、ヴォルケンリッター達もなんとか逃げ延びたようだが、他の一般参加のレーサー達は今の攻撃で軒並み脱落してしまったようだ。
と――そんな彼らの脇を駆け抜け、一気にトップに立った者がいた。
スタントロンの攻撃をやり過ごしたニトロコンボイである――その後ろにはインチアップが続いている。
「くっ、ブラー、先行しろ!
エクシリオンが追いついた時のために、先頭グループにくらいつくんだ!」
「了解!」
ギャラクシーコンボイの言葉に、ブラーは迷わずうなずき、
「しっかり捕まってろ、美緒!」
「らじゃったのだ!」
美緒が答えるなり急加速。一気に前方のニトロコンボイを追う。
あとはエクシリオンだが――
「総司令官、3速にギアが入らないので、加速することができません!」
結局、エクシリオンのクラッチは治りきらなかった。相変わらず2速から3速へのギアチェンジで引っ掛かりが起き、加速できないでいた。
だが――ギャラクシーコンボイの代わりに答えたのはなのはだった。
「誰かエクシリオンさんを引っ張ってあげて!」
「わかった!
エクシリオン、オレのスリップストリームに入れ!」
すぐに動いたのはファストエイドだった。エクシリオンの前方に飛び出すと、彼を引っ張って加速する。
「どうだ!?」
「まだだ!」
「ファストエイド、もう少し加速しないと……!」
「わかった!」
エクシリオンの答えに、告げるシオンにうなずくとファストエイドはすぐさま再加速。さらにエクシリオンを引っ張っていく。
そして――
「入った!
4速に入ったぞ!」
ギアがついにつながった。ギアチェンジに成功し、エクシリオンは一気に飛び出していく。
「3速が使えないんだ! ブラーのフォローがあるからといって、ムチャはするな!」
「わかってる!」
見送るファストエイドにエクシリオンが答え、走り去っていくのを追いながら、ギャラクシーコンボイはなのはに告げた。
「適切な判断だ、なのは」
「えへへ……実はこれのおかげ」
言って、なのははギャラクシーコンボイにそれを見せた。
1冊のノートだ――その表紙には手書きで署名がされていた。
『すずか&耕介・エクシリオン用アドバイスメモ』と――
「いてて……いきなりやってくれたな……!」
パートナーを乗せていたのはギャラクシーコンボイ達だけではなかった。ジンライのライドスペースで、ヴィータはぶつけた頭をさすりながら身を起こした。
「反撃だ、ジンライ!
あのナマイキなヤツ、ブッ飛ばしてやろうぜ!」
「こらこら。
オレ達の目的はヤツらを倒すことじゃないだろう」
ムキになってわめくヴィータをなだめ、ジンライもまた体勢を立て直してトップグループを追う。
「それより、アトラスはどうした?」
「とっくに先に行ってるよ」
尋ねるジンライに、ヴィータはあきれて答えた。
「シャマルのヤツのことだから、どーせアクセル全開に開けっ放しだろうよ」
「……同情するぞ、アトラス……」
「フフフ……なめたマネをしてくれたものね……」
一方、こちらはそのシャマルとアトラスだ。悠々とメナゾールの攻撃をかわし、ハンドルを握るシャマルは静かに笑みを浮かべてつぶやいた。
「シャマル、穏便にいけよ」
「軽挙厳禁」
そんな彼女を諭そうとザフィーラとアトラスが告げるが、
「ムチャのひとつもしないで――追いつけるワケないでしょう!」
あっさりと宣告し、シャマルはアクセル全開。アトラスを加速させてトップグループを追った。
「ついに始まったわね……」
「えぇ」
ベクタープライムによって、時空管理局にもそのレースの模様は中継されていた。オフィスのモニターでレースを観戦し、つぶやくリンディにエイミィがうなずく。
そして、クロノもまた、モニターに視線を注ぎ、つぶやくように告げた。
「がんばれ、エクシリオン……
スピーディアで、キミは役立たずだったワケじゃない――ちゃんと、得たものがあるはずだ……!
今のキミなら、必ず勝てる……!」
「負担がほとんどかからない――
バッチリだぜ、ファストエイド、美緒!」
自分の思っていた以上のチューンナップの成果をその身で直に感じ取り、エクシリオンは思わず歓声を上げる。
そして――視界に自分達の目標がその姿を現した。
ニトロコンボイを先頭にした、トップグループである。
「お、来たか……
遅かったな、エクシリオン!」
「オイシイところ、もう少しでいただくところだったのだ♪」
「へっ、主役は遅れて登場するものさ!」
自分に気づき、軽口を叩くブラーと美緒に答え、エクシリオンはついに彼と合流する。
「そうだ――絶対に、負けられない……!
オレを信じてくれてる、みんなのためにも!」
勝利を心に誓い、エクシリオンは叫んだ。
「必ず――勝つ!」
(初版:2006/04/16)