グレートレース第1戦が終わったその晩――それぞれに事態が動きながらも、一時の休息の時が訪れていた。
「はやてちゃん、お風呂の支度、できましたよ」
「うん。ありがとな、シャマル」
テレビを見ていたところに声をかけられ、はやては振り向いてシャマルに謝辞を伝える。
「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいましょうね」
「はーい」
「明日は朝から病院です。
あまり、夜更かしされませぬよう」
ヴィータがシャマルに答える傍らで、シグナムははやてにそう告げて新聞をたたむ。
「シグナムはお風呂、どうします?」
「私は後にするよ。
ガスは私が止めておく。入ったらもう、休んでいい」
「そう……じゃあ、お願いしますね」
シグナムの答えに、シャマルはうなずくとはやての身体を抱きかかえ、風呂場へと向かっていった。
ヴィータもその後に続いてリビングを後にして――シグナムはザフィーラに告げた。
「それで……現在サイバトロンは時空管理局に協力している、と見ていいんだな?」
「おそらく。
ピットで、時空管理局の者と通信のやり取りをしていたようだ」
「そうか……」
答えるザフィーラの言葉に、シグナムはため息をつき、
「まさか、プラネットフォース探索においても彼らと張り合うことになろうとは……」
「どうする?
我らを目の前にしていながら何もリアクションを起こさないところを見ると……」
「泳がされている、と思っていいだろうな……」
答え、シグナムは傍らに置かれた一冊の本を手に取った。
ハードカバーの古い本――それこそが、はやてと彼女達を引き合わせたすべての根本――ロストロギア“闇の書”である。
「だが、逆に好都合だ。泳がされているとはいえ、行動が自由な以上問題なくプラネットフォース探索に専念できる。
彼らがプラネットフォースを手に入れれば奪うまで――所詮は“闇の書”を完成させるために借り受けるのみだ。後は彼らにくれてやればいい」
「……そうだな」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
その事実を知らされ、スピーディアからギャラクシーコンボイに送ってきてもらったなのはは思わず声を上げた。
「じゃあ、リンディさん達、しばらくこっちの世界で暮らすんですか?」
「うん。
“闇の書”事件の捜査だけど、アースラがしばらく使えない都合上、こっちに臨時捜査本部をおくことになってね。
で、一足先に、私が引越しの荷物の運び入れ、ってワケ」
聞き返すなのはに、エイミィは荷物を整理しながらそう答える。
彼女達がいるのは本部として提供されたさざなみ寮――ここにはリンディとエイミィ、そしてクロノが待機し、他のアースラスタッフは海鳴の市街各所に部屋を借り、そこを観測所として使うことになっているのだと言う。
「これで、少しはヴォルケンリッターに対する備えも整うといいんだけど……」
「ですね……」
エイミィの言葉にうなずくと、なのはは彼女に駆け寄り、
「それじゃあ、手伝いますね、エイミィさん」
一方、時空管理局では――
「やっぱり……大目玉でしたか?」
「魔導師襲撃事件の重要参考人――もしくは実行犯を目の前にしておきながら、泳がせるばっかりで捕まえないんだもの。そりゃ、ね……」
尋ねる恭也に、戻ってきたリンディは肩をすくめてそう答える。
『重要参考人または実行犯』――もちろん、ヴォルケンリッター達のことだ。グレートレースの場で彼らを発見していながら、何もせず泳がせていたことに対し、リンディは上層部に対し説明に赴いていたのだ。
「けど、彼女達を捕まえればそれで解決、というワケでもないものね……」
〈肝心要の主を発見しないことには、どうしようもない……だな?〉
「えぇ……」
サイバトロン基地から通信してくるギャラクシーコンボイに、リンディは答えてため息をつく。
「何かを企んでいるならまだしも、もし、何らかの悪い事態を防ごうとしている上での、止むを得ない行動だとすれば――」
「その『悪い事態』を、加速させてしまうことにもなりかねない……」
〈確かに……何かにつけて実力行使に出るヴィータと違って、ジンライからは悪意は感じなかった〉
恭也とギャラクシーコンボイの言葉にうなずき、リンディは告げた。
「少なくとも、彼女達と話をできる場が用意できればいいんだけど……」
第19話
「それは信念の揺らぎなの?」
翌朝――
「………………ん?」
いつも一緒のベッドで寝ているヴィータを起こさないよう、はやては気を遣いながら部屋を後にし――リビングへとやってきたところでふと気づいた。
ソファにシグナムが座っている。もう起きてきたのだろうか?
だが、はやてが入ってきても動きを見せる気配はない――どうやら座ったまま眠っているようだ。
車椅子を器用に操ってシグナムの前に回り込むと、彼女はやはり眠っていた。足元ではザフィーラも眠っている。
そんな彼女達の姿がほほえましくて――はやては思わず笑みをもらしていた。
時間にしてわずか十数分後――
「………………ん……」
目を覚まし――シグナムは、自分の身体に毛布がかけられているのに気づいた。
見ると、足元のザフィーラにも毛布がかけられている。
昨夜ははやてが寝た後、いつもの蒐集の代わりにマキシマスに赴き、アニマトロスに残してきたスターセイバーと綿密に情報交換と今後の行動の打ち合わせを行い、戻ってここで休んでいるうちに寝てしまって――少なくとも、自分で毛布を持ってきた記憶はない。
と――
「あぁ、起こしてもうた?」
そんな彼女に気づき、キッチンで朝食を作っていたはやてが声をかけてきた。
どうやら、毛布は彼女がかけてくれたようだ。
「あ、いえ……」
「ちゃんとベッドで寝なあかんよ。風邪ひいてまう」
シグナムの答えに、はやては足が不自由だとは思えないほどテキパキと朝食を準備しながらそう告げる。
「シグナム、昨夜もまた夜更かしさんか?」
「はい……少しばかり、スターセイバーと話を……」
少なくともウソではない――確かに話はした。
シグナムがそう答えると、はやては笑って、
「そうなんか。
こっちの世界じゃスターセイバー、自由に飛べへんからなぁ……たまには、どっかの次元世界で気晴らしさせたらなあかんよ」
そう言うと、はやてはシグナムのところまで車椅子を向かわせ、彼女にコップを差し出した。
「はい、ホットミルク。
あったまるで」
「ありがとう、ございます……」
「それから、スターセイバーだけやなくて、フォートレスにもたまには外で運動するように言っといた方がえぇで。
身体なまってまったら、元サイバトロン総司令官の名が泣くよ」
「彼は運動も艦内で済ませそうな気もしますが……」
「あはは、そうやね」
シグナムの答えにはやてが笑うと、
「すみません、寝坊しました!」
まだ寝癖もそのままに、シャマルがあわててリビングに駆け込んできた。いそいそとエプロンを身に着ける。
続いて姿を見せたのはヴィータ――こちらはさらにすごい。完全に覚醒していないようで、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。転ばないのが不思議なくらいの寝ぼけっぷりである。
そんな彼女にシャマルがホットミルクを差し出すのを見守り――シグナムは自分の手元のホットミルクに視線を落とした。
「……暖かい、な……」
なくしたくなかった。この温もりを。
だからこそ、一刻も早く――
(プラネットフォースは……何としても手に入れる。
すべては、主はやてのために――)
そんな朝のやり取りから数時間後――スピーディアではグレートレースの第2ラウンド・市街地レースが始まろうとしていた。
〈出場選手は、1stステージを完走した14台!〉
相変わらず浮かれまくっているが、きちんと仕事はこなしている――パズソーはスタート位置についた選手達を後方から順に紹介していく。
〈まずは、巨大なエンジンから搾り出されるパワーを、走りにどう活かすのか!
鼻つまみコンビのデクノボウ! ランドバレット!〉
「うるせぇよ!」
〈続いて、小さい身体で鋭いツッコミ!
鼻つまみコンビの豆っ粒! ガスケット!〉
「豆って言うなぁっ!」
相変わらず辛辣な紹介に、ランドバレットもガスケットもパズソーに向けて抗議の声を上げる。
〈レースは戦い! 生き残った者こそが勝者!
スタントロンのリーダー! 暴走大帝オーバーライド!〉
「…………フンッ」
〈すべてはオーバーライドを勝たすため! とにかくバカスカ撃ちまくれ!
スタントロンのナンバー2! 暴走公爵メナゾール!〉
「やったるわいっ!」
破壊の申し子たるスタントロンの面々だが――意外に声援は大きい。普段のレースでは迷惑極まりない彼らスタントロンだが、こうした場では話は別だ。彼らバトルレーサーとニトロコンボイら正統派レーサーの頂上対決も、スピーディアのレーサー達にはたまらない娯楽のようだ。
〈純白のボディがどんな走りを見せるのか!
期待の新鋭、スキッズ!〉
「よろしく!」
〈老練の走り屋はトップを奪うことができるのか!?
オートランダー!〉
「ほっほっほっ」
スキッズとオートランダーにも声援は飛ぶ。二人ともまんざらではないようだが――
〈レースは科学だ!
頭脳派レーサーコンビ、ファストエイド、アンド、シオン・エルトナム・アトラシア!〉
「は、ははは……」
「わ、私はレーサーでは……」
対して、ファストエイドとシオンは正直リアクションに困っている。照れを隠し切れずに二人そろって頬をかく。
〈走りはパワーだ!
卓越したパワーが売りの、ガードシェル、アンド、マユキ・ニムラぁっ!〉
「おぅっ!」
「バッチこぉいっ!」
〈反則ギリギリの飛行補助モード! ブースターが唸りを上げる!
ブラー、アンド、ミオ・ジンナイぃっ!〉
「エクシリオンのフォローはおしまい! 今度は勝ぁっつ!」
「バリバリなのだぁっ!」
こちらはノリノリだ。声援に対してガードシェルと真雪、そしてブラーと美緒もガッツポーズで応える。
〈あらゆる道を走破する高い機動力!
インチアップ!〉
「ぃやっほぉいっ!
オレ様の活躍、楽しんでくれよ!」
彼にも根強い声援が飛ぶ。インチアップは両手を挙げてそれに応え、
〈パワーもテクも文句なし! 真価はまだまだこれからだ!
ジンライ、アァンド、ヴィータ!〉
「ほら、ヴィータ」
「ふ、フンッ、あたしらは別に人気者になりたくてレースに出てるワケじゃないんだよ」
声援に応えようとするジンライにヴィータはそっぽを向いて答えるが――頬が赤くなってる時点で説得力はない。
〈すでにアクセル全開、全速力!
今度は優勝を奪えるか!? エクシリオン!〉
「いくぜ!」
パズソーの紹介にエクシリオンは気合を入れて拳を握り締める。
〈エクシリオンがスピードならこちらはコーナーリング!
クラッシュギリギリの限界テク、アトラス、ザフィーラ、アァンド、シャマルぅっ!〉
「声援感謝」
「う、うむ……」
「みなさぁん! がんばりますからねぇ!」
動じず、照れ、ノリノリと、このトリオは三者三様のリアクションである。
そして最後に控えるのは――
〈そして前回の優勝者!
速さこそが正義! ニトロコンボイ!〉
「応援ありがとう!」
声援は一気に最高潮に達した。割れんばかりの声援の中、ニトロコンボイは手を挙げてそれに応える。
〈以上14台による全開バトルが、今始まる!
乞う、ご期待!〉
「我々はゴールで待機している。
頼んだぞ」
「了解!」
声をかけるギャラクシーコンボイにエクシリオンはビークルモードでスタート位置について答え、
〈がんばってね、エクシリオン!〉
そんな彼に、地球のサイバトロン基地からも応援の声が届いた。
〈みんなも、地球で応援してるよ!〉
〈もうクラッチも大丈夫なんだから、根性見せなさい!〉
指令室の大型モニターでエクシリオン達を見守っているすずかと忍が声援を送る――すでにその場で観戦する予定のほとんどのメンバーが集合しているようだ。
いないのは、引越しの荷物整理を押しつけられてしまったクロノと志貴ぐらいのものだろうか。
ちなみに、リタイアしてしまったとはいえ、なのははギャラクシーコンボイと共に場外からサポートするため、ユーノと共に再びスピーディア入りしている。
そのなのは達だが――
〈なのは、何してるの?〉
ピットで何やらメモをとっているなのはの様子に、通信をつないでいたアリサはウィンドウの中で首をかしげてそう尋ねた。
「えっと、ヴォルケンリッターの人達の名前も、今紹介されたでしょ?
人数多かったから、忘れないように念のため、って思って……」
そう答えると、なのははメモに書き留めた名前を確認する。
「ジンライさん、ヴィータちゃん……
アトラスさん、ザフィーラさん、シャマルさん……うん、完璧っ!」
そんな彼女の姿に、アリサのとなりでそのやり取りを見ていた愛は微笑み、告げた。
〈お話、いつかできるといいね、なのはちゃん〉
「はい!」
そして――緊張の時の中シグナルが青に変わり、各車一斉にスタートしていく。
今回はメナゾールやオーバーライドも素直にスタートだ。前ラウンドを勝ち抜いたレーサー達に、単純な攻撃が当たるはずがないのは彼ら自身よくわかっているようだ。
最初に待ち受けるのは車線を狭めてのテクニカルコース――コーナーリングで車体を傾けることを考えれば、コースの幅は1台分が限界だろう。
(あんなに狭い上にカーブが多いんじゃ……)
(コーナーで抜くのはまずムリなのだ……)
(レース開始早々だが――)
『フォースチップ、イグニッション!』
どうやら考えたことは同じだったらしい。エクシリオン、そしてブラーと美緒は同時にフォースチップをイグニッション。それぞれの加速システムを起動させる。
「アクセル、ウィイング!」
『エヴォリューショナル、ブースター!』
咆哮と同時に急加速し、二人は並んでトップへと飛び出していく。
〈おぉっと、エクシリオンとブラー、いきなりのイグニッション!
トップを競い合いながら飛び出し――エクシリオンが前に出る!〉
「よぅし、オレ様も!
フォースチップ、イグニッション!」
対して、インチアップも同様にイグニッション。オンロード用の走行モードに変形してニトロコンボイの前に出て行く。
〈エクシリオン、ブラーに続いて、インチアップもニトロコンボイをかわして飛び出した!〉
「ちっ…………!」
パズソーの実況を聞くまでもなく状況は把握している――ニトロコンボイは飛び出していった3人を見送り、舌打ちした。
(どいつもこいつも、イグニッション、イグニッションと……!)
「そんなに、借り物の力で勝ちたいか!」
苛立ちを隠し切れず、ニトロコンボイは加速し、彼らを追いかけた。
一方、後部グループでは――
「オラオラ、どけよ、じいさん!」
「どけと言われてどけるワケがなかろう。道が狭いんじゃからな」
彼らもテクニカルコースに突入していた。前に出られず苛立つランドバレットに、前を走るオートランダーは落ち着いた様子でそう答え、
「それに、文句なら前に言ってくれ」
言って、オートランダーは渋滞の先頭へと視線を向け――
「オレに言われても困るんだがな!」
「こんな狭い道、ガタイのデカいジンライがカンタンに抜けられるワケないだろ!
文句はこのコース作ったヤツに言えよ!」
先頭で狭い道を苦労して進んでいるジンライとヴィータが彼らに言い返す。
だが、実はこの苦労、事前にある対策をしておけば避けられたものだった――後方の一同は声をそろえてそれを指摘した。
すなわち――
『コンテナ外せよ!』
このグレートレースは、唯一明確に定義されている反則が『飛行モードへの変形』のみという、非常に大らかなルールの下に展開されているレースである。
と、いうワケで――他の手段によってジンライ達の渋滞をかわした者もいる。
「スリムなボクちんなら、こんな渋滞も!」
まずはガスケット。スリムな身体を活かして他のメンバーの脇を駆け抜け、最大の障害であるジンライはコースから一旦飛び出し、外から追い抜いてコースに復帰する。
そして――
「オラオラオラぁっ!」
「オレ達なら、こんな道!」
メナゾールとオーバーライドは最初からコースを離れ、荒野をテクニカルコースの出口まで一直線に突き進む。
と言ってもここは山岳地帯。障害物として岩山が次々に立ちふさがるが――戦闘車両にトランスフォームする彼らにそんなものは関係ない。砲撃によって蹴散らしながら直進していく。
一方、トップグループのエクシリオンはちょうどテクニカルコースを脱出したところだった。そのまま次のダウンヒルゾーンへと突入していく。
「いっけぇっ!」
坂道を勢いよく飛び出し、宙を舞うエクシリオンだったが――背中に展開したアクセルウィングが余計な風を受けてしまった。バランスを崩しながらもなんとか着地する。
〈ムリをするな、エクシリオン!〉
〈エンジンブレーキで減速するんだ!〉
「そうだな……」
サイバトロン基地で観戦している志貴や耕介のアドバイスに一瞬同意しかけ――エクシリオンは思い直した。
ブラーと美緒はともかく、そのすぐ後ろにニトロコンボイが迫ってきている。今減速すれば――
「――いや、このままだ!」
結果、このままのスピードを維持することにした。そのままダウンヒルを勢いよく駆け下りていく。
と――彼らの行く手でコースが変化を見せた。
それは――
「か………………」
「階、段……?」
意外な障害物の出現に、アリサと那美は思わず顔を見合わせた。
「坂道の次は階段ですか……
市街地レースならではの趣向ですね」
「ないない。普通はない」
感心するホップに耕介がうめくようにツッコむと、エクシリオンが、続いてブラーが階段コースに突入。案の定苦戦しているようだが――
〈トランスフォーム!〉
対して、後を追ってきたニトロコンボイはいきなりトランスフォーム。“ロボットモード”で坂を下っていく。
『そんなのアリぃ!?』
まさかいきなりトランスフォームとは――驚き、声を上げる一同だが、ドレッドロックとバックパックは顔を見合わせ、彼女達に告げた。
「十分アリじゃないか」
「というか――『合理的』ですかね」
「状況を考えたらどうだ? 二人とも」
「う、うるさい!」
「余計なお世話なのだ!」
「同感っ!」
悠々と追い抜いていくニトロコンボイに言い返し、エクシリオンとブラー達もロボットモードへとトランスフォームし、その後を追うが、
「なぁーっはっはっはっ!
これだからヤワなヤツは困る!」
『何をぉっ!』
オフロードモードに戻り、ビークルモードのまま悠々と階段を下ってくるインチアップの言葉に、彼らはムキになって言い返す。
そして後続の面々は――
「いっけぇっ!」
「だからムリをするなと――」
「冷静走行励行」
シャマルを制止しようとするザフィーラとアトラスだったが、彼女が聞く耳を持つワケがない。テクニカルコースで中盤に甘んじたストレスを発散するかのように勢いよくジャンプ、階段コースを飛び越えていく。
だが、突然そんな彼女達の――アトラスの上に飛び乗り、さらに跳んだ者がいた。
「ぃやっほぉいっ!」
ガスケットである。
「わ、私を踏み台にした!?」
どっかで聞いたような驚き方をするシャマルを無視し、ガスケットは宙を舞い、
「フォースチップ、イグニッション!
エグゾーストブースト!」
フォースチップをイグニッションすると車体後部にエグゾーストブーストを展開。さらに加速し、一気に階段コースの中盤まで飛び越えて見せた。
「おっ先ぃ♪
パラパラパラパラぁ〜〜っ♪」
「待ちなさぁいっ!
アトラス、追いかけて!」
「了解」
調子に乗って階段を駆け下りていくガスケットを、若干後方に着地したアトラスはシャマルの指示でロボットモードにトランスフォームし、ガスケットの後を追いかける。
そして、エクシリオン達も――
「くっそぉ!」
「待ぁてぇっ!」
「悪い子はいねがぁっ!」
「ブラー、それちょっと違うのだ!」
そのまま、レースは後半戦、市街地コースへと突入。彼らは都市を模したコースの中を縦横無尽に駆け抜けていく。
「くっそぉっ! こんな狭いところ、うまく走れねぇよ!」
市街地ということもあり、カーブはほぼすべてが角度90°の曲がり角だ。オフロード用のタイヤではうまくドリフトできず、インチアップがうめくと、
「ようやく追いついたな、ジンライ!」
「待たせたな、真打登場だ!」
そんな彼の後ろに、ジンライが追いついてきた。
ただし――
「あれ?
お前ら、コンテナはどうした?」
ジンライの後ろのコンテナがない。尋ねるインチアップに、二人はキッパリと答えた。
「苦情を受けたから置いてきた!」
「ただしその場で切り離し!」
「障害物設置かよ!?」
一方、後続グループも市街地コースに入った。案内板に従ってコースを駆け抜けていく。
と――
「ヘイ、ランドバレット!」
突然ランドバレットを呼び止めたのは、トップを走っていたはずのガスケットである。
「ガスケット!?
お前、トップを走ってたんじゃ……?」
「今でもトップさ♪」
そう言うと、ガスケットは目の前の案内板に手をかけ、
「よっ、と」
そこに貼られていた矢印をはがすと、下から新たに“反対方向への”矢印が現れた。
ガスケットはトップで市街地コース入りしたのをいいことに案内板に細工をし、エクシリオン達を間違ったコースに誘導したのだ。
「あ、そーゆーこと♪」
「そーゆーこと♪」
しかし、トップグループはガスケットの細工に気づいていない。そのまま目の前のコースを駆け抜けていく。
まず先頭は登りのロータリーを力任せに駆け上がったインチアップとジンライ&ヴィータ組。ロータリーから続く高架コースを勢いよく駆け抜けていく。
続いてニトロコンボイ、エクシリオン、ブラー、アトラス&シャマル組――その様子は、すぐ下を併走する正規のコースから丸見えだった。
「ワナとも知らないでご苦労なんだな♪」
「ホントだな♪
おいパズソー、教えるんじゃねぇぞ」
「はいはい、わかってるよ。
実況は実況がお仕事。選手に干渉はいたしません、と」
ランドバレットのとなりで調子づいて告げるガスケットに、頭上を飛ぶパズソーはため息混じりにそう答える。
だが――その会話はバッチリ聞かれていた。
後方には、ランドバレットよりも後に走っていたおかげで難を逃れていたガードシェル達がいたのだ。
「なんて悪知恵の働くヤツらなんだ……!
おい、ガードシェル! エクシリオン達に!」
「わかってる!」
真雪に答えると、ガードシェルはエクシリオン達に通信をつなぎ、
「おい、エクシリオン、ブラー! 聞こえるか!?」
「ん? 何だ? 何かあったのか?」
その通信はインチアップにも届いていた。思わず声を上げる彼の脇を、追いついてきたエクシリオン達やニトロコンボイが追い抜いていく。
「あぁっ! いつの間に!?」
「連絡なら後にしてくれ!
こっちは今デッドヒート中! 立て込んでるんだ!」
驚くインチアップにかまわず答えるエクシリオンだったが――
「そっちは本当のコースじゃないぞ!?」
『何ぃっ!?』
その言葉には、彼らだけではなく会話が聞こえたジンライやヴィータも驚きの声を上げた。
そしてすぐに周囲を見回し――眼下に正規のコースを発見する。
「あれか……!」
ブラーがうめくと、インチアップが一同に提案した。
「おい、お前ら!
オレがこの柱をブチ破る! そこから下に下りようぜ!」
「待て、お前だけじゃ難しい。オレ達も手伝おう。
敵に塩を贈るが――いいな? ヴィータ」
「負けたら元も子もねぇんだ。当然だ!」
競い合う競争相手、しかもその内の若干名は自分達を追う時空管理局の協力者だが、自分達の目的はあくまでこのレースに優勝してのプラネットフォース獲得である。それためにも、今はコースに戻るのが先決だ――インチアップに告げるジンライの言葉に、ヴィータもまた同意するが、
「……アイツにも教えてやるか」
シャマル達にはヴィータから報せが行くだろう。だが彼は――そう考えたエクシリオンは加速し、ニトロコンボイに追いついて告げた。
「おい、ニトロコンボイ!
ランドバレットとガスケットが細工をしたらしい! 正規のコースに戻ろう!」
しかし――ニトロコンボイはそれを鼻で笑い飛ばした。
「はんっ、ウソならもっとマシなウソをつくんだな」
「何だと!?」
「そう言って油断させて、追い抜こうってハラだろう?」
「何言ってるのだ!
そんなコト言うなら、下の道路を見てみるのだ!」
言い返す美緒の言葉に、ニトロコンボイはチラリと視線を動かし、そこにランドバレット達の姿を発見した。
「な………………っ!?」
彼らの言葉は真実だった――驚くニトロコンボイだったが、エクシリオンはかまわずインチアップとジンライに告げた。
「いいぞ、やってくれ!」
「わかった!
ヴィータ!」
「はいよ!」
ジンライに答え、ヴィータはジンライの上に登るとグラーフアイゼンを起動させ、
〈Schwalben Fliegen〉
「いっけぇっ!」
打ち出した鉄球が前方の柱を直撃、ダメージを与え――
「どっせぇいっ!」
その柱にインチアップが体当たり。思い切り薙ぎ倒すとそのまま正規のコースに飛び移る。
「よぅし、オレ達も!」
言って、まずはエクシリオンが先頭を切って飛び出そうとし――
「待て!」
そんな彼をニトロコンボイが呼び止めた。
「なぜ……オレに教えた?」
「え………………?」
「黙っていれば、お前に有利だったはずだ」
「へっ、くだらないこと聞くなよ、レース中だぞ!」
だが、エクシリオンはあっさりとニトロコンボイに答えて飛び出していき、ブラーやジンライ、アトラスもそれに続いていく。
「ま、待て、エクシリオン!」
しかし、疑問に答えないまま彼を行かせるつもりはなかった。ニトロコンボイもまた正規のコースへと飛び移り、彼らを――エクシリオンを追う。
「語る気がないならかまわん。
追いついて――問いただしてやる!」
『どゆことぉっ!?』
まさか追いついてくるとは思わなかった――偽のコースに誘導したはずのエクシリオン達に追い抜かれ、ランドバレットとガスケットは思わず声を上げる。
と――
「待て、エクシリオン!」
そこにニトロコンボイが追いついてきた。エクシリオンのとなりにつくと彼に尋ねる。
「貴様、どういうつもりだ!?」
「何が!?」
「どうして、だまされていることをオレに教えた!?」
「そんなこと、どうでもいいだろ!」
「よくない!」
レースでも口論でも、互いに一歩もゆずらない――トップを争いながら、二人の舌戦もヒートアップしていく。
「答えろ、エクシリオン!」
「うるさいな!」
言い争いながら、二人はバンクコーナーに突入。トップスピードのまま、遠心力に逆らって走り続ける。
「やるじゃないか、エクシリオン……!」
「そっちこそ、スピード落としたって、いいんだぜ!」
「何を……!?」
エクシリオンの挑発に、ニトロコンボイの目の色が変わった。
「スピードなら――誰にも負けないぜ!」
強烈なGに耐えながらも姿勢をコントロールし、ニトロコンボイはイン側へと入りコーナーをクリアしていく。
「やるな!」
それを追跡すべく、エクシリオンもイン側に向かい――
「逃がしませんよ!」
「――――――っ!?」
突然聞こえた声にそちらを見やると、そこにはシャマルの運転するアトラスがいた。
ただし――“壁を走って”。
遠心力と頑丈なフェンスを利用し、壁走りでこのバンクカーブをクリアしようと言うのだ。
「な、なんてムチャを!?」
「せっかくの遠心力――利用しない手はないでしょう!?」
エクシリオンに答え、シャマルはアトラスをさらに加速。ニトロコンボイを追う!
〈ニトロコンボイ、エクシリオン、そしてアトラス!
3台による見事なデッドヒート!〉
「やった!」
ゴール地点の観客席――オーロラビジョンでレースを観戦し、興奮した彼は思わず声を上げた。
だが、それはギャラクシーコンボイでも、同席しているなのはやユーノでもなく――
「べ、ベクタープライムさん……?」
もっともそういうノリの似合わなさそうなベクタープライムだった。なのはが意外そうな視線を向けるのに気づき、ベクタープライムはコホンと咳払いし、
「いいぞ、エクシリオン」
「いや、もう遅いし……」
思わずうめきながら、ユーノは現在の順位をチェックし、
「ガードシェルとファストエイド……それからスキッズくんも遅れてますね」
「スタントロンが未だに別のコースからゴールを目指してくれているおかげで、襲われずにすんでいるのが救いだ。
我々の目的はあくまでサポートだ。完走してくれればよしとするさ」
報告するユーノの言葉に、ギャラクシーコンボイはうなずいてそう答えた。
〈三者、一歩も譲らない!
そのまま最後の難関、トンネルコースに突入していく!〉
「負けるかぁっ!」
パズソーの実況の中、エクシリオンがニトロコンボイを追ってトンネルに突入、さらにそのすぐ後ろをアトラスが追う。
そして――
『フォースチップ、イグニッション!
エヴォリューショナル、ブースター!』
トンネルが直線であることが幸いだった。フォースチップをイグニッションし、エヴォリューショナルブースターで一気に加速したブラーと美緒も追いついてくる。
さらにインチアップ、ジンライ、オートランダーと続き――
「ぎゃあっ!?」
「どわっ!?」
突然、彼らの背後で爆発と悲鳴が響き渡った。
スタントロンがついにコースに復帰、ちょうど前方にいたランドバレットとガスケットに攻撃をしかけたのだ。
「くそっ、最悪のタイミングで最悪なヤツらが!」
「急いで駆け抜けるんじゃ!
こんなトンネルの中ではいい的じゃ!」
うめくインチアップにオートランダーが告げるが、
「何言ってんだよ!
向こうだって逃げ場はないんだ! 反撃して――」
「バカ言うな!」
対して、反撃を主張するヴィータを止めたのはジンライだった。
「コンテナを置いてきた以上スーパーモードにはなれない! となればゴッドジンライにもなれないだろ!
ゴッドボンバーを呼んでも、パワード・クロスできないんじゃキツい! ここは逃げの一手で駆け抜ける!」
「わ、わかったよ……!
その代わり、飛ばせよ、ジンライ!」
「おぅよ!」
だが――
「バカめ。逃がすと思っているのか!
フォースチップ、イグニッション!」
咆哮し、オーバーライドは藍色のフォースチップをイグニッション。車体上部の2連装の砲塔が左右に別れ、
「ライド、バスター!」
放たれた閃光が一同の間を駆け抜け――先頭集団のさらに先で着弾、爆発を巻き起こす!
「ま、前が見えない……!」
オーバーライドの攻撃はトンネル内に火災を巻き起こした。視界を奪う煙の中、ニトロコンボイは思わずうめく。
一瞬、速度を落とそうかという考えが脳裏をよぎるが――
「それでも――オレが一番だ!」
それではエクシリオンに抜かれてしまう。覚悟を決め、ニトロコンボイはそのままの速度でトンネル内を駆け抜けていく。
と、視界が一瞬だけ開け――目の前でトンネルが崩落している!
「しまった!」
とっさにかわそうとするが避けられず、ニトロコンボイはそのまま崩落したガレキに激突、乗り上げてしまう。
しかも、その衝撃でさらに崩落が始まった。新たな巨石が仰向けになってしまったニトロコンボイへと転がっていく。
今からではトランスフォームして逃げても間に合わない。ニトロコンボイの背筋を恐怖が駆け抜け――
「フォースチップ、イグニッション!」
咆哮と共に、ニトロコンボイの目の前をそのフォースチップが駆け抜けた。
スタントロンの藍色――ではない。澄んだ青色の――地球のフォースチップである。
そして、
「エクス、ボルト!」
そのフォースチップをイグニッションしたエクシリオンが、手にしたエクスボルトで巨石を吹き飛ばす!
「間に合ったな、エクシリオン」
「間一髪だったのだ……」
「パートナーなしでも、なんとか威力は出せるもんだな……」
ギリギリでニトロコンボイの救出に成功した。ブラーと美緒、そしてエクシリオンは安堵のため息をつき――
「なぜだ……?」
そんな彼らに、ロボットモードへとトランスフォームしたニトロコンボイが尋ねた。
「なぜ助けた!?
勝てるチャンスだったのに!」
「な、なぜ、って言われても……」
正直返答に困った――とっさのことで、思わず動いてしまったのだ。理由も何もあったものではない。
と――困惑するエクシリオンの脇を、難を逃れたインチアップやジンライ、そしてメナゾールとオーバーライドが駆け抜けていく!
「しまった!」
ということは、アトラスはさらに先――あわてて後を追おうとするエクシリオンだったが、
「待て!」
そのエクシリオンの手をつかみ、ニトロコンボイは彼を留めてさらに詰問する。
「答えろ、なぜ助けた!?」
「な、なぜって……」
うめいて、エクシリオンはブラーに目配せし――その意図に気づいたブラー達は一足先にレースに戻っていく。
そして、エクシリオンはニトロコンボイへと向き直り、
「なぜ、なぜ、って……うるさいなぁ、もうっ!」
その手を振り払うと、エクシリオンは堂々とニトロコンボイに告げた。
「誰かが困っていたら助ける――
それがサイバトロン魂だ!」
「何………………?」
その言葉に、ニトロコンボイは戸惑いも顕わにうめいた。
自分の知らない価値観で彼らが動いているのは薄々感じていた。そして今――エクシリオンによって、それは明確な言葉として彼に向けて提示されていた。
そんなエクシリオンに対し――ニトロコンボイは視線を落とし、つぶやいた。
「貴様のようなヤツが、どうしてフォースチップなどに頼って……」
「え………………?」
ニトロコンボイの言葉に、エクシリオンは思わず疑問の声を上げた。
(フォースチップに、頼って……?)
「――っと、今はそれどころじゃ!」
だが、今はレースの方が優先だ。問いかけたい気持ちをこらえ、そそくさとトランスフォームするとエクシリオンはレースに復帰。走り去っていく。
「サイバトロン魂、か……」
その後ろ姿を見送りながら、ニトロコンボイはエクシリオンの言葉を反芻し――
「何しとるんじゃ?」
そんな彼に声をかけたのはオートランダーだった。
確か彼はインチアップのすぐ後ろについていたはず――自分を心配して待っていたのだろうか?
「お主もここで、リタイアか?」
「フン、まさか」
だが、そんなことはおくびにも出さずに告げるオートランダーの言葉に、ニトロコンボイは元の不敵な笑みでそう答えた。
このスタントロンの攻撃によって、トンネル火災というトラブルも起きたが――レースの最終結果は以下のようになった。
1位: | アトラス&シャマル組 |
2位: | インチアップ |
3位: | ブラー&美緒組 |
4位: | ジンライ&ヴィータ組 |
5位: | エクシリオン |
ニトロコンボイは無念のランク圏外。ファストエイド、ガードシェル、スキッズの3名はトンネル火災の消火活動に参加したためリタイアとなった。
「あぁ〜あ。
エクシリオン、勝てたレースだったのにね」
「ファストエイド様達だって、火事さえなければ完走できたはずなんですけど……」
「全部悪いのはあのスタントロンとかいう連中ですね」
レースの興奮も冷めやらぬ、といった風に告げるアリサに、傍らで琥珀と秋葉が同意する。
と――
「けど……どうしてだろ……?」
「舞さん……?」
突然首をかしげた舞に、すずかは首をかしげて尋ねる。
「あのスタントロンって連中、ライバル潰し専門のレーサー集団なんだよね?」
「ファストエイド達がガスケット達から聞いた話だと、そうらしいけど……
それがどうかしたのか?」
耕介が聞き返すと、舞は告げた。
「なのに、アイツら、今回ほとんど別行動だったじゃない?
みんなと一緒にいれば、テクニカルコースでジンライが足止めしてた子達を、まとめて一網打尽にすることだってできたはずなのに……」
「そういえば……そうですね」
言われてみればそうだ――舞の提示した疑問に那美が首をかしげると、
「ふるい――だろうね」
そう告げたのはリスティだった。
「正真正銘の三下連中は第1戦の冒頭で軒並みつぶれたからね……後の連中は、つぶそうと思ってかかっても、そう簡単にはつぶれてくれそうにない。
だから、今回は極力事態を静観して、脱落者が出るのを期待してた……」
「なのに合流してみれば誰も脱落してなくて、しびれを切らして攻撃をしかけた――ってことですか?」
尋ねるクロノにうなずき、リスティは告げた。
「だとすれば……第3戦、アイツら、きっと本気でこっちをつぶしに来るよ」
その推測はおそらく事実となるだろう――そう遠くない未来の死闘を予感し、なのは達は緊張した面持ちで彼女の言葉にうなずいた。
(初版:2006/05/07)