「諸君の活躍で、ひとつ目のプラネットフォースを確保することが出来た。礼を言う」
海鳴のサイバトロン基地に戻り、ギャラクシーコンボイは一同を見回してそう告げた。
「では、ニトロコンボイ、耕介。
プラネットフォースをセットしてくれ」
「あぁ」
「わかった」
ギャラクシーコンボイの言葉にうなずき、ニトロコンボイはプラネットフォースを手にすると耕介と共にチップスクェアの前へと進み出――
「なんか結婚式のケーキ入刀みたいだね」
「ならあたしとロディマスブラーがやるのだ!」
「って、美緒!?
ちょっと段階スッ飛ばしすぎじゃないか!?」
「あー、スンマセン。
そこ3人、少し黙っててもらえないでしょうか?」
つぶやく真雪やそれにノッてくる美緒や戸惑うロディマスブラーの言葉に、耕介は絶妙なタイミングでツッコミを入れていた。
気を取り直し、ニトロコンボイと耕介は改めてチップスクェアの前へと進み出た。
そして、ニトロコンボイはチップスクェアへとスピーディアのプラネットフォースを差し込み――チップスクェアが光を放った。
「む――――――?」
アニマトロスで、マスターメガトロンはそれを感じ取った。
「ん――――――?」
宇宙で、スタースクリームは無限に広がっていく光の波を目撃した。
「これは…………!?」
マキシマスで、フォートレスはその“力”を観測していた。
「ほぉ……」
スピーディアで、オーバーライドはその“力”の正体に思い至っていた。
そして、異変は宇宙に広がっていっただけではなかった。
「どうした!?」
「チップスクェアに、何かが反応してる!」
「きっと、そこに何かあるんです!」
それを観測し、尋ねるギャラクシーコンボイに、観測されたデータを見ながらユーノとバックパックが答える。
「一体、何があるの……!?」
つぶやき、なのははモニターに表示されたその場所を見つめた。
北極である。
第26話
「それは運命の出会いなの?」
《では、あの波動はプラネットフォースの発動と関係があると思っていいのか?》
《おそらく》
八神家の庭先――思念通話で尋ねるシグナムに、フォートレスはそう答えた。
《タイミングから考えて、サイバトロンがチップスクェアにプラネットフォースをセットしたのだろう。
その結果、北極にある“何か”が反応した……》
《何かって何だよ?》
《そこまではわからん》
風呂上がりの牛乳を飲みながら尋ねるヴィータに、フォートレスはあっさりと答える。
《どうする?
グレートレースも終わったことだし、ジンライとアトラスに調査を任せるか?》
尋ねるスターセイバーの言葉に、シグナムはしばし考え――決めた。
《いや、我々も調査に参加しよう》
《シグナムもか?》
《どうせVスターの修理が終わるまではスターセイバーも全力を出せん――つまりアニマトロスにも戻れないからな、ちょうどいい》
ジンライに答えると、シグナムは家の中に戻り、はやてに声をかけた。
「主はやて、今夜もあまり夜更かしされませぬよう」
「わかっとるって。
シグナムはもう寝るんか?」
「いえ……部屋で少々調べごとを」
はやてに答えると、シグナムは一礼して自室へと戻り――1冊の雑誌を手に取った。
翌朝、ヴォルケンリッターの面々は一度マキシマスへと集合。観測データの分析を引き受けたフォートレスを残し、転送魔法で異変の中心地――アラスカを訪れていた。
だが――
「自然を、なめていたな……!」
それがシグナムの正直な感想だった。
何の話か――? 答えは簡単。
寒いのだ。
「まさか、騎士服越しでもここまで寒いなんて……」
「素直に防寒着を買った方が楽みたいね……」
同様に寒さに震え、つぶやくヴィータにシャマルが同意し――
「私にも」
「ザフィーラもダメか……」
ビーストフォームの毛皮でもこの寒さは辛いらしい――震えるザフィーラの言葉にヴィータはため息をついてつぶやいた。
ともかく、シグナム達は防寒着を購入すべく近くの街へとやってきた。
騎士服のままというのは気が引けるが、現状の装備でもっとも寒さをしのげる格好だ。周囲の視線に耐えつつホームセンターを探して駆け込む。
ザフィーラも人間形態となって同行している――彼にも防寒着を買ってやらなければならないからだ。
「と言っても、さて、どれを買うべきか……」
「財布の中身を考えると、あまり高いものは買えませんし……」
「だからって、安物買って役に立たなくても意味ねぇしな」
防寒装備のコーナーで、商品を吟味しながらシグナム達が話していると、
「もう、なんで抜け出す時に防寒着持ってこなかったのよ?」
「だって、防寒着置き場にスタッフがいたんだもの……」
そんなことを話しながら、二人の女性が店内へと入ってきた。
どうやら彼女達も防寒着を買いに来たらしい――会話を聞きつけ、顔を上げたヴィータだったが、その顔を見て眉をひそめた。
クイクイとシャマルの騎士服のすそを引っ張り、声をかける。
「なぁなぁ、シャマル」
「何? ヴィータちゃん」
聞き返して顔を上げ――シャマルもまた、二人を見て眉をひそめた。
知り合いではない。
だが――知っている顔だった。
「あの二人って……
ねぇ、シグナム――」
言って振り向くシャマルだが、さっきまでいたその場にシグナムの姿はなく――
「あ、あの……」
そのシグナムは、すでに二人に声をかけていた。
「もしや、歌手のアイリーン・ノアと……フィアッセ・クリステラでは……?」
「あ、はい」
「そうですけど?」
(その後に起こりうる事態も含めて)慣れているのかあっさりと二人はそう答え――それを聞いたとたん、シグナムの表情が輝いた。
「やはりそうですか!
あ、あの、握手してください! それから、サインもお願いできますか!?」
シグナムは、二人のファンだった。
「すみません、防寒着まで買っていただいて……」
いつものクールさはどこへやら、色紙を抱きしめ、満面の笑みでどこかの世界に旅立っているシグナムに代わり、シャマルがフィアッセに謝辞を述べる。
彼女達は一通り防寒着の購入を済ませ、近くのカフェで休憩を取っていた。
だが、その言葉に対するフィアッセの答えはあっさりとしていた。笑顔でシャマル達に告げる。
「お礼なんかいいよ。私が助けてあげたかったから助けてあげただけなんだから。
だから、防寒着のお金も返さなくてもいいし」
「けど、そういうワケにも……」
さすがに防寒着代くらいは――そう告げようとするシャマルだったが、フィアッセはそれを手で制し、
「なら、こうしましょう。
今回の私達みたいに、困っている人達を見かけたら、そのときにその人達を助けてくれればいい――それでどう?」
「は、はぁ……」
少なくともこの場での説得はできそうにない――後で彼女達のカバンの中にでもお金を転送させておけばいいか、と納得することにして、シャマルはフィアッセの言葉にうなずいた。
と、今度はヴィータがフィアッセに尋ねた。
「けどさ、有名人の二人がどうしてこんなところに?」
「あー、それね」
ヴィータの問いに、アイリーンは苦笑して答えた。
「アラスカへは、フィアッセのプロモの撮影で来てたんだけどね……そしたら、いきなり近くで原因不明の異変が起きたっていうじゃない。
だから……こっそり抜け出してきちゃった♪」
「スタッフの人達、今頃大あわてですよ……」
思わずうめくシャマルだが、それにはフィアッセが答えた。
「大丈夫だよ。
いつものことだから、多分イリアやエリスがみんなをまとめてくれてるはずだから」
いつものことなんだ――とシグナムを除く3人が同時に胸中でつぶやく。むろん口には出さないが。
「それで……あなた達こそ、こんなところで何を?」
「あぁ、あたしらもその北極の異変のことで……」
「ヴィータちゃん!」
シャマルにたしなめられ、ヴィータはあわてて口をつぐむが――もう遅い。フィアッセはその言葉をしっかりと聞き取っていた。
「なんだ、みんなもあの異変を見に?
じゃあ、“ちょうどいいかな?”」
『………………?』
突然のフィアッセの言葉に、シャマルとヴィータは思わず顔を見合わせ――
「おい、いい加減戻ってこい、シグナム」
ザフィーラがその肩を揺するが、シグナムは相変わらずあっちの世界に旅立っていた。
「……で、何でそんなことになっているんだ?」
《あたしらが聞きたい》
尋ねるジンライに、ヴィータは念話でそう答えた。
あの後、目的が同じ北極圏の異変がらみだと知ったフィアッセは、「旅は道連れ」とばかりに同行を申し出たのだ。
当然シャマル達はしぶったものの、断るにも事情を説明できない――結局、そのままズルズルと彼女達の車に連れ込まれるハメになっていた。
ちなみにジンライとアトラスはやや後方、スターセイバーも上空から彼女達を追尾している。
「まぁ、ただ見に行くだけなら問題はないだろう。
とりあえず、ボロが出ないように細心の注意を払うんだぞ」
《わかってるよ》
ジンライの言葉にそう答えると、ヴィータは思念通話の回線を遮断した。
「軽挙なり」
「まぁ、今回はただの調査が目的だ。
彼女達の相手はシグナム達に任せて、我々が調査すれば問題はないだろう」
思わずため息をつくアトラスに、スターセイバーはなだめるかのようにそう告げ――
「シグナムはあてにならんだろ、今回」
「………………」
ジンライの言葉に、スターセイバーは思わず沈黙した。
『地球空洞説?』
車を運転するフィアッセからその名を聞かされ、シャマル達は声をそろえて聞き返した。
ちなみにシグナムを“連れ戻す”のはとりあえずあきらめた。
「そう。
ここに来る前にちょっとアイリーンがネットで調べてくれたんだけど……そこで引っかかったのがそれ。
19世紀くらいに提唱された学説で、地球の内部は空洞で、そこには太陽も、生き物もいた、っていうの。
『根拠がないから』って、否定はされてるけど、その存在を思わせるような冒険話もいろいろあって、否定しきれないでいる――っていうのがネットに書かれてた内容なの」
「それが……今回の異変と関係あるっていうんですか?」
「まぁ、素人考えだけどね」
シャマルに答え、フィアッセは笑って方をすくめてみせる。
と、そんな彼女の後を受け継ぐ形でアイリーンが彼女達に語る。
「もちろん、地球は空洞じゃない。だからその学説は真実じゃない。
けど――“一部が真実だとしたら”、その限りじゃないんじゃないかな?
空洞じゃなくても北極圏の地下に何かがあって、それに何かが起きた――そのせいでこの異変が起きた。そう結びつけることは可能だと思うの」
そこで一旦息をつき――アイリーンは、まるで内緒話でもするかのようにして続けた。
「で……ここだけの話、あたし達はそれが、人為的なものだと思うの。
だって、自然的な変化だとしたら、今までにも観測例があってもおかしくないでしょう?
地球がどんどん温暖化してるって言っても、いきなりこんな変化があるなんて思えない――きっと誰かが意図的にやったか、何かしたせいでその影響を受けたか……そんなところなんじゃないか、って。
もちろん、今の地球の科学力じゃムリだけど……もっと高度な文明を持った、宇宙人みたいな人達がやっているんだと仮定したら……可能性はあるし」
その言葉に、シャマル達は思わず顔を見合わせた。
彼女達の推理はほぼドンピシャだ。サイバトロンのプラネットフォース発動の影響でこの異変が起きているのだから――なんという推理力だろうか。
「……ず、ずいぶんと、突飛な話ですね……」
動揺を隠し、告げるシャマルだが、そんな彼女にアイリーンは笑って答えた。
「私やフィアッセも、たいがい突飛な人生送ってるからね♪」
「突飛、って……」
アイリーンのその言葉にうめき――ヴィータは思わずため息をつく。
一体どんな『突飛な人生』を送ったら、そんな発想が出来るようになるのか――
「……はやてみたいに、トランスフォーマーと出会えていれば、別なんだろうけどな……」
ポツリとつぶやき――ヴィータは思い返した。
件の少女が――自分の主である、はやてが自分達と出会ったばかりの頃のことを――
それは、半年以上も前にさかのぼる――
はやてが誕生日を迎えたあの日、“闇の書”は起動した。
そして――シグナム達は、はやての目の前にその姿を現したのだ。
「“闇の書”の起動、及びマキシマスの再起動、確認しました」
「我ら、“闇の書”の蒐集を行い、主を守る、守護騎士にてございます」
突然のことに動揺を隠せないはやてに対し、シグナムとシャマルはひざまずいたままそう告げた。
今度の主はずいぶんと幼いようだ――だが、“闇の書”に選ばれた以上、相応の資質を秘めていると思っていい。
「夜天の主に集いし雲――」
「“ヴォルケンリッター”。
何なりと、ご命令を」
ザフィーラとヴィータが告げるが、はやてからの反応はない。
(――――――?)
そのまま待つこと数秒――不思議に思ったヴィータは失礼だとは思いつつも顔を上げ――気づいた。
「なぁ…………」
ヴィータの上げた声に、シグナム達もまた顔を上げる。
そして、彼女達の見た今度の主の最初の表情は――
「きゅぅ〜〜〜〜〜〜……」
目を回していた。その後、シグナム達はすぐさまはやてを病院に運び込んだ。
彼女の主治医に不振がられたものの、意識を取り戻したはやての機転でなんとかごまかしてもらい、無事解放される運びとなった。「そっか……
この子が“闇の書”ってもんなんやね」
「はい。
そして、我らの同胞たる機械生命体トランスフォーマー達もまた、時空間のマキシマスで再起動を果たしています――そちらには、またいずれお連れいたします」
説明を受け、“闇の書”本体を手にして納得するはやてに、シグナムはひざまずいたままうなずいた。
「物心ついた頃にはもう棚にあったんよ。
きれいな本やから、大事にはしとったんやけど……」
そう言うと、はやては机の小物入れをあさり、何かを取り出すとシグナム達の元へと戻ってきた。
会話の流れからして命令を下すふうでもなく――何だろうかと訝るシグナム達に向けて告げられたはやての言葉は、さらに彼女達を困惑させることとなった。
「まぁ、それはともかく。
“闇の書”の主としては――騎士のみんなの衣食住、きっちり面倒みたらんとな」
「………………は?」
「衣………………?」
「食………………?」
「住………………?」
その言葉に――頭を垂れることも忘れ、思わず顔を見合わせたシグナム達にかまわず、はやては手にしたメジャーを伸ばし、告げた。
「ほな、みんなの服買うてくるから、サイズ測らせてな♪」だが――彼女達の困惑はそれで終わりではなかった。
その後のシグナム達に対する接し方も、はやてのそれは今までの主とは一線を画していた。
今までの主のように高圧的でもなければ、道具として見る事もなく――まるで家族のように彼女達に接していた。
そしてそれは――数日の後に対面することになるスターセイバー達に対しても、変わることはなかった。だが――真にシグナム達を困惑させたのは、はやての態度そのものではなかった。
そのことに対し――居心地のよいものを感じる、自分達自身の感情だった。
「えっと……お世話になります……」
自分に向けられる視線を臆することなく真っ向から受け止め、はやては一礼してそう告げた。
彼女の後ろにはここまで車椅子を押してきてくれた志貴。そして目の前には――秋葉達遠野家の面々の姿があった。
真実こそ告げていないが、今回の調査が長丁場になりそうであることから、シグナム達は外泊するとはやてに告げていた――そのことを図書館ではやてから聞かされた志貴はそんな彼女を見かねて遠野家へと招いたのだ。
正直なところ、志貴としては秋葉の反応が若干恐ろしくもあったのだが――
「……あなたのことは兄さんから聞いてます。
今日はゆっくりしていってくださいね」
どうやら杞憂で終わったようだ――はやてに対して優しげに告げる秋葉の言葉に、志貴は思わず胸をなで下ろす。
と、そんな彼にシオンが声をかけた。
「少しは感謝してください。
私が秋葉に話を通していなかったら、きっと一悶着ありましたよ」
「やっぱりシオンが秋葉をなだめてくれたのか……
ありがとう、助かったよ」
素直に謝辞を伝え、志貴は琥珀達にもてなされるはやてへと声をかけた。
「歓迎してもらえたみたいで、よかったね」
「は、はい……
けどすみません。ここまでしてもらって……」
「遠慮は無用ですよ、はやてちゃん」
志貴に答えるはやてだが、そんな彼女に答えるのは琥珀である。
「ご家族の方達が留守の時は、いつでも来てくださいね。
私達も楽しみにしてますし、秋葉様、あれでけっこう寂しがりやさんですから♪」
「こ、琥珀! 誰が寂しがりやなの!」
琥珀の言葉に、秋葉は思わず顔を赤くして声を上げた。
「ん〜〜〜〜っ、いい湯だ……」
日も沈み、今日のところは宿をとって一泊することにした――温泉につかり、ようやく“帰ってきた”シグナムは大きく伸びをした。
「けど、よく知ってたね、こんなところ……」
「シグナムが事前に調べてたんだよ」
「お風呂好きですから、シグナムは……」
まさか北極圏で温泉に入れるとは――思わずつぶやくアイリーンに、ヴィータとシャマルがそう答える。
できればはやても連れてきたかったのだが――今回のことはプラネットフォースがらみだ。はやてに事情を説明するワケにはいかないし、ムリに隠したまま連れてきてはどんなことから自分達の行動が知られてしまうかわからない。
そのことを思い出し、思わずため息をつくシグナム――そんな彼女に気づき、フィアッセが尋ねた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ……なんでもありません」
そう答えると、シグナムは務めて平静を装って湯に身を沈める。
はやてをひとりにしてしまったことはやはり罪悪感を感じるが――
(すべては、主はやてのために……)
しかし、だからといって今していることをやめるワケにはいかなかった。
もしやめてしまったら、その時ははやてが――
思考の渦に沈みかけ――シグナムはかつてのはやてとのやりとりを思い返した。
「ぅわぁ♪
きれーやなぁ♪」
元々がトランスフォーマーの技術で作られたそれに手を加えた、いわゆる“改造戦艦”であるマキシマスは、長距離転送などは不得手であるものの、本来の持ち味である自身の長距離航行にはかなりの磨きがかかっている。
その日、彼らはその持ち味を最大限に発揮し――自然の豊かな次元世界へとキャンプに出かけていた。
自然に影響を与えないために地上からは距離を取って滞空しているが、そこからの眺めはまさに絶景。はやても満足そうに満面の笑みを浮かべている。
だが――シグナムには気にかかることがあった。
あれほど喜んでいるはやてだが――彼女は足が不自由なのだ。景色を眺めるばかりで、それをその身に堪能するには不自由が多すぎる。
だから――この場を借りて、その疑問をぶつけることにした。
「主はやて……
本当によろしいのですか?」
「ん?
地上に降りへんこと? だったらえぇよ。マキシマスが着陸したら、下の花畑やら森やらがペシャンコになってまうし……」
「いえ……
“闇の書”のことです」
それだけで、はやてはシグナムが何を言いたいのか、その真意に気づいていた。改めてシグナムと正対する。
「主はやての命あらば、我々はすぐにでも“闇の書”の頁を蒐集し、あなたは大いなる力を得ることが出来ます」
「そうすれば、その足もきっと、治すことが出来るはずです」
シグナムの背後でスターセイバーも同意するが――はやてはゆっくりと、そしてハッキリと首を左右に振った。
「あかんよ。
“闇の書”の頁を蒐集するには、いろんな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ?
そんなのはあかんよ」
「し、しかし……」
「自分の身勝手で、人に迷惑をかけるんはよくない」
食い下がろうとするスターセイバーに、はやてはキッパリと言い切った。
「わたしは、今のままでも十分に幸せや。
父さん、母さんはもうお星様やけど、遺産の管理とかはおじさんがちゃんとしてくれてるし……」
「お父上のご友人、でしたか……」
かつてはやて本人から聞かされた話を思い返し、つぶやくシグナムにはやてはうなずく。
そして、シグナム達へと向けたその表情には、先程までの満面の笑みが戻っていた。
「それに、今はみんながおるもんな」
「はやて殿……」
思わずつぶやくスターセイバーに――そしてシグナムに、はやては告げた。
「スターセイバーも、それにシグナムも……
二人はみんなのリーダーやから、約束してな。
現マスター、八神はやては、“闇の書”には何も望みない……わたしがマスターでいる間は、“闇の書”のことは忘れてて。
みんなのお仕事は、うちでみんな仲良く暮らすこと――それだけや」
「……わかりました。
誓いましょう。騎士の剣にかけて」
そんなはやてに答え――シグナムはふと、スターセイバーが眉をひそめているのに気づいた。
「どうした? スターセイバー。
主はやてとの誓いに、何か問題が?」
「……問題、と言うべきなのか……
極めて些細な問題が、ひとつ……」
シグナムの言葉に、スターセイバーはそう前置きし、その“問題点”を告げた。
「『うちで』という前提条件をつけられると、主の家に入れない我々は……」
その言葉に、シグナムとはやては思わず顔を見合わせ――誰からともなく、笑いがこぼれた。
思えば、もっと早く――彼女の足に話題が及んだこの時にでも気づくべきだったのだ。
はやての足が不自由な、“本当の理由”に――
翌朝――出発した一行は、目的地を視界に捉えたところで一度停車。様子をうかがっていた。
「あそこが……異変の現場ですか?」
「正確には、異変が起きたエリアの中で一番怪しい場所、かな?」
尋ねるシグナムに答え、フィアッセは懐からプリントアウトした紙面を取り出した。
「えっと……“地球のへそ”って言われてる、すり鉢みたいな形のくぼ地なの。
一説には人工的に作られたんじゃないか、って説もあるみたいで……」
「なるほど……
あなた達の宇宙人説を基準にするなら、確かに怪しい場所ですね……」
フィアッセの言葉にシャマルがうなずくと、その後ろでヴィータは思念通話で呼びかけた。
《ジンライ、今どこだ?》
《一足先にもう調査を始めてる。
お前らのいるところから東に、そうだな……5、6kmといったところか》
《そっか……
“地球のへそ”とかいうのはあたしらで調べてみるから、お前らはそのまま他所を頼むな》
《わかった》
ジンライの言葉にうなずき、ヴィータは思念通話の回線を切り――
「………………ん?」
ふと空気が変わったのを感じた、その時――飛来した閃光が彼女達の乗ってきた車を爆砕した。
「やはりいたか……」
これで移動のための足は封じた――胸部の機銃を収納し、スタースクリームはうなずきながらつぶやいた。
プラネットフォース発動による異変を感知したのはデストロンも同様である。そこで、スタースクリームはデモリッシャーとパズソー、ラナバウトを引き連れ、調査に赴いていたのだ。
「……何を撃ったんだ?」
「ゴッドジンライ達とつるんでる人間達だ。
ヤツらは近くにはいないようだが……何か知っている可能性はある」
デモリッシャーにそう答えると、スタースクリームはトランスフォームし、飛び立った。
「………………あれ?」
いきなりの攻撃――防御は間に合わなかったはずだ。
だが、自分は傷ひとつ負ってはいない。
不思議に思い、シャマルは顔を上げ――自分達が光り輝くエネルギーの壁に包まれているのに気づいた。
「これは……?」
その正体をはかりかね、シャマルがつぶやくと、
「ふぅ……大丈夫?」
そんな彼女に声をかけたフィアッセの背中には――真っ白な翼が生まれていた。
一見すると実体に見えるが、よく見ると魔力とは違う、何らかのエネルギーが翼の形を作っていることがわかる。
そして――その正体に、シャマルは心当たりがあった。
「HGSの……リアーフィン……!?」
以前、はやてに付き添って行った海鳴中央病院でその話題を聞いたことがある――遺伝子の突然変異によって、特殊な能力を“得てしまう”遺伝子疾患のことである。
たいていの場合その特殊能力の反動で幼いうちに死亡してしまうため、近年まで確認されていなかった病気である。
そしてその患者に共通して見られるのが、今フィアッセの背中に現れている――能力の発現の際に背中に展開されるエネルギーの翼“リアーフィン”である。
「フィアッセさんが、HGS……!?」
「そんな大した力じゃないけどね」
思わずつぶやくシグナムに、フィアッセは肩をすくめてそう答える。
そう――大した力ではない。つい最近まで、自分はその力に逆に振り回されていたのだから――かつての自分を思い出し、思わず苦笑する。
「それより、今のは……?」
だが、今は思い出に浸っている場合ではない。爆発の原因を探そうとフィアッセが周囲を見回すと、
『トランスフォーム!』
咆哮し、ロボットモードとなったスタースクリームとパズソーが着地。少し遅れてデモリッシャーやラナバウトも現れる。
「スタースクリーム!」
「知り合い?」
「かなり悪い形の、な」
思わず声を上げたヴィータに尋ねるアイリーンに、ザフィーラもまた警戒をあらわにしてそう答える。
だが――そんな彼らにかまわず、スタースクリームはさっさと用件を切り出した。
「お前達。知っている情報を渡せ。
どうせ貴様らも重要なところまではたどりついていないだろうが――こっちの知らないことにも気づいている可能性もあるからな」
「断ったら?」
「聞くまでもなかろう」
尋ねるシグナムにスタースクリームが答えると、
「待って!」
そんなスタースクリームに対して声を上げたのはフィアッセだった。
「何だ?
素直に情報を――」
提供してくれるのか――そう言いかけたスタースクリームだが、フィアッセのその視線を前にして口をつぐんだ。
自分に向けられるその視線に敵意は感じられない――だが、こちらの要求など意にも介さない強さがそこにはあった。
「それが人に物を頼む態度なの!?
情報が欲しいなら、まずはそれなりの誠意を相手に見せるのが筋でしょう!?
言葉が通じるならなおさら――」
「うるさいぞ、女!」
つまらない御託に付き合うつもりなどない。スタースクリームはフィアッセを一喝するが、
「うるさくて結構!」
ひるむどころか、フィアッセは逆にスタースクリームを一喝し返す。
そんなフィアッセの態度に、スタースクリームは思わずたじろぎ――意外な展開に目を白黒させていたラナバウトはフィアッセやそのとなりのアイリーンの顔に見覚えがあるのに気づいた。
「ち、ちょっと、スタースクリーム……」
「どうした? ラナバウト」
「あの二人、CSSのフィアッセ・クリステラとアイリーン・ノアっスよ」
「何………………?」
聞き覚えのあるその名に、スタースクリームは改めてフィアッセへと視線を向けた。
その脳裏に、かつて耳にしたフィアッセの歌声がよみがえる。
(そうか……こいつが、あの……)
「……その大した度胸は大物歌手としての貫禄か。
だが、そんなことは関係ない。たかが歌手が、このオレに説教ができると思っているのか?」
「思ってる!」
力の行使をちらつかせるスタースクリームの態度にも、フィアッセは一歩も退かない。むしろその毅然とした態度にスタースクリームの方が後ずさる始末だ。
「こ、こいつ……!」
そんなフィアッセの態度に、さすがのスタースクリームの頭にも血が上った。思わず拳を握りしめ――
(………………ん?)
ふと気づいた。頭に上っていた血が一気に下がる。
(何だ……?)
少なくとも彼女に見覚えはない。過去の記憶データの中にも、彼女に通じる容姿はない。
だが――
(何だ、この違和感は……?
――いや、違う……
違和感ではない――既視感か……!?)
どういうことかサッパリわからない――だが、この戸惑いは自分にとってとてつもなく重要な気がする、そんな感じ――
「貴様……何者だ……!?」
「………………?」
思わず尋ねるスタースクリームだが、フィアッセにしてみれば何のことかはわからない。怪訝な顔でこちらを見返してくる。
どうやら彼女の方も心当たりはないらしい。ますますワケがわからない。
ならば――
「……まぁいい。
それならばそれで――捕らえて確かめればいいだけの話か」
取るべき行動は決まった。スタースクリームはフィアッセへと一歩を踏み出し――
「させん!」
その手を伸ばすよりも早くシグナムが動いた。防寒着を脱ぎ捨てると素早く間合いを詰め、レヴァンティンによる斬撃でスタースクリームを後退させる。
「フィアッセさんには――指1本触れさせん!」
「ほぉ、大した自信だな」
シグナムの言葉に、スタースクリームは答えてかまえを取り――
「――――――っ!?」
直前で気づいて跳躍。彼のいた地点を飛来したビームが直撃する。
「ジンライ達か!?」
助けが来たのか――思わず声を上げるヴィータだが、
「トランスフォーム!」
咆哮し、ロボットモードとなって着地したのは意外な相手だった。
「お、お前……!?
前にギャラクシーコンボイ達をブッつぶそうとした時に邪魔したヤツ!」
「そういえば、あの時は名乗らずじまいでござったな」
ヴィータの言葉に、シックスショットはそうつぶやいてスタースクリームへと向き直った。
「久しぶりでござるな、スタースクリーム」
「貴様……!
そいつらの仲間だったのか……」
「仲間ではござらんよ」
スタースクリームの言葉に、シックスショットはあっさりとそう答え、
「ただ――今この時、“守らなければならない者”が一致しているだけでござるよ。
フォースチップ、イグニッション!」
言うなり、黄色のフォースチップをイグニッションし、シックスブレイドをかまえる。
だが――スタースクリームは気づいた。
(以前に比べてチップのパワーがない……?
ということは……パートナーなしでのイグニッションか)
「貴様……パートナーなしでオレと戦うつもりか」
「あいにく、師匠にも日常の都合のいうものがござってな!」
答えると同時に跳躍し――シックスショットはスタースクリームに向けてブレードを振るう。
が、スタースクリームもそれをかわし、上空からパズソーが、そして地上からラナバウトやデモリッシャーも攻撃を開始する。
その戦いを前に、シグナムはシックスショットの先ほどの言葉を思い返していた。
(……『“守らなければならない者”が一致している』……?)
視線だけを背後へ――そこにいるフィアッセやアイリーンに向ける。
(まさか……ヤツもフィアッセさん達を守ろうと……?)
「はぁっ!」
気合と共に刃を一閃。シックスショットはすれ違いざまにパズソーの背中のローターを斬り捨てる。
「でぇぇぇぇぇっ!?」
「わぁぁぁぁぁっ! こっち来るなぁっ!」
墜落したパズソーがデモリッシャーに激突するのを尻目に、シックスショットは続けてスタースクリームに斬りつけるが、スタースクリームもバーテックスブレードでそれを受け止める。
「パワーが出せなければ技術でカバーか……!」
「これでも、忍でござるからな……!」
スタースクリームの言葉にシックスショットが答え、両者は再び間合いを取る。
が――それこそがスタースクリームの狙っていたタイミングだった。素早く指示を下す。
「今だ、ラナバウト!」
「アイアイサー!」
その言葉を待っていた――ラナバウトは大きく振りかぶり、
「ピッチャー振りかぶって第1球――投げたぁっ!」
シックスショット“の頭上”に向けて何かのカプセルを投げつける。
カプセルはシックスショットの頭上で破裂。中に満たされていた液体がシックスショットに降り注ぐが――
「こ、これは……
………………水!?」
それは何の変哲もないただの水だった。意図が読めず、困惑するシックスショットだが――
「そうだ。ただの水だ」
そんなシックスショットに、スタースクリームは悠然と告げる。
「だが……これでお前は、もう終わりだ」
「バカな……
たかが水で、一体何ができるというでござるか!」
言い返すシックスショットだが――気づいた。
身体が動かない。
そこに至り――気づく。
(――――――凍結!?)
そう。ラナバウトのウォーターカプセルによってかけられた水は関節部にまで流れ込み、北極圏の寒さで凍結。シックスショットの動きを封じてしまったのだ。
「それではもはや素早く動けまい」
「ロクに寒冷地の装備をしてこなかった、お前のミスだな!」
スタースクリームとラナバウトが告げ、さらにデモリッシャーやパズソーまで立ち上がるのを見て、シックスショットは己のうかつさを呪っていた。
「ち、ちょっとマズくない? あの子!」
危機に陥ったシックスショットの姿を見てアイリーンが声を上げるのを聞き、ヴィータは思わずシグナムへと振り向く。
その視線を受け、シグナムはしばし考え、
「……お前のジャマをしたことから考えても、ヤツがこちらに味方することはあるまい。
だが――ヤツには先ほど我々の危機を救ってくれた恩がある。
恩を返さず見捨てては、騎士の名がすたるというものだ」
「そうこなくっちゃ!」
シグナムの言葉に、ヴィータは待ってましたとばかりにグラーフアイゼンをかまえ――
「待って!」
そんな二人を止めたのはシャマルだった。
頭上を見上げ、告げる。
「何か――来る!」
「ぅわぁっ!」
デモリッシャーに殴られ、シックスショットが大地に叩きつけられる。
「さぁ、これで終わりだ!」
そんなシックスショットにとどめを刺すべく、ラナバウトが跳躍し――
「どわぁっ!?」
突然飛来したそれが脇を駆け抜け、巻き起こった衝撃波で吹き飛ばされる!
真紅に染め抜かれた超音速ジェット機である。
そしてその正体は――
「トランスフォーマー!?」
スタースクリームが驚愕の声を上げる――そう。そのジェット機からは、トランスフォーマーであることを示す識別信号が発せられていたのだ。
だが、スタースクリームが驚愕した理由はそこではない。
トランスフォーマーの発していた、識別信号の種類である。
(デストロン、だと……!?
バカな、我々以外に、地球にデストロンが!?)
だが、そんなスタースクリームの驚きにかまうことなく、トランスフォーマーが叫ぶ。
「ブロードキャスト、トランス、フォーム!」
咆哮し、トランスフォーマーはジェット機からロボットモードへとトランスフォーム。太陽を背にした形で高台に降り立ち――
「せっかくヤフオクに興じていたのに、あと少しで落札というところで余計なマネして呼び出してくれる――
人、それをお邪魔虫と呼ぶ!」
『………………はい?』
ものすごく覚えがあるパターンの、ただし本家と違いカッコよさなど微塵も感じられない口上――シリアスな空気を粉みじんに粉砕してくれたその言葉に、一同の目がテンになった。
「貴様……何者だ!?」
「貴様らに名乗る名などないっ!」
「いや、今さっき思いっきり名乗ってたし……」
元ネタを知らないのか、はたまた合わせてくれているのか――定番のリアクションに出るスタースクリームにも、ブロードキャストは先ほどの口上と連動した答えを返す。ただしオークションを逃したのがよほど悔しいのか涙声で、パズソーのツッコミも完全に黙殺される。
「……また濃いのが出てきたなぁ……」
思わずうめくヴィータだが、そんな彼女達にかまわずデモリッシャーがブロードキャストへと声を張り上げる。
「どこのどいつか知らないが、ジャマしようっていうなら容赦しねぇぞ!」
「そいつぁこっちのセリフだ!」
だが、ブロードキャストも引き下がらない。負けじと言い返してくる。
「お前らが余計なことをしでかしてくれたおかげで、せっかく落札しかかってたCSSのコンサートDVDがパーだ!
去年のチャリティーコンサートの秘蔵映像は今んトコあのディスクでしか見れないんだぞ! どーしてくれる!?」
「知ったことかよ、そんなの!」
ブロードキャストに言い返すのはラナバウトである。
ただし――
「こっちだって狙ってたのに、今朝から呼び出しくらったおかげであきらめてるんだ!」
「何!? こんなところにもライバルが!?」
真顔で言い返すラナバウトと本気で驚愕するブロードキャスト、両者の会話に一同は思わず脱力し――
「何を言うか!
私などは昨日の時点であきらめた!」
「シグナム、あなたも参加しないで!」
二人に向けて乱入するシグナムに、となりのシャマルが声を上げる。
「期間限定販売だったからもう店では手に入らない――せっかくのチャンスだったのに!」
「そんなのこっちも同じだ!」
「あきらめるな! きっとまた誰か出品してくれるさ!」
「お前ら何の話してんの!」
完全に本来の話の流れから脱線し、口々に告げるシグナム、ブロードキャスト、ラナバウトの会話に、このままでは話が続かないと判断したパズソーがツッコミを入れる。
「とにかく! この恨み晴らさずおくものか!
ギッタギタにしてやるから覚悟しろ!」
「それはこっちのセリフだ!」
ともあれ、パズソーのおかげで完全にとはいかずとも軌道修正には成功したようだ。ブロードキャストの言葉にラナバウトが言い返し、両者は臨戦態勢へと突入する。一方、シグナムをなだめるのに手一杯なシャマル達は完全に置いてきぼりだ。
「いくぞ!」
先手を打ったのはラナバウト――地を蹴り、一気に間合いを詰めると渾身の拳を繰り出す。
元々接近戦を身上とし、バウトシューター以外に飛び道具を持たない彼にとって、ジェット機にトランスフォームできるブロードキャストは絶対的に相性の悪い相手だ。上空に逃げられればひとたまりもない。
それゆえに時間はかけられない。この一発、それだけで決める――その決意を込めた拳だ。
だが――
「やっぱ、そうくるよな!」
それをブロードキャストは読んでいた。だが――かわしもしない。
重心を落としてかまえ――真っ向からその拳を受け止める!
「何っ!?」
「人を、ただのヲタクと思うなよ!」
驚愕するラナバウトに言い返し、ブロードキャストはそのままラナバウトの手を取り、投げ飛ばす。
間髪入れず跳躍し、ラナバウトがパズソーに激突するのを尻目に今度はデモリッシャーに肉迫。あわてたデモリッシャーが振るうクレーンアームをかわし、そのアゴを掌底で打ち上げる。
「何――――――っ!?」
いくら何でも4対1。すぐに決着はつくと思っていたが、予想以上の力を見せるブロードキャストにスタースクリームは思わず驚愕の声を上げる。
だが、ブロードキャストは素早く上空に飛び立つと胸部装甲を展開。中から数枚の円盤を取り出す。
真ん中に穴の開けられた、円盤状の刃――“チャクラム”と呼ばれる投擲武器である。
そのまま迷うことなくブロードキャストはチャクラムを投げつけ――そのチャクラムが変形した。
ワシ、人、ライオン――まるで紙人形のような姿になったそれらの(元)チャクラムは一斉にスタースクリーム達に襲いかかる。
「な、何だ、コイツ!?」
「見たか!
オレの相棒、ディスクアニ――もとい、チャクラムビーストだ!」
周りを飛び交うチャクラムビーストを前に、思わず声を上げるデモリッシャーにブロードキャストが言い返す――どこかで聞いたような名前を告げかけたがとりあえず無視しておく。
「くそっ、何だよ、アイツ!
いろいろとギリギリのクセして、ムチャクチャ強い!?」
「貴様……一体何者だ!?」
思わず声を上げるラナバウトのとなりでスタースクリームが叫ぶが、
「とっくにご存知なんだろ?」
「………………?」
答えたブロードキャストの言葉に、それを聞きつけたヴィータはイヤな予感に襲われた。
が――そんな彼女に気づくはずもなく、ブロードキャストは彼女の予感通りの言葉を放つ。
「すさんだ心を持ちながら、ある人と出会ったことで目覚めた孤高の戦士――
超デストロン――」
「もういい! もうやめろ!」
「お前はそれ以上何もしゃべるな!」
またもやブロードキャストの発言が危険な方向に進もうとしているのに気づき、あわててパズソーとヴィータが制止する。
「そもそもそのネタやるにはデフォがおだやかじゃないとダメだろうが……」
「いや、逆だからこそのインパクトというものも……」
うめくヴィータにブロードキャストが答えると、
「………………チッ」
突然スタースクリームが舌打ちし、デモリッシャー達に向けて告げる。
「引き上げるぞ、お前達」
「えぇっ!?
あんなふざけたヤツに背を向けるんスか?」
「私だって向けたくはないっ!
だが――見ろ!」
ラナバウトに言い返すと、スタースクリームは上空へと視線を向け、そこに見える光点――こちらに向かってくるスターセイバーを指さした。
「ヤツらの仲間のサイバトロンどもに気づかれた。
この場は退くしかあるまい」
「そ、そりゃまぁ……」
「わかったら退くぞ!」
うめくデモリッシャーに答えると、スタースクリームはビークルモードにトランスフォームし、飛び去っていった。
「あぁっ、待て!」
逃がすものか――あわてて追撃しようとするヴィータだったが、
「やめとけ。もう追いつけねぇよ」
そんなヴィータをいさめ、ブロードキャストは大きく伸びをして、
「さて、もうオレもここにいる必要はないし、帰るわ」
「え? あ、おいっ!」
戸惑い、声を上げるヴィータだが、ブロードキャストはかまわずトランスフォーム。彼もまた飛び去っていってしまった。
「ったく、何だったんだよ、アイツ……」
うめくヴィータだったが――その一方でシグナムはフィアッセやアイリーンに視線を向けた。
気になるのは、スタースクリームと対峙した時の二人の態度――
(二人とも……初めてトランスフォーマーを見るにしては動揺がなかった……
スター故の貫禄か、もしくは……)
思考の渦に沈みかけたシグナムだが――ふと気づいた。
「そういえば、アイツは……?」
視線を向けるが――すでにシックスショットの姿はそこにはなかった。
「ひどい目にあったでござる……
久々の出番でござったのに、その結果がこれでござるか……?」
一同がブロードキャストに振り回されている間に、なんとか凍結状態からは脱出していた――人知れず離脱し、シックスショットはため息混じりにつぶやいた。
「やはり、師匠がいなければ拙者は未だ半人前でござるか……
……それにしても……」
だが、すぐに思考は“仕事”の方へと戻る。
(プラネットフォースの発動による異変と、この北極の様子……
どうやら、師匠のカンは大当たりだったようでござるな。
フィアッセ殿達がいたのは正直計算外でござったが……まぁ、無事で何よりでござる)
だが――気になるのはそれだけではない。
(しかし、先ほどの赤いトランスフォーマーは……)
ブロードキャストのことを思い出し、シックスショットは思わず眉をひそめた。
(サイバトロンにもデストロンにも属さず、しかしデストロンの識別信号を持つトランスフォーマー……
これは、調査の結果と合わせ、急ぎ師匠と兄者に報告する必要があるでござるな……)
そして――
「やれやれ、とりあえずアイツらが無事で万々歳、と……」
シグナム達の――正確にはフィアッセ達の――元から離脱したブロードキャストは、陽が沈んでもなおアラスカの空を飛行していた。
さっさとねぐらに帰ってもいいのだが――そういうワケにもいかない。
自分の“守らなければならない者達”がまだこの場に留まっている以上――
と、そんな彼の元に通信が入る。
〈ブロードキャスト!〉
「おー、我が麗しのパートナー。
今日は大変だったな」
〈『大変だったな』じゃないわよ。
短い付き合い、ってワケじゃないから、私はあなたのノリはだいたいわかってるけど、まさかあの場でもあのノリで通すとは思わなかったわよ!
おかげでこっちは恥ずかしいのなんのって!〉
「いいじゃんか。他の連中はオレのパートナーがお前だって知らないんだし」
〈バレた時のことも考えてよ!〉
あっけらかんと答えるブロードキャストに、パートナーは力いっぱい言い返す。
〈だいたい、ヤフオクって何よ、ヤフオクって!〉
「だってさぁ、あのコンサートのDVD、お前キープしといてくれなかったじゃんか」
〈そ、そりゃあ、あの時いろいろあったワケだし……〉
ブロードキャストの言葉に、パートナーはバツが悪そうに言葉をにごす。
〈と、とにかく! 戦闘の時は余計なことしないで、もっとマジメにやってよ!〉
「失礼な。
マジメにユーモアを差しはさんでるぞ!」
〈それが余計なことなの!
あまりバカやってると、今回のプロモが仕上がっても、一足先に見せてあげないわよ!〉
「あああああっ! それだけはご勘弁を!
神様仏様、アイリーン様!」
「わかればよろしい。
じゃ、私はもう戻るから」
『トランスフォーマーのことは他言しないでほしい』というシグナム達に同意。彼女らと別れ、自分達を探していたスタッフ達と合流し――フィアッセという尊い犠牲の元、イリアの説教から首尾よく逃げ出したアイリーンは携帯電話型の通信機に向けてそう告げる。
「あ、それと……」
と、ふと思い出したアイリーンは最後に付け加えた。
「やっぱり……“彼ら”にも伝えといた方がいいと思うよ、今回のこと」
〈必要ねぇよ。
オレはお前とフィアッセが守れればそれでいい――あの連中がお前らに固執しない限り、今回のことはこれで解決、だ。
それに、“アイツら”はオレと違ってサイバトロンだ。今回のことだって、ちゃんと確認してるだろうよ〉
「それでも。
あのデストロン達、どう見てもあなたのお仲間、って感じじゃなかったじゃない。
それに……シグナムさん達の仲間だっていうスターセイバー達や、あなたが来る前に現れたトランスフォーマーも……」
〈だったらお前がすればいいだろ。
アイツのパートナーと、まんざら知らない仲でもないんだし〉
「彼だってシェフ修行で忙しいんだから、そうそう連絡なんかとれないわよ。
だからブロードキャスト。あなたが伝えてね。以上」
〈あ、おい――〉
なおも何か言いたそうなブロードキャストだったが、アイリーンはかまわず通信を切った。すぐにブロードキャストから着信が入るが全力で無視する。
「まったく、肝心なところでマジメにやってくれるのはいいけど、どうでもいいところはとことんどうでもいいんだから……」
何度言ってもあの性格は直してくれないらしい――まぁ、そんなことは彼との付き合いの長いアイリーンにとってはお見通しなのだが。
しかし、そんな彼でも自分達――特にフィアッセ――を守りたいという想いは本物だ。
そして、自分はその想いの出所を知っている――
すべてはあの時――“あの人”に頼ることでしかフィアッセを守れなかった、あの日の出来事だ。
最終的にその判断は正しかった。そのおかげでフィアッセは守られた。
だが、そのせいで“あの人”は重傷を負い――結果フィアッセは泣いた。自らを責めた。
そして――それはブロードキャストの監視がもう少しだけ鋭ければ防げたはずだった。もう少しだけ早く“あの人”に連絡すれば、もっと安全にフィアッセを守れたはずだった。
もう少しだけ――ほんの少しだけ。そのわずかの差で、フィアッセは泣いた。
そんなことはないだろう、決してブロードキャストは悪くない――事情を聞けば誰もがそう言うだろう。
だが少なくとも、彼はそう思っている。そしてそのことを、誰よりも悔いている。
だからこそ――彼はフィアッセを全力で守ろうとする。フィアッセが大切に思ってくれている者達を、命を賭けて守ろうとする。
すべては、フィアッセに涙を流させないために――
軽薄な仮面の裏に隠された、悔恨の念に縛られた守護者――それがアイリーンから見た、ブロードキャストの素顔だった。
そして、そんな彼だからこそパートナーをやっていられるのも事実だ。アイリーンは思わず苦笑し――
「けど……」
すぐにその表情が曇った。誰に告げるでもなく、疑問が自然と口をついて出る。
「あのスタースクリームってトランスフォーマーがあそこにいたのは――」
その疑問の答えに、心当たりがあるからこそ――
「“あそこにあるもの”を、狙ってるのかもしれないね……」
(初版:2006/06/25)