スピーディアのプラネットフォース発動から数日。
 異変のあった北極圏の調査は、結局何も得られないまま終わった――なのはとギャラクシーコンボイ以下アニマトロス遠征メンバーは再びアニマトロスへと赴き、ニトロコンボイ達もまたアニマトロス行きに備え、グレートレースで酷使した身体のメンテナンスを行っていた。

 だが――
「まったくもう、ドレッドロックもガンコなんだから……」
 そんな彼らを待っていたのは、アリサによるいつ終わるとも知れない愚痴だった。
 とはいえ、その原因は何のことはない――いつものようにアリサがアニマトロス行きを希望し、ドレッドロックがそれを却下したのだ。
「『安全を保証できない』って、もう耳タコよ……
 なのはやフェイトはともかく、すずかまで抜け駆けしたっていうのに、なんでわたしだけ……」
「えっと……アリサちゃん、自分が抜け駆け第1号だって自覚はある?」
 アリサの愚痴に、以前彼女とバックパックがスペースブリッジを無断で渡ろうとして散々な目にあったことを思い出した耕介はため息まじりにツッコミを入れる。
「あぁ〜あ、アニマトロスの荒野を馬型トランスフォーマーで走り回ってみたかったなぁ……」
「そういうセリフはアルクェイドとライガージャックのサイズ比を考えてから言うべきだと思うけど……」
 肩を落とすアリサの言葉にハイブロウがうめくと、
「けど、一刻も早くアニマトロスに向かった方がいいぜ、やっぱり」
 焦りを隠しきれずにうめくのはエクシリオンだ。
「早くしないと、マスターメガトロンにアニマトロスのプラネットフォースが!」
「まぁ、そう焦るな。
 こっちはスピーディアのプラネットフォースに、チップスクェアも確保してるんだ。
 対して向こうは未だに収穫0――こっちが完全に有利なんだ」
 そうエクシリオンをなだめ――ニトロコンボイは気づいた。
「……どうした? 志貴」
「いや……ちょっとな……」
 ニトロコンボイの問いに、傍らで考え込んでいる志貴は視線を上げることなく答える。
 彼の視線の先にあるのは、モニターに映されたグレートレースの記録映像。
(このシャマルって人……どこかで見たことがあるんだよなぁ……)

 

 


 

第27話
「それぞれの過去と決意なの」

 


 

 

 その頃、アニマトロスを訪れたなのは達は、フレイムコンボイの元へと向かおうとした矢先に意外な人物から足止めを受けていた。
「どうしても、そこを通してくれないんですか、ビッグコンボイさん!」
「さっきからそう言っている」
 尋ねるなのはの問いに、ビッグコンボイはあっさりとそう答える。
「貴様ら、この期に及んでフレイムコンボイと話し合うつもりか?」
「当然です!
 無益な戦いは、避けなければならない!」
「それがすでに甘いというのだ」
 答えるギャラクシーコンボイに、ビッグコンボイは強い口調で言い放つ。
「この惑星アニマトロスは話し合いと決闘をイコールで結び付けている星――話し合うということ、それはすなわち闘うことだ。
 闘わないという貴様らには、その時点でフレイムコンボイと話をする資格はない」
「し、しかし……」
 なおも反論しようとするギャラクシーコンボイに、ビッグコンボイはため息をつき、
「ここまで言っても闘うつもりはないか……
 そんな態度では、フレイムコンボイと対峙しても殺されるのが関の山だ。
 ならば――」
 瞬間、ビッグコンボイの全身から放たれたのは――
「せめて、この師の手でお前を止めてやる」
「いかん!」
 とっさにギャラクシーコンボイはなのはとフェイトを抱えて後退し、彼らのいた場をビッグコンボイのマンモスハーケンが粉砕する!
「総司令官!」
「リンクアップするわよ!」
 ライガージャックとアルクェイドの言葉に、ギャラクシーコンボイはしばし迷うが、
「……仕方、あるまい!
 フェイト!」
「はい!」
 ギャラクシーコンボイの言葉に答え、フェイトはストレージデバイスを起動させた。

「いくよ――みんな!」
 言って、フェイトがストレージデバイスをかざし――その中枢部から光が放たれる。
 その中で、ギャラクシーコンボイとライガージャック、二人のスパークがさらなる輝きを放つ。
『ギャラクシー、コンボイ!』
 なのはとギャラクシーコンボイが叫び、ギャラクシーキャノンを分離させたギャラクシーコンボイが右腕を後方にたたむ。
『ライガー、ジャック!』
 次いでアルクェイドとライガージャックの叫びが響き、ライガージャックは両腕を分離、両足を折りたたむとそこに分離していた両腕が合体し、巨大な右腕に変形する。
 そして、両者が交錯し――
『リンク、アップ!』
 フェイトを加えた5人の叫びと共に、右腕となったライガージャックがギャラクシーコンボイに合体する!
 背中に分離していたギャラクシーキャノンが合体。最後にライガージャックの変形した右腕に拳が作り出され、5人が高らかに名乗りを上げる。
『ライガァァァァァ、コンボイ!』

「リンクアップしたか……
 ならば、見せてみろ、その力を!」
 リンクアップを遂げたライガーコンボイを前に、ビッグコンボイは一気に突撃。振り下ろしたマンモスハーケンをライガーコンボイは右腕で受け止める。
「下がってください、ビッグコンボイ!」
「まだ言うか!」
 告げるライガーコンボイに言い返すと、ビッグコンボイは間合いをとってビッグミサイルを斉射。ライガーコンボイも後退してそれをかわす。
「総司令官! 闘いましょう!
 いくらビッグコンボイ元司令が相手でも、この状況じゃ闘わずには済ませられない!」
「ダメだ!
 闘えばそれでいいという問題ではない!」
 戦いを主張するライガージャックにライガーコンボイが答えるが、ビッグコンボイの攻撃は止まない。ブーメランのようにマンモスハーケンを投げつけ、さらに追撃をかけてくる。
「あー、もうっ! 闘わないなら闘わないで、何とかしないと!
 このままじゃやられるわよ!」
「く………………っ!」
 告げるアルクェイドの言葉に、ライガーコンボイはうめき――決断した。
「わかった!
 グランドブレイクでスキを作り、離脱するぞ!」

『フォース――』
『――チップ!』
「イグニッション!」

 ライガーコンボイとなのは、ライガージャックとアルクェイド、そしてフェイト――3組の声が響き、飛来したアニマトロスのフォースチップがライガーコンボイの右腕のチップスロットに飛び込む。
 そして、右腕のプラティナムクローを展開したライガーコンボイはそれを天高く掲げ――その全身がフォースチップの“力”の輝きに包まれる!
 渦巻くエネルギーに導かれ、浮き上がったライガーコンボイは一気にビッグコンボイへと突っ込み、
『ライガー、グランド、ブレェイク!』
 渾身の力で振るった一撃がビッグコンボイへと迫り――

 虚空を薙いだ。

 時間にすれば一瞬――いや、一瞬にも満たなかっただろう。
 渾身の一撃が届くか否かというその瞬間、ビッグコンボイはそれを紙一重でかわし、その懐に飛び込んだのだ。
「――――――っ!?」
 必殺の一撃をかわされ、ライガーコンボイが戦慄し――ビッグコンボイが動いた。

「ハーケン、ダブルインパクト!」

 その瞬間――両手のマンモスハーケンによる連撃が、すべてライガーコンボイのその身体に叩き込まれていた。
 その衝撃はすさまじく、ライガーコンボイは大地に勢いよく叩きつけられ、リンクアップも解けてしまう。
「そ、そんな……!」
「ライガーグランドブレイクが……通じない……!?」
 必殺の一撃が通じず、なのはとフェイトがうめく中、ビッグコンボイは静かに告げた。
「そんなザマで、よくフレイムコンボイと話し合おうと考えられるものだ。
 しばらく頭を冷やすがいい」
 そして、ビッグコンボイはきびすを返し、立ち去――
「待て!」
 ――ろうとしたところに声がかけられた。
 ライガージャックである。
「勝負はついたんだ――とどめを刺さねぇのかよ!?」
「勝負はついたんだ。いたずらに殺す必要はない」
 だが、ライガージャックの言葉にもビッグコンボイはあっさりとそう答える。
「力によってルールを定める――それは別に殺し合いをしろと言っているワケではない。
 それに……」
 そこで一度言葉を切ると、ビッグコンボイは告げた。
「フレイムコンボイも、決着のついた敗者にトドメは刺さん。
 『それが、この星の掟だ』と言ってな」

「……くそっ!」
 ビッグコンボイが立ち去った後、沈黙を破ったのはライガージャックだった。苛立ちを隠しもしないで大地を殴りつける。
「大丈夫? ライガージャック」
「こんなダメージ、ヘでもねぇ」
 尋ねるアルクェイドに答えると、ライガージャックは立ち上がり――ギャラクシーコンボイへと向き直った。
「……どうしてですか」
 その口をついて出たのは疑問の声。
「どうして、グランドブレイクの時、ためらったんですか……!」
「そんなことは――」
「合体してたオレが、気づいてないとでも思ってるんですか!」
 言いかけたギャラクシーコンボイに、ライガージャックは言い放った。
「あの時――総司令官は一瞬、腕の振りを止めた――
 あれがなきゃ、ビッグコンボイ元司令だって!」
「だが、闘えば解決するワケではない!
 闘えばお互いが傷つく! それでは何も解決しない!」
 ライガージャックの言葉に言い返し、ギャラクシーコンボイは彼と真っ向からにらみ合う。
 闘うべきだと主張するライガージャックとそれに異を唱えるギャラクシーコンボイ、両者を前にしてなのはもフェイトも口をはさめないでいる。
 ライガージャックの主張も、ギャラクシーコンボイの主張もわかる。だからこそ――答えが見えないでいた。
 しばし緊迫した空気が流れ――
「………………フンッ」
 先に動いたのはライガージャックだった。ギャラクシーコンボイに対して背を向ける。
「……すみません。言い過ぎました……
 少し……ひとりにさせてください……」
「ライガージャック!」
 思わずユーノが呼び止めようとするが、ライガージャックはかまわずビーストモードにトランスフォーム。走り去っていってしまった。

「そうか……そんなことが……」
 フレイムコンボイと話し合いに向かったはずが、傷だらけになって帰ってきた。しかもライガージャックの姿がない――なのはから一通りの事情を聞かされ、恭也はため息まじりに納得した。
「ギャラクシーコンボイ、大丈夫かな……?」
「あんなに落ち込んでるの、初めてだもんね……」
「仕方あるまい。
 長年共に戦ってきた仲間と、あんなことになってしまったのだから……」
 フェイトやなのはに告げるベクタープライムの言葉に、サイドスは思考の渦に沈んでいるギャラクシーコンボイへと視線を向けた。
「ギャラクシーコンボイ、ライガージャック……どちらにとっても、これは試練じゃ。
 この試練を乗り越えた時――二人はまた、新たな力を得るじゃろう」

 魔力光の輝きが消え、視界が戻る――
 転送魔法が完了し、スターセイバー、ジンライ、アトラスの3名はアニマトロスの大地に降り立った。
「ここがアニマトロスか……確かに、すごい星だな」
「過酷なり」
 初めて訪れるアニマトロスを前にジンライとアトラスがつぶやくと、スターセイバーは思念通話の回線を開き、
「聞こえるか、フォートレス。
 無事アニマトロスに到着した」
《了解した。
 シグナム達も、明日の朝一番でそちらに向かうそうだ》
「わかった。
 フォートレスも“残り時間”の試算を頼む」
 フォートレスの言葉にうなずくと、スターセイバーは思念通話を解き、
「では、我々も急ごう。
 シグナム達が到着次第フレイムコンボイの元に向かうとして……」
「言われるまでもないさ」
「説明不要」
 スターセイバーの言葉に、ジンライとアトラスはあっさりとうなずいた。
「それまではリンカーコアやスパークの蒐集、だろう?
 いくらプラネットフォースの“力”で“闇の書”が一気に完成させられるって言っても、間に合わない場合に備えて蒐集はする――前にも決めたことだろう?」
「あぁ。
 では、各自散開。5時間後に集合だ。
 この星は地殻変動が激しい。ビークルモードでの移動には十分注意するんだぞ」
 ジンライに答え、スターセイバーはビークルモードへとトランスフォーム。アニマトロスの大空へと飛び立った。

「ライガージャック! ライガージャック!」
 一方、ファングウルフはアルフやアルクェイドと共にライガージャックの行方を探していた。
「まったく、どこに行ったんだ……」
「ファングウルフ、どこか心当たりはないのか?」
 ため息をつくファングウルフにアルフが尋ねると、
「……あー、ちょっといい?」
 そんな二人に声をかけたのはアルクェイドだった。
「もしかして――あそこじゃない?」
 言って、アルクェイドの指さした先を見て、ファングウルフは『あぁ』と納得する。
 かつて対フレイムコンボイの特訓を行った――あの火山である。

 そして、そのアルクェイドの予感は的中した。

「いたいた……」
 苛立ちもあらわに、まるで八つ当たりするかのように岩壁を殴り続けるライガージャック――その姿を発見し、ファングウルフはアルクェイドやアルフと共に火口の中へと飛び降りた。
「……何の用だよ?」
「やれやれ、まるで子供だね」
 気づき、尋ねるライガージャックの言葉に、アルフはため息まじりに肩をすくめて見せる。
 だが、ライガージャックにも飛び出してきた意地がある。その場にドッカリと腰を下ろし、
「オレは帰らねぇぞ。
 フレイムコンボイにも、ビッグコンボイ元司令にも負けたんだ――この汚名を返上するまで、引き下がれるか!」
 その言葉に、アルクェイドとアルフは互いに肩をすくめ――突然ファングウルフが口を開いた。
「しかし、『決着のついた敗者にトドメは刺さん』か……しかも『フレイムコンボイも』ときた。
 ビッグコンボイから見たフレイムコンボイは、昔のヤツとまったく変わっていないようだな」
『“昔の”………………?』

「ねぇ、スカイリンクスさん」
 ライガージャックの行方はアルクェイド達に任せることにして、なのははずっと気になっていたことを解決することにした。スカイリンクスへと声をかける。
「フレイムコンボイさんって、どうしてこの星のリーダーになったの?
 お兄さんのスカイリンクスさんなら、知ってると思うんだけど……」
「……さすが、サイバトロン・リーダーのパートナーを務めるだけのことはあるな――『まずは敵を知れ』ということか」
「そ、そんな、『敵』ってワケじゃ……」
 あわてて弁明しようとするなのはだが、スカイリンクスはかまわず眼下に広がるジャングルへと視線を向けた。
「見ての通り、このアニマトロスは極めて苛酷な環境だ。
 資源は貧しく、富の奪い合いが続いていた。
 リーダーはいたが力はなく、民は怯えるだけの暮らしを余儀なくされていた……」
 話を聞こうとギャラクシーコンボイがやってくるのを気配で感じつつ、スカイリンクスはサイドスへと視線を向け、
「そんな中、世を憂いたサイドス先生は志を同じくした若者達を集め、星の未来について語り合った。
 その中には我輩やファングウルフ、そして――フレイムコンボイもいた」

「何……?
 フレイムコンボイはお前の兄弟子だと?」
「あぁ、互いに文武を高め合った仲だ」
 話を聞き、思わず聞き返すライガージャックに、ファングウルフは苦笑まじりにうなずいた。
「もっとも、手も足も出なかったがな……」

 

「ぐわっ!?」
 フレイムコンボイの一撃を受け、ファングウルフは大地に叩きつけられ、
「それまで!」
 スカイリンクスが勝負の決着を告げた。
「はっはっはっ、まだまだだな、ファングウルフ」
「くっ………………!」
 フレイムコンボイの言葉に、ファングウルフはなんとか身を起こし、
「悔しいが、力ではお前に勝てん……」
「ほぉ、頭では負けないと?」
「負けたろ、こないだ知恵比べして」
 ファングウルフに答えたフレイムコンボイにスカイリンクスがツッコんだ、その時――
「た、助けて、くれ……!」
 うめいて、傷だらけの身体を引きずって現れたのはダイノシャウトだった。
「どうした!?」
「と、盗賊が……!」
 あわてて助け起こすフレイムコンボイに、ダイノシャウトは息も絶え絶えに答える。
「また現れたのか……
 ダイナザウラーは一体何をしているのだ……!?」
「ムダだ……あのリーダーには何の力もない」
 うめくファングウルフに答えると、フレイムコンボイは立ち上がり、
「この星には、強いリーダーが必要だ……
 盗賊達の専横を抑え込めるだけの、力による統治が必要なのだ」
 フレイムコンボイが告げると、
「そこまでじゃ」
 そんな彼を制止し、サイドスが姿を現した。
「フレイムコンボイよ、気持ちはわかる。
 しかし、争ってはいかん」
「ですが先生……民は苦しんでいます!」
「なぜ苦しむかわかるか?」
 反論しようとしたフレイムコンボイだが、サイドスは逆にさとすように聞き返す。
「苦しみの根源は貧しさじゃ。
 争えば、ますます貧しくなるだけじゃ」
「しかし、民が安らかに眠れる国を作るのもリーダーの務め!
 それができずに、どうしてリーダーと呼べるでしょう!」
 サイドスに言い返し、フレイムコンボイは立ち上がり、
「今こそ決起の時! 弱きリーダー、ダイナザウラーを追放し、強きリーダーを迎えるのです!
 そして歯向かう者は、ことごとく、抹殺する!」
「戦もいとわぬというのか、フレイムコンボイ!?」
 サイドスの言葉に、フレイムコンボイは彼と正面から向き合い、
「私が正しいか、あなたが正しいか……別れの時です、師よ!」
 宣言し、立ち去っていくフレイムコンボイを、サイドスとスカイリンクスは無言で見送っていたが、
「先生!」
 そんなサイドスに声をかけたのはファングウルフだった。
「私はフレイムコンボイの友として、すべてを見届けてまいります!
 ですが……心は常に先生と共に。
 しばしの別れです!」
 そう告げると、ファングウルフもまた、フレイムコンボイの後を追って走り去っていった。

 

「それから、戦いは永くに渡って続いた……
 フレイムコンボイは自分に歯向かう者を次々に倒していった。
 文字通り、惑星アニマトロスの、若く猛々しいリーダーとなったのだ……」
「そうだったんだ……」
 スカイリンクスの話に、なのははつぶやきながらうなずいた。
 初めて対面したあの時から、どこか違和感を感じていた――ただ自分のために、暴力的に力を振るうマスターメガトロンとの間に漂う、同じようでいてどこかが決定的に違う、そんな感覚――その正体が、今の話でなんとなくだが理解できた気がする。
「マスターメガトロンとは、どこか違うと思っていたが……」
 どうやら彼も同意見だったようだ――なのはのとなりで同様にうなずき、ギャラクシーコンボイも納得する。
 だが――疑問はまだ残る。今度は恭也がその疑問を口にした。
「フレイムコンボイのおかげで秩序が戻ったのか……
 だが、それならもうフレイムコンボイは闘う必要はないはずだ。なのになぜ……?」
 そうだ――秩序を守るために闘う道を選んだのであれば、秩序が戻った時点で闘う理由はなくなったはずだ。
 だが、フレイムコンボイはそれでも闘い続けている――
 と、その問いに答えたのはサイドスだった。
「リーダーとなり、権力を得て、ヤツは変わってしまった……
 誰も信じられず、誰も信用しようとせず、信じられるのは己の力のみ……
 民は怯えている……」
「そうか……」
 ベクタープライムがうなずくと、
「なんとなく……わかる気がする……」
 そうつぶやいたのはフェイトだった。
「強い想いで自分を縛っちゃうと、誰の言葉も届かなくなるから……
 わたしが、そうだったみたいに……」
 視線を集める一同に告げ、フェイトは視線を落とした。
「わたしは、母さんのためだったけど……迷っても、傷つけられても、間違ってるかもしれないって思っても……それでも、信じてた時は……信じようって思っていた時は、誰からの言葉も――なのはの言葉も、入ってこなかった……
 だから、なのはの言葉にも耳を貸さないで、戦って――ちょうど、今のフレイムコンボイと、ギャラクシーコンボイみたいに……」
 かつての自分となのはの戦いを思い出し、フェイトは顔を上げた。
「けど、言葉を伝えること、想いを伝えることは絶対にムダじゃない。
 あの頃のわたしも、なのはの言葉で何度も揺れたから……」
 そして、フェイトはギャラクシーコンボイへと向き直り、告げた。
「ただ戦えばいいってワケじゃない――わたしも、そう思うけど……けど、戦わなければいいってワケでも、ないと思う。
 フレイムコンボイには、きっと言葉だけじゃ伝わらない。言葉だけじゃなくて、あの人の一番望んでる形で――あの人に一番伝わるやり方で想いをぶつけなくちゃ、きっと気持ちは伝わらない……」
「言葉を伝える手段は、話し合いだけではない、ということか……」
「うん。
 スピーディアでのグレートレースが、そうだったみたいに……」
 つぶやくギャラクシーコンボイに、フェイトはそう答えてうなずいてみせる。
「気持ちを伝えるのに、闘って、勝つことが必要なら……その時は、迷わずに闘ってもいい――迷わずに、闘えると思うんだ……」
 フェイトのその言葉に、ギャラクシーコンボイは噴煙の立ち込めるアニマトロスの空を見上げた。
「気持ちを、伝えるために、か……」

「と、いうワケだ……」
 一方、火口でもファングウルフがフレイムコンボイの過去を語り終えていた。そう締めくくるが――
「そういう……ことかよ!」
 納得するなり、ライガージャックは岩壁を思い切り殴りつけた。
「そういうヤツは、一度ガツンと痛い目を見せてやらねぇとどうにもならねぇんだよ。
 昔の、オレみたいにな……!」
「昔の……?
 アンタ、前はあんなだったの?」
「まぁな……」
 アルクェイドの問いに、ライガージャックはそう答えてため息をついた。
「昔、オレはずっとひとりだった……
 信じられる仲間なんかいやしない――けど、デストロンとの戦いで手柄を立てれば、みんながオレを認めてくれた。
 『英雄ジャックショット』ってな。
 だがな……」
 そこまで話すと、ジャックショットは視線を落とした。
「ある日オレは、聞いちまったんだ。オレのことを猪武者だっていう、仲間の話をよ……
 当然ムカついたさ。オレは弱くなんかない、オレは勝って生き残ってきたんだ、ってな。
 でもって、オレはまた、ひとりで戦場に突っ込んでいった。
 ヤケッパチさ。どうせオレはひとりぼっち。死んだって、誰も悲しんだりしない――そう思ってた、あの日……オレは重傷を負った。
 薄れていく意識の中で、オレは死を覚悟した……」
 だが、ジャックショットはライガージャックとなって今ここにいる。その危機をどうやって切り抜けたのか――アルクェイド達が興味を示す中、ライガージャックはそんな彼女達に苦笑まじりに告げた。
「けどさ、気がついたら、目の前に総司令官がいたんだ。
 もっとも、あの時は総司令官じゃなくて、ビッグコンボイ元司令の副官だったんだけどな。
 とにかく、オレはワケがわからなかったよ。いつもオレに負けない勢いで突っ込んでいくビッグコンボイ元司令のフォローに回っていたはずの総司令官が、どうしてこんなところにいるのか……
 敵の弾が飛び交う中で、総司令官は言ったよ。
 『すまなかった。側面から攻撃を受けて、お前の援護ができなかった』ってさ……」
「じゃあ……」
「そう。総司令官が援護していてくれたんだ。
 オレが強くて生き残ってたワケじゃ、なかったんだ……」
 アルクェイドに答えるライガージャックだったが、アルフはふとその話に矛盾点があることに気づいた。
「あれ?
 ちょっと待ってよ――ってことは、ギャラクシーコンボイはずっとライガージャックを援護してたってことだよね?
 けど――アンタ今、ギャラクシーコンボイはビッグコンボイをフォローしてた、って……」
「援護がいるか? あの人に」
「………………」
 あっさりと返され、アルフは思わず沈黙する。
「オレ達がそう思い込んでただけで――ビッグコンボイ元司令はとっくに、総司令官をオレの援護に回してたんだよ。
 業務をやらないからクビになっただけで、あの人は本当に優秀な戦士だったんだよ、ただ突っ込むだけだったオレなんかと違ってな……」
 そう言うと、ライガージャックは拳を握り締め、
「フレイムコンボイを見てると、あの頃のオレにそっくりな気がしてしょうがねぇ。
 力にこだわるばっかりで、その先にある、一番大事なモンが見えてねぇ!
 だから……オレがこの手で、目を覚まさせてやる!」
 宣言すると同時、渾身の力で岩壁を殴りつけ――
「それは違うぞ、ライガージャック」
 その言葉に振り向くと、そこにはなのは達やスカイリンクス達を伴ったギャラクシーコンボイの姿があった。
「また『闘うな』って言うんですか?
 オレは引き下がりませんよ。オレはフレイムコンボイを絶対に倒す!」
 告げるライガージャックだが――ギャラクシーコンボイはあわてることなく、彼の言葉を訂正した。
「『オレが』ではない。
 『オレ達が』だ」

「成果は?」
「5頁分」
 尋ねるスターセイバーに、アトラスはあっさりとそう答えた。
「こっちは8頁分だ。
 けっこうな数は倒したが……やはり、手早く蒐集とはいかないな」
 スターセイバーがつぶやくと、アトラスは尋ねた。
「ジンライは未だ?」
「あぁ。まだ蒐集中のようだ。
 まったく、時間も忘れて、アイツは……」
「しかし、それが彼の長所」
「わかっている。
 我らトランスフォーマー組の中では、はやて殿を救いたいという気持ちは――おそらくアイツが一番強い」
 アトラスに答え、スターセイバーは思い返した。
 はやてが初めてマキシマスを訪れた、あの時のことを――

 

「はわぁ……」
 初めて対面した新たな主は、あっけに取られたまま自分達を見上げていた。
 動揺するでもなく、恐怖を抱くでもなく――ただそれ以前に、目の前の状況についていけないでいる、そんな感じ――
 そんなはやてを前にして、スターセイバーが最初にしたことは――
「……彼女が、今回の主か?」
 相棒であるシグナムに、確認をとることだった。

 はやては、今まで彼らが相対してきた主達とは明らかに違っていた。
 “闇の書”の強大な力を欲することもなく、シグナム達を――それどころか自分達までもを、まるで家族のように迎えてくれた。
 自分達を道具として扱うこともなく、それどころかこちらに余計な気を遣わせまいと、こちらに合わせられるように自身の努力も怠らなかった。

「はやて殿……これは?」
「うーん、みんなには小さくて申し訳ないんやけど……差し入れに食事、作ってみたんよ」
「食べてみるといい」
「はやてのメシはギガウマだぞー♪」

 自分達トランスフォーマーにも食事を作ってくれたこともあった。

「えっと……つまりここは……ってことでえぇの?」
「その通りです。
 さすがははやて様。ヴィータ嬢とは大違いですな」
「うるせぇ!」

 素人には難解な、フォートレスによるマキシマスの解説もがんばって理解しようと努力してくれた。

「し、シャマル、ちょっとはしゃぎすぎ……」
「大丈夫ですよ。
 全開にはまだまだ。このスピードなら、100%の安全を保証しますよ♪」
「な、なら、えぇんやけど……」
「我、制止を希望」

 シャマルのムチャな運転にも、嫌な顔ひとつしないでいてくれた(さすがに体調には影響し、以後はシグナムが運転手を務めることとなったが)。

「こんなもんでえぇかな?」
「あぁ。
 すまない、はやて。ヴィータのヤツも喜ぶ――」
「ん? どうしたんだ? 二人とも」
「ナンデモアラヘンヨー」
「ナニモヤマシイコトハナイゾー」

 ヴィータのために車内の装飾がしたいというジンライのために、彼女の好きなキャラクター“のろいうさぎ”の装飾を作ってくれた。

「シグナム、居合いの戻しが遅いぞ!」
「わかって、いる!」
「はわわ……二人ともすっごいなぁ……」
「って……はやて、あれ見えるの?」
「見えへんからすごいんやんか……」

 そのスピードについていけないにも関わらず、スターセイバーとシグナムの剣の鍛錬にも顔を出してくれた――

 そんな生活が、ずっと続くと思っていた。
 ずっと、“家族”でいられると思っていた。

 だが……そんな暮らしも、長くは続かなかった。

 

 その頃、フレイムコンボイの神殿ではちょっとした騒ぎが起きていた。
 突然、サイドスが来訪したのである。
「そ、それ以上進むな!」
「いかに我らが師であろうと、無断での侵入は許されん!」
 そんなサイドスの行く手を阻み、テラシェーバーとダイノシャウトが告げるが、
「フンッ、老いたといえども、まだまだ貴様らには負けんよ」
 サイドスは落ち着いたものだ。笑いながら二人に告げ――胸中で付け加えた。
(それに、ここより進むつもりはないがの)
 そう。自分はここから進むつもりはない。
 いや――“進む必要はなかった”

 サイドスへの対応のために、ダイノシャウトもテラシェーバーも出ていってしまい、フレイムコンボイのいる玉座の間は閑散とした空気が漂っていた。
 そんな中、フレイムコンボイは何をするでもなく悠々とかまえていたが――突然口を開いた。
「何者だ」
「さすがに気づくか」
 その問いに、彼は素直に柱の影から姿を現した。
 恭也である。
「なるほど……我が師、サイドスは単なる囮か……」
「お前達にとって、彼ほどインパクトのある来客はいないだろうからな」
 恭也の答えに、フレイムコンボイはゆっくりと立ち上がり、
「それで……何用だ?
 まさか、オレと戦い、プラネットフォースを手に入れよう、とかいうつもりか?」
「そうだと言ったら?」
 尋ねるフレイムコンボイに恭也が聞き返し――
「片腹痛いわぁっ!」
 そんな恭也に向けて、フレイムコンボイはフレイムアックスを振り下ろす!
 だが――
「――――――何っ!?」
 その一撃は石畳の床を砕くだけで終わった。一瞬で視界から消えた恭也の姿を探し、フレイムコンボイは周囲を見回し――
「――――――っ!?」
 直前で気づいて身を沈め、背後から首筋を狙った恭也の斬撃をかわす。
「やるな、人間!」
「そっちも、その巨体で、しかも初見で今のをかわすか。
 スタースクリームでさえ、初見では反応し切れなかったのにな」
 感嘆するフレイムコンボイに恭也が答え、両者は再び対峙する。
 玉座の間に、緊迫した空気が漂い――
「………………フンッ」
 笑みを浮かべ、フレイムコンボイはかまえを解いた。
「やめだ。
 今の貴様からは殺気がない――闘うつもりのないヤツと、やり合うつもりはない」
「なんだ、気づいてたか」
 フレイムコンボイの言葉に苦笑して、恭也もまたかまえを解き、
「確かにお前と戦うつもりはない。
 オレの今回の役目は伝言だ」
「なるほど。
 我が師サイドスに囮を引き受けてもらったのは、話のジャマをされたくなかったからか……なかなかに食えん男よ」
 言って、フレイムコンボイは再び玉座に座り、
「では、用件を聞こうか」
 その言葉に、恭也は答えた。
「決闘の申し入れだ」

『決闘!?』
 フレイムコンボイと勝負する――あまりにも意外すぎるギャラクシーコンボイの決断に、ライガージャックやアルクェイド達は声をそろえて聞き返す。
「そうだ」
 だが、そんな彼らの困惑も予想の範囲内だったか、ギャラクシーコンボイはあっさりとうなずく。
「私は、異星を訪れるにあたり、それぞれの星の住人との接触を避けてきた。
 異なる文明が接触した場合、それがトラブルになると考えたからだ。
 だが……それは間違っていた。
 ルール、法律、掟、言い伝え――形は違っても、どの星にも、どの世界にも決まりごとはある。この宇宙に生きる、生命の数だけ……
 そして、それらの掟にはそうした掟ができるに至った歴史や理由がある。
 関わりを避けても、自分達の掟を押し付けても、それは相手の生きてきた世界を否定することになる――お互いの違いを理解した上で、正面から向き合わなければならない」
 そう言うと、ギャラクシーコンボイはなのはやフェイト、そしてスカイリンクス達へと順に視線を向け、
「私は、忘れるところだった……
 たとえ異なる文明同士でも、友情が……愛情が芽生えるということを」
 そして、再びライガージャックへと視線を戻すと、ギャラクシーコンボイは再び宣言した。
「この星の掟に従い、フレイムコンボイと戦い、勝つ。
 力を、貸してくれ」
「こんな……闘うだけしか能のないオレで、いいんですか?」
 尋ねるライガージャックだが――ギャラクシーコンボイはその口元に笑みを浮かべて答えた。
「私にはないものを持っている。
 それが大切なんだ――仲間というものはな」
 言いながらギャラクシーコンボイが差し出した手を、ライガージャックはしばしのためらいの後に握り返し――
「決意は、固まったようだな」
『――――――っ!?』
 その言葉に振り向くと、彼らの頭上――火口のふちに、ビッグコンボイの姿があった。

「聞いたぞ、フレイムコンボイ」
 ギャラクシーコンボイとの決闘を受諾したフレイムコンボイの元に、彼はそう告げながら姿を現した。
 マスターメガトロンだ。その背後にはランドバレットやガスケット、インチアップを従えている。
「ギャラクシーコンボイと、勝負するのか?」
「断る理由はない」
 尋ねるマスターメガトロンに、フレイムコンボイはあっさりとそう答えた。
「愚かな……
 ヤツは貴様に調子を合わせてやることで、貴様を惑わそうとしているのだ」
 そう告げるマスターメガトロンだが、
「オレ様に任せておけ、すぐにケリをつけてやる――」
「手出しは無用だ」
 それを、フレイムコンボイは一言で断ち切った。
「ヤツは掟に従って挑戦してきたのだ――リーダーとして、背を向けるワケにはいかない。
 余計な手出しは、控えてもらおうか」
 言って、フレイムコンボイは玉座の間を後にし――せっかくの提案を無下に扱われたマスターメガトロンは、ランドバレット達を残し渋い顔でワープゲートをくぐっていった。

 その様子を、スタースクリームとノイズメイズは物陰からうかがっていた。
「やれやれ、厄介なことになりましたね。
 フレイムコンボイが勝てばよしとしても、もし負ければ……」
「……何が言いたい? ノイズメイズ」
 含みのある言い回しに、スタースクリームが尋ねるとノイズメイズは彼に耳打ちし――
「………………ふむ」
 その口元に笑みが浮かんだ。

「なるほど……いい気迫だ。
 決意だけでなく、迷いもまた晴れたようだな」
 リンクアップしたライガーコンボイを前にして、ビッグコンボイは満足げにうなずいた。
「そして――リンクアップしたということは、“気づいたようだな”
「はい」
 ビッグコンボイの言葉に答えたのはフェイトだった。
「ライガーグランドブレイクは確かに強力な技です。
 けど――裏を返せば“強力なだけの技”。そのパワーのせいで振りは大きく、容易に懐に飛び込める……」
「ビッグコンボイさん、それを気づかせるために、さっきグランドブレイクを破ってくれたんですよね?」
「そこまで世話を焼いてやるつもりはなかったさ。
 お前達を止めるためにあの技を破った。気づくかどうかは知ったことか――そんなところだ」
 フェイトとなのはの言葉に、ビッグコンボイは軽く肩をすくめてそう答え、
「さて、と。ここからは現実の問題。
 おそらく、フレイムコンボイもその弱点をついてくるはず。
 それでもお前達は、グランドブレイクで闘うつもりか?」
 その問いに、ライガーコンボイは右腕をかまえ、告げた。
「それは――これから確かめてください」

 

 それは、ほんの偶然だった。
 その日、アトラスがシャマルの犠牲になってマキシマスのドック入りとなってしまったため、ジンライが彼に代わってはやての病院への送迎を任されていた。
 とはいえジンライのトランスフォーム形態は大型トレーラー。彼が駐車できるような駐車場は病院内にはなく、仕方なく病院沿いの道路に停車し、様子をうかがっていた。
 ただ、何もしないで待っているのも退屈だ――何の気なしに音声センサーの感度を最大に設定し、病院内の会話を聞いてみることにした。

〈あ、レンさん。お久しぶりです〉
〈あぁ、はやてちゃん。久しぶりぃ♪〉
〈手術の後、どないですか?〉
〈もう元気元気。問題ないよ。
 せやけどなぁ、うちのじいちゃんが心配してるらしくって、報告と術後の療養を兼ねて、しばらく向こうに里帰りや〉
〈あー、そーなんですか……〉
〈お土産、はやてちゃんやヴィータちゃんの分も買うてくるから、楽しみに待っててな♪〉

(話しているのははやてと友人の――フォウ蓮飛レンフェイだったか。
 確か、ヴィータもなついていたな……)

〈あ、はやてちゃん〉
〈あぁ、フィリスせんせ〉
〈リスティ見なかった? 来てるって聞いたけど……〉
〈はぁ……見てませんね……
 また何かしたんですか?〉

(今度はカウンセラーのフィリス先生か……
 しかし……人気者だな、はやては)

 そんなことを続けてしばし――気づいた。
 はやての周りにシグナム達がいない。
 検知する周波数をシグナムやシャマルの声に限定し――彼は衝撃の事実を聞かされることになる。

「命の危険!?」
「えぇ……」
 聞き返すシグナムに、はやての担当医である石田医師は沈痛な面持ちでうなずいた。
「彼女の病気が、原因不明の神経性マヒであることは、前にお伝えしましたね?
 実は……その症状が、半年ほど前から少しずつ重くなっているんです。
 この2ヶ月は特に顕著で……最悪、内臓のマヒにまで、発展する恐れが……」

 その瞬間――シグナムもシャマルも、そしてその会話を聞いていたジンライも気づいていた。
 原因不明の神経性マヒ――その原因に。

「……くそっ!」
 マキシマスに戻り――苛立ちを隠しきれず、シグナムは壁に拳を叩きつけた。
「なんでもっと早く気づけなかった……!」
「ごめんなさい……! 私が、もっとしっかりしていれば……!」
「お前に言っているワケじゃない」
 泣きながら告げるシャマルに、シグナムは答えた。
「自分自身に、言っている……!」
「……そうだな……
 もっと早く、気づくべきだった……!」
 シグナムの言葉に、スターセイバーはフォートレスがメインモニターに表示したデータへと視線を向けた。

 はやての足は、病気などではなかった。
 “闇の書”の呪い――はやてが物心つく前から彼女を主と定め、彼女のそばにあった“闇の書”は、まだ未成熟なはやてのリンカーコアに多大な負荷をかけていたのだ。
 身体機能はおろか、生命維持にまで支障をきたすほどに――
 そしてそれは、“闇の書”が起動したことで一気に加速した。
 スパークを持ち、自給自足で自らの“力”を維持しているスターセイバー達と違い、“闇の書”に作り出されたプログラムであるシグナム達を維持するのに、わずかずつではあるがはやての魔力を使用していることも、彼女の消耗と無関係とは言えなかった。

「助けなきゃ……」
 誰もが口を開けない――その沈黙を破ったのはヴィータだった。
「はやてを助けなきゃ!
 シャマルは治療系が得意なんだろ!? なんとかできないのか!?」
 詰め寄るヴィータだが、シャマルにもはやての症状をどうすることもできない。ただ何も言えず、視線を落とすのみである。
 だが――
「……ひとつだけ、方法がある」
 そう告げたのはフォートレスだった。
「本当か!?
 はやては助かるのか!?」
「仮定の域を出ないが、おそらく。
 だが……」
 ヴィータにそう答えると、フォートレスは一同を見回し、告げた。
「そのためには、はやて様との誓いを破ることになる」

 “闇の書”がはやてを苦しめている最大の原因は、“闇の書”が完成していないこと。
 未完成の“闇の書”は管制人格が起動していないため、“力”の制御が不安定な状態にある――それがはやての身体への負担を増大させてしまっているのだ。
 だが、“闇の書”が完成し、はやてが主として真の覚醒を果たせば、“闇の書”の“力”は安定し、はやてへの負担を避けることが可能となる。
 そうすれば、はやての身体は治るかもしれない――治らなくても、少なくともマヒの進行は止まる。
 しかし――“闇の書”完成のためには、はやてから禁じられた蒐集を行う以外に道はない。
 もはや、守護騎士達に選択の余地はなかった。

 

 轟音と共に、かつてギャラクシーコンボイ達を苦しめたものと同種の巨大植物が大地に倒れ伏す――
 目標の撃破を確認すると、ゴッドジンライは巨大植物からリンカーコアを回収する。
「これでリンカーコアが3つにスパーク製の擬似リンカーコアが5つ……だいたい10頁分か……」
 思っていた以上の収穫だ。後はスターセイバー達の合流するだけなのだが――そうはいかない理由があった。
 時間になっても仲間達と合流できないでいる、そして今回の“思った以上の収穫”を得ることになった原因、それは――
「さて、と……」
 ため息まじりに銃を手に取り、エネルギーを確認する。
 そして、自分の周囲を完全に取り囲む巨大植物達へと視線を戻す。
「悪いが、そろそろ帰らないと、ウチの妹分の出迎えにも間に合わなくなりそうなんだ。
 アイツ……強がっててもまだガキだ。だけど『はやてのために』っつって、どれだけ傷ついても一生懸命になってがんばってるんだ。
 どうせ止めたって聞きやしない――だから、オレはそんなアイツの支えになってやらなきゃいけないんだ。
 だから――」
 告げながら、フォースチップをイグニッションし――
「そこを、どけぇぇぇぇぇっ!」
 渾身のゴッドマックスバーニングが、巨大植物達を薙ぎ払った。


 

(初版:2006/07/02)