「………………ん?」
それは、ほんの偶然だった。
アースラの格納庫――セイバートロン・サイバトロン出張司令部に顔を出したシルバーボルトは、フェイトが手にしたカバンにそれを詰め込むのを目にした。
お弁当だ。ということは――
「おや、フェイト、出かけるのか?」
「あ、うん……
ちょっと、私用でね」
シルバーボルトに答え、フェイトはカバンの口を閉め、
「…………あ、そうだ、シルバーボルト」
ふと思いついてシルバーボルトに声をかけた。
「シルバーボルトの役目って……ジャックプライムのお守りも含まれてるよね?」
「うむ。
いくらマトリクスを継承していても、若はまだまだ未熟だからな――」
「そうだね。
だから――」
そこで一旦息をつき、フェイトは真剣な表情でシルバーボルトに告げた。
「パートナーとして許可するから――なのはに手を出したら殺っちゃって」
「いや、殺るのはマズいだろ」
すかさずシルバーボルトがツッコんだ。
『フォースチップ、イグニッション!』
咆哮と共にセイバートロン星のフォースチップが飛来した。背中のチップスロットに飛び込み、両腕のミサイルポッドが展開され――
『ツインサーチ、ミサイル!』
バックギルドとライドスペースに座るアリサの放った強烈なエネルギーミサイルが、グランダスに迫ろうとしたランブルを蹴散らす。
だが、そんなバックギルドの背後に別のランブルが迫り――
「危ない!」
気づいたライブコンボイが対応した。棍棒形態のジャイロソーサーでバックギルドに襲いかかったランブルを弾き飛ばす。
「油断するなよ、バックギルド!」
「すまない、ライブコンボイ、真一郎!」
告げるライブコンボイと真一郎に答え、バックパックは気合を入れ直し、
「アリサに何かあったら、デビットさんに申し訳が立たないからね!」
「デビットさん?」
「ウチの父さんよ」
尋ねるエクシゲイザーにはアリサが答える。
「ミッドチルダに来る前に、一度会ってもらってたのよ」
なんでバックギルドがアリサの父親のことを知っているのか――疑問を抱く一同にアリサが説明すると、
「…………ふーん……」
そのアリサの言葉に、シェリーはガーディオンの肩の上で意味深な笑みを浮かべた。
「………………?
どうしたの?」
「お父さんにご挨拶してきたんだ……」
「――――――っ!」
シェリーのその言葉に、意味するところに気づいたアリサの顔が、一瞬にして耳まで紅潮した。
「へー、アリサちゃんってば……」
「すっ、すずかまで何よ!?」
シェリーの言葉に便乗し、エクシゲイザーのライドスペースで笑みを浮かべるすずかに、アリサは思わずくってかかる。
「ち、ちょっと、待ってよ!
あたしは別に、そんな意識はないんだから!
バックギルドはパートナー! ただのパートナーなんだから!」
一同に対し、アリサは全力でバックギルドとの関係を否定して――
「そんな、力いっぱい否定しなくても……」
「――って、バックギルド、なんでいきなり凹むのよ!?」
「いや、明らかにアリサ殿が原因だと思うでござるのだが……」
その場に崩れ落ちたバックギルドに尋ねるアリサに、メビウスショットがため息混じりにそう答え――
だが、彼らは気づいていなかった。
増援の到着によって余裕を取り戻し、意気揚々とランブル退治に励むその頭上を、巨大な飛行体が駆け抜けていったことに――
第50話
「今蘇る想いなの」
「へぇ……ここがセイバートロン星かぁ……」
上空からセイバートロン星を見渡し、フィアッセはスーパースタースクリームのライドスペースで感嘆の声を上げた。
「スタースクリームもこの星の生まれなのよね?」
「………………」
尋ねるフィアッセの問いに、スーパースタースクリームは答えない。
「ねぇ、スタースクリーム」
「………………」
さらに無視。
「スタースクリーム」
「………………」
まだまだ無視。
これにはさすがのフィアッセも眉をひそめ――
「………………!」
「こっ、こら!
無言でフットペダルを蹴りつけるな!」
「スタースクリームが無視するからでしょ!」
「だからって蹴るか!? 子供か、貴様は!」
反論するフィアッセに告げると、スーパースタースクリームは思わずため息をつく。
(まったく、サイクロナス達め……体よくコイツの世話を押し付けてくれて……!)
心の底から呪詛の言葉を吐く――帰ったらどうしてくれようかとオシオキの案をリストアップしつつ、スーパースタースクリームは地上をスキャンしていく。
「降りないの?」
「まずは拠点にできそうな場所を探してからだ。
地上から悠長に探していられるものか」
尋ねるフィアッセに無愛想な口調で答え――スーパースタースクリームの行く手にそれは見えてきた。
「スカイドームか……」
「何なの?」
「サイバトロンどものセイバートロン星での本部のあった施設だ」
フィアッセに答えると、スーパースタースクリームはしばし考え、
「……あそこを拠点にしてやるか。
元々が頑強な建物だということもあるし、何よりサイバトロンどもへの精神的なダメージも期待できる」
「うわぁ、性格悪いなぁ」
「何とでも言え」
答えるなり、スーパースタースクリームはロボットモードへとトランスフォーム。ランブル達が群がるスカイドームの前へと降り立った。
当然、ランブル達もそれに反応して襲いかかる。が――
「ザコは――どいていろ!」
スーパースタースクリームの敵ではない。いともたやすく蹴散らされていく。
バラバラに攻めていたのでは勝てないとすぐに理解したのか、ランブル達はすぐに物量作戦に切り替える。群れごとにタイミングをはかって一斉に襲いかかるが――
「数で攻めようと、同じだ!」
それでも戦闘力の差は圧倒的だった。スーパースタースクリームは胸の機銃でランブルを薙ぎ払う。
「フンッ、この程度か……」
「あのね、スタースクリーム……
『この程度か』って、考えるまでもなく圧倒的じゃないの」
「手加減しろとでも?」
「そうよ。かわいそうじゃない」
「知ったことか。
その『圧倒的な相手』に戦いを挑んだのだ。向こうにもそれなりの覚悟はあろう」
フィアッセにそう答えると、スーパースタースクリームは息をついて告げた。
「そんなことより、そのままライドスペースにいるのなら、セーフティバーから手を放すなよ」
「え………………?」
「『圧倒的ではない相手』のお出ましだ」
言って、スーパースタースクリームのにらみつけた先で、そいつは巨大な威圧感と共に存在していた。
母艦形態のダイナザウラーである。
「あれは……
スタースクリームが掠め取られた恐竜戦艦!」
「それは嫌味か? 嫌味なのか?」
声を上げるフィアッセの言葉にスーパースタースクリームがうめくと、ダイナザウラーの外部スピーカーから聞き覚えのある声が響いた。
《がーっはっはっはっ!
久しぶりだな、スーパースタースクリーム!》
「その声はスカージ――いや、今はギガストームだったな」
《その通り!
貴様のドデカいスパーク反応は探しやすくて助かる! 簡単に索敵できたぞ!》
つぶやくスーパースタースクリームに、ギガストームはダイナザウラーのブリッジで答え――
《こら、ギガストーム! お前ばっかりしゃべるな!
オレとてヤツには文句が限りなくあるんだ!》
《ちょっ、オーバーロード様、いきなり割り込まないでくださいよ!》
《オレ様だって、まだまだしゃべり足りんわぁっ!》
《ギガストーム様も何ムキになってマイク抱え込んでるんスか!?》
オーバーロードが乱入したのだろうか。言い争う彼らとそれをなだめるメナゾール、ウィアードウルフの声が外部スピーカーを通じて響いてくる。
「……カラオケのマイク争奪戦みたい……」
「まったく、あんなのが大帝だとはな……」
つぶやくフィアッセの言葉に半ば同意しつつ、スーパースタースクリームは思わずこめかみを押さえてため息をつく。
「今やとんだお笑い集団だな、貴様ら」
《な、なんだと、貴様ぁっ!?》
侮蔑を多分に含んだスーパースタースクリームの言葉に、ギガストーム(マイクは死守したらしい)は思わず激昂し――
《言いえて妙とはこのことだ!》
《否定しろよ!》
ギガストームの言葉に、周りで抗議の声を上げるオーバーロード達の声はマイクにしっかりと拾われていた。
《もう許さん!
やってしまえ、ダイナザウラー!》
ともかく、ギガストームの言葉に滞空していたダイナザウラーが動きを見せた。恐竜形態へとトランスフォームし、スーパースタースクリームと対峙する。
「フンッ、今さらダイナザウラーなどに遅れを取るものか!
ソイツを作ったのが誰だと思っている!」
対して、スーパースタースクリームもまた臨戦態勢に入った。先手必勝とばかりに両肩のナル光線キャノンを放つが――
「グオォォォォォッ!」
ダイナザウラーはひるまない。むしろ激昂してスーパースタースクリームに襲いかかる!
《バカめ! 先の戦いとは違うんだ!
すでにプラネットフォースの加護がないことを忘れたか!?》
「く………………っ!」
ギガストームの言葉に舌打ちし、ダイナザウラーと組み合うスーパースタースクリームはなんとかそれを押し返そうとするが――それより早くダイナザウラーが仕掛けた。その顔面に熱線を吐き放つ!
顔面を焼かれ、さすがのスーパースタースクリームも思わず後ずさり――そんなスーパースタースクリームを、ダイナザウラーは強靭な尾で打ち据える!
「ぐぁ………………っ!」
力任せの一撃で吹っ飛ばされ、大地に叩きつけられるスーパースタースクリーム。すぐに立ち上がろうとするが、ダイナザウラーが追撃として放った熱線が迫り、大地を転がってかわすしかない。
「ち、ちょっと、なんか押されてない!?」
「くっ、なんとも皮肉な話だな……!
自分達の戦力として建造したダイナザウラーが、ここまでこっちを苦しめるとは……!」
フィアッセの言葉に思わずうめき――スーパースタースクリームはフィアッセをライドスペースから放り出し、大地に降ろす。
「スタースクリーム!?」
「少しばかり、派手に殴り合うことになりそうだ――貴様がいたのでは思い切り戦えん!」
そう答え、立ち上がってダイナザウラーをにらみつける。
「貴様はさっさとどこから隠れていろ!
ESPが使えるのなら、瞬間移動のひとつも使えるだろ!」
「む、ムリだよ!」
「何!?
貴様らの仲間は使っていたぞ!」
「それってリスティじゃない!?
あの子とは“力”のタイプが違うの! HGSだっていろいろいるんだから!」
驚くスーパースタースクリームにフィアッセが答え――次の瞬間、声を上げた。
「危ない、後ろ!」
「何――――――っ!?」
フィアッセとの会話に気を取られた――とっさに振り返るが、突っ込んできたダイナザウラーの体当たりで吹っ飛ばされる!
「スタースクリーム!」
大地に叩きつけられたスーパースタースクリームの姿に、フィアッセが声を上げ――その声は、ダイナザウラーにも届いていた。ゆっくりとフィアッセへと視線を向けた。
「おい、ギガストーム。
あの女……」
「あぁ」
ダイナザウラーのブリッジで、モニターに映し出されたフィアッセの姿を前にギガストームはオーバーロードに応えた。
「スーパースタースクリームの連れていた女だ……
バカめ、さっさと逃げていればいいものを!」
つぶやき――ギガストームはダイナザウラーに命じた。
「ダイナザウラー! あの女を吹き飛ばしてしまえ!」
「も、もしかして、こっち狙ってる!?」
自分に向けて歩を進めるダイナザウラーに、フィアッセは思わず声を上げた。
あわてて周囲を見回すが、隠れられるような場所もないし、あったとしても逃げ込む前に一撃を受けてしまうだろう。
そんな彼女に向け、ダイナザウラーは思い切り背を反る――熱線を吐き放つ前兆だ。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
逃げ場はない。フィアッセの恐怖の絶叫が響き――
「――やめろぉぉぉぉぉっ!」
咆哮が響いた。
「――――――っ!」
身を起こし、スーパースタースクリームはそれを見た。
フィアッセに向け、ダイナザウラーが今まさに熱線を放とうとしている――
その瞬間、何も考えられなかった。
組織をかき回されたことも忘れていた。
付きまとわれていることもどうでもよかった。
どうしてそう思ったのか――理由などわからなかった。
ただ――
「――やめろぉぉぉぉぉっ!」
気がつけば、咆哮し、跳躍していた。
彼女を――フィアッセを守るために。
その瞬間――
(――――――っ!?)
その脳裏で何かが弾けた。
時間にすれば一瞬だったはずだ。
だが――余りにも多くの情報が頭の中を駆け巡っていく。
それは――
(オレは――この光景を知っている――!?
いや――知っているんじゃない――)
自分がかつて体験していた、同様の体験のものだった。
それは地球時間に換算して20年と少し前、自分がファイヤースペースに封印される直前のこと――
サイバトロンとデストロンの戦いは、ビッグコンボイの圧倒的な戦闘能力によって、デストロンが大きく押されていていた。
マスターメガトロンは愚かにも力で押し切るつもりだったようだが――スタースクリームはそうは思わなかった。
サイバトロンの現在の優勢はビッグコンボイひとりの手によるものではない。確かにビッグコンボイの活躍によるところは大きいが、それ以上に彼の戦いで奮起したサイバトロン戦士ひとりひとりがそれぞれに全力を尽くした結果なのだ。
そんな現状をマスターメガトロンひとりでひっくり返せるとは思えない。自分達デストロンがこの状況から巻き返すには物資が、そしてエネルギーが大量に必要だった。
そのために、スタースクリームは新たなエネルギーの供給源を求めた。
だが、すでに多くの星が両軍の戦いによってエネルギー資源を消費している。大量のエネルギー資源を得るには、まだどちらの勢力も手を伸ばしていない地を押さえる必要があった。
長距離ワープを繰り返し、スタースクリームは両軍の勢力エリアを遠く離れ――とある惑星に目をつけた。
どちらのトランスフォーマーも訪れておらず、豊富なエネルゴンを残していたその惑星こそが――地球だった。
だが――あと一歩というところでスタースクリームの身にそのアクシデントは訪れた。
連続して繰り返した長距離ワープによって、彼のゲート展開システムには大きな負荷がかかっていた――その限界が、よりにもよって地球の衛星軌道上へのワープの際に訪れてしまったのだ。
結果、スタースクリームは不安定なワープゲートに飛び込んでしまい――結果的には無事地球の衛星軌道上に出ることができたが、その不安定さ故にワープゲートがまき散らした次元エネルギーによってその身を大きく傷つけられることとなった。
成す術もなく、スタースクリームは地球へと墜落し――
彼女と出会った。
「ぐ……ぐぅ…………!」
全身を襲う痛みにうめきながら、森の中に墜落したスタースクリームはビークルモードからロボットモードへとトランスフォームした。
この星に人間タイプの生命体がいる事は、すでにワープ前の長距離スキャンで把握している――騒ぎにならないよう何とか胴体着陸に成功したが、大地を深々と抉ったことでむしろ身体に刻まれた傷はその数を増やしていた。
「ダメージレベル、8か……!
自己修復システムをフル稼働させても、回復には3ヶ月はかかるダメージか……!」
今は動くことすら苦しい。仰向けに倒れ、自己診断システムで状態を確認したスタースクリームがうめき――
すぐそばの茂みで物音がしたのは、そんな時だった。
「何者だ!」
思わず身を起こし、痛みに顔をしかめながらスタースクリームが誰何し――
「あ、あの……!」
そこにいたのは、ひとりの女性だった。自分の巨体を前に、驚きをその顔に浮かべている。
「この星の人間か……!
だが、運がなかったな……!」
大した力もない地球人の女性――だが、万が一助けを呼ばれても厄介だ。
目撃者を消すべく、スタースクリームは右肩のナル光線キャノンをかまえ――
「ケガしてるの!?」
「………………は?」
その時のリアクションは、我ながらマヌケだったと思う。
ともかく、彼女にとっては自分が人外の存在と出会ったことよりも、その『人外の存在』が怪我をしていることの方が重要だったのだ。
彼女はあわてて自分に駆け寄ろうとするが――
「――寄るな!」
そんな彼女に、スタースクリームは鋭く言い放った。
「貴様……何のつもりだ!?」
「な、何って……ケガしてるんでしょう!?
ちょっと見せて!」
「貴様などにオレの身体のことがわかるものか!」
「わからないわよ!」
断言された。
「けど――心配だもの!
ケガしてる人を心配することが悪いの!?」
「む………………」
女性の言葉に、スタースクリームは反論を封じられて思わずうめく。
「と、とにかく、心配は無用だ。
確かに軽いケガではないが――自己修復システムがある。安静にしていれば問題なく修復される」
「へぇ……
そういうところは、私達の身体と変わらないんだ」
「バカを言うな。
貴様ら人間のひ弱な身体と一緒にするな」
「同じだよ」
告げるスタースクリームに、彼女はまたもや断言した。
「キミだって、ケガしたら痛いんでしょ?――でなきゃ、今そんなに苦しそうにしていないもの。
身体の強さが違うだけで、私達と変わらないわよ」
迷いもなくそう告げる女性を前に、スタースクリームは思わず呆けていた。
一言で言えば『器が大きい』――だが、明らかに人外の異種族ですら受け入れる、『器が大きい』という表現ではまだ足りないほどに懐の深いこの女性に、正直興味を抱いていた。
気づけば――尋ねていた。
「貴様……名は?」
「え………………?」
「延々と代名詞で呼ばれたいか?」
付け加えたその言葉で、彼女はスタースクリームの意図に気づいたようだ。笑顔で自らの名を名乗った。
「ティオレ。
私はティオレ・クリステラよ」
それから、ティオレは森の中で休息をとるスタースクリームの元を毎日のように訪れた。
ただやって来て、勝手に話して帰る――ただそれだけ。他者に話している気配がないこともあり、スタースクリームももはや追い返すのはあきらめ、彼女の好きにさせていた。
彼女の話で周辺の様子がわかるというのも利点は大きかった。彼女の話によれば、ここは内戦地域から逃れてきた難民達のキャンプのすぐそば――自分はそこに、ボランティアで歌を歌いに来ているのだという。
スタースクリームは拒否したが、やはりかまわずティオレは自分の歌声を披露し、ただ文句を言わないというだけでスタースクリームに礼を言って帰っていくことも少なくなかった。
気づけば、スタースクリームは少なからず彼女の話に相槌を打つようになっていた。
「娘がいるのか?」
「そう――フィアッセっていうんだけどね」
その日の話には、彼女の娘の話が挙がった――聞き返すスタースクリームに、ティオレは笑顔で答えた。
「まったく、娘を放っておいて自分はここで金にもならないボランティアか……
まぁ、こんな戦場のすぐそばに連れてくるよりは安全だろうが――」
「その内連れてくるつもりよ」
「って、おい!?」
ティオレの爆弾発現に、思わずスタースクリームを目を丸くした。
対して、ティオレはスタースクリームの驚いた顔が見られて満足だったようだ。笑顔でうなずいてみせる。
そして――空を見上げ、優しげな表情で告げた。
「あの子にも、知っておいて欲しいの。
自分が平和で暮らしていても、世界ではこうして厳しい中で暮らしている子もいるんだ、って……
そんな人達のためにがんばれる子に、なってほしいから……」
「………………そうか」
つぶやくように応え、スタースクリームは空を見上げた。
自分がこうしてここで傷を癒している間にも、サイバトロンとデストロンの戦いは続いている。
マスターメガトロンは好き勝手に戦っていることだろう。
サンダークラッカーはあてにならない。どうせ出るなりすぐに落とされているだろう。
ラナバウトは――飛べないアイツは相変わらず降下作戦専門だろう。
だが――
「我々の戦場でも、貴様のキャンプにいるようなヤツらがいるのだろうな……」
ふと、そんなことが口をついて出た。
今思えば、この時にマスターメガトロンへの反逆を決意したのかもしれない。
今のマスターメガトロンの支配するデストロンでは無限の争いしか生まない。誰かの手による変革が必要なのだと――
だが、そんな平穏な時も長くは続かなかった。
「…………あれ?」
その日、スタースクリームの元を訪れたティオレは思わず声を上げた。
「もう立てるの?」
「あぁ。
飛行関係のシステムもあらかた回復したしな」
尋ねるティオレに、その場に立ち上がったスタースクリームはそう答える。
「だが、まだ火器関係も半分以上死んでいるし、トランスフォームもできない。
当分の間は、まだここの世話になりそうだがな」
「そうなの……」
スタースクリームの言葉に、ティオレは笑顔でうなずいた。
「その内娘も連れてくるから、会ってくれるとうれしいんだけど」
「そうはいくか。
貴様の娘はまだ1歳かそこらだろ――物心つくまでオレをここに引き留めるつもりか」
苦笑まじりにスタースクリームが答えた、その時だった。
突然、茂みの向こうで驚きの声が上がった――振り向くと、武装した一団が自分を目にして固まっている。
キャンプの人間でないことは容易に想像がついた。おそらくはゲリラか何かだろう。
そんな連中がここにいる理由があるとすれば――
「まさか――キャンプを襲うつもり!?」
思わずティオレが声を上げ――間の悪いことに、それがゲリラ達の硬直を解いてしまった。
そして、銃口が向けられたのは――
(ティオレ――!?)
「やめろぉぉぉぉぉっ!」
思わずスタースクリームが叫び――
放たれた銃弾は、ティオレの身体を撃ち抜いていた。
結果から言えば、ティオレは助かった。
銃声を聞きつけたキャンプの者達が駆けつけ、無数の死体の中で苦悶の表情を浮かべるティオレを発見したのだ。
幸いティオレを襲った銃弾は急所を外れていた。それが後に彼女の寿命を縮める結果となるのだが――それでも彼女は一命を取り留めた。
そして――地球におけるスタースクリームの行方は、その時を境に途絶えることになる。
いずれにせよ、エネルギー物資のめどは立った――まだ傷の癒えていない身体ではあったが、スタースクリームは逆転の希望を携えてセイバートロン星近宙へと舞い戻った。
だが、そこでスタースクリームを待っていたのは、予想もしていなかった現実だった。
マスターメガトロンはすでにビッグコンボイに敗れ、ファイヤースペースに封印されていたのだ。
サンダークラッカーとラナバウトも行方知れずで、傷つき、孤立していたスタースクリームはいともたやすく捕縛され、マスターメガトロンの待つファイヤースペースへと投獄された。
そして、通常空間とは時間の概念が大きく異なるファイヤースペースで永き時を過ごしながら、スタースクリームはマスターメガトロンと二人で再起の時を待つこととなった。
自分の長期不在をマスターメガトロンは責めなかった――元々部下に気を配らない性格の持ち主だ。自分のことなどどうでもよかったのだろう。
だが――スタースクリームを責めたのはそのことではなかった。
(オレは……あの女を守れなかった……!)
あの場にいながら、ティオレに傷を負わせてしまったことは、スタースクリームにとってこの上ない衝撃だった。
いくら傷ついていたとはいえ、自分の力が人間などに後れを取るはずがない――その力を持ってしても、小さな人間ひとり守れなかったのだ。そのことを思い返す度にその事実がスタースクリームの心を締め付けた。
その無力感に耐えかね、スタースクリームは自らに対して暴挙に出た。
自らのメモリーにロックをかけ、その記憶を頭の奥にしまい込んだのだ。
すべては、自分が忌まわしき記憶から逃れたい、ただそれだけのために。
結局、残ったのは『マスターメガトロンに成り代わる』という意志のみ――
そして時は流れ、現在に至る――
「ぐぅ………………っ!」
うめいて、スーパースタースクリームはヒザをついた。
熱線を受けた背中の痛みに耐えつつ、眼下に視線を落とす。
フィアッセは――
「無事、か……!」
彼女は傷ひとつ負ってはいなかった。自分の足元で、震えながら自分を見上げている。
『あの時』を繰り返す事はなかった――思わず安堵し、そして――
同時に、怒りが湧き上がった。
フィアッセを狙ったダイナザウラー、狙わせたギガストームにではない。
すべてを思い出した今――
自分自身に憤っていた。
(ティオレを救えなかったことは、あの時のオレには耐え難い屈辱だった……!
オレの力は人間のようなちっぽけな存在ひとり守れない――その事実が許せなかった……
その屈辱に耐えかね、オレは自ら記憶をメモリーの奥底に封じた。その事実を『なかったこと』にしようとした……)
だが、そのために――
(オレは、自分のプライドに固執する余り、同じ過ちを繰り返すところだったのか……!?
また、あの屈辱を味わうところだったのか……!)
それだけではない。
ティオレに関わる記憶を封じたことで、マスターメガトロンを超えようとした、そのそもそもの動機をも忘れてしまっていた。
理想は歪んだ野望にすり代わり、そして――
(オレは……何をやっていたんだ!)
そんな自分が、何よりも許せなかった。
だが――そんな感傷に浸る余裕などなかった。
《バカなヤツだ。
そんな小娘をかばって傷つくとはな!》
外部スピーカーからギガストームの声を響かせ、ダイナザウラーがスーパースタースクリームに対して一歩を踏み出す。
《さぁ、やれ、ダイナザウラー!
スーパースタースクリームなど、叩きつぶしてしまえ!》
意気揚々と命令を下すギガストームだが――スーパースタースクリームは静かに告げた。
「…………うるさい……」
《何………………?》
思わず尋ねるギガストームだったが――
「うるさいと――言っている!」
スーパースタースクリームが咆哮し――その全身に力がみなぎっていく!
そして――!
「フォースチップ――“ダブル”イグニッション!」
スーパースタースクリームが咆哮し、彼の元にセイバートロン星のフォースチップが飛来した。
しかも――同時に2枚。
それらはスーパースタースクリームの両肩のチップスロットに飛び込み、
「バーテックスブレード、アンド、キャノン!」
左腕側にバーテックスキャノン、右腕側にバーテックスブレードを展開させる。
そして、スーパースタースクリームはバーテックスキャノンをダイナザウラーに向け、
「バーテックス、ホールド!」
放たれたビームはダイナザウラーの目前で拡散。その周囲に拘束フィールドを発生させる。
目標の動きを封じ、スーパースタースクリームは背中のバーニアで爆発的に加速。一気にダイナザウラーへと突っ込み、
「スター、バーテックス、ブレイク!」
放たれた渾身の一撃が拘束場のエネルギーをも巻き込み、ダイナザウラーの身体に深々と叩きつけられる!
瞬間――斬撃と共に叩きつけられたエネルギーが爆裂した。胸部を大きく穿たれ、ダイナザウラーは思わず後ずさる。
「フンッ、その程度の攻撃でダイナザウラーが倒せるか!
まだまだ戦える! 叩きつぶせ、ダイナザウラー!」
だが――それでもダイナザウラーは倒れなかった。衝撃で揺れるブリッジの中、オーバーロードは傷を負ったダイナザウラーに再度の攻撃を命令するが――
「その命令は撤回だ!」
「何――――――!?」
突然の言葉に振り向くと、そこには仁王立ちするギガストームの姿があった。
「どういうつもりだ、ギガストーム!」
「そのままの意味だ!」
尋ねるオーバーロードに、ギガストームは毅然と言い返した。
「わからんのか!? ダイナザウラーは重装甲とパワーがウリなんだぞ!
ガタイが同じならスピードはヤツの方が上だ! 胸部装甲が破損した状態でヤツと戦うのは危険が大きすぎる!」
「だが、ヤツも傷を負っている!」
反論するオーバーロードだったが――
「それでもだ!」
ギガストームの決意は揺るがなかった。
「コイツのメンテナンスをしているお前ならわかるだろう。
たとえ勝てても、ダイナザウラーのダメージは大きなものとなろう――修復も片手間ではできなくなるぞ!」
「ぐ………………っ!」
「今は退く。
ダイナザウラーの傷を癒すのが先決だ」
そのギガストームの言葉に、オーバーロードはしばし考え――決断した。
「わかった。
ダイナザウラー! 戦艦モードへ!
ワープゲート展開! 全速力でこのエリアを離脱する!」
「退いたか……!」
こちらも追撃する余裕はなかった。撤退していくダイナザウラーを見送り、スタースクリームは息をついてその場にヒザをついた。
「スタースクリーム!」
「心配するな。
同時イグニッションでエネルギーを消耗しただけだ」
声を上げ、駆け寄ってくるフィアッセに、スーパースタースクリームは毅然とした口調で答え――
「それよりも――どういうつもりだ!?
なぜあんなところでボケッと突っ立っていた! 自分の“力”が戦闘向きでないと言うのなら、なぜすぐに隠れなかった!」
「そ、それは……」
すぐに言い放ったスーパースタースクリームの言葉に、フィアッセは思わず視線を落とす。
「まったく、おかげでオレは……」
告げかけ――スーパースタースクリームはそこから先の言葉を飲み込んだ。
余計な事を思い出してしまった――そう告げかけた自分に激しい嫌悪感を抱いた。
胸中ですら言葉にするのをためらい――告げることなく、心の中で静かに訂正した。
(親子2代に渡って、お前達を危険にさらしてしまったんだ……
だが……)
――お前が助かって、本当によかった――
そう感じるスーパースタースクリームは、自分が心の底から安堵していることに気づいていた。
「………………何だ?」
「いや……ちょっと、ね……」
歩きながら眉をひそめ、尋ねるスーパースタースクリームに、その肩の上に座るフィアッセはどこかあいまいな表情で答えた。
「サイズシフト――だっけ? そうやって他の人達と同じくらいにまで身体を縮められるのに、どうしてアジトじゃ元の大きな身体のままなのかなー、と思って」
「サイズシフトも万能じゃない。
身体を縮めれば体内のエネルギーを圧縮されて負担となるし、巨大化させてもパワーが行き渡らなくなってすぐにガス欠だ。
特にオレの場合、プライマスのスパークを吸収した影響でサイズシフトの自由度は上がっているが、その分安定性に欠けている――使いこなすまでは危険ととなり合わせだということを忘れるな」
「だったら今現在も危険なんじゃない?」
「だからオレとしてはさっさとライドスペースに引っ込んでもらいたいんだがな」
フィアッセに答え、スーパースタースクリームはスカイドーム内のサイバトロン本部――その指令室へと足を踏み入れた。
端末のひとつに向かい、システムを立ち上げる。
「………………よし。問題はない。
崩壊の直前にマスターメガトロンがここで暴れたらしいが、ほとんどのシステムがまだ生きている」
「そうなの?
私にはチンプンカンプンなんだけど」
「貴様は機械には明るくないようだからな」
「あ、わかる?
家でもなのはにビデオの予約とか任せっきりだったのよねー……」
「そういうところはどっちが年上かわからんな、お前らは……」
フィアッセの言葉にうめきながら、スーパースタースクリームは端末を操作していき――
「………………ん?」
ふと気づいた。
視界のすみの端末が勝手に起動したのだ。
「何だ…………?」
眉をひそめ、その端末の画面をのぞき込むと、意味のわからない記号の羅列によって名づけられたファイルが表示されている。
「暗号化ファイルか……」
「何て書いてあるの?」
「待て。今解読する」
フィアッセに答え、スーパースタースクリームはデータを解析していく。
「これは、ある一定のパルスパターンを簡略的な文法として応用したものだ。
繰り返しや規則性に文字や数字を当て込んでいけば、簡単に読み取ることができる」
「へぇ……」
「だが、このパルスパターン……どこかで……」
感心するフィアッセを尻目に、スーパースタースクリームはしばし考え――
「――――――っ!」
解読されたファイル名を見て目を見張った。
(…………crystela――『クリステラ』、だと……!?)
同時に、文法の元となったパルスパターンの正体にも思い至る。
どこかで見た覚えがあるはずだ――自分のスパークパルスのパルスパターンなのだから。
(オレのパルスパターンを暗号に使い、且つファイル名に『クリステラ』の名……
どう考えても、オレ宛だということか……)
一体誰の仕業か――その正体は気になったが、ともかくスーパースタースクリームはファイルを開き、新たに表示された暗号を解読していく。
そして、解析されたデータが表示され――
「………………なん……だと……!?」
そこに記されていたのは、驚愕すべき内容だった。
「何だ、コレは……!
一体何なんだ、コレは!」
「スタースクリーム!?」
突然声を荒らげたスーパースタースクリームに対し、フィアッセが声を上げるが――答えは返ってこない。スーパースタースクリームはずっと画面をにらみつけている。
(もし、これが事実だとすれば……
すべては仕組まれていたというのか……“ヤツ”に!
セイバートロン星のすぐ近くの星系にグランドブラックホールが発生したのも、偶然ではなかったとでも言うのか!?)
無意識の内に、彼は拳を強く握りしめていた。
(ここまで手の込んだことをしたからには、おそらくオレにしかこの情報を伝えるつもりはあるまい……
だが、なぜこの情報をオレに与えた……! オレに、どうしろと言う……!)
胸中でうめき、歯を食いしばり――決断した。
「…………帰るぞ、フィアッセ」
「スタースクリーム!?」
突然きびすを返したスーパースタースクリームに、フィアッセは驚きの声を上げながらもあわててその後を追う。
「一体どうしちゃったのよ!?
せっかくここを確保したのに、手放しちゃうの!?」
「そうだ。
スカイドームに限らん――セイバートロン星そのものから撤退する」
フィアッセに答え、スーパースタースクリームはかまうことなく歩を進める。
(いいだろう……今の内は貴様の思惑に乗って、悪党ごっこを続けてやる……
そういった意味でも、『根無し草どものリーダー』という今の立場は自由に動けて都合がいい)
スカイドームを出て、グランドブラックホールの重力場の影響で渦を巻くセイバートロン星の空を見上げた。
「だが……覚えておくがいい、プライマスよ。
最後に笑うのは、この超星大帝スーパースタースクリーム様だ」
ミッドチルダ、アルトセイム地方――
山と豊かな緑に包まれたこの地は、彼女にとっても思い出深い土地だった。
かつて自分の住まいがあった人工のくぼ地の周りを歩きつつ、フェイトは昔を懐かしんでいた。
元々自分達は残り二つのプラネットフォースに対し、代わりとなるのがギャラクシーコンボイのマトリクスひとつだけだったため、ミッドチルダのプラネットフォース探しを余儀なくされてやって来たのだ。
だが、今はジャックプライムの――キングコンボイの受け継いだ“第2のマトリクス”が代替として使える。このままミッドチルダでの戦況が長引くようなことになれば、まずはセイバートロン星にチップスクェアを持ち込む方向に話が進むことも十分に考えられる。
そうなれば自分はまたミッドチルダを離れることになる――そうなる前に、ここには足を運んでおきたかった。
ゆっくりと進んでいた足が、唐突に止まった。
目の前にあるのは、焼け焦げ、砕けた自然石――
《これを、フェイトが?》
「うん……
覚えたばかりのフォトンランサーで」
尋ねるジンジャーに、フェイトは砕けた自然石を撫でながら答える。
《フェイトも優秀ですけど……お師匠様も優秀だったんですね》
「うん。
あの頃から、わたしも強くなったけど……まだ、勝てないかな」
答え、フェイトは感慨深げに微笑み――
「あらあら、謙遜しちゃって」
「――――――っ!?」
突然の声――その一言に、フェイトは戦慄した。
もう二度と聞くはずのないと思っていた――いや――
“聞けるはずのない声”だった。
自分の耳が信じられない――そんな思いと共にフェイトはゆっくりと振り向き――
そこに、彼女はいた。
肩の上でそろえた薄茶色の髪。
スラリとした長身。
ぴんと伸びた背筋。
真っ直ぐな視線。
間違いない。
フェイトの口が、ゆっくりとその名を呼んだ。
「…………リニス…………!?」
(初版:2006/12/10)