「そう……やっぱりグレアム提督は辞職願いを……」
「えぇ。
 辞職と――自分のしたことに対する、法の元での裁きを願い出たわ」
 本局に帰還、一連の事態の報告を終えたリンディのつぶやきに、レティは静かにうなずいた。
「操作妨害はともかく、リーゼ達によるはやてちゃんの誘拐については、局としても扱いに困ったみたいよ」
「それについては、守護騎士の子達を見逃して、事件を長引かせていた私達の責任でもあるものね……」
「そうね……
 それにはやてちゃん自身の心の問題もある――局としては最初から、彼女への影響を考慮して、多少超法規的措置になっても穏便に済ませる意向だったみたい」
 リンディに応え、レティは彼女と共にエレベータに乗り込み、
「でもなければ……“あんな採決”は下らないと思うし」
「え………………?」
 不思議そうに自分を見返すリンディに、レティはどこか楽しげに微笑んでいた。
 

「そっか……
 メガザラックでも、リインフォースは……」
「あぁ」
 サイバトロン基地のミーティングルーム――つぶやくはやてに、メガザラックは静かにうなずいた。
 彼女達や守護騎士達の目の前には、内部プログラムを失い、ただの書物と貸した“闇の書”――“夜天の魔導書”が置かれている。
「“夜天の魔導書”の改変は、リインフォースの言った通り、システムの根本にまで影響を及ぼしていた。
 オレの持っていた、開発当時のデータを使えば、元の形に修復することは可能だったかもしれない――だが、それは彼女のシステムを根本から修正することになる。
 システムはすべて白紙に返される――それは当然、彼女の記憶も例外ではない。
 すべての記憶が失われ――彼女は、お前達の知る彼女ではなくなったはずだ。
 それは、本当の意味で彼女を救うことには、ならなかったはずだ――たとえ器が修復されても、その中に宿る彼女は、お前達のことを何ひとつとして知らない、まったく別の彼女になってしまうのだから……」
「それでも……」
 そのメガザラックの言葉に、はやてはうつむいたまま答えた。
「わたしは、あの子に生きていてほしかったです……」
「……そうか」
 うつむき、つぶやくように告げるはやての言葉に、メガザラックははそう応えるしかない。
 シグナム達守護騎士の面々も何も言えず、ただ沈黙だけがその場を支配し――
「…………八神はやて」
 意を決し、メガザラックは沈黙を破った。
「彼女は言ったな? 『自分の名を、跡を継ぐ者に託してあげてほしい』と。
 その願いを叶えるのと共に――」
 告げながら、メガザラックは“夜天の魔導書”へと視線を落とした。
 

「万に一つの希望に、賭けてみるつもりはあるか?」

 

 


 

第66話
「戦いの後、それぞれの再出発なの」

 


 

 

 一方、地球では“闇の書”事件の事後処理と平行し、ギガロニアへのプラネットフォース探索の準備が進められていた。
 

「次元跳躍の……危険な影響?」
「そう」
 聞き返すなのはに、ジャックプライムは端末を操作しながら笑顔でうなずいた。
「アースラとかでミッドチルダを行き来してたし、ウィザートロンやスターセイバー達が転送魔法をポンポン使ってたから、あんまり実感わかないだろうけど……実は 次元世界同士の移動って、トランスフォーマーにとってはかなり危険な行為なんだよ」
「時空間は、空間が安定したエリアばかりではないからね」
 肩をすくめて同意するのはファストガンナーだ。そんな彼のとなりで、ベクタープライムがなのは達に説明する。
「今まで我々が行き来したり船外活動をしていたエリアは、時空間が安定していたからこそ安全だったのだ。
 だが、時空間の中にはその空間の安定が失われている危険地帯が存在する。
 そういった場所は時間と空間の区別が明確に分かれていない世界であり――」
「あー、つまり、時間の流れが空間に直接作用しちゃったりするような、空間の存在そのものが不確かな空間なの。
 ギガロニアのケースみたいに新しく次元世界が分裂したようなところは、特にそういう危険地帯が発生しやすいの」
 なんとなく――言いたいことはわかった。ユーノがなのはのとなりでジャックプライムに尋ねる。
「つまり、それって……ギガロニアに行くには、その危険地帯を通らなければならない、ってコト?」
「正解♪
 そんな不安定な空間の中では自分の存在すらあやふやになっちゃう――そんな空間の中で自分の身体と意識の存在を保つには、人間の脳みたいな複雑で高度なアナログ処理ができる、柔軟な頭脳システムが必要なの」
 尋ねるユーノに答えると、ジャックプライムは肩をすくめて見せる。
「トランスフォーマーの中じゃ、時空の管理者として元々『そういうふうに』できてるベクタープライムや人間の脳に近い頭脳構造を持ってるホップ達マイクロンが数少ない例外、かな?
 とにかく、その問題を何とかするために、みんなで新しい防御プログラムを開発中、ってワケ。
 ボクやギャラクシーコンボイのマトリクスや、ベクタープライムの剣の仕組みを解析してね」
 言って、ジャックプライムは自分の胸――マトリクスの収納スペースを軽く叩いてみせる。
「そんなこんなで、今そのプログラムを作ってるんだけど……」
 そう告げると――ジャックプライムの表情が突然くもった。どこか言いづらそうになのはに尋ねる。
「そのおかげで今朝から会えずにいるんだけど――フェイト、大丈夫?」
「あぁ、それは大丈夫」
 心配そうに尋ねるジャックプライムだったが――なのはは笑顔でうなずいた。
「アリシアちゃんが、いい感じに“二人を”引っ張ってくれてるよ」
 

「それでね、それでね!
 レオザックが地球やミッドチルダからたくさんアニメとか集めてきてくれたの!
 特に日本のアニメなんかおもしろいのがたくさん! もうサイコー!」
「う、うん……」
 自室においてハイテンションでまくし立てるアリシアを前に、フェイトは戸惑いながらうなずくしかなく、そんな二人の姿にリニスは思わず苦笑する。
 “闇の書”との戦いも終わり、改めてアリシアと話したくて――フェイトは認識阻害魔法をかけて国守山に停泊していたメガデストロイヤーを訪れた。
 応対に出たリニスとはミッドチルダでの経緯もあって多少ギクシャクしていたものの、そんな二人の空気を吹き飛ばしたのは妹の来訪に大喜びのアリシアだった。
「わたしね、身体が治ったら地球の秋葉原に行ってみたいなー♪
 ねぇねぇ、フェイト、その時は案内してね♪」
「あ、えっと……
 わたしも、まだ行ったことないから……」
 満面の笑顔で告げるアリシアに、フェイトは完全に圧倒されているが――
「ダメですよ、アリシア」
 そんな二人の間に割って入り、アリシアをたしなめたのはリニスだった。
「身体が治っても、まだまだやらなければならないことは山積みですよ。
 完治したかどうかの検査もたくさんしなければなりませんし……しばらくは外出禁止です」
「えーっ!? リニス、ひっどぉーい!
 フェイト、フェイトからも何か言ってよぉ!」
「わ、わたし!?」
 突然巻き込まれ、フェイトは思わず声を上げ――
〈リニス、少しいいか?〉
 突然、レオザックが内線で連絡してきた。
〈ブリッジに来てくれ。
 リンディ提督から通信が入った〉
「リンディ提督から……?」
 一体何があったのだろう――レオザックの言葉に思わず首をかしげ、フェイトはアリシアと顔を見合わせた。
「……わかりました。
 すぐに向かいます」
 言って、リニスがアリシアの部屋を出て行くのを、フェイトは見送り――
「じゃ、フェイト♪」
 そんな彼女の肩を、アリシアは笑顔で叩いた。
 その手の中には、すでに数枚のDVD――
「リニスもいなくなったことだし、さっそく鑑賞会だよ♪」
「え…………?」
「フェイトは何が見たい?
 『ボウケンジャー』? 『カブト』? それとも『Gガンダム』?」
「あ、いや、ちょっと……」
「ナニ? 『ボウケンジャーVSスーパー戦隊』がいいの?」
「そ、そうじゃなくて……」
 目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくるアリシアに、フェイトは思わず後ずさる。
 断ることは――できそうになかった。
 

「これからどうする? フレイムコンボイ」
「うーむ……」
 尋ねるブリッツクラッカーに、フレイムコンボイは思わず腕組みして考え込む。
 セイバートロン星やアトランティス、そして“闇の書”との戦いではやむなく共闘したが、自分達は元々デストロンの所属だ。
 マスターメガトロンに対しブリッツクラッカーには忠誠心が、フレイムコンボイには義理がある。サイバトロンやなのは達が憎いワケではなく、むしろ共闘したことで仲間意識もそれなりに芽生えているが――だからこそ、今の中途半端な立ち位置のままここにいることには抵抗を感じていた。
 どうしたものかと、二人はしばし考え――
「………………ん?」
 ふと、ブリッツクラッカーはビークルモードで基地を出て行くガードシェルに気づいた。
 

「くそっ、これからどうすりゃいいんだ……!」
 ビークルモードのまま、森の中で杉の木に車体をぶつけ、デモリッシャーは思わずうめいた。
 人間達を『自分勝手な生き物だ』と評し袂を分かったものの、そうして身を寄せたデストロンもまた似たような連中の集まりだった。
 だが――
(一番勝手なのは、仲間を裏切ったオレだったんだ……!)
 デストロンを抜けても、今さらサイバトロンにも戻れない。ますます思考のループに陥り、デモリッシャーは苦悩し――
「デモリッシャー!」
 そんな彼に突然声がかけられた。
「だ、誰だ!?」
 とっさにロボットモードにトランスフォーム。振り向いた彼の前に現れたのは――
「ガードシェル……?」
 そう。そこに現れたのは、オートボルトからデモリッシャー発見の報せを聞いたガードシェルだった。
 その傍らには真雪もいる――二人の姿を前に、思わず左腕のクレーンをかまえるデモリッシャーだったが、そんな彼にガードシェルは告げた。
「デモリッシャー……なぜ仲間のもとに帰らない?」
「フンッ、オレをからかってるのか?」
 しかし、そんなガードシェルの問いを、デモリッシャーは自嘲的な笑いと共に一蹴した。
「今さら、どの面下げて戻れって言うんだ!」
 言うと同時――突き出したクレーンがガードシェルの胸を痛打する。
 だが――ガードシェルは反撃しない。さすがにヒザはついてしまったものの、打たれた胸を押さえ、ただデモリッシャーを見返すのみである。
「どうした!? 裏切り者とは、戦う値打ちもないっていうのかよ!?」
 反撃しないガードシェルの姿に、デモリッシャーは苛立ちもあらわに声を荒らげ――
「そんなこともわからなくなってるのかい?」
 そう答えたのは真雪だった。
「いいかい、ガードシェルは――」
「真雪」
 だが、そんな真雪を止めたのは他ならぬガードシェルその人だった。
「私に任せてくれ」
「大丈夫なのかい?
 お前さん、人間関係はけっこう不器用だからなぁ……」
「ハハハ……手厳しい評価だな」
 真雪の言葉に答え、ガードシェルは思わず苦笑しながらデモリッシャーへと向き直る。
「ようやく戦うつもりになったのか?」
「いや」
 告げるデモリッシャーだが、ガードシェルはハッキリと拒絶を示した。
「オレは、お前とは戦わない」
「なぜだ!?」
「そんなこと……決まってる」
 デモリッシャーに答え、ガードシェルはハッキリと彼に告げた。
「オレは……」

「仲間とは、戦わない」

「――――――っ!」
 その言葉に、デモリッシャーは思わず息を呑んだ。
 ガードシェルは『仲間とは戦わない』と言った。つまり――
「……ガードシェル……
 お前は、まだオレのことを仲間だと言うのか……?」
 呆然と尋ねるデモリッシャーに、ガードシェルは諭すように告げた。
「過ちは……誰にだってある。
 しかし、お前は自ら犯した過ちに気づき、反省している。
 今のお前が……敵であるはずがない」
「ガードシェル……」
 その言葉に、デモリッシャーは自分の中のわだかまりが解けていくのをハッキリと感じていた。
「だ、だが……仲間達は、オレを許してくれるだろうか……」
「なら、償えばいいだろ」
 それでもまだ不安を残すデモリッシャーに、真雪は平然とそう答える。
「経験者の言うことほど重みのあるもんはないからな。
 もし誰かがお前みたいにバカをやりそうになったら、それを止めてやればいい。
 もしバカをやっちまった後なら、それを許してやればいい。だろ?」
「真雪……」
 自分の犯した過ちをなかったことにはできない。だが、それを悔い、次に活かしていくことはできる。
 罪を償いたいのであれば、自分を責めるのではなく、仲間達の間で自分の経験を活かしていくこと――自分に道を示してくれた二人の姿を、デモリッシャーは順に見返していく。
 そんな彼の肩を、ガードシェルはポンと叩き、
「さぁ、行け。
 仲間達が待っている」
「え………………?」
 その言葉にデモリッシャーが振り向くと――
「お、お前達……」
 そこにいたのはアーシーを始めとする、この近隣で活動している移民トランスフォーマー達だった。
 その先頭に立つのはオートボルトだ。彼が呼び集めてきてくれたのだろう。
「ガードシェル……真雪……」
「あぁ」
「行ってやりな。
 みんな、お前さんのために集まってきてくれたんだからさ」
 もう一度見返すデモリッシャーに、ガードシェルと真雪は肩をすくめ、笑顔でうなずいた。

「どうやら、元のサヤに収まったみたいだな」
 デモリッシャーが仲間達に受け入れられていくその光景を物陰から見守り、フレイムコンボイは静かにつぶやいた。
「うぅっ、よかったな、デモリッシャー……!」
「えぇい、メソメソするな!」
 一方で豪快にもらい泣きしているブリッツクラッカーをたしなめ、フレイムコンボイはもう一度デモリッシャーを見返した。
「……『バカをやりそうになったら止めればいい。バカをやったら許してやればいい』か……」
 そうつぶやく彼の中では――すでに自分のやるべきことがおぼろげながら見えてきていた。静かにつぶやく。

「オレ達も……止めてやるべきなのかもしれんな……」
 

 その頃、なのは達に休息の時を与えたギャラクシーコンボイ達は、今まで集めた3つのプラネットフォースや二つのマトリクスの“力”を使えばグランドブラックホールを消滅させることも可能なのではないかと考え、ギガロニア行きの準備を地球組に任せ、グランドブラックホール消滅作戦の準備のためにセイバートロン星に戻っていた。
 作戦の障害となるランブルの掃除に奔走する中――その報せは届いた。

「ジュエルシードを……メガザラックに!?」
〈えぇ。
 ミッドチルダのプラネットフォースはウィザートロンに預け、アリシアさんの蘇生に使われることになります〉
 思わず驚きの声を上げるギャラクシーコンボイに、通信モニター上のリンディはハッキリとそう答えてうなずいた。
「そんな……プラネットフォースをみすみす渡すというんですか!?」
 当然、となりのドレッドバスターからは反論の声が上がるが――
〈メガザラック達が信用できませんか?〉
「そ、それは……」
 あっさりと切り返すリンディに、ドレッドバスターはあっけなく反論の言葉を失った。
 彼らのために瀕死の重傷を負った身としては正直複雑な想いもあるが、『アリシアを救う』という彼らの戦う理由を知り、共に“闇の書”に立ち向かった今では、ドレッドバスターも彼らの“義”は信じるに足るものだと感じていた。
「確かに……今となっては、問題はないのかもしれない」
 口ごもるドレッドバスターに対し、肯定的な意見を出すのはニトロコンボイである。
「元々アリシアの命を救うために戦うウィザートロンと、我々が戦う理由などなかった――過去の事情の行き違いから敵対していただけ、のようなものだったからな。
 敵対していたからこそ、『プラネットフォースを貸し与えても戻ってくるかどうかわからない』という問題があったが、両者の間のわだかまりが解けた今なら……」
「そう……ですね……」
 ようやくドレッドバスターが納得すると、そんな彼のとなりでライガージャックが肩をすくめ、
「しっかし、よくそんなの管理局が認めたよな。
 あちらさんの感覚にしてみれば、自分達の城を襲った犯罪者だろうに」
 だが――そんな彼らにリンディは答えた。
〈実は、グランドブラックホールについてはある人物に対応の全権が任されてね。その人の判断なの〉
「ある人物……?」
 尋ねるギャラクシーコンボイに、リンディは意外とも言える名を告げた。
 

〈グレアム提督よ〉

 

「じゃあ、許可されなかったの? グレアム提督の辞職」
「正確には保留、だな」
 士郎が復帰し、久々に穏やかな空気に包まれる喫茶“翠屋”――尋ねるアルクェイドに、クロノは息をついてそう答えた。
「“闇の書”事件に対する提督の行動は、グランドブラックホールへの対処においても大きな影響を与えたことは否定できない。
 辞職して早々に決着をつけるより、事態を混乱させた責任を取ってその混乱を収拾させること――それが管理局上層部の決定だったんだ。
 はやて達も保護観察がついたけど、アースラの任務に従事、って形でこの件には参加していけるし……相当の温情判決だよ」
「そのために、グレアム提督に全権を?」
「もちろん、提督への監視はつきますけどね」
 耕介に答え、クロノはコーヒーをすする。
 今日は“闇の書”との戦いに加わったメンバーを労うために貸しきり状態での特別営業だ。特に『ご苦労様会』などを企画したワケではないので来店は原則自由だが、それぞれの場所での用事を済ませた人間メンバーが最終的にここに集まることはほぼ確定だろう。
 現にメガザラックとの会見を済ませたはやてや守護騎士達はなのは達に先駆けてすでに来店している。
「けど、その全権委譲に便乗してメガザラック達にジュエルシードをくれちまうんて、豪儀というか何というか……」
「もちろん、他の勢力だったら誰も許可しなかったさ。
 相手がメガザラックだったから――安心して託せるんじゃないのか?」
 ケーキの生クリームで顔中ベタベタにしてしまい、すずかにふいてもらいながら告げるヴィータにそう答えると、クロノは視線を動かし――

「こっ、こら! そんなにくっつくな!
 恭也の仕事のジャマになるだろう!」
「えー?
 でも、恭也くんは嫌がってないよね?」
「え? あ、いや……」
「恭也!?」
「あらあら、モテモテねぇ、恭也」
「か、母さん……」

「…………あっちは、まだしばらく安心できそうにないですね……」
「……シグナムの手綱は、しっかり握っていてくれると助かる」
 恭也を巡って知佳と修羅場を展開するシグナムやそれを眺めて楽しんでいる桃子、そんな女3人の真ん中で無力を痛感する恭也――店のド真ん中で繰り広げられるドタバタを前に、シャマルとクロノはため息まじりに言葉を交わす。
 そんな店内の喧騒を、はやては微笑を浮かべながら見守り――
「……ねぇ、はやて」
 それに気づいたのはアリサだった。不思議そうにはやてに尋ねる。
「どないしたん? アリサちゃん」
「うん……わたしのカン違いかもしれないけど……
 はやて、何かいいことあった?」
 そう――“闇の書の闇”との戦いでリインフォースを失い、はやてが哀しみにくれていたことは誰の目にも明らかだった。
 本人はみんなに心配をかけまいと明るく振舞っているが、どうしてもどこかムリをしているように見えていた――だが、そんなはやての中の悲しみが、幾分か和らいでいるように見えたのだ。
 不躾ぶしつけとは思ったが、どうしても気になった――そんなアリサの質問に、はやては答えた。
「うーん……いいこと、っちゅうか……
 希望が出てきた、ってところやろうね」
「………………?」
 どこかイタズラっぽく笑みを浮かべ、抽象的な言い回しで答えるはやての言葉に、アリサは思わずすずかと顔を見合わせていた。
 

「世話になったな」
「それはこちらのセリフだ。
 お前の助力がなければ、はやて達を救えなかった」
 告げるメガザラックの言葉に地球へと戻ってきたギャラクシーコンボイが答え、二人は対等に握手を交わし、
「ミッドチルダのプラネットフォースを頼んだぞ」
あの古狸コンビグレアムとエルダーコンボイにうまく乗せられた気もするが……こちらにしてみれば渡りに船だ。
 プラネットフォースの回収役、素直にパシられてやるさ」
 ギャラクシーコンボイのとなりで告げるライブコンボイにも、メガザラックは苦笑まじりに答えて肩をすくめて見せる。
 アースラが保有していたジュエルシードがウィザートロンに正式に譲渡され、これで管理局とウィザートロンそれぞれが保有していた21個のジュエルシードがすべてそろった。そこで、さっそくミッドチルダのプラネットフォースを回収すべくなのは達ギガロニア遠征組に先駆けて出発することにしたのだ。
 その場には彼らだけでなく、なのは以下見送りのためにセイバートロン星からも仲間達が見送りに駆けつけてくれている。
「もう少しゆっくりしていってもよかったのに……
 メガザラックさんだってあの戦いで疲れてるんだし……」
「確かにずいぶんと大技を撃ちまくったが、大したことはない。お前達人間と一緒にするな。
 それに――」
 なのはに答え、メガザラックは“そちら”へと視線を向け――

「なんだか、アリシアに共感し始めてる……
 自分がわかんない、わかんないよぉ……」

「……早く彼女からアリシアを遠ざけんと、染まりそうだからな……」
「う、うん……
 フェイトちゃん、ふぁいとー……
 結局あれから何作品見せられたのだろう――頭を抱えて得体の知れない恐怖に恐れおののいているフェイトを前に、さすがのなのはもメガザラックのその言葉にはただうなずくしかない。
 と――
「えっと……父さん……」
 その時、突然ジャックプライムがメガザラックに声をかけた。
「スタントロンとかバンディットロンとか……まだ、プラネットフォースを狙ってる勢力はいるから……えっと……
 …………気をつけてね……」
 まだどこか気まずいのか、口ごもりながら告げるジャックプライムだったが――
「…………『父さん』はよせ」
 そんな彼に、メガザラックはそう答えた。
「結果的に、とはいえ、オレはお前を育てることができなかった――オレにとって、お前の父親を名乗る資格は重すぎる」
「け、けど……」
「お前はよくても――オレがオレ自身を許せない」
 反論しかけたジャックプライムに答え、メガザラックは静かに告げた。
「ギガロニアのプラネットフォースを頼んだぞ、ジャックプライム。
 ミッドチルダのプラネットフォースを手にし、アリシアの完治を確かめたら、オレ達もそちらの戦場に馳せ参じよう。
 父親の席は辞退するが――代わりに戦友として、オレはお前のとなりに立つ」
「…………うん!」
 メガザラックの言葉に笑顔でうなずき、ジャックプライムはメガザラックに向けてグッ! とサムズアップしてみせる。
「見ててよ、父さ――メガザラック!
 がんばって戦って、戦って、戦い抜いて――メガザラックの出番なんかないぐらいがんばっちゃうから!」
「うわー、メガザラックさんを“戦”友にする気0?」
「少し、焚きつけすぎたかなぁ……?」
 背後にやる気の炎をメラメラと燃やすジャックプライムの言葉に、なのはとメガザラックは思わず苦笑し、うめいていた。

 

 

(ぐ………………っ!)
 真っ暗な闇の中、彼は静かに漂っていた。
 触覚センサーは死んでいるが、温度センサーが周辺温度が通常よりも低いことを知らせている――どうやら低温の海中を漂っているらしい。
(こんな……ところで……!)
 武人としての誇りを打ち砕かれ、雪辱に燃えて再戦に臨むも余計な横槍によってまたもや脱落――
 このままでは――終われない。
(オレは……負けん……負けられんのだ……!
 この星を……いや……全宇宙、全次元世界の……覇者と、なるまでは……!)
 もはや気持ちだけでつなぎ止められている自らの命を懸命に鼓舞し――

 ―――――クナイ……

 彼の脳裏にその声が響いたのはそんな時だった。

 ――消エタクナイ……

 今度は、ハッキリと聞こえた。

 ――消エタクナイ……

(そうか……貴様も消えたくはないか……)
 何者かは知らないが――彼はその声の主も生への渇望に満ちていることを感じていた。
 なぜか得られた確信と共に――心の中で告げる。
(ならば……来い。
 我が力となり――その存在を永らえるがいい)

 次の瞬間――スカイクェイクの意識は途切れた。

 いや――違う。
 あまりに多くの情報が脳裏に流れ込み、その負荷で思考が一瞬断ち切られたのだ。
 流れ込んでくるのは、生への渇望、破壊への欲求、そして――その身体をよこせという、強い欲望。
 次々に押し寄せる強烈な意識の奔流に、自らの意識が塗りつぶされそうになる――だが、
(…………なめるな……!)
 彼はその強烈な重圧を前にしても毅然と自らの意識を保っていた。
(オレを誰だと思っている……!
 世界の覇者となる者……最強の座につくべき、唯一の者……!)

 

(恐怖大帝、スカイクェイク様だぞ!)

 

「スカイクェイク様ぁーっ!」
「どこにいるんですかーっ!?」
 その頃、海上ではホラートロン一同による、懸命な捜索活動が続いていた。
「くそっ、やはり海上からでは……
 タートラー!」
「わかっている!
 シーコンズ、全員潜航だ! 海中を探すぞ!」
 ダイムボムの上から声をかけるレーザークローの言葉に、タートラーが部下達に指示を下し――

 変化は突然訪れた。突如として海流が変化し、激しく渦を巻き始める!
「な、何だぁ!?」
 逃げる間もなく渦に飲み込まれ、タートラーが驚きの声を上げると、渦は次第に広がっていき――やがて海底が露出した。
 その中心にいたのは――
「スカイクェイク様!」
 思わず声を上げるレーザークローだったが――次の瞬間息を呑んだ。

「……ビッグコンボイ……!
 必ず……我が手で討ち果たす……!」

 決意と共に告げるスカイクェイクの身体は――

 

 

 

 闇よりも黒い、完全なる漆黒に染まっていた。


 

(初版:2007/04/01)