「はーい、ちょっとしみますよー♪」
 アースラ艦内の医務室――笑顔で告げて、フィリスは桃子の手に刻まれた小さな傷口を消毒、絆創膏をはってやる。
 時空トンネル内でのアースラ復旧作業の際に軽く手を切っていたのだ。
 と、そんな二人の脇から、フィリスの手伝い要員として乗艦していた愛が桃子に告げる。
「ダメじゃないですか。パティシエも料理人と同じで、手先の器用さが命なんですから。
 世の中には手を傷つけないように蹴り技だけで戦うコックさんもいるんですから」
((愛さんもそーゆーの読むんだ……))
 某少年誌の某海賊王マンガを引き合いに出す愛の言葉に、その場の一同の心がひとつとなり――
〈恭也〉
 突然、その場に同席していた恭也のもとにパーセプターから通信が入った。
〈格納庫、スキャン完了。
 コンテナスペースに生命反応はない〉
「そうか……」
 パーセプターの報告に、恭也は息をついて振り向き、そこにいた忍に告げた。
「密航していたのは、どうやらかーさん達だけらしいな」
「だから言ったでしょう? 信用しなさいよ」
「信用していたら密航なんて手引きされたからこうしてスキャンしてもらったんだろう」
 あっさりと答える忍に答え、恭也は思わずため息をつく。
「だが……これで密航者は打ち止めのようだな」
「えぇ、もちろんいないわよ♪」
 そんな恭也の言葉に、忍は笑顔で答え――

(そう……“密航者は”いないわよ♪)

 恭也に気づかれることなく、胸中でそう付け加えていた。
 

 恭也達がそんなことを話していたその時から、時はしばしさかのぼり――
「ようやく、だな……」
「えぇ……」
 “時の庭園”――プレシアですら立ち入ることのなかった、動力部からもさらに奥に、メガザラックとリニスの姿があった。

 

 


 

第69話
「“時の庭園”、攻防戦なの!」

 


 

 

「むーっ、せっかくプラネットフォースの封印を解く大一番だっていうのに、なんで私はお留守番なの!?」
「仕方ないだろ。
 この間の“闇の書”との戦いと違って、すでに動力炉の封印された“時の庭園”の中は魔力が極端に薄い状態にある――魔力がなくては生きていけないキミの船外活動は不可能だ」
 一方、こちらはメガデストロイヤーの艦内――むくれるアリシアの言葉に、レオザックはそう答える。
 その全身はすすけ、アリシアの手にはロンギヌス――そして思いっきりドン引きしているオンスロートやガイルダート達を見れば、何があったかは容易に想像がつく。
「せめてその様子でも見られるように、とリニスが中継してくれているんだ。それでガマンしてくれ」
「はーい」
 そんなレオザックの説得に一応は納得し、アリシアはメインモニターへと視線を向ける。
 そこに映し出されたメガザラック達は――いよいよジュエルシードを発動させようとしていた。
 

「そういえば……」
 ついに自分達の望みが叶う――プラネットフォースの封印解除を目前にして、リニスはふと疑問にかられた。傍らのメガザラックを見上げ、尋ねる。
「このジュエルシードは……『たったひとつでも小規模な次元震を引き起こす』とまで言われる危険物なのよね?」
「そうだ」
「それにしては、ずいぶんと安定してる気がするんだけど……」
「あぁ、そういうことか」
 リニスのその言葉に納得し、メガザラックは苦笑してみせる。
「簡単な話だ。
 ジュエルシードは、“21個そろってこそ初めて安定するものだから”な」
「え………………?」
 その言葉に思わず首をかしげるリニスだったが、メガザラックはかまわず魔法陣を展開。その外周部にジュエルシードを配置していく。
 それにともない、魔法陣とジュエルシード、二つの“力”が共鳴を始め、魔法陣の外周沿いにゆるやかな渦を巻き始める。
 圧倒的な量のエネルギーが、しかしおだやかに放出されていく中、メガザラックはリニスに尋ねた。
「リニス……
 この世界において、ある一定の空間内においてもっとも高いエネルギーを生み出せる存在は何だと思う?」
「え……?
 太陽、とか?」
「違う。
 太陽は確かに莫大なエネルギーを持つが、それは恒星という超巨大なエネルギー体だからこそのものだ」
 答えるリニスに告げ、メガザラックは続ける。
「オレ達は、その力の一端をこれまでにも見てきているはずだが?」
「そんなものを、見てきたというの?
 一体どこで……」
 言いかけ――リニスは動きを止めた。
 心当たりに思い至ったからだ。
「まさか……」
「そう。おそらくお前は答えにたどり着いた」
 うめくリニスに答え、メガザラックは告げた。
「命だ。
 たったひとつでも惑星を初期化することのできる、プラネットフォースの強大な“力”――それはその本質がプライマスの命そのものであることに起因する」
「それはわかったけど……それと今のこの状況に何の関係が?」
「わからんか?
 プラネットフォースはプライマスのスパークが5つに分割され、宇宙の各地に散った。
 同じように――“21個に分かたれたスパークがあったとしたら”?」
「――――――っ!?
 それって……」
 うめくリニスに、メガザラックはうなずいた。
「そうだ。
 ジュエルシードもプラネットフォースも本質は同じもの――あるひとりのトランスフォーマーのスパークを変換し、結晶化したものだ」
 そう告げると、メガザラックはその場にひざまずき――同時、魔法陣の色が真紅に変わると目の前にエネルギーの塊が生まれ、それがひとりのトランスフォーマーのシルエットへと変化た。
「だ、誰……?」
 正体どころかその容姿すらも不鮮明だが、メガザラックが無条件でひれ伏すような相手だ――思わずリニスがうめくと、メガザラックは答えた。
「彼は……我らミッドチルダのトランスフォーマーの第1世代。移民時代の者達の記憶を今に伝え残す者――
 ミッドチルダ・トランスフォーマー最長老――大賢者アルファートリン師だ」
 

「だ、第1世代の、大賢者……!?」
 その言葉は、メガデストロイヤーで推移を見守っていたアリシア達にも届いていた。突然姿を現した、予想外すぎる人物の正体を知り、アリシアは呆然とつぶやく。
「どういうこと?
 どうして、大賢者なんて偉い人が、自分のスパークをジュエルシードになんかしちゃったの?」
「簡単な話だ。
 大賢者と称されるほどに高いリンカーコア特性を持つスパーク――ジュエルシードの素材として、これ以上の存在はない。
 彼は、自らのスパークを使って、ミッドチルダのプラネットフォースを封印していたんだ。自分の命を、犠牲にして……」
 アリシアに答え、レオザックはメインモニターへと視線を戻し――
「ん………………?」
 通信士席で通信管制を行っていたセイバーバックがそれに気づいた。
 緊急通信だ。発信先は――
「時空管理局・本局から……!?」
 データ内容は電文だ。通信で口頭で伝えるよりも早いとの判断だろうが、ともかくセイバーバックはファイルを開いて目を通し――
 

《貴様は何者だ?
 何故にジュエルシードをそろえ、私を目覚めさせた?》
「今再び、プラネットフォースの“力”が必要となったのです」
 スパークのみの存在のまま、静かに尋ねるアルファートリン――彼の問いに対し、メガザラックはひざまずいたままそう答えた。
「現在、我らが故郷セイバートロン星のある宇宙が滅亡の危機に瀕しています。
 その危機を回避するため、プラネットフォースをそろえる必要があるのです」
《ほぅ…………》
 メガザラックの言葉に、アルファートリンのシルエットはしばし考えるそぶりをした……ように見えた。なにぶん姿が不鮮明なので、その仕草がいちいちわかりづらい。
 ともあれ、しばしの思考の末、アルファートリンはメガザラックに告げた。
《なるほど……
 すなわち、プライマスの復活が必要とされる事態だということだな?》
「はい」
《……よかろう。
 プライマスの力が必要となるほどの危機となれば、我ら同胞としても協力を惜しむ理由はない――力を貸そう》
「ありがとうございます」
《しかし……その前に現状を正確に把握しておきたい。
 知りうる限りの情報を話してはもらえないか?》
「わかりました」
 アルファートリンの言葉にメガザラックがうなずいた、その時――
〈メガザラック様!〉
 突然、レオザックから通信が入った。
「どうした?」
〈管理局のダブルフェイスから入電!
 本局が謎のトランスフォーマーの襲撃を受け、現在交戦中とのことです!〉
「なんだと!?」
 思わず驚きの声を上げるが――それでも対応は早かった。メガザラックはすぐさま指示を下す。
「では、ここはオレに任せ、お前達は管理局に向かえ。
 ダブルフェイスと協力し、敵を撃退するんだ」
〈了解!〉
 レオザックの返事にうなずき、メガザラックはリニスへと向き直り、
「リニスも行け。
 レオザックをサポートしてやれ」
「えぇ。
 アリシアを……頼みます」
 うなずき、そう告げるとリニスは足元に魔法陣を展開し、転送魔法で姿を消していった。
「頼んだぞ、リニス……」
 ひとりその場に残り、メガザラックがつぶやくと、
《どうやら、事態は急を要するようだな》
 言って、アルファートリンは新たに魔法陣を展開した。
 それも――尋常な大きさではない。文字通り、“時の庭園”全体を覆うかのような巨大且つ複雑な魔法陣が展開され、強大な魔力を行使し始める。
(スパークのみになってもこれほどの魔力を行使するとは……)
 『大賢者』と呼ばれるに値する実力を見せるアルファートリンの姿に、メガザラックは驚愕を隠しきれず――そんな彼にアルファートリンは告げた。
《では、事情を聞かせてもらおうか》
 

〈見つかったか?〉
「あぁ」
 通信の声に答え、ラートラータは手にしたそれへと視線を落とした。
 声の主はエルファオルファ、そして彼がいるのは――時空管理局、本局の内部だ。『本局を襲撃したトランスフォーマー』とは彼らのことだったのだ。
 ともあれ、ラートラータは目の前に小規模なワープゲートを展開すると、その中に手にしたそれを――鎖につながれた結晶体のようなもの――をその中に放り込むと、自分がここまで来る際に突き破ってきた外壁の穴を抜けて外に出る。
「第1段階は完了だな」
「あぁ。
 次は……」
 外で待っていたエルファオルファの言葉にラートラータが答えると、
「何を――悠長なことを!」
 パワードデバイスを装着したダブルフェイス――カウンターパンチの拳を、二人は余裕でかわして後退する。
「アンタ達……何が目的だい!?」
「コトと次第によっては、容赦しないよ!」
 そんなカウンターパンチの傍らでロッテとアリアが告げるが、ラートラータ達と答えることなくそれぞれの獲物をかまえ――
『――――――っ!?』
 気づいた。 とっさに散開し、頭上から降り注ぐ閃光をかわす。
 そして――
「どうやら、まだ壊滅には至っていないようだな」
 転送魔法によって本局上空に出現し、レオザックが静かに告げる。
「大丈夫?」
「なんとかね……」
「けど、本局施設はずいぶんとやられちゃったよ」
 自分達のもとへと降り立ち、尋ねるリニスにアリアとロッテが答えると、レオザック達もまたその周囲に降り立ち、
「まさか、かつてここを襲撃したオレ達が、今度は助ける側になるとはな……」
「まぁ、救援を命令されたんだ。オレ達はオレ達の仕事をこなすまでだ」
 デッドエンドにそう答え、オンスロートがデバイスカードをかまえるのを見て――ラートラータはつぶやくように告げた。

「作戦…………第2段階へ移行」
 

《そうか……すでにプライマスは覚醒しているか……》
「はい。
 すでにプラネットフォースは3つがそろい、セイバートロン星と我らミッドチルダ、二つのマトリクスの力を合わせたことでプライマスの覚醒は果たしております」
 こちらはアルファートリンによる封印解除儀式の真っ最中だった。術式を進めながらも事の経緯を聞いていたアルファートリンの言葉に、メガザラックはそう答えた。
「しかし、各惑星のデストロン勢力もまた、各々の野望のためにプラネットフォースを狙っています。
 おそらく、今回の襲撃もそうした者達の仕業かと……」
 かつては自分達もそうだった、と胸中で付け加えつつ、そう予測し、告げるメガザラックだが――
《いや、そうでもないぞ》
 それに対し、アルファートリンは突然否定の声を上げた。
《敵となりえるのは、何もデストロン勢力ばかりではない》
「どういうことですか?」
 アルファートリンの言葉にメガザラックが聞き返した、その時――
〈メガザラック! 大変だよ!〉
 突然通信してきたのはアリシアだった。
「今度は何だ?」
〈そ、それが……レーダーに反応が!
 数はひとつだけなんだけど、識別不能で……しかもすごいスピードで向かってくるの!
 ――――あ! 消えた! 気をつけて!〉
「なんだと……?」
 先ほど本局襲撃の報が入ったばかりだ――さすがに警戒を強め、メガザラックはしばし考え、
「アルファートリン、ここはお任せします。
 私が外に出て、敵に備えま――」

「その必要はない」

「――――――っ!?」
 いきなり周囲に響いたその言葉に、メガザラックはとっさに声のした方向へと振り向き――
「――お前は!?」
「ふむ……まだ封印は解除されていないか」
 思わず声を上げるメガザラックだが、そんな彼にかまわずドランクロンは平然とつぶやく。
「貴様……どうやってここに!?」
「無論、入り口からだ。
 もっとも――のろまな貴様らには追いきれなかったのかも知れんがな」
「なんだと!?」
 答えるドランクロンの言葉に、メガザラックが声を荒らげると、
〈メガザラックに、いきなり何てこと言うの!?〉
 そんな彼へと、通信してきたアリシアもまた抗議の声を上げ――
〈いくら本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるでしょ!〉
「フォローしろよ!」

 むしろドランクロンに同意し、断言までしてくれたアリシアに、メガザラックは力いっぱい言い返す。
 だが――そんなやり取りの間も、ドランクロンは動こうとしない。何をするでもなく、ただその場に佇んでいるだけだ。
「ずいぶんと余裕だな。
 今のやり取りの間に、仕掛けることもできたんじゃないのか?」
「さほど急いでいないからな」
 気を取り直し、告げるメガザラックだが、その問いにもドランクロンは冷静に答える。
「オレの目的は貴様らの目的とは違う。だが――その奥に用がある、という点では共通している。
 待っていてやるから、さっさと封印を解くがいい」
「何だと……?」
 意外とも言えるその言葉に、メガザラックは思わず眉をひそめ――
《………………そういうことか》
 彼らのやり取りの外で、アルファートリンが口を開いた。
《貴様……“闇”に属する者か》
「“闇”……ですか?」
 ドランクロンから視線を外さず、聞き返すメガザラックだが――
「…………余計なことを言うな」
 対し、ドランクロンのまとう空気が一変した。その口調にも剣呑なものが混じる。
「それ以上言うつもりならば、封印もクソもない。
 その扉もろとも、この夜から消してやる」
「させるか!」
 先ほどまでの冷静さはどこへ消えたか、殺意をむき出しに告げるドランクロンに言い返し、メガザラックはブリューナクをかまえる。
「よかったな。
 その態度で、貴様は現時点をもって敵決定だ。
 さっさと消してやる――我がブリューナクの錆と消えるがいい!」
 咆哮と同時にブリューナクを繰り出し――
「――――――っ!?」
 しかし、その一撃はたやすく受け流された。直撃を確信していたメガザラックの顔に驚愕が走る。
「……錆、か……
 錆ひとつないきれいな槍を使っておいて、よくも言う」
 そう告げるドランクロンの瞳に殺意が走り――次の瞬間、メガザラックがとっさに固めた防御の上から一撃が叩きつけられる!
 

「メガザラック!」
 その光景は、メガデストロイヤー内のアリシアも見ていた。意外な苦戦を強いられるメガザラックの姿に、思わず声を上げる。
 リニスやレオザック達は本局で交戦中――助けは期待できない。
(けど……わたしは外に出られないし……!)
 思わず、自分の手の中に握られた、エメラルドの台座にはめ込まれた緑色の宝石へと視線を落とし――
(………………ううん、そんなこと、言ってられない……!)
 再び上げたその瞳には、強い決意の色が宿っていた。
「わたししかいないんだ……
 わたしが、メガザラックを助けるんだ!」
 

「ちぃっ!」
 舌打ちし、繰り出す刃は届かない――メガザラックの繰り出す刃をかわし、ドランクロンは間合いを取り、着地した次の瞬間にはすでにメガザラックの懐へと飛び込んで一撃を見舞う。
 素早くヒット&アウェイを繰り返すドランクロンに翻弄され、メガザラックは戦いの主導権を完全に奪われていた。
「どうした?
 貴様もパワードデバイスを持っているのだろう? 使ったらどうだ?」
 余裕の態度で告げるドランクロンだが――メガザラックもブラックスティンガーを使えるものならとっくに使っている。しかし、このせまい最深部の室内ではブラックスティンガーの巨体はむしジャマになる。
 この場はあくまでも自分の力で乗り切らなければならない。メガザラックは改めてブリューナクをかまえ――

「とっ、かぁ〜〜〜〜んっ!」

「――――――っ!?」
 突然の声にドランクロンはその場を離れ――
「って、よけないでよぉ〜〜〜〜〜〜っ!」
 背後からの突撃をかわされたアリシアが、メガザラックの眼前に頭から突っ込んだ。
「いったぁい……! 頭ぶつけた……」
「あ、アリシア!?
 どうしてここに!?」
「そんなの、助けに来たに決まってるじゃない!」
 思わず声を上げるメガザラックに、アリシアは迷わずそう断言するが、
「って、あれ…………?」
「アリシア!」
 それでも、彼女にはやはり無謀が過ぎた――早々に“限界”を迎え、へたり込むアリシアの姿に、メガザラックが思わず声を上げる。
「おかしい、な……
 もうちょっと、いけるかと思ったんだけど……!」
「ムリに決まってるだろ!
 早くメガデストロイヤーに戻れ!」
 全身から力が抜けていく――うめくアリシアに答えるメガザラックだが、
「させん!」
「く――――――っ!」
 それをドランクロンが阻んだ。突っ込んできて繰り出された拳を、なんとかブリューナクで受け止める。
(この様子では離脱はもはや不可能か……!)
 自分の体内ライドスペースに放り込むのが妥当なのだろうが、立て続けに襲いくるドランクロンがそれをさせてくれない。
 アリシアに文句のひとつも言ってやりたいが――彼女も自分が苦戦を強いられていたからこそ、その身を案じて飛び出してきたのだ。その上、自分の命が危なくなってきているというのに、現在進行形でこちらに対して気遣わしげな視線を向けてきている。そんな心優しい少女の気遣いをしかることなどできはしない。
「えぇい、この怒り、貴様にぶつけさせてもらうぞ!」
 完全に八つ当たりだとは思うが、多分に怒りを込めてブリューナクを振るい、ドランクロンを弾き飛ばす。
 だが――やはりガードされた。ガードの角度を傾けて受け流され、逆にカウンターの蹴りがメガザラックの腹に突き刺さる!

《………………》
 その様子は、プラネットフォースの封印解除の作業を進めるアルファートリンも見ていた。
 もはや術式は最終段階。あとはほんの少し手順を踏むだけで封印は解除されるだろう。それをしないのは、もちろん目の前のドランクロンの存在にその原因があった。
 彼の正体が自分の想像したとおりならば――彼をこの奥に通すワケにはいかない。
 だが、頼みのメガザラックはそのドランクロンのスピードに完全に翻弄ほんろうされている。元々彼とて素早い方ではあるが、条件が同じとなればむしろ体格の小さいドランクロンの方が小回りと言う点で勝る。この戦い、どう考えても分が悪い。
 この状況をひっくり返す切り札は――
《………………やるしかないか》
 ないワケでは、なかった。
 

(メガ、ザラック…………!
 ……わたしの……せいで……!)
 やはり、ムリがあったか――強がりも限界を超え、もはや声を発する余裕もないが、それでもアリシアはメガザラックから視線を外さない。
(なんとか……なんとか、しないと……!)
 だが――自分の身体からは現在も力が抜け続けている。このままでは自分の命すらも――

 彼女の脳裏に声が響いたのは、そんな時だった。

 ――彼を助けたいか?――

(え………………?)

 ――メガザラックを救いたいか?――

 この声は――
(アルファートリン、さん……?)
 つぶやく彼女の脳裏に、アルファートリンのイメージが浮かび上がった。彼女の心の声が聞こえたのか、うなずいてみせる。

 ――その方法が……ひとつだけある――

(ホントに!?)

 ――うむ――

(ならやって! 今すぐ!)

 ――よいのか?――

(もちろん!)

 ――わかった――

 アリシアの答えにうなずき――アルファートリンは告げた。

 ――では……後は任せるぞ――

(え――――――?)

 思わず疑問を抱くアリシアだったが――そんな彼女にかまうことなく、彼女の中のアルファートリンの姿は真紅の光に包まれていった。
 その輝きはアリシアの心の中を満たし――色を変えていく。
 真紅の輝きから、エメラルドを思わせる緑色へ。
 それは――
 

 アリシアの、魔力光の色だった。

 

「何だ!?」
 異変はアリシアの意識の外でも起きていた。
 驚くメガザラックの目の前で、突然アルファートリンのスパーク体の姿が光に包まれ、弾けるように飛び散ったのだ。
 だが、彼の姿を生み出していた魔法陣は消えていない。そのまま存在し続けている――が、それもすぐに変化した。真紅からエメラルドグリーンへとその輝きを変えていく。
「何が起きた…………?」
 この展開は彼にとっても予想外だったのだろう。攻撃の手を止め、ドランクロンも疑問の声を上げ――

「…………ん……っ!」

 そんな彼らの目の前で、突然アリシアが身を起こした。
「アリシア!?」
 身体は大丈夫なのか――思わず戦いを放り出してメガザラックが彼女の前に降り立ち、呼びかける。
「お前、身体は……!?」
「うん…………もう、大丈夫」
 だが、その問いにアリシアはハッキリと答えた。

「アルファートリンさんが……“命をくれたから”……!」

「アルファートリンが……!?」
 そのアリシアの言葉にうめき――メガザラックは気づいた。
 先ほどアルファートリンのスパーク体が飛び散った、その理由に。
 あの瞬間、アルファートリンは自らのスパークを変質させ、そのすべてをアリシアの中へと流し込んだのだろう。
 自らの命を――彼女の新たな命とするために。
「だ、だが……封印の解除は……?」
「まだだけど……それも大丈夫」
 うめくメガザラックにアリシアが答え――彼女が拾い上げたロンギヌスに魔力が込められていく。
「命と一緒に……アルファートリンさんがいろいろ教えてくれたの。
 術式の仕上げ方とか、他にも自分の持ってた古代の……ミッド式とかベルカ式とかができる前の魔法の知識をいろいろ。
 だから、後はわたしがなんとかできるから、安心して。
 それより――」
 言って、視線を動かすアリシア――その意図を汲み取り、メガザラックもうなずいた。
「そうだな。
 今は……ヤツを叩きのめすのが先か」
「そういうこと♪」
「できるものなら――やってみろ!」
 二人の会話に言い返し、ドランクロンは一気に間合いを詰め――
「えぇいっ!」
「な――――――っ!?」
 すぐさまアリシアが反応した――振り回したロンギヌスから放たれた炎の渦が、ドランクロンの前に壁となって立ちふさがる。
 それでも一気に炎の壁を突破するが、そこにすでにアリシアとメガザラックの姿はなく――
「雷光、砕斬!」
 頭上に回りこんでいたメガザラックが、ドランクロンに向けて雷光砕斬を放つ!
 だが――モーションが大きい。ドランクロンはその一撃をたやすくかわし――
「はい、いらっしゃい♪」
 その移動先にはアリシアがいた。すでにカートリッジのロードを終えていたロンギヌスをかまえ、
「ラケーテン――」
〈――すまっしゃー!〉

 アリシアとロンギヌスの咆哮が交錯、放たれた炎の砲弾が、とっさに防御を固めたドランクロンを直撃する!
「まだまだぁっ!
 ロンギヌス!」
〈らけーてん、ふぉるむ!〉
 さらに追撃――アリシアの呼びかけに答え、ロンギヌスはラケーテンフォルムへと変化。そして――
〈らけーてん、ばれっと!〉
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 防御を固めたままのドランクロンに、全身で突撃しての一撃を叩き込む!
「その程度の攻撃……! 通しはしない!」
「悪いけど――通させてもらうよ!」
 告げるドランクロンに、アリシアはキッパリと言い返した。
「アルファートリンさんが、力をくれた!
 出会ったばかりのわたしを信じて、命をくれた!」
 ピシッ、とイヤな音を立て、ロンギヌスの切っ先がドランクロンの腕の装甲にわずかに突き刺さる。
「ムダになんか――できるもんかぁぁぁぁぁっ!」
〈ふるどらいぶ!〉

 アリシアの言葉にロンギヌスが応え――彼女はさらに加速した。そのままドランクロンを押し戻し、“時の庭園”の外までブッ飛ばす!
「く………………っ!」
 だが、広い外に出たことで、ドランクロンにも余裕が生まれた――身をひねってロンギヌスの刃を受け流すと、体勢を立て直すアリシアと後を追ってきたメガザラックと対峙する。
「このまま決めるよ、メガザラック!」
「あぁ!
 プラズマストライクだ!」
 一気に決着をつける――決意を固め、獲物をかまえるアリシアとメガザラックだが、
「…………潮時、か……」
 息をつき、ドランクロンはかまえを解いた。通信回線を開き、本局で戦っているであろうラートラータ達に告げる。
「引き上げるぞ」
〈モノは手に入れたのか?〉
「いや……だが、そちらの目的が果たされた以上、成果としては十分だ」
 応答したエルファオルファに答えると、ドランクロンはメガザラックとリニスへと向き直った。
「聞いての通りだ。
 こちらはこれ以上の戦いは望んではいない」
「逃がすと、思っているのか!」
 言い返し、雷光を放つメガザラックだが――それが届くよりも早く、ドランクロンはその姿を消した。
「……なんだったんだ……?」
「わかんないよ、そんなの……
 アイツのせいで、アルファートリンさんも……」
 つぶやくメガザラックに答えるアリシアだが――その言葉を最後まで続けることはできなかった。
 理由はもちろん――
「……ううん、違うね……
 アルファートリンさんが消えちゃったのは、アイツのせいじゃない……そっちは、わたしのせいだよね……」
 つぶやくように告げるその言葉は、とても辛そうだ。
 だが、それもムリはない――自分の行為が原因で絶対的な危機を招き、その結果、自分を救うためにひとつの命が消えたのだ。まだ幼いアリシアには、重すぎる重責だ。
 だから――
「…………気にするな」
 メガザラックも、最初はそう告げることしかできなかった。それでも、慎重に言葉を選びながら続ける。
「だが……師は消えたワケじゃない。
 お前を生かすために……お前の中に宿ったんだ。
 お前の命がよみがえったこと、師の知識がお前に受け継がれたこと――それがその証拠だ」
「うん……」
 やはり、アリシアが立ち直るにはまだ足りない。それでも――いや、だからこそ、そんな彼女にメガザラックは告げた。
「さぁ……中に戻ろう。
 オレ達には使命がある――プラネットフォースの封印を解き、回収するという使命が……」
「…………そうだね。
 行こう、メガザラック……」
 言って、アリシアは反転し、“時の庭園”へと向かう――普段の彼女の明るさを知っているだけに、その後姿はメガザラックの心にも暗い影を落とす。
 だが――
(それでも……オレ達は前に進まなければならないんだ……)
 だからこそ、メガザラックはアリシアを促したのだ。
 何かしていれば、その悲しみを少しでも忘れられるだろうから。
 そして、メガザラックもアリシアを追って“時の庭園”へと進路を向けた。
 アリシアの笑顔が、一日も速く戻ってくれることを祈って――
 

「撤収だそうだ」
「あぁ」
 告げるエルファオルファに答え、ラートラータは対峙するレオザック――ライオカイザー達に告げた。
「オレ達の目的は果たした。
 もうお前達に用はない」
「命拾いしたな。
 だが――次はないと思うがいい」
 そう告げると同時――エルファオルファとラートラータは空間に溶け込むように消えていった。
「逃がすか!」
 とっさにレーザーウェーブが右腕の砲をかまえるが、
「やめておけ。
 もうヤツらはいない」
 それを止めたのはカウンターパンチだった。レーザーウェーブの手を押さえて告げる。
「それに……追えたとしても、勝ち目はない。
 ヤツらの目的はただの陽動と時間稼ぎだったのだろう――だが、それを差し引いても、ヤツらはオレ達全員を相手にその役目を果たしたんだ。“たった二人で”、オレ達全員を相手にして、だぞ」
「………………チッ」
 舌打ちし、レーザーウェーブはカウンターパンチの手を振り払い――そんな彼に、カウンターパンチは続けた。
「今回は完全に運だけで生き残ったにすぎない。
 だが――生き延びることはできた。ならばそれを次につなげればいい」
「そう……ですね……」
 カウンターパンチに答え、リニスは頭上の時空間を見渡した。
「私達には次がある……
 そして……あの子にも……」
 

 その頃、ギガロニアでは――
「ふむ…………
 この星に、最後のプラネットフォースがあるのか……」
 眼下には立ち並ぶ高層ビル群――部下達を引き連れ、彼は静かにつぶやく。
 その背後に立つのはサウンドウェーブ――ではなかった。
 容姿は確かにサウンドウェーブだ。だが、サウンドウェーブが青を基調としたカラーリングであるのに対し、彼は黒一色のカラーリングだった。
「よくやったぞ、サウンドブラスター」
 黒いサウンドウェーブ――サウンドブラスターに告げると、彼はギガロニアの街並みを見渡した。
 決意と共に、静かにつぶやく。
「ヤツらも必ずこの星にやってくる……決着は必ずつけてやる。
 あの男は――」

「ビッグコンボイは……このスカイクェイク様が必ず討つ」


 

(初版:2007/04/22)