「スペースブリッジが壊れちゃうなんて……!」
「これから……どうすればいいの……?」
元の宇宙に通じるスペースブリッジ――スーパースタースクリームとマスターガルバトロンの激突によって破壊されてしまったその入り口を見上げ、フェイトもなのはもそうつぶやくしかない。
「グランドブラックホールが迫っている……フレイムコンボイ達だけじゃ、デストロンを止めきれない……!」
「万事休すか……!」
マスターガルバトロン達デストロンはすでにスペースブリッジを抜け、元の宇宙に戻っているはず――どうすることもできない苛立ちを隠すこともできず、ドレッドバスターとスターセイバーがうめくと、
「落ち込んでいるヒマはないぞ、みんな!」
そんな一同に告げたのはギャラクシーコンボイだった。
「我々に残された時間は少ない。
一刻も早く元の宇宙に戻るためにも――」
「我々の手で、スペースブリッジを作るのだ!」
第82話
「さよならじゃないの、またね、なの」
「す、スペースブリッジを……」
「作る……!?」
ギャラクシーコンボイからの提案は、まさに思いもよらないものだった。思わずつぶやき、晶はブリッツクラッカーと顔を見合わせる。
《そんなこと、できるんですか?》
「技術的には可能だ」
尋ねるリインフォースの問いに、ビッグコンボイはあっさりとそう答えた。
「思い出してみろ――そもそも、ギャラクシーコンボイ達はグランドブラックホールから地球に避難してきた際、地球とセイバートロン星の間に開通させていたスペースブリッジを通ってきたんだぞ」
「あ、そっか……
それって、プラネットフォースの助けなしに、スペースブリッジを開通させていた、ってことだもんね」
ビッグコンボイの言葉にアリシアが納得すると、
「しかし……それには膨大なエネルギーが必要です」
そうギャラクシーコンボイに問題点を提議したのはファストガンナーだ。
「地球とセイバートロン星を結んでいたスペースブリッジだって、セイバートロン星の――プライマスの動力を使用して開通させていたんです。
そんなエネルギーを、どうやって……」
そう告げるファストガンナーだったが――
「あるわよ」
『え………………?』
答えはあっさりと返ってきた。思わず一同が注目する中、忍はサラリと告げた。
「ほら、スターシップの動力炉。
規格が違うからアースラとかマキシマスとかからは持ってこれないけど、アトランティス、ムー、そしてパンゲア――3隻のスターシップの動力を使えば、なんとかなるんじゃない?」
「そうか……スターシップも古代トランスフォーマーのオーバーテクノロジーの塊。その動力炉のパワーは、現在の技術水準で生み出せるそれを超えている。だからこそワープなども行えるワケで……
……いける! 確かにいけるぞ!」
「その通りだ。
3隻のスターシップのパワーをひとつに合わせれば、擬似スペースブリッジの建設は可能だ」
忍の言葉に納得するホイルジャックにギャラクシーコンボイが告げると、
「その話――」
「オレ達も乗らせてもらうぜ!」
そう言って現れたのは、サイクロナスとラナバウトを筆頭とした、スーパースタースクリームの配下達である。
「サイクロナスさん……」
「おっと、カン違いするなよ。
別にサイバトロンになるワケでもなければ、マスターガルバトロンが共通の敵だから、ってワケでもないんだ」
意外な面々の登場に思わず声を上げるなのはに対し、サイクロナスは手をパタパタと振ってそう答え、
「スタースクリーム様がいなくなっちまった今、オレ達がついて行く相手はひとりしかいない。
そしてその人がお前達と共にいる以上、オレ達はその人に従ってお前達と共にいく――それだけの話だ」
言って、サイクロナスはその人物へと――フィアッセへと向き直る。
「フィアッセ――お前はスタースクリームのパートナーだ。
そのお前がスタースクリーム様の帰還を信じるのなら――オレ達はそんなお前を信じ、ついて行く」
「サイクロナス……ありがとう!」
「か、カン違いするな!
お前はあくまでスタースクリーム様の代理だ! スタースクリーム様が戻ったら、お前はただのお飾りに逆戻りなんだからな!」
満面の笑みで礼を言うフィアッセの言葉に、サイクロナスは思わず視線をそむけながらそう答え――
「……ふーん。
スタースクリームが戻っても、フィアッセさんは大事に飾っとくんだ♪」
「う、うるさいっ!」
ニヤニヤしながらツッコんでくるジャックプライムの言葉に、サイクロナスは真っ赤になって言い返す。
そんな彼らを微笑ましく見守り――ギャラクシーコンボイは表情を引き締め、一同を見渡して告げた。
「では――これより、擬似スペースブリッジ建設を開始する!」
『了解!』
こうして、ギャラクシーコンボイの総指揮の元、擬似スペースブリッジ発生装置の建設が始まった。
本体の基礎工事をギガロニア組が、基本設計をバックギルドとファストガンナーが、ソフトウェア開発をジャックプライム以下ミッドチルダ組の技術者チームが行い、忍達がそれをチェック。フォートレスとすずかの現場指揮の下残りのメンバーが建設を進めていく。
セメント漬けになったアトランティスもなんとか掘り出され、それぞれがそれぞれのできることを懸命に進めた結果――擬似スペースブリッジ発生装置は、それから1日も経たない内に見事完成していた。
「で、できた……!」
《これが、擬似スペースブリッジの発生装置……》
すべての作業工程が終了し、後は設計者であるファストガンナー達による最終チェックを残すのみ――少し離れたところで待機し、なのはとプリムラは完成した擬似スペースブリッジ発生装置を見上げてつぶやく。
「3つの艦のエネルギーを、この装置に集めて放射する……
これ、すっごいテクノロジーの結晶だよ!」
「あ、あぁ、そうだな……うん……」
キラキラと目を輝かせながら告げるすずかにヴィータが少し気圧されていると、やがてシステムチェックが終わったのか、ファストガンナー達がこちらに戻ってきた。
「ギャラクシーコンボイ総司令官。異常ありません」
「よし、では早速テストだ。
システムの正常稼動が確認され次第スペースブリッジを展開。元の宇宙に戻るぞ!」
ファストガンナーの言葉にうなずき、ギャラクシーコンボイが号令。アトランティス、ムー、パンゲア、それぞれの動力室で待機していた面々が動力システムを操作し、擬似スペースブリッジ発生装置にパワーを送っていく。
「3艦とも、順調にパワーが上昇しています。
エネルギー値、安定しています」
「そうか……」
システムを点検し、異常のないことを報告するバックギルドの言葉に、ギャラクシーコンボイは改めて息をつき、
「では――いくぞ。
擬似スペースブリッジ発生装置、起動!」
そのギャラクシーコンボイの言葉と同時――バックギルドの操作で装置が起動した。3隻のスターシップから送り込まれてきたパワーを一点に収束。空に向かって解き放つ!
光の帯は一直線に虚空へと吸い込まれていき――数秒の後、なのは達の頭上にはこれまでの冒険の中で見慣れた、スペースブリッジの入り口が口を開けていた。
「よぅし、成功だ!」
無事スペースブリッジが口を開けたのを確認し、オートボルトが声を上げ――
「――いかん!」
そんな中、ひとりだけ危機感をあらわにした者がいた。
「この感じは……!」
「おいおい、どうしたんだよ? 絶好調じゃないか」
「今のところ予想値どおり。
これなら行けますよ」
うめくベクタープライムにエクシゲイザーとバックギルドが告げると、
「ううん……違う……!」
なのはもまた、不安げな表情で擬似スペースブリッジを見上げた。
「確かにスペースブリッジは安定してるみたいだけど……」
自分の不安を感じ、安心の材料として提供してくれたのだろう――レイジングハートが示すデータは、確かにスペースブリッジが安定していることを告げている。
だが――
「その向こうから……マスターガルバトロンさんと似た“力”を感じる……!」
「何だって!?」
「マスターガルバトロンと似た“力”って……」
思わずヴィータとアリサが声を上げ――気づいた。
現在マスターガルバトロンが振るう“力”、その源の存在に。
まさか――
『ユニクロン!?』
声をそろえ、二人がなのはに詰め寄った、その時――突如、スペースブリッジの向こうから無数の飛翔体が飛び出してくる!
それは――
「あれって、サウンドウェーブが連れてた……!」
「あぁ……
プラネットX――いや、ユニクロンの、コンドルだ!」
うめく真雪に耕介が答え――スペースブリッジから姿を現したコンドルの大群は、一斉にこちらに向けて襲いかかってくる!
「総員、迎撃だ!
擬似スペースブリッジには近づけるな!」
『了解!』
ギャラクシーコンボイの言葉に一同がうなずき、一斉にコンドルの大群への迎撃を開始する。
だが――数が多すぎる。敵はスペースブリッジの中から次々に現れ、いくら叩き落してもキリがない。
「くそっ、何だってんだ!」
「とにかく迎撃するぞ!」
うめくヴィータに告げ、二人で迎撃のために飛び立つシグナムだったが――
『ぅわあぁぁぁぁぁっ!』
「あ、速攻で追い回されてる」
「元々対多数戦向きじゃないからなー、アイツら。
シグナムのシュランゲもレヴァンティンの変形中は本人無防備になっちまうし」
「まぁ、ベルカの騎士は1対1が基本ですから……」
彼女達の武装や魔法では、数に任せて押し込んでくるコンドルには対応しきれない。あっという間に劣勢に追い込まれ、逆に追い回される二人の姿に、ジャックプライムやビクトリーレオ、シャマルが口々に感想をもらす。
「撃っても撃っても出てくるぞ!」
「どうすればいいってのよ!」
このままでは押し切られる――焦りを隠しきれず、バックギルドとアリサがうめくと、
「やはり、これは過去から現れたコンドルだ……!」
「え…………?
過去から……とは、どういうことですか!?」
つぶやくベクタープライムに聞き返すリンディだが、ベクタープライムはかまわずそばにいたドレッドバスターに告げた。
「ドレッドバスター! 装置を破壊するんだ!」
「えぇっ!?
いや、しかし……!」
よりにもよって、元の宇宙に戻るための切り札を破壊しろと迫るベクタープライムの言葉に、ドレッドバスターは思わず逡巡し――
「ちぃっ!」
ためらう彼に任せておけず、ベクタープライムは自ら動いた。背中の剣を抜き放ち――
「はぁぁぁぁぁっ!」
気合と共に、一刀の元に擬似スペースブリッジ発生装置を斬り捨てる!
当然、装置の破壊によって擬似スペースブリッジは消滅していき――同時にコンドルの大群にも異変が起きた。まるで擬似スペースブリッジの消滅に巻き込まれるかのように、その姿を消していく。
そして、擬似スペースブリッジもコンドル達も完全にその姿を消し――後には、大破し、黒煙を吹き上げる擬似スペースブリッジ発生装置だけが残されていた。
「どういうことか、説明してくれるか?」
「確かにスペースブリッジは展開できた。
だが――つながった先が、元の宇宙ではなかったのだ」
事情が飲み込めない――説明を求めるギャラクシーコンボイの言葉に、ベクタープライムはそう答えた。
「巨大なエネルギーが次元世界間の扉だけではなく、時間の狭間の扉さえも開けてしまったのだ。
結果、擬似スペースブリッジの接続先に乱れが生じ、まったく別の場所につなげてしまった……
過去にギガロニアを襲ったコンドルが現れたことから考えて、つながった先は――」
「1000年前の、ギガロニアか……」
「おそらく」
つぶやくシックスナイトにベクタープライムがうなずくと、
「で? これからどうするんだ? ギャラクシーコンボイ総司令官殿」
「イヤミなんか飛ばすなよ、こんな時に」
皮肉っぽく尋ねるサイクロナスをエクシゲイザーがたしなめていると、ギャラクシーコンボイはバックギルドへと向き直り、
「状況はどうだ?」
「よくありませんね……
先程の一連の異常事態のため、時空がかなり不安定になっています」
「もう一度装置を作って実験しようものなら……今度はギガロニアがどうなるか……」
答えるバックギルドやファストガンナーの答えは芳しくない――擬似スペースブリッジはあきらめるしかないようだ。
「ねぇ、他に元の宇宙に戻る道はないの?」
「オレに聞かれてもなぁ……」
尋ねるジャックプライムの言葉にうめき、メガロコンボイはしばし考え――ふと気づいた。
「…………いや、ひとつだけあるぞ。
お前達が来た道だ」
「そうか、時空トンネルを通れば元の宇宙に帰れるのだ!」
メガロコンボイの言葉にその可能性に思い至り、美緒がポンと手を叩いて納得するが、
「いや、ムリだ」
そんな彼女達の間に割って入ったのはクロノだ。
「時空トンネルは時間と空間の波動が一致した時しか、通り抜けることはできない。出発前に説明しただろう?
突入前にエイミィが計測してくれたデータによれば、次に通行可能になるのは1年後――とても間に合わない」
そう告げ――クロノは今度はメガザラックへと振り向き、
「メガザラック、あなた達はどうやってこの宇宙に?」
「お前さん達の艦の識別信号を追って、時空間を通らず直接転送魔法を実行した。ウチのメガデストロイヤーは、単艦での直接転送が可能なんでな。
だが――正直戻りはスペースブリッジを当てにしていたから、向こうにマーカーを残してきていない。戻るための目印がない以上、オレ達の手も使えない」
「ブリッツクラッカー達のワープゲートは……ムリだよな……」
「おいおい、冗談言わないでくれよ」
「艦隊ひとつ丸ごと通せるようなゲートなんて、どう考えたってオレ達だけじゃ展開できないって」
尋ねる晶だが、ブリッツクラッカーもインチプレッシャーもあわてて手を振りながらそう答える。
「いったい、どうすればいいの……?」
どうすることもできないのか――つぶやき、なのはは思わず視線を落とし――
「いや、方法はある」
突然口を開いたのはベクタープライムだった。
思わず一同が注目する中、ベクタープライムが告げた“手段”、それは――
「戻るんだ。我々がこの宇宙に着いた、あの時間に。
そうすれば、まだ安定している時空トンネルを通り、元の宇宙に戻ることができる」
「『戻る』……?
ベクタープライム、一体何を言って……?」
「そりゃ、戻れるものなら戻りたいけど……」
告げるベクタープライム、その言葉の意味をはかりかね、士郎とエクシゲイザーが疑問の声を上げるが――
「――そうか! そうだよ!」
彼の意図を察していた者がいた。思わず手を叩き、耕介が声を上げる。
「“タイムリバース”――ベクタープライムは時間を戻せるんだ!
この戦いが始まったばかりの頃――砂漠の遺跡の戦いで、オレ達、それで助けてもらったんだ!」
「あ……
そういえば、そんなこともありましたね……」
当時のことを思い出し、告げる耕介の言葉に、共にその体験をした秋葉もまたうなずいて同意する。
「なんだよ、そんな裏技隠してたのかよ!」
「そうか――その手があったか!」
「そんなことができるのなら、もっと早く言ってくれよ」
これで道が開けた――ビクトリーレオやドレッドバスター、メガロコンボイが歓喜の声を上げるが――
「お待ちください!」
そんな一同を止めたのはホップだった。どうしたのかと注目する一同にかまわず、ベクタープライムに告げる。
「“タイムリバース”は命を削る技――
2、3分ならまだしも、あれからどれだけ時間が経っていると思っているのですか!
それだけの時間を、しかもこれだけの人数を戻す、なんてことになれば……!」
「それなら心配は要らないよ、ホップ」
「いえ! ベクタープライム様は、ご存知のはずです!
“タイムリバース”の代償を!」
「えっと……ちょっと待って。
話が見えないんだけど、どういうことなの?」
ムキになってベクタープライムに言い返すホップをなだめ、アリサが尋ねると、
「そうか……
そういうことか」
いち早く彼らの言いたいことに気づき、メガザラックが深刻そうな表情でうなずく。
「何かわかったの? メガザラック」
「あぁ」
尋ねるリニスにうなずくと、メガザラックは一同を見渡し、告げた。
「みんなも、よく考えてみるんだ。
我々トランスフォーマーも人間も、一度消費されたエネルギーは二度と戻ってはこない――補給によって回復することはできても、それは新しいエネルギーを足しただけで、消費したエネルギーが元に戻って帰ってきたワケではない。
時間の流れも、それと同じことだ」
「あ………………」
メガザラックの説明に――ユーノもまた気づいた。誰に告げるでもなく――その事実を口にする。
「……“戻して、やり直す分の時間”って、どこから持ってくるんですか?」
『――――――っ!?』
その言葉に、一同の間に戦慄が走った。全員の視線がベクタープライムに集まる。
「まさか……」
信じたくない――青ざめた表情で、なのははつぶやく。
「ホップくんの言ってた『“タイムリバース”の代償』って……」
「術者の、時間……!?」
その言葉に、ベクタープライムはただ沈黙をもって答えるのみだった。
しかし、その態度こそが、事実を何よりも雄弁に物語っていて――
「……そんなやり方は、認められない」
黙り込む一同の中から進み出て、ギャラクシーコンボイがベクタープライムに告げる。
「何か、他の方法を考えるんだ」
「そんな悠長なことを言っている時ではあるまい」
なんとか思い止まらせようとするギャラクシーコンボイだったが、ベクタープライムもまた譲らない。
「グランドブラックホールは、もう目前まで迫っているのだぞ。
その上、暴走したマスターガルバトロンが何をしでかすか……!」
「しかし……!」
決意の固いベクタープライムの反論にギャラクシーコンボイは思わずうめき――そのとなりで、ドレッドバスターが口を開いた。
「グランドブラックホールを消滅させるのはムリでも、生き残る方法は、あるんじゃないですか?」
ようするに一般の災害と同じだ。グランドブラックホールに無理に対抗するのではなく、一過性の災害として過ぎ去るのを待てばいい――そんな可能性を提示するドレッドバスターだったが、
「……たぶん、それはムリだと思う」
そう答えたのはベクタープライムではなかった。一同が注目する中、フィアッセが告げる。
「マスターガルバトロンと戦ってた時、スタースクリームが、言ってたよね……
『このままでは、誰もが死ぬ』って……
あれはたとえでも何でもない。このままじゃ誰もが――ううん、何もかも、あらゆるものが、グランドブラックホールによって消滅することになる……」
「どういうことだ?
キミは、スタースクリームから何か聞いているのか?」
「そ、それは……」
尋ねるギャラクシーコンボイの言葉に、フィアッセは思わず視線を伏せて――
「彼女の言うとおりだ」
フィアッセが再び口を開くよりも早く、ベクタープライムが一同に告げた。
「グランドブラックホールが消滅させるのは、何も生命や物質だけではない。
空間――そして、時間までも消滅させてしまうのだ」
「えーっと……イマイチ、ピンと来ないんだけど……」
「どういうことだ?」
「私は見たのだ……
悠久の時の流れの中、これまでに見たことのない、恐ろしいものを……」
聞き返すジャックプライムとメガロコンボイに、ベクタープライムは自分が“時空の番人”だった頃のことを思い出しながらそう答えた。
「先に進もうとしたが、できなかった。
そこから先の未来が閉ざされていた――いや、存在しなかったのだ。
その漆黒の闇こそが――グランドブラックホールなのだ。
過去も未来も、現在さえも消滅した世界――それは“無”だ」
告げるベクタープライムの言葉はスケールが大きすぎて理解が追いつかない。追いつかないが――ひとつだけ、全員に理解できたことがあった。
グランドブラックホールを消滅させなければ――すべての命に未来はない、と。
「け、けど……そのためにベクタープライムさんが消えちゃうなんて、そんなのヤです!」
「わたしも!」
「わたしもや!」
だが――それでもベクタープライムの命を世界と引き換えにすることなど、納得できるはずがない。思わずなのはの上げた声に、フェイトやはやてもうなずく。
「私も、なのは達と同じ意見だ。
今まで共に戦ってきた仲間を、誰も犠牲にするつもりはない!」
もう一度、力強くそう断言するギャラクシーコンボイのその言葉に――ベクタープライムは静かに告げた。
「…………私は、時の監視官として、さまざまな命を見てきた……
宇宙、星、トランスフォーマー、そして人間……
そう、ありとあらゆる、“誕生”と“死”を、“時”という檻の向こう側から……その営みに干渉することができないままに……
強い者が弱い者を襲うこともあった……
弱い者同志が争うこともあった……
むなしく消えていく命の多さに、何度も何度も絶望しかけた……
しかし、それでも私は命ある者が好きだ。
どんなに苦しい時でも、強く生きようとする者達が……
その命のつながりを途切れさせてはならない――グランドブラックホールは、絶対に止めなくてはならない。
ホップ達と出会い、そして、ギャラクシーコンボイ達と、なのは達と出会い――私はそう確信したのだ」
「でも……ベクタープライムさんがそのために消えるなんて……」
ベクタープライムのその固い決意は、その言葉の中に十二分に宿っていた――それでも、愛はどうしても納得できなくて――
「…………心配はいらない。
私は、消えはしない」
そんな彼女に、ベクタープライムは静かに、優しくそう告げた。
「私は、あらゆる時代に生きてきた。
そして、これからも生き続けていく……」
「どゆこと?」
尋ねるアリシアの問いには、ホップがベクタープライムに聞き返す形で答えた。
「ベクタープライム様は……時空を超えてあらゆる時代に行かれました。
その中で、今この時間から先の未来に行かれたベクタープライム様は、私達を見守りながら存在し続けていく――そうおっしゃりたいのですか?」
「…………そうだ」
静かにうなずくベクタープライムの姿に――なのははその意味を理解した。
自分達と出会う前――“時空の番人”だった頃のベクタープライムはあらゆる時間を旅してきた。
“グランドブラックホールに閉ざされるまでの”あらゆる時代を――
だが――自分達がグランドブラックホールを止めたらどうなる?
グランドブラックホールによって未来が閉ざされる――その結末がなくなったらどうなる?
たとえ自分達にとって未来の話でも、ベクタープライムにとっては過去の話――“時空の番人”だった頃の彼の歴史が変わり、より先の時代へも行ったことになる――すなわち、これから先の時代にも、“時空の番人”としてのベクタープライムが存在し続けることになる。ベクタープライムはそう言いたいのではないだろうか。
だが――
「けど……“そのベクタープライムさん”は……!」
そうだ――たとえこれから先の時代にもベクタープライムが存在しているとしても、それは“時空の番人”としての、自分達と出会う前のベクタープライムだ。自分達の知る、自分達と共に戦ってきた、目の前のベクタープライムではないのだ。
「もう……会えないんですね……ベクタープライムさんとは……」
「………………?」
同様に悟り、つぶやく那美の腕の中で、久遠はただひとり意味を理解できずに首をかしげている。那美の腕の中から飛び降り、人間形態となるとベクタープライムに尋ねた。
「どういう……こと……?」
「私はこれからもキミ達のことを見守り続けていく。
以前のように“時空の番人”として……
グランドブラックホールさえなくなれば、時は未来へと続いていくのだから……キミ達の進む未来に、私も生き続けているのだ」
久遠に答え、ベクタープライムは彼女の前にかがみ込み、いつかのようにその頭を人差し指で優しくなでてやる。
「キミ達の笑顔がまた見られるのを、楽しみにしているよ」
「くぅん?」
「ベクタープライムさんとはもうお別れになっちゃうけど……彼は、これから先も、ずっと私達を見守っていてくれるってことよ」
やはりまだわからないらしい。首をかしげる久遠にそう告げ、那美は彼女を抱き上げてやる。
久遠とて大切な人を失い、一度は“祟り狐”にまでなった身だ。“死”という概念は理解しているだろうが――それが目の前のベクタープライムと結びつかないらしい。
そんな久遠に事実を告げるには――那美はあまりにも優しすぎた。自分達の目の前のベクタープライムが自らの消滅を選んだということ、これから先に生き続けていくベクタープライムが、自分達の知るベクタープライムではないことを、久遠にはとても告げられず、ただ無言で彼女を優しく抱きしめてやるしかない。
そんな久遠と、那美の姿をしばし見守り――ギャラクシーコンボイは口を開いた。
「…………出発の、準備だ……!」
「べくたーぷらいむ!」
皆が出発の準備を進める中、久遠はそれを見守るベクタープライムへと駆け寄った。
ベクタープライムが視線を上げると、少し離れたところに那美がいた。こちらの視線に気づくと、無言で一礼し、準備作業に加わっていく。
彼女の計らいに内心感謝し――ベクタープライムは自分に懐いてくれている少女の前にひざまずき、彼女の伸ばしてきた両手に小指で応え、握手を交わす。
「げんきで、ね……」
「久遠も……元気で」
そう久遠に答えると、ベクタープライムは彼女の前にそれを差し出した。
プラネットフォースの在り処を示していたマップだ――ベクタープライムの施したサイズシフトによってその大きさを縮小、久遠の手の中に納まるほどの大きさになり、彼女に手渡される。
「お別れの印だ。
道に迷うことがあっても――そのマップが、きっとキミの進むべき道を示してくれるだろう」
「うん……
ありがとう……べくたーぷらいむ……
那美に、みせてくる」
言って、パタパタと那美の方へと駆けていく久遠の姿を見送り――ベクタープライムはつぶやいた。
「ありがとう、か……
礼を言うのは、むしろ私の方なのだがな……」
つぶやくのは、かけがえのない仲間達への感謝の言葉――
「この宇宙に降り立って、出会えたのが――キミ達で本当によかった」
そしてついに出発の時が訪れた。
アースラ、ムー、マキシマス、グランダス――こちらに来た際の編成にさらにメガデストロイヤーやサルベージされたアトランティス、パンゲアも加わり、より規模を増したサイバトロン艦隊が予定ポイントに集結するのを、ギャラクシーコンボイとなのははベクタープライムと共に見守っていた。
「時間を戻せる空間の範囲は限られているから、マスターガルバトロン達の動きまで元に戻すことはできない。
だが、彼らの野望を阻止し――」
そうギャラクシーコンボイに告げると、ベクタープライムは今度はなのはへと視線を向け、
「マスターガルバトロンの目を、覚まさせてやるチャンスは十分にあるだろう」
「わかった」
「はい!」
必ず宇宙を、マスターガルバトロンを救ってみせる――告げるベクタープライムに対し、ギャラクシーコンボイとなのはは力強くうなずいてみせる。
「ギャラクシーコンボイ、なのは……
宇宙を頼む――キミ達の大切な人達に、未来を与えてやってくれ」
ベクタープライムの言葉に無言でうなずくと、ギャラクシーコンボイは頭上に集結したサイバトロン艦隊へと視線を向ける。
「ベクタープライムさん……」
「さらばだ、なのは」
まだ名残惜しそうにしているなのはに対し、暗に出発を促すベクタープライムだったが、
「ううん」
そんなベクタープライムに対し、なのはは首を左右に振った。
「『さよなら』じゃないです」
そして――笑顔で告げる。
「『またね』ですよ♪」
「なのは……」
なんとなく、言いたいことはわかった――笑顔で告げるなのはに、ベクタープライムは思わず苦笑する。
「私達が未来を守れば、ベクタープライムさんの過去が変わるんでしょう?
だったら、ついでにもうひとつ――絶対に見つけちゃいますからね、未来で、ベクタープライムさんを!」
「“時空の番人”として、本来なら止めるべきなのだろうな……」
迷いなく、力強く宣言するなのはの言葉に、ベクタープライムは苦笑まじりにそうつぶやき――答えた。
「その時は……お手柔らかに頼むぞ、なのは」
ベクタープライムの見送り要員として最後まで地上に残っていたギャラクシーコンボイ達も艦に戻り――ベクタープライムは艦隊の真上、ちょうど中央に位置するポイントで剣を抜き放った。
その剣から放つのは、以前使った“タイムリバース”のバリエーション――
「タイムリープ!」
その言葉と同時、ベクタープライムの胸の歯車の回転が停止し――逆向きに回転を開始。同時、ベクタープライムの剣に“力”が宿り――解き放たれる!
“力”は波動となって周囲に広がり――その中で次第に時間に影響を与え始めた。少しずつ速度を落としていき――ついには逆転を開始する。
次第に逆行は加速。自分達が通り抜けた、あの日に戻っていく時空トンネルへと、サイバトロン艦隊は全速力で飛び込んでいく。
だが――同時に、ベクタープライムの全身を強烈な脱力感が襲った。
“タイムリバース”の代償として支払われる、彼自身の存在の残り時間――彼の命が尽きようとしているのだ。
(しかし――ここで止まるワケにはいかん!)
ここで自分が力尽きれば“タイムリープ”が停止、時間の逆行が元に戻り、艦隊は不安定な時空トンネルの中に放り出されることになる。
それだけは避けなければならない。なんとしても、ギャラクシーコンボイ達を――なのは達を元の宇宙に送り届けなければならない。その決意は、剣を握るベクタープライムの手に力をよみがえらせた。
――まだその存在が確実視されていなかったプラネットフォースの存在を信じ、協力を約束してくれたギャラクシーコンボイ――
――地球で出会い、ギャラクシーコンボイ達を、そして自分を受け入れてくれたなのは達――
――自分の使命に焦り、気を落とす自分を励ましてくれた愛――
――みんなの間で、常にみんなの心を和ませてくれた久遠――
自分には、命に代えても守りたいものがある。守りたい仲間達がいる――だからこそ自分はこの道を選んだ。
絶対に成し遂げてみせる――決意と共に、よみがえった力のままに再び剣を頭上にかざす。
「プライマスよ……!」
いや――」
「仲間達よ! 私に、力を!」
咆哮と共に、艦隊を包む“タイムリープ”のフィールドが力を取り戻した。周囲を逆行した時間の流れから隔絶したまま、無事に時空トンネルの外まで送り届けていった。
「“タイムリープ”、フィールド消滅。
時間の流れが元に戻ります」
「そうか……」
無事通常空間に復帰。バックギルドの報告に、ギャラクシーコンボイは静かに息をついた。
「ギャラクシーコンボイさん……」
「あぁ……」
言いたいことはわかる――声をかけてくるなのはにうなずき、ギャラクシーコンボイは視線をそちらに向けた。
自らの役目を終え、光となって消えていくベクタープライムへと――
「ベクタープライムが……!」
「彼に残された時間を、使いきったんだ……!」
その光景は、アースラのブリッジからも確認できた。消滅していくベクタープライムの姿に、思わず視線をそむけるエイミィに答え、クロノは悲しみにくれる彼女を優しく抱きしめてやる。
そして、アトランティスの展望室でも――
「べくたーぷらいむ、またね……♪」
消えていくベクタープライムを前にしても、これが彼の死であることを知らない久遠はただ無邪気に見送り、笑顔で手を振っていた。
だが――
「…………あれ?」
そんな久遠も、自分の頬に流れているものに気づいた。
「久遠……なんで、なくの……?
かなしくないのに、なんで……?」
自分の奥底では理解している、しかし心での理解が追いついていない――自らの異変に戸惑い、涙をぬぐいながら久遠がつぶやき――
「いいのよ、泣いても……」
そんな彼女を、那美は静かに抱き寄せた。
「それはあなたが、ベクタープライムの大好きな優しい子な証拠。
だから……泣いていいのよ、久遠……!」
「…………ううん……!」
那美の言葉に、久遠はそれでも顔を上げた。
「まだ、なきたくない……
べくたーぷらいむを、みていたい……
ずっと、みおくって、あげたいから……!」
もう、止まらない涙をぬぐいこともしない――涙でにじんだ視界にかまわず、久遠は消えていくベクタープライムの姿を、その光の最後のひとつが消えていくまで見守り続けていた。
まるで、今この時の彼との別れを、心の中に着実に刻み込むかのように――
(ありがとう、ベクタープライム……!)
気づけば、誰もがが消えていく彼に敬礼を捧げていた――改めて感謝の言葉を贈り、ギャラクシーコンボイは敬礼を直り、顔を上げた。
彼の想いをムダにはできない――強い決意と共に、なのはもまた、艦の進む先へ――そのはるか先にあるであろう、グランドブラックホールへと視線を向ける。
「行こう、みんな……!
ベクタープライムさんのつなげてくれた未来――今度は、わたし達がつなげよう!」
『おぅ!』
なのはの想いはみんなも同じ――皆一様にうなずき、進んでいく。
消えていった仲間の願いをかなえるために――
彼に託された、未来を守るために――
――時が経ち、誰もが大人となり、子を遺し、死んでいく――
――それでも、その意志は受け継がれていく――
――命は、時は、永遠に続いていくのだから――
――私はこれからも、キミ達のことを見守り続けていく――
――未来へと続いてゆく、無限の時の中で――
(初版:2007/07/21)