それは、彼女の高校生活最初の初夏だった――
「…………あ」
読み進めていた本の上に、風に吹かれてきた花びらが舞い落ちる――実に風流な形で横槍を入れられて、集中を切らされた宮永咲はふぅと息をつき、顔を上げた。
今日は中間試験明けで学校は半日で終わり。試験後の楽しみにと借りておいた小説を、学校を出てすぐの小川沿いにあるお気に入りの読書スポットで堪能していた――というのが現在の状況である。
集中も切れてしまったし、ちょうどいいから少し休憩しようかと本を閉じて――不意に、咲は人の気配を感じた。
振り向いてみると、ちょうどひとりの女子生徒が背後の道を通り過ぎようとしているところで――そんな少女に、咲は思わず見とれていた。
(ぅわ……キレイな子……)
美人だ――同性の自分も無条件にそう思うくらいに。
整った顔立ち、透き通るような桃色がかったブロンドに、凛とした佇まい――
(あれで、同じ一年生……)
学年ごとに色の違う、女子制服の胸のスカーフは自分と同じ赤色だった――そして、スカーフに注目したことで気づいたことがもうひとつ。
ドドンッ!(←比喩的表現)
なんとなく――自分の、同じところを見比べてみる。
すとーんっ。(←比喩的表現)
「………………」
同い年のはずなのに、この差はいったい何なのだろうか。理不尽なものを感じずにはいられなくて、咲は思わず自分の胸元に手をあてて――
「咲」
「ひゃあっ!?」
そんなことを考えていたものだから、突然かけられた声は彼女にとって最大級の不意打ちだった。思わず素っ頓狂な声を上げ、飛び上がってしまう。
「き、京ちゃん!?」
「よっ」
それでもなんとか平静を取り戻し、応じる――声をかけてきたのは、中学からの顔なじみである男子、須賀京太郎である。
「学食行こうぜ」
「ごめん。この本今日返却だから読んじゃわないと……」
「学食でも本は読めるだろ」
申し訳なさそうにさっきまで読んでいた本を見せ、断ろうとする咲だったが、京太郎もあっさりとそう返してくる。
「つか、頼むわ。
日替わりのレディースランチがうまそうでさ、食いたいんだけど、“レディース”ランチなだけに、お前に注文してもらうしかないんだよ」
「そんな理由で女の子を食事に誘うってどうなの……?」
というか、他に頼める子はいなかったのかとツッコみかける――が、
(あぁ、いなかったっけ……)
よくよく考えてみれば、自分以外の女子が彼と一緒にいるところを見たことがない――別に付き合っているワケではないが、それなりに親しい咲としては、友人の寂しい青春っぷりに同情の意を禁じえず、思わずため息をつくのだった。
第1話
「めぐり逢い清澄」
「はい、レディースランチ」
改めて気づいてしまった友人の寂しい人間関係――そして、そんな彼を見捨てられるほど、咲も冷たい人間ではない。何だかんだで結局レディースランチを買ってきてあげるのだった。
しかも、預かったお金の残りを京太郎に渡しても立ち去ろうとはせず、そのまま彼のとなりに座ると読書を再開する。どうやら彼が食事を終えるまでは付き合うことにしたようだ。
一方、京太郎は食べる片手間に携帯電話で何かの動画を見ている。チラ見してみると、何体かのロボットが何度も交錯していて――
「アニメ?」
「んにゃ。
ガンプラバトルだよ――去年の全国中学校大会の男子決勝」
尋ねる咲に京太郎が答え――が、食事と映像に集中していた彼は気づけなかった。
「え…………」
自分が見ているのがガンプラバトルの映像だと知った瞬間、咲の表情が目に見えてくもったことに。
「京ちゃん、ガンプラバトルするの……?」
「おぅ。
つっても、ずっと見てる側で、やる側にはつい最近入ったばっかりなんだけどな。
ガンプラバトルっておもしれーんだぜ」
「私は……嫌い」
「ふーん……」
咲の返しにうなずいて――と、彼女の言葉の意味するところに気づき、京太郎は動きを止めた。
「って……咲、お前ガンプラバトルわかるのか?」
「作る方は……でもバトルは嫌い。
だって、バトルなんかしたら、せっかく作ったガンプラ壊れちゃうもん」
「壊れること前提かよ」
本当にガンプラが壊れてしまうのがイヤなのだろう。少し寂しげな顔で答える咲に京太郎は思わず苦笑する。
「まぁ、咲は何やらせてもダメだからなー。『勝てばいい』なんてことも言えないか。
……いや、でもいないよりはマシか、うん」
「え、ちょっ、京ちゃん、何ひとりで完結してるの……?」
「何、ちょっとした『ついで』だよ」
そう咲に答えると、京太郎は笑みを浮かべて、
「そういうワケだから……メシに付き合ってくれたついでに、もひとつ付き合ってくれないか?」
「え…………?
『付き合う』って……どこに?」
その問い返しに対し、京太郎はキッパリと答えた。
「そんなの、ここまでの会話の流れからしてひとつしかないだろ――」
「模型部だよ」
◇
咲達の通う清澄高校は、近年になって現在の場所に新校舎を立て、移転してきた。
一方で、旧校舎も未だかつての場所に残されていて――京太郎の話では、その最上階、旧校長室を部室として使わせてもらっているらしい。
と、いうワケで――咲が押しの弱いタイプであるのをいいことに、京太郎は彼女を連れ、旧校舎の模型部部室へとやってきた。
「ほら、着いたぜ。
模型部へようこそ、姫」
「誰が姫なの、もう……
それに私、バトルはやらないって……」
「カモ連れてきたぞーっ!」
咲の苦情も何のその。ついでに本音もぶちまけながら、京太郎は入り口のドアを元気に開け放ち――
『あ』
咲と、もうひとり――中にいた少女の声がハモった。
相手の少女に、咲は覚えがあった――さっき、読書していた自分の後ろを通り、自分にいろいろと敗北感を突きつけてくれたあの少女だ。
そして、相手も自分を見て声を上げた――彼女もまた、あの時咲のことに気づいていたのだろうか。
「さっきの……」
「え?
咲、お前和のこと知ってんの?」
「えっと……」
反応を示した咲に、京太郎が首をかしげて尋ねる。咲がどう答えたものかと言葉を選んでいると、
「先ほど、橋のところで本を読んでいた方ですね」
「み、見られてたんですか……」
やはり、向こうも自分のことに気づいていたらしい。自分に代わって口をはさんできた少女の言葉に、思わず見とれたほどの美少女に意識してもらえていたと知った咲の頬に朱が散る。
そんな咲の照れっぷりに、未だ状況が飲み込めず首をかしげるものの、京太郎はとりあえず咲に少女を紹介することにした。
「原村和。
去年のインターミドルの、個人戦優勝者なんだぜ」
「…………?
それ、すごいの?」
部活仲間のすごさを自慢する京太郎だが、バトルを「嫌い」と言い切るだけあってその手の情報に触れてこなかった咲には今ひとつそのすごさが伝わらなかったようだ。首をかしげて聞き返し――
「すごいじょ!」
そう答えたのは、京太郎でもなければ和でもなかった。
「どーんっ!」
と、ハイテンションなかけ声と共に部室に姿を見せたのは片岡優希。咲達と同じ一年生で、和や咲とは反対に活動的なイメージのある女の子である。
「学食でタコス買ってきたじぇ!」
「またタコスか。ホント好きだな」
「お茶淹れますね」
手にした紙袋を見せびらかす優希だったが、そんな彼女のハイテンションもすでに“いつものこと”と言えるほどに慣れている二人を動じさせるには至らない。相変わらずのタコス好きに呆れる京太郎の傍らで、和も冷静に優希がドリンクの類を持っていないのを見てお茶の用意に取りかかる。
結果、優希の矛先はただひとりリアクションに困っている咲へと向けられて――
「のどちゃんはホントにすごいんだじぇ!
インターミドル、全中優勝ってことは最強の女子中学生だったワケで!」
「えっと……」
いきなりの友達自慢にあいまいな返事を返すしかない咲だったが、そんな彼女の困惑に気づいていないのか、優希も優希で止まらない。
「しかもご両親は検事さんと弁護士さん!
男子にもモテモテだじぇ!」
「誰かさんとは大違いだな」
「む。
どーせ私はどこにでもある中流家庭の文学少女ですよーだ」
茶々を入れてくる京太郎の言葉に困惑も薄れたか、咲がかわいらしく頬をふくらませて――そこに、和の淹れたお茶が到着した。
和のお茶が到着したことで、場の空気はちょっとしたお茶会ムードに。休憩用なのだろう、バトルシステムを囲むように置かれたイスに四人はそれぞれ腰を落ち着ける。
バトルシステムは一応は公式大会にも使われる正式なものだ。六角形の角柱状で、複数用意して連結することでシステムを連動、より大きなフィールドを構築できる仕組みになっている――ここに置いてあるのは四基。ちょっとしたテーブル程度の大きさしかないが、公式戦ルールである四人でのバトルをするには十分だ。
「部長は?」
「奥で寝てます」
一息ついたところで京太郎が尋ねるのは、姿の見えない部長の所在――和の答えに「じゃあ当分起きてこないな」と自己完結し、
「じゃあ、ウチらだけでやりますか」
「え…………?
や、やっぱり私も……?」
「当たり前だろ、そのために連れてきたんだから」
「でも、私自分のガンプラ持ってない……」
「あぁ、それなら須賀くんが練習用に組んだジェガンがまだいくつか余っていたはずですよ」
バトルに関しては乗り気でない咲が遠回しに断ろうとするが、そんな彼女の主張は、咲が京太郎に(ムリヤリ)引っ張られてきた経緯を知らない和のフォローによって封じられてしまう。
(うぅっ、何でこんなことに……)
事情を知らないとはいえ、和は自分の来訪を素直に歓迎してくれている――さすがにこちらを無碍にするワケにはいかず、咲は渋々制作済みのガンプラの陳列棚に向かうと、練習用と但し書きされているスペースからジェガンのキットをひとつ手に取った。
1/144スケールのガンプラの中でも現在主流となっているHGUCシリーズ、RGM-89・ジェガン――『機動戦士ガンダム・逆襲のシャア』において初登場した連邦軍の主力量産型MSで、宇宙世紀シリーズにおいてジムシリーズに代わり『ガンダムF91』の時代まで永く運用され続けた傑作機である。
ガンプラバトルにおいては初心者用の機体の代表格――操作においてはジムや『ガンダムSEED』のジンなど、“原作”で練習機が登場している機体がよく挙げられるが、ガンプラの加工も込みで考えるなら、このジェガンを初心者向けとして推すビルドファイターは決して少なくない。
理由はいくつかある――まず、設定全高の関係上同じスケールでもジムやジンよりも大型で、手先のあまり器用でない人でも組み立てやすいこと。
デザイン的に平面が多く、且つそれほど入り組んでいるワケでもないため、塗装の準備作業のひとつである“合わせ目消し”、その工程のひとつであるヤスリがけの練習に向いていること。
そして、大型であるがゆえにキットの内部空間にゆとりがあるため、ポリキャップ等の埋め込み加工がしやすく、拡張性を高める改造が容易であること……等々。
これらの長所とキット自体の価格が絶妙なバランスで折り合っているため、このキットを正式な練習用キットに採用している模型部は多い。強豪校ともなると、問屋への直接発注でカートン箱を大量に買い込んでいる、なんてウワサまであるほどだ。
ともあれ、そんなジェガンを手に咲がバトルスペースに戻ってくると、
「ほれ」
軽いノリの声と共に、京太郎が咲に差し出してきたのは――
「GPベース。
これもオレが入力の練習に使ったヤツだから、もうジェガンのデータ入ってる」
「あ、うん……」
GPベースとは、ガンプラバトルにおいて使用される、情報面からバトルをサポートするデータ端末である。
ビルドファイターの戦績等はもちろんのこと、改造だけでは表現しきれない隠し機能の情報や独自の来歴のようなオリジナル設定の記録も可能であり、バトルをしないガンプラビルダーの間でも愛用者は多い。
ちなみに咲は持っていない。バトルもオリジナル改造もあまりやらない彼女にとっては縁遠いものだし、そもそもこれがないとバトルができないというワケでもないこともあるが、一番の理由は――
「えっと、えっと……」
「いや、そんなおっかなびっくりいじらなくたって、そう簡単にデータなんて消えやしないから」
「だ、だって、こういうデジタルな機械って苦手なんだもん……」
「……そーいや、携帯すら持ってなかったっけな、お前……」
――とまぁ、そういうことである。
「悪いな。
咲のヤツ、こういうどんくさいところがあるから」
「大丈夫ですよ。
それじゃあ、始めましょうか」
京太郎の言葉に答える和はすでに準備万端だ。その手には自分のGPベースと――
「え……?
原村さん達も、ジェガン……?」
「宮永さんだけが借り物のジェガンでは一方的に不利ですから」
「と、ゆーワケで、私達もジェガンでお相手するじぇ!
……まぁ、私のはジェガンはジェガンでもスタークジェガンだけどね!」
和に続く優希が持っているのもジェガンだ――ただし、和のものも優希のものも、独自の装備を追加しているのを始めかなり手を入れてあるようだ。
具体的には、和が射撃用装備を中心とした高機動型、優希が武装強化バリエーション機、スタークジェガンをベースにした火力特化、といったところか。
ちなみに、カラーリングは和が『ガンダム00』に登場したティエレンタオツーを思わせるピンク一色。優希がデザートカラーを下地に赤や緑のアクセントを施してある。
そして、京太郎も自分のジェガンとGPベースを用意。四人でバトルスペースを囲み、和がバトルシステムを起動させる。
《Please, Set your GP-base》
音声ガイダンスに従い、四人がそれぞれのGPベースを目の前のコネクタに接続、そのデータを転送し、
《Plafsky-Particle, dispersion start》
バトルスペースがプラフスキー粒子を散布。同時にバトルフィールドを描き出す――今回は廃棄都市だ。
《Please, Set your GUNPLA》
そして、いよいよ各自のガンプラをセット。GPベースの前の専用台座に各自のジェガンを乗せると、自分の、ガンプラの周囲がプラフスキー粒子で構築された仕切りで覆われる――コックピットをイメージしているのか、仕切りには機械の操作盤を思わせるライトやスイッチ類が一面に描き出されている。
と――咲の目の前のジェガンに変化が起きた。
ひとりでに顔を上げると、その大きなカメラアイに輝きが生まれたのだ。
それは、フィールド上がプラフスキー粒子で満たされた証――粒子の流れがジェガンの顔を上げさせ、カメラアイに付着した粒子が発光することでカメラアイの点灯を再現したのだ。
「原村和――ジェガン、出ます!」
「片岡優希――スタークジェガン、やってやるじぇ!」
「須賀京太郎――ジェガン、発進っ!」
和達が次々に宣言し、同様に動き出したそれぞれのジェガンが、台座から伸びる形で構築されたカタパルトからフィールド内に飛び出していく――改めて自分のジェガンに視線を落とし、咲は軽くため息をついた。
(もう、引っ込みつかないよね……
でも……家族以外とバトルするの、すごく久しぶりかも……)
作り上げたガンプラを手に、模型店のバトルシステムへと走る自分と姉。
ガンプラに興味などなかったろうに、それでも一緒にガンプラを作り、バトルにまで付き合ってくれた両親――幼い日の記憶がほんの一瞬だけ蘇る。
だが、それはあくまで記憶の中の一ページ。今はこのジェガンで――
「……宮永咲。
ジェガン、いきます!」
意識を現実へと引き戻し、プラフスキー粒子によって構築された操作用のスフィアを左右の手で握る――そして咲は、プラフスキー粒子によって命を吹き込まれたジェガンを駆り、目の前の箱庭の戦場へと飛び込んでいくのだった。
◇
「フハハハハ!
覚悟するじぇ、京太郎!」
「ぐぉっ、やっぱノーマルでスターク相手はキツイ!」
高笑いと共に、両肩のミサイルの全弾発射にバズーカ連射――接敵早々惜しげもなくその火力をぶちまけてくる優希に対し、京太郎は毒づきながらも必死にその攻撃をかわしていく。
「合わせ目消しと後ハメ加工を覚えたばかりの京太郎に、私が負ける道理はないっ!」
「なめんな!
いつまでも基本加工しかできないと思ったら――大間違いだぜ!」
早くも勝ち誇っている優希に京太郎が言い返し――彼のジェガンが“翼を広げた”。
京太郎のジェガンはディティールアップ加工のみのノーマル仕様というワケではなかった。バックパックにドリルで穴を開け、用意した即席の接続穴に公式の改造パーツの大型ウィングを取り付けてある。
基本、1/144スケールのガンプラの可動軸のピンは一部の例外を除いて太さ3mmに規格統一されている。そのため、ドリルで3mmの穴を開けるだけで簡単に接続穴を追加できるのだが――
「なら、次の課題はポリキャップの埋め込みですね」
のどかのピンクジェガンが飛び込んできた。京太郎のバックパックを掠めるように回し蹴りを繰り出し、追加されたウィングをまとめて蹴り飛ばしてしまう。
「ドリル穴だけでは、可動を繰り返す内にすり減って保持力が弱くなってしまいます。
内側にポリキャップを仕込むか、可動を捨てて接着してくるべきでしたね」
「く…………っ!」
「のどちゃん、覚悟ォ――っ!」
余裕とばかりに解説する和――唇をかむ京太郎をよそに、優希が和に向けてミサイルを放ち――
「――――――っ!?」
別方向からのビームに気づいた和が回避。結果、ホーミング照準のされていなかった優希のミサイルも標的を見失ってあさっての方向へ飛んでいってしまう。
ビームは三者の誰もいない方向から放たれたものだった。ということは、今の一撃は残るひとりによるものということで――
「宮永さん――!?」
狙われた和がその名をつぶやくのと同時、当の咲が操るジェガンが参戦。操作がおぼつかないのか、フラフラしながら三人の戦場に飛び込んでくる。
「むぅっ、せっかくのどちゃんを狙ってたのに!
そんな素人機動で、私のジャマをした罪は重いじぇ!」
「………………っ!」
そんな咲に、攻撃をジャマされた優希が怒りの砲口を向ける。バズーカをかまえた彼女に対し、咲も振り向きざまにビームライフルを放つ。
「そんなものっ!」
しかし、とっさの反応だったのか狙いが甘く、またそんな苦しまぎれの一発に当たってやるほど優希も甘くはない。あっさりとビームを回避して――
「もらいっ!」
「にゃ――――っ!?」
回避した先には京太郎がいた。気づいた優希の対応よりも早くビームサーベルを一閃。優希のバズーカを両断、破壊する。
「このまま一気に!」
「なめるな!」
なおも斬りかかる京太郎に対し、優希は両脚のミサイルポッドで牽制――と、背後に回り込んだ咲がシールドに備えられたグレネードで優希を狙う。
「だから……甘ぁ――いっ!」
しかし、優希も咲の動きに気づいていた。咲のグレネード発射とほぼ同時のタイミングで、咲の狙った射線から自分のスタークジェガンを逃がして――
「どわぁっ!?」
標的を見失ったグレネードはその先にいた京太郎のジェガンを襲った。とっさのことで反応できなかったが、グレネードは運良くシールドに命中。シールドを喪失しただけで難を逃れる。
「咲、お前なぁ!」
「ご、ごめん、京ちゃん!」
対戦相手なのだからジャマし合うのは当然ではあるが、それが単なる流れ弾では文句のひとつも言いたくなるのが人情というもの――苦情の声を上げる京太郎に咲もまた対戦相手であることを忘れて思わず謝る。そんな咲のジェガンに、和は冷静に照準を合わせて――
「のどちゃん、もらったぁっ!」
「――――っ!?」
そこへ襲いかかってきたのは優希だ。先ほどの咲のグレネードをかわした時、結果的に和の側面に回り込む形になっていたのだ。
ビームサーベルでの斬撃をとっさにかわす和だったが、優希もこのチャンスを逃してたまるものかと攻め立てる。逃げる和を追い、再度斬りかかり――
「もらったぜ、咲!」
「ひゃあっ!?」
「ぅわっとぉ!?」
京太郎の射撃を咲がかわして――狙いの外れたビームが優希のスタークジェガンの眼前をかすめた。結果的に優希への牽制となり、その足を止める。
「あーっ! もうちょっとだったのに!
けど、まだまだ!」
強襲は失敗に終わったが、まだ撃墜されたワケではない。優希が改めて気合を入れ直して――
「…………?」
一方、助けられる形になった和だったが、彼女は一連の流れに言い知れない何かを感じ、眉をひそめた。
◇
《Time Up》
ガンプラを動かすためには、バトルフィールドをプラフスキー粒子で満たし続ける必要がある。
しかし、今咲達が使っているような小規模なバトルシステムではそのプラフスキー粒子を蓄えておくタンクの大きさもタカが知れている。
つまり、事この場に限って語るなら、バトルできる時間には“粒子を使い切るまで”という制約がどうしても生じてしまう――と、いうワケで、バトルは時間切れで終了となった。
ちなみに、全員撃墜されることなく生き残ることができた。
「…………ふぅっ」
「お疲れさまです」
「ふぎゃー、疲れたじぇ……」
「まったくだぜ……」
息をつく咲を和が労う一方で、優希と京太郎は疲れきった様子で息をつく。
本格的にバトルに取り組んでいない咲が疲れていることや、全中チャンプである和が平然としているのはともかく、優希や京太郎がなぜにこうも疲れきっているのか。それは――
「タイムアップまでバトったのなんて、初めてだじぇ……」
「いつも、タイムアップ前に(たいていは和の独り勝ちで)ケリついてたもんな」
――とのことである。
「しっかし、咲のバトルはパッとしませんなー」
「基本的な空間機動はわかってるみたいだけどねい。
でも、『わかってるだけ』って感じかなー。動きがフラフラ安定してなくて、戦ってるこっちが心配になってくるくらい危なっかしいじぇ」
改めて和が淹れてくれたお茶を飲みながら、京太郎や優希が初見となる咲のバトルの様子を評していると、不意に外からゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。見れば、窓の外は分厚い雲に覆われており、そこから一分もしない内に窓を閉めていても聞こえるほどの雨音が聞こえてくる。
「降ってきましたね……」
「夕立かな?」
そんな外の様子に和や優希がつぶやくと、
「ウソ!?」
突然の声は、部屋の奥の方――ついたての向こうから聞こえてきた。
「傘持ってきてないわよ……」
ついたての向こうは仮眠スペースになっていて、そこで今まさにそうボヤきながら身を起こす女子生徒がひとり――その顔に、咲は見覚えがあった。
「あ……生徒会長……?」
全校集会などで何度も見た顔だ――3年・竹井久。清澄高校の生徒会ちょ
「うちの学校では『学生議会長』ね」
……学生議会長である。
「模型部の部長さんなんですよ」
「なんで、模型部に……?」
「そんなの、ガンプラバトルが好きだからに決まってるっしょ」
和の補足を聞き、首をかしげる咲に答えると、久は改めて彼女に視線を向け、
「あなたが今日のゲストね」
「ども」
一礼する咲にうなずくと、次に久が見たのは彼女の手の中のジェガンだ。
(須賀くんの組んだヤツね……
もう一戦したみたいだけど、なかなかキレイに残したじゃない)
全中チャンプの和もいる席で、ガンプラの修理が必要ないほどの軽ダメージでバトルを生き残っただけでも大したものだ。
バトルシステムの粒子のチャージが終わり、第二戦に入る咲達のジャマをしないよう、久はデータサーバの記録映像で一戦目を見せてもらうことにした。
(相変わらず和が圧倒的ね……
まぁ、空間戦闘がモノを言うシチュエーションに限って言うなら、“和の本気ガンプラよりもジェガンの方が戦いやすい”んだし、わからないでもないけど……)
能力の高さを捨ててまで好みのガンプラを使い続け、その上で全国の頂点まで上り詰めた経歴は伊達ではないということか。そんなことを思いながら次に見るのは咲のジェガンの映像で――
(…………あれ?)
その映像に、久は異様な違和感を覚えた。
一言で言うなら――“ちぐはぐ”。
動きはフラフラと危なっかしい割に、ビームライフルをかまえる動きは思わず見とれるほどにムダがない。
しかしそれでいて、ビームライフルをかまえた直後におかしなブレが見てとれる。これは――
「にゃ――っ!
咲ちゃん、さっきからジャマだじぇ!」
「ご、ごめん……」
バトルが白熱してきたのか、優希のテンションの高い声が聞こえてきた――そして、それに対して咲が謝っている声も。
これは映像よりも実際の動きを見た方がいいかもしれない。パソコンの前を離れ、久は咲達がバトルしているバトルシステムの方へと向かう。
今回のステージは『ガンダムSEED
DESTINY』第1話の舞台となったコロニー、アーモリーワンの兵器工廠だ。その上空を、四機のジェガンが飛び交っている。
咲のジェガンは――いた。
相変わらずフラフラと安定しない動きで、和の射撃を、優希の爆撃を、京太郎の斬撃を回避している。
そして、やはりほれぼれするような、流れるような動作でビームライフルをかまえ――久は見た。
ピタリと照準を合わせて――その後、ほんの一瞬だけ、ほんのわずかにその銃口がブレたのを。
まさか――
(一度合わせた照準を、あえてずらしている……!?)
咲は意図的に、相手に合わせた照準をずらしているというのか。
もしそうだとすれば、咲はあえて目の前のバトルに手心を加えているということになる――しかし、そんなことをして、咲に何のメリットがあるというのか。
彼女がここに来るのはこれが初めて。単純に考えて和達との付き合いがあったとは考えにくい――というか、付き合いがあったら和はともかく優希のことだ。模型部に誘うか、そこまではいかずとも一度くらい、もっと早くにここへ遊びに連れてきていることだろう。
それがなかったということは正真正銘、和達との付き合いはなかったと思っていい。彼女達に気を遣って手加減を、というセンはないだろう。
あえて撃墜せず、実力を見せつけている――にしては、実力をひけらかしているようにも見えない。
そうしている間にも、咲は周囲からの攻撃を避け、当たることのない反撃を繰り返している――やがて、バトルはタイムアップで終了となった。
「お疲れー」
「またタイムアップかー。
まぁ、墜とせなかったけど、墜ちなかったからいっか」
(え――――?)
京太郎に続けてつぶやいた優希の言葉に、久の頭の中で引っかかるものがあった。
「ねぇ、さっきの……前回のバトル、誰か撃墜されてる?」
「いいえ」
「さっきも今も、誰もやられてないじょ?」
久の問いに、和と優希が答えて――
「じゃあ、私はこれで」
そう言うと、咲は京太郎にジェガンとGPベースを返して席を立った。
「咲ちゃん、帰っちゃうのー?」
「会長が起きてメンツも足りたみたいだし……図書館に本を返さなきゃ」
尋ねる優希にそう答えると、咲はそそくさと模型部を出ていった。
「……ま、咲のヤツ元々乗り気じゃなかったしな。
そりゃ口実ができれば帰りたくもなるか」
「フフンッ、私の強さに恐れをなしたか」
「言ってろ」
そんな咲を見送り、以前から咲の人となりを知る京太郎は彼女の心情を(ムリヤリ連れてきた張本人であることを棚に上げて)推し測る。一方でまったく空気の読めていない優希にツッコむのも忘れない。
「第一、本当に恐れをなしたとしても、そりゃお前じゃなくて和になんじゃないか?」
「あぅ……
のどちゃん、強すぎだじぇ」
「こっちも今回は運良く生き残れたけど、結局終始圧倒的だったもんな」
痛いところを突かれ、凹む優希に京太郎が付け加えて――
「『圧倒的』? 『運良く』?
ナニ甘いこと言ってんの?」
意味深な笑みを浮かべて、久がそんなことを言い出した。
「今の結果……本当にただの偶然だったと思うの?」
「二戦連続の全機生存……まさか、宮永さんが故意に仕向けたと?」
「え?
ンなバカな……たまたまっしょ」
「そうだじょ」
久の言いたいことを汲み取った和だが、そんな彼女の言葉に京太郎や優希からも否定の声が上がる。
「インターミドルチャンプであるのどちゃんがいて、しかも二戦とも地上戦以上に周辺把握の難しい空間戦闘……
そんな中で、自分以外の全員を撃墜する気マンマンのファイター全員をタイムアップまで生き残らせるなんて、ただ勝つよりも難しい。
増してやそれを二連続なんて……」
「不可能ってかい?」
しかし、優希の話にかぶせてくる久の顔には確かに確信が見てとれた。
そして――久は告げる。決定的な一言を。
「でも、もしそこに――」
「圧倒的な実力差があったとしたら?」
『………………っ!?』
まるでその一言を待っていたかのように、雷鳴が鳴り響く――その中で、和達三人は今度こそ言葉を失った。
そんなバカな――そう久の言葉を笑い飛ばすのは簡単だっただろう。
だが――できなかった。
まるで、自分達の中の未知の感覚が、久の言葉が事実であると告げているかのような――
「――――っ!」
「のどちゃん!?」
そう思うと、いてもたってもいられなかった。いきなり立ち上がった自分に優希が驚きの声を上げるが、和はかまうことなく模型部を飛び出していった。
扉が閉じられ、足音が去っていく――と、不意に久の口元に笑みが浮かんだ。
「プッ、クスクス……」
「…………?
ナニ笑ってんスか、気持ち悪い」
「キサマ、部長になんてコトを」
「いやナニ、ちょっとね」
思わずもらした京太郎の暴言に優希がくってかかる――そんな二人に応え、久は自分の紅茶をすすって気持ちを落ち着け、
「あの子がウチの部に入ってくれないかな―、と思ってさ。
全国狙えるかもよ?」
「え…………?」
「全国…………?」
『全国』、すなわちインターハイ――いきなり考えもしていなかった単語が飛び出してきて、京太郎と優希は思わず顔を見合わせるのだった。
◇
雨は降り続いていたが、傘をさす、という発想すら頭の中から吹っ飛んでいた――雨の中、和は目的の人物を探して駆けていく。
図書館に本を返すと言っていたから、新校舎の方に向かっているはず。そう見当をつけ、新校舎への道を走ることしばし――
「――――っ!
宮永さん!」
「え――――?」
名を呼ばれ、振り向く咲の胸に勢い余って飛び込む――いきなりのことに驚いた咲の手から傘がこぼれ、地面を転がる。
そのまま、どのくらい雨に打たれていただろう――息が整ってきて、和は咲から離れ、尋ねた。
「さっきの……二戦連続全機生存……ワザとなんですか?」
その問いに、咲は無言で首を左右に振った。やはり偶然かと和が安堵して――
「私がバトルすると、いつもあぁ“なっちゃう”んです」
「な――――っ!?」
『ワザと』どころではない真相が待っていた。
「……なんで、そんなことに……!?」
「……私、最初に好きになったガンダムって、SDガンダムだったんです」
ワケがわからない、といった様子でうめく和に、そう咲は語り始めた。
「メカじゃなくて、キャラクターとして好きになったから……私にとってガンダムって、ぬいぐるみとかお人形とかと同じようなものだったんです。
だから、バトルで傷つくガンプラがかわいそうで、傷つけられたくなくて……だから、負けないことを覚えて……
でも、勝って相手のガンプラを傷つけるのもかわいそうで、傷つけたくなくて……だから、勝たないことを覚えました」
「………………っ」
咲の言葉に、和は今度こそ絶句した。
彼女の話を要約すると、自分のガンプラを壊されないよう、バトルで負けないだけの実力を身につけ、しかし、同時に相手のガンプラも壊したくなかったから、そこからさらに壊さず戦い抜けるだけの実力へと昇華させていった、ということか。
それだけでも十分に驚異的だが、和が真に戦慄したのは――
(宮永さんは言ってた……『いつもあぁ“なっちゃう”』と。
つまり、あの全機生存は、宮永さんがやろうと思ってやったことじゃない……!?)
咲が語ったのは、なぜ全機生存なんてマネができるのか、その原因にすぎない――全機生存自体は咲が狙ってやっているワケではないのかもしれない。でなければ、あそこで『なっちゃう』という言い回しが出てくる理由がない。
彼女には、今や何ら意識することなく――それこそまるで息をするのと同じように、ごく自然に全機生存に持ち込んでしまう。そういうふうにバトルを誘導してしまうよう、習慣が身体に染みついてしまっているのではないだろうか。
だが、もしそうならそれこそたまったものではない。
単に全機生存を“狙える”だけなら、久の言う通り圧倒的な実力差、あるいは才能の差と割り切ることもできただろう。悔しくないワケではないが、それはそれでまだ納得がいく。
しかし、それが単なるクセだとしたらとんでもない話だ。勝つより難しい全機生存を、それもインターミドル個人戦優勝者である自分が久から指摘されるまで気づかなかったほどのレベルでやってのける。そんな神業同然のマネを、無意識にやってしまうほど身体に染み込ませているのだとしたら、彼女の戦歴は何十、いや、何百試合になるというのか。
そして何より――
(彼女はただ“いつも通りに”バトルしただけ……
ただ身体に染みついたクセに従うだけの、適当なバトル……そんなものに、私はあしらわれた……!?)
その事実が、和にとって何よりも衝撃的だった。
別に自分が最強だと鼻にかけるつもりはない。自分より強いビルドファイターなどいくらでもいる。
実際、去年のインターミドル、大会後のエキシビジョンマッチで高校チャンプも交えて対戦した際も散々だった。男子中学チャンプを降したまではよかったが、高校の男女両チャンプ相手にはまるで手も足も出なかった。
高校チャンプが相手でもこれだけの実力差があるのだ。さらにプロともなれば、自分など足元にも及ばないだろう。
しかしそれでも、インターミドル女子チャンプという肩書きは彼女に確かな自信をもたらしていたのだ――その自信が、今まさに目の前の無名の少女によって粉みじんに打ち砕かれようとしている。
だから――
「もう一回……
もう一戦、私とバトルしてもらえませんか!?」
そう、咲に提案せずにはいられなかった。
確かめなければならない――咲のあの全機生存が本当に彼女の力によるものなのか。
本当に、咲にそれだけの実力があるのか。せめてそこだけでもハッキリさせられれば――
しかし――
「……ごめんなさい」
返ってきたのは、そんな彼女の希望を断ち切る一言だった。
「私はガンプラバトル、それほど好きじゃないんです」
言って、咲は傘を拾ってさし直し、
「イヤなんです。
ガンプラを壊されるのも……壊すのも。
だから……ごめんなさい」
そう告げて、背中を向ける咲に対し、和は――
「………………っ」
何も、できなかった。
追いかけることも、声をかけることも……
あしらわれ、そのことにも気づけず、再戦も叶わず――目の前の現実に対し、ただ無力感に打ちひしがれていた。
降りしきる雨の中、ずっと、ずっと……
次回予告
和「もう一回……
もう一戦、私とバトルしてもらえませんか!?」
咲「……ごめんなさい。
私はガンプラバトル、それほd
(ブロロロロ……グシャッ)
咲「って、わぁぁぁぁぁっ!? 私の傘――っ!?
お気に入りだったのにぃ〜……」
和「あ……えっと、その……
…………ごめんなさい」
第2話「ビルドストライクガンダム大地に立つ」
(初版:2014/12/30)