結局、雨が上がったのは日が沈んでからのことだった。
《Battle Ended》
バトル終了のアナウンスと共に、和は静かに息をついた。
場所は自宅の自室。座している机の傍らにはガンダムシリーズを代表するマスコットキャラ、ハロを模したポッドが置かれ、目の前にはプラフスキー粒子で形作られたものではなく実体の、そして持ち運びが利くほどに小型、簡略化されたガンプラバトル用の操作コンソール。
ハロ型ポッドでガンプラをスキャンし、仮想空間上でバトルする、オンライン対戦用の簡易バトルシステムだ。操作性や臨場感では実物を直接使う本家ガンプラバトルには及ばないものの、バーチャルならではの大仕掛けや演出の派手さ、遠隔地のビルドファイターとも容易に対戦でき、何よりバトルでガンプラが壊れない点が好評で、本家のガンプラバトルよりもこちらを好むビルドファイターも少なくない。
そして和は、今の今までこのオンラインバトルで、“本気用のガンプラを使って”バトルしていたのだが――
(全機生存……やはり難しい……)
彼女が真に挑んでいたのはバトルの勝利ではなく、咲が成し遂げた連続全機生存の意図的な達成であった。
しかし、結果はさんざんだった。とりあえず負けずには終われたものの、目標からは程遠い試合内容――失礼を承知で明らかに格下のビルドファイターを相手に選んでバトルしていたのだが、それでも一度も全機生存を達成することはできなかった。
(自分を墜とすつもりで、しかも別々に襲ってくる相手に対し、墜とさず、墜とされず、墜とさせず……ただそれだけでも難しいのに、それを感覚だけで、毎回、誰にも気づかれなかったほどの自然さでやってのけるなんて……)
本気で戦うためのガンプラまで持ち出し、格下を相手にしてもこの結果――咲がやったことがどれだけとんでもないことだったのか、改めて思い知らされる。
それだけに、思わずにはいられなかった。
(毎回全機生存なんて……)
(人間にできることなの――!?)
第2話
「ビルドストライクガンダム大地に立つ」
明けて翌日――
「会長、おはようございまーす」
「おはようございますー」
「おぅ、おはよー」
まだ水たまりの残る朝の校庭に飛び交うあいさつの声――自分に向けてあいさつしてくる生徒達に、久は元気にあいさつを返す。
「相変わらず人気もんじゃのー」
と、そんな久にかけられる声――見れば、ウェーブのかかった髪を短く切りそろえた眼鏡の女子生徒が朝から早弁にいそしんでいる。
「まこ、おはよう。
……で、また朝ごはん食べ損なったのかしら?」
「まぁまぁ、それより」
久の指摘を軽くごまかすと、女子生徒――模型部2年、染谷まこは弁当を手にしたまま久と並び立ち、
「聞いたわー」
「何がよ?」
「毎回バトルで全機生存をやらかす子がいるみたいじゃね」
「あぁ」
まこが誰のことを言ってるのかはすぐにわかった――話を振られて、久は昨日のバトルのことを思い出しながらうなずいた。
「和、弄ばれたんか?」
「負けてはいないけど、プライドはどうかな?」
まこに答えて、久は軽く考え込む。
同じビルドファイターとして、咲の力には大いに興味がある――が、昨日咲を追いかけ、ひとりで戻ってきた和の話によれば、再戦の申し込みはすげなく断られたという。
さてどうしたものかと考えて――思い出した。
昨日の、咲の帰り際の言葉だ。
『図書館に本返さなきゃ……』
「……図書館、か……」
どうやら何か思いついたらしい。つぶやき、久はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
◇
時は飛んでその日の放課後――
「……貸し出し中ですね」
「そうですか……」
図書館には咲の姿があった――が、目当ての本は貸し出し中だったらしい。カウンターでパソコンの蔵書管理システムで調べてくれた図書委員の答えに軽く肩を落とす。
代わりに何を借りようか――そんなことを考え始めた、その時だった。
「何が貸し出し中だって?」
「え……って、会長……?」
いきなり声をかけられた。誰だろうと振り向いて、初めて咲はそこにいた久の存在に気がついた。
「どれどれ……?」
そんな咲を特に気にすることもなく、久はカウンターの奥へと身を乗り出し、図書委員のパソコンの画面を確認する。まこの「のぞくなよ……」とたしなめる声にもおかまいなしである。
ともあれ、咲の探していた本のタイトルを確認して――久は確信した。「いきなりチャンスが来た」と。
「この本持ってるよ――この作者の全集も」
「えぇっ!?」
予想通り、咲は食いついてきた――久の狙い通りに。
咲の探していた本が自分の“手持ち”の中にあった幸運に感謝しつつ――しかしそれを表に出すことなく、久は交渉を進める。
「何なら貸してあげようか?」
「いいんですk
「ただし」
表情を輝かせる咲――しかしそんな彼女に皆まで言わせず、久は言葉を重ねてきた。
「その代わり……宮永さんにひとつお願いがあるの」
「え? また……?」
なんだか、前日にも同じような流れがあった気が……久の言葉に、咲はなんとなくイヤな予感を憶えて――
その予感は、当たっていた。
◇
「お待たせしました」
久の“お願い”に応えるため、必要なものを取りに行っていた咲が、新校舎の正門で待っていた久やまこと合流。三人は一路旧校舎の模型部部室へと向かう。
「本当に、今日だけでいいんですね?」
「うむ」
改めて確認する咲に久はうなずく。部室の扉に手をかけ、
「待ち人来たるー」
「え…………?」
扉を開け放った久の言葉に対するリアクションは室内から――バトルシステムの盤上を掃除していた和がこちらに気づき、次いで咲の姿を見て思わずその身を強張らせる。
その光景はさながら前日の再現――ただし、両者の間に漂う空気はまったくの別物であったが。
「須賀くん、優希呼んできて」
「あ、はい」
声をかける久に応え、掃除している和のためにと差し入れの紅茶を淹れていた京太郎が動く――そのやり取りに、まこは軽く首をかしげ、
「え……
ってゆーこたァ、この文学少女が例の全機生存子か?」
「今頃気づくか……」
いったい何のためにわざわざ図書館にまで探しに行ったと思っているのか――いつもは頼れるのに時折こういう察しの悪いところを見せる友人に、久は思わず苦笑するのだった。
◇
「宮永さん。和。まこ。優希――とりあえずこの四人でバトルね」
京太郎に呼ばれた優希が合流してきて全員集合。集まった面々を前に、久がそう提案した。
「会長はやらないんですか?」
「えぇ。
だって……私が入ったら全員墜としちゃうし」
「言ってんさい」
あっさりと京太郎に答える久の言葉に、まこが軽く憎まれ口を叩く。そんな気心の知れた二人のやり取りにクスリと笑みをもらす和だったが――
「ただし……」
「全員本気ガンプラでね」
「って、え……?」
続く久の言葉に、その笑顔が消し飛んだ。
「本気用のガンプラ、って……アレ使ってもいいんですか!?」
「えぇ。
和と優希はむしろそっちの方がいいでしょう? なんと言っても、“去年のインターミドル以来の相棒なんだもの”」
思わず聞き返す和に久が答える――その言葉に、咲は和が去年のインターミドルの個人戦優勝者であることを思い出した。
つまり、久が和に使わせようとしているのは、彼女に全国優勝の栄光をつかみ取らせたガンプラということになる。いったいどんなガンプラなのか――
「でも、宮永さんは……」
「大丈夫。
宮永さんにもこの話はしてあるわ――彼女にも、一度家に戻って自分の、バトル用として一番信頼できるガンプラを持ってきてもらっているわ」
そんな咲をよそに和と久のやり取りは続いていた。今日も成り行き任せで連れて来られたであろう咲は本気バトル用のガンプラを持ってきていないのではと疑問を口にする和に、久もまたその辺は解決済みだとあっさり答える。
「って、宮永さんの、ガンプラ……?」
「は、はい……
これ、です……」
しかし、それはそれで聞き捨てならない話だった。振り向いてくる和にうなずき、咲が持ってきたケースから取り出したガンプラは――
「ストライクガンダム、かの……?」
「でも、見た目からしてだいぶいじってあるじぇ。
ストライカーパックはないみたいだけど、取り付け部は生きたままだし、腰にビームサーベル……他にもけっこう拡張性も高いみたい」
「はい。
ビルドストライクガンダムっていいます」
目の前に置かれた咲のガンプラを見たまこや優希の感想に、咲はいくぶん恐縮しながらそう答えて――
(…………あれ……?)
自らもビルドストライクガンダムを興味深く観察していた和は、その姿に軽い違和感を覚えた。
(何……?
このガンプラ……どこか初めて見るような気がしない……?)
その正体は既視感――ビルドストライクを見るのは初めてのはずなのに、なぜか初めて見るような気がしない。
とはいえ、ビルドストライクそのものに見覚えがないのは確かだ。これは――
(デザイン、のクセ……?
私は、こういうデザインをするビルダーを、知ってる……?)
「なら、今度は私だな!
私のガンプラはこれだじぇ! ガンダムX、魔王!」
「私のは、ウィングガンダムをベースにした、その名もウィングガンダム、フェニーチェじゃ」
そんな和の思考は、優希やまこの声によって中断された――見れば、二人とも自分のガンプラを取り出し、咲の前に差し出したところだった。
それぞれの名が示す通り、ガンダムエックスとウィングガンダムをベースに独自の改造を加えたガンプラである。
が――
「あれ……?
優希ちゃん、このガンプラ……」
「あれ、咲ちゃん知ってるのかー?」
「うん……
確か一昨年のアーティスティックガンプラコンテスト、デザイン画部門の入選作だよね……?」
今度は咲が優希のガンプラに既視感を憶えていた。聞き返してくる優希に、自分の記憶の中から情報を引っ張り出し、答える。
「じゃあ、あれは優希ちゃんの作品だったの……?」
「あぁ、それは違いますよ」
しかし、そこには咲が……否、当事者以外の知らない事情が隠れてもいる。案の定そこに気づいていない様子の咲に、和は優希の代わりに説明してあげることにした。
「あの入選作は、別の人の作品です。
優希ったら、あの作品を見てすっかり気に入ってしまって、編集部に問い合わせてまで住所を聞き出して、作者に会いに行ったんです。
あのイラストのガンプラを、実際の形にして自分が使う、その許可をもらうために……」
つまり、デザインの考案は別の人で、優希はそれを作者の許可を得た上で実際に製作、バトル用のガンプラとして使っているということか。
しかしそれはそれですごい話だ。今の話をただ額面通りに聞いただけなら、デザインを考えたワケではない優希はそれほど大したことはないように聞こえるが、実際にはむしろまったく逆だ。
何しろ、件のガンプラに関する情報が紙面のイラスト、ただそれだけしかない状態から実際に形にしてみせたのだから。詳しいイメージまで頭の中に入っている実際の作者よりも情報の少ない中、一枚のイラストからこのガンプラを作り上げた優希の高いビルダー能力が垣間見えるというものだ。
「ほら、のどちゃんも早くアレ出すじぇ!」
「はぁ……わかりました」
一方で、当の本人は自分の技術がほめられていることよりこれからのバトルのことで頭がいっぱいのようだ。早く準備しろとばかりに促してくるその言葉にため息をつき、それでも和は素直に部室の棚へと向かった。すぐに自分のガンプラ運搬用ケースを持って戻ってくる。
目の前でフタの留め金が外される。開かれたその中から取り出された和のガンプラ。それは――
「……ベアッガイ?」
つぶやく咲だったが――疑問系になってしまったのもムリはない。
一言で言うなら――『アッガイっぽくない』。
元々ベアッガイは“ぬいぐるみのクマのようにデコレーションしたアッガイ”である――そのコンセプトに基づいて考えれば、これは確かにベアッガイだ。
ただ一点――「ぬいぐるみのクマっぽく」という部分にハッスルしすぎて、アッガイらしさが完全にどこかに消し飛んでいる点を考慮に入れなければ。
ボディだけを見れば、確かにアッガイ、いや、ベアッガイがベースに使われているのがわかる――が、問題は頭部だ。元々のベアッガイの造形ではクマっぽさが足りなかったとでも言うのか、完全に一からの作り起こしである。
アッガイのそれよりも一回りも大きな頭部。ぬいぐるみのクマそのままにかわいらしくディフォルメされた顔。可動軸まで仕込まれていると思しき丸っこい獣耳――徹底的にアッガイらしさに背を向けたこの頭部を載せたことで、和のベアッガイは従来のベアッガイよりもはるかにぬいぐるみのクマっぽい仕上がりとなっていた。仮にベアッガイを知らないガンダムファンがここにいたとして、これを見せられてベース機がアッガイだと言われても果たして信じるだろうか。
咲の予想は――否。そのくらい、見た目の印象がアッガイであることを辞めていた。
「これが、原村さんのガンプラ……?」
「はい……
ベアッガイVです……」
つぶやく咲に和が答える――おそらく敬称の「さん」と「V」をかけてのネーミングなのだろうが、「ベアッガイUもいたのかな?」などと割とどうでもいいことをチラリと考えてしまう。
「どうですか?
自画自賛ながら、会心の出来栄えだと思うんですけど……カワイイでしょう?」
「う、うん……」
和の問いに、咲は苦笑まじりにうなずく――確かにカワイイが、真にツッコむべきはそこではない。
(原村さん……このガンプラで日本一に……?)
元々ベアッガイやそのベース機であるアッガイ――というか、局地戦用のMSのガンプラは、ガンプラバトルでは総じて人気が低い。
理由は簡単――局地戦用であるからこそ、それぞれの得意領分以外の分野では大きな制約を抱えてしまうからだ。
わかりやすく、目の前のこのベアッガイVのベース機、アッガイを例に挙げよう。
まず第一に、飛べない。そのため、ガンプラバトルでアッガイに空間戦闘をやらせようと思ったら、飛行ユニットを追加する改造かドダイやベースジャバーのようなサブフライトシステムを別途用意するなど、飛べるようにするための一手間が必要となってくる。
そして、水中戦用MSであるからこその制約――水中での運用及び上陸戦が大前提であるがゆえに、無改造のままでは武装もそれに準じたものに限定されてしまっている点も問題だ。
アッガイで言うなら、公式設定上の武装といったら両腕の砲くらい。あとは殴る・蹴るの格闘くらいしかしか攻撃能力がないという有様だ。
ビームサーベルの実装くらいなら、『腕の砲はビーム兵器に換装済みでサーベルとしての運用も可能』などとGPベースにオリジナル設定を入力しておけば事足りるが、それ以上の武装強化となると物理的に何も持っていないため無改造のままではどうしようもない。そもそもモノを持てるような手ですらないのだから、やはり外付け改造で武装を付け足すしかなくなってくる。
このように、汎用MSなら無改造でできるようなことでも局地戦用MSでは一々手を加えてやらなければフォローが利かない。「そんな手間をかけるくらいなら」と多くのビルドファイター達が汎用型を愛機に選ぶのも、ある意味で仕方のないことなのかもしれない。
しかし、だからこそ、ベアッガイで全国の頂点に立ってみせた和のすごさが際立つのだ。本当にベアッガイが好きでなければできないことだし、一連のハンデをものともしない和自身の操作技術があってこその偉業なのだから――まぁ、そのためにベアッガイに叩き伏せられるハメになった対戦相手にしてみればたまったものではなかっただろうが。プライドが根元からへし折られていないかちょっぴり心配だ。
「原村さん、このガンプラで全国に……
本当にすごいんだ……」
「そうだじぇ! のどちゃんはすごいんだじょ!」
「なぜお前が威張る……」
感嘆の声をもらす咲に優希が絡み、京太郎がツッコむ――そんな三人に微笑ましいものを感じるが、いつまでもじゃれ合っていられても話が進まない。パンパンと手を叩いて場を仕切り直し、久は咲と優希にバトルスペースに入るよう促した。
「種目はシンプルバトル。レギュレーションはインターハイ基本ルールに準拠。
バトル時間は……そうね、公式戦は通常一戦5分だけど、この一戦だけだし、倍の10分間にしておきましょうか」
久が簡単にその場のルールを取り決めている間に、バトルシステム上がプラフスキー粒子で満たされ、バトルフィールドが形成される――今回のバトルフィールドは月の見えるアステロイド宙域。フィールドのオブジェクトとしてサラミスやムサイの残骸が設置されているあたり、世界観は宇宙世紀シリーズ、一年戦争後の時間軸のようだ。
(本のため、本のため……)(咲)
(今日は本気でいきます……っ!)(和)
(普通に考えりゃあ、毎回全機生存なんてムリじゃ)(まこ)
(宮永さん……
見せてもらおうじゃない、あなたの力を……)(久)
何も考えてない若干名を除くそれぞれの思惑が交錯する中、バトルに参加する四人の目の前の入場シグナルが青になり――
「原村和、ベアッガイV、出ます!」
「片岡優希、ガンダムX魔王、やってやるじぇ!」
「染谷まこ、ウィングガンダムフェニーチェ、任務了解じゃ!」
「宮永咲、ビルドストライクガンダム、いきます!」
それぞれの発進コールと共に、それぞれのガンプラがバトルフィールドへと飛び込んで――直後、バトルフィールドを一筋の光が走った。
ビームによる攻撃ではない。フィールドの一角に描かれた仮初の月からの青い光の筋。これは――
(サテライトシステム……マイクロウェーブの照準誘導レーザー!
ということは――優希ちゃんのGX!)
(開始早々、接敵前のサテライト……こがなぁ止められんわ)
(イヤな感じがしますね……)
早々に誰の仕業かを看破する咲だったが、すでに優希の手の内を知っているまこや和の思考はその先へと向かっていた。ジャマが入らない内にチャージされた優希のサテライトキャノン、その狙いは誰かと警戒して――
「いっけぇっ!
ハイパーサテライトキャノンだじぇ!」
優希はその力を、(対戦相手にとって)最悪の形で解き放った――すなわち、持続発射モードでビームを放ち続け、すべての敵を薙ぎ払わんと振り回されるギロチンバースト。
被弾、なんて生易しいレベルではない。文字通りこちらを飲み込みそうな規模で迫る閃光の渦を、咲達は薙ぎ払いの軌道から逃れることで回避する。
「相変わらず派手だな、優希のヤツは……」
のっけから豪快な一手を打ってきた優希のプレイングに京太郎がつぶやくと、
「これ見てみそ」
そんな彼に告げて、久はパソコンの画面に何かのデータを表示した。
「優希の過去の時間帯別・平均粒子消費量のグラフだよ」
「粒子、消費量……?」
「プラフスキー粒子は、ただガンプラを動かすためだけじゃない。ビームやミサイル……攻撃の再現にも使われる。
つまり、攻撃を撃てば撃つほど、それが強力、派手であればあるほど、再現のために消費されるプラフスキー粒子の量は多くなる。
これは、過去の5分間制バトルにおけるあの子の粒子の消費量を、バトルの経過時間毎に平均値を出してグラフ化したものよ」
久の説明を聞きながら、京太郎は改めてグラフに目を通す――グラフは序盤からいきなり跳ね上がり、高い数値を叩き出しているが、すぐに反転。まさに急転直下といった感じに低い数値に戻ってしまっている。
「序盤で一気に攻め込むけど、そこをしのがれると一気に失速しちゃうのよね。
まぁ、最初のサテライトキャノンで終わっちゃって、以降のデータのないバトルも多いから、そのグラフの下降線はちょっと極端なんだけど」
「天才なんですけどねっ。集中力が持続しないのだ」
「飽きっぽい……の間違いでは?」
「それだ!」
久の説明に、優希は「えっへん!」と胸を張る。ほめられてうれしいのか、和のツッコミにも上機嫌で返してくる。
(去年のインターミドル、チームは初戦敗退。個人戦もパッとしなかった優希だけど……スコア制種目を引き当てた団体戦の自分の試合では、県大会記録を大きく塗り替える最多得点を叩き出してる。
しかも今回は公式戦の倍の10分間バトル。もう一度サテライトキャノンを狙うチャンスは皆無じゃない……)
胸中で状況を整理しながら、久はまこへ、そして和へと視線を向けた。
(その上今回はまこもいるし、和も最初から本気モード……
この三人を相手に、公式戦の倍の長期戦。自分の撃墜を避けるのも、他の子の撃墜を防ぐのも……全機生存の調整も難しいはず……)
久がそんなことを考えている間にも、四人のガンプラはフィールドの中で互いの距離を詰めていく。
「もう一発いくじぇ!」
そんな中で、優希のガンダムX魔王が動きを見せた。距離を詰められる前にもう一度サテライトキャノンを狙おうと背中のリフレクターを開いて――
「させません」
「えぇっ!?」
そんな優希に、隕石に紛れることで索敵をかいくぐってきた和が襲いかかった。腕の砲からビームサーベルを発振、斬りつける――が、まだサテライトキャノンのチャージに入っていなかったことが幸いした。優希はサテライトシステムの起動をキャンセルし、和のベアッガイの斬撃を回避する。
「なんでこっちに!?
染谷先輩の方が近くにいたじゃん!」
「ウィングガンダムのバスターライフルとガンダムエックスのサテライトキャノン――放っておいたら危険なのはどちらかなんて、考えるまでもないでしょう!」
文句を言う優希に答え、和がさらに襲いかかる――対し、優希はビームライフルで隕石へと射撃。その爆発に紛れて和から逃れる。
そのまま逃げの一手――が、和もすぐに追ってくる。そのままドッグファイトに突入するかと思われたが――
「目の前失礼だじぇ!」
「なぬっ!?」
「ひゃあっ!?」
「――――っ!?」
優希もまた、闇雲に逃げていたワケではなかった。今まさに接敵しようとしていたまこと咲の間を駆け抜け、追ってきた和は咲達と鉢合わせする形になってしまう。
「咲達を三つ巴に誘い込んで、サテライトキャノンを狙うつもりですね……」
優希の狙いは明白だ――指摘する京太郎にうなずき、久はバトルの推移を見守る。
最初こそ合理的判断から優希を狙った和だったが、執着していた咲を前にして持ち前の負けん気に火がついたか、今度は咲を狙う方向にシフトしている。一方の咲は、相変わらずフラフラと安定しない動きで和の射撃を懸命にかわしている。
そんな咲を今度はまこが狙う。改造を加えた縦二連装のバスターライフルが火を吹く――と、突然咲のビルドストライクがバランスを崩した。一際大きく姿勢が乱れるが、それによってまこの射撃の射線から外れ、咲を狙っていた閃光は獲物を捉えることなく戦場を駆け抜け――
「ちょっ!? なんでこっちーっ!?」
その先にいた優希へと襲いかかった。乱戦となった他の三人を一掃してやろうとサテライトシステムを起動していたのが災いし、動きを止めていた彼女は回避が遅れてしまい、なんとかかわしたものの隕石の密集宙域に突入。隕石のひとつにサテライトキャノンが引っかかって各坐してしまう。
(ここは逆に乱戦に助けられたか……)
全機生存の難易度を上げるため、乱戦の機会を増やそうと仕組んだ10分間バトル――しかし、その乱戦が今回はプラスに働いたようだ。流れ弾に救われた形のビルドストライクを見ながら久が考える中、咲とまこの交戦は続く。
「くっ、フラフラしよってからに……そこじゃっ!」
狙い辛い咲の機動に悪戦苦闘しながらも、照準の定まった一瞬を逃さず引き金を引く――しかし、フィールドを貫いた閃光はまたしても外れた。隕石に足を引っかけたビルドストライクにイレギュラーなブレーキがかかり、バスターライフルの閃光は咲の突っ込むはずだったポイントを虚しく貫いていく。
しかも――
「ふっ、かぁ〜つっ!
染谷先輩、よくもやってくれたな――お返しだじぇっ!」
外れたバスターライフルのビーム、その衝撃で流れの乱れた隕石が当たり、ガンダムX魔王を各坐させていた隕石が打ち砕かれた。自由になった優希が、先の流れ弾のお返しとばかりに、チャージ済みの分のエネルギーでサテライトキャノンを、まこのウィングガンダムフェニーチェに向けてぶっ放す。
まこもそれをかわして反撃。優希VSまこの構図に――そして、
「そううまくいきませんよ……っ!」
まこのマークから外れた咲のビルドストライクに、今度は和のベアッガイが襲いかかる。
斬りつけてきたビームサーベルをかわし、ビームガンの連射から逃れて――
「逃がさんっ!」
優希と撃ち合い、斬り合いながらも、まこは咲へのマークを外したワケではなかった。離脱しようとした咲へと牽制の一射。直撃こそしなかったものの、バスターライフルの余波にあおられたビルドストライクは隕石のひとつに背中から激突。めり込んで動きを封じられてしまう。
「おっと、いけん。
様子見のつもりじゃったのに……」
「もらいました!」
久が目をかける咲の力がどれほどのものなのか、このバトルではそれを見極めるだけで終わるつもりだったのだが、つい本気になって墜としにいってしまった――苦笑するまこの脇を駆け抜け、和が咲を狙うが、
「――――――っ!」
対し、とっさに咲は推力全開。その場から逃れようとする。
隕石にめり込み、一部しか使えない推進系では満足に動けるはずもないが、この場をしのぐには十分すぎた――脚部の推進系だけを吹かすことでその場で隕石ごと縦に半回転。和の攻撃は隕石を直撃し、砕けた隕石からビルドストライクが解放される。
そんな彼女の前に、まこのバスターライフルを回避した優希のガンダムX魔王が飛び出してきた――しかも咲に気づかず、彼女に対して無防備な背をさらした状態で。
オマケにチャージしようとしていたのか、サテライトシステムの展開状態だ。ここまで無防備な状態では、成す術なく咲に墜とされるしかないだろう。
「ひぃっ!?」
実際、ようやく咲に気づいた優希もまた、瞬時にどうすることもできないことを悟っていた。自分のガンプラが墜とされる未来を幻視し、小さく悲鳴を上げる優希に向けて咲のビルドストライクが突っ込んでいき――
駆け抜けた。
(スルー!?)
(今、どう見ても墜とせたよな!?)
咲は自分に対し無防備をさらした優希に対し、何の攻撃も加えなかった――本当に何もせず、完全に無視してその場を駆け抜けた咲のプレイングに、久も京太郎も驚きを隠せない。
「逃がしません!」
そこへ、咲の行く手に回り込んだ和が襲いかかる。ビームサーベルで斬りかかる和のベアッガイを、咲は跳び前転の要領で、ベアッガイを跳び越えるように回避する。
結果、攻撃を空振りした和の背後をとる形になるが、やはり撃たない。そのまま、振り向くこともなく彼女に背を向けてその場を離れる。
(明らかなスキを見せた和もスルー!?
この子――あくまで勝ちは眼中になし!?)
久が驚いている間にも、咲は後を追ってくる和の射撃をかわし続けている。相変わらずフラフラと安定していない機動にもかかわらず、それでも和に対し、ただの一発の被弾も許していなくて――
(――――っ! そうか!
そういうことだったのね……っ!)
そこに至って、ようやく久は気づいた。
(あのフラフラした動きは、彼女があえてそうしている、意図的なもの……
前後を除く上下左右、常時動きに幅を持たせることで、相手に狙いを絞りづらくさせてるんだわ……)
こちらの回避能力を上げるのではなく、相手の狙いを不正確にすることで被弾率を下げる。それもガンプラの改造ではなくファイターの技術によって――ガンプラバトルにおいて回避率の向上のための手段といえばガンプラの改造による機動性の向上こそが至上。そんな固定概念の真逆を突いた、まさに逆転の発想。
しかも――
(でも、その動きは同時に自分の狙いもつけ辛くしてしまうはず……
にもかかわらず、彼女の応射は正確に相手を避けている――相手が狙われたくない、かわさずにはいられない、しかもそれでいて回避が確実に可能であるところをピンポイントで狙ってる。
あんな滅茶苦茶な機動の中、理想とすら言えるほどに正確な牽制射撃……どういうデタラメテクニックよ……)
それほどのガンプラ操縦技術を持ちながら、彼女のプレイングには相手を撃破しようという気概がまったくと言っていいほど感じられない――本当に全機生存しか見えていないのだということを否が応にも思い知らされる。
(くっ、かわさざるを得ないところを正確に狙ってくる……っ!
でも、完全にかわしきれない攻撃は一発も……あくまで墜とさず、墜とされずに逃げ切るつもりですね……っ!)
一方で、和もまた、咲があくまでも全機生存を狙っていることに気づいていた。咲の思惑通りに動かされていることに一瞬歯がみするが、
(――ですがっ!)
すでに前日二戦に渡ってやられていることだ。今度はこちらにも策はある。
ただし、できれば使いたくなかった策ではあったが――それが必要と見るや否や、和は即座にその実行を決断。全速力で――
“優希へと襲いかかった”。
「に゛ゃーっ!? こっちーっ!?」
いきなり自分にターゲットを変更され、驚きながらも優希はすぐに応戦。斬りつけてきた和に対し、自らもビームサーベルを抜き放ち、応じる。
「………………っ!」
それを見て、咲もまた和と優希の戦う場へと向か――おうとしたが、
「和も意地が悪いのぉ。
けど……その策、乗った!」
そんな咲の前にはまこが立ちふさがった。バスターライフルの一発をかわす咲だったが、そのスキに距離を詰められ、斬りかかられる。
「部長、これ……」
「えぇ……
和も、いよいよなりふりかまわなくなってきたわね」
その状況が意味するところに思い至り、久は京太郎のつぶやきに応えた。
「このままだと宮永さんに逃げ切られてしまう。
けど……全機生存を崩すこと、それだけを考えるなら、“宮永さんを墜とすことにこだわる必要はないのよ”」
そう。全機生存はその名の通り全員が生き残り、順位がつかない状態を指す――逆に言うなら、“全員生き残らなければ全機生存は成立しない”のだ。
だから、和は咲から優希へと標的を変更した――優希と交戦、どちらかの撃墜に持ち込み、全機生存成立を阻止するつもりなのだ。
直接相手を狙わずにこんな手段に訴えることや、そのために親友の優希をダシに使うことになってしまうことに抵抗がないと言えばウソになる。しかし、和はそんな手段に訴えてでも、咲の全機生存をつぶしたかった。
(染谷先輩のマークを外して、私と優希のつぶし合いを止められますか?)
胸中で相手に届かぬ問いかけをもらし、和は咲のビルドストライクへと視線を戻して――
逃げていた。
まこのバスターライフルの連射から逃げ回り、自分達とはほぼ正反対の方向へと追いやられている。これでは、和達との距離は離れる一方だ。
チラリ、とタイマーに視線を向けると、ちょうど残り時間が一分を切ったところだ。
(いくら改造を加えていようと、ストライカーパックなしのストライクで駆けつけられる距離と残り時間じゃない。
……これで、詰みですね)
後は、この場の自分と優希の戦いに決着をつければ、咲の全機生存は崩れ去ることになる――どちらが勝ってもかまわないのだが、できることならやはり勝って終わりたい。
そのためにも、残り一分弱、全力で優希に当たる。改めて気合を入れ直し、和はベアッガイの視点越しに優希のガンダムX魔王をにらみつける――
自分が、“試合終了の合図も待たずに相手(のひとり)から注意をそらす”という愚を犯してしまったことに気づかないまま。
「――――っ! あれは!?」
“それ”に最初に気づいたのは、咲を追いかけているまこだった。
咲の逃げていく先――アステロイドに紛れ、隠れていたそれは――
「サラミス!」
宇宙世紀シリーズ初期――いわゆる『ファーストガンダム』の時代、連邦軍の主力を担ってきた宇宙戦艦サラミス。その残骸がフィールドオブジェクトとして配置されていたのだ。
「あん中に逃げ込むつもりか……
けど、そんなもんバスターライフルで!」
こちらには戦艦程度なら一撃で沈められるバスターライフルがある。たかがサラミス、盾にもならない――かまわず、サラミスごと撃ち抜くべく狙いを定めるまこだったが、この時、彼女はひとつのことを失念していた。
このガンプラバトルシステムの、フィールド再現能力の高さを。
プラフスキー粒子を凝縮し、擬似的に物質化させて作り出されるフィールドオブジェクトだが、それは設定面からも完璧に、“実在のそれと同じように”再現される。
たとえば、工業地帯や基地のステージで燃料タンクに攻撃すれば大爆発を起こすし、都市ステージでビルを崩せば相手を押しつぶす武器としても使える。コロニー内ステージで外壁に穴を開ければ、空気もれだって起こすのだ。
つまり、このサラミスも――
「…………ここっ!」
そして、今まさに咲はそれを最大限に活かそうとしていた。目的のポイントを探り出し、頭部のバルカンを撃ち込む。
それはサラミスの、推進システムの点火装置――バルカンの爆発によって推進システムに点火、ロケットモーターが火を噴き始め、そこでようやく、まこは咲の狙いに気づいた。
「――――そうか! あれで一気に、和達のところへ!」
劇中ではMSに比べて鈍重な描かれ方をしている戦艦だが、それはあくまで“小回りが利かない”という意味でしかない。
むしろ、最高速度で言えばMSなど足元にも及ばない。増してや制御の外、手加減なしに噴射されれば――
「く――――っ!」
とっさにバスターライフルをかまえ直すまこだったが、運はここでも咲に味方していた。
まこがいるのは、和や優希のもとへと向かわんとするサラミスの進路上だったのだ――しかも、すでにかなり距離を詰められている。これでは、バスターライフルでサラミスを撃沈したところで、爆発しながら惰性で突っ込んでくるサラミスをかわしきれず、まともに直撃をもらうことになる。撃墜したと言っても、一瞬ですべてが消し飛ぶワケではないのだ。
仕方なく退避するまこの眼前を、ビルドストライクがしがみついたサラミスが駆け抜けていく。そして――
「えぇっ!?」
「じょ――っ!?」
先端が欠損し、露出していた内部空間に和と優希を別々に捕獲する形で、アステロイドのひとつに突き刺さった。
「こ、これは……!?」
突然のことに状況が飲み込めず、和が戸惑いの声を上げ――ブォンッ、と音を立て、ベアッガイの首筋に光の刃があてられた。
「…………降参してください、原村さん」
咲の駆る、ビルドストライクのビームサーベルだ――静かに告げる咲の言葉に、和は思わずコントロールスフィアを握りしめた。
この時、和は咲の手を振り払い、反撃することもできた。何しろ、相手はガンプラを壊したくないからと決して撃墜しようとしないとわかっているのだから。
だが――できなかった。
(そんなもの……“相手が宮永さんだから”勝ちを拾えるようなもの……
かまわずガンプラを撃墜してくるような相手なら、この空間に捕らえられた時点で終わっていた……)
それは、真摯にバトルに打ち込むがゆえの、ファイターとしての矜持――しかし、彼女の負けず嫌いゆえの意地が降参を許さなくて――
《Time Up》
結局バトルは時間切れ。システムがバトルの終了を――咲の、三度目の全機生存の達成を宣告した。
◇
「咲ちゃんはまた全機生存ですか……」
「これで昨日のも入れれば三連続……
前にもバトルやってたみたいだし、その頃から“こう”だったとすると果たして実際には何連続目になるのやら」
「ありえないじぇ……」
本気のガンプラ同士のガチンコ四つ巴、しかも通常の倍の時間の長丁場。これだけ脱落者の出やすい条件の中でまたしても達成された全機生存――改めて見せつけられた咲のトンデモぶりに、優希や京太郎は驚きを隠しきれないまま紅茶をすする。
そんな二人のやり取りを背後に聞きながら、久はビルドストライクを手に取り、眺めている咲へと視線を向けた。
優しい手つきでビルドストライクを愛でるその様子は、さながら幼い少女が人形を大切に扱っているかのようで――なるほど、昨日和が聞かされた「咲にとってガンプラは人形やぬいぐるみと同列」という話はこういうことかと納得する。
ガンプラを大切にしているから、傷つけたくない、傷つけられたくないから、だからこそ彼女は全機生存なんて神業を身につけた。
しかし――だからこそ見てみたい。
「……宮永さん。
ガンプラバトルは、勝利を目指すものよ」
「え…………?」
それほどの実力を持つ咲が、まさしく全力で、勝利を目指して戦う姿を――
「だから……」
「次は勝ってみなさい!」
次回予告
久「どれどれ……?」
まこ「のぞくなよ……」
検索結果『法に触れない百の拷問』
久「…………えっと……」
咲「…………?」
第3話「ガンプラ5体確認」
(初版:2015/01/01)