「……宮永さん。
ガンプラバトルは勝利を目指すものよ」
「え…………?」
自分達を相手に、より達成条件を厳しくした中で三度目の全機生存達成。そんな偉業を成し遂げた咲の全力を見てみたい――そんな想いから、久は思わず咲に提案していた。
すなわち――
「だから……次は勝ってみなさい!
戦ってみなさい――勝つためのガンプラバトルを!」
全員を生き残らせるのではなく、自らが勝ち残る、そんな形での勝利を、
だが、咲は果たしてこの申し出を受けるだろうか。ガンプラを傷つけたくない、傷つけられたくないからと、全機生存などというよりハードルの高い道を選んだほどなのだ。勝ち残るためのガンプラバトルなど、彼女にとっては言語道断も甚だしいのではないだろうk――
「わかりました」
「…………って、え?」
あまりにもあっさりと受け入れられて――あっさりすぎて、久の方が目が点になっていた。
第3話
「ガンプラ5体確認」
『………………っ!?』
久の「勝ってみろ」という提案にあっさりとうなずいてみせた咲――その一言は、その場の全員の心に波紋を起こしていた。
「わ、わかりました、って……」
「ウチらに、確実に勝てるっちゅうんか!?」
「………………っ」
事実上の勝利宣言に、優希やまこが声を上げる。和も、言葉にこそ出さないが視線が鋭くなり――
「勝つって、つまりトップってことですよね?
でも――」
「全機生存の状態で、どうやって順位つけるんですか?」
どんがらがっしゃあ〜〜んっ!と、ギャグマンガちっくに咲以外の全員がズッコケた。
「い、いや、だからね、宮永さん……」
その全機生存をやめろと言っているのだ――そう説明しようとする久だったが、
「………………?」
むしろこちらが何を言っているんだとばかりに首をかしげている咲の姿に反論をあきらめた――ダメだ。これは本気でわかっていない、と。
「えっと……咲のヤツ、何言ってるんスかね?」
「つまり、宮永さんの中で全機生存は最低限果たさなきゃならない絶対条件なのよ。
果たすのが当たり前――それも課題的な意味じゃなく、習慣的な意味で。
まいったわね……まずはそこの認識から何とかしなきゃいけないワケか……」
耳打ちしてくる京太郎に軽く説明して、久は腕組みして考え込む。
咲のこの認識をいかにして打ち崩すか。しばらく考えをめぐらせて――
「……宮永さん」
咲へと声をかけると、久は壁際の棚にかけてあったほこりよけの布を取り払い、その中に収められた蔵書の数々を見せた。
「約束の本はここにあるから。
バトルの待ち時間用の読書本棚――模型部に入れば読み放題なんだけど、今回は約束のこともあるし、特別に貸し出しOKよ」
「あ、ありがとうございます……」
久の言葉に、咲はぺこりと一礼して――
「だから……ね?」
そんな咲の肩をポンと叩き、久は笑顔で告げた。
「この後、もう一件だけ付き合ってほしいんだけど……時間、大丈夫?」
◇
そんな会話から小一時間。
目的の本を借りた咲は、久に連れられて校外に出てきていた。
やってきたのは繁華街の近く――もう少し歩けば飲み屋が軒を連ねる飲み屋街に入る、その手前辺りだ。
「あの、会長……?」
「あぁ、大丈夫よ。別に飲み屋に行こうっていうんじゃないから。
目的地は……ここよ」
どうやら、ちょうど目的地に着いたところだったらしい――咲に答えて、久は傍らに置かれていた、蛍光灯仕込みの夜光看板をポンと叩いた。
「ガンプラバー、『GF(仮)』……ガンプラバー?」
「そう。
ガンプラをテーマにしたバーで、バトルシステムも置いてるの。
昼間は酒類をメニューから外して、私達みたいな未成年でも入れるようにしてくれてる……あ、ちなみに店名は『ガンダムファイト(仮)』の略ね」
看板に書かれた店名に首をかしげる咲へと説明すると、久は彼女を先導するように店内へと入っていく。
あわてて咲も後を追って店内へ――中はシックで落ち着いた内装だ。バーに入るなんてこれが初めての咲だったが、そんな彼女でも既視感を憶えるような、テレビのドラマなどでよく見られる一般的なバーの造りであった。
ただ一点、ドラマのバーとの違いを挙げるなら、店の一角に妙に盛り上がっているスペースがある、ということ――先の久の説明から、その正体は容易に知れた。
「あそこでバトルを……?」
「そういうこと。
こんにちはー」
「………………ん?」
咲に応え、声をかけた久に最初に気がついたのは、人だかりの最も外側にいた大柄な男だった。
「おぉ、久じゃないか。
何だ、ずいぶんと久しぶりじゃないか」
「ご無沙汰してます、グラハムさん。
最近学校の方が忙しくて……」
「まぁ、学生会長だものな。そこは仕方ないだろう」
まるで熊の如き大男を前に、思わず久の背後に逃げ込んでしまう咲だったが、それがかえってよくなかった。今まさに話していた相手の背に隠れた咲にグラハムが気づかないはずがなく、久の頭越しにこちらをのぞき込んでくる。
「久、その子は?」
「あぁ、ウチの後輩ですよ。
あまり怖がらせないであげてくださいよ。この子気が小さいんですから――泣かせたりしたら、奥さんに言いつけますよ」
「おいおい、かんべんしてくれよ。泣かせるつもりなんかないさ」
久の言葉にグラハムがあわてて弁明。その姿に周囲から笑いが起きる――ずいぶんと気心の知れた間柄のようだ。
「あの、会長。この人達は……?」
「この店をホームグラウンドにしてるガンプラビルダーやファイターの皆さんよ」
「それで……久」
尋ねる咲に久が答えていると、グラハムが改めて声をかけてきた。
「わざわざ顔を出してきたってことは……」
「もちろん。
ビルドファイターがガンプラバーに来てやることなんて、ひとつしかないじゃないですか」
「ハッハッハッ、違いない!
だがありがたい。この間してやられた借りは返させてもらうぞ」
久の言葉に大笑いし、グラハムが取り出してきたのは一体のガンプラだ。
機体名は――
「ランバーガンダム……」
そのガンプラを見た咲がつぶやく――GFF13-037NCA・ランバーガンダム。登場作品は『機動武闘伝Gガンダム』。ネオカナダが第13回ガンダムファイトに送り込んできたMFである。
大型のパワー特化型で、武器はその怪力と両腕に装備した二本の斧“ランバーアックス”。原作でもその自慢のパワーで対戦相手を軒並み苦戦させた強敵であった。
「さぁ、久もガンプラを!」
「えぇ、いいですよ。
今回も返り討ちにしてあげますから――」
促すグラハムに応じ、久も持ってきた手提げ式の、携行用ガンプラケースを目の前に置いた。
フタを開き、取り出したガンプラは――
「この私の……戦国アストレイ頑駄無で!」
白と赤の二色が映える、リアル頭身の武者頑駄無風のガンプラ――『風』とついたのは、それが既存の公式作品のいずれにも登場しない、オリジナル武者だったからだ。
ただ、ベースとなったガンプラはわかる――というか、久の名乗ったガンプラの名前の中に答えがあった。
『戦国“アストレイ”頑駄無』――すなわち、ガンダムアストレイ。色からしてその中でもMBF-P02、二号機にあたるレッドフレームがベースなのだろう。
「あ、あの、会長……?」
「あぁ、宮永さんはいいわよ。
ここへ連れてきたのは、バトルに参加してもらうためじゃないから」
もう完全にグラハムと久でバトルする流れだが、自分はどうすればいいのか。まさか自分も参加するのか――不安になって声をかける咲に対し、久は笑顔でそう答えた。
「ただ……見ていてほしいの」
《Please, Set your GP-Base》
言いながら、久はバトルシステムにGPベースをセットする。
《Plafsky-Particle, dispersion start》
《Please, Set your GUNPLA》
バトルシステム内にプラフスキー粒子が散布され、目の前に操作コンソールが構築される中、久はGPベースの前に戦国アストレイを置く。
コントロールスフィアに手をかけ、握りしめ――
「私達の、ガンプラバトルを!
竹井久! 戦国アストレイ頑駄無――参る!」
《Battle Start!》
目の前に『BATTLE
START』のメッセージが表示されるのと同時、コントロールスフィアを力いっぱい押し込む――カタパルトから射出され、久の操る戦国アストレイは戦場となるテキサスコロニーの荒野へと飛び出していった。
◇
結果から言おう。
独壇場であった。
グラハムが久に完敗したのを皮切りに、周りのビルドファイター達が我も我もと次々に久へと挑んでいくが、そのことごとくが返り討ちにされてしまった。
しかも、久が圧倒的な強さを見せつける形で、だ――秒殺を免れたグラハムなどはまだいい方。接敵するなり一太刀で真っ二つにされたネロスガンダムの使い手などは、もう周囲のライバル達からもなぐさめの言葉しか出てこないような有様。バトル開始前は景気よく逆立っていた赤毛のトサカが真っ白に燃え尽き、しおれた様が実に印象的であった。
「くそっ、今度はオレだ!
このノブッシカスタムの力を――」
《Battle Start!》
《Battle Ended》
「Nooooooっ!」
そしてまたひとり――ノブッシの改造機で意気揚々と参戦してきたビルドファイターが一太刀で蹴散らされた。
「フフフ、もう終わりかしら?」
「そんなワケあるか!
待ってろ! すぐ直してリベンジしてやらぁっ!」
笑いながらの久の言葉に、立ち直っ(て、ついでにトサカも復活し)たネロスガンダムのビルドファイターが言い返す――あれだけの瞬殺劇の後でまだやるつもりなのかと驚く咲だったが、同時にあることに気づいた。
ネロスガンダムのビルドファイターだけではない――他の誰ひとりとして、久に完敗して心が折られた様子がないことに。
それどころか、やる気を全身にみなぎらせ、久へのリベンジに挑むべくガンプラの修理にいそしんでいる。
その様子から、彼らが心からガンプラバトルを楽しんでいることは明らかだ。しかし、そのためにバトルで傷つくガンプラはどうなるのか。
まさか彼らはバトルさえ楽しめればいいのか。そのためなら、バトルでガンプラがどれだけ傷つこうとかまわないというのか――そんな思いにも駆られたが、咲はすぐにその考えを改めた。
もう一年の付き合いになるビルドストライクを始め、ずっとガンプラを大切にしてきた自分にはわかる。彼らのガンプラを修理する手つきは自分の相棒に対する気遣いにあふれた、ガンプラを愛する者の手だ。彼らがそれぞれの相棒を大切にしているのは、咲の目にも明らかだった。
だが、だからこそなおさらわからない。ガンプラを大切にしているのに、なぜガンプラを傷つけ合うガンプラバトルに身を投じるのか――目の前の矛盾を理解できず、咲が困惑していると、
「不思議かい?
彼らがどうしてガンプラバトルを楽しんでいられるのか」
「え…………?」
いきなりかけられた声に咲がそちらを見やると、いつからそこにいたのか、自分のすぐとなりにひとりの青年の姿があった。
「自分の大切にしているガンプラを傷つけても、それでもどうしてバトルを楽しんでいられるのか……不思議かい?」
困惑している咲に対し、青年はもう一度問いかける――こちらの緊張を察し、解きほぐすように柔らかい口調で尋ねられ、咲は思わず素直にうなずいていた。
「彼らはただ単純にバトルを楽しんでいるワケじゃない」
そんな咲にうなずき返すと、青年はそう言いながら盛り上がっている一同へと視線を戻し、
「彼らはみんな、自分のガンプラと一緒にバトルすることを楽しんでいるんだ。
大切なガンプラだからこそ、バトルも共に戦いたい。
大切だからこそ、共に勝利の喜びを分かち合いたい。
だから、彼らは自分が心血を注ぎ込んだガンプラで戦い、勝利を目指すんだ」
「ガンプラと、一緒に……」
青年の言葉をかみしめるように咲が繰り返して――と、ちょうど一戦終えた久がこちらに、咲のとなりの青年に気づいた。
「あぁ、キョウジさん、来てたんですか?」
「ちょうど今さっきね。
相変わらず絶好調じゃないか。キミも、キミの戦国アストレイも」
「キョウジ、さん……?」
久とのやり取りでようやく青年の名がわかった――咲が改めて青年の顔を見上げる一方で、他のビルドファイター達もまた青年の、キョウジの存在に気づいた。
「あぁ! キョウジ! 来てくれたのか!」
「これで勝つる!」
「頼むキョウジ!
もう久を止められるのは、この店のNo.1ファイターであるお前だけだ!」
次々に上がる声に、咲は改めて驚かされた――バトルに対する理解が深いとは思っていたが、まさかこの店の最強ファイターだったとは。
「言われてますよー、キョウジさん。
どうします? やりますか? 私は大歓迎ですよ」
「やれやれ……しょうがないな。
今日は食事とガンプラの手入れだけのつもりで来たんだが……」
久にまで挑発され、キョウジは苦笑まじりに軽く肩をすくめた。
「そうまで言われちゃ、やるしかないじゃないか」
その言葉に、周りから歓声が上がる。そんな中、キョウジが傍らに置いていた大型の携行ガンプラケースを机の上に。その中から姿を現したのは――
「アルティメットガンダム!?」
JDG-009X(JDG-00X)・アルティメットガンダム。『Gガンダム』におけるシリーズ全体を通じてのボス機体、デビルガンダムの本来の姿である、半人型のガンダムだ。
原作ではプログラムが狂ってしまい暴走、搭載されていた自己進化機能によってデビルガンダムへと変貌してしまったのだが――咲を驚かせたのはそんな設定上の話ではない。
このアルティメットガンダム、『Gガンダム』系列のガンプラがHGFCシリーズとして次々に再発売されている中、その大きさが災いしたのか未だガンプラとしての正式な立体化はされていない。ということは――
「フルスクラッチ……?
……ううん、昔出た、デビルガンダムのガンプラを使った、セミスクラッチ……」
確かに“アルティメットガンダムとして”はキット化されていない本機だが、“デビルガンダムとして”なら、放映当時のシリーズで最終形態のコアブロック、通称デビルガンダム・コアが「デビルガンダム」名義で発売されている。
そして両機の間では、上半身部分がほぼ同一のデザインであり流用が容易である――おそらくそれを利用し、デビルガンダム・コアを芯にアルティメットガンダムとしての下半身を改めて自作したのだろう。
しかし、言葉にしてみればただそれだけのことでも、それを実現させるとなると話は別だ。何しろ問題の下半身は、上半身が中にスッポリ収まってしまいそうなほどに巨大なもの。当然、その重量に耐えて自立させるためには関節部はもちろんのこと、ガンプラそれ自体にも相応の強度が求められる。
ディスプレイ用としての非可動モデルでも難題になりそうなそれを、バトルにも投入できるほどのクォリティで作り上げてしまうとは――周りからNo.1ともてはやされているのは伊達ではないということか。キョウジが相当な技術の持ち主であることはもはや疑う余地はなかった。
「さぁ、いくぞ、アルティメットガンダム!」
そして、キョウジはアルティメットガンダムと自身のGPベースをバトルシステムにセット。プラフスキー粒子によって命を吹き込まれたアルティメットガンダムがバトルフィールドへと発進していく。
舞台は、『ガンダムUC』でユニコーンガンダムとシャンブロ激突した、トリントン基地近郊市街地――対する久も、戦国アストレイを改めて発進させた。先行して入場したアルティメットガンダムを迎え撃つ形で対峙する。
「いくぞ――久!」
先手はキョウジがとった。下半身の左右に備えられた大型クローが開き、そこから連射するビームで久を狙う。
迫るビームの弾幕をかわし、久もキョウジへと突撃――距離を詰め、刀で斬りかかるが、キョウジもアルティメットガンダムの大型クローで受け止める。
と、そこに戦国アストレイを狙う新たな一撃。とっさにバックステップでかわした久の目の前に突き立てられたのは――
「デビルフィンガー!?」
アルティメットガンダムの――デビルガンダムの上半身、その両肩に内蔵された大型クロー。鋏状である下半身のそれと違い、人の手のような平手の形状から名づけられた通称を思い出し、咲が驚きの声を上げる。
さらに牽制で放たれた拡散ビームをかわした久が一旦距離を取ると、そこへ今度はキョウジの方から接近戦を仕掛けてきた。大型クローとデビルフィンガーを織り交ぜた連続攻撃を、戦国アストレイはあるいはかわし、あるいはさばき、かいくぐっていく。
それどころか、一瞬のスキをつき、懐に飛び込む――今度こそと刀を振るうが、突如アルティメットガンダムの身体が跳ね上がり、刀を回避する。
キョウジがとっさに大型クローで地面を叩き、その反動で機体を跳ね上げたのだ。そのままのしかかろうとするアルティメットガンダムから逃れ、久はバットステップで距離を取る――かに見えたが、一歩目の着地と同時に前方に跳び、再びアルティメットガンダムに斬りかかる。
位置も攻守も目まぐるしく入れ替わる激しいバトル――そんな久とキョウジの戦いに、咲は思わず見入っていた。
いつもなら、互いに傷つけ合うガンプラバトルなど見るのも気が進まないのだが、目の前のバトルにはそんな咲をも惹きつけてやまない“何か”があった。
戦国アストレイはもちろんのこと、アルティメットガンダムもその重量をまったく感じさせない軽やかな動きで立ち回る。それはまるで計算し尽された殺陣、剣舞のようにも見えて――タイムアップのアナウンスでバトルが中断されるまで、咲は時が経つのも忘れてバトルに見入っていた。
◇
結局、久とキョウジのバトルに決着がつくことはなかった――最初のバトルが終わった時点で日暮れまで時間が圧していたことから、「これ以上は帰りが遅くなるだろう」というキョウジの気遣いによってその場は解散となったからだ。
夕焼けで赤く染まった空の下、久と別れた咲はひとり帰路についていた。そんな彼女の頭の中にあるのは、先の久とキョウジのバトル――
(すごかったな……会長とキョウジさん。
二人とも、あんなすごいバトルを……それも、ガンプラを壊さずに……)
ガンプラが傷つけ合うのがイヤで、嫌いであったはずのガンプラバトル――しかし、あの二人のバトルからはそんなイヤな感じはしなかった。
それどころか、もっと見ていたい。終わってほしくないとすら思ってしまった。あの感情はいったいなんだったのか――
「………………ん?」
と、ふと視線を上げた咲は、行く手の公園のベンチに人影を見つけた。
桃色がかったブロンドをツインテールにまとめた、見覚えのある後頭部。あれは――
「原村さん……?」
「…………?
宮永さん……」
「模型部って、帰りはいつもこんな時間なの?」
「下校時間ギリギリまで活動するのも、珍しくありませんから……
後片づけを引き受けてくれている須賀くんなんかは、もっと遅いですよ」
とりあえず、ベンチに座っていた和のとなりに座る――まではよかったが、考えてみれば知り合って間もない和が相手では何を話せばいいかわからない。とりあえず、思いついた話を振ってみるがあっさり答えられてまた会話が途切れる。
どうしよう。間がもたない――と咲が困り果てていると、
「……宮永さんは」
今度は和の方から咲に声をかけてきた。
「宮永さんは……『GF』に行ってたんですよね?」
「原村さんも、あのお店知ってるの?」
「行ったことはないですけど……『Gガンダム』系の機体を中心とした、格闘・武道スタイルのビルドファイターのホームグラウンドですから、この辺りのビルドファイター達の間ではそれなりには有名です。
それに……前に部長が、よくあの店に武者修行に行くと言ってましたから」
「武者修行……」
果たしてアレが修行になっていたのか。むしろ相手の方が修行をつけてもらっているような勢いだった気がするのだが――
「あぁ、あと、あそこのトッププレイヤーはこの界隈でもかなり名の知れたビルドファイターですよ。
名前は――」
「キョウジさん?」
聞き返す咲に、和はうなずいて肯定を示した。
「ちょうど来てて、会って、話して……会長とバトルするの、見せてもらった。
すごかった……アルティメットガンダムの出来もそうだけど、会長とのバトルも……
速くて、激しくて……でもぜんぜん怖くなくて……まるで踊ってるみたいだった」
二人のバトルを思い出し、語る咲だったが――彼女は気づけなかった。
自分の話を聞いた和が、悔しそうに唇をかんでいることに――
「あんなバトルもあるんだね……
今までは、ガンプラを傷つけたくない一心で、そればかり考えてたから、そんなこと知らなかった……」
そう――咲は気づけなかった。
自分の言っていることが、「和とのバトルではその楽しさを知ることなどできなかった」と言っているのと同じであることに。
だから――
「私にも……できるのかな? あんなバトr
「できませんよ」
「――って、え……?」
不機嫌もあらわに言い放った和の言葉に、咲は思わず面食らってしまった。
「宮永さん……あなたは確かにすごい技術を持っています。
でも……それだけです」
「それ……だけ……?」
「あなたには、ビルドファイターとしては致命的な欠陥がある……そんなあなたに、見る人を魅了するようなガンプラバトルができるはずがない……
……いえ、それどころか、“本物”のビルドファイターの前では、まともなバトルにすらならない……」
「私に、欠陥……? 足りない、物……?」
冷たく言い放った自らの言葉に混乱する咲にかまわず、和はカバンを持って立ち上がり、
「いくら考えてもムダだと思いますよ。
今のあなたには、きっと理解できない……ガンプラバトルを好きでもないあなたに、ビルドファイターの何がわかるって言うんですか」
言って、和は咲へと背を向けて、
「私なんかより……あなたなんかよりも手強いビルドファイターなんて、いくらでもいますよ。
全国の舞台には、いくらでも……」
そう言って立ち去る和を、咲は追いかけることができなかった。
まさに前日、和が咲を追いかけることができなかったように――
◇
我に返り、家に戻ったのは和が去ってから10分ほど経ってからのことだった。
しかし、和から言われたことが咲の頭の中から離れることはなかった。
『ガンプラバトルを好きでもないあなたに……』
(きっとそれが、私の“欠落”……
ガンプラバトルが嫌いな……ガンプラバトルを楽しめない私にはたどり着けない世界……)
リビングのソファに腰掛け、悩むことしばし。傍らに置きっぱなしにしていた携行ケースからビルドストライクを取り出し、テーブルの上に立たせる――昼間のバトルでは一発も直撃を受けておらず、そのボディはきれいなものだ。
「……私にも、できるのかな……?
ガンプラバトルが好きになれれば、会長達みたいなすごいバトルが……」
問いかけてみても、ビルドストライクが応えてくれることはなくて――
「……何してんだ、お前?」
「わひゃあっ!?」
代わりにかけられた声に驚き、咲は素っ頓狂な声を上げていた。
振り向けば、そこにはいつの間に帰ってきたのか、共に暮らす家族の姿――
「お、お父さん……脅かさないでよ……」
「驚いたのはこっちだ。
仕事から帰ってくれば、娘がリビングでガンプラに話しかけてるんだから」
そう答えると、父は面倒くさそうに頭をかきながら、
「つか……お前もさ、いつまでガンプラを後生大事にしてるつもりなんだ?
作りもせず、バトルもせず……もう家族でガンプラバトルってこともねぇだろうに」
「い、いや、そんなことないよ……
おかーさん達、戻ってくることもきっとあるよ」
「フンッ、どーだか」
咲の言葉にそっけなく答え、父はその場を後にする。自分も自室に戻ろうと、咲がビルドストライクへと手を伸ばして――不意に、そのビルドストライクの脇に一冊の雑誌が放り出された。
月刊のホビー誌だ。そしてそれを放り出したのは――
「57ページ」
言って、今度こそ父はリビングを出ていった。咲が言われたページを開いてみると、
「――――っ!
これって……」
それは、高校のガンプラバトル選手権・春季大会、それも個人戦の特集記事だった。男女それぞれの上位入賞者各自のインタビューと共に、それぞれの使用したガンプラの解説記事が載っている。
中でも咲を動揺させたのは、女子個人戦の優勝者へのインタビューだった。
赤い高機動型ザクUをベースにした改造ガンプラで高校女子最強の栄冠を手にした少女、その名は――
「……お姉ちゃん……」
――宮永、照。
◇
明けて翌日――
「失礼します」
放課後になるなり、咲は職員室へと直行。目的のものを手にして、途中軽く寄り道した上で目的の場所へと向かった。
ここ数日連れてこられ、そして今、初めて自らの意思で訪れる――模型部の部室へと。
「宮永さん……?」
「あぁ、会ちょ……部長。
これを……」
今日はすでに模型部のメンバーは全員そろっている。誰かが連れてきたということはないだろう。だとしたら咲は何のためにここへ――不思議に思いながらも出迎える久へと、咲は職員室でもらってきたそれを差し出した。
部活への入部届。すでに模型部と咲の名が書き込まれている。
この入部届と、先ほど『会長』と言いかけた久のことを『部長』と呼び直したこと。それらが意味するのは――
「模型部に入れてもらえませんか」
その一言に、一同の間に衝撃が走る――そんな模型部の面々を前に、咲はカバンの中からそれを取り出した。
ビルドストライクと――ここに来る前の“寄り道”で購入してきた、自分用のGPベースを。
「私……もっと、ガンプラバトルのことが知りたい。
だから……」
「もっとガンプラバトルがしたいんです」
プラフスキー粒子。
10年前に発明されたこの粒子は、ガンプラに使われているプラスチックにのみ反応する。
粒子を外部から流体的に操作することで、普段は動かないガンプラに命が吹き込まれる。
そして、そんな夢の粒子の登場によって実現した、ガンプラによる対戦競技“ガンプラバトル”。
その競技人口は爆発的に増加し、近年ついに一億人の大台を突破。プロのビルドファイターは人々の注目を集めていた。
高校でも大規模な全国大会が毎年開催され、そこではプロに直結する成績を残すべく、数多のビルドファイター達が覇を競っていた。
時は、第一次ガンプラバトルブームより30余年。
これは、その頂点を目指す、ビルドファイター達の軌跡――
「………………っ」
風で舞い上がる木の葉につられて見上げてみれば、空は雲ひとつない青空――太陽のまぶしさに、少女は思わず目を細めた。
うっかり太陽を直視しそうになり、まぶしさでチカチカする目をしばたたかせながら、傍らのベンチに置いてあった荷物に手を伸ばす――が、満足に回復しない視界のままでは距離感が狂ってつかみ損ねてしまった。立てるように置いてあったデイバックを倒してしまい、一緒に置いてあったガンプラの携行ケースも巻き込まれ、ベンチから落ちてしまう。
「あぁっ! いけないっ!」
しかも落とした拍子にケースのフタが開いてしまい、中のガンプラが放り出されてしまった――あわてて少女はしゃがみ込み、ガンプラを拾い上げる。
HGCEシリーズ、GAT-X105・ストライクガンダム――特に破損がないのを確かめて、少女は安堵の息をつく。と――
「シズーっ!」
そんな彼女を呼ぶ声。見れば、少女のいる展望台がある丘のふもと(といっても100メートルと離れていないが)、道路際から自分を呼ぶ親友の姿。
「そろそろ行かないと遅れるわよーっ!」
「えー? でもまだ早くないーっ?」
「バカ! 今日は近所のショップ大会で腕試しだから、いつもより早く集合するようにってハルエが言ってたでしょうが!
玄や宥姉ももう家を出たってメール来たわよ、今!」
「あーっ! そうだった! 灼さんから言われてたの忘れてた!
ゴメン、憧! 今行くーっ!」
親友に答え、シズと呼ばれた少女はストライクガンダムを収めたケースをカバンにしまい、ポニーテールにまとめた髪を揺らしながら展望台のある丘を駆け下りていった。
それは長野から遠く離れた奈良での、ちょっとした出来事――
ガンダムビルドファイターズ咲-Saki- 阿知賀編
Coming soon………………?
(初版:2015/01/07)