それは、長野での物語が始まる、およそ半年前の出来事――
ヒゥゥゥゥゥ……と吹き抜けていく風の音が心地いい――遊び場となっている山、日課の山歩きの間のちょっとした寄り道。
一帯の木々の中でもひときわ高い巨木の頂上、そこにひとりの少女の姿があった。
少女の名は高鴨穏乃。私立阿知賀女子学院、中等部三年生――
――そう、中等部三年生である。まだまだ子供と言える年代で、山歩き大好きな、いわゆる“元気っ娘”系の穏乃のメンタルはその中でもさらに子供寄りと言える。
と、いうワケで――
「さすが夏休み、ろくな番組やってないな……」
山歩きから戻れば普通のお子様。テレビを見ながら、それはもうダラダラしていた。
が、夏休みとはいえ平日だ。朝一番ならともかく、昼過ぎのこの時間では穏乃の興味を引きそうな番組はやっていない。
「こうなったらビデオでも見ようかな……」
戦姫で絶唱なアニメでも見てテンションぶっちぎろうか――そんなことを考えながら、なおもチャンネルを変えていた、その時だった。
〈さあ、全国中学生ガンプラバトル選手権、個人戦決勝戦!
長野県、高遠原中学の快進撃が止まらない!〉
「お、ガンプラバトルの大会やってる……」
どうやら、ビデオに切り替える前に興味をひく番組を引き当てることに成功したようだ。
「中学生ってことは同年代か……
どれどれ、私もガンプラバトルは昔取った杵柄。どの程度か見てやろうじゃないのさ」
誰も聞いている者がいないせいか、ずいぶんと大きく出たものだ。身を起こし、穏乃が画面に注目する。
と言っても、バトルは穏乃の目から見ても一方的なものだった。四つ巴の戦いのはずが、そのうちのひとりが他三人を完全に圧倒している。
しかも、その圧倒しているひとりが使っているガンプラというのが――
「これ……アッガイ……ううん、ベアッガイ!?」
どちらかといえばバトル向きではないとされるベアッガイの改造ガンプラだった。それも、どう見ても能力云々を一切かなぐり捨てて見た目のかわいらしさ向上にのみ全力投球したとしか思えないような改造ぶり。
こんなトンデモガンプラで、全国大会の決勝でこの暴れぶり――操っているビルドファイターがただ者ではないということは、ガンプラバトルから年単位で離れていた穏乃の目にも明らかだった。
いったい、どんな人が……穏乃がこんなことを考えている間に、ベアッガイは手から生み出したビームサーベルでダブルオークアンタを一刀両断。続けてAGE-FXとフルアーマーユニコーンガンダムへと襲いかかる。
対し、狙われた二機はファンネル系装備を総動員してベアッガイを迎撃――しようとするが、当たらない。ベアッガイは本当にこれがベアッガイのできる動きなのかと目を疑いたくなるような機動で自分を狙う攻撃のすべてを回避。そのまますれ違いざまに対戦相手の二機を斬り捨ててしまった。
つまり――
〈決まったぁ――っ! 決勝戦、決着ぅ――っ!
今ここに、日本最強の女子中学生が誕生しました!〉
テレビの実況に、穏乃の胸が高鳴る。いよいよ、ベアッガイで全国の頂点に立ったすごいビルドファイターの正体がわかる――と。
そんな穏乃が注目する中、テレビの映像が切り替わった。“優勝者”の姿が映し出されて――
「………………
…………
……え?」
その瞬間、穏乃の思考は停止した。
なぜなら――
〈新たに全国の頂点に立ったのは、長野県、高遠原中学三年――〉
〈原村、和ァーッ!〉
「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
去年の春に転校していった、幼なじみだったのだから。
第1話
「プレリュード・阿知賀」
そして物語は、さらに三年前へとさかのぼる――
例年より少しだけ長持ちした桜の花もようやく散り始めた四月の終わり――うららかな田舎町を元気に走る、三人の少女達の姿があった。
「あはははは! 遅いよ! 早く早くーっ!」
高鴨穏乃。
「ふだん運動してないでしょーっ!」
新子憧。
そして――
「しっ……穏乃達が……速すぎるんですよ……」
原村和(死に体)。
なぜ彼女にだけ“死に体”と注釈がついたか――その理由は彼女を見れば一目瞭然。
まぁ要するに――体力切れ、ガス欠寸前で息も絶え絶えといった有様だからだ。
だがそれも無理はない。もともとインドア派の傾向が強い和と今よりももっと小さな頃から近所の山々を元気に走り回っていた穏乃達とでは、基礎体力の段階から大きな差があるのだから。
「走る必要もない所で、なぜ突然ダッシュしますか……子供ですか」
「子供だよ!」
ついでに言えばインドア派特有の省エネ人間な和はすでにこの頃から効率主義が身体に染みついていた。子供らしからぬ抗議をもらすが、穏乃の子供ならではのストレートな反論が一蹴する。
「これが都会のもやしっ子ってヤツかー」
「和って、なんか得意なことないの?……勉強以外で」
「いきなり勉強全否定ですか……」
笑う憧のとなりで尋ねる穏乃にツッコみつつ、和は呼吸を整え、
「そうですね……強いて言うなら、ガンプラバトルでしょうか……」
そう和が告げて――穏乃と憧の動きが止まった。二人で顔を見合わせて、
『ガンプラバトル……!?』
「……な、何……なんですか……?」
思わず尋ねる和だったが、そんな彼女に答えることなく、穏乃と憧はニンマリと笑いながら和の方へと振り向いて――
◇
結論から言えば、浮かべたアブナい笑みに反して二人が和をどうこうすることはなかった。
その代わり、半ば引きずられるように彼女が連れていかれたのは――
「……学校……?」
自分達の通う小学校とは違う学び舎だった。
チラリ、と校門に掲げられた表札に視線を向ける――阿知賀女子学院。
そう――阿知賀“女子”学院である。
「こんな所に女子校ですか……?」
「『こんな田舎に』ってこと!? バカにしたなっ!?」
「これでも中高一貫のお嬢様校なんだよ。生徒数は少ないけど」
和のつぶやきに反応した憧を「どうどう」となだめながら、穏乃がそう説明する。
それにしても、こんなところに連れてきてどうするつもりなのか、尋ねようと和が穏乃達へと視線を向けると――
「ほら、和も早く」
穏乃も憧も、迷うことなく学校の敷地外へと足を踏み入れていた。
「って、入ってもいいですか!?」
「うちら顔パスなんだよねー」
驚く和には憧が答える。二人を信じて和も後を追い、案内されることしばし――
「ここだよ」
唐突に穏乃が足を止めた。ある教室の前で、入り口の脇に置かれた看板をポンと叩く。
――阿知賀こどもガンプラクラブ 初心者歓迎!――
次いで、教室の表札を確認する――
「……模型部……?
学校の部室ですか……?」
「うん。でも今はもうないんだよねー、プラモ部。
失礼しまーす」
和に答え、穏乃が扉を開け――早速、子供達の歓声が聞こえてきた。
のぞき込んでみると、いくつもの机で子供達がガンプラ作りに励み、中央のバトルシステムの周りでもけっこうな盛り上がりを見せている。
「こんにちはー」
「やほー」
「しずちゃん!」
「憧ちゃんだーっ!」
穏乃と憧があいさつすると、子供達がこちらに気づいて駆け寄ってくる――とりわけ憧は人気者なのか、みんなからじゃれつかれてあっという間に身動きもままならない有様になってしまう。
さて、憧を助けに行った方がいいのだろうか。いや、助けるとしてもコレをどうしろと――と和が考えていると、
「和、紹介するよ」
そんな和に穏乃が声をかけてきた。彼女に促されて見れば、そこにはこの場で唯一の大人の女性の姿。
「んー、じゃ、軽くサフ吹いて、乾いたら見つけた傷にヤスリがけね」
「えー? サフって塗料のつきを良くするものなんじゃないのー?」
「それだけじゃなくて、細かい傷を埋める役目もあるんだよ。
サフ吹いて、ヤスリがけして……それを何度もやることで表面をキレイに仕上げられるんだよ」
「先生ー」
「……って、ん?」
穏乃に声をかけられ、子供達に塗装前の下地処理を指導していた女性がこちらに気づいた。声をかけてきたのが穏乃だと気づき、顔をほころばせる。
「しずー! 軽くごぶさたじゃないか!」
「この時期は家の手伝いが忙しくて……」
「まぁ、そうだよね。
で……その子は?」
もちろん、穏乃だけでなくとなりの和にも気づいていた――尋ねる女性に対し、穏乃は和を強調するようにその背後へ回り、
「えへへ……有望な新人!」
「ほうほう」
穏乃の紹介に、女性は和に目線を合わせるようにしゃがみ込むと彼女の顔をまじまじと観察し――その視線の向かう先がちょっとだけ下に下がり、
ドンッ!(←比喩的表現)
「これは確かに将来が楽しみな」
「どこ見て言ってますかっ!?」
女性が見ているのが“何”なのか気づき、和が顔を真っ赤にして(穏乃に背中を押されたままで逃げられなかったので)年齢不相応に育っている胸を両手で守りながら抗議の声を上げる――対し、女性は気にすることもなく和の顔へと視線を戻し、
「私は赤土晴絵、大学生。
ここで子供達にガンプラの作り方やバトルを教えてる。
キミは?」
「は……原村和。小学六年生です……」
「よぉし!」
和の返事に満足げにうなずくと、赤土晴絵と名乗った女性は立ち上がり、
「じゃあ、さっそくやってみようか」
「カモ〜ン♪」
見れば、晴絵が誘ったバトルシステムにはすでに憧がスタンバイ――改めて穏乃に背中を押され、和はバトルシステムの前へと進み出る。
「ガンプラとGPベース持ってる? ないなら棚にあるヤツ好きに使っていいから。
……あ、それともビルダー専攻? じゃあバトルはやめとく?」
「あ、いえ……バトルも大丈夫です。
じゃあ、GPベースしか持って来てないので……」
晴絵に答えると、和は壁際の棚に向かった。そこに飾られているガンプラの数々に目を走らせて――
「…………あ……」
ふと、あるガンプラで目が止まった。
「これ……猫?」
そう。それは一言で言えば“猫”――猫型のガンプラ、とでも言えばいいのだろうか。
ベースは『ガンダムSEED』に登場したバクゥかはたまたラゴゥか――そんなことを考えた和だったが、すぐにその仮説を改めた。
可変機構と思われる、不自然なパーツ分けが多数――どうやら人型、MS形態からこの姿に変形させているようだ。
そして件の可変機構はフルスクラッチではない。少なくとも四肢については既製品ベースの色合いが強い。切り分けて可動軸を組み込んであるだけの簡単な改造のみに留めてある。
つまりこの可変機構は元からベースとなったガンプラに備わっていたものを拡張したものだということだ。
だとすれば、このガンプラのベースは――
「ガイア、ガンダム……?」
「お、それに目を付けるとは、お目が高いですなー♪」
つぶやいた独り言に返事が返ってきた。驚いた和が振り向いてみれば、そこにはなぜかドヤ顔の穏乃が。
「……これ、ひょっとして穏乃が……?」
「え? あ、ううん、違う違う」
「しずにそんなすごいの作れる技術なんてないって」
「なにおーっ!」
否定したところに茶々を入れてきた憧に穏乃が突っかかる――置いてきぼりにされた和には晴絵が代わりに答えた。
「前に、このガンプラ教室のウワサを聞いて、わざわざ東京から武者修行に来た物好きな中坊がいてね。
その子が記念に、って作って置いてったんだよ。
見ての通り、ガイアガンダムの改造ガンプラで、名前は“ニャイアガンダム”」
「ニャイア……ガンダム……」
「ただ、ディスプレイ用の改造で武装もないから、バトルには不向きなんだよね。
ムリしないで、他のガンプラにした方がいいよ」
改めてニャイアガンダムに視線を落とす和に晴絵が言うが、
「いえ……これでいいです」
「え……?
いいの? だって、ビームサーベルまで外してあるんだよ?」
「ジャンクで余りの武器とかありますよね? それでかまいません」
思わず聞き返す晴絵に答え、和は宣言通りジャンクパーツの入ったケースを探り、適当に武装を取りつけていく。
「お待たせしました」
GPベースにニャイアガンダムのデータをコピーしてもらい、準備完了――戻ってきてみれば、すでに穏乃達は自分達のガンプラを手に待っていた。
「フフン――ようやく来たね!」
穏乃が、全身ピンクにカラーリングを変更したガーベラ・テトラ。
「和の実力、見せてもらおうかな?」
憧が、ジムストライカー。そして――
「それじゃあ、始めようか!」
晴絵がギラ・ズール。そんな三人の輪の中に和が加わる。
「先生、ド素組みのギラ・ズールとか手ェ抜きすぎー」
「うっさい。あんたらの時だってジムとかジェノアスとか使ったでしょ。
新入りの実力を見る時は性能トンガらせた本気ガンプラよりバランス重視の素組み量産機でやり合った方がわかりやすいのよ」
穏乃との会話を聞く限り晴絵のガンプラは本気のバトル用ではないらしい――まぁ、文字通りの小手調べだし、そういうものだろうと納得し、和は自分の操作席に立つ。
《Please, Set your GP-base.
Plafsky-Particle, dispersion start.
Please, Set your GUNPLA》
システム音声の指示に従いそれぞれがGPベースをバトルシステムにセット。プラフスキー粒子によって操作コンソールが構築される中、各自ガンプラを目の前に置く。
フィールドに満ちたプラフスキー粒子がガンプラに命を吹き込み、いざ発進の時を待つ――深く息をつき、和は自らの意識を切り替える。
目の前にいるのは級友ではない。級友達が師と慕う女性でもない。
今この時だけは――自分と覇を競う、戦うべき敵だ。
(よろしくね――ニャイアガンダム)
「高鴨穏乃! ガーベラ・テトラ――いきます!」
「ジムストライカー、新子憧――GO!」
「ギラ・ズール――赤土晴絵! 発進する!」
相棒に呼びかける和の耳に、発進していく穏乃達の声が届く。そして和も――
「原村和、ニャイアガンダム――出ます!」
宣言し、球状のコントローラ――ガンダムシリーズの劇中では宇宙世紀シリーズ、『逆襲のシャア』の時代に主流であったアームレイカーと呼ばれるタイプの操縦桿だ――を押し込み、ニャイアガンダムはライバル達の待つバトルフィールドへと飛び出していった。
◇
《Time up》
バトルシステムがバトルの終了を告げ、場の空気が弛緩する――息をつき、和はアームレイカーから手を離した。
バトル内容としては可もなく不可もなく、と言ったところか。ニャイアガンダムの挙動を確かめながらのバトルで思い切り攻められなかったこともあったが、穏乃達もこれまでディスプレイ専用としてしか見ていなかったニャイアガンダムの挙動を把握できずに攻めあぐねたのか、結局誰も撃墜されることなくバトルは終了となった。
「へぇ……なかなかやるじゃない。
元々バトル用じゃないニャイアガンダムで最後まで戦い抜くなんてね」
「いえ……」
正直、ここまでやるとは思っていなかった――素直に称賛の声を上げる晴絵に、和は少し照れて視線を伏せた。
「たった一回のバトルだけで、強い弱いなんて測れないかと……」
「確かに」
多分に謙遜の混じった和の言葉だが、言っていることは間違っていない――あっさりと認めると、晴絵はニヤリと笑って穏乃や憧へと視線を向け、
「じゃあ……呼ぼうか」
「了解!」
晴絵の言いたいことはすぐにわかった。嬉々として穏乃が携帯電話を取り出してメールを打ち始める。いったい何事かと和が首をかしげていると、
「和ぁ、あたしらとタメ張ったくらいでイイ気になっちゃいけないよ♪」
そんな和に自信タップリのニヤニヤ笑いと共に告げるのは憧だ。
「この阿知賀こどもガンプラクラブの中であたしとしずはいいトコ2位3位争い。
だけど今からやってくるのは……ここのナンバーワンだ!」
「………………っ」
このガンプラ教室で最強のファイターが来る――憧の言葉に和が思わず息を呑み、待つことしばし――ガラリ、と音を立て、教室の扉が開かれた。
扉の向こうから姿を現したのは、やや茶色がかった黒髪を腰の辺りまで伸ばした、阿知賀女子の制服をまとった少女――
「松実玄!
ただいま参りました!」
軽い敬礼と共に名乗りを上げる少女の声に、教室の中が歓声に包まれる――どうやら待ち人は彼女で間違いないようだ。
と、そんなことを考えていた和に少女、玄が気づいた。パタパタとこちらに向けて駆けてきて、
「新しい方ですね! 初めまし――てぇっ!?」
あいさつしようと軽く会釈した玄が、視線を下げたまま素っ頓狂な声を上げた。
その視線は、先ほど晴絵にもネタにされた、歳不相応に育った和の胸へと向けられていて――
「お若いのにうちのお姉ちゃんと同じかそれ以上のものをお持ちで……おもち……あだっ!?」
「セクハラやめい」
((自分もしてたクセに……))
玄をたしなめるように軽くゲンコツを落とす晴絵の姿に穏乃や憧が心の中でツッコミを入れているがそれはさておき。
「これは大変失礼をば!」
言って、晴絵のツッコミから立ち直った玄は改めて和に向けて一礼し、名乗る。
「私は松実玄。
ここ阿知賀女子の中等部一年生です。以後、お見知りおきください!」
「は、はい……」
「さて、それじゃ自己紹介も済んだところで……玄」
と、和がうなずくのを見計らって晴絵が声をかけてくる――うなずき、玄が肩にかけたカバンからガンプラの携行ケースを取りだすのを見て、和はすぐに気を引き締めた。
そうだ。玄は物見遊山でここにきたワケではない。自分とガンプラバトルをするために呼び出されてここに来たのだ――そして今、そのバトルに使われるであろう彼女のガンプラがその姿を見せようとしている。
いったいどんなガンプラなのかと注目する和の前に、玄がガンプラを取り出して――
「……フルアーマー、ZZ……」
姿を現したのはZZガンダムのフルアーマー仕様――しかし、その意味するところを正しく理解し、和はむしろ表情を引き締めた。
見た目はごくごく普通のフルアーマーZZだ。原典の設定に忠実な作りで、特に設定を逸脱したような部分もない――だが、“それこそが問題なのだ”。
というのも、このフルアーマーZZ、1/100スケールのMGブランドでこそキット化されているが、1/144スケールであるHGUCブランドとしては未だラインナップされていない。公式HGUCキットではベース機であるZZガンダムが出ているのみで、派生機はフルアーマーZZも含めて一切のキット化がされていないのが現状なのだ。
結果、フルアーマーZZの1/144キットといえば『ガンダム・センチネル』展開当時に発売されたもの、それも試作機であるFAZZと混同したかのような配色のものがあるくらい――しかし玄の手にしているフルアーマーZZは、明らかに現行HGUC規格の1/144スケールキットとして作られている。
つまり玄は、HGUCのZZガンダムをベースに、自力でフルアーマーへと改造したということになる。そしてそれは、頭の中のイメージ任せで作ればいいオリジナル改造と違い、原典の設定に忠実にパーツを作り上げなければならない、より高度な工作技術が求められる高等テクニックの証でもある。
このフルアーマーZZこそが、玄がビルドファイターとして確かな実力を持っていることの証明――これは一筋縄ではいきそうにないと、和は気合を入れ直しながらバトルシステムの席につくのだった。
◇
バトルは一進一退、大火力に物を言わせる黒のフルアーマーZZに対し、和もニャイアガンダムの機動性をフルに活かして対抗。お互いに一旦離れて体勢を立て直し、再び攻勢に出ようか――というのが現在の状況。
今度こそはとニャイアガンダムを走らせる和の向かいの席で、玄が「そういえば」と口を開いた。
「前々から憧ちゃんが『クラスにおっぱい転校生が来た!』って言ってたんですけど、それってやっぱり和ちゃんのことなんですか?」
「ぅーわっ、バラすなーっ!」
いきなりあんまりといえばあんまりな質問――あわてて声を上げるのはもちろんウワサを流した張本人、すでにリタイア済み(和を狙った玄のギロチンバーストに巻き込まれた)の憧である。
ウワサを流された側の和としてもこれには答えに困った。別にこちらの調子を乱そうという意図でもなさそうな、純粋な興味からの質問のようだが、果たして答えてもいいのだろうか――しかし、今はそれよりも気になることがあった。
さっきのバトルに比べて、ほんの少し――それこそ気をつけていなければわからない程度にわずかなものであるが、気づけば明らかにそうとわかるレベルでニャイアガンダムの動きが悪い。
ガンプラの不調、という感じではない。これは――
「あの……赤土さん」
「何?」
「バトルシステム、粒子残量は大丈夫でしょうか……?
何だか、ガンプラを動かすための粒子が心もとなくなってきているような……」
晴絵に声をかけ、尋ねる――と、一瞬何のことかと呆けていた晴絵が何やら意味ありげに笑みを浮かべ――
「そんなこと言ったら、粒子不足で困ってるのがバレちゃうっしょ」
晴絵が答えるよりも先に笑いながらそんなことを言い出すのは憧だ。
「ま、でもでも、“そもそも和のところに十分な量の粒子が行くワケないんだけど”」
「え……?
それって、どういう……?」
「今、フィールドは慢性的な粒子不足で、それは“玄がバトルに参加してるから”!
そう――」
「すべての粒子は、玄へと集まる!」
「な……っ!?」
憧の言っていることが事実なら、ガンプラバトルのシステムを超えた現象が起きているということだ。まだ小学生ながら現実的な和の許容できる話ではなくて――
「そ、そんなオカルトありえませんっ!」
「わっ!?」
思わず声を上げた和に驚き、玄は反射的にアームレイカーから手を放してしまい、
「スキあり、うりゃーっ!」
「あぁ――っ!?」
動きの止まった玄のフルアーマーZZに穏乃のガーベラ・テトラが一撃、撃墜してしまう。
「ハイ、じゃとりあえずそこまでー」
と、そこで晴絵がパンと手を叩いてバトルを止めた。何事かと和が戸惑う中、撃墜されて凹んでいる玄の肩をポンと叩き、
「玄、パラメータ公開表示して」
「あ、はい」
晴絵に言われるまま、玄が自分の手元のバトルデータ、撃墜されて更新の止まった、撃墜される寸前のものを公開表示モードに切り替えて――
「――――っ!?」
そのデータに目を向けた和は思わず自分の目を疑った。
「プラフスキー粒子濃度の観測値、160%オーバー……!?
そんな、私の方は80%切っていたのに……!?」
それはまさに、先の憧の妄言(和視点)そのままの状況だった。そんなこと、ありえるはずがないのに――
「イヤー、フシギダナー(棒読み)」
「い、いえ、そんな、違います! 偶然です!」
こちらの動揺を見透かしたかのような晴絵の言葉に、和はそれでもありえないと力説する。
「こんなこと、狙って起こすなんてありえません!」
「言うねぇ。
それじゃあ、偶然かどうか、もう一回バトって試してみよーかー?」
玄にそんなことができるなどありえないと力説する和に憧がそう提案して――
「おーい、なんで憧が強気なんだー?」
穏乃がサラリとツッコんだ。
◇
「やー、ひさびさにねむくなるまでバトったねー」
あの後はただひたすらにバトル、バトル――憧、和と一緒の帰り道、大きく背伸びした穏乃が、漢字の一切使われていなさそうな気だるげな調子でそう告げて――
「結局、粒子は玄の方に流れっぱなしだったでしょー?」
「ただの偶然です。
10回続いたら別の理由を考えます」
憧も和も聞いちゃいなかった。そして和が思いの外頑固だった。
「……でも、和がガンプラバトルできてよかったよ」
「え……?」
しかし、穏乃の続く言葉には、憧と論争を繰り広げていた和も反応せずにはいられなかった。自分がガンプラバトルができることがいったい何だと言うのか――
「この辺は、子供が少ないけど、ガンプラバトルができる子ってなるとさらに貴重でさ。
ガンプラバトル教室に出入りしてる小四以上って、私と憧と、さっきの玄さんくらいなんだ」
「はぁ……」
穏乃の言葉で、和は玄のことを思い出s――そうとしたら、イメージの中の玄が自分の胸に手を伸ばしてきたのでさっさと穏乃へと意識を戻した。
「でね、和があそこに通うようになってくれると、上級生四人でバトれる機会が増えてうれしいんだけど……どうかな?」
「えっと……」
穏乃の言葉に、和は思わず視線を泳がせた。
しかし、それは穏乃の問いかけに対する答えが見つからなかったからではない。
むしろ、答えなど最初から決まっていて――
「……その、お邪魔で、なければ……」
「やったぁっ!
おかげでなんか、ちょっと楽しみ増えてきたぁーっ!」
和の答えに、穏乃は諸手を挙げて大喜び――何だか水を差したくなくて、和はのど元まで出かかっていた言葉を呑みこんだ。
――いつまでいられるか、わかりませんが……
◇
それからの日々は、実に慌ただしくも楽しく過ぎていった。
ガンプラを作り、バトルに興じるだけではない。普通の友達同士としての遊びもたくさんした。
桜が残っている内に花見に行った。夏にはみんなで川遊びにも行った。
晴絵に保護者になってもらってキャンプにも出たり、その晴絵の誕生日を祝ったり……
こんな日々が、ずっと続くと思っていた。
あの日、小さな不安が頭をもたげるまでは……
◇
「……そういえば……」
それは、いつものガンプラ教室の活動中のこと。ふと気になって、和が口を開いた。
「ん? どしたの?」
「あの、赤土さんのことなんですけど……」
反応してきた穏乃に応え、和は別のテーブルで指導している晴絵へと視線を向けた。
「赤土さんって大学生なのに、なぜ時間を作ってまでここでガンプラ教室をしてるんでしょうか……?」
「………………?
……あ、そっか。和は転校生だから、“赤土晴絵”を知らないんだ……」
まるで地元人なら知ってて当たり前のこと、そして今の今まで、和がその枠に当てはまらないことを忘れていたかのような穏乃の物言いに、和が首をかしげる――そんな彼女に対し、穏乃は改めて口を開いた。
「ここ、奈良県にはすっごく強い高校があってさ……晩成高校っていうんだけど。
そこの模型部は、ガンプラバトルが始まる前から優秀なモデラーが集まることで有名で、地元のショップのコンクール総ナメなんて当たり前。オラザクやオラタコでも毎年誰かしら上位の賞を取ってるくらい。
当然、ガンプラバトルがインターハイの公式種目になることが決まった時も、晩成が出ることも、奈良代表になるのも確実みたいに言われてた。
けど、みんなのそんな予想をひっくり返して、第一回大会奈良代表の座を晩成からもぎ取ったのが、この阿知賀女子の模型部。
そして、その時のエースが、当時高一だった赤土晴絵――人呼んで“阿知賀のレジェンド”!」
「れじぇ……
でも、そんなすごい人なら、何もここで子供達を相手にしたりせず、インカレで活躍したりプロになったりとかあるんじゃないですか……?」
「うん……そうなんだけどね……」
和の疑問に同意すると、穏乃は軽く目を伏せ、
「インターハイに出場した阿知賀女子は、準決勝までは怒涛の快進撃。
ところがその準決勝……それまでの大暴れがウソのような惨敗。
それも、先鋒の赤土さんが、みんなのやる気までへし折っちゃうようなボロ負けしちゃって……それからしばらく赤土さんは、バトルどころかガンプラに触れることもできなくなっちゃったんだって……
それで、エースの赤土さんがやめちゃって、活躍した三年生もみんな卒業……そしたら次の年は初戦敗退だよ。
そんなワケで、今は模型部もなくなって、こんな感じになってる」
そこまで語り、穏乃は軽く息をつき、
「まぁ、この辺でホントーにガンプラバトルやりたいって子ならここ阿知賀じゃなくて晩成高校に行くだろうし、阿知賀に強いメンツがそろってたその年だけが奇跡の年だったんだよ。
赤土さんがこの教室をやってるのも、リハビリみたいなもんらしいよ」
「リハビリ……?」
「うん。
チームメイトだった憧の姉ちゃんに勧められたとか……」
和のつぶやきに穏乃が答えると、和はしばし考え、
「でも……昔そんなに活躍した人なら、リハビリが終わったら、ここ……」
「やめちゃうんでしょうか……?」
「……え……?」
一瞬、和が何を言っているのかわからなかった――が、すぐにその意味を悟った。
そうだ。そもそもこのガンプラ教室は晴絵のリハビリのために始められたものだ。なら、その“リハビリ”が終わったら、この教室が存在する意味は――
だが――
「や……やだよ、そんなの!」
思わず声を上げた穏乃を、いったい誰が責められようか。このガンプラ教室があったからこそ今の自分があるのは彼女だけではない。憧も和も、この場にいない玄も、みんながわかっていることなのだから。
「でも……」
しかし、和はそれでも続ける。自分達だけでなく、晴絵のことも想うが故に。
「それでも、赤土さんが現役に復帰するというのなら、それは喜ばしいというか……」
「う、うん……」
それは穏乃もわかってる――そう、わかってるからこそ悩ましいのだ。
晴絵のことは師としても年上の友人としても大好きだ。だからプロなりインカレなり、大きな舞台で活躍してほしいと思うし、ずっとここで、一緒にガンプラバトルをしていたいとも思う。
晴絵のためを思うなら前者だろう。だが、まだ小学生の穏乃は他人のために自分の願望を抑えられるほど人間ができてなくて――穏乃にはまだ答えを出すことはできず、
(ここが……なくなる……!?)
ただ、その胸中には不安だけが残るのだった。
◇
……が、そこは根が底抜けに前向きな穏乃である。数日が過ぎた頃にはそんな不安を覚えたこともすっかり忘れて、元の天真爛漫な穏乃に戻っていた。
「………………」
「……? どしたの、和?」
今日もいつものようにガンプラ教室に参加するため阿知賀女子へ――正規の生徒達をボンヤリと見つめている和に、穏乃が声をかけた。
「ここの制服はいいですね……」
「玄さんから借りれば?」
「いえ……制服として着たいなぁ、と……」
穏乃の提案に和が答える。ということはつまり――
「あ……じゃあ、和、来年は阿知賀に?」
「そうですね……そうしたいです」
「私も阿知賀かなー。ここの部室好きだし」
憧に答える和に穏乃が同意して――しかし、そこで憧の表情がくもった。
「……あたしは、阿太中かな……」
「え……?」
「阿太中……阿太峰ですか?」
「あたしは、もっとガンプラバトルで強くなりたい。
阿知賀はもう模型部ないし……」
「そっか……中学ならここらへんだと阿太中が一番強いからね。
それで高校は晩成に進学か……」
それはこの近辺の、というか、奈良でガンプラバトルに取り組む者の典型的な登竜門コース――しかしそれだけに競争率は高い。晩成に入学するまでも、そして入学してからも決して平坦な道ではない。
それに、憧がためらっているのは進路の厳しさだけではない。自分達と進路が違ってしまうこと、離れ離れになってしまうことにもためらっている。
そんな憧の葛藤が穏乃にはわかった。まだ幼く、人の心の機微に疎くとも、他ならぬ幼馴染の憧のことだから、わかってしまった。
だからこそ、憧がそれでもその道を選ぼうとしている、そのくらい本気であることもわかってしまった。だから――
「……そっか。
でも、たまには遊ぼうな!」
「そりゃもう! もちろんガンプラバトルで!」
穏乃に応えて、憧は彼女と拳をぶつけ合う――そんなことを話しながら旧模型部の部室までやってくると、
「……あれ?」
穏乃が、教室の一角で見たことのない誰かと話している晴絵の姿に気づいた。教室を見渡し、玄の姿を見とめたので、声をかける。
「玄さん玄さん。
先生と話してるの、誰……?」
「福岡の実業団チームで監督をやってらっしゃる方だそうです」
「!」
「え……」
「実業団……?」
その答えが意味するところには、三人ともすぐにたどり着いた。すなわち――
『――スカウト!?』
「よかったね、ハルエ!」
件の“実業団の監督”――熊倉トシと名乗った女性を校門まで見送った晴絵が戻ってくると、真っ先に飛びついたのは憧だった。さらに、憧に続けとばかりにガンプラ教室の子供達もわらわらと集まってくる。
「実業団からスカウト来たんだって……?」
「うん……
昔のバトルの記録を見てくれてね」
「すごーいっ!」
「ついに阿知賀のレジェンド復活だね!」
答える晴絵の言葉に、一気に場が沸き立つ――早くもお祝いムードの教室内だったが、和は気づいていた。
晴絵を中心に盛り上がる一同の輪に加わらず、外から見守る穏乃の浮かべた寂しげな笑みに――
◇
スカウトの話はそれから順調に進んでいき、晴絵の福岡行きはすぐに正式なものとなった。
しかし――
それは、みんなの集う場であったガンプラ教室が、終わりを迎えることを意味していた。
『赤土せんせー、おめでとう!』
そして今日はついにガンプラ教室の最終日――教え子みんなで壮行会が企画され、代表して最上級生の玄から晴絵に花束が贈られた。
『今まで……ありがとうございました!』
「ううん……それはこっちの言いたいこと」
改めて声をそろえて一礼する教え子達に、晴絵は首を左右に振ってそう答えた。
「ここでガンプラ作りを、バトルを教えてるうちに……みんなの楽しそうな顔を見て、思い出した。
自分が元々、どんなにガンプラが、ガンプラバトルが好きだったかを……
だから……」
目頭が熱くなってきて、言葉に詰まる――目尻をぬぐっても、すぐにまた熱いものがあふれ出してくる。
「……だから……こうしてまた大きな舞台でガンプラバトルができるのはみんなのおかげなんだ。
こちらこそ……ありがとうございました!」
涙をぬぐうのはあきらめた。勢いよく頭を下げた晴絵の足元に滴が落ちる――しかし、そのことを指摘する者はいなかった。
なぜなら――みんなも晴絵と同じ気持ちだったから。
門出を祝う喜び、旅立ちに伴う寂しさ――いろいろなものがないまぜになった涙で、みんなもまた自らの頬をぬらしていたから――
◇
こうして、阿知賀こどもガンプラクラブは終了の時を迎えた。
模型部の看板は外され、部室も南京錠で施錠され、もう誰も集まることはなくなってしまった。
そして数ヶ月――季節は巡り、桜の季節を通り過ぎ、葉桜の頃を迎えていた。
だいぶ暖かくなってきて、制服も冬服から夏服へ――おろしたての夏服に身を包み、阿知賀に進学した穏乃は昼休みの廊下に見知った顔を見つけた。
「和!」
「穏乃……」
「なーんか、さ……」
廊下でそのまま立ち話、という気分でもなかったので、二人で屋上へ。手すりに頬杖をついて、穏乃がポツリとつぶやいた。
「結局、放課後すら憧と遊ばなくなっちゃったな……」
「そうですね……」
「赤土さんともあれから一度も会ってないし……みんな、こうして離れ離れになっていくのかな……?」
「え…………?」
そのつぶやきに、和の胸が一際強く高鳴った。
なぜなら、その穏乃の言葉には、自分の“これから”を見事言い当てるものが含まれていたから――言うべきか否か、葛藤の末言うことにした和が、穏乃の発言に付け加えた。
「たぶん私も……来年の春にはここにいないと思います……」
「え…………
……えぇぇぇぇぇっ!? なんで!?」
「母の仕事は二、三年で転属になるらしく……次は、たぶん……来年の春かと……」
「………………」
「……ごめんなさい……」
自分の説明に、穏乃がうつむいて沈黙してしまう――憧や晴絵との縁が薄れて寂しがっているところに追い打ちをかけてしまったかと謝る和だったが、
「……んー……いや、いいよいーよ」
穏乃から返ってきたのは、そんな和を許す返事だった。
「和と違うクラスになった時から、覚悟はしてたよ。
やっぱ世の中そんなもんかも。私も今のクラスで新しいダチできたし」
ウソだ――と、すぐに和は気づいた。
いや、和でなくとも、この穏乃の“ウソ”には気づけただろう――手すりに置かれた手をうっ血しそうなほどに強く握りしめて、震える声でそんなことを言われても、いったい誰が今の彼女を『平気』と表せるだろうか。
しかしそれを指摘するのもはばかられ、二人の間を沈黙が支配し――不意に、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。
「あ、戻らなきゃ。
まー、なんかあったら連絡してほしいな。じゃ」
言って、一足先に校舎の中へと戻っていく穏乃を、和はただ黙って見送るしかなかった。
◇
そして、和の予想した通り、翌年の春には彼女もまた阿知賀から転校。穏乃のそばから去って行った。
一緒に取り組む友達もいなくなり、ガンプラバトルからも疎遠になり、さらに時は流れ――
一年以上の時を経た中三の夏、穏乃はテレビの映像の中にかつての幼馴染の姿を見つけた。
インターミドル女子ガンプラバトル個人戦優勝者、原村和の姿を――
………………で。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!」
気づけば、興奮のあまりご町内を大爆走していた。
「…………ハッ!?
何走ってんだ私!?」
そしてようやく我に返っていた。
「ど、どどど、どうしよう……
お祝いの電話……いや! プライドか何かがそれを許さない! それに和の連絡先まったく聞けてない!」
とはいえ、我に返ったが興奮まで冷めたワケではなかった。この上がりに上ったテンションをどこにぶつけようかと携帯電話を取り出してソワソワすることしばし。
そして、葛藤の末に電話した相手は――
「もしもし、憧!?」
〈え……しず……めちゃくちゃ久しぶり……〉
和と並ぶ、もうひとりの幼馴染であった。
〈どうしたの、急に……?〉
「テレビ! テレビ見た!?」
〈テレビ……?
……あぁ、見てたわよ、和のでしょ?
あたしもびっくりこいた……うん、まぁ気持ちはわかったよ。あたしもこの変な感情をぶつけるならしずがちょうどいいわ〉
どうやら憧も和のことを知っているらしい――話が早いと、穏乃はストレートに本題を切り出した。
「私も、あの大会出たい!」
〈や、ムリだよ、もう〉
瞬殺であった。
「なんで!?」
〈なんで、って、うちらもう中三でしょ。インターミドルはもうムリだって〉
「なら高校!」
〈高校? インターハイに出るの?
じゃあ晩成に入らないと……あそこ偏差値70あるよ? あたしは余裕だけど、しずは大丈夫なの?〉
「じゃあ阿知賀女子で全国に行く!」
〈阿知賀はプラモ部ないし、部員集めても晩成には勝てないよ?
つかあたしは晩成行くから敵に回るよ?〉
「じゃあいいよ!」
さんざんダメ出しされて、興奮しっぱなしの穏乃は簡単にキレてしまった。「ふがーっ!」と鼻息を荒くして電話を切ってしまい――
「…………あ。
またやっちゃった……」
そしてやっぱりすぐに我に返るのだった。
◇
「……しずは本当に計算ができないなぁ」
もう「ツーッ、ツーッ」と信号音しか発しない携帯電話を手に、自室のベッドに腰かけた憧は相変わらずの幼馴染の様子に思わず嘆息した。
そんな彼女もその胸中は複雑だ。和のこと、そのことで穏乃から連絡がきたこと、なのに穏乃の要望に答えてあげられず、それどころかダメ出しまでしてしまった自分のふがいなさ……いろいろな想いで頭の中はグチャグチャで、何となく、ポフッ、とベッドに倒れ込んだ。
「……私だって、阿知賀で全国に行けるなら阿知賀に行ったよ……」
思わず口をついて出る想い――何となくじっとしていたくなくなって、憧は再びベッドの上で身を起こした。
◇
憧には「計算ができない」と言われてしまったが、一度「こう」と決めたら一直線なまっすぐさは穏乃の一番の持ち味である――まぁ、憧の心配も一理あるので、「良くも悪くも」がついてしまうのも否定できないが。
ともあれ、そのまっすぐさに突き動かされ、穏乃はとりあえず模型部の部室が今どうなっているのか確かめようと制服に着替えて学校へとやってきた。
いつもなら廊下を走らないよう注意してくる教師達も夏休み真っ只中の今は数えるほどしかいない。誰にも見とがめられることなく、小走りで模型部の部室へと急ぐ。
キュキュッ、と上履きが音を立て、模型部の前までやってきて――
「――あっ! 部室の鍵忘れた!」
やっぱりいつもの穏乃であった。
鍵を取りに行こうと、あわてて穏乃はきびすを返――そうとしたところで、ふと気づいた。
「鍵……開いてる……?」
そう、部室の扉を固定していた南京錠がどこにも見当たらない。試しに扉を押してみると、簡単に開いてしまった。
入ってみると扉だけでなくカーテンも開いていた。さらに、室内も掃除が行き届き、バトルシステムも粒子の充填こそされていないがきちんと整備されている。
「なんで……?」
どうして、もう使われていないはずの模型部部室がこんなに手入れされているのか。穏乃が思わずつぶやいて――
「やっと来たんだ」
「――――!?」
その背中に声がかけられた――それも、とても懐かしい声が。
思わず穏乃が振り向くと、そこにいたのは――
「玄さん!?」
「いつか、戻ってくると思ってたんだ」
そこには、ガンプラ教室が閉鎖されて以来の、疎遠になっていた幼馴染な先輩の姿――驚く穏乃だったが、玄は動じることなく笑顔でそう告げる。
そんな玄の手には水の入ったバケツと雑巾。まさか――
「もしかして、ここの掃除……」
「うん。
だって木曜日は私の当番だもん」
「とうば……」
玄の答えに、穏乃は壁を見る――二年前と変わらぬ場所にかけられたカレンダーは紛れもなく今年のもので、今日は確かに木曜日……
「って、ガンプラ教室で決めた当番!?」
「うん」
「二年以上守ってたの……!?」
「だって……」
穏乃の問いに、バケツを握る玄の手に力が込められた。
「私がいつも通りなら、いつか来るかもしれないから……
誰かがまた、あの頃みたいに……」
「………………っ」
その言葉を第三者が聞けば、「過去にすがっているだけ」と一笑に付すだけだろう――しかし、穏乃はそんなふうに笑い飛ばすことはできなかった。
「……私も……」
なぜなら、彼女も同じ想いだったから。
「玄さん、私……私も、またここでガンプラバトルがしたい……みんなと!」
「うん……
そうなったらいいなって……私も、ずっと思ってた……」
あのガンプラ教室での日々をもう一度――そう願っていたのは自分だけではなかった。穏乃の言葉に、玄は優しく微笑んでうなずいてみせる。
が、穏乃の望みはそれだけではなかった。表情を引き締め、玄に告げる。
「あと、全国大会に行きたい!」
「全国……?」
「春までに阿知賀の模型部を復活させて、インターハイに挑むんです!」
「おもしろそう!
……けど、なんで急に?」
「きっとそこに……和がやってくるから」
「和ちゃんが?」
「……ひょっとして、テレビ見てないんですか?」
その問いに首をかしげる玄の姿に「あぁ、見てないなコレわ」と納得。穏乃は和がインターミドルに出ていたこと、その個人戦で全国優勝を果たしたことを説明した。
「だから……和はきっと高校でもインターハイに出てくると思うんです。
なら、私達もそこに行ければ、またそこで……みんなで遊ぶことができるんです。
ガンプラバトルをしていれば、いつかどこかで巡り合える……っ!」
「じゃあ、まず部活を始めなきゃね」
「はい。
この学校は同好会は二人からだから、まずそれで……」
「五人そろって顧問の先生がつけば部に昇格だね」
部活の作り方を確認する穏乃に付け加える玄だが、問題は――
「でも、やっぱり……生徒数の少ない阿知賀で五人は……」
「難しそうだね……」
そう。メンバーを誰にするかだ。互いにつぶやき、穏乃も玄もため息をつき――
「まずひとり、ここにいる!」
いきなりの声と共に、部室の扉が開け放たれた。
そこに立っていたのは――
「憧ちゃん!」
「憧……っ!?
お前、晩成に行くんじゃ……」
「やっぱそれやめ!」
玄と共に驚き、尋ねる穏乃に憧はキッパリとそう答えた。
「あたしが阿知賀に入れば、あたし達でチームが組める。
そうすれば、そろって和の前に立てるでしょ――全国の舞台で!」
「…………っ」
自分が、玄と、憧と全国の舞台で和の前に立つ――その光景を思い描いて、穏乃の胸が高鳴る。
勝ち進むことができれば、またあの頃のように――
「またみんなではしゃごう!
そして……全国に行こう!」
「うん!」
憧の言葉にうなずき、穏乃は拳を握りしめた。
「そうだ……行くんだ、全国に!
そして……」
「もう一度遊ぶんだ! 和と!」
次回予告
穏乃 | 「よーし! 全国に行って、また和と遊ぶんだ!」 |
憧 | 「その前に、しずはやることがあるでしょ?」 |
穏乃 | 「え?」 |
憧 | 「夏休みの宿題、どうせ終わらせてないんでしょ?」 |
穏乃 | 「え゛。 あ、いや、その……アハハ……」 |
玄 | 「やってないんだね……」 |
穏乃 | 「ぅわぁ〜ん、憧、助けてぇ〜っ!」 |
憧 | 「学校違うあたしに頼るなぁーっ!」 |
第2話「結成! 阿知賀女子ガンプラ部」
(初版:2016/09/17)