「……ふぅっ……」
 転校によってこの地を離れた幼馴染と、全国大会の舞台で、ガンプラバトルで再び相まみえる――そのために、阿知賀女子学院にかつて存在した模型部を復活させることにした穏乃、憧、玄の三人。
 部として活動するための頭数も足りないし顧問だって見つけなければならない。まだまだやらなければならないことは多いが、やることはわかっているのだから後は進むだけ――玄が換気のために開け放っていた窓から外を見渡し、穏乃は軽く息をついた。
「待ってろよ、和ぁ……」
 決意も新たに、穏乃がつぶやいて――



「そっち、長野とは反対の方向だよ?」
「うーわー」
「い、いや、気分ですから、気分!」



 玄と憧に、割と冷静にツッコまれた。

 


 

第2話

「結成! 阿知賀女子ガンプラ部」

 


 

「お待たせ―」
 今日は和との再会を決意してから最初の週末――待ち合わせ場所に最後に姿を現したのは穏乃であった。
「じゃ、行こうか。
 ……と言っても、どこ行くのかは知らないけど……」
 言いながら立ち上がると、憧は今回の集合を呼びかけた張本人へと視線を向けた。憧が尋ねるよりも早く、穏乃が尋ねる。
「四人目がいるってホントですか?」
「フフフ……それは会ってみてのお楽しみ♪」
 そう、今回の集まりは、「四人目にあてがある」と言い出した玄によるもの――しかし、その玄は何やらもったいつけて、なかなか詳しい話をしてくれない。 なので、とりあえず憧と二人でそれ以外のことを確認することにした。
「しばらく同好会しないと部活になれないとかそーゆーのないの?」
「阿知賀は大丈夫」
「となると、後はやっぱり残り二人の部員と顧問かぁ……」
「とりあえず、顧問は同好会の内はいなくても大丈夫だから、少しは時間を稼げるね。
 それに、阿知賀じゃ部活の顧問って『面倒見てくれる大人』とイコールだから、いざとなったら校外でバトル強い人探してコーチとして来てもらうって手もアリ。実際他の部でそーゆートコあるし」
 話し合いながら玄の後について行くことしばし――
「ただいま帰りました―!」
『……「ただいま」?』
 玄の言葉に、意識を会話から目の前の建物に向ける。
 松実旅館――の裏手。つまり……
「玄んちじゃん……?」
「裏口でごめんねー」
「いや、そーゆーことではなくて……」
 そう、玄の家が経営している旅館だ。玄にツッコみながら、憧は「こんなところに四人目が……?」と首をかしげる。
 ともかく、玄の勧めるままに上がらせてもらい、奥へと案内される。
「ただいま、おねーちゃん」
 言って、玄が穏乃達を連れ、目的の部屋のふすまを開けて、
「お帰りなさぁい」
 気だるそうに振られる手が玄を出迎えた――



 部屋のド真ん中に設置されたこたつの向こう側から。



「こたつ!? 夏でしょ今!」
「宥姉、おひさしー」
 言うまでもなく今は夏真っ盛り。どうしてこんな時期にこたつが――当然驚く穏乃だが、一方で憧は元々何かしらの予備知識があったのか、呆れながらもその手の主を言い当ててみせた。
 と、憧の言葉……というか声に手の動きが止まった。主が考え込んでいるのか、そのまま静止することしばし――
「憧ちゃん!?……と、お客さん!?
 玄ちゃん、こういう時はノックしてよぉ……!」
 ようやく状況を理解したらしい。あわてて上半身を起こして妹に苦情を漏らすのは、玄よりもやや色をうすくしたかのような印象の少女――玄の姉、松実ゆうである。
「……ん?
 この人、どこかで……?」
「玄のお姉ちゃん。
 しずと同じ阿知賀に通ってんだよ。二年上だけど……というか、小四まで一緒のバスだったんだから面識あるはずでしょ」
「え゛……そうだっけ……」
 うろ覚えだった穏乃が憧からツッコまれているが、元々状況が呑み込めていないでいる宥は元より玄もそれほど気分を害した様子はない。というのも――
「おねーちゃん、たまに外出る時もマスクにメガネにマフラーだから、顔見てわかんないのも仕方ないかも」
「ど……どうも……いらっしゃい……」
 こたつの前に腰を下ろし(もちろん中には入らない)語る玄の横で、宥が恥ずかしそうに口元をこたつ布団で隠しながらも改めてあいさつ――と、そんな宥の姿、もっと言うと顔の下半分が隠れたそのいでたちが穏乃の記憶に触れた。
「あ――知ってる!
 夏なのにマフラーしてる上級生! 中一の時、クラスで話題になってた!」
「指さすな」
 憧にツッコまれ、宥を指さした穏乃の右手がパチンとはたかれた。
「宥姉はすっごい寒がりなんだよ」
「いや、夏は寒くないでしょ!?」
 ツッコミ返してくる穏乃には全面的に同意したいところだが、実際この暑さでも彼女にとってはまだまだ寒いらしいのだ。思わず苦笑する憧だったが、
「……れ?」
 ふと気づいた。玄へと視線を向け、
「ってことはまさか……」
「お察しの通り!
 四人目候補はお姉ちゃんなのです!」
「ええ……? 何……?」
 憧に答える玄だが、当の宥はまだ何も知らされていないようだ。
「二コ上ってことは、来年うちらが高一で……」
「私が高二で、おねーちゃんが高三になってる」
「ガンプラバトルできるんですか?」
「私と同じくらいかな」
「ま、待ってよ玄ちゃん」
 穏乃の問いに逐次答えていく玄に、宥が待ったをかけた。
「さっきから何の話をしてるの?」
「阿知賀女子の模型部を復活させるんです――ガンプラバトルをするために!」
「――――っ!」
 玄に代わって答えた穏乃の言葉に、宥の目が驚きで見開かれた。
「ぜひ、入っていただけないでしょうかっ」
 言って、頭を下げる穏乃――だが、宥からの返事はない。
 ……否、正確には少し違う。
「わわわわわ、わー……」
 興奮のあまり、返事をするどころではなくなっていた。
「いいかな、おねーちゃん……?」
「ど、ど、どうしよう……」



「すごく……うれしい……」



 改めて尋ねる玄に対し、宥はようやく落ち着きを取り戻してそう答えた。
「ほら……玄ちゃんが通ってた、あそこ……こどもガンプラクラブ……
 私も、ホントはあそこに行きたかったの……
 でも……気づいた時には、私……もう中学生で……進学前に入った玄ちゃんと違って、なんとなく行きづらくて……」
 途切れ途切れに、想いを口にしていく宥の脳裏によみがえる光景――玄が、憧が、穏乃が、和が、他の子供達と共に晴絵を囲んで盛り上がるのを、遠くから眺める自分。
 あの時、自分が想いを口にすることは叶わなかった。けど、本当は――
「……ずっと、玄ちゃんがうらやましかったんだぁ……」
「そうだったんだ……
 ……じゃあ、さ」
 宥に応えて、玄は彼女に向けて手を差し出し、
「今度こそ参加しよう。
 あの時、一緒にはしゃげなかった分、今度こそ、みんなで……」
「うん……うん……っ!」
 繰り返しうなずき、宥は玄の手を取る――こうして、阿知賀女子模型部(予定)に新たな仲間が加わったのだった。



    ◇



 一方その頃、奈良から遠く離れたここ、博多では――

「……廃部……?」
 仕事は終了。今日はチームの練習もないから後は帰るだけ――帰り支度をしていたロッカールームで、晴絵はそんな不吉なウワサを耳にした。
「そ。
 うちの会社、今すっごいヤバいじゃん? だから経営合理化とかで、ウチのチームなくなっちゃうかも」
「へぇ」
 同僚から詳しく説明されるが、晴絵には今ひとつピンとこなかった。結局、そんな気の抜けた相槌しか打てないでいる。
「ったく、お前、ホントにガンプラバトルのことしか見えてないのな。
 一応社員なんだから、自分の務めてる会社のことくらい気にしとけよ」
「うん……」
 他の同僚に言われても、やはり気合が入らない。「ダメだこりゃ」と肩をすくめ、同僚達は一足先にロッカールームを後にしていった。
「……ふぅっ……」
 ひとり残されたロッカールームで、ひとりでにため息がもれる――何となく天井を見上げ、晴絵はポツリとつぶやいた。
「そのガンプラバトルも……まだまだ正面から向き合えてはいないんだけどね……」



    ◇



「うーん……」
 その手には、×印が多数書き込まれた名簿――今、難しい顔をした穏乃によって新たな×印が書き込まれた。
「あとひとり、どうしようか……」
「なかなか見つかんないね……」
 つぶやく穏乃に玄が同意する――無事宥を四人目のメンバーとして迎えることができた穏乃達だったが、それから早一週間。最後のひとりのメンバー探しはなかなか難航していた。
 決して候補がいないワケではない。生徒数が少ない阿知賀女子と言っても、かの“阿知賀のレジェンド”の母校なのだ。模型部が廃部となった今でもその名に憧れ、進学してくるビルドファイターは決していないワケではない。
 しかし、穏乃達の掲げる“全国出場”という目標が思いの外重い足枷となっていた。
 言うまでもなく、全国大会に行くということは県内最強のインターハイ常連校、晩成高校を倒していくということだ。
 そう――インターハイ常連校が相手なのだ。それを打倒して全国に行こうと本気で考えている穏乃達の中に「じゃあ私も」と入っていける者となると、そう簡単に見つかるものではなかった。
 今日も朝から何人かあたってみたが、晩成を倒すという話になると、そしてそれが本気だとわかると尻込みする者が続出。結局何の収穫もないまま、現在足湯で休憩中。
「もう夏休み終わっちゃうよ……」
「顧問のことだって……いくら同好会の内は顧問がいらないって言っても、いつまでも放っておける話じゃないよ。
 それに、どうせならガンプラバトルのことがわかる人に、きちんと鍛えてもらいたいしね」
 穏乃のボヤきに玄が付け加えると、
「あの……」
 そこに、宥が遠慮がちに口をはさんできた。
「さ……鷺森さんとこの、あらたちゃんなんて……どうかなぁ?」
「あ……そっか、灼ちゃん」
「誰?」
「えっと……」
 宥の提案に乗っかる玄だったが、穏乃や憧にとっては知らない名前だ。尋ねる憧に、玄が記憶を掘り返しながら答える。
「昔……まだガンプラバトルもなかった頃だから、私が幼稚園の年長さんくらいの頃かな。よくうちの旅館に来てお父さん達とガンプラ作ってた子なの」
「今、高校生なんですか?」
「うん、クラスメイトだよ」
「え……じゃあ、幼稚園児が大人のレベルの中でガンプラ作ってたんですか? バトルもなかった頃に……?」
 玄の答えにすごい子がいたもんだと頬を引きつらせる穏乃だったが、
「…………ん?」
 その一方で、憧は憧で違和感を覚えていた。
「でも……そんな人、こどもガンプラクラブに来てたっけ……?」
「そういえば、教室には来てなかったね」
「ふぇ……?
 灼ちゃん、バトルが生まれてからはすっかり赤土さんの大ファンになってたのに……」
 玄の言葉に対する宥の疑問はもっともだ。晴絵のファンだったというのに、その晴絵から直接作り方やバトルを教えてもらう機会をみすみす逃していたというのか。
 まぁ、それは置いておくとしても、候補としては有望そうだ。だから――
「じゃあ、玄さん、模型部のこと話してみてもらえますか? その……」
「鷺森灼ちゃん。
 うん、善は急げで明日辺り行ってみるよ、灼ちゃんち」
「なら、しずは明日はあたしとね」
 穏乃に答える玄に続くのは憧だ。
「憧……?」
「コーチの方、少しあたってみたいところがあるのよ。
 お姉ちゃんから聞いた話によると、ガンプラバトル黎明期に名を馳せた元凄腕のファイターに会える店があるって……
 ……あぁ、ここよ」
 携帯をいじりながら穏乃に答えると、憧は検索した結果を見せた。
 そこには、地図と共に一軒の喫茶店の情報が表示されていた。
 その店の名前は――



 ――coffee shop “LESSEPSレセップス”――



    ◇



 翌日。
 宣言した通り、玄はさっそく件の鷺森灼の家に向かうことにした。
 彼女の家はボーリング場であり、休みの日はその手伝いをしている、とのことなので、迷うことなく正面からお店のカウンターに突撃する。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ……って、クロ……?」
 玄の声にカウンターの奥から出てきたのは、穏乃と同じか少し上くらいの背丈の、ショートボブの少女。彼女こそが鷺森灼である。
「めずらし……ひやかし?」
「うん」
「帰って」
「……っていうのは冗談で、今日は灼ちゃんに折り入ってお願いがあって……」
「そういう用件でその冗談はアウトだと思……で、何?」
「実は、うちの学校で模型部を作ろうと思ってて……」
 その言葉に灼がピクリと反応したのを、玄は見逃さなかった。
「模型部……ガンプラバトル?」
「うん。
 目標はインターハイ出場。灼ちゃん、昔はしょっちゅううちの旅館に来て作ってたよね?」
「………………」
 しかし、灼はそんな玄に対して背を向けてしまった。
「私……バトルなんてしたことない。
 ガンプラも……小一の頃から作ってない」
「そうなの?」
「どこぞの誰かさんがバトルをやらなくなっちゃったから……私も……」
 灼の言う『どこぞの誰かさん』が誰なのかはすぐにピンと来た。
「赤土さんのこと……?
 だからガンプラ教室にも来なかったの?」
「子供と戯れるあの人なんて見たくない。
 もっと凛として強いところを見ていたかった」
「うーん……」
 灼の言葉に、玄は思わず首をひねった。
(『凛として強いところ』……割と見せてくれてたんだけどなぁ……)
 主に自分をボコる時とか穏乃をボコる時とか憧をボコる時とか和をボコる時とか。
 そんなことを考えていたものだから――
「まだやってんの? あのガンプラ教室」
「え…………?」
 続く灼の言葉はまさに不意打ちで、さらに首をかしげることになった。
 まさか――
「灼ちゃん……知らないの?
 赤土さん、今実業団リーグで活躍してるよ?」
「………………
 ……――――――っ!?」
 玄の言葉に、灼の目が驚愕に見開かれる。どうやら本当に知らなかったようだ。
「日本のリーグ!? いつから!? 何てチーム!?」
「えっと……確かエバー何とかっていう福岡の……
 憧の話だと、今年からレギュラーに昇格したとか」
 食いついてきた灼に玄が答える。晴絵が再びガンプラバトルを始めていたと知り、灼の表情がわずかに明るくなる。
 が、すぐに我に返って仏頂面に戻ってしまう。今さら取りつくろわなくてもと思ったが、ここで指摘してもムキになって否定されるだけだろう。主に灼の精神衛生のために、玄はツッコミの言葉を己の胸の内に秘することにした。
「……じゃあ、私達、新学期から阿知賀女子模型部の部室で活動を始めるから、気が変わったら遊びに来てね」
「…………うん……」
 小さく、だが確かに灼はうなずいた――「これは脈アリだな」と確信し、玄はそれ以上の判断は灼自身に任せることにしてその場を後にするのだった。



    ◇



「……ここね」
 ウワサの店については事前に住所から地図を検索済み。穏乃と(「たまには外に出ようね」と出がけの玄に連れ出された)宥を伴って、憧は目の前の喫茶店“LESSEPS”を見上げた。
「見れば見るほど、ごく普通の喫茶店だよね……?」
「こんなところに、コーチを頼めそうなファイターが……?」
「ま、見てなさいって」
 首をかしげる穏乃と宥に答えると、憧は二人を連れて店内へと入っていく。
「いらっしゃい」
 すぐさま、そんな憧にかけられる声――カウンターでサイフォンと向き合っている男からのあいさつだ。
 短い髪を乱暴に後ろに流し、少々日焼けした感じのする30代前後と思われる男だ。どうやら彼がマスターらしいが……
「マスター以外誰もいないみたいだよ……?」
「大丈夫大丈夫」
 無駄足だったのでは、と不安になる穏乃だったが、憧はかまわずカウンター席につく。
「おや、可愛らしいお客さんだな。
 コーヒーかい? 苦いのがダメなら、苦みを抑えたブレンドもあるが……」
「あ、それよりもドネルケバブを」
 マスターに返す憧の言葉に、穏乃と宥は思わずカウンターの中を見回す――が、一見してわかるほどに、明らかにケバブの調理設備は見当たらない。店の奥で作ってくれるのだろうかと考えていると、憧はそこにさらに注文を重ねたのだが――
「……で、ソースはチリとヨーグルトのミックスで」
「ちょっ、憧!?」
 なんかものすごいオーダーが付け加えられた。挑戦的にも程があるソースのチョイスに穏乃が思わず声を上げ――
「ほほぉ……」
「って、アレ……?」
「あまり、驚いてない……?」
 マスターの目が細められた――それも楽しそうに。一連のやり取りでどうなったらそうなるのか、穏乃も宥も話について行けないで首をかしげるばかりだ。
「いや、久しぶりだね。“そっち”の用件で来るお客さんは」
 そんな穏乃達をよそに、マスターはカウンターと客席フロアをつなぐ通路の脇、客席からも容易に入れる位置にある扉を開けた。
「ほら、こっちだ」
 促され、三人はマスターの後に続いて扉をくぐり――
「ふぇえっ!?」
「え……?」
 穏乃や宥が驚いたのもムリもない。
 何しろ、扉の向こうの部屋には工作台が複数と、中央にバトルシステム――本格的なガンプラバトルスペースがあったのだから。
「どうして、こんなところに……あ」
 思わず疑問の声を上げ――しかし穏乃は気づいた。
 凄腕のファイターが出入りしているという例のウワサ、その真相に。
「憧……じゃあ、まさか“マスターが”……?」
「そういうこと」
 穏乃にうなずき返すと、憧は驚く穏乃達の姿に「してやったり」と笑みを浮かべているマスターへと視線を戻した。
「『凄腕のファイターが出入りしてる』――そりゃ出入りしてるはずだわ。何しろ“ここで働いてるんだから”
 ですよね?――」



「第1回世界大会四位――“砂漠の虎”、バルトフェルドさん?」



「世界大会……」
「四位……!?」
 憧の挙げた“実績”の大きさに、穏乃と宥が思わず目を丸くする。
「お姉ちゃんの話だと、現役を引退した今はガンプラバトルの普及活動の一環としてファイターの育成の手伝いをしてるって……」
「じゃあ、このバトルスペース……」
「そう、そのためのものよ。
 あのケバブとミックスソースの注文は、バルトフェルドさんが『これは』と見込んだファイターにだけ教えてる合言葉。ここを使わせてください、指導してください、っていう、ね」
 憧が穏乃にそう答えると、
「その『見込んだファイターにしか教えていない合言葉』をキミは知っていた」
 口をはさんできたのは、マスター改めバルトフェルドだった。
「誰から聞いた?」
「“阿知賀のデスティニー”こと新子望……覚えていませんか?
 私、新子望の妹です」
「そうか、望くんか。
 妹がいるとは聞いていたが……そうか、彼女から聞いたのか。なら仕方ないな」
 どうやら彼も憧の姉のことは覚えていたらしい。
「……さて、それはともかくとして、だ」
 しかし、過去を懐かしむのは一瞬のこと。次の瞬間にはバルトフェルドの鋭い視線が憧へ、そして穏乃や宥にも向けられた。
「それで……その望くんの妹さんが、いったい何の用かな?」
「あぁ、はい」
 バルトフェルドの言葉に本来の目的を思い出した。息をつき、憧は改めて彼と向き合い、
「実は……私達、阿知賀女子で模型部を復活させようとしているんです。それで――」
「あぁ、なるほど。
 要するに、その復活させる模型部で、ガンプラバトルのコーチをしてほしい、と」
「――って、え……?」
 皆まで言わせずしてこちらの用件を言い当ててみせたバルトフェルドの言葉に、憧の目がテンになった。
「なんでわかったんですか?」
「今までもそのテの話は山ほど舞い込んできたからね――もちろん、晩成からも」
 驚く宥にバルトフェルドが答える。「さすが世界四位」と感心する穏乃だったが、
「で……それでもこうして自由にしている、ということから、答えの方は想像できると思うんだが?」
 当のバルトフェルドはこの話に乗り気ではないようだ。突き放すような物言いに、穏乃や宥、憧さえも気圧されてしまう。
「みんなは世界四位の肩書を持ち上げてくれるけど、結局のところ表彰台にも上がれなかった身の上だ。
 こうした場所で、ガンプラバトルの普及活動の片手間に鍛えるならまだしも、コーチとして正式に教えられるほど大した器じゃないよ、オレは」
 そう告げるバルトフェルドの言葉に望みは薄いかと顔を見合わせる憧と宥だったが、
「…………なら」
 そんな中で、穏乃だけはバルトフェルドをまっすぐに見返し、口を開いた。
「私達がここに来て鍛えてもらうのは!? それなら今まで通りだからOKですよね!?
 なら、私達がここに通いますから!」
「む……」
 穏乃の提案に、バルトフェルドは思わずうめいた。確かに、穏乃の提案の通りならば今まで自分のしてきたことの延長でしかない。これを断ろうとするのはただの選り好み、ゴネでしかなくなってしまう。
 だが――これはこれで、別の疑問が浮かんでくる。
「ずいぶんと必死だな?
 インターハイを狙っているんだろうが、晩成は一朝一夕で勝てる相手じゃないぞ。
 どうしてそんなに急ぐ必要がある? 次のインターハイに何かあるのか?」
「それは……」
 バルトフェルドの指摘に対し、憧は思わず宥と顔を見合わせた。
 確かに、言われてみれば自分達にインターハイ出場を急ぐ理由はない。
 かつてのガンプラ教室に参加しそびれ、高校三年生にしてようやく自分達の輪に加わることができた宥を、最初で最後のインターハイに連れていってあげたい――などと言うこともできるだろう。そういった想いも確かにある。
 しかし、それは「一番の理由」ではない。自分達がインターハイを目指す、最大の理由は――
「だって……きっと、来年もまた、和はインターハイに出てくると思うから……」
「和……?
 来年も、ということは今年全国に……まさか、インターミドル・女子個人戦チャンプの原村和か?」
「はい!」
 馬鹿正直に事情を話し始めたのは穏乃だ。さすがというかやはりというか、今年のインターハイ、インターミドルの結果まで把握していたバルトフェルドの問いに元気にうなずいてみせる。
「私達、和の幼馴染なんです。
 それで、今年和が優勝するのを見て……決めたんです!
 全国の舞台で、また和と遊ぼうって!」
「それで……次のインターハイ、か?」
「だって、友達と遊ぶ機会は一回でも多い方がいいじゃないですか」
 キッパリと穏乃は答える――インターハイでの戦いを「遊ぶ」と言い切ってみせたその言葉に、バルトフェルドはしばしキョトンとしていたが、
「……ぷっ、あははははっ!」
 不意に、目元を隠して天井を仰いで笑い始めた。
「ば、バルトフェルドさん……?」
「いや、失敬。
 まさかインターハイを遊びの場なんて言い切られるとは思ってもみなくてね」
 とりあえず、笑いをこらえられる程度には落ちついたらしい。恐る恐る声をかける憧に、バルトフェルドはそう答える。
「えっと……やっぱり、おかしいですか……?」
「あぁ、おかしいな」
 そして、落ちついてきたこともあって穏乃の問いにはあっさりと断言した。自分の目指すものを「おかしい」と言い切られ、シュンとなる穏乃だったが、
「……だが、それは“正しいおかしさ”だ」
「…………え?」
 バルトフェルドの評価には続きがあった。
「いや、むしろ周りの方がおかしいと見るべきかな?
 インターハイだ世界大会だと戦いの場が仰々しくなってきても、ガンプラバトルは結局のところ“遊び”だ。趣味だ、Hobbyだ。
 そして、遊びである以上、一番大切なのはその遊びをめいいっぱい楽しむことだ
 勝ち負けは二の次。まずは楽しむ。そして勝てればなお嬉しい。その程度のものでしかない――というのがオレの持論だ。
 しかし、最近のヤツらはどいつもこいつも、大会を勝ち抜く名誉に目がくらんだ、『勝ってナンボ』なんていう輩ばかり……」
「あぁ……だから、どこのチームのコーチにもならなかったんですね」
 得心がいった様子の宥の言葉に、バルトフェルドは「そういうこと」とうなずいてみせる。
「だが、キミ達は違った。
 ガンプラバトルはまず楽しむもの――そのことを忘れずにいてくれている。周りから見れば間違っているかもしれないが、オレ達ガンプラバトル黎明期の世代からすればもっとも理想に近いあり方だ」
「じゃあ……」
 だんだんと話が期待できる方向に向いてきた。コーチを引き受けてくれるのかと目を輝かせる穏乃だったが、
「しかし、だからといって無条件に支援するつもりもない」
 そんな穏乃に対し、バルトフェルドが待ったをかけた。
「言っただろう。周りは皆勝つことに血眼になっている連中ばかりだと……その中で、“楽しむこと”に重点を置いたバトルスタイルで勝ち抜いていくのは並大抵のことじゃない。
 だから――キミ達を試させてもらおう」
 そう言うと、バルトフェルドは壁の棚に向かうと一体のガンプラを手に取った。
 型式番号TMF/A-803、ラゴゥ。『ガンダムSEED』に登場した動物型MS、バクゥの上位機種だ。
「テストの内容は単純。オレとのバトルだ。
 勝ちに飢えた猛者達を相手にどこまでできるか――それをオレに示してみせろ」
 そう告げるバルトフェルドの言葉に、穏乃達は互いに顔を見合わせ――それぞれが力強くうなずいた。



    ◇



「お待たせ!」
 チームのこれからを左右する問題だ。やはりチーム全員で――そう提案した穏乃によって、別行動だった玄も呼び出された。店の外まで迎えに行った憧と合流、隠しバトルスペースへとやってきた。
「玄さん、ありがとうございます!」
「うぅん、気にしないで。
 コーチをしてもらえるかどうかがかかってるんだよね?」
 お礼を言う穏乃に玄が答えると、
「さて、準備はできたかな?」
 声をかけてきたのは、玄が来るまで待っていてくれたバルトフェルドである。
「バトルをするのは、キミ達四人でいいのかな?」
「はい!」
 確認するバルトフェルドに穏乃が力いっぱいうなずいて――



「違う」



 そこに新たな声が割って入ってきた。
「五人だよ――私もやる」
 そう言って、バトルスペースに姿を見せたのは――
「灼ちゃん!?」
「いいよね――バルトフェルドさん?」
 驚く玄だが、灼はかまうことはなかった。肩かけカバンからガンプラの携行ケースを取り出しながら確認をとる。
「どうしてここに……?」
「いるとしたら、ここだと思ったから」
 そしてようやく玄に反応した。改めて問いかけてくる彼女にそう答える。
「模型部を復活させるためには顧問が必要――でも、今の阿知賀の先生に顧問ができるほどガンプラバトルに詳しい人はいない。
 となれば、校外の人にコーチとしてお願いするはずで、だとしたら真っ先にここに来るはず――そう思った」
「……お見それしました」
 スラスラと、立て板に水とばかりに自らの推理を述べる灼に、玄は両手を挙げた降参のジェスチャーと共に苦笑い。そして、穏乃達の方へと向き直ると、灼のことを紹介する。
「えっと……昨日話した、鷺森灼ちゃん。
 私達の、五人目候補!」
「……よろしく」
 玄の紹介に頭を下げる。改めて顔を上げて――と、そこでふと憧の制服に気がついた。
「……? なんで阿太峯の制服……?」
「あぁ、私は阿太中なんです。
 来年から阿知賀に転入しようかと」
 尋ねる灼に憧が応えて――
「さて、新たな出会いを堪能しているところを悪いが、そろそろ始めようか」
 そう口をはさんできたのはバルトフェルドだ。
「あぁ、すみません。
 せっかくチャンスをくれたのに、こんなに待たせちゃって」
「いや、それは別にかまわないというか……」
 謝罪する憧に答えると、バルトフェルドは“そちら”を見て、



「うぅ、寒いよぉ……
 玄ちゃん、エアコン使っていい?」
「まだ八月だからガマンしようね、お姉ちゃん」



「……これ以上の待ちぼうけが都合が悪いのはむしろそちらだと思うんだが?」
「宥姉……」
 相も変わらず、生来の寒がりでシリアスな空気をぶち壊してくれる松実姉妹の姿に、憧は思わず肩をコケさせるのだった。



    ◇



 さて、それはともかく、いよいよバトル開始だ。
 コントロールブースを構築する予定のポイントは、すでにシステムによって的確に配置され、足元を発光させることで目印としている――そのひとつの上に立ち、灼は軽く息をついた。
 と――
「灼ちゃん」
 となりのブースに立つ玄が声をかけてきた。
「ムリしなくてもいいからね。
 灼ちゃん、バトル初めてなんでしょ?」
「大丈夫」
 こちらを案じてくれる玄に対し、灼は「心配ない」とばかりにそう答えた。
「バトルは初めてだけど……“何もしてなかったワケじゃないから”」
「え……?」
「それに」
 言葉の意味するところを測りかね、首をかしげる玄に対してそう続け、灼はガンプラ携行ケースを開き、
「ガンプラを作らなくなっても……“触らなくなったワケじゃないから”」
 取り出したのはずいぶんと年季の入った黒いガンダム――HGUC、RX-178、ガンダムMk-U(ティターンズカラー)であった。



    ◇



 それは九年前、ガンプラバトル・インターハイ第一回大会から“彼女”達が戻った時のこと――



「やれやれ、出る時は壮行会だ何だとすごい騒ぎだったのに、負けて戻ると寂しいもんだねぇ」
「いいよ、それで」
 学校で解散し、二人で家路につく――憧の姉・望のつぶやきに、晴絵はそう答えた。
「準決勝敗退なんて胸張って帰れる成績じゃないし、慰労会とかあってもそれはそれで辛いだけ……ん?」
 とにかく今はそっとしておいてほしい。だからこの扱いはむしろありがたい――そう答えかけた晴絵がそれに気づいた。
 行く手の電柱に誰か隠れている――明らかに隠れきれていない、小学生くらいの誰かが。
 と、向こうも気づかれたのがわかったようだ。悪あがきをやめて、当時小学生の灼は素直に晴絵の前に出てきて、
「あ、あの! いんたーはい、かっこよかったです!
 これからもがんばってくださいっ!」
「ぅわぉ、ちびっこファンだ。
 晴絵、サインでも書いてあげたら?」
「………………っ」
 望の提案に、灼の目が輝く――が、
「いやー、字ィ汚くてムリムリ」
「………………っ」
 当の晴絵が空気も読まずにそんなことを言い出すものだから、灼が一転、しょげ返ってしまう。
「……しゃーない」
 しかし、灼を凹ませてしまったことはわかったようだ。息をつくと彼女の前にしゃがみ込み、
「……ほら」
 首に絞めていたネクタイを外し、灼の首にかけてやった。
「こんなもんで悪いけど……インターハイを戦ったネクタイだ。洗濯、よろしくな。
 それと……」
 と、さらにガンプラ携行ケースを開くと、中に収めてあった黒いガンダムMk-Uを灼の手に握らせる。
「コイツのことも、頼まれてくれるかな?
 使い切ってやれなかった、私の代わりに……」



    ◇



 その日を境に、灼がガンプラを作ることはなくなった。
 それまでとは180度変わってしまったその姿に、周囲は「晴絵がガンプラバトルから退いてしまったせいで……」と思ったようだったが、実際には違う。
 晴絵から託されたガンダムMk-Uを使いこなせるようになる、それだけのために、それまでガンプラを作るのに使っていた時間のすべてを費やすようになったのだ。
 たかだかガンプラのためにそこまで、と言うことなかれ。勝ち上がることこそできなかったが、インターハイという修羅の巷を戦い抜くために作り込みに作り込みを重ねたハイエンドモデルなのだ。大人に交じってガンプラ作りに傾倒していたとはいえ、バトルのバの字も知らない灼が使いこなすにはあまりにも荷が重い相手であった。
 素組みとの比較による改造個所とその内容、目的の把握。大人達の伝手でバルトフェルドのもとにたどり着き、バトルシミュレータでの操作訓練――その繰り返しの日々の果て、Mk-Uを十分に動かせるようになっても、灼は決して満足することはなかった。
 それらはひとえに『使い切れなかった晴絵の代わりに』という約束のためだった。ただ使いこなせるだけではダメだと、晴絵の引き出し切れなかったこのガンプラのポテンシャルを引き出し切ってこそ、あの約束に応えることになるのだと。
 その誓いの元、公式戦どころか地元の店のフリースペースでの対戦すら自ら禁じた。晴絵のMk-Uで無様な試合はできない。もっと強くなってからだと、己に厳しくあり続けた。



 すべては約束の、約束を交わした晴絵のため――その晴絵が、ガンプラバトルに復帰しているという。
 余計な誘惑に引っかからないよう世間の情報をあまり入れないようにしていたのが完全に裏目に出た。今の今まで知らなかったその事実にいてもたってもいられず、灼はコーチを求める玄達が向かうであろうバルトフェルドの元へとやってきた。
(まだ、はるちゃんのMk-Uを使いこなしてるなんてとてもじゃないけど言えない……
 けど――はるちゃんはもう一度ガンプラの道を歩いていた。私も……自信がないからってくすぶっていられない!)
《Please, Set your GP-base.
 Plafsky-Particle, dispersion start.
 Please, Set your GUNPLA》

 周囲にプラフスキー粒子が満たされ、コントロールブースが構築される中、灼は決意と共にガンダムMk-Uをバトルシステムにセットする。
 そして、穏乃達もまた、それぞれに自らのガンプラをセットする。
 各自が用意したガンプラ、その内訳は――
「高鴨穏乃! エールストライクガンダム!」
「新子憧! ガンダムアストレイ、レッドフレーム!」
「松実玄! ガンダムエックス!」
「ま、松実宥……ウィング、ガンダム……っ!」
 穏乃達がそれぞれに名乗りを上げ、次は自分の番だ――息をつき、灼は緊張でドキドキしている胸を押さえながら手元のMk-Uへと視線を向けた。
(お願い、Mk-U。
 私に力を貸して……っ!)
「鷺森灼! ガンダムMk-U! いきます!」
 宣言と同時、アームレイカーをグッと押し込む――その操作をトリガーにして、構築されたカタパルトがガンダムMk-Uをバトルフィールドへと射出していった。



    ◇



 構築されたバトルフィールドは砂漠地帯――ファーストガンダムに登場した陸上戦艦がフィールドオブジェクトとして多数配置されているところから察するに、一年戦争、オデッサの戦いをモデルにしたステージのようだ。
「砂漠か……また厄介なステージに来ちゃったわね……」
「足を取られないように注意しないとね」
 バトルが始まり、何はなくともチームの合流が優先――合流して砂漠に降り立ち、憧と玄が口々につぶやく。
「大丈夫! 砂に足を取られやすいのは向こうも一緒だよ!」
 一方、砂漠というフィールドの悪条件を前にしてもポジティブなのは穏乃だ。が――
「バカ。ンなワケないでしょうが」
 そんな穏乃の考えはポジティブが過ぎたようだ。ため息まじりに、憧は彼女の認識を訂正する。
「バルトフェルドさんが何使ってたと思ってるのよ?
 ラゴゥよ、ラゴゥ――アレや下位互換機のバクゥが砂漠でどういう動きをしていてたか、原作をよ〜く思い出してみなさい」
「…………あ」
 そこでようやく、穏乃は自らの思い違いに気づいたようだ。
「そう。ラゴゥはこういう足場でも高速で駆け回れる無限軌道キャタピラ持ちよ。
 もちろん、手を加えている可能性はあるけど……キャタピラを抜きにしても、四足のラゴゥはこういう足場の悪いステージ向きだしね。注意してかかっても無駄にはならないでしょ」
 憧が穏乃にそう答えると、
「……なら、私が見てくる」
 言って、上空に飛び上がるのは灼の駆る黒いMk-Uだった。
「待って、灼ちゃん!
 世界ランカー相手にひとりじゃムチャだよ! 私も――」
「私に合わせて動けるの?」
 共に行こうとした玄だったが、そんな彼女に灼はぴしゃりと言い放った。
「私もそう。玄に合わせて動けと言われてもちょっと厳しい。
 だって、玄がどういう戦い方するか知らないもの」
「そ、それは……」
「だから私が行くの。
 様子見で仕掛けて、手の内を探ってくる」
 反論できない玄に告げ、灼は背中のバーニアで加速。穏乃達から離れたところに降り立ち、バルトフェルドを探す。
「あの人はどこに……《ピピッ》――っ!?」
 レーダー感知の警告音と同時に機体を滑らせる――飛来したビームを紙一重でかわすと、灼はビームの飛んできた方へと応射する。
 さすがに直撃というワケにはいかなかったようだが、これで相手の位置はつかめた。逃がすものかと、灼はラゴゥ目がけてMk-Uを突撃させる。
「灼くんひとりか!」
「組み慣れていない相手と組んでもスキを作るだけ」
「なるほどな……納得の理由だ!」
 返ってきた答えに苦笑しながら、バルトフェルドはラゴゥを“真横に滑らせながら”灼のMk-Uが連射するビームをかわしていく。
 原作で見せたようなドリフトではない。明らかに横向きのベクトルを生み出して移動している。原作設定通りのキャタピラによる移動ではできない動き、これは――
(脚の走行システム、ホバーに変更してる……!)
「――だがっ!」
 カラクリを見抜いた灼の思考をバルトフェルドの声がさえぎった。
「“納得の理由”ではあっても、“最善の選択”とは言い難いな!」
 告げると同時、バルトフェルドが突っ込んでくる――とっさにビームライフルで狙う灼だったが、バルトフェルドは彼女の射撃のことごとくを最小限の動きでかわしていく。
 それも、灼が狙いをつけた時にはもう射線から逃げ始めている。つまり――
「射線が読まれてる……!?」
「そりゃそうだろ!」
 うめく灼への答えと共に、バルトフェルドからの応射が嵐の如く灼に襲いかかる。
「キミがここで練習しているのを、どれだけ見てきたと思ってるんだ!」



「あぁっ! なんか灼さんヤバいよ!」
 その光景は、遅れて戦場に突入してきた穏乃達も目にしていた。灼とバルトフェルドが撃ち合う、しかし明らかに灼が撃ち負けているのを見て、穏乃が声を上げる。
「あたしが斬り込む!
 他誰か来れる!?」
「お姉ちゃん、お願い!
 私はサテライト狙うから!」
「う、うん……っ!」
 真っ先に先陣に名乗りを上げたのは憧だ――次いで、玄に頼まれた宥が後に続く。
「灼さん!」
「――――――っ!?」
 かけられた声の意味を正しく理解し、灼が後退。追撃をかけようとしていたバルトフェルドだったが、そこに灼と入れ替わるように憧のアストレイレッドフレームが飛び込んでくる。
 ちょうど、バルトフェルドへのカウンターの形だ。原作でも同機が愛用していた日本刀型斬艦刀“菊一文字ガーベラ・ストレート”で斬りかかり――
「――って、え……っ!?」
 その姿を見失った。
 ラゴゥが脚部のホバーを一瞬だけ左方へ噴射。最小限の横移動、且つ最高速度を維持したまま憧の横を駆け抜けたのだ。
 さらにその場で素早く反転。憧のアストレイの背にビームを叩き込み――
「えぇいっ!」
 そんなバルトフェルドのラゴゥに、今度は宥のウィングガンダムが襲いかかる。
 しかし、バルトフェルドはこちらも難なく対応。口元のビームサーベルで振り下ろされたウィングガンダムのビームサーベルを受け――るかと思われたその一瞬、頭部どころか全身をひねって宥の斬撃をやり過ごした。さらに、斬撃を流されてバランスを崩したウィングガンダムの背を蹴り飛ばす。
「まずはひとり!」
 そのまま、バルトフェルドが転倒した宥にトドメ――と思われたその瞬間、バルトフェルドのコックピットブースにアラート音が鳴り響いた。
(ロックオンアラート!? 狙われている!?)
 アラートの意味は先刻承知。バルトフェルドが周囲を確認すると、少し距離を置いたところからこちらを狙っている者がひとり。
 玄のガンダムエックスだ。つまり――
(サテライトキャノン!)
 気づいたバルトフェルドだったが、阻止するには遅すぎた。すでにチャージを終えていた玄がサテライトキャノンを発射。放たれた光の奔流がバルトフェルドへと襲いかかる。
 が、幸い距離が開いていたおかげで離脱の時間は十分にあった。素早くラゴゥをすべらせ、サテライトキャノンの射線から逃れて――再びロックオンアラートが鳴り響く。
 今サテライトキャノンをブッ放した玄ではない。今度は――
「宥くんのバスターライフルか!」
 そう。玄のサテライトキャノンは単にバルトフェルドを狙った“だけ”ではなかった。それで撃墜できればよし。外したとしても宥が体勢を立て直し、且つ近接戦闘では狙い辛いバスターライフルのスタンバイの時間が稼げる。そんな二段構えの砲撃だったのだ。
 そして、再びバルトフェルドの反撃を待たずに放たれる破壊の奔流――ラゴゥを射線から逃がすバルトフェルドだったが、宥も逃がすものかとさらにバスターライフルを撃ってくる。
「くっ! おとなしそうなナリをして、なかなか激しい攻めを見せてくれるじゃないか!
 ――だが、これで二発!」
 強力な攻撃であるウィングガンダムのバスターライフルだが、原作設定ではエネルギーカートリッジ方式を採用したのが仇となり、三発という弾数制限があった。
 つまり、あと一発撃てば弾切れ。勝機が見えると気合を入れ直し――
「――来た!」
 運命の三発目。放たれた閃光を、ラゴゥをすべらせて回避する。
「もらった!」
 これでもうバスターライフルは使えない。強力な飛び道具を使いきったウィングガンダムに残されたのはビームサーベルとバルカン系の武装だけだ。安全な距離から確実に叩こうと、バルトフェルドはラゴゥのビームキャノンで宥を狙い――



 ガシャンッ、と音を立て、バスターライフルのエネルギーカートリッジが排出された。



「な――っ!?」
 驚くバルトフェルドの視線の先、空のカートリッジが足元に転がる中、宥の操るウィングガンダムがシールドの裏に取りつけてあったカートリッジをバスターライフルにセットする。
「カートリッジの交換式――“そこ”だけEW版というワケか!」
 『ガンダムW』の続編となる中編アニメ『Endless Waltz』においてリファインされた新設定では、ウィングガンダムのバスターライフルはエネルギーカートリッジが交換可能と改められていた。おそらく宥はそれを参考に自分のバスターライフルのカートリッジを別パーツ化し、交換できるよう改造を施していたのだろう。
 そうこうしている間にカートリッジを交換完了。宥がバスターライフルの銃口をバルトフェルドのラゴゥに向ける――とっさに機体をすべらせたバルトフェルドの脇を、バスターライフルの極太ビームが駆け抜けていった。
「まったく、やってくれるね!」
 しかも、玄の方はすでにサテライトキャノンの次弾チャージに入っている。まさかこのまま姉妹二人で砲撃の無限ループでも始めるつもりなのだろうか。
「――だがっ!」
 もちろん、バルトフェルドだってそれを許すつもりは毛頭ない。宥との距離を詰めつつ、背中のビームキャノンでサテライトキャノンのチャージ中の玄を狙う。さすがにこの攻撃からは玄も逃れざるを得ず、サテライトキャノンのチャージが中断される。
 そのまま宥へと突撃。ラゴゥの口から左右に伸びるビームサーベルが宥を狙い――
「たぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
 そんなバルトフェルドに向け、直上から穏乃のストライクガンダムが強襲をかけてくる!
 さらに側面からは憧のアストレイが迫り、正面の宥もビームサーベルを手に迎撃のかまえだ。これは――
(砲撃担当を先につぶしにくると見越して、誘い込みに来たか!)
 おそらくはそういうことだろう。しかも、穏乃や憧の突撃の迷いのなさからして、宥を優先して叩こうとするところまで読まれていたようだ。
 玄のサテライトキャノンは足が止まる上、その場からどかすだけで妨害できる。それよりも動き回りながら自分を狙えるバスターライフルを持つ宥の方を厄介視して先に叩きに来る。そう読んだのだろうが――
「なるほど。悪くない作戦だ。
 ――だがっ!」
 対し、バルトフェルドは突然ラゴゥを、意図的にスピンさせた。その勢いで吹き飛ばしたフィールドの砂を憧のアストレイにぶちまけて彼女の視界を奪い、
「その作戦でこちらを仕留めるには!」
 そのスピン回転を活かし、本来すれ違い様の一撃を想定したラゴゥのビームサーベルで横薙ぎの一閃、宥を狙う。
 自身のビームサーベルで受け止める宥だったが、実はそれこそがバルトフェルドの狙い――回転の勢いを加えた一閃は、想定外の動きに驚きながらのとっさの防御で止められるものではなかった。
 バランスを崩した宥のウィングガンダムを、鍔迫り合うビームサーベルを支点に、引っかけるように投げ飛ばし、穏乃のストライクガンダムに叩きつけ、
「キミ達の技量が、足りていない!」
 ようやく立て直した憧のアストレイに、ビームキャノンを叩き込んだ。とっさにシールドで防ぐが、勢いに負けた憧が吹っ飛ばされる。
「この……っ!」
 そこへ飛び込んできたのは灼だ。左手のビームライフルで牽制しつつ右手で抜き放ったビームサーベルで斬りかかるが、
「そして灼くんはカバーが遅いっ!」
 真っ向からの突撃が通用する相手ではない。バルトフェルドはあっさりと距離を詰めビームサーベルを一閃。互いの突撃の勢いも加えた一撃は一瞬の鍔迫り合いも許さず、灼のガンダムMk-Uを吹っ飛ばす!
「まだまだぁっ!」
 と、今度は体勢を立て直した穏乃が仕掛けた。距離を詰めて斬りかかるが、バルトフェルドは斬り合いに向かないはずのラゴゥのビームサーベルで器用に穏乃の斬撃をさばいていく。
 そして、一瞬のスキをついて離脱。今度は高速走行からのヒット&アウェイで穏乃を翻弄していく。
「どうした!? この程度か!?
 このくらいで音を上げているようで、あの晩成に勝てると思っているのか!?
 キミ達の覚悟はその程度か!?」
「っ、何ですって!?」
 穏乃を痛めつけながら言い放つバルトフェルドだったが、その言葉に反応したのは憧だった。自分達の想いを『その程度』呼ばわりされ、憧が怒りと共に斬りかかるが、
「この程度の挑発に簡単に乗らないっ!」
 それはバルトフェルドの誘いだった。翻弄され、簡単には動けない穏乃よりも周りの動きに気を配っていた彼はすぐさま対応。カウンターで放たれた背中のビーム砲の一撃を受け、アストレイの右腕がもぎ取られてしまう。
「憧ォ――っ!
 こんっ、のぉっ!」
 親友のガンプラの右腕が吹き飛ぶ光景に、今度は穏乃の中で何かが弾けた。急上昇でバルトフェルドのヒット&アウェイから脱出。ビームサーベルを抜き放つと急降下と共に突撃するが、
「だから……簡単に冷静さを失うなと!」
 バルトフェルドにはお見通しだった。あっさりと紙一重でかわされ、さらにスピン回転からの一閃が穏乃のストライクガンダムの両足、ヒザから先を断ち斬る!
「まず――ひとり!」
 これで穏乃はもうまともには動けまい。本命の、必殺の一撃は確実に決まる。穏乃にトドメを刺すべく、バルトフェルドは次の一閃のためにラゴゥをもう一回転――



「まだ…………だぁぁぁぁぁっ!」



「――――――っ!?」
 と、そこで穏乃が動いた。背中のエールユニットの全推力を総動員し、一気にバルトフェルドの懐に飛び込む!
 タイミング悪く正面に切っ先が来ていた左のビームサーベルに脇腹を貫かれるが、あのまま右のビームサーベルにぶった斬られるよりはマシだとさらに押し込む――むしろビームサーベルに縫いとめられ、ラゴゥの側面に固定された形となる。
「いかん――っ!」
「オォォォォォッ!」
 穏乃の捨て身の気迫に危険を感じ、バルトフェルドはあわててビームサーベルの光刃を消そうとするが、穏乃の方が早かった。取り出したナイフ、アーマーシュナイダーをラゴゥの背中に深々と突き立てる!
 原作でも決着となった、ラゴゥの言わば急所への一撃。起死回生の一撃を受けたラゴゥの四肢から力が失われ――撃墜を示す爆発のエフェクトが二人のガンプラを飲み込んでいった。



    ◇



《Battle Ended》
 穏乃がバルトフェルドと相撃ち。相手の全滅により阿知賀女子ガンプラ部(仮)の勝利――コックピットブースの構築が解かれる中、穏乃は深く息をついた。
「やったね、しず!」
 と、そんな穏乃のところに真っ先に駆けてきたのは憧だった。
「やるじゃない! 元とはいえ世界ランカー相手に相打ちに持ち込むなんて、現役プロだってできるかどうか!」
 そう。穏乃のおかげで挙げられたのはただの勝ち星ではない。今はもう現役を退いたとはいえ、かつて世界で十指に入っていた男を相手に挙げた、まさに大金星なのだ。
 ひとりを相手にチーム総出というハンディキャップマッチではあったが、それでも並みのビルドファイターでは相打ちに持ち込むことすら難しかっただろう。この成果は十分に胸を張れるものと言えるだろう――しかし、
「うぅん……ダメだよ……」
 一方の穏乃は少しも喜んでいなかった。フィールドの真ん中にラゴゥと共に倒れている、両足の失われたストライクガンダムを手に取った。
「ストライクに、ムリさせちゃった……
 それに、相打ちじゃ……和と“遊ぶ”ために、“遊びとしてのガンプラバトル”で戦い抜けるって、証明しなくちゃいけなかったのに、こんな死に物狂いの戦い方じゃ……」
 バルトフェルドの強さを前に、少しも楽しむことなんてできなかった。それどころか、彼の挑発や憧がやられたことであっさりと頭に血を上らせてしまった。
 こんなことで和のところまでたどり着けるのか。仮にたどり着けたとしても、自分達は“楽しんだ上で勝つガンプラバトル”を見失わずにいられるのか。
「あぁ、そうだな」
 と、そんな穏乃にバルトフェルドが声をかけてきた。
「私に勝つのに必死で、楽しんでいる気配などまるでなし。
 挙句、ストライクにムリをさせての単身特攻――あんなものは“楽しんで勝つガンプラバトル”だなんてとても言えたものじゃない」
「………………」
 バルトフェルドにまで指摘された以上、穏乃達のバトルが自らの目指すものにまるで届いていないことはもはや疑いようがなかった。
 自分の不甲斐なさが悔しくて、穏乃の手のストライクに涙が一滴――



「まぁ、そんなバトルを二度とやらせないようにするのが私の役目になるワケだがね」



「………………え?」
 だからこそ、続けて放たれたバルトフェルドの言葉の意味を、穏乃は理解することができなかった。
「え? あれ? どういうこと?
 私達、楽しんで勝つことができなかったのに……」
「おいおい、何を言ってるんだい?
 こちとら、引退したとはいえ世界の頂を射程に捉えたこともある身だぞ――そんな簡単に“楽しんで勝つ”を実践されたら私の立場がないし、そこまでの力があるなら、私の教えることなんてないさ。
 忘れていないか?――キミ達は、それができるだけの力がないとわかっているからこそ、私に教えを請いに来たんだろう?」
『………………あ』
 どうやら、見落としていたのは穏乃だけではなかったらしい。
「えっと……じゃあ……」
「あぁ」
 今の話と、先の『そんなバトルをもう二度とやらせない』という言葉、それらが意味するものは――声をかける玄に、バルトフェルドはうなずいた。
「実力は目標に届かずともすでにそれなりの水準。伸び代も見えた。
 そして何より、バトルを楽しむことへの思い入れの強さ……
 これはまた、“ずいぶんと鍛え甲斐のある”子達が来たものだ」
 バルトフェルドの言葉の意味を悟り、穏乃達の表情が明るくなる――うなずき、バルトフェルドは改めて告げた。
「わかった。
 キミ達のコーチの件――引き受けよう」
 ハッキリと言葉で示されて、歓声が上がる――喜ぶ仲間達の姿に、穏乃も小さくガッツポーズ。
(ついに、そろった……っ!)
 五人のメンバー、そしてコーチ――阿知賀女子にガンプラ部を復活させるための条件は整った。後は同好会を立ち上げた上で、来年、憧が進学してくるのを待って部に昇格させるだけだ。
(いよいよだ……っ!)
 少し前まではどう進めばいいかもあやふやだった全国への道が、いよいよ具体的な形を伴い始めた。今はまだ、乗り越えることができるかどうかもわからない障害だらけの険しい道だが――
(きっと、行ける……っ!
 私達なら、きっと……)



 こうして、部活への昇格の条件を満たすことができた穏乃達。
 しかし、ここで一時、彼女達の物語は足を止めることになる。
 次の舞台に進むべく、力を蓄えるために。
 そして――



「………………」
 ゴウン、ゴウン……と駆動音を響かせるロープウェイのゴンドラの中、彼女はひとり外を眺めていた。
 一時的な帰郷だから荷物もボストンバッグひとつだけ。その口、ファスナーの部分には、SDのガンダムMk-Uのストラップが付けられている。色はもちろんティターンズカラーだ。
 ゆっくりと山を登っていたゴンドラはやがて、上方の駅へとすべり込んでいく――ホームに入り、停止したゴンドラから大地へ降り立ち、
「……よし、行くか」
 つぶやいて、彼女は――赤土晴絵は、少し早い雪に覆われた故郷への一歩を踏み出した。



 季節は冬。
 最後の役者が、舞台に上がる時が来た。


次回予告

穏乃 「ところでバルトフェルドさん」
   
バルトフェルド 「ん?」
   
穏乃 「合言葉のケバブのソースですけど……ホントにヨーグルトとチリのミックスが食べたい人が来たらどうするんですか?」
   
バルトフェルド 「もちろん出すが?」
   
「あるんですか、ミックス!?」
   
バルトフェルド 「食べてみるか?」
   
「全力で遠慮します」
   

第3話「闘う理由」


 

(初版:2018/01/17)