「ギリギリだったねー、二人とも」
「遅いから心配しました」
「えへへ……寝過しちゃって」
 結論から言えば、ジュンイチもみほも間に合った――沙織や華に声をかけられ、そもそもの原因であるみほが苦笑と共に答える。
 現在は授業前の点呼も終わり、今日来てくれるという話の教官を待っているところなのだが――
「もう、教官遅ぉいっ!
 焦らすなんて大人のテクニックだよね!」
 そう、後に続く感想はともかく、沙織の言う通り教官は未だ姿を見せない。まだ待たされ始めてそれほど経っていないが、そもそも待つことがないよう事前に到着しておくべきではないのか――と、
「……なるほどね」
 不意に、ジュンイチが口を開いた。
「遅れてきた原因は“アレ”か。
 ずいぶんとまぁ、ハデ好きみたいだね、教官サマとやらは」
 その言葉にみほ達が彼の視線を追いかけて――こちらに向けて飛んでくる、一機の飛行機の存在に気づいた。
 アレは――
「秋山さん、アレ何かわかるか?」
「当然です! アレは……」
「自衛隊のC-2改輸送機だな!?」
 さっそく優花里に話を振ってみるが、彼女よりも先に近代戦史歴女のエルヴィンが答えてしまった。出番を奪われた優花里が打ち上げられた鯉のように口をパクパクさせていると、こちらに向かってくるC-2改の後部に動きがあったのがここからでもわかった。
 どうやら後部のハッチを開いたようだ。次いで、C-2改の後方に放出されたパラシュートが開かれる。
「パラシュート?」
「ブレーキ……?」
「あー、半分正解な」
 今度は一年生グループの中から梓やあやが声を上げたのにジュンイチが答える。
「ブレーキってのは正解だが、ありゃあの飛行機のブレーキじゃねぇ」



「中身のだ」



 ジュンイチの言葉と同時、パラシュートに引っ張られる形でそれがC-2改の中から姿を現した。
 戦車だ。パラシュートにつながれた降下用の外枠に収まった状態で宙に投げ出され、地上――すなわち自分達の方へと降下してくる。
「10式戦車! しかもLAPES仕様じゃないですか!」
「い、いや、それよりもこっちに来てない!?」
「大丈夫だよ。あのコースならオレらの上を抜けて駐車場に降りる」
 目を輝かせる優花里のとなりであわてる沙織に答えるジュンイチ――その言葉通り、パラシュートに吊るされた10式戦車は一同の上を通り過ぎていく。
 迫力満点の登場に悲鳴や歓声が上がる中、10式戦車は無事駐車場に降下し――



 ドガシャーンッ!



 訂正。『無事』ではなかった――ただし相手の方が。着地し、慣性で滑った先に停めてあったフェラーリが蹴散らされた。
 幸い誰も乗っていなかったようだが、あのフェラーリは――
「学園長の車が!?」
「あ〜ぁ、やっちゃったねぇ」
 柚子が悲鳴を上げ、杏が他人事モード全開で干し芋をかじりながらつぶやく――が、それで終わりではなかった。
 フェラーリが転がり、止まったその先は、ちょうど10式戦車がLAPESの降下枠から出てくる、その進路上だったのだ。
 結果――



 バギグシャメギゴギャァッ!



「……ご丁寧にトドメ刺しやがった……」
「ポテチ……」
 呆れるジュンイチや率直な連想をもらす桃だったが、そんなつぶやきが聞こえているはずもなく、フェラーリを踏みつぶした10式は彼らのすぐ目の前、駐車場と一同のいるグラウンドを隔てるフェンスをはさんだすぐ向こう側に停車した。
「……富士教導団の、戦車教導隊……」
 戦車の側面に描かれた隊章を見て、優花里がつぶやく――その存在はジュンイチにも覚えがあった。
 自分の“地元”にもあった部隊だったが、“こちら”に来て、戦車道について知識を仕入れた時にも名前を見かけたから、比較的記憶の浅い所に残っていた――“地元”と違うところと言えば、戦車道の存在がある分こちらの方が民間との接点に恵まれ、広く知られていることぐらいだろうか。
「こんにちわーっ!」
 ジュンイチがそんなことを思い出している間に、10式の砲塔のハッチが開き、中の乗り手が姿を現した。
 一同に対し元気にあいさつするのは、陸自の制服をビシッと着こなした――
「特別講師としてお招きにあずかりました、蝶野亜美一尉です!
 初めまして、大洗女子学園のみなさん!」
 女性自衛官だった。

 

 


 

第3話
「とりあえず撃ってみます?」

 


 

 

「今日はよろしくお願いします。
 戦車道は初めての方が多いと聞いていますが、一緒にがんばっていきましょうね!」
「……だまされた……」
 改めて10式をグラウンドに移動させ、蝶野亜美一尉が整列した一同を前にあいさつする――その一方で、彼女の隣に控える杏達に怨嗟の視線を向けるのは沙織である。
 だがそれも無理はない。杏に『カッコイイ教官が来る』と聞いて以来、恋に恋する彼女は今日という日を心待ちにしていたのだから。なのに現れた教官が女性とあっては沙織としては文句のひとつも言いたいところだろう。
 とはいえ、こんなところで文句を垂れ流されてもこっちの気分が滅入るので、ジュンイチは彼女に小声で告げた。
「落ちつけ、武部さん。
 杏姉は別にウソは言ってねぇぞ」
「はぁっ!? 何かばっちゃってるのよ!?
 何が『ウソついてない』って!? 『カッコイイ教官が来る』って言ってたのにーっ!」
「うん。言ってたな。
 だから来たじゃんか。カッコイイ――“女の”教官が」
「………………あ」
 どうやら本気で失念していたらしい――そう。杏は『カッコイイ教官が来る』としか言っていない。性別に関しては一切言及していなかったのだから、女性であろうと『カッコイイ』教官が来たならそれはウソをついていないということになる。
 自分の見落としに気づき、沈黙した沙織の姿に「よし、静かになった」と満足げにうなずき、ジュンイチは亜美へと視線を戻して――
「……あら?」
 その亜美の方にも動きがあった。こちらを見渡していた視線が、ある一点で停止する。
 男の自分に気づいた――ワケではなさそうだ。彼女が見ているのはジュンイチではなく――
「もしかして……西住師範のお嬢様じゃありませんか?」
 そう。ジュンイチや沙織の前、列の先頭に並んでいたみほの姿に気づいたのだ。
「間違いない……妹さんですね。
 あ、師範にはお世話になっているんです。直接ご指導していただくこともありますし。
 お姉さまはお元気?」
「は、はい……」
 亜美の問いにみほがうなずく――そんな二人のやり取りに、みほの事情を知らない他のチームの面々から困惑の声が上がる。
「師範……?」
「西住さんちって、有名なの……?」
「西住流は、戦車道の流派の中でも取り分け由緒ある名門のひとつよ。
 “東の島田、西の西住”なんて言われるくらい、事実上西日本を代表する流派なのよ」
(…………チッ)
 亜美の説明に、周囲から感嘆の声が上がる――そんな空気に、ジュンイチは内心で舌打ちした。
 みほの事情を、彼女が戦車道を避けてこの大洗に来たことを、おそらく亜美は知らないのだろう――が、だからと言って苦手な話題で持ち上げられるみほの苦悩を考えれば見ているこちらもいい気分ではない。
 ここはさっさと話題をそらすのが吉だろう――そう判断し、挙手をして声をかける。
「あー、蝶野一尉、ひとついいっスかね?」
「え? 男の子……あぁ、そういえばひとりいるって話だったわね。
 それで……何かしら?」
「いや……そっち」
 亜美に答え、ジュンイチが指さしたのは彼女の乗ってきた10式戦車だ。
「他に乗員いないんスか? 紹介ないっスけど。
 戦車はひとりで動かして戦えるモンでもないでしょ……それとも、移動手段としてただ乗ってきただけ?」
「あぁ、そういうこと。
 えっと……最初の質問だけど、来たのは私ひとりよ」
 ジュンイチの問いにそう答えると、亜美は自信タップリに胸を張り、
「でも、その気になったら練習の相手ぐらいできるわよ。
 アレの操縦席は教導隊独自開発の特別製でね――自動装填装置を導入、その他の機能もひとつのシートに集約させたワンマンオペレート仕様なの」
 「まぁ、そんなのを無理矢理10式に組み込んだせいでかなり狭いけどね」とおどけてみせる亜美だったが、ジュンイチはそれとは別にピンと来たことがあった。
 それは――
「そんな特別仕様をわざわざ導入するなんて……深刻なんスね、人手不足」
「……この時期は特に、全国大会を前にした各校から教導の依頼が殺到するからねー……」
 特別仕様採用の理由をズバリ言い当てた、ジュンイチのその言葉に亜美の目が死んだ。どうやらそうとうに忙しいらしい。
 ともあれ、みほのことから話題を逸らすことには成功したようだ。うまくいったと安堵の息をつき――が、安堵したことで油断してしまったようで、
「じゃあさっそく――」



「練習試合やってみましょうか!」



「…………へ?」
 続く亜美の言葉にとっさに反応できず、思わず目がテンになった。
「練習試合……っスか?」
「えぇ」
「初日から……いきなりっスか?」
「えぇ」
「コイツら、運転どころかエンジンスタートすらしたことないんですけど」
「何か問題でも?」
「ありまくりだろうがっ!」
 しれっと聞き返す亜美に力いっぱい言い返した。
「大丈夫よ。
 戦車の扱いなんて、身体で覚えるのが一番早いんだから」
「それには全面同意するけどねっ!
 でも、まず“何を覚えたらいいか”の段階からコイツらわかってないことをまず考慮してくれませんかね!?」
「もう……わかったわよ。
 じゃあ、指定されたスタート地点に移動、自分達以外の戦車を全部倒したら勝ち!
 よし、これで“模擬戦のルールは”わかったわね?」
「模擬戦やるために“戦車の動かし方を”教えろと言っとんのじゃぁぁぁぁぁっ!」
「じゃあ私は演習場の物見台から審判をやるから。
 その他細かいところはわかる人に各自聞くように。はい、かかれ!」
「あ! こら、ちょっと!?」
 ジュンイチがあわてて呼び止めるが、亜美はそそくさと10式戦車に乗り込み、話にあった物見台の方へと向かっていってしまった。
「……さては、細かい操縦法とかいちいち説明するのが面倒くさくなったな?」
「あ、アハハ……戦車教導隊に教わるような学校って、普通はもう動かせて当たり前、なところまでは進んでるものだから……」
 心なしかこめかみに頭痛を覚えたジュンイチにみほが苦笑すると、
「いやー、ずいぶんざっくりだねー」
「会長に言われたくないんじゃ……」
 言いながらやってきたのは杏と柚子だ。もちろん発言していないだけで桃も一緒だ。
「まー、とりあえず、こうなったら腹くくってやってみようじゃないの。
 あの人じゃないけどさ、こーゆーのって頭で覚えるより実際やってみるのが一番でしょ」
「そりゃそうだけどさ……」
「まったく、ジュンイっちゃんって時々ものすごく心配性で過保護になるよねー。
 大丈夫だって。同じ経験でも、あーでもない、こーでもないっていろいろ創意工夫をこらした方が実になるもんでしょ。
 前に言ってたよね? ジュンイっちゃんが読んでたマンガのセリフで、えっと……『知識に勝る』……あれ、違ったっけ?」
「『経験に優る知識なし』。
 『鋼の錬金術師』より、イズミ・カーティス女史の言葉だ。
 で……まぁ、うん。言いたいことは伝わったよ」
 杏に諭され、ジュンイチは深く息をついて納得して――
「とはいえ、戦車運転して事故られても困るしな。
 とりあえず、最低限の安全上の注意事項を全員に――」
「かーしま」
「はい」
 訂正。ちっとも納得していなかった。他のメンバーに安全指導に向かおうとしたところを、杏の指示を受けた桃に捕獲される。
「え゛、ちょっ、杏姉!?」
「悪く思うな。会長のご命令だ」
「だーかーらー、ジュンイっちゃん。
 そーゆーところも実際やってみて、身体で覚えてもらおうって話を今したんでしょうが。
 つか、ジュンイっちゃんはウチのチームなんだから、そーゆーこと教えるならまず私達に教えようね、私達に」
「いや、そっちは杏姉のことだからしっかり予習してるでしょ!?
 だから、まずはそーゆーことしてなさそうな子達から!」
「問答無用・事務用品ってねー♪
 かーしま」
「はい。 ほら、柾木、とっとと歩け!」
「はーなーせーっ!」
 何とか脱出しようともがくジュンイチだったが、桃もしっかりと羽交い締めにして逃がさない。修行やボケツッコミを除けば不用意に身内を傷つけることを嫌うジュンイチのこと。いかに彼の力をもってしてもここから脱出するのは至難の業だ――増してや、背中に押しつけられる二つの大きなふくらみによって集中力を削がれまくっている現状ではなおさらだ。
 結局、成す術なくジュンイチは杏達によって連行されていき――
「……行こうか、武部さん」
「……うん」
 その場には、みほ達だけが残された。



    ◇



〈はーい、みんな、聞こえるー?〉
 杏達と結局逃げられなかったジュンイチ、四人が38(t)のところまでやってくると、車内からそんな声が聞こえてきた。
 のぞき込んで見ると、戦車を並べた際に自動車部が準備しておいてくれたのだろう。無線のスイッチが入っており、さらに訓練用に車内にスピーカーを仮増設、車内の全員に話が伝わるようになっている。
 今の声の出どころもそのスピーカーだ。そしてその声の主は物見台に向かったはずの亜美のものだった。
〈じゃあ、各チームでそれぞれ役割を決めてください。
 三名のチームは戦車長と操縦手、砲手。
 四名のチームはそれに加えて通信手。五名ではさらに装填手もね〉
「戦車長……つまりはリーダーだな!
 そんなの、会長以外にいるワケがない!」
「あー、ハイハイ。アンタはそーやって杏姉ヨイショに走ると思ったよ」
 亜美の声に真っ先に(あさっての方向に)反応した桃にツッコむと、ジュンイチは柚子へと向き直り、
「じゃあ、操縦手は柚姉、よろしく」
「え? あ、うん」
「でもって、桃姉が残り全部ってことで」
「ちょっと待て! 何で私だけそんなに負担w
「え、何? できない?
 桃姉優秀だからこのくらい楽勝だろうって思ってたんだけどなぁ……」
「楽勝に決まっているだろう! 任せておけ!」
「チョロいぜ」
 あっさりとノせられてやる気十分な桃に、ジュンイチは心の中でペロリと舌を出し――
「ぅわ〜んっ、どう動かせばいいの〜っ!?」
「………………?」
 聞こえてきたのはとなりに停められたM3から――見れば、Dチーム、一年生六人組がなんとかM3を始動させようと悪戦苦闘の真っ最中。
「うぅっ、席もいっぱいだし大砲もいっぱいだし〜」
「どれが何だかわからないよぉ〜」
「あ、ネットの方の返信きた!
 『型式番号がわからなければ答えようがありません』『ggrks』『まず服を脱ぎます』……」
「あっさりあおられてんじゃねぇよ……」
『ひゃあっ!?』
 結局放っておけず、M3の上に飛び移って声をかけていた――車上から見下ろす形となったジュンイチの言葉に、一年生六人組はM3の中で驚きの声を上げる。
「まっ、柾木先輩!?」
「操縦手の子誰?
 一番下、一番前のシート――そこが操縦席だ」
「は、はーい」
 ジュンイチの言葉に、指示されたシートに座るのは阪口桂利奈だ。どうやら彼女が操縦手のようだ。
「で、周りのパネル見て。
 そこら辺にエンジンスタートのスイッチがあるはずだ――アメリカの戦車だから『START』とか『IGNITION』とか英語で書かれてると思う」
「あ、ありまーす。
 これ入れればいいんですか?」
「あぁ。
 あと周りのレバーがハンドル代わりの操縦桿とシフトレバーだ。ギアの変速について注釈が書かれてるのがシフトレバーだから見分けはつくはずだ」
「あ、これですね!
 これが操縦桿で、こっちがシフトレバー……」
「区別、ちゃんとついたみたいだな。
 後は実際動かして慣れてもらうワケだが、動かす時は周りの安全点検を徹底しろよ――そこは戦車長もだ。操縦手だけじゃ視界にはどうしても限界があるからな」
「は、はいっ」
 ジュンイチに言われ、桂利奈とは別にうなずくのは梓だ。「あぁ、こいつが戦車長か」と納得しながら、ジュンイチは改めて立ち上がり、
「じゃあ、オレはもう行くからな――ここから試合が終わるまでは対戦相手だ。模擬戦本番じゃ手加減しないのでそのつもりで」
「えー? 手加減してくださいよぉ」
「私達初心者なんですよー」
「やかまし。オレだって歩兵道に限って言えば初心者だ。
 どこまでなら暴れてOKか、まだつかめてないんだよ。手加減なんてする余裕ないわっ」
 最後に一年生ズから上がった抗議の声に答えると、ジュンイチはM3の上から跳び降りて、
「お待たせ、杏姉。それじゃ行こ……う、か……」
 そこに、38(t)の姿はもはやなかった。



    ◇



「……おのれ生徒会め」
「おにょれ杏姉め」
 その意見の一致はきっと必然――W号戦車の砲塔から上半身を出している沙織と車長席の傍ら、外、というか上にあぐらをかいて座っているジュンイチの視線が交錯。我同志を得たりとガッシリと握手を交わす二人の姿に、通信手席の出入り口から身を乗り出しているみほは思わず苦笑した。
 ジュンイチが杏達に連行されていった後、みほ達もみほ達で役割を分担。操縦手となった華に操縦法を教え、いざ出発――というところで、杏達から置いてきぼりにされたジュンイチを見つけた。
 そして、ジュンイチから事情を聴き、「それなら演習場まで乗ってく?」と車長の沙織が提案し、ジュンイチもそれに甘えて現在に至っている。
 みほがそんな事の経緯を思い出していると、
「しっかし、意外だなー」
「え……?」
 いきなりかけられた声に顔を上げると、ジュンイチが自分の近くまで降りてきていた。車内ならともかく走行中の戦車の上でよく平然と動けるものだとそのバランス感覚に感心するが、それよりも今はかけられた声の内容が気になった。
「意外って……何が?」
「いや、お前さん達の役割分担」
 聞き返すみほに、ジュンイチはあっさりとそう返してきた。
「てっきり、このチームは経験者の西住さんが車長になってると思ったのに」
「む、ムリだよ。私が車長だなんて……」
 続けるジュンイチだったが、みほは「とんでもない」とばかりに手を振ってそう答える。
「そんなことないと思うけどなぁ……
 じゃあ、それはそれとして、この分担はどーゆー根拠で?」
「あ、うん……
 今日はお試しの模擬戦だし、そんなにこだわらなくてもいいかな、ってことで、乗り込んで適当に座った席をそのまま……」
 聞き返したジュンイチにみほが答えた、その時だった。
「ちょっ、ちょっとーっ!?」
 突然上がった、沙織のあわてる声――見ると、行く手の道端の立木、そこから張り出した枝が彼女への直撃コースに乗ってしまっているのだ。
「左! 左によけて! 華! 華ーっ!?」
 しかも、沙織が必死に呼びかけても戦車がコースを変える様子はない。このままでは――
「ちぃっ!」
 そこまで考えが至った瞬間、ジュンイチは思い切りW号の装甲を蹴っていた。
 一足飛びに沙織に迫る枝へと跳び、鋭い蹴りで枝を蹴り折る。さらに身をひるがえしてもう一撃。蹴り折った枝をW号の進路外へと蹴り出した。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと……って!」
 二撃目の蹴りの反動を活かし、ジュンイチはW号の上へと文字通り舞い戻ってくる――尋ねるジュンイチに応えたところで、沙織は車内をのぞき込んで、
「ちょっと、華! 左って言ったのに!」
「すみません、聞こえなくて……」
 沙織の抗議に華がそう謝罪する。どうやら車内に響く戦車の駆動音のせいで、今の今まで呼びかけられていたことにすら気づいていなかったようだ。
 と、そんな沙織に声をかけたのは優花里だ。
「武部殿、そこは車長が足で方向を指示するんですよ」
「足で?」
「えっとね……秋山さんが言ってるのは、操縦手の、曲がりたい方の肩を蹴る、って方法なんだけど……」
「親友にそんなことできないよ!」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「西住さん」
 みほが補足してくれたが、それは沙織にとって見過ごせる問題ではなかった。すかさず上がった反論の声に説明を加えようとしたみほだったが、そんな彼女をジュンイチが止めた。
「ま、モノは試しだ。一度やってみな。
 そーすりゃ、武部さんの心配が杞憂だってわかるから」
「え、え……?
 ……じ、じゃあ、試しに……えいっ!」
 ジュンイチに促され、沙織が右足で蹴りを放ち――



 ――スカッ。



 ………………
 …………
 ……



「……届かないじゃないっ!」
「え……?
 ……あ、すみません。足で合図するのはもっとコンパクトな戦車の場合でした」
 沙織の右足は虚しく宙を蹴った。ツッコむ沙織の言葉に、ようやく自分の思い違いに気づいた優花里が訂正する。
「ま、38(t)みたいな豆戦車ならともかく、スペースに余裕を持たせた造りのW号じゃ届くワケねぇんだよ。
 ってなワケで……西住さん、ちょいと失礼」
「え? わっ?」
 一方、そう答えながらジュンイチはみほを車内に押し戻し……というか、みほの顔を出していた乗降ハッチから車内に、みほの座る通信手席にもぐり込んできた。
「今やってみた通り、足で指示しようにも届かねぇからな。
 W号の場合……っと、あったあった。“コレ”使ってたんだよ――っつーワケで、五十鈴さん、パス」
「あ、はい」
 ジュンイチが通信手席の無線をまさぐって見つけ出したのは大型のヘッドセットだった。軽く放るように華へと渡し、沙織にも同じものを見つけて手渡した。
「とりあえず今はお前らの分だけな。
 W号の場合、その車内通話用のヘッドセットでやり取りしてたんだよ」
「そうなんだ……
 まったく、こういうのがあるなら早く教えてくれれば……」
「んー、まぁその辺はオレよりも……」
「え、えっと……ごめんなさい」
「私達が気づくべきでしたね……」
 ボヤく沙織に答えたジュンイチにジト目でにらまれ、みほと優花里が頭を下げた。



    ◇



 その後は特に問題もなく、W号戦車は無事自分達のスタートへとたどり着いていた。
「ここが私達のスタート地点なの?」
「うん……ここで大丈夫」
 尋ねる沙織に、地図と周囲の地形を見比べ、指示されたスタート地点であることを確かめたみほがうなずいた。
 とりあえず、自分達はこのまま開始まで待機となるが――
「柾木くん、私達はこのままここで待機だけど、どうする? 生徒会と合流する?」
「んー……最初はそのつもりだったけど……ま、もういいや。向こうまで行くのもメンドいし。
 今日はこのまま、お前らんトコで参加するよ――西住さん」
 沙織に答え、ジュンイチはみほに何かを投げ渡した。
 まるでUSBスティックメモリのような端末だ。その正体を知っているみほは迷わずそれを車内に設置された被弾、被撃破を判定する判定装置へと差し込んだ。
 灯ったパイロットランプが赤から青に変わるのを確認すると、端末を引き抜いてジュンイチへと投げ返す――と、一連のやり取りの意味がわからなかった沙織が尋ねる。
「今のは?」
「あぁ、柾木くんを私達の戦車付に登録し直したの」
「歩兵は戦車から離れて動くことが多いですからね。
 しかし、戦車道オンリールールのもとで歩兵を運用する場合、歩兵は戦車の乗員も兼ねますから、所属している戦車がやられれば当然そこで失格です。
 そのため、離れている間に戦車が撃破された場合に歩兵にそれを知らせるのが今の装置です。ビーコンの受信装置になっていて、戦車が撃破されたらそれを歩兵に知らせるようになっているんです」
 みほと優花里が沙織に答えると、
〈みんな、聞こえる?〉
 無線から聞こえてきたのは亜美からの全体通信であった。
〈全チーム、スタート地点に着いたのを確認。これから模擬戦を開始します。
 じゃあ、まずは全員一礼ね。戦車道は礼に始まり、礼に終わるものだから――では、礼っ!〉
『よろしくお願いします』
 亜美の号令にみほ達がそれぞれの席で一礼。外にいるジュンイチも姿勢を正し、合掌の上一礼する。
〈では各自の健闘に期待します! パンツァー、フォー!〉
「……とは言われたけれど、どこを攻撃すれば……?」
「と、とりあえず撃ってみます?」
 改めての亜美の号令で模擬戦開始――しかし、これが初めての試合である面々はここからどうすればいいか、完全に手探りの状態だ。首をかしげる沙織の足元で鼻息を荒くする優花里だったが、
「馬鹿どもが。わざわざこっちから相手に居場所教えるようなマネしようとしてんじゃないよ」
 そうツッコみながら、ジュンイチがW号の上に飛び乗ってきた。
「そうだね。
 今回はサバイバル戦だから、基本は各個撃破になる。
 相手の出方にもよってくるけど、まずはどこのチームを狙うか決めて……」
「じゃあさ、真っ先に生徒会つぶさない!?」
 説明するみほに食いついてきたのは沙織だ。
「え? 生徒会?
 でも、ここから生徒会チームのスタート地点に向かおうとすると、演習場の真ん中を突っ切ることになっちゃうんだけど……」
「だって、教官女の人だったんだもん!」
「まだ言ってるんですか……?」
「私が決めていいんでしょ!? 戦車長なんだもん!
 柾木くんもそう思うよね!? 置いてきぼりにされた恨みを晴らす時だよ!」
「んー、まぁ、確かにその提案には心ひかれるけどさ」
 華に答え、続けて話を振ってくる沙織に、ジュンイチは頬をかきながらそう答え、
「けど、こっちから出向く必要はないと思うぞ」
『え?』
「だって……」



「どーせ、どこのチームも真っ先にウチを狙ってくるだろうし」



『…………え?』
 ジュンイチの言葉に、みほ達が思わず彼を見返し――







 直後、衝撃がW号戦車を揺らした。







「きゃあっ!?」
「なっ、何っ!?」
「……思ったよりも早かったな」
 すぐそばで爆発が起きたのだ――悲鳴を上げる華や沙織にかまわず、今の衝撃にもフラつきすらせず立ち続けていたジュンイチが一点を見つめてつぶやく。
 それに気づいたみほ達が彼の視線を追っていくと、その先の、今の一発で舞い上がっていた土煙が晴れてきて――
「八九式!?」
「バレー部チーム!?」
「『元』をつけろよデコスケ野郎」
「どこのAKIRA!?」

 そこにいた戦車に気づき、優花里とみほが声を上げる――とりあえず、後に続いたジュンイチと沙織のボケツッコミは全力でスルーだ。
「……今、空気震えたよ……?」
「こんなスパイク打ってみたい……」
 一方の元バレー部チームも、初めてブッ放す戦車砲の衝撃にバレー部ならではの感想がもれる――が、そこは曲がりなりにもスポーツ選手。すぐに我に返ると再度の砲撃。先ほどよりもW号の近くに着弾する。
「ま、また撃ってきた!?」
「心配すんな。
 照準修正が甘い。あれじゃまともに狙えるまであと四、五発は要る。
 その間にこっちが叩いちまえば……」
「もうやだ〜っ! 逃げよ〜っ!」
「はいっ!」
「――って、おいっ!?」
 沙織に答えて迎撃に出ようとするジュンイチだったが、それよりも先に恐怖に駆られた沙織の指示で、W号は八九式から尻尾を巻いて逃げ出してしまう。
 とはいえ、歩兵であるジュンイチは四六時中戦車と行動を共にしていなければならないワケではない。
 ひとり残って八九式とやり合うこともできたし、一瞬そうしようと腰を落として戦闘態勢に移りかけた――が、ジュンイチはそれをグッとこらえた。
 今W号から離れるワケにはいかない。自分の読み通りならこの後も――
「前方11時!」
「――――っ!」
 遅かったようだ。それとも向こうが早かったのか。ともかくみほの上げた声に意識を切り替え前方を確認する。
 八九式から逃げ、全力疾走しているこの道――その行く手が、すでに一輌の戦車に押さえられているのだ。
(V突――歴女チーム!)
「くそっ、一番厄介なところがっ!」
 思わず悪態が口をついて出る――発見した五輌の戦車の中では攻撃性能だけならトップクラスの、大洗チームの攻撃の要となるであろう一輌。味方なら頼もしいが、対戦相手として出てこられては迷惑以外の何者でもない。
 欲を言えばV突が出てくる前に八九式を叩いて、沙織を恐慌状態から立ち直らせておきたかったのだが……
 しかも――
〈秘密協定は締結済みだ! いくぞ!〉
〈南無八幡大菩薩!〉
「やっぱりそういうことかよっ!」
 訓練用のオープン回線から筒抜けになっているエルヴィンとおりょうの声――特にエルヴィンの言葉はジュンイチの予想を裏づけるものだった。
「そういうことって、どういうこと!?」
「アイツら――いや、たぶん他四チーム全部、オレ達を真っ先に叩くためにつるみやがった!」
 自分のうめきを聞きつけた沙織にそう答える。
「わっ、私達をですか!? なんで!?」
「ンなもん、オレ達が一番厄介だからに決まってんだろ!」
 あわてる優花里に答え、ジュンイチは周囲の気配を探る。
 ――38(t)に乗る生徒会、M3の一年生チームの気配もこちらへ、しかも明らかに自分達を包囲するようなコースで迫ってきている。自分の読みは正しかったようだ。
「見つけた戦車の中でも性能面で上位に入るW号戦車に、唯一の戦車道経験者の西住さん!
 オマケに、杏姉や一年生ズの証言からオレがこのチームに合流してるのがバレてるのはほぼ確定!
 これだけ頭が抜きん出る要素がそろってんだ! 出てる杭がありゃそりゃ打つさ!」
「ど、どうしよう!?」
「とにかく包囲されないようにしないと!
 華さん、右ななめ前の脇道に入ってください!」
「は、はいっ!」
 沙織に答える流れでみほが指示を出す。華の運転で、W号は脇道にそれて包囲をすり抜けるルートに入る。
 こちらの動きに気づいたのだろう、杏達生徒会チームの気配の動きが変わった。こちらの進路をふさごうとしているようだが、こちらの方が早い。生徒会のカバーよりも早く包囲を抜けられるだろう。
 杏達のみならず視界の中にいない他チームの分もまとめて気配を捉え、その位置を把握したジュンイチがそう判断した、その時――
「――――っ!?」
 その傍ら、通信手の乗降ハッチから身を乗り出していたみほが息を呑んだのがわかった。
 彼女の視線を追ってみると、その先、行く手の道端に、ひとりの少女が横たわっているのがわかった。
 どうやら眠っているようだ。ジュンイチが気づかなかったのもおそらくそのためだろう――意識がない分気配が弱まり、さすがのジュンイチも今の今まで気づけなかったのだ。
「危ない!」
「五十鈴さん、ストップ!」
 いずれにせよ、このままでは接触事故の恐れがある。みほとジュンイチが声を上げるが、ナントカは急に止まれない。
 増してやモノは重量20tの鉄の塊だ。W号は勢いを殺しきれず、地面をガリガリと削りながら、元々走るはずだったコースを滑っていく。
 このままでは最悪の場合少女をひきつぶしてしまうし、仮に自分達がかわせたとしても、後を追ってきている八九式やV突の巨体やら砲撃やらが彼女に襲いかからないとも限らない。
 いや、そもそも安全上関係者以外絶対立入禁止が原則の演習場に無関係の女子生徒が立ち入っている時点で大問題だ。立入規制のザルっぷりに思う存分不満をぶちまけたいところだが、今すべきことは――
(演習の中止要請――いや、オレが拾った方が早いっ!)
 そう判断し、ジュンイチが行動に移r――ろうとした、その時だった。
 突然、眠っていた女子生徒に動きがあった。顔の上にかぶせていた本を手に取り、自身に向けて突っ込んでくるW号と向き合うように立ち上がり――



 W号に向けて跳んだ。



「んな……っ!?」
 突然の女子生徒の行動には、さすがのジュンイチも目を丸くした。
 といっても、「一歩間違えたらひかれてるところだぞ何やってんだ」的なものではない。
 それは、「どうやったらそうも完璧なタイミングと高さで跳べるんだ」的なもの――そう。女子生徒はほんの一跳び、軽くジャンプしただけて、突っ込んできていたW号の車体の縁に足を引っかけ、そのままW号の上に駆け上がってみせたのだ。
 それは本当にあっさりと、まるでW号の方が彼女のジャンプに合わせて、彼女の足の下にすべり込んだかのように――
「――っ、とと……」
「おっと」
 だが、さすがに揺れ続けるW号の上でバランスを保ち続けるのは厳しかったようだ。軽くよろめいたところを、ジュンイチがその手を取って支えてやる。
「まったく、とんでもないことしやがるな……」
「そうか? このくらい普通だろう」
「普通の子はあの状況なら素直にかわすわっ。
 自分のところに到達するタイミングと位置関係から飛び乗るための最適なジャンプのタイミングと高さを計算してその通りに実践してみせる――そんなトンデモを起き抜けの状況判断とセットでこなせるのは、オレを除けばアンタぐらいだよ――冷泉さん」
「むぅ……?」
 そう。少女の正体は今朝出会った冷泉麻子その人だ。ジュンイチの言葉に、彼に支えられた麻子は未だ納得しかねるのか、しきりに首をかしげて――と、すぐ近くに至近弾が着弾した。
「柾木くん! 助けた子は無事――って、麻子!?」
「おー、沙織か」
 さすがに至近弾が飛んできたとあっては車外の面々の心配が恐怖に打ち勝ったらしい。顔を出してきた沙織が麻子に気づいて声を上げる――対して麻子の方はといえばこの状況でも落ちついたものだ。
「アンタ、なんでここに!?
 自分の選択科目はどうしたのよ!?」
「自主休講中だ」
「つまりはサボリか」
 沙織に答える麻子にジュンイチがツッコんだ、ちょうど同じタイミングで八九式の砲弾が近くに着弾する。
 麻子を拾うのに成功したことでW号は再び走り出している。そうそう当たりはしないだろうが、それでも狙いのズレは少しずつ小さくなってきている。これは――
「さっすがは元運動部――もう照準のコツをつかんできやがったか」
「相手をほめてどーするのよ!?」
「わかってますよーっと」
 ツッコんでくる沙織に答えると、ジュンイチは麻子のえり首をつかみ、持ち上げる――宙に浮いた麻子を、ヒョイと通信手席の出入り口から車内に放り込む。
「酸素が薄い……」
「ぜーたくこくな!」
 さっそく苦情をもらす麻子に言い返すと、優花里に彼女を任せて外に出たジュンイチは状況を確認する。
 追ってくるのは八九式と追い上げてきたV突の二輌。距離と風向きを測りながら、懐から取り出したのは――
「それ何!?」
「見りゃわかるっ!」
 沙織に答えて、取り出した野球ボール大のそれを投げつける――後方、追ってくる二輌の目の前に落下した瞬間、ボンッ!と音を立てて大量の黒煙をまき散らす。
「と、ゆーワケで、正解は煙幕弾でしたー♪
 つっても対人用n
「ナイスだよ、柾木くん!」
 ジュンイチが皆まで言うよりも早く、沙織がサムズアップと共に賛辞の声を上げる――話を遮られ、ため息をつくジュンイチに、今度は優花里が声をかけた。
「っていうか柾木殿、そんなもの用意してたんですか……?」
「別に戦車相手に使うために持ってたワケじゃねぇよ。
 日頃から持ち歩いてる対人用だ」
「そもそも対人用を日頃からって……」
 優花里に答えたジュンイチにみほがツッコむが、近くに着弾した砲弾が彼らのやり取りを断ち切る――煙幕のまき散らされた範囲を無事駆け抜けた八九式やV突が砲撃を再開したのだ。
「んー、やっぱ対人用の煙幕弾じゃあの程度か」
「意味ないじゃん!
 つかなんでそれ早く言ってくれないの!?」
「言おうとしたところにセリフかぶせてきたの誰だよ」
 抗議の声を上げた沙織に、ジュンイチも冷静にツッコんだ。
「それに意味ならちゃんとあるよ。
 煙幕にまかれた数秒間、アイツらの攻撃が止んだ……最初からその数秒で十分だったのさ。
 というワケで五十鈴さん、そこ右ねー」
「は、はいっ」
 沙織のツッコミに返したジュンイチの指示で、華が戦車を右折させる――と、そんな彼の狙いに気づいた人物がいた。
「柾木くん、まさか……」
「お、さすが西住さん。
 演習場の地形はとっくに頭の中に叩き込み済みか」
 そう、みほだ。応じるジュンイチだったが、わかっている者同士、主語を欠いたそのやり取りは周りからすればちんぷんかんぷんだ。実際、ジュンイチの足元では優花里が「?」マークを周囲に撒き散らしている。
 しかし、優花里がその疑問を口にすることはなかった。
 なぜなら、口にするよりも早く答えが出たから――突如として視界が開けた。川辺に出たのだと優花里が理解するのと同時、“それ”が彼女の目に飛び込んできた。
「橋……!?」
「そ。アレを渡っちまおうってこと」
 それは、戦車一輌がかろうじて通れそうな幅のつり橋だった。つぶやく優花里に、ジュンイチがそう答える。
「あそこさえ渡っちまえば、アイツらも二輌まとめては追ってこれなくなるし、幅があれだけしかないんじゃ、渡ってる途中はどうしても慎重になる。
 ついでに、一輌ずつしか渡れないってのもポイントだ。先に渡った戦車がこっちに追いつこうと後続を置いて加速すれば後ろとの距離が開くし、後続を待つなら待つで、待っている間動きが鈍る――どちらにしても、先に渡り切った戦車を一対一で撃破するチャンスが生まれる。
 アレを渡って、その先で各個撃破に持ち込むぞ」
「なるほど……」
 ジュンイチの説明に納得する優花里だったが、
「ま、その策も問題がないワケじゃないんだが」
「問題?」
「いちいちオレが説明しなくても、“当事者”が一番わかってるさ――でしょ?」
「はい……」
 沙織に答え、話を振ったジュンイチにうなずいたのは華だった。
「あれだけ狭いと、わたくしの腕ではこちらも慎重にいかなくては……
 もし、その間に追いつかれてしまったら……」
「そんなことになったらただの的じゃない!」
 思わず声を上げる沙織だったが、
「話振ったのオレだぞ。その辺も計算に入ってるに決まってるだろ」
 ジュンイチは落ちついたもので、再び車内、みほの座る通信手席に上半身を突っ込むと通信機脇のボックスからそれを取り出した。
 のどに装着し、のどの振動で装着者の声を拾う咽喉マイクと、それを戦車の外でも使えるようにするための携帯用レシーバーだ。指先で咽喉マイクをクルクルと弄びながら、告げる。
「加減がわからんから保証はできんが……ま、言い出しっぺだしな。
 責任を持って、時間稼ぎくらいはしてやるよ」
「じ、時間稼ぎって……柾木くんが?」
「大丈夫なんですか?」
「だーいじょうぶJOBジョブ。任せとけって♪」
 みほや華に答えて、ジュンイチは橋を目前に停車したW号から飛び降りて、
「あぁ、そうそう」
 ふと立ち止まり、みほ達に向けて付け加えた。
「『加減がわからん』って言ったな?
 一応、ルールの範囲内でやってやるつもりだけど、そういう状態だからうっかりやりすぎちまうかもしれん。
 というワケで確認しとくが……」



「別に、アレを倒してしまってもかまわんのだろう?」



『………………?』
「……ツッコミ来ないとやっててアホだなコレ」
 ネタが通じず首をかしげるみほ達の姿に、軽くため息をつくジュンイチであった。



    ◇



「W号どこぜよ〜」
「こっちに向かったのは間違いないんだが……」
 一方、こちらはW号を追っていった八九式・V突組――操縦手席でボヤくおりょうに、車長のエルヴィンが砲塔から外を見回しながらそう答える。
 ジュンイチの煙幕で視界を奪われてしまったのはほんの数秒の話だったが、その数秒の間にW号を脇道に逃がしてしまった。逸れていった方向はかろうじてわかったが、その姿は今は見えない。
 一番厄介そうな相手だし、早めに叩いておきたいのだが――若干の焦りを覚えつつ、エルヴィンが周囲を見回していると、
「――っ! あれはっ!?」
 となりを走る八九式から顔を出している典子がそれに気づいた。
「…………よぅ」
 行く手に仁王立ちしたジュンイチの姿を――彼のノドに装着した咽喉マイクが拾った声が、インカム越しに二人の耳に届く。
「悪いが、ここから先は通行止めだぜ?」
「柾木!?」
「あわてるな!
 歩兵ひとりで戦車が止められるものか! ペイントまみれにしてやれ!」
 驚く砲手の左衛門佐にエルヴィンが即答。V突の対人機銃がジュンイチに向けて火を吹いた。
 ばらまかれるのは対歩兵用のペイント弾。三発の被弾で死亡判定が下り失格となる――が、
「…………へっ」
 ジュンイチの口元に浮かぶ笑み――素早く懐に手を突っ込み、取り出した何かで、空手の回し受けの要領で迫るペイントのすべてを受け止める!
「悪いね。ペイント弾対策グッズは自作済みなんだわ」
 告げるジュンイチの手には、手のひらよりもやや大きめの盾が装着されていた。
 しかもただの盾ではない。土台の上に吸水スポンジを貼り付け、それを鋼鉄製の格子で押さえた多層構造になっている。
 ただの盾では着弾の際に飛び散った塗料による“被弾”判定の恐れがある。吸水スポンジを貼り付けただけでは着弾の衝撃でスポンジが砕けてしまう――そこで、さらに格子で抑えることで、スポンジを保護しつつ吸水性を維持しているのだ。
 吸水スポンジでペイント弾の塗料を吸水しつつ、衝撃で砕けたスポンジも格子に抱え込まれて飛び散らず、さらに塗料を受け止めるのに使われる。明らかに“戦車の機銃で撃たれたペイント弾”に対抗することを想定した盾だ。
「ま、多少不格好なのが悩みの種だけど……急造品だし、妥協の範囲内だよね、うん」
「く……っ!」
「Bクイック!」
「はいっ!」
 余裕の態度でつぶやくジュンイチに左衛門佐が再び機銃を向ける。今度は八九式で砲手を務めるあけびも典子の指示でそれに倣う――が、機銃を向けたその瞬間、ジュンイチの姿が二人の砲手の視界から消えた。
「消えた!?」
「忍術か!?」
「違う! 左だ!」
 驚く砲手二人だが、エルヴィンが左衛門佐に答える。
 そう。砲塔から身を乗り出していた彼女には見えていた。
 ジュンイチが突然走り出し、自分達から見て左側に回り込もうとしている――左衛門佐やあけびがのぞき込んでいる照準スコープの狭い視界ではその動きについていけず、瞬時に視界の外に出られてしまった。それが二人には消えたように見えたのだ。
 その動きはまるで――
「砲手の視界から出るのを“意図的に”優先した……っ!?
 貴様! 初めてではないな!? 戦車相手の立ち合いッ!」
「まーねっ!」
 エルヴィンの声は無線を通じて聞こえている。答えて、側面に回り込んだジュンイチはそこからほぼ直角に軌道変更。一気にV突へと突撃し、
「毎年夏冬、中東でっ!」
 懐から抜き放つのはククリナイフの二刀流。「そんなのどうやってしまってたんだ!?」というエルヴィンの突っ込みにかまわず全身で一回転。遠心力をふんだんに込めた刃を、立て続けにV突の装甲へと叩き込む!



    ◇



(中東……っ!?)
 スクランブルを一切かけず、周りに聞かれるのもおかまいなしに交わされるジュンイチとエルヴィンのやり取りは、当然彼女の耳にも届いていた。インカムから聞こえたその言葉に、みほは内心で眉をひそめた。
 ジュンイチが時間稼ぎに出たと言っても、生身、それもたったひとりではほとんど止められないだろう――そう考え、できる限り急いで橋を渡ろうとみほの誘導で橋に入ってしばし。
 橋の中ほどまで来たところで、先の会話が聞こえてきたのだが――

『杏姉は知ってるだろ? オレの“経歴”』

 かつてジュンイチが杏に告げた言葉が思い出される。まさか、ジュンイチがあの時言っていた“経歴”とは――
 もちろん、現段階では何の確証もない。ただの自分の考えすぎであるという可能性もあるし、むしろこの日本ではそういうオチに収まるのが普通であろう。
 だが、ジュンイチがその“普通”の枠から大いに逸脱した人間であることはみほの目からも疑いようがなかった。それだけに自分の抱いた仮説は妙な信憑性を伴っていて――
〈ぐぅっ!?〉
「――柾木くん!?」



    ◇



 タイミングも狙いも完璧だった。実際に狙っていたポイントに直撃した。左右の刃で立て続けに放った連撃は一撃目でV突のエンジン部を覆う外装の吸気口を斬り裂き、二撃目でエンジンを斬り壊す、そのはずであった。
 だが、宙を舞ったのはエンジンの部品ではなくジュンイチ自身――それも、“自らが叩き込んだ連撃の反動によって”
 これはさすがにジュンイチも予想外。いくら空中で踏ん張りが利かない状態とはいえ、生半可な攻撃を叩き込んだ覚えはない。
 にもかかわらず、吸気口を斬り裂くどころか逆に自分の方が反動で跳ね上げられてしまうとは――
(どうなってやがる!?
 20年間水没してた装甲で止められるような一撃じゃなかったはずだぞ!?)
 胸中でうめき、ジュンイチが自らが斬り裂くはずだった吸気口へと視線を向けて――気づいた。
 自分の連撃がつけた小さな傷――塗装の裂かれたその下に見える“真新しい鋼の輝き”に、
 つまり――
(装甲新品に交換されてるぅぅぅぅぅっ!?)
 見つけた五台の戦車がレストアのために自動車部に預けられたのが昨日の夕方だが、一晩で五台の戦車をレストアしろなんて無理難題もいいところだ。
 だから、中身を復活させるのがせいぜいで装甲までは手が回っていたりしないだろう――そう踏んでいたが、ぜんぜんそんなことはなかったようだ。
 さらに付け加えると、ただ新しい装甲をあてがい、吸気口用の穴を開けただけのシロモノなら、破れないまでも大きく歪ませることくらいはできたはず。それができなかったということは、何か、目に見えないところでさらにひと工夫されていると考えた方がいいだろう。至れり尽くせりにも程がある。
 だが自分はそのことに気づかず、「水没して腐食したまま=破りやすい装甲を破る」という前提で打ち込みの力を調整していた。そりゃあ破れないはずだ。他にも叩くべき敵が残っているのを考慮して省エネで叩こうとしたのが裏目に出てしまった形である。
「くそっ、いい仕事してくれやがるな自動車部っ!」
 もっとも、それをありがたく思えるのはその恩恵に与れてこそ。敵に回られると厄介この上ない。悪態をつきながら、ジュンイチはV突を飛び越える形で着地する。
 対し、そんなジュンイチと相対すべく、V突の車体を旋回させようとするおりょうだったが、
「待て!」
 それを止めたのはエルヴィンだった。
「ヤツにかまうな! それよりW号だ!
 W号さえ叩いてしまえば、柾木も一緒にリタイアだ!」
「なるほど! 了解ぜよ!」
 そう、何も馬鹿正直にジュンイチの相手をする必要はないのだ。エルヴィンの言葉に納得し、おりょうはV突を発進。ジュンイチにかまわず先に進む。
「くそっ、W号の方に!」
 一方、ジュンイチもまたすぐにエルヴィンの狙いに気づいた。毒づき、その後を追おうとするが、
「ブロック!」
「はいっ!」
 気づいたのはジュンイチだけではなかった。ジュンイチとエルヴィン、双方の意図を察した典子の指示で八九式がすかさずフォローに動いた。V突の後を追うジュンイチの前に、機銃を乱射しながら割り込んでくる。
「くそっ! 運動部のカバー力をいらんところで発揮しおって!
 W号! 悪い! V突に抜かれた!」



    ◇



「…………っ、わかりました!
 柾木くんも無理しないでください!」
〈ムリじゃないけどうっとーしいっ!
 こいつら、まぐれ当たりに賭けて“数撃ちゃ当たる”作戦に切り替えてきやがった! くそっ!〉
 ジュンイチの舌打ちの理由は、みほにもすぐに察しがついた。
 状況だけを見るなら、単に元バレー部が“狙って当てる”のをあきらめたということ、それだけ――だが、“それを意図的に選んだ”というのが問題なのだ。
 やけくそならともかく、自らの意思で狙い方を変えてきた――それはつまり、今の自分達の実力ではジュンイチに狙い通りに当てるのは不可能であると、彼女達自身が判断した。“そう判断できるほどの目を持っている”ということだ。
 さすがは運動部からの転向。ジュンイチのトンデモぶりに惑わされることなく彼我の戦力差を見抜く力と、それに対し自分達にできることを的確に見極める判断能力はしっかりと身につけていたようだ。
 もっとも、それを遺憾なく発揮されたおかげでV突に抜かれてしまったこちらはたまったものではないワケで。
 何しろ、こちらはまだ橋を渡っている最中なのだ。みほの誘導があるとはいえ、未だ道半ば。今追いつかれたらいい的になってしまう。
 ジュンイチは予想以上に持ちこたえてくれたと言えるが、それでもこちらも急がなければ――そう考えるみほだったが、それがいけなかった。
 思考が現状把握に逸れた一瞬、誘導が甘くなる――その一瞬が命取りだった。つり橋を支えるワイヤーに履帯が接触し、削り、ちぎってしまう。
 当然、そんなことになればつり橋はバランスを失ってしまう。大きくかたむき、元々端に寄っていたW号はさらに橋の外側へとずり出していく。
「お、落ちる!?」
「やだぁーっ!」
 華の声に沙織が悲鳴を上げた、その時――
〈危ねぇっ!〉
 ジュンイチの声と同時、W号の後部で爆発と衝撃が巻き起こる!



    ◇



「いた……見た……っ、撃った……っ!」
 W号を襲った衝撃の正体は、ジュンイチを突破したV突の砲撃――双眼鏡で着弾を確認し、エルヴィンが興奮を抑えきれずにつぶやく。
 距離があったせいか撃破には至っていないが、砲弾はW号の後部にしっかりと突き刺さっている――自分達の撃った砲弾の初めての命中に、思わず拳を握り締め――



「やりやがったな」



「――――――っ!?」
 声よりも早く背筋を走った寒気に思わず縮こまったエルヴィンの頭から軍帽が弾き飛ばされる――標的をわずかに捉え損ない、背後から跳びかかったジュンイチはそのままV突の上を跳び越えて正面に着地した。
「こちら柾木!
 W号! 応答しろ! 無事か!?」
〈わ、私は……――っ!?〉
 ジュンイチの問いには沙織から答えが返って――きかけたところで彼女が息を呑んだのがわかった。
〈華! 大丈夫!? 華!?〉
「は……五十鈴さん!?
 五十鈴さんがどうかしたのか!?」
 呼びかけるジュンイチだったが、沙織からの返答はなく――代わりに、彼女のインカムのマイクが拾った優花里の声が答えをもたらした。

〈操縦者失神! 操縦不能!〉



    ◇



「衛生兵! えいせいへ〜っ!……は、いないですから、と、とにかく介抱です!」
 言って、優花里は華を操縦手席から動かそうとする――が、狭い戦車の中ではうまく踏ん張れずなかなかうまくいかない。
「五十鈴さん、大丈夫!?」
 と、そこにみほが戻ってきてくれた。通信手席を楽な姿勢がとれるよう少しリクライニングさせた上で、優花里と協力して華をそちらに移す。
 しかし、あまりゆっくり介抱してはいられない。何しろ今は模擬戦の真っ最中。ジュンイチが今度こそしっかり抑えてくれているようで、今のところ新たな砲撃は飛んできていないが――
「操縦は苦手だけど、私がやるしか……っ!」
 こうなったら自分が華の代わりをやるしかないか――みほがそう覚悟を決めようとした、その時だった。
 ガクンッ、とW号の車体が揺れた。しかし、砲撃によるものではない。
 “誰かがW号を動かし、体勢を立て直そうとしている”。それまで眼中から外していた操縦手席に一同の視線が集中し――
「なんだ、意外と簡単なんだな」
「麻子!?」
 そこに座っていた幼なじみの姿に、沙織が思わず声を上げる。
「せ、戦車の操縦ができるのですか!?」
「今覚えた」
「今!?」
「さすが学年主席……」
 優花里に答えた麻子の言葉にみほが驚き、沙織は半ば呆れ顔――ともあれ麻子の操縦でW号はつり橋の上で体勢を立て直し、そのまま橋を一気に渡り切る。
「反撃します!
 秋山さん、砲塔を回転させてください!」
「了解っ!」
 今度はこちらの番だ。みほの言葉にうなずいた優花里がレバーを回し、W号の砲塔がモーター音と共に回転を始める。
「早く回ってーっ!」
「これが限界です!」
 しかし、その動きは非常にゆっくりだ。焦れる沙織に優花里が答える一方、みほは砲塔から顔を出し、標的である二輌の戦車の様子を確認する。
 ジュンイチが先ほど突破された失態を取り返さんばかりに大暴れして、抑えてくれている――左右に駆け回って砲手の視界から逃れ、代わりに捕捉しようと車長が顔を出せばその好機を逃さず強襲。牽制どころではなく、本気で車長を“狩り”に行っている。そのため、エルヴィンも典子も身を守るのに意識を割かれ、こちらに意識を向けられずにいる。
「柾木くん!
 こちらから砲撃します! 離れてください!」
〈かまうな!〉
 だが、あぁも肉迫されては砲撃に巻き込んでしまうかもしれない。離脱を促すみほだったが、ジュンイチも鋭く返してくる。
〈こっちで勝手にかわすから、遠慮しないで勝手にぶちかませっ!〉
「でも!」
〈いいから撃て! 残りのヤツらも来てんだぞ!〉
「え――――っ!?」
 ジュンイチの言葉に反応したのと同時、爆発と衝撃――眼下では今の衝撃で目を覚ました華が何事かと周囲を見回しているが、正直それどころではない。
 衝撃の正体は砲撃。飛んできたのはV突や八九式とは反対側から――見れば、生徒会の38(t)が行く手の曲がり角から姿を現したところだった。今の砲撃は茂み越しに当てずっぽうで撃ったもののようだ。
 さらに38(t)の後ろからは一年生チームのM3も続いてきている。これで模擬戦に参加している五輌の戦車がすべてこの場に集結したことになる。
 しかも自分達を除く四輌すべてがこちらを狙ってきている。確かにこれは迷っている時間はなさそうだ。
「……わかりました!
 まずV突を狙います! うまくよけてください!」
〈りょーかいっ!〉
 決意を固めたみほにジュンイチが応え、ちょうどそこでW号の砲塔の旋回が完了する。
「射撃用意!」
 とはいえ、戦車が安定しなければ狙うのもままならない。みほの合図に麻子がW号を停車。砲弾の装填を完了した優花里がV突へと狙いをつける。
 時間にしてほんの数秒。しかし何時間にも感じる静寂。そして――

「撃て!」

 ジュンイチがV突から八九式に狙いを切り替えた瞬間、みほの号令一閃、轟音と衝撃――W号から撃ち放たれた砲弾は、一直線に空を貫き、V突の車体に突き刺さる!
 油断せず相手の動きをうかがう。V突に動きが見られないまま数秒後、シュポッ、と音を立て、V突の砲塔上部から白旗が上がった。
「す、すごい……っ!」
「じんじんします……っ!」
「なんだか……気持ちいい……っ!」
 初めてのW号からの砲撃は、搭乗している面々にも衝撃を与えていた。沙織や優花里のみならず、下の席では華も興奮気味につぶやき、麻子も目を丸くしている。
 しかし、みほはみほで、そんな彼女達にかまっている余裕はなかった。
「柾木くんは!?」
 彼女達よりも気にかける相手がいたからだ――砲撃に巻き込まれたかもしれないジュンイチの姿を探して車中から身を乗り出して――
「――柾木くん!」
 八九式の車上――V突撃破もそっちのけで、典子と柔道のエリの取り合いよろしくつかみ合いを繰り広げているジュンイチの姿を発見した。



    ◇



「――有効!」
 一方、審判を務める亜美は演習場の物見台から双眼鏡で一帯を見渡していた。V突への着弾を確認し、無線越しに告げる。
「Cチーム、V突! 行動不能!」
 V突の撃破判定を宣告すると、今度は撃破した方、W号戦車へと双眼鏡を向けた。
「……やるわね」
 先の軽微の被弾を境に、明らかに号の動きが変わった。試合前の様子からしてみほが乗り気でなかったのは何となく察していた。とはいえ、彼女ひとりのために訓練内容を変えるワケにもいかないので模擬戦を強行したのだが、あの一発が彼女に火をつけたということか。
 彼女達以外のすべてのチームが結託しているようだが、これならあるいは――



    ◇



「次! 八九式!」
「はいっ!」
 無事V突を撃破――しかし、敵はまだまだ残っている。みほの指示を受けた優花里が今度はジュンイチと典子が車上で取っ組み合いを演じている八九式へと狙いを向ける。
「来てる来てる!
 フォーメーションB!」
『はいっ!』
 一方、W号の動きには典子もすぐに気づいた。彼女の指示で八九式が砲塔をW号へと向ける。
 が――
「させっかよ!」
 間合いの中でそんなマネをされてこの男が黙っているはずがない。組み合った典子の重心を崩しつつ、右のカカトで、ヒールキックの要領で背後の足元に位置していた八九式の砲塔に蹴りを入れる。
 砲撃はまさにその蹴りの瞬間だった。ジュンイチの蹴りは八九式の砲塔を、可動範囲の“遊び”の分だけわずかに揺らしたにすぎない。射角にしてもほんの少しずらしただけだろう――“この場においては”
 中心ではほんのわずかなズレでも、そこから伸びた線の行く先ではそのズレは次第に拡大し、大きな誤差となる――と、いうワケで、八九式の砲撃は目標をあっさり外し、W号の脇をすり抜けていく。
 これで、八九式は次の砲撃までの間が開いた。あわてて次弾を装填しているが、W号の方が早い。
 そして、W号の砲門が完全に八九式を捉え――
「――ちぃっ!」
 そこでジュンイチが動いた。組み合ったままになっていた典子の手を引きつつ、八九式の車上から身を躍らせて――直後、八九式を衝撃が貫いた。
 その正体は言うまでもなく、W号からの砲撃だ。
 ジュンイチが典子を道連れに跳び下りず、あの場に留まっていたら確実に巻き込まれていただろう。そんな一撃は八九式の車体に深々と突き刺さっていて――八九式からも白旗が上がった。
 これで二輌。相手の半数を撃破したことになる。そしてジュンイチは――
『ふおおおおおお……っ!』
 典子と二人で、それぞれ自らの額を押さえて悶絶中。
 先ほど八九式から飛び降りた際に正面衝突したようだ――その拍子に唇と唇が、なんて安直なラブコメ展開を許さない辺りがジュンイチクォリティ。
〈次、このまま38(t)とM3も撃破します!〉
「おっと」
 一方で、そう簡単に自分の役目を放り出さないのもこの男。インカムから聞こえた、すっかりW号の戦いを執り仕切っているみほの声に我に返ると、“自分の役目”を果たすべく立ち上がり、走り出すのだった。



    ◇



「CチームとBチームを立て続けに撃破……
 いやー、西住ちゃん、いよいよ本気かな?」
「言ってる場合ですか……?」
 一方、こちらは38(t)の車内――特に戦車の操縦に加わることなく、通信手席にふんぞり返っている杏に柚子がそう返す。
「なんか、どう見ても次は私達を狙ってるんですけど……」
 そう、柚子の言う通り、後方の二輌を片づけ、W号は砲塔をこちらに向けようとしている。
 アレがこちらを向ききった時、M3よりも前に出ている自分達が真っ先に狙われることになるのは火を見るより明らかだ。
「一度下がって、一年生チームに盾になってもらいますか?」
「まー、バトルロイヤルだからM3だって最後には叩かなきゃならない以上、それもアリだとは思うけどさ」
 柚子の提案にうなずくものの、杏は自分と柚子の間に位置する席を指さし、
「フッフッフッ! ここが貴様らの死に場所だぁ〜っ!」
「……コレ、止められると思う?」
「………………」
 まさにテンション最高潮と言った様子の桃を前に、柚子は杏の言葉に苦笑するしかなくて――



〈誰の死に場所だって?〉



 無線越しの声が静かに告げた。



    ◇



「いくぜ! 置いてきぼりの恨みだ!」
 模擬戦の前、出発前の出来事を、この男はしっかり根に持っていた――言い放ち、ジュンイチは一気に橋を渡りきり、38(t)に向けて突撃する。
 W号は相手の射線から逃れることを優先、38(t)&M3コンビの周りを旋回するように動いている。そのため、直進するジュンイチの方が前に出てしまった格好だ。
「馬鹿め! 返り討ちにしてくれるっ!」
 当然、桃にはすぐに対応された。機銃からバラまかれたペイント弾がジュンイチに襲いかかり――
「んなぁっ!?」
 直後、彼女は心底度肝を抜かれることになる。
 V突や八九式とやり合った際に使った盾を、ジュンイチは使わなかった。
 というか、持っていなかった――先の典子とのつかみ合いの中で放り出してきてしまっていたからだ。
 なので――



 全部よけた。



 一瞬、桃の目にはジュンイチが何人にも分身したように見えた。そのくらい高速、且つ細やかな動きで、ペイントの一滴の被弾も許すことなく、すべてかわしきってみせたのだ。
「忍者か貴様はっ!?」
「忍術仙術なんてモン選択科目にブッ込んでる学校で今さらっ!」
『確かに』
 桃へのツッコミ返しに思わず柚子と杏がうなずく中、ジュンイチは一気に距離を詰め、
「どっせぇいっ!」
 38(t)の砲塔に、渾身のドロップキックを叩き込む!
 もちろん、異能者とはいえ生身の蹴りだ。戦車を倒すにはまるで足りないが、狙いはそこにはないのでかまわない。
 狙ったのは――

 ぐわわぁ〜んっ!

 蹴りの衝撃が振動に、ひいては音に変換されて内部に叩き込まれたこの状態だ。
 どうせ緩衝材に吸収されて音はすぐにかき消えてしまうだろうが、それでも一瞬は彼女達の耳を貫くことには成功したはずだ。今の内――



    ◇



「もっ、桃ちゃぁ〜んっ!」
「桃ちゃん言うなぁっ!
 おのれっ! 柾木め、味なマネをっ!」
 ジュンイチの予想通り、中は蹴りの音が響いてモノスゴイことになっていた。一瞬だけ鼓膜に叩きつけられた強烈な衝撃に両耳を押さえる柚子に、桃も同様の体勢で声を上げる。
 ちなみに杏はジュンイチの狙いを予想していたので、蹴りの前から両耳をふさぎ済みだ。
「だがっ! ヤツにできるのはこんな嫌がらせがせいぜいだ!
 こうして戦車の中にこもっていればヤツは我々に手出しできんっ! W号の動きにさえ気をつけていれば――



 ――パカッ。



 砲塔のハッチが開かれた――外から、ジュンイチの手によって。



「…………あれ?」
「桃ちゃん……ハッチのロック、ちゃんとかけた?」
「……え?」
 柚子のツッコミに桃が間の抜けた声を上げる中、ジュンイチが懐から取り出した手榴弾を車内に放り込み――



    ◇



「桃姉のことだから、絶対ハッチのロック忘れてると思ったよ」
 どぱんっ!という音と共に、中でぶちまけられたペイントがハッチから外にも飛び出している――38(t)から離れてその光景を眺めながら、ジュンイチはあっさりとそう告げた。
 ジュンイチが放り込んだのは歩兵道用のペイント手榴弾。戦車道を受講することになった時点で備品として発注していたのが届いていたので、何本か拝借していたのだ。
 こいつのペイントを受けると手榴弾の爆発に巻き込まれたという扱いで即座に死亡判定になる……だけではない。今のように戦車の中で炸裂させることで、戦車すら一発で撃破判定にもっていけるのだ。実際、ジュンイチの目の前の38(t)からはすでに白旗が上がっている。
 これが実戦なら、車内に本物の手榴弾を投げ込まれたということ。そして本物の手榴弾の爆発なら車内はズタズタになっていることだろう。仮に車外に出ていて難を逃れた乗員がいたとしても、戦車がそんな有様では戦線復帰など望めるはずもない――というワケだ。
 ともあれこれで置いてきぼりにされた恨みは晴らした。次は――



    ◇



「ちょっ!? 柾木先輩、生身で戦車倒しちゃったよ!?」
「西住流もハンパないし!」
 先行していた38(t)はジュンイチによってあっという間に撃破されてしまった。目の前で見せつけられた“生身、且つ単騎での戦車撃破”というトンデモな光景に先のW号による立て続けの撃破劇も重なって、M3の車内は軽いパニック状態だ。
「どうするの? やっちゃう?」
「あんなの相手じゃあっという間にやられちゃうよぉ!」
 バトルロイヤルルールであり、しかもW号(+ジュンイチ)とM3の一騎打ち状態である以上、逃げたところで追いかけ回されるだけなのだが――弱気な車内の喧騒を他所に、とにかく状況を把握しようと、梓はハッチを開けて車外に顔を出した。
 ジュンイチは未だ38(t)の前。ゆっくりとこちらへと振り向いて――



 ――――次。



 唇が読めるワケではない。声だって聞こえない。しかしそれでも、ジュンイチがそう告げたのだとわかって――
「――――――っ!?」
 気づき、梓が振り向いて――そこに、ジュンイチが一瞬にして回り込んできていた。



    ◇



「ひゃあっ!?」
「――――っ!?」
 頭を軽く水平にはたく。それで脳が揺すられ、梓は抵抗もできないまま意識を失う――はずだった。
 しかし、実際にはジュンイチの手は空を切った。予想外の反応に、ジュンイチは思わず目を見張った。
 単なる偶然――ではない。
 あの時、梓は確かに自分を見ていた。縮地法によって一瞬にしてトップスピードに加速、瞬く間に背後に回り込んだ自分の動きを。
 そして、自分の振るった一閃を、身を沈めて回避した――カンでも幸運に助けられたワケでもない。明らかに、“こちらの動きに認識がついてきていた”
 おそらく訓練によって鍛えられたものではない、天性の反応速度――が、その辺りの詮索はあっさりと後回しにした。
「甘い」
「ひゃんっ!?」
 一閃をかわしたことで安心し、動きを止めてしまっていることこそ、天性頼みであることの何よりの証――そんな彼女のオデコにデコピン一発。
 痛みで思わず梓がうずくまればこちらのもの。無防備になったえり首をつかんで砲塔から引っこ抜く。
 あとは、車内にペイント手榴弾を投げ込めばジ・エンド――
「逃げろぉーっ!」
「急げぇーっ!?」
「ぅわっと!?」
 だが、ジュンイチと引っこ抜かれた梓をよそに――というか、頭上の攻防にまるで気づいている様子のない車中の面々がM3を発進させた、不意を突かれ、さすがのジュンイチも梓と共にM3の上から振り落とされてしまう。
「く…………っ!」
 このままでは梓が頭から――とっさに梓をかばい、ジュンイチは自らが下になるよう体勢を入れ替えて落下する。
 一方、逃げ出したM3はそんなジュンイチや梓を放ってさっさと走り去って――はいなかった。すぐそばで足元のぬかるみにはまって動けなくなっている。
 しかも、それに気づいていないのか、なかなかその場から離れないことに躍起になってエンジンをふかし、履帯を回している。
 当然のことながらやってはいけない悪手だ。高速でぬかるみの泥の中をくぐらされる履帯に、見る見るうちに泥がまとわりついていく。
 まとわりついた泥は履帯の継ぎ目、その隙間に入り込み、その動きを阻害する。一方それでも履帯を回そうとエンジンはますますうなりを上げる。
 結果――エンジンから伝わるパワーに耐えきれなかった履帯がガチンッ!と音を立てて千切れてしまった。その上肝心のエンジンも無理矢理に履帯を回そうとした負荷であっさりブロー。どう見ても自滅な形でM3の白旗が上がった。
 そしてジュンイチと梓は――
〈Dチーム、M3。Eチーム、38(t)、Cチーム、V号突撃砲。Bチーム、八九式――いずれも行動不能。
 よって――Aチーム、W号の勝利!〉
「……終わったか……」
 インカムから聞こえてくるのは亜美による模擬戦終了の宣告――ため息まじりにジュンイチがつぶやくと、一方で梓が現状を把握したようだ。
 すなわち、ジュンイチにかばわれた結果、彼に抱きかかえられている現状を――真っ赤な顔で口をパクパクさせていると、不意にジュンイチと目が合い、
「よぅ」
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
 ジュンイチの一言によっていろいろな意味で限界突破。梓は器用に彼の上で跳び起きると彼の上で正座して、
「す、すみません、先輩!」
「あー、いいよいいよ。
 “本能的に状況を把握して、オレから降りないように起き上った”その反応も、味方としては頼もしいしな」
 謝る梓にそう答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせて、
「ただ、だ……」



「気をつけて下りんと、オレと同じ目にあうぞ」



 ぬかるみのド真ん中に横たわるジュンイチの身体は、背中側が半分くらい沈んでいた。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第4話「相当ヤベぇぞ」


 

(初版:2018/02/05)