うなりを上げるエンジン音、大地を踏みしめる履帯……まだ不慣れな隊列を組んで、大洗チームの戦車隊は荒野――大洗(本土)の戦車道演習場を進んでいく。
「いよいよですね、西住殿」
 大好きな戦車道、その初めての試合ということで興奮を抑えられない様子の優花里がみほに告げるのを、ジュンイチは車外、砲塔の脇に腰掛けて聞いていた。
 とりあえず、W号が囮作戦のために隊列を離れるまでは自分の仕事はない。麻子の運転が快適なこともあって、このままのんびりと作戦地点まで――
〈あのー、それでどうするんでしたっけー?〉
「って!?」
 ――というワケにはいかなかった。今さらにも程がある一年生チームの通信手、宇津木優季からの全体通信に、思わずズッコケてW号からずり落ちそうになる。
「ちょっ、おまっ!? 今になってそれ聞くか!?」
〈えへへ、すみませーん〉
 なんとか転落は免れ、履帯に巻き込まれないよう注意しながらよじ登ってW号の上に復帰――ツッコむジュンイチに優季が応えると、みほが改めて説明する。
「えっと、今回は殲滅戦ルールが適用されますから、どちらか、戦車をすべて撃破された方の負けになります」
〈へー、そうなんだ〉
「おぅコラ。今もうひとり『話聞いてませんでした』宣言したヤツがいたな。聞き逃さなかったぞ。
 後で誰か特定して宇津木さん共々お説教だからな。覚悟しとけよ大野さん」
〈しっかり特定済みじゃないですか!〉

「えっと……」
「あぁ、悪い。続けて続けて」
「う、うん……
 それで、私達の戦車では真っ向から撃ち合っても勝ち目はありません。
 なので、相手を誘い込んで一気に叩く、囮作戦をとります」
 基本ノリの軽い連中ばかりなので、ちょっと油断するとすぐに話が脱線する。軌道修正したジュンイチに促され、みほが説明を続ける。
「まず、囮役である私達のチームが偵察も兼ねて先行します。
 他の戦車は開始前に渡したマップに示してある、丘陵地を登りきる手前の奇襲ポイントで待機してください」
 みほの指示に各車から了解の旨が伝えられて――
〈何か作戦名ないのー?〉
「え…………?」
 Eチームの38(t)、杏からの言葉に思わずみほの動きが止まる。そのまま少し考えて、
「……“こそこそ作戦”です!
 こそこそ隠れて、こそこそ攻撃します!」
「またずいぶんとド直球ストレートな」
「え? だ、ダメかな……?」
「いんや、そのくらいストレートなのもわかりやすくていいや」
 みほに答えて、ジュンイチはカラカラと笑って、
「そんじゃ、それに倣ってオレの役割にも作戦名をつけると、そうさな……」



「ビックリさせて、ムカつかせる――“ビクムカ作戦”ってところか」



    ◇



「…………仕掛けてきませんね」
 試合開始から少し経ったが、未だに大洗側との接触はなし――間がもたなくなってきて、聖グロリアーナの隊長車、チャーチルMk-Zの装填手、オレンジペコは車長席に座るダージリンに声をかけた。
「どこかで待ちかまえているんでしょうか……?」
「可能性は高いですね。
 考えられるのは、有利な場所に陣取って、こちらを誘き寄せる囮作戦、ですか……」
 オレンジペコに答えるのは砲手のアッサムだ――と、
「アッサム」
 走行する戦車の中にもかかわらず優雅に紅茶を飲んでいたダージリンが口を開いた。
「偵察に出ているクルセイダー隊を呼び出してくれるかしら?
 狐狩りよ――相手が陣取って待ちかまえているなら、彼女達に猟犬になって追い立ててもらいましょう」
「わかりました。
 クルセイダー隊、こちらチャーチル――ローズヒップ?」
 ダージリンの言葉にアッサムが通信を送るが、先方からの応答はない。
「ローズヒップ、どうしたの? 返事をなさい?」
「……ローズヒップが返事しないなんて珍しいですね。
 いつもなら二つ返事で応答してくるのに……まさかもう戦闘に?」
「それならわたくし達にちゃんと報告してくるわ。
 いろいろ見落とすことはあっても、そのものを忘れる子ではないもの」
 呼びかけを繰り返すアッサムの姿に、オレンジペコとダージリンがそんな会話を交わしていると――



〈――すんませーん〉



『――――――っ!?』
 聞こえてきた、“聞き覚えのある男の声”に、チャーチルの車内の空気が凍りついた。



    ◇



「すまんね。何度も呼びかけてきてるから、ちょいと代わりに出させてもらったよ」
 見上げる空は見渡す限りの快晴。これは干してきた洗濯物がよく乾きそうだ――そんなことを考えながら、ジュンイチは“戦車に備えつけの”無線機のマイクを片手にそう告げた。
 なぜ彼が聖グロリアーナの無線に応答しているのか――答えは簡単。
「ところでさぁ……」



「そちらさんの追加してきたクルセイダー三輌、瞬殺しちゃったんだけど、本隊マダー?」



 片側の履帯を失い、横転した分隊長車。
 一方は逆さまにひっくり返り、もう一方は正面から、砲塔をひしゃげさせながら地面に突き刺さった二輌の随伴車――



 彼の言うところの“瞬殺”の憂き目にあったクルセイダー隊、その分隊長車の無線を借りていたのだから。

 

 


 

第5話
「オレ達を、なめるなよ」

 


 

 

 ジュンイチがいったい何をしたのか――その始まりはほんの十分ほど前にさかのぼる。



「……いました。
 クルセイダーが三輌。型はおそらくMk-Wですね」
 戦車を少し後方に停めて、現在生身で偵察中――双眼鏡をのぞき込み、優花里がみほにそう報告する。
「うん……
 『追加で出してくるのはクルセイダー。となればその速度を活かして偵察、兼先陣に出してくる』――柾木くんの読み通りだね」
 同じように双眼鏡でクルセイダーの様子を見ながら、みほは先ほど交わしたばかりのやり取りを思い出した。

 

「ところで柾木くん」
「んー?」
「ダージリンさんを挑発して、戦車を出せるだけ出すように仕向けてたけど……その対策は大丈夫なの?」
「何だ、そのことか」
 さっき優季の発言にコケて落ちかけたので、今度は砲塔の上に移動――あぐらをかいて腰かけているジュンイチが、顔を出してきたみほの問いに軽く息をつき、
「大丈夫ジョブじょぶ。何とかなるよ。
 出してくる戦車の車種もだいたい想像つくし」
「そうなんですか?」
 口をはさんできたのは優花里だ。うなずき、ジュンイチは右の人さし指をピッと立て、
「ズバリ――クルセイダーが来る」
「クルセイダーが……?
 ……あれ? でもクルセイダーって……」
「あぁ。
 去年の全国大会後の世代交代以降、聖グロが練習試合も含めた対外試合にクルセイダーを出してきたことはない」
「ということは……現在のクルセイダー隊は二軍ということでしょうか?」
「その可能性は高いな。
 切り札として温存、って可能性も今回スタメンで出してこなかった以上は考えづらいし……」
「どういうこと?」
「連中が出場を考えてるだろう、戦車道の全国大会までもう日がないからなー。
 いくら虎の子っつったって、調整もなしにいきなり試合に投入なんて普通はやらんよ。練習試合なり何なり、何かしら対外試合の空気を味わわせるために一度くらい試合に出してくるはずだ。
 なのに、おそらく全国大会前のラストチャンスになるだろうこの試合にも出してこなかった――全国大会に向けての調整を考えてない証拠さ」
 みほへの答えを聞きつけ、顔を出してきた優花里や沙織にもジュンイチは平然と答える。
「この期に及んで二軍を出す、ということは、やはり我々に一軍の相手は務まらないと思われてるんでしょうか……?」
 ジュンイチにあれだけ言われたのに、まだこちらを侮っているというのか――と眉をひそめる優花里だったが、
「いやー、単に他に選択肢がなかっただけだと思うぞ」
 対するジュンイチの意見は違った。
「だって……」



「聖グロの手持ちの戦車で、オーダー変更期限ギリギリのあのタイミングで学園艦から呼び出して、開始時刻までに駆けつけられる戦車……とくれば、クルセイダーぐらいしかないからな」



「フフフ……思わぬところで巡ってきた試合出場のチャンス!
 ここで活躍して、ダージリン様にほめていただくチャンスですわ!」
 荒野を行く三輌のクルセイダー、その先頭に立つ分隊長車から身を乗り出し、ローズヒップは赤毛のショートヘアを風になびかせて歓喜の声を上げる。
〈しかしローズヒップ、我々の役目は敵の撃破ではなく……〉
「もちろん出しゃばるつもりはありませんわ!
 速さにモノを言わせて、偵察ついでに一撃入れて出鼻を挫く――その役目をしっかり果たしてみせますのよ!」
 二軍とはいえ、分隊を任され、ソウルネームをも許されているローズヒップの能力は決して低くない。
 というのも、彼女が二軍に甘んじているのは実力の不足からではなく、聖グロリアーナの一軍昇格に必要なもうひとつの条件、すなわち“淑女らしい振る舞い”がクリアできないからにすぎない。それさえ目をつぶれば、むしろ一軍の中でも上から数えた方が早いくらいの実力の持ち主である。
 だから、せっかちでこそあれ、役目を逸脱するようなマネはしない。ダージリンに任された役目を確実に果たす。それだけに意識を向けていた。
 そうこうしている間に、クルセイダー隊は岩場に差しかかり、切り立った崖に挟まれた脇道に入る。ここを抜ければ大洗側のスタート地点が視界に入る。接触の可能性は一気に跳ね上がるだろう。
「まず一撃、確実に決めますわよ!」
 分隊の仲間を鼓舞するようにローズヒップが宣言し――



 ダンッ!――と音を立て、崖の上から飛び降りてきたジュンイチがその背後に着地した。



「――――――っ!?」
 ジュンイチの実力なら、戦車の装甲の上でも音を立てず、ローズヒップに気づかれることなく降り立つことはできただろう。
 しかし、ジュンイチはあえて豪快に足音を立てて着地した――ローズヒップをより驚かせるために。
 狙い通り、驚きのあまり警戒も忘れて振り向いてきたローズヒップの脳天にハリセンで唐竹一閃。彼女を車中に叩き込む――というか、ハリセンの一撃を受けた拍子に足元を踏み外したローズヒップが、勝手に車内に“滑落”していった。
 すかさず砲塔のハッチを閉めてローズヒップを閉じ込める。他のハッチから出てくるかもしれないが、それまで長引かせるつもりはない。
 一方で、随伴車がすでにこちらに機銃を向けるべくフォーメーションを崩し、ローズヒップの分隊長車の後ろに回り込もうとしている――ので、迷うことなく懐から取り出した二丁拳銃を連射。随伴車の各車長の胸に、二発ずつペイントの花を咲かせる。
 あと一発の被弾で死亡判定だ。やられてはたまらないと二人の車長はあわてて車内へと逃げ込む――予定通りなので、続けてペイント手榴弾を放る。
 手榴弾は随伴車の前に落下。一度跳ねて、炸裂してペイントをぶちまける――そんなところで炸裂させても誰ひとり撃破できないが、ペイント手榴弾自体で撃破するつもりはないのでかまわない。
 ペイント手榴弾の役目は操縦手席、そののぞき窓をペイントでふさぐこと――そしてまさに狙い通りに、視界を奪われた随伴車二輌の動きが安定を失う。
 しかし彼女達は車外に出て視界を確保することができない。そんなことをすればペイント弾をお見舞いされるであろうことは両車の車長の被弾によって彼女達の頭に刷り込まれているはずだ。
 これで後ろの二輌は事実上の無力化。さっさとケリをつけるべく、前方へと跳ぶ。
 地面に着地すると同時、ローズヒップの分隊長車に向け、背を向けたままバックダッシュの如く跳ぶ――その一方で腰の帯に差していた愛用の霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放つ。
 相手は戦車。へし折られてはたまらないと“力”で強度を補強しつつ、振り向きざま、すれ違いざまに一閃――狙うは履帯、そのつなぎ目の金具だ。高速回転真っ最中の履帯に対し、正確に金具のひとつへと一撃を撃ち込む。
 つけられた傷はほんの小さなものだが、十分だ。クルセイダーの高速走行が金具に負荷をかけ、刻まれた傷をあっという間に広げていく。
 限界はすぐに来た――バキンッ!とイヤな音を立てて履帯が千切れ、左の履帯を失ったローズヒップのクルセイダーは残る右の履帯の進もうとする力に引っ張られて左に旋回してしまった。
 そこに突っ込んでくるのは視界を奪われ、分隊長車に起きたことを知る由もない随伴のクルセイダー二輌。戦車二両のぶちかましを横っ腹にまともにくらい、分隊長車がたまらず横転する。
 そのまま、まるでブルドーザーのように地面をガリガリと削りながら、随伴車二両は自分達のリーダーの車両を押していく――視界を奪われ、外に出て状況を確かめることもできない。おかげで自分達がぶつかり、押しているのが何かもわからない。しかしそれでも彼女達は戦車を止めない。いや、止められない。
 理由は簡単。こんな状況で足を止めようものなら、それこそジュンイチに何をされるかわかったものではないからだ――この短時間でロクな抵抗もできないままに反撃どころではない状況にまで追い込まれてしまったことで、クルセイダー隊の面々の脳裏にはジュンイチへの苦手意識がしっかりと刷り込まれてしまっていた。
 何も見えず、されど止まれず。文字通り盲目的に突き進んでいくクルセイダー隊の行く手に待つものは――
「お達者で〜♪」
 落差三メートルほどの小さな崖だった。ひらひらと手を振るジュンイチに見送られ、三輌のクルセイダーは轟音と共に崖下へと転落していった。



 ――と言っても、落差はたった三メートル。戦車の全長とさほど変わらない程度の高さからの落下ではすぐに鼻っ柱が地面に突っ込んで終わりだ。中の乗員にしてもよほど打ち所が悪くない限りは打撲、擦り傷くらいですむだろう、その程度だ。
 しかし、戦車の走行の上では致命的だ。転落した三輌のクルセイダーはローズヒップの分隊長車が横転、随伴車も一方は上下逆にひっくり返り、もう一方は正面から地面に突き刺さっている……と燦々たる有り様だ。
「ど、どうなったんですの……?」
 そんな中、分隊長車の砲塔のハッチが開いた。車内でワケもわからないままさんざんシェイクされたローズヒップが力なくはい出てきて――
「そこまでだ」
 その後頭部に、ガチャリッ、と銃口が押し当てられた。
「いくら安全に配慮したペイント弾でも、撃つのは実銃だ。至近でくらえばそれなりに痛いぞ。
 後頭部にコブひとつこしらえたいなら止めねぇがな」
 ジュンイチだ――ローズヒップの死角に立ち、静かにそう告げる。
「それにクルセイダーだって、いくら白旗が揚がってなくても、このザマじゃどの道復帰はムリだろ。
 投降しろ――時には負けを認めんのも、強さだぜ」
 告げるその言葉に、ローズヒップは答えることができなかった。



    ◇



「まさか、ローズヒップがこんなにも早く……!?」
 先鋒部隊壊滅の報せ――他ならぬ、それを成した張本人からもたらされたその報せをにわかには信じられず、オレンジペコは呆然とつぶやいた。
 正直に言えば、オレンジペコは彼女のことが少し苦手だ。英国淑女らしい優雅な立ち振る舞いや気品を第一に重んじる聖グロリアーナにあってそれらを全力でかなぐり捨て、しかもそのことに何ひとつ疑問を抱かないその姿勢は、オレンジペコの目にはかなり奇異に映るし、それ以前にあの押しの強い性格に迫られたら控えめな性格のオレンジペコには成す術がない。
 しかし、そんなオレンジペコもローズヒップの実力が確かなものであることは認めている。聖グロリアーナ戦車隊三大派閥がひとつ、クルセイダー巡航戦車隊の隊長の座は、何の取り柄もない二軍選手が勢いだけで勝ち取れるような甘いものではないのだ。
 そのローズヒップが率いる三輌のクルセイダーが、不慣れな対歩兵戦とはいえ、生身の、しかもたったひとりの歩兵を相手に、こちらへ報告することもできないままに叩き伏せられたというのか――
「……少しは、楽しめそうね」
 と、オレンジペコの脇から発せられた楽しげな声――紅茶の注がれたティーカップを手に砲塔の上に立つダージリンだ。
「寄せ集めの戦車に歩兵まで駆り出さなければならないほどの急造チームが相手では、こちらの学ぶことなんてないと思っていたけれど……」
 そう独りつぶやくと、ダージリンはティーカップを手にしたままチャーチルの中に乗り込み、
「全車、前進」
 ダージリンの指示で、聖グロリアーナの戦車、残存する五輌が一斉に動き出した――ダージリンが、ティーカップを手にしたそのままで。



    ◇



〈あと、この周波数は今後敵に傍受される恐れがあるわ。以後通信は第三予備チャンネルで〉
「――あらら、対応されちゃったか」
 ダージリンの言葉を最後に、通信がプッツリと途切れる――が、ジュンイチは大して気にする様子もなく軽く肩をすくめて、
「ねー、第三予備チャンネルって周波数いくつー?」
「教えるワケがないでしょうがっ!」
 平然と尋ねたジュンイチに、車外で力なくしょぼくれていたローズヒップが力いっぱいツッコんできた。
「いったい何なんですの、あなたは!?
 試合前にダージリン様に思いっきりケンカふっかけといて、今さらそんな馴れ馴れしくしたってわたくしが応じるワケがないでしょう!
 バカですの!? バカなんですの!?」
「決着ついたらノーサイドがオレの流儀でな。
 試合前や試合中にどれだけ頭に来ようが、それは試合の中で晴らすもんだ。負けて脱落したヤツらに対して、脱落した後まで引きずる気はねぇよ――だからひっくり返ったクルセイダーからお前ら全員レスキューしてやったんだろうが」
 くってかかってくるローズヒップを軽くあしらう――そう。周りには二人以外にも三輌のクルセイダーに乗っていた乗員達が全員顔をそろえている。念のためにとケガの有無を確認に動いたジュンイチによって車内から助け出されていたのだ(もちろん、ジュンイチの“作戦”の中にはこの救出にかかる時間もしっかり計算に入っていたりする)。
 ともかく、ツッコミが勢い余りまくった結果真っ向体当たりの突撃状態となったローズヒップを受け流すと、ジュンイチは彼女やクルセイダー隊の面々に背を向けた。
「あら、もう周波数を聞き出すのはおやめになるんですの?」
「教えてくれねぇんだろ? だったら傍受せずにどうにかする手を考えるさ。
 ひとつ手がつぶれたくらいで万策尽きるほど、オレの手札は少なくないんでね」
 さもそれが当然であるかのように答えるジュンイチに、ローズヒップは眉をひそめた。
「あなた……まさか本気でダージリン様に勝てると思ってますの?」
「思ってなきゃケンカ売らねぇよ。
 こちとら、勝つつもりのないケンカはしない主義なんでね」
「本気でバカですの!?
 あんな寄せ集めの戦車でダージリン様達に勝てると!?
 わたくし達を倒したからって調子に乗らないでくださいます!?」
「別に調子に乗ってるつもりはないんだけどなぁ……」
 ローズヒップの剣幕に対し、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめて、
「お前さんの言う通りだよ。
 ウチは寄せ集めの上に性能でも負けてる戦車ばかり。
 その上乗ってるヤツらもいきなり模擬戦にブッ込まれるわまともな練習なんて一日しかやってないわと不安要素の塊だ。むしろ勝てる要素を見つけろって方がムリがある」
「だったら――」
「でも、だ」
 ローズヒップの言葉に己のそれを重ね、ジュンイチは告げた。
「ンなの、そもそもやる前からわかりきってたこと。最初から前提条件に入ってんだ。
 そして、オレ達はその上で、“それでも”勝ちたいと思ってる。
 だったら――」







「打てる手全部打って、死に物狂いで勝ちに行くまでだ」



    ◇



「……見つけました。
 マチルダU四輌、チャーチル一輌、確認――聖グロリアーナの一軍ですね」
 一方その頃、みほと優花里は偵察を継続中。発進し、こちらを探して荒野を進む聖グロリアーナの戦車隊を捕捉し、優花里がみほに報告する。
「さすが、きれいな隊列を組んでますねぇ」
「うん。
 あの速度を維持したまま、少しも隊列を乱さないなんてすごい」
「私達も、あれだけのことができるようにならないといけないんですよね……」
 文字通り一糸乱れぬ聖グロリアーナ側の隊列は、とりあえず形を作るだけでも精一杯の大洗側とは大違いだ。目指す頂はまだまだ遠いとため息をつく優花里だったが、気を取り直して本題に戻る。
「それにしても、どう攻略しましょうか……
 こちらの徹甲弾では、あちらの正面装甲は抜けませんし……」
「んー、そこは戦術と腕、かな。
 柾木くんも、きっと同じようなこと言うんじゃないかな?」
「あー、言いそうですねぇ。
 『正面から抜けないなら、側面から抜けばいいのに』とか何とか。どこのマリー・アントワネットですか」
 優花里がジュンイチの物真似までしてそんなことを言うものだから、みほは思わず吹き出してしまう――ともあれ、相手を捕捉した以上ここに留まっている理由はないので、二人で後方に待機せていたW号戦車に戻る。
「冷泉さん、起きて。
 エンジン音が響かないように気をつけながら転回してください」
「…………ん」
 みほの言葉に、案の定居眠りしていた麻子が反応する――眠そうに目をこすりながら、しかしそれでもみほの指示は聞こえていたようで、W号その場で反転させる。
 そのまま、ダージリン達に見つからないようにその場を離れ、あちらを狙いやすい位置へと移動する。
「敵、前方より接近。
 砲撃用意!」
「装填完了!」
 相手の位置を確認、指示を下すみほに優花里が応えると、華が照準スコープをのぞき込む。
 スコープから見えるチャーチルはスコープ内に表示された三角印に重なって見えている――中央の大きな三角印から見て、小さな三角印三つが重なっている。
 この三角印は相手との距離を計算するための参考となる角度を示す目盛りで――
「えっと、チャーチルの幅は……」
「3.25メートル」
「真ん中の大きな三角が4シュトリヒで、小さな三角が2シュトリヒ、すき間が1シュトリヒ……でしたね。
 目標÷シュトリヒ×1000が距離。4シュトリヒだから……810メートル……」
 みほが教えてくれたチャーチルのサイズを元に華が暗算しながら照準を調整。そして――
「撃て!」
 発砲。みほの合図で撃ち放たれた砲弾はチャーチルを捉え――なかった。その足元に着弾し、チャーチルの車体をわずかに揺らしただけに終わる。
「戦車の方が仕掛けてきましたね」
「当然ですね。
 ローズヒップ達が倒された場所から“彼”が戻ってくるには、全力で走ったとしてもまだかかるはずです」
「彼が戻ってくるまで待てなかったのかしら。
 まぁ、仕掛けてくるならお相手しましょうか」
 当然相手にはW号の位置がバレるワケで――紅茶をいれながら話すオレンジペコやアッサムの会話にダージリンが応じ、聖グロリアーナの戦車隊が一斉に転進する。もちろん、照準をW号に向けながら、である。
「すみません……」
「目的は撃破じゃないから、大丈夫」
 W号も転進してその場を離れる――狙いを外したことを謝る華にみほが応えると、
〈ただし教訓にはしとけー。当てるに越したことはなかったんだからな。
 正しくは812.5メートルだ。焦って概算で済ませるとそういうことになる〉
「は、はい……って、柾木くん?」
「柾木くん、そっちはどう?」
〈次の作戦ポイントに移動中。
 予定通りのタイミングには着けるよ――“お前らがそれまで耐えられるかが勝負だぜ”〉
 通信で会話に割り込んできたのはジュンイチだ。どうやら一連のやり取りを根こそぎ聞いていたらしいが、かまわず尋ねるみほに平然とそう答える。
〈それより、気ィ引きしめろー。
 そろそろ敵さん、撃ってくる頃だぞ〉
 ジュンイチの言葉にみほが振り向くと、聖グロリアーナの戦車隊がこちらへの転身を完了したところだった。
「全車、前方のW号に向けて攻撃開始」
 そして、ダージリンの号令で攻撃開始。逃げるW号の周囲に砲弾が次々に着弾し始める。
「なるべくジグザグに走行してください。
 こちらは装甲が薄いので、一発でももらったら終わりです」
「りょーかい」
 指示を出すみほに麻子が応える――が、すでにW号は彼女の操作で右へ左へと蛇行を繰り返し、ダージリン達の砲撃を巧みにかわしている。
 それも、ただ蛇行するだけではない。大きめの岩を見つけるとそれを背にするように回り込み、ダージリン達に対するブラインドや盾として活用している。
「……やるわね」
 そんな麻子の操縦は、後を追うダージリンから見ても見事なものだった。ティーカップを手にしたまま感嘆の声を上げる。
 その手のティーカップには紅茶がなみなみと注がれている――が、荒野の中を疾走する戦車の中にあっても、その水面は静かなものだ。
 これも、聖グロリアーナでの、戦車道と共に叩き込まれる淑女のたしなみのひとつで――
「我が校の戦車は、一滴の紅茶もこぼしたりしないわ。
 あなた達に、これだけのことができて?」
 ダージリンの言う通り、彼女だけではなく砲手のアッサムや操縦手のルフナも紅茶の注がれたティーカップを手にしているし、装填手のオレンジペコも砲弾を薬室へのガイドに乗せて片手が空いたとたんにその手が傍らのティーカップに伸びる。
 それでいて誰ひとりとして紅茶をこぼしたりはしていない――確かにすごいが、その技術を戦車の操縦に振り向ければもっと余裕のあるプレイングができるのにと思うのは決して気のせいではあるまい。
 しかし誰も紅茶を手放さない。なぜならそれが彼女達のアイデンティティだから――ジュンイチに「紅茶狂い」と言わしめた所以がそこにあった。
 が、そんな中でも聖グロリアーナの戦車隊による攻撃は続いていて――
「…………っ」
 すぐそばに至近弾――衝撃に大きく揺さぶられ、W号の砲塔から身を乗り出していたみほはとっさにハッチの縁にしがみついて耐えしのぐ。
 と――前方、通信手席のハッチが開き、沙織が顔を出してきた。
「みぽりん! 危ないよ!」
「え……?
 ……あぁ、操縦席の周りはカーボンでコーティングされてるから大丈夫だよ」
「私達じゃなくてみぽりんだよ!」
 気にすることなく応えるみほだったが、沙織は「違うそうじゃない」と反論してきた。
「そんなに身を乗り出して、当たったらどうするの!?」
「んー、でも、そうそうめったに当たるものじゃないし、この方が状況をよく把握できるから」
「それでも当たっちゃったら!?
 みぽりんにもしものことがあったら、私……っ!」
「――心配してくれてありがとう。
 それじゃあ、お言葉に甘えて」
 沙織の説得に応じ、みほが車内に戻る――かと思いきや、ほんの少し低い位置に陣取り直しただけ。「ちーがーうーっ!」と沙織が頭を抱えているが、かまわず咽喉マイクに手を当て、自らのノドに押しあてながら告げる。
「こちらW号!――」



    ◇



 その頃、待ち伏せている面々はといえば――
「かっくめ〜いっ!」
「やだー、どうしよーっ」
 パンジャンドラム柄のトランプで大富豪に興じる一年生チーム。
「いつも心にバレーボール!」
「そーれっ!」
 待っている間の時間をムダにしてたまるかと、持ち込んでいたボールでバレーの練習に励む元バレー部チーム。
 杏も杏でいつの間にか持ち込んでいたのか、デッキチェアを取り出して38(t)の後部車上で日向ぼっこと洒落込んでおり、真面目に待機しているのは歴女チームの四人と桃、柚子の六人だけ、という有り様であった。
「……遅いっ!」
「待つのも作戦の内だよ、かーしま」
「ですが……」
 しかし、周りが周りなので、真面目に待っている組にとっては精神衛生上非常によろしくない――案の定、真っ先に焦れてきた桃を杏がなだめていると、
〈こちらW号!〉
 桃にとって待望の通信が入った。
〈現在、敵を引きつけつつ後退中!
 あと五分でそちらに到着します!〉
「了解!
 Aチームが戻ってくるぞ! 全員戦車に乗り込め!」
「えー? せっかく革命起こしたのにー」
 桃の言葉に一部から不満の声が上がるが、それでも全員があわてて戦車に乗り込んでいく。
〈あと500メートルで、敵戦車射程内です!〉
 みほの通信に一同が息を呑む中、静寂が一秒、二秒――見据える谷間にW号の姿が見えt
「撃てぇーっ! 撃て撃てぇーっ!」
 瞬間、桃の声が通信によって全車に届く――極度の緊張にさらされていた各車の砲手達はその言葉に半ば反射的に、弾かれるように砲撃を開始する。



 敵を引きつけ、合流してきたW号に向けて。



「ち、ちょっと!?」
「味方を撃ってどーするのよーっ!」
 あわてるみほや沙織が声を上げ、W号は麻子の巧みな操縦で砲撃をかいくぐる――おかげで何とか難を逃れたが、今の誤射は後方のダージリン達にもしっかり見られていた。
「やはり待ち伏せでしたね」
「こんな安直な囮作戦、わたくし達には通用しないわ」
 しかも、聖グロリアーナ側は元から待ち伏せを想定していたので、動揺もなく落ち着いたものだ。アッサムとダージリンが言葉を交わす間にも、冷静な操縦で改めて自分達を狙ってきた砲撃を回避していく。
 せっかく装填していた弾を誤射で無駄撃ちしてしまったこともあり、大洗側は完全に先手を取られてしまった。あわてて再開した砲撃を継続するが、聖グロリアーナ側は臆することなく大洗側を逆に包囲すべく陣形を展開していく。
「そんなバラバラに攻撃しても!
 履帯を集中して狙ってくだs
〈撃て撃てーっ! とにかく撃てぇーっ!
 見えるものはすべて撃てぇーっ!〉
 みほが落ち着いて砲撃するよう促すが、桃がわめき散らすものだから指示が通らない――誤射してしまった焦りに加えて桃に急き立てられ、一同のパニックは落ちつくどころかますます悪化していく。
 そうしている間に、聖グロリアーナ側は二手に分かれ、大洗側が陣取る高台に至る左右の坂道を押さえてしまった。
 これでは逆落としで突破することもできない。一応まだ後方の道から後退することもできるが、まだ経験の浅い大洗のメンバーに撤退戦は――
「全車、前進」
 一方、聖グロリアーナ側はついに進撃開始。ダージリンの指示で一斉に坂を登り始める。そして――
「全車、攻撃開始」
 合図と共に各車発砲。大洗側のようなバラバラな砲撃ではなく、タイミングを合わせた強烈な一斉射撃が大洗の戦車隊へと降り注ぐ。
「すごいアタック!」
「ありえなーいっ!」
「落ち着いてください! 攻撃やめないで!」
 ほとんど失われた統制を何とか取り戻そうと、みほが懸命に呼びかけるが、
「ムリですーっ!」
「もうイヤぁーっ!」
「あ! 待って! 逃げちゃダメだってばーっ!」
 とうとう一組が限界突破。リーダーの梓が止めるのも聞かず、一年生チームの面々が、こともあろうに砲撃が降り注ぐ中戦車の外に飛び出し、逃げ出してしまう。
 あわてて梓が連れ戻そうと後を追うが、その間に彼女達のM3に砲弾が直撃。白旗が上がってしまう。
 これで一年生チームが再起不能リタイア。さらに――
「あれ? あれれ?」
「ありゃー、外れちゃったねー、履帯。
 38(t)は外れやすいからねー」
 至近弾の衝撃で跳ね上げられた拍子に左側の履帯が外れてしまったのは38(t)だ。おかしくなった挙動にあわてる柚子に対して、杏があくまで気楽にそう告げる。
「武部さん! 各車状況を確認してください!」
「う、うん!」
 とにかくまずはパニックを収拾しなければ話にならない。そのためにも各車の状況を把握しなければ――みほの指示に沙織は各車へと順番に通信をつなぎ、
「えっと、Bチーム、どうですか!?」
〈何とか大丈夫です!〉
「Cチーム!」
〈言うに及ばず!〉
「Dチーム!」
〈………………〉
「Eチーm
〈撃って撃って撃ちまくれぇーっ!
 無事な車両はとことん撃ち返せぇーっ!〉
 (主に桃のせいで)もはやまともなやり取りすら成り立たないEチームと戦車の中がもぬけの空なDチームはともかく、B、Cチームはしっかりした返事が返ってきた。少しは落ちついてきたようだ。
〈隊長! 私達どうしたら!?〉
〈指示を!〉
「もう少しだけこらえてください!」
 Bチームの典子やCチームのエルヴィンから指示を求める通信が入る――対し、みほはキッパリとそう答えた。
「前後に小刻みに動いて狙いを絞らせないようにしながら、回転率優先でとにかく撃ちまくってください。
 相手にパニックからまだ立ち直っていないと思わせて、もう少し引きつけます!」
 指示を出しつつ、みほは砲塔の上から周囲を見回した。
(柾木くん……っ!)
 この場を切り抜けるためのキーパーソン、その姿を探すためだ。打ち合わせ通りのタイミングならもう着いているはず――
「――って、えぇっ!?」



    ◇



「……こんなものかしら」
 目の前に見える大洗の戦車隊は、こちらの攻撃にあわてふためいて闇雲な砲撃を繰り返すばかり――いささか拍子抜けな気がして、ダージリンは思わずため息をついた。
「歩兵の彼が思ったよりやるようだったから、もしかしたらと思っていたのだけど……」
「まぁ、20年ぶりの活動再開ですし、その上素人ぞろいなんですから仕方ないでしょう――お茶いります?」
「いただくわ」
 答えて、伸ばされた手にティーカップを預ける――その手が頭上に、車外に引っ込んでいくのを横目に、ダージリンは視線を前方に戻した。
「それに、彼女達は最初いきなり模擬戦に放り込まれた上にまともな練習ができたのはたった一日だけ。
 素人な上に練度も足りないどころか、本当なら戦車を動かせてるだけでもすごい、なんて状態なんですから、まともにぶつかったって勝てるワケがないんですよ――はい、どうぞ」
「ありがとう」
 声と共に頭上から差し出されたティーカップを受け取り、ダージリンはそれを口元に運び――
「だから――」



「まとも“じゃなく”ぶつからせてもらうわ」
「ぶふぅっ!?」
 いつもの口調に戻ったジュンイチの言葉に、ダージリンは思わず吹き出した。



 気道に入ったらしく、淑女らしからぬ勢いでせき込むことしばし――ようやく落ち着いてきたか、ダージリンは頭上、砲塔のハッチからこちらを見下ろしてきているジュンイチをキッとにらみつけた。よほど苦しかったようで、見上げるその目はちょっぴり涙目だ。
 だが、そもそも彼女がここまで驚いたのは、ジュンイチのいきなりの登場、それだけではなくて――
「おやおや、薬膳茶はお嫌いかい?
 身体にいいのに、もったいないねぇ」
「そういう問題ではないでしょう……っ!」
 カラカラと笑うジュンイチの言葉に、さすがにダージリンのこめかみにも青筋が浮かぶ。
「紅茶と思って飲んだものがまったく違う味をしていれば、それが何であれ驚くでしょう!?」
「やれやれ、嫌われたもんだね。
 せっかくアンタのために美肌の薬効成分多めにしといたのに」
「そんな気遣いされたら感謝するしかないじゃないありがとうございますっ!」
「ダージリン! 何をしてるんですか!?」
「彼は敵ですよ!?」
「――――ハッ!?」
 気がつけば、すっかりジュンイチのペースに巻き込まれていた――アッサムとオレンジペコの声にようやく我に返るダージリンだったが、そこは自らを見失っていても聖グロリアーナの総隊長。我に返った時には、すでにその手は傍らに備えつけられたそれへと伸びていた。
 ジュンイチがローズヒップ達に使ったのと同じ、ペイント弾を装填した拳銃だ。相手の斥候との遭遇時に備えて常備されていたそれをかまえるが、ジュンイチはすでにチャーチルを離れて仲間達の元へと爆走中。もはや拳銃の訓練経験の浅いダージリンに当てられる距離ではない。
「合流させてはダメよ!」
「わかってます!」
 ローズヒップの隊が壊滅させられたと聞いた時にはにわかには信じられなかったが、今のやり取りで確信した。
 少なくとも彼は“本物”だ。今、彼がその気だったならペイント手榴弾を放り込まれて自分達はやられていた――そのくらい自然に、彼は自分達の中に解け込んでいた。
 あれだけのことをやってのける相手だ。正真正銘本気になる前に、面白半分なノリでいる今の内に叩いておかなければ大変なことになる――ダージリンの言葉にアッサムが応え、機銃掃射でジュンイチを狙うが、
「ほっぷっ! すてっぷっ! とりぷるあくせるっ!」
 当たらない。わざわざトリプルアクセルまで盛り込んだステップでペイント弾をかわしきり、ジュンイチはみほ達のところまで戻ってきた。
「たっだいま〜っ♪ 追加で挑発してきたよ〜♪」
「た、『ただいま』って……」
「相変わらずフリーダムというか何というか……」
「これを『フリーダム』の一言で片づけちゃっていいんでしょうか……?」
 ジュンイチの言葉に苦笑するみほと沙織に、優花里が冷や汗まじりにツッコミを入れる。
 ある意味“真っ当な奇襲”であったクルセイダー隊の時とはワケが違う。撃破しようと思えば可能であったにも関わらず、わざわざ挑発だけのために敵戦車へと潜入。
 しかもその挑発はバラエティ番組のドッキリとさほど変わらないし、こちらに帰ってくる時もわざわざ三段跳びとトリプルアクセルの複合ジャンプなどという“遊び”を見せながらただの一発も被弾を許していない。
 手段がふざけまくっているせいで気づきづらいが、間違いなく超高等技術――だが、その技術を用いてやることがあまりにも遊びが過ぎる。
 ハッキリ言って“才能の無駄遣い”の極致だ。みほ達の反応も優花里のツッコミもわからないではないが――
「それはいいがこれからどうするんだ?」
「って、そうだよ!
 今絶賛大ピンチなのに、そんな遊んでる場合!?」
「場合だよー。
 だって、“次の一手に冷静に対処されたら困るしね”」
 冷静な麻子の指摘に状況を思い出した沙織があわてるが、ジュンイチは平然と“それ”を取り出した。
 柄の先端の輪に手榴弾を括りつけた苦無だ――手榴弾はペイント弾ではなく、対戦車用の実弾である。
 刃の先端を指ではさみ込む形で左右各四、計八本の苦無手榴弾をかまえて――投げた。左右、自分達のいる高台へ続く道への出入り口、その岩壁を爆破する。
 しかもただ爆破したワケではない。狙ったのはそれぞれのポイントの、積み上がった岩のバランスを保っていた重心の“要”――結果、あっさり崩落した岩壁、それを形成していた大小様々なサイズの岩が、聖グロリアーナの戦車隊に向けて転げ落ちていく。
 これには聖グロリアーナの戦車隊も驚き、一瞬動きを止める――が、それだけだ。崩れた岩は戦車にダメージを与えるにはまるで大きさが足りていなかった。それどころか履帯のカウルにすら届かぬ大きさのものばかりで、先頭のマチルダにぶつかったところで止まってしまう。
「……な、何をするかと思えば……驚かせてくれただけ……?
 その程度でわたくし達の動きを止められると思ったのかしら?」
 ダージリンも、いきなり岩壁を爆破されたのは驚いたが、転げ落ちてきた岩が取るに足らないものだとわかって安堵のため息をひとつ。
「とはいえ、これ以上ふざけられても困るわ。
 ここで決めましょう。全車、前進再開」
 ダージリンが改めて指示を出し、マチルダが、チャーチルが動き出す――



 だがこの時、ダージリンは気づいていなかった。
 自らの犯した、重大なミスに。



 ダージリンは自らを戒めておくべきだった。
 歩兵戦とは明確に区分けされた高校戦車道に身を置いてきた自分達は、戦車戦では百戦錬磨でも対歩兵戦においてはまったくのド素人にすぎないということを。



 だがダージリンは気づかない。
 戦車戦の豊富な経験によって覆い隠された、自分達の陥ろうとしている落とし穴に。



 だから――



 ダージリンが自分達に迫る危険に気づいたのは、先頭のマチルダが岩を乗り越えようとその上に乗り上げたその瞬間――ジュンイチの口元に浮かんだ笑みを見た時だった。



「いいのかなー?
 “そんな坂道のド真ん中で、そんなにのけぞっちゃって”」



 唇の動きで、ジュンイチがそう告げたのがわかる――その言葉と、まさに『悪魔の笑み』と表現するに相応しい、本当に耳まで裂けてるんじゃないかと錯覚するほどに口元を歪ませた、愉悦に満ちた笑みで気づいた。
 先頭の、今まさに岩を乗り越えんとしているマチルダが“どんな体勢なのか”――
「いけない! 下がりなさい!」
〈え――――?〉
 件のマチルダの戦車長が疑問の声を上げる――が、遅かった。
 ジュンイチはすでに動いていた。右手を一閃、投げつけた苦無手榴弾は、狙い違わず件のマチルダの前面、その先端部に突き刺さり――



 爆発の瞬間、マチルダの車体が“縦方向にひっくり返った”。



 30tもあるマチルダの車体が、たった一発の手榴弾の爆風で――だが、それも無理はない。
 ただでさえ急な登り坂にあって、さらに岩を乗り越えるためにその上に乗り上げようとしていたところだったのだ。いかにドッシリとした作りの戦車でも、その重心は後ろ、乗員から見て後ろ斜め上に偏りに偏った状態となる。
 そこから先端に、跳ね上げるような方向に爆発を起こされ、後ろへのベクトルをさらに追加された。この一撃がトドメとなって、マチルダの車体のバランスは後方へ完全に崩されてしまったのだ。
 ひっくり返ったマチルダはいきなりのことで逃げ切れなかった後続のマチルダに激突。幸いそこから横に転げ落ちるように半回転、無事砲塔を上に向けた形で着地できた。
 おかげで走行不能によるリタイアは免れたが、それを見つめるダージリンの表情は硬い。
(これは……うかつに攻められなくなったわね……)
 何しろ岩は自分のいる側はもちろん、反対側の道に回ったマチルダ二輌の前にも大量にばらまかれたし、岩壁のすべてが破壊されたワケではない以上、ジュンイチはさらに岩をばらまくことだってできるのだ。
 岩の大きさも絶妙に嫌らしく、踏みつぶして進もうにも大きすぎるものが、間をすり抜けていくのは不可能なくらいの密度でばらまかれている。これではどうしても乗り越えていかざるを得ないが、うかつにそんなことをすれば、先ほどのマチルダの二の舞だ。
 否、『二の舞』だけで済めばまだいい方だろう。もし、生じる一瞬のスキに戦車の砲撃など撃ち込まれたら、いかにマチルダやチャーチルでもひとたまりもない。
 戦車の底面装甲は、戦車の中でも特にもろい部分のひとつだ。ここなら火力で大いに劣っている大洗の戦車でも――
「――――――って!?」
 と、そこまで考えを巡らせて、ダージリンは気づいた。
「んー? どしたのかなー?
 そんな“ウチの戦車を軒並み見失ったみたいな顔してさ”」
 さっきから妙に静かになっている――ジュンイチの周囲にいた、大洗側の無事な戦車が一輌残らずその場からいなくなっていることに。



    ◇



〈ホーイ、こちら柾木ー。
 お前ら逃げたのバレちった。現在あちらさんに見失われないように引きつけながら誘導中〜〉
「了解。
 気をつけてね」
 連絡を入れてきたジュンイチにそう応えると、沙織は車長席のみほを見上げて、
「みぽりん! 柾木くん、バレちゃったって!」
「了解です」
 沙織の報告にうなずくと、みほは前方へ、これから向かおうとしている大洗の市街地へと視線を戻す。
 囮作戦を放棄した彼女達のこの行動、その理由は試合前のやり取りに起因していて――

 

「……柾木くん」
 試合開始前、車内で待機していたジュンイチに、みほが小声で声をかけてきた。
「柾木くんは、その……失敗すると思ってるんだよね? 囮作戦」
「あぁ。
 何? 桃姉に逆らって、独自の作戦でいこうって話?」
「あ、ううん、そうじゃなくて……」
 狭い車内で器用に身体を寄せてきて尋ねるジュンイチに、みほは首を左右に振って、
「利用できないかな? この囮作戦」
「利用……?」
「うん。さっき柾木くんが言ってた、油断の話。
 予想通りの囮作戦を予想通りに失敗すれば、ダージリンさん、また油断するんじゃないかな……?」
「そうか……
 どうせ失敗する囮作戦なら、それ自体をあちらさんに油断させるための捨て石にする、か……なるほどね。
 悪くない話だ。OK。乗ったぜ」



〈これより市街地に入ります!
 地形を最大限に活かしてください!〉
〈Why not!〉
〈大洗は庭です! 任せてください!〉
〈“もっとこそこそ作戦”、開始します!〉
 なるほど、あの作戦名のセンスは素か――と納得しながら、ジュンイチはみほ達の後を追って大洗市街地への道を駆けていた。
 その後ろからは聖グロリアーナの戦車隊が追いかけてきている。こちらを仕留めようと機銃でペイント弾をばらまいてくるが、ジュンイチも負けじと手榴弾をばらまき返す。お互いにつかず離れずの距離を保ったまま追撃戦を繰り広げている。
 とはいえ、いかにジュンイチの身体能力が人間離れしていると言っても、現在の彼は異能を大っぴらに使えない。当然最高速度ではチャーチルやマチルダの方が上回ることになる。その気になればジュンイチにかまわずみほ達を追うこともできるはずだ。
 にもかかわらず、ここで、こうしてジュンイチを仕留めることにこだわっている。みほ達よりもジュンイチひとりを危険視し、単独で動いている今の内に仕留めてしまおうと躍起になっている。
 それはまさに、ダージリンがみほとジュンイチの術中にはまっている証だった。みほ達を侮り、これまでさんざん自分達の手を焼かせてくれたジュンイチさえ倒してしまえば、後はどうとでもなると思っている。
 その結果、大洗の戦車隊に地の利という大きなアドバンテージを与えてしまったことにも気づいていない。
 まぁ、ジュンイチがそのことに意識が向かないよう、挑発的に立ち回っているせいでもあるのだが――ペイント弾をかわす動きにはやたらと余裕のアクションを入れてくるし、一見適当にばらまいているように見える手榴弾も、チャーチルとマチルダの加速をいちいち絶妙に邪魔をする位置とタイミングで投げ込んでいる。
 市街地に入り、観客席にもなっているショッピングモールの前を通った際に至っては、調子に乗ってアクロバット回避の大盤振る舞い。おかげで観客のテンションは急上昇。ついでにダージリン達のストレスも急上昇。
 そんな感じでジュンイチに平常心をさんざんにかき乱されてしまっているものだから――
「さて、鬼ごっこはおしまいだ。
 ここからは……かくれんぼの時間だぜ!」
 言い放ち、ジュンイチが投げつけた煙幕弾によって、あっさりとその姿を見失ってしまった。
「消えた……?」
「ゲリラ戦でも仕掛けてくるつもりでしょうか……?」
 つぶやき、周囲を見回すダージリンとそのとなりのオレンジペコの会話をよそに、アッサムも少し考え、
「彼が逃がしてからの経過時間を考えると、大洗の戦車隊もこの市街地に入っている可能性が高い……
 戦車隊も一緒になってのゲリラ戦……?」
「それが何だと言うの?」
 しかし、ダージリンはつぶやくアッサムの言葉を一蹴した。
「あのまったくなっていない囮作戦を見たでしょう?
 あんな素人に毛が生えたようなレベルの戦車を相手に、我が聖グロリアーナの戦車隊が後れをとるとでも?
 全車散開! 隠れているはずの大洗の戦車をあぶりだしてしまいなさい!」
 ダージリンの指示で四輌マチルダがそれぞれに路地へ入っていき、チャーチルもまた先へ進む――
「作戦3rdフェイズ、完了ってところかね」
 直上の街灯の上でやり取りの一部始終を聞いていたジュンイチに気づかないまま。
「こちら柾木。
 敵さんバラけたぜ――さぁ、いよいよお前らの出番だ」
 そして、通信をつなげ、告げる――すでに市内各地に潜伏しているはずの仲間達へ。
「さっきはせっかくの逆襲のチャンスをフイにさせちまって悪かったな。西住さんの“もっとこそこそ作戦”、本格始動だ。
 敵を侮らないこと、地の利を活かすこと――どちらも戦術の基本中の基本だ。その“基本”を疎かにするとどうなるか、全国準優勝の強豪校サマが痛い目にあうのを見てしっかり勉強するように」
<<了解っ!>>



    ◇



 散開し、大洗の戦車を探す聖グロリアーナの戦車隊――その一隊、マチルダの内一輌が住宅街に入り込んでしばし。
 しかし、探せど探せど戦車は影も形も見当たらない。
 W号や八九式はともかく、V突はあれだけハデな塗装がされていればそうとう目立つはず。それが見当たらないということはこの辺りにはいないのだろうか。
 車長がそんなことを考えながら住宅街を進んでいき、ノボリの並んだ薬局の前を通り過ぎ――瞬間、衝撃がマチルダを貫いた。
 至近距離からの砲撃だ。さすがにこれにはひとたまりもなく、マチルダは白旗を掲げて沈黙する。
 その一方で、薬局のノボリも爆風で薙ぎ倒されて――
「……任務、完了」
 ノボリの向こう側、薬局の駐車場に身を潜めていたV突の砲塔の上で、エルヴィンが撃破を申告した。



    ◇



 一方、別の場所でも――
「…………ん?」
 マチルダの砲塔から身を乗り出し、目視で戦車を探しているのは、ダージリン達と同じく紅茶のソウルネームを許された戦車乗りのルクリリである。
 そんな彼女が目を留めたのは、行く手にある立体駐車場だ。
 タワーパーキングの、出庫を示す警告灯が点灯している――試合の戦闘フィールドに指定されたこの区画は試合開始前から立ち入りが禁止されている。今ここに利用客がいるはずがない。
 つまり、今出てこようとしているのは――
「フンッ、馬鹿め」
 そう、大洗の戦車に違いない。そう結論づけ、ルクリリは操縦手に指示。タワーパーキングの前に戦車を停めさせ、砲塔を向けて待ちかまえる。
 音を立て、パーキングのシャッターが上がっていき――



 もぬけの空であった。



「…………え?」
 これには、敵戦車がいると思っていたルクリリは目がテン。
 ここに戦車が隠れているのではなかったのか。だが、これを動かしたのは大洗の戦車道選手以外には考えられない。
 では戦車はどこか。まさかあの歩兵が――そう考えていたルクリリは気づいた。
 タワーパーキングの入出庫口の奥、出庫時の後方確認用ミラーに映る自分達の姿――“そのさらに後方でせり上がってくる何かの存在に”。
「しまった! 後ろだ!」
 その意味を悟り、ルクリリが戦車の中に飛び込む――が、時すでに遅く、
「そーれっ!」
『そーれっ!』
 マチルダの背後の立体駐車場に隠れていた八九式が、典子の号令一発、砲撃を叩き込んだ。



    ◇



〈こちら攻撃を受け走行不能!〉
〈こちらルクリリ! 攻撃受けました!
 現在被害確認中!〉
「な…………っ!?」
 立て続けに入ってきた報告に、ダージリンは思わず目を見開いた。
 驚きの余り、手にしたティーカップも取り落としてしまった。ジュンイチにおちょくられた時ですら手放してしまうことのなかったカップが、足元に落ちて音を立てて砕け散る。
 それほどまでに、この報せはダージリンにとって衝撃的なものだった。まるで形になっていない囮作戦を見た時には大したことはないと思っていた、歩兵に助けられなければまともに戦うこともできないと思っていた大洗の戦車隊にまで、まんまと一杯食わされてしまうとは――
 と、そこまで考え、ダージリンはようやく気づいた。
(そう……そういうことだったのね。
 あの囮作戦は、わたくし達を油断させるために、わざと失敗したのね……っ!)
 実際にはもう少しややこしい思惑の交錯があったりしたのだが、まぁそこは別にいいだろう。
(まさか、囮役だったW号どころか、あの囮作戦そのものが、わたくし達を油断させるための囮だったなんて……)
「おやりになりますわね……でも、ここまでよ!」



    ◇



『ハッハッハッ!』
 待ち伏せ作戦は成功し、見事にマチルダを撃破。カエサルとエルヴィンは砲塔の上に身を乗り出して高笑い。
 と――彼女達の行く手にまた新たなマチルダの姿が見えた。向こうもこちらに気づいたのか、停車し、こちらに向けて旋回を始める。
「路地裏へ逃げ込め!」
 対し、エルヴィンは車内に戻りながら操縦手のおりょうに指示を出し、V突はすぐ目の前の脇道に入っていく。
〈こちらジュンイチ!
 各チーム! 状況はどうだ!?〉
〈こちらAチーム!
 今のところ敵戦車との接触はありません!〉
〈Bチーム! アタック決めてやりました!〉
 と、そこへジュンイチから各自の状況を問う通信が入った。他のチームが次々に答えているので、エルヴィンも後に続く。
「こちらCチーム!
 一輌撃破! 現在別の一輌の追跡を避けて移動中!」
〈大丈夫か?〉
「問題ない。
 V突は車高が低いからな、入り組んだところに隠れてしまえばそうそう見つかるものではない」
 答えるエルヴィンだったが、ジュンイチはさらに一言。
〈……ちゃんと、目立つノボリは片づけてあるんだろうな?〉
『………………あ』
〈馬鹿女郎ォォォォォッ!〉
 ジュンイチが全力でツッコんで――



 車上に飾ったノボリのせいで垣根越しでも位置がバレバレだったV突に、マチルダによる垣根越しの砲撃が突き刺さった。



    ◇



 そして一方のBチームも――
「さて、やっつけたはいいけど、これからどうする?」
 リーダーの典子がメンバーにそう尋ねたのには理由があった。
「目の前の戦車がジャマで、出られませんもんね……」
「車輛の回収係の人がどけてくれるまで、待つしかないですかね……」
 近藤妙子や佐々木あけびの言う通り、自分達の砲撃で炎上するマチルダに目の前をふさがれて、立体駐車場から出られないのだ。
「それにしてもよく燃えるなー……中の人達大丈夫かな……?」
 マチルダを包み込む炎を見ながら典子がつぶやき――
「…………ん?」
 ふと気づき、眉をひそめた。
 自分は戦車にはそれほど詳しくない。しかし、実際に触っているからこそ、当然のように降ってわいた疑問。それは――
(戦車の表面って……あんなによく燃えるようなものなんかあったっけ?)
 と、まるでその疑問に答えるかのように、突如炎が収まって――



 炎に包まれている間に砲塔を八九式に向けたマチルダが姿を現した。



「ウソ!?」
「生きてた!?」
 そう、実は八九式の砲弾はマチルダを撃ち抜いてはいなかった。
 爆発、炎上していたのは予備の燃料タンクに直撃したから――運の悪いことに、その爆発の衝撃でほんのわずかではあるが砲弾の軌道がそれ、結果マチルダの装甲に受け流されてしまったのだ。
「あ、アタック! アタック!」
『そーれっ!』
 あわてた典子の指示で砲撃――しかし通じない。背面からですら真芯を捉えられなければ撃ち抜けないのに、正面装甲を向けられてはどうしようもなく、真っ向から撃ち込んだはずの砲弾も甲高い音と共にあっけなく弾かれてしまう。
「ブロックされたーっ!」
「サーブ権取られたーっ!」
「フンッ、バカめ」
 攻撃が通じず、大慌てのBチームに対し、ルクリリはすっかり落ち着きを取り戻していた。不敵な笑みとつぶやきの中、マチルダの照準が八九式へと向けられて――



 爆発は、“マチルダの上で”巻き起こった。



「なぁっ!?」
「何っ!?」
 自分達の勝ちだと思っていたルクリリ、もうダメだと思っていた典子、双方から驚きの声が上がる。
 そんな両者の戦車から見てはるか頭上――タワーパーキングの屋上にジュンイチの姿があった。
 その腰には、すでに巻き取り機を屋上に設置済みの、垂直降下リベリング用のワイヤーが装着されている――迷うことなく、屋上から空中に身を躍らせる。
 が、巻き取り機によって送り出される速度に制限のかかっているワイヤーに腰を引かれた。失速し、振り子のようにタワーパーキングの壁面に“着地”する。
 同時に遠隔操作で巻き取り機の抵抗を緩める――送り出される速度が適正に調整されたワイヤーに引かれる形でその身を壁面に留めつつ、ジュンイチは壁面を駆け下りていく。実写映画版『バイオハザードU』で主人公アリスがやっていたアレだ。
 もちろんその間にも苦無手榴弾を投げつける。降り注ぐ攻撃に、典子がようやくジュンイチの存在に気づいた時には、ジュンイチはすでにマチルダを間合いに捉えていた。
 ワイヤーを切り離すと同時に跳躍。マチルダと八九式の間に割って入るように跳び下り、降下の勢いも加えたククリナイフの一撃が、マチルダの装甲を斬り裂く!
 すかさず返す刀でもう一撃――と、それはルクリリが許さなかった。砲塔の機銃からペイント弾をばらまき、ジュンイチをその場から追い払う。
 しかしジュンイチもただでは追い払われなかった。切り口に手榴弾を引っかけた上での離脱――爆発が巻き起こるが、それでもマチルダを撃破するには至らない。
「バカめ! そんな攻撃でマチルダを倒せるか!」
 そんなジュンイチに、砲塔から顔を出したルクリリが言い放つ――彼我の距離は5メートルと少し。ジュンイチがその気になれば、彼女の反応よりも早く懐に飛び込める距離だ。
「ハッ、別に倒そうなんて思ってねぇよ」
 しかし、ジュンイチは動かない。彼女の言葉を鼻で笑い、応える。
「オレはとっくに三輌沈めてるからな――経験値的に、今回はもう十分さ。
 後はそこの八九式に譲ることにするよ」
「それこそバカか!
 八九式の主砲で、マチルダの装甲は――」
 言いかけて――ルクリリは気づいた。
 ジュンイチが先ほど斬り裂き、爆破までしてくれた部位は――
「や〜っておしまい♪」
『アラホラサッサ〜っ!』

 しかし、すべては手遅れだった。ジュンイチの投下したネタにノリよく応えた典子達によって八九式が発砲。放たれた砲弾はジュンイチの開けた装甲の穴から、今度こそマチルダの車体に深々と突き刺さるのだった。



    ◇



〈こちらCチーム! 行動不能!〉
〈こちらBチーム! 敵撃破失敗!
 柾木くんの援護で何とか倒しましたけど……あ、ちょっと、柾木くん!?〉
〈こちら柾木。Bチームに補足。
 倒したマチルダに進路を塞がれて、八九式は立ち往生中だ。
 回収班がマチルダをどけてくんなきゃどーにもならん。幸い立駐の中だったから、そのまま地下に隠れ直してもらったけど……うん、しばらく戦力外な〉
 次々に入ってくる報告は、みほにとって良くもあり、悪くもあり……といったところか。
「これでC、DチームがやられてB、Eチームが立ち往生、柾木殿も合流には少しかかる……今私達完全に孤立無援じゃないですか!」
「向こうは!?」
「三輌です」
「みんなが二輌倒してくれたのはありがたいけど……Bチームが動けるようになる前に囲まれたらまずい……っ!」
 優花里や沙織と華の会話にみほが思案に暮れていると、
「来たぞ」
「――――っ!?」
 麻子の言葉に後方を見ると、後ろから追ってくるマチルダにさらにもう一輌が合流したところだった。
「どうする?」
「とにかく敵を振りきって!」
 返ってきたみほの答えに麻子はW号を加速させた。マチルダ達も続けて現れたダージリンのチャーチルと合流、W号の後を追ってくる。
 大洗の街を、W号は麻子の巧みな操縦で流れるように駆けていく――しかし、それでも相手を振りきれない。スペック上ではこちらの戦車の方が速いはずなのに。
 理由は三つ――まずは練度の差。いかに麻子が一目で戦車の操縦法を理解したほどの才媛と言っても、さすがに経験値の差まではどうしようもない。
 もうひとつは地形――運悪く上り坂に差しかかってしまった。最高速度では劣るが登坂能力で優るマチルダやチャーチルに速度差を埋められているのだ。
 そして何より、マチルダやチャーチルの砲撃をかわしながら走っているため、W号はなかなか全速力を出させてもらえない。これだけ悪条件がそろっていては振り切れるものも振り切れない。
 だが――麻子も決して闇雲に逃げていたワケではなかった。
 上り坂の先は、上りきったすぐ目の前で急カーブになっていたのだ。登坂能力の高さに調子に乗って加速していた聖グロ側にこれはキツかった。あわてて曲がろうとするが、二輌のマチルダの内一方がカーブ添いの旅館の正面玄関に突っ込んでしまう。
「ぅわっ! あの戦車、旅館に突っ込んじゃったよ!?」
「大丈夫です! 試合中の市街地への損害は、全部日戦連の補償を受けられますから!」
「日戦連……?」
「日本戦車道連盟です!」
 沙織や華に優花里が答えていると、
〈あーあー、さおりんさんや〉
 そこへジュンイチから通信が入った。
〈冷泉さんに伝言。次右ねー〉
「え? でもその道って……」
〈いーからEカラ♪
 じゃ、よろしくー〉
「あ、ちょっと!?」
 呼び止める沙織にかまうことなく通信が切られる――問題の曲がり角はもう目と鼻の先だ。迷っている時間はない。
「あーっ、もうっ! 信じるからねっ!
 麻子! 柾木くんがそこ右って!」
「りょーかい」
 沙織に答え、麻子の操縦でW号が右折。しかし――
「行き止まり!?」
 みほの上げた声の通り、右折した先は工事中で通行止め。先程沙織がためらったのは、このことを知っていたからだったのだ。
「あーっ! ひょっとしたら柾木くんが看板どかして通れるようにしてくれてるかもって少しでも期待した私がバカだったーっ!」
 思わず沙織が頭を抱えるが、みほはすぐにそれに気づいた。
 すぐ目の前の店の駐車場だ。突っ切れば店をはさんだ向こう側の通りへ抜けられる。
 しかもその道幅はマチルダはともかくチャーチルが通るのは不可能だ。ここから逃げて、チャーチルとマチルダを分断するなりそのまま逃げるなりしろということか――
「追い詰めましたわよ」
 しかし遅かった。方向転換しかけたW号の背後に聖グロの戦車が追いついてきてしまった。車上に姿を現し、ダージリンがみほに告げる。
「ちょっとーっ!? この道に入れって言ったの柾木くんだよね!?
 責任持って何とかしてーっ!」
〈あー、いらんイラン。イラクとは似て非なるからしてあしからず〉
 無線に向けて叫ぶ沙織だったが、ジュンイチは平然とそう答え、
〈つか、オレよりも……〉



〈自分で立てた作戦自分でぶち壊した張本人が責任取る方が先だと思うし〉



 ジュンイチがそう告げた瞬間――
「参上〜♪」
 無線越しに聞こえたのは杏の声――同時、金色の38(t)がみほの見つけた脇道から飛び出してくる!
 そう。ジュンイチはみほ達を逃げ道へと誘導したのではなかった。
 誘導したのはあくまで反撃のため――38(t)の復帰に気づき、杏達と合流できるよう、彼女達の進路上へと誘導していたのだ。
「生徒会チーム!」
「履帯直したんですね!」
 華や優花里が歓声を上げる中、38(t)はいきなりの登場に戸惑っている聖グロリアーナの戦車隊へと突っ込み、
「発射ァッ!」







 ――――――スカッ。(←比喩的表現)







「………………あれ?」
 外した。
 衝突寸前というところまで距離を詰めて放たれた桃の砲撃は、ヒュンッ、と音を立ててチャーチルの砲塔の横を駆け抜けていった。
 もう一度言おう。
 衝突寸前というところまで距離を詰めての砲撃を、外した。
「………………あれ?」
「桃ちゃん、ここで外す……?」
 自分でも外したのが信じられないのか、疑問符を繰り返す桃に柚子がツッコんで――ドドンッ!と二輌のマチルダの砲撃が至近から38(t)に突き刺さった。
「や〜ら〜れ〜た〜っ」
『……えええええ〜……』
 杏の断末魔(?)と共に、38(t)の白旗が揚がる――勇ましく復帰してきたと思いきや、もはやネタにしかなりそうにない有様で退場していったその姿に、優花里も沙織もうめくしかなくて、
〈どう? 杏姉達、汚名返上できた?〉
「……零距離で外して、返り討ちに……」
〈汚名挽回してどーすんじゃあぁぁぁぁぁっ!〉
 みほの答えに、ジュンイチも無線の向こうで絶叫する。
 しかも、危機は去ったワケではない。38(t)がマチルダに血祭りに上げられたその間も、W号にはチャーチルがピタリと狙いをつけ続けていた。
「たった一輌を相手に、容赦ないんですね」
「当然よ」
 せめてジュンイチが駆けつけてくるまでぐらいはもたせられないか――試しにジュンイチを真似て軽口を叩いてみるみほだったが、ダージリンにはあっさりと返されてしまった。やはり自分にはこういう舌戦は向いてないなぁと内心で苦笑する。
「こんな格言をご存知?
 『イギリス人は、恋愛と戦争には手段を選ばない』」
 ダージリンが言い放つのと同時、無慈悲な砲撃が放たれて――





















「……さっきのアンタの言い回しを借りようか」





















「な…………っ!?」
 ダージリンは、目の前で起きたことが理解できなかった。
 いや――理解はできていただろう。
 しかし、信じることができなかった。信じることを、彼女の中の何かが全力で拒絶していた。
 自分と同じように呆然としているみほ。
 砲弾を受け、もくもくと煙を上げている“マチルダ”。
 そして――
「こんな特撮ドラマの決めゼリフを知ってるかい?――」







『オレ達を、なめるなよ』――by、『動物戦隊ジュウオウジャー』第12話」







 こちらに向けて“それ”を投げつけた、サイドスローの名残で右手を前方に投げ出したそのままの姿勢で告げるジュンイチを前にして。







「どうしたよ? “マチルダがチャーチルの砲弾くらったような顔してさ”」
「――――っ!?」
 が、かけられたジュンイチの声に我に返る――妙にクリアに声が聞こえるが、今のダージリンにそんなことに気づく余裕はない。
「あなた……いったい“何”をしたの!?」
「んー? 今アンタが目の当たりにした通りのことだけど?」
「ウソおっしゃいっ!」
 しれっと答えるジュンイチに、今までさんざん心をかき乱されてきたダージリンがとうとう爆発した。声を荒らげ、砲塔から身を乗り出してジュンイチをにらみつける。
「今のを、見たまま信じられるワケがないでしょう!」











「生身で、チャーチルの砲弾を投げ返して、こちらのマチルダを撃破するなんて!」









 

 「一瞬の刹那」というほどではないが、それでも一秒もかからないほどのわずかな間の出来事だった。だからすべてを見切ることができたとはダージリン自身も思っていない。
 しかし、自分の目にしたものは決して見間違いではない――そう断言できるほどには、見落とさず、見届けることができた自信はある。
 あの時――W号に向けてチャーチルが発砲したあの瞬間、近くの建物の上にいた、そして砲撃の直前に跳んだのだろう、ジュンイチがW号の目の前へと降り立った。
 それを見たダージリンの胆が冷えたのは言うまでもない――当然だ。戦車の砲弾の前に生身で飛び出したのだ。受け止められるはずがない。無残に撃ち砕かれ、肉片を周囲にまき散らすだけだ。
 しかし――次の瞬間だった。
 ジュンイチが身をひるがえした瞬間、砲弾の軌跡を見失う――何が起きたのかと戸惑うよりも速く、ジュンイチからこちらへと閃光が走ったように見えた。
 同時、となりで衝撃音――見れば、となりでマチルダが被弾し、衝撃で車体を大きく揺らしているではないか。
 まさかW号の砲撃か――そう思って視線を正面に戻すが、W号にこちらを砲撃したような形跡はない。それどころか、みほもまた何が起きたかわからないようで、驚きで目を丸くしている。
 なら、マチルダに撃ち込まれた砲弾はどこから飛んできたのか。いや、それ以前にW号を撃ったはずのチャーチルの砲弾はどこへ消えたのか。どうして射線に飛び出してきたはずのジュンイチが平然としているのか――
(――――――っ!?)
 そこまで考えた瞬間、ダージリンの頭の中を衝撃が走った。
 気づいたのだ。今のこの状況に説明をつけられる、“ある可能性”に。
 しかし、普通に考えれば余りにもあり得ない。“そんなこと”、普通の人間にはどう考えたって不可能だ。
 だが、何かしらの方法でその「あり得ない」という大前提を覆していたとしたら――
(まさか……“砲弾を投げ返したというの”!?)
 ダージリンが驚愕に目を見開いて――
「さっきのアンタの言い回しを借りようか」
 ジュンイチがダージリンに向けて口を開いた。



「生身で戦車が撃ち出した砲弾を投げ返すなんて、普通に考えればできるワケがない。
 けれど、貴方はすでに、単騎でクルセイダー三輌を撃破する、なんていう生身ではとうてい不可能なはずのことを成し遂げている。それも、ローズヒップがこちらに連絡することもできないほどに迅速に。
 なら、貴方に限っては『できるワケがない』という認識は禁物と考えて挑むべき――クルセイダーの時と同じように、何らかのトリックを用いたと考えれば……」
「ふむふむ。そこまで判断できたのは大したものだよ――と、一応ほめておこうか」
 告げるダージリンに対し、ジュンイチは平然とそう答えた。
「あら、一応はほめてくれるのね」
「『一応は』だけどな。
 『あり得ない』っていう常識的な枠組みを取っ払ってオレの仕業だって考えまでたどり着いたのは、まぁ十分な成果だよ。
 けど、『トリックだ』とか言い出してる点はまだまだだね。
 それに――」
 ジュンイチがそこまで告げた、その時だった。
 衝撃音と共に、ジュンイチの脇を駆け抜ける――突如放たれた砲弾が、生き残っていた、もう一輌のマチルダに突き刺さる!
「離脱します!
 柾木くんも!」
「おぅともよっ!」
 今度こそ、W号による砲撃だ。みほの指示で転身と共に発進。ジュンイチもそんなW号の上に飛び乗り、38(t)の出てきた路地から離脱する。
「柾木くん、これでいいんですよね!?」
「あぁ! ナイス不意打ち!
 ……と、言いたいところだけどっ!」
 みほに答えて、ジュンイチは砲塔の彼女を見上げ、
「気づくの遅ぇよ!
 せっかくトークに花咲かせて注意引いてたのにっ! 後少しでネタ切れ起こすところだったぞっ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「というか、あのマチルダを撃破したマジックであと小一時間くらい語れそうな勢いだったような……」
 ジュンイチに口を尖らされ、みほが凹んでいる一方で、優花里が顔を出してツッコんでくる。
「ってゆーか、アレ実際のところ何やったのー?」
「説明してもいいけどさ……お前の言うところの『そうとうトンデモ』だぞ?」
 と、今度は沙織が顔を出してくる――対し、ジュンイチはそう前置きした上で説明を始めた。
「ばらまかれたペイント弾全部回避できるオレだぜ。砲弾見切るくらいどうってことぁねぇさ。
 その反応速度でもって、飛んできた砲弾に手ェ添えて、勢いを殺さないまま振り回して、マチルダに向けてリリースしてやったんだよ」
「そんなことできるの!?」
「だから言ったろ、『トンデモ』だって――単に砲弾を見切れるだけじゃダメだ。砲弾のベクトルを完璧にコントロールできなきゃ、勢いに負けて砲弾と一緒にブッ飛んでくか、砲弾に添えた手が引きちぎられてなくなるかのどっちかだ」
「でも、柾木くんはそれをやってのけた、と……」
 驚く沙織に答えるジュンイチには、砲手席の華が納得のコメントを返してきた。
「もーっ! そんなとっておきがあるなら、もっと早く使ってくれてもよかったじゃないっ!」
「まだ完全にマスターしたワケじゃないんでね。まだまだリスクがデカいんだよ。
 それに、マスターしたとしても、それでも避けられない代償もあるしな――ホレ」
 沙織に答え、身を乗り出したジュンイチは上から垂れ下げるように、右手を彼女の目の前へと持ってきて――それを見た沙織がギョッと目を見開いた。
「ちょっ、何ソレ!? ひどいケガじゃない!」
「えぇっ!?」
 沙織の上げた驚きの声にみほもまた驚愕する――そう、みほからは見えないが、ジュンイチの右の掌は見るも無残に焼けただれていた。皮膚もズタズタにされており、流血の痕も見える。
「撃ちたてホヤホヤ・アツアツの砲弾にしっかり手ェ添えるんだぜ。そりゃこうもなるだろ」
「大変!
 手当て! 手当てしないと!」
「あー、いらんいらん」
「でも!」
「よく見ろ。もう血ィ止まってんだろ」
 慌てる沙織に、ジュンイチは改めて右手を見せる――確かに、出血の痕跡こそあるが、血そのものはもう止まっているようだ。
「こちとらケガの治りもトンデモでね。
 不必要にグーパーしなきゃ、五分もすりゃカサブタも張り終わるだろうよ」
 言って、ジュンイチは“腕をダランと垂らしたまま、身を起こすことで右手を沙織の前から引っ込める”――その動きを見て、みほは先のジュンイチの言葉を思い出した。

『まだ完全にマスターしたワケじゃないんでね』

 その言葉と今のジュンイチの動きが意味するのは――
「もしかして、柾木くん――右手、筋も痛めちゃってる?」
「おぅ」
 あっさりと答えは返ってきた。
「完全に勢いをいなしきれなくてな、吊っちまった。
 まー、心配すんな。さっきみたいに平気なフリできるくらいの軽いもんだ。やけども含めて、戦闘可能レベルまで回復するのに10分、ってところか。
 ただ……」
 言って、ジュンイチは右側の街並みに視線を――否、その向こう側、建物をはさんだ一本向こうの道へと意識を向けた。
「どう考えても、その10分を待たずに決着つきそうだけどな」
 その道を、こちらを追う形でチャーチルが爆走しているからだ――捉えた気配によれば、思っていたほど距離は開いていない。
 その分だと、大通りに出たところでそのまま決戦になだれ込みそうだ。そう判断してからのジュンイチの判断は速かった。
「西住さん! オレ遊撃に回るわっ!」
「大丈夫なんですか!?」
「こういう事態に備えて、とうに両利きに矯正済みっ!」
「信じます!
 こちらの動きを、うまく利用してください!」
「おぅともよっ!」
 みほに答えて、跳躍したジュンイチが右側の建物の屋根の上に消える――見送ることなくそのままW号は通りを駆け抜けていく。
「路地を出たら壁沿いに進んでください!
 向こうが大通りに出たところを狙います!」
「了解」
 みほの指示で麻子がW号を巧みに操る――大通りに出るなり素早く右折。壁沿いにとなりの路地の入口でチャーチルを待ちかまえる。
「撃て!」
 そして、チャーチルが姿を現すなり、みほの合図で至近から発砲。が、当たりどころが悪かったのか、チャーチルの装甲に弾かれてしまう。
 こうなるとむしろこの場に留まる方が危険だ。W号は素早くその場から離脱。チャーチルからの反撃の砲撃をかわす。
「路地行くー? 柾木もその方が戦いやすいだろうし」
「は――――」
 外れた砲撃が大通り沿いの店を爆砕する中、麻子が声をかけてくる。うなずきかけたみほだったが、縦に振りかけた首が不意に止まった。

『柾木もその方がやりやすいだろうし』

 麻子のその言葉が引っかかったからだ。
 自分もそれは考えた。彼女の言う通り、奇襲中心に戦っているジュンイチを活かすなら路地に入って誘い込むべきだろう。
 だが――
(それでいいの……?
 私達を守るためにケガまでして、それでもまだ柾木くんは戦おうとしてる……その気持ちに甘えて、柾木くんに“勝たせてもらって”……本当にそれでいいの……?)
 そう自問するみほの脳裏に浮かぶのは、忘れたくても忘れられない“去年の自分の行い”――
 あの一件をみんなに責められ、自分は一度戦車道から離れることを選んだ。
 だが、ジュンイチはそんな自分を間違っていないと、原因となった行いについても、それが自分の強みだと認めてくれた。
 なら――
「いえ、ここで決着つけます!
 一旦距離をとって、反転して突撃!」
 みほの指示に、麻子はW号を加速させた。追ってくるチャーチルを十分に引き離したところで、Uターンしてチャーチルに向けて突っ込んでいき、
「――と見せかけて、直前で回り込んで!
 側面、できれば後方から至近で狙います!」
 みほの指示に、麻子は見事な操縦で応えてみせた。チャーチルの目の前で車体をすべらせ、きれいな円軌道のドリフトでチャーチルの側面に回り込み――
(――――――っ!?)
 “チャーチルの砲塔がこちらを追いかけてきている”ことに気づき、みほの背筋が凍りついた。
 こちらの動きを見てからの指示でできる反応ではない。つまり――
(読まれてた!?
 お願い、間に合って!)
 こうなれば、こちらが回り込みきって撃つのが先か、あちらがこちらを捉え直して撃つのが先か、だ。みほが思わず天に祈って――ドドンッ!と砲撃の音が響いた。
 音はわずかにタイミングをずらして二回――ほんの一瞬、W号の方が早かった。
 だがチャーチルもほぼ同時の砲撃――言ってみれば、砲撃でクロスカウンターを交わしたような状態だ。
「どう!?」
 自分達聖グロリアーナ側は残るはもはや自分達のチャーチル一輌。ここでやられては敗北決定だ。
 だからこそ、いてもたってもいられなかった。ダージリンは思わず、自分の目で確かめようと砲塔から身を乗り出して――







 その背後に、ジュンイチがいた。







 気づき、振り向いたダージリンの視界いっぱいに、ジュンイチの伸ばした左手が迫り――

(to be continued……)


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第6話「これは新しい門出なのだから」


 

(初版:2018/03/05)