「――――――はっ!?」
意識を取り戻したダージリンの目に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる、テントの天井だった。
「気がつきましたか、ダージリン?」
と、そんな自分にかけられた声に横を見ると、そこには自分を見下ろしているアッサムの姿――そこでようやく、自分がどこかに寝かされていることを理解する。
「ここは……?」
「救護所です。
あの後、気絶したあなたを審判団に預けて、ここで寝かせておいてもらっていたんです」
「『あの後』……? わたくしが、気絶……?」
アッサムの言葉に記憶を辿って――思い出した。気を失う前に何があったのか。
「――試合は!?」
「勝ちましたよ」
勢いよく身を起こし、尋ねるダージリンを落ちつけるようにその肩へと手を置き、答えるアッサムだったが、
「ただ……」
「……『ただ』……何?」
話には続きがあった。付け加えられた言葉に眉をひそめるダージリンに、アッサムは少し困ったように答えた。
「私達は、あなたに謝らなければなりません。
聖グロリアーナの名に相応しい勝ち方が、できませんでしたから……」
第6話
「これは新しい門出なのだから」
ブロロ……とエンジン音を響かせて、戦車の運搬車両によって“白旗の揚がった”W号が港に運ばれてくる――それを、少し煤けたみほ達は見送っていた。
あの後――ダージリンを“仕留めた”後の展開を言い表すのは簡単だ。
そう、たった一言で事足りる――「泥仕合」と。
あの砲撃のクロスカウンターの結果、W号の白旗が揚がり、ジュンイチの懐のビーコンが所属戦車撃破を示すアラームを鳴らす――それは、ジュンイチによって意識を刈り取られたダージリンが崩れ落ちた、まさにその瞬間のことであった。
チャーチルの白旗は――揚がらない。起死回生を狙ったW号の一手も、あと一歩、チャーチルには届かなかった。
意識を失ったダージリンについては「気絶したのはW号の被弾後ではあるが、その時点ではまだW号の白旗は揚がっていなかった」としてジュンイチによる撃破が認められた。安全のためにダージリンを審判団に預け、チャーチルは試合に復帰した。
対するは、進路をふさいでいたマチルダを回収され、自由になった八九式――司令塔であったみほ達はW号の再起不能によってもはや力は借りられない。さらに八九式の主砲ではチャーチルの装甲には歯が立たない。もはや勝負は見えた――かに見えた。
だが、それでも八九式は、典子達Bチームは勝負を捨ててはいなかった。その機動性をもってチャーチルの周りを走り回り、なんとか装甲のもろい部分に当てようと果敢に攻め立てていく。
一方、チャーチルもそんな八九式を迎え撃つが、頭脳を失っているという点ではダージリンが個人撃破された彼女達も同じだ。
さらに、そのダージリンの穴を埋めるべく砲手のアッサムが車長に、装填手のオレンジペコが砲手の代役を務める形になっているため、砲撃に精彩を欠き、なかなか八九式に当てられない。
当てられるが効かない八九式と効くが当てられないチャーチル。互いに決め手を欠いた戦いはただひたすらに長引いて――ついに砲弾を撃ち尽くした八九式が戦闘不能として失格になり、試合は聖グロリアーナの勝利で幕を下ろしたのだった。
そして――
「お前らな……自分達が何したか、わかってるんだろうな……っ!?」
みほ達をよそに、ジュンイチは戻ってきた一年生チームに対しお説教の真っ最中。正座こそさせていないが、怒気を隠そうともしないで委縮した一年生達を前に仁王立ちしている。
「え、えっと……すみません。
試合中に逃げ出したりして……」
「あぁ、まったくだ」
代表して謝る梓に、ジュンイチはドスの利いた声で応え、
「他の先輩達は、あの後もがんばってたのに、私達だけ……」
「あぁ、そこは割とどーでもいい」
しかし、続く言葉から判明した認識の違いにはしっかりと訂正の声をはさんだ。
「別に、逃げたこと自体は怒ってねぇよ――競技が競技だ。初陣でビビっても、誰も文句は言わないだろうし、言うヤツがいるなら黙らせる。手段は聞くな。
オレが怒ってんのは、お前らが逃げた時の、逃げ方だ」
「逃げ方……?」
「って言われても、ただ戦車放り出して逃げ出しただけで、何も変なことは……」
「まさにそこについて怒ってんだよ、オレわっ!」
顔を見合わせる山郷あゆみと阪口桂利奈の言葉に、ジュンイチは声を荒らげてツッコんだ。
「砲弾が雨アラレと降ってきてる状況で生身で外に飛び出すとか何考えてんだ!
戦車道で選手が安全なのは、車体がカーボンコーティングで守られているからであって、砲弾の威力は最低限の調整しかされてないんだぞ!
わかるか!? 威力はほぼ兵器時代のままなの! 殺傷力あるの!」
「そ、そんなこと言われても……」
まくし立てるジュンイチに、梓がそこまで言わなくてもと反論しかけて――
「当たれば死ぬんだぞ! それも身体こっぱみじんにされてっ!
つぎはぎだらけの女フランケンシュタインになったお前らの葬式に出るなんてまっぴらごめんだぞオレはっ!」
「――って、え……?」
そこで、話の流れが変わったのを感じ取った。
「お前らが飛び出してったって聞いて、オレがどれだけゾッとしたと思ってんだ!
頼むからオレの胆冷やすようなマネすんな! 怖いなら模擬戦の時みたいに戦車に乗ったまま逃げるか、そのまま戦車の中でガクブル震えててくれ!」
「……えっと……ひょっとして……」
「心配……してくれてる……?」
「当たり前だろ!
特例で居座ってるにすぎないオレだけどな、それでも大洗にいる限りはお前らの先輩なんだからなっ!」
優季とあやにジュンイチが答える。その言葉に一年生チームは互いに顔を見合わせて――
「…………ん」
トコトコと前に進み出てきたのは、これまで沈黙を守っていた丸山紗希だった。
そして――
「……ごめんなさい」
ジュンイチに向けて頭を下げた。
『すみませんでしたっ!』
「……わかればいい」
紗希に倣って他の一年生達も頭を下げる――素直に反省しているようなので、ジュンイチもそれ以上追及するつもりはないらしく、ため息混じりに説教の終了を宣言する。
「罰として次の試合、お前ら最前線送りにする方向で作戦立ててもらうから」
『え〜っ!?』
「当たり前じゃボケ! そのビビリを治してもらわんとこっちとしても困るんだよっ!」
訂正。まだちょっと怒っていた。
そんなジュンイチと一年生達の様子を微笑ましく見守るみほ達だったが、
「あなたが隊長さんですわね?」
と、そこへ声をかけてきたのはオレンジペコやアッサム、ローズヒップを引き連れて現れたダージリンだ。どうやらみほに用があるようだが――
「お名前は?」
「あ、えっと……」
名前を問われ、みほは思わず答えるのをためらった――だがそれもムリはない。
何の知識もない、まっさらな状態だった大洗のチームメイト達と違い、ちょっとでも戦車道に触れた者なら西住の名は必ずどこかで耳にしているはずだ。
自分が西住流の人間だと知られれば、当然なぜこんなところにいるのかと疑問を持たれるだろう。そこから探られたくない腹を探られることにもなりかねない。
だが、ここでごまかすのもダージリンに失礼だろう――みほは覚悟を決めた。
「……西住、みほです」
「『西住』……? もしかして西住流の……?」
みほの予想通り、西住の名に反応した。眉をひそめたダージリンの姿に、さらなる追求を覚悟するみほだったが、
「……まほさんとは、ずいぶんと違うのね」
「……え?」
続く言葉はみほの予想とは違っていた。疑問などみじんも感じられない、ただありのままを受け入れたかのようなダージリンの言葉に、みほは思わず顔を上げ――
「……それより……」
すでにダージリンの興味はそこにはなかった。“そちら”を見ているダージリンの姿に、同じく気づいていたみほも苦笑まじりに同じ方へと視線を向けて――
「フン、思い知りました!? これが聖グロリアーナの実力ですのよ!」
「あー、そうだな。
“聖グロの”実力すげーなー。“ローズヒップさんの”実力とは大違いだなー(棒読み)」
「今何かモノスゴく引っかかる言い回しがありませんでした!?」
「いやいや、気のせいだろ。
オレ相手に三輌まとめて秒殺されるようなチームを抱えてなお勝ってみせたんだから、いやー、聖グロってホントにすごいねー(棒読み)」
「やっぱりバカにしてますわね!? 私のことバカにしてますわね!?」
「考えすぎだって。バカになんかしてないよー。
お前さん達とオレとの間に、秒殺されるくらいの実力差があるっていう事実をただ淡々と突きつけてるだけだからさー(棒読み)」
「ムッキーっ! あったまきましたわっ!
こうなったら再戦ですわっ! リベンジですわっ! もう一回相手してくださいませっ!」
「お前のクルセイダー走行不能だろうが」
「あなたがブッ壊したんでしょうがっ!」
「……どうしてあそこだけ、勝敗が逆転したような空気になってるのかしら?」
「えっ、えっと……」
鼻高々といった調子でジュンイチを笑いに行ったローズヒップだったが、当のジュンイチにはほぼ棒読みであしらわれてしまった。ムキになって突っかかっていくローズヒップとそれを適当極まるノリで受け流すジュンイチ。梓達一年生チームをギャラリーに盛り上がるその光景に、みほはダージリンのつぶやきに苦笑するしかない。
「ローズヒップ、そこまでよ」
「だ、ダージリン様!
わっ、わかりましたっ!――では、この話はまたいずれっ!」
だが、ダージリンにたしなめられるとローズヒップはあっさりと矛を収めた。ジュンイチに言い放つとダージリンの元に戻――ろうとするが、むしろダージリンの方がこちらへとやってきた。
「ローズヒップが、ずいぶんと騒がせてしまったみたいで、ごめんなさいね」
「…………あ、ダージリンさんか」
「今気づいたの……?」
声をかけられて、ようやくジュンイチはまともな反応をしてみせた――というか、今まで完全に上の空だったようだ。今初めてダージリンに気づいたように首をかしげたその姿に、ダージリンは意外そうに首をかしげた。
「ローズヒップへの返しがずっと棒読みで、何か考えてるような感じではあったけど、まさか本当に考え込んでいて上の空だったなんて……
そんなに夢中になって、何を考えていたのかしら?」
「いや、『何を』って言われても、するべき説教済ませたら、次に考えるのは『今度はどうやったら勝てるかな』って話に決まってるでしょうに」
「へぇ」
あっさりと答えてのけたジュンイチの言葉に、ダージリンは興味深げに眼を細めた。
「もう次を見据えているなんて、切り替えが早いというか勝利に対して貪欲というか……本当にあなたには驚かされるわ。
今日の試合もそう。まさか単騎の歩兵相手にあそこまでしてやられるとは思いもしなかったわ」
「そりゃどーも」
「でも、あなたの動きは、歩兵道のセオリーからもずいぶんと外れていたように見受けたのだけど……どこで歩兵道を?」
「やってねぇよ」
尋ねるダージリンに対し、ジュンイチはまたしてもあっさりとそう答えた。
「基本的な戦闘技能は本職から教わったし、後はひたすらに実戦での叩き上げだ。
歩兵道なんか少しもかじってねぇ――おかげでやりすぎて反則くらわないように、おとなしく戦うので四苦八苦っスよ」
「本職……? 実戦……?」
ジュンイチの言葉に、ダージリンの眉がひそめられ――何かに思い至ったのか、不意に動きが止まった。
無言でジュンイチへと視線を向けるが、ジュンイチは何も言わず、こちらのリアクションを楽しみにするかのようにニヤニヤと笑っている――気づいているのだ。ダージリンのたどり着いた“仮説”に。
「……そういえば、あなたも名前を伺っていなかったわね?」
「柾木ジュンイチ。
しがない大洗の拾われっ子ですよ」
「そう……
では、私達はこれで失礼するわ――ごきげんよう、みほさん、柾木さん」
だが、ダージリンはそれ以上の追求をしてくることはなかった。ジュンイチの名を聞くと一礼してアッサム、オレンジペコ、ローズヒップを引き連れて立ち去っていく。
と――
「いやー、やられちゃったねー」
ダージリンと入れ違いにやってきたのは桃と柚子を連れた杏だった。
いや、違う。『入れ違い』ではなく――
「白々しいな。
オレ達とあちらさんとのやり取りが終わるの、律儀にずっと待ってたクセに」
「あれ、バレてた? やっぱさすがだねー、ジュンイっちゃんは」
こちらのツッコミに対しあっけらかんと返してくる杏に、ジュンイチは軽くため息――と、杏に変わる形で前に出たのは桃だ。
用件はだいたい想像がつく。何しろ“そろそろ祭に備えて準備に入らなければならない時間だから”。とはいえ負けてしまった以上は腹を括るしかあるまいと、ジュンイチは彼女の言葉を待つ――
「では、約束通りやってもらうぞ、あんこう踊り」
『う゛っ……』
予想通りであった。覚悟を決めていたジュンイチと違い、みほ以下W号チーム一同の表情が曇るが、
「まぁまぁ、ちょっと待とうか、かーしま」
そこへ待ったをかけたのは杏だった。まさか取りやめにしてくれるのかとみほ達の間に希望の光が差して――
「こーゆーのは連帯責任だよねー」
『…………え゛?』
みほ達の期待は裏切られた――ただし予想だにしなかった方向に。杏の言葉の意味を悟って絶望的な表情を浮かべる桃や柚子の姿に、みほ達の頬がさっきとは別の意味で引きつった。
◇
そして――
「本当に、こんな衣装で踊るの……?」
“衣装”に着替え、待機場所へ――うめいて、みほは改めて自分の身にまとった“衣装”を見下ろした。
彼女が恥ずかしがるのもムリはない。何しろその“衣装”というのが、身体にピッチリと張りついた、ピンク色のボディスーツだったのだから。
一応、申し訳程度のあんこう要素として手の部分がヒレになっており、頭には帽子状のあんこうの被り物――が、そんなあんこう要素などどうでもいいくらい、身体のラインがモロに現れるこの衣装は年頃の乙女には恥ずかしすぎる。
見回せば、他のみんなも一様に恥ずかしがっている――いや、例外が三人ほどいた。
麻子は眠くてそれどころではなさそうだし、そもそもの言い出しっぺである杏はむしろ楽しそうにしている。そして最後の三人目がスタイル抜群の柚子の爆乳に圧倒されている沙織――そう、杏と柚子、そして桃もあんこう踊りの衣装に着替えている。
これが杏の言っていた“連帯責任”――罰ゲームを言い出した張本人として、杏は自分達生徒会チームもあんこう踊りに参加すると言い出したのだ。
もっとも、三人増えたところで恥ずかしいものは恥ずかしいのだが――
「あ、あの、西住隊長!」
「え――?」
かけられた声に振り向くと、そこには自分達と同じようにあんこう踊りのコスチュームに身を包んだ一年生チームの姿がそこにあった。
「え? ナニ? どうしたの?」
「私達も参加します!」
なぜそんな格好でこんなところにいるのか――戸惑うみほには梓がそう答えた。
「柾木先輩に怒られて、よくわかりました。
自分達が、どれだけ危ないことをしたのか……」
「それに、そもそも逃げ出しちゃったことだって……」
「先輩達、カッコよかったです!」
「すぐ負けちゃうかと思ってたのに……」
「わ、私達も次はがんばります! だから!」
梓に続いて一年生チームの他の面々も口々に告げる。と――
「なんだ、考えることはみんな一緒か」
「そりゃ、ベストを尽くせなかったのはみんな同じだしねー」
新たな声に振り向くと、そこにはチームの仲間達を引き連れたカエサルと典子。しかも彼女達もまたあんこうスーツ着用だ。
「なんだ、歴女チームと元バレー部チームも来たんだ」
「頭隠して旗隠さず。つまらない凡ミスでやられてしまったんですから、失態の落とし前はつけなければと」
「もっとしっかりアタックできていれば勝てたかもしれなかったんです!
自分を追い込んで、明日からのために気合の入れ直しです!」
「みんな……!」
杏に答えるカエサルや典子の言葉に、みほの目頭が熱くなり――
「ところで……柾木先輩は?」
『…………あれ?』
梓の言葉に全員が気づく――そういえばジュンイチの姿がない、と。
「おかしいですね……?
柾木くんも、着替えが終わったらここに集合のはずなんですけど……」
「まさか、踊るのがイヤで自分だけ逃げたんじゃないでしょうね!?」
「あー、それは違うよ。
ジュンイっちゃんなら……」
首をかしげる華のとなりで声を上げる沙織に杏が答えようとした、その時だった。
「誰が逃げたって!?」
響いた声と共に、ダンッ!と踏み込みの足音――頭上からのその音に一同が見上げると、何者か――いや、“ナニカ”が、コンテナの上から宙に身を躍らせたところだった。
ずんぐりむっくりの丸い身体を器用にひねり、ズシンッ!と一同の目の前に着地。その拍子に舞い上がった土煙の中、グポーンッ、とザクっぽい音と共に両の目が怪しく光る。
『で、出た〜っ!?』
いきなりの得体のしれない“ナニカ”の来襲に、驚いたあやとあゆみが抱き合って悲鳴を上げて――
「…………あれ?」
気づいたのはみほだった。
丸っこい、真っ白な身体。
鼻はハマグリ、全身から毛のように生えているのは、しらすという設定だったはずだ。
大洗に来て日の浅いみほだったが、この“キャラクター”の名は知っていた。
コイツは――
「…………アライッペ?」
そう。大洗町のゆるキャラ……にしては何かを全力で間違っている気もするが、とにかくゆるキャラであるアライッペだ。
もちろん着ぐるみだが、それがどうしてこんなところに現れたのか――と、そこでみほはまたもや気づいた。
今このアライッペはコンテナの上から飛び降りてきた――つまり、中に入っている人はこんな着ぐるみを着た上でそれだけの身のこなしをやってのける人物だということだ。
そして、自分達がここに集合している意味――
「ひょっとして……柾木くん?」
「大! 正っ! 解ぃっ!」
尋ねるみほに答えた、アライッペの中から聞こえてきた声はまさしく彼のものだった。
「え!? 中柾木先輩なんですか!?
なんでそんな格好してるんですか!?」
「なんで、って……身支度してこの待機場所に現れたんだ。やることなんて決まってるだろ」
「まさか、その格好で踊る気ですか!?」
梓に答えるジュンイチの言葉に、優花里が驚きの声を上げて――それを聞いて黙っていなかったのが沙織である。
「ちょっ!? どういうこと!?
何ひとりだけ素顔隠して参加しようとしてるのよ!? ズルイ!」
「おーおー、言ってくれるねぇ!
じゃあ何か!? 代わりにこれ着て踊ってくれるってのか!? このクソ重てぇ着ぐるみをっ!」
「私が悪かったから両目光らせながらにじり寄ってくるのやめてくれない!? 怖いからっ!」
が、ジュンイチに言い返されて圧倒される――着ぐるみの両目をグポーンッ、と光らせながら(電飾&サウンドギミック)詰め寄られ、ちょっぴり目尻に涙まで浮かべながら白旗を揚げる。
「まーまー、ジュンイっちゃんがその格好してるのは理由があってねー」
と、そこへ会話に加わってきたのは杏である。
「実は、本来そのアライッペの中に入る人が、試合観戦でエキサイトしすぎて、熱中症で倒れちゃったらしくって。
で、ジュンイっちゃんに代理をお願いしたんだよ――私としてもちょうどよかったし」
「『ちょうどよかった』……とは?」
「だってさ、考えてもみてよ」
聞き返してくるエルヴィンに答えて、杏は自分の胸――というか、自分の身にまとったあんこうスーツを指さして、
「ジュンイっちゃんが私達と同じようにあんこうスーツ着た姿、見たいと思う?」
『………………』
それ以上、異論の声は出なかった。
◇
〈♪あ、アンアン。あ、アンアン。あんこう食べたきゃ大洗〜♪〉
そんなこんなで始まったあんこう祭りのメインイベント、あんこう踊り。
みほ達大洗チーム一同は、戦車の運搬に使われた運送車両の荷台であんこう踊りを踊らされていた。
そして、そのまま車輛はゆっくり街を練り歩いていく――ただでさえ恥ずかしいコスチュームで踊らされている上、さらに街中を巡らされるのだ。より多くの目に映ることになるみほ達の心境はまるで市中引き回しの公開処刑だ。
そんな調子なものだから――
「あわわ、あわわ……!」
ただでさえ戦車以外のことでは鈍くさいところのあるみほは現在大絶賛パニック中。混乱のあまり、覚えた振付が全部左右逆になってしまうという、別の意味ですごいことになっている。
「もうお嫁に行けなーいっ!」
「仕方ありませんっ!」
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいんです!」
一方、あまりの恥ずかしさに悲鳴を上げる沙織に答えるのは、覚悟を決めた優花里と華だ。
他のメンバーも恥ずかしいのは同じで、悲鳴やらやっぱり参加しなければよかったという声やらがそこかしこから上がっている。
この状況を楽しんでいる者といえば、そもそもこの罰ゲームを言い出した張本人である杏くらいのものだが――
「まー、そう心配することもないと思うぞ」
恥ずかしさを抑え込んでいるのか気にしていないのか、相変わらず淡々としている麻子がそんなことを言い出した。
「何しろ、私達以上に注目を集めているヤツがいるからな」
言って、踊りながら“そちら”を見る麻子の姿に、他の面々も「ああ」と納得して――
「ぅおぉぉぉぉぉっ!? 何だあのアライッペ!?」
「すげぇ! 踊りがキレッキレじゃないか!」
「なんであんな図体であんな動きができるんだ!?」
「プロか!? 中の人はプロなのか!?」
「馬鹿野郎っ! アライッペに中の人なんかいねぇ!」
「やっぱりウソじゃないですか。中に誰もいませんよ」
すさまじくキレのあるあんこう踊りを披露するアライッペが、ギャラリーの注目を独り占めしていた。
◇
「あー、終わった終わった―」
「あれだけ踊りまくって息ひとつ切らせてないし……」
「相変わらず体力面ではずば抜けてますね……」
大洗の街を一周し、あんこう踊り終了――アライッペの着ぐるみからも解放され、大きく伸びをするジュンイチに、沙織や華がツッコミを入れる。
「ごめんね、みんな……
私がもっとしっかり指揮していれば……」
「西住殿のせいではありませんよ」
「先に当てたのは私達だ。それも二発も。
相手が戦車の性能に助けられただけだ。当てた者勝ちなら私達が勝ってた」
一方、みほの表情は冴えないままだ――だが、それも今回の事の経緯を知っていれば納得というものだ。
本来この罰ゲーム、最初に杏が言い出した際にはみほひとりが受ける前提であった――何しろ、この罰ゲームの目的はみほの尻をひっぱたいてやる気を出させることにあったのだから。
だが、そこに優花里を皮切りにAチームの面々が加わり、さらに試合後に連帯責任と言い出した杏によってEチームが、そして各々に自責から残りのチームも……という具合に、あれよあれよと言う間にチーム全員を巻き込んでしまったのだ、あの踊りに。
そしてそれは、試合に勝つことができれば回避できたはずなのだ――自分のせいでみんなに恥ずかしい思いをさせてしまった。みほはそれを気にしているのだろう。
一方で、優花里や麻子もそんなみほの心情を察しているからこそ、あぁして励ましているのだろう――女同士の微笑ましい友情をありがたく見物させてもらっていたジュンイチだったが、
「――さて、と」
そんな一同の空気を切り替えたのは、沙織の発したそんな一言だった。
「これから7時まで自由行動時間だけど、どうする?」
「お前さんは、確かアウトレットで買い物したいんだっけか?」
沙織の問いかけにジュンイチが返すと、その一方で麻子が不意にきびすを返した。
「麻子……?」
「おばあに顔見せないと殺される」
「あー……」
自らの問いに答えた麻子のその言葉に、沙織は納得するしかなかった。そのまま立ち去る麻子を見送ると、改めてみほ達やジュンイチへと向き直り、
「それじゃあ、私達も行こうか?」
◇
「そーいや、前に今朝の早朝集合を嫌がった冷泉さんが戦車道やめるって言い出した時も、ばぁちゃんの名前を出したとたんにビビって撤回したんだっけか……
何? 冷泉さんのばぁちゃんって、そんなに怖いの?」
「うん……まぁ、優しさの裏返しなのは間違いないんだけどね」
尋ねるジュンイチに沙織が答え、苦笑する――そんな二人を先頭に一同がやってきたのは、試合の際には観客席が設けられていたあのショッピングモールだった。
「ぅわぁ、またいろんなお店が入れ替わってる!」
「このテの施設は、ホントにテナントの栄枯盛衰が激しいなぁ……」
「あの……買い物の前に何か食べていきませんか?」
「それに戦車ショップにも行きましょうよ!」
引き続き先頭を行く沙織とジュンイチに華や優花里が提案していると、
「…………あれ?」
みほが何かに気づいた。そんな彼女に気づいたジュンイチが彼女の視線を追ってみると、一本向こうの通りに停まっているのは――
「人力車……?
なんでこんなトコ走ってんだ?」
「観光のサービスとかじゃないの?」
「大洗じゃやってねぇよ」
聞き返すみほにジュンイチが答えると、引き手らしい男が人力車に戻ってきて――ふとこちらを見ると、何かに気づいたかのように頭を上げた。
「あ、目が合っちゃった」
「いや、だからこっちを見ただけでそんな――」
「でもこっちに来るよ!?」
「なぬ!?」
ツッコもうとしたジュンイチの言葉は沙織によって覆された――見れば、男は人力車を引いてこちらに向けて走ってくるではないか。しかも笑顔で。
と――
「新三郎!?」
「え!? 知り合い!?」
そんな男に反応したのは華だった。思わず沙織が声を上げるが、そうしている間に新三郎と呼ばれた男の引く人力車は一同の目の前で停車した。
見れば、人力車は無人ではなかった。日傘を差しているせいで顔までは見えないが、そこには確かに女性の姿が――
「あの、私、華さんの友達の……」
「お嬢、お久しぶりです」
「え!? ガン無視!? スルー!?
ってか華に一直線!? 聞いてないわよ!?」
一方で沙織が新三郎に声をかけるがあえなくスルーされてしまった。華しか目に入っていない様子の新三郎の姿に「華に“そんな相手”がいるなんて知らなかった」と沙織が悲鳴を上げる。
「ウチに奉公に来ている、新三郎です」
「お嬢がいつも、お世話になってます」
が、華の方は平然としたものだ。みほ達に新三郎を紹介、新三郎も笑顔で頭を下げる。
「奉公人かー。
華道の家元の家だとは聞いてたけど、奉公人入れるくらいのでっかい家なのか」
が、ジュンイチが感心してつぶやいたとたんに態度が一変。ギンッ!とジュンイチを鋭くにらみつけた。
「そーゆーおたくはどちらさんですかね?
まさかお嬢に手ェ出そうとか……」
「ンな関係じゃねぇよ。
大洗の学園艦に拾われてな。恩返しに学校の雑用係をやってんだよ――五十鈴さんに手ェ出す気はないから安心しな」
「何だと!? お嬢じゃ不満だってのかっ!?
これ以上高望みしようたぁ何様のつもりだっ!? えぇっ!?」
「どないせぇっちゅうんじゃあっ!」
どうあっても絡んでくる新三郎に対し、ジュンイチが力いっぱいツッコんで――
「おやめなさい、新三郎」
人力車に乗る女性が、新三郎を止め、ゆっくりと人力車の中から降りてきた。
「久しぶりね、華さん」
「お母様……」
やっぱり華の母だったか――とジュンイチが納得する中、女性は日傘をかたむけ、こちらに向けて素顔を見せた。
なるほど、よく似ている――華に加齢の特殊メイクを施したら、きっとこんなふうになるのだろう。
「よかったわ、元気そうで。
こちらの方々は?」
「学校の友達です」
「そう……
初めまして。華の母。五十鈴百合です」
華の答えに、彼女の母だと、五十鈴百合と名乗った女性が頭を下げてきたのでこちらも一礼をもって返す。
「みなさん同じクラスなの?」
「いえ、西住さんと武部さん、柾木くんは同じクラスで……」
「私はクラスは違いますが、戦車道の授業で……」
「――――――っ」
(あ)
華に代わり自らについて語った優花里の言葉に、百合の目が険しくなった。それに気づいたジュンイチの脳裏にイヤな予感がよぎるが、
「戦車道……?」
「はい、今日試合だったんでsぶっ!?」
「バカ! ちょっと黙れ!」
「華さん、どういうことなの!?」
百合の変化に気づいていない優花里の口をジュンイチがあわててふさぐがもう遅い。百合はもはや他の面々には目もくれず、華へと詰め寄るとその手を取って匂いを確かめ、
「鉄と油の臭い……
華、まさかあなた、戦車道を?」
「……はい」
できれば明かさずに通したいと思っていたのだろう。うなずく華の顔にはどこか観念したかのような諦めの色が見えた。
だが、今の百合の様子を見れば隠しておきたかった気持ちもよくわかる――何しろ、まるで世界の終わりでも目の当たりにしたかのように真っ青に青ざめた上にガタガタと震えているのだから。
「花を活ける繊細な手で、戦車に触れるなんて……」
と、そうつぶやくまでが限界だった。彼女の中で何かが切れたのを気配で察して――ジュンイチは動いた。素早く百合の背後に回り込み、意識を失って崩れ落ちる彼女の身体を後ろから支える。
「お母様!?」
「奥様!?」
「大丈夫。頭ン中オーバーヒートして気絶しただけだから。
新三郎さん、人力車」
「お、おぅっ!」
あわてる華や新三郎に、ジュンイチが冷静にそう答える――促され、あわてて人力車を取りに向かう新三郎を尻目に、ジュンイチは百合をさっとその場に横たえて、
「………………」
気絶した母を不安げに見下ろす華の姿に、また面倒なことになりそうだとため息をつくのだった。
◇
「……すみません。
私が余計なことを言ったばっかりに……」
「いいえ。
わたくしが、母にちゃんと話していなかったのがいけなかったんです……」
その後、百合を連れ帰る流れで華も、そしてみほ達やジュンイチも大洗本土の五十鈴家の屋敷へ招かれた。応接室に通されたものの、自らの失態にしょげ返っている優花里に華が「悪いのはあくまで自分だ」と答えを返す。
と――
「お嬢」
やってきたのは新三郎だった。応接室に入ることなく、廊下でひざまずいて華に告げる。
「奥様が目を覚まされました。
それで――お嬢に、お話があるそうです」
しかし、華は動かない。しばしためらいを見せた後、意を決して告げた答えは――
「……わたくしは、もう戻らないと……」
「お嬢!」
それは、母と道を違えることを選んだことを示す決別の意思表明――しかし、そんな華に新三郎は食い下がってきた。
「お母様には、申し訳ないけれど……」
「差し出がましいようですが……お嬢のお気持ち、ちゃんと奥様にお伝えした方が、よろしいかと思います!」
「………………」
新三郎の言葉に、華は突き放すことができず視線を伏せ――
「五十鈴さん」
「――柾木くん?」
口をはさんできたのは、壁に背を預ける形で座っていたジュンイチだった。
このタイミングで口をはさんできた、その意味は――
「……柾木くんも……話した方がいいと……?」
ジュンイチの意図を推し量り、華はもう一度視線を伏せて、
「…………わかりました」
決意を固め、静かに立ち上がった。
◇
「い、いいんですか……?」
「偵察よ、偵察」
華が出ていった後、当然のようにこの流れに――華と新三郎が入っていった、おそらく百合の寝室であろう和室の前、廊下に身をひそめた沙織が優花里に答える。
そんな二人の後ろで、みほは止めるべきか否かとオロオロ。助けを求めるように傍らのジュンイチへと視線を向けるが、そのジュンイチはまったくのノーリアクション。
ダメだこりゃ、とみほが某いかりや氏のように心の中でため息をつく一方、部屋の中では――
「華さん、どうしてなの……?」
布団の上に身を起こし、百合は静かに華へと尋ねた。
「どうして、戦車道なんか……
華道をやるのが、イヤになったの?」
「そうじゃありません」
対し、華は若干の申し訳なさを残しながら、それでも百合にそう答えた。
「わたくし……活けても活けても、何かが足りない気がして……」
「そんなことはないわ。
あなたの花は清楚で可憐な、五十鈴流そのものよ」
百合が励ますように告げるが、それでも華は首を左右に振った。
「そうじゃないんです。
わたくしは……もっと力強い花が活けたいんです!」
「………………っ」
それは、百合が今しがた挙げた『清楚で可憐』という表現からすればまったくの逆行。すなわち百合が受け継ぎ、華に伝えようとしていた五十鈴流の否定に他ならなかった。
華の告げた思いもよらない告白に、百合はショックで力なくうなだれてしまう。
「お母様……」
「あぁ……素直で優しかったあなたはどこに行ってしまったの……?
これも戦車道のせいなの……?」
心配する華をよそに、うなだれたままの百合の手が悔しそうに布団を握りしめる。
「戦車なんて、野蛮で、不格好で、うるさいだけじゃない……
戦車なんて、みんな鉄くずになってしまえばいいんだわ……っ!」
「鉄くず……っ!?」
「まぁまぁ」
さすがに今のは聞き捨てならなかったようだ。優花里のこめかみに血管マークが浮かんだのに気づき、沙織が優花里をなだめる。
「……ごめんなさい、お母様……」
一方、百合に対して頭を下げ――しかし、顔を上げた華の瞳には、強い決意の色が宿っていた。
「でも、わたくし……戦車道は、やめません」
「………………っ」
ハッキリと華に告げられ、百合は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに息を整え、華に向かって口を開いた。
「わかったわ。
なら、もうウチの敷居はまたがないでちょうだい」
「奥様、それは――!」
「新三郎はお黙り!」
華をかばおうとした新三郎だったが、百合に鋭く叱責されて反論を封じられてしまう。
しかし、華は百合の勘当宣言にも動じることはなかった。静かに一礼してその場を辞すると、廊下で出迎えた沙織達にニコリと微笑み、
「では、帰りましょうか」
「でも……」
このまま別れることになってもいいのか――“自分の時と重なって見えた”目の前のやり取りに不安げなみほだったが、そんな彼女にも華は笑顔でうなずき、
「いつか……母を納得させられるような花を活けることができれば、きっとわかってもらえるでしょう」
「お嬢……っ!」
「笑って見送って、新三郎。
これは新しい門出なのだから……」
涙ぐむ新三郎に告げ、華はみほ達と共に歩き出し――
「……あのさぁ」
ジュンイチだけはその場に残っていた。部屋をのぞき込むこともせず、ふすま越しに百合へと声をかけた。
「オレだって、分野や形は違うけど一応同じ“継承者”だ――“娘さんのクラスメート”じゃなく、そっちの立場から言わせてもらうぜ」
そう前置きした上で――告げる。
「家元ってのは、ただ伝統を守るだけで務まるモンなんスかね?」
「え…………?」
「先代から技継いで、それをそのまま次に継がせる……“それだけでいいんですかね”?」
百合が顔を上げたのが気配でわかった――が、かまわず続ける。
「ただブツを受け取って、次にリレーするだけ……そんなの、ガキにだってできる、ただの使いっぱとどこが違うっつーんですか?
本当に流派のことを……いや、その“道”を大事だと思ってるんなら、その先にこそ、もっとするべきことがあるんじゃないですか?」
「するべきこと……?」
「おっと、そこから先は自分で考えてくださいよ。
そんなトコまで一から十まで教わってたんじゃ、それこそガキの使いと変わらんっスよ」
つぶやく百合に言い放ち――最後にひとつ、付け加えた。
「ただ……」
「少なくとも現時点じゃ、アンタよりも娘さんの方がよくわかってると思いますよ?」
◇
「遅い」
その後、ジュンイチはみほ達と共に五十鈴邸を後にした。五十鈴邸ですっかり時間を取られてしまい、港に戻ってきたのは自由時間の終了ギリギリ、19時直前。おかげで律儀に待っていてくれた麻子は待ちくたびれて少々ご機嫌ナナメである。
「早くしろ。もうすぐ時間だぞ」
「もーっ! 夜は元気なんだからーっ!」
急かす麻子に沙織が言い返しながらタラップを上ると、そこには見知った顔がもうひとり――
「まったく、出港時間ギリギリよ!」
「すまんな、そど子」
「その名前で呼ばないでっ!」
そど子こと園みどり子だ。生徒の戻り損ねがないよう乗艦のチェックをしていた彼女が麻子にツッコミを入れる。
「悪いね、そど子先輩。
ゴタゴタに巻き込まれてた」
「だからその名前d……って、ゴタゴタ?
何、またなの? 相変わらずねぇ」
「『また』って……」
ジュンイチとそど子の会話にツッコんだ方がいいのか、ちょっぴり迷いながら、みほは最上階層の居住階層へ。公園を兼ねた階層出入り口までやってきて――
「やぁやぁ、西住ちゃんにジュンイっちゃん」
そこに待っていたのは、桃と柚子を従えた杏だった。
「待っててくれたんですか……?」
「何か用でもあったのか? なら連絡してくれればよかったのに」
「いやー、私達の用だけならそれもアリだったんだけど、お遣いも頼まれちゃったからねー」
みほとジュンイチのリアクションに、杏が笑いながら答える――「お遣い……?」と首をかしげるみほに対してコホンと咳払いして、
「まずは私達の用。
これからは、作戦も西住ちゃんに任せるよ」
「作戦も……?」
「ん。好きにやってよ」
聞き返すみほに杏が改めて告げる――「なっ!?」と驚いてるのは今回の試合の作戦を立てた桃だが、彼女に任せた結果があの序盤の大苦戦だ。しかも作戦失敗の主因が彼女の巻き起こした誤射の嵐とくればこの杏の判断は当然だろう。
が――杏の“人事”にはまだ続きがあった。
「でー、ジュンイっちゃんには私達の訓練主任になってもらうから」
「……なぬ?
オレが訓練主任って、正気かよ? 歩兵だぞ、オレは。
西住さんは負担軽減の観点からナシだとしても、秋山さんとかエルヴィンとか、他にもオレより戦車道に詳しいヤツぁいるだろ」
「その辺考慮しても、やっぱりジュンイっちゃんが適任だと思ったんだけどね」
眉をひそめて難色を示すジュンイチに、杏は動じることなくそう答えた。
「自覚してる? その『戦車道に詳しい人達』や試合に勝った側の聖グロリアーナの人達押しのけて、今日の試合のMVPかっさらっていったの、ジュンイっちゃんだよ?」
「あ……そっか。
今日の柾木くんの撃破数……」
「四撃破一アシスト……言われてみれば、両チームひっくるめて一番撃破してますよね」
杏の言葉にみほと優花里が納得する。そして、その場の全員の目が改めてジュンイチへと集まった。
「確かに、ジュンイっちゃんは畑違いの歩兵だし、身体能力はとてもマネできるようなものじゃないけど、それだけでこのスコアは叩き出せるものじゃないでしょ?
戦車がやられてイヤなこと、戦車相手に攻めるべきウィークポイント、そこをよくわかってるからこそ、ここまで暴れられた――それを私達に教えてくれればいいんだよ」
「……わかったよ。
やりゃいいんだろ、やりゃ」
「ん。ありがと。
じゃ、私達の用事はおしまい。次は“お遣い”の方ね――ハイ、これ」
うなずくジュンイチに満足し、杏は続けてみほに対し、柚子に預けてあったバスケットを手渡してきた。
「これは……?」
「聖グロリアーナの隊長さん……ダージリンさんだっけ? あの人から」
首をかしげるみほに杏が答える。バスケットの上にかけられた布を取ってみると、中に入っていたビンは――
「……紅茶?」
「え? 紅茶? これが?」
「……ティーバックとかイメージしたんだろうが、紅茶だって本来茶葉から淹れるんだぞ?」
「わっ、わかってるわよっ!」
首をかしげたところをジュンイチにツッコまれ、沙織が顔を真っ赤にして言い返して――
「……あら?」
華が、茶葉のビンとは別に手紙が同封されていることに気づいた。
封筒の表には「to Friend」の一文が――
「……うん、英語ならまだしもイギリス語は読めん」
「英語だよ、桃ちゃん……」
背後で何やら頭の悪い会話が聞こえた気がしたがとりあえず無視することにして、ジュンイチは手紙を手に取った。
アイコンタクトでみほに確認。みほがうなずいたのを受けて、英語でしたためられた手紙に目を通す――
今日はありがとう。
あなたのお姉さんとの試合より、おもしろかったわ。
また公式戦で戦いましょう。
「……だそうな」
「すごいです!」
みほに、皆に伝えるために声に出して、和訳で読み上げたジュンイチが締めくくり――それを受けて声を上げたのは興奮気味の優花里だった。
「聖グロリアーナは、好敵手と認めた相手にしか紅茶は贈らないんですよ!
そして、特に今の総隊長であるダージリン殿は、総隊長になってから一度も、それこそかの黒森峰にすら紅茶を贈ったことはないとか!」
「へぇ、そうなんだ」
「って、リアクション軽っ!?」
あっさり返された優花里の悲鳴が上がる――そんな彼女にかまわず、優花里をやり込めた張本人、杏はみほへと向き直り、
「そんなすごい人から認められたんだ――公式戦で恥はかけないよ、西住ちゃん」
「はい。
ダージリンさん達にも、次は勝ちたいです!」
基本的に引っ込み思案なみほにしてはずいぶんと前向きな反応だ。ダージリンに認められたことで、気づかぬ内にテンションが上がっているようだ。
と――
「あのー……」
軽く手を挙げ、声をかけてきたのは沙織だった。
「公式戦って……何か大会とかあるんですか?」
その問いに答えたのは優花里だった。
「それはですね――」
「戦車道の、全国大会です!」
◇
「全国大会、ねぇ……」
その後は杏の音頭で、大会に向けてえいえいおーと気合を入れた上で解散となった。帰り道の重なるみほ、そして杏ら生徒会の面々と共に夜の住宅街を歩きながら、ジュンイチはポツリとつぶやいた。
「何? ジュンイっちゃんは乗り気じゃない?」
「それ以前に、よくこんな何もかも足りてないような状態で出る気になったなー、と」
声をかけてくる杏に答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせた。
「前に調べたことがあるけどさ、春の全国大会って、日戦連主催のそーとー伝統の長い大会じゃないか。
その格式の高さから、出場校はただ出るだけでもそうとうなプレッシャーにさらされる。自然と出場校はそのプレッシャーをものともしない強豪と長く出場し続けている伝統校に絞られてるのが現状だ。
どっちにしても強敵だ。そんなヤツらの中に飛び込んでくには、オレはともかくみんなの準備が足りなさすぎる。
文科省主催の秋・冬季大会まで待った方がよかったんじゃないのか?」
「それは――」
「まー、確かに、ジュンイっちゃんの言う通り、ハードルが高いのは確かだね」
半ば言い返すような勢いで答えかけた桃だったが、そんな桃に杏が言葉を重ねてきた。
「けど、どーせハードルを設けるなら高い方がいいっていうのが私の主義でね。
ジュンイっちゃんだって知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだな。よく知ってるよ。
つかまさに今日、その主義のせいで超格上とドンパチやらされたばっかりなワケだしな」
言って、ギロリとにらみつけるが、当の杏は平然としたものだ。
「ま、何にせよ出場はもう決定事項。というかもう申し込んじゃってるし。
だからジュンイっちゃんも西住ちゃんも、勝てるようにしっかりがんばってよねー」
「へーへー」
「は、はいっ、がんばりますっ」
杏に言われ、みほがあわてて答える――と、ジュンイチとみほ達、それぞれの帰り道の分岐となる十字路が見えてきた。
「じゃあ、柾木くん、また明日」
「本当に寮まで送っていかなくて大丈夫か?」
「今日の試合で一番暴れ回った子が何言ってんの。
今日はもう返って休むこと。いい?」
「……わかったよ」
みほに聞き返すジュンイチだったが、杏に止められてしまった。まだ不満は残っているようだが、渋々ひとり家路についた。
「……後からこっそり見送りについてくるつもりかな?」
以前にも帰り道が正反対の沙織達を気遣うあまり、陰ながら見守るために後をつけていったことがある相手だけに、ジュンイチの次の動きをそう予想するみほだったが、
「あはは、過保護な柾木くんらしいね。
けど、大丈夫だと思うよ」
笑いながら否定したのは柚子だった。彼女に続く形で桃が補足する。
「助けられた時の恩義をまだ気にしているんだろうな――あの男が会長に逆らうのは、筋の通らないことを言い出した時だけだ。
筋の通ったことを言っているなら、あの男は基本会長には逆らわん」
「……筋の通らないこと言ってる自覚はあるんですね」
みほにツッコまれ、桃はぷいと視線をそらした。
と――
「西住ちゃん西住ちゃん」
みほに声をかけてきたのは杏だった。
「これからちょっと、イイモノ見に行かない?」
「いいもの……?」
「そ。イイモノ」
聞き返すみほに答えて、杏はニヤリと笑い、
「こんな時でもないと見られない、珍しいモノを、ね♪」
◇
みほ達と別れた後、ジュンイチは確かにみほ達の後をつけたりはしなかった。
だが、まっすぐ家に帰りもしなかった。彼が向かったのは学校――戦車のガレージだった。
中に入ると、明かりもつけず、窓から差し込む月明かりに照らされたW号戦車を見上げる。
頭をガジガジとかいて、天井を仰いで息をつき――
「――クソッ!」
半ば衝動的に、傍らの柱に拳を叩きつけていた。
(負けた……っ!
勝ちに行ったはずの勝負で……負けた……っ!)
「……畜生……っ!」
その胸に去来するのは、試合に負けた現実と、それに対する悔恨。
あの時はあぁすればよかった。この時はこう動いていれば――そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。
それは、勝負に臨み、敗れた者なら誰もが抱く感情だ。しかしジュンイチは、みほ達の前では決してそれを表に出すことはなかった――否、“出せなかった”。
だが、誰もいない今ならば――
「次は……負けねぇ……っ!」
◇
「……柾木くん……」
「いやー、男の子だねー」
そんなジュンイチの姿を、みほ達は入口の鉄扉の陰から伺っていた――つぶやくみほに、杏が苦笑まじりに答える。
「私達の前じゃ平気なフリしてても、腹の中じゃ思いっきり悔しがってたってことだよ。
それこそ、こうして私達がここにいることにも気づかない、そのくらい心を乱しちゃうぐらいにね」
「まったく、悔しいなら悔しいと言えばいいものを。
何を意地を張ってカッコつけてるのやら」
「あー、それは違うよ、かーしま」
ため息まじりにつぶやく桃だったが、杏はそれを否定した。
「私達は、西住ちゃんを強引に戦車道に引き込んだ。
そのことについては悪いことをしたと思ってる……ごめんね、西住ちゃん。
でも、戦車道経験者である西住ちゃんの力は、私達にはどうしても必要だった……」
「いえ、それについてはもう気にしてませんけど……
でもなんで今その話を?」
「私達は西住ちゃんの力をあてにしてる……そして、ジュンイっちゃんの力も」
聞き返すみほに、杏はそう答えて息をつき、
「私達ですらそうなんだ。
他の子達が、どれだけ西住ちゃんやジュンイっちゃんのことをあてにしてると思う?」
その言葉に、みほは杏の言いたいことに気づいた。
「実力だけの問題じゃない。精神的にも、二人は私達の“要”なんだ。
そんな“要”が思い切り取り乱してたりしたら、それを見ている子達にどれだけの不安になるかわからない」
「だから、私達の前で、表立って悔しがれなかった……? 私達を、不安にさせないために……?」
「そーゆートコは目ざといからねー、ジュンイっちゃんは」
柚子のつぶやきに答えて、杏は肩をすくめてみせる。
「もっとも、ジュンイっちゃんはそんな状態を良しとは思ってないみたいだけどね」
「会長……?」
「後半の作戦。
西住ちゃんの“もっとこそこそ作戦”、口はさまなかったでしょ?」
しかし、杏の指摘には続きがあった。桃に答えて、みほへと視線を戻し、
「あれだけ暴れ回ったんだ。その気になれば、戦車道のルールに縛られた状態でも聖グロリアーナをひとりで“狩り尽くす”ことはできただろうね。
同時に、ジュンイっちゃんも本来ならそうしたかったはずだよ。あんこう踊りはジュンイっちゃんだってイヤだったろうから」
「でも、柾木くんはそうしなかった……」
みほの返しに、杏は静かにうなずいた。
「きっと、捨てられなかったんだよ。私達の成長の芽を。
みんなが自分や西住ちゃんに頼りきりになってしまうのを、ジュンイっちゃんは恐れた……頼りきって、自分達で努力することを忘れてほしくなかった。
あんこう踊りは避けたかったけど、私達のことも捨てられなかった……どっちも捨てられなくて、二兎を追おうとした結果が今日のアレってこと」
杏の話に、みほはジュンイチの後ろ姿へと視線を戻した。
(柾木くん……私達のために……)
きっと杏の言う通りだ。ジュンイチなら、そのくらい本気で狙おうとするだろう。付き合いの浅い自分ですらそう思えるほど、ジュンイチのこちらを思いやる態度は徹底している。日頃のムチャクチャな言動ですら、その評価を地に落とすにはまるで足りていないほどに。
そして、その信念のもと、今日の試合も自分達に経験を積ませつつ、それでいてあんこう踊りの罰ゲームも避けようと、フォローできる限りをフォローして、全力で勝ちに行っていたはずだ。
それなのに、結果は届かなかった――いや、違う。
『届かなかった』んじゃなくて――
(私達が、足を引っ張ったんだ……
柾木くんのフォローでも補いきれないくらい、私達の力が足りなかった……っ!)
今回のことに限った話じゃない。ジュンイチはいつだって、自分達のことを気遣ってくれていた。
そして、ジュンイチのそんな優しさに対して、自分達はまだ何も返せていない。
――だとしても、
「……会長」
「んー?」
「私も……がんばります」
「……ん。そっか」
『返せていない』じゃ終われない。
なるんだ――“返せる”ように。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第7話「学ぶことは山のようにありますわ」
(初版:2018/03/19)