「ふーむ……」
 やっぱりというか当然というか、“こっち”でもしっかり自宅に用意した“仕事”用のパソコンルーム――液晶画面を前にして、ジュンイチは軽く息をついた。
 画面に映し出されているのは、今日の訓練で撮影した各戦車の動きの映像で――
「……やっぱ、固いんだよなぁ……」
 その映像を前に、ジュンイチは思わずデスクに突っ伏した。
 先日の聖グロリアーナ戦を経て、チームの士気は明らかに上がった。あの試合でのみほ達の敢闘に奮起したのは一年生チームだけではなかった。他のチームもやる気にあふれ、みほを助教に迎えたジュンイチの指導で練度の方も着実に伸びてきている。
 が――それでもやはり、動きの固さはぬぐえない。
 一言で言うなら、緊張している――やる気があるのはけっこうだが、それが過ぎる余りに「うまくやらなければ」という意識ばかりが先行してしまい、動きにまで伝わっていない。おかげでせっかく伸びた実力も完全に空回り状態だ。
 これを解消するには、やはり実戦経験を積むのが一番だ。全国大会の前に改めて練習試合をこなしておきたいところなのだが――
(相手がいないんだよなぁ……)
 手元のリストへと視線を落とす――いくつもの学校の名前が記されているが、そのほとんどに赤ペンで×印がつけられている。
 練習試合を申し込み、断られたのだ。記入のない学校は返事待ちだが――
(全国大会直前ともなると厳しいか……
 どこも、こんなタイミングで手の内さらしたくないだろうしなぁ……)
 全国大会を前にしたこの時期、どこの学校も練習試合には非常に消極的だ。出場校は戦うかもしれない相手に手の内をさらしたくはないだろうから当然として、非出場校も出場校相手の練習試合、なんて出場校の調整のためのサンドバッグになれと言っているようなものだから、嫌がるのも無理はない。
「あー、もうっ。
 どっかにいねぇかなぁ……この時期でも経験値少しでも稼ぎたいと思ってるような切羽詰まってる学校……」
 つぶやいて――自分がどれだけ高望みしているのか実感して、ちょっとだけ虚しくなってきたジュンイチであった。

 

 


 

第7話
「学ぶことは山のようにありますわ」

 


 

 

 明けて翌日。
「練習試合……?」
「そ」
 結局、昨夜の内に妙案が浮かぶことはなかった――なのでジュンイチは昼休み、思い切ってみほに相談してみることにした。
「んー、みんなまだ動きがぎこちないし、少しでも経験を積ませたいっていうのはわかるけど、この時期じゃあ……」
「やっぱ問題はそこなんだよなぁ……
 で、だからこそ西住さんに相談してるんだよ」
 首をかしげながら応えるみほに、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「西住さんなら、戦車道やってる学校のことはそこそこ詳しいだろ?
 どっか知らないかな? この時期でも練習試合で経験値少しでも稼ぎたいぐらいチーム育成に行き詰まってるトコとか、大会とかの事情もろもろ考えないで試合ホイホイ受けてくれそうなお気楽なトコとか。あ、もちろんこっちの練習になるくらい強いのは大前提で」
「そんな無茶な条件を出してくるあたり、よっぽど追い詰められてるっていうことはよくわかったよ……」
 ジュンイチの提案の無茶苦茶っぷりに、みほが思わず苦笑すると、
〈普通T課、2年A組、西住みほ。並びに柾木ジュンイチ。
 以上二名、至急生徒会室まで出頭せよ。繰り返す――〉
 突然校内に放送されたのは、桃による呼び出し。いったい何事だろうかと、ジュンイチとみほは思わず顔を見合わせるのだった。



    ◇



「やぁやぁ、よく来てくれたね、二人とも!」
 さっそく生徒会室にやってきた二人を出迎えたのは、満面の笑みで干し芋をかじる杏であった。
「まぁ、二人して呼び出された時点で察しがついてるだろうけど、用件ってのは戦車道のことでね。
 実は、全国大会前にもう一試合くらい練習試合をやっておいた方がいいと思うんだけど……って、どしたの? 二人して苦虫をかみつぶしたような顔して。何か問題でも?」
「いや、問題っつーワケじゃないんだが……」
「偶然って、怖いなー、と……」
 困惑が顔に出ていたようだ。首をかしげる杏に、ジュンイチとみほが苦笑と共にそう答える。
「実は、私達もついさっき、練習試合ができないか、って話をしてたんです」
「そっかそっか。
 二人もそういう判断してたんなら、必要だと考えた私達の考えは間違ってなかったってことだね。よかったよかった。
 ……って、まだ浮かない顔だね。どしたの?」
「相手がいねぇんだよ」
 みほの言葉に一瞬喜ぶ杏だったが、すぐにこちらの微妙な表情に気づいた。尋ねる彼女に答えたのはジュンイチだった。
「生徒会の方からは動いてないんですか?」
「一応隊長の西住ちゃんと訓練主任のジュンイっちゃんの意見を聞いてからにしようかな、って」
「西住さんへの受講の打診から聖グロとの試合、全国大会へのエントリーに至るまでずっと強硬手段や事後承諾で通してきた人間のセリフじゃねぇな」
「いやー、すっかり西住ちゃんもやる気だし、もうケツひっぱたく必要ないでしょ。
 ここからの私はちゃんと筋を通していくいい子ちゃん路線なワケだよ。えっへん」
「自分でゆーな」
「……で、試合の相手がいないって話だけど、具体的には?」
「戦車道やってる学校にはあらかた声かけたよ――高望みから始めて、無名校までどんどんすそ野を広げていってね。
 けど、返事があったところは全部アウト。返事待ちがまだ少し残ってるけど、今までの流れを考えると……」
「難しい、か……」
 ジュンイチの話に杏がため息をつくと、
「あ、あの……柾木くん?」
 そんなジュンイチの道着の袖を引っ張り、みほが声をかけてきた。
「今、『あらかた声かけた』って言ってた……よね?」
 そう尋ねるみほの顔はどこか不安げで――
「まさか……“黒森峰”にも?」
「おぅ」
 即答であった。
「さすがに相手が悪すぎたから最後の最後、背に腹は何とやら、って感じでな。
 もちろん、その場で断られたけどな」
 そう告げて――ため息をひとつ。ジュンイチはみほの頭をポンと軽く叩くようになでてやり、
「安心しろ。お前の名前は出してねぇよ」
「本当……?」
「前に“事情”知ってるって言わなかったっけ?
 さすがに、お前さんにとって気まずい相手だってのはわかってるさ」
「う、うん……ありがとう……」
 ジュンイチの言葉に、みほはなでられるがままの状態で礼を言い――
「だっ、けっ、どっ。
 本番の全国大会でぶつかった時は容赦なしだ。そこでも腑抜けてるようなら、迷わずスタメンから外すからな」
「ふえぇぇぇぇぇっ!?」
 上がった悲鳴の原因は、宣告の内容よりも一転して激しくなったナデナデだろうな――と見物している柚子が考えていると、
「まー、とにかく、練習試合については、現状ジュンイっちゃんの送った打診、その残りの返事待ちってことだね」
 そう話をまとめ、杏はポンと手を叩き、
「で、ジュンイっちゃん的にはどうなの?
 さっきは『難しそう』って言ってたけど、話をした時のリアクションで、希望ありそうなトコはなかったの?」
「うーん、どこもイヤそうにしてたけどなぁ……あ」
 杏の問いに答えかけたジュンイチの動きが止まった。
「そういえば……一件、リアクションが微妙だったところがあったな……確か、そこもまだ返事が来てないはずだ」
「微妙?」
「他は普通にイヤそうにしてたんだけど、そこだけ『これ受けちゃってもいいのかな?』的な、困惑が強く出た感じだったんだ」
「困惑、か……」
 みほに答えるジュンイチの言葉へに桃がつぶやくと、杏が改めて尋ねた。
「それで……その学校の名前は?」



    ◇



 さて、時は何日かさかのぼり――

「今年から、我が校の戦車道の方針が変わったんですって」
「あら? 違いますわよ」
「え?」
「正確には四ヶ月前ですわよ」
「どうも中途半端な時期ですわね」
「何やら隊内で騒動があったんだとか……」
 校内を歩いているだけで、ヒソヒソ話が聞こえてくる――が、かまわず彼女は歩を進める。
「フフッ、騒動のご本人のご登場ですわ」
「まったく、我が校には防御を主体とした伝統のある戦い方がありますのに、それを何だとお思いなの……」
 当事者を前にしてもウワサ話の声がやむことはない。いちいち反論してもしょうがないと、無視を決め込んで先を急ぐ――
「……あーっ、もうっ!」
 しかし、ガマンが続いたのも校舎を出るまでだった。苛立ちを声にして吐き出す彼女のソウルネームは“エクレール”。
 フランス風の校風を持つ学校、マジノ女学院の戦車道チーム隊長である。



「まったく、本当にウワサ話が好きな連中だことっ!」
 校内の移動用に用いている装甲車、ルノーUEに乗り込んでもなお、エクレールの腹の虫が治まることはなかった――どころの騒ぎではなかった。苦い顔でカバンから取り出したのは胃薬だ。どうやらあのウワサ話の数々は彼女の胃に多大なダメージを刻んでいるようだ。
「もう聞きあきましたわ。
 これでは胃薬がいくらあっても足りませんわ」
「それだけエクレール様のことが気になっているのでしょうね」
 うめき、胃薬を口に放り込むエクレールに対し、UEを運転しながら答えるのは長髪をポニーテールにまとめ眼鏡をかけた副官のフォンデュである。
「それならいっそ、面と向かって告白していただけたら、いくらでも答えて差し上げられますのに……」
「みなさんがそれだけいさぎよければ、話がシンプルでいいですね」
 フォンデュの言葉には全面的に同意したいところだ。黙ってもらえるものなら早々に黙ってもらいたい。今の自分達がしなければならないのは、陰口に振り回されることではないのだから。
 今大切なのは――
「今のわたくし達が成さねばならないことは……マジノに勝利をもたらすことですわ」
「校内の方々の理解を得るのは難しいですが……いつかわかってもらえますよ」
 となりで答えるフォンデュの言葉に、エクレールは息をつき、
「まぁ、いいですわ。
 それより、新体制になって四ヶ月、みんなの実力も少しずつ上がってきていると思うのだけど」
「そうならばいいのですが……」
 エクレールの言葉に、今度はフォンデュがため息をつく番だった。
「今までの我が校は、重戦車を要塞に見立てた防御主体の戦術でした。
 それを、機動を主体とする騎兵戦術である“サン・シール流”に変革するワケですが……」
「その先は言わなくてもわかっていますわ。
 今の我々が、試合で通用するレベルに達しているかはわからない……だから、それを確かめなければ……」
「そうですねー、がんばってください」



 ………………

 …………

 ……



「不思議ですわね〜。
 なんか今、ものすごく気の抜けた激励をされた気がしましたわ〜」
 ほぼ棒読みの激励をくれたフォンデュにジト目で冷たい視線を送るエクレールだったが、フォンデュの方もそんなものは慣れたもので、
「誰からですか?」
「……あなた以外だとしたら、想像もつきませんわ〜……」
 白々しくすっとぼけてくれるフォンデュだったが、おかげで少し気が紛れた。そのせいか胃の痛みも幾分かマシになってきた。
 おそらく、フォンデュの狙いもこれだろう。多少こちらをいじってきている感が否めない点は気になるが、それでも自分を気遣ってくれる副官に内心感謝するエクレールを乗せ、UEは戦車の格納庫前の広場へと入っていった。



 …………が。
「……毎度のことですが、全然そろっていませんわね……」
「時間には全員がそろいますよ」
 もうじき集合時間だというのに、集合場所である格納庫前の人影はまばらだった。ため息をつくエクレールだが、対するフォンデュはいつものことだと平気な顔をしている。
「集団行動が苦手なのはマジノの校風ですが……」
「もうすでに何人か戦車に乗り込んで練習しているようですね」
「なっ!?」
 つぶやいていたところにさらなる爆弾を投下され、エクレールは目を丸くした。
「わたくしは許可を出してませんわっ!」
「チャイムが鳴るまでには戻ってきますよ」
「また好き勝手やって……」
 フォンデュの言葉にため息をつくエクレールだったが、フォンデュの言う通り、チャイムの鳴る間際には自主練に出ていた戦車が続々と戻ってきた。
 最初に姿を見せたのは――
「ルノーR35……」
「我が校の主力軽戦車ですね」
 フォンデュが補足してくるが、そんなことは言われなくてもわかっている。ため息をつき、エクレールはR35へと視線を戻した。
 開発当時の技術水準を考えれば、決して悪い戦車ではないのだが――
(主力が歩兵支援戦車って……)
 それは“当時の技術水準で見た場合”、そして“本来の用途に使用された場合”の話だ。戦車道で運用するには、歩兵の支援“しか想定していない”R35の火力は主力とするにはいささか心許ない。
 そしてそれは、続いて戻ってきたルノーFT-17にも同じことが言える。
 何しろ、R35の前身がこのFT-17なのだから――つまり、コイツも歩兵の相手をすることしか想定していない。
 一応、エンジンのチューンアップを始めレギュレーションで許される範囲ギリギリまで強化改造を施しているのだが……
「先日のサンダースとの練習試合では、その非力さを改めて痛感させられたわ……」
「ボコボコでしたものねー」
「……フォンデュ、余計なことは口に出さなくていいのですよ」
 エクレールがフォンデュにツッコんでいると、今度は車庫から新たな戦車が出てきた。
「来ましたわね。
 我らがマジノ女学院の誇る騎兵戦車、ソミュアS35……」
「ずいぶんと誇らしげですね、エクレール様」
「それはもう、これからのマジノの要になると言っても過言ではない戦車ですもの」
 フォンデュに答え、エクレールはソミュアへと視線を戻した。
「32口径47mm砲搭載と火力もなかなか。
 そして最大速度・時速40.7kmという快速性能。
 まさに“騎兵”戦車と呼ぶに相応しい性能ですわっ」
「サンダースには負けましたけどね」
「フォンデュ……」
 しれっとツッコんでくるフォンデュに、エクレールは思わずため息をついて――
「隊長、ごきげんよう」
 かけられた声に振り向くと、ソミュアよりもさらに大きな戦車が近くまで来ていた。他の戦車のエンジン音がうるさくて、不覚にも接近に気づかなかったようだ。
 そして、今の声はその砲塔、車長席に座る少女のもので――
「戦車を停めるので、どいてくださいません?」
「すいませんね、ガレット」
 少女に謝罪しその場を離れるエクレールの後に続きながら、フォンデュは件の戦車を改めて見上げた。
 マジノが保有する戦車の中では文句なしの最重量級モデル――ルノーシャールB1bisだ。
 と――そのB1bisの車長、ガレットと呼ばれた少女の用件はまだ終わりではなかったようだ。エクレールを視線で追いかけ、口を開く。
「先日のサンダースとの練習試合、なかなかいい経験ができました」
「久々の試合でしたしね。
 緊張感を味わうのも悪くありませんでしたわ」
 答えるエクレールだったが、ガレットは視線を、まるでエクレールを嘲笑うように細め、
「隊長も大変ね。
 サンダースにさんざんに叩きのめされたのに、それでも気丈に隊員を鼓舞しないといけない……
 もっとも、“勝っていればそんな必要もなかったんでしょうけど”」
 否――実際に嘲笑っていた。放たれた言葉に、エクレールやフォンデュだけではない、周囲の空気までもが一気に凍りついた。
「他の隊員のことは気にしなくてもよろしいかと思いますわ。
 私達は私達のやるべきことをやるだけですわ――“あなたのせいで辞めていった先輩方の分まで”」
 しかし、ガレットが手を緩めることはなかった。容赦なく次の爆弾を放り込んでくる。
「ただ、次はもう少しマシな戦い方を考えてほしいですわね。
 “前隊長を追い出したほどのやり手であるあなたなら、そのくらいできるのではなくて”?」
 とどめの一言を叩き込み、ガレットはB1bisを発車させる――その後ろ姿を、フォンデュは苦々しく見つめていた。
(ガレット……いつもエクレール様に突っかかってきて……
 そう、“あの日”以来ずっと……)
 そんなフォンデュの脳裏によぎるのは、マジノの隊長の交代劇の起きた、すなわちエクレールが隊長となった日の出来事――
(あの日からマジノ女学院の戦車道は変わった……いや、変わろうとしている……
 それなのに……)
 ガレットのようにエクレールに反感を抱く者は未だ多く、両者の対立に巻き込まれたくなくて中立を決め込んでいる者はもっと多い。
 一枚岩になりきれていないのも、今のマジノにとっては頭の痛い問題だ――内心でため息をつきながら、フォンデュは集合を呼びかけるエクレールの後に続くのだった。



    ◇



「仕方ないですわよ。
 ガレットは前隊長のことを慕っていましたから……」
 やはり今日もまとまりのないまま一日の練習が終了した――隊長室に戻り、エクレールはガレットのことをそう評した。
「でもあの言い方はあんまりですっ」
「フォンデュがそんなにムキになるなんて、珍しいですわね」
 当のエクレールはガレットに理解を示すが、聞いていていい気分ではないフォンデュにしてみればそれで納得できるものではない。
 だが、こうしてフォンデュが食い下がっても、エクレールはいつもそんな彼女に苦笑するばかり。胃薬を手放せない理由の一端は間違いなくガレットが担っているはずなのに、本当に責めるつもりはないようだ。
「そんなことより……」
 と、悩めるフォンデュをよそに、エクレールは隊長室の暗幕をしめきるとスクリーンを下ろしてプロジェクターの準備を始めた。
「またサンダースとの練習試合の映像ですか?」
「当たり前ですわ」
 フォンデュに答え、エクレールはスクリーンの正面、資料や書類が山積みとなった自らのデスクに腰を下ろした。
「我々は防御一辺倒だった戦術から、機動戦重視の戦術に変わるのです。
 これがうまくいけば、ナポレオンの騎兵戦術のごとく戦場を駆け巡り、敵を翻弄し、試合をわたくし達のペースで運ぶことができますわ。
 そして連敗から完全に脱却し、栄光をつかむのです。
 そのために、前の試合から学ぶことは山のようにありますわ」
「……おっしゃる通りですね」
 同意するフォンデュにうなずき返すと、エクレールはレポート用紙を取り出し、気づいたことをメモしていく。
「全国大会もいよいよ目前。少しでも我々が強くなるヒントを見つけていかないと……
 それに比べれば、それ以外のことなんて、どうでもいいことですわ」
 言い切るエクレールに迷いはない。まったく、胃をやられるほどにストレスに弱いクセに、変なところでポジティブが過ぎるのだから……と、フォンデュはため息をついた。
「そこまで言われては、私が口をはさむ余地はありません」
「やっとわかっていただけましたか」
 フォンデュの揚げた白旗に、クスリと微笑むエクレールだったが、
「ただ……」
「……『ただ』?」
「もっと、実戦経験を積まなければ……」
 それでも、エクレールにも懸念がないワケではなかった。
「サンダースとの練習試合はいい経験になりましたわ。
 その戦訓を元に今の練習メニューを作ってはいますが、正直今の仕上がりでどこまで他校に通用するのか……」
「確かに、比較対象が欲しいところですね……」
「えぇ。
 全国大会が始まる前にせめてあと一戦……
 なんとか、相手が見つかるといいんですが……」
 つぶやき、手を止めて考え込むエクレールの姿に、フォンデュは軽く息をつき、
「それは、副隊長の私にお任せください。
 そういう動きがないか、探っておきますね」
「えぇ。
 Je compt sur toi.お願いしますね
J'ai compris.わかりました
 互いにフランス語で言葉を交わし、フォンデュはさっそく隊長室を後にした。
(さて、大会の前にどこか見つかるといいのだけど……)
 探りを入れるにも闇雲では効率が悪い。どうしたものかと考えて――
(……そういえば……)
 ふと、先日聞いた話を思い出した。
(最近、聖グロリアーナがどこかと練習試合をしたと聞きましたけど……)



 ジュンイチがマジノへと練習試合を申し込んだのは、そんなことがあった次の日であった。



「フォンデュ、入ります」
「どうぞ」
 返事を受けて、隊長室へと入ると、エクレールは今日もサンダース戦の映像へと見入っていた。
「エクレール様、映像といくらにらめっこしても、スクリーンの向こうの誰かは笑いかけたりしてくれませんよ」
「フフッ、まるで試したことがあるような言いようですわね?」
「試したことはありませんが、隊長に忠実な副官としては、何日もおこもりになられている隊長にそんな気遣うセリフのひとつも言いたくなるものでして……」
「では、忠実な副官を持つ隊長としては、そういう心優しい申し入れに耳を傾けるべきなのでしょうね」
「ぜひそうしてください」
 軽口を叩き合い、そこでフッと互いに笑みをこぼす――気を取り直し、エクレールは本題に入った。
「それで……何かあって来たのではなくて?」
「えぇ。
 エクレール様の驚く顔が見られると思いまして」
「それはお楽しみだこと」
 フォンデュの言葉に余裕を見せるエクレールだったが――
「大洗女子学園から練習試合の申し込みがありました」
「――――っ!?」
 しかし、もたらされた報せに、その余裕はあっけなく吹き飛んでいた。
「まさか、練習試合の相手が欲しいと言った昨日の今日で?
 この狙いすましたかのようなタイミング……これは天佑かしら? もしくは試練の始まり?」
「返事は保留していますが……凶兆だったらお断りになられますか?」
「わたくしっ! そういう迷信は信じてませんのっ」
 フォンデュにツッコまれ、エクレールはムッとして反論してきた。「今『天佑』って……」と呆れるフォンデュにかまわず息をつき、
「まぁ、いいですわ。
 マジノ女学院、喜んでお受けしますとお伝えください」



    ◇



「やりました!」
 そう声を上げ、桃が生徒会室に駆け込んできたのは、先日同様に呼び出されたジュンイチとみほがやってきた、ちょうどその直後のことであった。
 そんな桃に対し、ジュンイチは軽く首をかしげ、
「『やった』……って、とうとう誰か殺っちゃった?」
「桃ちゃん、しっかりお勤め果たしてくるんだよ……」
「じゃあ私はテレビのインタビューで『いつかやると思ってました』って答えとくねー」
「違うんです。この学校の、大洗のために仕方なく……って、ちっがぁ〜うっ!」
 すかさずボケ倒したジュンイチと間髪入れずにそれにノッてきた柚子や杏に対し、桃もしっかりノリツッコミを返してくる――もちろんみほは完全に置いてきぼりだ。
「そうじゃなくて、試合です!
 前に柾木が言っていたマジノ女学院が、練習試合、受けてくれました!」
「おー、やったね!」
「マジノ女学院が、次の相手……」
 桃の朗報にはしゃぐ杏だが、みほは少し不安そうだ。というのも――
「西住さん、どうしたの?」
「いえ……
 私達とは、相性の悪い相手なので……」
「どういうことだ?」
 柚子に答えるみほに桃が聞き返すと、
「……あー、なるほど。
 聖グロとは違うけど、防御重視の戦術を使うのか」
 一足先にパソコンでマジノ女学院のデータを呼び出して閲覧していたジュンイチが口を開いた。
「はい……
 聖グロリアーナは、装甲の厚さを活かした戦い方を得意としていましたが、だからこそ構造上装甲の薄いところを狙うことができました。
 けど、マジノ女学院は陣形やそこからの戦術によって厚い防御力を獲得しています。
 聖グロリアーナ戦のようにもろいところを突くのは簡単なことではありません。今の私達に、この防御力を打ち破ることができるのか……」
「ま、そこを何とかしなきゃいけない以上、何とかするっきゃないでしょ。
 ねー、ジュンイっちゃん……って、ジュンイっちゃんもジュンイっちゃんで不満そうだね?」
「いや、まーた防御がウリの相手かと思ってさ」
 尋ねる杏に答え、ジュンイチはため息をついた。
「こちとらみんなの教官サマだからな。
 同じ経験値を積むにしても、きっちり仕上げる時間がない以上、今は深さよりも幅を重視したいのが本音だ――どうせやるなら、火力バカとかチョコマカ動き回るヤツらとか、もっと違ったタイプと戦いたかったなー、と」
「そこを言い出したらキリないでしょ。
 何たってウチは何からナニまで足りてないんだし」
「自分でゆーな。ナニとかゆーな」
 ジュンイチがすかさずツッコむが、当の杏はどこ吹く風だ。
「どの道、ウチの泣き所が戦車の力不足だってことは変わらないんだ。なら、それをどう補うか……そこを突き詰めていくことだって、今の私達には必要だよ。
 言い方は悪いけどさ、マジノ女学院の皆さんにはそのための実験台になってもらおうじゃないのさ」
「まぁ……そう思っておくべきか……」
 相変わらず気乗りしない相手をノせるのが上手い人だ。「たまーに核心突いてくるからやり辛いんだよなー」とボヤくジュンイチの姿に、彼を解き伏せた杏をちょっぴり尊敬するみほであった。



    ◇



 ともあれ、次の試合も無事決まり、そこに向けての練習が本格的に開始された。
 と言っても――
「V突は待ち伏せに向いた車輛です。
 敵と相対する時には物陰に隠れるか、ハルダウンした戦法が有効です」
〈了解っ!〉
「一年生ズは不用意に平地に出んなよー。
 ただでさえ車高の高いM3は敵の目にも止まりやすいんだ。相手の位置を把握しないまま飛び出せば、今みたいにワケもわからないまま一撃もらうぞー」
〈す、すいませ〜んっ〉
 そもそもの基礎段階からいろいろと足りていない大洗チームには、相手の戦術への対策練習など百年早い。その辺りはみほの作戦に丸投げするとして、試合が決まる前と変わらない技能向上訓練に終始していた。
「じゃ次、八九式と38(t)。準備はいいか?」
〈いつでもサーブいけます!〉
〈こっちもOK〜〉
 インカム越しに声をかけるジュンイチに答えるのは典子と杏だ――どちらの戦車も、それぞれ自由に選定したスタート地点への移動を完了しているようだ。
 と、そんな一対一の模擬戦を取り仕切るジュンイチに声をかけてきたのは、足元、W号の乗降ハッチを開けて顔を出してきた沙織だ。
「にしても、柾木くんもすっかり教官が板についてきたね」
「それ、オレよりも西住さんに言うべきなんじゃね?
 最初はおっかなびっくりだったのが、今じゃ普通にダメ出しとかアドバイスとかバンバン出してくるし」
「柾木殿の言う通りです!
 西住殿、最近は前にも増してカッコイイです〜♪」
「そ、そんなことないですよ……」
 ジュンイチや優花里にほめられて、みほは恐縮しながらそう答える。
「むしろ、みなさんがどんどんうまくなっていくのに、こっちが驚かされているくらいで……」
「そうなの?」
「まー、そもそも最初の模擬戦の時からブッ飛んでたからなー、お前ら」
 聞き返す沙織にはジュンイチが答えた。
「本来戦車なんてそう簡単に乗りこなせるもんじゃねぇ。
 基礎的な運行技術の習得に二ヶ月から三ヶ月、そこから戦闘技術を勉強して、実戦に使えるレベルに叩き上げるのに同じくらいかかる」
「ってことは、実質半年!? そんなにかかるの!?」
「あの時――模擬戦の前に柾木くんがあれだけ安全講習をやりたがっていた理由、そんな話を聞くと改めて思い知らされますね……」
 ジュンイチの説明に沙織が驚き、華も砲手席で納得する。
「ところがいざやってみたらお前らの体験した通りだ。
 何の予備知識もないズブのド素人がほとんどって状況で、戦車をほぼ問題なく乗り回した上にドンパチまで。しかもそれを、ほとんど説明もないまま手探りでやってのけたってんだから。
 誇っていいぜ。間違いなく才能あるよ、お前ら」
「えー? そーかなー? そんなことないと思うけどなー?」
「声色から喜びを隠し切れていないぞ、沙織」
 ジュンイチの話に照れる沙織に麻子がツッコんで――
「とはいえ、そのせいで今度はお前らがテングにならないよう、その鼻っ柱を逐次へし折ってやる手間が増えてんだけどな」
「道理で柾木くんからのダメ出しがやたら厳しいはずだよっ!」
「当たり前だろ。
 才能だけで勝ち上がっていけるほど甘い世界じゃないんだ――確かに才能はあるけど、逆に言えば今の自分達には才能“しかない”。そのことをしっかり自覚してもらわないと」
「『才能しかない』ですか……
 そう言われてしまうと、反論のしようがないですね……」
「実戦経験なんて、最初の模擬戦と聖グロリアーナ戦の二戦くらいですし」
「最初が途中参加の私は1.5戦分だ」
 ジュンイチと沙織のやり取りに納得する華や優花里に対し、割とどうでもいいところに訂正を入れてくるのは麻子だ。
「只今戻りましたー」
「V突、帰投したぞ」
「ハイ、お疲れさん」
 と、先の試合の参加車輛、M3とV突が戻ってきた。梓とエルヴィンの報告に、ジュンイチが労いの言葉をかける。
「ずいぶん戻ってくんの早かったな」
「私達も見学させてください!」
「仲間の動きを見るのも、勉強の内だろう?」
「ぅわぁ、すごいやる気だ……」
「やる気なら、生徒会チームや元バレー部チームも負けてないだろう」
「待ち切れずに、さっさとスタート地点吟味しに行っちゃいましたもんね……M3とV突の試合見るのも忘れて」
 梓やエルヴィンの言葉に沙織や麻子、優花里がそろって苦笑する。
「お前ら、見学もいいが戦車の補給も忘れんなよ。
 これ終わったら休憩挟んでもう1セットだ――特にM3は後半一戦目にW号とだぞ」
 ジュンイチの言葉に『はーい』と返事が返ってくる――と、
「それにしても……」
 一年生チームは補給よりも先に見学(兼休憩)を選んだらしい。ジュンイチのとなりにやってきた梓が、38(t)と八九式の試合を見逃さんと演習場を見渡しながら口を開いた。
「私達の出る全国大会って、もうすぐなんですよね?」
「組み合わせ抽選会を事前準備のゴールだとするなら、あと二ヶ月弱……ってところか」
「そんな、ほとんど直前の時期によく試合相手が見つかりましたね。
 素人考えですけど、私が相手の側だとしたら、手の内見せたくないから試合とかやりたくないんですけど」
「まさに今お前さんが言った通りの理由であちこち断られたよ」
 梓に答えて、ジュンイチはその時の苦労を思い出してため息をつく。
「西住隊長、マジノ女学院ってどんなチームなんですかー?」
「えっと……
 防御主体のチームで、重戦車を中心とした陣地戦重視の戦法を得意としています」
「????」
「……要するに、ドッシリ腰を据えて相手の攻撃を受け止めて、耐えた上でブン殴るのが得意ってことだ」
 尋ねるあやにみほが答えるが、イマイチわからなかったようで首をかしげられた。少しかみ砕いた説明でカエサルがフォローを入れてくれるが、
「つまりは、お相撲さんみたいなチームってことですね!?」
「え、えっと……
 そう思ってもらって大丈夫……なのかな……?」
「また的確なのかどうかギリギリ綱渡り極まる例えを……」
 手を挙げた桂利奈の微妙すぎるコメントに、みほもジュンイチも苦笑するしかなかった。



    ◇



「次の試合で、何としても強くならなければ……」
「まー、簡単にはいかないだろうけどねー。
 だからこそ、西住ちゃんやジュンイっちゃんがあの手この手で鍛えてくれてるワケだし」
 ジュンイチ達がそんなやり取りを繰り広げている一方で、38(t)は八九式を探して演習場をひた走る――その車長席で周囲を見回しながらつぶやく桃だったが、杏の方は「そううまくいくものじゃない」と少し投げやり気味だ。
「しかし、ようやく見つけた練習試合のチャンス、ムダにするワケにはいきません。
 我々には実戦経験が決定的に足りていない……前回の聖グロリアーナ戦でも、満足な戦いができたとは言えまs
「だねー。
 誰かさんは至近で外すし」
「ぐはっ!?」
 珍しく杏に反論する桃だったが、聖グロ戦での失態を持ち出されてあえなくK.O.されてしまった。
「まー、こんなところで考えててもしゃーないって。
 みんな、こっちが不利だってわかってる――だからこそ、それをひっくり返して勝てるように練習してんだからさ」
 凹んでしまった桃にそうフォローを入れ、杏は干し芋をひとつ、口の中に放り込み、
「それとな――私達の“ゲーム”はもう始まってるんだ。今さら『待った』は利かないよ。
 あとは投げたサイコロがいい目を出すように祈りながら、楽観的に全力を出すだけさ」
「そうですね。
 桃ちゃん、元気出して!」
「桃ちゃん言うなっ!」
 杏に同意した柚子に桃が言い返し――ふと柚子が先日小耳にはさんだ情報を思い出した。
「そういえば……マジノと言えば、最近ゴタゴタがあって隊長が代わったって聞いたけど……」
「そーなの?」
「はい。
 新しい隊長は、えっと……」



    ◇



「エクレール様」
 所変わってマジノ女学院――フォンデュがやってきたのは、エクレールが校内のカフェで昼食をとっていた時のことだった。
「大洗の資料をお持ちしました」
「ありがとう」
 食事の手を止め、エクレールはフォンデュから資料を受け取るとさっそく目を通していく。
「つい最近聖グロリアーナと練習試合をしたそうですが……」
「そのようですね。
 調べてみて、なかなか面白いことがわかりました」
「面白いこと……?」
「エクレール様の驚く顔をまた拝見できそうです」
「なかなか底意地のいい言い方を……」
 フォンデュの真意を測りかね、エクレールは眉をひそめながら資料を読み進めていき――
「――――っ!?」
 選手についての情報に入ったところで、驚愕に目を見開いた。
「に、西住……!?」
 そう――唯一の戦車道経験者、それも名門出身であるみほの名を目にして。
「……な、なぜ西住流の名が……こんな縁もゆかりもなさそうな学校に!?」
「やっぱり心当たりがありましたか。
 誰かさんが憧れてらっしゃる流派と同じ名前のようでしたから、ひょっとしたらと思いましたが」
 答えるフォンデュが「やっぱり驚いた」としたり顔なので、努めて平静を装いつつ返す。
「その『誰かさん』とやらが誰のことを指しているのかわかりませんが……戦車道をたしなむ乙女で“西住流”の名を知らない方がいましたら、ぜひお会いしたいものですわ」



    ◇



 同時刻、大洗では――

『ぶえっくしょんっ!』
「どしたいお前ら、そろって風邪かー?」
 つい先日まで西住流を知らなかった選手一同が一斉にくしゃみしていた。
「誰かウワサでもしてんのかねー?」
「こんなみんな一斉にですか……?」
「大方マジノじゃね?
 対戦に向けて集めたデータを見て話し合ってる……とかさ」
 そして、ジュンイチが杏や柚子を相手にほぼ正解を言い当てていた。



    ◇



「西住流現当主、西住しほ様が築かれた黒森峰女学園戦車道チーム。
 その闘い方は質実剛健にして疾風怒濤。圧倒的なまでに他を寄せつけない強さ。
 そしてしほ様の美しさ……戦車の武と乙女としての美を兼ね備えたその姿はまさに戦車道のあるべき理想像。
 わたくしは世代は違いますが、映像であの姿を目の当たりにする度に胸を焦がしたものですわ」
 舞台はマジノに戻り――先ほどのカフェでは、エクレールがかつて見た西住流の姿をほめちぎっていた。
「そして現在の黒森峰の隊長、西住まほさん。
 かつてのしほ様ほどではないものの、十分に西住の素質を持った方ですわね」
「大洗の西住さんはその妹さんのみほさんだそうです」
「――え゛」
 が、話が現世代に移ったところで付け加えられたフォンデュの言葉に思わず顔をしかめた。
「つまり、本物の西住流家元筋……
 今のマジノで、あの西住流と……?」
 チーム内に不和を抱え、機動戦への移行も未だ道半ば。不安要素だらけの中で“あの”西住流と戦わなければならないのか。
 思わぬところで降ってわいたプレッシャーに胃の痛みを覚えて、思わずうずくまるエクレールだったが、
「あら、それは違いますわよ、エクレール様」
「え?」
 そんなエクレールに指摘の声をかけたのはフォンデュだった。
「昔の西住しほ様と戦うワケではありませんし、大洗女子は先日聖グロリアーナと戦って負けています。
 エクレール様がイメージしておられるような西住流との対決は、残念ながら今しばらく先になるとお見受けいたします」
「フフッ、気の利いた心遣い、痛み入りますわ」
 フォンデュの言葉に幾分気が楽になってきたエクレールが苦笑まじりに礼を述べ――そんなエクレールを前に、フォンデュは意味ありげに眼鏡の位置を直し、
「それに、気にしなければならないのは、彼女だけではないかもしれません」
「え……?」
 他に警戒するべき選手がいるのかと、エクレールはフォンデュの言葉に眉をひそめながら資料の続きに目を通していき――
「……男子の歩兵!?
 大洗は女子校でしょう!?」
「どうも、特例在籍制度を利用しているようです」
「何らかの理由でその学園艦を離れられない子が、特例として在籍を許可されるという、アレ?」
「はい、アレです。
 ですが、問題はその彼の叩き出した撃墜数スコアの方で……」
「スコア……?
 ……撃破四に一アシスト!? 聖グロリアーナを相手に!?
 歩兵が単騎で出せるスコアじゃないでしょう!?」
「ところが事実で、しかもかなり無茶苦茶やってくれています。映像でも確認しました」
「どんな化け物ですか……」
 西住流だけでもたいがいなのに、生身で戦車(しかも重戦車)とやり合った上に勝ってしまうような男子の登場とは異色にも程がある。
 だが――
「しかし、エクレール様……」
「えぇ。
 逆に言えば、大洗の点獲り屋は彼だというわかりやすい構図。封じることができれば、やりようはいくらでもある……」
 フォンデュの言いたいことはわかっていた。活路はないワケではないと気を取り直し、エクレールは息をつき、指示を出した。
「フォンデュ。
 次の戦車道の授業、各戦車長を集めておいてくださいまし」
「では……」
「えぇ。
 作戦会議ですわっ!」



    ◇



『西住流と戦う!?』
 作戦会議の場で、相手の隊長が西住流の人間であると知らせた際の一同の反応は、概ねエクレールの予想通りのものだった。
「エクレール様、それはいくら何でも……」
「大丈夫ですわ。
 今回の相手は黒森峰ではありません。大洗女子学園ですわ」
 なので、うろたえる一同に対しやんわりと訂正する――その一方でフォンデュが一同に資料を配っている間に、詳しく説明する。
「確かに、率いているのは“あの”西住まほさんの妹さんのみほさん。西住流の、それも家元直系の人間には違いありません。
 しかし、大洗というチーム全体の戦力はそれほどではありません。また、後でみなさんにも見ていただく映像から、隊員の練度も未だ発展途上の素人レベルに留まっていると思われます」
「そして、大洗は先日、聖グロリアーナとの練習試合に敗北しています」
 資料を配り終えたフォンデュが補足してくるのにうなずき、エクレールは続ける。
「まぁ、あの聖グロリアーナに挑む心意気は認めてさしあげるべきですが……
 その大洗の戦力ですが……フォンデュ」
「はい。
 まず要注意なのが75mm砲搭載のW号戦車D型。続いて……」
 エクレールに話を振られたフォンデュが大洗の各戦車の情報を読み上げていく中、各戦車長もそれぞれに資料に目を通していく。
「五輌だけ……公式戦への出場に必要なギリギリの車輛数ですか……」
「しかも重戦車は一輌もなし……この戦力で聖グロリアーナに挑むなんて……」
 そして口々にささやかれるのは、最小限の車輛しか持たず、しかもそのすべてが軽・中戦車。あげく車種もそろっていないという、見るからに“間に合わせ”な大洗の戦力を侮るものだった。
 と――
「あの……エクレール様。
 W号の捕捉に『男子歩兵一名随伴』とあるのですが……」
 手を挙げた戦車長のひとりの言葉に場がざわつく――が、エクレールはそれを「ちょっと待って」と手で制し、
「確かに、大洗の戦力はそれほどでもありません。
 しかし、だからと言って侮れるものでもありません。
 『一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れに勝る』……彼女達はこの戦力で、聖グロリアーナに対しあと一歩というところまで追いつめています。
 それも大洗の五輌に対し八輌、殲滅戦における戦力差の許容規定いっぱいまで戦車を投入してきた聖グロリアーナに、です」
 エクレールの言葉に、戦車長達の間に動揺が走り、
「そして、その立役者になったのが、今話題に出た男子歩兵です。
 彼ひとりで四撃破一アシスト、さらに聖グロリアーナの隊長ダージリンさんに死亡判定。もちろん文句なしのMVP獲得です」
 さらに続く情報がそこに追い討ちをかけた。
「ですが、逆に言えばその彼と西住流さえどうにかしてしまえば活路はあります。
 この異色のチームを相手に我々マジノ女学院が“サン・シール流”でどこまで挑めるか……ひとつ運試しといきましょう!」
『ハイッ!』
 エクレールの言葉に全員がうなずいて――
「今度は、名誉挽回といきたいですわね」
 否。「全員」ではなかった。静かに、しかし場の流れを容赦なくぶった斬ったのはガレットだった。
「前回のような無様な姿を、こんな新参校の前でまでさらすことのないよう、きちっとした作戦展開をお願いしたいですわ」
 ガレットのいちいち刺々しい物言いに、周りの戦車長達は「またか」と呆れ顔――しかし、“いつも通り”だったのはそこまでだった。
「ガレットさん」
 フォンデュが、ガレットの前に立ちはだかったからだ。
「少しは口を控えられた方がいいかと思いますよ」
「これは失礼しました。
 何分クドクドと回りくどい言い方が苦手でして」
「…………っ」
 しかしガレットにあっさりと返され、フォンデュの眉がつり上がる――いつになく険悪な空気に、見守る一同の間にも緊張が走り――
「ガレットの言い分はもっともですわ」
 そこに割って入ったのはエクレールだった。フォンデュの肩を叩いてなだめながらガレットへと向き直り、
「次はわたくしも全力でみなさんを指揮します。
 ガレットもよろしくお願いしますね」
 こちらの言い分を「もっともだ」と受け入れ、その上で互いの歩み寄りを求めるエクレールに、ガレットは毒気を抜かれてため息。場の空気が緩み、ようやく周りの面々も緊張から解放されてホッと安堵の息をついた。
「……先に戻っています」
 これ以上はのれんに腕押しだと感じたのか、ガレットはきびすを返してミーティングルームを出ていく――と、パンパンと手を叩き、エクレールは皆の注目を自分に集め直し、
「さ、会議は終わりです。
 みなさんも練習に戻ってください」
 そんなエクレールの言葉に従い、各車長はそれぞれにミーティングルームを出ていく――最後に残ったのは、部屋の使用責任者として全員の退出を確認しなければならないエクレールと彼女につき従うフォンデュのみ。
 そのエクレールも、人目がなくなったのを見計らって胃薬を飲み、自らを落ちつけるように深呼吸を一回。
「さて……わたくし達もも戻って練習ですわっ!」
「はい、お供します」



    ◇



 ――コンコンッ。
「どうぞ」
「失礼します」
 長年廃止されていたために設備の大半を手放し、結果専用の教室すらない大洗と違い、現役で活動を続けている戦車道チームには、マジノのように学校側から専用の隊長室や作戦室が与えられていることが多い。
 ここ、聖グロリアーナ女学院の戦車道チームも、そんなチームのひとつだ。隊長室で早々に書類仕事を片づけ、紅茶を飲みながら一休みしていたダージリンは、ノックと共に入室してきた同級生の幹部へと優雅に向き直った。
「アッサム、どうしたの?」
「大洗に動きがありました」
 答えるアッサムの声は冷静そのもの――しかし内心では、こっそりため息をついていた。
 先の練習試合以来、ダージリンは大洗に興味津々で、優先してその動向を追わせていた。その入れ込みようといったら、アッサムの指揮下の情報戦部隊を直接動かし、通常一校一チームで事足りるところを三チームも動員させるほどに。
 確かに事前に考えていた以上に手ごわい相手ではあったが、そこまでするほどの相手だったかと聞かれれば、アッサムとしては「NO」と答えたいところだ。
 いったいダージリンはあのチームのどこに注目しているのか――と、それはともかく、今は報告が先だ。
「練習試合です。
 相手はマジノ女学院。日取りは来週の日曜に」
「そう」
「……驚かないんですね。
 普通なら、こんな全国大会直前の時期に練習試合なんてやらないものですが」
「そうね。
 組み合わせがこの二校でなかったら、私も少しは驚いたかもしれないけれど」
 同級生にして親友という間柄だが、今は隊長とその副官としてのやり取りだ。立場をわきまえて敬語で語るアッサムに答え、ダージリンは紅茶を一口。一息ついてから続ける。
「大洗はつい先日戦車道を復活させたばかり。西住流であるみほさんと、本人の言うところを信じるなら元少年兵ということになる柾木くんを除けば、素人の集まりでしかないわ。
 そんな大洗が本気で全国大会に出るというのなら、実戦経験は一戦でも多く積みたいはず……」
「そしてマジノは不意の世代交代が起きたばかり……
 新体制の足場固めに、こちらも新体制での実績を必要としている……実際、つい先日もサンダースと一戦交えていますし」
「さんざんに叩きのめされていたそうだけれど……ね」
 アッサムに答え、ダージリンはもう一度紅茶を一口。
「なるほど。
 一戦でも多く試合をしておきたいチーム同士、思惑がかみ合った、と。
 その様子だと、ダージリンはこうなることを見越していたようですね」
「マジノの“事情”は知っていたもの。少し考えれば……ということよ」
 クスリと笑ってそう返し、ダージリンはすっくと立ち上がり、
「さて、そういうことなら、オレンジペコに連絡船を手配してもらわないと」
「ということは……」
「えぇ」
 意図を察したアッサムに対し、ダージリンは笑みを浮かべ、告げた。
「もちろん行くわよ――未来のライバル達の、偵察にね」



    ◇



 大洗女子戦車道チームの教官を引き受けるにあたり、ジュンイチが打ち立てた方針がひとつある。
 それは“強くなるのは後回し。まずは戦車道を好きになってもらうこと”。
 今の大洗チームは優花里のように元から戦車道が好きで参加している者や華のように明確な目標があって参加している者の方が稀だ。沙織や一年生チームのようにミーハー気分で参加している者もいれば、麻子のように生徒会の掲げた特典に目がくらんだ者や、元バレー部のような別の目的のために利用しようと参加した者もいる。生徒会に至ってはいったい何が目的で戦車道を復活させたのやらといった有様だ。
 だが、ジュンイチの経験上そういった思惑で逆境を乗り越えられる者などそれこそ稀だ。たいていの者は試合での苦境や厳しい訓練に音を上げ、心を折られて脱落していくことになる。
 だからこそジュンイチは、仲間達の“心の土台”を築き上げることを第一に考えることにした。
 形は人それぞれでかまわないから、みんなに戦車道を好きになってもらう。それこそ試合でどれだけ苦戦しようが訓練で自分にどれだけしごかれようが聖グロ戦のようにどれだけ追いかけ回されようが訓練で自分に徹底的にしばかれようが、その「戦車道が好き」という想いを支えに踏ん張れるぐらいに。
 なので、現在のところ戦車道の訓練メニューは技術の向上を目的としながらも、それ以上にみんなが楽しめるようなレクリエーション性を前面に押し出した形をとっていた。



 ――と、いうワケで。
「待てぇいっ!」
「待たないよーっ!」
 現在、大洗戦車隊は鬼ごっこの真っ最中。鬼役のV突が追い、捕捉された八九式が逃げる中、エルヴィンと典子の叫びが交錯する。
 そう。追う“V突”と逃げる“八九式”――戦車を使っての鬼ごっこである。
 生身での鬼ごっこでいうところのタッチに代わり、戦車でぶちかましをかけるか、訓練用の模擬弾を命中させることで鬼が交代となるルールだ。
 この「ぶちかましでも砲撃でもいい」というのがミソだ。ただぶつかればいい、砲撃を当てればいいというワケではない。車長はそのどちらでいくのが有効なのかを見極める判断が求められるし、そのための状況把握には開きっぱなしを義務付けた全体通信から通信手が拾う情報も重要となる。鬼役から解放されるには、乗員同士のチームワークが要求されるというワケだ。
 逃げる側にしてもうまく逃げなければ今度は自分達が鬼になってしまう。鬼から必死に逃げ回ることで、追撃してくる敵戦車のあしらい方を学ぶことができる。鬼役にせよ逃げる側にせよ、追う側、追われる側のいい訓練になるとみほからの評価も意外と高い訓練メニューだったりする。
 そしてさらに、一同をやる気にさせるための仕掛けはもうひとつ――
「ほーら、後5分だぞー。
 鬼から逃げ切ったチームには、いつも通りオレお手製スイーツのご褒美が待ってるぞー」
『ぅおぉぉぉぉぉっ!』
 ジュンイチの思惑通り、スイーツに釣られてあっさりとテンションを上げる大洗チームの面々であった。



    ◇



「じゃあ、今日の訓練はここまで。
 今日の鍵当番は……Dチームか。じゃあDチームは自動車部が来るまで待機。残りは解散だ――礼っ!」
『ありがとうございました!』
 鬼ごっこの後は、“ごほうび”を振る舞っての休憩をはさみ、射撃訓練を経て今日の訓練は終了。ジュンイチの号令に一同が礼を返す。
 ちなみに鬼ごっこは終了間際の土壇場で八九式が生徒会チームの38(t)を捕捉。八九式に盾にされたことで鬼であるV突のぶちかましを受けた38(t)が鬼となった時点で終了――最後の最後で、生徒会がスイーツを食べ損なう結果となった。
 この後はその日の鍵当番が整備のためにやってくる自動車部に鍵を申し送ることになっている。まだ始めたばかりの当番制のため、ジュンイチがそれに付き添うのはここしばらくの日常の光景で――
「………………」
「で、武部さんは今日も不貞腐れてるのか」
 むっすーっ、と、沙織がふくれっ面をしているのも、ここしばらくの日常の光景であった。
「ったく、毎度毎度、カエルみたいに頬ふくらませやがって」
「せめてそこはリスって言ってくれない!?」
「愛らしさが伴っていればな――今のお前さんからは不満の感情しか感じられないんだよ。
 今のお前をリスにたとえるのは、むしろリスに失礼だ」
「そこまでひどいの!?」
「ひどいね、ぶっちゃけ。
 で? そのふくれっ面の理由は……まぁいつも通りだと思うが一応聞いとこうか」
「だって、今日もスイーツのプリンおいしかったんだもん」
 そう。沙織がむくれているのは鬼ごっこの“ごほうび”として振る舞われたスイーツ、今日で言えばプリンが原因であった。
「ったく、またかよ……
 別にいいじゃねぇか。うまかったんなら」
「だって、悔しいじゃない!
 女子が男子に女子力で負けてるって軽く屈辱だよっ!」
「そうなのか?」
 試しに一年生ズに話を振ってみる――常時ポーカーフェイスの紗希を除く全員から苦笑された。
「つか、一年生は申し送りとして、武部さんはなんで残ってるのさ?」
「みほさん待ちですよ」
 尋ねるジュンイチに答えたのは、沙織に合流してきた華だった。もちろん優花里や麻子も一緒だ。
「あー、そーいや生徒会に連行されてたっけ」
「作戦会議がどうとか言ってましたけど……
 ……あれ? その割には柾木殿が呼ばれてないですよね?」
「正しくは作戦会議の準備。みんなに配る資料ができたから、不備がないかチェックするんだと。
 だいたい、作戦会議ならオレはもちろん澤ちゃんや他の車長連中だって呼ばれてないとおかしいだろ」
 ジュンイチの指摘に、名前の挙がった澤を始め一同が「なるほど」と納得して――
「ジュンイっちゃーん」
 ウワサをすれば何とやら。杏が桃や柚子、みほを伴って姿を見せた。
「どしたのさ?
 資料のチェック、無事終わった……ならわざわざオレを呼びに来ないよな?」
「ん。そーゆーこと。
 だから……」
 ジュンイチの言葉をあっさり認め、杏はジュンイチに向けて右手を差し出し、
「……この手は何?」
「マジノの新体制のデータちょーだい♪」
 本当にあっさりとそんなことを言い出した。
「いやー、戦車についての資料には特に問題はなかったんだけどねー。
 ほら、マジノって最近ゴタゴタがあって隊長交代したでしょ? 古い隊長の戦法を受け継いでるならいいけど、そういう経緯なら戦法も変えてきてるかもしれないって話になってね」
「……で、オレ?」
「うん。ジュンイっちゃん。
 ジュンイっちゃんのことだから、対戦決まった時点で最新のデータかき集めてるだろうと思ってさ」
「そりゃ集めてるけどさ……」
 杏に言われて、ジュンイチは軽くため息をつき、
「けど残念。
 今日は持ってきてないよ――家だ、家」
「えー?」
「当たり前だ。
 提出する準備ができてたら、今こうして要求される前に提出しとる――まだ集めただけ、集めた張本人のオレはともかく、他のみんながまともに見れる状態に整理できてねぇんだよ」
 不満の声を上げる杏に答えると、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「ま、今夜中にまとめて明日には持ってくるよ。今日のところはあきらめな」
「いーやっ! ここで退いたら角谷杏の名がすたるっ!
 今日見ると決めたんだ! 何が何でも今日見てやるっ!」
 告げるジュンイチだったが、杏も変に意地のスイッチが入ったらしく、ムキになって反論してくる。その勢いでキッとジュンイチ――ではなくみほをにらみつけ、
「西住ちゃんっ!」
「は、はいっ!?」
 いきなり名が挙がり、みほの脳裏をイヤな予感がよぎって――



「乗り込むよ! ジュンイっちゃんちにっ!」



 その予感は、的中していた。



    ◇



「……ま、あの場で話が出た時点で、こーなることは予想してたけどさ」
 そんなこんなで帰り道、同行した面々を前に、ジュンイチは思わず頭を抱えていた。
 言い出しっぺの杏と真っ先にそれに巻き込まれたみほは当然として、桃と柚子も基本的に杏とセットだし、まぁ想定の範囲内だろう。
 問題は――
「とはいえ……一応、みんなの口から同行の理由を聞いてもいいか?」
「そんなの決まってます!
 西住殿の行くところ、この秋山優花r
「あー、お前さんは予想つくからいいわ」
「一応みんなに聞くんじゃなかったんですかぁ!?」
 優花里の悲鳴が上がるがとりあえず放置。残りの面々へと視線を向けた。
「だってだって! 男の子の家に行くのよ! 何かあったら大変じゃない!」
「……だそうです。
 顔ぶれと目的と言い出しっぺが誰かを考えれば大丈夫だろうと言ったんですけど、『心配だからついて行く』と言って聞かなくて……」
「うん、とりあえずそこの色恋ジャンキーも平常運転か。
 そして五十鈴さんも頼むからもっとがんばって止めてくれ。結局自分達も一緒に上がり込む流れになってるじゃないか。『ミイラ取りがミイラに』ってことわざ知ってる?」
「いやムリだろ」
「あきらめんな幼なじみっ!」
 沙織はみほを心配して、華、麻子はそんな沙織を止めきれなくてついてくることになったようだが、『何かあったら』なんて疑われたジュンイチとしてはたまったものではない。
「で、お前さん達はなぜに?」
「えっと……流れ?」
「帰れ」

 そして、なぜか一年生チームの面々もついてきていた。代表して答える山郷あゆみにツッコミ一閃。
「そ、そうですよね。何の理由もない私達がついてきても迷惑ですよね。
 ほら、やっぱり帰ろう。柾木先輩困ってるよ」
 そんなジュンイチのツッコミに、梓がチームメイト一同に帰ろうと促すが、
「えー? だって気にならない?
 男の子の部屋だよ? こんな機会でもないと入るチャンスなんて次はいつになるかわからないんだよ?」
「え、あ、うーん……」
「ちったぁがんばれチームリーダー」
 桂利奈に返され、反論できずに考え込んでしまう――あっさり説得されかかっている梓にジュンイチがツッコむ。
「で、でもっ、こんな大人数で押しかけてもきっとみんな入れないだろうし……」
「だーいじょうぶだよー。
 ジュンイっちゃんちならこのメンバーどころか戦車道メンバー全員だって余裕だぶっ!?」
「せっかく澤ちゃんが説得してくれてんのに口実つぶすなド阿呆っ!」
 梓の説得に口をはさんできた杏に、ジュンイチのツッコミチョップが炸裂した。
「ぶーっ、いーじゃん、別に。
 どーせ上げる部屋は想像つくんだしさ」
「たりめーだっ! 上げるにしても誰がプライベートルームに通すかっ!」
 むくれる杏や反論するジュンイチの言葉に、首をかしげるのは周りで聞いていた、みほを始めとする詳しい事情を知らない面々だ。
「あのー、柾木先輩?」
「なんか、『通す部屋』とか『プライベートルーム』とか……」
「部屋、いくつもあるみたいな言い方なんですけど……」
「え? 何? 先輩んちって広いんですか?」
 上から優季、桂利奈、あや、あゆみ……口々に尋ねる一年生達に、ジュンイチと杏は顔を見合わせ、
「んー……『広い』っていうか……『大きい』?」
「まー、そんなトコだろ。
 と、ゆーワケで、そこがオレんち」
 杏に同意する形でジュンイチが指さしたのは、すぐ目の前の寮と思われるマンションだった。
「この寮に、柾木くんの部屋が……?」
「私達の寮とは、妙な違和感がありますけど……マンションっていうよりはビルっぽいというか……」
「どっちにしても、一戸あたりはそんなに大きそうには……」
『あぁ、違う違う』
 今度は沙織に華に優花里とAチームから三人――彼女達の言葉に、ジュンイチと杏はパタパタと手を振って否定する。
 そして、ジュンイチは改めてマンションを指さし、







「ここ、丸ごとオレんち」







 ………………

 …………

 ……



『…………え?』
「いや、だから、ここ丸ごと一軒オレんち」
 声をそろえて聞き返すみほ達にジュンイチが答えるのを見ながら、杏と桃、柚子はこの後の展開を予想して自らの耳をふさいで――



『……えぇぇぇぇぇっ!?』



 一同の驚きの声が、夕闇迫る住宅街に響き渡った。



    ◇



「このメンツの中でも何人かは、オレが自分で働いて食いぶち稼いでるのは知ってるな?
 その仕事の絡みで事務所的な場所が欲しくてね。学園の管理下にあったここを、杏姉の伝手で安く譲ってもらったのさ」
 丸ごと自分の家だというマンションに一同を招き入れながら、ジュンイチは彼女達にそう説明する。
 一方、それを聞くみほ達の頭からは、皆一様にツッコミチョップの余韻の煙が上がっている――先の驚きの悲鳴に対し、ジュンイチから「夕飯時の住宅街で騒ぐんじゃねぇ」と至極ごもっともなお説教を頂いた結果だ。
「元々は昔、まだ大洗が戦車道をやってた頃に教官達を集めて住まわせていた専用の寮だったんだ」
「戦車道の……なるほど、それで学園の預りに……」
「学校が戦車道から撤退して、使い道がなくなったから、ってこと?」
 ジュンイチの説明に納得する優花里が聞き返す沙織にうなずいて――その一方でジュンイチの説明は続く。
「さすがに備品は残っちゃいなかったが、備えつけの設備なんかはそのまま残ってた。
 資料を収める書庫に、事務室なんかの定番どころはもちろん、作戦室まである」
「作戦室も?」
 驚くみほにうなずくと、ジュンイチは階段を上った先の部屋へと一行を案内した。
「で、ここがその作戦室だ」
 言って、ジュンイチが部屋の電気をつけたことで、部屋の中が一様に照らし出された。
 一フロア丸ごと使っているのか、けっこうな大きさだ。20人……いや、30人以上が椅子付きで入ってもまだ余裕がありそうだ。
 壁の一面にはスクリーンが設置され、プロジェクターや音響設備まで――これらは新しいものだから、ジュンイチが買ってきて設置したものだろう。
「何さ、しっかり設備整えてるじゃないのさ。
 何だかんだ言っても、ジュンイっちゃんもここで作戦会議するつもりだったんじゃないのー?
 素直じゃないなー、このこのっ」
「ぬかせ。
 別にそーゆーつもりで復旧させたんじゃねぇよ――プライベートのビデオ観賞室にするつもりだったんだよ」
 脇を小突いてくる杏に答えると、ジュンイチはきびすを返し、
「じゃあ、みんなはここで待っててくれ。マジノの資料取ってくる。
 ……あぁ、一応注意しとくと、この家ん中探検しようとか思うなよ――個人的にセキュリティ増強してあるから、引っかかってトラップ発動しても知らねぇぞ」
「と、トラップ!?」
「おぅ」
 ギョッとして振り向いてくる沙織にうなずき、
「いろいろ仕掛けてあるぞー。
 ……『ホーム・アローン』感あふれるコメディタッチ且つ引っかかる側にとっては屈辱的この上ないヤツをわんさと」
「そこで殺傷力を伴うトラップ仕掛けない辺りにジュンイっちゃんの優しさを感じるねー」
「微妙なラインで喜んでんじゃねぇアポなし突撃常習犯」
 あぁ、この人対策か――ジュンイチと杏のやり取りに、迷うことなくそう確信するみほ達であった。



    ◇



「へい、おまちー」
 そんな棒読みのセリフと共にジュンイチが戻ってきたのは、資料を取りに行ってからすぐのことだった。
「お待ちも何も、すぐだったね」
「元々オレが夕べ見たまま出しっぱなしだったからな」
 沙織にそう答えると、ジュンイチは資料をみほに預けるとプロジェクターやスクリーンのスイッチを入れた。モーター音と共にのスクリーンが天井から下方に広げられていく中、部屋のすみに向かう。
 何をするつもりなのかとみほ達が見守る中、すみに片づけてあった大型のデスクをヒョイと持ち上げる――どう見ても大の大人でもひとりではどうにもならなさそうなデスクがいともたやすく持ち上がる光景にみほ達がギョッとする中、そんな視線など気にもしないでデスクを部屋の中央にドスンと下ろす。
「とりあえず、戦車の資料の方はそろってるって話だったから、新体制の人員と、試合の記録だけ持ってきたぞ」
「あ、うん……それで大丈夫」
 みほの答えにうなずき、ジュンイチは彼女から返してもらった資料をデスクの上に広げると部屋の照明を落とした。プロジェクターが映写を開始し、スクリーンに映し出されたのは、マジノの所有するフランス製の戦車が陣形を整えたまま動きを止め、ドッシリと腰を据えて相手を待ちかまえている光景であった。
「まずはおさらい。
 マジノが伝統としていたのは陣地戦――重戦車を要塞に見立て、それを中心に防御を固めつつ相手を迎え撃つ。
 わかりやすく言えば、相手が殴りかかってきたのをガードして、思いっきり殴り返す、ってところか」
「んー、まぁ、多少乱暴な表現だけど、そんな感じかな」
 ジュンイチのざっくりとした説明にみほが苦笑すると、そこに加わってくるのは優花里だ。
「聖グロリアーナとはまた違った、防御系の戦術ドクトリンを持った学校ですね」
「戦術ドクトリン……?」
「って、何ですかー?」
「作戦を決める上での、戦い方の基本方針、って言えばいいかな……?
 『私達は基本的にこういう戦い方をします』っていう基本パターンがまずあって、そこに対戦相手や地形、状況に応じた修正を加えていく……っていうね」
 優花里に聞き返す優季やあやにはみほが答えた。
「聖グロリアーナで言うなら、作戦会議で話題になった浸透強襲戦術がそれになります。
 相手の攻撃を受け止めながらジワジワと包囲していく……柾木殿に倣って格闘技にたとえるなら、ボクシングでインファイターが相手の攻撃に耐えながら、コーナーへと追い詰めていく感じですね」
「オレに倣う必要あったか……?」
 説明を引き継ぐ優花里にジュンイチがツッコむと、優花里はそんなジュンイチへと視線を返して、
「柾木殿の場合は……心理戦、ですかね?」
「なんでオレにも振ってくる?
 オレぁ指揮官じゃねぇぞ」
「しかし、聖グロリアーナ戦での柾木殿の戦いぶりは、確かな作戦に基づいたものでした!
 戦術ドクトリンを持たない者に、あんな土台のしっかりした作戦は立てられません!」
「まーそれほどでもあるけどなっ!……とノリボケは置いといて。
 ドクトリン、なんて大仰なモンじゃねぇとは思うが、確かに心理戦は得意だな。
 ……いや、『得意“になった”』っつった方が適切か」
「得意に、なった……?」
「必要に迫られて、覚えて、実践してる内に……ってな」
 聞き返すみほに、肩をすくめてそう答える。
「そもそもオレは戦車道専門じゃない――まぁ、元々選手でも何でもなかったんだから当然っちゃあ当然だけどさ。
 戦車の扱いについても知識と多少の運用経験だけだし、それだってガチの戦争仕様についてだ。『戦車道の』って条件に限るなら、オレよりも西住さん、秋山さんの方がよほど博識だ――いや、下手すっとエルヴィンにも負けるかもしれない。
 オレの専門はあくまで対人戦闘。直接本人同士が相対する分、心理戦の果たす役割の比重は必然的に戦車道のそれより大きくなってくる」
 そう説明すると、ジュンイチは息をつき、
「さて、それはともかくマジノの話だ」
「さっきの話だと、防御を重視した戦い方の学校、なんですよね……?」
「あぁ、そういう学校……“だった”」
 過去形を強調して華に答えたジュンイチの言葉に、場の空気が緊張する。
「杏姉達の予感した通りだ。
 隊長が代わったことで、マジノは方針の転換を模索してる」
 そう前置きすると、ジュンイチは映像を切り替えた。
「これがつい先日の、マジノがサンダース大付属とやり合った時のものだ」
 先の映像との違いはすぐにわかった。それは――
「あれ?
 マジノの戦車、今度はチョコマカ動いてますよね……?」
 つぶやくあゆみの言葉に、みほはピンと来た。
「まさか、マジノが変わろうとしてるのって……機動戦!?」
「そう。
 マジノの伝統の防御陣形は確かに固いし、しっかりと腰を据えて撃ってくる砲撃は侮れるもんじゃない。
 けど、足を止めて戦うことで、逆に回り込みに弱いって弱点も抱えてる。
 実際、各校のマジノ対策は“いかにマジノの迎撃をかいくぐって装甲の薄いところを狙える位置を取れるか”って部分にほぼ集約されてる。
 ま、当然だな。何しろマジノは動かない。側面なり背面なりを押さえちまえば、今度はこっちが動かないカモを狩り放題だ」
「なるほどねー。
 そーやって対策を確立されて、伝統の戦い方じゃ勝てなくなった……それに業を煮やした子がいた、ってことか」
「それで、隊長の交代劇……ですか?」
 納得する杏の言葉に柚子が聞き返すのを尻目に、ジュンイチは映像へと視線を戻した。
「どっかの誰かは知らないが、伝統の改革に着手するなんていい根性してけつかるわ。
 ウチで実家に対して同じようなこと始めた誰かさんの爪の垢でも煎じて飲んだかね?」
「その『誰かさん』って、ひょっとしてわたくしのことですか……?」
「さーて、どうだかね」
 苦笑する華に答えてカラカラと笑う――が、ジュンイチは不意にその笑いを引っ込めた。
「けど……これから対戦するオレ達にとっては、あまり良くないな、これは。
 特に、オレや西住さんにとっては」
「あ、そっか……
 方針を変えて、しかもそのためにいろいろ試してきてるってことは……」
「次も何か試してくる可能性は高い。
 そうなれば当然、伝統の戦術とも前回の試合とも違う戦術を執ってくる可能性が高い……相手の手が読めないということか」
 ジュンイチの言葉に、その意味に気づいた沙織や麻子がつぶやく――うなずき、ジュンイチは腕組みして考え込み、
「んー、やっぱ機動戦に詳しい人の意見が聞きたいな……
 西住さんは戦車道に詳しいっつっても基本オールラウンダーだ。専門家って言えるほどじゃないし……」
「……柾木くん?」
 考え込むジュンイチにみほが声をかけ――ジュンイチが顔を上げた。みほを見返し、告げる。
「悪い、西住さん。
 オレ明日学校休むから、教官代行頼むわ」
「え、えぇっ!?」
「んー? どっか行くのー?」
 いきなりの提案に驚くみほのとなりから杏が尋ねる――対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
 曰く――



「ちょっと、“専門家”に話を聞いてくる」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第8話「まさか姐さんの男っスか!?」


 

(初版:2018/03/26)