明けて翌日。
「ふーむ、なるほどな……」
 昨夜、みほ達を帰してからすぐにアポを取り、ジュンイチは朝一番で件の“専門家”のもとを訪ねていた。
「つまり、次の練習試合の相手が機動戦への移行を試みているから、それに対抗するためにも機動戦のいろはを学びたい、と」
「あぁ。
 オレが一通り調べた限り、高校戦車道界で一番機動戦が巧いのはこの学校だからな」
「フフン! そうだろうそうだろう!」
「これであと少し戦車の性能に恵まれていたから勝てただろうな、ってくらい」
「言うなぁぁぁぁぁっ!」
 ジュンイチの言葉に、目の前の少女は一喜一憂忙しい――まぁ、さっきからずっとこんな調子なので、ジュンイチも面白がってあおっていたりもするのだが。
 エメラルドブロンド、とでも言うのだろうか。緑がかった髪をいわゆるドリルツインテールにまとめている。前髪を見る限りフワリとふくらみ気味のクセっ毛のようで、「毎朝あのドリルを作るのは大変そうだな」と割とどうでもいいことをチラリと考える。
 と、リアクションが終わったようだ。かつてのイタリア少女団を彷彿とさせる制服が汚れるのもかまわずのたうち回っていた彼女はムクリと身を起こし、気を取り直してソファに座り直し、
「しっかし、お前も大胆だよな。
 いくらウチがその道の専門だからって、“全国大会で当たるかもしれない相手チームに”普通聞きに来ないぞ。断られる可能性とか考えなかったのか?
 ウチにも届いているぞ、エントリー校のリスト――大洗そっちも出るんだろう?」
「もちろん、門前払いの可能性は考えてたさ。
 けど、さ……」
 少女に答えて、ジュンイチは不敵に笑い、
「アンタらを調べて、アンタらのことを知って……アンタらなら大丈夫だとも思ってた。
 オレが『こういう人だ』と見込んだアンタは、手の内を知られる程度のことは何とも思わない人、って感じなんだがね。
 ひょっとして違ったのかな?――」



「アンツィオ高校戦車道チーム現隊長、安斎千代美さん?」

 

 


 

第8話
「まさか姐さんの男っスか!?」

 


 

 

「………………っ」
 ジュンイチの物言いは意外だったか、安斎千代美と呼ばれた少女は一瞬キョトンと目を丸くするが、
「……プッ、アハハハハッ!」
 その意味を理解するなり、天井を仰いで笑い声を上げた。
「まったく、そんなことを言われたら、アンツィオの器を見せつけてやるしかないじゃないか。
 なかなかあくどい男だな、お前は」
「失敬な。
 口先三寸で釣るつもりはないよ。ちゃんと報酬も用意してる」
「ほっ、報酬!?」
 しれっと仕事として話を進めたジュンイチの言葉に、千代美はギョッとしてジュンイチの顔を見返した。
「そっ、それこそ受け取れるか!
 そりゃ、今のウチにとってお金は確かに魅力的だけど……いやいや、だからってお金のために動いたとあっては、アンツィオの歴史に泥を塗ることになるっ!」
「カン違いが二つ」
 ちょっと迷いながらも断ってくる彼女に対し、ジュンイチは動じることなく答えた。
「さすがに現金がマズイってのはオレも同意見だ。
 だから金じゃなくて現物だ。すまないな」
「い、いや、別にすまないとかそういうことは……というかそもそも金じゃなきゃOKってワケでもないし……」
「でもって二つ目」
 千代美に答え、ジュンイチは彼女の鼻先に人さし指を突きつけ、
「オレは戦車道仲間、切磋琢磨するライバルとしてじゃない。大洗の戦車道教官としての仕事でここに来ているんだ。
 友好の一環で助けてもらうならむしろ無償であるべきなんだろうが、仕事である以上はそちらさんの仕事を正当に評価し、報酬を支払うことが依頼人の責務だ。
 そこを曲げることはできねぇよ――『いらない』っていうアンタの厚意に甘えて対価を支払わないのは、依頼人として最低の行為だし、アンタらの積み上げてきたモノに対する侮辱だ。
 要するに、だ――教官として、オレはアンタらの腕を報酬を払ってでも教えを請いたいぐらいに買ってる、ってことだ」
 そう告げるジュンイチに対し、千代美は軽くため息をつき、
「……つくづくズルい男だな、お前は」
「そうかね?」
「だってそうだろう?
 『報酬を払ってでも教えを請いたいほどの腕前』……報酬だけでなく、しっかりこちらのプライドも刺激してきている。
 どこで習ったのかは知らないが、腕に誇りを持つヤツを口説き落とすコツってヤツをしっかり身につけている上、それをこっちに対して遠慮なく振るってきてるじゃないか」
「そーゆーそちらさんこそ、しっかりそれを見抜いてるじゃないか。
 食えないのはお互い様ってことかね」
 ジュンイチもすかさず返し、両者はニヤリと笑みを交わし、
「……いいだろう。
 大洗を強くするために全力なお前さんの姿勢と、こちらを高く買ってくれていることに敬意を表そう」
「じゃあ……」
「あぁ。
 次の試合のお前らの勝利に、力を貸してやろうじゃないか。
 ただし――」
「わかってるよ。
 全国大会で戦うことがあれば、お互いしがらみ抜きの全力勝負。どっちが勝っても恨みっこなしってことで」
 ジュンイチが千代美に答え、二人は席を立って握手を交わす。
「やれやれ、本当に食えない男だよ、お前は。
 依頼人という形で教えを請いに来たのも、全国大会にしがらみを持ち込ませないための予防線なんだろう?
 友誼から手を貸したとなれば、いざ対戦の際に手心が生まれてしまうことは否定できない――その点、依頼という形なら『こちらは報酬のために力を貸した。仕事と試合は別』と納得することができる。
 こちらがその辺りを割り切れない場合を想定して、事前に口実を用意してくれたんだろう?」
「さて、どうだか」
 千代美の指摘に対し、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる――これは追求してものらりくらりとかわされるだけだろうと、千代美もそれ以上の追求はあきらめることにした。
「まぁいい。
 滞在していられる時間も、試合までの時間も限られてるんだろう? さっそく始めるぞ」
「よしこいっ」
「……っと、だが、その前にひとつ」
 気合を入れて応じるジュンイチにちょっとだけ待ったをかけると、千代美は先ほどジュンイチがやったように彼の鼻先に人さし指を突きつけ、
「戦車道の場では私を本名で呼ぶなよ。
 私のことは、ドゥーチェ・アンチョビと呼ぶがいいっ!」
「あぁ、“安斎”の“あん”に“千代美”の読みをもじって“アンチョビ”か」
「冷静に分析するなっ!」
「安直だね。アンチョビだけに」
「重ね重ねドやかましいわっ!」
「ところで微妙に長いから、略して“ドゥーアン”とかどう?」
「なんかモノスゴイ略し方された!?」
 いきなり主導権を根こそぎ持っていかれた千代美改めアンチョビであった。



    ◇



「……報酬のネタ探しに、軽くアンツィオのこと調べたからさ、知ってたっちゃあ知ってたけど……さすがにここまでとわ」
 結局、呼び方は『アンチョビ』で決着した。朝一番で始めた交渉も終わってみればもう昼前――教導の前にまずは腹ごしらえにと、アンチョビはジュンイチを伴って校内の屋台村へと繰り出した。そこでのジュンイチの感想第一声がコレである。
 だが無理もない。何しろ屋台“村”である。一軒や二軒ではない。生徒達によって営まれる様々な屋台が校舎と校舎の間の通りに軒を連ねており、一大フードコートを形成しているのだから。
「まぁ、驚くのは無理もないだろうな。
 戦車道にしろ部活にしろ、こうした屋台の売り上げから活動費を賄っているのはウチぐらいのものだろうからな」
「アンツィオって商業高校だったっけ……?」
 アンチョビにツッコみながら、ジュンイチは視界に入る範囲の屋台をグルリと一望する。
 パスタ、パスタ、ピッツァ、グラタン、パスタ、イタリアン全般、ピッツァ、鉄板ナポリタン、パスタ……
「うん、情報通り見事にイタリアン一色。
 鉄板ナポリタンが混じってるのが日本色を醸し出してるくらいか……さすが、愛知からの越境入学者が多いだけあるな」
「ハッハッハッ、あの鉄板ナポリタンの屋台はオススメだぞ。
 何たって我々戦車道チーム自慢の一店だからな」
「はいはい、ダイマ乙」
 胸を張るアンチョビにジュンイチがツッコむと、
「お、姐さぁ〜んっ!」
 ちょうど話題の鉄板ナポリタンの屋台から声が上がった。見れば、調理担当の黒髪の女子がアンチョビに向けて手を振っている。
「お昼っスか、姐さん?」
「そんなところだ。
 お前らの方は調子はどうだ?」
「今日もバッチリ大盛況っス!
 ……ところで姐さん、そっちの男子は何モンっスか?」
「あぁ、今朝話しただろう、客人が来るっt
「まさか姐さんの男っスか!?」
「ぅおぉいっ!?」

 『今朝話した』ことをすっかり忘れてるとしか思えない黒髪女子の言葉に慌てるアンチョビだったがもう遅い。
 大声でボケられたその言葉は周りにもしっかり聞こえていた。「ドゥーチェに男!?」「まさかとなりのあの子!?」「今までそんな話カケラももれてなかったのに!」「どこまで進んでるのかしら!?」「デート!? キス!? それとも……キャアァァァァッ♪」「おのれ、ドゥーチェは私達のドゥーチェなのに!」との声と共に、興味九割、嫉妬一割の視線がジュンイチへと集中する。
「違う違う! ちーがーうーっ!
 コイツは客人っ! 戦車道がらみで用事があって来ただけの他校の生徒っ!」
『へぇ〜〜〜〜〜〜?』
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ! ダメだコイツらっ! 完全に頭ン中でカップリング成立させてるぅ〜っ!」
 だが、そんな視線はアンチョビの上げた否定の声によって今度は彼女に集中した。「あんなにムキになって否定するなんてますます怪しいっ!」「他校のライバル選手と禁断の恋!?」「やっちゃえドゥーチェ! 略奪愛も立派な愛ですっ!」と無責任にはやし立てる声はますますヒートアップしていく。
 と――
「ハイハイ、そこまで!」
 パンパンと手を叩いて、その場を制する者が現れた。
「彼が正式なアポを取って、ドゥーチェに面会を求めてきた客人であることは本当です」
 そう告げるのは、ブロンドの長髪を風になびかせた女子だ。
 そんな彼女の言葉に、場の空気が変わった。「カルパッチョさんがそう言うのなら……」「誰よ、紛らわしいこと言い出したの……」「いや、ペパロニさんでしょ」「思えば“ペパロニさんの話”って時点で疑うべきだったのよね」「ペパロニさんだもんねー」と口々につぶやく声と共に騒動は急速に収束していく。
 ――が、ジュンイチにしてみれば事実無根のカップリング疑惑など心底どうでもいいので、周りのつぶやきから最初にカン違いした子がペパロニ、金髪の子がカルパッチョ……そしてペパロニが周りから“愛すべき馬鹿”として認識されていることを把握していた。
「すみません、お騒がせして……」
「いやいや、大丈夫っスから」
 いらぬ騒ぎに巻き込んだと謝罪するカルパッチョだったが、ジュンイチは平然としたものだ。
 というのも――
「ウチの暴走生徒会長や暴走恋愛ジャンキーに比べればこの程度」



    ◇



『へっくしょんっ!』
「会長……?」
「沙織、風邪か……?」
「うーん、そんな感じじゃなかったなー」
「こりゃ誰か、私や武部ちゃんのウワサでもしてるのかね?」
「え!? ウワサですか!?
 ステキな彼だったりしたらどーしよーっ♪」
「よし、沙織の方は大丈夫だな。実に平常運転だ」



    ◇



「ところで……」
 と、カルパッチョがそう切り出してきたのは、騒ぎも収まり、改めて昼食にしようとペパロニに鉄板ナポリタンを注文、出来上がりを待っている間のことだった。
「たかちゃんは元気にしてますか?」
「タカちゃん……?
 誰それ? つかまさかもうひとり『ユージちゃん』とかいるとか言わないよね?」
「『あぶデカ』か」
「『あぶデカ』だ」
 すかさずツッコんでくるアンチョビに即答。ネタの通じた者同士、イエーイとハイタッチ。
「で? 本題戻るけどタカちゃんって誰?」
「わかりませんか? 大洗で戦車道始めたって言ってたんですけど……
 ……あ、ひょっとしたら、またソウルネームで通してるのかも」
「……『また』?」
 カルパッチョの言葉に眉をひそめる――が、『ソウルネーム』の一言が出た時点でピンと来た。
(ソウルネームってことは歴女組か。
 その中で『タカちゃん』なるニックネームに本名がつながる人……)
 答えはすぐに出た。
「……鈴木貴子さん?」
「はい! その子です!
 あぁ、やっぱり大洗で戦車道やってるんだ……」
「えぇ。歴女仲間でチームを組んで、『カエサル』を名乗ってるよ」
 そう――鈴木貴子。それはカエサルの本名だ。
 一方で、カルパッチョに答えながら納得する――彼女のソウルネームの由来であるユリウス・カエサルは古代ローマの英雄、すなわち古代のイタリア人だ。なるほど、知り合いらしいカルパッチョとは、イタリアつながりでしっかり通じるものはあったということか。
「で、最初の質問の答えだけど……まぁ、元気っちゃあ元気……か?」
「断言を避けましたね?」
「今後、その元気を根こそぎ使い切るまでしごき倒す予定があるので」
 告げるジュンイチだったが、カルパッチョが気分を害した様子はない。ジュンイチが教官ということは事前に知っていたようだから、ジュンイチがカエサルをしごく立場にあるということを理解していたようだ。
「予定……ってことは、まだ?」
「ウチはほぼトーシロぞろいからのスタートだったんでな。
 いきなり厳しくしても心が折れるだけ……ただでさえ人数ギリギリなのに、それで戦車道を嫌いになって脱落でもされたらたまったもんじゃない。
 だから今は、戦車道を好きになってもらうことと、今の自分達に何ができて何ができないかを把握させることを優先してる段階だ」
 アンチョビの問いに、あっさりと大洗チームの練度をバラす――これからアンツィオの機動戦のいろはを、彼女達の手の内の一端を見せてもらおうというのに、こちらが何もさらさないというのは「どのくらいのレベルを想定して教えればいいのか」と相手を困らせるだけだからだ。
「うむ。いい心がけだ。
 戦車道を愛する者として、戦車道の良さを広めてくれるのは大歓迎d
「つか、問題の『しごき倒す』際は手加減なしのデスマーチの予定なんでな――そこで心の支えになるモンがないと、間違いなく戦車道を嫌いになるどころじゃすまないことになるし」
「むしろそっちの理由の方が大きくないか……? というかどれだけしごくつもりだ貴様」
 ジュンイチの捕捉にアンチョビがツッコむと、
「へい、お待ちっ!」
 ちょうどペパロニの鉄板ナポリタンが出来上がったところだった。とりあえず話の続きは後にして、今は昼食をいただくことにする。
 使い捨てのフォークで一巻き、口へと運んで――
「――っ、美味いっ!」
 その目が驚きで見開かれた。
「すげぇな! メチャクチャ美味いぞ!
 ちゃんとしたキッチンならまだしも、屋台の設備でこの味を出すのかよ!」
「フフンッ、すごいだろ。
 さっき言った『ウチの自慢の一店』という言葉、自画自賛だとでも思ってたか?」
 ジュンイチにしては珍しくベタ褒めだ。手放しの賛辞に、作った本人よりもアンチョビが胸を張って誇らしげに答える。
 が、これは確かに身内贔屓抜きに誇っていい味だ。ジュンイチもアンチョビにツッコむことなく、素直にペパロニの鉄板ナポリタンに舌鼓を打つ。
「いや、マジに大したもんだ。
 こりゃ今回の報酬の件を抜きにしても出資を検討してもいいくらいだわ。つかむしろ教えを請いたい」
「へぇ、そりゃありがたい話……って、報酬?
 姐さん、何の話っスか?」
「あぁ、実は……」
 ペパロニに答えかけたところで、アンチョビもまた気づいた。
「そういえば、報酬の是非の方に話が飛んだせいで、その内容については聞いてなかったな。
 お前、私達にいったい何を報酬に……?」
「さっき言ったろ。
 『報酬のネタ探しにここの屋台についても調べた』って」
 アンチョビにそう答えると、ジュンイチは彼女に向けて人さし指をピッ、と立て、
「一ヶ月だ」
「いっ……何だって?」
「一ヶ月間、アンタら戦車道チームの屋台の経費はすべてオレが持とう。
 要するに――『一月分の経費支払いの肩代わり』。それがお前さん達への報酬だ」
「なぁっ!?」
 ジュンイチの提示した条件に、アンチョビは思わず目を丸くした――当然だ。こんな条件、いくら何でも破格が過ぎる。
「もちろん、食材や消耗品、光熱費に限るがね。
 後でウチの事務所の住所教えるから、そこに領収書を送ってくれれば……」
「いやいや、ちょっと待て!」
 具体的な話をし始めたジュンイチをアンチョビがあわてて止める。
「一ヶ月分の経費をすべて持つだと!?
 お前、私達のドクトリンにそこまで出すというのか!?」
「何度も言わすな。『事前に調べた』っつったろうが。
 一日の消耗品に関する経費の平均値は算出済みだ――ホラ」
 アンチョビに答えて、ジュンイチは彼女に算出したデータのプリントアウトを手渡した。それに目を通すアンチョビに対して続ける。
「そして、その一日あたりの経費と、オレがアンタらから受ける教導に対して『金銭で払うならこれだけ出す』と仮定した金額を比較した時、おおよそ経費一ヵ月分に相当する」
「な、なるほど……
 だが、だとしてもけっこうな額だぞコレ。正直、一回戦敗退常連の私達の戦術にそこまでの価値があるとは……」
「そいつぁ、当事者ならではの過小評価ってヤツだな」
 あっさりとジュンイチはそう答えた。
「だがオレは違う。
 確かに大会の成績は出た結果の通りだが、だとしても得意分野である機動戦では、強豪校に負けてるとは決して思ってない。
 むしろ機動戦という一ジャンルにしぼって考えれば、現世代最強と言っても過言じゃないレベルにあるとオレは思ってる――お前ら、資金稼ぎのために強襲戦車競技タンカスロンにも参戦してるって聞いてるぜ。その経験値は飾りじゃないだろ?」
「……そこまで調べ上げてたか。大したものだな」
「まぁな。
 とにかく自信持てよ――アンタらのドクトリンは、機動戦を学びたいヤツからすれば、その倍は出しても惜しくないくらいのものなんだぜ」
「む、むぅ……」
 ジュンイチの言葉に、まだ納得しかねる様子のアンチョビだったが、
「マジノの連中だってノドから手が出るほど欲しいだろう機動戦のノウハウだ。ここで先だって手に入れておくだけでも大きなアドバンテージになる」
「なぁっ!?」
 続く言葉に、アンチョビは先ほどのそれに勝るとも劣らない勢いで驚きの声を上げた。
「ちっ、ちょっと待て!
 今何て言った!? まさか、次の対戦相手、機動戦を取り入れようとしてる学校って……」
「ん。マジノ」
「マジか」
「いや、マジカじゃなくてマジノ」
「じゃなくてっ!」
 ジュンイチにツッコんで、アンチョビは呼吸を整えて、
「そ、そうか……マジノが機動戦を……
 隊長が代わったとは聞いていたが、新しい隊長もまたとんでもないことを考えついたものだな」
「そこはオレもそー思う。
 だからこそ、どんな形で機動戦を仕掛けてくるか予測できない――どう? 専門家の意見聞きたくなった理由、理解できた?」
『………………?』
 うめくアンチョビにジュンイチが返す、そんな両者のやり取りに首をかしげたのはペパロニとカルパッチョだ。
「あー、姐さん?
 マジノが機動戦をやろうとしてるのが、そんなに大事なんスか?」
「確か、マジノも軽戦車持ってますよね? FT-17とかR35とか。
 機動性は足りてるんですから、後は乗り手の習熟だけなんじゃ……?」
「それじゃダメなんだよ」
 ペパロニとカルパッチョ、特にカルパッチョの意見にジュンイチが否定を返す――彼からバトンタッチされる形で、アンチョビが二人に説明を始めた。
「マジノの軽戦車群……いや、一部の重戦車もか。とにかくアイツらの戦車の一部には、“戦車道で”機動戦をやるには、ひとつ、致命的な弱点があるんだ」



    ◇



 ズドンッ!と音を立て、ソミュアの主砲が火を吹く――エクレールが車長を務める隊長車から放たれた一撃が、相手役の、防御陣形を組んでいるその中央に着弾する。
 敵戦車に当てられず、しかも今のでこちらの位置を知られた。敵戦車群の砲塔が一斉にこちらへと向けられる。
 しかし、それはエクレールにとって計算の内。操縦手に指示を出し、敵陣の周りを周回するようにソミュアを走らせる。
 当然、相手もこちらを狙ってくるので――
「今ですわ!」
 エクレールの指示で、反対側に回り込んだR35が発砲。敵戦車の一角、B1bisに命中する。
 が――倒せない。B1bisの装甲はR35の砲撃をいともたやすく弾き飛ばしてしまった。それどころか、今度はこちらの番とばかりにR35へと砲塔を向けようとする。
「クラブ・ブル! すぐにそこから移動を!」
 すかさずエクレールが指示を出すが、“クラブ・ブル”のコールサインを持つ件のR35は何やらモタモタしていて動かない。
「敵がそちらを指向してますわっ! 早くっ!」
 エクレールが続けて警告を発するが、クラブ・ブルの動きが良くなることはなく、結局B1bisに撃たれてしまう。
 と、そこでようやくクラブ・ブルから応答。しかもその内容は――
〈すいません! 装填中にやられました!〉
「敵に狙われてますのよ! 装填している場合!?」
 応答が遅い上に被弾の理由もお粗末。思わずエクレールが叱責の声を上げるが、そう言う彼女のソミュアも安心してはいられない。
「敵B1bis、こちらを指向!」
「こちらもウカウカできませんわ! 離脱!」
 操縦手からの報告にエクレールが指示。ソミュアはB1bisの砲撃をかわして敵陣の周りを周回する。
「ダイヤ・ブルの位置確認!」
 ソミュアの次弾を装填しながら指示を出す。周囲の確認を操縦手に任せ、B1bisに狙いをつけて――
「エクレール様!
 ダイヤ・ブルが!」
「えっ!?」
 操縦手の声に思わず動きが止まる――そんなエクレールの乗るソミュアに向け、FT-17ダイヤ・ブルが軌道を交差させるように突っ込んでくる!
「何かに掴まって!」
 このままではぶつかる。そう直感したエクレールが叫び、ソミュアとFT-17の距離があっという間に縮まって――



「エクレール様!」
 衝突することはなかった。だがそれはたまたま運が良かっただけ――ほんのわずかなタイミングのずれにより、ソミュアとFT-17はぶつかることなくすれ違った。
 模擬戦の中断を知らせるホイッスルの響く中、フォンデュは交錯し、停車したソミュアの元へと駆けつけた。
 一方、当のエクレールは――無事だ。舞い上がった土煙が車内に入ったか、少し薄汚れた姿で、他の乗員達と共に降りてきた。
「ご無事で!?」
「えぇ。
 こちらはわたくしも、他の子達も全員無事です」
 フォンデュに答えるエクレールだが、今は自分達よりも――
「ダイヤ・ブルは?」
「わ、私達は大丈夫です」
 無事を尋ねるエクレールにはFT-17の車長が答える。どうやらあちらの乗員二名、二人とも無事のようだ。
「そう……
 今のはさすがに肝を冷やしましたわ」
「本当に、全員無事で何よりです」
 応じてくるフォンデュに、エクレールは苦笑と共にうなずき返す――が、無事を喜ぶのはここまでだ。隊長として、質すところは質さなければならない。
「ダイヤ・ブル……まさか今、こちらの位置確認を怠ってはいませんでしたか?」
「あ……
 す、すいません……砲撃しようとしてましたが、周りに注意を払えませんでした……」
「申し訳ありません!」
「やっぱりそこですか……」
 FT-17の乗員二人の答えに、エクレールが考え込む――それは以前からも度々問題になっていたことだ。
 本来、FT-17の定員は二名。当然操縦手は操縦に専念しなければならないため、他の作業はすべてもうひとりに集中することになる。
 とはいえ、FT-17が軍用として現役だった頃はそれでもまだ不自由はなかった。当時は今ほど無線の配備が進んでおらず、車長はある程度兼任の利く砲手、装填手を兼ねるだけでよかったのだから。
 だが今は、戦車道ではそうはいかない。安全基準を満たすために日戦連から通信機器の搭載を義務づけられ、結果通信手の仕事まで車長はこなさなければならなくなった。
 しかし、通信手もまた本来は兼任の利くような役割ではない。情報伝達を正確且つ迅速に行うため、無線から聞こえる言葉の一語一句に集中しなければならない。
 当然、そちらに意識を割けば砲撃や装填は滞るし、車長としての周囲の確認も怠ることになる――その結果が今の事故未遂だ。
 ならば無理矢理にでもあとひとり乗り込ませて、通信手に――と思っても、積み込まれた通信機に余分なスペースはすべて持っていかれていてそれもままならない。
 動き回れば動き回るほど、慌ただしくなればなるほど、車長の仕事はキャパシティオーバーの一途を辿ることになる。これもまた、エクレールには頭の痛い問題であった。



    ◇



「マジノの主力であるFT-17やR35は、確かに機動性についてはウチのCV33にも負けてない」
 とりあえず驚きも落ちついて、アンチョビは話を進める――自分の分の鉄板ナポリタンをつつきながら。
「だが、それはそれぞれの性能を単純に比較した場合だ。
 ま、当然だな。元々FT-17は歩兵を相手にすることが前提の戦車で、R35はその直接の後継、CV33も同じコンセプト――そりゃあ似たり寄ったりの性能に落ちつくさ」
「…………?
 同じコンセプトってだけで、性能が横並びになるんスか?
 普通、同じコンセプトでも、後の時代に作った方が高性能になるんじゃ?」
「コイツらの場合、“歩兵支援戦車”ってところで事情が特殊なんだよ」
 首をかしげるペパロニにはジュンイチが答える――ペパロニはジュンイチの追加注文の鉄板ナポリタン(五杯目)を作りながら、そしてジュンイチはそれを待ちながら。
「歩兵支援戦車ってのは、読んで字のごとく、歩兵を支援する戦車だ。
 で、歩兵の手助けをするってことは、相手はたいてい歩兵になる――少なくとも歩兵支援戦車全盛の頃はそうだった。
 つまり、コイツらには歩兵をブチ殺せるだけの性能があれば十分。それ以上の力を持たせる必要はなかったんだ。
 そして、その要件はFT-17の時点ですでに達成されていた――それ以上パワーアップさせる必要がないんだ。そりゃ後発の戦車も似たレベルの性能に留まるさ。やってもせいぜい信頼性とメンテナンス性の向上ってところだろう」
 ジュンイチの話にうなずき、アンチョビはジュンイチへと向き直り、
「さて、そこまでおさらいしたところで――柾木。
 お前、マジノについて調べた時、何か違和感がなかったか?」
「違和感……?
 あぁ、そーいや、『校風から戦車までフランス風にそろえてきてるクセして、戦術はフランスっぽさを追求してねぇんだな』とは思ったな」
「だろうな」
「はーい、しつもーん」
 ジュンイチの言葉にうなずくアンチョビに向け、ペパロニが手を挙げて声をかける――もう一方の手で、出来上がった鉄板ナポリタン(五杯目)をジュンイチに手渡し、代わりに代金300円を受け取りながら。
「フランスっぽい戦術って何なんスか?」
「まぁ、別に今となってはフランス風もクソもなくワールドワイドで使われてんだけどなー。
 ペパロニさんや、フランスの著名な軍人で、思いつく限り一番古い人を挙げてみな」
「そもそもひとりもわかんないっス!」
「………………」
「す、すみません、こーゆー子で……
 で、あの……ひょっとして、ナポレオンですか?」
 ペパロニに即答されて絶句するジュンイチにカルパッチョがフォローを入れる――が、
「ナポレオン、ナポレオン……
 ……名前は聞いたことあるんスけどねー……?」
「いやホラ、『吾輩の辞書に不可能の文字はない』っていう名言で有名な」
「え!? その人の辞書、『不可能』が載ってなかったんスか!?
 それ不良品じゃないっスか!」
「………………」
「すみません、こーゆー子で……」
 さらなるペパロニの天然ボケに、さすがのジュンイチも頭を抱えた。フォローするカルパッチョも、頬が少し引きつり気味だ。
「ま、まぁ、カルパッチョさんの言うナポレオンだ。
 彼はとにかく革新的なものの考え方をする人でな。政治から戦術から、彼の生み出した手法の数々は後世にまで伝えられ、世界中でマネされるようになった。
 そんなナポレオンが戦場で得意としていたのが、当時主力だった騎兵の機動力をフルに発揮して敵陣を引っかき回して自分達のペースに持ち込む、さらに戦場から戦場への移動も素早くこなし、相手が準備を整えるよりも早く襲いかかる――そんな騎兵戦術こそが、ナポレオンの真骨頂。
 実際、人生転落のきっかけになったロシア遠征の敗走は行軍の遅れに原因があったと言われてるぐらいだしな――そのくらい、ナポレオン時代のフランス軍の強さは“速さ”つまり機動性に依存してたんだ」
「えっと……つまり?」
「要するにっ、ナポレオン軍を常勝たらしめていたのは、我々アンツィオと同じく機動戦に特化していたからだっ!」
 今の説明でもまだ理解の追いつかないペパロニに、アンチョビもちょっぴりキレ気味だ。語気を荒くしてそう口をはさんできた。
「機動戦……って、それウチと同じじゃないっスか!」
「それ今言ったーっ!」

「つか、むしろあちらさんが元祖なんだよ」
 頭を抱えて叫ぶようにツッコむアンチョビのとなりで、ジュンイチがフォローを入れる。
「“兵は神速を尊ぶ”とは孫子の兵法だが、だだっ広い砂漠を挟んだ中国から西欧に孫子の兵法が伝わることはなかった。
 そんな西欧で孫子に代わって機動戦の概念を打ち立てたのがナポレオンだったんだ」
「そして各国は、ナポレオンの打ち立てた様々な新しい概念を取り入れていった――もちろん機動戦術も。
 こうして、機動戦術は“騎兵と歩兵”から“戦車と歩兵”へと形を変えながら西欧各国やアメリカへと広がり、近代の陸戦戦術の基礎となった。
 つまり、我々アンツィオのような、機動性にモノを言わせる戦い方は、すべて元を辿ればフランスへ、ナポレオンへと行きつくんだ」
「はー、なるほど。
 みんながみんなマネしたがるような、そんなすごい人だったんスね、ナポレオンって」
 ジュンイチとアンチョビ、二人がかりの説明に、ペパロニはそう納得して――
「いやー、たまにナポリタンと言い間違うくらいしか意識することなんかなかったっス」
『全世界のナポレオン信奉者のみなさんに謝れっ!』
 ただ納得するだけでは終わらないのがペパロニだった。
「まー、とにかくマジノの話だ。
 そーゆー人を輩出した国をリスペクトしまくった学校なんだ。当然戦術も、ナポレオンゆかりの機動戦術……となっていれば話は早かったんだが……」
「防御戦術ですよね、マジノ……」
「あぁ。
 まったく正反対の防御戦術から、今になって機動戦術をおっ始めようとしてるってワケだ」
 首をかしげるカルパッチョに答え、ジュンイチは食べ終わった鉄板ナポリタンの器を返して――間髪入れずに六杯目を注文。「まだ食べるのか!?」とギョッとするアンチョビをよそに平然と続ける。
「しかも、その防御戦術も陣容が何やらとち狂ってるし」
「陣容、ですか……?」
「だってそうだろう?
 防御陣形を中心に戦うなら、当然防御力が重要になってくる。機動力が必要ないとは言わないけど、それでも防御力が優先されるもんだ。
 なのに、なんでFT-17やR35みたいな『防御より速さ』な軽戦車ばっかり使ってんだ? 撹乱役に投入してるにしても、陣容の半分以上ってのはブッ込みすぎだろ」
「そういえば……」
 ジュンイチの指摘に、カルパッチョは口元に右手をあてて考え込み、
「……ドゥーチェやあなたは、答えにたどり着いてるんですよね?」
「正しくは『一番ありそうな仮説』な」
「本当のところなど、当のマジノの連中しか知らんよ。
 ……何だ、お前も何か思いついたのか?」
 ジュンイチの答えに続くアンチョビにうなずき返すと、カルパッチョはコホンと咳払いして、
「ひょっとして……FT-17やR35を導入した時点では、マジノの人達も機動戦をやるつもりだったんじゃないでしょうか……?
 でも、いざそろえてやってみようってところで何かがあって、機動戦はムリだってわかって……それで結局、機動戦をあきらめて防御戦術をとるしかなかった……」
 カルパッチョの語る仮説に、アンチョビは満足げにうなずいてみせる。どうやら彼女的には正解らしい……もちろんジュンイチにとっても正解だが。
「『何かがあって』って……何が?」
「え、えっと、そこまでは……」
「そこで浮上してくるのが、さっきのCV33と比較した話さ」
 だが、カルパッチョの推理はそこまでが限界だったようだ。ペパロニに聞き返されて言葉を詰まらせる彼女をジュンイチがフォローする。
「さっき、『CV33とFT-17やR35は作られた時期は違っても性能は似たり寄ったり』って話をしたろ。
 けどそれは……つまり『作られた時期は違うけど性能は同じぐらい』ってことは、逆に言えば『性能は同じぐらいだけど作られた時期は違う』ってことでもある。
 そして……その『作られた時期の違い』が、マジノにとって……戦車道での機動戦にFT-17やR35を使おうとするヤツらにとっては致命的だった」
 そう告げると、ジュンイチはカルパッチョへと向き直り、
「カルパッチョさん。
 戦車道のレギュレーションに合わせない、兵器として運用されていた当時の仕様で比べた場合、CV33にはあってFT-17やR35にはないものがある。さて何でしょう?」
「え? えーっと……」
 ジュンイチの問いに、カルパッチョは少し考えて、
「……無線機?」
「え!? FT-17やR35って無線なかったの!?」
「た、確か……そうだったと思う。
 第二次大戦期の戦車のCV33と違って、FT-17は第一次大戦の頃の戦車で、R35はそのすぐ後の後継モデル……なんだけど、第一次大戦の頃はまだそんなに車載無線は普及してなかったはずだから……」
「ん。そうだね。カルパッチョさん正解」
 ペパロニに答えるカルパッチョに、ジュンイチがうなずき、アンチョビと二人で続ける。
「カルパッチョさんの言った通り、標準装備としては無線機積んでなかったんだよ。
 まぁ、歩兵と一緒に動く戦車だから、歩兵を伝令にすることで当時は対応していたんだけど……」
「だが戦車道となるとそうもいかん。何しろレギュレーション上無線機は必須だからな。どうしても増設するしかない。
 だが、元々二人乗りのFT-17やR35は操縦以外の役目はすべて戦車長が負うことになる。
 当然、戦車長はてんてこ舞いだ。話して、装填して、狙って撃って、周りの様子の把握までしなきゃならない」
「あー、そうっスねー。
 私らも、走ってる時は砲撃とか半ばあきらめてるも同然っスからねー。
 ……ん? アレ? でも、ウチらはともかくマジノは通信手増員するとか考えなかったんスか?」
「通信手の入れそうなスペースは、まさにその通信手が使う無線機によってつぶされてしまいましたとさ。ハイ、おしまい」
 首をかしげるペパロニに、ジュンイチが肩をすくめて昔話調でそう答える。
「アンタらには言うまでもないんだろうが、機動戦ってのはただ走り回ればいいってものじゃない。
 走る時は走る。止まる時は止まる。撃つ時は撃つ――その切り替えを的確にこなすことの方がよほど重要だ。乗員が少ない分兼任の多くなる軽戦車マメタンは特にな」
 ジュンイチの言うことは本当に『言うまでもないこと』だったようだ。アンチョビ、カルパッチョはもちろん、先ほどは珍回答を連発していたペパロニまでもがうなずいている。
「だが、マジノにはそれができなかった。
 ま、しょうがないよ。FT-17もR35も、さっき言った通り歩兵とセットが基本。雑用は歩兵に任せておけば事足りたから、自分達だけで全部をこなさなきゃならないような状況でのノウハウの蓄積が致命的に欠けていたんだから。
 だから、マジノは歩兵の投入に制限のかかる高校戦車道のレギュレーションの中では機動戦を行うことは難しいと判断したんだろうな」
「なるほど……それで防御戦術ですか。
 足を止めて迎え撃つことで、落ちついて対処することで、FT-17やR35の負担を減らすために……」
「だが、マジノはここへきて機動戦への移行……いや、“回帰”を進めている」
 ジュンイチの話に納得するカルパッチョに、アンチョビは腕組みして考え込みながらそう告げる。
「今話した通り、マジノは好きで防御戦術をとってるワケじゃない。そうするしかない事情があってのことだ。
 だが、今マジノはそれを覆そうとしている――これはそうとうにトンデモナイことだぞ」
 そうつぶやくと、アンチョビはジュンイチへと向き直り、
「決めたぞ、柾木」
「『決めた』って……何を?」
「マジノ対策、こっちにも一枚かませろ!」
「いや、かむでしょ。そのために依頼を持ってきたんだから」
「じゃなくて! もっと本格的に!」
 聞き返すジュンイチに詰め寄り、アンチョビが答える。
「同じ機動戦術の使い手として、こんなおもしろい話を放っておけるかっ!
 こんな貴重な経験をお前達にだけ独り占めさせてたまるか! 首突っ込ませろ! その代わりお前らのチームを私が直々に鍛えてやる!」
「まぁ……オレぁ別にかまわないんだけどなぁ……」
 「こりゃまた桃姉とかうるさいことになりそうだなぁー」などとジュンイチがボヤいていると、そんな彼に耳打ちしてくるのはカルパッチョだ。
「あの……いいんですか?」
「んー? 何が?」
「いや、私達の側から言うことじゃないと思うんですけど……本格的に協力体制を敷くとなると、そちらの手の内、私達に知られちゃいますけど……」
「どーせ一回戦で軒並みみんなにバレるんだ。
 さらに言えば試合済みの聖グロにはとっくにバレてるし今回の試合でマジノにもバレる。今さら一校増えるぐらい、いちいち気にしてられませんよ」
 答えて、ジュンイチはペパロニと二人でエイエイオーと拳を突き上げているアンチョビへと視線を向けた。
(とはいえ、直接教えを受けられるのは嬉しい誤算だ。
 これでマジノ戦に本格的に備えられる)
 そんなジュンイチの脳裏によぎるのは、あの聖グロ戦の日、独りで敗戦の悔しさをかみしめたあの夜のこと――
(あんな想いはもうたくさんだ。西住さん達にも味わわせねぇ。
 もう負けるのはナシだ。絶対に――)



 ――勝つ。



    ◇



「あー、もう話は広まってるだろうけど一応前置きしとこうか」
 今日もいつものように戦車道の訓練開始――整列した一同を前に、ジュンイチはそう切り出した。
「今度のマジノとの練習試合について、相談を持ちかけた先方がえらく興味を持ってな。アドバイスに留まらず、試合当日まで訓練も面倒見てくれることになった。
 と、ゆーワケで紹介しよう。アンツィオ高校戦車道チーム総隊長、安ざ
「ドゥーチェ・アンチョビだ!
 よろしく頼むっ!」
 本名で紹介しようとしたジュンイチに、“先方”の方が先手を打ってきた。
 ちなみにペパロニとカルパッチョはここにはいない。二人とも今頃は教導に使う自分達のCV33の準備をしているはずだ。
「えっと……柾木くん?」
 と、列中から手を挙げて声をかけてくるのは沙織だ。
「とりあえず、五、六個ツッコませてもらっていい?」
「時間ないから一個に絞って」
「じゃあ……えっと、大丈夫なの?
 ウチ、全国大会出るんでしょ? なのに戦うかもしれない学校にコーチを頼むとか……」
「別に心配いらねーよ。
 ……いや、『心配するだけムダ』って方が正確か」
 沙織に答え、ジュンイチは肩をすくめた。
「どーせ大会が始まれば、余裕のないウチはハナから出し惜しみなしだ。
 一回戦を勝ち抜く頃には手の内なんぞみんなバレてる。気にしたって始まらねぇよ」
 言って、ジュンイチは頭をガジガジとかいて、
「まぁ、桃姉を“説得”するのは骨が折れたけどな。
 『スパイされてたまるか』って、スパイされるような秘密なんてないだろうに……」
((……『説得』?))
 ジュンイチの言葉に、アンチョビも含めたその場の一同が“そちら”を見て――
「むーっ! むーっ!」
「はいはい、桃ちゃん、落ちついてー」
「いい加減腹括りなよ、かーしま。
 私達には形振りかまってるような余裕はないんだからさ」
 アンツィオ勢を追い返そうとしたところをジュンイチの手で鎮圧。さるぐつわ&ミノムシ状態に縛り上げられたままの状態で柚子と杏に諭されている桃の姿がそこにあった。



    ◇



「しかし、驚いたな」
「んー?」
 ともあれ、ミーティングも終わって練習開始――みほ達が戦車をガレージから出すのを待つ間に準備運動で身体をほぐしていたジュンイチに、アンチョビが声をかけてきた。
「お前だ、お前。
 教官専任かと思いきや選手と兼任で、しかも単騎で歩兵をやってるっていうんだから」
「昔取った杵柄ってヤツだよ。
 それに、驚かれるほど好き勝手できてるワケでもないしね」
 アンチョビに答えると、ジュンイチは軽く息をつき、
「戦車道のルールとか乗員の生死デッド・オア・アライブにおかまいなしならいくらでも無双する手段をひねり出せるけど、そうもいかないからな――おかげで重戦車どころか中戦車にも四苦八苦さ」
「一応ツッコんどくが、軽戦車が問題になってない時点で十分にトンデモだからな?」
 自分が何をしでかしているのか、今ひとつ自覚の薄いジュンイチにアンチョビがツッコむと、
「姐さん、姐さーん?」
 アンチョビを探して姿を現したのはペパロニだ。
「どうした、ペパロニ?」
「あぁ、姐さん、そこにいたんスか。
 カルパッチョ知らないっスか? 準備が終わった途端にどっか行っちゃったんスけど……」
 聞き返してくるペパロニに、ジュンイチとアンチョビは顔を見合わせ、
「あー、カルパッチョなら……」
「あぁ。きっと“あそこ”だな」



    ◇



「たかちゃん!」
「………………?」
 仲間達と共にV突の準備をしていたところに、突然聞き覚えのある声で、覚えのあるあだ名で呼ばれた。
 だが、ここで聞く声でもなければここで聞くあだ名でもなかった。不思議に思って“たかちゃん”ことカエサルは声のした方へと振り向いて――
「久しぶり、たかちゃん!」
「ひなちゃん!?」
 そこにいたのはカルパッチョだった。思わぬ幼なじみの登場に、歴女としての、カエサルとしてのキャラではなく、素のノリに戻ってしまうほど驚いた。
「ぅわ、久しぶり!
 今日はどうし……って、まさかひなちゃんもコーチに!?」
「うん、ドゥーチェの付き添いにね」
「……たかちゃんって誰ぜよ?」
「カエサルのことだろ」
「いつもとキャラが違う……」
 首をかしげるおりょうに左衛門佐が答え、エルヴィンもエルヴィンでいつもと明らかにノリの違うカエサルの姿に眉をひそめる――そんな三者三様のリアクションを見せていると、
「幼なじみなんだとよ」
 いきなりかけられた声に振り向くと、そこにはアンチョビやペパロニをカルパッチョのもとへと案内してきたジュンイチ――そんな外野にかまうどころか気づきもせず、カエサルとカルパッチョは旧交を温め合っている。
「聞いたよ。歴女のお友達と一緒に、V突に乗ってるんだってね。
 ねね、ポジションはどこなの?」
「ふふ、当ててみて?」
「えっと……車ちょ……ううん、装填手!」
「すごい! なんでわかったの!?」
「だって、私もなんだもん。
 今回は持ってきてないけど、セモベンテでね」
「へぇ、そうなんだ」
「でも、特に合わせたワケでもないのに二人とも同じ装填手だなんて、やっぱり幼なじみだね!
 もし全国大会で戦うことになっても、私達の友情は不滅だよ!」
「うん。
 その時は正々堂々戦おう!」
 互いに健闘を誓い合い、握手を交わす。
 そして、「そろそろ訓練が始まるから」とカルパッチョは行ってしまった――さて、自分も準備に戻ろうかとV突へと振り向くカエサルだったが、
『た〜か〜ちゃ〜ん♪』
 そんな彼女を待っていたのは、Cチームの仲間達からの生温かい視線だった。
「久しぶりの親友との再会はどうだったぜよ、たかちゃん?」
「『カエサルの知られざる一面を発見!』ってところだな、たかちゃん♪」
「ヒュ〜ヒュ〜、やるねぇ、たかちゃん♪」
「なっ、なんだっ!? 何がおかしい!?」
 口々にはやし立てるおりょう、エルヴィン、左衛門佐に対し、カエサルが顔を真っ赤にして言い返し――
「まーまー、そういきり立つなって、たかちゃん♪」
「そーそー。
 ウチのカルパッチョと仲良くしてくれてるみたいで、感謝してるっスよー、たかちゃん♪」
「ブルータス、お前もか……っ!」
 さらに参戦してきたのはジュンイチとペパロニだ。
「たかちゃーん♪」
「たかちゃ〜ん♪」
『た〜か〜ちゃ〜ん♪』
「貴様らァァァァァッ!」
『わーい、たかちゃんが怒ったー♪』
 真っ赤になって声を張り上げたカエサルが、ジュンイチ達はなおもからかいながら散り散りになってカエサルから逃げ回る――その光景はまるで「好きな子がバレた小学生とそれを総出ではやし立てるクラスメート一同」の図式だ。
「……えっと……?」
 そんな、場の精神年齢が一気に退行したかのような光景にアンチョビが戸惑っていると、
「驚いた?」
 いきなり声をかけられた――みほを、そしてそのみほに付き添ったAチーム一同を連れた杏だ。
「あー、すまんな。
 ウチの副官が何やら騒ぎの種を持ち込んでしまったようで……」
「いーよいーよ、気にしなくて。
 あのくらいウチじゃいつものことだから」
「いつもやってんのか!? あんな幼稚なやり取り!」
「柾木くん、マジメな空気をぶち壊すことにかけてはいつも全力なので……
 『楽しんでもらうためにも、笑いを取れるネタは見逃さん!』とか言って」
「た、確かに、『まずは楽しんでもらうのが第一だ』とは言っていたが……何か方向性を間違えてないか? 何その芸人魂」
 杏の言葉にギョッとしたアンチョビにみほが答える――が、すかさずツッコみ返されて苦笑を浮かべるしかないみほであった。
 そんなみほの姿に「ジュンイっちゃんの手綱を握るにはまだまだだねー」と笑いながら、杏はとりあえず騒ぎを収めるべく、追いかけっこを続けるジュンイチ達に向けて歩き出した。



    ◇



 さて、ジュンイチ達がそんな感じでおもしろ楽しく訓練に励んでいる一方で、マジノでは――
「やっぱり、うまくいきませんねー」
「えぇ」
 今日もまた、アンチョビらにも指摘された“弱点”に悩まされていた。練習を終え、隊長室に戻ってくるなりため息をつくフォンデュに、エクレールはあっさりとうなずいた。
 そう、“あっさりと”――大洗との練習試合まで余裕がないこの時期、さすがに余裕のなくなってきたフォンデュと違い、エクレールにはまだ余裕がある。
 というのも――
「でも、そのおかげで見えてきたものもありますわ」
「エクレール様……?」
「みなさんの報告で、みなさんが何にもたついているのか、かなりのデータが集められた……
 元々一朝一夕で何とかなるものではないんですから、焦らずひとつひとつ解決していきましょう」
「は、はぁ……」
 うなずくフォンデュにかまわず、デスクの報告書を一部手に取り、目を通しながら再び彼女に話を振る。
「まぁ、もっとも……問題点なんてすでにハッキリと浮き彫りになってますけどね」
「FT-17とR35の、車長の負担の大きさですね」
 すぐさま返すフォンデュに、エクレールもうなずいて同意を示す。
「特に通信手との兼任が痛いですわね。
 機動戦術は指示の徹底が最重要ですわ。そこがなければ機動戦そのものが成り立ちません……」
「えぇ……
 こうして問題点と改めて向き合ってみると、本当に大変なことに挑戦しているんだと実感させられますね」
「その『大変なこと』をどうにかするのです」
 つぶやくフォンデュに対し、エクレールは人さし指をピッと立ててそう返す。
「ですね。
 まずは余裕の確保ですか……ソミュアやB1bisはまだ乗員が三〜四名いますのでどうにかなりますが、FT-17とR35は……」
「ふむ……」
 フォンデュの意見に、エクレールは腕組みして考え込み――
「…………あら?」
 ふと、何かに気づいた。
「……『ソミュアやB1bisは何とかなる』……
 ……『FT-17やR35は』……」
「エクレール様?」
 こちらの言葉を復唱するエクレールに、フォンデュは首をかしげ――
「……何とか……なるかもしれませんわ」
「えぇっ!?」
「ただ、練習時間が少し心許ないですわね。
 試合までに形にできるかどうか……」
 驚くフォンデュだったが、エクレールはすでにその先へと思考を進めていた。やはり練習時間が足りないと不安を覚えるが、
「……いいえ、そんな弱気になってはダメですわね」
 すぐに意識を切り替えた。己を鼓舞するように自らへと言い聞かせると、プロジェクターを使うために下ろしたままになっていた窓の暗幕を上げ、外に広がる夕焼け空へと視線を向ける。
「そう……わたくし達は進み始めたばかりなのですから。
 今までのマジノを変える。新たに栄光をつかめるチームへと――そのためにマドレーヌ様から、マジノ女学院戦車道チームを託されたのだから……」
 しばし、自分が隊長の地位を受け継いだあの日に想いを馳せて――
「……よしっ!」
 頬をパシンと叩いて気合を入れ直すと、デスクに戻ってきてレポート用紙を広げる。
「さっそく、アイデアをまとめてフォーメーションを考えなくては。
 忙しくなりますわよ!」
 誰に言うでもなく言葉を放つエクレールは本当に楽しそうで――もうすでに何度も前例のある、これから辿ることになるだろう未来に苦笑しながら、フォンデュはお茶でも淹れてあげようと壁際に備えてあるティーセットを取りに向かうのだった。



    ◇



 こうして、大洗(とアンツィオ)、マジノ双方が試合に備えながら数日が過ぎて――
「いいか、貴様らっ!
 明日はいよいよ、マジノ女学院との練習試合dむぎゅっ!?」
「鼓舞するより先に、今日まで協力してくれた人達への礼だろうが」
 試合前最後の練習が終わり、一同を前に告げようとする桃がジュンイチに押しのけられた。
「と、ゆーワケで、今日まで練習を見てくれたアンツィオのみなさんに、礼っ!」
『ありがとうございましたっ!』
 ジュンイチの号令で一同が頭を下げるのは、もちろんアンチョビ達アンツィオ組だ。
「こちらこそ、自分達とまったく毛色の違うチームを指導するのは勉強になった。礼を言う。
 お前達には、我々機動戦使いとの戦いのポイント……機動戦のイロハから我々がやられてイヤなことまで、教えられる限り教えたつもりだ――明日のマジノ戦、その成果を存分に見せてくれることを期待する!」
 対し、アンチョビはそう答礼した上でコホンと咳払いし、
「だが! 全国大会で当たった時は容赦はしないからな!
 確かにお前達には機動戦に対抗するためのイロハを叩き込んだが、それならこちらも対策を知られていることを前提に作戦を立てるまで!
 こちらも全力で行くから、お前達も全力で来い! お互いに悔いの残らないよう、全力で戦おう!」
『はいっ!』
 みほ達の元気な返事に満足げにうなずき、アンチョビは一歩下がり、後方に控えていたペパロニとカルパッチョの間に収まった。
「じゃ、明日の試合の話に戻ろうか。
 柚姉、ヨロ〜」
 ジュンイチの言葉に、柚子はバインダーを片手に一同の前に進み出てくる。
「今回は前回の聖グロリアーナ戦と違い、マヂノ女学院の演習場での試合となります」
「つまりはアウェーだよー♪」
「なんで杏姉はそこでテンション上がるのさ……」
 柚子の説明に拳を突き上げて付け加えるのは杏だ。妙にテンションの高い彼女に、ジュンイチはため息まじりにツッコミを入れる。
「だってだってー、いつもと全然違うトコを戦車走らせられるんだよ。おもしろそうじゃない?」
「試合でなければな。
 つか操縦してんの杏姉じゃないだろ……」
「と、とにかくっ!」
 ツッコミに返してくる杏にジュンイチがうめく――話が脱線し始めた二人の姿に、桃があわてて軌道修正。
「前回の試合よりもなお一層の諸君の奮闘に期待するっ!」
『はいっ!』
 桃の言葉に答える一同の声は気合とやる気に満ちている。特に――
「明日は前回のようにはいかないぞ!
 バレー部、ファイッ!」
『オーッ!』
「今度は逃げないようにがんばろう!」
『おーっ!』
 BチームとDチーム――元バレー部チームと一年生チームだ。
 一年生チーム元々前回の敵前逃亡に対する猛省から気合が入っていたので当然として、Bチームも前回最後まで生き残りながらもそこから何もできなかったのがそうとう悔しかったらしい。
「みんな、明日はその調子でがんばってねー」
 もちろん、気合が入っていれば勝てるというものでもないが、元々戦力不足の大洗チームにとっては気合も立派な戦力だ――そう考えるとこの勢いはありがたい。
 杏もそれがわかっているから、あえて多くは語らない――そして、桃がこの勢いのまま場をしめくくるべく声を張り上げた。
「では、後の整備はいつも通り自動車部に任せる。
 引き継ぎの当番以外は解散っ!」
『お疲れさまでしたっ!』



    ◇



「チョビ子、今日までありがとねー」
「アンチョビだ! ドゥーチェ・アンチョビ!
 柾木といいお前といい、人の称号で遊ぶんじゃないっ!」
 一同を解散させた後、生徒会の面々は客人であるアンツィオ組と共に生徒会室へと戻ってきた。いつものノリで礼を言う杏に、アンチョビが「変な名前で呼ぶな」と憤慨する。
「まったく、そんなことで明日の試合大丈夫なのか……? 今から心配になってきたぞ」
「んー? さっき練習の時は『期待してる』的なこと言ってなかったっけ?」
「もちろん期待はしてるさ。
 だが、それでも不安要素が消えたワケじゃないからな」
 答えるアンチョビの言葉に、杏も気づいていたのかあっさりとうなずき返す。
 アンチョビの言う“不安要素”、それは――
「私達よりもマジノ側、か……」
「あぁ。
 やはり、手の内が読めないというのは、な……」
 つぶやく杏にうなずき、アンチョビはため息まじりにそう返してくる。
「確かに、私達は可能な限りの機動戦対策をお前達に教え込んだ。
 だが、それは私達のような“まっとうな機動戦術使い”に対抗するための、“まっとうな機動戦術対策”だ。
 そもそもその“まっとうな機動戦”が難しいマジノは、その上で一工夫も二工夫も加えて機動戦を行ってくるだろう――だとすれば、彼女達の戦いは“まっとうな機動戦”のセオリーから外れたものになっている可能性が高い。本人達が望む望まざるに関係なく。
 そんなマジノに、セオリー通りの対策がどこまで通じるか……」
「んー、まぁ、そこは心配いらないんじゃないかな」
 だが、杏はあっけらかんとアンチョビに答えた。
「きっとその辺は、ウチの二枚看板がなんとかしてくれるよ」
「二枚看板……柾木と西住か?」
「そ。
 西住ちゃんもジュンイっちゃんも、不測の事態に対する対応能力はずば抜けてるからね。
 そんな二人に、チョビ子の教えてくれた対機動戦の知識が加われば鬼に金棒だよ。多少のセオリー外しくらいなら、たちまち対応策をひねり出してくれるよ、きっとね」
「まぁ、確かにあの二人なら……あとチョビ子じゃなくてアンチョビな」
 杏の言葉には異論はないようで、アンチョビはため息まじりに納得する――最後に釘を刺すのは忘れなかったが。
「しかし驚いたぞ。
 柾木も十分たいがいだが、まさか西住流の流れを汲む者までいるとは。
 だが……なんで黒森峰とは縁もゆかりもない大洗に?」
「………………っ」
 が、続くアンチョビの言葉に、今度は杏の表情が曇った。
「それに、彼女は“去年”――」
「ストップ」
 だから、さらに続けようとしたアンチョビを止める。
「まぁ、私達と違って去年も一昨年も戦車道やってる三年生だもんね。“去年の出来事”を知っててもおかしくない。
 けど、知ってるんなら予想できないかな?――“だから大洗にいるんだよ”」
「あ…………
 す、すまん。余計な詮索が過ぎた」
 杏の言葉で十分に“伝わった”らしい。指摘され、自分が踏み込んではならない領域に踏み込もうとしていたと気づいたアンチョビは素直に頭を下げた。
 だが、同時に気づく――みほがそんな身の上なら、なぜ彼女は大洗で戦車道を再開したのか。
 説明を求める視線を向けるアンチョビに対し、杏はため息をつき、
「……うん、そうだね。実はチョビ子を怒れる立場じゃないんだよね。
 だって、西住ちゃんを戦車道の世界に引きずり戻したのは私なんだから」
「だからチョビ子という呼び方は……いや、そこは後でいいか。
 お前……戦車道から離れたがっていた西住を無理矢理……?」
「うん。
 当然、恨まれることは覚悟してたさ……でも、そこまでしなきゃならないほど、私達は西住ちゃんの力を必要としていた」
 そう答えると、杏はまっすぐにアンチョビを見返す――強い意志の宿る視線を向けられ、アンチョビはしばし黙り込み、
「……本気、みたいだな。
 そうか。そこまでの覚悟でやったことなら、外野の私がとやかく言えることではないな」
 自ら矛を収めたアンチョビの言葉に、どうなることかと見守っていた桃や柚子、カルパッチョやペパロニはホッと一息。
「それに……結果的にはよかったんじゃないか?
 西住も、少しは未練があったんだろう……でなければ、今あぁして楽しそうに戦車道をやれていないだろ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「まったく、お互い下の育成には苦労するよな」
「ウチは専ら苦労してるのはジュンイっちゃんだけだけどねー。西住ちゃんは助教だし」
 苦笑するアンチョビに杏がカラカラと笑ってそう答えて――



 ドーン……



 何やら爆発音のような音が聞こえてきた。
 これは――
『砲撃……?』



    ◇



「Dチーム、砲の数に頼らないでっ!」
〈すいまs
 スパーンっ!
〈ふみゃあっ!?〉
〈あと、撃ったらすぐ動けー。アンチョビさんに教わったこと忘れてんぞー。
 防御戦術でも執らない限り共通する基本なんだから、今の内にしっかり身体に叩き込めー〉
〈は、はいっ!〉
 どうやら足を止めていたところに強襲をくらったらしい――ジュンイチと梓のやり取りに、みほはW号の車上で苦笑する。
 そう。“W号の車上”で――先ほど桃から解散の指示を受けたみほ達だったが、その後再び戦車に乗り込んで演習場へと繰り出し、ジュンイチもそれに付き合っていた。
「あ、あいつらっ!
 明日は試合なのにどういうつもりだ!?」
 その事実を、生徒会の面々はガレージ前に来てようやく知ることとなった――ガレージ前から自分達の38(t)を除く戦車四輌が忽然と消え失せ、演習場から立ち上る土煙によって状況を把握した桃が声を上げると、
「まーまー、副会長」
 そんな彼女をなだめたのは戦車の帰りを待っていた自動車部の四人組、そのリーダー格であるナカジマだ。
「実は、明日の試合の前にもう少しだけ練習させてほしいって頼まれまして……」
「だが、整備の方は大丈夫なのか?」
「まー、問題ないですよ」
 聞き返す桃には同じく自動車部のスズキが答えた。
「明日の朝までには何とかします」
「本気か!?」
「大丈夫ですよ」
 思わず聞き返す桃にスズキが答えて――
「一番最初、スクラップ同然の五輌を一晩でレストアしろって言われた時に比べればこのくらい」
「う゛……っ」
 まさにその超突貫レストアを命じた張本人なだけに、何も言えない桃であった。
「……不安は、取り越し苦労だったようだな」
「かもね」
 一方で、そんな桃にはかまうことなく、アンチョビと杏は演習場から次々に立ち上る、砲弾の着弾によるものと思われる土煙を眺める。
「……明日の試合、勝てよ」
「言われるまでもないね」
 激励の言葉にそう返し、杏はアンチョビと軽く拳をぶつけ合った。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第9話「本陣が動くぞ!」


 

(初版:2018/04/02)