そして迎えた翌日、すなわち試合当日――
「なんだかだだっ広い原野だね……紫外線が怖いなー」
「さすがマジノ女学院の演習場はフランスっぽいですね〜」
「ちょくちょく思うけどさ……お前ら二人って戦車道関係の話になるとホント正反対の感性見せつけるよな」
 やってきたマジノ女学院の演習場は草原の中にそこそこの規模の森が点在する平原ステージ――思い思いの感想をもらす沙織と優花里の姿に、ジュンイチは地図と実際の地形を見比べながらツッコミを入れる。
「柾木くん、どう……?」
「んー……うん。地図との誤差は許容範囲。
 事前に立てた作戦、そのまま使って問題なさそうだ」
 尋ねるみほにジュンイチが答えると、
「……おっ」
 杏が何かに気づいて声を上げる――見れば、こちらに向かってくるジープが一台。
「あれは……?」
「対戦相手のごあいさつ……ってところかね」
 華に答えたジュンイチの言葉通り、一同の目の前で止まったジープから降りてきたのはエクレールと運転していたフォンデュだ。
「あ、あの人映像記録に映ってたよね?」
「えぇ。エクレール殿ですね。
 前任のマドレーヌ殿との一騎打ちで隊長の座を勝ち取ったとか」
 ジュンイチの家でのスカウティングを思い出した沙織と優花里の会話を他所に、エクレールは一同の前に進み出て、
「ごきげんよう――お初にお目にかかります。
 マジノ女学院、隊長のエクレールと申します」
「大洗女子の生徒会長、角谷杏だよー。
 で、こっちが」
「選手、兼主任教官の柾木ジュンイチだ。よろしくな」
 応える杏に促され、ジュンイチもまた名乗り――と、それを受けたエクレールがなぜか一瞬キョトンと目を丸くした。
「……? 何?」
「あ、失礼。
 思ってたよりも、その……普通の対応をされたのが少し意外で」
 首をかしげるジュンイチに対し、エクレールの返した答えはそれはそれで失礼と言えるものだったが――
「聖グロリアーナとの練習試合の、あの容赦のない戦いぶりから、もっと凶暴な方なのかと」
『あぁ』

「納得すんな外野」

 周りからはむしろ納得されてしまった。
「だっ、大丈夫ですよ! 柾木先輩、ぜんぜん怖くないですから!」
 そんなジュンイチにフォローの声を上げたのは梓だったが――
「そーそー。いざ実際話してみるとぜんぜん怖くないし」
「それどころかすっごく紳士だよね。
 これだけ女子高生に囲まれてて不純な話ぜんぜん聞かないどころか一線守るのにいつも全力だし」
「むしろ紳士を通り越して……枯れてる?」
「お願いだから黙って外野っ!」
 他の一年生チームの面々からの評価はフォローになっているようでなっていない微妙なもの。たまらず悲鳴を上げるジュンイチを中心にぎゃあぎゃあと騒いでいると、
「ところで……」
 改めて声をかけてきたエクレールの声が話を軌道修正。見れば、彼女は何やら興味深げに目を細めていて――
「ひとつ伺いたいのですが……隊長の西住みほさんはいらっしゃる?」
「え……?」
 その言葉に反応したのはみほ本人――思わずジュンイチへと視線を向けると、無言でうなずいてみせたので問題ないだろうと判断して応じる。
「あの……隊長の、西住みほです……」
 そう名乗って――またしてもエクレールの動きが止まった。しかも見た感じ、先のジュンイチとの対面の時よりも深く困惑しているようだ。
「……っと、失礼。
 マジノ女学院隊長のエクレールですわ」
 が、逆にジュンイチという“前例”があったためかすぐに立ち直ってきた。
「光栄ですわ。
 まさか西住流の方と相まみえることができるなんて」
「………………っ」
 しかし、今度はみほがエクレールの言葉に固まる番だった。
 ダージリンとの試合後のあいさつの時もそうだったが、一度戦車道に対し背を向けてしまった苦い思い出のあるみほにとって、“西住流としての自分”を持ち出されるのはあまりいい気分ではない。が――
「ですが、『光栄』で終わるつもりはありませんわ。
 今日は全力でやらせていただきますわ」
 エクレールとしてはあくまでみほに敬意を表してのことだった。差し出してきた右手に一瞬ためらうみほだったが、彼女の意を汲んで「こちらこそ」と握手に応じる。
「……柾木くん、今回は『戦車出せるだけ出せ』って言わないんだね」
「必要ねぇからな」
 一方で、こっそり耳打ちしてくる沙織に対し、ジュンイチも小声でそう答えた。
「……あぁ、そうか。お前らにはまだ今日のオーダー表見せてなかったっけか。
 奴さん、ハナから八輌フルオーダーで参戦してきとるぞ」
「……まぢで?」
「あぁ。
 前回大洗ウチが数の差ひっくり返したから警戒されたかね?」
「油断はしていない……と、そういうことだねー」
 二人のやり取りに杏が口をはさんでくる――そうしている間に、エクレールはあいさつを済ませるとみほと別れ、フォンデュの運転するジープに乗って戻っていった。
「なんか、堂々とした方でしたね……」
「うん……」
 声をかけてくる優花里にみほがうなずくと、となりで杏もそれに同意し、
「そうだねー。
 さっすが、二年生で隊長を務めているだけあって、肝が据わってるねー」
「って、私達と同い年なんですか!?」
「あぁ……まぁ、確かにウチを含めて隊長が二年ってチームは珍しいっちゃあ珍しいけどな。
 聖グロのダージリンとアンツィオのアンチョビは知ってるか、他にもサンダースやプラウダ、継続……あ、知波単もか。ざっと挙げた限りでも、戦車道チームの隊長ってのはだいたい三年かな」
 さりげにみほの古巣、黒森峰を挙げない辺り、古巣に苦手意識のあるみほへの気遣いが見て取れる――が、ジュンイチはそのみほへと視線を向け、
「それに引き換え、ウチの隊長は……」
「貫禄じゃ完璧に負けてるよねー」
「……すいません。押しの弱い隊長で……」
 さっそくジュンイチと杏にいじられるみほであった。

 

 


 

第9話
「本陣が動くぞ!」

 


 

 

「エクレール様。
 どうでしたか? 憧れの“西住流”との対面は」
 自陣へ戻る途中の車上――運転するフォンデュの問いに、エクレールは気まずそうに眉をひそめた。
「フォンデュ、そういう言い方はおやめなさい。
 自分達を率いる隊長が敵将に憧れているなんて話が広まれば士気に関わりますわ」
「今だけです。
 それで……どうだったんですか?」
 改めて尋ねるフォンデュだったが、エクレールは先程までとはまた違った感じで眉をひそめた。
「……エクレール様?」
「実は……何か違和感を感じましたわ」
 首をかしげるフォンデュに、エクレールはようやくそう答えた。
「わたくしの中の“西住流”……わたくしの憧れだった西住しほ様、そして今の黒森峰の西住まほ。どちらからも西住流本来の質実剛健さを感じる……
 ですが、あの西住みほさんからはその二人とは違う異質さを感じましたわ」
「『異質』……ですか?
 どちらが上とか下とか、そういう話ではなく?」
 聞き返すフォンデュに対し、エクレールは違和感に眉をひそめたままうなずいた。
「しほ様とも西住まほとも違う、質実剛健とは程遠い……
 けれど、『弱い』などとは少しも感じられなかった……」
 フォンデュに答えて、エクレールは息をつき、
「そう、侮っていいはずがない……
 彼女もまた、わたくし達マジノ女学院の全力をぶつけるに値する、挑むべき“西住流”……
 相手にとって不足なし!ですわっ! 勝ちますわよ、フォンデュ!」
「はい、がんばってくださいねー」
「あなたもがんばるんですのよっ」
「あら?」



    ◇



「ジュンイっちゃんジュンイっちゃん」
「あん……?」
 試合前のあいさつも終わり、いよいよ試合開始の時を待つばかり――スタート地点へと移動を完了し、みんなで作戦の最終打ち合わせに入ろうというところで、杏がジュンイチに声をかけてきた。
「どうだった?
 ジュンイっちゃんから見て、エクレールちゃんは」
「んー……」
 尋ねる杏だったが、対するジュンイチはなぜかしかめっ面で考え込む。
「……ジュンイっちゃん?」
「正直言えば……評価に困る」
 問いを重ねる杏に、ジュンイチはようやくそう答えた。
「えー? そうですかー?」
「あんまり強そうには見えませんでしたよー?」
「お前ら……」
 桂利奈や優季の言葉に、ジュンイチは“そちら”へと視線を向け、
「西住さんを前にして、同じセリフもう一回吐ける?」
『ごめんなさい』
「え、えっと……?」
「さっきもそうだけど、毎回毎回口実見つけるなりノータイムでみぽりんいじりにいくのやめなさいアンタら」
 ジュンイチの指摘に優季達が迷わず謝罪。そしてそんな彼らに戸惑うみほ――もうすっかり毎度おなじみになりつつある光景に、沙織がため息まじりにツッコミを入れる。
「それで? どこがどーゆーふうに評価に困ってんの?」
「そこで今まさにオレらにいじられてる隊長さんと似たケースだっつってんだよ」
「え……?」
 杏に答えたジュンイチの言葉に、さっきからワタワタしっぱなしだったみほが我に返った。
「前隊長からその座を奪い取ったくらいだ。実力は間違いなくあるんだろう。
 けど、阪口さん達のコメントからもわかる通り、その実力が見た目に表れていない――もう少し深く探れればよかったんだが、その前に帰られちまった。あれっぽっちの接触じゃ、本当の実力の程は、ちょっと判断つかないな」
「実力を隠していた……ということですか?」
「いや、そーゆー感じでもなかった。
 たぶん無意識だ――テンションが上がってくるとか、追い込まれた状況にケツ引っぱたかれるかすれば実力を発揮するタイプだと見た」
「あぁ、それで『西住さんと似た感じ』と……」
「模擬戦でも前の試合でも、追い込まれてからが本番だったもんね、みぽりんって」
 聞き返す梓への答えに、華と沙織が納得。当のみほが思わず苦笑する。
「つまり、『強いのは確かだけど、“どのくらい”強いのか、そして“どう”強いのかはわからない』……と?」
「そゆこと。
 おかげで、オレ達の立てた作戦がどこまで通じそうか、見通しも立てられねぇ。実際の試合の中で微調整していくしかないね」
 柚子に答えて、ジュンイチは軽くため息をつき、
「と、ゆーワケで、その“作戦”の説明を西住さん、どうぞ」
「え、えぇっ!?」
 いきなり何の前触れもなく話を振られ、当のみほから驚きの声が上がる。
「何驚いてやがる。
 当然だろ。お前がメインの指揮官なんだから」
「そ、それはわかってるけど……」
 単純に、いきなり話を振られて驚いただけなのだが、まぁ、彼が唐突に話を切り替えてくるのは今に始まった話じゃないか――と、そんな感じで反論を半ばあきらめて、みほは息をつき、説明を始めた。
「まず、マジノが機動戦への転換を進めているのは、みなさんも知っての通りです。
 でも、肝心の“マジノがどこまで機動戦をモノにしているのか”という部分が未だ未知数のままです」
「ま、当然だわな。
 一番新しいサンダース戦の様子はズタボロだった……そこから先、どれだけ連中が伸びてるかって部分だからな。
 それこそ、練習してるところを直接見に行ったりでもしない限りはわからねぇさ」
 となりで補足してくるジュンイチにうなずき、みほは続ける。
「なので、ここはアンチョビさんに教えてもらった、対機動戦の戦術のひとつを使わせてもらおうと思います。
 つまり、“陽動からの各個撃破”……機動性に優れる38(t)と八九式で先行して突撃。相手のフォーメーションの中を走り回ってもらって、そちらに気を取られたところを残り三輌の集中砲火で、一輌ずつ確実に仕留めていきます」
「えっと……それって、私達と生徒会チーム、相手からの袋叩きになるんじゃ……」
「もちろん、敵陣に飛び込むまでは撃破役の三輌で援護します」
 手を挙げての典子の指摘にも、みほは冷静に答える。
「敵中に飛び込むまでは援護して、突入したらすぐに一輌目の撃破に移ります。
 砲手と装填手の人にはかなりの負担になると思いますけど……」
「まー、忙しいのは援護から一輌目の撃破への移行時ぐらいだろ。
 かく乱役さえ敵中に放り込めれば、相手はかく乱役と撃破役、どっちを叩けばいいかを迷って必ず対応が遅れる……そこに一輌目の撃破までつなげられればそのパニックはさらに助長される。そこからはそうとう楽になるだろうな。
 最初が肝心だ。しっかり頼むぜ」
「名づけて“タチキル作戦”――相手の連携を断ち切り、一気に叩きます!」
 みほの、そしてジュンイチの言葉に、一同がうなずき――
「はーい、しつもーん」
 言いながら手を挙げたのは杏だった。
「それって、“相手が機動戦をモノにしてたら”って前提の話だよね?
 まだモノになってないとかで、相手が今まで通りの防御戦術をとってきたらどうするの?」
「その時は、対防御戦術の基本に忠実にいきます」
 指摘する杏だが、みほもそのことは想定していた。動じることなくそう答える。
「陣形を維持するために動きの鈍る相手の側面に回り込んで、エンジンブロックを狙っていきます」
「側面でいいんですか?
 戦車って、後ろが一番装甲薄いんですよね?」
「そりゃ、背面を狙えるなら狙ってもいいけど、そう欲をかくこともねぇよ」
 あゆみの問いにジュンイチが答え、みほもうなずき、続ける。
「相手も、後ろに回られたら弱いってことはわかってますから、それを防ぐように陣地を敷いているはずです。
 増してや今回は相手の演習場での試合ですから、地の利はマジノにあります。回り込みにくい場所なんかもよく知っているはずです」
「それに、回り込もうとするこっちの動きを読んで、その先にワナを張ることだってできる。
 別に地雷だ落とし穴だなんて用意する必要はねぇ。回り込もうとする相手をぬかるみや狙いやすいポイントに誘い込んだりすることが、アイツらには可能だってことだ――ちょうど、前回BチームやCチームが仕掛ける側に回ったみたいにな」
「そんな状況で無理をして背後に回ろうとすれば、スキをさらすことになるのは私達の方です。
 なので、ムリはせず側面攻撃で妥協するんです。
 側面でも、こちらの砲は十分に通りますし、そうして撃破を重ねて数を減らしていけば、布陣にすき間が生まれて、中郷さんの言うように背後をつけるチャンスも出てきます。
 網のように包囲陣で絡めとって、じわじわ締め上げる――“アミアミ作戦”です」
 ジュンイチとみほ、二人の説明に全員がうなずく――そして最後の締めはジュンイチだ。
「どっちの作戦でも、大事なのはとにかく動き回ることと連絡を小まめに取り合うことだ。
 そしてそれは、アンツィオから教わったことの基本中の基本――アイツらのことだから観戦に来てるだろうし、教わった成果、きっちり見せるぞ!」
『はいっ!』



    ◇



「大洗の火力がマジノより上なのは間違いありませんわ。特にV突には注意してください」
 みほとジュンイチが作戦を説明している一方で、マジノ側でもエクレールによる作戦の説明が行われていた。
「まずは七輌で地形を利用しつつ陣地を組みます――配置はポイントW・3」
「結局は防御陣形?
 それで大丈夫なんですか?」
 さっそく口をはさんでくるのはガレットだ――が、エクレールはそんな彼女の挑発じみた物言いにも動じず続ける。
「わたくしは『七輌で』と申しましたのよ」
「え……?」
 意外な返しに虚を突かれたガレットにかまわず、エクレールは笑みを浮かべて告げた。
「相手もこちらを分析している――わたくし達が機動戦への移行を試みていることもすでにつかんでいるはず。
 でも、サンダース戦から後のことまではさすがに把握の外でしょう――そこに、わたくし達の付け入るスキがある。
 もしも大洗が伝統や“あるべき形”に固執するかつてのマジノと同じと考えているのなら……」



「その考え、改めさせてあげなければなりませんわね」



    ◇



 時刻は試合開始五分前――すでに大洗側もマジノ側も、選手は皆戦車に乗り込み、準備は万端である。
 当然、一年生チームも戦車の中で待機中で――
(今度は、逃げない……っ!)
 M3の車長席、砲塔から顔を出している梓が、前回の失態を繰り返してたまるかと気合を入れていると、
「澤ちゃん」
「………………?
 柾木先輩……?」
 かけられた声に振り向けば、ジュンイチがM3の上に跳び乗ってきたところであった。
「どうしたんですか?
 もう始まっちゃいますけど……」
「いや何、ちょっと“保険”をかけておきたくてね」
「保険……?」
 聞き返す梓にうなずき、ジュンイチは彼女へと耳打ちする。
「実は、ちょっと確認してほしいことがあってね……」



    ◇



〈これより、大洗女子学園とマジノ女学院の練習試合を始めます!〉
「お、始まるな」
 一方こちらは観客席――演習場の外れに設置されたオーロラビジョンを中心に観戦スペースや屋台が並び、観客がわいわいと盛り上がっている中、場内放送を聞きつけたアンチョビが顔を上げる。
 その手には屋台で買ってきた焼きそばやお好み焼き――ご当地名物系の屋台でもよかったが、そこは食にもこだわるアンツィオの生徒。どこでも売っているからこそ、その土地の味という違いの現れる定番どころをチョイスしていた。
「ペパロニ、ちゃんと席とってくれてますかね……?」
「そこはアイツの押しの強さに期待しよう」
 合流してきた、飲み物を買いに行っていたカルパッチョにそう答える――積極性を買って場所取りを任せたペパロニの姿を探していると、
「あ! ドゥーチェぇ〜っ!」
「お、ウワサをすれば」
 向こうが先にこちらを見つけたようだ。ペパロニが自分を呼ぶ声がする。その声を頼りに、アンチョビはカルパッチョと共に人ごみの中をかけ分けていき――
「よくやったぞペパロにぃっ!?」
 労いの言葉は途中から悲鳴に変わる――だがそれも無理はない。
「んー? どーしたんスか?」
「ど、どうしたもこうしたもあるかっ!
 お前、“なんつーところ”に場所取った!?」
「え? だってこの辺ちょうどすいてたから」
「そりゃすいてるだろうよっ!」
 ペパロニに言い返し、アンチョビがびしっと指さすのは――



「こんな場所に平然とアフタヌーンティーセット広げて優雅にティータイムと洒落込んでいるような連中のとなりで、お祭り騒ぎに応援なんてできるかっ!」
「あら、ごあいさつね」
「えっと……こんにちは……」
 アンチョビの言葉通り、ティーセット一式を持ち出し、完全にお茶会ムードで試合開始の時を待つダージリンとオレンジペコであった。



「わたくし達のことなら気にしなくてもよろしくてよ。
 どうぞ存分に盛り上がってくださいませ」
「盛り上がれるかぁぁぁぁぁっ!
 何そのテンション両極端! いくら細かいことは気にしない性分の我々でもさすがにコワイぞその構図っ!」
 先に陣取っていたところに後からやって来たと思ったらいきなり『一緒に観戦したくない相手』呼ばわり――しかし、それでもダージリン達が動じることはなかった。自分達のことは気にしなくてもいいと告げるが、アンチョビから思いっきりツッコまれた。
「それにしても、珍しいところで会うものね。
 アンツィオの総隊長ともあろう方が、どうしてこの試合の観戦に?」
「そりゃ、教え子の晴れ舞台なんだ。それこそ気にするなって言う方が無理ってもんだろう」
「……『教え子』?」
 気を取り直し、尋ねるダージリンだったが、返ってきた答えは彼女の予想しえないものだった。
「教え子とは、いったい……?
 そういえば、マジノは機動戦への転換を試みていたそうだけど……ひょっとして?」
「あぁ、違う違う。
 私らが教えたのは大洗だ。お・お・あ・ら・い」
「…………っ」
 アンチョビの言葉に、ダージリンの眉がピクリと震えた。
「みほさん達を……?」
「あぁ。
 お前さんがつかんだみたいに、あっちもマジノの機動戦転換の情報をつかんだそうでな。機動戦の専門家として頼ってきたんだよ、柾木のヤツがさ」
「そう……彼が……」
 もう一度、ダージリンの眉が震える――予想外にも程があると思ったらなるほど、ジュンイチの仕業か。
「それにしても、よく引き受けましたね。
 自分達の練習だってしなくてはならないし、手の内を知られてしまうことに……」
「練習なら残ったヤツらに任せておいて大丈夫だし、こっちだって大洗の手の内を知れるんだからそこはおあいこだろ。
 そして、マジノの手の内もこうして大会前に見ることができる……断る理由はなかったさ」
 口を挟んでくるオレンジペコにも気兼ねすることなくそう答えると、アンチョビは息をつき、
「それで? お前達はなんでまた……って、普通にマジノの偵察か」
「えぇ、そうですn
「正確には少し違うわね」
 尋ねるアンチョビに答えようとしたオレンジペコだったが、そこに言葉をかぶせてきたのはダージリンだ。
「いえ、『足りない』と言うべきかしら。
 偵察したいのはマジノだけじゃない、大洗もよ――実際に戦ってみて、彼女達の力は注目に値すると感じたので」
「あぁ、そうだな。
 そこは教えていて私も思った。いいチームになるぞ、あそこは」
「えぇ、そうね。
 そして、個人的に興味も持った――だから偵察であると同時に、大洗の応援でもあるわ」
「あー。そーいや西住に紅茶贈ったんだってな」
「――――っ」
 あっさりと返したアンチョビの言葉に、またしてもダージリンが反応した。
「……なんで、あなたが知っているのかしら?」
「向こうでごちそうになったからな」
「あなたに贈ったつもりはないのだけど」
「西住が受け取った時点でアイツのものなんだから、アイツが自分の茶を自分で飲もうが客に出そうが自由だろ。
 あ、ちなみに美味かったぞ。いい茶葉使ってるな」
「それはどうm
「それに淹れ手もよかったしな。
 西住がうまく淹れられないって言うから柾木が淹れてくれたんだが、これがまた手慣れてるのなんの」
「………………」
 今のダージリンの心情をぶっちゃけるとこうである。

(どうあってもしゃしゃり出てくるのかあの野郎(意訳))

「そう……彼が……っ」
「……なぁ、何かあったのか、ダージリンのヤツ?
 なんか、柾木が話に絡んでくる度にすごい勢いで機嫌を損ねてるんだが」
「あぁ、ダージリン様、練習試合の時に彼に個人撃h

「オレンジペコ」

 答えかけたオレンジペコにダージリンが声をかける――が、穏やかな口調とは裏腹にまとう空気がとてつもなく重苦しい。
「“口は災いの元”……格言ですらない、誰でも知ってることわざよね?」
「は、はい……」
 強烈なプレッシャーと共に笑顔で告げるダージリンに、オレンジペコが震え上がる――そんな二人の様子に、アンチョビは概ね理解した。
 つまり――
「……柾木に個人撃破くらったのが、無茶苦茶悔しい、と」
「………………っ。
 試合には、勝ちましたけど」
「ガチの泥仕合だったのはいいのか?」
「〜〜〜〜〜〜っ」
 あっさりとアンチョビに返され、さすがのダージリンも頭を抱えた――もちろん「何をペラペラ話してくれてるのあの男は」とジュンイチへの呪詛の念も忘れない。
「まぁ……気にすることもないと思うぞ?
 私の目から見ても、アレは突然変異の規格外って言っていいぐらいブッ飛んでるし」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるわ……」
 アンチョビからのフォローに、ダージリンはため息と共にうなずいて――
「ま、その点ウチは十分に事前情報を仕入れた上で相手ができるからな。
 どーせ泥仕合になったことも悔しく思ってるだろうから、あえて言ってやるよ――『仇は討ってやる』」
「……へぇ」
 アンチョビの言葉に、ダージリンの目が細められる――だがそこに込められた念の向けられた相手は、さっきまで呪詛の念を向けられていたジュンイチではなく――
「なかなか言ってくれるわね。
 大丈夫なのかしら? 組み合わせ抽選、一回戦で当たれなかった時点で大洗との対戦は夢と消えますわよ?」
「ほほぉ?
 それは何か? ウチじゃ全国大会一回戦落ちは確定ってことか?」
「あら? わたくし、そんなこと言ったかしら?」
「しらばっくれるか……
 けど、そーゆーそっちこそ大丈夫か? 大洗のことをたかが新参校って侮った結果敗北一歩手前までボコボコにされたんだろ?
 その甘さを今のうちにどうにかしておかないと、ひょっとしたら聖グロの方が一回戦落ち、なんてこともあるんじゃないか?」
「ご心配なく。わたくし達、同じ轍は踏みませんの。
 戦うかもしれない相手の心配をするヒマがあったら、抽選で少しでも勝ち目のある学校と当たれるよう神に祈りでもお捧げになったら?」
「そっちこそ、そんな余裕ブッこいて、一回戦でいきなり黒森峰と当たって泣いたりするなよ?」
「フフフフフッ」
「ハッハッハッ」

 笑顔で言葉を交わす二人だが、放つ空気は絶対零度。にらみ合う二人の隊長の姿に、オレンジペコとカルパッチョは互いに抱き合い震え上がり――



〈――試合、開始っ!〉

『………………あ』



 その場の全員そろって、開始の瞬間を見そびれた。



    ◇



「……ふぅっ」
 組み上げた隊列はまだちょっと不揃いだが、それでも聖グロ戦の時よりは遥かに整っている――その中央、W号の上で、車外に出たジュンイチは息をついた。
 試合開始時は車中に、というこのルールのせいでまたしても窮屈な思いをさせられた。亜美なりみほの母なりを焚きつけてこのルールだけでも撤回してもらおうか、などと無茶苦茶なことを半ば本気で考えていると、
「西住殿、柾木殿も」
 周辺警戒のために砲塔から身を乗り出していたみほや、そんなジュンイチに優花里が声をかけてきた。
「今日のマジノの戦力なんですが……数だけじゃなくて、火力面でも警戒した方がいいかもしれません」
「どういうこと、優花里さん?」
「実は、試合開始前にマジノの戦車を一目見ておk……いや、偵察してきたんですけど」
「本音ダダモレじゃねぇか」
 すかさずツッコむジュンイチを「まぁまぁ」とみほがなだめるが、
「そうしたら、R35が二輌とも、SA38の長砲身に換装されてました」
『………………っ』
「ねー、それって何かマズいの?」
 優花里の報告に、みほとジュンイチは思わず顔を見合わせる――と、その一方で今の情報の意味がわかっていないのは沙織だ。
「単にお鼻が長くなっただけじゃないの?」
「……そんな武部さんには、ちょっとした体育の問題だ」
 首をかしげる沙織に、ジュンイチはそう前置きした上で彼女に向けて問題を出す。
「走るスピードが同じで体力の消耗もないと仮定して、5メートルの位置から助走するのと10メートルの位置から助走するのと――走り幅跳びでよく跳べるのはどっち?」
「えっと……10メートルの方?
 疲れるのは計算に入れないんでしょ? なら長く走った方がその分勢いがつくワケだし……」
「それがまさに砲身の違いだよ」
 答えた沙織に、ジュンイチはあっさりとそう返した。
「大砲っつってもやってることは鉄砲と同じだ。
 薬室で火薬を炸裂させて、その爆風、圧力で砲身から砲弾を撃ち出す――この砲身が助走路、ガス圧が走るエネルギーにあたる」
「そっか、砲身が長くなるってことは、ガスに砲弾が押される距離が長くなるってことだから、その分勢いが強くなるってことなのか」
「そういうこと。
 で、そーなったらどうなるか……はい西住さん」
「だからいきなり話振ってくるのやめてくれないかなっ!? 毎回本当に驚いてるんだからねっ!」
 ジュンイチに話を振られて抗議の声を上げるが、気を取り直してみほは説明を始めた。
「一言で言うなら、主砲の威力が上がっています。
 短い砲身のR35なら500メートルの距離で12ミリの装甲を貫く程度でしたが、優花里さんが見た通りの仕様なら、同じ距離で43ミリの装甲を貫通できます」
「へぇ、そんなに変わるんだ……ん?」
 納得しかけた沙織だったが、ふと気づいて首をかしげた。
「ちょっと待って、みぽりん、柾木くん。
 このW号の装甲の厚さって……」
「ん。気づいた通り。
 W号戦車の最大装甲厚は30ミリ――ブチ貫かれるね、コイツも」
「え、それってヤバくない?」
「別に気にするほどでもねぇよ」
 思わず声を上げる沙織だが、ジュンイチはあっさりと即答した。
「そりゃ、くらったらヤバいから当たらんように動かなきゃならないけれど、そんなの今に始まった話じゃないだろ。
 聖グロ戦だって一発で装甲貫かれるようなヤツばっかりだったし、全国大会じゃそんなのがほとんどだ。
 だから今までの練習で、装甲で耐えるよりまず回避を頭に入れた練習をやらせてきたんだろうが」
「え、あれってそーゆーコトだったの?」
「……ま、比較対象がなきゃそんなもんか」
「大丈夫! 火力ならこちらだって負けてません!」
 ジュンイチと沙織のやり取りに口をはさんできたのは優花里だ。
「こちらにはV突があります!
 1000メートルの距離で85ミリの装甲が貫けます!」
「あ、V突ってそんなに強かったんだ……」
「倍の間合いで、倍の厚さの装甲が貫ける――その威力は単純計算であちらさんの四倍ときた。
 砲塔の回転機構つぶしてまで強力な主砲を積んでるのは伊達じゃねぇってことだよ」
 ジュンイチがそう付け加えるが、一方でみほは不安げだ。というのも――
「でも、相手もこちらにV突があるのはわかっているはずです。
 機動戦にしても防御戦術にしても、何かしら対策はされていると思った方がいいと思います」
「え、それってヤバくない!?」
「問題ねぇよ」
 先ほどと同じセリフを繰り返す沙織に、ジュンイチはまたしてもあっさりと答えた。
「V突に注意が集まるってことは、その分他の警戒が甘くなるってことだ。V突が注目されるっていうなら、V突がボコられてる間に他でぶん殴るだけだ」
(こういうところが、相手からすると怖いんだよなー)
 沙織に対し、V突のCチームからするとたまったものではないことを平然とのたまうジュンイチの言葉に、みほは内心でため息をついた。
 いかに強力な戦力でも、注目され、警戒されれば使い物にならない。そうなってしまえば、持ち味はないも同じ――理屈ではわかっているが、「それなら」と平然とそれを捨て駒にできるような人間はそうそういるものではない。
 だいたいの人間は「強力な戦力である」という点を無視できない。その力をなんとかして活かそうと、警戒を破ることをまず考える。そして相手もまた、敵がそうくるだろうと考えて警戒を解きはしない――そんな思考の裏を、ジュンイチは平然と突いてくる。
 かと言って、そういった面を考慮して「強力な戦力だからこそ捨て駒にしてくる」と固定観念にとらわれようものなら、その「強力な戦力」でガンガン押し込んでくる――その辺りの見極めが、ジュンイチは恐ろしく的確なのだ。
 理詰めで相手の“策を”読み、奇策をもってその裏をかくのがみほの常とう手段と言えるが、ジュンイチの場合それが通用しない。理屈ではなく、相手の“心理を”読んで対応してくる、みほの戦術眼とは対極のところにいる。
 だが、だからこそ味方としては頼もしい。対極だからこそ、相手の見落としているところをお互いにフォローし合えるから。
 先ほども何かDチームに入れ知恵をしていたようだし。彼のことは信頼しているからあえて問いただすようなことはしていないが――そんなことをみほが考えていると、
〈隊長、こちらDチーム〉
「お、物見が何か見つけたかな?」
 と、そのDチームの梓から通信が入ってきた。確かにもっとも砲塔の高いM3には物見も頼んでいたが――
〈敵戦車が見えました!
 この先の丘に固まって――あれ、映像で見た防御陣形です!〉
「わかりました。
 ならこちらは打ち合わせの通り、アミアミ作戦でいきます!」
<<了解!>>
 梓の報告にみほが指示を出し、各車から元気な返事が返ってくる。
「うまくいくかな……?」
「いかないと思ってんの?」
 無線を切り、ため息まじりにつぶやくみほに尋ねるのはジュンイチだ。
「こればっかり相手もいることだし……なかなか100%っていうワケにはいかないよ。
 柾木くんはうまくいくと?」
「んー……西住さんよりは希望的ってところか」
 聞き返してくるみほに、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「西住さんの言う通り、これがうまくいくかは相手による。
 なら、オレ達はその“相手次第”の部分をできる限り削るのがお仕事ってワケだ」
「うん……」
「とりあえず当面は、イレギュラーに注意しつつ作戦通りに、かな。
 防御陣形にしたってあちらさん、今までそれでさんざん負けてんだ。それを教訓に一工夫二工夫加えてきてる可能性はゼロじゃない」
 そう言うと、ジュンイチは改めて前方に見えてきたマジノの布陣へと視線を向けた。
(さーて、吉と出るか凶と出るか……
 仮に裏があった場合、対応が間に合うかどうか……鍵を握るのはお前さんだ。
 頼むぜ――)



(澤ちゃん)



    ◇



「大洗の五輌、来ましたわね」
 一方、マジノの防御陣形の方でも、接近してくる大洗チームの存在に気づいていた。双眼鏡でその姿を確認し、エクレールがつぶやく。
「クラブ・ブラン、並びに各車に連絡ですわ。
 “アラス作戦”、開始!」
「Compris!」
 エクレールの指示に、彼女が車長を務めるソミュアの通信手が応える――すぐに各車に通達、エクレールへと返事を伝える。
「エクレール様、各車射撃準備完了しています! いつでも!」
「ありがとう。
 まずは探りを入れますわ。スペース・ブル、スペース・ブラン、クラブ・ブル、射撃用意!
 さぁ、ダンスの始まりですわよ!」
 エクレールの指示で、指名を受けた三輌の戦車が大洗側に向けて砲撃を開始する。
〈撃ってきた!〉
〈やり返すんですよねー?〉
「頼みます!」
「まだ距離が距離だから、命中は意識しなくていい。
 ただ一点、なるだけ他の戦車とタイミングがズレるようになー。慌ててると向こうに思わせるための反撃なんだからな」
 八九式の典子やM3の優季にみほが答える一方で、ジュンイチが付け加える――そして、ジュンイチはそのみほに向き直り、
「止めるタイミングは西住さんに任す。こっからはオレも遊撃だ」
「わかりました!」
 みほの返事にうなずき、ジュンイチはW号から飛び降りる――着地と同時に走り出し、想いを馳せるのは今の駆け引きのこと。
(とはいえ、この程度の“演技”はすぐバレちまうんだろーなぁ……
 聖グロ戦の流れを分析してたなら、オレがさんざんダージリンのペースを引っかき回したこともご存じだろうし……)



    ◇



「フフッ、あれくらいの砲撃で慌てて撃ち返してくるなんて、チーム統制がとれていないと言っているようなものね」
「……いえ、違うわね。
 あれはそう見せかけるためのハッタリよ」
「エクレール様……?」
「確かに大洗は聖グロリアーナ戦で簡単な囮作戦すら自滅する形で失敗していますわ。
 けど、彼女達もそれを踏まえて練習を積んできているはず。でなければ、こんな時期に練習試合を申し込んでくる貪欲さの説明がつかない。
 でも、そんなチームにしては、今のお粗末な応射はあまりにも学習がなさすぎる……」
 ジュンイチの懸念は的中していた。あっさりハッタリに引っかかった自車の乗員にエクレールはそう説明する。
「聖グロリアーナ戦でも、大洗はわざと自分達を実力以上に弱く見せて油断を誘い、その油断につけ込んでいる……
 彼女達のレベルは、目に見えているそれよりも一回り、二回り上を見積もって当たってください。各車にもそう伝えて」
 そう指示を出すと、エクレールは双眼鏡をのぞき込む。
 大洗側の“芝居”を仕込んだ張本人は――いた。ジュンイチはW号戦車の後方につき、こちらに向けて駆けてきている。
 視界の中にいる内は、そうそう小細工を打ってはこないだろう――視界の中にいてもタチの悪い相手であることは聖グロ戦の映像で思い知らされているが、それでも「どこで何をしているかわからない」という状況よりははるかにマシだ。主に自分の精神衛生上の理由で。
 ある意味一番警戒を要する相手の様子を確認していると、通信手から報告が入った。
「エクレール様、大洗、こちらの有効射程に入ります!」
「Compris!
 各車、照準合わせ!――Feu!」
 応え、命令を下す――エクレールのフランス語での号令で、マジノ側の戦車が一斉に砲撃を開始する。
「散開!」
 しかし、みほもこのタイミングでの砲撃は予測していた。彼女の号令で大洗の五輌の戦車も一斉に散開。隊列の中央を狙っていた砲撃を回避する。
「各車散開しつつ任意に砲撃してください! 回り込みます!」
「各個に迎撃!」
 みほとエクレール、それぞれの指示が走り、防御陣形を保ったまま砲撃を浴びせるマジノとそれをかいくぐって包囲しようとする大洗との間で激しい砲撃戦が始まる。
(大洗はセオリー通り包囲をしかけてきている……マジノがこれまでさんざんやられた戦法ですわっ!)
「後衛! 背後は絶対にとられないでくださいましっ!」
〈Compris!〉
 内心舌打ちまじりに指示を出すエクレールに答えるのは、副隊長車であるソミュア2号車に乗るフォンデュである。
 だが、エクレールも今はフォンデュにそれ以上かまっている余裕はない。なぜなら――
「――彼は!?」
 一番見失ってはいけない相手が見つからないからだ。砲撃のドサクサで姿を消したジュンイチの姿を探して――直後、彼女のソミュアを衝撃が襲った。
「くっ! 何事!?」
 幸い直撃ではなく至近弾だったが、包囲を仕掛けてきている大洗の戦車隊とは別方向からの砲撃だ。思わずエクレールが声を上げると、
「エクレール様! 前方10時!」
「――――っ!?」
 操縦手からの報告に、示された方を見ると、そこにいたのは――
「V突が、あんな後方に!?」
 ソミュアの有効射程距離の、さらに外側に陣取ったV突であった。
「くっ、いつの間に!?」
 思わずうめくエクレールだったが、それもある意味無理もない。
 射程の長さを活かすべく前衛四輌の後方にV突を配置――それは待ち伏せや防御戦に向いた突撃砲の“オーソドックスな”使い方だ。前回聖グロリアーナを奇策珍策でさんざん振り回した大洗が、こんな基本に忠実な戦い方をするなど、誰が予想しただろうか。
(マズい――この距離ではV突の正面装甲を貫くことは……っ!)



    ◇



「布陣がうまく型にはまりましたね」
「えぇ。マジノの方が包囲を仕掛けたみほさん達に気を取られたスキを上手くついたわね」
 一方こちらは応援席。淹れたての紅茶を差し出しながら告げるオレンジペコに、ダージリンがうなずきながら答える。
「でも、マジノも抜けてるっスねー。
 V突で後方支援なんて、性能特性考えればド定番だろうに、あんなあっさり引っかかって」
「それは違うぞ、ペパロニ」
 そして結局ダージリン達のとなりで観戦することになったアンツィオ組の方でも、ペパロニの言葉にアンチョビが答えていた。
「あれは『定番なのに引っかかった』んじゃない。
 『定番“だからこそ”引っかかった』んだ――そうだろう? ダージリン」
「えぇ、そうね……不本意なことだけれど」
 話を振ってくるアンチョビに、ダージリンはため息まじりにうなずく――ペパロニはともかくオレンジペコやカルパッチョもわかってなさそうなので、説明する。
「大洗の前回の試合――つまり我が聖グロリアーナとの試合では、私達は大洗の奇策にさんざんに振り回されたわ。
 そしてその“奇策”は、薬局のノボリに紛れて待ち伏せしたり、タワーパーキングを囮に立体駐車場に隠れたりと、どれも戦車での戦いという固定観念にとらわれない、セオリーから外れたものばかりだった……」
「そんな奇策だらけの戦いで、勝てなかったとはいえ聖グロ相手に大健闘したんだ。
 当然、味をしめて次も奇策でくるだろう――そうマジノは考えたはずだ」
「なるほど、それで、その読みを外すためにあえての王道、ですか……」
「セオリーを外してくると思って警戒していたからこそ、逆に真っ当な攻めに対する警戒が疎かになった――大洗はそこを突いたんですね?」
 ダージリンとアンチョビの説明にオレンジペコとカルパッチョが納得する――ペパロニがまだ首をかしげているが、かまわずアンチョビは続けた。
「奇策というのは、セオリーから外れているかどうかという話じゃない。相手の意表を突くことにこそ意味がある。
 その“意表を突く”という本質を、大洗は見失わなかった――セオリーから外れた策を警戒されていたからこそあえての王道。
 結果、見事にマジノの裏をかいてみせたワケだ。
 もっとも――それも、前の試合で聖グロがさんざん振り回されたからこそできた芸当なんだけどな。マジノがその試合のことを知らなければ奇策で来るなんて警戒せず、普通にV突の後方配置に気づいていただろうさ」
「あぁ、それでダージリン様、さっき『不本意ながら』って……」
「子供のかくれんぼの延長のような手口で煮え湯を飲まされた上に、次の試合でまでその事実を思い切り蒸し返されたんだ――それも両方のチームから。そりゃ不本意だろうよ」
 オレンジペコやアンチョビが苦笑するが、当のダージリンは素知らぬ顔でティーカップを口元に運び――
「煮え湯?
 ダージリンがジュンイチに飲まされたのって、煮え湯じゃなくて薬膳茶じゃなかったっスか?」
「………………」
 きっとペパロニに悪意はなかっただろう、だが、彼女の一言で思わずティーカップを二度見。中身が紅茶であることを確認した上で、安心して口をつけるのだった。



    ◇



「相手は止まっているんだぞ! しっかり狙え!」
「しっ、承chんぐっ!? 承知っ!」
 答えようとしたところで舌をかんだ――ちょっぴり涙目になった左衛門佐が、カエサルに答えながら砲撃を続行する。
 この距離は左衛門佐が狙って当てられる距離を大きく超えている。そうそう当たってはくれない――とはいえ、何度も外した甲斐はあった。修正を繰り返した結果、V突の砲撃の着弾点は少しずつエクレールのソミュアに近づいてきている。
「キャーッ!」
 そして、ついに至近弾。通信手の女子が思わず悲鳴を上げるが、
「わたくしの戦車で、そんな情けない悲鳴を上げないでくださる?」
 そう告げるエクレールの声は、咎めるような鋭いものではなかった。
 むしろ励ますような明るい、おどけるような軽い口調で――
「いいことっ! ここが正念場ですわっ!
 我々のエスプリっ! 大洗のみなさんに見せつけて差し上げなさいっ!」
<<Compris!>>
 だからこそ、エクレールのこちらを励まそうという想いに各自が応える――が、
(とはいえ、わかっていますの……?)
 そんなエクレールの気遣いには気づいていたが、反エクレールを貫いてきた彼女には効果は薄かった。とりあえずは作戦に従いつつも、厳しい現実を前にガレットは焦りを隠せない。
(今の状況はどう見てもジリ貧……
 “あんな作戦”で、この状況をひっくり返せるというの……?)
 ガレットが内心でうめいた、その時――突然、目の前で爆発が起きた。
 そう、爆発だ。砲撃の着弾ではなく――
「今のは!?」
 あわてて照準スコープをのぞき込んで周囲を探る――すぐにその正体は知れた。
「――柾木ジュンイチ!?」
 そう、エクレールが見失って以来、影も形も見えなくなっていたジュンイチだ。
 しかも、彼が手にしているのは――
「弓ぃっ!?」



    ◇



「悪いな――オレの飛び道具が苦無だけだと思ったら大間違いだぜ」
 ガレットが驚く声が聞こえたワケではない。自分の存在に気づいたか、あわてて砲塔をこちらに向けてくるB1bisの姿に「今頃驚いてんだろうなー」と思っただけ――告げるようにつぶやくと、ジュンイチは手にした弓に矢をつがえた。
 W号に積んで持ち込んでいた、大型の和弓だ。一方矢はかのジョン・ランボーも愛用した爆薬矢。
 先ほどB1bisを襲った爆発の正体がこれだ。もちろん戦車の砲弾に比べて威力はまるで足りていない。無視してもかまわないレベルのものでしかないが――
(それでも、戦車の砲弾飛び交う中じゃ見分けなんてつかないだろう?
 さて、どこまで気ィ散らさずにいられるかね?)
 基本的に、人間というものは楽な方へ楽な方へと流されてしまう生き物だ。己を厳しく律している人もいるが、彼らにしても「誘惑に打ち克てる」というだけで、そうした“甘え”が頭をよぎらないワケではないし、気にしないでいられるワケでもない。
 それをわかっているから、ジュンイチは己の弓での攻撃を隠そうとはしなかった。その気になれば味方の戦車に紛れて射まくって、こちらの砲撃をより激しいものに偽装することもできたが、あえて姿をさらすことで『実際の攻撃は目に見えている光景ほと激しいものではない』という余計な情報を相手の頭の中に刷り込んだ。
 こうなればしめたものだ。目に見える砲撃が“盛っている”ものだとわかれば、どうしても考えてしまうだろう――『なら、それほど直撃を怖がらなくてもいいんじゃないか』と。
 もちろん、そんな簡単な話ではないことはあちらもわかっているだろう。“盛っている”とわかっても、どれがフェイクかわからなければ何の意味もないということも。
 それでも、頭の中にこびりついた“甘え”は簡単に消えるものではない。そして“甘え”が脳裏をよぎる限り、思考の何割かはそんな“甘え”との戦いに持っていかれることになる。
 そんな思考の乱れは、いずれ動きにも表れる。そのスキを逃さなければ、そこから突破口を見出すこともできるだろう。
 問題は――
(やっぱ、あと問題になるのはあちらさんの策、か……
 こんだけあからさまに今までの負けパターンをなぞってきている以上、何かの策を用意していると思うべきなんだろうけど……)
 内心で懸念を抱きつつ、ジュンイチはあらかじめ仕込んでおいた“保険”へと思考を巡らせつつ、新たな矢をつがえ、放つのだった。



    ◇



「アターック!」
 典子の合図と共に、八九式が発砲。放たれた砲弾がフォンデュのソミュアに命中。装甲によって弾かれてしまいダメージにはならなかったが、その衝撃は確実にフォンデュの心に焦りを刻む。
「く……っ!
 後ろはやらせません!」
「――――っ!
 敵、こちらを指向中っ!」
「き、急速前進〜っ!」
 フォンデュの指示で、ソミュアが砲塔を八九式に向ける――狙いをつけていたあけびがそれに気づいて報告。典子の指示で、八九式はあわててその場を離れて反撃の砲弾をかわす。
「“その時”まで、ここは支えますわっ!」
 奮起し、吠えるフォンデュだったが、そんな彼女の奮戦もむなしく、マジノ側は少しずつ押し込まれていっている。
「すごい、全体的にこちらが押し込んでる……」
「こっ、これは今度こそいけるぞっ!」
 その光景に歓喜の声を上げるのは柚子のつぶやきに後押しされた桃だ――が、
「ふーん……」
 一方、杏の表情は冴えない。というのも――
(ジュンイっちゃん、澤ちゃんに何か耳打ちしてたんだよねー……)
 そう、彼女は見ていたのだ。ジュンイチと梓のやり取りを。
(ジュンイっちゃんは何かを警戒している……
 でも、何を……?)
 こちらに何も言ってこない理由には心当たりがある――ジュンイチは憶測の段階ではそれを周りに知らせたがらない。確証のない話で相手を不安がらせたくないのだそうだ。
 つまり、今回も“そういう”話だということか――
(澤ちゃんにだけ話してたのは、たぶん懸念に対応するための万一の備えだろうね。
 自分は西住ちゃんのサポートで動けない。懸念に対処するには誰かを頼るしかない。そして西住ちゃんの作戦は破たんさせられない……ギリギリの妥協案が、対応可能な最低限の人数にだけ対応を依頼すること……その“最低限の誰か”が、今回は澤ちゃんだったワケか)
 そこまで“現在の”状況を推理した上で、考えるのは“これから”の話――
(どうする? 聞き出すか……?
 少なくとも西住ちゃんなら“疑い”の内容くらい心当たりがあるはず。柾木ちゃんは厳しくても、西住ちゃんならちょいとつつけば……)
 ――が、しかし、杏はそこで選ぶのをやめた。
(……いや、やめとこう。
 ジュンイっちゃんも西住ちゃんも、別に意地悪のために私達に隠してるワケじゃないだろうし。
 まだプレイに余裕のない私達にアレやコレや指示を重ねても頭がパンクするだけ……澤ちゃんにだけ対応を依頼したことには、そのリスクを負う人間を最低限に、“ジュンイっちゃんが作戦全体をフォローしながらさらに手を伸ばせる最低限の人数に抑えるため”でもあるんだろう。
 なら、ここで私達まで懸念対応の流れに乗ることは、万一悪い方向に転んだ際にジュンイっちゃんの負担を増大させる結果を招きかねない……)
 となれば、自分のやるべきことは……
(信じることだよね、やっぱ……)
 大丈夫。ジュンイチもみほも、勝つために戦っている。勝つために必要だと判断した行動をとっている。ならば自分達はできる限りの精いっぱいでそれを支えるだけだ――結論に至りスッキリしたところで、杏は同乗の二人に発破をかけた。
「さぁ……もうあと一押し。押し切るよっ!」
『はいっ!』



    ◇



 少しずつ包囲が狭まる中、またも命中弾――跳ね返されてしまったが、W号の砲撃がエクレールのソミュアを捉える。
「直撃なのに……
 敵の装甲もさすがですね」
「でも、こっちもいい感じじゃない?」
 優花里のつぶやきに沙織が答えると、V突のエルヴィンから全体通信が流れる。
〈装填完了! 撃つぞ!
 巻き込まれないよう気をつけろ!〉
「了解!
 みぽりん! V突が撃つって!」
「私達は大丈夫!
 冷泉さん、このまま走ってください!」
「りょーかい」
 沙織の報告にみほが周囲を確認し麻子に指示。他のチームもV突の射線から退避し、
「撃てーっ!」
 エルヴィンの号令で左衛門佐が発砲。至近弾がエクレールのソミュアのすぐそばで炸裂する。
「Bon Sang!
 あのV突、好き放題やってくれますわね!」
 フランス語まじりに毒づくエクレールだったが、防御陣形をとったままではどうすることもできない。何しろ敵は自分達の有効射程距離の外側から撃ってきているのだ。
「とにかく、敵に背後だけはとらせないように!
 撃ち続けてくださいましっ!」
 引き続きの防戦を指示するエクレールだったが――
「もう少しの辛抱ですわっ!」
 その口元には、確かな笑みが浮かんでいた。



    ◇



「な、なんかいけそうな感じ!?」
「うん! いける! いけるよ!」
 それぞれにマジノの布陣の周囲を走り回り、砲撃を繰り返す大洗陣営――そんな中、一年生チームのM3もマジノの陣地に向けて繰り返し砲撃を浴びせていた。
 今のところはこちらが優勢だ。手応えを感じ、あゆみやあやが声を上げるが、
「………………」
 そんな中ひとりだけ、梓は注意深く周辺を見回し、探っていた。
(柾木先輩の読みの通りなら……)
 試合前に言われたことを思い出しながら、桂利奈の操縦で走るM3の上から身を乗り出して――
「――――っ!」
 見つけた。すぐに無線で報告する。
「西住隊長! 柾木先輩!」







「V突の後方にR35!」







 だが、その澤の報告は間に合わなかった。その報告からわずか数秒後――



 陣地から遠く離れた茂みの中に潜んでいたR35の主砲が、V突に向けて火を吹いた。



    ◇



(――かかった!)
 大洗側はまんまとこちらの策にはまった――確信し、エクレールは内心で歓喜の声を上げた。
 この機を逃してはならない――無線に向け、叫ぶ。
「クラブ・ブラン! 今ですわ!」
 そのエクレールの号令によって放たれた砲撃は、自分達の陣地から遠く離れたところから、V突の背後に向けて一直線に襲いかかる!
 これがエクレールの策――その第一段階。七輌の戦車で敷いた防御陣形に敵を誘き寄せ、あらかじめ包囲の外に伏せていたR35によって敵を背後から狙撃する――
 しかも運のいいことに、マジノにとってもっとも厄介な火力を持つV突が引っかかってくれた。これで撃破できれば、大洗の火力は大きく損なわれるはずだ。
(この勝負、もらいm



〈きゃあーっ!?〉



「――――っ!?」
 しかし、無線から聞こえてきたのは撃破の報告ではなく、仲間の悲鳴であった。
 それも、狙撃を担当していたはずのR35から――
「どうしましたの、クラブ・ブラン!?」
〈反撃です! 至近弾!〉
「そんな!?」
 クラブ・ブランからの報告に、エクレールは思わず外に出て大洗の戦車を確認する。
 V突はもちろん、他の四輌もすべてこちらに砲を向けている。少なくとも彼女達にクラブ・ブランを攻撃することは不可能だ。ではいったい何者が攻撃したのか。それに、クラブ・ブランが狙撃したはずのV突は撃破できたのか。
 双眼鏡を取り出し、まずはV突のいたはずの場所を確認して――



「…………チッ、外したか」

 V突の目の前でクラブ・ブランの潜む茂みをにらみつけ、舌打ちするジュンイチの姿がそこにあった。



「な――――っ!?」
(柾木ジュンイチ!?
 なぜ、彼があそこに!?)
 ジュンイチは弓矢を使ってこちらへの攻撃に加わっていたのではなかったのか――思わず目を見開き、エクレールは言葉を失った。
 だが、その一方で気づいたこともあった。
 彼があそこにいるということは、クラブ・ブランを襲った攻撃の正体は、聖グロリアーナ戦でも彼が見せていた――
(まさか……相手の砲弾を投げ返す、あのカウンター技!?)



    ◇



「んなぁっ!?」
 驚いたのはエクレールだけではない。観客席でも同様だ――アンチョビもまた、オーロラビジョン越しに目の当たりにした攻防に思わず声を上げた。
「何じゃ、ありゃあっ!?」
「あら、大洗でみほさん達を指導していた時に見なかったの?」
「いやいや、知らんぞ、あんなのっ!」
 声をかけてくるダージリンにアンチョビが答える――その一方で、オレンジペコが首をかしげ、
「やっぱり、とっておきの大技だからアンツィオのみなさんにも隠していたんでしょうか……?」
「それは違うんじゃないかしら?」
 そんなオレンジペコに答えたのはカルパッチョだった。
「たぶん、単純に練習でもあまり使いたくなかったんじゃ……?」
「え……?」
「だって、ホラ」
 言って、カルパッチョがオーロラビジョンを指さして――
「使ったら使ったで、火傷確定みたいだし」
 ジュンイチが、火傷した右手に必死にフーフーと息をふきかけていた。



    ◇



「ってぇ……っ!
 こちら柾木! V突は無事だけど……すまん! カウンター当たらんかった!」
〈その距離で当てる気マンマンだったって、どれだけ高望みしてたのかな!?〉
 やはりこればっかりは何回やっても慣れるものではない。痛みに顔をしかめながらも報告するが、そんなジュンイチへと返ってきたのは沙織からのツッコミであった。
(つか、やっぱ伏兵忍ばせてたか……
 澤ちゃんにお願いして、探してもらってて正解だったぜ……)
〈それより柾木くん、右手は大丈夫なの!?〉
「問題ねぇよ。
 今回は筋ヤっちまわずに返せたからな――火傷だけなら、右手復活に5分ってところか」
 前回タダですまなかった右手を心配したみほにそう答えると、ジュンイチは息をつき、
「それより、全員腹ァ括れ。
 こっからが本番だ――狙撃作戦が失敗に終わったんだ! 今度は――」



「本陣が動くぞ!」



 そう警告したジュンイチの読みは正しかった。彼の言葉と前後して、陣地を構築していたマジノ本隊の戦車達が次々に陣を離れ、こちらへ向けて陣形を展開し始める。
「柾木、乗れ!
 我々も西住隊長達と合流する!」
「おぅっ!」
 声をかけてくるのは、V突の上から身を乗り出してきたエルヴィンだ。答えて、ジュンイチは近くまで拾いに来てくれたV突に飛び乗り、彼女達と共に本隊との合流を目指す。
「……って、ずいぶんあっさり乗ってきたな。
 声掛けといて何だけど、正直こっちを狙撃してきた単独行動のR35を叩きに行くとか言って断られる流れを考えてたんだが」
「んー、オレもそれは考えたんだけどさ」
 話しかけてくるエルヴィンに、ジュンイチは軽く肩をすくめて答え、続ける
「相手が機動戦に切り替えてきたってことは、こっちも“アミアミ作戦”から“タチキル作戦”に切り替えだ。
 作戦の要項は覚えてるだろう?――“分断して、後各個撃破”だ。八九式や38(t)で撹乱してもらうことは、この状況じゃ難しいけど、その作戦の主軸の部分は変わらない。
 とすると、あっちのR35を相手にする理由はないよ――だって、とっくに自分から分断されてくれてるんだから。
 だから、先に突っつくべきは本隊だ。あっちのR35が戻ってくる前に、本隊の連携をズタズタにしてやる」
「なるほどな……了解だ!」
 ジュンイチの説明に納得するエルヴィンだったが――
(まぁ、それだけじゃないんだけどな)
 ジュンイチの考えには、彼女には伝えなかった続きがあった。内心で付け加えて、ジュンイチは先の回想の先に続く、この行動の意味へと想いを馳せた。

 

「……やっぱり、柾木くんも足りないと思うんだ?」
「あぁ」
 それは昨日、みんなで行った居残り練習のさらに後の話。
 みほはジュンイチに声をかけられて生徒会室に残り、彼からある相談を受けていた。
 そしてそれは、みほはも抱いていた不安であった。すなわち――
「あちらさんが素直に機動戦なら機動戦、陣地戦なら陣地戦ってガチンコで来てくれれば、あの作戦で何とかなるだろう。
 けどそれは、あちらさんが“どっちか一方にしか手が回らない”、そのくらいのレベルに留まっていたら、の話だ。
 けどもし……あいつらが“その先のレベル”に到達していたら……」
 ジュンイチの言う『その先のレベル』とは――みほは、自らもたどり着いていたその仮説を口にした。
 すなわち――
「……陣地戦と、機動戦の、複合戦術……っ!」



    ◇



「防御戦術、プラス機動戦術……
 やっぱり、西住さんもそう読んでたかー……」
「うん……
 防御戦術で戦ってたマジノが機動戦を覚えて、さらにその先に到達しようとしてるとしたら……元々の持ち味も活かそうとして、そういう戦術になると思う」
 今回の試合の、ある意味で最大の懸念である“マジノ側の実力の見積もり”――戦術の転換中ということで未知数にも程があるその要素、みほが予測する限り最悪の想定を聞かされ、ジュンイチは思わず頭を抱えた。
「でも……想定はしてるけど、あるかどうかは、ちょっと……
 FT-17やR35を主力にしてるマジノにとって、機動戦はかなり難しいんだよ。
 なのに、この短期間でその先まで行けるとは……」
「ちょっと大げさになるけどな……西住さん、そいつぁちょっと“人間の可能性”ってヤツ見くびってるぞ」
 しかし、推測したみほ自身、この説には疑問を抱えていた。そんな彼女に、ジュンイチは気を取り直してそう答える。
「西住さんだって覚えがないか?
 それまで何度挑戦してもうまくいかなかったことが、ちょっとコツをつかんだだけで一気にできるようになったこと」
「それは……うん、ある」
「それと同じだ。
 人間、たいていのことは覚えちまえばこっちのもの。そこからの伸びはそれまでとは段違いだ。コツをつかむ前と、コツをつかんでからを、同列で考えるべきじゃない」
 納得したみほにそう補足すると、ジュンイチはため息をひとつ。
「しっかし、まいったな……オレひとりなら考えすぎとも思えたけど、西住さんまで同じ読みだとしたら、いよいよ信憑性高くなってきちまったぞ」
「備えなきゃ、いけないかな……?」
「備えなきゃ、いけないんだけどさ……」
 そう答えるジュンイチの言葉は、彼にしては妙に歯切れが悪い。どうしたのかと首をかしげるみほに、ジュンイチは改めて口を開いた。
「ぶっちゃけ言えば、これ以上はみんなの頭がついてこれないと思う。
 それでなくても対機動戦に対陣地戦、性質がまったくもって正反対の二つの作戦を覚えてもらおうってんだ。その上さらに、その中間とはいえ三つ目の作戦なんて提示してみろ。確実に何人か頭パンクするぞ――少なくとも桃姉とBチームのみんなは絶対する」
「うーん……」
 断言するジュンイチに対し、フォローしたくてもできないみほであった――だって、フォローしようにも心当たりがありすぎたから。
「まったく……面倒なことになっちまったなー……
 今回はなるべく奇をてらったことはせずに、みんなに基本的な戦い方を経験してほしかったのに」
「あぁ、道理で……“アミアミ作戦”も“タチキル作戦”も、柾木くんにしてはおとなしいな、とは思ってたけど……」
「失礼な。オレだって別に基礎を疎かにしてるつもりはねぇぞ」
 苦笑するみほに答えて、ジュンイチは口をとがらせる。
「うん、そうだね。
 いつもはっちゃけてるように見えても、試合での狙いも訓練でみんなに教えようとしてることも、目的だけ見るならそんなに基本から外してないよね、柾木くんって」
「わかればよろしい」
 みほの指摘に、ジュンイチが返す――「いらんところだけ見てやがる」という照れに八割ほど染められたため息と共に、そんな自分の表情を見られないようそっぽを向きながら。
「ともかく、そういうワケだから、マジノの“三つ目”に関しちゃオレ達からはロクな対策を提示できねぇぞ。
 “アミアミ作戦”と“タチキル作戦”の切り替えでなんとか対処していくしかない」
「んー……つまりマジノが防御陣形を敷いてきたら“アミアミ作戦”で、そこから機動戦に切り替えてきたら、こっちも“タチキル作戦”に切り替える……ってこと?
 でもそういうことなら、こんな改めた話しなくても普通に作戦を切り替えて対応すればいいだけなんじゃあだっ!?」
「オレ達は、な」
 首をかしげたみほの額にツッコミチョップをお見舞いし、ジュンイチが告げる。
「オレ達ゃある程度場慣れしてるから大丈夫だけど、ついこの間まで作戦行動なんてものとは無縁だったみんながそんな簡単に切り替えられるワケないだろう。
 そもそも、オレ達の予感が当たってるなら、みんなはマジノにいきなり戦術を切り替えられて驚かされた直後な上に、包囲のために散開していたところに各個に襲いかかられる羽目になる。
 そうなったら、分断されるのはこっちの方だ。そこをうまく立て直すところから始めなきゃならないし、だからと言って安直に『ハイ、相手が動き出したからこっから“タチキル作戦”に切り替えてください』なんて言ったところで、混乱してるだろうみんなの頭じゃ対処しきれるもんじゃない。
 西住さんは、その辺のさじ加減をうまく調整しながら指揮していかなきゃならない。一番の正念場になると思っとけよ――」



(――って、柾木くんも言ってたのにっ!)
「みなさん、落ちついてください!」
 度重なる衝撃に揺れる車内で、みほは内心悔みながらも無線を介して各車に声をかけるが、
〈ひぃぃぃぃぃっ! 怖いーっ!〉
〈にっ、逃げろーっ!〉
〈逃げろって、どこに!?〉
 無線の向こうから聞こえてくるのは、相手の反撃にパニックに陥った仲間達の悲鳴ばかりだ。
 あの時――敵の狙撃作戦をとっさにジュンイチのカバーで防いだのはよかったが、問題はその後だった。
 ジュンイチの警告と同時、防御陣形を崩して動き出すマジノの戦車隊――対し、みほはすぐに次の指示を出そうとするのをグッとこらえてしまった。
 思い出したからだ――ジュンイチに「すぐさま動きを切り替えるのは難しい」と言われたことを。
 だから、皆の動揺が収まるまでワンクッション置かなければ――と考えてのことだったが、その匙加減を誤った。気がついた時には、すでにマジノからの反撃の一射が放たれた後だった。
 その後は無残なものだ。明確な指針もないままに反撃にさらされ、みんな恐怖に駆られててんでバラバラに逃げ出してしまい、今では完全にこちらが押される側だ。
(私のミスだ……っ!
 柾木くんの『慎重に』っていうのは、すぐに指示を出すなって意味じゃない……まず落ち着かせてからにしろって意味だったはずなのに……っ!
 勝手に拡大解釈して、指示にいらないワンクッション入れて……指示の遅れが、却ってパニックを助長した……っ!)
 自身の失態に歯噛みするみほだったが、そうこうしている間にも混乱は広がっている。見れば、一年生チームなどはまったく見当違いの方向に砲撃している。無線越しに梓が懸命に落ちつかせようとしているのが聞こえてくるが、今のところあまり効果はないようだ。
〈合流します!〉
〈助かったーっ!〉
〈っ、こうなったら他のチームと合流しようっ!〉
〈そそそ、そうしよう!〉
〈他のチームと連携プレーで!〉
(――――っ! いけない!)
 その上、各戦車がそれぞれの判断で勝手に合流を試み始めた。だが、今のこの状況で合流なんかしたら――
「待て待て待てぇいっ!」
「鬼兵隊、参上ぜよっ!」
「奇兵隊、な」
 と、そこへ駆けつけてくるのはジュンイチを車上に乗せたV突だ。左衛門佐やおりょうの鬨の声(+カエサルのツッコミ)と共に、仲間達の危機を救うべく戦場に飛び込んできて――
「――げっ!?」
 すぐさま、マジノ側の戦車の砲塔が一斉にこちらへ向いたのを見て、エルヴィンの頬が引きつった。
「ねっ、狙われてるぞっ!?」
「大丈夫だっ!」
 あわてるエルヴィンに答えるのはジュンイチだ。
「さっきからこっちのお仲間に向けてバカスカ撃ちまくってたんだ! 今頃薬室はカラッポさ!
 そうそうすぐに一斉砲撃なんt



 ドドドドドンッ!



「一斉砲撃が何だって!?」
「やかましいっ! オレだって読み違えることぐらいあるわいっ!」
 マジノの砲塔のおよそ半分以上から放たれた砲撃がV突とジュンイチへと一点集中で襲いかかる――たまらず後退で逃げ出すV突の車上で、ジュンイチがエルヴィンへと言い返す。
(たはーっ、しくったぜーっ。
 重戦車勢の砲撃だけならどうとでもなったけど、まさかこっちに居残ってた豆戦車マメタンどもも三輌中二輌が装填済みだったとわ)
 愚痴は心の中でだけ。声にはしない――味方を不安にさせないよう頭の中だけで後悔し、ジュンイチは自らの両の頬を叩いて気合を入れ直し、
「V突! 囮頼む!
 なぁに、このまま逃げ続けるだけの簡単なお仕事さ!」
「了解ぜよっ!」
 おりょうの返事にうなずき、前方へ――後退して逃げるV突とは反対方向へと跳ぶ。
 着地と同時に左方へダッシュ。そんな彼を追ってくるのは――
(FT-17が二輌だけ……元々対歩兵戦車だしな、当然のチョイスか。
 R35は来てねぇか……ま、火力上げてるし対戦車に回すか……)
 ただ――
「なめられたモンだね――オレもっ!」
 声を上げながら急停止。両足でブレーキをかけつつ追ってくる二輌のFT-17へと向き直る。
「聖グロ戦の記録でオレ達の戦力把握したろうに、その割には認識が甘いな!」
 言いながら、懐から取り出したのは特製の煙幕弾だ。対戦車戦を意識してより濃く、散りにくい煙が出るよう調合を調整したそれを地面に叩きつけ、巻き起こった煙幕がジュンイチの姿を覆い隠す。
 そこへFT-17が突入。そのまま煙幕領域を駆け抜けて――
「こちとら、生身でクルセイダー三輌瞬殺してんだよ!」
 その後を追う――すなわち自分を捉えられずに駆け抜けていったFT-17の背後を取る形で、ジュンイチも煙幕の中から飛び出してくる!
「今さらマメタン二輌ごときで――止められると思ったかよ!?」
 狙うはエンジン部の吸気口。投げつけられた苦無手榴弾がFT-17へと飛んでいき――



 かわされた。



 “外した”ではない。“かわされた”――ジュンイチの投てきの瞬間、FT-17が軌道を脇にずらしたのだ。ジュンイチの苦無手榴弾は目標を捉えることなく、その先の地面に突き刺さり、爆発を起こす。
「な――――っ!?」
 もちろん、ジュンイチにとって予想外の動きであることは言うまでもない。驚く彼をよそに、FT-17は二手に別れた。
 旋回して、背後のジュンイチへと改めて襲いかかるためだ――さすがにこれはどちらを狙おうか一瞬迷った。対応がワンテンポ遅れ、ジュンイチはFT-17の旋回を許してしまう。
 そして――FT-17はジュンイチのいる方へと“正確に”向き直り、機銃掃射と共に突っ込んでくる。
(クソッ、どうなってやがる!?)
 これはさすがにかわすしかない。回避し、後退しながら、ジュンイチは内心で毒づいた。
(さっきの回避といい今の旋回といい、こっちの動きを正確につかんでやがる!
 作業量パンク状態のはずの車長にできる仕事じゃねぇぞ!? ムリヤリにでも三人目乗り込ませてんのか、コイツら!?)



    ◇



「フフンッ、まるで小鳥のようにおびえて……」
「マヌケめ……」
 一方、戦車の面々はマジノに翻弄されたまま、一向に立て直せずにいた。どうすることもできないまま逃げ惑うその姿を、フォンデュやガレットがそれぞれの戦車で鼻で笑う。
 だが、大洗がマジノ側の思惑通りに踊らされているのも事実だ。巧みに誘導され、戦場の中央へと追い込まれていっている。
(ダメ……誘導されている……っ!)
「みなさん、落ちついてください!」
 マジノ側の狙いに気づいているみほが皆を落ちつかせようと呼びかけるが、マジノ側も熾烈な砲撃で大洗側の恐怖をあおり、パニックからの立ち直りを許さない。
(このままじゃ……っ!
 でも、どうしたら……っ!)
 懸命に思考を巡らせるが、まずパニックを収めなければ話にならない。どうすることもできず、さすがのみほの顔にも絶望の色が差し――



〈うろたえるな!〉



 鋭い一喝が、全体通信で大洗陣営を駆け抜けた。
 みほでも、ジュンイチでもない、その鶴の一声の主は――
(会長!?)
〈ここはマジノの庭だっ! 固まるな!〉
 驚くみほをよそに、杏がさらに付け加える――気づけば、パニックの喧騒に満ちていた通信の向こうが一様に静まり返っている。さすがと言うべきか、今のたった一喝で皆の動揺を収めてしまったようだ。
(会長――ありがとうございます!)
「会長の言う通りです!
 地の利はマジノ側にあります! 固まれば包囲されるだけです!」
 この沈黙、活かさない手はない――内心で杏に感謝しつつ、みほはすかさず各車に呼びかける。
「今はとにかく動いて! ジグザグに逃げ回ってください!」
<<了解!>>



    ◇



「まったく……杏姉もやる時ゃやるねぇ!」
 無線越しに一部始終を耳にした、自軍の立ち直り劇――苦笑しつつ、ジュンイチは自分を狙う機銃掃射を回避する。
「おかげでますます負けられねぇだろ!」
 サイドステップからの急停止――強烈な横Gに抗い、地面を踏みしめた両足でその勢いを受け止め、
「とっとと沈めよっ! 主にオレの意地のためにっ!」
 言い放ち――ジュンイチは対峙するFT-17に向けて地を蹴った。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第10話「戦車道が楽しくてしょうがありませんの」


 

(初版:2018/04/09)