「まったく……杏姉もやる時ゃやるねぇ!」
無線越しに一部始終を耳にした、自軍の立ち直り劇――苦笑しつつ、ジュンイチは自分を狙う機銃掃射を回避する。
「おかげでますます負けられねぇだろ!
とっとと沈めよっ! 主にオレの意地のためにっ!」
言い放ち、対峙するのはこちらの足止めに徹しているFT-17二輌。突撃と共に、懐から取り出した“それ”を迷うことなくFT-17へと投げつける。
対し、FT-17はどちらもそれを正面から受けた。たとえ苦無手榴弾でも、正面装甲なら大丈夫だろうと踏んだのだろうが――
「残念ながら――“ソイツ”は受け止めた時点でアウトさ!」
ジュンイチの言う通り、投げつけた“それ”は苦無手榴弾ではなく――ただの発煙筒だった。ボンッ!と音を立て、FT-17の装甲に引っかかったそれから吹き出した煙が、FT-17にまとわりついて視界を奪う。
「もらったぁっ!」
そのスキを見逃すジュンイチではない。今度こそ決めると、ククリナイフを抜き放って煙の中のFT-17、その一方へと突撃して――
「――って、何ぃっ!?」
目標のFT-17は突然進路を変えて、ジュンイチの突撃から逃れてしまった。
しかも、そのまま反転、ジュンイチに向けて突っ込んでくる――そう、“発煙筒の煙に包まれたそのままで”。
「マジか、コイツら!?」
さすがにこれにはジュンイチも度肝を抜かれた。機銃掃射と共に突っ込んでくるFT-17を避けるが、やはり視界を奪われたままこちらを追尾してくる。
(どうなってやがる!?
なんで視界がふさがれてこうまで!? オレみたいに気配を捉えてるワケでもあるまいしっ!)
内心で毒づきながら苦無手榴弾を投げつけるが、やはりこの動きも見られていたようで、進路を変えてかわされてしまう。
(やっぱりだ……こっちが投げるモーションに入ってから反応してる……確実にこっちの動きが見えてる!
でもどうやって!? あの二輌の視界は確かに――)
(――“あの二輌の視界は”!?)
その瞬間――ジュンイチの思考を稲妻のごとき閃きが走った。
(そうだ……確かにオレはアイツらの視界を奪ったけど……)
胸中でつぶやきながら、ジュンイチはみほ達の戦っている現場へと視線を向けた。
そして思い返すのは、今までの攻防戦の中での、自分とFT-17二輌、そしてみほ達の位置関係――
(……なるほどね)
「見えたぜ――カラクリがっ!」
声に出すと同時、懐から取り出すのは握れる限り握り込んだ多数の煙幕弾と発煙筒。迷うことなく周囲にばらまき、今までとは比べ物にならない規模の煙幕が、自分とFT-17を飲み込んでいく。
すぐに相手の位置を気配で探る――思った通りだ。これまでさんざん死角を突いたり煙幕に巻き込んでも平然と周囲を捉えていたFT-17が、なぜか今回に限って覚束ないコース取りでフラフラと頼りない走りを見せている。
とりあえず、いつものようにゆったりまったり種明かしして精神的にも叩きつぶしてやりたいところだが――
「悪いな――速攻で決めさせてもらう!」
現状、度肝を抜いてやるべきはFT-17ではなく本隊の方だ、こちらに時間を割くべきではない。
迷わず地を蹴り、捉えた気配を頼りに獲物に向けて走る――すぐに煙幕に巻かれてもたついているFT-17を発見。背後に回り込み、吸気口からエンジン部へとククリナイフを突き立てる!
研ぎ澄まされた刃によってエンジンの一部が斬り壊され、無事な部分の動きに巻き込まれ、弾かれた部品がピンボールのように内部で荒れ狂う。瞬く間に破損は広がり、FT-17は人為的なエンジンブローで停止、白旗が揚がる。
すかさず、返す刀でもう一輌にも襲いかかる――やはり、今までの動きがウソのようにもたついている背後に素早く回り込んでククリナイフを一閃。エンジン部を斬り裂き、破壊する。
二輌目のFT-17の白旗が揚がるのを音だけで察しながら、本隊のいる方向へと走り出す――咽喉マイクに手を当て、呼びかける。
「西住さん!――」
第10話
「戦車道が楽しくてしょうがありませんの」
「――柾木くん!?」
〈すまん! 手間取った! 今そっちに向かってる!
そっちはどうだ!?〉
「会長のおかげで、なんとかパニックからは立ち直ったけど……」
ジュンイチの健在に安堵するが、こちらの状況は悪いまま――みほが答える間にも、至近弾の衝撃がW号戦車を揺らす。
〈……あんま良くない?〉
「反撃したくてもチャンスがなくて……」
〈やっぱりか〉
予想していたのだろう。通信の向こうのジュンイチのリアクションは薄い――ので、何となくみほはピンときた。
「ひょっとして……作戦、あったりする?」
〈お前らに……特に操縦手にちょびっとばかり度胸を要求するのがひとつ〉
ジュンイチの付け加えた微妙な条件に思わず苦笑する――が、ジュンイチに策があるのはありがたい。
やはり先ほどまでのパニックが痛かった。主導権を完全にマジノに持っていかれて、何かしようにも激しい砲撃に行動の出だしをつぶされてしまう。この流れの外にいるジュンイチによる作戦なら、流れを断ち切ることができるかもしれない。
「なら、指揮を任せちゃっていいですか?」
〈いいのか?〉
「機動戦での作戦はタイミングが重要だってアンチョビさんも言ってたでしょ?
なら、作戦立てた人に任せるのが一番かな、って……柾木くんの好きなタイミングで、やっちゃってくださいっ!」
〈りょーかいっ!〉
◇
「……と、ゆーワケだ。
全体通信で話してたから言うまでもないだろうが、今この場はオレが仕切らせてもらうぞ」
みほとのやり取りを済ませると、ジュンイチはそのまま話を聞いていたであろう各車に呼びかけた。
「まずは下準備だ――各車通信手、操縦手に予備のインカム渡せ。一番タイミング意識しなきゃならんのはそいつらだ」
ジュンイチの指示からおよそ10秒、各車、通信手ではなく操縦手から準備完了の報せが入った。
「一から全部説明してらんねぇから、随時必要なことだけ伝えてくぞ。
オレが合図したら、お前ら――」
「集合しろ」
<<………………え?>>
「いや、集まれっつってんの。
ちょうど最初にマジノが布陣してた丘が中央にあるから、そこを目印に――」
〈――じゃなくてっ!〉
改めてジュンイチにツッコんだのはみほだった。
〈今一ヶ所に集まったりしたら、包囲されて全滅しちゃいますよ!?〉
「わかってるよ。ンなのは」
しかし、ジュンイチはみほのツッコミにも平然とそう答え、
「とはいえ、今はさっきも言った通り、詳しい説明は結果を見てのお楽しみってことで。
とにかくオレの合図で集合だ――その間砲手は機銃での牽制に専念。装填手は砲弾込めていつでも主砲撃てるようにしとけー」
◇
「包囲されたらマズイ状況で集まれって……
ホントに大丈夫なのかな……?」
W号戦車の車内、みほと共にジュンイチの指示を聞いていた沙織が不安げにつぶやくが、
「………………」
「……西住殿?」
一方、みほはみほで何やら考え込んでいる。優花里が声をかけても上の空だ。
(……合図で集合……
いつでも撃てるように……
……必要なのは操縦手の度胸……)
「……もしかして……」
と、ここでみほはジュンイチの意図に気づいたようだ。
「……柾木くん、またスパルタで意地の悪い作戦考えつくなぁ……」
「みぽりん、柾木くんが何考えてるかわかったの?」
「うん、たぶん……
この作戦なら、たぶんいけると思う……」
「よしっ!」
答えるみほの言葉に、沙織はうなずくと各車に通信をつなぎ、
「みんな! みぽりんから太鼓判が出たよ!
柾木くんの作戦がどれだけトンデモだろうが、みぽりんが大丈夫って言うなら大丈夫! 安心してついていこう!」
<<了解っ!>>
〈……武部さん、後で覚えてろよ〉
皆の返事の後に続いたジュンイチのツッコミに、沙織は――聞こえていないフリをした。
◇
「…………ふむ」
一方、こちらはマジノ側――照準スコープから大洗の戦車の動きを観察し、エクレールは眉をひそめた。
(こちらの誘いに乗って固まろうとしない……
やはり、パニックからは立ち直っている……? バラバラに動いているのは芝居で、すでに統制を取り戻した……?)
もしそうなら、ここからはそう簡単には行かないかもしれない。だが――
「でも……追っているのはマジノですわ!」
そう。『簡単にいかない』というだけの話だ。流れは自分達が握ったままなのだから、このまま押しつぶせばいい。
「機動戦への転換に向けて技術を磨きに磨いたわたくし達から、逃げられると思わないでくださいまし!」
自信と共に言い放ち、エクレールは指示を飛ばす――
今まさに、この優位をひっくり返されようとしているとも知らないで。
◇
「さーて、そろそろいくぞー。
準備はいいか?」
激しい追跡戦を繰り広げている両陣営をよそに、ジュンイチはといえば――集合場所に指定したマジノの陣地跡にいた。
その足元にすでに設置を済ませてあるのは、集合と、“その後の一手”の合図に使う信号弾――導火線による、時限式の打ち上げ型だ。
そして、集合の合図用のものにはすでに点火済み。すぐにその場を離れ、近くのガレキの陰に身をひそめる。ここなら、“マジノの戦車が”突っ込んできても安全だろう
。
「いくぜ、てめぇら!
“だるまさん作戦”、開始だ!」
ジュンイチの宣言と同時――シュポンッ!と音を立て、信号弾が打ち上げられた。
◇
「――動いた!」
優位に立ち、しかしそれでも決して油断せずに出方を伺っていた。おかげでエクレールはすぐに、大洗の動きに気づくことができた。
突然、先ほどまで自分達が布陣していた丘から信号弾が打ち上がる――それと同時に、それまでバラバラに逃げていた大洗の戦車が一斉に中央へ、打ち上げられた信号弾に向けて転進したのだ。
(固まったらやられるから集まらない――と見せかけておいて、スキをついて合流するつもり!?
でも、わざわざ目印を打ち上げていたら、逃げる先を教えているようなもの!)
「総員、大洗を追います!
集合したところを包囲して、一網打尽にしますわよ!」
<<Compris!>>
◇
「おー、釣れた釣れた♪
敵さん、しっかりみんなのケツにくらいついとるわ♪」
ジュンイチのいるところからは、マジノの戦車隊がみほ達の後を逃がすものかと追いかけているのがよく見えた。
「さすが、付け焼刃で機動戦教えてもらっただけの大洗とは違うねー。技術の差がモロに出とるわ」
そうつぶやくジュンイチの背後では、すでに二発目の信号弾の導火線に点火済み。パチパチと火花を散らしながら、火種は信号弾本体へと向かっていく。
「悪いな――マジノのみなさん。
その技術……利用させてもらうぜ」
言いながら、ジュンイチはのど元へと手を伸ばす――咽喉マイクのスイッチを入れ、告げる。
「そんじゃ、お前ら、さっき指示した通り、オレの合図がトリガーだ――信号弾に反応するなよ」
そう前置きし、一秒、二秒――間をおいた上で、合図を発する。
「だーるまさんが」
「全車、撃ち方よーいっ!」
一方で、大洗側の集結はもうすぐだと判断したエクレールが指示を出し、
「こー」
マジノの各戦車が、前方を走る大洗の面々へと主砲の狙いを定めて――
「ろんっ」
その時、シュポンッ!と二発目の信号弾が打ち上げられ、
「だっ!」
一拍、明らかに信号弾の打ち上げからタイミングをずらしたジュンイチの合図で、大洗側の五輌の戦車が――
急ブレーキをかけた。
◇
「――また!?」
突如上がった二発目の信号弾は、当然エクレールからも見えていた。
大洗側の合図なのは間違いない。だとするとここで次の動きが――
「エクレール様!」
「――――っ!?」
だが、確かめるよりも早く操縦手の悲鳴――大洗側の戦車が一斉に急ブレーキをかけたのだ。
(ぶつかる――っ!?)
「かわして!」
とっさの指示はまさにギリギリのタイミングであった。エクレールのソミュアは操縦手の懸命の操縦でなんとか衝突を回避。急停止した大洗のM3を追い抜くようにかわす。
そう――
“追い抜く形で、かわした”。
「な、なんとか……」
無事追突せずにかわせた。エクレールが安堵の息をつき――
「ハイ、マジノの戦車六輌、アウトー♪」
「――――!?」
そんな、ノリの軽い声が車外から聞こえた――見れば、ガレキの陰に隠れていたジュンイチがエクレールのソミュアの前に姿を現しているではないか。
「彼は!?」
瞬間、エクレールの中で警戒レベルが一気に跳ね上がる――当然だ。相手は生身で聖グロリアーナを相手に四撃破一アシストという驚異的スコアを叩き出した化け物なのだから。
だから当然、何らかの小細工を疑った。ジュンイチの一挙手一投足に細心の注意を払い、警戒する――
そして、それこそがジュンイチの狙いであった。
(――――っ、違う!
彼は囮! 本命じゃない!)
そのことに、一瞬遅れて気がつくエクレールだったが、ジュンイチに、大洗にとってはその一瞬の遅れで十分だった。
「ヤッチマイナー」
ジュンイチが淡々とそう告げて――
「撃て!」
みほの号令のもと、“マジノを包囲した大洗側の”主砲が一斉に火を吹いた。
◇
「え? あれ?
大洗って包囲されないように逃げ回ってたんスよね?
なのにいつの間に包囲……アレ?」
「おいおい」
モニターで観戦していた自分達には一部始終が見えていた――が、今目の前で何が起きたかわかっていない様子のペパロニに、アンチョビは頭を抱えた。
「あのな、ペパロニ。
さっきまで、大洗は自分達を包囲しようとするマジノから逃げ回っていたよな?」
「はい」
「追ってきてるってことは、当然後ろにいるよな?」
「そうっスね?」
「で、そんな状態で前にいる大洗がブレーキをかければ、当然後ろから追いかけてきてるマジノにすれば追突の危機だ。
それを避けるために、マジノ側は大洗の戦車をかわして、アイツらを追い抜いた」
「ふむふむ」
「それを、一ヶ所に集合しようと、ポイント目がけてまっしぐらの状態で、大洗の戦車すべてが同時にやったんだ。
さて……そうなると、どうなる?」
「どうなるんスか?」
「だから! 円状に、内側向いてた大洗を後ろから追い越せば! アイツらの輪のさらに内側に入っちゃうだろ!」
「あぁ! なるほどっ!」
ようやく理解したペパロニに、アンチョビが疲れ切った様子でため息。そんな彼女の姿に、ダージリンは「ご愁傷様」と内心で十字を切った。
「それにしても、この策……」
だが、それも一瞬のこと。すぐに目の前の試合へと意識を切り替える――そして考えるのは当然、大洗の今の作戦だ。
「みほさんの策ではないわね……」
「だろうな。
あのスパルタな作戦は、十中八九柾木のセンスだろ」
ダージリンの意見にはアンチョビも賛同した。「教官なせいか、平気で仲間に限界要求するんだよなー」とアンチョビが呆れているのを聞いて、首をかしげるのはオレンジペコだ。
「どうしたの、オレンジペコ?」
「いえ、あの……
確かに、追突のリスクのある危険な作戦でしたけど、『スパルタ』とか『限界』とか、そんなすごい作戦だったとは……」
「それは傍から見ている私達だからこそ言えるセリフだな」
そう答えたのはアンチョビだった。
「わかりやすく言うと、だ……お前、後ろから自分にかみつく気マンマンの猛犬が追いかけてきている状況で、作戦とはいえ簡単に立ち止まれるか?」
「あ…………」
「そういうことよ、オレンジペコ」
思い至ったらしいオレンジペコにはダージリンが応えた。
「あの急ブレーキ、リスクは追突だけではないわ。
マジノがこれ幸いと、激突覚悟でそのまま襲いかかってくる可能性だって十分にあったわ」
「そんな中でも、アイツらはプレッシャーに打ち克ってブレーキをかけた。それも、おそらく信号弾とは別にかかっていただろう合図に合わせて、タイミングをそろえて、だ。
それがどれだけトンデモナイことかは……もう言うまでもないな?」
ダージリンの話に付け加えて、アンチョビはモニターへと視線を戻した。
「アイツらは信じたんだ。
指揮を執った柾木を……アイツの立てた作戦を」
「えぇ、そうね。
そこについては、私も疑う余地はないわ……」
自身の言葉にダージリンが賛同するが、その言葉にアンチョビは眉をひそめた。
「『そこについては』?
何か引っかかる言い方だな」
「みほさん達が彼のことを信じた――あれだけ大胆なことをやってのけたんだもの。そこに疑いの余地はないわ。
でも……彼の方はどうかしらね?」
「ジュンイチがみんなを信じてないって言うんスか?
いやぁ、それこそないでしょ。あのスパルタと過保護が同居してるようなジュンイチがそんな」
「えぇ、そうね。
彼もみほさん達のことを信じてる。そのことにも異論はないわ」
ペパロニに答え、ダージリンは息をつき、
「でも、ね……」
「果たして、彼が信じたのはみほさん達“だけ”だったのかしらね……?」
◇
(ぬかりましたわっ!
まさか、包囲しようとしていたこちらが逆に包囲されるなんて……っ!)
周囲に次々と砲弾が降り注ぎ、衝撃で車体が揺さぶられる――ソミュアの車内で懸命に身体を支え、エクレールは内心でうめいた。
「各車の様子は!?」
「クラブ・ブル、行動不能! 乗員の無事を確認しました!」
通信手からの報告に思わず歯噛みする――胃に痛みが走り始めるが、今はそれどころではない。
ジュンイチによってFT-17は二輌とも撃破され、さらに今R35が――これで残り五輌。これ以上撃破されれば数の上でも不利になってしまう。
いや、それ以前にこの包囲を何とかしなければこのまま――
「みなさん、離脱しますわ!
十時方向が手薄です! そちらへ!」
エクレールの指示で生き残ったマジノの戦車五輌が動く。自身から見て左前方へと走り出した隊長車のソミュアを先頭に、八九式とM3の間を突破する。
(よし、抜けた!
このまま立て直して反撃ですわ!)
これでひとまず危機は脱したと、エクレールが安堵の息を付き――そんな彼女を、マジノの戦車隊を見送る者がいた。
マジノの面々と共に砲撃に巻き込まれたはずが、その流れ弾をことごとくかわしきり、“次の行動”のためにすでに丘から離れていたジュンイチである。
「まー、当然そうくる、っつーか、そうするしかないわな」
「あのままここにいたら全滅してたし」と付け加え、ジュンイチは頬をかき、
「とはいえ、だ……」
「それを読まれてる可能性を想定しないでがむしゃらに逃げ出すのは、おにーさんダメだと思うんだ」
その言葉と同時だった――大洗の包囲を突破したはずのマジノの戦車隊を狙い、さらなる砲撃が襲いかかったのは。
「くぅっ!?
なっ、何事ですの!?」
直撃こそしなかったが、至近に着弾したその一発はマジノ側の混乱を再発させるには十分すぎた。うめき、エクレールが外を見ると、
「お前達の相手は我々だぁーっ!」
桃の咆哮と共に、38(t)が離脱しようとするマジノの一団に側面から襲いかかる!
もちろんジュンイチの差し金だ――マジノの脱出とその際に選ぶであろう進路を予想したジュンイチの指示で、早々に包囲網から抜けて回り込んでいたのだ。
「げ、迎撃!」
あわてて指示を出すエクレールだったが、包囲を突破するため、火力を集中するために前方に砲を向けたままであったために成す術がない。そのまま、38(t)はエクレールの乗る隊長車の側面に突っ込み、
「発射ァッ!」
――スカッ。(←比喩的表現)
外した。
衝突寸前というところまで距離を詰めての砲撃を、外した。
それはまるで、先の聖グロリアーナ戦の再現のようで――
「だぁかぁらぁ」
――否。ここからが違った。
「頼むから――当てろよなっ!」
ジュンイチの目指していた“次の行動”とはまさにコレ――桃が必殺を期した砲撃を外すことまで見越して、外れた砲弾の着弾点に回り込んでいたジュンイチが、本日二度目の“砲弾返し”で、38(t)の砲弾を二輌いるB1bisの一方へと叩き込む!
「おかげで、せっかくカサブタ張った右手がまたオシャカじゃないか」
砲弾はB1bisの側面ダクトに正確に投げ込まれた。B1bisから白旗が揚がる中、ジュンイチが再び焼けただれた右手を振りながらため息をひとつ。
「くっ、また彼が……っ!」
先ほどの急ブレーキ作戦といい、またしてもジュンイチにしてやられた。歯噛みするエクレールだったが、ジュンイチはそんなエクレールに向けて、
「言ってるそばから、またオレに気を取られてる。
警戒しすぎだ、バーカ」
ジュンイチがそう告げて――衝撃と共に、側面に一撃をもらったR35が地面を転がった。
「今度こそ、騎兵隊参上ぜよっ!」
「奇兵隊、な」
おりょうとカエサルがボケツッコミを繰り広げるV突による砲撃だ。
見れば、38(t)に続いて大洗の残りの戦車もこちらに向けて追撃に入っている――V突の砲撃も、そうした動きの中で放たれたものだ。
(38(t)を先回りさせていたのはこのための足止め!?)
ジュンイチの狙いに気づき、エクレールが歯噛みする――急ブレーキ作戦による包囲だけではない。その先にまで手を撃たれていたことが実力差を見せつけられたように感じられ、
(………………っ)
エクレールの腹で、胃痛がぶり返し始めていた。
◇
「よっしゃ! 完全に大洗のペースだ!」
「たかちゃん、やったぁっ!」
観客席では、盟友達の優勢にペパロニが大興奮。カルパッチョもカルパッチョで幼なじみの乗る戦車がR35を討ち取るその様に歓声を上げる。
「……マジノは、ここからが正念場だな」
「えぇ」
一方、隊長二人は冷静だ。つぶやくアンチョビに、ダージリンも同意する。
「マジノの戦力が機動戦において抱える限界……相手の戦力分析をおろそかにしないチームであればどこのチームでも想定していることだわ」
「マジノの新隊長は、それを何とかしたくて変革に取りかかった――そのはずなんだがな。
この結果は、力及ばず変革が間に合わなかった結果なのか……」
「それとも、新たなマジノへと生まれ変わる、サナギが蝶に生まれ変わる変態の前兆か……」
おそらく、この先どうなるかは、マジノの隊長がどう出るかで変わる――確信するアンチョビとダージリンの見守る映像の中で、マジノの戦車隊は着実に追い詰められていた。
◇
(奇襲も失敗。
さらに機動戦でも競り負けるなんて……!)
形成は完全に大洗の側へと傾いた――至近弾で揺れるソミュアの車内で、エクレールは胃の痛みに耐えながら懸命に思考を巡らせるが、
「マジノの戦車はあと三輌です!
数の上ではこちらが有利です! 一輌ずつ確実に撃破していきましょう!」
〈なら一足先に撹乱してくらぁっ!
足並み乱してやるから、隊列から離れたヤツをフクロにしてやんな!〉
「お願いします!」
現実は非情だ。みほもジュンイチも油断を戒め、マジノ側を着実にすりつぶしていくつもりでいる。
〈エクレール様! このままでは!〉
「――――っ!」
フォンデュですら焦りの声を上げるこの窮地に、胃の痛みがまた一段とぶり返す――それでも、エクレールは懸命に踏みとどまる。
「ま、マジノ全車、煙幕展開!」
気丈に指揮を執るエクレールの指示で、マジノ側の各車がチャフスモークを展開。みほ達やジュンイチの視界を奪いにかかる。
「へっ、そんなもんで見失うかよ!」
しかし、ジュンイチには通じない。気配を正確に捉え、突撃――が、読まれていた。砲塔をこちらに向けていたフォンデュのソミュアが機銃を乱射、弾幕を張ってジュンイチの足を止める。
「おのれっ! 柾木がダメでも!」
それならばとエルヴィンが叫び、V突が突っ込もうとするが、
「みなさん、深追いはしないでください!」
そんな歴女チームを止めたのはみほからの全体通信だった。
「敵はおそらく一時撤退を図ろうとしていると思われます!
今はやり過ごしましょう!」
「バカな! それでは体勢を立て直されてしまうぞ!
ここまで追い込んでおきながら――」
「追い込んだからだよ」
反論する桃に答えたのはジュンイチだ。ちょうど近くに来たのか、38(t)の上に飛び乗ってくる。
「柾木! 貴様だって追おうとしていただろうが!」
「逃げる出だしをつぶそうと思ってたから、ね。
けど、それが成らなかった以上話は別だ。オレもやり過ごす方にさんせ〜い」
桃に文句を言われるが、ジュンイチは一休みとばかりに38(t)の上に腰を下ろしてそう答える。
「窮鼠猫をかむ――ってことわざ、桃姉だって聞いたことあるでしょ?
精神的に余裕のなくなった相手を、そう不用意につつくもんじゃないよ。
下手につつけば爆発する――そうなれば、向こうも痛いがこっちはもっと痛い、なんてことにもなりかねないよ」
「むぅ……」
説き伏せられ、さすがの桃も黙り込む――わかってくれたかと息をつき、ジュンイチはマジノのまいた煙幕へと視線を向けた。
(それに……)
(みんなの経験値稼ぎを考えると、エクレールさんには“万全の体調に戻ってもらわなくちゃね”)
◇
(R35による奇襲作戦も失敗。
機動戦も失敗……)
なんとか逃げおおせたマジノ側――B1bisの車内で、ガレットは独り現状を振り返っていた。
(結果こちらの軽車両、FT-17二輌、R35二輌をすべて失い、さらにB1bisも一輌……
現状、大洗との戦力差は五対三。しかも向こうは被弾こそあっても脱落ゼロとあって士気も高まっているはず。
挙句の果てに、こちらが必勝を期した作戦を完全にひっくり返されたこの試合内容……おかげでこっちの士気はガタ落ちだわ)
考えれば考えるほど気が滅入ってきて、ガレットはため息をついた。
(エクレールはどうするつもりかしらね……)
つぶやいて、先頭を走るエクレールの隊長車へと視線を向けて――
「……あら?」
気づいた。
「エクレール様……?」
気づいたのはガレットだけではない。フォンデュもだ。車外に顔を出して確認する彼女やガレットの目の前で、突然減速した隊長車のソミュアが自分達の車輛のとなりまで下がってくる。
「エクレール様、どうしました!?」
〈………………〉
まさかマシントラブルかと声をかけるが、返ってくるのはエクレールの吐息のみ。フォンデュの脳裏をイヤな予感がよぎって――
〈副隊長!〉
今にも泣き出しそうな、隊長車の通信手からの通信で、予感は確信へと変わった。
〈あっ、あのっ、隊長がっ!
顔色が真っ青になられてっ!〉
やはりそうか――今のエクレールの状態を察し、フォンデュは周囲を見回し、
「前方11時方向のあの森にっ!
何とか逃げ込んでください!」
エクレールに代わって指示を下したフォンデュに従い、マジノの戦車三輌は指示された左前方の森に駆け込み、身を隠す。
すぐに降車して隊長車の周りに集まるフォンデュ達の前に、操縦手に支えられたエクレールが姿を現して――
「し、心配をかけてしまいましたわね……」
げっそりとやつれた顔、わずかに漂う酸の刺激臭、そしてパンツァージャケットのあちこちに飛び散った“残りカス”が、彼女の身に起きたことを雄弁に物語っていた。
「き、今日は……いつもの胃薬を、忘れて……しまいましたわ……」
それでも懸命に笑顔を作ってみせるエクレールだったが、それがただの強がり、虚勢であることをフォンデュは見抜いていた。
なぜなら――今朝、エクレールの乗るソミュアに胃薬を積み込んだのは他ならぬ自分なのだから。
すなわち、エクレールは胃薬を忘れて飲めなかったのではなく――
(胃薬を飲む余裕もないほどに、追い詰められてしまったということ――)
いや――違う。
(追い詰めたのは、私達だ……
エクレール様の期待に答えられなかった、私達の不甲斐なさが……)
「エクレール様……」
「大丈夫ですわ」
思わず声をかけるフォンデュだったが、そんな彼女にもエクレールは力なく、しかし笑顔は決して崩すことなくそう答えた。
「胃の中がすっきりしたので……少し、楽になりましたから……」
言って、エクレールは戦車に戻ろうときびすを返す――が、やはり力が入らない。ヒザから崩れ、倒れそうになったところをフォンデュがとっさに支える。
「エクレール様、やっぱり無茶です……」
「あなたにそんなに心配されるなんてね……」
いさめるフォンデュに対してエクレールはまだまだやる気だが、それがやせがまんであることは誰の目にも明らかだ。
だから、フォンデュは意を決し、口を開いた。
「エクレール様……
今回は、もう……」
「それはダメっ!」
止められた。
エクレールがこんな状態では試合続行なんてとんでもない。棄権するしかない――そう告げようとしたフォンデュの言葉が、他ならぬエクレール自身の一喝によって。
「ですが、エクレール様……」
「どうしてそこまでやるのですか?」
なんとかエクレールを説得しようとするフォンデュだったが、そんな彼女に言葉を被せてきたのは――
「そんなに勝ちたいんですか?」
「ガレット! あなた、こんな時まd
「今彼女を乗せるべきなのはっ! 戦車じゃなくて救護所行きのトラックでしょうがっ!」
また突っかかってきたのかと敬語も忘れて声を荒らげるフォンデュに対し、ガレットもそれ以上の大声で反論する。
「必勝を期した作戦を失敗して! 無様に逃げ回って!
その上胃の中のものを戻してまで、そこまでして勝利にこだわるのはなぜなんですか!?
何がそこまで駆り立てるの!? 答えなさい!」
「そ、それは……」
いつものイヤミで済む話ではなかった。今まで相当ため込んでいたのだろう、感情を爆発させるガレットに、フォンデュは完全に呑まれてしまって――
「それは……わたくしが、答えるべきではなくて……?」
口を開いたのはエクレールだ。興奮し、肩で大きく息をしているガレットへと微笑みかけ、
「ガレットは……戦車道、楽しいですか……?」
「え……?」
「楽しんで、戦車道をできてますか……?」
予想だにしなかった問いに戸惑うガレットに、エクレールはさらに問いを重ねる。
「べ、別に、楽しくは……」
結果答えも弱々しく、気まずくて視線をそらすガレットだったが、エクレールは笑いながら続ける。
「わたくしも……最初はとにかく『勝ちたい!』と、そう思ってましたわ。
『マジノの伝統なんて!』――そう言い出して、マドレーヌ様と対立して……その果てにわたくしがそのマジノ女学院の隊長になった……
けどそれは、マドレーヌ様を始め歴代の先輩方の築き上げた、伝統のチームを引き継ぐということで……」
「そっ、それがどうしたというの?
チームを継ぐのがイヤなら、辞退すればよかったんじゃ……」
戸惑いも止まぬまま返すガレットに対し、エクレールは首を左右に振り、
「わたくしも……最初はそう思って、辞退しようとしましたわ……
でも、それは違うということに気づきましたの」
「違う……?」
「えぇ。
伝統とは、先輩方が積み重ね、わたくし達が受け継いで、積み重ねた上で“次”へと伝えるもの……歴史と言ってもいい。
そう、伝統とはすなわち歴史――なら、わたくしが今までのマジノを否定したことも、そのためにマドレーヌ様と対立したことも、わたくしが隊長を引き継いだことも、新たなマジノの在り方を探し求めている今のこの瞬間も、皆等しく、マジノの伝統の一部だということになる……」
少ししゃべりすぎたか、軽くせき込む――しかしエクレールは語り続ける。
否、語らずにはいられなかった。
「わたくしが隊長になって、チームの変革に着手したことでマジノの伝統が失われてしまう――そう嘆く声が多いのは知ってますわ。
けど、それは違う――伝統は失われたりしない。
だって、わたくしが変えようとしているマジノの姿もまた、今までの先輩方が積み重ねた“伝統”あってのものだから……ただその上に、今までとは違った形で積み重なるにすぎないのだから……」
そして、エクレールはガレットに向けて微笑んでみせる――ほんの一点の曇りもない、心からの笑顔で。
「そう気づいたら、いてもたってもいられなくなってしまいましたわ……
これからマジノはもっと強くなれる……強くなっていけるはず。
どう強くなっていくのか……わたくし達で変えていけるのか……そう考えるとワクワクしてしょうがない。胸の高鳴りが止められない……
だから、降参なんてしたくない。わたくしだけ救護所送りなんてまっぴらですわ。
もっともっと戦車道がしたい。もっとこの試合を戦いたい。
だって……」
「わたくし、戦車道が楽しくてしょうがありませんの」
グッ、とかわいらしくガッツポーズまで決めてそんなことを言ってのける――が、まだまだ回復しきっていない身体でいささか興が乗りすぎたようだ。目まいを起こしてしまったエクレールを、いち早く気づいたフォンデュがあわてて支える。
「が……ガレット……」
それでも、エクレールの顔から笑顔が失われることはなかった。フォンデュに支えられたままガレットに声をかける。
「あなたも、わたくし達と一緒に楽しみませんか?
これからの戦車道、マジノ女学院の伝統をっ」
「……その質問は、少しおかしいですわ」
そのエクレールの言葉に、ガレットはため息まじりにそう答え、
「わ、わたしも……すでにこれからのマジノの伝統の一部なのでしょう?」
今さら歩み寄るのが照れ臭いのか、顔を赤くして告げるガレットの言葉に、エクレールは微笑みを返して――
「だからと言って、ドクターストップものの状態で試合続行というのは感心しないわ。
熱意に免じてこの場は大目に見ますけど、次吐いたら問答無用で救護所送りにしますから」
「あぅ」
それでも、しっかり反撃はしておくガレットであった。
「あと、その服も着替えておいてください」
「え? 別にこのくらい……」
「いいワケないでしょう!
勝っても負けても試合後のあいさつがあるんですのよ! 油のにおいならともかく、胃酸臭い服で大洗の皆さんの前に立つ気ですか!?」
「フォンデュがもうひとり増えた気分ですわ……」
「エクレール様……それはどういう意味ですか?」
「ふ、フォンデュ!?
今のは、その、えっと……」
ガレットに圧倒され、さらにフォンデュまで敵に回すエクレールだったが、そこにはもはや以前のような剣呑な空気はなかった。二人に責められてシュンと肩を落とす隊長の姿に、一同の間から自然と笑い声があふれていた。
◇
「……雨降って、ならぬ砲弾降って地固まる、か……いや、むしろ『ゲロ降って』か?」
確執を乗り越え、ついに団結したマジノ女学院チームが、大洗への反撃に出るべく走り去っていく――三輌の戦車の後ろ姿を見送り、ジュンイチは木の枝の上に腰かけたままそうつぶやいた。
「ここで折れるようなら、容赦なく終わらせるつもりでいたけど……いやはや、そうならなくて済んだみたいで何よりだ」
つぶやき、その手で弄ぶのはペイント手榴弾――どうやら、本気で「これ以上はみほ達の成長の糧にならない」と判断したら一気につぶしに行くつもりだったようだ。
「とはいえ、ふーむ……」
だが、思いとどまったはいいがそれでも懸念はあるようだ。腕組みしてため息をつき、
「ちと、団結“されすぎた”かもな……
西住さん達、糧にするどころか逆に喰われなきゃいいけど……」
◇
〈こちら柾木。
“今のところ敵影は確認できないな”〉
結局、ジュンイチはマジノの戦車隊と(一方的に)エンカウントしたことは黙っておくことにした。自分達と同じように森に入り、捜索しているみほにそう報告する。
〈ただ、真新しいキャタピラ痕を見つけた。
きっちり等間隔。きれいな隊列組んでらっしゃったと見える――もう態勢は立て直されたと見ていいだろうな〉
「わかりました。
そちらも気をつけて捜索を続けてください」
ジュンイチに答えて、通信を切る――と、みほはふうと深くため息をついた。
「どうしました、西住殿?」
「うん……
さっきの戦いのことで、ちょっと……」
首をかしげる優花里に、みほは苦笑と共にそう答えた。
「さっきの戦いの最初、マジノは防御陣地を構築したと見せかけて、R35を伏兵に隠していた……
その後の機動戦への移行も、本来はR35の狙撃でこちらが動揺したスキを突く作戦だったんだと思う……」
「狙撃に失敗したから機動戦を始めた……とかじゃなくて?」
「あの機動戦までが、まとめてひとつの作戦だった、と……?」
口々に聞き返す沙織や華にも、みほはうなずいて肯定を示した。
「きっと、柾木くんが読んでくれていなければ、R35の狙撃の時点で私達はV突を失っていた……
その後の機動戦だって、ひっくり返したのは柾木くんの作戦で……」
「柾木に頼りっぱなしだな」
「うぅ……」
その麻子の指摘こそ、みほの浮かない顔のまさに主因……思わず顔をしかめるみほが思い出すのは、聖グロリアーナとの試合の後、あの日の晩のことだった。
あの日、ジュンイチは負けたことをただひとり悔しがっていた。
強豪校の、こちらの戦車ではまともにやり合ったらとても勝ち目のないような重戦車隊を相手に四撃破一アシストという驚異的なスコアを叩き出して……しかしそれでも勝てなかった、力が及ばなかったと、自分の不甲斐なさを嘆いていた。
とんでもない話だ。不甲斐なかったのも、力が及ばなかったのも、ジュンイチではなく自分達だというのに。
だが、それでもジュンイチは自ら背負い込む。柾木ジュンイチとはそういう男だと、あの時思い知らされた。
あの時、自分は誓ったはずだ。
自分達のために、そこまで親身になってくれるジュンイチに、その大恩を返せる自分達になろうと。
なのに、現実はどうだ。今回の試合でも、自分達は苦境に立たされ、結局ジュンイチに助けられた。
こんな有様では、ジュンイチに頼らなくても戦えるように、彼と肩を並べられるようになるなど、いったいいつになることか――
「そう気にいることもないと思うぞ、隊長」
「って、え……?」
そんなことを考えていたものだから、麻子のその言葉は本当に不意打ちだった。
「私達が弱い、なんて当たり前だろう。何しろ、戦車道を始めたばかりの素人の集まりなんだから。
でも、そんな私達も、柾木や隊長の指導でどんどん強くなっていっている……隊長も柾木も、二人ともが言っていたことだろう?」
「そうだよ、みぽりん!
私達だって強くなってるんだから!」
「えぇ。
きっと今、この瞬間にも……」
「今の私達が柾木殿に頼らなきゃ勝てないのから、頼らなくても勝てるぐらい強くなればいいんです! これから!」
「みんな……」
口々に麻子に続く沙織や華、優花里の言葉に、みほは自分の気持ちが軽くなるのを感じていた。
ジュンイチに頼らないようになりたい――そう思っていたのは自分だけではなかった。“あの光景”を見ていなかった沙織達もまた、ジュンイチに頼りきりの自分達を変えたいと思っていた。
大丈夫。焦らなくてもいいのだ。自分には、想いを同じくしてくれる仲間が、友達がこんなにもいるのだから。
改めて、この大洗に来てから得たものの大きさを感じて目頭が熱くなる――だが泣くのは自制する。今は泣いてもいい時ではない。
「……うん、そうだね。
じゃあ、この試合にも勝って、もっと強くなっちゃいましょう!」
元気を取り戻したみほの言葉に、W号車内の面々が一様にうなずいて――
〈こちらDチーム! 隊長!〉
先行しているM3、一年生チームの梓から通信が入った。
〈敵の攻撃を受けました!
前方にソミュア! あれは向こうの隊長s……あ! 敵ソミュア隊長車、反転! 逃げ出します!〉
「了解です!
ソミュアとは距離を保ちつつ追撃してください!」
〈了解!〉
指示を出すみほに梓が応えると、
〈隊長! 10時方向にもソミュアです!〉
今度は典子から通信が。向こうにもソミュアが現れたようだが――
〈あ! ソミュア、逃げます!〉
〈どっちも逃げてくぞ!〉
二輌目のソミュアも逃げ出したようだ。典子の報告に桃も乗っかってくる。
〈隊長! どっちを追うんだ!?〉
「M3に仕掛けてきたソミュアを追います!」
〈もう一方のソミュアは放っておくのか!?〉
「分断する作戦かもしれません!
まずはM3と合流して、敵隊長車を先に叩きます!」
桃への答えに聞き返してきたエルヴィンにもそう答え、みほは改めて通信をつなぎ直し、
「柾木くん、今どこでs
〈ちょうど――真上っ!」
その答えと同時、すぐ横の木の中からこちらの頭上へ飛び出してくる影がひとつ――身をひるがえし、ジュンイチはW号の上、みほのすぐとなりに着地する。
「まず隊長車を叩く、だろう?
これ以上ゴチャゴチャ策ひねり出されるのも面倒だしな――悪くない判断だ。
けど――」
「エクレールさんが、むしろそれを読んで自分を囮にした囮作戦に出ている可能性もある――だよね?」
ジュンイチの言いたいことを先回りしてみせるみほだったが、そんな二人の会話にギョッとしたのは沙織である。
「それって、今の状況自体がワナってこと!?
わかってて追いかけてるの!?」
「大丈夫だよ。
気づかず突っ込むのと、気づいた上で腹括って踏み込むのとじゃ大違い――あるとバレてるワナは、ワナって言わないよ」
あっさりと答えるジュンイチに、「柾木くんがそう言うなら……」と安堵する沙織だったが、
「……って、オレ単騎で突っ込むならそう言い切りたいんだがね」
「…………へ?」
続いた言葉は、沙織にとって非常に不吉なものだった。
「正直なところを言えば、現状、かーなーりっ、ギャンブル風味なんだわ。
あちらさんがワナ張ってるのは確定なんだが、どんなワナかはもちろん、そもそも現状がすでにそのワナに引っかかってる状態なのか、それともまだかかっていないのか……とにかく判断がつかんことが多すぎる。
囮作戦なんだとしても、二輌出てきたソミュアのどっちが囮だったのか……ひょっとしたら、あちらさんが追いかけてほしかったのは隊長車じゃなく、二輌目のソミュアだったのかもしれない」
「なるほど……そこをツッコまれると、確かに判断材料が少なすぎますね……」
「なら、ワナに付き合うことはないってスルーすることもできたんじゃ……?」
「柾木くんが言ってたでしょ? 『これ以上策をひねり出されるのも面倒』って」
「ここでスルーしたところで、その時はまた別の作戦をぶつけられるだけってこと」
納得する華のとなりから疑問点を提示する優花里に、みほとジュンイチが順番に答える。
「地の利はあくまであちらさんにあるからな――小細工しようと思えば、あちらさんはいくらでも地形を利用した策をひねり出せる」
「結局、マジノ側の策を突破しようと思ったら、どこかである程度のリスクを覚悟で踏み込むしかないんです。
いくら相手の策をかわしてもすぐに次をぶつけられる可能性が高い以上、どこかでその流れを断ち切らないとジリ貧になるだけです」
〈虎穴に入らずんば何とやら、だねー〉
杏からの通信にみほがうなずき、ジュンイチは咽喉マイク越しに一同に告げる。
「と、ゆーワケだ。
こっからは全員腹括れ――肉を斬らせてブッタ斬る気でいかなきゃ、この場はどーにもならん。
誰がやられようが、他の誰かでぶん殴る! 全車、自分がぶん殴る役のつもりでかかれ! いいな!?」
<<了解っ!>>
◇
〈エクレール様! 大洗の本隊がそちらに向かいましたわ!〉
「確認しましたわ!
そちら配置よろしく!」
スルーされたソミュアから、すなわちフォンデュからの通信にエクレールが応え――近くに着弾。追ってきている大洗の面々が砲撃を開始したのだ。
「まったく、好き放題撃ってくださって……この戦車は人気者ですわね!
とにかくお行儀よく逃げてください。せいぜい大洗のみなさんの癪に障って差し上げて!」
「Compris!」
操縦手の返事にうなずき、エクレールは砲塔ののぞき窓から大洗チームの様子をうかがう。
今は砲を撃ち返す必要もない。指揮と周辺警戒に専念できる分さっきまでよりはよほど楽――そんな、余裕の出てきた頭で考えるのは今日の試合の、今までの流れ。
(陣を張り待ちかまえる防御戦術……
そして、機動力を活かし敵の中枢を叩く機動戦術。
古い戦術も新しい戦術も、どちらもうまくいかなかった……まったく、試合ごとにマジノの戦術の弱さを痛感するばかりですわ!)
思わず自嘲気味に笑みをこぼす――が、彼女の心はまだ折れてはいない。
(でも、だからこそ挑戦のし甲斐があるというもの!
この作戦で――今度こそっ!)
◇
「ちっ、上手いこと逃げやがる……」
華の砲撃はまたしてもかわされた――“外した”ではない。直撃コースから意図的に離れた、明らかな“回避”だ。
やはり付け焼刃で対策を学んだだけの自分達とはモノが違う。未だ成らぬとはいえ、本格的に機動戦への移行を目指して訓練を重ねてきたマジノの、しっかりと地に足のついた確かな操縦技術に、さすがのジュンイチも舌を巻いた。
「すみません、何度も外して……」
「五十鈴さんが謝ることじゃねぇよ。
むしろアレを“見てから回避”してくれるあっちがすげぇ」
だから、砲撃を何度もかわされて凹んでいる華に「気にすることはない」とフォローを入れておく――その一方で、みほは必要な指示を出す時以外はさっきからずっと黙り込んでいる。
「……さっきの、二輌目のソミュアのことが気になってるのか?」
「う、うん……
B1bisは待ち伏せのためにどこかに伏せているはずだとして……だとしたら、あの二輌目は何のために出てきたんだろう、って。
私達を誘い込むためだとしても……」
「こっちが一輌目と二輌目、どちらを狙うかという不確定要素が生まれる。
どちらを追うか、どう追うか……待ち伏せをする上で相手の選択肢を増やすなんてリスクでしかない……だろう?
オレもそこは気になってるんだけど……」
みほに返して、ジュンイチは改めて周囲の気配を探る。
(……ダメか。
完全に息を潜めてやがるな)
相手は身を隠しているらしく、気配を捉えられない――息を殺していることで必然的に精神的にも身体的にも鎮まった状態となるため、“力”の出力が抑えられてしまう。ただでさえ自分のように異能を持っているワケではないマジノの選手達にこれをやられてしまうと、いかにジュンイチでも捉えるのは難しい。
(どこだ……?
この先、相手が身を隠せそうな、伏兵に適したポイント……)
こうなると相手の動きを、思考を先読みして感知による索敵範囲を絞り込むしかない。記憶の中の地図と現在位置を照合しながら、ジュンイチが思考を巡らせるが、
〈――森を抜けます!〉
ジュンイチの推理よりも事態が動く方が早かった。梓の報告に前方を見ると、エクレールの乗るソミュアが開けた場所に出たところで――
(ヤバい!)
状況を把握したジュンイチの脳内で警戒レベルが一気に跳ね上がった。
数ではこちらが上回っているのだ。このまま広い場所出て撃ち合いになれば、いくら待ち伏せしていようがこちらに押しつぶされるのがオチだ。
つまり――
(アイツらにとってのデッドラインはオレ達が向こうの広場に出るまで!
つまり仕掛けてくるのはその前――この林道!)
ジュンイチが結論に至ったのとほぼ同時、気配が現れる――数人のグループ、敵戦車で間違いあるまい。
位置は――
「V突! 後ろにいるぞ!」
〈何だと!?
――本当だ! 後方にシャール!〉
「B1bisが!?」
「V突狙いかよ!」
驚くみほにかまう時間も惜しい。W号から跳び降り、ジュンイチは陣形の後尾、V突のフォローへ――
(――横にも!? 二輌目のソミュア!?)
その瞬間、気づいた――跳び降り、振り向いたその過程で視界に入った、横の茂みの中でキラリと光った装甲の照り返しに。
位置的にV突狙いではない。このタイミングで別の戦車を同時に狙われては――
(両方は、守れねぇ……!?)
単純に考えれば、戦力としてより重要なV突を守るべきなのだろう。
だが、新たに見つけたソミュア(二輌目)の狙いが読み切れない。もしW号をやられたら、みほというチームの要が失われる上に所属乗員として登録されている自分も一緒にリタイアになってしまう。
かと言って、狙いを見定めていたらB1bisに後方から直接狙われているV突のフォローが間に合わない。
V突を守るべきかソミュアに備えるか、さすがのジュンイチも迷いに囚われ――
〈W号を守れ!〉
そんなジュンイチへと無線越しに指示が飛んだ。
エルヴィンだ。その意図を察して、ジュンイチが足を止め――
「八九式!」
「V突、もらった!」
「ダイヤ・ブル! ハート・ブル! Feu!」
フォンデュ、ガレット、エクレールの咆哮が交錯――ソミュアとB1bisからの砲撃が、V突の後部と八九式の側面に突き刺さった。
〈すみません! やられました!〉
「みぽりん! CチームとBチームが!」
「っ、北に方向転換! この場を離脱します!」
直撃を受け、V突と八九式は白旗――典子から報告を受けた沙織の声に、みほはすぐさま次の指示を出した。半ば包囲された状態のこの場からの離脱を試みる。
「柾木くん、B1bisの注意を引けますか!?」
「任せてくれてあんがとっ!」
続くみほの声に、ジュンイチは今度こそ迷わず地を蹴る。一直線に向かう先には後方のB1bis。
「柾木ジュンイチ!?」
これに驚いたのはガレットだ。つい先ほど大暴れしてくれたばかりの相手が、自分達に向けて一直線に突っ込んでくるのだ。意識するなという方がムリだ。
砲手も機銃でジュンイチを狙うが、銃口の向きから射線を読まれ、撃つより先に逃げられる。成す術のないまま、ジュンイチとB1bisが接敵し――
――そのまますれ違った。
「な…………っ!?」
あまりにも予想とかけ離れた動きに、ガレットが戸惑いの声を上げる。こちらの足止めに来たのではなかったのか――
「……『足止めに来たんじゃないのか』とか思ってるんだろうけどさ」
そんな彼女の思考を推察し、ジュンイチが口を開いた。
と言っても、こちらの声も聞こえていないだろう――なので、砲塔から顔を出したガレットに対し、頭上を指さすことで教えてやる。
「――アレは!?」
すれ違った瞬間、頭上高く放り投げた大量のペイント手榴弾の存在を。
「心配しなくても、ちゃんと足止めくらいやったるわい」
ジュンイチが告げる中、ガレットがあわてて車内に逃げ込み――数秒後、ペイント手榴弾が雨アラレとB1bisの頭上に降り注ぎ、ペイントまみれにしてしまう。
「オマケだ!」
さらに煙幕弾もしこたま投げつけた。B1bisの視界を奪うと、ジュンイチは白旗を揚げて停止しているV突へと駆け寄った。
「おい! みんな大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫だ……!」
ジュンイチの呼びかけに応え、砲塔から顔を出してきたのはエルヴィンだ。
「他のみんなは?」
「大丈夫だ。問題ない。
せいぜいもんざが舌をかんだくらいだ」
「え? 何? またかんだの、アイツ?」
「ほっひょへっ!」
エルヴィンとジュンイチのやり取りに、“もんざ”こと左衛門佐が抗議の声を上げる――まだ舌が痛いのか、かなり舌足らずな上にちょっぴり涙目だったが。
「しかし、さっきはよく踏みとどまったな。
V突の有用性を考えれば、止めてもかまわず助けに来るんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたんだが」
「まぁ、実際迷ったけどさ……言いたいことはわかったからな」
「あと、迷ってる内にガチで間に合わなくなったからでもあったんだけど」と付け加え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「わかってるなら、早く試合に戻れ。
心配して駆けつけてくれたのはありがたいが、お前と西住隊長がそろわなければ勝てるものも勝てなくなる」
「そっか?
まだ三対三だし、今の西住さん達なら……」
「三対三なら、な」
みほ達の実力を信頼しているが故に、ここでエルヴィン達の救護を優先しても問題はないだろうというジュンイチだったが、エルヴィンの懸念は別にあった。
「ひょっとしたら、現状は……」
「四対三かもしれない」
◇
「くっ、V突がやられては、こちらの戦力が……っ!」
一方、ジュンイチが一輌引き受けてくれたおかげで、みほ達は無事包囲網を抜けることに成功していた――が、それでも残る二輌のソミュアが追ってきている。追撃の砲撃が38(t)を揺らす中、桃がその揺れに耐えながらうめいた。
「M3やW号の主砲だって捨てたもんじゃないよー」
「ですが、それでも相手の装甲には……」
一方で楽観的なのは杏だが、そんな彼女の言葉にも桃の不安はぬぐえない。
だが、それも無理はない。何しろ相手側の生き残っている戦車はそのすべてが重装甲。そう簡単に打ち破れる相手ではない。
(V突は大洗で最大の火力を持つ車輛……それだけにマジノを苦しめていた。
だから最優先で狙われる……それを考慮して後方に配置していたのに、それがまさか仇になるなんて……っ!)
一方、現状の不利を深刻に捉えているのは桃だけではなかった。みほもまた、V突の戦線離脱による痛手に頭を痛めていた。
(いや、違う……
仇になったんじゃない……読まれて、つけ込まれたんだ……
ここにきて、またこちらのスキを突かれた……純粋に、向こうが私の思った以上に強いんだ……っ!)
あの二輌のソミュアが姿を見せた時、実際にはマジノ側としては“どちらを追われても問題なかった”のだ。
自分達大洗側が二輌のソミュアのどちらを追おうが、追われなかった方が側面を狙う役に回ればいいだけ。「後ろから追いかけるB1bisと側面を狙う片方のソミュア」という構図は変わらない。地の利があるマジノにはそれができる。
さっきソミュアが二輌とも姿を見せたのは、みほ達に深読みさせて疑心暗鬼に陥らせるため、作戦の本当の目的を隠すため。囮にしたのは“二輌のソミュアのどちらか”ではなく、“ソミュアがわざわざ二輌とも姿を見せたという事実そのもの”だったのだ。
決して油断していたワケではない。だが、相手の力、特に戦術面においては完全にこちらの想定を上回られた。自らの読みの甘さに、みほは思わず歯噛みして――と、その時、W号の近くに砲弾が着弾した。
しかも一発だけではない。立て続けに、何発も。これは――
(追撃に本腰を入れてきた……?
――まさか!?)
イヤな予感がして、砲塔から顔を出して後方を確認――予感的中。B1bisが二輌のソミュアに合流している。
「B1bisが来てる!」
「えぇっ!?
柾木殿は!?」
「まさかやられて……」
「大丈夫だよ! やられたって報告入ってないしっ!」
みほの言葉に優花里や華があわてるが、沙織が大丈夫だとフォローを入れてくれた。
(そうだ……柾木くんは健在。今もきっと私達が勝つために動いてくれている……
なら、私も!)
そんな足元のやり取りに、みほの腹は決まった。咽喉マイクに手をあて、告げる。
「Dチーム、Eチームへ!
次の丘、ポイントK-9を上ったところ――相手の視界から消える一瞬のタイミングで、二手に分かれます!」
〈何!?
戦力を分散させることになるぞっ!?〉
「地の利はマジノにあります。再度地形を利用して包囲されるかもしれません!
そうなる前に決着をつけます!」
桃の反論に答え、みほは頬をピシャリと叩いて気合を入れる。
(前の試合……
柾木くんに頼ってばっかりじゃダメだって焦って失敗した……今回だって……)
そう――それだけではダメなのだ。
自分達が今すべきことは――
(柾木くんは柾木くんで自分の役目を果たしてくれるはず……
なら、私達も、私達にできる精いっぱいをやるんだ!)
◇
(大洗が戦力を二つに分けた!?)
丘を上りきり、こちらの視界から一瞬その姿が消えうせる――後を追って丘を上ると、大洗の戦車はW号と38(t)及びM3の二組に分かれて別々の方向へと走り出していた。
(こちらのかく乱を狙っている……?
――違う! もうそんな戦術をとれる状況ではないはず!)
だとすると大洗の狙いは何なのか。エクレールの見立ては――
(こちらも二手に分かれさせて、少しでも火力を散らせた上で迎え撃つ……
狙いは追っていった先での真っ向勝負……言うなればこれは、大洗からの挑戦状!)
普通に考えれば、そんな誘いに付き合う必要はない。せっかく向こうが戦力を分けてくれたのだから、単騎となったW号を、もう一方のグループや柾木と合流されるよりも早くさっさと袋叩きにしてしまうのが最も効率のいい選択だろう。
だが――
〈エクレール様!〉
「わたくしは、W号の……みほさんの御招待をお受けしますわ!」
エクレールはあえて誘いに乗る道を選んでいた。
〈わざわざあの誘いに付き合うんですか……?〉
「えぇ。
せっかく勝負を挑まれたんですもの――無視してしまうなんて、つまらないじゃありませんこと?」
〈……あぁ、そうでしたわね。
あなたは、この試合が楽しくてしょうがないんでしたわね〉
通信の向こうのガレットには呆れられてしまったが、彼女の言葉に以前のようなトゲはもはやない。
「ハート・ブル、ダイヤ・ブルは、M3と38(t)のお誘いを!」
<<Compris!>>
◇
こうして、二手に分かれた大洗の一方、生徒会チームと一年生チームにはフォンデュのソミュアとガレットのB1bisが食いついた。追ってきた彼女達の砲弾が、38(t)やM3へと次々に襲いかかる。
「どどど、どうしよう!?
Aチームいなくなっちゃったしぃ……っ!」
「そんなこと言ったってぇーっ!」
だが、そんなマジノ側の攻撃に、一年生チームは早くも恐慌状態。彼女達にとって頼みの綱であったみほ達やジュンイチと別行動となり、精神的に彼女達を支えるものが失われてしまったからだ。
「お前らがそんなことでどうする!」
桃の叱咤激励も効果はない。相手の砲撃の度に悲鳴が上がり、そもそも桃の声が届いているのかどうかも怪しいもので――
「かーしま」
と、唐突に口を開いたのは杏だった。
「ちょっとマジノをけん制しててくんない?」
「はっ!」
それどころか、今までずっとサボっていたのが一転、積極的に指示まで出し始めた。迷わず従った桃によって38(t)が後方へ砲撃、マジノの攻撃を断ちきりにかかる。
もちろんノーコンの桃の砲撃ではマジノ側に当てることはできないが、それでも相手のペースをかき乱すことには成功したようだ。一年生チームの悲鳴の原因を排除すると、杏はインカムのスイッチを入れ、一年生チームに呼びかける。
「一年生チーム〜。
Aチーム、別んトコ行っちゃったけどさー、ここ、どうやら正念場らしいんだよね」
〈そ、そんなーっ!?〉
〈こ、こわーいっ!〉
「西住ちゃん達W号も、ジュンイっちゃんもいなくなって、二対二の勝負だね」
<<ヒィィーッ!>>
だが、何を告げるかと思いきや、容赦なく厳しい現実を叩きつけた。告げる度に上がる悲鳴にもおかまいなしだ。
これにはさすがの柚子も渋い顔をして苦言を呈するが――
「会長、そんなおびえさせるようなこと――」
「でも」
しかし、杏はハッキリと次の言葉を告げた。
「それは西住ちゃん達も一緒。
ジュンイっちゃんが追いついてきていない今、W号だってマジノの隊長車とサシで戦ってるんだ」
「でも、会長、西住隊長は――」
「経験者だってんでしょ? わかってる」
M3側からの、優希からの反論に、杏は素直にうなずいた。
「ジュンイっちゃんだってそう。
本人いなくってお伺い立てられないから遠慮なく無許可でバラしちゃうけど、アレで元少年兵ってヘビーな経歴の持ち主だったりするんだよ――戦車道どころかガチの戦場を知ってる、モノホンの戦闘のプロなんだ。そりゃ強いはずだよ。
でもね――そんな二人のがんばりがあっても、聖グロ戦で勝てなかったんだよ」
<<――――っ>>
杏の言いたいことが伝わったのだろう。無線の向こうで梓や優季が息を呑んだのがわかった。
「この先だって、二人の力が知れ渡ればそれを封じようと考えるチームは出てくると思う。二人の活躍があれば大洗が勝てるってワケじゃない。
つまり、一年生チームや私達、今回は脱落しちゃったけど、歴女チームや元バレー部チームもそう――私達みんなの力だって、大洗の勝利には必要なんだ」
<<………………>>
「私も含めて、あの二人ほどの実力はないかもだけどさ……それでも、目の前のやれること、そろそろ精いっぱいやってみない?」
黙り込んだ一年生チームに向けて、杏は落ちついた口調を心がけながらそう告げて――
「……そうだよ、みんな」
そんな杏に続けて、柚子もまた一年生チームに呼びかけた。
「ここまでやったんだから、もう少し、がんばろう!」
〈……みんな、やろう!〉
柚子の呼びかけに、一年生チームの中で真っ先に奮起したのは――
「聖グロ戦で真っ先に逃げ出した私達が、ここまで生き残ってるんだよ!
あともう少し、がんばろう!」
M3の車内、揺れに耐えて踏ん張りながら、梓は車内の仲間達へと呼びかける。
「大丈夫! 私達だって、柾木先輩や西住隊長に鍛えられて強くなってる!」
梓の言葉に、一年生チームの面々は互いに顔を見合わせ、
「もちろんっ!」
「私達の力、見せてやるーっ!」
「あいーっ!」
あゆみやあやが答え、桂利奈が吠える――そんな彼女達の駆るM3の上部主砲が後方に向けて火を吹いた。ソミュアとB1bisの間に着弾し、わずかだがその足並みを乱れさせる。
「会長! 一年生チームが!」
「うんうん。
やればできる子だってわかってたよ、私は♪」
そんなM3の様子に、歓喜の声を上げる桃の前の席で、杏はうんうんとうなずく――が、
(とはいえ……だ)
懸念はないワケではなかった。
(一年生が立ち直ってくれても、私達の戦車でソミュアとシャールをまとめて相手するのは、ちょーっと現実的じゃないよねー。
さーて、どうしたものか……)
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第11話「セカイは謎に満ちていますね」
(初版:2018/04/16)