ドォンッ!と轟音を響かせ、W号が後方に向けて発砲。しかし、エクレールのソミュアはあっさりとそれをかわし、それどころか応射までしてくる。
「くぅっ!
 ソミュアは運用に問題がある戦車のはずなのに、装填のスピードが変わらないなんて!」
 相手の思わぬ奮闘にうめき、優花里も負けじと装填。華が狙い、撃つ――命中。
 が、浅い。正面をわずかに外れた砲弾は砲塔部の装甲の丸みによって受け流されてしまう。
(走行射撃でも当たるなんて!?)
 しかし、それでも相手の動揺を誘うには十分だ。カス当たりながらも命中を受け、車内に響く衝撃音にエクレールが顔をしかめる。
(いえ――違う!
 『当たる』じゃない。『当てられた』……運ではなく、大洗の砲手の方のカンがいい!)
「Feu!」
 発射の号令と同時に自ら狙う主砲のトリガーを引く――狙い通りW号を捉えるかと思われたが、W号は立ち木が盾になるように位置取りをしていた。難なく立ち木を打倒した砲弾はその衝撃で失速。W号に届くことなく地面に突き刺さる。
(フフッ、遮蔽物もしっかり利用しますか。
 間違いなく、彼女達は強い!)
「みなさん、こちらも負けていられませんわ!」
『Compris!』
 強敵とのしのぎ合いに奮い立つエクレールの檄に乗員達も応える。乗員一同、一丸となってW号を追いかける。
(作戦だけじゃない。一戦車長としても十分に強い。
 これが、エクレールさんの本気……っ!)
 一方のみほも、そんなエクレール達のスキを見出そうと懸命に目を凝らすが、むしろ本来の冴えを発揮し始めたエクレールの強さに舌を巻くばかりだ。
 しかし、それでも負けるワケにはいかない。
(火力も装甲もソミュアの方が上。性能面では明らかにこちらが不利。
 ……だけどっ!)
 内心でこちらの不利を改めて自覚しながらも、みほは優花里を、華を、沙織を、麻子を……共にW号に乗る仲間達を見渡した。
 聖グロリアーナ戦を経て、みんな本当に強くなった。あの試合の時よりも、みんなを身近に、頼もしく感じる。
(これなら……きっと!)
 このメンバーなら、きっと今のエクレールのソミュアにも負けはしない。自信を持ったみほを乗せたW号が、そして、ソミュアが丘の上、崖のような急斜面の縁に差しかかり――



「…………かかりましたわね」



「――――っ!?」
 エクレールがつぶやいたのと、そんなつぶやきなど知る由もないみほの背中を悪寒が駆け抜けたのは、ほぼ同時だった。
 行く手、丘の中央側に土煙を確認したからだ。
 マジノの残りの車輛、ソミュア(フォンデュ車)とB1bisは、こちらのM3、38(t)が相手取っているはず。ではあの土煙の正体はいったい――
(――まさか!?)
 瞬間、みほは思い出した。
 先の、ジュンイチの“だるまさん作戦”が成功し、逆襲に転じたあの時――反撃のドサクサで、白旗を確認し損ねた敵戦車がいたことを。
 そんなみほの懸念は――的中していた。茂みの向こうから、マジノのR35が一輌、W号の進路上に飛び出してくる!
「マジノの戦車!?」
「R35!?
 確かあれは、マジノがこちらの逆包囲を突破した時にV突が吹っ飛ばした……まだ生きてた!?」
 沙織や優花里が驚く中、R35はW号に向けて突っ込んできて――



〈R35に集中!〉



「――――っ!
 みなさん、衝撃に備えて――冷泉さん!」
「ん」
 無線越しの声にみほはとっさに指示を出す――それだけで意図を察し、麻子は進路をわずかにずらし、R35とギリギリのところですれ違う。
 そして――
「きゃあっ!?」
 悲鳴を上げたのはエクレール。原因は突然の衝撃――ソミュアの足元、崖の一角が突如爆発したのだ。足場が崩れ、ソミュアが急勾配を下の平地までずり落ちる。
「いったい、何が……!?」
 いきなりの異変に、思わずエクレールがうめいて――
「エクレール様!」
 最初に気づいたのは、ソミュアの操縦手だった。



    ◇



 目標に向けて駆けながら、苦無手榴弾を投げつける――もちろん、相手の速度も計算に入れ、真上に来た時に爆発するよう狙いの位置を調整した上で、だ。
「R35に集中!」
 W号に告げると同時、投げつけた苦無手榴弾が突き刺さったポイントの真上に目標が到達して――爆発。目標は崩れた足場を踏み外し、こちらに向けてずり落ちてくる。
 目の前、一足飛びに飛び込める距離で停止した目標に対し、ジュンイチは巻き起こった土煙を払いながら一歩を踏み出し、
「せっかく盛り上がってきてるところに向けるセリフがすさまじく月並みで、非常に申し訳ないんだけどさ……」
 そのセリフとは裏腹に、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべ、
「それでも、言うにはこの上ないシチュエーションなんでな。あえて言わせてもらうぜ」
 その右手で、まっすぐに目標を、獲物を指さして――



「『お前の相手は、このオレだ』」



 エクレールのソミュアに向けて、言い放った。

 

 


 

第11話
「セカイは謎に満ちていますね」

 


 

 

「敵はM3と38(t)!」
「攻守ともにこちらが有利!」
 一方、別の場所で戦う面々――フォンデュとガレットの言葉と共に、ソミュアが、B1bisが次々に砲撃を仕掛けてくる。
「いやー、大見栄切って一年生チームを奮い立たせたのはいいけど、見事なまでに打つ手がないねぇ」
「会長も手伝ってくださいよぉ」
 一年生を奮起させたと思ったら、また元のサボり魔に戻ってしまった。干し芋をかじりながら笑う杏に、柚子もさすがに困って苦言を呈す。
「しかし、38(t)の主砲ではマジノの戦車にはマジ効果ないぞ!」
「桃ちゃん、マジノとマジでかけてるつもり?
 変なこと言ってる間に当ててよ」
「桃ちゃんって言うなーっ!」
 オマケに桃までボケだして、38(t)の車内はさながらコントの舞台に――その一方、M3の車内では、
(このままじゃ、いずれ捕まっちゃう……
 何たって、ここはマジノの庭なんだから……)
 至近弾の衝撃に踏ん張って耐えながら、梓が演習場の地図をにらみつけていた。
(時間が経てば、私達はますます不利になる……何とか、こちらが有利になる方法は……)
 ここから先、走っていく先に、何か利用できる地形がないか、思考をフルに働かせてチェックしていき――
「――――――あ」
 ふと、あるポイントでその視線が止まった。
(ここって、まるで……)
 その地形には覚えがあった。梓の頭の中で関係する記憶が思い起こされて――
「会長!」
 思い立ったが吉日。すぐに38(t)へと通信。自身のアイデアを伝えて――
「正気か!?」
 それが、“アイデア”を聞かされた桃の第一声であった。
「それでは、下手をすればお前達が狙い撃ちされるぞ!?」
「でも、私達の火力は警戒されてると思います。
 私達でトドメ役は難しいかもしれない……だったら!」
「確かに、M3と38(t)の火力、どちらが脅威かと聞かれたら……」
 桃の反論に返す梓の言葉に、柚子もまたつぶやき、考え込む。
「だが、38(t)の火力でヤツらの装甲は……」
「大丈夫です!」
 なおも渋る桃だったが、梓はそれでも強気だった。
「アンチョビさんが教えてくれたじゃないですか!
 『どんなに硬い重戦車でも、全身くまなく硬いワケじゃない。軽戦車でも撃ち抜ける場所は絶対にある』って!」
「弱点さえ突けば、きっとやっつけられますよ〜」
「簡単に言うな!」
 梓の言葉に乗っかる優季に、それでも否定的な桃が言い返し――
「いや」
 口を挟んだのは――
「会長!?」
「一年生チームの言う通り、そこに賭けるしかないかもだよ。
 やろう、かーしま」
「了解ですっ!」
 やはり桃を動かすには杏に動いてもらうのが一番ということか。杏の言葉に桃はあっさり態度をひるがえして賛同してきた。
「一年生チーム! 乗ったぞ、その賭け!」
「了解です!」



    ◇



 響く銃声、瞬く間にふくれ上がっていく薬莢袋――機銃でペイント弾をばらまくソミュアだったが、ジュンイチはすでにその弾の向かう先にはいない。
 もう何度目になるかわからない攻防に、エクレールは思わず歯噛みした。
 何度狙っても当たらない。狙いをつけても、そこから引き金を引くまでのコンマ数秒の内に、機銃の掃射範囲から逃げられてしまう。
 かと言って、無視するワケにもいかない。もしR35と合流しようと転身の素振りを見せれば――
(――来た!)
「回避っ!」
 一転して強襲してくる。機銃の射角の外からの襲撃には成す術がなく、ソミュアはエクレールの指示で急速後退。突進の軌道から逃げ出すしかない。
 たかだか歩兵ひとり、攻撃をかわす必要はない――というワケにもいかないのが面倒だ。何しろ相手は聖グロ戦で八九式にマチルダを“撃ち抜かせた”ジュンイチだ。ここでうかつに攻撃を受け止め、傷のひとつでもつけられようものなら、W号との戦いでその傷を致命傷にされかねない。
 すなわち、エクレールがこの状況下でR35と合流するには、ジュンイチに勝ち、死亡判定を叩きつけることが必須事項なのだが――
(くっ……!
 一刻も早くR35と合流しなくてはなりませんのに……っ!)
(悪いが、R35と合流されるワケにはいかねぇな。
 “オレとやったFT-17と同じように”チョコマカされたら面倒なんでな!)
 両者の思惑が交錯し――先に動いたのはジュンイチだった。
 地を蹴り、同時に煙幕弾を片っ端から投げつける――「どこにその量を隠し持っていた」とツッコみたくなるほどに大量の煙幕弾がソミュアへと降り注ぎ、その量ならではの超高密度の煙幕がソミュアを包み込む。
(こちらの視界を完全にふさいだ!?
 狙うは――わたくしっ!)
 ジュンイチの狙いを予測し、エクレールは急いで車内へと逃げ込む――本来車長が砲手を兼ねるソミュアだが、ジュンイチの素早い動きに対応するため、エクレールは砲を通信手に任せ、車外に身を乗り出して指揮を執っていた。
 だがその判断もこの状況ではリスクしかない。聖グロ戦でダージリンを個人撃破したジュンイチがこの状況で自分を狙わない理由があるはずがない。
 ここで自分がやられては、それこそマジノの敗北は決定的となる――
「急速後退!」
 そのためにも、今はこの煙幕から脱出しなければ――エクレールの指示でソミュアは煙幕が起きる直前までジュンイチがいた場所とは反対方向、すなわち後方へと走り出す。
 もちろん、ジュンイチもそうした動きは読んでいるだろうが――
(だからこその正反対方向……っ!
 先回りされる前に、この煙幕から脱出する!)
 エクレールが間に合うように祈る中、ソミュアは煙幕から脱出。ジュンイチは――
(――いないっ!)
 間に合った。煙幕を出たところで襲われるかとも思ったがそれもなく、エクレールは思わず安堵して――



「目の前が御留守だぜ」



「――――っ!?」
 その言葉が聞こえたワケではない――だが、気づいた。
 ソミュアの前面、運搬車積載の際の固定などに使うフック受けの金具に、何か紐のようなものが結びつけられている。
 否。紐というより、これは――
(帯……彼が腰に巻いていたもの……?
 いや、それよりも!)
「停車! 停まって!」
 帯のつながる先に何があるかわからない以上、うかつには引っ張れない。エクレールはあわててソミュアを停止させて様子を伺う。
 と、そこに一陣の風。煙幕を一気に吹き飛ばしてくれて――
「何だ、待っててくれたんだ」
 平然とそんなことを言ってのけるジュンイチがそこにいた。
 そう――



 帯の反対側の端を、自らの左手首に結びつけた、ジュンイチが。



「んー? 何? この帯が何かわかんない?
 ま、見ての通りなんだけどさ」
 ソミュアの中で困惑するエクレールの心情はすでに予測の内だったのだろう。あっさりとそう告げると、ジュンイチは帯を結んだ左手で帯を握り、引っ張る。
 彼とソミュア、両者の間で帯がピンと張られる中、告げる。
「そんじゃ、第二ラウンド。
 チェーンデスマッチの開始といこうぜ――チェーンじゃないけどさ」



    ◇



「なぁっ!?」
 その光景は、彼女達から見れば無謀そのもの――ジュンイチのその行動に、応援席のアンチョビはもはや何度目になるかもわからない驚きの声を上げた。
「ジュンイチ、すごいっスねー。
 戦車と綱引きできるんスか」
「できるワケないだろ! 引きずり回されるのがオチだわっ!」
 思いっきり真に受けているペパロニにアンチョビがツッコむ一方、冷静に分析しているのは聖グロリアーナ側だ。
「彼はいったい何を考えてるんでしょうか……?
 あれじゃあ、ソミュアからそれほど離れられない……ソミュアをワナにはめるにしても、できることは限られてしまうんじゃ……」
「そうね……
 確かにあの状態では、我々と戦った時のように有利に立ち回れる地形に誘い込むことは難しくなるわ」
 首をかしげて考え込むオレンジペコに、ダージリンも同じくジュンイチの意図を推理しながらそう答える。
「自分から仕掛けた以上、あの状況に持ち込んだことには必ず何かの狙いがあるはず。
 そして彼の性格から、その狙いが時間稼ぎのような消極的なものだとは考え辛い。もっと、攻撃的な何か……」
 仮説は――ないワケではない。
 だが、その仮説はあまりにも突飛が過ぎた。普通に考えれば、“そんなこと”はまず誰も思いつかないし、仮に思いついても実行しないだろう。
 ただし――
(相手は“あの”柾木ジュンイチ――
 どんなに荒唐無稽な策でも、彼は必要だと判断したなら迷わず実行する男……)
「まさか……」
 気づけば、ダージリンはその仮説を口に出していた。
 すなわち――
「彼は、ソミュアをワナにはめるつもりがない……!?」
「何……?
 どういうことだ、ダージリン?」
「つまり、こういうことよ」
 聞きつけ、問いかけてくるアンチョビに、ダージリンは答えた。
「彼は時間稼ぎのつもりなんかない……」



「エクレールさんに、真っ向からの勝負を挑むつもりなのよ」



    ◇



「何のつもりか知らないけれどっ!」
 ジュンイチの突拍子もない行動が何を意味するかはわからないが、だからと言って手をこまねいているワケにもいかない。機銃で狙うエクレールだったが、ジュンイチはやはり機銃の掃射範囲から簡単に逃れてしまう。
 帯によって両者の距離は5メートル弱しかない。この距離でも当てられないのかと戦慄するエクレールだったが、
(――違う!
 距離が近くなった分、弾が十分に散らない――却って、掃射範囲が狭くなってるんですわ!)
 弾を散らせる範囲が狭くなっている分、彼にとってもかわしやすくなっているということか――やはり彼が相手となると一筋縄ではいかない。
 戦車道はもちろん、歩兵道のセオリーすらもおかまいなし。こちらの想定の外、「まさかこんなことはやってこないだろう」と思うどころか、そもそもそんな発想に至りすらしないような盲点をイヤになるほど的確に、「突く」を通り越して「えぐる」ような勢いで狙ってくる。
 こんなえげつない歩兵など前例などあるはずがない。いったいどう相手をしろというのか――



(――『“相手をする”』!?)



 瞬間――エクレールの脳裏に閃くものがあった。
「まさか、彼の狙いは……」
「エクレール様……?」
「彼にかまわないで!」
 こちらを見返してくる操縦手に、エクレールは答えた。
「このまま、W号の元に向かって、R35と共同でW号を叩きます!」
「ですが、彼を放っておいたら……」
「そう思わせるのが、彼の狙いです!」
 声を上げた通信手にもエクレールの決断が揺らぐことはなかった。
「彼の狙いは、W号がR35を撃破するまでこの場でわたくし達を抑えること!
 なら、それにわざわざ付き合うことはありませんわ!」
「でも、そんなことをすれば彼を引きずり回すことに……最悪、危険行為で反則を取られるかも……」
「確かに、その危険はありますわ。
 けど……それも含めて、彼はこんな手段に出たのかもしれない。
 反則を恐れて、わたくし達が足を止めることを狙っているのかも……」
 操縦手に答え、エクレールは息をつき、
「だからこそ、あえて行くのよ。
 彼はわたくし達が反則を恐れて強引な行軍に出ないと思っている――逆に言えば、あえてそこを攻めるとは思っていないはず。
 彼だってこの状況でわたくし達に引き回されることの危険性はわかっているはず。なら、わたくし達が強引に動けば、巻き込まれてケガをする前に帯を外すなり切るなりして脱出するに違いありませんわ!
 彼が脱出するのが先か、わたくし達が反則を取られるのが先か……ひとつチキンレースと参りましょうか!」
「こっ、Compris!」
 エクレールの言葉に、操縦手はソミュアを後方へと発進させた。ジュンイチを警戒し、後退のままW号の方へと走り出す。
 これでジュンイチは対応を余儀なくされるはず。さぁ、帯を切るのか外すのか――外に身を乗り出し、ジュンイチの動きを確認する。
 そんなエクレールの注目するジュンイチは、戦車に引きずられないよう全速力で後を追ってきている。
 もちろん、追いつけているワケではない。少しずつではあるが、両者の距離は着実に開いている。
 帯に伸縮性があるのか、まだ大丈夫なようだが、そう遠くない内に限界が来るだろう。これはいけるとエクレールは自分達の優位を確信し――



「Ya-ha……」



 その油断が、ジュンイチの浮かべた“悪魔の笑み”に気づくのを一瞬遅らせてしまった。
 が、そんな彼女にかまう理由などあるはずもなく、ジュンイチは走る軌道を変更。左方向に進路をかたむけ、左前方に向け、ソミュアの進路から逸れていく。
 その行く先には、地面に深々と突き刺さった巨大な岩――迷わずその外側へ抜けた。
 当然、ジュンイチとソミュアをつなぐ帯がその岩に引っかかる――が、
「あらよっと!」
 まさにそれこそがジュンイチの狙い。引っかかった勢いに逆らわず、あえて振り回されることで帯を岩に巻きつけてしまう。
 そんなことになれば帯のつながるもう一方、ソミュアは――
「きゃあっ!?」
 こうなる。岩に巻きつけられた帯に引っ張られる形で、危うくエクレールを振り落としかけるほどに急減速がかかる。
 これではまるで鎖につながれた犬だ。この期に及んでも引きちぎられない帯の強度も驚異的だが――
(これでは、R35の元へは……っ!)
(……とか、思ってんだろーなぁ)
 焦りを覚えるエクレールだったが、そんな彼女の思考はジュンイチの予想の範疇であった。
(けど、悪いね、エクレール)
 内心でつぶやくと、ジュンイチはソミュアをつなげるのに使った巨岩へと視線を向けた。
(コイツ、実は“足止め”じゃねぇんだわな)
 ソミュアの重量、そして馬力によって思い切り引っ張られ、根っこの辺りから亀裂が走っている。
 そんなことは露知らず、ソミュアはこの拘束から脱出しようと懸命にアクセルをふかし、帯を引っ張り続けている。
 結果、亀裂はますます大きくなっていき――



(“攻撃”なんだよ!)



 限界が来た。音を立てて岩がへし折られ、強靭なゴム製の帯にからめとられた岩は帯に極限までため込まれた力に引かれ、一直線にソミュアの方へとカッ飛んでいく。
 それはまるで岩の砲弾。回避すら許さずソミュアを直撃する。さすがに岩でソミュアの装甲をどうにかできるワケもなく、粉々に砕け散るが――
『きゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 衝撃については話が別だ。エクレール達の悲鳴と共にソミュアが大きく揺さぶられる。
 その衝撃はすさまじく、ソミュアが転倒寸前まで傾いてしまったほど――それだけの衝撃に車内を思い切り揺さぶられたのだ。エクレール達が“そのこと”に気づけなかったのは、ある意味で必然であった。
 そう――彼女達はあまりのことですっかり失念していた。
 本来、あの帯でソミュアとつながっていたのは岩ではなかったことを――
「――ずぁありゃあっ!」
 そう、彼だ――岩共々帯に引かれて飛んできたジュンイチが、砕け散った岩の破片が飛び散る中、ククリナイフでソミュアに一撃を叩き込む!
 加速の勢いも存分に込められたジュンイチの一撃は、ソミュアの砲塔側面を深々と、内側の戦車道用特殊カーボン装甲が目視できるほどに斬り裂いた。幸いこれで白旗が揚がる程のダメージではないが――
「くっ、これではW号の砲撃に……っ!」
 エクレールとしてはそちらの方が厄介だ。ジュンイチの一撃によって、ソミュアの砲塔、その左側面には深い傷が刻まれてしまった。これではW号はおろかM3や38(t)の砲撃にも耐えられるかどうか……



「……ウチの戦車連中とやり合った時のことを考えてる?」



「――――――っ!?」
 声をかけられ、気づく――ジュンイチに取りつかれた。ソミュアの砲塔の上で仁王立ちし、車内まで通る声で言い放ち――
「つまり、まだオレを振り切れるつもりでいるワケだ。
 なめられた――もんだな!」
 言うと同時、機銃の銃身を思い切り踏みつけた。破壊こそされなかったが、銃身が曲がってしまった上に根元の可動部までイカレてしまい、もう使い物にはなりそうにない。
「何? まだ気づいてない?
 お前らがオレらにしたことと同じことをしてるんだぜ、オレは。
 “オレらを自分達の機動戦の練習台にしてくれやがったアンタらと”、な」
 言って、ククリナイフの切っ先をソミュアの砲塔へ――その中のエクレールに向け、
「自分達だってこっちを練習台にしたんだ。こっちからも練習台にさせてもらうぜ――」



「オレが重戦車をしばき倒すための、練習台にな」



    ◇



 一方、一年生チームと生徒会チームは作戦こそ決まったものの、未だソミュアやB1bisに仕掛けずにいた。
 理由は簡単。作戦を仕掛けるポイントに到着していないから――そこに至るまではやられるワケにはいかない。背後からの砲撃を懸命にかわしながら、作戦ポイントを目指す。
「この追いかけっこ、いつまで続ける気……?」
「マジノに地の利があることはわかっているはず……」
 しかし、さすがにジリ貧を装いすぎたか、フォンデュもガレットも怪しみ始めている。このままでは気づかれるかも――
「――ここだ!」
 しかし、幸運にもその前に作戦ポイントにたどり着くことができた。桃の合図で柚子は進路を思い切り右に向けた。
 右側の森が途切れ、一段低い盆地になっている。その下り斜面を、38(t)が思い切りよく下っていく。
「38(t)が斜面を!?」
「フォンデュ!」
 そんな大洗側の動きに驚くフォンデュに声をかけてきたのは――
(ガレット!?)
「38(t)はこちらで引き受けます!
 ソミュアハート・ブルはM3を!」
「り、了解です……っ!」
 応え、M3を追うよう操縦手に指示を出すフォンデュだったが、内心では動揺を隠しきれずにいた。
(ガレットから指示されるなんて初めて……
 あのガレットが、試合に前のめりになってきている……!?)
(この期に及んで戦力を分ける……?
 いったい何を企んで……?)
 フォンデュの動揺にはまるで気づくことなく、ガレットは目の前の38(t)に集中していて――
(作戦通りシャールがかかった!)
 だがその動きは大洗側の思うツボ。追われる38(t)の車内では桃が小さくガッツポーズ。
(よぅし、そのままついてk

 ドゴーンッ!(←至近弾)

「ヒィィィィィッ!?」
「桃ちゃんしっかり牽制してよ!」
 しかしそんな余裕も秒殺ではがれ落ちるのがこの人。B1bisの砲撃に悲鳴を上げる桃を柚子が叱咤する。
 その一方で――
「……いくよ、みんな」
 ソミュアから逃れて――否、ソミュアを引きつけているM3が次の動きを見せようとしていた。息をついて心を落ち着け、梓が車内の仲間達に告げる。
「私達が少しでも変わったってこと、先輩達に見てもらうんだ!」
「らじゃーっ!」
 梓の言葉に操縦手の桂利奈が応え、M3もまた進路を右へ。盆地へと突入していく。
(M3も斜面を下った!?
 38(t)と合流するつもり!?)
「そんなこと、許すワケないですわ!」
「ぅわ、ソミュアが追いかけてきた!」
「そっちは今は無視っ!」
 対し、それを追ってフォンデュのソミュアも盆地へ突入。声を上げるあやだったが、梓はその報告を容赦なくぶった切った。
「今はシャールに集中!」
 そう、今はソミュアよりもB1bisを、38(t)の誘導に引っかかったあちらをまず叩く。
 当然、M3はソミュアから狙われまくることになるが、そんなことは百も承知。先ほど桃と梓が話していた通り、火力の差からM3がより警戒されるであろうことはわかっていたのだから。
 だが――
(柾木先輩なら、むしろそれを利用する……っ!
 シャールの足止めやソミュアに対する囮……厄介事全部引き受けて、38(t)のチャンスを作る!
 柾木先輩みたいにはできないけれど……私達だって!)
「Eチーム、今です!」
「桃ちゃん、いくよっ! しっかりつかまって!
 斜面に向けて最大戦速っ!」
「桃ちゃん言うなーっ!」
 梓の合図で柚子が動いた。桃のツッコミも何のその、自分達が下ってきた斜面へと転進。今度はその斜面を勢い良く上り始める。
 斜面を下ったM3と入れ替わる形だ。合流するつもりはないのか――
「38(t)がまた……!?
 今度は何のつもりですの!?」
 そんな38(t)の行動の意図が読めず、思わず声に出して――と、そこでガレットはふと我に返った。
 相手の策を読もうと集中し、読めないのが歯がゆくて思わず毒づいた、そんな、試合に夢中になっていた自分に気がついて。
 そもそもさっきだって――
(そういえば……フォンデュに指示なんて出したりして……)
 明らかに今までの自分の態度ではない。これはきっと……
(ボロボロなのに前に進もうとする、エクレールの姿……どうしてそこまでできるのか……
 あんな、心から死に物狂いな姿を見せつけられたら、意地を張って手を抜いていた自分がバカみたいじゃない……)
 内心の苦笑が表情に出たか、気づけばガレットの口元は楽しげにほころんでいた。
(もしかしたら、こんな私にでも、って……変な夢を見たくなってしまいますわっ!)
「38(t)を追います!
 斜面に向けて最大戦速!」
『Compris!』
 ガレットの指示に乗員が答え、B1bisは38(t)を追って斜面を駆け上がり――
「シャールが斜面を上った!」
「作戦通りっ!」
 だが、このガレットの選択こそこちらの思惑通り。あややあゆみの上げた声にうなずき、梓は次の指示を下す。
「追撃するよ!
 “サンドイッチ作戦”開始!」
「らじゃーっ!」
 桂利奈が答え、M3が突如転進。彼女達もまた斜面を目指す――これに虚を突かれたのが、M3を追っていたソミュアに乗るフォンデュである。
(このタイミングでM3も!?
 まさか、彼女達の狙いは――)
「こちらもM3を追撃!」
 あわてて指示を出すフォンデュだったが、その動きは明らかに出遅れた。M3との距離が見るからに開いてしまったのを見て、思わず舌打ちがもれる。
「あや! ソミュアを近づけさせないで!」
「了解っ!」
 しかも、梓達もそんなフォンデュ達の動きを読んで、すでに上部主砲を後方、すなわち追ってくるソミュアに向けていた。あやの砲撃で足元へ揺さぶりをかけられ、ソミュアはますますこの場の動きに乗り遅れてしまう。
 そうこうしている間に、38(t)、B1bisに続いてM3も斜面を上り切ってしまう。この構図は――
(やられた!
 シャールダイヤ・ブルがはさまれた!)
 こうなる前に止めることができず、フォンデュが内心で悔しがる――そう、38(t)の後を追うB1bisをさらにM3が追いかけ、はさみ込んでいる。
 さらに自分達のソミュアはM3からの牽制で出遅れて後方に離されてしまっている。ほぼ完全にはさみ討ちの形へと持っていかれてしまった。
「ソミュアが追いついてくる前に仕留めてやる!
 撃てっ!」
 一方、大洗側も余裕があるワケではない。ソミュアに追いつかれたらM3を狙われ、はさみ討ちの状況を崩されてしまう。
 そうなる前にB1bisを仕留めなければならない。桃がB1bisに向けて砲撃――外した。相手の足もとに着弾し、一応の牽制にはなったが――
(くっ、こんなわかりやすい迂回挟撃に引っかかるなんて……っ!)
「ですがっ! あなた方がお相手しているのは重戦車なんですのよっ!」
 この場はそんな偶然の牽制よりもガレットの気迫の方が勝った。負けじと放つB1bisの砲撃が38(t)へと襲いかかる!
「生徒会チームがヤバいかも!」
「大丈夫っ!
 まだ次の作戦があるっ!」
 あっさり反撃を許し、いきなり攻めてるのか逃げてるのかわからなくなっている38(t)の姿に声を上げるあゆみだったが、梓はまだこれからだと返してくる。
「あや! 後ろのソミュアを近づけさせないで!」
「お、OK!」
「生徒会チームが後少し持ちこたえてくれれば、次の作戦ポイントに出る!
 そこで勝負だよ!」
 梓が一年生チームを鼓舞し、一方の生徒会チームもB1bisからの砲撃を懸命にかわしていき、走ることしばし――
「ここか!」
 開けた場所に出て、桃が声を上げる――そう、ここが、彼女達の次の作戦ポイントにして、最終決戦の場。
「さぁ、シャール、ついてこい!」
 言い放ち、桃がB1bisに砲撃して挑発。B1bis側がそれに乗って38(t)を追いかけ始めた一方、M3も後を追ってきたソミュアの迎撃にあたる。
 ――否。
(この作戦はタイミングが重要……っ!
 ドンピシャでシャールに……!)
 ソミュアへの対応はフェイク。本命はあくまでB1bisの連携撃破。ソミュアへの攻撃はあやに任せて、梓はじっと機を伺う。
 ここで狙いを外せば、作戦に失敗するだけでは済まない。自分達の代わりに敵中に取り残されることになる38(t)が袋叩きになるだろう。そうなれば次は自分達。そして――
(ここで私達が失敗すれば、チーム全体の勝ち目がなくなる……っ!
 絶対に決めるんだ、私達が!)
 38(t)のB1bisは追撃戦を繰り広げながら広場の外周に沿うように走っている。そこから約4分の1周ほど遅れてM3とソミュアがその後に続く中、梓は慎重にタイミングを測る。
(そうだ、失敗できないんだ……
 この作戦のヒントをくれた、柾木先輩のためにも!)

 

「……つくづく思うんだが、お前ら……
 オレんち知ってからますます図々しくなったな」
「す、すいません……」
「いや、お前さんを責めてるワケじゃないから謝るなよ。
 どうせ止めてくれたんだろ? 多勢に無勢はお前の責任じゃないだろ」
 それは数日前、ジュンイチの家でのこと――こちらのつぶやきに即座に謝ってくる梓に、ジュンイチはため息まじりにフォローを入れる――そんな二人は現在、人数分のお茶の準備中。
 まぁ、「茶」と言っても実際はココアだが。準備を終えて元作戦室、現ビデオルームへと向かい――
「ほら、茶と茶菓子のご到着だぞー」
『ありがとうございまーすっ!』
 梓以外の一年生チーム五人が、ゲームを楽しんでいた。
 ちなみに、何をプレイしているのかというと――
「ったく、いきなり押しかけてきて何かと思えば、『モンハン教えろ』だぁ?
 またお前らのキャラのイメージを豪快にぶち壊すチョイs
「だって、男子の間で流行ってるんですよね!?」
「勉強しておけば男子と付き合う時に話合わせられるじゃないですかっ!」
「……前言撤回だ。実にお前ららしい動機だわ。
 ただ、努力の方向性を豪快に踏み間違ってる点は一応ツッコんどくぞ」
 力説するあゆみやあやの言葉に、ジュンイチはため息まじりにツッコむが、
「そんなこと言って、先輩も好きなんですよねー? パソコン用のオンライン版、こんな大画面でできるようにしてるんですしぃ。
 実際にモンハン好きの男子が目の前にいるのにそんなこと言われても、ねー?」
「ぐっ……」
 優希のツッコミには反論できなかった――だってその通りだったから。
 それはそうと――
「ところで……阪口さんは何やってんだ?
 なんか、さっきから砂漠のエリア2をグルグル走り回ってるように見えるんだg……あ、スタミナ尽きた」
「追いつけないんですよーっ!」
 現在プレイしている桂利奈の答えに、だいたいの状況は察せられた。
「……ドスガレオスか」
「どーするんですか、これ!?
 音爆弾投げてもぜんぜん届かないしーっ!」
「だからクエスト始める前に瞬歩の実持ってった方がいいって言ったのにーっ!」
 ジュンイチに泣きつかんばかりの桂利奈にあやが返すが、
「先回りすりゃいいだろ」
 当のジュンイチの答えは実にシンプルなものだった。
「そいつ、エリア内をただ大回りに周回してるだけなんだから、逆走するなりマップの中央横切って横から襲いかかるなりすりゃいいんだよ」
「なるほどっ!」



(相手はCPUじゃないんだから、逆走やあからさまな中央の横切りなんかすればすぐに気づかれちゃうけど……応用は利く!
 しばらく38(t)を追いかけさせて、向こうに意識を向けさせた上で、ギリギリのところで飛び込んでやれば……っ!
 名付けて“モンハン作戦”……これでっ!)
「桂利奈!」
「よっしゃーっ!」
 ゲームから作戦のアイデアを拾った、なんて知ったら、みんなどんな顔をするだろうか。みほは驚くだろうが、ジュンイチは満面の笑みでサムズアップしてきそうだ――内心で苦笑する梓の指示で、桂利奈がM3を転身。一直線にB1bisの予想進路上、予想される接敵ポイント目がけて全力疾走。
「――っ!? ここへきてシャールに!?」
 となれば当然彼女も気づく。声を上げるフォンデュだったが、M3からの攻撃に意識を向けていたため、突然こちらへの攻撃を放り出してB1bisのもとへと向かったM3の方針転換についていけず、出遅れてしまう。
「シャールを狙ったかと思えばこっち、こっちを狙ったかと思えばシャール!
 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ! 何がしたいんですの、あなた方は!?」
 思えば、一年生&生徒会チームの作戦開始以降振り回されっぱなし、後手に回りっぱなしだ。思わず毒づくフォンデュだったが、
「煙幕展開!」
 そんな彼女に非情の追い討ち。梓の指示でM3の展開した煙幕に視界を阻まれ、M3との距離をさらに離されてしまう。
(38(t)……ずっとこの広場を回っているだけ……?
 この速度で旋回していては砲は使えないから、攻撃狙いではないはず……Uターンして戻るつもり……? でも、何のために……?)
 一方、M3とソミュアのそんな攻防を知る由もないガレットは、38(t)の動きからその思惑を読み取ろうと思考を巡らせていた。
(ただ言えるのは、38(t)の火力でこのシャールは倒せない……
 どうすることもできずにいる獲物が目の前にいる、こんな好機を逃す手はありませんわっ!
 何か企んでいるなら、その企みが成る前に倒すまで!)
「いいですか! 絶対に引き離されないよう――」
「ガレット様!」
 決断し、指示を出そうとした瞬間、通信手の悲鳴に近い声が上がる。
「左9時方向、M3接近!」
「なっ!?」
 そう、側面を突いてきたM3の登場である。
「75ミリ砲、撃て!」
 ガレットの反応を待たず、梓の指示でM3が発砲――が、側面に叩き込んだ砲撃はB1bisの装甲に弾かれてしまう。
「ウソぉ!?
 戦車って、側面は弱いんじゃ!?」
「『正面よりは』ってだけ! 75ミリ砲じゃムリだったんだ!」
 思わず声を上げるあゆみに、梓は冷静にそう答えた。
 そう――梓は冷静だった。
 なぜなら――
(今のが効かないのも想定済み!
 “撃ち抜くつもりでいると思わせられればそれでいい”!)
「桂利奈!」
「あいあいさーっ!」
 梓の合図に、あらかじめやることを聞かされていた桂利奈はすぐに反応した。M3を加速させ、B1bisへと突撃。そして――
「くぅらえぇ〜いっ!」
 B1bisへと、渾身の体当たりをぶちかます!
「キャアァァァァァッ!」
「生徒会チーム! 今です!」
「おぅっ!」
 ガレットの悲鳴、そして梓の号令と桃の応えが交錯――M3の体当たりで動きの停まったB1bisの側面に回り込んだ38(t)が、至近距離から砲撃をお見舞いする!
 が――
「効かない!?」
 至近で叩き込んでも、B1bisの装甲を貫けない。ならばと背後に回り込むが、そこからの砲撃でもやはりダメだ。
「だ、ダメだぁっ!?」
「なんて装甲!?」
 まさか至近距離からの砲撃でも倒せないとは――思わず悲鳴を上げる桃や梓だったが、
「…………お?」
 その一方で、杏はあることに気づいていた。
 もし自分の見つけたモノが見間違いでなければ、今自分達がB1bisを倒せなかったのは――
「舐めるなぁっ!」
 しかし、杏がそれをみんなに伝えるよりも早く、ガレットが動いた。素早くM3の押さえ込みから逃れると、そのままM3へと砲口を向ける。
「速い!?」
(シャールの旋回速度ってこんなに速いの!?)
 この土壇場で見せた、相手の思わぬ底力に梓が戦慄。そんな彼女へ、M3に向けてB1bisの主砲が火を吹いて――



 砲撃は、割って入った38(t)に突き刺さっていた。



「生徒会チームが!?」
 重戦車の砲撃を至近で食らったのだ。吹っ飛ばなかっただけでもまだ幸運か――38(t)の上にピョコンと立ち上がった白旗を見て桂利奈が声を上げて――
〈おーい、一年〜〉
 38(t)の杏から通信が入った。
〈シャールの脇のダクトを狙え〜〉
「え?
 でもさっき、河嶋先輩が狙ってダメだったんじゃ……」
〈ん。そだね。
 だって――〉







〈かーしま、あの至近から全部ダクト外してたから〉







『…………えー…………』
 そう――先ほど38(t)の起死回生の強襲が通じなかったのは、決してB1bisの装甲に屈したワケではなかった。
 前回の試合でも超至近から外した、桃のドノーコンこそがすべての元凶――せっかく強襲を成功させたというのに、撃ち込むべき急所をことごとく外し、周りの頑丈な部分にばかり当てていたのだ。そりゃあ効かないはずである。
 もし杏がダクト周りの砲弾の着弾痕に気づかなければどうなっていたことか――いや、今はそんなことはどうでもいい。
「桂利奈! 回り込んで!」
「あい――っ!」
 今はB1bisに今度こそトドメを刺す方が先決だ。梓の号令で桂利奈がM3を急発進。B1bisの左側へと回り込む!
「あや! 目標、側面ダクト!」
「――――!?
 しまっt
「撃てぇーっ!」
 M3にとって幸運だったのは、38(t)から立ち上る煙が煙幕となってくれたこと――遅れてM3の動きに気づいたガレットだったが時すでに遅し。M3の砲撃を至近で、ダクトからエンジン部へと撃ち込まれたB1bisが白旗を揚げて沈黙する。
「これで残るはソミュアだけ!」
 白旗を確認し、梓は次の獲物へと意識を切り替え――
「よくもシャールを!」
 そんな梓や一年生チームに、ようやく煙幕を抜けて姿を現したフォンデュのソミュアが襲いかかる!



    ◇



「このぉっ!」
 砲手が吠え、R35の主砲が火を吹く――が、砲撃が貫いた、目の前の土煙の向こうには、敵戦車の姿はない。
「なっ!? どこに!?」
 見失った標的の姿を探し、R35の車長が声を上げ――ズドンッ!とW号の砲撃が、車長が見回していたのとは反対側から叩き込まれた。
 正面突破と見せかけるために真っ向から突撃。機銃で目の前の地面を撃って土煙を巻き起こし、それに紛れて回り込んだのだ。
 それは、チャフスモークを炊けない前方の敵に対し、姿を隠す煙幕戦法のひとつ――基本に忠実に、危なげなくR35を撃破。今度こそ白旗をしっかり確認して、みほはW号の砲塔から顔を出した。
「武部さん、みんなの状況は!?」
「一年生と生徒会は、生徒会と相手のシャールが脱落。
 柾木くんはエクレールさんと戦ってる……けど、最初の攻撃で警戒されちゃって攻められないでいるみたい!
 どうする、みぽりん!?」
「柾木くんは生身だし、一年生チームは純粋に練度が違う……どっちも、いつやられてもおかしくない……」
 沙織の問いに、みほは少し考え、
「……柾木くんの様子を見に行きます!
 守りに徹した時、生存の可能性が高いのは場馴れしている柾木くんの方です。様子を見て、もちこたえられそうなら先に一年生の救援に向かいます!
 冷泉さん!」
「柾木のところだな、りょーかい」
 みほの指示にうなずき、麻子はW号を走らせる――その間に、みほは咽喉マイクのスイッチを押し、
「柾木くん!」



    ◇



「あぁ、聞こえてる!」
 みほに答え、ジュンイチが苦無手榴弾を投げつける――命中。突き刺さったそれが爆発するが、ソミュアを撃破するにはまだ足りない。
 ジュンイチもそれはわかっているから、爆発に紛れて近寄ろうと地を蹴る――が、
「来ましたわ! 後退!」
 エクレールもそれを読んでいた。素早くソミュアを後退させ、ジュンイチの魔手から逃れる。
 が、当然そんなことをすればソミュアとジュンイチをつないでいる超強力ゴム製の帯が張られることになり――
「停止!」
 エクレールも、ジュンイチがその張力を使って飛び込んでくるのを警戒していた。すぐにソミュアを停止させ、それ以上帯に力が蓄えられるのを防ぐ。
 対し、ジュンイチもさらに帯を張ろうとバックステップ――そうはさせまいとエクレールもソミュアを前進させる。
 さっきからこの繰り返しだ――あの手この手で帯を使い距離を詰めようとするジュンイに対し、エクレールも巧みに間合いを維持してそれを許さない。
 ジュンイチに機銃を壊されてしまい、エクレール達の側にジュンイチを撃破する手段はない――まだ主砲が生きているが、そんなもので歩兵を狙うなど、実際の戦場ならともかく戦車道で許されるはずもない。せいぜい照準を彼に向け続けて威嚇することぐらいしかできはしない。
 かと言って、彼にかまわずこの場を離れるワケにもいかない。帯につながれたままそんなことをすれば、また先ほどと同じように岩とジュンイチ本人とのダブルアタックをもらうハメになる。先の攻撃に使ったような岩はまだまだそこら中に転がっているのだ。
(くっ、完全に足を止められてますわね……っ!
 歩兵ひとりにここまで手こずるなんて……)
(警戒されてんな……
 帯を使った“パチンコ作戦”もなかなか形に持っていけないし……)
 お互いに決め手を欠いた状態だ。エクレールとジュンイチ、それぞれが内心でうめき――
「柾木くん!」
「西住さんか!」
「――――――っ!?」
 ジュンイチの背後、先ほど自分達がジュンイチに落とされた崖の上にW号が姿を現したのを見て、エクレールの背筋が凍りついた。
 ジュンイチひとりでも手こずっているのに、この上W号まで――
(――いえ、違う!
 これはチャンスですわ!)
 しかし、同時にエクレールはこの状況に活路を見出していた。
 ジュンイチはW号戦車付きの随伴歩兵だ。先にW号を叩くことができれば、それは同時にジュンイチのリタイアにもつながることになる。
「W号を狙います!
 みなさんはわたくしにかまわず彼の攻撃を警戒! わたくしが合わせます!」
 言って、エクレールは主砲の照準をジュンイチからW号へ切り替える。
 ジュンイチに動きはない。そのまま狙いを定め、主砲を発射。W号を仕留めるべく、起死回生の砲弾が撃ち出され――
「させっかよ!」
「――――っ!?」
 つかまれた。
 それはまるで、バスケットボールのパスカット――タイミングを合わせて跳んだジュンイチが、放たれた砲弾に手をかけたのだ。
(投げ返しが来る――!?)
 その光景に背筋が凍るエクレールだったが、その恐怖に反して、ジュンイチからあの“砲弾返し”が放たれることはなかった。
 当然だ。不安定な空中では、どうしたってジュンイチの回転よりも砲弾の直進ベクトルの方が強い。勢いに巻き込まれるのはジュンイチの方だ。
 案の定、つかんだ砲弾に引っ張られたジュンイチがW号に向けて吹っ飛ばされて――



 止まった。



 まるで急ブレーキでもかけたように急激に減速、空中で停止する。
(――――しまった、帯!)
 その原因に思い至ったのはエクレール――そう。ソミュアとジュンイチをつなぐ帯が、“張力の限界までピンと張られている”
 言うまでもなく、つかんだ砲弾に引っ張られて吹っ飛んだ勢いによるものだ――ジュンイチはあえて吹っ飛ばされることで、一気にゴム製の帯を限界まで張り、自分がその反動で飛び込むための力へと変換してみせたのだ。
 両者をつなぐのがゴムというのも良かった。帯に使われたゴムが勢いを急速とはいえ流動的に吸収したことで、ジュンイチの強化された骨格ならなんとか耐えられるレベルにまで衝撃が緩和された。もし両者をつなぐのが鎖のような弾性に欠けるものであったなら、一瞬ですべての力が加わって、いかにジュンイチと言えどその両腕を引き千切られていたことだろう。
 一秒にも満たないわずかな時間に、エクレールがこの場で起きたことを理解して――
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 その時が来た。砲弾の勢いをゴムの反動の力が上回り、ジュンイチがすさまじい勢いでソミュアに向けて引き戻される!
 今の、装甲の傷ついたソミュアで、あの勢いから放たれる一撃に耐えることは――エクレールが自らの乗るソミュアの末路を察し、思わず目をつむり――







 ジュンイチは、そのままソミュアの脇を駆け抜けた。







「え…………?」
 てっきり、これで一撃をもらって終わると思っていた――予想だにしなかった展開に、エクレールの目がテンになる。
 今のは何だ。こちらにトドメの一撃を加えるつもりではなかったのか。先ほど、このソミュアの車体をククリナイフで斬り裂いたように――
「………………あ」
 と、そこで――具体的には自らの思考の中の“ククリナイフ”というキーワードで、気づいた。
 今の彼は、左手をソミュアにつないだ帯に、右手を勢いをつけるためにつかんだソミュアの砲弾によってふさがれていた。
 そう、攻撃の起点となる両手がどちらも使えなかった。今の彼に、こちらを攻撃する手段はなかったのだ。
「ここにきて、とんだ凡ミスでチャンスをつぶしましたわね!
 今のうちに、W号を叩かせてもらいますわ!」
 強気の発言だが、歩兵であるジュンイチへの攻撃手段を喪失した今のソミュアがこの状況で勝利するには、結局W号を撃破する以外に道はなかったりするのだが――ともあれ今がチャンスとばかりに、エクレールは次の砲弾を装填して――
(今頃、オレが一撃入れなかったのは両手がふさがっていたから、とか思ってんだろうなー)
 対し、ジュンイチは勢い余って地面をえぐるようにスライディングして、今ようやく停止したところだった。そのままの姿勢で、内心つぶやく。
(とはいえ……正解なんだけどな。
 その通りだよ、エクレール……あの時点でのオレには、お前を撃破する手段はなかった)
 “何も手にしていない、もぬけの空の右手(血みどろ)へと”視線を落としながら。
(だからさ――)
 そんなジュンイチの様子など露知らず、エクレールはW号へと狙いを定め――



「お前さんに自爆してもらうことにしたよ」



 引き金を引いた瞬間――先のすれ違いざま、ジュンイチの手によって砲口から砲弾を投げ込まれていたソミュアの主砲が暴発。砲身の真ん中辺りが内側から弾け飛んだ。



    ◇



〈マジノ女学院、ソミュア隊長車、攻撃能力喪失――失格!〉
「そんな……っ!?」
 無線から聞こえた、審判団による他所の戦いの結末――その内容に、フォンデュは思わず自らの耳を疑った。
(エクレール様がやられた……そんなバカな!?)
 動揺のあまり砲身の向きを調整するハンドルの操作を誤り、彼女のソミュアの砲身が揺れて――
(――動揺してる!?)
 それを見逃さなかったのは、同じ報告を聞いていた梓だ。
(攻めるなら今――っ!)
「後退全速っ!」
「――――――っ!?」
 梓の指示で、M3が急速後退。ソミュアの目の前を横切る――エクレール脱落の報に動揺していたところにこの急激な動きに驚かされ、フォンデュは思わず主砲の引き金を引いてしまった。放たれた砲弾は何もない空間を虚しく撃ち貫く。
 そして、その誤射はフォンデュに、マジノにとって致命的なスキであり、対する大洗にとっては勝利への好機――
「右に信地旋回っ!」
 相手の再装填を待ってやる理由などあるはずもなし。梓の号令でM3は素早くターン。ソミュアの側面を捉え、
「75ミリ砲、撃てぇーっ!」
 至近距離から、下部主砲を叩き込む!
 先のB1bis戦の教訓から、側面のダクトにきっちりお見舞いしてやった。さすがのソミュアもこれにはたまらず白旗を揚げる。
 それはすなわち――



〈マジノ女学院、全車行動不能!
 大洗女子学園の勝利!〉



 この試合の、すべての決着を意味していた。



    ◇



「…………ふぅ……」
 目の前には、砲身を失い、完全に戦闘能力を喪失したソミュア――マジノ側の選手の待機所へと戻り、中から降りてきたエクレールは、外から改めて相棒の有様を目の当たりにしてため息をついた。
 と――
「エクレール様」
 声をかけられて振り向くと、悔し涙をこらえるソミュアの操縦手が、エクレールのパンツァージャケットの予備を差し出してきた。
「替えのお召し物です。
 あいさつに行かれるのでしたら必要かと……」
 その言葉に、自身の服を見下ろす――先ほど吐いてしまった後一度着替えているが、その後の戦闘、特に最後の暴発の際に煤を浴びてしまったことですっかり薄汚れてしまっている。
 確かに、このままあいさつに行くのは、ホーム側として大洗に対して失礼だろう。彼女達の気遣いに内心で感謝する。
 その一方で、同時に申し訳なくも思う。今にも泣き出してしまうそうなぐらい悔しがっている彼女達にこんなにも気を遣わせてしまって――
 そんな彼女達に、今のエクレールがしてやれることは――
「……わかりましたわ。
 では……行ってきますわっ!」
 マジノの、彼女達の隊長として、最後まで誇り高くあり続けること――きっと誰にも、永久に答えの出せないであろうその問いに自分なりの答えを見出し、エクレールはパンツァージャケットを受け取った。



    ◇



「……お疲れさま、柾木くん」
「あん……?」
 マジノ側と同じく自分達の待機所に戻った大洗の面々――W号に背を預ける形で地べたに座り込んでいたジュンイチは、不意に声をかけられて顔を上げた。
「麦茶もらってきたけど……右手大丈夫?」
「もーとっくにカサブタ張ってるよ」
 みほだ――答えて、彼女が両手に持ってきた麦茶の紙コップの一方を受け取る。
 だが、ちびちびと少しずつ麦茶を飲むその態度は不機嫌そうで、気になったみほはジュンイチに尋ねた。
「どうかしたの? 勝ったのに嬉しくなさそうだけど」
「個人的には、設定してた自己課題を達成できなかったからな」
「課題……?」
 ジュンイチの答えにみほが聞き返すと、
「みぽり〜んっ!」
 みほのことをあだ名で呼びながらやってきたのは沙織だ。
「沙織さん、どうしたの?」
「うん、ちょっと“お客さん”をね」
「『お客さん』……?」
 みほが思わず首をかしげていると、
「ごきげんよう、西住さん」
 沙織の後ろに控えていた『お客さん』ことエクレールが声をかけてきた。
「え、エクレールさん!?」
「まさか、こんな接戦になるとは思いませんでしたわ」
 思いもよらない来客の正体に驚くみほに、エクレールは握手を求めてきた。応じるみほに、笑って告げる。
「でも……久しぶりに楽しくて、良い試合でしたわ」
「わ……私もです。
 エクレールさんの作戦に、翻弄されっぱなしでした」
「あら、そうかしら?」
 みほの返事に対し、エクレールはクスリと笑って――視線を向けたのはジュンイチだ。
「少なくとも、あなたは見抜いていたんじゃありませんの?
 こちらの“仕掛け”のひとつに」
「マメタンどもの動きがやたらと良かったことについて言ってる?」
 エクレールの言いたいことはとっくにお見通しだったようだ。ジュンイチはあっさりと、彼女の“答え合わせ”に応じてきた。
「お前さん、重戦車とマメタン、一対一でバディ組ませてたろ?」
「バディ……二輌一組のコンビだったってこと?」
 聞き返してくるみほに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「周りを見る余裕のないFT-17やR35の車長に代わって、相方の重戦車の車長が、マメタンどもの動きや周りの様子に気を配ってやっていたのさ。
 そうすることで、マメタン側が動きや砲撃に専念できるだけじゃない。マメタンどもの死角もカバーできる――重戦車側の負担はその分重くなるけど、悪くない手だ。
 “見てる余裕がないならいっそ見ない”――その手の思い切ったやり口は嫌いじゃないぜ」
「……正解、ですわ」
 ジュンイチの開設に、エクレールは肩をすくめてうなずいた。
「ちなみに……なぜ気づきましたか?」
「一言でぶっちゃければ……“やりすぎた”んだよ、おたくらはな」
 今度はジュンイチが肩をすくめる番だった――エクレールの問いにそう答える。
「ただ動きがいいだけならまだ良かった。単なる練度の高さのなせる技って可能性も残ってたからな。
 けど、その後……オレの煙幕で視界を奪われたFT-17が、二輌共煙幕の外側から仕掛けたオレの動きに対処してみせた。さすがにアレはやりすぎたな。
 アレでピンと来たのさ。アイツらの“目”は外に、それもあの状況で、オレの動きも含めて見渡せるぐらい外側にあるんじゃないか、って。
 後の推理はそこからの芋づる式さ」
「なるほど」
「そこまでわかれば、後の攻略は簡単さ。
 要は外側からの“目”をつぶせば、それを頼りにしてるマメタンどもの動きは封じられる――オレも巻き込む規模で煙幕を張っただけで、それまでがウソみたいにあっけなく撃破できたよ」
「……慧眼、恐れ入りますわ」
「いやいや、目の話をするなら……」
 エクレールに答え、ジュンイチが見た先では、エクレールについてきたのだろう、フォンデュが一年生チームに声をかけていた。
「あの……大洗の、M3に乗っていたのはあなた達だと聞いたのですけど」
「はい、そうでs……って、マジノの副隊長さん!?」
 まさか試合後のあいさつで自分達が声をかけられるとは思っていなかったようだ。代表して返事をした梓が、相手の正体に気づいてギョッとする。
「ひとつ、聞いておきたいことがあるのですけど、かまいませんか?」
「わ、私達に……ですか?」
「はい」
 聞き返すあゆみに、フォンデュはうなずき、本題に入った。
「私達と一対一になった、あの最後の局面……
 あの時、あなた達はそれまでの逃げの一辺倒から一転して攻め込んできた……あの時、あなた達に攻め時だと判断させたのは、いったい何だったのでしょうか?」
「え? それは……」
 フォンデュの問いに、梓はどう答えたものかとしばし考えて、
「あの時……フォンデュさん、エクレールさんがやられたって聞いて、動揺してたから……
 だから、今攻めたら勝てるかな、って……」
「――――っ!?
 『してた』……って、わかったんですか!? 私が動揺していたのが!? 予想とかではなくて!?」
「は、はい……」
 驚くフォンデュの様子に、梓もまた彼女の驚きぶりに驚かされながらもうなずいてみせた。
「あの時、ソミュアの砲身が揺れたのが見えて……
 ウチの砲手の子達も、驚いた時とか動揺した時とか、主砲の操作レバーを扱い損ねて砲身をよく揺らしちゃうんで、『あ、これは』って……」
「え!? あの距離でわかったんですか!? 砲身のブレが!?」
「え? わかりませんか?」
「いや、普通わかりませんよ!?」
「……とまぁ、あんな感じに、オレなんかよりもよっぽどトンデモナイもんが見えてるヤツがあそこにいる」
『……え、えぇぇぇぇぇ……』
 フォンデュと梓のやり取りを指してのジュンイチの言葉に、みほもエクレールも目を丸くするばかりだ。
「えっと……柾木くん、知ってたの……?」
「逆に聞きたい。西住さん知らんかったの?
 アイツ、最初の模擬戦の時、オレに背後に回り込まれたのを目で追ってみせたんだぞ?」
「えぇっ!?」
 驚くみほの反応に、「アレ? 話してなかったっけ?」とジュンイチが首をかしげる――思い返してみれば、確かに話した記憶がない。
 と――
「ま、まぁ、先の質問については理解できましたわ」
 コホンと咳払いして場を仕切り直し、動揺を抑え込んだエクレールが口を開いた。
「では……最後にもうひとつ、質問をよろしいですか?」
「おぅ、いくつでもどーぞー」
「中盤の、逆包囲作戦のことです」
 あっさり答えるジュンイチにエクレールが挙げたのは――
「あの、急ブレーキによって追撃していたわたくし達を追い抜かせて、自分達の輪の中に駆け込ませた逆包囲作戦……どうしてあんな無茶な作戦を?
 一歩間違えば、避け損なったわたくし達が衝突して、大きな事故になっていたかも知れないのに……
 しかも、わたくし達はついこの間まで陣地戦ばかりで、機動戦の経験も浅い……事故の可能性は、ずっと高かったはず……」
「そうならないと、信じていたからな」
 エクレールの問いに対するジュンイチの答えに、一切の迷いはなかった。
「信じていた……?」
「あぁ」
「ですが、こればかりは仲間を信じれば成るという作戦じゃありません。
 だって、急ブレーキをかけたあなた達を回避するのはわたくし達で……」
「うん。だから……」



「お前らを信じた」



「………………え?」
 一瞬、エクレールはジュンイチの言っていることが理解できなかった。
「わたくし達を、信じた……?」
「あぁ」
 やはり、ジュンイチの答えに迷いはなかった。
「お前ら、伝統の陣地戦を転換してまで、“勝てるマジノ”へと変わろうとしていたんだろう?
 その情熱を、オレは信じた――そこまでして勝ちたいと思って、練習を積み重ねてきたヤツらの技量が、あの状況に負けるはずがない……ってな」
「………………」
 ジュンイチの言葉に、エクレールは完全に言葉を失っていた。
 つまりジュンイチは、仲間達だけではない、対戦相手すらも信じて、あの作戦を実行したということか――
「……わたくし達が、勝てないはずですわ……」
「そ、そんなことないですよっ!」
 なんだか器の違いを思い知らされたような気がして、エクレールが肩を落とす――すっかりジュンイチに凹まされてしまったエクレールの姿に、みほがあわててフォローの声を上げる。
「こっちこそ、柾木くんがそうやって作ってくれた優位をあっけなくひっくり返されて……最後なんて、ほとんど幸運に助けられたようなものですよ」
「……そうかもしれませんわね。
 でも、その“幸運”を手にするために、誰もが努力してますのよ」
 そんなみほの気遣いに、エクレールの気はいくらか晴れたようだ。顔を上げ、みほの謙遜に対してそう諭してきた。
「それに、偶然があったとしても戦車道はチームワーク。
 個人がどれだけがんばっても、どれだけ運が良くてもチームが勝つことはできません。
 転がり込んできた幸運を、勝つためにチーム全体で活かしきってみせた――紛れもなく、今回の勝利はみなさんのチームワークが招き寄せた、みなさんの実力の賜物ですわ」
「…………はいっ!」
 エクレールの言葉に、今度はみほが励まされた。賛辞を受け入れ、うなずくみほに、エクレールは笑顔でうなずき返して、
「では、次に会うのを楽しみにしていますわ」
 そう告げて、さっそうときびすを返したエクレールは、フォンデュを伴って引き上げていき――
「…………次、ね……」
 彼にしては珍しく、ジュンイチはずいぶんと気乗りしない様子でそうつぶやくのだった。



    ◇



「やったぁっ!
 たかちゃん達が勝った!」
「フフンッ、あたしらが鍛えたんスから、アレくらいはやってくれないと困るっスけどねー♪」
 一方こちらは観客席。興奮のままこちらの肩をつかんで揺さぶってくるカルパッチョに、ペパロニも喜びを隠しきれない様子で笑いながらそう答える。
「よかったですね……
 大洗の初勝利ですよ、ダージリン様」
 そして聖グロリアーナの側でも、オレンジペコが喜びながらダージリンへと声をかけ――
「――って、あれ?
 ダージリン様……?」
「あれ? そーいやドゥーチェもいないっスね……?」
 ようやく、自分達の隊長の姿がないことに気づいていた。



    ◇



 聖グロリアーナ組とアンツィオ組が陣取ったのとは別の一角――今、その観客席からひとりの少女が立ち去ろうとしていた。
 身にまとう制服はマジノのもの。栗色の髪をツーサイドアップにまとめ、前髪はカチューシャで押さえているその女生徒は立ち去る前に改めてオーロラビジョンへ、試合のリプレイを流すその映像へと振り返り――
「残念でしたわね」
 声をかけられた。振り向くと、そこにいたのはアンチョビと並び立つダージリンだ。
「まー、惜しいところまではいってたぞ、うん。
 けど、あと一押しのところでひっくり返されたな」
「さすが、あなたを倒して隊長の座を勝ち取っただけのことはあるわね――マドレーヌさん?」
 そう。二人が声をかけた女生徒こそ、エクレールの前のマジノ女学院戦車道チーム総隊長、マドレーヌその人であった。
「あら、聖グロリアーナとアンツィオの“現”隊長が、二人そろってマジノの“元”隊長に何の用かしら?」
「おいおい、ひがむなよ。
 せっかく、お前の後輩の健闘をたたえに来てやったってのに」
「冗談よ。
 ちゃんとわかってますわ――ありがとう、アンチョビさん」
 アンチョビに答え、クスリと笑うマドレーヌに対し、今度はダージリンが話しかける。
「今日は、あなたの後輩に本当にいい試合を見せてもらったわ。
 ひょっとしたら、あなたが率いていた頃のマジノよりも強くなっているんじゃないかしら?
 何しろ、あなたが到達できなかった領域に、あの子は足を踏み入れたのだから」
「えぇ。本当に自慢の新隊長だわ」
「え? 何? どういうことだ?
 『マドレーヌが到達できなかった領域』って……まさか!?」
「えぇ。
 機動戦への移行を考えていたのは、エクレールさんが最初ではなかった……そういうことよ」
 ひとりだけ話について来れていなかったアンチョビにダージリンが答える――マドレーヌに視線を向けると、彼女もまた静かにうなずいてみせた。
「私だって、母校がかつての栄光から遠ざかっていることに、何も考えていないワケではなかったわ。
 でも……マジノの戦車が、戦車道のレギュレーション下での機動戦には決定的に不向きだと知ったことで、私はその“先”へと踏み出すことをやめてしまった。
 きっと、歴代の先輩達もそう。機動戦は“やらない”のではなく“できない”。ならば多少の不利は覚悟の上で、防御戦そのものの練度を上げて、技術によって戦術の不利を跳ね返すしかない。そう考えて……あきらめてしまった」
 そう言うと、マドレーヌはオーロラビジョンへと振り返って、
「でも、あの子は躊躇なくその“先”へと踏み出した。
 そして、あの子なりの、その“先”の歩き方をひとつ、形にして見せた。
 それが正解かどうかは、これからのあの子達次第という段階だけど……それでも、私達が見つけることのできなかった可能性を見つけることのできたあの子は、きっとこれからもっと強くなる……」
「そこは、敵ながら認めざるを得ないところではあるわね。
 彼女は……エクレールさんは今後、必ずや我ら聖グロリアーナを阻む壁になr
「いやそれ以前にお前んトコ、今機動戦は苦手の極みじゃないか――頼みのクルセイダー隊の隊長、代わったばっかりだろ。ローズヒップだっけか?」
「うぐ……っ」
 マドレーヌに答えかけたところをツッコまれ、ダージリンがうめく――対し、ツッコんだアンチョビは気にすることなくマドレーヌを見返し、
「だが、才能は認めてやっても勝ちを譲る気はないぞ。
 機動戦はウチの十八番だ。積み重ねた実績の差を見せてやる」
「それは、私よりもあの子に言ってあげたらどうかしら?
 歴戦の機動戦術の名門にライバルと認められたと知れば、きっとあの子も喜ぶわ」
 アンチョビに答え、マドレーヌはクスリと笑って、
「もっとも、それがあなた達の首を絞めることにならなければいいけれど。
 あの子、ストレスに弱いクセして負けん気と向上心の塊みたいな子だから。きっと今頃……」



    ◇



「Merde!
 もう少しで勝てたかもしれませんのにっ! ものすごく悔しいですわぁっ!」
「え、エクレール様……」
 マドレーヌの予感は見事的中。大洗へのあいさつの帰り道、エクレールはフォンデュの運転するジープの助手席で子供のように悔しがっていた。
「フォンデュ! 帰ったらもっと練習しますわよっ!
 今度こそっ、絶対に勝ちますわっ!」
 決意を固め、グッと拳を握りしめるエクレールだったが――
「がんばってくださいね♪」
「………………」
 まるで他人事のようなフォンデュの返事に、エクレールのこめかみが引きつった。
「……重大な秘密を話しますわ。
 今わたくし、どなたかに手を上げたくてウズウズしてますの」
「どなたにですか?」
 あっさりと返された――余りにも平然と返ってきた返事にすっかり毒気を抜かれてしまい、エクレールは軽くため息をついた。
「不思議と、こんなやり取りを以前にもした気がしますわー」
「セカイは謎に満ちていますね、エクレール様っ」
 そんな会話を交わしつつ、二人を乗せたジープはマジノの仲間達のもとへと帰っていく――



 敗北こそしたが、確かに新たな一歩を踏み出したマジノ女学院チーム。
 彼女達がこの先どんな形に、どれだけ強くなるのか。その答えはきっともうすぐ出るだろう――







 来たる、戦車道全国大会の、その場所で。



    ◇



「柾木くん」
「んー?」
 大洗の学園艦に戻り、一同は解散――しかし、彼らはまだ帰ってはいなかった。
 今日の試合の記憶が少しでも鮮明な内にレポートにまとめておきたいとみほが居残りを宣言。訓練主任であるジュンイチもそれに付き合って生徒会室で作業中。
「そういえば聞きそびれてたんだけど……
 試合の後、今日の目標を達成できなかったって言ってたけど、どんな目標を立ててたの?」
「あー、その話な。
 別に大した目標じゃねぇよ」
 みほの問いに、ジュンイチは自分のレポートを書くペンの動きは止めないまま、
「ちょっと、生身単騎での重戦車の完全撃破に挑戦してみようかと。
 なのに、結果は自力で撃破できず、相手の攻撃を利用してようやく、だ――な? 大したことない話だろ?」
「ぜんぜんちょっとじゃないし十分に大した話だよっ!?」
 しれっと、トンデモナイ目標をぶち上げていたことを明かしてくれた。
「そうは言うけどさ、この先、そんなトンデモが必要になってくる場面は絶対に出てくるぜ?
 ウチの泣き所が純粋な戦車の性能不足にある点は結局解消されていないままだ。となりゃ、必然的に相手の戦車のもろいところを攻めるしかないってことは敵にもすぐさまバレることになる。
 奇策で攻めるのだって装備が同じままじゃ限界はグッと狭まる。タネ明かしをしながら手品をやってるようなものだからな――使えば使うほど、手の内は絞られていくことになる。
 結局、どっかにゴリ押し系の手札は必要になってくる」
「それはわかるけど、何も柾木くんがそれを担当しなくても……」
「戦車道のレギュレーションと予算の問題にがんじがらめにされてる戦車よりは、まだ見込みがあると思うけど?
 歩兵道には装備についてのレギュレーションは実質存在しないからな――装備次第では十分に狙っていけるさ」
「うーん……」
「ま、信じられないのもわかるけどな。
 レギュレーション無視でもいいなら今すぐにでもできるし、見せてやってもいいんだが……」
「ウチに重戦車、ないよ?」
「だよなぁ……
 ……ダージリンに頼んだらイケニエ差し出してくれないかな?」
「アンチョビさん達の時もそうだけど、簡単に他の学校巻き込むのやめない!?
 あと、戦車をイケニエとか言っちゃダメ!」
 ポツリと不穏なことを言い出したジュンイチにみほが声を上げると、
「いやー、西住ちゃんもだいぶジュンイっちゃんへのツッコミが板についてきたねー」
 そう言いながら姿を見せたのは杏だ。もちろん桃や柚子もいる。
「あ、会長。
 ひょっとしてもう生徒会室閉めますか? なら……」
「いや、そっちは大丈夫。終わるまでやってくれていいよ。
 とゆーか、西住ちゃんはもっと重大な問題があるでしょ?」
「え……?」
 杏の答えに、何の話かと首をかしげるが、杏はそんなみほの鼻っ柱に人さし指を突きつけ、
「ジュンイっちゃんとの連携」
「あ…………」
 杏に言われ、ようやくみほはそのことを思い出した。
「マジノが見せかけの防御陣形を解いて機動戦に移行した時……西住ちゃん、少し指示遅れたよね?
 思うに、ジュンイっちゃんから言われてた『慎重に』ってアドバイス、アレ意識しすぎて固くなってたんじゃない?」
「う…………」
「あー、アレそういうことだったのか……」
 口ごもるみほの姿は、杏の指摘が事実であると雄弁に物語っていた。自分の忠告が返って足を引っ張っていたと知り、さすがのジュンイチも頭を抱える。
「まぁ、今回は何とかなったからいいんだけどさ。
 でも、それを全国大会の本番でやられると、本気で優勝を狙ってるこっちとしては非常に困るんだよ」
「わかってるよ。
 オレとしてもそういうことなら無視できない。何とかしないと……」
 杏に答えて、ジュンイチは腕組みして考え込んで――
「それがわかっているなら話は早い」
 そう口をはさんできたのは桃だった。
「桃姉……?」
「いやね、西住ちゃんとジュンイっちゃんの連携不足を何とかするために、勝手なことして悪いとは思ったんだけど、もう“対策”の準備進めちゃってるんだよ」
 なぜここで割り込んでくるのか――桃の一言に眉をひそめるジュンイチには杏が答えた。
「本当は“こういうこと”は非常に問題だとわかっているが……背に腹は代えられない。
 日頃お前が“こっち方面”では品行方正にしていることもあって、先生方からも『柾木なら大丈夫だろう』と許可が下りた」
「おい! ちょっと待ったのしばし待ていっ! いったいぜんたい何の話だっ!?」
「だから、つまりね……」
 桃に聞き返すジュンイチに対し、杏はコホンと咳払いして、
「西住ちゃん!」
「はっ、はいっ……?」
 今までジュンイチと話していたところで、どうしてここで突然自分に――いきなり声をかけられて戸惑うみほに対し、イヤな“予感”が“確信”へと変わったジュンイチの顔がいろんな意味で赤くなったり青くなったり。
 そんなジュンイチの姿に柚子が「ごめんね」と合掌のジェスチャーで伝えてくる辺り、きっとジュンイチの考えていることは正解なのだろう――そして、杏はみほに告げた。
「今話した通り、西住ちゃんとジュンイっちゃんは連携強化のためにも、もっとお互いのことを良く知る必要があると思うんだよね」
「は、はぁ……」
「だ・か・ら・ね♪
 西住ちゃんには、これからしばらく――」







「ジュンイっちゃんちに同せげふんげふんっ、居候してもらうから」







 ………………
 …………
 ……







「……えぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!?」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第12話「パパッと優勝しちゃうだけだよ」


 

(初版:2018/04/23)