「……みぽりん」
「は、はい……」
 昼休み、Aチームの女子だけで開かれた昼食会――まぁ単なる弁当持ち寄りのお昼ご飯タイムなのだが、その席で、沙織は真剣な表情で、ずいっ、とみほへと詰め寄った。
 対するみほは、用件はわかっているので、そのプレッシャーに気圧されながらも動揺の気配はない。
 そう。用件はわかっている。何しろ――



「ほんっ、とーにっ! 柾木くんとは何もないワケ!?」

「なんにもないよぉっ!」



 この一週間、毎日のように繰り返されたやり取りであったから。
「えー? だって、年頃の男女がひとつ屋根の下、なんでしょ!?」
 そう、すべては一週間前、マジノとの練習試合が行われたあの日までさかのぼる。
 マジノ戦での序盤の苦戦、その原因がジュンイチからの進言をみほが重く受け止めすぎていたことにあると知った杏が、みほに「ジュンイチの家に居候して相互理解に務めるように」と言い出したのだ。
 当然、「男女がひとつ屋根の下でなんて暮らせるか」と(主にジュンイチが)反対したものの、すでに杏によって手は打たれてしまっていた。
 杏の生徒会長権限によって、みほの転寮手続きが済まされてしまっていたのだ。
 生徒の所在把握の都合上、住所そのものが変更される転寮は一度行ってしまうとその後一ヶ月は再申請ができない。つまりこれから一ヶ月間、みほの住所はジュンイチの家に固定されてしまったまま動かすことができない。
 ならば一ヶ月間、ジュンイチなりみほなりが家を出て余所に泊まれば……とも考えたが、それはみほが遠慮した。
 何しろ今回の話の発端がジュンイチとみほの連携強化にある以上、杏がそれを黙って見過ごすとは思えないからだ。
 必ず何らかの形で、世話になろうとする先の家に圧力をかけてくるに違いない。そんなことになれば、単に「厄介になる」以上の迷惑を相手にかけることになる。
 そして、「相手にそんな迷惑をかけるぐらいなら自分がガマンすればいい」と考えるのが西住みほという人間だ。結局今回の件について真っ先に折れてしまった。
 当然、沙織達も黙っていたワケではない。Aチーム全員で、杏の元へと直談判に向かったのだが――



「キミ達……ジュンイっちゃんに、西住ちゃんに手ェ出すような度胸あると思う?」



 この一言が、杏の完全勝利を確定させた。

 「決定内容よりもむしろ、アレでひとり残らず納得させられたことの方が納得いかねぇ」というジュンイチのコメントと共に。

 

 


 

第12話
「パパッと優勝しちゃうだけだよ」

 


 

 

「まぁ、確かに、あの場はアレで納得したけどさ。
 柾木くんって紳士を通り越してヘタレってぐらいにその辺固いし」
 本人がこの場にいたら確実にアイアンクローの刑かツッコミチョップをくらっていたであろう発言と共に、沙織は自分の弁当の唐揚げをひとつ、口の中に放り込み、
「でも、それでも友達が男の子とひとつ屋根の下、なんて状況になれば気になるよ。
 みぽりんだって、私達と立場が逆だったら気になるでしょ?」
「う、うん……」
 沙織の言う通りだ。自分だって男女のアレコレに興味がないワケではない。立場が逆になればきっと気になるだろう。
「それに、本人達にその気がなくても予期せぬアクシデントってヤツがあるでしょ。
 ほら、漫画とかでよくあるじゃない。男女が風呂場でバッタリ、とか」
「それこそさすがにないんじゃないですか?
 あの慎重な柾木くんがそんな凡ミスをするとは……」
 沙織の言い分に華が異論を挟んで――



「…………う゛」



『…………「う゛」?』
 聞こえたうめき声に注目すると、みほが冷や汗をダラダラと流しながら視線を逸らしている。
 今の話の流れでこのわかりやすいにも程があるリアクション。これは――
「……やらかしたのか?」
「はぅっ!?」
 尋ねる麻子にさらなるリアクション――もう間違いない。
「え!? 何!?
 まさかホントに!? 見られちゃったワケ!?」
「あ、いや、えっと……っ!」
「許せませんっ!
 西住殿の柔肌をしっかりその目に焼きつけられたんでしょう!? 何てうらy許されないことをっ!」
「落ちついてゆかりんっ! 本音ポロっと出かかってるよ!?
 こういう時は、そう! 素数を数えて落ちつくんだよっ! にーしーろーはーっ!」
「沙織こそ落ちつけ」
「それは二の倍数ですよ、沙織さん」
「じゃなくてっ!」
 エキサイトする沙織や優花里、そしてそれに冷静にツッコむ麻子と華――盛り上がる四人に対し、みほはあわてて待ったをかけた。再び一同から注目を浴びる中、深呼吸して呼吸を整える。
 だが、呼吸を落ちつけているはずがその顔はむしろ先ほどよりも赤くなっていて――
「えっと……あのね……」



「……突撃しちゃったのは……私なの……」



「え? 何?
 みぽりんが“見ちゃった側”? “見られた”の柾木くんの方!?」
「まさかの逆パターンか」
「さすがは西住さんと柾木くん……と感心するところなんでしょうか……?」
 沙織や麻子、華から次々にツッコまれ、みほは内心「バラしちゃってゴメン」とジュンイチに謝りながら、真っ赤になってうつむくしかなかった。



    ◇



 一方、そんな、自分達の身に起きた恥ずかしいトラブルをバラされているとは知る由もないジュンイチはどこにいるかというと――
「ちーっス」
 いつものように軽いノリで、杏達の牙城、生徒会室へとやってきていた。
「何の用だよ、杏姉。人の楽しいお昼ご飯タイムをつぶしやがって。
 そして――」
「ごきげんよう」
「なんでアンタがいるかなぁ?……」



「ダージリンさんよ」



 そう。そこにいたのは、杏達生徒会三役だけではなかった。
 応接室のソファに腰かけたまま声をかけてくるのは聖グロリアーナのダージリンだ。そして飲んでいる紅茶は彼女の後ろでアッサムと共に控えるオレンジペコの作だろう。
「あら、驚かないのね」
「外から、とっくにアンタらの気配は捉えてたからな。
 で――杏姉、これどういうこと?」
「なぁに、ダージリンからちょっとばかし、おもしろい提案があってね」
 尋ねるジュンイチに、杏は本当におもしろそうに笑いながらそう答える――視線を戻すと、ダージリンは落ちついた様子で紅茶を一口。そして、
「実は今度、全国大会前に総仕上げの合宿を計画しているのだけれど」
「ふむふむ」
「よかったら、大洗のみなさんもご一緒にどうかと……と、そういうことよ」
「ふむふm……なぬ?」
 ダージリンの言葉にうなずきかけて――ジュンイチは動きを止めた。
「ちょっと待ったのしばし待てい。
 『一緒に』……って、つまり、合同合宿をやらないか、ってことか?」
「えぇ」
 本当にあっさりとうなずかれた。
「どういう風の吹き回しだよ?
 オレらの情報をスパイ……って線はねぇだろうしな。そもそもこないだの試合で手の内みんなバレてるんだし、マジノ戦だって見に来てたんだって? アンチョビから聞いたぞ」
「えぇ、そうね。
 だから今回の話は純粋な厚意よ。共に合宿を行い、共に高め合おう――とね」
 そう答えると、ダージリンは再び紅茶を一口いただいて――
「えぇ、そうよ。純粋な厚意よ。
 別に、あなた達への友誼において後から加わってきたアンチョビさんに先を越されたのが悔しいからとか、そんなことはないわ。ないったらないのっ」
「…………あー……」
 オレンジペコやアッサムに視線を向けると、二人は呆れまじりに肩をすくめてみせる。
 どうやらガチの本音のようだ――戦車道ならともかく、彼女自身の個人的なところに関してはけっこうザルなんだなこの人、と、ダージリンに対する評価を改めるジュンイチであった。
「とにかく、まぁ……うん、用件はわかった。
 で、この話を受けるか否か、最終的な判断を、杏姉は主任教官であるオレに丸投げしたワケだ」
「だって、ねぇ?
 訓練仕切ってるジュンイっちゃん差し置いて勝手なことできないでしょ」
「前にも似たようなことでツッコんだけど、オレや西住さん差し置いて聖グロとの試合勝手に組んだ前科持ちが今さら何を」
「あの頃はまたジュンイっちゃん教官じゃなかったじゃん」
「あれ? そうだっけか?……あー、そーいやそうだ」
 一瞬、本気で記憶があいまいになっていた――杏の反撃にジュンイチが当時のことを思い出していると、ダージリンがクスリと笑みをもらした。
「…………何さ?」
「いえ、いつ教官になったか、そんなことを気にも留めなくなるほど、教官であることが当たり前になっているのね。
 すっかり教官が板についたようね」
「それ、マジノ戦の前にチームメイトからも言われたよ」
 ダージリンの指摘に、ジュンイチは「今後もこのネタでいぢられんのかなー?」と思わず肩を落とす。
「それで……どうかしら?」
「うーん……」
 改めて合宿参加の是非について尋ねるダージリンに対し、ジュンイチは腕組みしてしばし考え――
「…………ん?」
 ふと気づいた。視線をダージリンへと戻し、尋ねる。
「そもそもその合同合宿ってどこでやるんだ?
 オレらんトコにそんな設備ねぇし、お前らんトコだって自分達用の合宿所だろう?
 自分達だけならともかく、オレらまで追加で受け入れられるスペースあんのかよ?」
「我が聖グロリアーナ女学院をなめてもらっては困りますわね。
 ウチの合宿所の規模なら、大洗のみなさんを受け入れてもぜんぜん余裕ですわ。
 男子であるあなたについても、かつて男子学部の歩兵道チームとの合同練習を行っていた時代に使っていた男子宿舎が残っています。もちろん現在でも手入れは欠かしておりませんから、すぐにでも使えまs
「是非参加させていただきますっ」
 最早ダージリンの言葉を最後まで聞く必要はなかった。彼女の手をガッシリと力強く取り、ジュンイチはダージリンへと即答した。
「そ、そう……?
 か、歓迎いたしますわ……」
 対し、ダージリンの返事の声が上ずっているのは、果たしてジュンイチの豹変ぶりに驚かされたからか、はたまた対抗意識を燃やす相手とはいえ殿方の真剣な視線に射抜かれたことで図らずして感じてしまった胸のときめきによるものか。
(ぐっふっふっ……これはこれは好都合)
 しかし、ジュンイチにとってはそんなダージリンの反応などどうでもよかった。
(宿舎が男女別なら、当然西住さんとは別行動っ!
 ほんのわずかの間でも同居の気まずさから逃れられるなら、この柾木ジュンイチ、喜んで敵からの塩を受け取ろうっ!)
 結局のところ問題の先送りでしかないのだが、そんなことは平然と棚に上げてジュンイチが内心で喜びの声を上げて――
(……とか思ってんだろうね、ジュンイっちゃんのことだから)
 肝心の杏にはそんな思惑はあっさり筒抜け。ザルっぷりについてはあまりダージリンを笑えないジュンイチであった。



    ◇



 ともかく、合同合宿の話はトントン拍子にまとまって、合宿当日――
『ぅわぁ……』
 目の前にそびえ立つ合宿施設を前に、大洗チーム一同は思わず感嘆の声を上げていた。
「これが、聖グロリアーナの、戦車道チームの合宿所……」
「ここ、丸ごと全部、戦車道のためだけの合宿所なんですか……?」
「いや、『ここ』っつーか……」
 さすがの優花里も、このスケールには圧倒されていた。沙織と二人で呆然とつぶやく姿に「まぁムリもないか」とため息をつき、ジュンイチが付け加える――
「実際には『この艦丸ごと』だからなぁ……」
 そう。
 この合宿所は聖グロリアーナの学園艦にあるワケじゃない。本土に土地をかまえて置いているワケでもない。
 小型の学園艦、一隻丸ごと全部が、聖グロリアーナ戦車道チームの、専用の合宿所として使われているのだ。
 それは言わば「合宿所」ならぬ「合宿“艦”」。演習場とガレージ以外は何もかもが学校と共用の大洗チームにしてみれば、圧倒的財力の差を見せつけられた形だ。
「では、私達生徒会は、ひとまずこちらの先生方にあいさつに行ってくる」
「私は行かなくていいんですか?」
「みんなには一足先に練習に入ってもらうからさ。教官と隊長はそっちにいてもらわないと……っと、ちょうどいいところに」
 隊長として同行しなくていいのかと桃に聞き返すみほに答えた杏が何かに気づく――見れば、合宿所の建物の方からダージリンがオレンジペコやアッサム、ローズヒップを従えてこちらへとやってくるところであった。
「ごきげんよう、みなさん」
「今日はお招きありがとね、ダージリン。
 じゃあ、みんなはこのままダージリン達の案内に従ってよ」
 あいさつするダージリンと、返しつつ指示を出す杏。そんな二人の脇を抜けてジュンイチのところまで駆けてきたのはもちろん――
「ジュンイチ様!」
「よっ」
 ローズヒップである。対し、ジュンイチは予想していたのかあっさりと対応する。
「今日はよくきてくださいましたわね!
 ここで会ったが百年目! 前回の試合での雪辱、果たさせてもらいますわ!」
「ハッ、上等。返り討ちじゃ」
 本当に今日を楽しみにしていたようだ。早くもテンション最高潮といった様子でジュンイチと拳をぶつけ合うローズヒップの姿に、みほ達は彼女の頭にイヌミミ、尻にものすごい勢いでブンブンと振られる尻尾を幻視した気がした。
「落ちつきなさい、ロープヒップ」
 と、そんなローズヒップをなだめたのはダージリンだ。
「今回彼らは、私達との合同合宿のために来ているのよ」
「えぇっ!?
 じゃあ、ジュンイチ様と決着つけられませんの!?」
「もちろん、試合もやりますわ。
 ですがそれ以外にもいろいろと練習に参加するのだから、決着ばかりにこだわるのはおやめなさい」
「わっかりました! ですのっ!」
 ビシッ、と気をつけをして、ローズヒップがうなずく――そして、ダージリンはみほへと向き直り、
「ごきげんよう、みほさん。
 この度はお誘いを受けていただき、感謝しますわ」
「い、いえ、こちらこそ……」
 言って、握手を求めてくるダージリンに応じると、みほは改めて周囲を見回し、
「それにしても、すごい合宿所ですね……」
「えぇ。
 事、戦車道の練習環境に関しては、我が聖グロリアーナ女学院は高校戦車道界随一を自負しておりますの」
「でも、大丈夫なのか?……いや、割とマジめに」
 みほに答えるダージリンだったが、それとは別に懸念を口にするのはジュンイチだ。
「ただでさえ学園艦の統廃合が進んでるこのご時世に、こんな、小型とはいえ学園艦規格の船を……文科省とか何も言ってこないのか?」
「ご心配していただいて、ありがとうございますわ」
 ジュンイチの言葉にダージリンは笑顔で返す――と、その一方で、みほは今の話になって急に様子がおかしくなった人物に気づいた。
 ダージリン達が来たことで、教師陣にあいさつに行くのを後回しにして同席していた杏達生徒会の面々だ。
(会長……?)
 学園艦の話になったとたん、何やら深刻そうな空気をまとい始めた杏達の様子にみほが首をかしげている一方で、ジュンイチとダージリンのやり取りは続く。
「でも大丈夫。心配には及ばないわ」
「大丈夫って……
 ……ハッ!? まさか役人に袖の下を!? くっ、これだから金持ちってヤツはっ!」
「違いますっ!
 我が校が個別のルートで私有物として購入したもので、備品扱いになっているんです! だから文科省の学園艦管理の対象に入ってないんですっ!」
 ボケるジュンイチに思わず力いっぱいツッコんで――我に返った。少し赤くなった顔でコホンと咳払いして、ダージリンは改めて一同に告げる。
「と、とりあえず、積もる話はこのくらいにして。
 まずは中にどうぞ――先ほどローズヒップにあぁ言っておいて何ですけど、最初は模擬戦を行う予定です。すでにそちらから送っていただいた戦車も搬入してありますわ」
「え……?」
「模擬戦……?」
 ダージリンのその言葉に、ジュンイチとみほは思わず顔を見合わせた。
『屋内で……模擬戦?』



    ◇



『ぅわぁ』
 結論として、ジュンイチとみほの疑問はすぐに晴れた――またまたスケールの違いを見せつけられる形で。
「ここ、一階層全部演習場なんですか……?」
「もう、普通に公式戦ができますよ、この規模は……」
「階層を支える柱がなかったら、外だって勘違いしちゃいそう……」
 みほや優花里、沙織がうめいた通り、甲板上の合宿所から一階層下は全面演習場となっていた。人工の大地と空が、見渡す限り広がっている。
「でも、艦内じゃ風の影響はないし、海上である以上波だってある。
 学園艦クラスと言っても小型の部類だから、波の影響は無視できない規模のはず……地上や本校艦での練習と同じようにはいかないんじゃないのか?」
「ご心配なく。
 風なら送風機でそよ風から台風レベル、果ては特殊な気流も再現が可能となっていますわ。
 波についても……」
 一方で懸念を口にするジュンイチに対しダージリンが答え、リモコンを操作――と、どこからともなくゴウンッ、ゴウンッ……と重厚な機械音が聞こえてきた。
「何? この音……」
「イカリでも下ろしてるのか……?」
「いや、いくら艦内、内側から聞いてるからって、イカリ下ろしてるだけでこんな音は出ないでしょ」
 梓やエルヴィンが口々につぶやき、典子がツッコむ――と、ダージリンがそんな三人に対してサラリと答えた。
「今、海底にアウトリガーを下ろしてますの」
「アウトリガー!?」
「イカリかと思いきやまさかの海底完全固定!?」
「えぇ。
 今いる海域くらいの深度でしたら余裕ですわ」
「どんだけ設備投資に全力なんだよ、お前ら……」
 驚く柚子やカエサルとそれに返すダージリンのやり取りに、ジュンイチが思わずうめくようにツッコむ。
 と、一際大きな音を立てて機械音が止んだ。直前に地面が少し浮き上がるような感覚があったから、アウトリガーが海底に届き、船体の固定が完了したのだろう。
「では、さっそく始めましょう。
 今回は純粋な練習ですから、数をそろえて五対五でよろしいですか?」
「あー、待て待て、ダージリン」
 と、さっそく模擬戦を始めようとしたダージリンをジュンイチが止めた。
「こんなド初っ発にやるってことは、今現在の各自の技量を見るためだろう?
 なら、連携で地力が隠れちまうチーム戦は不向きだし……何よりありきたりな流れでつまらんっ!」
「二つ目の理由に問題がありすぎるような気もするけど……ふむ、ひとつ目の理由については一理あるわね。
 では、どうするというのかしら?」
「決まってる。
 自分の能力をごまかしようのない、独力での勝負となれば……」
 ダージリンに答え、ジュンイチはピッ、と人さし指を立て、言った。
「『1 on 1』×6の、団体戦だ」



    ◇



「……『×6』ってセリフが出た時点で、そういうことだろうとは思ってたけどさ……」
「本当に単騎で出るんですね、柾木くん……」
「連携なし、独力の実力を測るのがこの模擬戦の趣旨だろ?
 なら、いくらオレがW号の所属だからって一緒に出て連携してたら意味ないだろ。
 ま、安心しろ。先鋒戦で確実に一勝もぎ取ってきてやるから」
「しかも勝って帰ってくる気マンマンだし……」
 大洗側の一番手にはジュンイチが名乗りを上げた――そう。ジュンイチが単騎で、である。呆れる沙織や華にもあっさり答えるその姿には、事情を知るみほも苦笑するしかない。
 そう。みほは知っている。ジュンイチがここで名乗りを上げたのは――
「……まだあきらめてなかったんだ。“単騎での重戦車撃破”……」
「できるようになっておくに越したことはない――この考えはまだ改めちゃいないんでね」
 ジュンイチがあっさりとみほに答えると、
「ジュンイチ様!」
 それはまるで先ほどの出迎えの時の再現――かけられた声に振り向くと、そこには腕組みして仁王立ちするローズヒップの姿が。
「こちらの一番手はわたくし達のクルセイダーが出ますわっ!
 さぁ、いつかの約束の通り再戦の時ですわっ!」
「え? お前先鋒?
 オレ副将でエントリーしてんだけど」
「そうなんですの!?」
「ウソ教えないの」
「ウソなんですの!?」
 すかさずいぢりに動いたジュンイチのウソや沙織のツッコミにいちいち反応するローズヒップの姿に、他校のことながら彼女の将来がちょっぴり心配になってくる一同であった。



    ◇



 そんなこんなで行われた団体戦。結果は……
「三対三の引き分け……
 くっそー、逃げ切れんかったか……」
 今回の趣旨は技術的な意味での“各自の今の実力”を見ることであって、勝敗は二の次。勝ち星が並んでも決着戦はない。それは理解している。
 だが、こうして実際に並んでしまうともどかしくて決着をつけたくなってくる――勝敗の記された電光掲示板を見上げ、ジュンイチはため息をついた。
「副将戦を一年生チームが取った時は行けると思ったんだけどなぁ……
 やっぱ聖グロ……いや、ダージリンの壁は厚いか」
「うん……
 小手先の戦術は通じないし、乗員のレベルもすごく高いよ」
「想定外の状況に対する対応能力が高い上に対応も的確だからなぁ……」
 答えるみほにジュンイチがため息をつくと、
「あら、そうでもありませんわよ」
 そう答えるのは、まさにウワサの張本人、合流してきたダージリンだ。
「こちらから見ると、危なかった場面はけっこうあったのよ?
 それをしのげたのは運が良かっただけ――わたくしはその幸運を活かしただけですわ」
「あ……」
 ダージリンの言葉に、みほは先日のマジノ戦でエクレールの言っていたことを思い出した。

『その“幸運”を手にするために、誰もが努力してますのよ』

『転がり込んできた幸運を、勝つためにチーム全体で活かしきってみせた――紛れもなく、今回の勝利はみなさんのチームワークが招き寄せた、みなさんの実力の賜物ですわ』

(そうか……
 エクレールさんが言っていたのは、こういうことだったんだ……)
 あの時は自分が“やった側”だったが、無我夢中な中でのことだったため、エクレールから言われても実は今ひとつピンときていなかった。ただ、「そういうものなんだ」と“理解”するので精いっぱいだった。
 だが、今回“される側”に回った、外側から見ることができたことで、ようやく“実感”が伴った気がする。
 ただ幸運に乗っかるのではない。幸運をチャンスに、勝機へと変える――実力はともかく戦力に乏しい自分達が勝ち進むには、きっとこういうことも必要なのだろう。
 幸運をも自分達の武器にする、しようとする、そんなハングリーさが――
「考えすぎんな、馬鹿」
 と、そんなことを考えていたみほの頭を、ジュンイチが軽く小突いた。
「ま、柾木くん……?」
「前のめりになりすぎてんぞ。
 今の話で、『自分達も幸運を活かせるようにならなきゃ』的なこと考えてたろ」
「……私、そんなにわかりやすいかな……?」
「おぅ」
 情け容赦なくうなずかれた。
「やめとけやめとけ、そーゆーの。
 そのテの話を変に意識すると、だいたいの場合そこにばっか意識が集中して、他がおろそかになるもんだ――つか、まさにこないだのマジノ戦でやらかしたせいでオレらの“現状”があるワケだろう?」
「う、うん……」
 あえて“現状”の詳細には触れない――意図を察して深くツッコまず、うなずくのみに留めるみほに対し、ジュンイチは続ける。
「別に難しく考えなくていいんだよ。
 幸運だろうが不運だろうが関係ねぇ。目の前のモン全部拾って、使えるモンは全部使う。そのくらいの意識で十分なんだよ」
「いや、不幸はダメなんじゃ……」
「ピンチはチャンスっつーだろうが」
「まぁ……彼のは多少暴論だけど、言ってることは間違ってないわね」
 あっさりとみほに返すジュンイチの言葉に苦笑しながら、話に加わってきたのはダージリンだ。
「そんなに身がまえなくていいの。
 みほさんはみほさんで、目の前の状況に対してできることを精いっぱいやればいいのよ」
「はいっ!」
「……なーんか、オレの時より返事がよくないか?」
「だって、柾木くんの教え方って、言ってることは正しいけど伝え方が極端なんだもん」
 プイとそっぽを向いてジュンイチに答えるみほの姿に、ダージリンがクスリと笑みをもらして――
「……あ、そういえば」
 と、みほがふと思い出した。ダージリンへと向き直り、
「ダージリンさん、副将戦でウチの一年生チームと戦ったマチルダの車長って……」
「あら、気づいた?
 えぇ。あのマチルダの車長を務めていたのはオレンジペコよ」
「あー、覚えのある気配だったからまさかと思ってたけど、やっぱあの子だったのか……
 でも、あの子ってお前さんトコの装填手じゃなかったっけか?」
「ちょうどいい機会だと思ったから……かしらね」
 ダージリンの言う『ちょうどいい機会』――なんとなく“そんな気”がして、みほはダージリンに尋ねる。
「ひょっとして……オレンジペコさんなんですか?
 聖グロリアーナの次期隊長には、あの子を?」
「それって……今の1 on 1を、あの子に車長、隊長としての経験を積ませるためのダシにしたってことか?」
「あら、人聞きが悪いわね。
 私達はただ、あなた達の今までの練習試合と同じことをしているだけよ」
 ジュンイチの言葉に肩をすくめるダージリンだったが、みほの仮説については否定していない。
 つまり――
「もう次の隊長の育成に取り掛かってるんですね、聖グロリアーナは……」
「まだ候補の段階ではあるけど……ね。
 大洗ではそういう動きはないの?」
「ウチはまだ復活したてですから、そんな余裕は……」
 聞き返すダージリンにみほが恐縮していると、
「ダージリン」
 かけられた声に振り向くと、ちょうどアッサムがやってきたところだった。
「そろそろ、次のメニューに入った方が」
「あら、もうそんな時間?」
「えぇ」
 聞き返すダージリンにうなずくと、アッサムとみほへと向き直り、
「こうしてちゃんとお話しするのは初めてですね」
「あ、はい。えっと……ア、ア……」



「アールグレイさん!」

「違います」



 思いっきりファーストコンタクトをしくじったみほであった。
「ダメだよ、みぽりん。
 紅茶の名前だからって簡単にアールグレイなんて決めつけちゃ」
 そんなみほにツッコむのは傍らで聞いていた沙織だったが――
「ダージリンさんにタメ口叩けるくらいすごい人なんだよ。
 となれば世界三大紅茶のひとつ、ウバ! これでしょ!」
 訂正してもらえると思ったアッサムの期待はもろくも崩れ去った。
「違いますよ、沙織さん。
 三大紅茶なら中国のキーモンですよ」
「あれ、セイロン殿じゃありませんでしたっけ?」
「……ダージリン……」
 さらには華や優花里までボケ始めた。助けを求めてダージリンを見るアッサムだったが、彼女も彼女で腹を抱えて笑いをこらえていて、正直あてになりそうにない。
「紅茶の名前ならディンブラとかありますよ!」
「キャンディとか……あ、飴のことじゃないですよ〜」
「みんな紅茶詳しいねぇ。
 私なんかブルーマウンテンしかわからないよ」
「いや、それコーヒーでしょ、キリマンジャロとかみたいな」
「私ガマテラ知ってるよーっ!」
「えっと……コロンビア?」
 一年生チームまで参戦してきた上に名前(?)も紅茶から離れ始めた――「これはさすがに怒ってもいいかなー?」などとアッサムが考えていると、
「はいはい、そこまでよ」
 笑いをこらえきったらしいダージリンが、一同のボケ倒しに待ったをかけた。
「盛り上がっているところを非常にもったいな……もとい、悪いのだけど、そろそろ次の練習に入りましょうか」
「は、はい……
 じゃあ、みなさん、移動します。準備してください」
『はーい』
 うっかり本音をもらしかけたダージリンの介入で無事に話は軌道修正。みほの号令で大洗の面々は移動の準備に入り――
「悪かったな、騒がせて。
 あんな子達だけど、仲良くしてやってくれや、鬼ころしさん」
「強そう!?」

 ……止めずに放っておいて、どこまで行くか見てみるのもよかったかも……と、ダージリンはちょっぴり後悔した。



    ◇



 模擬戦の次は、ポジション別、つまり戦車内での役割別の練習である。
 大きなホール状の部屋の各所にそれぞれのポジションの練習スペースが設置されていて、全ポジションがひとつのホールで練習するスタイルとなっている。
 お金はあるんだから、各ポジションごとに専用の部屋を作った方が……と思うみほだったが、実はこれにも理由があるらしい。
 ポジションは違っても同じチーム、同じ戦車で戦う仲間。同じホールで練習することで、各ポジションごとの役割や、誰が、何を、どのくらいのレベルでできるのか……といった情報が自分達の練習の一方で自然と交換されることを狙っているのだとか――説明を聞いたジュンイチから「スピードラーニングかよ」とツッコまれたのはご愛敬。
 ともあれ、みほ達も聖グロのみなさんに加わって練習させてもらうことになった。
 砲手はもちろん砲撃訓練。
 操縦手もドライブシミュレータでの走行訓練。こちらも非常にオーソドックスだ。
 一方、戦車道特有のポジションである装填手は薬室だけをズラリと並べて、早装填の練習。そして通信手は――
「……何やってんだ、アレ?」
「ヘッドホンして書き取りしてる……」
「ヘッドホンから流している音声を聞き取っているのよ。
 書き取りはきちんと聞き取れているかの答え合わせのためね」
 車長は各スペースの訓練の監督担当だ――ズラリと並んだ机に座り、ヘッドホンを着けて書き取りしている通信手の練習スペースを前に、ダージリンがジュンイチやみほに説明する。
「通信手が内容を把握している音声じゃ意味はないから、音声データは各車長の用意したものを、さらにシャッフルして配布しているわ。
 そして、練習終了時に音声データと一緒に書き取ったものを提出、車長が答え合わせ……というワケ」
「あぁ、それで車長の持ち物には『再生時間30分程度の音声データ』って……」
「えぇ。
 ところでみほさんは何の音声データを?」
「あぁ、私は柾木くんが代わりに用意してくれて……」
 聞き返すダージリンにみほが答えて――
「……ぶふっ」
「あ、オレの『笑点』の録音データ引き当てたのあの子か」
『何持ってきてるんですかっ!』
 吹き出した聖グロの通信手のひとりを見つけてつぶやくジュンイチに、みほとダージリンは声をそろえてツッコんだ。



    ◇



 思い切り身体を動かす装填手の練習は当然として、操縦手や砲手、通信手の練習も高い集中力を要求される分、その消耗は決して少なくない。
 なので――
「……ま、一流強豪校の一軍ですらバテバテになるような練習に、今の段階のお前らがついていけるとは思ってなかったけどさ」
 元バレー部チームですら燃え尽きている有様だ。他のみんなはもっとひどい――専任戦車長として各ポジションの練習を見回っていたみほや梓を除く全員がキレイサッパリ全滅したその光景に、ジュンイチは軽くため息をついた。
「えっと……これ、大丈夫なのかしら……?」
「ちっとも大丈夫じゃないだろ、どー見ても」
 さすがにこの有様は見ていて心配になってきたらしい。尋ねるダージリンの問いに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「とりあえず、疲れてるだけだからこの場はこのまま休ませとけば何とかなるだろ。休憩時間が終わる頃には復活するだろうよ。
 それに今後のことについても、改善策のあてはある」
「そう……それならばいいのだけど」
「それに……バテた甲斐はあったみたいだしな」
「え……?」
 ジュンイチに言われ、ダージリンが彼に視線で示された先を見ると――

「大丈夫ですか? 秋山様、カエサル様。
 はい、飲み物です」
「あ、ありがとうございます、オレンジペコ殿……」
「いただこう……
 しかし、さすがは聖グロ隊長車の装填手。この練習についていけるだけのものは身につけているということか……」
「そ、それは、確かに日頃からこういう訓練はやっていますけど……
 ……あ、あの、ひょっとして、お二人とも、腕力任せに装填していませんか?」
『え……?』
「それじゃ試合でもすぐにバテちゃいますよ。
 もっとこう、全身を使って砲弾を扱わないと……」
「全身を、使って……」
「ありがとう、今度の練習で試してみよう」

「あのー、すみませーん」
「ひとついいですかー?」
「あら、M3のお二人……確か大野さんと中郷さんでしたか。
 どうしました?」
「実は、砲撃の狙いのことなんですけど……」
「さっきの砲撃練習、送風機つけてからぜんぜん当てられなくなって……
 あの強風の中、どうやったら当てられるんですか?」
「あぁ、それはですね……」
『教えてください、アッサムさん!』
「…………ぐすっ」
「って、アッサムさん!?」
「どうしたんですか!? いきなり涙ぐんだりして!」
「いえ……
 “ちゃんと”“正しい”名前で呼んでもらえることが、こんなにも幸せなことだなんて……」
「……そんなにですか……」
「さっきの騒ぎ、完全にトラウマになっちゃってますね……」

「むきーっ! 悔しいですわっ!
 なんでW号で、クルセイダーのわたくしより速いタイムが出せてますの!?」
「ローズヒップの走りはムダが多い。
 具体的には余計な加速が多い。おかげで遠心力に振り回されてアウト・イン・アウトもまともにできてない。
 というかドリフトを多用しすぎだ。履帯を切ってのリタイアを何回やらかした?
 そして何より、戦車長のお前がなんで操縦手の訓練に乱入してるんだ?」
「そんな些細なことはどうでもいいのですわっ!
 こうなったら再戦ですわっ! リベンジですわっ! もう一度勝負してくださいましっ!」
「それは面白そうだな」
「ではっ!」
「だが断る」
「ぅわーんっ!」

「一緒に練習した者同士、あちこちで交流の輪が生まれてるだろう?」
「……一部『交流』という言葉に疑問符をつけずにはいられない組み合わせが混じってた気がするのだけど」
 ダージリンのツッコミに、ジュンイチは――聞こえていないフリをした。



    ◇



 そんなこんなで一日の練習が終わり、夕食時――
「ぅ〜、もうヘトヘトだよぉ……」
 この合宿所の食堂は本校と違い、一般的な学校の学食とさほど変わらないという――逆に本校の食堂はどんななんだとツッコみたかったが、今の彼女達にはそんな体力も残されてはいなかった。自身の言う通りヘトヘトの沙織を先頭に、みほ達は聖グロの面々に続いて食堂へとやってきた。
「もう、今日は食べてもいいよね。
 あれだけ動いてカロリー消費したんだもの、ここでたくさん食べても太らないよね? 大丈夫だよね?
 てか食べなきゃ本気で健康上ヤバそう。でも体重が……」
 体力を回復させろ、そのために食べろと身体が訴えてくるが、そこはやはり女の子。「食べる」という行為の果てに待つものを考えるとどうしてもためらう。葛藤しながら沙織は食堂に足を踏み入れ――
「おぅ、来たか、お前ら」
「って、柾木くん!?」
『えぇっ!?』
 おさんどんさんスタイルのジュンイチが、そんな沙織やみほ達一同を出迎えた。
「柾木くん、なんでここに!?」
「なんで、って……そりゃ、夕飯の支度手伝うために決まってんだろ」
 思わず尋ねるみほだったが、ジュンイチはさも当たり前のようにしれっとそう答えた。
「そういえば、訓練の最後の方、姿を見かけなかったような……」
「てっきり、他のポジションの訓練を見に行ってるんだと……」
「と、いうことは、今日は手作りとまではいかなくても、柾木くんの手の入った料理が食べられるんですね!?」
 苦笑する沙織やあゆみをよそに、ジュンイチが夕食を手掛けたという事実に目を輝かせるのは華だ。
「はぁ……楽しみです……♪」
「五十鈴さん、柾木さんは料理をされるのですか?」
「されるも何も、わたくし達……少なくともW号のメンバーの中では一番ですよ」
「ほめてくれるのはありがたいけど、さっさとしろー」
 華とアッサムのやり取りに対し、ジュンイチは早く食えと一同を急かす――が、二人のやり取り、具体的には華がジュンイチを褒めたあたりを境にあからさまに動きが元気になっている。本音が態度に表れすぎである。
 いざ試合ともなれば自分達ですら真意を測れないほどのポーカーフェイスを見せるクセに、何だろう、このザルっぷり。人間、オンオフの切り替えでここまで崩れられるものなのかと、若干ギャップに面食らいながらも、みほは食事を受け取りにカウンターに向かう。
 全員が食事を受け取り席に着くと、ダージリンの号令で合掌し(大洗に合わせてくれたらしい。普段はイギリス文化を取り入れた聖グロらしくキリスト教系の祈りなのだそうな)、食べ始めて――
『おいし〜♪』
 舌鼓を打ち一同の幸せそうな声が上がるのに、大した時間はかからなかった。
「本当においしいわね……
 元々腕のいい料理人を雇っているけど、余計なことをせずにその味をさらに伸ばすことに集中してるのね……良い腕してるじゃない、彼」
「ですよねー」
 同じく舌鼓を打つダージリンに答えるみほは、その味にすっかりとろけ顔で――
「一緒に暮らすことになっていろいろ大変ですけど、これだけは良かったと思いmあ」
 気が緩んでしまった拍子に余計なことまで口走ってしまったと気づいた時にはすでに手遅れで、
「…………へぇ?」
 すでに周囲は興味深げな様子のダージリンを筆頭に、いろんな意味で目をらんらんと輝かせた聖グロリアーナ陣営に包囲されていた。
「それはどういうことかしら?
 まさか、西住さん……彼と一緒に住んでいるのかしら?」
「いや、それは、その……」
 代表して尋ねるダージリンに対し、返事に困ったみほは助けを求めて包囲の外へと視線を向けるが、
「どういうことなんですか?」
「いやー、二人の連携強化のために、強制的に同棲させちゃった♪」
(会長ぉ――――っ!?)
 アッサムを相手にあっさりとバラしてくれた杏の姿がそこにあった。
「いや、これはその……
 そ、そうっ! 戦車道のためなんです! 私と柾木くんがうまく連携できた方がいいって!」
「えぇ。今角谷さんがそう言ってたわね。
 でも、それに反対せずに従うのを選んだのはみほさんでしょう?」
 あわてて言いつくろうみほだが、弁舌ではダージリンの方が一枚も二枚も上手だった。あっさりとみほをやり込めるダージリンの顔は見事なまでの興味一色。いかに上品なお嬢様学校の聖グロといえど、そこは年頃の女子高生。恋愛事には興味津々ということか。
「でっ、でもっ、何もないですよっ!
 私と柾木くんは、そのっ、何もっ!」
「確かにそうみたいね。
 というか……」



「ふふんっ! ごちそうさまですわっ!
 早食い対決はわたくしの勝ちですわねっ、冷泉様っ!」
「別にそんな対決をした覚えはない」
「そうなんですの!?」
「どうしてもやりたければ、五十鈴さんならきっと応じてくれると思う……たくさん食べられる的な意味で」
「そうですね……もうわたくしもおかずは食べ終えてしまいましたから、デザートとしてリンゴの早食い対決など」
「乗りましtきゃんっ!?」
「『乗りました』じゃねぇよ。
 何勝手にそんな勝負始めてんだ」
「まっ、柾木様!?
 いや、これは、その……」
「勝負事だってのに何オレをほっといて始めようとしてんだ!
 オレも参加するに決まってるだろ! リンゴありったけ持ってこいっ!」
「上等ですわっ!」



「……本当に何かあったなら、そのことを追求されている“相手”がこうして困っているのを完全に放置して馬鹿騒ぎに興じている彼は、とても最低だということになるもの」
「ハハハ……」
 ローズヒップの巻き起こしている騒ぎに嬉々として自ら首を突っ込んでいるジュンイチの姿に、みほはダージリンにツッコまれて苦笑するしかなかった。



    ◇



「フフフッ、どうだったかしら? 我が聖グロリアーナ戦車道合宿所のお風呂は」
「はい、とても気持ちよかったです!」
 食事の後は入浴も含めた自由時間。それぞれが入浴してりマッサージで身体をほぐしたり談笑したりする中、入浴を終えたみほとダージリンは脱衣所を後にして廊下に出てきた。
 ちなみにその服装は浴衣姿だ。ここに来ていきなり和風だが、さすがに公共の浴場でバスローブというワケにはいかなかったらしい。
「ところでみほさん、この後時間空いてるかしら?」
「大丈夫ですけど……何かあるんですか?」
「えぇ、実は……」
 みほの問い返しにダージリンが答えようとした、その時だった。
「……あら?」
 不意に、そのダージリンが何かに気づいた。彼女の視線を追ってみれば、自販機でジュースを買っている人がいる。
 だが、その人物に見覚えがない。前髪で目元が隠れて顔まではわからないが、そんな特徴のある髪形ならそれはそれで印象に残るはずだ。それに、聖グロリアーナの生徒だとしたら今のダージリンの反応は少し大げさだ。
「もし、そこのあなた?
 見ない顔だけど、所属の隊とお名前は?」
 やはりダージリンにも見覚えがないようだ。少なからずの警戒と共にダージリンが声をかけて――
「おいおい、『見覚えがない』とはごあいさつだな」
『――――っ!?』
 返ってきた返事に、その声に、二人は驚き、目を丸くした。
「その声、まさか……」
「柾木くん!?」
「は? 西住さんまで何言って……あぁ、髪下りてるからか」
 謎の人物――風呂上がりで髪が下りているジュンイチの言葉に、ダージリンとみほはコクコクとうなずいてみせる。
「けど、まぁ、そーゆーことなら大丈夫。
 乾いて水分抜けてきたから、もうすぐ……」
 と、そう告げるジュンイチの前髪が何やら勝手に動きを見せた。ゆっくりと、実りを着けた稲穂が重力に抵抗して起き上がるかのように、根元から起き上っていき――ピョコンと跳ねた。重力に打ち克ち跳ね起きて、元通り、いつもの逆立った髪形に戻る。
「ほら、御覧の通り」
「ご、『御覧の通り』って言われても……」
「いったい何でできてますの、あなたの髪は……」
 ジュンイチの言葉にみほがうめくそのとなりで、ダージリンがみほの心情を代弁するようにツッコミを入れる。
「というか、みほさん、一緒に住んでいて知らなかったんですの……?」
「家じゃいつも、柾木くん髪をしっかり乾かしてから出てきていたので……」
「たりめーだ。
 こんな公共の場所と違って家じゃ急接近の機会は多いんだ。ぬれた髪のままで出て、西住さんに水飛ばすワケにはいかんだろ。一応客人なんだから」
 続けて、ダージリンはみほにもツッコんだ。答えるみほにはジュンイチが付け加え――それを聞いたダージリンの目が興味深げに細められた。
「『客人』ねぇ……
 つまり、あなたはみほさんを同棲相手とは認めてないと?」
「『同棲』ゆーな」
 すかさずダージリンにツッコみ、ジュンイチは腕組みしてため息をひとつ。
「オレ達が同居してんのは、あくまで連携強化のため、それだけだよ。
 とゆーかそもそもそれだって杏姉が勝手に言い出したことであって、オレは何ひとつ納得しちゃいないんだよ」
「西住さんと暮らすのがご不満?」
「当然だろう?」
 ダージリンの問いに対し、ジュンイチは本当に当然の様にうなずいた。自分といるのが不満と言い切られて、みほの顔に陰が差し――
「誰が好き好んで、毎日毎日理性を総動員していろんなモノに耐え忍ばなきゃならないような生活をしたがるってんだ?」
(………………ん?)
 続くジュンイチの言葉に、引っかかりを覚えた。
「ふぅん?」
 引っかかったのはみほだけではなかったようだ。楽しそうに相槌を打つと、ダージリンは笑顔でジュンイチを見返し、
「それって、つまり……」



「毎日毎日、理性を総動員して耐えなきゃならないようなものを、西住さんに感じてるワケね?」



「………………っ」
 ダージリンのその言葉に反応したのはジュンイチではなく、ダージリンのとなりのみほだった。一気に顔が真っ赤になり、頭から湯気でも上がってるんじゃないかという勢いで体温が急上昇する。
(理性で必死に耐えてる……って、それって、それって……っ)
「…………?
 それ、今まさにオレが言って……って、西住さん?」
 一方、ジュンイチは自分の発言が意味するものにまるで気がついていなかった。平然とダージリンに返して――と、そこでようやくみほの異変に気づいた。
 が、当のみほはそれどころではなくて……
(柾木くん、私との同居に、『何か間違いがあったらどうするんだ』って反対してくれていた……
 『間違い』って……“そういうこと”だよね? “そういうこと”にならないように、理性で耐えてくれてるんだよね?
 それって……)



(……もし、耐えられなくなったら?)



「〜〜〜〜〜〜っ!」
 自分の想像した“未来”に、みほはますますヒートアップ。顔の赤みはますます強まり、鼓動は胸に手を当てなくてもわかるぐらいにドキドキと高鳴って――
「…………きゅう」
「わーっ!? 西住さーんっ!?」
 とうとう“いろいろ”と振り切れたらしい。思考の熱暴走の果て、目を回してへたり込んでしまった。
 当然、ジュンイチは大慌て。とっさに倒れかけたみほを支えるその姿を見ぶt……もとい、見守りながら、ダージリンは口元に手をあてる――がまんできず、浮かべてしまった笑みを隠すために。
(なるほど……二人の関係はだいたいわかったわね。
 柾木くんは、彼女のことを“理性を総動員しないと抑えられないくらい”には意識してるけど、そのことについて自覚はなし。
 対するみほさんは、今の話で“そこまで”考えてしまうくらいに意識してるけど……今の話まで気づかなかったところを見るとこちらも自覚はなかったみたいね。
 けど、今の話でイメージしてしまって、いろいろと振り切ってしまった……これで自覚するかどうかは未知数だけど、期待はできそうね)
 どちらか、あるいは二人ともが、ある程度“その手の”発想には向かうだろうとは思っていたが、まさかみほがオーバーヒートを起こしてしまうとは。これは想像以上だ。
 この分だと、この後みほと一緒にお茶でもと思っていた予定はご破算になってしまうだろうが、代わりにおもしろいネタが見つかった。いつの時代でも、身の上の貴賓に関わりなく、女の子という存在は色恋沙汰が大好物なのだ。
 大慌てのジュンイチと彼に介抱されるみほの姿に、ダージリンはこれから面白くなりそうだとひとりほくそ笑むのだった。



    ◇



 明けて翌日、合宿二日目――明日の最終日は反省会と合宿所の片づけをして帰るだけなので、練習は今日でしまいとなる。
 そんな今日の予定は昨日とは逆順。ポジション別の練習の後、合宿で学んだこと、伸ばしたことを踏まえた総仕上げとしての模擬戦を行う。
 そして今、その一段落目、ポジション別の練習が終わったところなのだが――
「……驚いたな。
 昨日あれだけへばってたから、ぶっちゃけこの後の模擬戦はロクに動けないまま挑むハメになるんだろうと覚悟してたんだけど。
 まさか全員、一戦戦える程度に体力を残してくるとは」
「まぁ……その模擬戦のために今日は練習も昨日より軽めでしたし」
 本当に意外そうに目を丸くしているジュンイチに、優花里が息を整えながらそう答え、
「それに、昨日は流れもわからないまま練習に参加して、加減がわからず全力でアタックすることになってたけど、今日は昨日の経験があったからねっ!」
「なるほど。
 加減を心得てきたのと、模擬戦のために練習が軽めだったことが化学反応を起こしたワケか」
 続く典子の話の方がむしろ納得できた。ため息まじりにジュンイチがつぶやくと、
「みなさん、この後の模擬戦は大丈夫かしら?」
 言って、ダージリンが様子を見にやってきた。
「まー、見ての通りだ。
 思ったより元気そうだし、休憩時間は予定通りで問題なさそうだ」
「そう。それはよかった。
 試合はまた一対一を六回で?」
「いや、今回は通常の試合ルールでやろうぜ」
 尋ねるダージリンに、ジュンイチは笑みを浮かべつつそう答えた。
「実力を測る目的があった昨日とは違うんだ。
 練習の成果を活かすなら、通常の試合ルールの方がいい」
「それもそうね。
 なら……今回も勝たせてもらうわね。ではまた試合の後で」
 ジュンイチの言葉に納得し――ついでにしっかり挑戦状も叩きつけ、ダージリンは試合の準備のために引き揚げていった。
「……だ、そうだぜ、みんな」
「フッ、見くびられたものだな。
 昨日までの我々と同じだと思ったら大間違いだというのに」
 ジュンイチに話を振られ、真っ先に反応したのはカエサルだった。
「私達だって、この合宿でいろいろ勉強したんだから!」
「ぎゃふんと言わせちゃおーっ!」
「……他のみんなも、同じ気持ちか?」
 一年生チームからはあやと桂利奈からの決意表明――見回し、尋ねるジュンイチに、異論を唱える声は上がらなかった。
「そうか。よーっくわかった。
 そんじゃ……やったろーじゃねぇの」
「よく言うね。
 柾木くんのことだから、最初からそのつもりだったんでしょう?」
「オレ個人はな。
 けど、お前らが合宿としてあくまで実力の向上、経験の積み重ねを重視するならそっちを尊重して、お前らが経験してない状況を作り出すことに専念したって話さ――あくまでオレは教官であって、この合宿の主役はお前らなんだからな」
 ツッコんでくるみほに答えると、ジュンイチは肩をすくめる――なお、みほは朝から昨夜の一件については一切触れてこなかった。どうやら忘れることで精神の安定を図ったらしい。
 とはいえ、ジュンイチはそんなみほの内心にはまったく気づいていないワケで――
「よっしゃ、てめぇらっ! 準備はいいかっ!?
 勝ちに行くぞ、野郎どもーっ!」
『野郎じゃないけど、おーっ!』
 ジュンイチの音頭に、大洗の一同は一斉に拳を突き上げて応えるのであった。



    ◇



 ……とまぁ、勢い込んで模擬戦に臨んではみたものの――
「くっそーっ、ちくしょーっ……」
「珍しく悔しさ引きずってるね、ジュンイっちゃん」
「そりゃ引きずるよ。何せこれで聖グロ相手にゃ0勝2敗1分けだぜ。
 対外戦じゃ同じ相手に二度負けたことがないのが自慢だったのに、これで記録はストップだ」
 ボヤいていたところを杏にツッコまれ、ジュンイチはため息まじりに答えて作業に戻る――そう、結果は大洗の惜敗。
 ルールは殲滅戦。多少の犠牲は覚悟の上でまずは司令塔のダージリンをつぶそうとした大洗側は、こちらの火力を黙らせようと動いたダージリンの采配でV突とそれを守ろうとした38(t)を失いながらもなんとかダージリンを撃破。
 その後、ダクト狙いを覚えた八九式の奮闘もあって二輌を撃破し3-2と逆転するも、ローズヒップのクルセイダーにかき回されてその八九式が撃破され、さらに相打つ形でW号がリタイア。これによってW号所属のジュンイチも同時に脱落となってしまう。
 その結果、最後はM3とオレンジペコの副隊長車の一騎討ちとなった。奇しくも前日の1 on 1のリベンジマッチとなったこの戦いはもつれにもつれたものの、限界を迎えたM3の履帯が千切れてしまい、リタイア。オレンジペコの雪辱と共に聖グロの勝利となった。
 そして現在――合宿のお疲れ様会としてBBQの真っ最中である。
「でも、意外です。
 聖グロリアーナはお嬢様学校だから、てっきりこういうのも専門のスタッフがいるものと……」
「普段の生活では、確かにそうね。
 でも、授業となるとそうでもないわ――今日び、お嬢様も自活のひとつくらいできなければやっていけないもの。だから、一般の学校と同じように家庭科の授業はあるわ。当然、調理実習もね」
 みほとダージリンは串の下ごしらえの担当だ――串に食材を通しながら話しかけるみほに、ダージリンが手際よく肉を切り分けながらそう答える。
「そういう西住さんは料理の腕前は?」
「一応、人並みにはできる……つもりだったんですけど……」
 そんなダージリンからの問い返しに、みほは苦笑と共にチラリとそちらを見て――
「家主の完璧超人さんとのレベルの違いを痛感する日々です」
「……あー……」
 食材を切り、串に刺し、炭火にさらしてタレをかける――それらの行動すべてが素早く、そして淀みない。明らかに熟練の動きで次々に串焼きを仕上げていくジュンイチの姿に、心から納得したダージリンであった。



    ◇



「……ふぅっ」
 バーベキューも一段落。肉も一通り焼き上がり、後はみんな食べるばかり――用済みとなった調理器具を食洗機送りのカゴにまとめ、ジュンイチは軽く息をついた。
 焼いている間もちょくちょく頂いていたが、それっぽっちではまるで足りない。改めてご相伴に預ろうときびすを返して――
「ハイ、柾木くん」
 そんな彼に、皿いっぱいに盛りつけられた焼肉の山が差し出された。
 持ってきてくれたのは――
「西住さん……?」
「柾木くん、焼くの優先であまり食べてなかったでしょう?
 だから食べるかな、って……」
「おぅ、食べる食べる。サンキューな――」
「あと、ローズヒップさんと五十鈴さんに食べ尽くされそうな勢いだったから」
「……まぢでありがとう」
 本当に、みほが確保してくれていなかったら完全に食い損なうところだった――礼を言い、ジュンイチは腰を下ろして肉を食べ始める。
「……ん。焼き具合も味付けもカンペキ。さすがオレ。すごいぞオレ」
「そんなすがすがしいくらいの自画自賛、漫画の中だけだと思ってたよ……」
「さすがにツッコミの来ないところではやらんよ。やっててアホじゃん――つーワケでツッコミありがと」
 呆れるみほに答え、食べ続けるジュンイチに対し、みほはそんな彼のとなりに腰を下ろし、
「……ねぇ、柾木くん」
「あん?」
「私達……全国大会、勝てるかな……?」
「知らん」
 一切情け容赦のない即答であった。
「……そこは普通、『絶対に勝てる!』とか希望を持てる答えをくれるべきところじゃないかな?」
「それで勝てるんならオレだってそーするわい」
 あっさりと答え、ジュンイチは肉を一切れ、口の中に放り込む。
「けど、現実はそんなに優しくない。
 勝負事である以上勝つヤツもいれば負けるヤツもいる。努力すれば必ず勝てる、なんて保証はどこにもない。
 『努力は必ず報われる』なんて言葉もあるが、オレに言わせりゃあんなの、肝心なところが欠落した結果都合よく解釈されちまった哀しい幻想だよ」
「肝心なところ……?」
「『“どこで”報われるのか』って部分で間違ってんだよ、そーゆーコト言うヤツはたいていな。
 努力すれば必ず報われる――それ自体を否定するつもりはねぇ。
 けど、その“報い”はその努力によって身についた実力であって、その先の、試合の結果じゃない。そこをカン違いしてるヤツが多すぎるって話さ」
 みほに答えて、ジュンイチは肩をすくめてみせる。
「だいたい、そんなのちょっと考えればすぐわかる話だと思うんだがね。
 お前だって今回の合同合宿で聖グロのみんながどれだけ努力してるか、しっかりその目に焼き付けたろ?
 『努力は必ず報われる』って言うなら、アイツらだって報われるべきだ。けど、試合になればどちらかが勝ち、どちらかが負ける。矛盾してるだろうが」
「リアリストだなぁ」
 ジュンイチの話に苦笑し、みほは仲良く盛り上がっている大洗と聖グロリアーナの面々へと視線を向けた。
「みんな、願いたいんだよ。
 勝ちたいって願ってるから……そのための努力にすがるんだよ。『あれだけがんばったんだからきっと勝てる』って、思いたいんだよ」
「オレがリアリストならお前はロマンティストだな」
 言って、ジュンイチは空になった皿と箸を置いた。『もう食べたの!? 話しながらだったのに!?』とギョッとしているみほをよそに、続ける。
「けど、オレはそれでいいと思うぜ。
 リアリストってのは計算で動くから、不利な場面は早々に見切りをつけちまうからな。もう少し押せば通せるのに、目には見えない――そんな場面で退いちまうのがリアリストだ。そこを押し通せるのは、ロマンティストの特権だよ」
 そんな話を黙って聞いてくれているみほの頭をなでてやり、ジュンイチは笑みを浮かべ、
「大丈夫。西住さんはオレにない強みを持ってる――オレが計算で無理矢理補ってる部分を素でフォローしてくれる。
 そんなオレ達二人がタッグを組んでんだ。そこにこそ、オレは『勝てる!』って希望を持ちたいね」
「………………」
「……西住さん?」
 なぜか唐突にみほの反応が途絶えた。不思議に思ったジュンイチがみほの顔をのぞき込み――
「……きゅう」
「わーっ!? 西住さーんっ!?」
 それはまさに昨夜の再現。ジュンイチに頭をなでられて嬉しいやら恥ずかしいやら、封印していた昨夜の記憶が呼び起こされて頭の中がごちゃごちゃになってしまったみほは熱暴走を起こして目を回してしまった。
「いや、ゆうべといいコレといい何なんだよっ!
 何で目ェ回してんの!? 起ぉきぃろぉっ!」
 そして、やっぱり自分が原因であることにカケラも気がつかないジュンイチであった。



    ◇



「じゃあ……整列、礼っ!」
『ありがとうございましたっ!』
 ジュンイチの号令のもと、大洗の面々が合宿所の建物に向けてそろって一礼する。
 合宿最終日、反省会の後合宿所を全員で清掃し、この後は大洗への帰還となる――お嬢様学校の聖グロリアーナでこういうことも生徒がやるというのは少々意外ではあったが、お世話になった合宿所への感謝を忘れない、ノブリス・オブリージュの精神を育むためにやっているのだそうだ。
「ジュンイチ様!
 模擬戦では結局一度も勝てませんでしたが、公式戦ではこうはいきませんわ!」
「そりゃこっちのセリフだ。
 個別じゃ全勝しててもチーム全体ではこっちが一度も勝ててない側なんだ。次こそ勝つっ!」
「……もうすっかり宿命のライバルね、あの二人」
「戦車と歩兵ですけどね……」
 最後の最後まで火花を散らすのはこの二人――互いに次の勝利を宣言し合うローズヒップとジュンイチの姿に、ダージリンとみほはそろって苦笑するが、
「でも……みほさんも、遅れを取るつもりはないんじゃなくて?」
「はい。
 この合宿で送っていただいた塩は、全国大会で当たった時、全力で戦うことでお返しします」
「そうこなくっちゃ」
 こちらもしっかり、静かに闘志を燃やしていた。軽く放ったつもりの挑発を真っ向から返され、ダージリンも笑顔でそれを受け止める。
「自信をつけた、いい目をしているわ。
 全国大会、楽しみにしているわね」
「こちらこそ」
 互いに健闘を誓い合い、握手を交わす――大洗と聖グロリアーナとの間に確かな絆を育みつつ、両校の合同合宿はこうして幕を下ろしたのだった。



    ◇



「あー、やっと帰ってこれたぁ……」
「たった二泊三日だが、もう長いこと離れていた気がするな……」
 お互いの学園艦の航行スケジュールの都合上、連絡船で聖グロリアーナの学園艦から最寄りの港に上陸、そこから陸路で大洗の学園艦の最寄りの港へ――と最も遠回りなルートになってしまった。
 おかげで半日かけての移動となり、昼一番で出発したのが大洗の学園艦に乗艦した頃にはすでに陽も沈んでしまった後――大きく伸びをした沙織や左衛門佐のつぶやきには全員が同意したいところだった。
「大洗か……何もかもが皆懐かしい……」
 ちなみに桂利奈のネタには全員でスルーを決め込んだ。
 そう、“全員”だ。普段なら嬉々としてノッてくるであろうジュンイチまでもがツッコまなくて――
「さすがにもうヘトヘトです……
 解散したらまっすぐ帰って、すぐにでもぐっすり寝たいです……」
 本当にお疲れな様子の優花里のつぶやきに、みほが思わず苦笑すると、







「『解散』? 何言ってんだ?」



『………………は?』







 心底意外そうに聞き返してきたジュンイチの言葉に、全員が自らの耳を疑った。
 今、解散などカケラも考えていないような発言が、“主任教官の口から”飛び出したような……
 ぎぎぎぃっ、なんて擬音がつきそうな感じで、全員が同時にジュンイチの方へと振り向く。そんな一同の視線の先で、ジュンイチは何かの鍵束をチャラチャラともてあそんでいて――それを見てギョッとしたのは典子だ。
「あ、あの鍵って……」
「キャプテン……?」
「アレ……」



大洗ウチの合宿所の鍵」



 妙子に答えた典子の言葉に、その意味を悟った全員の顔から血の気が引いた。
「え、えっと……柾木くん……?」
「聖グロと同じ練習してたって、追いつけるかもしれんが追い越せやしないぞ」
 恐る恐る声をかけるみほだが、ジュンイチはあっさりとそう返してくる。
「で、でもっ、聖グロから送られた戦車は明後日届く予定ですし、今日のところは帰っても……」
「安心しろ。今回は戦車の運用よりもお前ら自身を鍛えるのが目的だ。
 だから戦車はなくても一切何ひとつ問題はない」
 せめてもの抵抗を試みる優花里だったが、やはりジュンイチにはあっけなく一蹴され、
「と、ゆーワケで、さっそく始めるぞ。
 デスマー……コホンッ、追加の合宿」
『今何言いかけたぁぁぁぁぁっ!?』
 女の子らしい言葉使いなど、全員が迷うことなく因果地平の彼方にかなぐり捨てる――そのくらい死に物狂いで必死なツッコミが唱和した。



    ◇



「――みさん……西住さん」
「…………ん……?」
 肩をゆすられ、意識が急浮上――目を開けると、みほは新幹線の車内にいた。
「大丈夫か?
 そろそろ着くぞ」
「う、うん……ありがとう」
 となりに座るのはジュンイチだ――礼を言い、みほは軽く身体を伸ばす。
「なんか、すごい夢見ちゃった。
 柾木くんにひたすらしごかれちゃって――20キロロードにサーキットトレーニング、徒手格闘にサバイバル訓練まで……」
「ハッハッハッ、何言ってるんだ、西住さん」
「そうだよね。
 戦車道の訓練であんなメニュー……」
「全部おとといまで現実に味わってたメニューじゃねぇか」
「………………」
 みほの現実逃避は失敗に終わった。



 あの地獄の始まりから三週間――日々の授業すらも返上して行われた追加合宿は、幸いにもジュンイチの懸念していた脱落者をひとりも出すことなく無事終了。
 昨日を丸一日休養日に充てた上で、みほ達は現在、戦車道全国大会の組み合わせ抽選会のために横浜へとやってきていた。



「西住ちゃん、緊張してる?」
「は、はい……」
 近づくにつれて兆候は見られていたが、会場に入った辺りから目に見えてわかるレベルで動きが固くなってきた。見かねた杏の問いに、みほは乾いた笑いと共にうなずいた。
「ま、しゃーねぇか。
 何せ、クジを引きに壇上に上がるのは西住さんだし」
「そんなこと言うなら、柾木くんが代わりに引いてよぉ」
「何言ってるんですか!
 大洗の代表としてクジを引くんですから、隊長の西住殿以外には考えられませんっ!」
「その尊敬が今は重いよ、優花里さん……」
「というか、その理屈だと生徒会長の私も該当するんだけど、スルーだよねそうだよね」
 ジュンイチとみほのやり取りに乱入してくる優花里だが、フォローになっているようでなっていない。杏のツッコミも何のそのだ。
 そう、生徒会長として桃や柚子を連れて同行してきた杏はともかく、優花里もいる――というかAチーム全員いる。みほのことを心配して、(ジュンイチに交通費を出させて)ついてきたのだ。
「ま、大丈夫だよ。
 練習試合二試合に聖グロとの合同合宿、でもってジュンイっちゃんのデs……追加合宿。
 こんだけやってみんな大なり小なり“形”になってきてるし……後はそうやって積み重ねてきたモノ全部出し切って、パパッと優勝しちゃうだけだよ」
「は、ハハハ……」
 まるでそうなることを一切何ひとつ疑っていないかのような杏の言葉に、みほは思わず苦笑して――
〈間もなく抽選会が始まります。
 各参加校の代表の方は、舞台袖に集合してください〉
「お、始まるな」
「じゃ、私達は観客席から見てるからね!」
 流れた館内放送が、“その時”の到来を告げた。桃や沙織が告げ、皆は一足先に会場に入っていき、
「――ホレ」
 パンッ、と、ジュンイチがみほの背中をはたいた。
「いよいよだ。
 いいトコ引いてくれよな――隊長さん?」
「…………うん!」
 気づけば、緊張の震えは止まっていた。ジュンイチにうなずき返し、みほは会場に向けての第一歩を踏み出した。


 


 

 

 

 

 

 

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ガールズブレイカーパンツァー

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第13話「ずっと戦車だけが友達で……」


 

(初版:2018/04/30)