〈大洗女子学園、8番!〉
 壇上でみほが引いたクジが読み上げられ、場内に歓声が上がる。
 が、その歓声の意味はあまりいいものとは言えなさそうだ。なぜなら――
「……一回戦の相手はサンダース高……」
「それって強いの?」
「サンダース大付属高校。優勝候補のひとつです」
「えー? それって大丈夫なの……?」
 と、優花里と沙織が話している通りだ。
 大洗とサンダース大付属の対戦が決まったことで上がった歓声。その意味は、優勝候補と当たらずに済んだことを喜ぶ他校の歓喜。そして――
(……無名校と当たって、一回戦は楽勝だと侮った身の程知らずさん達の、束の間の歓喜か……)
 盛り上がっているサンダースの面々を眺めて、それでも自分達大洗の勝利を信じて一切疑っていないジュンイチが内心でつぶやく。
 もちろん、ジュンイチもサンダースの強さは事前に調べて理解している――が、あぁも油断しまくっている姿を見ると警戒心も薄れるというものだ。真剣勝負の場で相手を見くびるとどういう目にあうか、まったくわかっていないと見える。
 実際、“それで痛い目を見た人達”もいるのだが――
(……その聖グロとは、順当に勝ち進んで三回戦か……)
 近いブロックにはなれたが、ぶつかるのはトーナメントの後半だ。しかも――
(おまけに二回戦はマジノとアンツィオが戦って、勝った方、か……)
 アンツィオとマジノ、みほ達と仲の良い二つのチームがトーナメント表のすぐとなりで直接対決。勝った方が二回戦で自分達とぶつかることになる。サンダース戦を乗り越えたら、今度は身内との二連戦の可能性大(しかも一戦目はすでに確定)というワケだ。
(ったく、縁が広いのも考えものだね……ん?)
 内心で苦笑していたジュンイチだったが、ふとトーナメント表に気になる名前を見つけた。
(……“関西国際商業”……?
 今まで調べた中では見なかった名前だな……ウチと同じ新参校か……?)
 トーナメント表の上では二回戦で聖グロリアーナと当たる位置だ。『聖グロなら負けやしない!』と友人達の勝利を断言したいところだが、まさに次の試合で大物喰いをやらかそうとしている自分達が言ったところで説得力がないにも程がある。
(一応、気にはかけておくか……
 “今はそれ以上に気をつけておきたい連中がいるワケだし”
 とりあえずこの件は後回しにすることにした。意識を切り替え、気配を探ると先ほどまで捕捉していた相手を捉え直す。
 壇上でワタワタしているみほに向けて鋭い視線を向けている、数人の女子の気配。その正体は――
(……やれやれ、だ。
 できることなら、西住さんと鉢合わせして面倒なことになる前に逃げ帰ってしまいたいんだがね……)

 

 


 

第13話
「ずっと戦車だけが友達で……」

 


 

 

「……うん、わかってた。
 絶対こうなるだろうってわかってた」
「あら、ごあいさつね」
 頭を抱えるジュンイチに返すのは、となりのボックス席にオレンジペコ、アッサムと共に座るダージリンだ。そして――
「いいじゃないですか。
 わたくし達は切磋琢磨するライバルであると同時、試合を通じて友誼を結んだ友人でもあるんですから」
 反対側、もう一方のとなりのボックス席にはエクレールとフォンデュが――
「そうだぞ、柾木!
 せっかくこうして会う機会に恵まれたんだ。一緒にお茶していくぐらいは一向にかまわんだろう!」
「おのれらがこの状況の原因だろうが……っ」
 通路を挟んだ向かいのボックス席にカルパッチョ、ペパロニと共に座るアンチョビの言葉に、ジュンイチは思わず恨みがましい視線を向けながらうめく。
 抽選会も終わり、生徒会組は試合会場その他の情報を受け取りに事務所へ。さて、自分達はさっさと帰ろうかとみほを促そうとしたジュンイチだったが、そんな彼らをアンチョビ達が見つけてしまったのが運の尽き。
 いつものノリと勢いで声をかけてきたアンチョビ達の姿に、ダージリンやエクレールもこちらに気づき、結果この大所帯。
 この人数で立ち話も何だということで、優花里のオススメのこの“戦車喫茶”へと入ることになったのだった。
 そんな、ここに至る経緯を思い返すジュンイチをよそに、優花里がテーブルに備えられた戦車のミニチュアの砲塔を上から押し込む――「ちゅどーんっ」と砲撃音が鳴り、ウェイトレスが注文を取りにやってきた。このミニ戦車がウェイトレスの呼び出しボタンだったのだ。
「ご注文はお決まりですか?」
「ケーキセットで、チョコレートケーキ二つと、イチゴタルト、レモンパイにニューヨークチーズケーキ、ひとつずつお願いします。
 あと……」
「オレはこのページのヤツ全部」
 代表してみほが注文を伝えて――最後に気をとり直したジュンイチがしれっと爆弾をぶっ込んできた。
 当然ウェイトレスの顔が引きつるが、彼の人となりを知っている者達にしてみればこの程度は「序の口」だ。ウェイトレスの動揺をかき消すようにオレンジペコが自分達の分を注文。アンチョビやエクレールもその後に続く。
 ちなみに、他の面々が隊長格が代表で注文した中、なぜ聖グロ組だけオレンジペコによる注文なのかといえば――
「はぁ……これが呼び出しボタン……主砲の音になってるのねー♪」
 とまぁ、こんな感じで店内の様子に興味津々でウェイトレスにまるで気づいていないからだ。
 だが、彼女が興味を示す気持ちもわからないでもない。聖グロリアーナぐらいのお嬢様学校ともなれば、喫茶店なんて滅多に入らないだろう。増してやそれがこんな、戦車喫茶なんて特定趣味を狙い撃ちしたような部類ともなればなおさらだ。
 そんなことを考えながら、ジュンイチも店内の様子へと意識を向ける――第二次大戦時代の戦車ガレージを思わせる内装にウェイトレスの制服はパンツァージャケット風。そして注文の品を運んでくるのは――
「ぅわぁ、何コレ!?」
「ドラゴンワゴンですね」
 沙織に優花里が答えた通り、“ドラゴンワゴン”ことM25戦車運搬車の自動ラジコンだ。果てはそこに乗せられたケーキも戦車風のデコレーションだ。
 ダージリン達他のテーブルの面々のもとにもケーキが到着。それぞれに食べ始めて――
「しっかし、お前らも災難だな、西住」
 そう口を開いたのはアンチョビだった。
「一回戦からいきなりサンダースとは」
「そんなに強いんですか?」
「強いって言うか……すごくリッチな学校なんですよ」
 聞き返す華に答えるのは優花里だ。
「戦車保有数は全国一。チームも一軍から三軍まであります」
「わかりやすく言えば、同じ金持ちチームでも“質”を重視してる聖グロに対して、“量”を重視した米帝プレイが持ち味だ――さすが、アメリカ風の校風の学校なだけあるぜ」
 優花里に付け加えるジュンイチだったが、何やらつまらなさそうにテンションが低い。というのも――
「不満そうだな、柾木は」
「どうせぶつかるなら、後の方でぶつかりたかった相手だったからな」
 声をかけてくる麻子に、ジュンイチはそう答える――と、その言葉に首をかしげたのはオレンジペコだ。
「そうですか?
 普通は、同じ当たるならまだサンダースが力を発揮できない序盤の内に当たりたいと思うものなんじゃないんですか?」
「どういうこと、ペコりん?」
「ぺ……っ!?」
 聞き返す沙織の、その呼び方が不意打ちすぎて一瞬面食らう――が、気を取り直して沙織の質問に対し説明する。
「全国大会では、試合に出せる戦車数の上限は段階ごとに決まっています。
 決勝を除く回戦数を半分で割って、前段が十輌まで、後段が15輌まで、そして決勝が20輌までとなっています。今回で言えば、一、二回戦が前段、三回戦と準決勝が後段になります。
 そして、物量作戦を得意とするサンダースは、このルールの下では勝つ進むごとに力を発揮できるようになりますから……」
「なるほど、本気で戦えない最初の方で当たる方が、同じ当たるにしてもまだ勝ち目がある、と……って!?」
 オレンジペコの話に納得して――その上で、ジュンイチの発言の意味に気づき、沙織はジュンイチに向けて声を上げた。
「つまり強い状態のサンダースと戦いたいってこと!?
 ただでさえキツい相手だってのに、なんでわざわざハードル上げたがるかな!?
 そんなに大変な思いがしたいの!? ドM!?」
「失礼な。そんな特殊性癖なんぞ持っとらんわい」
「なら私達に地獄を味わわせて楽しむドS!?」
「それはあるけど」
「あるんかい」

 すかさずツッコむのはアンチョビだ――コホンと咳払いし、ジュンイチは話を仕切り直す。
「もちろんそれだけじゃないさ。
 オレの仕事はこの大会を勝ち上がることだけじゃない。お前らを鍛えることもそのひとつだ。
 この二つをサンダース戦で両立させようと思ったら、ヤツらがフルパフォーマンスで戦える後の方で戦うのが、一番いい経験になるだろ」
「それで死ぬような思いして戦う羽目になるのは私達なんだけど」
「ハッハッハッ、大丈夫だぞ、武部さん。
 オレも一緒に戦うってことを忘れてやしないかい?」
 ジト目でツッコんでくる沙織に答えると、ジュンイチは自信タップリに胸を張り、
「死なばもろともっ!」
「まず死なずに済む選択肢を選んでくれないかなっ!?」
 全力でツッコむ沙織だったが、カラカラと笑うジュンイチはどこ吹く風で――



「……副隊長?」



 不意に、そんな声が一同の間に割り込んできた。
 その声は、大洗の面々の、そして聖グロやアンツィオ、マジノの面々の、誰の発した声でもなくて――
「あぁ、失礼。
 『“元”副隊長』でしたね」
 そう告げるのは、黒系に色調を統一した制服に身を包んだ銀髪の少女だった。
 いきなりの登場に、沙織達は一様に戸惑いの色を見せている――その一方で、声をかけられた本人であるみほは気まずそうに視線を伏せ、ダージリン以下他校組一同も少女のことを知っているようで眉をひそめている。
 そして――
「……その声……なるほど、黒森峰の“現”副隊長、逸見エリカか」
 ジュンイチは彼女のその声に心当たりがあったようだ。フォークでケーキを切り分けながら口を開く。
「柾木くん……?」
「マジノとやり合う前、練習試合の相手を探してた頃――黒森峰に試合を申し込んだ時、応対したのが彼女だ。声に覚えがある。
 でもって……」
 みほに答え、ジュンイチはエリカと呼ばれた銀髪の少女のとなり――“もうひとり”へと視線を向けた。
「そっちはテレビでインタビュー受けてたの見たぜ。
 なるほど、こうして直接お目にかかると、確かに西住さんによく似てる。さすが姉妹」
「姉妹って、西住さん……」
「うん……
 私の、お姉ちゃん」
 思わず声を上げた華にみほが答えると、次いで口を開いたのはダージリンだった。
「お久しぶりね、まほさん。
 三月の練習試合以来かしら?」
「あぁ、そうだな、ダージリン。元気そうで何よりだ。
 しかし――」
 ダージリンにあいさつを返すと、西住まほは妹、すなわちみほへと視線を向け、
「まだ戦車道をやっているとは思わなかったな」
「………………っ」
「事情知らないから仕方ないとは思うけどさ、その件で西住さん責めるのやめてあげてくんない?
 西住さんは、ただ唯一の経験者ってことで本人の意思ガン無視で引っぱり出されただけなんだからさ」
 まほの指摘にみほが身体をこわばらせる――のはわかっていたので、ジュンイチがすかさずフォローをはさむ。功を奏したか、まほからの視線の鋭さが若干和らいだかに見えたが、
「ハッ、それもそうね。
 去年“あんな無様な醜態”をさらしたんだもの。まともな神経してたらこの期に及んで戦車道なんて続けられるワケないわよね」
「――っ、お言葉ですがっ!」
 せっかくのフォローを根こそぎぶち壊してくれた人が約一名。他校組も含めて事情を知る面々から『空気読めこの馬鹿(意訳)』という視線を向けられるもそれすらまったく気づいている様子を見せないエリカに対し、さすがに見かねた優花里が口をはさんだ。
「あの試合での西住殿の判断は、決して間違ってなかったと思いますっ!」
「何よ、あなた。
 部外者は黙っていてもらえるかしら?」
「す、すいません……」
 逆にエリカににらみつけられ、すごすごと優花里は引き下がり――
「ほっとけほっとけ、秋山さん」
 そんな優花里をなだめたのはジュンイチだった。
「目先の勝ち負けに捉われて、西住さんの“功績”にまるで気づいてないような阿呆には何言ってもムダだよ」
「――っ、何ですって!?」
「西住さんが“何”を守ったのか、何ひとつわかってない馬鹿はすっこんでろっつってんだよ」
 声を荒らげたエリカに即答。ギロリとにらみつけたジュンイチの視線がエリカを威圧する。
「えぇ、そうね。
 下手をしたら、みほさんどころかわたくし達全員、こうして戦車道を続けることが叶わなくなっていたかもしれませんのに」
「それを防いでくれた西住さんの行いに、当時同じチームにいながら気づかないとは……いえ、同じチームの中にいたからこそ気づけなかったと見るべきかしら?」
「なっ、何よ!? 何なのよ!?」
 さらにエクレールやダージリンも参戦。三方から責められ、一転して劣勢に立たされたエリカだったが、それでも気丈に口火を切ったジュンイチをにらみつける。
 が――
「もうやめろ、エリカ」
 間に割って入ったのはまほだった。さすがに隊長に止められては逆らえないのか、エリカはまだまだ悔しげにしながらも素直に引き下がる――
「もういい。行くぞ」
「わ、わかりました……
 ……一回戦はサンダースと当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さないようにね」
 訂正。ちっとも引き下がっていなかった。去り際に思い切りイヤミを残し、エリカは先立って立ち去ったまほの後を追っていった――最後に思いっきりジュンイチをにらみつけた上で。
「……こうなると思ったから早く帰りたかったんだ……」
 みほとの確執を考えれば、顔を合わせたらこうなることはわかっていた。だから鉢合わせする前にこの地を離れたかった。
 しかし結果は見ての通り。内心頭を抱えるジュンイチだったが、収まらないのはみほをさんざんになじられたことで腹を立てている周りの面々だ。
「何よ、あの言い方!」
「あまりに失礼です!」
「でも……大きなことを言ってのけるだけの力と実績が、黒森峰にはありますから……」
 エリカがいなくなり、抑え込んでいた不満が爆発したように憤慨する沙織と華に、優花里が答える。
「黒森峰は去年は準優勝に甘んじましたけど、その前は九連覇している強豪中の強豪です。
 西住流のライバルとされる島田流に同年代の選手がいない今、事実上高校戦車道界の頂点に立つ学校だと言っても、決して言いすぎなんかじゃないんです」
「え、それってムチャクチャ強いってこと!?」
「確かに、只者じゃねぇな、あのエリカってのは」
 思わず優花里に聞き返した沙織をよそに、ジュンイチは彼女の、エリカの出て行った戦車喫茶の出入り口へと視線を向けた。
「そうですよ!
 確かあの逸見エリカ殿は、去年の大会後の世代交代以来、ずっと副隊長を務めてきた方です。実力者であることは間違いn
「あー、いや、そうじゃなくてだな」
 だが、彼の言葉は優花里の思ったものとは違う意味から出たものだった。首をかしげる優花里に答える代わりに、ジュンイチは“そちら”を見て――

 

「フフフ……私が認めたみほさんを私の前で侮辱するとはいい度胸ね。
 これは是非勝ち上がって、身の程というものをわからせてあげないといけないわね」

「我々もいたというのにまったく眼中なしとはな。
 九連覇も昨年の準優勝も、あの失礼な態度の前にはすべて台無しだな」

「わたくし、西住流のことは尊敬していますけど、あの方だけは好きになれそうにありませんわね。
 逸見エリカ……対戦が楽しみですわね。フフフ……」



「西住さんひとりを挑発に来て、強豪古豪を三校も敵に回して帰っていきやがった」
「………………」
 ダージリン、アンチョビ、そしてエクレール――三人が、それぞれの副官達を震え上がらせるほどに黒い怒りのオーラをまき散らしている。あの飄々としたフォンデュですら震え上がっているのだから、どれだけすさまじい怒りかがよくわかる。
 そんな三人の隊長を前に、優花里は……フォローの言葉が見つからなかった。



    ◇



 結局、黒森峰の(というかエリカの)登場で空気の悪くなった集まりはそのままケーキをいただいてお開きとなった。喫茶店の前でダージリンらと別れ、みほ達も学園艦への帰路につく――が、
「…………あ」
 不意に声を上げたのはジュンイチだった。
「悪い、みんな。
 ちょっと買い物の用事があったのを思い出した。プライベートだから、お前ら先帰ってていいぞ」
「わたくし達は別にお付き合いしてもかまいませんけど……?」
「いいのか? “染める”ぞ?」
『行ってらっしゃい』
 アニメオタクでもある、ジュンイチの“趣味”の買い物と察し、迷わずジュンイチを送り出すみほ達であった。
 そんなワケで、みほ達と別れてひとり歩き出すジュンイチだったが、
(……狙いはこっちか)
 買い物の話はただの方便でしかなかった――ある程度距離をとって、後をつけてくる気配がひとつ。
 その気配に覚えはあったが、“彼女”のターゲットが自分なのか、“それともみほなのか”が絞り切れなかった。なので試しに別行動をとってみたらこちらについてきた。どうやら用があるのはジュンイチのようだ。
 みほ達と出くわす心配のないところまで引き離してから相手をしてやろう――と、ジュンイチが“彼女”への対応を検討する――が、

「なーなー、彼女、ひとりー?」
「はぁ? 何よ、アンタら?」
「ヒマしてるの? じゃあオレらと遊ばない?」
「ハッ、冗談じゃないわ。
 こっちはヒマしてここにいるワケじゃないのよ。さっさと消えなさい」

(……なんで、オレに絡むよりも先に問題起こしてんだあの馬鹿わ)
 背後で、こちらを尾行していた銀髪の少女が通りすがりの数人のチャラ男に声をかけられていた――穏便に済まそうという発想がそもそもないのか、というか自分が今尾行している立場であることすら忘れたか、ハナからケンカ腰で男達に応対するエリカに、ジュンイチは思わず頭を抱えた。
 こうなっては放っておくワケにはいかない。ため息まじりに振り向き、声をかける。
「おーい、待て待て、そこまでだ」
「――――っ! アンタ……っ!」
「ったく、何やってんだ、お前。
 尾行してる人間がムダに目立ってどーする」
「アンタ、気づいて……!?」
「尾行ヘタすぎ。ウチのCランクでももーちょっとうまくやるぞ。
 直す気があるならヒマな時にでも大洗に来い。プロのやり方教えてやる」
「――っ! 誰がアンタなんかにっ!」
「あー? 何だよ、兄ちゃん」
「いきなり出てきて、何ジャマしてくれちゃってんのー?」
 ジュンイチとエリカのやり取りに不満の声を上げたのは、エリカをナンパしていたチャラ男達だ――その数四人。
「ひょっとしてアレか?
 兄ちゃん、その娘のカレシとか?」
「ハァ!?
 何言ってんのよ!? コイツが私の彼氏!? バッカじゃないの!?
 眼科行ってその腐った目交換してもらったら!? いえ、いっそ死んで一から生まれ変わってやり直してきなさいよっ!」
「……いいから黙ってろ、お前わ」
 火に油、どころかコンビナート火災にコンテナ満載のニトログリセリンを投げ込まんばかりの勢いでどこまでもケンカ腰なエリカを下がらせるジュンイチだったが、
「彼女の前でカッコつけたいんだろうけどよぉ……相手見てケンカ売れよなっ!」
 幸い、連中の標的はナンパを邪魔したジュンイチに固定されたらしい。しびれを切らしたらしいチャラ男のひとりが、ジュンイチに向けて殴りかかり――
「オマエガナー」
 その言葉と同時――衝撃音と共にそのチャラ男が吹っ飛んだ。
 一方のジュンイチは、何もせずその場に立っているだけ――少なくとも、ジュンイチを与しやすしと見て油断していたチャラ男達にはそう見えていたことだろう。
 もちろん、実際には違う。エリカの目には、ジュンイチによる右ジャブが、男を吹っ飛ばしたのがハッキリと捉えられていた。
 ただ、脱力した自然体から放たれたその一撃があまりにも速く、エリカと違って完全に気を抜いていた彼らの目には拾いきれなかったのだ。
 なので――
「てっ、てめぇっ、何しやがった!?」
「んー? 別に何も?」
 こうしてしらばっくれるくらい余裕だ。動揺する仲間のひとりにいけしゃあしゃあとそう答えて――もう一閃。さらにもうひとり、鼻血を吹いて気絶する。
「なっ、何なんだ!? どうなってやがる!?」
「ワケわかんねぇ! やってられるか!」
 こうなればしめたもの。人間、自分の理解の及ばない存在にはどうしても恐怖心を抱くものだ――ジュンイチの攻撃をまったく見切ることのできないチャラ男達は完全に恐れをなして、気を失った仲間を支えて逃げ出して行った。
「ハッ、ケンカ売るなら、見た目で相手の実力判断するのはやめとけ、バーカ」
 逃げていく男達を見送り、ジュンイチが言い放ち――
「……どういうつもり?」
 声をかけてきたのはエリカだった。
「恩でも売ったつもり?
 悪いけど、これっぽっちも助けてもらったなんて思ってないから。だからお礼なんて言わないわよ」
「いらねーよ。
 ただの自己満足のためだけに助けたモンで感謝なんてされてもなぁ」
「ハァ!?
 この私を助けておいて、言うに事欠いて『ただの自己満足』!?
 私を助けた理由がその程度!? いったい何様のつもり!?」
(……めんどくせぇぇぇぇぇっ!)
 何を言ってもいちいちかみついてくるエリカに、ジュンイチは確信する――コイツ、プライドの高さとツンデレが悪い方向に化学反応を起こした、いわゆる「こじらせ系ぼっち」だと。
「……まぁ、そこはいいや。
 で? そもそものところに話を戻すけど……何だってオレをつけてきてたんだ? しかも隊長と別行動をとってまで」
 とりあえず、このままでは埒があかないと話を本題に戻す――と、エリカにいきなりにらまれた。その前に「あ、そういえば」と我に返るリアクションをしっかり見せてくれた上で。
「アンタ……“アレ”、どういう意味?」
「“アレ”……ってのは?」
「とぼけるんじゃないわよ。
 喫茶店で言ってたでしょ――『あの子が大きなものを守った』って」
「…………へぇ」
 エリカの言葉に、ジュンイチは興味深げに彼女を見返した。
「それをオレに聞きに来た……つまり考えてもわからなかった、と」
「そ、そんなんじゃないわよっ!
 あんまり見当違いなこと言ってるから、真っ正面から否定してやろうと思っただけよっ!」
 ジュンイチの指摘に顔を真っ赤にして言い返してくる。そのリアクションが意味するのは――
(ンな理由でわざわざ追いかけてくるなんて、余程の物好きだろ――ごまかしが下手にも程があるだろコイツ)
 つまりジュンイチの指摘は図星――だからこそ、彼女はジュンイチを追ってきた。
 ジュンイチに示唆された、“自分には見えてないモノがある”という事実――それをそのままにしておくことを良しとせず、ケンカ腰に別れた相手に聞いてでもそれを解消しようとしている。
 視野の狭さを放置することがどれだけ危険なことかを、彼女はよくわかっている。自分に聞くなど死ぬほどイヤだろうが、チームをその“危険”にさらさないために、彼女は個人的感情を押し殺し、答えを求めてここに来た。
 ならば――ここで追い返すのは、そんな彼女の覚悟に対して失礼というものだろう。
「……わかったよ。教えてやる」
 ため息まじりにそう告げると、ジュンイチはエリカへと向き直り、
「ンじゃ、まずはおさらいだ――」



「去年の全国大会の決勝戦……西住さん、“何をした”んだっけ?」



    ◇



「……それは、去年の全国大会の決勝戦でのことでした……」
 一方、みほ達の間でも、話は去年の出来事について触れていた。
 まだエリカへの怒りの収まらない沙織が、みほにその理由を問いただしたためだ――当時を思い出して表情を曇らせたみほに代わり、優花里がそう口を開く。
「その日はひどい雨で……黒森峰は対戦相手、プラウダの誘導に引っかかって、視界の悪い中川辺の細い道に誘い込まれてしまいました。
 そんな中、西住殿の乗っていたフラッグ車の前を守っていた戦車が、川へと滑落してしまって……」
「え……
 ちょっ、それってヤバくない!? すごい雨だったんでしょ!?」
「ヤバいなんてものじゃないですよ。
 増水した川の流れは、いくら重戦車でも耐えられるものじゃありませんから」
 その光景をイメージしたのか、顔を青くして声を上げる沙織に優花里がうなずく。
「当然、滑落した戦車はあっという間に水没……それを見た西住殿は、戦列を離れて、助けに向かったんですよ」
「でも……」
 優花里の話に、ようやく落ち着いてきたみほが口を開いた。
「私の戦車、フラッグ車だったから……撃たれて、負けちゃって……十連覇、できなかった……
 それに……」
 しかし、そこまで語ったみほは再び元気をなくしてしまう――そんなみほの反応に、麻子が尋ねる――
「ひょっとして……」



「西住さんが大洗に転校してきたのは、その一件が原因なのか?」



    ◇



「あの子のせいで、黒森峰は十連覇の偉業を達成することができなかった。
 おかげで、私達までOBの皆さんからさんざんにしぼられたわ。自分達の積み重ねてきたものを全部フイにされた。しかもフラッグ車を捨てるなんて無様な理由で」
 “その後”のことを語るエリカに対し、ジュンイチは腕組みしてそれを黙って聞いていた。
「当然、一番の“主犯”であるあの子は特にね。
 西住流家元の家系にありながらの敵前逃亡、西住流の面汚し……さんざんに言われていたわ。
 もちろん、家元もよ――それまでの九連覇に直接関わっていないとはいえ、その流れを作ってきた先輩方はみんな家元の教え子達だったワケだしね。
 そうこうしている内に、あの子、戦車道どころか黒森峰からも逃げ出して……ま、その後のことはアンタの方が詳しいでしょう?」
「あぁ、そうだな」
 こちらの心情に気づいているのかいないのか、平然と語るエリカの言葉に、ジュンイチは腕組みしたまま淡々と答えた。
「で? 黒森峰の積み重ねてきた栄光と先輩方や応援してくれた人達の思いをほんの一時の感情から根こそぎぶち壊しにしてくれたあの子が、いったい何を守ったっていうn
 だが、エリカが平然としていられたのはそこまでだった。
 顔を上げたジュンイチが、エリカをにらみつけたからだ――怒気どころではない殺気を込められた視線に、まるで心臓を鷲づかみにされたような息苦しさを覚え、身体を動かすことも忘れてしまったかのような金縛りがエリカを襲う。
「その話に出てきたOBさん方といい、お前らといい……西住さんの行動の意味もわきまえずに、ずいぶんと好き勝手言ってくれたみたいだな」
 言って、一歩を踏み出す――思わず後ずさりしようとするエリカだったが、恐怖で金縛りになってしまった身体はピクリとも動かない。
「お前が思っているよりも、軽く100倍以上は怒ってんぞ、オレは」
 ジュンイチの右手がエリカへと伸びる。逃げることも、目をそらすこともできないでいるエリカへとその手が迫り――



「――とはいえ、だ」

 ぺしんっ、と、軽く放たれたデコピンがエリカの額を叩いた。



 とたん、エリカの身体が身体が自由を取り戻す――デコピンに意識が向いたことで金縛りから逃れ、エリカがその場にへたり込む。
「もう終わっちまったことだし、今さらほじくり返してもどーにもならん。
 それよりも、“これから”に目を向けた対応を心がけなきゃな」
「いけしゃあしゃあと……っ!
 “これから”に目を向けた人間の放つ殺気じゃなかったわよ……っ!」
「当たり前だ。意味がないから殺らないだけで、お前らみんな皆殺しにしても飽き足らないこの怒りが消えてなくなったワケじゃねぇんだ。
 それだけのことをやらかしたんだ――殺気をぶつけるぐらいの八つ当たりぐらいはさせろや」
 うめくエリカに答えると、ジュンイチは不機嫌もあらわにフンと鼻を鳴らした。
「と、ゆーワケで本題に入るが――逸見エリカ。
 ひとつ聞きたいんだが……去年の決勝、あそこで西住さんが水没した戦車を助けに行かなかったら、どうなっていただろうな?」
「ハァ? いきなり何言い出すかと思えば……
 そんなの、黒森峰が勝って、十連覇していたに決まってるでしょ」
 ジュンイチの言葉に、エリカは迷わずそう言い切って――



「――――で?」

「………………え?」



 あっさり聞き返してきたジュンイチを前に、思わずその動きを止めた。
「十連覇して……その後は?」
「そ、その後って……」
「それだよ」
 問いを重ねられ、口ごもるエリカに対して、ジュンイチはあっさりと言い放った。
「そこが見えてねぇからダメだって言ってんだ。
 目の前の試合、大会にしか目が向いてないから、あの時西住さんが試合を、勝利を、十連覇を選んでいた場合の“if”がシミュレートできてない」
「そ、そんなの、やんなくたって問題ないでしょ!?」
 告げるジュンイチに対し、そう反論するエリカだったが、
「その結果、黒森峰が――」











「日本の戦車道崩壊の戦犯になっていたかもしれない、としても……か?」











「………………え?」
 その指摘には、さすがのエリカも思考が停止した。
「せ、戦車道が崩壊って、いくら何でもそんな……」
「そんな未来もありえたぐらい、あそこで水没した味方を見捨てるってのは危険なリスクをはらんだ選択肢だったんだよ」
 うめくエリカに答えて、ジュンイチは深く息をつき、
「確かに、戦車の気密性は、戦車道で使われる第二次大戦当時の車輛でもそうバカにできたもんじゃない……けどそれは、状況を選ぶとはいえ当時すでに投入が進んでいた毒ガス兵器から身を守るために実装されたものだ。
 水没なんて状況は……全方向から襲いかかってくる圧力の中浸水を防ぐ、なんて状況は想定してない。増してや、重戦車を押し流しかねないレベルで増水した川に落ちた時、なんてのはな。せいぜい渡河時に浸水しないようにできれば十分って程度だ。
 つまりあの決勝戦、川に滑落して水没した時点で、その戦車の子達にはただ浸水する水を前に恐怖に震えるぐらいしか選択肢はなかった。
 ……あぁ、どうせツッコんでくるだろうから事前につぶしておくけど、『さっさと脱出すればよかった』なんてほざくなよ。
 毎年もうちょっと先の時期に頻繁にやってるから見たことあるだろ? テレビの、大雨による水害対策の特集――アレ見てればわかると思うけど、背丈の三分の一も水かさが届けば、水圧でドアを内側から開けることはできなくなる。頭まで水につかっちまった時点で、戦車から脱出することは不可能だったはずだ」
 ジュンイチの話に、エリカは答えない――「そうか、道理で……」なんてつぶやきが聞こえたが、かまわず続ける。
「もう一度言うぞ。あの時、水没した時点で戦車に乗ってた子達にはどうすることもできなかった――あそこで西住さんが助けに行かなかったら、乗員数とピッタリ同じ数の、恐怖にひきつった顔のどざえもんができてたはずだ。
 さて――今までさんざん『助けに行ったのは間違いだった』なんてほざいてくれたんだ。黒森峰の考え方的には“犠牲なくして勝利なし”な類なんだろうな。
 だが、今オレが提示した事実を前に、それでも同じセリフを吐けるか? 吐くことを周りが許してくれると思うか?」
「そ、それは……」
「少なくとも、周りは許しちゃくれねぇはずだ。
 あそこで誰も助けに行かなかったら、たとえ試合に勝っても、十連覇したとしても、世間は絶対に許さない。
 『勝利のために、水没した戦車の乗員を見殺しにした学校』――そんな悪評が一気に広まることになっただろう」
 答えようとしたエリカを一蹴、さらにジュンイチのシミュレーションした“破滅”は続く。
「そうなったらもう止められない。
 犠牲になった乗員の家族は、世論の後押しで黒森峰に対して訴訟に出ることもあるだろう。そうなれば悪評はさらに広まる。学校が訴えられたとなれば当然ニュースになるだろうからな。
 黒森峰への進学を思い直すヤツも出てくるだろうな。一連の事件で幻滅したヤツもいるだろうが、それ以上に下手をすれば“明日は我が身”だ。まともな親ならまず止める。
 現役組も影響は免れない。そこまで悪評が広まれば、黒森峰の生徒っていうだけでバッシングの的だし、卒業後の進路にも支障が出る。
 それを避ける方法はひとつ。“黒森峰の生徒じゃなくなること”――大量の退学者、転校者が出て、現行の生徒数も大きく減らすだろう……あ、そうなるとOBのみなさんも黒森峰出身であることを隠して生きていかざるを得なくなるか。
 ……と、ここまでくれば黒森峰は学校としては完全に死に体だ。統廃合の対象に挙がるのは避けられないだろう」
「………………っ」
「悪いけどまだ続くぞ。
 言うまでもなく黒森峰にはバックに西住流がついてる。そして西住流は“東の島田、西の西住”と言われるくらいの戦車道の“顔”だ。
 そんな西住流の流れを汲む黒森峰でそれだけの不祥事が起きれば、飛び火は西住流だけじゃ済まない。戦車道全体のイメージを著しく損なうことになる。
 そうなれば、戦車道そのものの競技人口は大きく減るだろう。大会を行うことも難しくなるだろうし、学校ではやらせなくなるところも出てくるだろう。それどころか、文科省がストップをかけてくることだって考えられる。当然だ。生徒に死人が出てるんだからな。
 そうやって“下”が育つ土壌が失われれば、当然将来的にはプロリーグにも飛び火するだろう――もちろん、騒動の時点で風評被害が向いているだろうけどな。
 ……と、以上のように戦車道そのものが壊滅的なダメージを受けることが予想されるワケだけどさ」
 そして、もはや顔面蒼白になっているエリカに向けてトドメを刺しにいく。
「さて、そこまで被害が広がった上で……だ。
 被害者一同の恨み、“いったい誰に向けられることになるだろうな”?」
「………………っ」
「そう――お前らだよ。
 お前らの選択で何百……下手をすれば何千、何万もの人生が狂わされていたかもしれない。人の命を天秤にかけるってのは、そのくらい重いんだよ。
 さて、もう一度聞くぞ――」



「それでもお前は、そんな未来を回避してくれた西住さんを悪く言えるのか?」



「…………っ。
 わた……私は……っ!」
「ま、そこから先はお前さんが自分で答えるべきところか。
 オレに口出しする権利はねぇし、答えに興味もねぇ。せいぜいひとりで悩み苦しみな。じゃあな」
「あ、ちょっと!」
 エリカが呼び止めるが、もう相手をするつもりはない。言いたいことはすべて伝え、もう用はないとばかりに、ジュンイチは振り返ることもなく立ち去っていった。
 かくして、その場にはエリカひとりだけが残されることになり――
「…………わかってるのよ……っ!」
 そんなつぶやきと共に、エリカの拳が強く握りしめられた。
「あの子が悪くない。そんなことは……」



「私が一番……誰よりもわかってるのよ……っ!」



    ◇



「んー、どこのお店行こうか?
 みぽりん、行きたいお店とかある?」
「え、えっと……」
 尋ねる沙織だが、対するみほの答えにはちょっと勢いが欠ける――だがそれも無理はない。
 沙織がやたらと積極的なのだ。何かにつけてみほの希望を聞こうとグイグイ迫ってくるので、みほは終始圧倒されっぱなしだ。
 そんな沙織のテンションにも、心当たりはある――先ほど話した去年の出来事だ。友達想いの沙織のことだ。辛いことを話させてしまったとみほのことを気遣っているのだろう。
 だが、手厚すぎる気遣いが逆にプレッシャーになっていることには気がついていないようだ。タジタジになりながら、みほはどう伝えれば沙織を傷つけることなくこの困惑に気づいてもらえるかと思考を巡らせて――
「…………あら?」
 そんな二人の様子を微笑ましく見守っていた華がそれに気づいた。
 二人のさらに向こう側――何やら泣きじゃくっている小さな子供を必死になだめている少女がひとり。
 自分達と同じくらいの年頃で、着ている制服は大洗のものではなく他校のもの。まぁここは本土な上に大洗でもないのだから、当然と言えば当然なのだが――
「…………?
 どうしました、五十鈴殿?」
「いえ、あれ……」
 そんな華に気づいた優花里が尋ねる――華が答える声に、ようやくみほと沙織も件の光景に気づいた。
「どうしたのかな……?」
「あの小さい子が泣いているのをあやしているみたいですね」
 優花里が沙織に返すと、麻子がポツリ、と、
「迷子、か……?」
「たっ、大変っ!」
 そんなことを聞いて黙っていられないのが、かつてあのジュンイチすら動かしたみほの美徳だ。あわてて少女と子供のもとへと駆けていく。
「だ、大丈夫ですか?」
「え…………?」
 声をかけたみほに、少女が彼女に気づいて――
「うぅっ、助かったぁ……
 すみませ〜ん、この子迷子みたいなんですけど、交番どこかわからなくて……お願い助けてぇーっ!」
「えぇ〜〜っ!?」
 少女も泣き出しそうになっていた。







 助けを求められたものの、地元民ではないみほ達だってこの町の土地勘はない。
 それでもなんとか手分けして探し回って交番を見つけると、迷子になった子供の親がすでに来ていた。何度も頭を下げて礼を言い、再会した親子は帰っていった。
「よかったぁ……
 ありがとうね、助かっちゃった」
「そ、そんなこと……」
「いやもう本当に。
 私もこの辺初めてだから、どこに行けばいいかサッパリで……下手したら自分も一緒に迷子になっちゃうんじゃないかと」
「え、えっと……」
 親子を見送り、手伝ってくれたことについて少女が礼を言う――本当に途方に暮れていたのか、手を取って心から礼を言うその姿に、みほは若干引き気味だ。
 と――
「…………ん? れれ?」
 少女が何かに気づいた。眉をひそめてみほのことをまじまじと見つめて――
「……あぁっ!?
 西住みほ!? 黒森峰の、去年の副隊長!?」
 みほの素姓に気づいて声を上げる――思わずみほを指さしてしまったのに気づき、その自らの右手を自分でぴしゃりと叩いて引っ込める。
「えっと……間違えて、ないよね……?
 西住、みほ……さん?」
「う、うん……」
「やっぱり!
 見てたよ! 去年の大会! あれから見かけなくなって、どうしたのかと思ってたんだけど!」
 認めるみほの言葉に、少女のテンションが急上昇。改めてみほの手を取って、ブンブンと勢いよく握手して――
「そういえば、さっきの抽選会でも前に出てたよね!
 いやー、一回見てたのにうっかりしてたよ!」
(………………え?)
 続く少女の言葉に違和感を覚えるみほだったが、
「……あ、あれ? でも、さっきの抽選会で出てきた時、黒森峰の番じゃなかったような……
 それに制服も……大洗女子……?
 でも、黒森峰にいたはずの西住さんがどうして他の学kそうだ、去年の決勝!
 ごめん、西住さん! ヤなこと思い出させちゃったよね!? ごめんなさいっ!」
 相手の方が止まらない。ひとりで気づいたり謝ったりと大忙しの有様に、みほは口をはさむタイミングをつかめないでいて、
「ち、ちょっと待ってください!」
 結局、みほではなく優花里が少女を止めてくれた。
「あの抽選会でのことを知ってるってことは……」
 抽選会場は関係者以外立ち入り禁止だった。そんな会場でのことを知ってるということは――そう尋ねる優花里に対し、
「うん」
 少女はあっさりとうなずいてみせた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
 大阪の、関西国際商業高校二年、諸葛もろかつあきらだよ」
「かんs……ゆかりん?」
「いえ……聞かない名前です」
「まぁ、この界隈で知られてなくても当たり前かな。
 ウチは今年から戦車道始めたばっかりなんだもの」
 首をかしげた沙織に答える優花里に、明と名乗った少女は笑ってそう捕捉する。
「そうなんだ。
 じゃあ私達と同じだね!」
「え……?
 ってことは、大洗も……?」
「はい。
 ウチの学校も、20年近く戦車道はやってなくて……今年復活したばかりなんです」
 戦車道を始めたばかりと聞いて反応したのは沙織だ。聞き返す明には華が答える。
「初出場同士、がんばろうね!」
「対戦できるの、楽しみにしてるね!」
 握手を求める沙織に明も快く応じるが――
「いや、それはどうだろう」
 そんな空気を読まないことを言い出したのは麻子だ。
 見れば、彼女は抽選会からの帰り際に渡されたトーナメント表を見ていて――
「麻子……?」
「関西国際商業のいるブロックを見てみろ」
 沙織に答えて、麻子がトーナメント表を差し出してくる。受け取って、確認してみると、
「――――あ」
 麻子の言わんとしていることはすぐにわかった。
「……沙織さん?」
「聖グロがいる」
「えぇっ!?」
 驚き、今度はみほがトーナメント表を受け取り、目を通す――確かに、関西国際商業と聖グロリアーナは自分達と当たるよりも前、二回戦でぶつかる位置にある。
 聖グロリアーナの面々とは仲が良く、さらにかつての練習試合の再戦を互いに誓い合った間柄だ。明との約束が果たされるということは、ダージリン達との約束が叶わなくなってしまうということだ。
 そしてその一方で、聖グロの強さを肌で感じた身として、果たして明達が勝てるのかという疑問も――
「……勝つよ」
 しかし、明はしっかりとした口調でそう答えた。
「相手が聖グロリアーナでも、負けるつもりはないよ。
 そりゃ、確かに実力だけ見れば勝てるかどうかわからないけど……だからって、『負けるかも』なんて考えてたらそれこそ勝てないでしょ?
 だから……結果のことなんて今から考えたりしない。結果が出るその瞬間まで、勝ちにいく」
 そう言うと、明は先ほど沙織が自分にそうしたようにみほに向けて右手を差し出し、
「もちろん、あなた達と戦う時もね。
 勝ち上がって、対戦が叶ったら、その時は全力で戦わせてもらうから」
「……こちらこそ。
 私達も、全力で戦います!」
 明に答えて、みほは彼女としっかりと握手を交わして――
「……ところで」
 そんな続きの言葉と共に、明の頬をつーっ、と伝う汗が一筋。
「私達……さっきの子を交番に届けるためにさんざんこの町歩き回ったよね?」
「うん」
「それがどうかしたんですか?」
 みほがうなずき、優花里が聞き返す一方で、明はふぅと息をつき、
「この中に……現在位置と、港の連絡船乗り場までの道を把握してる人、いる?」
『………………』

 5分後。
 六人はさっき訪れた交番に助けを求めて駆け込んだ。



    ◇



「……寒くないですか?」
 あの後、無事港にたどり着いて明と別れて――大洗の学園艦へと帰る連絡船の甲板上で、優花里は風にあたっていたみほに声をかけた。
「あ、うん。大丈夫……」
 答えて、みほは前方の夕焼けに照らされて赤く輝く海上へと視線を戻した。
 その横顔からは、昼間の気まずい再会を気にしているような気配は見られない――が、気にしていないとは、優花里はとても思えなかった。
 去年の出来事は、それほどまでにみほを苦しめたのだから――
「……全国大会」
「え……?」
「出場できるだけで、私は嬉しいです」
 だから――みほに対し、そう口を開いた。
「他の学校の試合も見られるし、大切なのはベストを尽くすことです。
 たとえ負けたとしても――」



「それじゃあ困るんだよねぇ」



 気にすることはない――そう告げようとした優花里の励ましの言葉は、正反対の言葉によってかき消された。
 振り向くと、そこにいたのは桃、柚子を従えた杏――彼女に代わり、桃が口を開く。
「絶対に勝て。
 我々はどうしても勝たなければならないんだ」
「ど、どうしてもって……」
「どうしてもなんです」
 ただでさえ過去と対面して気が重いであろうみほに、この上さらにプレッシャーをかけるようなことを――うめく優花里だったが、柚子もまたそう返してくる。
「だって、負けたら……」
「こやま」
 しかし、続く言葉は杏によって阻まれた。負けたらどうなるんだろうと顔を見合わせるみほと優花里に対し、杏は「そんなことより」とでも言わんばかりに胸を張り、
「まー、とにかく、すべては西住ちゃんの肩にかかってるんだから。
 今度負けたら何やってもらおうかなー? 考えとくね♪」
 そう告げると、杏はそのまま去っていった。返事をする間もなく話を切り上げられ、しばし呆然としていたみほだったが、
「だっ、大丈夫ですよっ!
 私達なら勝てます! がんばりましょう!」
 そんな彼女に気づき、声をかけてきたのは優花里だ。
 おかげで我に返ったみほだったが、懸念は消えたワケではない。
「……初戦だから、まだファイアフライは出てこないとは思うけど……
 でも、他の戦車も強力なものばかりだし、編成次第で戦い方も変わってくるはず……」
 こちらも聖グロリアーナとの合同合宿やジュンイチの猛特訓で各自の力は増しているが、戦車の戦力不足が解消されたワケではないし、相手は百戦錬磨のサンダース、戦車も多彩なら戦術も多彩だ。出方次第では非常にやりにくいことになる。
「せめて、相手の編成がわかれば、まだ戦いようもあるんだけど……」
 真剣に悩むみほの姿に、優花里は声をかけることができなくて……
「……よし」
 決意を固め、小さく、だがハッキリとうなずいた。



    ◇



 明けて翌日、放課後……
「結局、秋山さん、練習に来ませんでしたね……」
 練習を終えての帰り道、華がみほに声をかける――そう、昨日何やら決意していた優花里は戦車道の練習に姿を見せなかった。
 しかし、いなかったのは彼女だけではなくて――
「それに、柾木くんだって……
 みぽりん、本当に何も聞いてないの?」
「うん……
 朝起きたらもういなくて……朝ごはんと一緒に『出かける。今日の練習は任せた』って書き置きが……」
「またどこかの学校に知恵を借りに行ったのだろうか……?」
 今日はジュンイチも朝からいなかった。沙織とみほのやり取りに麻子が口をはさむが、それも推論の域を出ない。
「秋山さんの方は、メールは返ってきたの?」
「ぜーんぜん。
 電話かけても圏外だし……」
 ともかく、今は何の連絡もなしにいなくなった優花里の方だ。戦車好きな彼女が戦車道の練習に姿を見せないなどただ事ではない。
 これは確かめる必要がありそうだ――そんな結論に至り、みほ達はこのまま帰りの足で優花里の家を訪ねてみることにした。



    ◇



「秋山さんちって、床屋さんだったんだ……」
 やって来た、優花里の家とされる住所にあったのは、『秋山理髪店』なる床屋――住所に間違いがないのを確認して、みほがつぶやく。
 ともかく中に入ってみる――と、そこには妙齢の男女の店員がひとりずつ。
 というか、状況を考えればこの二人は間違いなく――
「すいません。
 秋山さんのご両親ですか?――秋山さん、優花里さんはいますか?」
「アンタ達は……?」
「友達です、学校の」
 華に聞き返した男性――優花里の父に沙織が答えて――
「……な……っ!?」
 固まった――父が、びしりっ、なんて音が聞こえたような気がするぐらい、ハッキリと。
「……と、ととと、友達ぃっ!?」
 かと思ったら我に返って――と、今度はこれはこれでやかましい。手にした新聞を取り落とし、目を白黒させて動揺している。
「お父さん、落ちついて」
「だっ、だだだっ、だってお前!
 友達だぞ! 学校のっ!」
 対して落ちついている女性――優花里の母がなだめるが、父はあまりの動揺にそれどころではないようだ。
 「優花里の友達が家に来た」、自分達にとってはただそれだけの事実なのだが、それが彼にとってどれだけ大変なことなのか――そんなことを考えていたみほだったが、
「すみませんね。
 優花里、朝早くウチを出て、まだ学校から帰ってないんですよ」
『………………え?』
 母から返ってきたその答えは予想だにしないものだった。いったいどういうことなのかと、みほ達は思わず顔を見合わせた。



    ◇



  「すぐ帰ってくると思いますから」という優花里の母、好子によって二階の優花里の部屋へと通されたみほ達は、そこで優花里の帰りを待つことになった。
 優花里の部屋は――とりあえず、非常に「彼女らしい」ものであった。棚には戦車のプラモデルが所せましと並べられ、壁には戦争映画のポスターが戦車ものに限らず多数貼られている。
「どうぞ、食べてちょうだい」
 そんな個性的な、しかし彼女のセンスを考えれば予想の範疇を出ない、非常に評価に困る部屋に苦笑するみほ達に、好子が茶菓子を差し入れてくれるが、
「あのー、よかったら待ってる間に散髪でm
「お父さん」
 そこに乱入してくるのは優花里の父、淳五郎――が、自分にできることでおもてなししようとしているのだろうがいろいろと外しているとしか思えないその提案は好子によって一蹴されてしまった。
「ごめんなさいね」
 すごすごと退散していく淳五郎を見送ると、好子はそう謝りながらみほ達へと視線を戻し、
「優花里の友達がうちに来たのなんて、初めてなもんで……
 何しろずっと『戦車』『戦車』で、気の合う友達がなかなかできなかったみたいで。
 だから……戦車道の友達ができたって、ずいぶん喜んでたんですよ」
 好子の言葉に、みほと華はなんだか照れ臭くなって思わず顔を見合わせる。
「じゃあ、ごゆっくり」
 そんなみほ達に告げると、好子は部屋を後にして――
「………………?」
 ふと、沙織はさっきから無言だった麻子がじっと部屋の一角を見つめているのに気づいた。
 そこには、優花里の大洗入学時のものらしき両親との記念写真――それを見ている麻子の“事情”を知る沙織は彼女に向けて口を開k



 ガララッ。



 そんな音と共に、部屋の、となりの建物に面した側の窓が“外側から”開けられたのは、ちょうどその時だった。
 そして、そこから姿を現したのは――
「よっと」
「ゆかりん!?」
「あれ、みなさん……?」
 優花里だった。沙織の驚きの声にみほ達の存在に気づくが、とりあえず中に入ってくる。
「みなさん、どうしたんですか?」
「あ、秋山さんこそ……」
「連絡が取れないから、心配して……」
「あ……
 すみません。ケータイ電源切ってましたから……」
 首をかしげる優花里だったが、みほや華の答えにあわてて携帯電話を取り出し、電源を入れる。
「つか、なんで玄関から入ってこないのよ!?」
「“こんなカッコ”ですから、父が心配すると思って……」
『あー……』
 沙織に答えた優花里の言葉に、一同が納得する――そう、優花里は大洗の制服姿ではなかった。
 各学園艦に手広く出店しているコンビニ、サ○クスの制服だ。しかしその制服はあちこちかなり汚れている。
 いったい何がどうなってそんな服を着て、そんなに汚れているのか――と、そんな、首をかしげるみほ達に対し、優花里は楽しそうに笑って、
「でも、ちょうどよかったです!」
『………………?』
「ぜひ、みなさんに見ていただきたいものがあるんです!」
 そう告げて――懐から取り出した、一本のUSBメモリを一同に向けて差し出した。



「……はい、始まりますよー」
 再生機器をテレビにつないで、メモリを差して準備完了。優花里の言葉と共に、画面にタイトル画面が表示される。
 題して――

 『実録! 突撃!! サンダース大付属高校』

「こんな映像があるんですね……」
「どこで手に入れたの?」
 華や沙織のつぶやきに対し、優花里は「フフン」と自信タップリに笑って画面を指さす。映像を見ていればわかる、ということだろうか。
 次いで、映像はサンダースの学園艦をロングで撮影したもの、学校正門を正面から映したものへと切り替わっていき――
〈……私は今、サンダース大付属高校へと来ています〉
(………………ん?)
 聞こえたナレーションに、みほは軽く首をかしげた。
 ナレーションの声にものすごく聞き覚えがある。というか――
〈では、私、秋山優花里が、サンダースの戦車道チームについて潜入リポートをお届けしようと思います〉
「ゆかりん本人じゃないっ!」
 カメラを反転させて自身を映した優花里の映像とナレーションに、沙織が力いっぱいツッコんだ。
「秋山さん、この映像……」
「帰る途中、軽く編集してきました!」
「いや、問題そこじゃないだろ」
 みほに答える優花里に麻子がツッコみ、映像はサンダースの制服に着替えた優花里が校内を歩く映像へと切り替わった。あいさつする優花里に対し、サンダースの生徒達は皆気さくにあいさつを返してくる。
「ってゆーか……そのコンビニの制服には何の関係が……?」
「コンビニ船の定期便に乗り込んで、向こうの学園艦に潜り込んだんです」
「……なるほど」
 コンビニ船とは、学園艦への補給艦とは別に、各艦の艦上学園都市で営業しているコンビニに商品を卸す輸送船のことだ――優花里の答えに沙織が納得すると、映像は格納庫内の様子へと切り替わった。
〈すごいです。シャーマンがズラリ……
 あれはM4A1型、あっちはM4無印……あぁっ! わずか75輌しか生産されなかったA6があります!〉
 優花里のコメントの通り、格納庫内にはアメリカ製戦車、M4シャーマンが様々なバリエーションごとにズラリと大量に並んでいる。戦車保有数全国一位は伊達ではないということか。
 そして、映像はサンダースの生徒が集まり、整列している様子を映し出した。どうやら作戦会議の場にも潜入したようだ。
 壇上には三人の女生徒が上がっている――その中央にいる金髪の女生徒に、みほは見覚えがあった。
 黒森峰にいた頃、資料を見たことがある――当時二年生だった、昨年のサンダースの副隊長、ケイだ。
 どうやら、彼女が今年のサンダースの隊長のようだ。となると、となりの長身の、そばかすのあるショートカットの女生徒がサンダースのNo.1砲撃手、ナオミか。
 あとのひとり、三人の中で一番小柄な、ツインテールの女生徒には見覚えがない。自分が黒森峰を離れてから、今年度から幹部に抜擢された子なのだろう。
〈では、一回戦の編成車両を発表する〉
 ツインテールの女子が告げ、彼女の背後のスクリーンに一回戦に投入される車輛が映し出された。
 そして、女子が告げた編成は――
〈ファイアフライ一輌。
 シャーマンA1・76ミリ砲搭載一輌、75ミリ砲搭載八輌〉
〈……容赦ないようです〉
 第二次大戦当時、ドイツのティーガーと覇権を争った程の力を持つシャーマンを惜しげもなくぶち込んでくれた編成の内容に、映像の中の優花里が思わずうめく。
〈じゃあ、次はフラッグ車を決めるよ、OK!?〉
<<Yeah――っ!>>
 次いで、隊長のケイが拳を振り上げて音頭を取ると、そこまで静かに発表を聞いていた一同が一転、熱狂と共にそれに答える。ノリがいいのもそうだが、この隊長、ずいぶんとフレンドリーな方向でも慕われているようだ。
 そんな流れで決まったフラッグ車はA1型の内の一輌。これにはツインテールの女子、アリサが乗り込むようだ。
〈何か質問は?〉
 壇上でアリサが問うと、何を思ったのか、映像の中の優花里はカメラを下ろした。映像の視点が少し下がり――
〈はいっ!〉
「ぶふーっ!」
 潜入中の身でありながら手を挙げて質問しようとする優花里の行動に、映像を見ていた沙織が思わず吹き出した。正体がバレたらどうするつもりなのか――
(――――――って、アレ……?)
 が、そんな沙織が映像の中、何かに気づいたようだ……が、彼女がそれを確かめる一方で映像の中の優花里が質問する。
〈小隊編成はどうするんですか?〉
〈OK、いい質問ね。
 今回は完全な二個小隊は組めないから、三輌一小隊の、一個中隊にするわ〉
 沙織の抱いた心配をよそに、ケイは気づいていないのか、あっさりと優花里にそう答えてくる。
〈フラッグ車のディフェンスは!?〉
〈Nothing!〉
〈えぇっ!? 守らないんですか!?
 敵にはV突や、聖グロリアーナ相手にも大暴れした歩兵がいますけど……〉
〈No problem! 問題なんてないわよ!
 V突? 歩兵? メじゃないわ! 一輌でだって全滅させてやるわよ!〉
「……優花里さん。
 ここ、柾木くんに見せる前にカットしておいてね」
「了解です」
 こんな発言をあの男が聞こうものなら、サンダース側が試合本番でどんな目にあわされることか――みほの提案に優花里が迷わずうなずくと、
「……みぽりん」
 唐突に、沙織が口を開いた。
「もう、手遅れかも……」
「沙織さん……?」
「ちょっと巻き戻すね」
 みほに答えて、沙織は映像を全体ミーティングの冒頭まで戻し、再生していき、
「――ここ」
 ある一点で一時停止した。
「ほら、ここ、少し前の席」
 沙織が指さしたのは画面の中央。何なのかとみほ達が注目して――
『………………あ』
 気づいた。
 優花里の視点からやや前方、前に並んだ女生徒達の頭の間にわずかに見えるのは――



 ものすっごく見覚えのある、茶色がかった黒髪のツンツン頭だった。



『…………まさか』
 そういえば、彼も今日は一日いなかった。同時に同じ結論に達したみほ達が声をそろえてつぶやいて――と、その時、みほの携帯電話がメールの着信を知らせた。
 発信者は――今まさに頭に思い浮かんでいた彼だ。すぐにその内容を確認すると、

 ――『窓の外、路地裏側の』

 すぐに、優花里の入ってきた窓の外、下の路地をのぞき込むと、
「やほー♪」
 彼が――ジュンイチがそこにいた。
「たっだいまー♪
 サンダース、スパイしてきたよー♪」
「……やっぱり、サンダースに行ってたんだ……」
 あっけらかんと告げるジュンイチに、みほは思わずため息をついて――
「わかりました。
 じゃあ、玄関の方に回ってくだs
「ゆかりんストぉーップぅっ!」
 ジュンイチを家に上げようというのだろうか、正面に回るよう告げかけた優花里を沙織があわてて止めた。
「…………?
 どうしましたか、武部殿?」
「どうもこうもないよ!」
 いきなり止められ、首をかしげる優花里に沙織が詰め寄り、
「ゆかりんのお父さん、私達が来て『ゆかりんの友達が来た!』ってものすごく取り乱してたんだよ!」
「そうなんですか?」
「そうなの。
 だから……」
 優花里に答えると、沙織はそこで一度息をつき、
「そんなお父さんが、男の子がゆかりんを訪ねてきたって知ったら……」
「あ…………」
 沙織の指摘に、その光景をイメージしたらしい優花里の顔から血の気が引いた。
「……降りますね。血の雨が……」
「それもどしゃ降りのがね……」
 どちらの、とはあえて言わない。眼下の人物も人物で平然と返り討ちにしに行きそうな性格をしているものだから。
「わ、わかりました。
 じゃあ、ここまで上ってこれますか? 足場はけっこうあるから大丈夫だと思いまs
 気を取り直して優花里がジュンイチに指示――する言葉が終わらない内に彼女のすぐ横を“それ”が駆け抜けた。
 言うまでもなくジュンイチだ。三角跳びの連発で一気に路地を駆け上がり、窓から室内に飛び込んだのだ。
「――って、靴! くt
「脱いでますが何か?」
 しかも、飛び込み、受身で前転した際にきっちり靴まで脱いでみせる徹底ぶり。我に返ってあわててツッコむ沙織に、脱いで手に持っている靴を見せつけて――
「あ、私脱いでませんでした」
 ある意味一番脱がなきゃ困る人間がまだ脱いでいなかった。



「いやー、ビックリしたぞ。
 サンダースの情報が欲しくて出向いたら、秋山さんまで来てるんだから。
 しかも様子見てたら全体ミーティングにまでもぐり込んでくるし」
「え、ちょっ!? どこから気づいてたんですか!?」
「えっと……」
 改めて優花里の部屋の床に腰を下ろし、笑いながらサンダースでのことを語るジュンイチに、優花里が思わず声を上げる――対し、ジュンイチは彼女の問い返しに少し考えて、
「……お前が校門くぐった辺り?」
「ほぼ最初からじゃないですかっ!?」

 思わず声を上げると、優花里はがっくりと肩を落とし、
「だったら、助けてくれてもよかったじゃないですかぁ」
「………………?
 何の話?」
「実は、さっきの映像のくだりの後、すぐに正体がバレてしまいまして……」
「そりゃそうでしょ。
 あんなに、積極的に……質問、してたら……」
 こちらの問いに答えた優花里の話に呆れる沙織だったが、その言葉は尻切れトンボに途切れてしまった。
 気づいたからだ。今の話と――

『助けてくれてもよかったじゃないですかぁ』

 先の優花里の言葉が意味するものに。
 つまり――
「……柾木くん、まさかゆかりん見捨てた?」
「見捨てたなんて人聞きの悪い」
 沙織の問いに、ジュンイチはあっさりとそう答えて、
「元々間諜ってのはそーゆーもんだ」
「それを『見捨てた』っていうんじゃないのかな!?」

 しれっと言ってのけたジュンイチに沙織が力いっぱいツッコんだ。
「そうじゃなくて、ちゃんと捕まった時の間諜の保護もルールに組み込まれてるんだから心配ないって言ってんの。
 事前の偵察がルール上認められてる以上、情報を奪われまいとガードを固める連中とそれをかわしてすっぱ抜こうっていう連中の攻防はどうしても起こる。
 となれば、そういう事態は十分に考えられるんだからさ」
「そうなの?」
「は、はい……」
 確認してくる沙織に対して、優花里がうなずく。
「潜入した他校の間諜を捕捉した場合でも、拘束以上の危害は認められていませんし、対戦が終了するか、トーナメント上対戦が叶わないことが確定したら速やかに解放することが義務づけられています。もちろん、拘束したことを間諜の所属校に連絡することも含めて、です」
「いや、だからって……」
「それに、『どうせ捕まえておくしかできないなら、自分達の強さを見せつけて、絶対勝てないと思い知らせてやる!』っていう風潮がありまして。
 戦車道チームの練習を見せてくれたり、学校の財力を見せつけるために全力でもてなしてくれたり……聖グロリアーナなんて諜報先の一番人気ですよ?」
「スパイって何だっけ……」
 沙織が割と真剣に悩んでいるがそれはさておき。優花里はプレイヤーに差したままだったUSBメモリを引き抜いて、みほへと手渡した。
「西住殿。
 オフラインレベルの仮編集ですが、どうぞ役に立ててください」
「うん……
 秋山さんのおかげでフラッグ車もわかったし、何とか戦術立ててみる」
 みほが優花里にそう答えるが――
「しかし……」
 ふと懸念を口にしたのは麻子だ。
「サンダースに潜入したのはバレてしまったのだろう?」
「は、はい……」
「なら、作戦がこちらに知られたことは向こうにバレてしまっているんだ。変更してくるんじゃないか?」
「そ、それは……」
 麻子の指摘に優花里が口ごもっていると、
「変えないってよ」
 そう答えたのはジュンイチであった。
「正体バレた秋山さんが逃げてった後、とーぜんそういう話になったんだよ。『作戦変えた方がいいんじゃないか』って。
 けど、それを隊長のケイさんが却下したんだよ」
 そう答えるジュンイチは実に不満げだ。というのも――
「『オレ達なんぞ真っ向勝負で楽勝だ』ってさ。
 なめられたもんだぜ、オレ達も……こいつぁ思い知らせてやらないとなぁ、“いろいろ”とさぁ」
「や、やりすぎないようにね……」
 獰猛を通り越して邪悪な笑みを浮かべるジュンイチに、みほは苦笑しながらツッコミを入れる。
「それにしても、無事でよかったよー、ゆかりん」
 ともあれ話は一段落。優花里が無事戻ったことに、沙織は改めて安堵した。
「ケガはないのか?」
「心配しました……」
「みなさん……」
 麻子や華からも気遣われ、優花里は感極まって、熱くなってきた目頭をぬぐう。
「心配してくださって、恐縮です。
 家にまで来ていただいて……」
「いえ……おかげで秋山さんのお部屋も見れましたし」
 気にすることはないと首を振って答える華だったが、優花里にとってはそれでも重大なことだったようで、
「私、家に友達が来てくれたの、初めてなんです。
 今まで、ずっと戦車だけが友達で……」
「そうだったんですか……?」
「秋山さん、とっても社交的なのに……少なくとも私よりもずっと」
「いやぁ、西住さんは自分を基準にしない方がいいと思うなぁ」
「柾木くんがひどい!?」
 華に続いたみほがジュンイチにいじられ悲鳴を上げる――いつも通りのやり取りを繰り広げることで「気にしなくてもいい」と自分を元気づけようとしてくれているのがわかって、優花里の目頭がまたもや熱くなり――
「ホントだ。アルバムの中戦車ばっかり」
 別の意味で空気を読まなかった人がここにひとり。断りもせずに優花里のアルバムを開いた沙織が、中の写真が優花里か戦車かその両方か、なんて状態になっているのを見て声を上げる。
 だが、何より目を引いたのは――
「……なんでパンチパーマ?」
「クセ毛がイヤだったし、父がしてるのを見て『カッコイイ』と思って……
 中学からはパーマ禁止だったんで、元に戻したんですけど……」
 そう。写真に写る幼少の優花里の頭はどれもパンチパーマ。首をかしげる沙織に優花里が答える――が、
「……ひょっとして……友達できなかったのって、この髪型のせいなんじゃ……」
「え…………?」
 沙織のツッコミに優花里が固まった。
「まぁ、何にせよ一回戦を突破しなければな」
「がんばりましょう!」
 ともあれ、まずは一回戦だ。改めて目標を口にする麻子に華が同意すると、
「……一番がんばらないといけないのは麻子でしょ?」
「………………?」
 麻子にツッコんだのは沙織だ。何事かと見返してくる麻子に一言。
「明日から……」



「朝練、始まるよ?」



「………………」
 その一言で、麻子の動きが固まったのは言うまでもない――ぎぎぎぃっ、と振り向く麻子に対し、訓練の責任者であるジュンイチは無言でうなずいて――
「今日からまた世話になるぞ、柾木」
「言っとくけど西住さんとの同居も未だ納得してねぇんだからな、オレわっ!」

 ジュンイチは全力でツッコんだ。



    ◇



「今日の訓練はここまで。
 今日の申し送り当番は……Bチームか。じゃあ、Bチーム以外は解散っ!」
『お疲れさまでしたっ!』
 秋山家でのやり取りから何日か経ち――放課後、夕陽に照らされる中、ジュンイチの号令に一同が答礼する。
「お疲れさま」
「う〜、疲れたぁ……」
「そうか?
 あの“新人研修”をクリアできたんだから、今日の練習なんてへっちゃらだろうに」
「気分の問題なのっ!
 あとあのデスマーチの話はやめてっ!」
 みほに応えた沙織がジュンイチにツッコまれて悲鳴を上げる――どうやら聖グロリアーナとの合同合宿の後に行われた追加の合宿は、彼女の心に少なからず傷を残したらしい。
「じ、じゃあ、気分直しに何か食べて帰る?」
「うんっ!」
「……オレんちでさんざんがっついて帰るクセに」
 沙織をフォローしようと声をかけるのはみほだ。元気を取り戻した沙織に、ジュンイチはため息まじりに呆れる――
 そう。ここ最近は沙織はもちろん、Aチーム全員が夕食をジュンイチの家で済ませている。
 原因は、あの秋山家でのやり取り――結局ジュンイチの家に麻子まで転がり込んだことで、その身を案じて「様子を見に行く!」と言い出した沙織までもが入り浸るようになったからだ。
 そこに華が続いて、優花里が巻き込まれて現在に至る――というワケだ。
 ご近所様におかしなウワサを立てられることなく卒業するなり“帰る”なりするまでを乗り切りたいジュンイチとしては、非常に頭の痛い問題なのだが――
「――沙織さん」
「あ」
 が、今日はいつもと様子が違った。華に声をかけられ、沙織は何かを思い出して動きを止めた。
「そ、そうだったね。
 私達、今日は用事があるから……みぽりんと柾木くんは先帰ってていいよ」
「う、うん……」
 かと思えば、先の寄り道の予定の突然の撤回――いきなりの転換に戸惑いながらもみほがうなずくと、
「じゃ、オレは食材買い物してから帰るわ。じゃーなー」
 ジュンイチはジュンイチで、そういうことならとさっさと立ち去っていってしまった。いきなり予定が空いて、どうしようかと考えるみほだったが、ひとりでどこかに寄り道するのも面白みがないと、今日のところはそのまま帰ることにした。



 ――が、それから30分後、みほの姿は柾木家ではなく、学校の教室にあった。
「……あった、作戦ノート……」
 ジュンイチや車長陣との作戦会議とは別に、自分で思いついた作戦案を書き留めているノートを忘れて帰ってしまったのに気がついたからだ。
 無事にノートを見つけ、さて帰ろうかときびすを返――そうとした、その時だった。
「…………あれ?」
 沙織や華のカバンがまだあることに気づいた。
 つまり――
(沙織さん達……まだ残ってる……?)



「――やった! タイム縮まってるよ!」
「やりましたね!」
「次はもっと早く動いてみせます!」
 なんとなく“そんな”気がして、戦車のガレージにやってくると、その予感は的中。沙織達の声が聞こえてきた。
 見れば、ストップウォッチを片手に監督する沙織の前に停まったW号の中から華や優花里、麻子が顔を出している。
 どうやら、走ってきたところから急停止、素早く指向する練習をしていたようだ。というか――
「みんな……まだ練習してたんだ……」
『あ…………』
 声に出したみほのつぶやきが聞こえたか、沙織達がみほに気づいた。
「わ、私達、みぽりんの足引っ張らないようにしなきゃと思って……」
「それで……」
 沙織の答えに、なぜ自分やジュンイチに声をかけなかったのかを理解する――こちらの足を引っ張らないようにするための練習で自分達に指導を仰いで負担を増やしては本末転倒、そんなふうに考えたのだろうが――
「だからってなぁ……」
『え……?』
「ケアの用意を何もしないまま自主練すんのは感心しないな。
 メディカルキット持ち出しとけ、とまでは言わないけど、せめて水分補給の用意ぐらいはしとけ」
 新たな声が乱入――みほとは反対側から現れたジュンイチが、そんな言葉と共に沙織達にペットボトルを順番に投げ渡していく。
「柾木くん……?」
「え!? 何!? 気づいてたの!?」
「自動車部から提出される整備記録にはオレも目ェ通してるからな。
 訓練の後、車庫に戻した後の点検の時と整備記録……燃料の残量に誤差が出てりゃ大方想像がつくさ」
 みほと一緒に驚く沙織に答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「給油もちゃんとやっておくべきだったか……」
「それならそれで、燃料の管理記録から足がつくさ。
 消耗品を使う以上、足がつくのは前提として覚悟しとけってことだよ」
 麻子に答えてみほの分のドリンクを差し出すジュンイチに、みほは軽く首をかしげ、
「じゃあ、買い出しって……ウソ?」
「んにゃ、そっちはホント。水分の方が『ついで』」
 みほに答えて、ジュンイチはガレージの休憩室を指さす――おそらく備えつけの冷蔵庫に買ってきた食材をしまってあるのだろう。
 それはつまり――
「と、ゆーワケで」



「チームメイトのやる気に免じて、帰る前に特別指導とまいろーか♪」



 さっさと、食材が温まってしまう前に帰る気がないということ――ジュンイチもまた、沙織達のやる気にすっかりあてられてしまったことを示していた。



    ◇



 ……と、そんな感じで皆練習に対し非常に前向きなのだが、やらなければならないことは練習以外にも山積みだ。
 そのひとつが――
「ほーら、さっさと塗っちまえー。
 早くしないと先に塗った塗料が乾いてきて、不格好なムラになっちまうぞー」
『はーい』
 声をかけるジュンイチに真っ先に反応したのは一年生チーム。他のチームからもそれぞれのノリで次々に返事が返ってくる。
 彼女達は現在、あの個性的なカラーリングに塗られた各自の戦車を元のOD色に再塗装中。
 先のマジノ戦は取り急ぎ塗り直さないままで戦ったが、さすがに全国大会の本番まであのトンデモカラーで出場するのは避けたい。あまり人の目を気にしないジュンイチだが、そんな彼だってわざわざ自ら笑い物になりに行く趣味はないのだ。
 そんなワケで、塗り直しを指示したのだが、それに加えてもうひとつ――
「あと、シンボルマークの台紙ができたから各チーム取りにこーい」
 チームのコールサインが変わった――『Aチーム、Bチームじゃ味気ない』という理由で。
 それに伴い、チームそれぞれ、コールサインにちなんだシンボルマークも考案された。ジュンイチが持ってきたのは、それを戦車に描くための台紙だ。
 ちなみにマーク、すなわちコールサインの内容は――
「えっと……一年生ズがウサギだな。
 歴女チームがカバで、生徒会チームがカメ。
 元バレー部が……」
「バレー部ですっ!」
「もっ! とっ! バレー部な。
 そーゆーセリフは正式に復活させてから言え――ほれ、お前らのアヒルだよ」
 反論してきた典子を返り討ちにしつつ、ジュンイチはそれぞれに台紙を配っていく。
 そして最後に残った自分達Aチーム、通称“ミホーズ”(命名:一年生ズ)のシンボルマークが――
「……あんこう、ね……
 ま、大洗の名物だけど、西住さんもなんでまた……」
 まさかいつぞやのあんこう踊りで何か目覚めたのではあるまいかと若干の不安を覚え、ジュンイチが眉をひそめながらW号のところまで戻ってきて――
「あー、そういえば」
 口を開いたのは、マーキングに使う塗料を用意していた沙織だ。
「私達の戦車道用の制服……パンツァージャケットだっけ? あれっていつ届くのかな?」
「って、昨日採寸したばかりじゃないですか……」
「でも気になるよ〜。
 う〜ん、どんなデザインになるんだろ〜?」
 優花里に返して、沙織が身をくねらせる。何に身悶えしているかは知らないが――
「オレのでよければ現物あるけど、見る?」
『………………は?』
 ジュンイチの提案に、話していた二人の動きが止まった。二人や、何事かと顔を出してきたみほ達の前で、自らの荷物をあさり、
「ほら」
 取り出し、広げてみせた黒いジャケットに、みほは見覚えがあった。
 と言っても、実物ではなくデザイン画で、だ――それはまさに、昨日発注したばかりの、大洗戦車道チームのパンツァージャケット、その現物だった。
「えっと……柾木くん、それ……」
「作った」
「自作!?」
「見本……とかですか?」
「んにゃ。試合で着るマジモン」
 みほに答えた言葉に沙織が驚愕。華の問いにもジュンイチはあっさりとそう答える。
「オレの場合、外に出て工作やドンパチをやらかすワケだしな。
 防御力もそれなりに欲しいし、武器をしまうポケットは欲しいし……ってなワケで、お前らのとは仕様がぜんぜん違ってくるから、自分で作った方が早いんだわ」
「そうなの?」
「ん」
 聞き返すみほに、ジュンイチは自分のジャケットを手渡した。
「ホントだ、普通のパンツァージャケットと生地が違う……
 それに内側、ポケットだらけ……」
「ですね。よく伸びるし、それでもぜんぜん負荷がかかってるふうでもなくて……
 どこ製の生地なんですか?」
「自家製」
 みほと一緒になってジャケットをいじっていた優花里に即答する。
「ウチの親父の作った特製繊維で編んでんだ。製法しっかり覚えてたんでな。“こっち”で作った。
 というか、そもそもオレが普段着てる道着も、同じ生地で作ってんだぜ」
「いつも同じ道着で登校してくるから服どうしてるのかと思ってたら、同じの何着も作ってたんだね……」
 説明するジュンイチの言葉に、気づいた沙織が呆れる――もちろん、わざわざ同じデザインの服を何着も用意する、オシャレへの興味のなさをありありと見せつけてくれる彼の微妙なファッションセンスに対して、だ。
「いいだろ、別に。便利なんだから。
 耐刃・耐火バッチリ。銃弾だって拳銃の弾はもちろん、鋼鉄貫通弾すら止められる……まぁ、さすがに衝撃までは止められないから骨はへし折られるけどな。
 で、話を元に戻すと……」
 軽くそう説明すると、ジュンイチはみほの手からジャケットを取り戻して――
「着てみた姿がこんな感じ」
 言って、みほにジャケットを羽織らせて一同に披露する。
「まぁ、オレの体格に合わせて作った男物だから、西住さんには所々サイズが合わないだろうけど……」
「柾木くん柾木くん」
「ん?」
 ジュンイチの言葉を遮ったのは沙織だ。どうしたのかと振り向くジュンイチに対し、“そちら”を指さして、
「………………」
「…………? 西住さん、顔真っ赤にして、どうかしたのか?」
「……その原因に一切何ひとつ思い当たらない自分のニブチンっぷりが一番の原因だって気づこうよ……」
 みほは“男の子から彼のジャケットを着せてもらう”というラブコメ的シチュエーションに絶賛熱暴走中。自分が原因とも気づかず首をかしげるジュンイチに、沙織がため息まじりにツッコんだ。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第14話「女のカンです」


 

(初版:2018/07/02)