パンパンと音を立て、花火の白煙が青空を彩る――ついにやってきた大洗とサンダースの試合当日。
会場には今までの試合と同じように観客席が設けられ、出店も多数出店している。
観客の中にも大洗と友誼を結んだ三校、聖グロリアーナ、アンツィオ、マジノの面々の姿もある――なお、ジュンイチの気配察知によって、来ていることはとうの昔に大洗の面々に知れ渡っている。
だが、来ているのは彼女達だけではなく――
「お姉ちゃん達が……!?」
「あぁ。
まほさんと逸見エリカの気配がある……周りをウロチョロしてるのがいるから、他にも何人か連れてきてるみたいだな。車長連中引き連れての偵察か……?」
その事実を知らされたみほに、知らせた張本人であるジュンイチが答える。
そう、黒森峰も来ているのだ――真っ当に考えるなら優勝候補の一角に数えられているサンダースの偵察と考えるのが自然であろうが、隊長、副隊長とこちらの隊長が抱えている因縁を考えるとつい深読みしてしまう。
というかエリカの気配がものすごく刺々しい。彼女の放つプレッシャーにさらされる黒森峰の皆さんにちょっとだけ同情するジュンイチであった。
「整備終わったかー!?」
『はーいっ!』
「準備完了!」
「私達もです!」
「よ、W号も完了です!」
そんなジュンイチ達をよそに、やってきた桃が一同に声をかける。一年生ズ、カエサル、典子と答えていく中、我に返ったみほがあわててその後に続く。
「よし! では時間まで待機!」
ともあれ、各チームの答えに桃が指示を出し――
「あ、砲弾積むの忘れてた〜」
「ちょっ!?」
「それ一番忘れちゃダメなヤツじゃんっ!」
「ごめーん♪」
『………………』
一年生ズの方から聞こえてきたやり取りに「やっぱりもう一回確認しとこう」とその場の全員が決意して――
「のん気なものね」
そんな、こちらを小馬鹿にした声がかけられた。
とっくに気づいていたジュンイチが振り向くと、サンダースの制服に身を包んだ二人の少女の姿があった。
優花里のスパイ動画でも見た顔――ナオミとアリサである。
「それでよく全国大会に出ようなんて思ったわね?」
「初出場校を雑魚と侮った挙句本人達の目の前でハイタッチして馬鹿騒ぎするようなマナーも常識もなってない礼儀知らずに負ける気しないんで」
さっそくアリサが挑発してきたので、ジュンイチは迷うことなく、抽選会での彼女の態度を槍玉に挙げたカウンターを炸裂させた。
「で? 何の用?
さっそくひとりカウンターしてやったけど、このまま舌で前哨戦といくかい?」
「いや、今のはアリサが悪かった。すまなかったね」
改めて用件を問うジュンイチにはナオミが答えた。どうやらこちらは話がわかる方らしい。
「それで、本題だけど……ちょっとした“ご招待”に、ね」
「招待……?」
「えぇ」
眉をひそめるジュンイチにナオミは笑って、
「試合前に交流も兼ねて、食事でもどうかと思って……ね」
第14話
「女のカンです」
『はぁ……』
「へぇ」
“招待”にやってきたというナオミとアリサに案内されて、サンダース側の待機所にやってきた大洗チームだったが――みほ達は圧倒され、ジュンイチも興味深げに目を細めた。
『食事に』という言葉に偽りはなかった。そこにはサンダースの校章がマーキングされたフードトラックがズラリと並んでいる。
しかも、乗りつけてきているのはそれだけではなくて――
「救護車はわかるとしても、シャワー車やヘアサロン車まで……」
「本当にリッチな学校なんですね……」
優花里や華がその規模に圧倒されていると、
「ヘイ、アンジー!」
そんな声がかけられた。
ナオミ達が自分達の来訪を報せたのだろう、二人を連れてこちらにやってくるケイの発言だが――
「アンジーって誰じゃい」
「あ、ひょっとして……」
ツッコむジュンイチのとなりで、何かに気づいたらしいみほが、心当たりの人物へと視線を向けて――
「あ、角谷“杏”だから、『アンジー』?」
「馴れ馴れしいな」
そんなみほの視線の意味に気づいたのは柚子だった。桃が眉をひそめるが、ケイは気にすることなく杏と対面する。
「やーやーケイ。
お招きどーも」
「何でも好きなものを、好きなだけ食べてっていいわよ。OK?」
「オーケイオーケイ、“おケイ”だけに」
「アハハハハッ! ナイスジョーク!」
シャレで返す杏に、腹を抱えて大ウケのケイだったが、
「でも、いいのかなー?
ウチに対して『好きなだけ』なんて言っちゃって」
一転、ケイに対して気遣わしげに告げた。そんな杏はその発言の“理由”へと視線を向けていて――
「時間制限が厳しいなぁ……
最初に一周食べ歩くとして……試合開始までに食い尽せるのは四台……がんばれば五台ってところか」
「わたくしもお供します、柾木くん!」
「……ウチの大食い二大巨頭が大暴れする未来しか見えないんだけど」
「え、ナニあの二人の貫録?
あの二人フードファイターか何か?」
ひょっとしたら試合の時より気合が入ってるんじゃないかというぐらいにやる気に満ち溢れているのはジュンイチと華だ。二人を指して告げる杏に思わずツッコむケイだったが、
「……ん?
Hey! オッドボール三等軍曹!」
「ぅわ、見つかっちゃった!」
ふと、件のフードファイター二人を前に苦笑している優花里に気づいた。以前潜入がバレていることもあり、あわてる優花里だったが――
「この間は大丈夫だった?」
「え…………?」
ケイの口から出たのは、そんな気遣いの言葉であった。
「またいつでも遊びに来てね。ウチはいつでもwelcomeだからね!」
怒られるとばかり思っていたところに気遣われて、戸惑う優花里にウィンク付きで告げると、ケイはいざ食べ歩きに向かわんとしているジュンイチへと向き直り、
「マッキー! あなたもね!」
「あん?」
「またいつでもいらっしゃい! 男の子でも大歓迎よ!」
ジュンイチに答えると、ケイは返事を聞くこともなく、ナオミとアリサを連れて引き上げていった。
「……柾木くんも、潜入バレてたみたいですね」
「だとしたら、どーしてあだ名思いつくほどオレの名前知ってたかが説明つかんことに気づこうか」
声をかけてくる華に答えて、ジュンイチはサラリと続けた。
「最後に宣戦布告のひとつもしてやろうかと思ったのに、だーれも潜入に気づいてくれないもんだからさ。
仕方ないから帰り際にこっちからネタバレかまして、改めて宣戦布告した上で帰ってきた」
「宣戦布告するためだけに、せっかくうまくいってた潜入をわざわざバラしちゃう辺り、柾木くんらしいというか何というか……」
本当に何でもないかのように言ってのけるジュンイチにみほが苦笑して――
「ところでゆかりん、『オッドボール三等軍曹』ってナニ?」
「え゛?
あ、いや、その……向こうで正体がバレそうになった時に、とっさに名乗った名前で……まぁ、結局それがトドメになっちゃったんですけど」
「ふーん……
……でも、『オッドボール』って? どういう意味?」
「え゛。
そ、それは、その……」
「………………?」
一方で、優花里は沙織から思いっきり追い詰められていた。
◇
〈それでは、これより大洗女子学園とサンダース大付属高校との試合を開始する!〉
そしてついに試合開始の時が来た。両チームを代表して審判団の前に進み出た杏とケイが握手を交わす。
「よろしく」
「あぁ」
改めてあいさつするケイに杏が答える一方で、両チームはフィールドの両端のスタート地点で待機中。
「説明した通り、今回は今までの試合のような殲滅戦ではなくフラッグ戦なので、相手の戦車をすべて撃破する必要はありません。相手のフラッグ車を撃破した方の気勝ちになります」
みほが無線で一同に説明する中、ジュンイチは今回の自軍フラッグ車へと視線を向けた。
今回フラッグ車に選ばれたのは――
「……ま、妥当なところだよな」
38(t)だ――やる気十分な桃には悪いが、彼女のノーコンが未だ治らず、ダメージソースとしてまったくあてにならない以上、フラッグ車として後方で守りに徹していてくれた方がこちらとしてもありがたい。
「サンダース付属の戦車は攻守共にこちらの戦車よりも優れていますが、落ちついて戦いましょう。
機動性を活かして常に動き続け、敵を分散させてV突の前に引きずり出してください」
「あと、言うまでもないと思うけど“抜刀”は禁止な。
手札を隠す意味もあるけど、それ以上に力任せのサンダース相手に“抜刀”は相性が悪い。仕掛けたところで跳ね返されて墓穴を掘るだけだ」
<<了解!>>
続くみほの指示とジュンイチの補足に一同が答えると、ちょうどそこに杏が挨拶から戻ってきた。
すなわちそれは、試合開始の合図が近いということ――ジュンイチもW号の車内、みほのとなりに身体を押し込んでその時を待つ。
そして――
〈試合、開始!〉
号令と共に、合図の花火が打ち上がった。
◇
数でも戦車の性能でも劣っている大洗にとって、サンダースとの正面対決は何よりも避けたいところだ。
なので、みほは開始と共にフィールド上の森の中に部隊を伏せ、相手の出方を伺うことにした。
「ウサギさんチーム、右方向に偵察に出てください。アヒルさんチームは左方向を」
<<了解!>>
すでにジュンイチは一足先に偵察に出ているが、“目”は少しでも多い方がいい。ジュンイチの向かったのとは別方向に一年生チーム改めウサギさんチーム、元バレー部チーム改めアヒルさんチームを偵察に出し、
「カバさんと我々あんこうは、フラッグ車であるカメさんを守りつつ前進します!」
自分達あんこうチームと歴女チーム改めカバさんチームは、生徒会チーム改めカメさんの直衛につく。
ちなみに、みほ達と同じあんこうチームであるものの単独行動のあるジュンイチには独自にコールサインが割り振られていて――
「トラさん、そっちはどうですか?」
◇
「……あのさー、何度も言ってるけど、オレのコールサイン変えない?
動物縛りにしたってもーちょっと何かあるだろ。それだとオレがフーテンの誰かさんみたいじゃねーか」
〈え? ダメですか?
ティーガーみたいでカッコイイと思うんですけど……〉
「………………」
ネタでも何でもなく、みほは本気で言っているのだろう。だが、だからこそ手に負えない――みほの返しに、ジュンイチは木の枝の上で頭を抱えた。
とりあえず、この試合が終わったらじっくり話し合おうと決意しつつ、偵察の結果を報告する。
「ちなみに現状敵影なし。静かなもんだわ」
〈了解しました。
そのまま策敵を続けつつ、アヒルさんかウサギさんと合流してください〉
「うい、りょーかい」
みほに答えて、通信を終える――頭の中で地図を思い描き、各自の位置を確認する。
(サンダースが馬鹿正直に突っ込んできてるとしたら、真っ先にぶつかるのはアヒルさんチームか……)
八九式と合流、ガードにつくべきか否か、少し考えて――
「…………よし」
決断し、ジュンイチは枝を蹴ってその身を宙へ躍らせた。
◇
「あっつーい……」
「ムシムシするー……」
一方、こちらはウサギさんチームのM3。初夏の気温とエンジン熱のダブルパンチで下段座席はちょっとした蒸し風呂状態だ。操縦する桂利奈やそのとなりの優季がボヤくのもムリはない。
が――
「――っ、止まって!」
最上段、砲塔の車長席に座る梓が桂利奈に指示を出す。停車したところで外に顔を出し、双眼鏡で周囲を探る。
先の試合でフォンデュを驚愕させたその“目”をもって捉えたものは――
「こちらB085S地点!
シャーマン三輌発見! 今から誘き出します!」
梓がみほに報告し、M3が反転し――ようとした瞬間、突然M3の周囲に砲撃が降り注ぐ!
しかもその砲撃は、丘の上に姿を現した三輌のシャーマンから放たれたものではなくて――
「反対から――っ!?」
驚きながらも梓は後方を確認して――
「ウソ!?」
そこには、森の奥からこちらに向かってくるシャーマン三輌の姿があった。
◇
〈こちらウサギさんチーム!
シャーマン六輌に包囲されちゃいました!〉
「えぇっ!?」
梓の報告はみほにとってはまさに寝耳に水。まだ相手の位置もわかっていない内から、M3を派遣した一帯に六輌も投入していたというのか。
――いや、そんなことは後で考えればいい。今はウサギさんチームの救援が先だ。
「ウサギさんチーム! 南西から援軍を送ります!」
〈すみません!〉
「アヒルさんチーム! ついてきてください!」
「了解!」
梓の返事に返す時間も惜しい。偵察から戻ったアヒルさんチームを伴って救援に向かうみほ達だったが、そんな彼女達にも砲撃が襲いかかる!
◇
「ファイアフライをここで!?」
みほ達を襲ったのはM4改“ファイアフライ”を含むシャーマン三輌。オーロラビジョンでその光景を目の当たりにしたガレットが声を上げる。
「完全に不意を突かれた形ですね。
大洗にとっては苦しいですね、エクレール様」
この状況は大洗にとって不利以外の何物でもない。つぶやき、エクレールに同意を求めるフォンデュだったが、
「………………」
「……エクレール様?」
そのエクレールは何やら難しい顔で画面をにらみつけている。フォンデュの言葉も耳に入っていなかったようだ。
一方、アンツィオ組の方でも――
「北東から六輌、南南西から三輌……
すごい! あの森に全員で殺到っスか!?」
「いやいや! 十輌中九輌しか来てないから! フラッグ車残ってるからっ!」
一ケタの足し算を間違ったペパロニに、アンチョビが全力でツッコんだ。
「ずいぶんと思い切った戦術を執ってきましたね。
予想を外していたら、無防備なフラッグ車が袋叩きにされかねませんよ?」
そんな二人をよそに、状況を分析しながらカルパッチョがつぶやくと、
「いーや」
ペパロニにコブラツイストを極めながら、アンチョビがそのつぶやきに答えた。
「たぶん確信してたぞ――大洗があそこにいるって」
「………………?」
そして――聖グロリアーナ組の方でも、同じことが話題になっていた。
「さすがサンダース……数に任せた戦い方をしますね」
「そうね。でも……」
つぶやくオレンジペコに同意しつつも、ダージリンはそう前置きした上で続けた。
「こんなジョークを知ってる?
アメリカの大統領が自慢したそうよ。『わが国には何でもある』って。
そうしたら、外国の記者が質問したそうよ――」
「『地獄のホットラインもですか?』って」
◇
「ウサギさん! このまま進むと危険です! 停止できますか!?」
ファイアフライの砲撃がW号の脇をかすめ、衝撃波が空気を震わせる――はね飛ばされないよう踏ん張りながら呼びかけるみほだったが、
《ムリで〜すっ!》
「まぁ、六輌からの集中砲火の真っただ中じゃそりゃムリか……」
ウサギさんチームからの返答に、沙織が無理もないとうめいて――
〈――南東っ!〉
「柾木くん!?」
いきなり、一言だけ告げてきたのは、偵察に出たっきりのジュンイチだ――簡潔すぎて意図は読めないが、
(信じるしかないっ!)
「ウサギさん! あんこう及びアヒルさんと間もなく合流するので、合流したら南東に進んでください!」
〈わかりました!〉
梓からの返事から数秒――森の奥からこちらに向けて駆けてくるM3が見えてくる。
「いた! 先輩!」
「はい、落ちついて!」
砲塔から顔を出す梓にみほが答え、M3とW号、そして八九式の三輌はそろって南東へと進路を向けて――
「――回り込んできてる!?」
気づいた典子が声を上げる――そう、おそらくM3を追ってきた一団から要員を割いたのだろう、すでにM4シャーマンが二輌回り込んできている。
「どうする!?」
「撃っちゃう!?」
こうなったらあの二輌を突破するしかない。問題は“どう”突破するか――梓とあやが声を上げた、その時、
「このまま全力で進んでください!」
そう指示を出したのはもちろんみほだ。
「敵戦車と混じって!」
「マジですか!?」
「了解!
リベロ並みのフットワークで!」
「大丈夫!」
それは牽制もなしにシャーマンに向けて突っ込めという無茶なもの。驚く桂利奈と腹を括る忍、二人の操縦手にみほが答える。
「こっちに向かうように指示を出したのは柾木くんです!
きっと何か仕掛けを用意しtえぇっ!?」
みほの言葉は途中から驚きの悲鳴へと変わる――だがそれも無理はない。
今まさにこれから突っ込もうとしていた、正面のシャーマン隊が突然“落ちた”のだから。
地面に口を開けた大穴をカモフラージュして隠していたところに突っ込んでしまったのだ。これは――
「落とし穴!?」
◇
「ぅわ、すごいっスね。
ジュンイチ、あんな短時間で落とし穴なんて掘ったんスか」
「ンなワケあるか。ホレ」
観客席でも、この意外すぎるトラップに驚きの声が上がっている――その理由も含めてつぶやくペパロニに対し、アンチョビはそう否定しながら手にした紙面を差し出した。
この演習場の地図だ。元々アンツィオの作戦室に保管されていたものを持ち出してきたそれには、歴代の先輩方による注意書きがあちこちに書き込まれている。
そして、件の“落とし穴”の場所には――
「『大きな陥没あり。転落事故に注意!』……?」
「まさか柾木くんは、これを利用して……?」
「だろうな」
ペパロニとカルパッチョに答えて、アンチョビはペパロニから地図を返してもらい、
「元々ある穴を利用するなら、後はその穴を隠すだけだし、戦車のせまいのぞき穴からの視界をごまかすだけからそれも簡単なカモフラージュで済む。
まったく、相変わらずその場の状況を利用するのが抜群に上手いヤツだな、アイツは」
◇
「なっ、何が起きたの……!?」
傍から見ていれば何が起きたか理解できても、実際被害にあった当事者達はそうはいかない。うめいて、簡易落とし穴に落ちたシャーマン二輌、その一方の車長が状況を確認しようと砲塔から外に出てきて――
「おっと、そこまで」
かけられた言葉と同時、響く銃声――顔を出した車長の胸にペイントの花が二つ咲いた。
「ツーアウトだぜ、お嬢さん?」
そう告げて姿を現した、ペイント弾を込めた拳銃を手にしたジュンイチの仕業だ。
「あなた……っ!」
「おっと、ここでオレにかみついてる余裕あんのかい?」
うめく車長に言葉をかぶせ、わざわざジャキッと音を立てて拳銃の銃口を突きつける――自分があと一発の被弾で死亡判定だと思い出し、車長はあわてて車内に逃げ込んだ。
「よろしい♪」
「柾木くんっ!」
「おぅよ!」
うなずいたところに、シャーマン軍団の本隊に追われるみほ達が駆けてくる――みほの呼びかけに応じ、目の前を駆け抜けるW号に飛び乗って共に離脱する。
追撃は――ない。深追いは危険だと判断したか、それとも転落したシャーマン二輌の救援を優先したか……
(おそらくは……前者か)
強豪サンダースの戦車道選手ともなれば、あの程度は最小限の人員を割くだけで対応は可能なはず。部隊全体が追撃を止める理由にはならない――やはりこちらを警戒して追撃を抑えたと見るべきか。
それはつまり、少なくとも隊長のケイはこちらを格下と侮ってはいないということの証左となる――やはり一筋縄ではいかない相手だとジュンイチが軽くため息をこぼすと、
「危なかったですね……」
「うん……」
無事危機を乗り越えて安堵したか、車内で華が口を開いた。うなずき、みほは大きく深呼吸、強張った身体を落ちつかせる。
「まるで、私達を待ちかまえていたみたいな……ん?」
が、そのみほが何かに気づいたのか、語る言葉が急に途切れた。どうしたのかと首をかしげるジュンイチの足元、砲塔のハッチを開けてみほが顔を出してくる。
だが、用があるのはジュンイチではなかった。上空を見上げ、しばし観察して――
「……あった」
自分の想像通りのものがそこに浮かんでいるのを見つけた。
「みほさん……?」
「みぽりん、どうしたの?」
華に続いて沙織も顔を出してくるが、みほはそんな沙織と、さらにジュンイチに対し、自らの咽喉マイクを指さした。スイッチを切ってみせたのを受けて“そういうこと”だろうと見当をつけた二人がそれぞれの無線のスイッチを切ったのを確認した上で、告げる。
「空に……通信傍受機が打ち上げられてる」
◇
「……確かに、ルールブックには『通信傍受機を打ち上げてはならない』とは書いてないですね」
とりあえず、各戦車にはジュンイチが伝令に回って身を潜めてもらった――ジュンイチが戻ってくると、ちょうど優花里がルールブックの確認を終えたところであった。
「ひどい! いくらお金があるからって!」
「抗議しましょう!」
「やめとけやめとけ。つかやめろマヂで」
そしてそれを受けた沙織と華が憤慨している――ので、行動に移される前に止める。
「柾木くん、なんで止めるの!?」
「こんなの許していいんですか!?」
「オレが参加できなくなるだろが」
『あ』
反論してくる二人に、“理由”を突きつけて黙らせる――そう。こちらもルールの穴を突いている立場だ。傍受機の件についてとやかく言えるワケがない。
「まー、その辺を抜きにしても、別に悪いことだとは思わねぇしな。
ルール上アウトギリギリのところまで攻めてでも勝ちに行きたいってことだろ? そういう執念は嫌いじゃないぜ」
「まったく、男の子ってそういうノリ好きだよねー」
ジュンイチの言葉に呆れる沙織だったが、
「とはいえ、使ってくるとは思ってなかったからなー。危うく裏をかかれるところだったぜ。
ケイさん、使わないって言ってたんだけどなー」
「………………ん?」
ジュンイチの口から、何やら聞き捨てならないセリフが飛び出した。
「あの人、前言撤回するようなタイプには見えなかったし……だとすると幹部の独断? あっちのメンツでそーゆーことやりそうなヤツといったら……アリサ辺りか?」
「って、ちょっと待って!」
「ん?」
「今、『ケイさんは使わないって言ってた』って言ったよね!?
何で柾木くんがそんなこと知ってるの!?」
「あぁ、そのことか」
戦車から飛び出してきて詰め寄る沙織に対して、ジュンイチはあっさりとそう納得して、答えた。
「ほら、試合前に『偵察帰りに正体バラして宣戦布告してきた』って話をしたろ?
その時に……」
「ハァイ、ケイさん♪」
「…………ん?」
優花里の潜入が明らかになり、一時騒然となったミーティングもなんとか終了。解散となったところでジュンイチはケイへと声をかけた。
「って、男子!? いつの間に!?」
「け、ケイ! コイツ、大洗の男子歩兵だ!」
「えぇっ!?
あの、ダージリン相手に大暴れしたっていう、さっきの子が言ってた!?」
予想だにしない男子の登場に驚くケイだったが、その正体に気づいたナオミの言葉に二度ビックリ。
「どうしてここに……って、それは聞くまでもないか」
「まーねー。
いろいろガッツリ見せてもらったよ」
ジュンイチの言葉に、ナオミやアリサが剣呑な空気をまとう――が、
「あぁ、そこは別にかまわないわよ」
「ほへ?」
あっさり答えたケイの言葉に、今度はジュンイチが目を丸くする番だった。
「いいのかよ?
張本人が言うのもアレだけど、そんなリアクションされるとは思ってなかったから言うけどさ――ぶっちゃけ、スパイしに来てんだぜ、オレ」
「別にかまわないわよ。
ウチはいつでもオープンだからね!」
思わず尋ねるジュンイチだが、ケイはあっさり答えてウィンクまでしてみせる。
「ケイ!」
「いいじゃない。試合前の情報収集は禁止されてないんだし……あ」
咎めるナオミにもケイはどこ吹く風で――が、何やら気づいたようでジュンイチへと向き直り、
「ねぇ、ひょっとしてさっきのあの子って……」
「あー、チームメイト兼教え子。
まさか来てるとはねぇ……」
「勢いよく逃げてっちゃったけど、大丈夫かしら……?」
「そこは大丈夫だと思うぞ。
アイツ、オレの“新人研修”何だかんだで総合A判定でクリアしてるし」
優花里の身を案じるケイに対し、ジュンイチは優花里の実力を評価した本人の視点からそう答える。
「でも、あなたも何でまた正体を明かしたり?
今まで隠れおおせられたなら、さっさと逃げることもできたでしょうに」
「あぁ、この際だから『今まで男子のオレがいたのにまったく気づけなかった』という事実を突きつけつつ宣戦布告でも、と思ったんだけd……アレ?」
ケイが見ての通りの調子なので、捕まえるのはあきらめたらしい。アリサが声をかけてきたのに応えていたジュンイチが“それ”に気づいた。
「これ……ひょっとしてWW2時代のアメリカ製通信傍受機か!?
ぅわ、稼働品なんて初めて見た! こんなのまであるのかよ!? 今時紛争地帯でも見かけない超レアものだぞコレ!?」
「あー、それ?
安心していいわよー、使うつもりないから」
珍しいものを見つけたと興奮するジュンイチだったが、対するケイのコメントは「使うつもりはない」とそっけないものだ。
「え? 使わねぇの?
もったいねぇな。こんなレアもの、使わない手はないだろうに」
「だってフェアじゃないもの。
やっぱり、戦車道は戦車と戦車のぶつかり合いでしょ!」
「ふーん……
ま、プレイスタイルの好みは人それぞれだからいいけどさ」
ケイの言葉に肩をすくめるジュンイチだったが、そんな彼に今度はケイが首をかしげた。
「何? キミは使っちゃう方?
男の子ってそーゆーコソコソしたのは嫌いだと思ってたけど」
「コソコソしてよーが堂々としてよーが関係ねぇよ。
作戦上温存の必要がない限りは、切れる手札は全部切る主義でね――意味もなく切れる手札を切らないのは、勝負に手ェ抜いてるみたいで好きじゃねぇんだ」
ケイにそう答えると、ジュンイチはニヤリと笑って付け加えた。
「ま、もっとも……手札全部切る前に終わっちまったら話は別だけどな。
さて……」
「アンタらは、オレの手札を全部切らせられるかね?」
「――っていうやり取りが」
「アンタのせいかぁぁぁぁぁっ!」
回想を締めくくるジュンイチの胸倉をつかんで揺さぶりながら、沙織が抗議の声を上げる。
「いや、だからオレも使ってくるとは思ってなかったんだって。
ケイさん、使わないって言ってたし、ウソついてる風でもなかったし、理由が理由だから撤回もないと思ってたし。
なのにまさかその下が先走るなんて予想できるかよ」
「でも……」
沙織に答えるジュンイチだったが、不意に麻子が口を開いた。
「その場に居合わせたアリサという子が、二人の会話を聞いたのをきっかけに使うことを思いついた、という可能性もあるな」
………………
…………
……
「さて、対策についてだけど」
((ごまかした……))
露骨に話を本題に引き戻すジュンイチの姿に全員が確信するが、ジュンイチの言う通り今は対策を立てるのが先決だ。
「柾木くんは思いついてるの?」
「んにゃ」
尋ねる沙織だったが、ジュンイチはあっさりと答えて肩をすくめる。
「意外ですね。
いつもの柾木殿なら、とうにダース単位で作戦思いついていそうなものですけど」
「傍受機見つけて、作戦の練り直しが確定した時点で、今回はお前らの意見も聞いてみようと決めてたからな」
珍しいこともあるものだと首をかしげる優花里に答えて、ジュンイチは改めてあんこうチームの面々を見回し、
「さて――どうする?
何か作戦はある? 作戦でなくても、『あぁしたい』『こうしたい』っていうご要望でもいいぜ」
「『ご要望』といったら……」
「アイツらをぎゃふんと言わせてやりたいに決まってるじゃないっ!」
「『ぎゃふんと』ねぇ……
つまりアイツらをガッツリ悔しがらせる方向性をお望みってことか……」
華と沙織の答えに、ジュンイチはニヤリと笑い、
「西住さん、今のご要望を聞いて何かない?」
「うーん……あるにはあるけど……」
ジュンイチに応えるみほだったが、『策がある』と言う割には何やら首を傾げていて――
「…………? どしたの?」
「秋山さんも言ってたけど、珍しいな……って。
いつもは、意見を聞くにしても私達をガンガン引っ張ってくれながらなのに、今日は積極的に意見聞いてきて……」
「あー、それな」
みほの指摘に、ジュンイチは気まずそうに頭をかき、
「杏姉にツッコまれた問題点、反省してるのはオレも同じってことさ」
「それって……みぽりんが柾木くんちに同棲する原因になったっていう?」
「はうっ!?」
「あぁっ! 西住殿がまた熱暴走を!?」
「みぽりん、ごめ〜んっ!」
「西住さん、戻ってきて! 戻ってきて〜っ!」
(閑話休題)
「……落ちついた?」
「う、うん……」
幸い、みほが再起動するまで、今回は五分とかからなかった――尋ねるジュンイチに、我に返ったみほがうなずく。
「ごめんね、いつもいつも……」
「気にするな、西住隊長。
回を重ねるごとに、復活までの時間が短くなってる」
「そうです!
だんだん耐性がついてきてる証拠ですよ! この調子ならっ!」
試合中だというのに思考を手放してしまったことを謝るみほに麻子や華がフォローを入れて――
「まぁ、原因を考えたら耐性ついちゃうのも女の子の恥じらい的な意味でアウトだと思むぐっ!?」
「え、何? 武部さん原因知ってるの?
こちとら、いくら考えてもさっぱりなんだよ。教えてくんにゅぐっ!?」
「はーい、お二人は黙っててくださいねー」
いらんことを言い出した子と自分が原因だということを一切わかっていない馬鹿が、優花里によって黙らされていた。
「そ、それで……柾木くん。
会長から言われた問題って、私達の意思疎通があまりできてない……って?」
「そ。
言われてみればその通りだ。オレもオレで、西住さんが好きにやらせてくれてることに、ついつい甘えちまってた」
みほに答えて、ジュンイチは軽くため息をつき、
「けど、この先の戦いじゃそうも言ってられない。
オレだけじゃ勝てない。みんなだけでも厳しい――今まで以上に、動きだけじゃない、考え方まで連携していかなきゃ、この先とてももたない」
「それで……私達の意見も聞こうって?」
「そ」
沙織にうなずいて、ジュンイチは改めてみほに尋ねる。
「で? 西住さんの作戦って?」
◇
〈全車、0985の道路を南進! ジャンクションまで移動して!
敵はジャンクションを北上してくるはずなので、通り過ぎたところを左右から狙って!〉
(……フフッ、馬鹿ね。筒抜けとも知らないで)
打ち上げた傍受機から、待ちに待った大洗陣営の作戦指揮の通信が入った――アリサは、みほの言葉に思わずほくそ笑んだ。
「目標はジャンクション。左右に伏せてるわ。
囮を北上させて、本隊はその左右から包囲!」
「OK、了解よ!」
一方、こちらは隊長車――アリサの指示に、ケイは笑顔でうなずくが、
「……でも、なんでそんなことまでわかっちゃうワケ?」
しかし、アリサの指示が具体的すぎることに違和感を覚えて聞き返す――ジュンイチの推理通り、アリサが通信傍受機を打ち上げていたのは、ケイに無断での独断専行だったようだ。
と、そんなケイに対し、アリサは――
〈女のカンです〉
「アハハッ! そりゃあ頼もしいわね!」
しれっと言ってのけたアリサの言葉に、ケイはあっさりとその疑問を棚上げしてしまうのだった。
◇
一方、みほ達指示通りジャンクションに向かって――はいなかった。
ジャンクションに潜伏させたのは八九式とジュンイチのみ。38(t)はフラッグ車ということで後方に下げ、残るW号、M3、V突の三輌はジャンクションを見下ろす丘の上に布陣していた。
「……来た」
と、そのW号の上で、みほののぞき込んでいる双眼鏡の視界が目標を捉えた。
ジャンクションに向けて北上してくる囮のシャーマンが二輌、そしてジャンクションを挟みこむように左右から進軍してくる二つのグループ――もう少し引きつけたいところだが、これ以上近づかれるとジャンクションに一輌+ひとりしかいないことに気づかれかねない。ここらが潮時だろう。
「囲まれた! 全車後退!」
だから、みほは無線のスイッチを入れて“演技”を開始。八九式が後部につないだ木の枝の束をひきずって走り出し、大げさに土煙を上げて後退。これで、相手からは増量された土煙が大洗チーム全員で逃げているように見せてくれることだろう。
さらにジュンイチが周囲に煙幕弾をばらまき、敵からこちらの姿を隠す――この場に戦車が八九式しかいないのをごまかすダメ押しのため、そしてそれをジュンイチの手で行うことで彼自身の存在を示し、正真正銘全戦力をこの場に集結させていると思わせるためだ。
案の定、サンダースの戦車隊は囮も挟撃班もそれぞれにジュンイチと八九式を追いかけていく。それを見届けると、みほは次の“演技”に移る――
◇
〈見つかった! みんなバラバラになって退避!
38(t)はC1024R地点に隠れてください!〉
(――見つけた!)
みほの通信での指示を傍受して、アリサはニヤリと笑みを浮かべた。
大洗のフラッグ車である38(t)の位置――待ちに待った情報がついに転がり込んできたのだ。
(この試合――もらった!)
「ドッグ! チャーリー! C1024R地点に急行!
発見次第攻撃!」
<<了解っ!>>
◇
「――よっしゃ、合図だ!」
みほの通信は、彼らへの合図でもあった。八九式の上に立つジュンイチが、投げつけた苦無でカモフラージュ用の木の枝の束をつないでいたロープを切り離す。
「私達はこのまま、柾木くんを次の作戦ポイントまで運んであげればいいんだよね?」
「あぁ、頼む」
顔を出してきた典子に、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「ずいぶんと機嫌がいいね」
「楽しんでっからな♪」
典子の指摘にもジュンイチはあっさりとそう答える。
「まさか、西住さんがオレと同じ考えとはねー。
いやはや、順調に育っているようで何よりだわ」
「柾木くんと同じって……
それ、『順調に育ってる』って言っていいのかなー……?」
典子のツッコミはもちろんスルー。上機嫌なまま、ジュンイチは先の打ち合わせでのやり取りを思い返していた。
「で? 西住さんの考えって?」
「うん……」
尋ねるジュンイチに対し、みほは何やら言い淀んでいて、なかなか自分の考えを口にしない。
「……何? 自信ないの?」
「あー、うん、違うの。
サンダースに通じるかどうか、ってところは……うん、自信あるよ?
でも……」
答えながら、ジュンイチをチラチラと見る――首をかしげるジュンイチをよそに、ピンときたのは華だった。
「ひょっとして……みほさんは、自分の策が柾木くんの策に見劣りしないか、気にしてるんですか?」
「う゛っ……」
「何だ、そんなことかよ。
オレの策なんてそんな大したことないだろ」
「相手の操縦技量まで計算に入れた上に心理まで完璧に読み切った“だるまさん作戦”のどこが大したことないんですか!?」
図星だったらしくうめくみほだったが、当のジュンイチにはまったく自覚がなかった。優花里がツッコむのも無理はあるまいが――
「だっ、大丈夫だよ、みぽりんっ!
柾木くんの立てる作戦はアレでトンデモでブッ飛んでるから、どっちが上かなんて比べようがないんだからっ!」
「武部さんデコ出してそこになおれ」
「デコピン!?
ま、まぁ……ツッコミチョップに比べたら……」
「ちなみにオレのデコピン、Lサイズのスイカのド真ん中を皮ごと撃ち抜いたことがあるんだけど信じる?」
「むしろ殺傷力倍プッシュ!?」
こちらもいろいろと駄目駄目であった。
と――
「『せーの』で同時に言ってみたらどうだ?」
そう口を開いたのは麻子だった。
「作戦の基本方針を簡単にまとめて、同時に言ってみればいい。
作戦の優劣なんて結局は重箱のすみのつつき合いだろ。そんな不毛な話をしているヒマがあったら、肝心なところをちゃんとわかっているかどうかだけで決着をつけたらいい」
「お、おぅ……」
「うん……」
いつになくよくしゃべる麻子に、ジュンイチもみほも思わずうなずいて――
「わかってくれればいい。
じゃあ私はたくさんしゃべって疲れたのでもう寝る」
「わーっ! ストップストップ!
麻子、寝ちゃダメだってば! まだ試合中――っ!」
そして麻子はやっぱり麻子だった。
「……じゃ、確認してみっか」
「う、うん……
『せーの』だよね……」
ともあれ、話を本題に戻す意味でも麻子の提案に乗ることにした。ジュンイチの言葉にみほが同意し、
「サンダースの通信傍受にどう仕返ししてやるか……」
「せーのっ」
『偽の通信で、ワナにはめる!』
「え……?」
「あら……」
「ふむ……」
「むぅ……」
内容どころかその言い回しにタイミング、一語一句に至るまでがきれいに重なった。沙織や華が軽く驚き、麻子が感心――優花里は敬愛するみほがジュンイチとシンクロしたことにやや嫉妬気味のようだが。
当のジュンイチとみほもこの結果は予想外だったようで、キョトンとして顔を見合わせて――同時に吹き出す。
「同じ、だったね」
「同じ、だったな。
そんじゃ、意見の一致も見たことだし、サンダースをぎゃふんと言わせちまうか!」
「うん!
ぎゃふんと言わせちゃおう!」
気に入ったのかいちいち言い回しを合わせつつ、ジュンイチとみほは笑顔でハイタッチを交わすのだった。
◇
そんな大洗のワナにはまっていることなど露知らず、アリサから指示を受けた二輌のシャーマンはみほの通信で示されたポイントへとやってきていた。
ここに大洗の戦車がいるはず。どこに――と注意しながら周囲を見回すことしばし。
「…………ん?」
コールサイン“ドッグ”のシャーマンの車長が、茂みに隠れた“何か”に気づいた。
大洗の戦車かと目を細め、確認する――そして、理解する。
それは確かに、大洗の戦車であった。
ただし、それは狙っていた38(t)ではなくて――
自分達に狙いを定めた、V突であった。
「Jesus!」
その意味を理解し、悲鳴を上げる――が、すべては手遅れだった。
次の瞬間、響き渡る“三つの”轟音――V突だけではない。W号やM3も加えた三輌から袋叩きにされ、“ドッグ”から白旗が揚がる。
「撤退しろ! 撤退〜っ!」
もはや待ち伏せされているのは明らか。狩るつもりで来た自分達が逆に狩られる立場になっているのを悟り、生き残った“チャーリー”があわてて逃げ出した。
M3の追撃をなんとかかわし、稜線を超えて大洗側の戦車の視界から無事逃れて――
「いらっしゃぁ〜い♪」
“悪魔”が、そこにいた。
◇
〈こちらドッグチーム!
被害甚大! 行動不能!〉
〈こちらチャーリー!
敵歩兵と交戦! 離脱に成功するも機銃喪失! あとペイントまみれにされちゃったので今後潜伏は不可能と思われます!〉
「な…………っ!?」
「何だと!?」
「Why!?」
38(t)の位置を捉え、これで終わるかと思っていたところへの突然の急報――アリサやナオミ、そしてケイが驚くのも無理はない。
〈ドッグチーム! ケガはない!?〉
〈だ、大丈夫です!
向こうの歩兵の子が、助けてくれたので……〉
(どういうこと……!?)
特に、通信傍受というアドバンテージを握っていたアリサの驚きはそうとうなものだった。ケイが撃破されたチームに無事を確認している一方で、思考を巡らせる。
(大洗の隊長は、確かに38(t)にあのポイントに伏せるよう指示を……
まさか、傍受がバレて……いや、それはない!)
脳裏に浮かんだ可能性は即座に却下する。だがそれは、希望的観測ではなく、ひとつの根拠にもとづいたもので――
(あの通信が偽の指示だったとして……)
(じゃあ、あの子達は本命の通信をどうやってやり取りしているというの!?)
◇
「たっだいまー♪
敵さん一輌、最初のウチのM3みたくピンクに塗り直してきてやったよ〜♪
ついでに、お前らにやられたシャーマンの乗員も全員レスキュー完了♪」
「サンダースの人達もかわいそうに……」
「武部さん、それどーゆー意味?」
「そうとう恐い思いをさせられたんだろうなー、と」
「たりめーだ。ビビらせて必要以上に警戒するよう仕向けるために襲ったんだからな」
「そこで胸張っちゃうの、男の子としてどーかと思うけどね」
即答するジュンイチの言葉に、沙織は深々とため息をつく。
「それにしても、予想以上に上手くハマりましたね」
「まさか傍受がバレてるとは夢にも思ってないでしょうからね。
だって、バレたところで代わりの通信手段なんてそうそう思いつきませんから。安心して通信してたら、そりゃあバレてないって思っちゃいますよ」
「ま、そりゃそーだな」
一方、ジュンイチのそんな沙織のリアクションも気にしない。華や優花里のやり取りに同意しながら懐を漁り、
「連中にしても盲点だったんじゃね?――携帯電話は」
自分の携帯電話を取り出し、ヒラヒラと振ってみせる――そこには、みほの指示を伝える、沙織からのメールが表示されていた。
「まさか、通話を禁止する一方で、メールは電文の代用として許可されてるとはねぇ。
ルールの穴を突き返された、アイツらの驚く顔が目に浮かぶぜ」
「サンダースの通信傍受と一緒にしないでくださいっ!
こちらは、ルールブックにも明記されたれっきとした公認ルールですっ!」
「あー、はいはい。わかったわかった」
サンダースと同列扱いされて憤慨する優花里をなだめ、ジュンイチは“チャーリー”の逃げていった方へと視線を向けた。
(さーて、あちらさんはどう出てくるかねー。
できれば、まだ傍受がバレてることに気づいてくれるなよー……)
(まだ、オレが“遊んで”ないんだからさ……)
◇
〈サンダース、M4行動不能!
撃破は大洗、M3! アシストはW号及びV突!〉
「大洗が先制!?」
「そのようだな」
一方、観客席では、初出場の大洗が優勝候補の一角であるサンダースを相手に一泡吹かせた展開にどよめきが広がっていた。その想いを代弁するかのようなエリカの声に、まほは冷静に対応する。
「だが、みほならこのくらいはやってのける。
問題はここからだ。これを受けたサンダースがどう出るか……」
「そ、そうですね……――っ、アイツ……っ!」
と、まほに答えかけたエリカの顔がこわばった。
どうやら誰か見つけたようだが、はて、サンダースと大洗の中にみほ以外にエリカが食いつくような人物がいただろうか、と、まほはオーロラビジョンへと視線を戻す。
そこに映っていたのは――
(あれは……戦車喫茶でみほと一緒にいた、大洗の男子歩兵……?)
そう、ジュンイチだ――そういえばあの時軽くエリカと舌戦を繰り広げていたが、そんな因縁が生まれるほど深い内容ではなかったはずだ。
だとすると――
「エリカ」
「は、はいっ!?」
「彼と、何かあったのか?」
「え゛。
い、いやですね、隊長! 私が男子なんかと何かあるワケ……」
「そうか?
あの時、戦車喫茶を出た後少し別行動をとっていただろう――その時に何かあったんじゃないのか?」
「そ、そんなワケないじゃないでs
「エリカ」
「――――――っ」
強く名を呼ばれ、エリカは悟る――これ以上ごまかすのは不可能だと。
「じ、実は、ですね……」
◇
「ところで柾木くん」
「んー? 何ー?」
みほの策がハマり、見事先制撃破――今度は自分の番だと意気込むジュンイチに、みほはW号の車上から声をかけてきた。
「柾木くんも作戦があるって言ってたけど……私達、まだその作戦の内容聞いてなしいんだけど」
「別に、作戦ってほどのことでもねぇんだけどな」
みほに答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「さっきも言った通り、今回のオレの課題はお前らとの連携強化だ。
だから、今回は自分で撃破することにこだわるつもりはねぇ――できる時は容赦なくやるつもりだけど、わざわざ狙ってはいかない。
基本的にはお前らが撃破を狙えるチャンスを作ることに専念だ。と、ゆーワケで、今回のテーマは――」
「い・や・が・ら・せ♪」
「………………」
ものすごくイイ笑顔で、実に楽しそうに言い放ってくれた。「あぁ、これはまたロクでもないことを思いついたな」と確信し、その被害を受けることになるサンダース陣営に対し、内心で十字を切るみほであった。
◇
「……動きがないわね……」
裏をかかれて、一輌撃破されてから、通信らしい通信は聞こえてこない――傍受機を調整しながら、アリサは苛立ちもあらわにつぶやいた。
なぜ裏をかかれたのか、まさか傍受がバレたのか――それを確かめる意味でも、何かしらの動きを見せてほしいのだが……
〈……じれったいわね……
アリサ! こうしててもしょうがないわ! 私達も敵戦車を探しに行くわよ!〉
「待っ――」
そうこうしている間にケイがじれてきた。自ら大洗の戦車を探しに出ると言い出した彼女を止めようと口を開きかけ――しかしアリサはその言葉をグッと呑み込むしかなかった。
アリサが通信傍受を行っていることを知らないケイからすれば、敵戦車を探すために探索に出ることは当然のこと。ここで下手に止めたら、傍受の件がバレかねない。
「……気を、つけてくださいね……」
結局、アリサはそう言ってケイを送り出すしかなかった。
◇
しかし――
「――そいつを待ってたんだ」
それこそがジュンイチの思うつぼ――丘の上から双眼鏡越しにサンダース本隊の動きを見ながら、ニヤリと笑ってつぶやく。
こちらを探すために動き出したのだ。当然一固まりになって探し回るような非効率的なマネはしない。小隊単位で手分けして探索に向かうようだ――ますます好都合。
「これでアイツらは無線の内容が事実かどうか、すぐに確認する術を失ったも同然ってワケだ♪」
言いながら、こちらの味方各車に向けてメールで連絡する。曰く――
作戦開始。
敵戦車はこちらで撹乱する。各車、潜伏している敵フラッグ車を捜索せよ。
追伸。
各車長、通信手は無線の送信スイッチに触れないように――
たぶん、爆笑必至だと思うから。
◇
「あー、もうっ、いい加減何かしゃべりなさいよ……っ!」
一方、サンダースのフラッグ車――未だ動きがないことに、アリサの苛立ちはつのる一方であった。
と――
〈各車、108高地へ!〉
(――来た!)
待望の大洗側の通信――みほが全体に告げる声に、内心でガッツポーズ。
〈敵にファイアフライがいる以上まともにぶつかっても勝ち目はありません!
被害が出る前に高地を抑えて、高低差を活かしてファイアフライを叩きます!〉
「……フッ、フハハハハッ!」
無線から聞こえたみほの指示に、アリサは思わず高笑いを上げていた。
「賭けに出たわね、大洗!
でも残念ね! その選択は、地獄への片道切符よ!」
確かに、高低差を活かした砲撃は決して侮れるものではない。しかし、眼下を狙えるほどに視界の開けた高地に陣取るということは、逆に言えば下から見てもその位置は丸見え、いい的だということだ。
シャーマンの火力、そして車輛数の差を考えれば決して覆せない不利ではない。お互いに撃ち合い、ダメージレースになれば圧倒するのはこちらの方だ。
この勝負もらった――今度こそそう確信して、指示を出そうとした、その時だった。
〈きゃあっ!?〉
無線の向こうで、いきなりみほが悲鳴を上げたのは。
〈な、何っ!?
――っ!? あれは……ファイアフライ!?〉
「なぁっ!?」
そのみほの言葉は、アリサにとって予想外であった――なぜなら、自軍側の無線からは、敵戦車発見の報は何ひとつ入っていなかったのだから。
増してや、傍受した通信の通りなら大洗の隊長車を襲ったのはナオミの乗るファイアフライだ。攻撃はともかく、事後であろうと報告をしないというのは、彼女に限って絶対にありえなくて――
〈ちょっと待て! ファイアフライだと!?
なら、こっちにいるファイアフライは何なんだ!?〉
「はぁ!?」
〈ファイアフライって、大砲の長いシャーマンですよね!?〉
〈こっちにもそういうシャーマンいるんですけど、コレじゃないんですか!?〉
「はぁあっ!?」
さらに、次々と入るファイアフライ発見の報――だが、今回こちらが投入したファイアフライは一輌だけ。こんなあちこちに現れるワケがない。
当然、どれかが本物、残りはただの見間違い。そう考えるアリサだったが――
〈ぅわっ、来た!
こちらアヒルさんチーム! シャーマン三輌からバックアタックを受けました!〉
〈くっ、挟み討ちか!
カバさんチーム! シャーマン二輌二組、計四輌から挟撃!〉
〈ウサギさんチーム!
シャーマン六輌から集中攻撃受けてます〜っ!〉
〈撃て撃てぇーっ! 撃ちまくれーっ!
シャーマン五輌何するものぞ! 私達の38(t)一輌で十分だーっ!〉
〈ちょっと待ってください!
敵戦車の数、十輌超えてませんか!?〉
「はい〜っ!?」
もうここまでくるとワケがわからない。
傍受がバレて、それをこちらに気取られないようにしている――とも一瞬考えたが、アリサはやはりその可能性を却下した。
先の奇襲の時も考えた通り、やはり代替の通信手段に見当がつかないし、何より、今回は演技があまりにも杜撰が過ぎる。こんなの、「傍受してるのバレてますよ」「演技してますよ」と自ら暴露しているようなものだ。
だが、それならこのメチャクチャなやり取りは何なのか――
「何なのよ……
いったいあの子達、誰と戦ってるのよ!?」
◇
『とにかくみんな、逃げてください! このままでは勝ち目はありません!』
『り、了解〜っ!
――って、こっちにも出たぁーっ! 七輌目〜っ!』
『今助けに行くぞ!
――何!? こちらにも新手だとぁ!?』
否定したアリサには悪いがもちろん演技だ。しかも一切意味はない。
そして、これだけのやり取りを演じる“役者”はたったひとり――「今頃向こうは大混乱だろうなー」と、元凶のクセしてそんなことを考えながら、ジュンイチは一旦マイクのスイッチを切った。
その上で「あーあー」と発声を確認、声帯模写のやりすぎでちょっと混乱しかけていたのを落ちつけて仕切り直す。
(まさか、あちらさんもただ傍受の“耳”をふさぐためだけにいぢられてるとは思うまいて。
とはいえ、さすがにそろそろ勘付く頃か……)
今でこそ代替の通信手段の問題などで否定的だが、こうまで悪ふざけに巻き込まれれば、さすがに傍受がバレている可能性への疑いも強まっていくだろう。
しかし――かまわない。
すでに、次の一手に必要な情報は入手済みなのだから。
「それじゃあ……」
「劇団MASAKIの晴れ舞台、第二幕とまいろーか♪」
◇
「……ぷっ、くくく……っ!」
「さ、沙織さん、笑ったら、失礼ですよ……っく……!
柾木くんは、真剣に演じてるんですから……っ!」
「いっ、五十鈴殿、それはムリですよ……っ。
だって、これ……真剣だからこそ、おかしいんですから……っ」
一方、W号の車内では、沙織達が必死に笑いをこらえていた。
「どうせジュンイチの“演技”の間は話すこともないし」と、ちょっとした好奇心からみんなにも聞こえるように無線につないだインカムを外して訓練の時に使うスピーカー出力にしたのがいけなかった。ジュンイチの“演技”を前に、一同の腹筋はすでに崩壊寸前にまで追い込まれていた。あの麻子ですら、操縦しながら時折肩を震わせているのだから、その破壊力は推して知るべし、である。
単にあらすじだけを見れば「サンダースの物量に苦しめられる大洗」とそれだけの話だが、サンダースの陣容はムチャクチャだし、何より演じているのがジュンイチだと知っているのが大きかった。
自分達の可愛らしい声をジュンイチが声帯模写で演じているのだ。その光景を思い浮かべるだけで笑いがこみ上げてくる。
だが――
「うーん……」
「…………?
どうかしましたか、西住殿?」
逆に、リアルな演技だからこそ複雑な心境の人もいた。
「うん、えっとね……
……私、こんなにいつもワタワタしてるかなぁ?」
「してるよ」
「してますねぇ」
「してるな」
「大丈夫です!
ワタワタしてる西住殿も可愛いですから!」
「えー……」
しかし、あまり大した悩みではなかったようだ。
と――
「…………あれ?」
最初に気づいたのは沙織だった。自分のインカムを無線機につないで、ヘッドホンを耳にあてて聞き耳を立てる。
「沙織さん……?」
「いや、柾木くん、急に黙り込んじゃったなー、って……」
みほに答えて、沙織はさらに聞き耳を立てて、
「……やっぱりだ。
風の音どころかノイズも聞こえなくなってる……」
「どういうことですか?」
「ノイズも聞こえないってことは、そもそも通信自体をつなげていないってことですね」
首をかしげる華には優花里が答えた。
「理由はいろいろ考えられますね。
スイッチを切るのはもちろん、無線の周波数を変更してもつながらなくなりますし……」
「でも、無線の周波数を変える必要なんて……」
優花里の説明に口をはさみかけて――みほの動きが止まった。
同時、優花里も何かに気づいたようで顔を上げた。みほと顔を見合わせて――
『……まさか』
◇
「くそっ!」
ここまでコケにされたのだ。もう間違いない――“ジュンイチの予想通り”傍受がバレていると確信し、アリサは傍受機につないだヘッドホンを足元に叩きつけた。
だが、そんな彼女も腐ってもサンダースの作戦参謀。一方で状況を冷静に分析してもいる――そして至ったのはひとつの疑問。
(なぜ、あんなしょーもない芝居を打った……?
せっかく傍受に気づいたのなら、それを逆手に取ってこちらをワナにハメればいい。
実際、ドッグチームとチャーリーチームがハメられた。間違いなく、逆手に取る意図は持っていたはず……なぜここに来て、いきなりそれを放り出してこちらをおちょくるようなマネに出た?
何度も通じるような相手じゃないからと割り切って、一回だけで切り上げた……?
他に理由があるとすれば……)
「――――――っ!?」
その思考に至り、アリサの顔から血の気が引いた。
無線を傍受していたこちらに対し、それを逆手に取ったワナを張る。そこに、傍受に対する仕返しの意図がなかったと言ったらウソになるだろう――そう、仕返しだ。
もし、相手が仕返しの意図を捨てていなかったとしたら。
もし、そうでありながら、「傍受に気づいている」というアドバンテージをあえて放り出してきたのだとしたら――
もしそうなら、相手は他にも、傍受にまつわる何か別の手札を持っていることになる。
考えられるのは――
(逆手に取る、それ以上にもっと単純な方法がある……っ!)
(“やられたらやり返す”――まさか、こっちの通信を逆に傍受してる……!?)
◇
「……おや、黙っちゃったね。
傍受やり返されちゃってるの、気づいたかな?」
サンダース側が探索の情報をやり取りしている中、傍受犯と目星をつけたアリサ(正解)だけがパッタリとしゃべらなくなった。木の枝の上に腰かけてインカムからその様子を聞きながら、ジュンイチは持ち込んでいた弁当(握り飯)にかぶりついていた。
そう。アリサの読みはズバリ正解。ジュンイチの手によって、サンダース側の無線通信はすべて傍受され、筒抜けになっている。
しかし、ジュンイチはサンダース側と違って傍受機を持ち込んでいない。そんな彼がどうやってサンダース側の無線を傍受しているのかというと――
(わざわざ傍受機なんか打ち上げんでも、使ってる周波数さえわかれば普通に受信できるんだよねー。
撃破したシャーマン救護に行ったら何の疑いもなく車内見せてくれたし♪)
と、そういうワケだ。
みほ達の偽通信に引っかかり、撃破されたサンダース、ドッグチームのシャーマンを、ジュンイチは(相方であるチャーリーチームをさんざんいたぶった後で)救護していた――が、それは単なるスポーツマンシップに則った行動などではなかった。
というかそもそも、打算の強いこの男がそんな理由で動くはずもないワケで――と、いうワケでしっかり「元」は取っていた。サンダースの乗員達を大破したシャーマンから助け出したのは、助けるフリをして車内をのぞき、サンダースの使っている無線周波数を確認するためだったのだ。
(さて、アリサちゃんはどー出るかね?
傍受されてるのをケイさんに教えるかどうか……けど、そんなことをすれば、芋づる式に自分が傍受していたことまでバレかねない。
あちらさんがこの状況を打開するためには、ケイさんに怒られるのも覚悟で傍受のことを報せることが必須条件。アイツにその覚悟が決められるか……)
「ま、そんなことはちっとも関係ないんだけどねっ!」
今まで自分自身が巡らせていた推理をバッサリ一刀両断である。
だが事実なのだからしょうがない――そう、関係ないのだ。
傍受してくる相手のあしらい方を学ぶいい機会だとみほ達に反撃作戦を任せてみれば、立案してきた内容、その実行結果共にほぼ満点に近い解答を叩き出してくれた。
自分の“芝居”で、アリサの“耳”をかく乱する役にも立った。
もうジュンイチにとって傍受機には何の用もないし、アリサが傍受の件をケイにどう報告しようが知ったことではない。
何しろ自分は“通信を盗み聞きしたい”のではないのだから。
自分は――
「さて、それじゃ次は……」
「サンダース全体を、引っかき回してやろうかね」
“通信に割り込みたい”のだ。
◇
(傍受はバレた。もう使えない……
でも、大洗が傍受に気づいたというアドバンテージをあっさり放り出したのが引っかかる……)
通信傍受が敵に知られた以上作戦はご破算。しかしケイ達が傍受のことを知らない以上、バレたからといって簡単には方針は替えられない。ケイ達にまで知られて“反省会”送りになるのは何としても避けたい。
と、いうワケで、サンダース側のフラッグ車であるアリサ車は潜伏を継続。その代わり、ジュンイチの行動の意図について推理を巡らせていた。
(戦力は圧倒的不利。大洗が私達に勝つにはどんな小さなものでも、アドバンテージをひとつ残らず、最大限に活かしきることが絶対の最低条件……
傍受を逆手にとってこちらを一輌撃破……確かにその時点で『気づかれたんじゃないか』という疑念は沸いていた。
でも、確信はなかった……もう一手ぐらいは、こちらをハメることはできたはず。こちらの傍受を見抜ける“目”を持っている相手が、その程度のことを見極められなかったとは思えない。
なら、なぜそのアドバンテージを放り出した……?)
アリサにとって幸運だったのは、潜伏を続けざるを得なかったことで、かえって余計なことを考えず推理に没頭できたことだった。
そうでなければ、気づけなかっただろう。
(他にも何か手を用意している……? ううん、だとしても、それは傍受の件を放り捨てた理由とつながらない。やっぱりもう一手ぐらいこちらをハメてからでもよかった、って話になる。
捨てる理由ができた……いや、もっといい手を使える準備が整って用済みになった……?
傍受をし返してきていることと関係がある……? いや、そもそも傍受機を打ち上げていない大洗がどうやって傍受してる……?
そんなの、こちらの無線周波数を知ってなきゃ……どこにあったっていうのよ、そんなチャンs
『向こうの歩兵の子が、助けてくれましたから……』
(……あったぁぁぁぁぁっ!)
そう――ジュンイチには、こちらの無線周波数を知る機会があった。
もし、その時に本当に無線周波数を知られていたら――
(アイツぅぅぅぅぅっ! こっちの選手を助けるフリして、しっかり無線の設定情報スッパ抜いていきやがったのねっ!
間違いないっ! アイツはこっちの無線を傍受してる! すぐに隊長に報こkあぁぁぁぁぁっダメだ! 目に見える傍受の兆候がない今報告なんかしたら『なんでわかるの?』なんて話から確実に私の傍受のことまでバレる!)
相手の目論見に気づいたものの、保身を考えると報告なんてできやしない。
頭を抱えるアリサだったが――せっかくここまで気づけたのだ。彼女はもう少し“先”まで推理を巡らせるべきだった。
傍受を見抜いたというアドバンテージを、ただ捨てるのではない。“あんな捨て方”をしたのだ。そんなジュンイチが傍受の手段を得て、ただ盗み聞きするだけで終わるワケがないことに、彼女は気づいていない。
ジュンイチが何をするつもりなのか、そのヒントはすでに提示されていることにも――
〈こちら【ズドンッ!】!
38(t)を発見! 単騎です!〉
そんなアリサの思考を断ち切ったのは、爆音と共に聞こえてきた味方からの報告であった。
〈S32857地点です!
敵は反撃の上逃走! 現在追跡中!〉
(――――っ!
私達のすぐ近く!?)
〈アリサ!〉
「わかってます!」
ケイからの呼びかけの意図はすぐに知れた。
(38(t)単騎が相手なら、私達だけでも――っ!)
「こちらで叩きます!
発進しなさい!」
『Yes,Mam!』
アリサの指示に乗員達が答え、彼女達のシャーマンが発進。森の奥の茂みから飛び出していく。
「38(t)の様子は!? 見失ったりしてないわよね!?」
〈当然です! 任せてくだs――アレ、どこ行った?〉
「ちょっとぉ!?」
しかし、どうやら自分達が到着するよりも早く見失ってしまったようで――
〈こちらG9245地点!
38(t)、こっちにいます!〉
「はぁ!?」
〈追いかけます!〉
「ま、待ちなさい!」
今度は、少し離れたところから38(t)発見の報が入った。
〈他に誰か来られる!?〉
〈すみません! 大洗の歩兵に足止めされていて……っ!〉
〈こっちはW号に!〉
〈V突とエンゲージ!
放っておいたら後ろからやられる! 迎撃します!〉
〈M3発見!
38(t)の救援に向かう模様! 足止めします!〉
そして、次々に入る大洗の戦車の発見報告――38(t)の発見された位置がいきなり飛んだ時には一瞬焦ったが、大洗側がこうもあわてているところを見ると前者は見間違いか。おそらく発見報告のない八九式あたりと見間違えたのだろう。
今度こそ大丈夫だと、アリサは安堵の息をつき――
〈待ってください!
C88266地点にいるわよ、38(t)!〉
〈きゃあっ!?
V突!? なんでここに!?〉
〈M3!?
ちょっ、誰よ、足止めするって言ってた子!?〉
「あああああ」
アリサの安堵は、わずか数秒で無残に打ち砕かれた。
◇
(ガハハハハッ、独断専行で傍受に走ったのが裏目に出たな。
さっきの西住さんの誘導でもそうだったけど、他のヤツらの頭にゃ「情報戦をやってる」って前提が頭にないから、面白いぐらいにだまされてくれるわ)
通信の向こうのサンダース陣営は、自分が(もちろん声帯模写付きで)流しまくった誤報の嵐で絵に描いたような大混乱――森の一角、木の上に身を潜めて、ジュンイチは腹を抱えて笑いをこらえていた。
先ほどW号から持ち出してきた予備も含めて二つ持っている無線のスイッチを切り替える――今までサンダースに介入していた方を切り、大洗側とのやり取りに使っている方の回線を開くと、みほに呼びかける。
「あーあー、あんこうチーム、聞こえるー?」
〈トラさん、どうしました?〉
「いや何、そっちの状況はどうかな、って」
〈今のところ、まだ成果は……〉
「りょーかい。
じゃ、もうしばらくかく乱しとくんでヨロシク〜」
〈……何やってるかだいたい想像つきましたけど、あまりやりすぎないであげてくださいね〉
「それはムリな相談だな。
だって楽しいし♪」
と、通話を終えるとジュンイチは改めてサンダース側との通信回線を開き、
「さーて、もーちっとばかり引っかき回してやろうかね。
『38(t)発見! くっ、ちょこまかとっ!』
『すみませんっ! こっちの38(t)、見失いました!』
『いや、「こっちの」って何よ!? 38(t)は一輌だけのはずでしょ!?』
『こちら324丘陵地帯! 38(t)発見!』」
自身の偽情報に対するツッコミすらも織り交ぜつつ、ジュンイチはサンダース相手にウソ八百をばらまいていく――流す情報の中に、少しずつ“仕掛け”を含みながら。
そして――
大洗側との通信回線を、切り忘れたまま。
◇
〈誤報が飛び交ってるわよ!?〉
〈何なのよ、四輌目の38(t)って!?〉
もはや無線の向こうは一切のまとまりを失ったカオスのるつぼ――怒号が飛び交うその様子に、アリサは完全に頭を抱えていた。
何としても勝ち抜かなければと仕組んだ通信傍受が、まさかこんな事態を招いてしまうなんて――大洗側の仕掛け人たるジュンイチの人柄を知る者からすれば「相手が悪かった」としか言いようがないのだが、そうではないアリサはとてもそこまで割り切れない。
(私のせいだ……っ!
どうしても勝ちたいから、隊長を優勝させてあげたかったから、通信傍受にまで手を出したのに……まさか向こうの方が情報戦でここまで上手だったなんて……っ!)
自分の軽率な行動がトンデモナイ化け物を引きずり出してしまった。こんなことなら、いつも通りのサンダースの戦い方で、力と数で踏みつぶす戦い方で挑んでいれば――そんな想いが、アリサの胸をしめつける。
(なんとか、しないと……っ!
私が起こしてしまったも同然のこの混乱、私が、何とかしないと……っ!
でも、どうやったら……っ!)
もはや、精神的に徹底的に追い詰められた頭はまともに働かない。パニックに陥ったアリサの思考は堂々巡りを繰り返すばかりで――
〈Shar up!〉
無線が壊れるんじゃないかという勢いで発せられた大声が、アリサを、他のチームメイト達を一喝した。
「た、隊長……っ!」
〈アリサ〉
そう、ケイだ――うめくアリサに対し、低い声で尋ねる。
〈なんか、さっきから無闇やたらと誤報が飛び交ってるんだけど……どういうことかしら?〉
「そ、それは……おそらく、大洗が無線に介入して……」
〈うん、そうでしょうね。
でも、大洗はどうやってこちらの通信に介入してるのかしら?〉
「たぶん、あの歩兵がドッグチームを救出した時に……」
〈ん。私もそう思うわ。
――でもね〉
アリサの答えにうなずいて――ケイにとっての“本題”はここからだった。
〈だとすると、彼がこちらの使ってる無線周波数を把握したのはその時ってことよね?
じゃあ――〉
〈それよりも前に、ドッグチームが偽情報に引っかかってやられたのは、どういうことかしら?〉
(――バレてるぅぅぅぅぅっ!)
ケイがみんなを一喝した時から予感はあった――だがこうして問い詰められて、それは確信へと変わった。
おそらくこれは最後通牒――観念してすべてを白状しろ。ケイはそう言っているのだ。
もはやこれまで――アリサには、覚悟を決める以外の選択肢は残されていなかった。
「そ、それは……
……こちらの無線傍受を、逆手に取られて……」
〈そう〉
「あ、あの……隊長……」
〈お説教は後よ〉
あっさりうなずかれたのが、かえって不安をかき立てる――恐る恐る声をかけるアリサだったが、ケイはあっさりとそう答えた。
〈今はこの件についての“落とし前”の方が先よ。
――ということなんだけど、あなたとしてはこの一件、どこが落としどころだと思う?――マッキー〉
〈あら、聞き耳立ててたのバレてた〜♪〉
声をかけてくるケイに対し、ジュンイチはあっさりと通信に参加してきた。
〈ウソばっかり。キミのことだから、私がキミに気づいてることもお見通しだったんじゃないの?
それで……〉
〈傍受の落とし前の話? 別にいーよ、ンなもん〉
やはり、ジュンイチの答えはあっさりとしたものだった。
〈『目には目を』じゃないけど、こっちもしっかりやり返させてもらったからな。おあいこだよ。
それどころか、ウチの子達に“通信を傍受された時の戦い方”を教える教材として利用させてもらったしな――そっちをダシにしてる分、むしろこっちがゴメンナサイしなきゃいけない立場だよ。しないけど♪〉
◇
『………………っ』
サンダース側の声は聞こえなくても、ジュンイチの声は切り忘れていた無線を通して聞こえている――ジュンイチの言葉に、みほと沙織はW号の車内で思わず顔を見合わせた。
「この話の流れって……」
「柾木くん……サンダースの傍受してた子を、かばってる……?」
二人がつぶやくと、
「ま、そうだろうな」
無線はスピーカーにつないだままだったから、彼女にも聞こえていた――そんなことを言い出したのは麻子だった。
「何だかんだで甘い男だし、アイツが無線傍受に肯定的なのは、さっきの私達とのやり取りでも明らかだ。
自分が何とも思ってないことのために、その子の立場が悪くなるのが、敵ながらガマンできなかったんだろう」
「ひょっとしたら……傍受をやり返したことには、そういう意味合いも含められていたのかもしれませんね。
自分達もやり返すことで対等の状態に持ち込んで、その子ひとりが悪役にならないように配慮する、みたいな……」
「チーム全体の利益だけじゃなくて、自分のワガママも容赦なく両獲りに来ますからねー、柾木殿は」
「うん……そうだね」
華や優花里も麻子に同意するのを聞きながら、みほは小さくうなずいた。
ジュンイチはいつだってそうだ。ワガママ勝手に振る舞っているように見えて、自分達のことも決して忘れていない。
(そんな柾木くんだから、私は……)
◇
〈それで……どうする?
ウチの傍受とキミの“やり返し”で、試合だいぶメチャクチャになっちゃったけど、審判に申し入れて、仕切り直してもらう?〉
スポーツ化したとはいえ、元々戦争の一環である戦車戦が元になっている戦車道には、常に重大事故の危険がつきまとう。
そんな危険に対する対策のひとつとして、現場の選手からの申請で試合を中断し、仕切り直し、または再試合にすることができる制度が設けられている。
たとえば、みほの挫折の原因になった昨年の決勝での滑落事故――みほのレスキューが迅速で事なきを得たこと、おかまいなしに攻撃に出たプラウダがすぐに決着をつけたことで活用こそされなかったが、あれだって本来ならこの申し入れ制度が適用されるべき案件である。
状況がグチャグチャになった今、その制度を使って一度仕切り直すのも手ではないかと提案するケイだったが、ジュンイチの答えは――
「あー、いらんいらん。ンなもん」
当たり前のように、平然と言い放ってくれた。
「つか、絶対申請通らんぞ、これ。
何しろ、こっちが通信傍受されてる不利をはねのけて一輌やっちゃってるんだし。
その上、そっちもこうしてオレに無線を抑えられてるワケだしな――お互い様である以上パワーバランスは試合開始前のまま。
挙句『好まれない』ってだけで傍受そのものは反則でも何でもない、ルール上認められた行為なんだ。申請案件とは判断されないって」
〈あー、そっか……〉
「それに、だ」
納得するケイに対し、そう続けるジュンイチは――
「こっちはまだまだ、“ここから”勝ちに行く気マンマンでね。
止められるのはひじょーにもったいなかったりするワケだよ」
あの“悪魔の笑み”を浮かべていた。
◇
〈――――っ!?〉
〈気づいた?
どーしてオレが、こうも長々とそっちのおしゃべりに付き合ってあげていたのか〉
「…………っ」
ジュンイチの言葉に、明らかにケイの反応が変わった――それだけで、アリサの脳裏にイヤな予感がよぎるには十分すぎた。
〈どうする?
オレにかまわず、早く指示出した方がよくない?〉
〈アリサ! 早く隠れて!〉
しかし、すべては手遅れだった。ケイがアリサに向けて叫んだ、その瞬間――
アリサのシャーマンの前を、八九式が通りすがった。
『あ』
アリサと、八九式の砲塔から顔を出していた典子、両者の声がハモる。思わず互いの戦車が停車した状態で、二人が見つめ合うこと数秒――
――コンコンッ。
相手から目を離さないまま、二人は同時に砲塔の装甲を叩き、中の仲間に合図を送る。
そして――
「反転! 全速離脱〜っ!」
「蹂躙してやりなさぁいっ!」
二輌の戦車によるカーチェイス、ならぬパンツァーチェイスが幕を上げた。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第15話「私が来た!」
(初版:2018/07/09)