〈こちらアヒル!
 0765地点で敵フラッグ車を発見!
 でもこちらも見つかりました! 現在追撃を受けています!〉
「――――っ。
 こちらからもすぐに急行します! なんとか逃げ切ってください!」
 傍受されているのは承知の上だがこの報せは急を要する――典子からの無線に答えると、みほは車内に戻って地図を広げ、現在地と報告にあったポイントとを対比する。
 ここから向かった場合、もっとも理想的な合流ポイントは――
「沙織さん、全車に連絡!
 0615地点に集結!」
「う、うんっ!」
 みほに答えて、沙織はメールで知らせようと携帯電話を取り出して――
〈もう口頭でいいから、さっさと伝えろ!〉
 それを見越していたかのようなジュンイチからの通信が沙織に告げた。
〈もう状況はお互い筒抜けなんだ! かまうもんかよ!
 それより今は時間との勝負だ! “ケイさん達が戻ってくる前に”ケリをつける!〉



 そう、全ては我が戯れ言なr……もとい、すべてはこの状況を作り出すためのジュンイチの作戦であった。
 ジュンイチの無線での悪ふざけ、その目的はサンダース側のかく乱だけではなかった。
 その中に時折混ぜ込んでいた位置情報――それは傍受機の位置からの逆算で割り出した、敵フラッグ車の潜伏してるであろうエリアから少しずつ、本当に少しずつ引き離すよう、巧みに座標を散らしていたのだ。
 偽情報に翻弄されたサンダース側はまんまとそれに引っかかり、示されたポイントに向かう度にフラッグ車から引き離されていく――その間に、みほ達は総出で件のエリアを、安全に捜索させてもらったというワケだ。
 そして、それは今、八九式によりアリサのシャーマン、フラッグ車の発見という形で実を結んだ。後はケイ達が戻ってくる前に決着をつけられれば――

 

 


 

第15話
「私が来た!」

 


 

 

「そーっ、れっ!」
 しかし、それも八九式がアリサから逃げ切れれば、の話だ。ここで八九式が撃破されれば、アリサは再び行方をくらませてしまうだろう。
 故に、八九式はここでやられるワケにはいかない。何としても逃げ切らなければ――バレーのサーブの要領で、典子がアリサ車に向けて発煙筒を打ち出した。空中で炸裂したそれが、シャーマンの視界を奪う。
 直後、シャーマンからの反撃の砲撃――しかし、やはり煙幕で視界が利かない中で命中させるのは難しい。外れた砲弾は八九式の頭上を飛び越え、はるか前方に着弾する。
「何をやっている!?
 相手は八九式だぞ!」
「視界が!」
「いいから撃て!」
 アリサが砲手に言い返し、さらに砲撃――八九式に捕捉され続けている限り、こちらは大洗の戦車に追い回されるハメになる。何としても撃破しなければとアリサも必死だ。
 もちろん、その必死のアリサからの攻撃にさらされる八九式もまた必死で――
「キャプテン! 激しいスパイクの連続です!」
「絶対に当たらないで!」
 次の発煙筒を渡しながらのあけびの言葉に、典子は迷わずそう答えた。
「スピードでかき回すの。逆リベロよ!」
「言いたいことはわかりますけど、そんなバレー用語ないですよね!?」
 あけびのツッコミに答える時間も惜しい。典子が再び発煙筒を打ち出し、引き続きアリサ車の視界を奪う。
「くっ、面倒な……っ!
 何してるの! 次を撃ちなさい!」
「すっ、すみません……
 傍受機を持ち込んだせいで、砲弾が取り出しづらくて……っ!」
「…………っ」
 砲手からの返答に、アリサは思わず歯がみした。
 傍受を逆手に取られた上に攻撃にも支障が――とことん裏目に出ている。やはり慣れないことはするものではないということか。
「機銃よ! 機銃を撃ちなさい!」
「機銃で!?
 ですが、対歩兵用にペイント弾を入れたままで……」
「だからよっ!
 目つぶしには目つぶし! ペイントで視界を奪ってやりなさい! 追ってくる私達を見えないようにしてやれば、こっちの攻撃も当てやすくなるし、隙を見て隠れるチャンスも出てくるでしょ!」
「りっ、了解っ!」
 アリサに言われて、砲手が機銃で攻撃。八九式の車体後部に桃色のペイントの花が次々に咲いていく。
 そうこうしている内に、八九式とシャーマンは森を抜けて平地に出た。と言っても、アリサ達は未だ車上で煙を吐き出し続けている発煙筒のせいで視界はあまり利かないのだが。
「――煙幕、晴れます!」
 しかし、それももう終わりのようだ。操縦手の言葉と共に煙幕が少しずつ薄くなってきて――



 38(t)とそれを守るM3とV突――大洗の戦車隊が正面から向かってきていた。



「ぅだぁぁぁぁぁっ!?」
 明らかに自分達を、こちらのフラッグ車を叩く気マンマンだ。フラッグ車である38(t)まで動員しての総攻撃態勢に、アリサが思わず声を上げて――
(総攻撃――いや、違う! W号がいない!?
 どこに――ヤバい!?)
「止まって!」
 その一方で、それでも頭はしっかり回っていた。操縦手に命じ、停止した瞬間、アリサのシャーマンの鼻っ柱を砲弾がかすめる。
 W号だ。側面に回り込んでいる――さらに八九式も旋回、こちらに向けて突っ込んでくる。
 すなわち――



    ◇



〈大洗の戦車、五輌全部がこちらに向かってきます!〉
「やっぱりか……遅かった……っ!」
 アリサからの悲鳴に近い勢いの報告に、ケイはマイクを片手にうめいた。
 途中までは完全にカヤの外だったから仕方のない部分はあるが、やはり対応に遅れたのは痛かった。もっと早くジュンイチの、大洗側の狙いに気づけていれば……
「とにかく逃げなさい! すぐ行くからっ!」
〈は、はいっ!〉
 だが、今ここで悔んでいても状況は好転しない。とにかくアリサに身を守るよう指示し、ケイは再集結させた部隊を率いてアリサの元へと向かうべく、ショートカットしようと森に入る。
「……でも、傍受しておいて全員で殺到して数で押しつぶすってのもねぇ……」
 しかし、その一方でケイの頭の中をよぎるのは彼女なりのフェアプレイ精神だ。
 ジュンイチはおあいこだと言ってくれたが、それでも話の内容からすると先に仕掛けたのはこちらのようだ。ケイの性格上、どうしても引け目を感じてしまう。
 やはりここは、せめてものわびに数だけでもそろえた方がいいか、などと考えて――



〈――大洗と同数に戦車の数をそろえようと思ってるだろ?〉



 そう指摘する声はジュンイチのものだ。
〈別にいらねぇよ。そのまま全員でかかってこい。オレはぜんぜんかまわないからさ〉
「でも、それじゃあなた達に対して失礼じゃ……」
〈……誰が『オレ達』なんて複数形で言った?〉
「――って、え……?」
 渋るケイだったが、ツッコんできたジュンイチの言葉に眉をひそめた。
〈オレはな――〉



「『“オレは”全然かまわない』って言ったんだぜ」



「――――っ!?」
 それは紛れもなく、ジュンイチの“肉声”だった。思わずケイが周囲を見回すと、
「そんなひかれそうなところにいるかい。
 ここだよ、ここ!」
 さらなる声が投げかけられた。見上げれば、正面の木の上、枝の上でジュンイチが腕組みして仁王立ちしている。
「よぅ。
 ようやく試合の場でまともに顔を合わせられたな」
「えぇ、そうね。
 “こっち”ではやり取りしてたけど、直接顔を合わせるのは試合前のあいさつ以来だわ」
 笑みを浮かべて見下ろしてくるジュンイチに対し、ケイは全車に停止を命じ、手元のインカムをトントンと叩きながらそう返してくる。
 答えるだけならともかく、停車まで命じた理由は――
「へぇ、そのままかまわず突っ込んでくるかと思ったけど」
「キミがダージリンを墜とした時のことは知ってるもの。
 やる時には声もかけずに迷わずやる人よね、キミ――そんな子が何もせずに待ちかまえてるなんて、むしろ何かあると考えるのが自然でしょう?」
「なるほど。悪くない推理だね」
 ケイの言葉に、ジュンイチは肩をすくめてそう返して――



「トラップを仕掛ける時間があったかどうかを計算に入れ忘れてる点を除けば、だけどね」



「………………へ?」
 ジュンイチのその言葉に、ケイの目がテンになった。
 今のジュンイチの話の通りなら――
「トラップ……ないの?」
「うん」
 ジュンイチは迷わずうなずいた。
「当然だろ?
 そっちのフラッグ車はフクロ叩きで風前の灯。向こうが決着つけば勝ちなんだ。
 足止めさえできればそれで十分。ここにウチの連中がいるなら、お前らを経験値稼ぎのイケニエに捧げたいところだけど、だーれもいないからその必要もない。
 どう? ここでお前らを全員脱落させるみなごろしにする理由、どっかにある?」
「――っ、そういうこと……っ!
 じゃあ、遠慮なく進ませてもらうわよ!」
 ジュンイチの言葉に、ケイは全車に前進を指示。サンダースの戦車隊はジュンイチにかまわず、彼の立つ木の枝の下を駆け抜けて――







「『足止めする』って、言ったよね?」







 ジュンイチが告げた、その瞬間だった。
「きゃあっ!?」
 突然、先頭を行くケイの隊長車が彼女達の意思とは無関係に急停止。いきなりのことで対応できなかった後続車も、そんな彼女の隊長車に追突してしまう。
「なっ、何!?」
 いったい何が起きたのか――あわててケイが外に顔を出すと、木々をすり抜けるために幅広く広がっていた仲間の車輛も同じように停車していて――
「………………ん?」
 気づいた――戦車の車体に引っかかり、周りの木々へと伸びている何本もの白い筋に。
 よくよく目をこらして見ると、その正体は――
「糸!?
 あんな糸で、これだけの数のシャーマンを!?」
 驚いたケイが思わず声を上げると、
「ただの糸じゃないよ」
 木の枝の上から告げるのはもちろんジュンイチだ。
「アメリカかぶれのサンダースのみなさんだ――『NASAでも研究の進んでる、自然界でも一、二を争う強度を持つ天然繊維素材』と言えばわかるだろう?」
「…………っ、クモ……!?」
「Exactry! 正解だよ♪」
 うめくケイに、ジュンイチは笑顔でうなずいてみせた。
「ウチの学園艦、農業科のプラントにひとつ空きがあったんでね。
 そこを丸ごと借り切って、糸を作るための養蜘プラントにさせてもらった――そこで大量生産したものさ。
 ま、もっとも――必要量を収穫できるようになったのがつい先日。生産体制が確立するのが遅れたせいで、今まで投入できずにいたんだけどね」
「まったく……トラップなんて仕掛けてないって言ってたクセに!」
「心外だなぁ。
 オレぁウソなんか言ってないぜ?」
 うめくケイだったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「オレは『“トラップは”仕掛けてない』って部分しか認めてないからなぁ。その他の妨害工作については一切のノーコメント!
 トラップの話だけを聞いて安心してたそっちがうかつなんだよ! 覚えとけ! 試合中・対戦相手としてのオレの言葉は、拡大解釈厳禁だぜ!」



    ◇



「……柾木くん、楽しそうだなぁ……」
「本当に活き活きと“嫌がらせ”に徹してますよね」
「サンダースのブリーフィングでアウト・オブ・眼中な扱いされてたの、よっぽど根に持ってたんですね……」
 以上、無線越しに聞いていたみほ、華、優花里のコメントでした。



    ◇



「今回のオレの行動指針は、みんなのサポートとしててめぇらへの嫌がらせだ!
 悪いがてってー的にやらせてもらう! 恨んでくれて――かまわないぜ!」
 言い放つと同時、ジュンイチがペイント手榴弾をばらまいた。空中で炸裂、ぶちまけられた桃色のペイントがケイ達に降り注ぐ――が、
「恨む気はないし、『嫌がらせ』って部分には大いにツッコみたいけど――」
(――――っ!?
 レインシート――防がれた!?)
 ケイを始め、サンダース側の車長達は皆防水シートをかぶってペイントをしのいでいた。舐めているようで、こちらの攻撃手段に対してはしっかり対策していたということか。
 そして――
「『徹底的に』って部分には、全面的に同意したいところねっ!」
 シートをはねのけて姿を現したケイの手には、大型のドラム式マシンガン。
 もちろん中に込めてあるのはペイント弾であろうが――
「ちょっ!?
 戦車に常備しとく武器じゃないだろ、そんなゴツいの!?」
「もちろん!
 キミ対策に用意したものだからねっ!」
 思わずツッコむジュンイチに答えたケイの言葉を合図に、他のシャーマンの車長達もかぶっていた防水シートをはねのけて姿を現す――もちろん、彼女達の手にもケイのものと同じマシンガンが握られている。
「じ、冗談じゃねぇっ!」
 これにはさすがのジュンイチの頬にも冷や汗が一筋。間髪入れずに始まった銃撃から逃れ、空中に身を躍らせる。
「――もらった! ナオミ!」
 しかし、それこそがケイの狙い。合図と同時にファイアフライの砲手席ハッチが開き、姿を見せたナオミがジュンイチに向けて拳銃をかまえる。
(身動きの取れない空中ならっ!)
 今度こそジュンイチに一撃入れられる。そうケイが確信して――



「――なんちゃって♪」



「えぇっ!?」
 しかし、彼女の確信はそんなノリの軽い一言と共に打ち砕かれることになる。
 ジュンイチが突如、“空中で”方向転換。クルリと反転し、サンダースが誇るNo.1ガンナー、ナオミの銃撃を難なくかわしてみせたのだ。
 別に異能を使ったワケではない。今ジュンイチは“何か”を支点に、その“何か”を中心に身体を振り回すように反転した。考えられるのは――
「空中にも糸を!?」
「ピンポンパンポン大正解〜♪
 しっかり張らせてもらってるよ。オレの足場用、兼、今みたいなアクロバットの支点用に、この辺一帯ガッツリとね。
 ――あぁ、安心していいぜ。アンタらが戦車から顔出して引っかかるような高さには張ってないから。安全第一っ!」
 ケイに答えると、ジュンイチはペイント弾入りの拳銃とペイント手榴弾を取り出し、
「とはいえ……だ。
 試合的な意味ではちっとも安全じゃねぇけどな」
「それは、『これから私達全員倒しちゃうから』って意味かしら?
 悪いけど――それは不可能よっ!」
 告げるジュンイチにケイが返し――ジュンイチが跳び、銃撃が始まった。



    ◇



 現場のケイですらもよく目をこらさなければ見えなかった糸だ。オーロラビジョン越しの観客席からはとてもじゃないが見えたモノではない。



「サンダース、どうしちゃったんスかね?」
「柾木くんの誘いに乗った……ってことですか……?」
「それじゃ、あのダンゴ状態の説明がつかんだろ」

「このサンダースの戦車の動きの詰まり具合……先頭を何かに引っかけられた……?」
「何かに……?
 そんなもの、どこにも見えませんけど……」

「きっと、オーロラビジョンの解像度では映せないほどに小さいか、細い何か……
 だとすれば、考えられるのは……糸。それを編んだ網か、もしくは何本も張って網状にしたか……」

「いや、糸って……それであれだけの数の戦車を受け止められるはずが……」
「蜘蛛の糸は、NASAでも次世代の主力素材のひとつとして研究が進んでいるというわ。
 たかが糸と言っても、素材次第では決して侮れるものじゃない。増してや、それを何本も張り巡らせていたとしたら……」



 しかし、目に見える状況から推理を巡らせることは可能だ。アンツィオ、黒森峰、マジノ、そして聖グロリアーナ――それぞれにジュンイチとケイ達との間に起きていることを読み解いていく。
「じゃあ、サンダースがあのまま動かずに柾木さんの迎撃に徹しているのは……」
「えぇ」
 そんな中、気づいたオレンジペコの指摘に、ダージリンは彼女の“目”が肥えてきたことを内心喜びながらうなずいた。
「『動かない』のではなく、『動けない』……
 彼が“糸”以外にも何か仕掛けていないとも限らない。無視して迂回しようにも速度の出せない森の中で彼の機動力が相手となると逃げ切れるかどうか怪しいものね。追いつかれてさらなる妨害を受けるリスクは、少なくとも無視できるレベルではないでしょうね。
 結果、ケイさんは柾木くんを撃破し、排除した上で進むしかない――それが彼の思うつぼだとわかっていても……ね」
 そう告げると、ダージリンは深々と息をつき、
「相手の思考を読み、絡め取って自分の思惑通りの状況に誘い込む……
 しかも、相手がその狙いに気づいても、乗らざるを得ないほどに狡猾に――相変わらず、相手の考えを逆手にとった心理誘導が抜群に上手いわね。
 わかるわ……今のあなたの焦り、よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っくわかるわ、ケイさん……」
「一番最初の犠牲者ですものね、ダージリン様」
「余計なことは言わなくていいのよ、オレンジペコ」



    ◇



「このタフなシャーマンが簡単にやられるワケないわっ!
 何せ五万輌も作られたベストセラーよ!」
 追いかけてくる大洗の戦車五輌から放たれる砲撃が、周囲に次々に着弾する――衝撃で揺れるシャーマンの車内で、アリサは焦りもあらわに、自らに言い聞かせるかのように声を上げた。
「丈夫で壊れないし、居住性も抜群!
 バカでも扱えるほどに操縦も簡単で、バカでもわかるマニュアル付に゛ゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「お言葉ですが、自慢になってませんっ!」
「うるさいわよっ!」
 悲鳴の原因はもちろん至近弾。みっともなく声を上げた上にクルーからもツッコまれる始末だ。
「何であんなみみっちぃ戦車に追いかけ回されなきゃならないのよ――そこ右っ!
 私達の学校はね! あなた達なんかとは格が違うのよっ!」
 そんな中でもするべき指示は忘れないのはさすがと言うべきか。砲塔を後方に向け、大洗に向けて発砲――外した。
「何よそのちっぽけな戦車はっ! 的が小さくて当たらないじゃないっ! 右に二度修正っ!
 装填急いでっ! ロクな力もないのにこんなところにしゃしゃり出てきて! どうせもう廃校になるんだから、さっさとつぶれちゃえばいいのよっ!」



    ◇



「当たれ! 当たれぇっ!」
 そう声を上げたのは誰なのか――防水シートをかぶり、すき間から銃口だけを出してこちらを狙ってくるが、そんなずさんな照準での銃撃になど当たってやるワケにはいかない。
「とあるロボットアニメの、ロボゲー出演時に有名になったこんなセリフを知ってるかい!?
 『弾幕薄いぞ! 何やってんの!』
 なので、あっさりとかいくぐってシャーマンの一輌の上に着地。防水シートを引きはがすと、守りを失ってあわてる相手車長にペイント弾をきっちり三発。
「はい、ちょいとゴメンよ〜」
 撃破判定を受けた車長の身体を、猫のように首根っこを捕まえて砲塔から引っこ抜く。一旦お嬢様抱っこに抱え直すと、近くの茂みに、投げ込んでもケガしなさそうなところを狙って放り込む。
 当然、車長が引っこ抜かれれば、その奥の乗員達とはお互いにまる見えだ。いきなり目の前で見せつけられたお嬢様抱っこに何やら黄色い歓声が上がっているが、投げやすいよう抱え直しただけにすぎないジュンイチからすればツッコむのも面倒だ。さっさとペイント手榴弾を投げ込m――まず、二丁拳銃の斉射で全員撃破。これでこの車輛の制圧は完了だ。
 なぜペイント手榴弾を使わなかったのか。ちょっと思うところがあり、「中の乗員だけを撃破して戦車は無傷」というパターンが欲しかったのだが――
(三輌目にしてようやく、か……)
 実はすでに二輌失敗。ようやくの成功である。やはり自分もまだまだ未熟だと苦笑して――
「こん、のぉっ!」
「――――っ」
 そこにケイからの銃撃。ばらまかれたペイント弾をかわして後退する。
「やるじゃない!
 ダージリンのトコ相手に四輌、今回これで三輌撃破……あと一輌で記録に並ぶじゃない!」
「大したこっちゃねぇよっ!
 乗員狙いに徹すりゃ、聖グロ相手にももっと暴れられたわっ!」
 声をかけてくるケイに答え、周囲に視線を走らせる――生き残っている戦車がダンゴ状態から脱出しようともがいているが、こちらもその邪魔になるよう撃破する戦車は選んでいる。そう簡単には逃げられないはずだ。
 だが、自分ならともかく、ケイがただ世間話のためだけにこちらに話しかけてきたとも思えない。何かから意識をそらすためにやっていると思っていいだろう。
 では、その“何か”とは何なのか。それを一刻も早く見抜かなければ。
 だが、サンダースの生存車輛がもがいている以上の動きはない。砲塔を回しながらジュンイチが乗員を全滅させ、無人となった戦車を押しのけようと――
(――ちょっと待ったのしばし待ていっ!
 何で砲塔を回す必要がある!? 何を狙ってる!?)
 気づいたジュンイチの脳裏に警報が鳴り響く。目的まではわからないがとりあえず妨害しようと苦無手榴弾をかまえて――



    ◇



「柾木くんがサンダースの本隊を抑えてくれている内に、なんとか……っ!
 60秒後に攻撃再開! 各車発砲を許可します!」
 一方、みほ達は今の内に何とかフラッグ車を叩こうと追撃中。みほの指示を沙織がメールで各車に伝える。ジュンイチはもう気にせず無線で伝えればいいと言っていたが、やはり念には念を入れたい。
 対し、必死に逃げるサンダースのフラッグ車、アリサのシャーマンの方は――
「なんでタカシはあの子が好きなのよ……っ!
 なんで私の気持ちに気づいてくれないのよぉっ!」
 もはやアリサの剣幕はパニックの領域に突入していた。試合とはまったく無関係の自身の恋バナまで持ち出している。大洗からすればまったくもっておもしろそうな話……もとい、八つ当たりされていい迷惑だ。
「それに引き換え、何よ大洗の男子歩兵! 柾木ジュンイチとかいったかしら!?
 何自分のチームメイトの子達とあんな仲良さそうにっ! リア充爆発しろーっ!」



 ズドォォォォォンッ!



『――――――っ!?』
 まるで、アリサの願いを聞き届けたかのような大爆発に驚いたのはアリサだけではなかった。大洗側もまた、突然の爆発に驚いている。
 なぜなら、その爆発はアリサ達、みほ達、どちらが起こしたものでもなくて――
「今の爆発――柾木殿のいる辺りからじゃないですか!?」
「そんな!?
 柾木くん! 柾木くんっ!?――ダメ、みぽりん、応答ないよっ!?」
「そんな……!?」
 もうひとつの戦場で起こったものだった。



    ◇



〈トラさん!? 聞こえますか、柾木くん!?〉
「……っ、つーっ……!」
 ほんの少しの間飛んでいた意識が、みほの声で復活する――うめいて、ジュンイチはその場に身を起こした。
 ケイ達の姿は――
「あーあー、こちら柾木」
〈柾木くん!?
 大丈夫なんですか!?〉
「あー、大丈夫Jobじょぶ。
 とっさに身を守ったからさ」
〈……よかった……っ!
 でも、そっちで何が……!?〉
「ケイさんがムチャクチャやってくれたんだよ」
 みほに答えて、ジュンイチは周囲を――“火の海と化した森を”見回した。
「オレが乗員全滅させる巻き添えで白旗の揚がってた戦車、その予備燃料タンクを撃ち抜いたんだ。
 当然、引火して大爆発だ――火がついたまま飛び散った燃料で、周りにオレが張ってた“糸”を焼き払いやがった」
〈サンダースは……?〉
「もう行っちまったみたいだな。影も形もありゃしねぇ」
 言って、ジュンイチは自分の周囲を確認する――足跡が複数。どうやら自分の無事を確認してからこの場を去ったようだ。
 にもかかわらず自分は健在。懐の判定装置を確認しても撃破判定は出ていないし、ペイント弾を撃ち込まれた様子もない。
 気絶した自分を撃破しておけばよかったものを、どうやらジュンイチの言うところの『ムチャクチャやった』負い目からあえて見逃したようだ。どこまでもスポーツマンシップ溢れる連中だと内心で苦笑する。
「つーワケで、悪い。足止めはここまでだ。
 ケイさん達そっち行ったぜ――しかも、ナオミさんのファイアフライも健在だ」
〈そうですか……〉
「悪いな。できればケイさんとナオミさんは墜としておきたかったんだけど……」
〈いえ、気にしないでください。
 こっちと合流……は難しいですね。わかりました! 後は任せてください!〉
 現状、自分達はジュンイチのいるポイントからは遠ざかり続けている。ジュンイチのスピードでも追いつくのはムリだろうと判断したみほだったが、
「合流? できるけど?」
〈………………え?〉
 だからこそ、ジュンイチのその答えは予想外だった。
「幸い、まだなんとか間に合いそうだ。
 とはいえ、ちょ〜っと準備がいるからさ。五分――五分もたせろ。それまでには、追いつけるはずだ」
〈う、うん……〉
「ま、もっとも――それまでにフラッグ車叩いちまえば、その必要もないんだけどな」
〈がっ、がんばりますっ!〉
 合流を宣言し――ちゃっかり釘をさすのも忘れない。みほの反応に、きっと通信の向こうで思わず気をつけをしてることだろうとカラカラと笑い、ジュンイチは通信を切り、
「心配しなくても追いついてみせるさ」
 そう言って、ジュンイチが振り向いた先には――
「そのために、“コイツ”を用意したんだからさ」
 乗員を全滅させた戦車の内、白旗を揚げさせることなく全滅に成功した一輌が放置されていた。
 白旗がないが故に健在な戦車と見分けがつかず、ケイ達も先の焦土作戦で撃破せず、放置するしかなかったのだろう――その車体は無傷で、しかも動かせる状態にある。
「さぁて、それじゃあ……」



「サーカス顔負けの超一発芸とまいろーか♪」



    ◇



「――来た!
 シャーマン四輌、ファイアフライ一輌……柾木くんの情報通り!」
 ジュンイチの妨害網を突破したサンダース戦車隊が、ついに大洗チームの後方に姿を見せた。追いついてきた相手の陣容を確認し、みほが声を上げる。
「距離、約5000メートル!」
「ファイアフライの有効射程は3000メートル……まだ大丈夫です!」
 相手との距離を測る優花里に答えるみほだったが、その表情は優れない。
「問題は、むしろ……」



「キタァァァァァッ!」
 みほの懸念は的中していた。ケイ達が現れたのに気づき、アリサは先ほどまでの恐慌も忘れて歓喜の声を上げた。
「よっしゃ! もうこっちのものよ!
 100倍返しで反撃よ!」
 というか、もはや立ち直りを通り越して完全に調子に乗っていて――
「了解!
 転進しまs
「逃げながらに決まってるでしょっ!」
 ……訂正、まだちょっとヘタレていた。



    ◇



「……大洗、ピンチですね……」
 オーロラビジョンには、サンダースに挟み込まれた大洗の姿が映し出されている――我が事のように緊張しているオレンジペコがつぶやくと、
「……私達と試合した時、彼が言っていたことを覚えてる?」
 そう口を開いたのはダージリンだった。
「“彼”……柾木さんですか?」
「彼、あの試合の中で、私が格言を用いるのを真似て特撮番組のセリフを引用してみせたでしょう?
 フィクション、それも子供向け番組の中のセリフとはいえ、出典に思い至らなかったことがちょっと悔しかったから、あれから少し“そういうの”にも目を通すようになってね」
「はぁ……」
「その中で、こんなセリフがあったわ。
 『仲間は追いながら敵と戦う。自分達は逃げながら敵と戦う。つまり……ハサミ討ちの形になるな』……って」
「……『少し』で手を出すのがよりにもよって『ジョジョ』ですか……
 でも、そのセリフに当てはめるなら、“ハサミ討ち”にしているのはむしろサンダースの方では?」
「さぁ、どうかしら?」
 ツッコむオレンジペコに対し、ダージリンはクスリと笑い、
「オレンジペコ、あなた……」



「彼が、『追いつけない』なんて理由で、このまま戦線離脱すると思う?」



    ◇



「ウサギさん、アヒルさん、カメさんは、後方のサンダース本隊への対処をお願いします!
 我々はこのまま、フラッグ車を叩きます!」
 『追いつく』とは言っていたが、ジュンイチが今ここにいない事実は変わらない。自分達で対処するしかない――布陣の後方三輌でサンダース本隊を抑え、その間にアリサのフラッグ車を叩く。それがみほの判断だった。
「この戦いはアラスの戦いに似ている」
「甲州勝沼の戦いぜよ」
「天王寺の戦いだろ」
『それだ!』
 得意の歴史ネタに走りつつ、カバさんチームのV突がアリサ車へと砲撃――しかし狙いは外れ、それどころか援軍の登場で気が大きくなったアリサがこちらに向けて反撃してくる。
 さらに、後方のサンダース本隊の攻撃もこちらに届き始めた。まだ有効打を与えられる距離ではないが、周囲に次々と着弾。大洗側の戦意を削ぎにかかってくる。
「我々は、ここで負けるワケにはいかんのだ!」
 対し、桃も負けじと後方に反撃――
「……当たってないよ桃ちゃん」
「うるさいっ!」
 結局、桃はやっぱり桃だった。
「撃てぇーっ!」
『アターック!』
 それでも、桃の砲撃は味方の攻撃の口火を切ることには成功していた。典子の号令でアヒルさんチームが砲撃――命中するが、M4の正面装甲に弾かれてしまい、
『きゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 ファイアフライからの反撃が来た。エンジン部に直撃を受けてバランスを崩し、行く手の岩もかわし損なって衝突してしまう。
「アヒルさんチーム、大丈夫ですか!?」
『大丈夫でぇーす!』
 安否を尋ねるみほには元気な返事が返ってくるが、八九式は白旗が揚がってリタイアだ。
 さらに、ファイアフライの砲撃はM3にも襲いかかった。やはりエンジン部を撃ち抜かれてM3からも白旗が揚がる。
「すみません! 鼻が長いのにやられました!」
「ファイアフライですね……」
「M3まで……っ!」
 梓からの報告に、優花里が、みほがうめく――これで大洗は後衛が壊滅。このままではフラッグ車である38(t)が後ろからの攻撃にさらされることになってしまう。
 38(t)を守るには、前衛から戦力を回すしか――
「V突! 38(t)のカバーに入る!」
 と、そこでV突、カバさんチームが動いた。エルヴィンの指示で減速すると38(t)の後ろに回り込み、サンダースに対する盾となる。
 しかし、そうなればサンダース本隊からの砲撃はV突が代わりに浴びることになる。砲塔を後ろに回せないV突では反撃もままならず、ただ一方的になぶり殺しにされるのを待つしかない。
「もはやここまでか……っ!」
「弁慶の立ち往生……」
「『蜂の巣に されてボコボコ さようなら』」
「辞世の句を詠むな!」
 エルヴィン、左衛門佐に続いたおりょうにカエサルがツッコんで――その流れに乗ったワケではないだろうが、サンダース本隊の攻撃が再開された。大洗の戦車隊に向けて、後ろからの砲弾が次々に降り注ぐ。
 それは大洗にとってまさに絶望的な状況だ。フラッグ車である38(t)が撃破されれば即終了という中、その38(t)を一撃で仕留められる砲弾が雨アラレと降ってくるのだから。
「……も、もう……ダメだ……!」
 それをみんなが理解しているから、あきらめの言葉を口にしてしまった桃を誰も責めることができなかった。
 それどころか、それぞれの頭の中でくすぶっていた不安を明確に言葉にされてしまったことで、暗い空気が一気にチーム内に広がってしまう。
「もう……ダメなの……!?」
 そして、それはついにW号の車内にまで達した。携帯電話を握ったまま震える自らの手を見つめ、沙織がつぶやいて――







「まだです!」







 そんな空気を吹き飛ばしたのは、みほの上げたそんな一声だった。
 普段はもちろん、試合の時ですら声を荒らげることのないみほの大声に、思わず誰もが言葉を失う中、みほは続ける。
「全車、落ちついて、敵フラッグ車を叩くことに集中してください!
 フラッグ車に王手をかけているのは、サンダースだけじゃない……私達も同じなんです!」
 みほの言葉に、自分達もまた相手を追い詰めていることを思い出し、みんなの折れかけた心が持ち直していく。思わずみほへと振り向いて――優花里は見た。
「フラッグ車さえ叩けば勝ちなんです!
 あきらめたら……負けなんです!」
 そう呼びかけるみほが、震える自身の左手を、右手で懸命に抑え込んでいるのを。
 みほだって不安なのだ――いや、根はその優しさゆえに気弱なところのあるみほだ。自分達よりもずっと、ずっと不安だったに違いない。
 それなのに、自らの不安を必死になって押し殺して――
「大丈夫です」
 気がつけば、優花里は震えるみほの手に自らのそれを添えていた。
「西住殿の言う通りです!」
「あきらめるには、まだ早いですよね」
「そうだよ……私達、まだ負けてないよね!
 だって、まだあきらめてないもんっ!」
「ん」
 優花里だけではない。優花里に倣った華や下部座席の沙織、麻子も想いは同じで――
〈いやもうダメだよゆずちゃ〜んっ!〉
〈よしよし〉
 桃はやっぱり桃だった。
 と――
〈とあるバスケ漫画に、こんなセリフがありました〉
「柾木くん!?」
 突然の通信はジュンイチから。思わずみほが砲塔から顔を出すが、彼の姿はどこにもなくて――
『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』ってな!〉
 続く言葉と同時――“それ”はきた。
 突然飛来した“何か”が、シャーマンの、ケイの隊長車を直撃したのだ――砲弾ではなく、しかし砲弾の如く飛んできた“何か”が。
「なっ、何!?」
 これにはケイも驚いて車内から顔を出してきた。いったい何が起きたのかと周囲を確認して――



「――引用、二連発だ」



 その声は、ケイの背後から聞こえた。
「後ろ!?」
「こんなヒーロー漫画のセリフをご存じかい?」
 振り向くケイの前で、“それ”はゆっくりと立ち上がり――
『もう大丈夫! なぜって?――』







「『私が来た!』」



『空の彼方からなんか来たぁーっ!?』







 言い放つジュンイチの姿に、ケイとみほの驚きの声が唱和した。



    ◇



 時間は少しだけさかのぼり――
「いー・とー・まき・まき・いー・とー・まき・まき・え〜い♪
 いー・とー・まき・まき・いー・とー・まき・まき・え〜い♪」
 どこぞのメカエイの好んだ鼻唄を口ずさみながら、ジュンイチは手元の糸巻きから“糸”を送り出しながら、シャーマンの中から顔を出した。
 先ほど乗員を全滅させたシャーマンの内、白旗の揚がらなかった一輌だ。
 “鹵獲”――歩兵にのみ許される特権的ルールで、白旗の揚がっていない戦車に限り、相手の戦車を奪い、自軍の戦力として運用することができる。
 ジュンイチがこのルールに則り、シャーマンに乗り込み、発進させた時、観戦していた観客達は皆、このままそのシャーマンでみほ達と合流するつもりなのだろうと考えた。
 しかし、ジュンイチがシャーマンを走らせたのは森を出るところまでだった――森を出たところでシャーマンを停止させると、砲塔をみほ達が戦っているエリアの方角に向ける。
 そして、“糸”を送り出しながら車内から出てきたのがまさに今。今度は砲塔の先端に向かい、取り出したのは“糸”を縒り合せて作った“紐”。
 その先端には網が編まれている。その網を砲の先端に被せると、車内から伸ばしてきている“糸”を手に取り準備完了。
 軌道計算はすでに万全。この角度、この方向で5秒後に主砲を発射すれば、“ちょうどド真ん中に降りられるだろう”
「よっしゃ、いくか。
 3、2、1、0! 飛んでけじゅんちゃんっ!」
 どこか気合の抜ける掛け声と同時、操縦席からの“糸”を引いた。結びつけられた“主砲の引き金が引かれ”――



 撃ち出された砲弾を網が捕まえ、その網を持つジュンイチを大空へと運び去った。



    ◇



「ほ、砲弾に、自分を運ばせた……!?
 なんて無茶を……っ!」
 こちらは応援席のマジノ組――ジュンイチの見せたとんでもない移動法に、ガレットが思わず驚きの声を上げるが、
「エクレール様……」
「えぇ」
 一方、エクレールは冷静だった。フォンデュの指摘に静かにうなずく。
「わたくし達との試合の最終局面……
 彼はW号を狙ったわたくし達の砲弾をつかみ、その勢いで飛ばされかけた。
 あの時、彼はそれをわたくし達への反撃への“溜め”に転用したけれど、今度はもっとシンプルに、移動手段として活用した……」



「でも、砲弾に引っ張ってもらって移動するなんてムチャするっスねー。
 下手すれば、砲弾の飛んでく勢いのまま地面にツッコんで大ケガしちゃうっスよ」
「いや、ケガじゃすまないよ……」
 アンツィオ組でも、ジュンイチの見せた移動法について持ちきりだ。呆れるペパロニに、カルパッチョが別の意味で呆れているが、
「その心配はないと思うぞ」
 そう答えたアンチョビは、何やら地図を広げてオーロラビジョンの端に表示されたマップと見比べている。どうやら発射点と着地点を確認しているようだが……
「……やっぱりだ」
「ドゥーチェ……?」
「姐さん……?」
「あのバカ、相変わらずこういうトンデモの裏でも抜け目なく計算してるな……
 きっちり、最大射程ほぼピッタリの距離を飛んでのけてるわ」
「射程……っスか?
 ……あれ? でも、シャーマンの射程ってもっと短くなかったっスか?」
「あー、ペパロニが言ってるのは“有効射程”のことだな。
 だが、今回問題なのはそっちじゃなくて――」



「“最大射程”、ですね……」
「あぁ」
 アンチョビの出した結論には、黒森峰側もたどりついていた。エリカのつぶやきに、まほがうなずく。
「一口に射程距離と言っても、その意味は複数ある。
 一般的な意味で使われているのは有効射程。すなわち“砲撃がカタログスペック通りの威力を維持できる最大距離”だ」
「つまり、まだその時点では砲弾は十分な勢いを残している……」
「その通りだ」



「対する最大射程は、“砲弾の勢いを使い切るまで飛ばせる、飛距離の最大値”……
 つまりは、最大射程を飛び切った砲弾はその勢いを完全に失っている……」
「彼はその最大射程をちゃんと計算していたのね。
 自分の体重も込みで、砲弾の勢いを完全に使い切る最大の距離をピッタリ飛ばしてみせたのよ」
 そして聖グロリアーナ側。オレンジペコに捕捉するとダージリンは紅茶を一口。
「もっとも、それでも速度と衝撃はそうとうなものだったろうけど。
 それでも、彼の強靭な骨格であれば十分に耐えられるレベルには緩和されたようね」
「……そうでもないみたいですよ」
「あら?」
 オレンジペコの指摘に、ダージリンがオーロラビジョンへと視線を戻すと、
〈くぅ〜〜…………っ!〉
「あら、本当ね」
 シャーマンの車上で、足のしびれに懸命に耐えるジュンイチの姿がそこにあった。



    ◇



「〜〜〜〜〜〜っ! っはぁ……
 カッコつけるまでは耐えられたんだけどなぁ……やっぱダイレクト着地はきっついわぁ。
 次からはちゃんと衝撃分散しよ。三点……いや、五点着地ぐらいしないとダメかな……?」
「な、ななな……っ!?」
 ようやく両足のしびれの取れてきたジュンイチが、右足を軽く振りながらつぶやく――対し、ケイは目の前で見せつけられたトンデモナイ光景に未だ驚きから立ち直れずにいた。言葉を発することもできずに口をパクパクさせるばかりで――
「隊長!」
「――――っ!」
「おっと」
 動いたのはとなりのシャーマンの車長――マシンガンでばらまいたペイント弾を、ジュンイチは反対側のとなりを走るシャーマンの上に跳び移ることで回避する。
「ハッ、冷静なのがいるじゃないの!」
「当然よ!
 私の自慢の、チームメイトなんだからね!」
 そして、その銃撃はケイを我に返らせる上でも一役買っていた。ジュンイチに答え、ケイもマシンガンでジュンイチを狙うが、当のジュンイチはすでに跳んでいた。ケイの頭上を飛び越え、反対側――最初に自分を狙ってきた車長のシャーマンの上に跳び移る。
 その後もジュンイチの軽業オンステージだ。懸命に狙ってくるケイ達を翻弄し、四輌のシャーマンの上を身軽に跳び回る。
 シャーマン各車の車長がそんな感じでジュンイチに振り回されていれば、当然砲手への指示が疎かになる――各自それぞれの判断で攻撃を続けているが、さすがに車長の指揮下にある時のような精細さは失われる。
 結果、みほ達大洗戦車隊への攻撃も先ほどまでよりは幾分かマシになってきていて――
「相変わらず身軽なヤツだ!
 まるでかのフランスの大怪盗、アルセーヌ・ルパンのようだ!」
「いや、服部半蔵か風魔小太郎か……」
「義経の八艘跳びだろ」
『それだ!』
 せっかくできた余裕を、カバさんチームが余計なところに注ぎ込んでいた。
 一方、ペイント弾をかわし続けていたジュンイチは相変わらずシャーマンの上を跳び回っていた。
 対し、ジュンイチがずっとシャーマンの上“だけを”跳び回っていることから、その動きに慣れてきたケイ達の狙いが徐々に正確になってきている。まだ命中弾こそないが、際どい射撃か増えてきている――



 それがジュンイチの狙いだとも知らないで。



 真ん中、ケイの隊長車に降り立つと同時に一際高く跳んだ。今度はどの“シャーマンの”上に跳び移るのかと周囲のシャーマンに意識を向けるケイや車長達だったが、
「ワンパターンに、慣れ過ぎだぜ!」
 一定のパターンに慣らし、急にパターンを外すことで相手の対応をすり抜ける。相手の虚を突く典型手段――ジュンイチが降り立ったのはシャーマンはシャーマンでもM4改――ファイアフライ。ジュンイチにかき回されるシャーマン隊を尻目に先行していたそれの上に、一足飛びに跳び移ったのだ。
「しまった!
 最初からファイアフライを狙ってたのね!?」
 少し考えれば、大洗にとって一番排除したい戦車が何かぐらいすぐにわかっただろうが、ジュンイチのトンデモナイ登場とその後シャーマンばかりをかまいに来たことで完全に失念していた。何から何まで計算ずくだったのかと、ケイが思わず声を上げる。
「オラオラ、いるのはわかってんだよー。出てこいよー」
 一方のジュンイチは完全にチンピラのノリで、しかし容赦なく砲塔のハッチ、そのロック部分を的確に苦無でグサグサと突き刺している。このままではハッチのロックを破壊され、無理矢理ハッチをこじ開けられるのも時間の問題だ。
「させるもんですか!」
「動きを止めてる今なら!」
 しかし、ファイアフライのハッチをこじ開けようと動きを止めている今は、こちらの攻撃を当てる絶好のチャンスだ。ペイント弾入りマシンガンをかまえた車長達の指示で、二輌のシャーマンが加速。ジュンイチを乗せたファイアフライへと追いついていく――



 この時、彼女達はミスを犯していた――否、ミスを犯すよう、誘導されていた。
 せっかく、ジュンイチが前方を走るファイアフライの上に跳び移ったのだから、シャーマンの機銃でペイント弾を雨アラレとお見舞いしてやればよかったのだ。
 しかしその直前、自分達の真上、機銃では狙えないところを好き放題に跳び回られ、その対応に躍起になっていたことが、彼女達の頭の中のその選択肢を覆い隠してしまった。
 何度も意表を突かれ、思考の余裕を奪われたことで、安易に「今までマシンガンで対応してたんだから今回もマシンガンで」と思わされてしまった。
 そして、それらがすべて、意図的に誘導されていたと彼女達が気づいたのは――







「ぅうぇるかぁ〜む♪」







 自分達の接近に対し、ジュンイチが“悪魔の笑み”と共に振り向いた、その瞬間のことであった。



 この状況がワナであったと、ここにきてようやく気づく――しかし、気づけただけだ。どんなワナか、までは見抜けなかったことが彼女達の動きを一瞬迷わせた。
 だが、ジュンイチにはその一瞬で十分だった。投げつけた“糸”が、左右に追いついてきたシャーマンの主砲、その砲身に絡みつく。
 “糸”の、それぞれの反対側は足元、ファイアフライの砲身にすでに巻きつけられている――次いで取り出したのは毎度おなじみの苦無手榴弾。
 迷うことなく左右のシャーマン、その転輪に投げつける――その一撃は標的を正確に破壊。片側の履帯を送る力を失った二輌のシャーマンはその車体を内側に向ける形であっけなく各坐する。
 そして、そのシャーマン二輌はジュンイチの“糸”によってファイアフライとつながっていた。つまり――
「ぅおぉっ!?」
 こうなる。引っ張られたファイアフライが大きく揺らされ、ナオミが思わず声を上げる――さすがに耐え切れるものではなく、“糸”はあっけなく引き千切られるが、それでも姿勢を乱されたファイアフライはその照準を大洗の戦車隊から大きく外してしまう。
「あんこう! 今だ!」



    ◇



「了解です!
 華さん!」
「わかりました!」
 ジュンイチが後ろで暴れてくれたおかげで、サンダース側の追撃戦力はもはやケイの隊長車とナオミのファイアフライの二輌だけ。しかもファイアフライは大きく姿勢を崩してこちらを狙うどころではない。
 こんな好機、逃すワケにはいかない――みほにうなずき、華は照準のスコープをのぞき込んだ。
「華! 撃って撃って撃ちまくって!」
 と、そんな華にエールを送るのは沙織だ。
「『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』って言うじゃない! 恋愛だってそうだし!」
〈当てたことあるのか?〉
「それ以前に当てたいと思った相手に出会ったことあるのか?」
「ハイそこ二人うっさいっ!」
 ツッコんでくるジュンイチと麻子に沙織がすかさず言い返して――
「……いえ。
 一発でいいはずです」
『〈え…………?』〉
 華の答えに、騒いでいた三人の声がハモる――かまうことなく、華は麻子へと声をかけた。
「冷泉さん。
 右手の丘の上に登っていただけますか?」
「丘の上……?」
〈――そうか! 稜線射撃!〉
 華の言葉に、その意図が読めずに首をかしげる沙織だったが、一方のジュンイチは正確にその狙いを読み解いていた。
「後ろをとられている状況での稜線射撃……後ろから狙われるリスクは大きいけど、確実性は上がる……っ!
 ……わかりました、賭けてみましょう! 冷泉さん!」
「ん」
 一方でみほも、もうこれに賭けるしかないと悟っていた。改めて麻子に指示を出して――
〈西住隊長! 後ろだ!〉
「――――っ!?」
 エルヴィンからの警告の通信に後ろを見ると、早くも体勢を立て直したファイアフライが、自分達に狙いをつけている。
「もう立て直してる!?」
「フラッグ無視してこっちって……稜線射撃狙いもバレてます!」
「華さん!」
「もう少し……っ!」
 沙織や優花里が声を上げる中呼びかけるみほだが、W号はまだ坂を登り切っていないため、華はまだアリサの乗る敵フラッグ車を狙うことができない。
 つまり――
「ダメです! ファイアフライの方が早い!」
「やだもーっ!」
 優花里や沙織の悲鳴と共に、ファイアフライが発砲して――











 外した。











「な!?」
「え……!?」
「ウソ!? ナオミが外した!?」
 これには撃ったナオミはもちろん、やられると覚悟したみほも、ケイも思わず声を上げ――
「撃て! 五十鈴さん!」
「――っ、華さん!」
 ジュンイチの声にみほが我に返った。足元の、砲手席の華に声をかけるが、
「……華を活ける時のように、集中して……っ!」
 当の華にはすでに聞こえていなかった。照準スコープの視界に敵フラッグ車を捉えたその瞬間から、無関係な情報をシャットアウトし、狙いを合わせることのみに集中力の総てを注ぎ込んでいる。
「ファイアフライが次の弾を込めるまでが、勝負……っ!」
「――っ、させないっ!」
 ナオミが狙いを外してくれたものの、できた猶予はそれほど多くない。焦れるみほに対しケイも動いた。次弾を装填しているファイアフライに代わり、W号に狙いをつけて――



 決着は、一瞬でついた。



 W号とケイのシャーマンの砲撃はほぼ同時――W号の放った砲弾はアリサのフラッグ車を直撃、衝撃でアリサ車がスピンして停車する。
 そして、W号のエンジンを正確に捉えていたケイ達の砲弾は――
「させねぇよっ!」
 割って入ったのはもちろんジュンイチ――先ほどファイアフライが砲撃を外した時、一同が驚き、動きを止めてしまったあの時にも止まることなく全力疾走、ケイ達を追い抜き、回り込んでいたのだ。
 シャーマンの砲弾が自身の真横に到達した一瞬を正確に捉えて砲弾に手をそえる。素早く身をひるがえすと、回転半径の狭さが生み出す、砲弾の速度のさらに上を行く回転速度をもって砲弾のベクトルを自身の回転ベクトルの中に巻き込んでしまう。
 そうして振り回す砲弾を視界に捉えた標的に向けて正確にリリースし――ジュンイチの“砲弾返し”が、ケイのシャーマンを撃ち抜いた。



 一瞬の間に砲弾が飛び交い、静寂――
「――どうなったの!?」
「判定は!?」
 その中でいち早く状況の確認に動いたのは両チームの隊長だ。みほが、ケイがあわててそれぞれの戦車の中から顔を出す中――











 シュポンッ、と音を立てて、アリサのフラッグ車から白旗が揚がった。











〈サンダース、フラッグ車走行不能!
 よって――大洗女子の勝利!〉
 通信と場内放送、両方から聞こえる審判団の宣言が、大洗の勝利を告げる――それを聞き、ジュンイチはダッシュの速度を緩めた。
 万が一W号がフラッグ車を仕留め損なった時のために、ケイのシャーマンに続いてファイアフライも叩くべく駆けていたのだ。しかしその必要もなくなり、ファイアフライの目の前で足を止めた。
 ハァァァァァ……と深く息をつき――
「……ぃよっ、しゃあっ!」
 練習試合ではない、正真正銘の公式戦。そのデビュー戦を優勝候補の一角の撃破という大金星で飾れたことに、さすがのジュンイチも歓喜の声を上げる。
「やってくれたぜ、五十鈴さん!
 さすが“大洗のゴルゴ13”! 見事一発で決めてくれましたァッ!」
「……わたくし、そんなあだ名で呼ばれてるんですか……?」
 ジュンイチからの称賛の声に、W号の車内で華が首をかしげる。そんな華に対し、みほ達は――
『………………』
 一斉に、ぷいと視線をそらした。どうやら知らなかったのは当人だけらしい。
 一方、自分の称賛のせいでW号の車内が微妙な空気になっているとは露知らず、ジュンイチは初勝利を喜んでいたが、
「…………あ」
 右手に持ったままの“それ”のことを思い出した。
 ファイアフライの車内に放り込むつもりでいたペイント手榴弾だ――ただ問題なのは、放り込むつもりでいたがために、すでにピンが抜かれているということだ。
 幸い時間経過ではなく、落ちた時の衝撃で炸裂するタイプなので、このまま持ち続けていれば問題はないが――
『――――あ』
 それはまったくの偶然。ファイアフライから出てきたナオミと目が合った。
 一切何の意味もなく、ただ目が合った惰性で見つめ合うこと数秒――



「……いる?」
「いるかっ!」



 間髪入れず迷いなく、実にキレのいいツッコミが返ってきた。



    ◇



「一同、礼っ!」
『ありがとうございました!』
 戦車道は礼に始まり礼に終わる――審判団の号令で、代表して整列した両チームの車長が一礼、同時に観客席から拍手の嵐が巻き起こる。
「すごい拍手……」
「私達、勝ったんだね!」
「シャーマン相手に勝てるなんて……っ!」
 会場の盛り上がりに華や沙織が、サンダースに勝ったという事実に優花里が、それぞれ喜びや興奮、戸惑いの入り混じった様子でつぶやいていると、
「あなたがキャプテン?」
 そんな仲間達の元へと戻って来たみほを追いかけてきて、声をかけてきたのはケイだった。
「は、はい……」
 いったい何の用かと思ったが、かといって放置もできないとみほが返事して――
「Oh,Exciting!」
「ひゃあっ!?」
 いきなり、ケイが楽しげに抱きついてきた。
 突然の、あまりのことにみほの頭が真っ白になる――かまわず、ケイはそんなみほのみならずあんこうチームのチームメイト達にも次々にハグしていき――
「おっと」
「あら」
 ジュンイチの番になったところで、彼に両腕を抑えられ阻止された。
「アメリカかぶれもけっこうだけど、ここは日本だ――年頃の女の子が家族でも何でもない異性に簡単に抱きつくのは感心しないな」
「つれないわね。
 私とキミの仲じゃない」
「どんな仲だ」
「試合で戦った仲」
「……異性にハグが許される理由になるか、それ?」
「健闘をたたえて、ってこと……でっ!」
「させるかっ」
 スキをついてハグしようとしたケイが再び止められた。ケイの両手がつかまれ、四つ手に組み合う形となり、
「あぁっ! あれはっ!?」
「知ってるの、桂利奈!?」
「あれは千日戦争サウザンド・ウォーズの構え!
 あまりに実力が伯仲していて、千日戦っても決着がつかないことを表すといわれる、伝説の構え……っ!」
 桂利奈があゆみを巻き込んでさっそくネタにしていた。
「あ、あの……」
 いつものことながらまた話がカオスな方向に脱線しそうだったので、勇気を振り絞って声をかけるみほだったが、
「ん? どしたのー?
 まさかハグが足りなかった? 嬉しいこと言ってくれるわねー♪」
「ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 力及ばず巻き込まれた。あっさりと標的を変更してきたケイに再び捕まる。しかも今度はなでられたり頬ずりされたりとスキンシップもより過激なことになっている。
 「あぁ、こりゃダメだ。もー止まらんわ」とばかりに周囲があきらめムードの中、
「Hey」
 ジュンイチに声をかけてきたのはナオミだった。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだけど」
「んー? 何?」
「最後の、稜線射撃を巡る攻防の時……あの時、確かにW号に照準を合わせたはずの私の砲撃が外れた。
 それまで正確に狙えていた照準が、あの一撃だけ完全に狂っていた……何かしたのかい?」
「もちろん♪
 心当たり、もうあるんじゃない? オレがファイアフライの砲身に何したかを把握していれば……ね」
「……なるほど。
 やっぱり“あの時”に、照準が狂っていたのか」
「そゆコト」
「え? 何? どういうこと?」
 互いに察したジュンイチとナオミの主語を欠いたやり取りに、首をかしげたのは沙織だ――そんな彼女に、ジュンイチが説明してやる。
「あの直前、オレはファイアフライの主砲、その砲身と両横のシャーマンをつないだ上で、シャーマンを各坐させた。
 ファイアフライの砲塔を、各坐したシャーマンに引っ張らせることで、その砲身をへし曲げてやるために、ね」
「でも、あの時、糸すぐに切れちゃったじゃない。
 だとしたら、その作戦は失敗してたんじゃ……?」
「見た目はね」
 沙織に答えたのはジュンイチではなくナオミだった。
「彼は計算していたのさ。
 左右じゃない、各坐したシャーマンに引っ張らせることで前後に力を加えて、目に見えないわずかな、けど照準を狂わせるには十分な、そんな微妙な歪みだけを砲身に加えるように。
 思うに、あの糸、必要以上の力が加わらないように、必要以上に力が加わったら千切れるようにわざと傷を入れてたんじゃないのかい? だからあんなにあっさり糸が千切れた……」
「正解。
 明らかに目に見える形で砲身をひしゃげさせたんじゃ、体当たりなり機銃なり、別の方法で稜線射撃を妨害される……だから、一見、パッと見の感じでは歪んでいないような、その程度の歪みに留めた。
 照準を狂わされたと気づいてなければ、必ず主砲で、確実に仕留めにいくだろうからな」
「そして私は、まんまとキミの目論見に引っかかったワケだ。
 まったく、あれだけ動き回りながらそこまで計算してたとはね……」
「でもねぇさ。
 割とギャンブル風味強かったんだぜ、アレ――バカスカ撃った後で砲身熱ダレ起こしてたのは確定。その強度低下の度合いまで計算に入れなきゃならなかったんだから」
 ジュンイチの説明に「降参」とばかりに両手を上げたナオミがため息をつき――と、話している間に十分に堪能したのか、ようやくケイはみほを解放した。
「今日は楽しかったわ! Thank you!」
「い、いえ、こちらこそ……」
「でも、悪いしたわね。
 通信傍受なんてマネしちゃって」
 応えるみほだったが、ケイは少し申し訳なさそうにそう付け加えるが、
「試合中にも言わなかったっけ?
 こっちもやり返したんだ。あいこだ、あいこ」
 「またこの話か……」と少し面倒臭そうに頭をかきながら答えるのはジュンイチだ。
「でも、最初に仕掛けたのはこっちよ。
 こっちが傍受しなかったら、そっちもしなかったんじゃない?」
「さぁて、どうだろうね?」
「含みを持たせたわね?」
「だって、正直言えばやり返したのってただ単にそれが有効な手段だと判断したから、それだけだからな。
 意趣返しの意図がなかったとは言わないけど、別にソレ100%だったワケじゃないし、他にもっと有効な作戦があれば迷わずそっちを採用したさ」
 あっさりとジュンイチはそう答えた。
「要するに、使われたこと自体は何とも思っちゃいないってこと。
 試合前にお邪魔した時に傍受機のことは見てたからな。そしてルール上使うのは問題なしってのは確認済み。
 オレがそっちの立場なら、実際使うかどうかはともかく作戦の選択肢には組み込むさ」
「でも、フェアじゃないわ。
 私達がやってるのは戦争じゃない、戦車道だもの。道をはずれたら、戦車道じゃないわ」
「うーん、そこはどこに『フェアプレイか否か』のラインを引くかで人それぞれだと思うな、オレは」
「キミ的には傍受はセーフ?」
「前に、そっちスパイしに出向いた時に言わなかったっけ?
 オレは『傍受は』じゃなくて、『ルール上認められていることは全部』セーフな人なんですけど?」
 そう答えると、ジュンイチは息をついてケイをまっすぐに見返して、
「傍受の話で言うなら、傍受ができるってことは、傍受機を買える金や手に入れられる流通ルートを持ってるってことだ。
 それは、アンタらが持ってる、アンタらの力、アンタらの強みだ。持ってないヤツらに気がねする必要なんてない。思いっきり使っちまっていいんだよ。
 むしろ、作戦上出番がないならともかく、使える手札を最初から選択肢から外すのは、そんなのはフェアプレイじゃない、ただの手抜きだし、『あんなヤツらこの手を使わなくたって勝てる』なんて相手を見くびった舐めプだよ」
 そして、ジュンイチはケイに対してフンと鼻を鳴らして仁王立ちし、
「戦車の性能も乗り手の技術も、財力も知力もドンと来いだ。切れる手札があるなら、根こそぎ全部切ってかかってこい。
 オレ達は――」



「そいつを蹴散らし上に行く」



「――――――っ」
 ジュンイチのその宣言に、ケイは目を丸くした。
「つまり……相手に全力出させて、その上で勝つ――と?」
「そのくらいできなきゃ、全国の頂になんて立てねぇよ。この大会を舐めてかかってるつもりはないんでね」
 迷わず断言するジュンイチに対し、ケイはなぜか無言で視線を伏せ、うつむいてしまった。
「……ケイさん?」
 いったいどうしたのかとみほが声をかけると、ケイの肩がプルプルと震え始めて――
「ン〜ッ、Amazing!」
「ぅだぁっ!?」
 再びハグしようとしてきたので、ジュンイチがとっさに防ぐ――が、さっきよりテンションが高いせいか、さすがのジュンイチも少し気圧され気味だ。
「何それ! カッコイイじゃないっ!
 久しぶりにシビれたわっ!」
「そ、そいつぁどー……もっ!」
 ケイに返すと同時、ジュンイチは彼女を受け流した。たたらを踏みながらも転ぶことなく踏みとどまると、ケイはこちらへと向き直る。
「もうっ、つれないわね。
 でも……うん、気に入ったわ!」
「……『気に入った』……?」
「えぇ」
 なんとなくイヤな予感がした。眉をひそめるジュンイチに対し、ケイは笑顔で人さし指を突きつけ、
「マッキー……ううん、ジュンイチ。
 あなた――」



「ウチに来る気ない?」



「えぇっ!?」
 突然のケイの提案に、驚きの声を上げたのは優花里だった。
「そ、そそそ、それって、柾木殿が……」
「スカウトされてる……と思っていいのかな? それ」
「Yes!」
 迷うことなくうなずいてくれた。
「もちろん、この大会が終わってからでかまわないわ。卒業したらサンダース大に来るってことでもOK。
 あなたとなら、今よりもっと楽しく戦車道ができそうだから……ねぇ、どうかしら?」
「ったく、高く買われたもんだな……」
 うめいて、ジュンイチは頭をかきながら深くため息をつく――そんなジュンイチの姿を、みほは不安げに見つめていた。
(柾木くんが……大洗から、いなくなる……!?)
 突然突きつけられた可能性が、みほの心にのしかかってくる。ケイは「大会が終わってからでかまわない」と言ってくれたが、それも何の慰めにもなっていない。
 見れば、沙織を始めとして他のチームメイト達も、一様にジュンイチへと不安げな視線を向けていて――











「だが断る」











『………………え?』
 そんな、不安に絡め取られた思考でジュンイチのその言葉の意味を理解するには、実に数秒を要した。
「悪いね。
 ひじょーに魅力的な話だけど……その誘いには乗れねぇよ。
 こちとら、戦車道以外にもあるんでね、大洗にいたい理由」
「そうなんだ。じゃ、しょうがないわね」
 ジュンイチの答えに、ケイはあっさりと引き下がった。アメリカ気質のサンダースらしいサッパリとした引き際の良さだ。
「えっと……柾木くん……?」
「それって……まさか……」
「あぁ」
 まだ飲み込めていないのか、恐る恐る声をかけるみほや沙織だったが、ジュンイチはあっさりとうなずいてみせた。
「大会がどうとか関係ねぇよ。
 これからもオレは、大洗の特例在校生徒だ」
「本当ですか!?」
「おう、大マジ。
 もし卒業前に大洗を離れることがあるとすれば、それは特例在校資格を失った時か……っと」
「柾木くん……?」
「いや、オレのカン違い。
 よく考えたら、こっちの理由も“特例在校資格の喪失”に入るわ」
 華に答えかけた言葉が不意に途切れた。首をかしげるみほにそう答え、
(そう、含まれるんだよね……)
 そこからは内心で付け加えた。
(だって、もうひとつの理由は……)



(元の世界に、帰ることになった時、なんだから……)



    ◇



「じゃあ、私達はもう行くわね。
 二回戦、がんばってね」
「一応ツッコんどくけど、別にやましいことしたワケじゃねぇんだから、自分の作戦の好みと違ったぐらいでアリサちゃんのこと怒らないでやれよー」
 声をかけるジュンイチに、振り向くことなく右手を挙げるのみで答える――颯爽と去っていくケイを見送ると、ジュンイチはみほ達へと振り向き、
「さて、それじゃ、オレ達も撤収といこうか」
「えー? もうちょっと余韻にひたらせてよー」
「早くしないと、今夜生徒会が(勝手にオレんち会場にして)予定してる祝勝会が明日に順延になるが」
「ほらみんな! 早く帰るよ! 帰るまでが試合なんだからねっ!」
 こういうところの変わり身の早さはさすがだ。ジュンイチの一言で清々しいまでにノリが180度反転。テキパキと撤収準備を始める沙織の姿にみほ達が苦笑して――

 ニャーンッ。ニャーンッ。

「むっ!? 生後半年から一年前後の可愛らしい子猫の鳴き声!?」
「え? 柾木殿?」
「今一瞬でものすごい勢いで食いついてきましたね……」
「そういえば、みぽりんの持ってたクマのぬいぐるみにも反応してたような……」
「柾木くん、あぁ見えて小動物の類が大好きだから……」
 聞こえてきた猫の鳴き声に即座に反応。声の主を探してキョロキョロと周囲を見回すジュンイチを前にみほ達が話していると、
「あ、私だ」

 ニャーンッ。ニャー【ピッ】

「って、お前の着メロかよっ!?」
 麻子が携帯電話を操作した途端に鳴き声が止んだ。ツッコむジュンイチの姿に「こんなネタどこかの演芸で見たなー」とみほが思い返していると、
「………………
 …………
 ……
 ………………え?」
 応答し、話していた麻子の顔色が変わった。
 基本ポーカーフェイスの麻子にしては珍しい反応だ。ジュンイチとみほが顔を見合わせていると、最後に「はい」とうなずいて麻子が通話を終えた。
「……どうしたの?」
「何でもない」
 尋ねる沙織に答える麻子だが、その全身はガタガタと震えていてどう見てもただ事ではない。携帯電話をしまうこともままならず、取り落としてしまう始末だ。
「ちょっ!? どう見ても『大丈夫』な反応じゃないでしょ、それ!?
 何があったの!?」
 落とした携帯電話を拾った沙織が詰め寄るが、麻子は視線をそらすだけで答えようとしない。
「ちょっと、麻k
「待て、武部さん」
 そんな麻子にさらに詰め寄ろうとした沙織だったが、そんな彼女をジュンイチが止めた。彼女に代わって麻子の前に進み出て、
「ばあちゃんに何かあったのか?」
「――――――っ」
 ジュンイチの指摘は効果てきめん。麻子の目が大きく見開かれ、全身の震えがますますひどくなる。
「……やっぱりか。
 日頃のお前と武部さんのやり取り聞いてて、お前が顔色を変えるぐらい、なおかつ武部さんにも言いづらいぐらい重大な話って言ったらそのくらいしかないと思ったけど……」
「麻子、本当なの?」
「………………うん」
 改めて沙織に問われ、ようやく麻子はうなずいた。
「おばぁが倒れて、病院に運ばれたって……」
『えぇっ!?』
「すぐに病院に!」
「でも、大洗までどうやって!?」
「学園艦に寄港してもらうしか……」
「撤収まで時間がかかります!」
 麻子の話の通りなら一大事だ。どうしようかと話し合うみほ達だったが、現状すぐに大洗に向かえる手段がない。
 と――
「――――――っ」
 意を決した麻子が動いた。いきなり靴を脱ぐと、会場のすぐ脇、目の前の海に向けて走り出す。
「ちょっ、麻子!?」
「泳いでいくっ」
「えぇっ!?」
「無茶ですよ!」
「それでも……っ!」
 沙織に答えた麻子をみほや優花里があわてて止めるが、麻子の決意は固くて――
「本土の総合病院だな?」
 そう麻子に尋ねるのはジュンイチだった。
「あ、あぁ……」
「あそこなら行ったことがある。“跳ぶ”のも不可能じゃないけど、下手に見られて騒ぎを起こされても出遅れるし、そこは避けないと……
 人目につかずに跳べる場所を選んでから跳ばないと……」
「柾木くん……?」
 麻子の答えに見当を始めるジュンイチにみほが声をかけるが、ジュンイチは思考に夢中で気がついていない。
「……よし、なんとか行けそうだ」
 どうやらプランがまとまったようだ。腹を括ったジュンイチが麻子へと向き直り――
「冷z



「私達の乗ってきたヘリを使って」



 口を開きかけたジュンイチの声が、背後からの凛とした声によって上書きされた。
 振り向くと、そこにいたのは――
「……お姉、ちゃん……!?」
「西住、まほ……」
 驚くみほやジュンイチを、エリカを伴った西住まほは軽く一瞥するが、すぐに視線を麻子に戻して、
「急いで」
「隊長! こんな子達にヘリを貸すなんて!」
「これも戦車道だ」
 異論をはさむエリカだったが、まほは迷いなくそれを一蹴する。そんな二人に、麻子は――
「……よろしく、頼む」
 まほの申し出を、受け入れた。



    ◇



 学園艦という立地上、試合を観戦する学校関係者の中にはヘリで空路を利用する者も多い。
 なので、戦車道に限らず本土で行われる中高校の大会の会場には臨時のヘリポートが用意されるのが一般的だ――そんなヘリポートの発着サークルに、まほ達の乗ってきたというヘリが誘導されてきた。
 フォッケ・アハゲリスFa223ドラッヘ――ドイツ製な辺りは黒森峰らしいが、今はそんなことはどうでもいい。
「操縦は任せたわよ」
「…………はい」
 エンジンに火を入れ、発進準備完了。機外からインカム越しに告げるまほだが、送迎を任されたエリカはまだまだ不服のようだ。
「早く乗って!」
 促すまほに一礼し、麻子がヘリに乗り込もうとすると、
「……私も行く!」
 沙織が麻子へと駆け寄った麻子を支えて、共にヘリへと乗り込み、
「……エリカ」
 操縦席のエリカには、まほからインカムを借りたジュンイチが声をかけた。
「……な、何よ?」
 真剣なその表情に思わずたじろぎながらエリカが問い返す。対し、ジュンイチは――



 深々と頭を下げた。



「二人を……頼む」
「…………わかったわよ」
 あのジュンイチが頭を下げるとは――面食らうエリカだったが、だからこそジュンイチが心から麻子を、付き添った沙織のことを案じていることは伝わった。短く答え、離陸したヘリは大洗の方角へと飛んでいく。
「……あ、ありがとう、お姉ちゃん……」
 ジュンイチからインカムを受け取り、まほが戻ってくる――礼を言うみほだったが、まほは応じることなく、そのままみほのとなりを通り過ぎ、去っていった。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第16話「真上からブチ抜く」


 

(初版:2018/07/16)