「明日はプラウダ、明後日は黒森峰の一回戦ですが……」
「ま、順当に勝つだろうねー」
 サンダースとの試合から明けて翌日。帰還した大洗の生徒会室で、報告する桃の言葉に杏は頬杖をついてそう返した。
「偵察には誰に行ってもらうことになってるんだっけ?」
「プラウダの試合にはカバさんチーム、黒森峰の試合にはウサギさんチームに行ってもらう予定ですね」
 そう杏に答えたのはお茶を運んできた柚子だ。
「黒森峰にウサギさんチーム?
 てっきり向こうの方にカバさんチーム行かせると思ってたけど。戦車戦についてはカバさんの方が詳しいんだし」
「西住さんはそのつもりだったみたいですけど、柾木くんが。
 『あの子達にトップチームの実力を肌で感じてもらういい機会だ』って」
「目をかけてるねぇ」
「実際、私達の素人目から見ても彼女達が一番伸びてるのはわかります。
 あの柾木くんの“合宿”でも……」
「ゆずちゃんあの話はやめてぇぇぇぇぇっ!」
 杏に答えかけた柚子の言葉に桃が悲鳴を上げる。どうやらここにもトラウマ組がいたようだ。
「しかし、それでもやはり、あんこうに行ってもらいたかったところですね……」
 柚子に「よしよし」と頭をなでられ、ようやく落ち着いた桃がコホンと咳払いし、話を軌道修正。
「どちらも強豪です。西住と柾木に直に見てもらった方が……」
「しょーがないよ。
 二人には直近の相手の試合を見に行ってもらわないといけないから、スケジュール空けとかないとねー」
「マジノか、それともアンツィオか……
 どちらもうちの子達と仲良くしてくれている相手なのに、その二校が戦った上に、次はその勝者と私達が戦わなくちゃならないなんて……
 トーナメント抽選の結果とはいえ、少し残酷な気がしますね……」
「西住ちゃんかチョビ子かエクレールちゃんか……果たしてクジ運悪かったのは誰なのかねー」
 複雑な想いを表すように苦笑する柚子に返すと、杏は逆に柚子に尋ねた。
「で――その西住ちゃんとあんこうは、今日はやっぱり?」
「はい。
 今日は学校を休んで、本土に……」

 

 


 

第16話
「真上からブチ抜く」

 


 

 

「ここですね……」
 大洗本土の総合病院、その入院棟10階――「冷泉」とのネームプレートがかけられた病室を前に、見舞いの花束を手にした華がつぶやいた。
 もちろん、みほに優花里、ジュンイチも一緒だ。代表してみほが病室の扉をノックしt



「もういいから帰んな!」



 しかし、扉の向こうから聞こえてた声に驚き、その手を止めてしまった。
「いつまでも病人扱いするんじゃないよ!
 アタシのことはいいから学校行きな! 遅刻なんかしたら許さないよっ!
 ……何だいその顔! 人の話ちゃんと聞いてんのかい!? いっつもお前は返事も愛想もなさすぎなんだよっ!」
「………………帰りますか?」
 優花里が思わずそう尋ねた気持ちは全員が理解できた。いったい誰が好き好んで、今まさに扉の向こうで吹き荒れている説教の嵐の中に飛び込みたいと思うだろうか。
 しかし――
「いえ、せっかく来たんですから、ここは突撃です」
「……五十鈴殿って、けっこう胆据わってますよね」
 すっかり気圧されてしまったみほに代わって前に出たのは華だ。優花里が思わずもらしたコメントにみほが苦笑し、
「さすがは大洗随一の鋼メンタルの持ち主。
 “鉄の女王アイゼン・ケーニギン”の二つ名は伊達じゃねぇな」
「……昨日も思いましたけど、そういうあだ名広めてるのって絶対柾木くんですよね……?」
 ジュンイチへは華からのツッコミが飛んだ。口笛まじりにそっぽを向いたジュンイチに軽くため息。
「柾木殿、柾木殿。
 私にも何か異名があったりするんですか?」
「オッドボール三t
「すいませんお願いしますそれだけはやめてください割とマジめに」
 そして速攻で優花里がいぢられた。
 そんな背後でのやり取りに呆れながら、華は改めて扉をノックし、中に入る。
「失礼します」
「あ、華。
 みぽりんにゆかりん、柾木くんまで。入って入って」
 一行に真っ先に反応したのは沙織だ。率先して一行を中に招き入れてくれる。
「何だい、あの子達は」
 一方、背を起こしたベッドに横たわりながらそんなジュンイチ達を怪訝そうに見る老婆、彼女が麻子の祖母、冷泉久子だろう。
「戦車道を一緒にやってる友達」
「戦車道? アンタがかい」
 さっきまで久子を懸命になだめていた麻子が彼女に答えた。再び怪訝そうな目を向けてきた久子に、みほ達が順に名乗り――
「柾木ジュンイチっス。
 大洗の特例在校制度でお世話になってます」
 そう名乗ったジュンイチにはギンッ!と鋭い視線が突き刺さった――「まぁ、年頃の娘を持つ保護者なら当然の反応だわな」とジュンイチもどこ吹く風であったが。
「わっ、私達、一回戦勝ったんだよ!」
「フンッ、一回戦ぐらい勝たなくてどうするんだい」
 明るい方向に話題を持っていこうとする沙織だったが、久子の反応はぞんざいだ。「ぐらい」扱いされたサンダースの人達にちょっとだけ同情するジュンイチだったが、その同情を「ま、いっか」であっさり放り投げる辺りどっちもどっちというところか。
「で? その戦車さん達がどうしたんだい?」
「試合の後、おばぁが倒れたって連絡を受けた時に一緒にいて……
 だからたぶん、心配してお見舞いに」
「私じゃなくてアンタの心配してくれたんだろうっ!」
 事情を説明する麻子だったが、そんな彼女にはやっぱり久子からの厳しい声。
「……わかってる」
「だったらちゃんとお礼言いな」
 厳しい声から一転、諭すような促す久子に、ジュンイチは「人の動かし方をよくわかってる」と内心で称賛。一方、麻子は少し恥ずかしそうに、
「わ、わざわざ……ありがとう……」
「少しは愛想よくできないのかいっ!」
 やっぱり“厳しいおばあちゃん”は“厳しいおばあちゃん”だった。
「……ありがとう」
「さっきと同じだよっ!」
「だから怒ったらまた血圧上がるって……」
「おばあちゃん、今朝まで意識なかったんだけど……起きたとたんにコレなんだもん」
「寝てなんていられないよっ!」
 と、今度はみほ達に説明する沙織にまで久子の剣幕が飛び火した。
「明日には退院するよっ!」
「いや、だからまだムリだって……」
「何言ってんだいっ! こんなところで寝てなんかいられないんだよっ!」
「おばぁ、みんなもいるんだからそのくらいで……」
 なんとかなだめようとする麻子だったが、久子は収まるどころかますますヒートアップ。そのあまりのパワフルぶりに、みほ達は思わず苦笑する。
「あの、花瓶あります?」
「ないけど、ナースステーションで借りられると思うよ。行こ」
 気を取り直し、改めて持ってきた花を飾ろうと言う華に沙織が答え、二人が病室を出ていく――手伝えることはないだろうが、ここに残って嵐に巻き込まれるのもゴメンだとジュンイチもその後に続k
「アンタ達もこんなところで油売ってないで、戦車に油さしてきたらどうなんだい」
「……誰がうまいこと言えと言った」
 すでに手遅れだったようだ。話を振られ、ため息まじりにその場に留まった。
「お前ももう帰んな。
 どうせみなさんの足引っ張ってんだろ」
「いえ、そんな……」
 と、久子の言葉にフォローの声を上げたのはみほで――
「冷泉さん、試合の時でもいつも冷静で、助かってます」
「『れいぜい』だけに『れいせい』ってか?」



 ………………

 …………

 ……



「ちょっと舞ってくる」
「わーっ! 柾木くん、ストップストップ!」
「止めるな西住さん。
 幸いここは病院だ。すぐ対処してくれるさ」
「いやいや、ムリですってば!
 ここ10階ですからっ! 対処する前に死んじゃいますからぁっ!」
「大丈夫だ秋山さん! 人間辞めてるオレはこの程度の高さじゃ死なんっ!
 つか舞わせろ! こんな渾身のボケを外すなんて、芸人として自分で自分が許せんっ! むしろそっちの理由で死ねるわーっ!」
『いつから芸人になったんですかーっ!?』



「……あの子達、いつもあんななのかい」
「…………割と」
 ボケは外したが久子の毒気を抜くことには成功したらしい。窓から身を投げようとするジュンイチとそれを止めようとするみほと優花里、ここが病室だということも忘れてぎゃあぎゃあと騒ぐ三人の姿に、呆れて言葉を交わす久子と麻子であった。







 なお、騒いだ三人はお医者様のみなさんからこの後メチャクチャ怒られた。







「じゃあ、おばぁ、また来るから」
 華の活けてくれた花を窓際に飾ると、そろそろ面会時間も終わりに近づいてきた。久子に告げると、麻子は病室を後にする。
 沙織はもちろん、華や優花里もその後に続き、最後にみほとジュンイチが――
「……あんな愛想のない子だけどね」
 そんな二人に、久子が声をかけた。
 窓の外を見ていて、その表情は伺い知れないが――
「……よろしく頼むよ」
「…………は



「イヤじゃボケ」



 みほがうなずくよりも早く、ジュンイチが迷わず一刀両断。
「ちょ、柾木くん……」
「ンな頼み聞けるかっつーの」
 いきなり何て事を――咎めるみほだったが、ジュンイチはさらにたたみかけると、こちらへと振り向いた久子をギロリとにらみつけた。
「『オレ達に冷泉さんのことを任せておけば、自分は安心して逝ける』ってか?
 ふざけんな。アンタの死ぬ準備の片棒なんぞ担いでたまるか。そんなに孫が大事なら、最後の最後まで自分が寄り添ってやれよ。死ぬまで命にしがみついて、死ぬまで一緒にいてやれよ」
「え…………?」
 ジュンイチの意外な指摘に、みほが目を丸くする――久子の苦虫をかみつぶしたような顔を見る限り、ジュンイチの言っていることは図星なのだろう。
 対し、ジュンイチはかまうことなくクルリときびすを返して――病室を出る前に、さらに付け加えた。
「それからもうひとつ。
 孫との付き合い方、もう少し考えた方がいいぜ――自分が死んでも悲しまないように、なんとか嫌われようと厳しくしてるみたいだけど、ぜんぜん効いちゃいねぇぞ。
 行くぜ、西住さん」
「あ、ちょっと、柾木くん!
 す、すみません! お邪魔しました!」
 言って、病室を後にするジュンイチを追って、みほは最後に一礼してから病室を出ていった。
 そして、病室には久子ひとりだけが残されて――
「……やれやれ」
 ため息をつき、久子はベッドに横になった。
「何から何までお見通しかい……
 まったく、とんでもない坊主だね。気持ち悪いったらありゃしないよ」
 悪態をついて、窓の外へと視線を向ける――そこには、先行していた麻子達に追いつくジュンイチやみほの姿があった。
「おかげで、まだまだ死ねなくなっちまったじゃないかい」
 しかし、その表情は、セリフとは裏腹に実に晴れやかで――
「あの子の花嫁姿を、“ぷろでゅーす”してあげなくちゃならなくなったからねぇ……」
 ついでに、何やら人間関係がややこしいことになりそうなフラグも立っていた。



    ◇



「……冷泉殿はともかくとして……」
「柾木くんのこんな姿、珍しいね」
「柾木くん、強がってたけど、ずっと冷泉さんのこと心配だったみたい。
 ゆうべも、ソワソワして一睡もしてなかったみたいで……」
 帰りの電車、席のひとつを占拠しているのは肩を預け合って眠るジュンイチと麻子――まるで兄妹のような微笑ましい光景に笑みを浮かべる優花里と沙織に、みほは昨夜のジュンイチの様子を思い出しながらそう答える。
 そう、昨夜のジュンイチは普段の彼からは想像もできないほどに落ち着きを欠いていた。
 強がって冷静を装おうとしていたがずっとソワソワしっぱなし。みほが床に就くまでの間にも、連絡を取ろうかと携帯電話を手に悩むこと15回。ひょっとしたら戻ってきてるんじゃないかと泊まっていく際にいつも使っている客間をのぞきに行くこと20回。
 もちろん作った夕・朝食は三人分。これで『気にしていない』などと言われても、いったい誰が信じるだろうか。
「でも、麻子さんのおばあさん、思ってたよりも元気そうでよかったね」
「えぇ」
 気を取り直したみほの言葉に、華も安心した様子でうなずいた。
「なんか、冷泉殿が『絶対単位が欲しい』『落第できない』って言ってた気持ちがわかりました……」
「おばあさんを、安心させてあげたいんですね……」
「うん……
 卒業して、早くそばにいてあげたいみたい」
 優花里と華に答えて、華と二人で向かいの席に座る沙織は眠る麻子の頭をなでてやる。
 そうこうしている内に、電車は大洗の駅へ。目を覚ましたジュンイチが麻子を背負い、帰ってからの夕食にとコンビニで軽く買い物を済ませた一行は港行きのバスへと乗り込んだ。
「麻子ね……ゆうべあまり寝てないんだ」
「あの冷泉殿がですか!?」
 その車内で改めて話し始めた沙織の話は意外なものだった。思わず声を上げた優花里にうなずいてみせる。
 だが優花里の驚きももっともだ。普段は常時睡魔に完全敗北している麻子が眠れなかったとは。それはつまり――
「それだけ、おばあさんのことが心配だったんですね……」
「もう何度も倒れてるからね……
 たったひとりの家族だし……」
「え…………?」
 華に答えた沙織の言葉に、みほは思わず首をかしげた。
「ご両親は……?」
「麻子が小学生の時に……事故で」
「………………っ」
 答えた沙織の言葉に、みほが「やっちゃった」と顔をしかめる――気まずい空気に誰もが口を開けないまま、バスは港のフェリー乗り場へと入っていった。







 フェリー乗り場に併設された乗り場から連絡船に乗り込み、大洗の学園艦へ――デッキに出て、みほは夜の海を眺めながら物想いにふけっていた。
 と――
「みぽりん、ここにいたんだ」
 声をかけられ、振り向くと、沙織が船内から出てきたところだった。
「みんなは?」
「寝てる。
 柾木くんが見ててくれてるよ」
 みほに答えると、沙織はみほのとなりまでやってきて、
「それより……みぽりんはどうしたの?
 こんなところでアンニュイな空気出しちゃって」
「うん……
 みんな、いろいろあるんだな……って」
「それって……麻子のこと?」
 聞き返す沙織に無言でうなずく――そんなみほに、沙織は彼女のとなりで、彼女と同じように海を眺めながら、
「麻子ね……前にみぽりんのこと心配してたよ」
「え…………?」
「みぽりん、ひとりで大洗に来たじゃない。
 家族と離れて……それも、前話してくれたみたいな気まずい感じで」
 と、そこで沙織は一度口をつぐんだ。
 言うべきかどうか、話を振っておいて何だがやはり迷う――しかし、それでも意を決して、続ける。
「麻子のお母さんってさ、おばあちゃんそっくりでね……亡くなる前にケンカしちゃったんだって」
「え…………?
 それって……」
「うん……
 『謝れなかった』って、ずっと後悔してるんだ……」



    ◇



「………………」
 連絡船は無事大洗の学園艦に合流し、帰宅――麻子については、沙織が自分の部屋に泊めるということで今日はいない。
 もう夕食も風呂も済ませ、眠るだけなのだが――そんな気にはなれなかったみほは、明かりを落とした柾木家の自室で携帯電話の画面を見つめていた。
 表示されているのは実家の電話番号――もちろんこんな時間からかけるつもりはないが。
 沙織があんな話をしたのは、きっと“そういう意味”なのだろう。しかし――
(電話しても、きっと……)

 

 あの日、みほは実家、西住家で母、しほと対面していた。
 居住スペースではなく、しほが西住流家元として来客と会う時に使う応接室――ここで話すということは、“母と娘”ではなく、“西住流家元とその継承者候補”としての会話であることを示していた。
「みほ――あなたも西住流に名を連ねる者なのよ。
 西住流は何があっても前へと進む流派。強きこと、勝つことを尊ぶことが伝統」
「でも、お母さん……」
「犠牲なくして、大きな勝利を得ることはできないのです」
 返そうとしたみほを、しほは強い言葉で一蹴する。
 どうしてこの人はわかってくれないのか。自分はただ、危険に陥った仲間を助けたかっただけなのに。
 だが、この人に自分の言葉は届かない。みほは一縷の望みをかけ、しほの後ろに控えるまほへと視線を向けた。
 自分はダメでも、姉の言葉なら。彼女ならきっと、自分のことをわかってくれている。そんなみほからのすがるような視線に対し、まほは――



 その視線を避けるように、静かに目を閉じた。



 ただ沈黙を選んだ姉の姿に、みほは自分の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。
 犠牲を強いてでも勝たなければならないという母の言葉が理解できない。
 勝つために、水没した戦車を見捨てるべきだったという周囲の声が理解できない。
(戦車道って……)
 もはやみほは――







(いったい、何なの……?)







 どうして自分が戦車道が好きだったのかも、わからなくなっていた。



    ◇



(……そしてあの子は、戦車道をやめた。
 黒森峰を逃げ出して、戦車道のない大洗へと転校して……)
 それはまったくの偶然。
 みほと同じ頃、当時を思い返していた人物ははるか西にもうひとり――寮の自室でベッドに横になり、エリカは心の中で回想をしめくくった。
 部屋の明かりを落としてすでに一時間。一向に眠気はやってこない。
 その原因は、すでにわかりすぎるほどにわかっている――
(アイツは言った。
 あの子は黒森峰の十連覇と引き換えに、戦車道そのものの未来を救った、って……)
 組み合わせ抽選会の日、ジュンイチから指摘されたことだ――あれ以来、それはずっとエリカの頭の中に居座り続けていた。
(……わかってる。アイツの言っていたように、あそこであの子が見捨てていたら、きっと……
 でも……だったら、私達はどうすればよかったっていうのよ……)
 あの頃、黒森峰はみほへの非難に満ちていた。
 OGや教師達、戦車道の先輩達はもちろん、普段は戦車道に興味を示さないような同級生達まで――誰もが期待していた“十連覇の偉業”を水泡に帰させたと、まるでそれが正しいことであるかのようにみほを責め立てた。
 みほをかばう姿勢を見せていたのはごくわずか。あの状況を冷静に分析し、みほひとりが悪いワケではないと気づいていた者、そして――しかし、そんな声は大多数の非難の声に押しつぶされた。“家元ですら収拾をつけられず、流派の空中分解を避けるために彼らの側につかざるを得なかったほどに”。
 彼女が正しいと思っていた人物は確かにいたのだ――しかし、誰も、何も、みほに味方がいるということすら伝えられないまま、みほは黒森峰を出ていった。
 そう、何もできなかった――



 “エリカは、みほを守ることができなかった”



    ◇



「……眠そうだな?」
「うん……」
 翌朝、登校の途上――眠そうに目をこするみほがジュンイチに答えるが、
「ゆうべ、ちょっと眠れなくて……」
「…………何?」
 続くみほの言葉にジュンイチが眉をひそめた。
「っかしいなぁ、布団はちゃんと干してフカフカだったし、メシの量も寝る時間にちょうどいい腹のすき具合になるように調整したはず……
 一度もてなしの内容全部見直してみるか……?」
「だっ、大丈夫だから! 私自身の問題だから!
 っていうか、私が住むことでそこまで考えていてくれたの!?」
 ブツブツと真剣な表情でつぶやきながら考え込み始めるジュンイチをみほがあわてて止める。以前ジュンイチはみほの友達がらみのイベントへの執着心に首をかしげていたが、そういう彼のこのもてなしへのこだわりも十分にアレだと思うみほであった。
「お前さん自身の……?
 ひょっとして、昨日の本土行きで何か思うところでも?」
「う、うん……」
 ともあれ、気を取り直したジュンイチにみほがうなずくと、



「……み、みぽり〜ん……柾木く〜ん……」



 背後からかけられた弱々しい声に二人が振り向くと、そこには――
「お、おはよ〜……」
「……だいたい予想通りの姿で現れたな、武部さん」
 ぐっすり眠ったままの麻子を背負った沙織が重さに耐えかねてプルプルと震えているのを見て、ジュンイチは軽くため息。
 小柄で決して重いとは言えない麻子だが、意識のない人間は目覚めている時以上に体重を感じさせる。沙織には文字通り、少々荷が重いだろう。
「大変だな。
 ま、学校まであと少しだ。がんばれー」
「柾木くんの鬼ーっ!」
 しかしジュンイチはあえて突き放す。理由は――
「手を貸さなくても大丈夫だと判断したんでな。
 オレの“新人研修”を乗り切った武部さんなら、冷泉さんなんて楽勝だぞー」
「私フィジカルDランクだったんだけど!?」
「腕力じゃなく技で支えろっつってんだよ。
 近接戦でCも取ってりゃ楽勝だよ――武部さん、近接ランクは?」
「…………Bです」
「なら平気だね。
 ホラ訓練を思い出せー。重心安定させろー」
「柾木くんの鬼教官ーっ!」



    ◇



「……ほら、コツ思い出したら楽勝だったろ?」
「………………本当に楽勝だった現実が憎い」
 結局、しっかりと背負い直したら学校まで余裕で登校できてしまった。校門を前にしたジュンイチの言葉に沙織は複雑な表情でそううめいた。
「うぅっ、私の理想のモテ女像ってこんなパワフルな女の子じゃなかったはずなんだけどなー」
「いや元々パワフルテンションの持ち主だったろお前」
「筋肉的な意味で!」
 ツッコんでくるジュンイチに沙織が言い返していると、
「冷泉さん、寝ながら登校なんていいご身分ね!」
 沙織の背中の麻子に向けて声をかけてくるのは校門で風紀指導をしていた――
「よっ、そど子先輩」
「そ・の・み・ど・り・こ!」
 あいさつするジュンイチにそど子が「名前で呼べ」と言い返すが、
「…………くー……」
「え? あ、ちょっと、冷泉さん?」
「……むにゃ……」
「え!? まだ寝てる!?
 いつもならもう起きてるのに!? 冷泉さん!? れいぜいさぁ〜ん!?」
 沙織の背中でまだ眠っている麻子の姿に、そど子はいつもと違う彼女の様子に大あわて。対し、麻子の眠りがいつもより深い理由に心当たりのあるジュンイチ達は苦笑するしかない。
「…………んぁ……」
「あ! やっと起きたのね!」
 と、そこでようやく麻子が目を覚ました。それを受けて、そど子は一旦離れると元の、さっきまで風紀指導をしていた位置まで戻って、
「冷泉さん、寝ながら登校なんていいご身分ね!」
((やり直した……))
 きちんと告げなければ気が済まなかったのだろうか、先ほどのセリフをそっくりそのまま繰り返すそど子の姿に、ジュンイチ達が心の中でツッコミを入れる。
 だが――
「おぉ〜……そど子ぉ……」
「え!? あ、ちょっと!?」
 麻子の頭はまだ完全には目覚めていなかった。沙織の背中から降りたまではよかったが、寝ぼけた様子でフラフラとそど子に歩み寄ってすがりつく。
「……ゾンビみてぇ」
「思ってもそういうことは口にしないの」
 思わずつぶやくジュンイチの脇腹を沙織が肘で小突いていると、
「…………あれ?」
 何かに気づいたらしいみほが声を上げた。
 彼女の視線を追ってみると、校舎にデカデカと垂れ幕がかかっていて――



 ――宿! 戦車道全国大会一回戦突破!



「すごーいっ!
 私達、注目の的になっちゃった!」
「生徒会が勝手にやってるだけよっ!」
「なるほど、あの誤字は桃姉の仕業か」
 自分達のことだとわかってはしゃぐ沙織には、麻子を何とか引きはがそうと奮闘しているそど子が答え、ジュンイチがそこからいろいろと看破した。
「それより冷泉さんを何とかしてよ!」
「見ていて非常に心和む光景なので却下ァッ!」
「だから何でそーゆーしょーもない理由で却下するのよぉっ!
 武部さん! 何とかして〜っ!」
「あー、園先輩。
 すみません。たぶん真面目にムリです……麻子、近接ランクトップクラスなんで、Bランク止まりの私じゃ……」
「近接ランクって何!? Bって何ぃ〜!?」
「ん〜……そど子ぉ〜」
「ちょっ、冷泉さんすりすりしないで! くすぐったぁははははっ!?」
 なんか、状況がカオスなことになり始めたので、みほはため息をついてそど子を助けに向かうのだった。



    ◇



 一方、件の生徒会では――
「はぁ……」
 あまりいい空気とは言えなかった。昼休み、会長室ではなく生徒会事務室で書類をまとめていた柚子は、不意に手を止めてため息をついた。
「今の戦力で二回戦、勝てるのかな……?」
「絶対に勝たねばならんのだっ!」
 迷わず強い口調で即答するのは桃だ。いきなりの大声に驚いたヒラ役員の何人かがビクリと身をすくませるが、声の主が桃だとわかると「あぁ、いつものアレか」と気を取り直して作業に戻っていった。
「二回戦の相手はアンツィオかマジノか、どっちになるだろうねー」
 と、そこらにあったオフィスチェアに座り、すべるようにやってきたのは杏だ。
「こやまはどっちが厄介だと思う?」
「……どちらも、それぞれ違った形で手ごわい相手になると思います」
 尋ねる杏に、柚子は少し考えた末にそう答えた。
「ま、どっちも私達の手の内知ってるしねー」
「はい……
 特にマジノは、一度私達と実際に戦って、実感としてこちらの戦い方を理解しています。
 それに、一度負けている分、対戦が叶えば雪辱戦としてより気合を入れてくると思います」
「アンツィオは?」
「いやぁ、そこは下馬評通りでしょ」
 柚子に尋ねる桃だったが、それには杏がツッコんだ。
「『アンツィオはノリと勢いがすべて。ノれなければ大したことはないけれど、調子にノられると手に負えない』……
 勢いづかれると怖い相手です」
「つまり、いかに調子に乗らせないかが重要、と……」
 柚子の言葉に桃がつぶやくが、柚子は首を左右に振った。
「たぶん、そこは手遅れだと思うよ、桃ちゃん。
 アンチョビさん、西住さん達と友達になって、対戦をものすごく楽しみにしてたから……」
「対戦が叶おうものなら、こっちもマジノ同様最初からテンションMAX、Climax-Jumpだろうねー」
「いや、そんなのん気な……」
「いーじゃんいーじゃんすげーじゃんっ、ってね。
 だーいじょうぶだって、こやま、かーしま」
 うめく柚子だが、杏はあくまで気楽なものだ。
「忘れてないかな?――」



「ノリと勢いは、チョビ子達だけの専売特許じゃないんだよ」



    ◇



 全国大会はまだ一回戦を突破したばかり、この先も戦いは続く――数日の後、戦車の修理期間を兼ねた休息も終わり、練習が再開された。
 再開されたのだが――
「一回戦を突破したからって気を抜くんじゃないぞ!
 次も絶対に勝ち抜くんだ! わかったか、腰抜けどm
「一回戦で一番腰抜かしてたヘタレがそのセリフを吐くなぁぁぁぁぁっ!」
「ノぉぉぉぉぉっ! アイアンクローは! アイアンクローはぁぁぁぁぁっ!」
 再開初日から、桃がジュンイチにオシオキされていた。
 まぁ、今日はもう練習も終わりだから、今さら桃にダウンされても一向に問題はないのだが。
「お疲れさまです、西住殿!」
「お疲れさまー」
 なので、もう目の前の光景にもすっかり慣れてしまった大洗の面々は桃の身に降りかかった災難(自業自得)を前にしても平常運転だ。声をかけてくる優花里にみほもいつもの調子で応える。
「今日もいい汗かきましたね」
「私、戦車に乗るようになってからやせたよー♪」
「2キロ減だっけか。オメデトー」
「何で知ってるの!?」
「今朝大喜び&大声で五十鈴さんに報告してたろーが。男子のオレがいるのもおかまいなしで」
「あれー!?」
 そして優花里に便乗した沙織が速攻でジュンイチにいぢられた。
「そういえば、私も少しだけ低血圧が改善されたようだ」
「血行がよくなったんですかねぇ?」
「血の気が増えたのかな?
 戦車乗りって、頭に血が上りやすい人多いし」
「えー? みぽりん、それあんま関係なくない?」
 一方で自分の近況に触れる麻子に優花里が返したところ、それに加わって来たみほが沙織にツッコまれた。
「しかし、最近寝つきがいいんだ。
 柾木の家に泊まる時は特に」
「それ、血圧云々よりもむしろ柾木殿の家の寝具の質の問題なんじゃ……」
「……柾木、嫁いでいいか?」
『えぇっ!?』
「ンな理由で嫁いでくんな」
 麻子の決断に一同驚愕、ジュンイチがため息まじりにツッコミを入れる――と、
「西住」
 そんな中、先のアイアンクローから復活してきた桃が声をかけてきた。振り向いてみると、柚子も一緒だ。
「アンツィオとマジノの試合の偵察の打ち合わせをする。柾木と二人で来い」
「それと、交換した方がいい部品について自動車部から報告が上がってきてるから、リストにまとめるのを手伝ってほしいんだけど……」
「あ、はい」
 二人に答えて、みほが後について行こうとするが、
「あ、いた! せんぱーいっ!」
 こちらを見つけて声を上げたのは忍を連れたあけびだ。
「照準をもっと早く合わせるにはどうしたらいいんですか!?」
「どうしてもカーブをうまく回れないんですけどっ!」
「あ、まっ、待ってね、順番に……」
 今は生徒会にも呼ばれているし、とみほが二人をなだめようとしていると、
「隊長、少しいいだろうか?」
「ずっと戦車に乗っていると臀部が痛いんだが、どうしたらいいだろうか?」
 と、今度はカバさんチームからエルヴィンと左衛門佐が登場。
 こうなるともう止まらないのが、個性派ぞろいの大洗チームなワケで――
「隊長! 戦車の中ってクーラー付けられないんですか!?」
「隊長! 戦車の話をしてると男友達が引いちゃうんですーっ!」
「私はカレシに逃げられましたーっ!」
「あ、あぅあぅあぅ……」
 しまいには一年生チームがプライベートを引っ提げ乱入。収拾のつかなくなってきた状況に、みほはもうてんてこまいで――



 ――ダォオンッ!



 響いたすさまじい轟音が、一同の動きを止めた。
 ジュンイチの仕業だ――空のドラム缶を叩き、その音で一同を止めたのだ。
 もっとも、一同を凍りつかせたのは音よりもむしろ、空とはいえたった一撃で大きくひしゃげたドラム缶の無残な姿の方であろうが。
「ま、柾木くん……」
「まったく、どいつもこいつもぎゃあぎゃあと……」
 なだめようと声をかけるみほにかまわず、ジュンイチは怒りを搾り出すかのように低い声で――
「どーして、オレのところには誰も相談に来nぶっ!?」
「怒るトコそこかいっ!」
 ジュンイチの怒声は顔面に叩きつけられた沙織のハリセンによって断ち切られた。
 と――
「えっとぉ……」
 遠慮がちに手を上げたのは優花里だ。
「柾木殿にノるワケじゃないですけど……メカニカルなことなら、私少しわかりますけど」
「書類関係でしたら、わたくしがお手伝いできると思うんですけど……」
「操縦関係なら、私が」
 優花里の後に続くのは華と麻子だ。
「……ま、そーゆーことだ。
 西住さんひとりに何でもかんでも持ってくんじゃねぇよ」
 そして、そんな一同に、ジュンイチははたかれた鼻をさすりながら改めて告げる。
「もちはもち屋ってヤツだよ。
 今や得意分野じゃ西住さん以上、なんてヤツぁゴロゴロしてるんだ。分担して効率よくいこうじゃねぇか」
「まったく……それが言いたいなら素直にそう言えばいいのに。
 とにかく、そういうことなら私も! 恋愛関係なら私が相談に乗るよーっ!」
 ジュンイチの言葉に呆れつつ、それなら自分もと名乗りを上げる沙織だったが、そんな沙織をジュンイチはしばし見返し――
「……さて、恋愛関係は誰を頼ればいいものか……」
「ちょっとーっ!? 私が相談に乗るってばーっ!」
 なかったことにしたジュンイチに、沙織がツッコミの声を上げた。



    ◇



「そういえば、V突は戦車なのか?」
「そりゃあ、“戦車”道に投入できるのだから戦車じゃないのか?」
「まぁ、広い意味では戦車で間違いはないですけど……正確には、砲兵科の支援車輛扱いですね」
 まずはカバさんチームに戦車のシステム面での助言に向かった優花里だ。尋ねる左衛門佐や口を挟むおりょうにそう答える。
「軽装歩兵のようなものか?」
「軽装歩兵……柾木のような?」
「いや、アレはむしろ重装歩兵だろ」
「まるで四次元ポケットでも持ってるんじゃないかってぐらいにいろいろ出してくるよな、あの男は」
「いや、柾木殿はいろいろとアレなので、分類不能ということで……
 で、V突については……」
 脱線した話を半ば無理矢理完結させて軌道修正しつつ、優花里は少し考えて、
「……自走砲、ですかね?」
『それだ!』



    ◇



「…………ふむ」
 パラパラとページをめくりつつ流し読み。最初から最後まで徹底的にクライマッ……もとい、終始そんな感じでマニュアルを一読すると、八九式の操縦席に座る麻子はレバー式の操縦桿を握った。
 迷うことなく発進、ガレージ内に手狭ながらも用意した練習スペースを、初めて操るとはとても思えないキレのある動きで八九式を走らせる。
 最後に、バックで駐車――置かれている壁役の荷物にピッタリギリギリのところで正確に停車。それも、後方確認を一切せず、感覚のみで――だ(良い子はマネしちゃダメ、絶対)。
「すごい……!」
「どうしたらそんなに上手く操縦できるんですか!?」
 見学していたアヒルさんチームから忍や典子が尋ねると、麻子は八九式の中から出てきて一言。
「マニュアルを見てなんとなくやればできる」
「普通はできませんよぉっ!」
「………………?」
 あけびにツッコまれ、心から首をかしげる麻子であった。



    ◇



「恋愛も、戦車と一緒だと思うんだ」
 結局、恋愛関係の話は沙織に一任されることになった――ピッ、と右の人さし指を立て、ウサギさんチームの面々を前にそう切り出した。
「前進あるのみ!って感じかな?
 押して押して押しまくるんだよっ!」
『お〜っ!』
 自信タップリに言いきるその姿に、ウサギさんチームの中から感嘆の声が上がる。
「すっごーい! さすが恋愛の達人!」
「そこにシビれる憧れる〜っ!」
 あゆみや桂利奈がはやし立て、優季も――
「今まで、何人くらいお付き合いされたんですか〜?」



「……うん、そうだよね。
 撃墜数ゼロの私が偉そうに言ってちゃダメだよね。うん、わかってた……」
「せ、先輩、大丈夫ですよっ!」
「それだけ女子力が高ければ、今にカレシのひとりや二人!」
 あゆみやあやが慰める一方で、優季がまたまた一言――
「『戦車が恋人』でいいじゃないですか〜」
『優季(ちゃん)ちょっと黙って!』

「え〜?」
 友人達から声をそろえてツッコまれ、優季はわかっていないのか首をかしげて――



「…………柾木先輩」



『………………』
 紗希のその一言で、その場の空気が静止した。
「……そーいえば」
「今のところ、一番近い異性っていえば柾木先輩だよね〜……」
 桂利奈や優季がつぶやき、一同の視線はやがてある人物に集中する。
 そう――沙織へと。
「え、えっと……何かな……?」
「先輩って、柾木先輩にアタックかけないんですか!?」
「同じチームだし、クラスも同じなんですよね!?」
「い、いや、えっと……」
 ウサギさんチームの面々に詰め寄られ、沙織は思わず返答に困る。というのも――
(そ、そーだったーっ!
 この子達一年生だから、私が去年柾木くんに返り討ちにされてるの知らないんだーっ!)
 そう、ジュンイチへのアプローチなどとっくにやった後だ――しかし、鈍感な上に身持ちの固いジュンイチから、逆に「軽々しくこんなマネするんじゃない」とガッツリお説教をもらってしまった。今となっては彼女にとって何より知られたくない黒歴史だ。
 さんざん恋愛マスターを自称して相談役を買って出た沙織としては、異性との交際経験が皆無なのがバレてしまった上にこの事実まで知られてしまうのはまさに恥の上塗り。何としても避けたいところだ。なので――
(ごめん、みぽりんっ!)
「い、いや、柾木くんのことだったら、むしろみぽりんの方がっ!」
 心中で謝りながら友人をイケニエに捧げた。みほの名前を出したことで、一同が『あぁ』と納得して――
「でもー、西住隊長と柾木先輩って、お付き合いしてませんよねー?」
 優季の一言によって、みほの犠牲は儚く空振りに終わった。
「まだチャンスはありますよ、武部先輩!」
「恋は戦い! あきらめちゃダメです!」
「あきらめたら負けなんですよね!」
「センパイ、ゴーゴー!」
「あ、いや、その……」
 何だか相談を引き受けたこっちが背中を押される形になってきた。ウサギさんチームに詰め寄られ、沙織は完全に圧倒されてしまう。
(うぅ〜っ、どうすればいいのよ、これぇっ!)
 苦し紛れにみほの名前を出したのが裏目に出た。このままでは、ジュンイチを巡ってみほと争う流れがウサギさんチームの中で確定しかねない。
 沙織の目から見て、みほがジュンイチのことを意識しているのは間違いないだろう。本人にその自覚があるのかどうかは怪しいものだが。
 しかし、沙織にとってみほは今や大切な親友のひとりに名を連ねる存在だ。そんなみほと、好きな人を巡って争うなど……
(――って、いやいや、それ以前に私、もう柾木くんのことなんて……)



 ――ズキン……ッ。



 胸に走った痛みを、沙織は苦悩のせいだと思うことにした。



    ◇



「グリスは1ダースでいいですか?」
「はい」
 生徒会室を抜け、書類を手に会長室へとやってきた柚子に、華が声をかける。うなずいて、柚子は彼女のとなりに腰を下ろした。
「その書類は……?」
「古い戦車の資料。
 せっかくだから、ここで一緒に整理しようと思って」
 尋ねた華に柚子が答えると、背後で書類とにらめっこしていたジュンイチが声をかけてきた。
「あ、そだ。
 五十鈴さん、自動車部から発注依頼の追加。加工用の鋼鉄資材をもう1ダースだってさ」
「はい。
 ……ずいぶんと未加工素材の発注が多いですね」
「あの変態職人ども、DIY感覚でパーツ手作りしやがるからなぁ」
「一からパーツを作ってるの!?」
「あぁ、そうだよ。
 買えばすむのを一から手作りって、どこのTOKIOだよって話だよなぁ」
 華とのやり取りに驚く柚子にジュンイチが答えるのを、みほはお茶を淹れながら聞いている――偵察の打ち合わせは早々に終わり、ジュンイチ達を手伝おうとしたが、戦車についてならともかく経理色の強い部品の発注関係となるとみほにはチンプンカンプンだった。
 それでもせめて何か――というワケで、こうしてお茶を用意してあげているのだが……
「それにしてもさー」
 かけられた声に振り向くと、やってきた杏が備えつけの冷蔵庫からパック牛乳を取り出していた。500mlの紙パック牛乳をグビグビと一気飲みすると改めてみほへと向き直る。
「チームもいい感じでまとまってきたじゃん。
 西住ちゃんのおかげだよ」
「そんな、私なんて……
 私よりも柾木くんの方が……」
 杏の賛辞に恐縮するみほだったが、
「まったく。
 自分に自信を持とうとしないのは、西住ちゃんの悪いクセだよ」
 そんなみほに苦笑して、杏は(おそらく彼女用に)用意されていた足場に上がるとみほの頭をなでてやる。
「じゅーぶんにがんばってるよ、西住ちゃんは。
 確かに、ジュンイっちゃんもみんなをまとめてるけど……ジュンイっちゃんがまとめてるのはみんなの“行動”。みんなの“気持ち”をまとめてるのは、間違いなく西住ちゃんだよ。
 サンダース戦でのあの演説、シビレたね〜♪」
「あ、あれは、その……無我夢中で……」
「それって、夢中な中で本音がポロッと出たってことだよねー」
 ダメだ。口では勝てない――どうあっても自分を持ち上げてくる杏に、みほはただただ圧倒されるばかりだ。
「私達がここまで勝ち進んで来られているのは、ジュンイっちゃんだけじゃない。西住ちゃんとジュンイっちゃん、二人のおかげだよ」
「いえ……お礼を言うのは、私の方です」
 しかし、杏からの謝辞には思うところがあった。謙遜しながらも杏に対してそう返す。
「最初はどうなるかと思ってましたけど……今までとは違った戦車道ができました」
「それはいいが……」
 と、そこに口をはさんできたのは、杏を探して給湯スペースにやってきた桃だった。
「次も勝ってもらわなければ困るぞ」
「勝てるかなー?
 西住ちゃんはどう思う?」
「個々の能力で言うなら、今の私達はマジノやアンツィオに対して決して負けていないと思います。
 ただ……今の戦車だけでは……」
「確かになー」
 と、こちらに背を向け、書類をまとめたままジュンイチが同意してくる。
「そうかな?
 マジノは確かに重戦車を持ってるけど編成は軽戦車と半々だし、アンツィオはセモベンテと軽戦車だよ。
 戦車の性能じゃ、そんなに頭を悩ませるような差はないんじゃない?」
「『性能じゃ』ね」
 首をかしげる杏に答えるとジュンイチはため息をつき、
「確かに杏姉の言う通りさ。性能面ではウチもマジノもアンツィオも、正直どんぐりの背比べだ。強化の必要がないとは言わないけど、二回戦に向けて急がなきゃならない、ってほど切迫してるワケでもない。
 二回戦で問題になるのは、性能面よりもむしろ……」
「性能面とは別の問題……
 …………数?」
「柚姉正解。
 さすが、桃姉とは違うね」
「待て! それはどういう意味だ!?」
「知りたい?
 じゃあ具体的に、四月の年度明け学力テストの順位を総合、全教科ひとつ残らず列挙してあg
「いやわかった! もういい! というかやめてぇーっ!」
 ジュンイチが柚子に返した流れで桃、撃沈。
「柚姉の言う通り、問題は数……正確には手数だ。
 どっちと当たるにせよ、機動戦色の強い試合展開になるのは間違いないだろう。
 となると、お互いに手札を矢継ぎ早に切り合うスピーディな展開になる可能性が高い」
「はい……
 そうなると、戦車の数で劣る私達は攻撃の回転率で押し切られる恐れも……」
「戦車の、数の上での増強が必要ってこと?」
「どっちみち、次の二回戦に限った話じゃなく戦車の増強は必要だからなー。
 三回戦からは投入できる戦車の数も増えて、今のままじゃますます数の不利は厳しくなるし」
 聞き返す杏へと振り向き、ジュンイチが答えると、
「あの……お話中すみません」
 突然、柚子のとなりで書類整理に没頭していた華が声をかけてきた。
「今の話について、なんですけど……
 書類によると、他にも売却されず、艦内に残された戦車があるような形跡が……」
『…………何ですと?』



    ◇



 明けて翌日――さっそく、生徒会の主導でまだ残っているという戦車の捜索が、練習を返上して行われることとなった。
「……思えば、前回の捜索の時は全員に行き渡る分の戦車が見つかった時点で切り上げちまったからなぁ……そりゃ捜索漏れのエリアもあるわな」
 つぶやきながらも、“力”のコントロールには一分の狂いもない――今回は異能を使って探すことにしたジュンイチは単独行動をとり、演習場のちょうど中央にあたる荒野のド真ん中にいた。
 術式陣を展開し、目の前には演習場の地図と一方の先端に赤い印をつけた木の棒を“力”によって宙に浮かべている。
 方位磁石のように、対象の反応があった方角を木の棒が指し示す仕組みだ――要は異能を使ったダウジングだ。地図は捜索範囲指定のイメージ補助と反応のあった地点のマッピングのためのものだ。
 その結果は――
「……さすが演習場っつーか何つーか……あっちこっちに反応があるな……」
 先ほどから木の棒はクルクルと回転と停止を繰り返し、あちこちを指しまくっている。それだけ反応のあるポイントが多いということだ。
 この術式では反応の正体まで探ることはできない。自分の能力ではサーチャーを飛ばせる距離にも限界があるし、マッピングが終わった後はそれぞれのポイントへ移動して目視で確認するしかないか――
 そんな感じでこの後の段取りを考えていると、ジュンイチのブレイカーブレスが通信の着信を告げた。
 携帯電話ではなくブレイカーブレスへの着信ということは……
「どうしたのさ、西住さん?」



    ◇



「あ、柾木くん。
 そっちはどうかな?」
〈探すポイントの絞り込み中。
 そっちは? 旧部活棟だよな?〉
「うん、今着いて、回り始めたところ」
 その言葉通り、今まさにアヒルさんチームと共にボロボロの、古い部活棟の並ぶ区画に足を踏み入れたところだ――聞き返してくるジュンイチにみほが答えると、
「戦車なんだから、すぐ見つかりますよね!?」
〈……最初の五輌を見つけるのも一日仕事だったってこと忘れてねぇか?〉
「……すみません」
 みほの後ろから身を乗り出してくる典子だったが、投影されたウィンドウ映像上のジュンイチにジト目でにらまれた。
「何か手掛かりはないのか?」
「冷泉先輩、刑事みたい!」
「それが……」
 話に加わってきたのは麻子だ。忍がはやし立てるが、みほの答えは芳しくない。
「部室が前と移動しちゃったみたいで、よくわからないらしくって……」
「結局最後にモノを言うのは足ということか……」
 みほの答えにうめく麻子は本当にイヤそうだ。インドア派の彼女にとって、体力勝負となる足での捜索は気が重いのだろう。
「大丈夫ですよ、冷泉先輩!」
「体力勝負なら任せてください!」
 反面元気なのはアヒルさんチームだ。あけびや妙子が口々に麻子を励ます――むしろこちらは体力勝負となったことでやる気が出たようだ。
「よぅし、いくよ、みんな!」
『おーっ!』
 典子の音頭で、アヒルさんチームは思い思いに走り出して――
「いきなり手前を調べ忘れるな」
 手近な部室をスルーした四人が麻子からツッコまれた。



    ◇



「……ナニやってんだ、あの脳筋ども……」
 みほ達の一連のやり取りは、通信しっぱなしだったジュンイチも聞いていた。みほを労って通信を終えると、ジュンイチは思わず頭を抱えた。
「他は大丈夫なんだろうな……?」
 こうなると他のチームのことも不安になってきた。ブレイカーブレスではなく、携帯電話を取り出し、操作する。
 予備のブレスを渡していない面々に連絡するためだ。まずは――
〈…………はい〉
「あぁ、秋山さん?
 そっちはどーよ? 戦車、見つかった?」
〈それが、カエサル殿達が……〉
 優花里の言葉に眉をひそめる。彼女と行動を共にしているはずのカバさんチームが何かやらかしたのだろうか。
「…………何してる?」
〈いえ、私にも何が何だか……〉
「見たままを説明してくれればいいから」
〈えっと……陰陽盤の上に棒を立てていて……〉
「あー、もういい。だいたいわかった」
【…………カタンッ】
〈南が吉と出たぜよ〉
〈そんなのでわかるんですか!?〉
「……異能持ちでもないクセに、ダウジングの真似事かよ」
 自分の場合はイメージしやすいようにモチーフとしているだけであり、その実態はれっきとした異能由来の探索術式だ。
 そんな異能も持っていないカバさんチームの面々がやってもただの運任せでしかないだろうに――
〈どうしましょうか、柾木殿……〉
「任せた」
〈え!? あ、ちょっと――〉
 ――ピッ。
 引き留める優花里にかまわず、ジュンイチは通話を打ち切った。
「えっと……五十鈴さんは柚姉と資料漁ってるはずだから、残りは武部さんと一年ズか……」
 どうやら、優花里とカバさんチームのことは考えないことにしたようだ。他のメンバーの動向に思いを馳せながら、ジュンイチは携帯電話を操作、ダイヤルするが――
〈おかけになった電話番号は、電波の届かないところにあるか……〉
 聞こえてきた電子音声に、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
 あのコミュニケーションの鬼のような沙織が携帯電話の電源を落とすような場所など、病院か公共交通機関の中ぐらいしか思いつかない。そして、今現在沙織がそのどこかにいるとも考えづらい。
 となると――
(電波の届かないところにいる……?)
「いったいどこに探しに行ったんだ、アイツら……?」



    ◇



「暗ぁ〜い。ここどこ〜?」
「すっごぉ〜い! 船の中みたい!」
「いや、船の中だから」
 つぶやく優季をよそにはしゃぐ桂利奈にあやがツッコむ――彼女達ウサギさんチームは、沙織の先導で学園艦の艦内へとやってきていた。
「思えば、なんで今の高校ってみんな船の上なんでしょうね?」
「大きく世界に羽ばたく人材を育てるため、だとか……生徒の自主独立の精神を養うため、だとか……そういう理由みたいだよ?」
 首をかしげる梓に答えると、沙織はさらに下に向かう階段を見つけ、下りる――目指すのは最下層付近の資材備蓄区画。もしかしたら資材の中に紛れこんでいるかもしれないと考えたのだ。
「お疲れさまでーす」
 と、そんな沙織に声をかけてきたのは航海科の生徒の一団だ。実習中なのか正規の制服ではなくセーラー服だ――女子生徒の制服的な意味の方でなく、水兵の制服的な意味の方の。
 ともあれ、沙織としてはちょうどいいので、尋ねてみる――
「すみません。私達、戦車道チームのメンバーなんですけど……
 実は、戦車が艦内にまだ残ってるかもしれないってことで、探してるんですけど……どこかでそれっぽいもの、見てませんか?」
「戦車……ですか?」
「はい。
 今まで見つかってないってことは、奥の方とか、あんまり人のいないところに紛れてると思うんですけど……」
 沙織に聞き返す女生徒に梓が捕捉すると、返ってきた答えは――
「こんな地下階層に戦車があるとしたら……あそこくらいかな?」
「あぁ、リサイクル待ちの廃鋼材保管庫?」
「そ、それってどこですか!?」



    ◇



 一方、生徒会室では――
「戦車道って、ずいぶん昔からやってるんですね……」
「そうねぇ……」
 柚子と華は昨日から引き続き資料から戦車の情報を洗い出していたのだが、乱雑にしまわれていた資料は時系列もバラバラでかなり古い資料も紛れている。
 そんな中、華はその“資料の古さ”に興味を引かれたようだ。思わず口を突いて出たそのつぶやきに、柚子は自分の知識を思い出しながらうなずいた。
「今の形になったのが、1920年頃……かな?
 その前も騎馬戦車を使って行われてはいたけれど、第一次大戦が終わって世界的な軍縮の動きが出てきた中で、あぶれた戦車の再利用先として、戦車道の近代化が図られた、ってことみたいだけd
「遅いっ!」
 が、そんな柚子による解説が、苛立ちもあらわな声に遮られる――こちらを手伝いもせず、応接机に置いた自身の携帯電話を前に報せを待っている桃の発したものだ。
 「手伝ってくれてもいいのに」と思わないでもない華だったが、桃の苛立ちもわからないでもない。
 すでに一度探しているところを省いている分、今回の捜索範囲は開始時点からかなり絞られている。その上で人海戦術でのローラー作戦なのだ。見つからないまでも手掛かりのひとつくらいは出てきてもおかしくない頃合いだと思うのだが――
「捨てられちゃったかなぁ……?」
 同じことを考えていたのか、柚子もそんなことをつぶやきながら資料をパラパラとめくる。
「処分したなら、その書類もあるはずなんだけど……」
「これだけ書類が雑多になっていると、別のところに紛れてるかもしれないですものね……」
「果報は寝て待てだよー」
 柚子や華に答えるのは杏だ――が、自分の席で椅子に背を預け、本当に“寝て”待つかまえだ。「手伝ってくれてもいいのに」と、桃にも思った事を改めて思う華であった。



    ◇



「西住さーん」
「あ、柾木くん」
 部室をしらみつぶしにあたっていたところに声をかけられた。やってきたジュンイチに気づき、みほが声を上げる。
「演習場の方はどうだった?」
「ダメのダメダメ。
 ただ……まだリサイクルできそうな腐食の少ない廃材をいくつか見つけた。自動車部に回収を依頼しておいたから、今頃向かってるだろうよ」
 みほの問いに、ジュンイチは肩をすくめて答えると逆にみほに聞き返す。
「で……そっちは?」
「柾木くん以上に何も。
 戦車どころか、廃材どころか手がかりも……」
「ま、20年前の話じゃしゃーなしだよ。気長にやろうぜ」
「うん……」
 ジュンイチの励ましにみほの顔に笑顔が戻る――彼女は知らない。そんな自分達をあけびや妙子、忍が「あらあら」「まぁまぁ」とニヤニヤしながら見物していることを。
 一方、マジメに探している典子と麻子はといえば――
「ありませんねー、戦車」
「部屋の中にあるワケないだろう――その棚の中になんて特に。
 探すなら手がかりを探せ、手掛かりを」
 ごもっともなことをツッコみながら、麻子は棚を漁る典子を他所に裏手をのぞこうと窓を開けて――眉をひそめた。
「どこの部だ。こんなところに洗濯物を……」
 目の前には洗濯されたタオルがズラリと並んで干されていた。まぁ旧部室棟と言ってもまだ使っている部がいるからこそ取り壊されずにいるワケで、部活で出た洗濯物を干している部がいても何ら不思議なことではないのだが――
「まったく……」
「冷泉さんストぉーっプ!」
 ため息と共に窓をしめようとした麻子をジュンイチが止めた。
 見れば、ジュンイチだけでなくみほも驚きの表情を見せている。何事かと首をかしげる麻子に説明する余裕もなく、二人が麻子の開けた窓へと駆け寄り、
「…………あった」
「部品だけだけど……けっこうな掘り出し物が見つかったな」
 つぶやき、二人が見ているのは洗濯物を干している物干し竿……いや、



 戦車の主砲、その砲身パーツであった。



    ◇



「……ありました!」
 一方、ジュンイチから半ば戦力外通知に近い扱いを受けた優花里達であったが、
「ルノーB1bisです!」
 こちらは部品どころか、戦車そのものを見つけていた――しかもすっごく見覚えのあるヤツを。
「いやー、カエサルの棒占いが大外れだった時はどうなるかと思ったが」
「カエサルの棒占いより、秋山さんの方がよほど頼りになったな」
「最初からカエサルの棒占いよりこちらをあてにするべきだったか」
「なっ、何だ! お前達だって賛同していただろう!」
『たかちゃんうるさい』
「その名前で呼ぶなーっ!」

 そしてさっそくカエサルがいぢられた。
「だ、だが、これはお手柄だ。
 さすがはモントゴメリ」
「その呼び名はちょっと……」
 オマケに、優花里からもせっかく贈ったソウルネームを拒否られた。
 まぁ、これは普通にカエサルの失策なのだが。エルヴィンのソウルネームの由来である名将エルヴィン・ロンメルを撃破するという大殊勲を挙げこそしたが、ヨーロッパ戦線では史上最大の空挺作戦で知られる「マーケット・ガーデン作戦」で大失敗。そんな名将なんだか迷将なんだからよくわからん印象の強いバーナード・モントゴメリの名を挙げられても、優花里が拒否するのはある意味当然といえば当然だろう。
 そんな感じで復権に失敗、崩れ落ちるカエサルをよそに、優花里達は生徒会へと戦車発見の報を伝えるのだった。



    ◇



「……了解。
 ルノー・B1bisだそうだ」
 優花里達からの報せを受け、桃が伝えたその名を、華と柚子は資料の中から探し始めて――
「しかし……どこかで聞いた名前な気が……」
「マジノとの試合で、私達真っ向からやり合ったよね、桃ちゃん……」
 その一方で、桃へのツッコミも忘れない柚子であった。
「確か、最大装甲厚が……」
「60mmですね」
 思い出そうとする柚子に華が答える。さすがは砲手。対戦したこともある戦車の装甲厚の情報はしっかり頭に入っていたようだ。
「それに75mm砲と45mm砲搭載。
 マジノ戦では手こずらされたけど、八九式よりは暴れてくれそうだね」
「新しいチームも組めますしね」
 話に加わってくる杏に柚子が返すと、華が聞き返す――
「ところで……」



「その“新しいチーム”には、誰が?」

『………………あ』



 戦車を見つけることにばかり意識が向いて、その戦車に乗る人員のことをすっかり忘れていた生徒会チームであった。



    ◇



「……正直あてにしてなかったんだが、まさかホントに見つけてくるとはなぁ……
 カエサルの棒占い恐るべし」
「いや、カエサr……たかちゃんの棒占いは見事な空振りだったぜよ」
「はぁ!?
 カエs……たかちゃん空振りかよ!?」
「あぁ。
 カ……たかちゃんのヤツ、自信満々だったのになぁ……」
「だから! なんでいちいちそっちの呼び方に切り替えるんだ!? いつものままカエサルでいいだろ!
 というかっ! だんだん言い直し慣れてきてるよな、お前らっ!?」
 ガレージに戻ってからもカエサルいぢりは続いていた。B1bisを前にして、当然のように合流してくるジュンイチにおりょうや左衛門佐が答えているところに、カエサルが全力でツッコんでくる。
「で……結局誰がコレ見つけたのさ?」
 ともあれ、気を取り直してB1bisの入手の経緯を尋ねるジュンイチにはエルヴィンが答えたのだが――
「あぁ、グデーリアンが、裏山の前回探さなかったエリアを探そうと言い出してな」
「グデーリアン?」
「あ、私です」
 まったく聞き覚えのない名前が飛び出した。首をかしげるジュンイチに対し、名乗りを挙げたのは優花里だ。
「エルヴィン殿から、ソウルネームを頂いたんですよ。
 これでもう、あのあだ名で呼ばれることもなくなりますね〜♪」
「喜んでるところを悪いけど、こんなネタになりそうなあだ名をそうそう簡単に手放すつもりはないからな、オッドボール三等軍曹」
「わーんっ!」
 しかしやっぱりジュンイチからいぢられた。
「西住殿! 柾木殿ひどいですよね!?」
「そんなことより、柾木くん」
「『そんなこと』ぉ!?」
 トドメに同意を求めたみほにまであしらわれてしまう――内心で「ごめんなさい」と合掌するみほだが、今は二人のじゃれ合い(とみほは認識している)に付き合うよりも先に詰めなければならない話がある。
「さっき会長から、この戦車には新しいチームを編成して充てるって……」
「あぁ……オレも聞いた。
 二回戦には出せないとはいえ、メンバー集めは早い方がいいしな……動いてくれるっていうならありがたいよ」
「え? 二回戦には出さないんですか?」
「これ、戦力強化のために探してたんですよね……?」
「乗り手の習熟期間を計算に入れろ天才ども」
 みほに答えた言葉に首をかしげる忍や妙子に、ジュンイチはため息をつく。
「誰も彼もが、お前らみたいにいきなり戦車戦やってのけられるような怪物じゃないんだよ。
 増してや、次はアンツィオと当たるにせよマジノと当たるにせよ、とにかく走り回ってのドンパチだ。その動きについてこれるようなレベルにまで鍛え上げようと思ったら、二回戦にはとても間に合わねぇよ」
「えー? 別に大丈夫でしょ。出しちゃえ出しちゃえ」
「出せるワケねぇだろ!
 いきなり現れた上にムチャゆーな!」
 口をはさんできたのは、いつの間にか姿を見せていた杏だ。ツッコむジュンイチだったが、そこは杏。なんと今まで百発百中を誇ってきたジュンイチのツッコミチョップをひらりとかわして桃や柚子のもとへと戻っていった。
 ジュンイチの一撃をかわした杏の姿に「お〜」と感嘆の声を上げる一同だったが、そんな中、キョロキョロと一帯を見回しながらみほ達の元へとやってきたのは――
「みほさん……」
「華さん……?
 どうしたの?」
「沙織さん達、やっぱり戻ってきてないんですか?」
「え…………?」
 華の問いに、みほもまた周囲を見回した。
 言われてみれば確かに、沙織や彼女と行動を共にしていたはずの一年生ズの姿がない。
 考えられるのは――
「……通りすがりの美形でも見つけてフラフラと誘引されてったかね?」
「いや、いくら沙織さんでもそんな……」
「西住さんはないと思うの?」
『………………』
「いや、ネタ振ったオレが悪いのは100%認めるから、せめて誰かひとりぐらい否定してあげようぜ」
 沈黙してしまった一同にツッコみ、ジュンイチは改めて華に尋ねる。
「五十鈴さん、武部さんと連絡……ついてたらきかねぇか」
「えぇ……
 誰か、沙織さん達と連絡ついてませんか?」
「……ダメ。
 携帯の圏外にいるみたい……」
 ジュンイチに返す形で一同に尋ねる華だが、みほの答えは芳しくなくて――
「連絡? とれるよー」
 そう答えたのは杏だった。
「地下階層に行くって言ってたから、私がジュンイっちゃんからもらったブレスを連絡用に貸してあげたから」
「って、なんでそれを早く言わないのさ!
 そしてどーしてそれを使わないんだアイツらわっ! つか艦内なら艦内回線あるだろうにっ!」
 ツッコミを入れつつ、ジュンイチは自分のブレスで通信を試みる。
 数秒の後――応答があった。ウィンドウが開き、薄暗い通路を背景に沙織の顔が映し出される。
〈あ、柾木くん!〉
「武部さん、どこにいるのさ?
 もう集合時間過ぎてんぞ」
 通信がつながるなり声を上げた沙織にジュンイチが尋ねるが、
〈えっと……〉
 なぜか、沙織は映像の中で困ったように首をかしげた。そして放たれた一言は――



〈…………どこ、なのかな……?〉



「………………は?」
「まさか、沙織さん、今自分達がどこにいるかわからないの?」
 思わず間の抜けた声を上げるジュンイチのとなりから声をかけるみほに対し、沙織は――力なくうなずいた。
〈ど、どーしよう、みぽりんっ!
 私達、遭難しちゃった!?〉
「さ、沙織さん、落ちついて……」
 口に、言葉にしたことで、改めて自分達の危機的状況を理解したのか、沙織はもはやパニック寸前だ。あわててみほがなだめるが、それは沙織の後ろの一年生達にも波及していて――
〈えぇっ!? 私達遭難しちゃったの!?〉
〈ウソ〜!?〉



“そうなん”ですか!?〉



 ………………

 …………

 ……



「……澤ちゃん……さすがにこの状況でソレはないわー」
〈だっ、ダジャレじゃないですからっ! 偶然ですからっ!〉
 あや、優季に続いた一言で一瞬、空気が静止した――ジト目でツッコむジュンイチに、梓がウィンドウ映像の向こうであわてて声を上げる。
「柾木くん、ブレスの反応から場所を特定できない?」
「もうやってるし、特定もできたけど……そこまでの順路がわからなかったら意味ないと思わない?」
「……うん、そうだね……」
 思いついたアイデアが空振りに終わり、みほが肩を落とす一方で、ジュンイチも思考を巡らせる。
(転移術式で迎えに行って……アカン、確実に転送酔いになる。救出対象にオレが新たに加わるだけだ。
 それに狭い通路みたいだしなぁ……ヘタに跳んで『壁の中だ!』なんてことになったらシャレにならんし……)
 しかし、思いついた手段はあまり有効とは言えそうになかった。額を抑えて軽くため息。
 と――
「壁を見ろ」
 そう口を開いたのは桃だった。
「壁に書いてある表示が居場所の手がかりになるはずだ」
 桃が映像の中の沙織達に告げて――ふと、ジュンイチや柚子を始め、その場のほとんどのメンバーが驚きの表情で自分を見ていることに気づいた。
「……どうした?」
「も、桃ちゃんが……」
 尋ねる桃に対し、柚子が震える声で口を開き――
「桃ちゃんが、まともなこと言ってるーっ!?」
「うわーっ!? あのしっかりした武部さんが遭難なんておかしいと思ったら今度は桃姉がーっ!」
「世界の終わりだーっ! 天変地異の前触れだーっ!」
「どういう意味だっ!?」
 柚子、ジュンイチ、そしてカエサル――声を上げた面々だけではない、ほとんどのメンバーが絶望的とでも言わんばかりに騒ぎ立てるその姿に、桃が全身全霊でツッコんだ。



    ◇



 そんなこんなで、遭難した沙織と一年生ズの救出のための捜索隊が送り出されることになった。
 と言っても、派遣されるのはいつもの面々だ。沙織と同じチームということで、あんこうチームが沙織達の元へと向かうことになった。
 すでに時刻は放課後。航海科の実習も終わり、必要最低限の場所以外は照明が落とされている――そんな、暗い艦内通路を、みほ達は懐中電灯を手に進んでいく。
「な、なんか、お化け屋敷みたいですね……」
「そ、そういうこと言わないでよぉ……」
 しかし、真っ暗な艦内通路には独特の不気味さが漂っている。うめく優花里にみほが弱々しく返して――

 ――カツーンッ。

『きゃあぁっ!?』
 床に落ちていたらしい、何か、金属質の“ナニカ”を蹴飛ばした。響いた物音に驚き、みほと優花里が抱き合って悲鳴を上げる。
「大丈夫ですよ」
 一方で平然としているのが華だ。怯えるみほ達をよそにさっさと先を急ぐ。
「五十鈴殿ってホントに胆が据わってますよね……」
 そんな五十鈴がとても頼もしくて、優花里が感嘆の声を上げて――
「…………麻子さん?」
 みほが、顔を真っ青にしている麻子に気づいた。声をかけると、返ってきた答えは――
「…………ぉ……」
『「お」?』
「……おばけは……早起き以上にムリ……」
「……すみません」
 どうやら麻子はホラー関係がダメな人だったようだ。原因となる話を振った優花里が謝って――
「…………西住さん」
 かけられた声と共に、みほの袖――ではなく、スカートの裾が軽く引かれた。
「まっ、柾木くん!?」
 そう、ジュンイチだ――気づいてもらうのを目的とした軽いものではあったが、それでもいきなり男子にスカートを引っ張られれば驚きもする。あわててみほが振り向いて――
「って、柾木くん……?」
 ジュンイチが床にへたり込んでいるのに気づいた。袖ではなくスカートが引かれたのは、距離も少し開いていたせいでそこでないと届かなかったからのようだ。
 そして、そんなジュンイチの次の言葉は――
「…………ごめん。
 さっきの二人の悲鳴で……」



「…………腰、抜けた」



「……えぇ〜〜っ!?」
 ジュンイチのホラー嫌いは、麻子のさらに上を行っていた。



    ◇



 一方、その頃、沙織とウサギさんチームの面々は、ジュンイチ達の現在位置よりもさらに下層、明かりも落とされ、お互いを認識するのもやっと、といった暗がりの中で身を寄せ合っていた。
「……お腹、すいたね……」
「あい〜……」
 しかし状況は深刻だ。あやに答える桂利奈も、いつもの元気がすっかり鳴りをひそめて意気消沈してしまっている。
「私達……今夜はこのままここですごすのかな……?」
 さらに、不安に背中を押されたあゆみがそんな悪い可能性を口にしてしまった。不安がピークに達し、誰からともなくすすり泣く声が上がり始める。
 もちろん、沙織だって不安だ。泣き出したい気持ちだって同じだ。しかし――
(ううん、ダメ……!
 私がしっかりしないと……だって、この中じゃ私が、一番お姉ちゃんなんだからっ!)
 それでも踏ん張らなければならない……踏ん張って、支えてあげたい理由があった。自分を慕って今回の探索についてきてくれた一年生達が泣いているのだ。自分がしっかりしないでどうするのだ。
 深く息を吸って、吐く。深呼吸で心を落ちつけ、一年生の面々に声をかけようと口を開き――
「だ、大丈夫だよっ!」
 だが、沙織よりも早く、立ち上がって一同に呼びかけた者がいた。
「澤ちゃん……?」
「みんなと連絡ついたんだし! 迎えをよこしてくれるって言ってたし!
 きっと、柾木先輩が来てくれるよっ!」
 そう、梓だ。いきなりのことに戸惑う沙織にかまわず、梓が一同を鼓舞して――
『へ〜〜?』
 そんな梓に向けられたのは、チームメイト達からの実に楽しげな眼差しであった。
「なっ、何……?」
「『柾木先輩が』ねぇ?」
「『西住隊長が』じゃなくて〜?」
 予想外の反応に戸惑う梓に、あやと優季がツッコんで――ようやく自分の発言の“何”にツッコまれたのか思い至った梓の顔がボンッ、という幻聴と共に赤くなる。
「い、いや、これはっ、違くてっ!」
「あい〜? 違うって?」
「どう違うのかな〜?」
 あわててごまかそうとする梓だったが、周りも逃がしてくれない。桂利奈とあゆみの追撃と共に、梓をチームメイト全員で包囲する。
「何ナニ? 梓、柾木先輩狙ってるの〜?」
「そういえば、昨日の武部先輩の恋愛相談の時も、柾木先輩の話はじっと聞き耳立ててたよね!?」
「えっ、えっと、だから、それは……そ、そうだっ!
 柾木先輩っていろいろトンデモだから、柾木先輩ならきっと、って!」
「『そうだ!』って、明らかに今ここで思いついたよね?」
 優季やあゆみに返した梓の懸命の弁明も、あやによってあっけなくつぶされ、
「それに〜、柾木先輩ってホラー全般ダメだから、こういう“それっぽい”ところには来れないと思うよ〜?」
「って、なんで優季それ知ってんの!?」
「ほら、この前柾木先輩に勉強教わろうってみんなで勉強会しに行った時。
 あの時、息抜き用にホラー映画のDVD持ってこうとしたら、先輩ってばガチ泣きして止めてきて〜」
「アンタはアンタで何やってんのよ……」
 優季の補足はちょっと微妙だった。梓に答えたところをあゆみにツッコまれて、「てへへ」と笑ってごまかす優季であった。
「あー、えっと……」
 一方で完全に置いてきぼりなのが沙織だ。みんなを元気づけようとした自分の気合はどこに持っていけばいいのかとしばし自問するが、「ま、元気になったならいいか」と納得する。
(にしても、澤ちゃんまで柾木くんのことをねぇ……)
 そして思考は次の領域、今まさに話題になっている梓のジュンイチへの想い(?)について。
(みぽりんもそうだけど、苦労するだろうなぁ……柾木くん、すっごく身持ち固いし)
 かつて自分が受けた“説教”を思い出して、内心で苦笑する。
(まぁ、そりゃ、いい人なのは認めるけどさぁ……)
 そう、そこについては一切の異論はない。あの“説教”も元はと言えば「男子が来た」というだけで安直にアプローチに走った自分を心配してくれたからこそなワケで――
(――って、そうじゃなくて。
 だから私は、もう柾木くんのことなんて……)



 ――ズキン……ッ。



 胸に走った痛みを、沙織は不安のせいだと思うことにした。



    ◇



「……それで、おめおめと帰ってきたワケか」
「すみません……」
「こればっかりは返す言葉もねぇな……」
 結局、あれから先に進むことは叶わなかった――「土下座でも何でもするから置き去りにしないで」とガチ泣きですがりついてくるジュンイチを放っておくこともできず、しかしそんなジュンイチを抱えて先に進むこともままならず、みほ達は仕方なく地上に戻ってきた。
 そんな一連の事情を聞いて呆れる桃に、ジュンイチは謝るみほの背後、横たわったまま柚子に介抱されながら応える。
「んー、しょうがないね。
 ジュンイっちゃんがこんなだし、捜索隊は編成し直して……」
「いーや、その必要はねぇよ」
 しかし、ジュンイチは言いかけた杏の提案を否定した。身を起こすと杏へと向き直り、
「オレが怖い思いをしてこうなっちまったみたいに、アイツらだって……さすがにオレほどじゃないにしても、怖い思いをしてるはずなんだ。
 ぶっちゃけ他人事じゃないから、ほっとけないんだよ――オレに行かせてくれ」
「しかし、それができなかったから戻ってきたんだろう」
 桃がツッコむが、ジュンイチは答えない。むしろ桃は無視してじっと杏を見つめていて――
「……本気?」
「モチ」
 即答するジュンイチに、それだけで伝わったのか、杏はため息をついた。
「了解。
 こやまー」
「わかりました。
 武部さん達がいるのは第17予備倉庫でしたよね?」
「うん。
 その真上にある区画を、30分立ち入り禁止にしといて。今いる人達の退避には15分……計45分ね。
 ジュンイっちゃん、こんだけあれば余裕でしょ?」
「おぅ。
 サンキューな、杏姉」
「えっと……柾木くん?」
「会長と何を話して……何をするつもりなんですか?」
 声をかけるみほと華に、ジュンイチは答えた。
「真っ当に行くのは恐いからムリ。
 だから――」



「真上からブチ抜く」



    ◇



「ん。ここだな」
 それから15分後、ジュンイチがやってきたのは住宅街の一角だった。
 すでに杏の手配で人払いは完了しており、周辺には人っ子ひとりいない。
「えっと……柾木くん?」
「ここに、何があるんですか……?」
「どう見ても、普通の道路ですけど……」
「何もないよ、ここには」
 声をかけてくるみほ、華、優花里にも、ジュンイチはあっさりとそう答える――彼女達だけではない。戦車道チームの面々が、遭難したメンバー以外全員そろっている。
 ジュンイチが見届けることを許可したのだ。「みんなもそろそろ知っておくべきだろう」という判断によって。
「用があるのは下だ、下」
『下……?』
「ここ、武部さん達のいる倉庫の真上」
 首をかしげる一同に答えて、ジュンイチは爪先で足元をトントンと叩いてみせる。
「でも、真上に来て何を……?」
 優花里がジュンイチに尋ねると、一同は互いに顔を見合わせて、
「『ブチ抜く』って言ってましたけど……まさか、ここから甲板を壊して……?」
「だ、駄目ですよ先輩、学園艦壊しちゃ……」
「そうだよ、柾木くん。弁償とかいろいろ大変だよ?」
「というか、そんなことするぐらいなら素直に地下を回って行った方が楽だろう」
「うん、とりあえず……まだ何の説明もしてない内から誰ひとりとして『そんなこと不可能』って話に行かない点についてツッコんでいいか?」
 順番に華、妙子、みほ、カエサル……彼女達にツッコんで、ジュンイチは軽くため息。
「あ、あはは……
 でも、柾木くんならいろいろトンデモだし、そーゆーこともできちゃうかと思って……」
「まったく、人を何だと思ってるのやら……」
 みほの言葉に、ジュンイチはもう一度ため息をついて――



「なまじ正解言い当ててるだけに始末が悪いわ」

『………………え?』



 サラリと放たれた一言に、一同の動きが止まった。
「もういい加減、お前らの言うところの『オレのトンデモ具合』について説明ぼかすのも面倒くさくなってきたしな。
 ちょうどいい機会だし、その辺バラして、巻き込んじまおうってな」
「え? え? それって……」
 ジュンイチの言葉に、みほはその意味を吟味して――
「……できちゃうの? ブチ抜き」
「できるけどやらん。西住さんの言う通り後始末が大変だからな」
 答えて、ジュンイチは肩を軽く回してほぐしながら、
「だから、少し面倒だけど、“かき分けていく”
『「かき分けて」……?』
「説明は後でしてやるよ。
 とりあえず今は……黙って見てろ!」
 言って、左手を――そこに着けたブレイカーブレスを掲げて、叫ぶ。



「ブレイク、アァップ!」



 ジュンイチが叫び、眼前にかまえたブレイカーブレスが光を放つ。
 その光は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むと人型の龍の姿を形作る。
 ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
 同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
 そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
 最後に頭の炎が立ち消え、ヘッドギアを装着したジュンイチがみほ達の前へと降り立った。
「ま、柾木くん、それ……!?」
「言ったろ? 説明は後。
 さんざん話脱線しちまって、時間かかっちゃってるしな……まずはいい加減武部さん達レスキューせんと」
 当然、目の前で特撮ヒーローもかくやという変身をトリックなしで見せられた周りはビックリだ。声をかけてくるみほに答えると、ジュンイチは背中の翼、マルチツール“ゴッドウィング”を広げ、頭上へと飛び立った。
 眼下のみほ達からまたもや驚きの声が上がっているのが聞こえるがかまわない。腰だめにかまえた右の拳に集めるのは、空間に干渉し、歪めることのできる空間湾曲エネルギー。
 さらにそれを身にまとう鎧、“装重甲メタル・ブレスト”で増幅する――眼下に広がる住宅街、その一角、狙うべき一点へと狙いを定める。
 頭に思い描くのは一本の杭。この身を杭と化し、貫くイメージ。
 そして、偉大な先輩として尊敬してやまない、とある“勇者王”の持つ“聖なる左腕”のイメージ――
「いくぜっ!」
 “力”を高め、練り上げ、“形”を作る――すべての準備を整え、ジュンイチは一直線に急降下。目標の一点へと突っ込んでいく。
「危ない!」
 このままでは地面と激突する――みほが思わず声を上げるが、
「空間――湾曲!」



「ディバイディングッ! バンカァァァァァッ!」



 激突よりも一瞬早く、ジュンイチが自らの拳で地面を殴りつける――瞬間、地面が“口を開けた”
 空間を歪める力が、打ち込まれた一点の空間をかき分けるように押し広げたのだ。
 地面が円形に口を開け、分厚い地表階層の地盤を成す甲板の向こう、一階層下の床が視界に入る。
 しかしそれも、拳を繰り出した勢いで打ち出され、先行する空間湾曲エネルギーが同じように“広げ”、さらに下の階層の床が、そしてさらにその床も同じように――
 イメージ通りその身を一本の杭と変え、ジュンイチは最下層目がけて突き進む――



    ◇



「……助け、遅いね……」
 ポツリ、とつぶやいたのはあやだ――先ほどの喧騒も一区切り。沙織達は引き続き、第17予備倉庫で助けを待っていた。
「みぽりん、柾木くん……」
 一年生の手前なんとか耐えてきたが、さすがに沙織も不安を隠しきれなくなっていた。自分でも意識しない内に、つぶやきがもれると共に自身を抱くように腕組みした手に力が入り――と、沙織の手の中のブレイカーブレスが通信の着信を告げた。
「みぽりん? それとも……」
 もしかして助けが来たのか、急いで応答すると、展開されたウィンドウに映ったのはみほでもジュンイチでもなくて――
「って、会長……?」
〈総員、耐衝撃、耐閃光防御〜〉
「え? え?」
 予想外の相手から予想外の、しかも意図のまったく読めない指示。どういうことかと沙織が困惑して――グワンッ!と鈍く重い音と共に、目の前の天井が上からの光に貫かれた。
「きゃあっ!?」
「なっ、何ナニなに〜っ!?」
 突然の異常事態に驚きの声が上がる――いきなりの光でくらんだ目が慣れてくると、天井を貫いた、明らかに日の光とは異なる赤い光が床まで届き、まるで光の柱のようになっている。
「な、ナニ? これ……」
 完全に自分の常識を超越した目の前の光景に、沙織はおっかなびっくり光の柱に近づいていく。
「せ、センパイ!?」
「近づいて大丈夫なんですか〜?」
 そんな沙織の黄道に声を上げる桂利奈や優季だったが、
「うん……たぶん、大丈夫……」
 答えたのは梓だった。沙織の後に続き、光の柱へと近づいていく。
 そう、光の柱からは怖い感じはしない。腰が引けているのはほぼ戸惑いによるもので、あの光の柱からはむしろ、そんな戸惑いを包み込み、落ち着かせようとしているかのような暖かみすら感じる。
 光の柱の前まで出てきて、沙織と梓がその中をのぞき込もうと顔を近づけて――



 ヒョコッ、と、ジュンイチが上下逆さまに顔を出した。



『〜〜〜〜〜〜っ!?』
「よっ」
 予想外に予想外を重ねたこの状況でまたしても予想外の上塗り――声にならない悲鳴を上げる二人に軽いノリであいさつすると、ジュンイチは上下を正して倉庫の床へと降り立った。
「まっ、柾木先輩……!?」
「いったい、これって……
 っていうか、その格好……」
「ヒーローみたい!」
「ハッハッハッ、阪口さん、それはほめ言葉として受け取っとくよ。
 それから、山郷さんと宇津木さん、説明は後でね。今は……」
 次々に上がる声に答えると、ジュンイチは驚いてへたり込んでいる沙織や梓へと向き直ると手を差しのべ、
「二人とも、立てる?」
「あ、えっと……はい……」
「だ、だいじょーぶ……って!?」
 戸惑いながらもその手を取る梓をよそに、沙織は我に返るなりジュンイチの手を借りずに勢いよく立ち上がり、
「いきなりどーゆー登場の仕方をしてくれるかな!?
 もうノドから手が出るくらいビックリしたんだからねっ!」
「それを言うなら『口から心臓』です……」
 となりの梓からツッコまれた。
「ハッハッハッ、狙い通り驚いてくれたようで何よりだ」
「って、『狙い通り』!? わざとってこと!?」
 一方でジュンイチは平然としたものだ。カラカラと笑う彼に沙織が食ってかかる。
「私達を脅かして楽しい!? 楽しいのかな!?」
「それもあるけど」
「あるんだ……」
 梓のツッコミが聞こえるが、ジュンイチは気にすることなく二人に向けて笑って、
「でも――」



「おかげで、ビビリも吹っ飛んだだろう?」



『………………え?』
 その一言に、沙織と梓は思わず動きを止めた。
「え? それじゃあ、柾木くん……」
「私達が怖がってるのを知ってて……」
「そりゃ、仲間がビビってるのを見たら、することなんて決まってるだろ?
 励ますか……他に気をそらすか」
「気をそらすために“コレ”ですか!?」
「まー、手段については好みに走ったことは否定しないけど」
「そこで好みに走るのが最大の問題なんだって気づこう、うんっ!」
 ジュンイチの話に梓や沙織がツッコむ――が、ジュンイチの本心が垣間見えたこともあってか、二人ともジュンイチへのツッコみはどこか楽しげだ。
 なおそんな二人を他の一年生がしっかり見物していたりするのだが、二人はそれを知る由もない。
「とにかく、今は脱出が先だ。
 一気に上まで運ぶ……から……」
 そんな一同に改めて本来の用件を振るジュンイチだったが、何かに気づいたようでその言葉は尻切れトンボに消えていく。
 何だろうかと沙織達もジュンイチの視線の先へと振り向いた。暗くてよく見えないので、沙織が手にした懐中電灯で照らして――
『…………戦車!』
 積み上がった荷物の向こうから、主砲の砲身がこちらに向けて突き出ていた。



    ◇



「じゃあ、柾木くんって……」
「超能力者で……改造人間?」
「しかも、パラレルワールド出身って……」
「その上元少年兵なんですよね?
 どんだけ設定盛ってるんですか〜?」
〈五十鈴さん、超能力者というか霊能力者……って感じでちょっとあいまいなところだから、もっと大まかに『異能者』って定義した方がいいだろうね。
 あと宇津木さんはちょっとツッコミ自重して。そこ、まさにオレもちょっぴり気にしてんだ〉
 みほの後に華が、そして桂利奈や優季が続く――対し、ジュンイチは空中に展開されたウィンドウ映像の中、“背を向けたまま”そう答える。
 背を向けているのは、今それぞれがいるのが大浴場の湯船の中。あの後全員で労いの意味で大浴場へと直行した、その先でのやり取りだからだ。ブレイカーブレスの通信機能、特に映像送信機能を気にして「こちらが見えてるんじゃないか」と恥ずかしがったみほ達に対し、「見ていない」とアピールするためにこういう形をとらせてもらった、ということである。
「なるほどねぇ……
 会長が全校規模で口止め要請したり、柾木くんが『家族ぐらい近い相手でもなきゃ話せない』とか言い出すはずだわ。
 こんなの正直に話しても、誰にも信じてもらえずに窓に鉄格子のついた病院か研究施設に一直線だもの」
「私達は、直接能力を目の当たりにしたから信じるしかないですけど……」
〈わかってくれたようで何よりだ〉
「でも……」
 納得する沙織や優花里に答えるジュンイチだったが、そこに梓が口をはさんできた。
「よかったんですか?
 そうやって秘密にしてきた力を、私達を助けるために使っちゃって……」
〈むしろ、お前らを助けるためだから使ったんだよ〉
 対するジュンイチの答えには、一切の迷いがなかった。
〈戦車道でも実戦でも、オレは目の前のみんなの笑顔のために戦ってんだ。
 お前らが地下でガクブル震えてたってのに、出し惜しみなんてしてられるか。
 オレの平穏よりもお前らの笑顔だ。お前らを助けるためなら、オレは迷わずこの力を使う――こんな答えで満足か?〉
「は、はい……」
 ジュンイチの言葉に、梓は少し顔を赤くしてうなずく――そんな梓を、ウサギさんチームの仲間達が(紗希を除いて)ニヤニヤしながら見守っているのは知らぬが華か。
 と――
「んー、でもー」
 と、そこで口を開いたのはあけびだ。
「それって……柾木先輩が怖がらずに地下を進めていれば、バラす必要なかったんじゃ……」
〈桃姉〜、秋山さん達の見つけたB1bisの乗員って決まってんの〜?〉
((ごまかした……))
 一切の迷いなく話題を切り替えたジュンイチの言葉に一同が確信する――が、それはそれで放っておける話題でもなかったので、桃が答える。
「それについては会長にあてがあるらしい。
 ……なぁ、やはり二回戦には出せないのか? そもそも今回の戦車の捜索は二回戦に向けてのものであったワケで……」
〈教官権限で却下だ、却下〉
 桃の提案に、ジュンイチはキッパリと言い放った。
〈毎回毎回、安全軽視で戦車動かそうとするんじゃないよ。
 さすがに“新人研修”までやる時間はないけれど、今回は慣熟訓練しっかりやるからな――二回戦には絶対出させんっ〉
「……西住」
「えっと……すみません。
 私も、どちらかと言うと柾木くんに賛成で……」
「あはは、かーしまの負けー」
 みほに意見を求めるが、そのみほも慎重派だった。オマケに杏にまで慎重派に乗っかられてしまい、桃は完全に反論を封殺されてしまった。
「ま、いーじゃん。
 とりあえず、これで先を戦い抜く目も出たんだし」
「……わかりました。
 みんな、B1bisについては聞いての通りだ。
 しかし、それは逆に言えば次の二回戦を勝ち抜けなければ、せっかく見つけた戦車も日の目を見ることなく終わるということだ。
 二回戦、絶対に勝つぞ!」
『はいっ!』
「では柾木、締めろ」
〈西住隊長ヨロ〜〉
「ぅえぇっ!?」
 桃の振った締めのあいさつが、ノータイムでみほへと丸投げされた。
〈とーぜんでしょ。
 オレは所詮、主任とはいえ“教官”だ。チームとしては一隊員。
 こーゆーのは隊長の西住さんの仕事だよ。むしろ迷わずオレに振った桃姉がおかしい〉
「まぁ、桃ちゃんはアレだから……」
「こらそこっ! どーゆー意味だっ!?」
〈答えていいの?
 じゃあ、二月の学年末テストの点数を国語から順に……〉
「私が悪かったからそれだけはやめてぇっ!」
「……あっちはほっといていいから、西住ちゃん」
「は、はい……」
 ジュンイチと柚子によって桃がいぢられているのを尻目に、みほは杏に促されて立ち上がった。
 とたん、チーム一同(背を向けたままのジュンイチは除く)の注目を浴びて思わずたじろぐ――しかし、それでもなんとか踏みとどまって、告げる。
「……みっ、みなさんっ!
 次もがんばりましょうっ!」
『おーっ!』



    ◇



「…………ふむ」
 風呂から上がり、すでに解散済み――みほを先に帰し、ジュンイチは帰りがけに戦車のガレージに立ち寄っていた。
「……また、おもしろいものが見つかったね」
 今回の捜索で見つかった“あるもの”を、帰る前にもう一度見ておきたかったからだ。
「直して、テストして……二回戦どころか三回戦も厳しいかな?
 投入できるのは準決勝からってところか……」
 つぶやき、思い返すのは大洗チームの一員として臨んできた今までの戦い――
(みんなに正体を明かして、少しは肩の荷が下りたけど……それでも、試合で“力”を使えないことには変わりない。
 コイツで、攻撃力の不足を何とかできればいいんだけど……)
 心の中でつぶやき、ジュンイチが見つめるそれは、一見しただけでは正体のわからない金属の塊。
 その正体が明らかになるのは、もう少し先の話――


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第17話「ハムになるのか……?」


 

(初版:2018/07/23)