轟くエンジン音、大地を踏みしめる履帯――荒野のド真ん中で、多数の戦車が入り乱れる。
 フランス製戦車の一団と、それに対するイタリア製戦車の一団――戦車道全国大会一回戦、マジノ女学院のアンツィオ高校の試合。
 現在試合は一進一退。激しくうねる戦場という名の渦を、ジュンイチやみほ、そして沙織達――大洗戦車道チーム、あんこうチームはオーロラビジョン越しに観戦していた。
「やっぱり、マジノの動き、私達と戦った時よりも良くなってる……」
「えぇ。まさかこの短期間で、アンツィオと互角に渡り合うまでのレベルに仕上げてくるとはね……
 あの練習試合以降の努力の程がうかがえるわね」
 ただし、彼らだけではない。ダージリン達聖グロ勢とも一緒だ。つぶやくみほに、となりに座るダージリンが答える。
 マジノ戦の後、アンチョビからダージリン達と出会ったこと、その時の顛末を聞いていたので、「もしかしたら」と思って探してみたら、案の定露地の観戦スペースを大きく占拠しているのを発見。ダージリンの(みほへの)厚意に甘えてお邪魔させてもらうことにしたのだが……
「動き、良くなってるのかなぁ……?
 なんか、私にはアンチョビさん達に対して動き負けてるように見えるんだけど……」
「あぁ、それはですね……」
 まだ戦術面ではそれほど鍛えられているワケではない沙織達には、マジノがアンツィオの攻めに押されているように見えたようだ。ダージリンの言うような互角の戦いには見えないとこぼす沙織にオレンジペコが答えようとした、その時――
「あーっ! やっぱりここにいた!」
 いきなり、そんな声がかけられた。
「来てるって目撃情報があったからひょっとしたらと思ったけど……
 Hey、ダージリン! 久しぶりね……って、ミホ!? マッキー!?」
 言いながらやってきて、みほやジュンイチに気づいて驚いているのは――
『ケイさん……?』

 

 


 

第17話
「ハムになるのか……?」

 


 

 

〈マジノ女学院、フラッグ車、ソミュア走行不能!
 よって、アンツィオ高校の勝利!〉
「……終わった、わね……」
 試合はアンツィオの勝利で終了――決着を告げる審判の宣言が響き渡る中、ダージリンは静かに息をついた。
 手にしたティーカップに残る紅茶を一口。カップを下ろして――
「いやー、ビックリしたわ。
 ミホ達がダージリン達と一緒にいたのもそうだけど、まさかマジノとアンツィオの試合がこんなにも長引くなんて!」
「朝一で始まった試合が終わってみればもう昼過ぎだもんなー」
「私はそれ以上に当然のように上がり込んできているあなたの方に驚いているわよ、ケイさん」
 オレンジペコがいれてくれた紅茶とジュンイチが持ち込んできた弁当(サンドイッチ)を手に、平然とジュンイチとコメントを交わすケイへとツッコんだ。
 ちなみにアリサやナオミも一緒だ。ナオミは華やアッサムと砲手談義に華を咲かせ、アリサは傍受の一件のせいでこの場にいるのは気まずいのか、輪の中に入れず独りちびちびと紅茶を飲んでいる。
「ねぇ、みぽりん。
 今回の試合、そんなに長かったの?――私達だって、朝一スタートの試合が同じぐらいかかったことがあったじゃない」
「この場であの泥仕合を引き合いに出してやるなよ」
 一方でケイの言葉を聞きつけた沙織がみほに尋ね、ジュンイチがそこにツッコむ――案の定ダージリンがむくれているが、触れるのはかえって悪いだろうとスルーを決め込むことにして、みほは沙織に説明する。
「今回はマジノもアンツィオもスピード勝負の機動戦だったから……
 こういう時は、お互い激しく動く分状況の変化も速いから、比較的短時間で決着がつくことが多いの」
「なるほど」
「ところが、今回は四時間に近いlong battle。
 マジノはアンツィオが調子に乗る前に決着をつけようとquick attackを仕掛けたみたいだけど、それをしのがれたことでかえってアンツィオのtensionを上げちゃったみたいね」
 沙織へのみほの説明にケイが付け加えて――



「うーん、それはどうなのかな?」



 上がった疑問の声は、その場の誰のものでもなかった。
 しかし――聞き覚えのある声ではあった。ひょっとしたら、と予感を覚えつつ、みほは声のした方へと振り向いて、
「諸葛さん……?」
「西住さん、久しぶり!」
 そこには予想通りの人物がいた――かつて組み合わせ抽選会の時に出会った諸葛明だ。
「そうそう、試合見たよ! 一回戦突破おめでとう!」
「う、うん……」
 再会がうれしいのか、パタパタと駆けてきてハイテンションで詰め寄ってくる明に、みほは圧倒されながらもうなずき返して――
「あら、その一回戦を突破された相手の前で言うわねぇ」
「え…………?
 ……あぁぁぁぁぁっ!? サンダースのケイ隊長!? 聖グロリアーナのダージリン隊長まで!
 すっ、すみませんっ! 私ってば気づかずに……」
「いーわよいーわよ。
 ツッコんだのはただのジョーク。気にしてないから」
「そ、そうですか? よかった……」
 ケイにツッコまれたことで彼女やダージリンに気づき、あわてて謝罪する明に対し、ケイはカラカラと笑って、
「………………」
「……?
 柾木くん……?」
「西住さんに……大洗でも対戦経験校でもない他所の学校に友達がいるだとぉ!?」
「柾木くんは日頃から私のことをどういう目で見てるのかなっ!?」

 そして相変わらず“みほいぢり”に余念のないジュンイチであった。
「それで? さっきの異論はどういう意味なのかしら?」
「あ! は、はいっ!
 えっと……これです」
 気を取り直して聞き返すケイに対し、明は自らの手にしたデジカメを操作。目的の画像を表示した上で差し出した。
 表示したのは今日の試合の、マジノの戦車で――
「今日のマジノの戦車じゃない。
 それがどうしたって……あれ?」
 画面をのぞき込むケイだったが、その画像に違和感を覚えた。
「これ……規格よりも多く予備燃料タンク積んでない?」
 そう。写真の戦車は正規の予備燃料タンクの取り付け位置のさらに上にもうひとつ、追加の予備タンクを増設してある。
「あー、なるへそ。
 こりゃ完っ全っ、に、長期戦のかまえだな」
「どういうこと?
 短期決戦狙い丸わかりのquick attackを仕掛けておきながら、その実はlong battleを狙ってた……?」
 同様に画像を見て納得するジュンイチの言葉にケイが首をかしげると、
「……ひょっとして……」
 何かに気づいたのは、みほが口を開いた。
「エクレールさんは、私や柾木くんがダージリンさんに仕掛けたのと同じことを狙ってたんじゃ……」
「最初の練習試合の時のアレか」
「うん……
 わざと最初の速攻を失敗して、調子に乗ったアンツィオが勢い任せに攻めてくるのを受け流す……そうやって、アンツィオが攻め疲れるのを待っての逆転を狙った……ってことじゃないかな?」
「なるほど……考えられる話ね」
 麻子に答える形で仮説を述べるみほに、ダージリンは同意と共にうなずいた。
「『ノリと勢いなら誰にも負けない』……アンツィオについてそう言われているのは、決して伊達なんかじゃないよ。
 でも、それはノリと勢いに任せて、ペース配分も考えずに突っ走ってしまう諸刃の剣……そこにエクレールさんは賭けたんだね」
「なるほど。短期決戦と見せかけて、アンツィオに攻めさせて燃料と弾を無駄遣いさせる……それを見越しての長期戦装備ね」
「でも、それならマジノが得意な防御陣形で戦えばよかったんじゃ……?」
「狙いがバレバレになるだろが」
 明の説明に納得するケイのとなりから沙織が聞き返して――対し、答えたのはジュンイチである。
「この作戦のキモは、“わざとアンツィオを調子に乗らせること”にある。
 『これなら勝てる!』と踏んで調子に乗るからこそ、一気に決めようと攻め立てて燃料、弾薬を浪費してくれる。
 そーゆー展開を狙ってるのに、ドッシリ守り固めて待ちかまえてみろ。撃っても効かないってわかってる状況で、そうそう調子に乗れるかよ。
 調子に乗ったらバカになるってだけで、冷静な内はむしろ頭回る方だぞアイツら――若干一名を除いて」
 ジュンイチの言う“若干一名”が誰かを察して、みほ達は思わず苦笑する。
「だから、あえて機動戦を仕掛けた。
 オレらとマジノの練習試合に首突っ込んだ縁で、アンツィオにはマジノの機動戦の情報が筒抜けだったからな。
 まだ機動戦に不慣れなことも知っていたアンツィオからすれば、『専門家に素人が挑むとかバカかてめぇ』状態だったろうさ」
「その作戦は図に当たって、アンツィオを調子に乗らせることには成功した。
 あとはアンツィオが疲弊するまで耐えられれば作戦は成功、だったのだけど……」
「押し切られちゃいましたね、アンツィオに……」
 ジュンイチに続くダージリンが、みほの指摘にうなずいた。
「思うように防御陣形を組ませてもらえなかったわね。
 むしろあれだけアンツィオにかき回される中よくもった方よ」
「機動戦、電撃作戦に限って言えば黒森峰以上だからな、アイツら……
 さて……アレをどう攻略したものか……」
 ダージリンの言葉にうなずき、ジュンイチは軽くため息。
(……にしても……)
 そして意識を向けるのは、この話題を振ったそもそもの張本人――
「……あ、そうだ。
 あっ、あのっ、ケイ隊長、ダージリン隊長っ! 私お二人のファンなんです! サインもらえますか!? それがダメでもせめて握手だけでもっ!」
(コイツ……西住さんやダージリンですら今ツッコんでようやく気づけたことを、初見で見抜いたっていうのか……?)
 ケイやダージリンに出会えたことをこれ幸いと二人にサインを求める明だ。彼女が今ここで垣間見せた秘めた実力に、ジュンイチは思わず眉をひそめる。
「OK、かまわないわよ」
 そんな明に対し、ケイは快く応じていた。握手した上で明の差し出した手帳にサインしてあげる。
「手馴れてるな」
「けっこうやってるからねー。
 ……良かったら名前も入れてあげるけど?」
「いいんですか!?」
 ジュンイチに答えつつ提案するケイの言葉に、明は喜びの声を上げて――
「あ、あのっ、私、諸葛明っていいます!」
『………………っ』
 みほの知り合いということでしれっとスルーされていた明のフルネーム――ようやく名乗られたその名前に反応したのは五人。
 アッサムとダージリン、ケイとアリサ――そして、ジュンイチ。
「少しよろしくて?」
「は、はいっ! 何でしょう、ダージリン隊長!?」
 だから、ダージリンが代表して声をかける――居住まいを正した明に、尋ねる。
「失礼ですけど……あなた、どこかの学校の戦車道選手なのかしら?」
「はいっ!
 関西国際商業で、作戦参謀をやらせてもらってます!」
『………………っ』
 ダージリンに答える明だったが、その答えにジュンイチ達はまたもや眉をひそめた。
 意味深な反応に、どうしたのかとみほが問いかk
「諸葛! どこにいるの!?」
「ぅわ! あの声隊長だ! もう帰るのかな!?
 すっ、すみません! 私もう行かないと! それじゃあ!」
 しかし、それよりも早く状況が動いた。人ごみの向こうから聞こえてきた声に明が大慌て。一同に一礼して去っていった。
「……あ、慌ただしい人でしたね……」
「初めて会った時も、あんな感じだったわよ」
 明のテンションに圧倒されていたオレンジペコに、横浜での出会いを思い返した沙織が肩をすくめて答える。
「柾木くん、諸葛さんがどうかしたの?」
「んー……」
 改めて尋ねるみほに対し、ジュンイチは何やら困ったようにみほと明の去っていった方を交互に見比べる。
 ジュンイチにしては珍しい反応だ。わからない時も『わからない』とハッキリ言う人なのに……
「柾木くん?」
「……あぁ、すまん。
 確証のある話じゃなくてな……ハッキリしたら話すよ」
 そう答えると、手をヒラヒラと振って話題終了をアピール。こうなると何も話してくれないのを知っているみほは、追求をあきらめてため息をつくのだった。



    ◇



「……と、いうワケで、二回戦の相手はアンツィオに決まった」
 後日、大洗の生徒会長室では早速、二回戦に向けての対策会議が開かれた。
 と言っても、まだいろいろと決まったばかりで練られるものも練られていない。今回は予備会議、本格的な話し合いに向けての簡単な打ち合わせのみということで、呼ばれたのはジュンイチとみほのみ。そこに付き添った沙織と華、巻き込まれた麻子といった面々を前に、桃がそう切り出した。
「かーしま、どこでやるってー?」
「はっ、山岳ステージに決まりました」
「山かぁ。
 それなら、アンチョビさん達の得意なスピード勝負はできないね」
「でもないさ。
 機動性ってのは単純なスピードだけで決まるもんじゃない。小回りだって重要だ――アンツィオはその辺が抜群に上手い。
 その点こっちはまだまだ。動けないワケじゃねぇが、経験値の差で明らかに負けてる。小回りの技量がモノを言う山岳戦となると、不利なのはこっちだ」
「ノリと勢いの人達だし、その辺気づかないでくれるとか……」
「同時に機動戦専門の職人集団だぞ。気づかないと思う?」
「デスヨネー」
 杏に答えた桃の言葉に沙織とジュンイチが話していると、
「問題はそれだけではない」
 そんな二人に告げたのは桃だった。沙織へと視線をしぼり、
「武部、一回戦でアンツィオが使っていた戦車は何だった?」
「え?
 えっと……」
 問われ、沙織は取り出した可愛らしいデザインの手帳のページをペラペラとめくり、
「……CV33……カルロヴェローチェ33。あと、セモベンテM41!」
「そうだ。
 だが、それに加えてもう一車種、新たに戦車を入手したという情報がある」
「もう一車種……?」
 沙織に答えた桃の言葉に、みほは眉をひそめる――その話が本当なら、入手した戦車が何かによって相手の戦術もガラリと変わってくることも十分に考えられるからだ。
「アレかな、秘密兵器ってヤツ?」
「だとしたら、二回戦でも温存してくるでしょうか……?」
「わからないぞ。
 アンツィオの連中、私達と戦うのを心待ちにしていたようだからな……連中の性格を考えると、むしろ大会後半のことなど考えず、私達との戦いに喜び勇んで出してくることも十分に考えられる」
「我々もそこを心配している」
 顔を見合わせる沙織と華に麻子や桃が答えると、
「西住ちゃんはどー思う?」
「とにかく、手に入れた戦車が何かわからないことには……」
 今度は杏がみほに声をかけた。今わかっている情報だけではどうとも言えない、と、みほの答えも芳しくなかったが――
「まー、その辺は心配ないでしょ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「いや、だってね……」
 対する杏の方はあくまで楽観的だった。聞き返すみほに対し、カラカラと笑って、
「そこでこっそり逃げ出そうとしてる誰かさんが、とっくに対策会議で私達に配るための資料の準備に取り掛かってるだろうから」
「ぐ…………っ」
 その言葉に、気配を殺して会長室から脱出しようとしていたジュンイチが、ぎくりっ、と動きを止めた。
 相手の情報がわからないという話題になったとたんにこの反応。まさか――
「柾木くん……」
「なっ、何のことかなーっ!?
 オレはただ、新しい戦車についてさっそく情報収集に出かけようt
「それには及びませんっ!」
 みほの呼びかけに下手クソにもほどがあるごまかしに走るジュンイチだったが、そんな彼の前に立ちはだかったのは――
「ぅわ出たな、オッドボール三等軍曹っ!」
「その呼び方やめてくださいよーっ!」

 優花里が速攻でカウンターをかまされて悲鳴を上げる――と、みほはそんな優花里の着ている服に気がついた。
 見覚えのあるコンビニの制服。まさかこちらも……
「優花里さん、もしかして、また……?」
「はいっ!
 生徒会のみなさんから頼まれまして!」
「じゃ、アンツィオの情報については秋山さんに任せて、オレは訓練計画の方を……」
『逃がすかぁーっ!』
 うなずく優花里の背後で、逃げようとしていたジュンイチが桃と沙織のダブルタックルで捕まった。
「放せーっ! オレをここから解き放てーっ!」
「逃げようとしたってそうはいかないぞ、柾木!」
「このタイミングで逃げ出すなんて、サンダース戦のようなことをまたやらかしたって言ってるようなものじゃない!
 さぁ吐きなさい! 何したの!?」
「仕方なかったんやーっ!
 やる気に満ち溢れた若人の姿に、オレの教育者魂が刺激されてしまったんやーっ!」
「えっと……優花里さん?」
「ま、それは見てもらえばわかりますよ」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐジュンイチ、沙織、桃の三人を前に、途方に暮れるみほには優花里が答える。「今回は紛れるどころかバッチリ映ってますし」と付け加えつつ、取り出したUSBメモリを会長室の大型液晶テレビに接続する。
 すぐに映像データが再生され、表示されたのは優花里特製のタイトル画面。



 『秋山優花里のアンツィオ高校潜入大作戦』



「……このセンスは相変わらずなのねー……」
「えー? いいじゃないですかー」
 逃げられないよう、桃と二人でジュンイチを縛り上げながらの沙織のツッコミに、優花里が不満そうに答える――そうしている間にも、映像は本編へ。
〈はい、今日はアンツィオ高校に来ています。
 仲の良い学校ですし、普通に訪問してもよかったんでしょうけど、さすがに対戦前ではいろいろと見せてもらえないものもあると思いますので、今回も潜入です。
 ……それにこっちの方が雰囲気出ますし〉
 最後にポロリと本音がもれる優花里であった。
 そして映像はジュンイチも絶賛した屋台街へ。
〈それにしても……柾木殿から聞いてはいましたけど、本格的な屋台街ですねぇ。
 ……あの人、今回も来てるんですかね? それとももう来た後? また余計なことしなきゃいいんですけど〉
『………………』
 映像の中の優花里のつぶやきに、一同の冷たい視線が逆さづりにされたジュンイチに突き刺さる――口笛を吹いてごまかそうとするジュンイチだったが、逆さづりのせいで余裕がないのかヒューヒューと息を吹くばかりだ。
 と――
〈アンツィオ名物、鉄板ナポリタンだよーっ!〉
〈ん? この声は……〉
 聞き覚えのある声に気づいてそちらにカメラを向けると、看板に戦車をあしらった屋台。つまり――
〈おいしいよーっ! 食べてって損はないよーっ!〉
〈やっぱり、ペパロニ殿です。ここは見つからない内に……〉
〈ん? おーっ! 大洗の秋山じゃないっスか!〉
〈ぅえぇっ!?〉
 知人を見つけ、見つかる前に退散しようとした優花里だったが、それよりも早くペパロニに見つかってしまった。
〈今日はどうしたんスか?
 ウチの制服なんか着ちゃって……あ! わかった! 体験入学っスね!?〉
〈え……あ、はいっ! そうなんです!〉
 さすがにこちらの素性を知っているペパロニが相手ではスパイがバレるかと思ったが、そこはペパロニ。ぜんぜんそんなことはなかった。あっさりと納得してしまったその姿に、映像を見るみほ達はホッと一息。
〈そうとわかれば歓迎するっスよ!
 ホントなら300万リラのこの鉄板ナポリタン、一杯おごりだぁっ!〉
〈えぇっ!?
 いったいいつの為替レートですか!?〉
〈かーっ! あの柾木の旦那の身内だってのにノリが悪いっスねーっ!
 そこは普通に300円って意味っしょ! そんなんじゃ大阪じゃやってけないっスよ!?〉
〈ペパロニ殿って栃木の方ですよね……?〉
 呆れるペパロニにツッコんで、映像の中の優花里がため息をつくが、
〈あぁ、そうだ。
 ペパロニ殿――そういえば、新しく戦車を買ったって聞いたんですけど〉
 そんな、画面の中の優花里がペパロニに尋ねた。確かに一番知りたい話だが、いくらペパロニでもまさかそんな簡単に――
〈お? さすが大洗一の戦車好き! 耳が早いっスねー?〉
 そのまさかであった。
〈そーなんスよ!
 みんなでお金出し合って買ったんスよ! いやー、先輩達の代から三時のオヤツをガマンしてコツコツお金を貯めてきた甲斐があったっスよ!〉
〈オヤツをガマンして買った戦車って……〉
 映像の中の優花里のつぶやきに、一同がうなずく。確かに、買うものに対してその資金源がいろいろとアレすぎる。
〈えっと、なんて名前だったっけ……
 重戦車なのは覚えてるんスけど……〉
〈アンツィオで使うんですからイタリア製ですよね?
 イタリアで重戦車っていったら……ひょっとして、P40ですか?〉
〈そう! それそれ!
 アンチョビ姐さん、もぉ大喜びでさー! 今日もコロッセオで見せびらかしてんじゃないっスかね! よかったら行ってみるといいっスよ!〉
〈そうですか! ありがとうございます!〉
 話を聞かせてくれたペパロニにいろいろな意味で礼を言い、映像はコロッセオに移動していく。
〈これが我々の秘密兵器だぁーっ!〉
<<オォォォォォッ!>>
〈お、あの声はアンチョビ殿ですね。
 どうやらペパロニ殿の言う通り、お披露目の真っ最中みたいです〉
 コロッセオの通路にいる内からアンチョビの声が聞こえてきた。通路を抜けて視界が開けて――
〈一回戦は戦車道仕様への改装が間に合わなかったが、二回戦からはいよいよ実戦デビューだ!
 二回戦では覚悟しておけよ、柾木!〉
〈ふんっ、いいだろうっ!
 大洗を代表して、その挑戦受けた!〉
〈……ナニやってんですかあの人〉
 当然のように大洗の代表面してお披露目会に参加しているバカがいた。
〈大洗だって負けちゃいねぇ! P40を手に入れようが、なめてかかると痛い目見るぜっ!〉
〈“秘密”兵器って何でしたっけ……〉
〈お前らのノリと勢い、見せてもらうぞっ! アンツィオの諸君!〉
<<マエストロっ! マエストロっ!>>
〈しかもちゃっかり“師匠マエストロ”ってあがめられちゃってますし……絶対敵に塩送りましたよあの人。しかもコンテナ単位で〉
 盛り上がっている連中は果たして自分達が声援を送っているのが次の対戦相手だとわかっているのだろうか――優花里のツッコミをよそに、現場は大きな盛り上がりを見せている。
<<ドゥーチェ! ドゥーチェ!>>
<<マエストロっ! マエストロっ!>>
〈……これみんなに見せたら柾木殿オシオキ確定ですかねぇ……
 以上、現場から秋山優花里がお送りしました!〉
 優花里が締めくくり、自身の名前と協賛扱いの自宅の理髪店の名前しかないスタッフロールを経て、映像は終わった。
「……柾木くん」
 そして、映像の中でバカをやらかしていた人に視線が集中する――代表して声をかける沙織に対し、ジュンイチは逆さづりのまま器用にクルリと背を向けた。
「い、いやな、前にも言ったろ。
 オレの仕事はお前らを鍛えることでもあるんだから……」
「それでわざわざ出向いておだてて、ノりにノせてフルパフォーマンスに持っていったってこと?」
「まったく、前回といい今回といい……」
 ジュンイチの釈明に沙織と桃が呆れるが、不意に華が立ち上がった。逆さづりになったまま背を向けているジュンイチに歩み寄り、
「それならなんで後ろ向きなんですか。
 やましいことがないなら堂々と向き合って……」
「だぁぁぁぁぁっ!? 待て待てぇっ!」
 どうやらジュンイチが背を向けているのが気に入らなかったようだ。逆さづりのままのジュンイチの身体を向き直らせたのだが、そんな彼女にジュンイチがあわてて声を上げた。
「やめろ! 元に戻せっ!
 別にやましいと思ってないからっ! 後ろ向いたの別の理由だからっ!」
「いや、アレでやましくないってのもどうなのよ……」
「じゃあ、どうして……?」
 ジュンイチの叫びに沙織がツッコむのをよそに、華は必死に目をつむるジュンイチの顔を“見下ろして”――気づいた。
 ジュンイチは現在逆さづり――当然、彼の頭は自分達の足元にくる。
 そして自分は、そんなジュンイチの目の前に、正面から向き合う形で立っている。
 つまりジュンイチが自分を見上げようとした時、その視界に入るのは――
「〜〜〜〜〜〜っ!」
「ち、ちょっと待ったのしばし待てぇっ!
 コレ悪いのオレぇっ!?」
 思わずスカートを押さえて後ずさり。華が真っ赤な顔でジュンイチをにらみつける――弁明もむなしく、華の投げつけたソファが身動きもままならないジュンイチを直撃した。



    ◇



 明けて翌日――土曜日。
 休日の住宅街を、ジュンイチはみほと二人で歩いていた。
「……この辺か……」
「ウン、ソーダネー」
 だが、今日は様子がおかしい。ジュンイチに返すみほの反応がやたらとぞんざいだ。
「……まだ怒ってるのかよ?
 だから見てないって。ちゃんと目ェつむってたって」
「………………」
 改めて告げるジュンイチだが、みほはジト目でジュンイチを見返すのみだ。
 その視線が意味するものは明らかだ。すなわち――「本当に?」
 そう、みほの不機嫌の理由は前日のジュンイチと華の一件だ。
 あの一件で、みほはジュンイチが華のスカートの中をのぞいたのではないかと疑っているのだ――いつもならジュンイチを信頼しているみほだったが、今回は自分でも理由がわからない疑心暗鬼に陥っていた。
 傍から見れば、みほがジュンイチのことを意識しているのは明らかだ。すぐにみほの疑心暗鬼の正体が嫉妬によるものだとわかるのだが、当のみほは自らの感情に対し自覚がない。理由もわからないイライラを持て余しているのが現状だった。
 一方のジュンイチも、みほが自分にそんな感情を抱いていることなど知る由もない。ただ「みほが昨日のことで機嫌を悪くしてる」ということぐらいしかわからず、ただ身の潔白を主張するしかなくて――

 ――ガランッ!

 何か、金属同士がぶつかるような大きな音がした。



    ◇



 裏庭に置かれたそれは、一目見ただけでは用途のわからない珍妙なものだった。
 だが、使っている光景を見れば一目瞭然。装填口のガイドレールを模したU字溝に砲弾を通し、押し込む。U字溝を抜けた砲弾は向こう側に落下、先に押し込んでいた砲弾の上に積み重なって、ジュンイチとみほが聞いたあの金属音を響かせる。
 そう。即席で作った砲弾装填の練習装置だ――そして、それを使っているのは、カバさんチーム、V突の装填手、カエサルにして“たかちゃん”こと鈴木貴子その人だ。
 ここはカバさんチーム四人が暮らすシェアハウス。昭和の庭付き一般和式住宅を思わせる賃貸一戸建てで――
「……ここもソウルネームなんだ……」
 その正門前では、表札の名前も各自のソウルネームになっているのを見たみほが苦笑していた。



「……ふぅっ」
 練習に一セット区切りをつけ、タオルで汗をぬぐう――カエサルは水分補給にペットボトルの水を一口。そのまま休憩がてらに縁側に置いておいたノートパソコンに向かう。
 画面に展開しているのはSNSのグループタイムライン。いつ“来て”もいいように開きっぱなしにしていたそれに、まさに狙いすましたかのようなタイミングで待望のメッセージが表示された。

 ――ひな@伊多利「帰宅なう」

 すぐにカエサルもメッセージを返す。

 ――たかこ@大洗「ひなちゃん、きたーーー!」

 ひなちゃん――そう。メッセージの相手はアンツィオのカルパッチョだ。

 ――たかこ@大洗「練習上がり?」
 ――ひな@伊多利「うん。たかちゃんも?」
 ――たかこ@大洗「ウチは休み。自主連の休憩なう」
 ――ひな@伊多利「ムリしないでね。試合楽しみにしてるんだから」
 ――たかこ@大洗「了解〜」
 ――ひな@伊多利「試合終わったら遊ぼうね! そっちに行くから!」
 ――たかこ@大洗「え? 来るの? 待ってるよ〜」

 ……などとカエサルとカルパッチョがインターネットをはさんで盛り上がっていると、
『ごめんくださーい』
『いらっしゃーい』
 玄関から聞こえてきたのは男女の声――次いでそれを出迎えるチームメイト達の声も聞こえてきて、カエサルは今日これからの予定を思い出した。

 ――たかこ@大洗「来客なう」
 ――ひな@伊多利「お客さん?」
 ――たかこ@大洗「隊長と柾木。今日来ることになってた」
 ――ひな@伊多利「そうなんだ。二人によろしくね」
 ――たかこ@大洗「伝えとくねー」

 そこまでメッセージを交わすと、カエサルはパソコンをシャットダウン。みほやジュンイチを出迎えようと立ち上がり――

 十秒後、「汗だくで客の前に出てくるんじゃない」とエルヴィンから叱られ、おりょうと左衛門佐によって浴室へと連行されていった。



    ◇



「P40の資料はあまりないんだけど……
 とりあえず、イタリア戦車に関する資料をかき集めてみた」
 居間で左衛門佐が淹れてくれた茶をいただきながら待つことしばし――そう言ってエルヴィンが一抱えほどの本の山を持って現れた。
 だが、それは日本語の本ではなくて――
「日本語じゃないな」
「英語でもないぜよ」
「イタリア語だよ」
 首をかしげる左衛門佐とおりょうに答えたのは、早速一冊手にとって目を通し始めたジュンイチだ。
「柾木くんは読めるの?」
「“仕事”で行ったついでに、向こうで料理教わるために覚えた」
 尋ねるみほにジュンイチが答えると、
「え? お前ら読めないのか?」
『…………え?』
 あっさりとかけられた声に驚いて振り向くと、そこにはシャワー上がりで塗れた髪をタオルで拭いているカエサルの姿があった。
「カエサル、お前読めるのか!?」
「びっくりぜよ……」
「イタリア語とラテン語は読めて常識だろう?」
「常識じゃないっ!」
「まぁ、学術書とかで用のあるラテン語はともかく、日本でイタリア語は馴染み薄いわなぁ」
 エルヴィンやおりょうに答えるカエサルに左衛門佐がツッコむ中、ジュンイチもそんなコメントと共に苦笑する。
 しかしジュンイチにしてみれば自分以外にもイタリア語の読める人間がいるのはありがたい。二人で手分けして、取り急ぎ必要な諸元などの情報を訳し、メモしていく。
「図面とかはコピーでいいか。
 柾木、お前の家にコピー機あったよな? それも業務用の高性能ででっかいヤツ」
「へいへい、ウチでコピらせてもらいますよ――資料のレンタル料は一冊あたり食堂の食券一枚でいいか?」
「五枚」
「ちょっ!?
 それはちょっと足元見すぎじゃないか!?」
「五枚」
「……そっ、それならっ!
 食券の代わりにオレの手作り弁当! それなら一冊あたり五食出してやる!」
「よし、それでいい。取引成立だな。
 ……キリがないけど、こんな感じかな」
 ジュンイチと話している内にメモが仕上がった。言って、カエサルが自分の分のメモをみほへと手渡す。
「しかし意外だな――柾木がP40の資料をあまり持ってなかったっていうのは」
「本家近代史歴女のエルヴィンですらこの収蔵量ってあたりから、日本じゃどれだけ入手し辛いレア資料なのかを察してくれるとありがたい」
「日本じゃ、戦車道やってない一般戦車ファンにとってはドイツ戦車とアメリカ戦車の人気が全盛だからなぁ」
 カエサルに答えて、ジュンイチもまた仕上げたメモを台紙からはがして持ってきたファイルにとじる。その傍らで、エルヴィンは苦笑まじりに茶をすする。
「けど、意外だったのはこっちもお互い様だよ。カエサルがイタリア語を読めたとはね。
 ま、おかげで手間が省けて助かったワケだけど――さすがはアンツィオに幼馴染がいるだけあるぜ。な、“たかちゃん”?」
「その呼び方はやめろ。
 ……あ、そうそう。そのひなちゃんとさっきまでSNSで話してて、二人によろしくって」
「相変わらず対戦前ってのにフレンドリーだなあそこは」
「柾木くんも人のことは言えないと思う……」
 ジュンイチにツッコむみほの言葉に全員がうなずいた。
「とゆーか、カルパッチョからは何も聞いてなかったのか?」
「P40のことか?」
「そ」
「今回の件については何も。
 昔、イタリア戦車について話題になった時に話に出てきたぐらいだな。
 ま、もっとも……」
 ジュンイチに答えると、カエサルは軽く肩をすくめ、
「幼馴染との試合だからこそ、そんなスパイみたいな形じゃなく、正々堂々と情報を集めたいかな、私は」
「なるほど。
 友情は友情、試合は試合ぜよ」
「ライバルですか。うらやましいです」
 カエサルの主張におりょうやみほが返すと、そこからはカバさんチームおなじみのやり取り。
「坂本竜馬と武市半平太!」
「ロンメルとモントゴメリ!」
「武田信玄と上杉謙信!」
「ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリー」
「ミハイル・ヴィットマンとジョー・イーキンス!」
『それだ!』
 おりょう、エルヴィン、左衛門佐と続き、ジュンイチとみほが加わったところで締めとなり――
「……って、誰ぜよ?」
 最後に、ちょっとだけオチがついた。



    ◇



「……で、向こうの装甲はどんなもんよ?」
「例によって例の如く、頼みの綱はV突かねー」
「P40の正面装甲は、V突なら相手の有効射程の外から貫通可能です」
 休みが明け、いよいよアンツィオ戦に向けての練習開始――チームリーダーのミーティングの席で、杏の問いにジュンイチとみほが答える。
「W号、M3はインファイトの覚悟が前提。
 八九式と38(t)は……うん、今回はあきらめようか」
「マジノ戦で私達がやったみたいな、ダクト狙いの戦法ならいけるんじゃ……」
「そのマジノ戦をアンチョビ達は見てたんだぞ。たぶん一番警戒されてるぜ」
「あ、そっか……」
「ま、そうムリして冒険することもないってね」
 意見を交わすジュンイチと梓に告げるのは杏だ。カエサルへと視線を向けて、
「そーゆーワケだから、カバさんはピヨピヨの相手、よろしくね」
「ピヨピヨ……?」
「『“ピ”“ヨ”んじゅう』だから……?」
「そ、ピヨピヨ」
 二人そろって可愛らしく小首をかしげるみほと梓に、杏は笑いながら答える。
「じゃ、二組に分かれて模擬戦やってみようか。
 西住ちゃん、仮想ピヨピヨは誰がいいかな?」
「P40に一番性能が近いのはW号です」
「じゃあ、W号がピヨピヨ役で……カルロヴェローチェ役は同じくすばしっこい八九式がいいかな?」
 みほの答えに杏が配役、それを受けてみほが一同を見回し、
「それでは、W号と八九式を仮想敵として模擬戦を行います」
「じゃ、そっちはよろしくなー」
 告げるみほに返すと、ジュンイチは唐突にきびすを返した。
「柾木くん……?」
「んー? ジュンイっちゃん、用事ー?」
「いや、用事っつーか、戦車同士の模擬戦なら西住さんがいれば十分だろ?」
 みほと杏に返すと、ジュンイチは肩越しに振り向き、告げた。
「だから……ちょいと自主トレしてくる」



    ◇



「どんな作戦でいきますか?」
「うーん……」
 ジュンイチがいきなり自主トレなんて言い出したのは気になったが、ともあれ模擬戦を開始。八九式と共に残る三輌から逃げるW号の車内で、みほは優花里の問いにしばし考え、
「……こちらに近づく車輌を八九式が妨害。動きの乱された相手を順次撃破していきます」
「射程に入ったら撃っていいんですよね?」
「はい」
「こっちは逃げるのか、進むのか?」
「逃げます。
 スキがあれば、肉迫して攻撃もアリです」
 聞き返してくる華や麻子に返すと、みほは足元、通信手席の沙織をのぞき込み、
「沙織さん」
「うん。
 じゃあ……アヒルさん、こっち逃げるから妨害よろしく〜」
〈了解!〉
「柾木くんは……」
〈オレぁ自主トレだっつったろーが〉



    ◇



「ったく、別メニューのオレまでいつもの感覚で巻き込んでんじゃねぇよ」
〈あ、ごめーん〉
 インカムはジャマになるので、ブレイカーブレスで無線の電波を拾っての通信だ――“自主トレ”でかいた汗をぬぐいながら返すジュンイチに、いつものクセで話を振った沙織が謝罪する。
「ま、話すぐらいならいいけどさ。
 安全に気を配る必要はあるけど、だからって話もできないほど集中するのは違うからな」
〈どういうこと?〉
「それって逆に言えば“集中しなきゃいけないことしか見えてない”ってことだからな。
 その視野の狭さは、戦場ではむしろ致命的だ」
〈なるほど。
 ってゆーか、柾木くんが戦車道の練習の時間に自主トレなんて珍しいよね〉
「まぁ、な」
 再び話題を振ってくる沙織に対し、ジュンイチは少し早いが休憩に入ることにしたようだ。ペットボトルを手に近くの“切り株”に腰を下ろす。
〈そうだね。
 いつもは家に帰ってから、走り込みに出てその先でやってるのに〉
「いつもと違うメニューやってるからな」
 話に加わってくるみほにも答え、ジュンイチは傍らに視線を向けて――
「クソ重たいモノを振り回す訓練なんぞ住宅街でできるか」
 バーベルの重りをいくつも縛りつけられ、すっかり分厚くなった斧によって、演習場の木々が何本も切り倒されていた。



    ◇



「全開妨害走行!
 機銃準備! 銃弾確認!」
「はい!」
「機銃準備よし! 銃弾、対戦車弾よし!」
 一方こちらは八九式。典子の指示に忍が答える一方であけびが機銃の弾の種類を確認。相手側の先頭を走る38(t)に向けて銃弾を浴びせる。
「こしゃくな!
 ほーふくしてやる!」
 銃弾の何発かが命中、あっさりあおりに乗っかった桃が反撃に出る――が、そこはノーコンに定評のある桃。八九式が回避するまでもなく、砲弾はあさっての方向に飛んでいく。
「桃ちゃん、当たってない〜」
「桃ちゃん言うなぁっ!
 ……あ! 八九式が逃げたぞ! 追えぇっ!」
「そっちでいいの?
 仮想敵リーダーはW号なのに……」
「かまわんっ!
 我々に歯向かったことを後悔させてやる!」
 しかも、陽動に移るべく車列を離れた八九式にあっさりと釣られた。その後を追って真っ先に戦線を離脱してしまう。
「どうする? ついてく?」
「うぅん、私達はあんこうを追うよ」
 そんな38(t)についていくべきか、尋ねるあやに梓は迷わずそう答えた。
「いいの? たぶん後で桃ちゃん先輩すっごく怒るよ」
「んー、大丈夫だと思うよ」
 聞き返すあゆみに、梓は少しだけ考えるそぶりを見せた上でそう答える。
「ムチャ言い出してるのは桃ちゃん先輩の方だもん。
 たぶん、怒り出したとたんに柾木先輩にオシオキされるんじゃないかな?」
『柾木先輩、ね〜♪』
「だっ、だからぁっ! 柾木先輩の名前出す度にそーゆー反応するのやめてよーっ!
 ……あっ! ほら! あんこうから引き離されてる!」
 ニヤニヤ笑いながら自分を見上げてくる仲間達に対し、梓が反論する――と、W号との距離が開き始めているのに気づいてこれ幸いと指示を飛ばす。
「ってゆーかあんこう速い!?」
「桂利奈ちゃん、もっとブッ飛ばして!」
「あいーっ!」
 麻子の操縦で巧みに荒れ地を走るW号のスピードは想像以上だった。あゆみが驚く一方で優季に背中を押され、アクセルを踏み込む桂利奈だが、
「――って、これ以上追いつけないよぉっ!」
 彼女の腕前ではムリだった。荒れ地に足をとられ、バランスを崩したM3は道を外れて茂みに飛び込んでいってしまう。
 しかもM3の重量は茂みの木々をあっけなく踏みつぶしてますます茂みの奥へと突き進んでいってしまう。あれでは戻ってくるのも一苦労に違いない。W号の追跡からは完全に脱落したと思っていいだろう。
 と、いうワケでW号を追っているのはV突一輌のみとなり――
「あんこう見失ったぜよ!?」
 起伏の激しいコースに入ったことで、W号が起伏の向こうに隠れてしまった。操縦手席からの視界ではその姿を見つけられず、おりょうが声を上げる。
「車長、あんこうどっち!?」
「見通しが悪すぎる!」
 もっとも、視界が悪いのは車長席も同じだ。尋ねるおりょうにエルヴィンが答える。
「この坂を登ったところで停車だ!」
 こうなったら、距離が開くのも覚悟で一度足を止めてW号の居場所を探した方がいいだろう――そう判断して指示を出すエルヴィンだったが、
『あ』
 そこには、そうしたエルヴィンの思考を先読みしたW号の姿が。カバさんチームの一同が声を上げるのと同時、W号の放った訓練弾がV突に命中した。



    ◇



「逃がさんぞ!」
「逃げます!」
「ちょこざいな!」
 一方、カメさんチームとアヒルさんチームは追いかけっこを継続中。桃と妙子が言い争いながら、演習場をチョコマカと走り回っている。
「もっと旋回スムーズに!」
「はいっ!」
「キャプテン! このスピードでは狙えません!」
「ちょっとだけ頭使って後は根性!」
『はいっ!』
 忍に指示を出し、あけびに返す――応えて、アヒルさんチームは追ってくるカメさんチームと激しいドッグファイトを繰り広げていく。
 あれはあれで練習になるし、何より今口をはさんでも桃の耳には入るまい。指導は一区切りついて桃の頭が冷えた後の方がいいだろう――最近ようやく桃の扱いに慣れてきたみほは、そう判断するとV突から顔を出しているカバさんチームの面々へと向き直った。
「V突は本来待ち伏せが得意ですから、相手のアウトレンジから攻撃できれば一番いいですね」
「どのくらいなら大丈夫なんだ?」
「1500mです。
 じゃあ、実際に見てもらいましょう」
 エルヴィンに答えると、みほは麻子に指示してV突から離れていく。
 だが――止まらない。すでにV突から見えるW号の姿はかなり小さくなっているのに、それでも止まる気配がない。
「西住隊長、どこまで行く気だ……?」
「1500mって、あんなに……?」
 カエサルと左衛門佐がつぶやくと、W号が彼方でようやく停車。
〈このくらいですーっ!〉
『ぅえぇっ!?』
「ちっちゃっ!?」
 別に無線越しなのだから声を張り上げなくても良いのだが――そんなツッコミを入れる余裕はなかった。
 遠い。とてつもなく遠い――故に、左衛門佐が叫んだ通りW号の姿は豆粒のように小さく見える。
 アレに砲撃を当てろというのか――思わずカバさんチームの面々が顔を見合わせるが、
〈この距離で当ててくださーい〉
「……必要なこととはいえ、しれっと言ってのけたな」
「西住隊長、最近教え方が柾木に似てきたぜよ……」
 みほからの通信にエルヴィンとおりょうがうめくが、彼女達自身が言う通りこれをできるようにならなければならないのだ。改めてV突に乗り込み、W号の方へと向ける。
「やれるか?」
「とりあえず、やってみるしかないだろ」
 カエサルが砲弾を込める一方で、左衛門佐がエルヴィンに答えながら照準をのぞき込む。
「源平合戦は専門じゃないんだけどな……」
 気分はまるで屋島の合戦の那須与一だ。おりょうの操縦で正面がW号に向けられるのと同時、発砲――しかし、砲弾はW号ではなくあさっての方向に飛んでいく。
〈停車してすぐ撃たずに、車体の動揺が収まるのと同時に発砲してください〉
 その理由はみほの指摘の通りだ。転回の勢いが収まらず、砲身が勢い余ってブレている内に発砲したために狙いが乱れてしまったのだ。
「こうぜよ?」
 ともあれ早速実戦だ。おりょうが再びV突を操縦、止まりきったところで再び左衛門佐が発砲。
 今度はさっきよりも近くに着弾する――が、
〈えっと……華さん、お手本を〉
 みほが言うのと同時、華によってW号が応射。ジュンイチが『大洗のゴルゴ13』と絶賛したその腕前で、あっさりとV突に命中させてくる。
「練習弾とはいえキク〜っ」
「ぐっはぁ……」
 左衛門佐とおりょうがうめく――終わってみればW号との実力差を思い切り見せつけられた形だ。まだまだ先は長そうである。



    ◇



「迷っちゃった……」
「みんな、どこ行っちゃったんだろ……」
 一方、こちらはW号の追跡から脱落したウサギさんチーム。何とか演習場中央の荒野の近くまで戻ってきたものの、他の仲間達の姿は未だ見えず――
〈待てぇっ!〉
〈イヤですっ!〉
 否、みんなの方からこちらにやってきた――M3の無線が声を拾うのとほぼ同時、ドッグファイトを繰り広げながら、ついでに桃と典子が舌戦を繰り広げながら、八九式と38(t)がこちらへやってくるのが見えた。
「やるねぇ」
「会長も手伝ってくださいよぉ」
「また今度ねー」
 その片方、38(t)の車内では干し芋をかじりながらの杏の言葉に柚子がツッコむ――が、杏の答えは相変わらず適当で、
〈止めたければ力ずくで止めればいいじゃないですか〜! なんちゃって〉
「言ったなぁ!?」
 こっちはこっちで相変わらずだ。妙子からの挑発にあっさり頭に血を上らせる桃に、柚子は「チームメイトに恵まれてないなぁ、私」と心の中でオー人事にダイヤル中。
「先輩達何やってるんですか……?」
「バターになっちゃいますよ〜」
 一方、巻き込まれたM3の中では無線から聞こえるやり取りに梓が思わず呆れ顔。某有名絵本のネタになぞらえてツッコむ優季だったが、ドッグファイトに夢中な両チームはM3のもとを離れて近くの茂みの中へと消えていった。
「どうする? 追いかける?」
「アレを?」
 尋ねるあやだったが、あの珍妙なノリの中に飛び込んでいくのは少し……いや、かなり気が引けた。思わず梓が聞き返して――



〈に、逃げろぉ〜っ!〉
〈撤退ぃ〜っ!〉



 無線から典子と桃の声が聞こえてきたかと思うと、消えていった茂みの中から八九式と38(t)が飛び出し、こちらに戻ってくる。
 しかし明らかに様子がおかしい。ドッグファイトを繰り広げていた先程までと違い、今はまるで二輌とも何かから逃げてきたようで――



「お、ま、え、らぁっ!」



 無線ではない、肉声――戦車の中にいても聞こえたその怒声に、梓はすべてを察した。
「転回転回! 全速離脱〜っ!」
 ついでに確信した――「あ、これここにいたら巻き込まれる流れだ」と。
 だが、すべては手遅れだった。M3が転回を終えたところで、茂みが猛烈な炎の渦によって吹き飛ばされ、
「わざわざ中央荒野から離れてまで……っ!
 人の修行のジャマ、すんじゃねぇぇぇぇぇっ!」
 明らかに今の爆発とは違う要因で真っ黒に煤けたジュンイチが、その姿を現した。



    ◇



「んじゃ、今日の練習は終わりな。
 一同、礼っ!」
『お疲れさまでしたっ!』
 すでに陽は大きく傾き、辺りを真っ赤に染めている――まだちょっとこめかみに血管マークを残しているジュンイチの号令で、一同が一礼する。
 ちなみに、しっかり“オシオキ”されたアヒルさん、カメさん両チームは夕焼けの中でも一目でわかるほどに煤けている。対しウサギさんチームは無事。どうやら巻き添えをくわずにすんだようだ。
「お腹すいた……」
 と、ガレージに入庫したW号からヒョコッ、と顔を出すなり、麻子がそんなことを言い出して、
「まー、しゃーないか。
 今日はちょっと、いつもより長引いたし」
「主にどっかの誰かさんがアヒルさんカメさんを追い回すのに夢中になってたせいでね」
 納得するジュンイチには沙織がツッコんだ。
「どこかで食べて行きません?」
「食べる」
「って、わざわざ買い食いに回り道する気か?
 いつも通りオレんちで食ってった方が早いだろ」
 提案する華や麻子にツッコむジュンイチだったが、
「いえ、今日はイタリアンにしようかと思ったので、ファミレスにと」
「あぁ、相手がアンチョビさん達だから?」
 華の提案には続きがあった。その意図を察したみほが納得する。
「だったらたまにはウチに来る? 今日はみんなで作ろうよ!」
「武部殿、イタリアンもいけるでありますか?」
「えへへ、実はマジノ戦で教えてもらってた頃に、アンチョビさんやペパロニさんからレシピ教えてもらって、練習してたんだー♪」
 聞き返す優花里に沙織が答えて――
「じゃ、オレは不参加だな。
 オレんちならまだしも、オレが武部さんちに立ち入るワケにもいかんし」
「柾木くん……」
「だぁかぁらぁっ! オレが不参加宣言する度に濡れそぼった子犬状態に爆入すんのヤメテ!」
「……もういいから、柾木くんも来ていいよー」
 相変わらずのジュンイチとみほのやり取りに、いろいろとあきらめの境地に達している沙織であった。



    ◇



「入って入って〜」
『お邪魔しまーす』
 沙織の部屋は、みほが暮らしていた寮と同じぐらいの広さであった。招き入れる沙織の後に続き、女の子らしく飾られたその部屋に一同が足を踏み入れて――
「ねむー……」
「麻子?」
 入ってくるなりダウンしたのは麻子だ。いきなり机の下にもぐり込んでしまったその様子に、沙織が思わず首をかしげる。というのも――
「麻子、夜は強いはずでしょ? どうしちゃったのよ?」
「早起きで眠いから早寝。
 できたら起こして」
「アンタ、今寝たら変な時間に起きちゃうよ。
 そうやって生活リズムぐちゃぐちゃになるから朝起きられないんでしょうが。ダメ!」
「あぅ〜」
 苦言を呈する沙織に麻子がうめく。まるで親子のような(と口に出したら沙織がショックを受けそうだから言わないが)光景にみほ達がクスリと笑みをもらして――
「…………ん?」
 沙織に叱られてゲンナリしていた麻子が、床に放り出されていた一冊の本に気づいた。
 タイトルは――『ハムになる帳』。
「ハムになるのか……?」
 料理本かと思って手に取ってみると、その表紙に描かれているのは、沙織が試合でよく身につけているヘッドホンマイクだ。
 つまりこれは……
(通信手……無線技師の本か……?)
「ほら、麻子も起きてくる!」
「あ〜れ〜」
 しかし、麻子がのん気に本を眺めていられたのもそこまでだった。沙織によって机の下から引きずり出されてしまう。
「さぁ、今回はみんなで仕事を分担するよ」
 麻子も復帰させ、沙織は一同にそう提案する――が、
「さーて、じゃあオレは何すっかねー?」
「さぁ! 今回は柾木くん以外のみんなで仕事を分担するよっ!」
「えー?」
 ジュンイチが作業に入ろうとしたとたんに、改めて言い直してジュンイチを除外宣告。
「むーっ、何だよ、いきなり?」
「だって、柾木くんが入ると手際よすぎて私達のやることがなくなっちゃうんだもの」
 口を尖らせるジュンイチに答えると、沙織はジュンイチの鼻先に人さし指を突きつけて、
「そ、れ、にっ!
 柾木くん、いつもいつもおいしい料理やスイーツで女子力の高さを見せつけてくれちゃって!
 今日こそは私達の女子力を見せつけてやる! 覚悟するがいいよ!」
「結局そこかオマエわ」
「というか、今回沙織さんが柾木くんを招いた理由って……」
 宣戦布告とばかりに言い放つ沙織の姿に、ジュンイチとみほは顔を見合わせて苦笑する。
「まぁ、わたくし達からも、日頃ご馳走になっているお礼ということで」
「今日はドーンと任せてください!」
「『お礼』も何も、材料費ちゃんと出してくれてるんだし、割とフィフティ・フィフティな気が……
 ……けど、まぁ、そういうことなら、今回はおとなしく“お客さん”に徹するとしようかね」
 華や優花里からも声が上がり、ジュンイチは「降参だ」と両手を挙げて、素直にリビングへと引き下がる。
 入れ替わりに「ほら、麻子も」と沙織の手で麻子が連行されていき、ひとり待つことしばし――

「みぽりん、じゃんじゃん洗って水切って!」
「は、はいっ」

「……」

「麻子、お皿並べて」
「えー」
「『えー』じゃないっ!」

「…………」

「目が痛いであります〜」
「たまねぎは水にさらしてねー」
「いたわってくれてもいいじゃないですかーっ!?」

「………………」

「華はレタスお願い。
 テキトーに千切ってくれていいから」
「手でいいんですか?
 なら大丈夫です! 盛りつけは華道に通じるものがありますね!」

「……なぁ、やっぱりオレも……」
「柾木くん、Shit Down!」
「…………ハイ」
 腰を上げようとしたところへ沙織から先手――出鼻をくじかれてすごすごと座り直すジュンイチであった。



    ◇



「できたーっ!」
 そんなこんなで料理が完成。盛りつけ、並べた料理の数々を前に沙織が歓声を上げる。
「おいしそうですね!」
「私カルパッチョなんて初めて作りました!」
「私もカプレーゼなんて知らなかった!」
 華や優花里、みほもこの出来栄えには満足げだ。そして――
「おーい、柾木ー。
 お前がいないと食べられないんだ。戻ってこーい」
「フンッ、いーんだいーんだ。
 お前らだけでワイワイ楽しくホームクッキングとかしちゃってさ。オレを抜きにして楽しくやればいいんだ。ふーんだ」
 あの後も再三参加を拒まれたジュンイチがすっかり拗ねてしまっていた。
「柾木殿って、意外と子供なところがあるでありますね」
「うん……
 一緒に暮らしてると、割とよく見るよ」
 そんなジュンイチの姿は、みほと麻子以外、共に暮らしていない面々には新鮮に見えたらしい。耳打ちしてくる優花里に、みほは苦笑しながら答える。
「ほら、今日は柾木くんへの挑戦って意味もあるんだから! 起きた起きた!」
「むーっ」
 沙織にもせっつかれ、不貞寝していたジュンイチがようやく起きてきた。みんなで「いただきます」と合掌し、食べ始める。
 そしてジュンイチが料理を一口――
「………………どう?」
 沙織が味の評価を尋ねるのとと同時、場がシンと静まり返る。ジュンイチへの想いの形はそれぞれでも、そこはやはり全員女の子。自分達の作った料理に異性がどんなリアクションをするか気になるのは共通の思いのようだ。
 そんな五人の注目する中、ジュンイチの評価は――
「……風味が少し弱い。ハーブを使う時に慎重になりすぎたな」
「あぅ」
 ついさっきまで凹んでいたとはいえ、そこは割り切りのハッキリしたジュンイチだ。沙織の問いにはバッサリと一刀両断。
「慎重になってこれなら、もっとハーブはドバドバ使うような意識でいいと思う。
 調理の過程で大半すっ飛んじまうからな。入れたての時はハーブの香りは強すぎるくらいでかまわないぞ」
「ふむふむ、なるほど」
「あと、オレ個人の好みの問題になるけど……」
「何ナニ!?」
 ジュンイチの言葉に思い切り食いついて――ハッと我に返った。
 恐る恐る周囲を見回してみれば、すでにみほ達は沙織に好奇の視線を向けてきていて――
「武部殿……柾木殿の好みの話になったとたんに反応変わりましたね」
「いっ、いやっ! これはっ、そのっ、違くてっ!」
「照れることはないぞ、沙織」
「私達、応援してます!」
「ちーがーうーっ!
 あとっ! 寝床目当てで嫁ごうとしていた麻子には言われたくないっ!」
 麻子やみほにまで背中を押されて、沙織は思わず頭を抱えた。
 というか、みほはそれでいいのだろうか。無自覚だからこそなのだろうが、恋敵を応援するようなことを言っているのだが……
「………………?
 五十鈴さん、コレ何の話?」
「この状況で『何の話?』なんて聞ける柾木くんが一番悪いという話ですよ」
「………………?」
 そして、ジュンイチはやっぱり相変わらずであった。



    ◇



 明けて翌日――
「じゃ、ルノーの搭乗よろしくねー」
『え…………』
 あっさり言い放つ杏に、二の句がつなげない――呆然とするそど子を尻目に、杏はさっさと帰っていってしまった。
「……なんで私達が戦車に……」
「ど、どうしよう!
 風紀委員の仕事がおろそかになっちゃうよ!?」
 口々に声を上げるのは、そど子と同じく搭乗者に指名された、そど子にそっくりな二人の女生徒。
 まるで三つ子のようにそっくりだが、別に血がつながっているワケではない。風紀委員の服装容儀によって髪型を統一した結果にすぎない。
 だが、今の彼女達にとってそんなことは問題ではない。戦車道に参加することで、風紀委員としての仕事に割ける時間が減ってしまうことの方がよほど問題だ。
 しかし――
「前向きに考えるのよ、ゴモ代、パゾ美!」
 そんな二人に対し、(あぁなった杏に何言ってもムダだと知っている)そど子はすでに戦車道に参加することによるメリットに目を向けていた。
「戦車道は良妻賢母を育成する乙女のたしなみ!
 心身共に鍛えられるのなら、戦車をきっかけにいっそうレベルアップした、ハイブリッド風紀委員になれるかもしれないっ!」
「何だよ、ハイブリッド風紀委員って」
「そりゃもうっ! 風紀委員のりりしさと良妻賢母nぅわ柾木くん!? いつの間に!?」
 いつの間にかやってきていたジュンイチにツッコまれ、そど子が思わず声を上げた。
「なっ、何の用!?」
「何って、オレは戦車道の教官だぜ?
 杏姉にB1bisを任されたお前らを鍛える上で、ごあいさつにと思ってね」
「そうなんだ……
 じゃ、これからよろしくね」
「おぅ、ヨロシクー。
 じゃ、これから杏姉達と、こないだ地下階層で見つけた戦車の回収作業に立ち会わなきゃならないから、もう行くなー」
「ホントにあいさつだけだったのね……」
「忙しいんだよ、教官サマはね」
 呆れるそど子に答えると、ジュンイチはケタケタと笑いながら風紀委員の事務所を後にした。



    ◇



「さーて、もう作業は始まってるかなー?」
 つぶやき、ジュンイチが向かっているのは地下階層中央付近の貨物昇降用リフトだ。
 しかし今回リフトは使わない。一番下までリフトを下ろした状態で、吹き抜け状態になったそこからクレーンによる吊り上げで引き上げる予定になっている。
 何しろ今回は見つけた戦車が戦車だ。見た目のサイズ以上に重量のある車輌で、老朽化の進むリフトでの引き上げに、このリフトを日常的に使用している航海科が難色を示したからだ。
 まぁ、クレーンの方が老朽化度合いではマシな方だし、耐荷重量的にもセーフ。引き上げるだけなら問題はないだr



 ――――バツンッ!



「――――――っ!?」
 通路の向こうから聞こえてきたイヤな音に、ジュンイチは直感と共に走り出した。

 ――
 
惑星ほしに宿りし因果の鎖よ
我が命により我が意に従え!

 予想される事態に備えて呪文を詠唱、リフト区画へと飛び出して――
(――ビンゴ!)
 件の戦車にかけられたワイヤーの一部が外れ、その車体が半ば宙吊りになっていた。
 自動車部のナカジマらが何とかワイヤーをかけ直そうとしているが、不安定な空中ではなかなかうまくいかないようだ。
 そうこうしている間に、さらにワイヤーが緩まり、戦車がワイヤーの中からすべり出s



重力領域グラヴィトン!」



 とっさにジュンイチが重力操作の術式を発動。反重力で戦車の重量を軽減して落下を防ぐ。
「ジュンイっちゃん!?」
「早く直させて!」
 いきなりの登場に驚く杏に言い放つ――その様子に、杏は事の重大さを理解した。
 何しろ、今までたいがいのことは余裕でこなしてきたジュンイチが、脂汗をびっしりとかいているのだから。
「そいつが何トンあると思ってんだ!
 重力制御は専門じゃねぇんだ! 長くは支えてられねぇぞ!」
「う、うんっ!」
 ジュンイチの言葉に、杏はあわてて自動車部に指示、ワイヤーをかけ直させる。
「OKですっ!」
「ジュンイっちゃん!」
 ナカジマが作業の完了を告げ、杏がジュンイチに知らせる――それを受けてジュンイチが術を解除し、元通りの重さに戻った戦車をかけ直されたワイヤーが支える。
「ふへぇ〜……」
「ジュンイっちゃん!」
 危機を脱し、ジュンイチがその場にへたり込む――杏があわてて駆け寄り、その身を支えてやる。
「大丈夫?」
「あぁ。
 専門じゃない属性で全力出したせいで、いつもより消耗しただけ。
 ……それよりもっ!」
 杏に答えると、ジュンイチは吊り下げられた、難を逃れた戦車の上に乗っているナカジマをにらみつけた。
「何やってんだ!
 一歩間違えば大事故だったぞ!」
「そうだぞ、お前ら!
 せっかく見つけた戦車を台無しにするつもりk
「桃姉少し黙ってろ!」
「何だt
 ジュンイチに鋭く言い放たれ、桃が反論しようと口を開――きかけたが、振り向き、彼を見た瞬間、その言葉を飲み込んだ。
 ジュンイチが、鬼神も裸足で逃げ出しそうな怒りの形相を見せている――本気、且つ真剣に怒っているのを見て。
「その状況で事故ってみろ! 真っ先に巻き込まれるのはアンタだぞ!
 命を粗末にするような半端な仕事してんじゃねぇ! せっかくその戦車直ったら任せようと思ってんのに、そのレアモノのハンドル握る前にくたばるつもりか!?」
「ご、ごめん……ん?」
 ジュンイチに本気で怒られ、ナカジマは素直に謝ろうとしたが、今の説教の中に気になるフレーズがあるのに気づいて首をかしげた。
「えっと……柾木くん?
 今、何て言ったの? この戦車……」
「おぅ。
 アンタ達自動車部に任せようと思ってる」
「柾木、それは……」
「この戦車の出自、資料見たろ?」
 思わず声をかけてくる桃にそう答える。
「コイツをマトモに運用しようと思ったら、操縦技術だけじゃ足りない。
 その点自動車部はその条件をクリアだ。最初から他の選択肢なんかないんだよ」
 言って、ジュンイチはナカジマへと視線を戻し、
「そーゆーワケだ。
 アンタらにゃ期待してるし、戦車道がらみで浅くない関係になってる以上アンタらだって身内認定してんだ。頼むから心配させるようなことしないでくれ」
「あー……うん、ゴメン」
 ジュンイチに言われて、ナカジマは改めて素直に謝罪した。
「でも、この子のことは任せてください!
 どうもそうとうマニアックな一品な気がしますよ!」
「……ま、そりゃそうだろうよ」
 ナカジマの言葉に「本当にわかってんのかなー?」とこめかみを引きつらせるが、彼女の言いたいこともわかる。気を取り直して、頭をかきながら同意する。
「なんたって、そいつぁ……」



「ハイブリッドカーの世界最初期、その一角を担った一輌なんだからな」



    ◇



〈これより、2回戦、大洗女子学園、対、アンツィオ高校の試合を始めます!〉
 そしてやってきた試合当日――大洗チームは待機所で作戦の最終打ち合わせを始めていた。
「この場所がポイントで……ん?」
 と、その中心にいたみほが何かに気づく――見れば、こちらに向かって走ってくる軍用ジープの姿が。
 カルパッチョの運転するその車上で仁王立ちしてるのは――
「安斎さん、カッコつけるのはいいけどそんなところで仁王立ちしてると危ないよー」
「チョビ子、おひさー」
「アンチョビだ! ドゥーチェ・アンチョビ!」
 いつもはアンチョビ呼びのクセにわざわざ本名で呼ぶジュンイチやいつものノリの杏、二人の反応に、アンチョビはジープから跳び下りると全速力で駆けてきて抗議の声を上げる。
「まったく……相変わらずだな、お前達は。
 西住も苦労してるだろ」
「いや、その……」
「で? 何しに来たのさ、チョッピー?」
「何変な方向に呼び方進化させてるんだ!?
 って、試合前のあいさつに決まってるだろ!」
 話を振られてみほが苦笑――そのとなりから改めて声をかけるジュンイチにツッコみつつ、アンチョビが答える。
「これまで友人同士として仲良くしてきたが、試合は試合だ!
 相手が西住流だろうが島田流だろうが、私達は負けない、いや勝つ!」
「はい! こちらこそ受けて立ちます!
 今日は正々堂々戦いましょう!」
「あぁ!」
 応じるみほに、アンチョビも快く応じた。二人が握手を交わして――
「そうだな。
 ルールに違反しない範囲内であらゆる手段を駆使して正々堂々背後から叩きつぶしてやろう!」
「……相変わらずブレないな、お前」
 もうすでに容赦する気皆無のジュンイチにアンチョビがツッコんで――

『たーかーちゃーん♪』
「だからからかうのやめろお前ら〜っ!」

「……いつもの通りカルパッチョがカエサルに会いに行って、冷やかすチームメイトにカエサルが顔を真っ赤にして絶叫、ってところか」
「……本当にブレないな、お前“ら”」
 冷静に分析した上で「オレも向こう行っときゃよかったか」とかこぼすジュンイチの姿に、アンチョビは先のツッコミを複数形に訂正した。



    ◇



 いつものように、あいさつが終わればそれぞれのスタート地点へ。試合開始の時を待つ。
 試合開始までは車内にいなければならないのもいつも通り。と、いうワケで、いつものようにみほのとなりの空きスペースにその身を押し込んでいるジュンイチだったが、
「………………」
 そこからがいつもと違った。何やら神妙な顔で地図とにらめっこしている。
「柾木くん……?」
「どーせいつもみたいに相手の手を予想してるんだろうけど……珍しいね、そんな気難しい顔」
「仕方ないですよ。
 何しろ相手はあの『ノリと勢い』のアンツィオですから」
「なんだよなぁ……」
 首をかしげるみほや沙織には優花里が答えた――同意し、ジュンイチは地図から顔を上げた。
「アイツら、しょっちゅうノリに任せて考えなしに動くからなぁ……
 過去5年間の全試合中、途中で作戦無視して破綻させたのが七割強って何だよ。作戦意味ねーじゃん。
 データだけじゃちっとも読めねぇから、直接出向いて、指導するフリして考え方を読み解こうともしたけど……」
「あ、それがこないだのアンツィオ行きだったんだ……」
「単に敵に塩を送りに行ったワケじゃなかったんですね……」
 うめくジュンイチにみほや華が納得する――華の顔が少し赤い。あの時、ビデオを見た後の一幕でも思い出したのだろうか。
「あー、ムズムズするっ。
 こーゆー相手の出方が見えないのって何か落ち着かないんだよなー」
「まぁ、いつもはこれでもかってぐらい相手の考えを読んでくるもんねー、柾木くんって」
「柾木殿って、ゲームとかでネタバレ覚悟で攻略記事調べまくって、万全の態勢でダンジョン蹂躙するタイプですよねー……」
 沙織や優花里のコメントはとりあえず無視。今はアンツィオへの対策が先決だ。
「うーん……ここはやっぱり、こっちの作戦通りに動きつつ、相手の出方に応じて臨機応変に対処していくしかないんじゃ……」
「デスヨネー」
 みほに同意し、いろいろとあきらめたジュンイチはパンパンと頬を叩いて気合を入れ直す。
「うし、切り替え完了。
 指揮任せるぜ、西住さん」
「うん!」
 ちょっと頬が赤くはれたジュンイチにみほがうなずいて――試合開始を告げる花火が打ち上げられた。



    ◇



「行け行けぇーっ! どこまでも進めぇっ!
 勝利を持ち得る者こそがパスタを持ち帰る!」
「サイコーっスよ、アンチョビ姐さん!
 てめぇらも、モタモタすんじゃねぇぞ!」
『オーッ!』
 ノリと勢いのアンツィオは、開幕と同時に全速突撃。アンチョビや彼女に続いたペパロニの檄に一同が応える。
「このペパロニに続けぇっ!
 地獄の果てまで続けぇっ!」
『突撃は了解ですけど地獄へはペパロニさんだけで行ってください!』
「えーっ!?」
 あと、けっこう少なくない割合でジュンイチに染まっていた。
「よぅし! このまま“マカロニ作戦”開始だ!」
「姐さん私のフォローなしっスか!?」
「カルロヴェローチェ各車は、“マカロニ”展開してください!」
「カルパッチョまで!?」
 チームメンバー達からいぢられるペパロニをよそに、アンチョビとカルパッチョが指示を出す。それを受けて各車がそれぞれに行動を開始する。
 果たして、彼女達の言う“マカロニ”とは――?



    ◇



〈先行するアヒルさん、状況を教えてください!〉
「十字路まで、あと1kmほどです!」
 みほから偵察を頼まれ、アヒルさんチームが向かっているのはフィールド中央の十字路だ。どう動くにしても要所となり得る重要ポイントを目指しながら、典子がみほに答える。
〈十分に注意しながら、街道の様子を報告してください!
 開けた場所に出ないよう、気をつけて!〉
「了解!」



 一方、ジュンイチは遊撃に回り、アンツィオの動向を偵察中。
 しかし――
「……何やってんだ、アイツら……?」
 アンツィオ側の動きを捉え、思わず首をひねっていた。
 何というか、まとまりがない――各車の動きがてんでバラバラ。あちこちチョコマカと動き回っては停止を繰り返すばかりで、一向に大洗の方に向かってくる様子がない。
 いったい彼女達は何をしているのか――
(さっき、アヒルが向かってる十字路でもウロウロしてたみたいだけど……
 まさか、いきなり作戦が破綻してる……?)
 ことアンツィオが相手なだけにその可能性が捨てられないのがいろんな意味で怖いところだ。やはり思考の読めない相手は苦手だと痛感させられる。
(まぁ、その時はその時として……
 問題は、この動きが何かの作戦に基づいての行動だった場合だ……)
 これが何かの作戦による行動だとしたら、考えられるその意味は何か。
 こちらと交戦するでもなく、バラバラにフィールドを走り回ることの意味――
(まさか……何か工作して回ってる……?)
 そこまで思考が至った、その時だった。
〈こちらアヒルさん!
 セモベンテ二輌、カルロヴェローチェ三輌、もうすでに十字路配置!〉
〈十字路の北側だね!?〉
(何…………?)
 無線を通じて聞こえてきた典子と沙織のやり取りに、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
(十字路にいた連中……とっくに離れていった後だぞ……?)
 捉えている気配の通りなら、そこに敵の姿はないはずだ。じゃあ、典子の見つけた戦車は何だというのか――
(…………あ。
 なーるほど、そういうことか)
 気づいた。口元を綻ばせ、みほ達に伝えるべきかどうか少し考えて、
(よし、黙ってよう)
 あっさりと結論は出た――要するに“いつものパターン”だ。
(せっかくアンツィオのみなさんが“おもしろいこと”をやってくれてるんだ。
 こいつぁ西住さん達にもいい経験になるわ♪)
 それがみほ達の糧になると判断すれば、試合が不利になろうがおかまいなしにみほ達を窮地に叩き込むスパルタ教官魂が顔を出した。万一に備えてのフォローの準備だけは整えておこうと、ジュンイチはどうフォローしようか考えながら地を蹴った。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第18話「聞かぬ言わぬが花ってね♪」


 

(初版:2018/07/30)