「十字路の北に……なら、南から突撃だな」
「待ってください!」
試合が始まり、互いに手の内を探り合う序盤戦。
みほ達は典子の見つけた十字路の敵部隊への対応を検討中――正面から食い破るべきだと主張する桃にみほが待ったをかける。
「全周警戒の可能性があります」
「相手はアンツィオだぞ!? そんな慎重論、ありえんっ!」
「いんや〜、そうでもないんじゃない?」
みほに反論した桃にそう返したのは杏だった。
「アンツィオが未だに仕掛けてこないの、気にならない?
あの子達の性格考えたら、ノリにノっていれば迷わず突撃してくるでしょ。
それがないってことは、あの子達の頭はまだ冷静だってこと。そして――」
そこで息をつき、杏は要点を告げた。
「忘れた?
日頃金策でフル回転させてるあの子達は、冷静ならジュンイっちゃんが大絶賛するレベルで頭がキレるんだよ?」
「あ…………」
杏の指摘に気づいた桃が声を上げる――そんなカメさんチームのやり取りに、みほは少し考え、結論を出す――
「……わかりました。ここは折衷案でいきましょう。
十字路に向かいます――ただし進路はこのまま街道沿いに」
「直行しないんですか?」
「ウサギさんチームのみ、ショートカットで先行してもらいます。
まだP40の所在もわかりませんから、我々はフィールドを押さえつついきましょう」
聞き返す優花里に答えると、みほは砲塔から顔を出してM3へと向き直り、
「――と、そういうことなので、ウサギさんチーム、お願いします。
ただし、今言った通りP40の所在がわかりません。十分気をつけてください」
「わかりました! がんばります!」
同じく砲塔から顔を出していた梓が答え、M3が自分達の車列から離れていく――車内に戻ると、みほは咽喉マイクに手をあてて、
「アヒルさん、そちらはどうですか?」
〈こちらアヒルさん、変化なし!
指示をください!〉
「本隊が向かいますので、もう少し待機でお願いします」
返してくる典子にみほが返した、その時だった。
〈それにしても動かないですねぇ〉
〈エンジンも切ってますねぇ〉
妙子か典子のマイクが拾ったのか、忍やあけびの声が聞こえて――その一方、あけびの発言にみほは眉をひそめた。
(エンジンを切ってる……?
待ちかまえる態勢の中で、そんな即応性に欠けることをするなんて……
街道の要所を押さえてる以上潜伏ってワケでもないだろうし……)
(まさか、他にエンジンをかけられない理由がある……?)
第18話
「聞かぬ言わぬが花ってね♪」
一方、その頃先行したウサギさんチームは、坂道をさかのぼる形で爆走中。
「はやーい! 練習の成果だね!」
「もっとブッ飛ばして〜っ!」
「あいーっ!」
「だ、ダメだって!」
先日の模擬戦ではW号に追いつけず脱落した桂利奈が、その後の練習で大きく上達したからだ。調子づく下部座席の三人、あゆみ、優季、桂利奈がはしゃぐのを、梓があわてて止める。
「出すぎ出すぎ! もう街道だよ!」
しかし、梓の制止もむなしく、M3は止まりきれずに街道に飛び出してしまった。
しかも――
「敵!? 後退こうた〜いっ!」
そこにはすでに敵が布陣していた。あわてて後退を指示して茂みの中に戦車を潜めるが、果たして見られずに済んだかどうか――
◇
〈街道南側、敵発見!
すみません、見られちゃったかも……〉
「発砲は!?」
〈まだありません!〉
ウサギさんチーム、梓からの報告にみほがすぐさま聞き返す。攻撃がないということでひとまず安堵するが――
「見つからずに済んだのかな?」
「わかりません。
チームとしてはともかくアンチョビ殿の頭のキレを考えると、見つかっていないとこちらに思わせて懐に誘い込む作戦という可能性も……」
(…………え?)
沙織と優花里のやり取りが、ふと頭に引っかかった。
「……『誘い込む』……?」
「西住殿……?」
「あ、うぅん、何でもありません」
しかし、“引っかかる”だけだ。確信に至るにはまだパズルのピースが足りない。優花里に声をかけられて我に返ると、まずはその“ピース”を集めることにした。
とりあえず地図を広げ、判明している敵の位置を確認する――中央の交通の要所を完全に押さえられている。坂の下から進攻する形のこちらへ向けて逆落としでもかけられれば、火力の低いカルロヴェローチェ中心の編成とはいえ、こちらもタダではすまないだろう。
「交通の要所を完全に押さえるなんて、さすがアンツィオですね!」
「一回戦のマジノに倣って持久戦に持ち込むつもりでしょうか……?」
「中央が空いてるから、逆落としを嫌った私達が中央突破してくると読んで、包囲しようとする作戦かも……」
敵ながらあっぱれと賛辞を送る優花里や一回戦の様子を思い返す華と共に、試しに相手の出方を予想してみるが――
「ノリと勢いを封印して、手堅い作戦に出ましたね……」
「ある意味予想外……」
優花里の言う通りだ。部下想いのアンチョビの性格を考えると、どう出るにせよアンツィオの持ち味である“ノリと勢い”を最大限に活かす方向で作戦を立ててくると思っていたのだが……
「エクレールさんみたいに、いろいろ新しいことを試しているのかも……」
そうつぶやき、しばし思考をめぐらせると、 みほは咽喉マイクに手をあて、
「ウサギさんチーム、偵察に出られますか?」
〈もう澤ちゃん紗希ちゃんが出てまーす!〉
◇
〈澤さん、相手の正確な数を教えてください〉
「はい。もうすぐ視認できます。
……って、紗希、出すぎ!」
みほからの通信に答えながら、茂みから顔を出しすぎた紗希を制する――安全を確保すると、梓は双眼鏡をのぞき込んだ。
かつて離れたところにいる戦車の砲塔のわずかなブレすら見切ってみせた梓の目が確認した敵戦力は――
「カルロヴェローチェ四輌、セモベンテ二輌が陣取っています!」
◇
『え……?』
梓の報告に、あんこうチームの上部座席組三人は互いに顔を見合わせた。
というのも――
「数が合いませんね……合わせて11輌います」
「P40もいませんから、合計で12輌……
二回戦のレギュレーションでは十輌までなのに」
そう。華と優花里の言う通り、確認された敵戦車の数が多すぎるのだ。
澤はもちろん、典子も見間違えているとは考えづらい。いったいどういうことなのか――
「インチキしてるんでしょうか……?」
「え…………?」
と、そこで、華のもらしたつぶやきがみほの心に引っかかった。
(……『引きつける』……『インチキ』……
そして、数の合わない戦車……)
先ほどの、相手の出方を話し合った時に気になったキーワードと併せて、思考を巡らせて――
「――もしかして!」
ある可能性に、思い至った。
◇
〈ウサギさん、アヒルさん! 退路を確保しつつ斉射してください!
反撃されたらただちに退却!〉
「了解!」
みほからの指示に典子が答え、茂みから飛び出した八九式が敵戦車隊に向けて機銃と主砲、両方で攻撃を加える。
「いっけぇっ!」
そしてウサギさんチームも。飛び出してきたM3があやの号令のもとに一斉射。それを受けたアンツィオの戦車は――
木っ端みじんに、砕け散った。
そう、それは文字通りの“木”っ端みじん――砕け散り、M3の足元に転がったのは、戦車が描かれた木の板の成れの果て。
つまり――
『ニセモノだぁーっ!?』
◇
「やりますね、欺瞞作戦なんて……詰めが甘かったですけど」
「ということは……」
アヒルさんチームやウサギさんチームからの報告を受け、優花里がつぶやく――その一方で、みほは手元の地図へと視線を落として相手の策を予想する。
「十字路で私達を引きつけておいて、機動力で包囲、か……ん?」
「それって……」
仮説を口にしたところで、眉をひそめて首をかしげた。同じく気づいたらしい華と顔を見合わせる。
この、虚実入り混ぜて相手を出し抜くやり口は――
◇
「あっはっはっ! 今頃アイツら、十字路でビビって立ち往生してるぜ!」
一方のアンツィオ側――大洗側が作戦通りデコイにだまされていると思っているペパロニは、快走するCV33の車中で高笑いを上げていた。
「戦いは力だけじゃない、頭も使ってするもんだって柾木のにーさんも言ってたもんな!
このまま背後からブン殴ってやれば、勝つのはウチらアンツィオに決まりd
「――――――と、思うじゃん?」
突如、そんな声が、なぜか明瞭に聞こえて――ダンッ!とでも効果音がつきそうな感じで、ジュンイチが彼女達の行く手に降り立った。
「にーさん!?」
「バレてる!?」
「かまうもんか!
このまま突っ込め! よけなきゃヤバイのはにーさんの方だ!」
驚く同乗の操縦手、アマレットにペパロニが答え、彼女の指揮するCV33五輌がジュンイチに向けて突っ込んでいき――
〈――待ってください!〉
気づいた他車の車長から、悲鳴に近い声が上がった。
〈彼が背負ってるの、アレって――〉
その言葉と同時、ジュンイチがまさにその“背中に担いだモノ”を手に取り――
〈ハンマー!?〉
横薙ぎに振るった戦鎚の一撃は先頭のCV33の転輪にジャストミート。軽量のCV33はそれだけで進路をそらされ、となりを走っていた仲間にぶつかってクラッシュしてしまう。
「……ま、とりあえず“代用品”で申し訳ないけどさ」
言って、ジュンイチはハンマーのヘッドを、驚き、停車したペパロニ車に向け、
「“本命”の完成前に、感覚つかんでおかねぇとな。
セモベンテやP40はさすがにムリでも、カルロヴェローチェぐらいなら今みたいに進路そらすぐらいはできるんだ。
さぁ、不運と踊りたいヤツからかかってk
◇
「みほさん、この作戦のセンスって……」
「間違いないですね」
「うん……」
『柾木くん(殿)の入れ知恵だ(ですね)!』
◇
「ぶぇっくしょいっ! ちくしょうめぇっ!」
絶妙なタイミングでみほ達がウワサなんてしてしまったものだから、クシャミで決めゼリフをつぶされてしまったジュンイチであった。
「ハッ! 何やってんスか、にーさんっ!
来ないんなら、こっちからいきますよ――お前ら、やっちまいな!」
そんなジュンイチの姿をスキありと見たか、ペパロニの号令でカルロヴェローチェ隊が一斉に動き始める。
「ペイントまみれにして、ついでにお持ち帰りしてドゥーチェに献上してやる!」
「何気に聞き捨てならねぇことほざいてんじゃねぇ!」
ペパロニの言葉と共にカルロヴェローチェ隊から機銃でペイント弾の一斉射撃。対し、ジュンイチも言い返して――跳んだ。
手にしたハンマーで地面を思い切り一撃。土煙で相手の視界を奪いつつ、その反動を加算して跳躍、空中に身を躍らせる。
ジャマになるハンマーは地上に残し、身軽になったその身をひるがえし――おなじみの苦無手榴弾。ペパロニたちに向け、雨アラレと投げつける!
「ハッ! そんなもの!」
しかし相手もさるもの。カルロヴェローチェ隊は細かく動き回ってジュンイチの苦無手榴弾をかわしていく。さすがにすべてをかわしきることはできずにいるが、それでも巧みに致命傷を避けている。
「やるじゃねぇの!」
「にーさんの指導のたまものっスよ!
そーゆーにーさんこそ、ハンマー手放しちゃって大丈夫なんスか!?」
「心配無用――事務用品っ!」
ペパロニに答え、ジュンイチは“ハンマーに向けて”苦無手榴弾を一発。炸裂し、爆風に飛ばされたハンマーが宙を舞う。
と、ジュンイチが左手で何かを引く仕草――と、ハンマーの軌道が変わった。ジュンイチへと引き寄せられ、ジュンイチがそれをキャッチする。
トリックの正体はズバリ、サンダース戦でも使った“糸”だ。跳躍の前に、ハンマーの柄にくくりつけていたのだ。
「さて、これにて振り出しだ。
さぁ、まだまだブッ飛ばしまくってやるぜ!」
「上等っスよ!
やれるモンなら、やってみろっス!」
ジュンイチに言い返し、ペパロニが機銃を乱射。アマレットの操縦で彼女達のCV33がジュンイチに向けて突っ込んでいき――
「――と、言いたいところなんだけどな」
言うなり、ジュンイチが突然かまえを解いて――ペパロニ達CV33隊の編隊のド真ん中に砲撃が着弾する!
「な、何だぁ!?」
「ハイ、時間稼ぎしゅーりょー」
驚くペパロニに、ジュンイチはあっさりとそう告げて――
「こちら八九式!
CV33を発見! F29地点で柾木と交戦中!」
「お前らを探すために西住さんが派遣した、“偵察隊”のご到着だよ」
CV33隊の背後を突く形で、アヒルさんチームの八九式が姿を現した。
◇
「……うーん……」
一方、アヒルさんチームと同様に、ウサギさんチームも本物のアンツィオの戦車の捜索に出ていた。
そんな中、梓は双眼鏡をのぞき込んで、敵戦車の姿を探していたが、
「そういえばさ」
と、そこへあやが声をかけてきた。
「澤ちゃん、柾木先輩が全面的に信頼するくらい目ェいいのに、なんで双眼鏡なんて使ってるの?」
「あ、それ私も思ってた。
むしろ目悪くなっちゃうんじゃないの、それ?」
「これ、レンズに度が入ってない伊達なの。
『見え“すぎる”私はこのくらいの方がいい』って、柾木先輩が」
あやと、便乗してきたあゆみに、梓は捜索を続けながら答える。
「何でも、『見えすぎるから、視界が広いと情報が多く入りすぎてかえって混乱する。だから双眼鏡でわざと視野をせばめて、情報を減らせ』って……」
その梓の説明に、一同が「なるほど」と納得して――
「それって……」
と、口を開いたのは優季で――
「それだけ、柾木先輩が梓のことを考えてくれてるってことだよねー?」
『………………』
車内の空気が静止した――もちろんnotシリアスな意味で。
手の空いている全員の視線が、一番上の席の梓に集中。梓はかまわず偵察を続ける――が、その頬を流れる汗が一筋。
「梓ー、告白しちゃいなよー?」
「少なくとも、嫌われてはいないんだからさ!」
「むしろ、告白することで意識してもらえるようになったりとか!?」
『キャーッ!?』
「そんなことやってる場合じゃないよね!? 試合中だよ!?」
はしゃぐ眼下の仲間達に梓がツッコんで――
「――――っ!
二時方向に敵影!」
そんな澤の目が、木々の間に見え隠れする戦車の姿を発見した。
セモベンテが二輌、果たして今度は本物か――
「またセモベンテ! さっきと一緒だ!
もうだまされるもんか!」
「ち、ちょっと!?」
だが、梓が真偽を確かめようとしている間にあやが先走ってしまった。上部機銃と主砲を斉射、発見したセモベンテに仕掛けて――
セモベンテが動いた。
「ぅげ、本物!?」
「もうっ!」
そう、今度は本物だったのだ――うめくあやに梓が声を上げ、あわてて転進するM3をセモベンテが追撃する!
◇
〈A23地点! セモベンテ二輌を発見! 今度は本物です!
勝手に攻撃しちゃいました、すいません! 交戦始まってます!〉
〈ったく、何やってるかな。
誰がやらかしたか知らないけど、試合が終わったら覚悟しとけよ大野さん〉
〈しっかり特定してるじゃないですか!〉
〈茂みだらけの山中捜索してる中でそんなポカやらかすとしたら、上部砲手のお前だろうがっ!〉
「大丈夫です。
おかげで敵の作戦がハッキリしました」
梓が報告、返すジュンイチの言葉にあやが悲鳴を上げたのをマイクが拾う――無線の向こうで騒ぐ一同に、みほは落ち着いてそう答える。
「ウサギさんチーム、セモベンテとはつかず離れずの距離を保って交戦してください。多勢に無勢での接近戦は危険です。
ただし、みなさんを放り出して西に行動を始めたらそれは合流を意味します。何としても阻止してください。
柾木くん、“抜刀”は……」
〈たぶん必要な状況にはならんだろうけど、インファイトになったら選択肢として十分にアリだ。
その辺の判断は澤ちゃんに任せる――決断、できるな?〉
〈は、はいっ!〉
「あんこう、カメさん、カバさんチームは、このまま直進します。包囲される前にフラッグ車を叩きましょう。
当然こちらのフラッグも標的となりますが、むしろ囮として、うまく敵を引きつけてください。
柾木くんは――」
〈先行して護衛を引きはがせ、だろ?
アヒルさん来てくれたんで、CV隊はヤツらに任せてもう向かってるよー♪〉
ジュンイチの答えはみほの要望をしっかり先取りしていた。「さすが」と思わず苦笑する。
「それではみなさん、幸運と健闘を祈ります!」
<<了解!>>
◇
みほの指示のもと、それぞれが行動開始――前方を走るペパロニ達カルロヴェローチェ隊を狙い、八九式が攻撃を開始するが、ペパロニ達も細やかな機動でそれをかわしていく。
「しゃらくせぇ!
反撃だ!」
「Si.」
対し、ペパロニの号令にアマレットが応え、ペパロニ車が八九式の正面から離れた。すかさず減速して八九式に自らを追い抜かせ、背後に回り込む。
マジノ戦で大洗が見せた“だるまさん作戦”と同じ要領だ。ただしこちらは最初に相手の正面から離れることで八九式に自分を追い抜かせやすくしているが。
「バックアタック!」
「はい!」
当然八九式もすぐに対応。典子の号令にあけびが後部機銃で攻撃。もちろん対戦車用の通常弾だ。
しかし、それこそが、八九式に反撃させることこそがペパロニ達の狙いだった。アヒルさんチームがペパロニ車に気を取られたスキに前方の編隊の中からさらに二輌、先のペパロニ達と同様に八九式の背後側に回りこんできて、前二輌、後ろ三輌で八九式を包囲する。
「何だ何だ!?」
そんなペパロニ達の行動に、思わず典子が声を上げ――まるでそれを合図にしたかのようなタイミングでペパロニ達が攻撃開始。前方二輌も反転して八九式の方を向き、機銃で一斉に銃撃してくる。
『いたたたたっ!』
「痛いのは戦車ですから、とりあえず落ちつきましょう!」
“八九式の”全身に銃弾を浴びせかけられ、声を上げる“典子とあけびに”妙子がツッコミを入れた。我に返ったあけびが正面に砲撃。かわされたものの前方のカルロヴェローチェ二輌を追い散らし、包囲を崩すことに成功する。
さらに逃がすものかと追撃。前方の二輌に次々に命中し、起伏の向こう側へと叩き落とす。
「よぅし、バレー部の時代来てるぞ!
次だ次、Bクイック!」
「そーれっ!」
気を良くした典子とあけびがさらに一輌砲撃で吹っ飛ばす――そんな八九式に、ペパロニ車ともう一輌、生き残ったカルロヴェローチェが襲いかかる!
◇
一方、M3もセモベンテ隊と交戦中――しかしこちらは少しばかり分が悪い。二輌のセモベンテを相手に真っ向勝負は危険と判断し、みほの指示通りつかず離れずの距離を維持したまま山道を逃げ回っている。
一応、セモベンテの本隊合流を阻むという目的は果たせているが――
「逃げてるだけだよ!」
「二輌相手じゃ戦うのはキツイよ。
今は西住隊長に言われた通り、アイツらを引きつけることを考えよう」
このままでいいのかと声を上げるあやに、梓はなだめるようにそう返す。先ほどの暴発もあるし、今はとりあえず彼女も抑えておかなければ――
一方、下の席でも現状についてアイデアを出し合っているようだが――
「回り込めないの?」
「こんな山道じゃムリだって!
逃げるので精一杯だよ!」
しかしそちらも芳しくないようで、尋ねるあゆみに応える桂利奈の声はほとんど悲鳴に近い。
それも当然だろう。現在戦車二輌分がやっとという道幅の山道を爆走中。回り込むスペースなんてどこにもない。左右のわずかなスペースを活かし、背後からの砲撃をかわしながら逃げるしかない。
「――そうだ、考え方次第だよ」
と。そんなことを言い出したのは優季だが――
「向こうは一輌にひとつの砲。
こっちは二つ。二つずつであいこじゃん!」
『なるほどっ!』
『なるほどじゃなーいっ!』
梓とあやが、それでいったい何をどう改善できるのかとツッコんだ。
◇
「……遅いっ!」
そして、アンツィオ本隊――と言っても他の隊に車輌の大半を回しているので、カルパッチョのセモベンテと随伴のCV33が一輌という小規模なものだが――では、アンチョビがいい加減焦れてきていた。
だがそれは、自分達の出番が回ってこないからではなく――
「なんでCV隊もセモベンテ隊も定時連絡してこないんだ!?」
それ以前の問題だった。出動していったペパロニ達から何の連絡もないのだ。
「おい、“マカロニ作戦”はどうなっている!?」
もう限界だ。無線を手にして呼びかけるが、返ってきたペパロニの答えは――
〈すみませーん。
それどころじゃないんで、後にしてもらえますかー?〉
「…………何で?」
〈典子達の八九式と交戦中なんスよ!
すぐ片づけますんでーっ!〉
「ぅおぉいっ!?」
つまりもうすでに戦闘は始まっているということか――聞き捨てならないことを言い出したペパロニに、アンチョビは思わずツッコミの声を上げた。
〈なんでバレたかなー?〉
「ちゃんと十字路にデコイ置いたんだろうな!?」
〈もちろん置きましたよーっ!〉
〈11個全部!〉
「それだぁぁぁぁぁっ!」
ペパロニの答えに、アンチョビは頭を抱えて絶叫した。
「11個全部使ったら、数合わなくなって即バレるだろうがっ!」
〈なるほどっ!
さすが姐さん、頭いいっスね!〉
「お前がアホなだけだーっ!」
ペパロニに言い返して――ふとイヤな予感を覚える。
「おい! セモベンテ隊! 返事しろっ! 今何してるっ!?」
〈M3追い回してヒィヒィ言わせてますよっ!〉
「やっぱりかぁぁぁぁぁっ!」
〈大丈夫です!
澤ちゃん達、反撃もろくにしないで逃げ回ってるだけですからっ!〉
「私達から引き離されてんだよそれぇぇぇぇぇっ!」
イヤな予感、的中。
「あー、もうっ!
何かあったらちゃんと私の方に報告入れなきゃダメだろ!」
「そーだぞー。
『報告・連絡・相談』、報・連・相は社会に出てからも大事になってくるんだからなー」
アンチョビとジュンイチが叱るが、通信の向こうからは『すみませーん』と軽いノリで返事が返ってきた。果たしてわかっているのかいないのか……
「だとすると、西住の本隊や柾木は……っ!
おい、出動だ! 敵はすぐそこまで来ているっ!」
「はい!」
「ほいほーい」
しかしそこはアンツィオの隊長。部下のアホの子っぷりに頭を抱えながらも得られた情報から現在の状況を正しく読み解いていた。下す指示にカルパッチョとジュンイチがうなずき、随伴のCV33と共に出陣する。
「『二枚は予備だ』ってあれほど言ったのに、なんで忘れちゃうかなぁ!?」
「ペパロニだからだろ」
「説得力が無限大すぎるからそれは言うなっ!」
答えるジュンイチの言葉にアンチョビは頭を抱えてツッコんで――
「っだぁぁぁぁぁっ!?」
「おっと」
ようやく気づいた。アンチョビの悲鳴に驚いた操縦手のブレーキでP40が急停車。その車上、アンチョビのすぐ背後で仁王立ちしていたジュンイチが前方に投げ出される――もちろん難なく着地するが。
「まっ、柾木!?」
「よぅ、アンチョビぃ。
いつかの約束通り、ブッ飛ばしに来てやったぜぇ」
声を上げるアンチョビに対し、ジュンイチはハンマーを肩に担ぎ、獰猛な笑みと共にそう答える。
「こっ、後退後退ぃ〜っ!」
「えぇっ!? 戦わないんですか!?」
「アイツが何の備えもなく出てくるワケないだろ!
あのまま突っ込んだら、それこそアイツの仕掛けたワナの餌食だぞ!」
車内から声が上がるが、アンチョビは迷うことなくそう断言する。
「柾木を近づけちゃダメだ!
距離をとって攻撃だ!」
「いやー、実力を高く見積もってくれて、光栄の至りだねぇ」
アンチョビの言葉はしっかり聞こえていた。自身への評価に対し、ジュンイチはカラカラと笑って、
「おかげで、“向かっていってほしい方向に勝手に逃げてってくれたわ”」
ジュンイチの言葉と同時、アンチョビ達の後退する先に戦車の一団が姿を現した。
「ぅわぶつかるっ!?
ストップストップ!」
「停車してください!」
このままではぶつかる――アンチョビとみほの叫びが交錯してそれぞれの戦車が急ブレーキ。何とか衝突寸前で停車することができた。
「おい、西住! 大丈夫か!?」
「は、はい、何とか……」
身を案じ、声をかけるアンチョビにみほが答えて――
『………………あ』
ようやく、相手の正体に理解が至り、動きが止まった。
アンチョビもみほも、思いもよらない遭遇に一瞬言葉を失って――
「全車攻撃準備!」
「敵フラッグ車と隊長車を発見!」
すぐに我に返った。それぞれに指示を出し、態勢を立て直し、
「柾木! お前来てたのに気づいてたなら注意しろよっ!」
「まったくだよ!
危なくぶつかるところだったんだからねっ!」
「きわどくはあったけどお前らの腕ならしのげるタイミングだと確信してたんでね」
『鉄壁の信頼をアリガトウっ!』
そしてアンチョビと沙織からの抗議がジュンイチによって一蹴された。
と――
「V突は任せてください!
――いくよ、たかちゃん!」
「西住隊長! セモベンテがこちらにくる! おそらくカルパッチョだ!
どうやらたかちゃんとの一騎打ちがお望みのようだ! ちょうどいいから引きつける!」
「たかちゃんって言うなーっ!」
カルパッチョのセモベンテがV突に向けて突撃。その意図を読み取り、応じる旨をみほに伝えるエルヴィンにカエサルがツッコむ。
「お願いしまs
「でもって!」
応えかけたみほに言葉をかぶせ、轟音――ジュンイチのハンマーの一打で進路をそらされ、CV33が脇の急斜面に突っ込み、ダウンヒルへ強制突入。
「柾木くん!」
「当初の予定通りだ――露払いは引き受けた」
声を上げるみほに答えて、ジュンイチはハンマーを肩に担ぎ、坂を駆け下り、大きく跳躍。一足飛びにCV33の前に降り立つ。
「ちょっと! 何するんですか、マエストロ!」
「試合中は敵同士なんだ。ブッ飛ばすのは当然だろ」
「なるほどっ!」
CV33の車長からの抗議を一蹴。あっさり素直に納得した相手に思わず苦笑する。
「とはいえ……だ」
しかし、その笑みが獰猛なそれへと変化する――先ほどペパロニにもやってみせたようにハンマーのヘッドでCV33を指し、
「こっちも、今回の試合には課題を設定しててな。
“重量級武器での、高機動戦闘の立ち回り”――練習台になってもらうぞ、教え子ども!」
「こっちこそ、対歩兵戦、勉強させてもらいますっ!」
ジュンイチの言葉に相手車長が返し、戦闘が再開された。
◇
他のメンバーもそれぞれに戦闘を開始。あんこうチームはカメさんチームの盾となりながらP40と、互いに坂を駆け下りながら砲火を交える。
一方でカバさんチームも、カルパッチョを擁するセモベンテとの交戦に突入していた。
「とにかく当てろ! V突の主砲ならどこでも抜ける!」
「離れなくていいのか!?」
「ひなちゃんが逃がしてくれるワケないだろ!」
カエサルがエルヴィンに即答し、V突は練習して備えていた砲狙撃戦を放棄。むしろ正面から何度もぶつかり合いながら主砲で互いを狙い合うインファイトを繰り広げる。
「形勢逆転したい〜」
「今はムリーっ!」
「私も撃ちたいーっ!」
「だからムリだってーっ!」
そして、ウサギさんチーム――優季やあゆみに桂利奈が答え、M3もセモベンテ隊を引きつけながらの交戦を継続する。
そんな中、思わぬ苦戦を強いられているのがアヒルさんチームで――
「何か次々出てくるんですけどーっ!」
「泣き言言わない! 根性っ!」
声を上げるあけびに典子が砲弾を装填しながら答える――そう、キリがないのだ。
いくらCV33を蹴散らしても、次から次に現れる。ジュンイチと交戦している一輌を含めても全部で六輌しかいないはずなのに――
「まさか、本当に数をズルしてたとか!?」
「アンチョビさんがそんなことするワケない!」
思わず声を上げる妙子だったが。典子はスポーツマンとしての感覚からアンチョビがそんな反則をする人物ではないと理解していた。
だとすれば、何か別の、もちろんルール上合法のカラクリがあるはず。戦車の数にごまかしがきかない以上、考えられるのは吹っ飛ばしたCV33が生き残っている、というパターンか。
しかし、あれだけ派手に吹っ飛ばしているのに、倒せていないなんてことがあるのか――
(いったい、どうやって……!?)
内心でうめきながら、典子は次々に現れるCV33をにらみつける。
周囲には『脳筋』のイメージで通っていることは知っているし、実際に頭を使うのが苦手で、考えているヒマがあったらまず動く、というスタンスの方が性に合っていることは自分達でも自覚している。
しかし、ここに頭を使ってくれる人はいない。苦手だろうが性に合っていなかろうが、自分達の頭でなんとかするしかないのだ。
聖グロとの試合での“もっとこそこそ作戦”、ルクリリをワナにはめたあの時のように――
(…………あれ?)
と、そこで気づいた――否、思い出した。
(あの時も、倒したと思ってたら……)
もちろん、あの時と今とでは状況はまるで違う。
あの時は相手に耐えられた。今回は吹っ飛ばしているのに生きている。
しかし、“倒したと思った相手が生きている”という点は共通していt
(…………まさか!)
砲塔から顔を出して、CV33があけびの砲撃で吹っ飛ばされる様をじっくりと観察して――
(――やっぱり!)
目撃した。
砲撃を受け、吹っ飛ぶCV33――それとは別に、明後日の方向に飛んでいく“それ”の存在を。
そして思い出す――先のマジノ戦でも、倒したと思ったR35が一輌生き残っていて、W号の前に立ちふさがった話を。
つまり――
「倒せてない! 生き残ってる!」
「でっ、でも、直撃してるんですよ!?」
「あんなにハデに吹っ飛ばされてるし!」
「だからだよ!」
反論してくるあけびや妙子に典子が答える。
「車体が軽くて簡単に吹っ飛ぶせいで、砲弾が突き刺さる前に吹っ飛んじゃうんだ――砲弾が突き刺さらずに明後日の方向に受け流されてるのが見えた!
それに、CV33は車体が軽いから、ひっくり返っても、私達女子の腕力でも、簡単に立て直して復帰できる!」
「それじゃあ、いくら当てても吹っ飛ぶだけで、また立て直してくるってことですか!?」
「いや――まだ手はある!」
声を上げる忍だが、典子は冷静だった。
「ダクト狙いならさすがに撃ち抜けるはずだし、転輪だって破壊しちゃえば走りようがない!
狙えるところはあるんだ! ガンガンアタックいくぞ!」
『はい!』
「バレー部、ファイトーっ!」
『オーッ!』
典子の号令にチーム一同が応える――忍がブレーキをかけて急減速、先ほどのお返しとばかりに後方のCV33に自分達を追い抜かせ、相手の背後を捉える。
「柾木くんの教えを思い出して!
砲を支えれば、戦車が揺れていても照準は安定する!」
「はい!
照準――背部ダクト!」
典子に答え、あけびは前方のCV33の一輌に狙いを定めて――
「撃てぇっ!」
号令と同時にトリガーを引く――命中。直撃を受けたCV33がエンジン部から火を吹いて横転、ついに白旗が揚がる。
「次! フロントライト!」
「はいっ!」
典子の指示で前方のもう一輌を狙い――これも撃破。
「バックライト!」
「はいっ!」
これで前方の二輌は叩いた。次は後方だ。前方と違って吸排気口は狙えないが――
「ここもウィークポイント!」
要はエンジンを撃ち抜ければいいのだ。側面につき、上から見下ろす形でエンジンを狙い、撃ち抜く。
さらにもう一輌、転輪を撃ち抜いて走行不能に。これで残るCV33は一輌だけ。つまり――
「調子に乗りやがって!」
この人だ。ペパロニが咆哮して彼女のCV33が突撃。八九式からの反撃をかわして襲いかかる!
◇
〈カルロヴェローチェ四輌、走行不能!〉
「何ぃっ!?」
審判からの報告に、アンチョビが思わず声を上げた。
「全車、包囲戦は中止だ、中止!」
場所が場所だ。木々に阻まれて包囲にすき間ができやすい中では戦車の数もそれなりに必要だ。数が大差なくなってしまった今のこの状況では――
「アンチョビ、見ぃーっけ!」
「って言ってるそばから柾木が来た!
ってことはこっちのCVがやられた!? 丸裸だぁっ!」
しかも行く手の茂みからジュンイチまで姿を現した。後方のW号、38(t)とはさまれてはたまらないとアンチョビは脇の茂みから森の中へと逃げ込んでいく。
「全員、フラッグ車の元に集まれ!
体勢の立て直しを図るぞ! “分度器作戦”を発動する!」
◇
「了解!」
アンチョビの指示に真っ先に反応したのは忠犬ペパ公……もとい、ペパロニだ。アマレットに指示してCV33を反転させて――
「“分度器作戦”って何でしたっけ?」
「んー……知らん」
ペパロニはやっぱりペパロニだった。
その一方で、M3を追い回していたセモベンテ二輌も、アンチョビとの合流のためにM3の追撃を放棄して転進――
「――いけない!」
しかし、こちらは梓が相手の意図に気づいていた。
「アンチョビさん達と合流するつもりだよ!
みんな――絶対止めるよ!」
『おーっ!』
◇
「P40が単独になりました!
ペパロニさんやカルパッチョさんが戻ってくる前に決着をつけます!」
必死に逃げ回っているアンチョビには悪いが、彼女達のP40が茂みを踏み分けていってくれるおかげでこちらの追跡は割と楽だったりする――合流したW号の上で一休みするジュンイチの眼下で、みほが一同に向けて宣言する。
「アヒルさん、カバさん、ウサギさんチームは引き続きセモベンテやカルロヴェローチェの相手を。何としても合流を阻んでください!」
「オレはどうする?
ここからなら、ウサギの援護に行けそうだけど」
「私達はー?」
「カメさんチームは、P40に対する囮をお願いします。
柾木くんはアンチョビさんに考える余裕を与えないようかく乱を――方法は任せます!」
聞き返すジュンイチと杏にも、みほは冷静にそう答える。
「W号は高台に上って、高低差込みでP40を狙い撃ちます。
カメさんと柾木くんでうまく誘い込んでください」
「了解〜」
「合点承知の助っ!」
「ジュンイっちゃんってたまにセンスが昭和だよね〜」
「やかましい」
◇
「待っててください、ドゥーチェ!」
ペパロニが咆哮し、アマレットの操るCV33が疾走する――軽量とはいえ、起伏で車体がジャンプするほどの勢いで急ぐ彼女達を、アヒルさんチームも懸命に追走する。
そしてウサギさんチームのM3もセモベンテ隊を追い掛け回していて――
「向こうが合流する前に、何としてもやっつけるよ!」
「任せて!
やっと撃てる!」
梓の指示にあゆみが応える――やっと回ってきた出番に、その声は少々興奮気味だ。
別にトリガーハッピーというワケではないが、さっきまで後ろからさんざん追い回されるばかりで、後方を向けない下部主砲を担当する彼女は茶々を入れるぐらいしかやることがなくて正直焦れったかったのだ。
今までのフラストレーションをぶつけてやるとばかりに、あやと共に撃ちまくる――が、微妙に狙いがそれてなかなか当たらない。
「外したーっ!」
「もーっ! なんで当たらないのぉ!?……って腕だよね……」
ただ外しているだけならまだしも、惜しいところで外してばかりなので悔しさもひとしおだ。あやとあゆみが声を上げると、
「やっぱり停車して撃とう。急がば回れだよ。
弾着観測射撃で確実に決めるよ」
ムキになり始めた二人を落ち着かせるように仕切り直しを提案したのは梓だ。
「優季、戦車停めて」
「はい、停車〜」
「どうやるの?」
「あや、まずは一発撃って」
「OK!」
優季に返す形で指示する梓にうなずき、あやが一発砲撃――外した。
「あぁっ! また外した!」
「誤差を測るためのものだから大丈夫」
あやに応えて、梓は着弾点と発砲の瞬間相手のいた場所との誤差を観察。相手の回避行動を踏まえて暗算で誤差を叩き出し、
「右に1メートル、上に50センチ修正して!」
「うん!」
「撃て!」
梓の指示で照準を修正、砲撃――命中。
「当たった!」
「すっごーいっ!」
「こうやって、前の砲撃がどれだけズレてたかを観測して狙いを修正するの。
さぁ、もう一輌もやっつけるよ!」
声を上げる砲手二人に梓が告げるが、一足遅かった。生き残ったセモベンテは稜線の向こうに逃れてしまう。
「あぁっ! 逃げられた!」
「追うよ! 落ち着いて、冷静に!」
「梓、西住隊長みた〜い!」
あわてるあやに対しあくまで冷静な梓に優季がはやし立てるが、
「でも、よく知ってたね、こんな撃ち方」
「あぁ、うん。
前に柾木先輩が教えてくれtあ」
あゆみに答えかけ――「しまった」と口をつぐんだが時すでに遅し。
恐る恐る梓が見下ろすと、予感の通り、ニヤニヤとこちらを見上げるチームメイト達の笑顔――紗希は相変わらずの無表情だったが。
『柾木先輩、ね〜♪』
「さぁ! 生き残ったセモベンテを追いかけるよ! パンツァー・フォー!」
「梓、最近ごまかし方も柾木先輩に似てきたよね〜♪」
「あぅ」
なんかもう泥沼であった。
◇
「……追ってこないな……」
護衛のCV33をジュンイチに倒され、さらにW号と38(t)に追い回されて――と圧倒的不利な状況の中、懸命に逃げ回ってチャンスをうかがっていたアンチョビだったが、いつの間にか大洗からの追撃が止んでいるのに気づいた。
「こちらを見失った……? いや、柾木と西住に限ってそんなことは……
……まさか待ち伏せか!? そうはさせるか!」
先回りからの待ち伏せ狙いか――警戒を強め、周囲を見回すと、
「――いたぁっ!」
38(t)の姿を発見した。気づかれたと悟ったか、逃げ出す38(t)をアンチョビはP40で追いかける――
◇
一方、V突とセモベンテ副隊長車、カエサルとカルパッチョの一騎討ちはなおも苛烈を極めていた。互いに正面からぶつかり合い、ジョストもかくやという勢いで砲塔を突きつけ合いながら砲火を交えている。
有効射程も何もあったものではない。どちらもくらえば終わりの超接近戦はヒートアップの一途を辿っているが、
(P40は孤立してる。ひなちゃんは助けに行きたいはず……決着をつけに来る!)
(たかちゃんは私が決着をつけに行くと気づいてるはず……っ!)
((だったらっ!))
「次で決着をつけてやる!
正面から撃ち合った直後に――」
「後ろに回り込む!
装填の速さで決まる……っ!」
互いに同じ作戦に行きついていた。カエサルが、カルパッチョが吠え、V突とセモベンテが正面から相手に突っ込んでいき――
◇
「待ち伏せと思われるW号、マエストロ、共に見当たりません」
「囮かと思ったが、考えすぎか……?」
みほはともかく、あのジュンイチが姿を見せないとは――砲手からの報告に、アンチョビは眉をひそめた。
あの38(t)は先回りのコース取りをしくじって出くわしてしまったというオチか。あの桃を擁するカメさんチームなら十分に有り得る――ならばこの好機を逃すワケにはいかない。W号やジュンイチが出てくる前にケリをつけなければ。
「いくぞ!
全国の古豪達に見せつけてやる! アンツィオは決して弱くないtじゃなくて強いって!
目指せ、悲願の三回戦! じゃなかった、優勝だぁっ!
とゆーかマヂで早く決めるぞ! 西住はともかく柾木が出てきたら本当にシャレにならんっ!」
本音が見え隠れする鼓舞と共にP40が38(t)へと発砲――外れ。
対し、38(t)も応射――当然外れ。
「はーずれー」
「たまには当ててよ、桃ちゃん……」
「今は挑発行動中だからこれでいいんだ!
あと桃ちゃん言うなーっ!」
杏と柚子からツッコまれ、桃が返す――気にすることなく、杏はインカム越しに呼びかける。
「西住ちゃん、そっちはどう?」
〈もうすぐ予定ポイントに到着します。
キルゾーンへの誘導、よろしくお願いします〉
「ほいほーい」
〈えっと……ホントにオレは護衛につかなくて大丈夫なのか?〉
と、やり取りに割り込み、杏達の身を案じるのはジュンイチだ。対し、杏はカラカラと笑って、
「だからいらないって。
ジュンイっちゃんがいたら、むしろチョビ子は警戒して追ってこなくなっちゃうでしょ。
それよりもよそで暴れて、『こっちにはいませんよ』アピールしてくれた方がよっぽどエサになるよ。
ついでに他の子達の手助けもよろしく〜」
〈……りょーかいっ〉
それだけ告げて、ジュンイチが通信を切る――まだ少し不満げな声色に、口をとがらせている光景が思い浮かんでクスリと笑みをもらす。
「やれやれ、ジュンイっちゃんも心配性だねぇ」
「愛されてますね、会長」
杏のつぶやきに柚子が答える。「あ、愛!?」と桃が顔を真っ赤にして動揺して――その拍子に撃った砲弾は案の定外れ。P40のはるか頭上を飛び越えていく。
「そりゃ当然ってモンでしょ」
しかし当の杏に動揺はない。むしろ当たり前のことだと言い切ってみせる。
「何たって――」
「私はジュンイっちゃんの、“お義姉ちゃん”なんだからね♪」
◇
(……聞こえてんだけどなー……)
黙りはしたが通信は切ってなかったので、38(t)車内のやり取りは筒抜けだった。次の“獲物”を探して森を駆けながら、ジュンイチは内心でつぶやいた。
(オレ、そんなに過保護かなー?)
無自覚にも程がある自問自答をしながら、懐から取り出すのは苦無につないでいない対戦車手榴弾。
適当にばらまいて爆発させて戦闘を偽装。さぁ次だと背中に背負ったハンマーに手をかけて――
(…………ん?)
ふと、視界のすみに走り回る二輌の戦車を捉えた。
「V突とセモベンテ……カバさんチームとカルパッチョか……?
こっちまで移動してきたのか……?」
先ほど気配探知で位置を確かめた時には、もう少し離れたところで戦っていたはずだが……
というか――
(……こっち、来てね?)
その光景にイヤな予感を覚える――そしてその予感は、当たっていた。
「どわぁっ!?」
両者はこちらに気づいていないのか、それとも避ける余裕がないのか――どちらからも警告の通信がなかったから、おそらくは前者か――互いに車体をぶつけ合いながら突っ込んできた。あわてて頭上の木の枝の上に逃げるジュンイチの眼下を駆け抜けていく。
と、その先の開けた広場で大きく間合いを離した。互いに獲物へと狙いを定めるように向かい合う。
「ケリをつけるつもりか……」
つぶやくと、ジュンイチは念のため背中のハンマーに添えていた手を離した。
あの両者の間には他人の入り込む余地はあるまい。ならば――
「見届けてやるよ。カエサル、カルパッチョ」
聞こえていないだろうが、それでも二人に向けて告げる。そんなジュンイチの視線の先で、V突とセモベンテが互いに突撃し――
◇
「よぅし、追い詰めたぞ!」
一方、アンチョビ達は38(t)をついにガケ下の岩壁へと追い詰めていた。
「これで終わりだ!
悪いな西住! 三回戦に進むのは我々だぁっ!」
吠えるアンチョビだったが、勝ち誇るにはまだ早かった。こちらに側面を向け、前後、つまりアンチョビ達から見て左右に狙いを散らす38(t)に、トドメのつもりで放った砲撃を巧みにかわされてしまう。
「むぅっ! ちょこざいな!」
「38(t)、こちらを指向!」
「河嶋の砲撃だからどーせ当たらんっ!」
砲手からの報告に割と失礼なことをしれって言い切り――しかしその言葉通り、38(t)からの応射はあさっての方向にカッ飛んでいく。
「逃げ場はないし、反撃は当たらんっ! 当たったところでそもそも効かんっ!
やられる心配も逃げられる心配もないんだ! 落ち着いて狙え!」
詰んでいるのはこっちだ。焦ることはないと砲手に言い聞かせて――と、そんなアンチョビの視界に影が落ちた。
何事かと見上げてみれば、そこにいたのは――
「W号――西住!?」
ガケの上に姿を現したのは、大洗のW号戦車。「あ、やっぱアンブッシュだった」と納得する一方で、頭の中ではこの先をシミュレートしている。
高低差、間合い、W号の主砲の威力――
(……撃ち抜かれるぅぅぅぅぅっ!?)
結論。詰んだのはこちらでした。
「ドゥーチェ!」
と、そんなアンチョビのもとに届いた通信はM3と交戦していたセモベンテから。援軍到着かと希望が胸をよぎるが――
「遅れてすみまsきゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「こら! ムチャするな! ケガしたらどうする!?」
そこからがいけなかった。ガケを駆け下りてアンチョビのところへ駆けつけようとしたのだろうが、おかげで却ってつんのめり、ガケの中ほどから転落してしまう。
しかも、そんなセモベンテのエンジンをガケの上まで追いついてきていたM3が狙撃。白旗が揚がり、せっかく駆けつけてきてくれたセモベンテはリタイアしてしまう。
「姐さぁーんっ!
アンチョビ姐さぁ〜んっ!」
そんな中、駆けつけてくるのはペパロニとアマレットのCV33で――
「ヘイ、ラッシャイ」
現実は非情である――彼女達の前にはカエサルとカルパッチョの決闘を見届けたジュンイチが立ちふさがった。
あっさりとした一言と同時、そんなテンションとは明らかに不釣り合いな、容赦のないフルスイング――ハンマーの一撃が転輪を痛打。進路をそらされた上に転輪も歪められたCV33は履帯が外れてスピン、転倒してしまう。
さらに間の悪いことに、後ろから追ってきていた八九式もまた、ジュンイチのフルスイングと前後して一撃を放っていた。転がるCV33に砲弾が突き刺さり、ペパロニらのCV33は先に撃破されたセモベンテに激突、各坐した上で白旗が揚がる。
そして、アンチョビらのP40も――
「くっ、このぉっ!」
アンチョビの咆哮を合図にP40が砲撃。しかし最後まで勝負をあきらめなかった、逆転の願いを込めた一撃はむなしく外れて――
ズドンッ!と、W号の主砲がP40に突き刺さった。
シュボンッ、と音を立て、P40が白旗を揚げて沈黙する――
〈アンツィオ高校、フラッグ車、P40走行不能!
大洗女子の勝利!〉
「……さて、と」
審判からの放送を聞きながら、ジュンイチはハンマーを背中に背負いなおすとP40の上に飛び上がり、
「……うぅ……」
「ホラ」
被弾の衝撃で少しフラフラしながら顔を出してきたアンチョビに手を貸してやった。
「あぁ、すまないな、柾木……
まったく、完全にやられたな」
「悪いな、やってやったぜ」
ジュンイチの手助けで砲塔から出てきて、ため息をつくアンチョビに、ジュンイチは笑ってそう返す。
「だが……やってて楽しかったな」
「同感だな。
いい勝負してたぜ、お前らも――たかちゃんひなちゃんも」
「何だそのお笑いコンビみたいな呼び方……って、向こうも見てきたのか!?
決着ついたのか!? 勝敗はどーなった!?」
「おいおい、それ聞いちゃう?」
興味丸出しで詰め寄ってきたアンチョビに、ジュンイチは肩をすくめると右の人さし指を口元にあてて、
「幼馴染同士、親友同士の語らいだぜ。
こーゆーのは、聞かぬ言わぬが花ってね♪」
◇
「やりましたね、西住殿!
二回戦突破です!」
試合も終わり、待機所へと帰還。W号から降りたみほのもとへと優花里が駆け寄ってきた。
「次はいよいよ三回戦です!」
「うん。
順当にいけば、次は……」
「やぁやぁ、大洗の諸君!」
優花里に答えかけたみほに声をかけてきたのは、試合後のあいさつにやって来たアンチョビだ。
「二回戦突破、おめでとう!
いやー、今年はいけるかと思ったんだがなぁ……だが、楽しかったぞ」
言って、アンチョビはみほの手をとって握手する。
「あ、そだ。
アンチョビさん……最後転落してたセモベンテの子達、大丈夫でしたか?」
「あぁ、全員打ち身程度で、ケガらしいケガもなかった。
心配してくれてありがとうな、武部」
口をはさんでくるむ沙織に応える――が、アンチョビは不意に表情を引きしめ、
「だが、気を抜くなよ。
順当にいけば、次の三回戦の相手は……」
「……はい。
たぶん、聖グロリアーナが……ダージリンさん達が勝ち上がってきます」
そう、後日の試合で聖グロリアーナが勝ち上がれば、三回戦で彼女達とぶつかることになる。
よき友人達にして因縁のライバルとの対戦がついに叶うのだ。アンチョビの指摘に、みほの顔にも緊張がよぎる。
「勝ち上がれよ。
私達も応援しているからな――そうだろ、お前ら!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
みほに告げ、振り向いたアンチョビに応えるのは、トラックに乗ってやってきたアンツィオの面々。
チーム総出でのお出ましだ。戦車がないから撤収前に立ち寄ったというワケでもなさそうだが、いったい何をしに……
「何が始まるんですか?」
「第三次大せ……じゃなくて。
西住、戦車で撃ち合うだけが戦車道じゃないだろう?」
首をかしげるみほに答えると、アンチョビは誇らしげに胸を張り、
「試合が終わったら、選手にスタッフ、関わった者すべてを労う!
これがアンツィオの流儀だ!」
アンチョビのその言葉を合図に、アンツィオの面々が一斉に降車、テーブルや野戦調理設備を手際よく展開していく。
「……すごい物量と、機動力……」
「ハッハッハッ! すごいだろ!
我が校は食事のためならどんな労も惜しまんのだ!」
ジュンイチや優花里経由で彼女達の食へのこだわりは知っていたが、いざ実際に目の当たりにするとまた違う。圧倒されるみほにアンチョビが笑って答えて――と思ったら肩を落として、
「この、この子達のやる気が、もう少し試合に活かせればなぁ……」
「というか……アンチョビさん」
「ん? どうした、武部?」
「アレ……」
「ペパロニー、こんなもんでいいか?」
「どれどれー?
……んー……ウチの子達にはもうちょっとスパイス効かせた方がいいっスねー」
「うい、りょーかいっ。
……っと、パスタ茹で上がるぞ! 盛りつけ班、誰か頼む!」
『はいっ、マエストロ!』
「……ウチのバカがナチュラルに調理班に加わってるんですけど……しかもペパロニさんと二人で仕切ってる」
「本当に、どこにでも当然のように紛れ込むよな、アイツ」
沙織の指摘に呆れるアンチョビに、みほも思わず苦笑い。
「ま、それはそれとしてっ!」
しかし、アンチョビはすぐに気を取り直すと、一同へと向き直り、
「せーっ、のっ!」
『いただきますっ!』
◇
その後は両チーム交流しながら、大洗の祝勝会と試合のお疲れ様会を兼ねた立食パーティーへと移行した。
試合でぶつかった者同士で歓談してり、アドバイスを送り合ったり。
ジュンイチがペパロニからイタリア料理について教わったり、それを見たアンツィオの面々がいつぞやのようにジュンイチとペパロニのカップリングを捏造したり。
みほやアンチョビ、沙織がそれを聞いてあわてたり、梓がチームメイトから混ざらなくていいのかとからかわれたり。
そして当のジュンイチとペパロニはちっともわかってなかったり――
「お疲れさま、たかちゃん」
「ひなちゃんも。
いい試合だったよ」
この二人もだ。喧騒を離れて二人で食事をしながら、労うカルパッチョにカエサルが答える。
「結局、最後は装填スピードの勝負だったね」
「走りは互角だったもんね」
「そうそう。
おりょうさん、上達してたね。マジノ戦の前に教えた時とは比べ物にならないぐらい上手になってた」
「そっちの操縦手の子だって……さすが機動戦の第一人者アンツィオで副隊長車を任されるだけあるよ」
互いに相手を称え合う――勝敗については口にしない。二人にとって、そんなものは些細な問題でしかないのだから――
「…………あら?」
と、カルパッチョが何かに気づいた。その意味にはすぐに思い至り、クスリと笑みをもらす。
「…………? 何?」
「ううん。
たかちゃん、愛されてるなー、って」
「え?」
答えて、“そちら”を見るカルパッチョにカエサルも倣って――
『ぅわぁっ!?』
バレてると気づいてあわてたカバさんチームの面々が転倒、物陰から転がり出てきた。
「あ、あはは……」
「どうも……ぜよ」
「あー、えっと……カエサル。
生徒会がリーダーに召集をかけてるような気がするんだが、取り込んでるなら私が行くぞ?」
「いや、『気がする』って何だ」
召集がかかっているというなら『気がする』とはこれいかに――大方こちらを気にしてのぞきに来ていたのだろうが、ごまかすのが下手なのかごまかす気がないのか、といったふうのエルヴィンの言葉に、カエサルはすかさずツッコんだ。
「まったく……」
「行ってあげたら?」
ため息をつくカエサルだったが、そんな彼女に提案するのはカルパッチョだ。
「いいの、ひなちゃん?」
「私との友情は不滅、だよね?」
せっかく、めったに会えない二人が会えたのに……と少し寂しげなカエサルの口元に人さし指をあて、カルパッチョはまた会えるんだからと笑ってみせる。
「……そうだね」
「それに、試合前に『試合が終わったら遊びに行く』って約束したでしょ?」
「……そうだったね」
苦笑するカエサルに笑みを返すと、カルパッチョはカエサルと握手を交わし、
「それじゃ、エルヴィンさん達によろしくね、たかちゃん」
「……『たかちゃん』じゃないよ」
握手を返しながらカエサルが答える――「え?」と首をかしげるカルパッチョに対し、カッコつけてマフラーをひるがえし、
「私は……『カエサル』だ」
そう言って、カエサルはさっそうと仲間達のもとへと去っていって――
「……だったら、私のことも『カルパッチョ』って呼んでよ」
ちょっとだけ、“ひなちゃん”の機嫌を損ねていた。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第19話「やられたな」
(初版:2018/08/06)
こうして、大洗とアンツィオの試合は円満の内にその幕を閉じた。
しかし、その一方で――
「……大洗が勝ち上がったか」
「まぁ、順当な結果だろう」
「サンダースに勝ったんだ。アンツィオごときは軽いものだろう」
とある学校の、とある会議室で、数人の男が話し合っている――アンツィオを格下扱いしているのを聞いたらアンチョビなどは大いに憤慨しそうだが、それを指摘する人間はそこにはいない。
「だが、アンツィオがこの国の戦車道界で有名なのは間違いない。
そこを破って勝ち上がった以上、さらに注目を集めるだろう」
「そしてそれを我々が破れば、ヤツらの集めた注目はそっくりそのままこちらが総取りというワケだ」
「だが、そのためには次の試合を勝ち上がらなければ……」
「また“アイツ”の力など借りねばならんのか……」
「その心配はもはや無用だ」
懸念の声が上がるが、そんな声にはこの場を取り仕切っていると思われる、一番上座に座る男が答えた。
「ようやく根回しが完了した。
次の試合からは存分に暴れられる」
「では、もう“あんな小娘”の力など借りずとも……」
「あぁ」
返す声に、上座の男はうなずいた。
「元々ヤツは、根回しが済むまでの間に合わせ――それが済んだ今、手元に置いておく理由はないさ」
「ようやくですな……
これで、日本人の力を借りていることについて“本国”から小言を言われることもなくなるな」
男のひとりが発した言葉に、笑い声が上がる。
「もはや、我々の前に敵はない。そのことを証明してやろうではないか。
手始めに……」
「聖グロリアーナを、血祭りに上げてな」
「……もしもし?」
風呂上り、部屋でくつろいでいると携帯電話が鳴った――相手を確認し、みほはすぐに応答する。
「諸葛さん、どうしたの?」
〈…………西住さん〉
「……諸葛さん?」
しかし、相手の様子がいつもと違った。いつになく暗い明の声に、みほは眉をひそめた。
〈…………二回戦、見たよ。
三回戦、だね……〉
「う、うん……」
〈約束、したよね……
勝ち上がって、試合で戦えるの、楽しみにしてるって……っ〉
「も、諸葛さん!?」
いや、『いつになく』どころの騒ぎではない。明らかに様子がおかしい――嗚咽すら混じり始めたのを聞いて、みほはあわてて声を上げた。
「何かあったの、諸葛さん!?」
〈ごめん……西住さん……〉
〈約束……守れなくなっちゃった……っ!〉
〈『もう私はいらない』って、チームを辞めさせられて……
私、何か悪いことしちゃったのかな……?〉
「…………え……?」
次の嵐は、もうすぐ目の前まで迫っていた。