こうして始まった、大洗戦車道チームの共同生活は、特に問題もなく続いた。
そう――表面上では。
水面下では、“敵”はしっかり仕掛けてきていた――みほ達が知ることがなかったのは、彼女達に気づかれることなくジュンイチが“処理”していたからにすぎない。
ジュンイチ自身の手によって侵入者を排除すること14回。
それとは別に、柾木家周辺のセキュリティトラップが侵入者を排除すること8回。
学校の、戦車ガレージ周辺のセキュリティトラップが侵入者を排除すること12回。
ジュンイチのプライベートエリア周辺のセキュリティトラップが杏を排除すること44回。
人知れず激しい攻防を繰り広げながら日々は過ぎ――ついに、聖グロリアーナと関国商の試合当日がやってきた。
◇
「……こんにちはー……」
「……あぁ、みほさん」
聖グロリアーナの待機所――あんこうチーム他主だったメンバーと共に訪れ、声をかけてきたみほに、アッサムが反応して――
「激励に来てやったぜ、アイアンカッターさん」
「アッサムです!
私は鉄の城の豪腕ですか!? というか、とうとう口に入れるものですらなくなりましたよ!?」
すかさずジュンイチからいぢられた。
「その様子だと、ダージリン抜きでも緊張はしてないみたいだな」
「…………っ、今のはわざとですか……?
私達の緊張をほぐそうと、わざとふざけて……?」
「………………」
「待ってください。なんで黙るんですか?」
「べっ、別になんでもないよ?
うん、わざとだよ。ワザトダヨ?」
「はぁ……もういいです。
まぁ、私は大丈夫なんですけど……」
言って、アッサムが視線を向けた先では、イスに座ったまま、緊張でガチガチに固まったオレンジペコの姿があった。
「……まさかとは思うけど……ダージリンの代わりって……」
「はい。
今回はオレンジペコが隊長を務めます」
「大丈夫かよ? ガッチガチに緊張してっけど」
「無理もありません。
練習では何度も隊長を務めていますが、実戦では初めてですから。
増してや、今回は抜擢の理由が理由ですし……」
アッサムの言いたいことはよくわかる。さすがのジュンイチもどう励ましたらいいものかと困惑気味で――
「大丈夫だよ、オレンジペコさん」
そんな上級生組をよそに、オレンジペコの手をとったのは――
「……梓さん……」
「そんなに緊張しなくても、心配いらないでしょ?」
梓だ――顔を上げたオレンジペコに、笑顔でそう答える。
「ダージリンさんのことは残念だけど、ローズヒップさんにルクリリさん、それにアッs……みんながいるでしょ?」
「……今、私の名前忘れてましたね?」
ほんの一瞬の言い直しを聞き逃さなかったアッサムのツッコミにオレンジペコが思わず吹き出す。どうやら緊張は無事ほぐれたようだ。
「そうですね。
私ひとりだけがダージリン様の代わりを任されたワケじゃないし、ダージリン様ひとりだけが聖グロリアーナじゃない……私達みんなが聖グロリアーナで、私達みんなで、ダージリン様のために戦うんですよね」
言って、オレンジペコは梓の手を取り返し、
「もう大丈夫です。
ありがとうございます、梓さん」
「がんばってね。
三回戦で待ってるから!」
約束を交し合うオレンジペコと梓を微笑ましく見守るアッサムだったが、
「アッサム」
ジュンイチがそんなアッサムに声をかけた。くいとアゴで天幕の外を指すのを受け、彼と共に外に出る。
「どうしましたか?
あなたが私の名前をネタにしなかったぐらいです。マジメな話であることはわかりますが……」
「そーゆー納得の仕方をすんじゃねぇ。
それより……」
軽くアッサムにツッコむと、ジュンイチは真剣な表情で彼女を見返し、
「ペコをやる気にさせといてなんだけどな……」
「『危ないと思ったら、私の判断で棄権しろ』……と?」
ジュンイチの言いたいことは容易に知れた。つまり――
「関国商が、この試合の中でも何か仕掛けてくる……と?」
聞き返すアッサムに、ジュンイチは迷わずうなずいた。
「そこまでやってくる相手だということですか……」
「そんなことは、今までのことで十分にわかっているはずだろう?
盤外戦術でここまでやってくれた連中だ。残念ながら、アイツらに限って言えばスポーツマンシップだの戦車道精神だの、そんなものは期待しない方がいい」
「……わかりました。
気に留めておくことにします」
ジュンイチに返すと、アッサムは天幕に戻っていく――
しかし。
ジュンイチはこの時の選択を、心から後悔することになる。
どうしてこの時、恨まれてでも彼女達をすぐに棄権させなかったのかと。
“そこまで”してくる可能性は、十分に考えていたはずなのに。
この時彼女達を止めていれば――
“彼女”が“あんなこと”になることはなかったはずなのに……
第20話
「こんなの戦車道じゃありませんっ!」
〈これより二回戦、聖グロリアーナ女学院と関西国際商業高校の試合を始めます〉
場内放送が響く中、聖グロの面々への激励を終えたジュンイチ達は試合を観戦すべく観客席へとやってきた。
しかし、すでに試合直前ともなれば観客席はかなり埋まっていて、なかなか全員まとまって座れそうな場所は見つからない。
「いやー、激励の前に席確保しておくべきだったね。
ジュンイっちゃんらしくない失態だね」
「誰か残していこうとしたら全員聖グロのみんなんトコ行きたがったんだろうが」
カラカラと笑う杏に対し、ため息まじりに答えるジュンイチだったが、
「ふーん、そーなんだ。
私はてっきり、そんな凡ミスしちゃうくらい聖グロのみんなが心配だったんだと思ったんだけど」
「否定したらオレが冷たい人間に聞こえるような言い回しで退路断つのやめてくんない?」
なおもこちらをいぢりにかかる杏にジュンイチがツッコんだ、その時――
「フンッ、ずいぶんと遅かったわね」
突然声がかけられた――見ると、観客席の一角にまほやエリカの姿が。もちろん今の声はエリカのものだ。
いろいろと複雑な関係の相手の登場に一部のメンバーが眉をひそめるが、トップチームの、そのまたトップ2の貫禄に気圧されたのか二人の周囲の席はガラガラだ。
なので――
「あぁ、ちょうどいいところが空いてるね」
「あ、ちょっ、会長!?」
両者の間の空気をものともせず、杏はみほの静止もものともしないでその空席の一角に腰を下ろしてしまった。
こうなっては仕方ないと、ジュンイチ達も観念して残る空席を埋めていく。
そんな中、エリカのとなりに腰を下ろしたのはジュンイチ――ではなくみほ――でもなく梓だった。少し敵意の混じった視線を向けられ、エリカは確信する――「あ、コレ自分とジュンイチの関係誤解されたままだ」と。
「……どう見ます?」
「荒れるだろうな」
「やっぱそう見ますか」
一方、ジュンイチはまほのとなりに腰を下ろしていた。まほと共に試合の流れを予想し合っているが、あまりいい流れは予想できなかった。
「黒森峰は大丈夫っスか?」
「あまり良くはない。
何度か、戦車に細工されているのを見つけた――幸い練習前に気づいたから大事にはならなかったが……」
「黒森峰の、西住流のガードを潜り抜けて裏工作を仕掛けてくれた上、気づかれることなく無事帰還……それだけのことをやってのける連中ってことっスね……」
「あぁ。
明らかに、学生レベルでできる工作ではなかった」
「やっぱバックの大人が……それもプロが盛大に首突っ込んでやがるってことっスね……」
「プロ……って、戦車道の?」
「おぅそこ、大御所の目の前でおもっくそケンカ売る発言やめーや」
聞きつけ、振り向いてくる沙織にツッコみ、ジュンイチはため息をつき、
「そうじゃなくて、裏工作のプロだよ。
黒森峰のガードをすり抜けるなんてそうとうだぞ」
まほ達はもちろん、みほ達にも水面下での諜報戦についてはできるだけ教えたくない。彼女達には、そうした社会の暗いところは知らず、腐らないでいてもらいたいから――もう手遅れな気がしないでもないが、それでもせめて傷浅く済ませたいのだ。
だから、当たり障りのない範囲で答えておく――と。オーロラビジョンに聖グロリアーナの編成を紹介する映像が流れる。
その内容は――
「……クルセイダー隊を入れてきてますね……」
「さすがに、ダージリンが“あんなこと”になっちまったら出し惜しみしてる余裕はねぇか……」
ローズヒップまで動員した総力戦態勢の編成に、優花里とジュンイチが口々につぶやく。
「フンッ、どこのどいつの仕業か知らないけど、関国商を勝たせるためにダージリンをつぶしたつもりが、逆に聖グロを本気にさせてちゃ世話ないわね」
一方でそんなことを言い出すのはエリカだ。さすがに証拠も何もない中、公の場で関国商を名指しで犯人呼ばわりしない、くらいには頭が回っているようだが――
(……どうかな)
ジュンイチの意見は違ったようだ。眉をひそめながらオーロラビジョンに視線を向ける。
(ここまで証拠を残さずうまく立ち回ってる連中が、ダージリンを“やれ”ばアッサム達がブチギレるだろうことも予想できない、なんてことがあるか……?
もし、連中が最初から聖グロ側の“本気”を想定していたとしたら……
もし……)
(その上で、聖グロを叩きつぶすための“準備”を整えた上で、この場に出てきているとしたら……)
◇
「全車、前進!」
ジュンイチが懸念を抱く中、試合開始の号砲が鳴り響く――オレンジペコの号令一下、聖グロリアーナ戦車隊が一斉に動き出す。
対する関国商の編成は……一言で言えば“大洗の上位互換”といったところか。
校風に合わせて戦車の開発国を統一してくる学校の多い中、国をそろえることなくバラバラなのだ。
それだけなら大洗と同じだが、ティーガーやブラックプリンスといったより強力な戦車で固めている……というより、とにかく国を問わず強力な戦車ばかりを手当たり次第にかき集めたような印象だ。
「相手の戦車は強力なものばかりです。
でも、私達ならいつも通りに戦えば大丈夫です!
ダージリン様から教えられたことを忘れないで!」
だから、決して油断はできない――もっとも、油断するつもりもないが。チャーチルの車長席に座り、オレンジペコが一同に告げる。
と、
「こちらクルセイダー隊! 偵察に出ますわ!」
「お願いします!
ただ、あまり突出しないでください!」
名乗りを上げたのはローズヒップだ。先行していく、彼女の率いるクルセイダー隊を見送りながら、オレンジペコは一応釘を刺しておく。
そう、気を抜けるはずがない。
何しろ相手は試合前の一連の事件、その首謀者と目される連中だ。何をしてくるかわかったものではない。
それに、そうした裏工作を抜きにしても相手の戦車は強力なものがそろっている。まともにぶつかったとしても楽に勝てる相手ではない。
だが、だとしても――
(負けるワケにはいかないんです……
聖グロリアーナの名にかけて、『ダージリン様がいないから負けた』『ダージリン様がいなければ勝てない』なんて評価を受けるワケにはいかない。
それに……約束したんです。みほさんとダージリン様だけじゃない。私も、梓さんと……
その約束を果たすためにも……勝ち進んで、大洗との戦いに挑むためにも……)
「この試合……絶対に勝つんです!」
◇
「敵の姿は見当たりませんわね……」
先行して偵察に出たものの、敵戦車の姿は見えない――少しばかり苛立ちを覚え、ローズヒップはクルセイダーの車上でひとりつぶやいた。
――否、明らかに苛立っている。ダージリンを“あんな目”にあわされた怒りを、自身の中で消化しきれていないのだ。
それだけ、彼女がダージリンのことを心から敬愛しているということなのだが――
「――――っ! 二時方向に敵影!
ブラックプリンスですわ! 数は一輌! ペコさんに報告!」
「はい!」
「わたくし達はこのまま、ブラックプリンスを叩きますわ!」
「……って、え!?」
だが、今回はそれが悪い方向に働いた。偵察の本分を逸脱した判断を下したローズヒップの言葉に、車中から驚きの声が上がる。
「待ってください、ローズヒップ!
私達の役目は偵察です! オレンジペコからも今日は特に慎重にと……」
「わかってますわ!
だから、一輌しかいない内に確実に叩いて、後続に備えますのよ!」
通信手の制止もローズヒップには届かない――元々ダージリンくらいしか彼女を制御できる人間はいなかった上、そのダージリンが卑怯な裏工作で出場すらさせてもらえなくなったのだ。ローズヒップが心中穏やかでいられるはずがない。
とはいえ、相手の戦車の陣容を考えれば、「叩ける時に叩く」という判断も決して間違ってはいない。結局、クルセイダー隊はローズヒップの指示に従い、ブラックプリンスへと向かっていく。
対し、ブラックプリンスもまた退くことなくこちらに向かってくる。あちらもこのままローズヒップ達の相手をするつもりなのだろうか。
「フッ、こちらを甘く見ましたわね!
いくらブラックプリンスでも、クルセイダー三輌を相手に勝てるとでも!?」
言い放つローズヒップだが、余裕を思わせる言い回しとは裏腹にその声色は明らかに苛立ちを増している。
「ジュンイチ様を気取ったつもりですの!?
ふざけないでくださいまし! あんな超人的なマネが、あの方以外にできるワケがないでしょう!」
「どう見ても不利な状況を、予想もつかないような方法で真っ向からひっくり返す」のは、今までに何度も見せてきた、ジュンイチの真骨頂とも言える戦い方だ。
三対一のハンデをものともしないで、真っ向から突っ込んでくるブラックプリンスの姿は、そのジュンイチの姿を連想させた。対戦相手でありながらダージリンに勝るとも劣らぬレベルで敬愛し、まるで子犬のように懐いていたローズヒップにとっては、それもまた決して許せないことであった。
と、そんなローズヒップ達に向けてブラックプリンスが発砲――しかし、距離が遠い。有効射程の外側だ。あれでは当たったところで満足な威力は出ないだろう。
「フンッ、牽制のつもりですの!?
その程度でわたくしがビビるとでm
しかし。
次の瞬間、ローズヒップの視界が回転した。
◇
「え……?」
一瞬、目の前で繰り広げられた光景が信じられず、みほは思わず掠れた声を上げていた。
有効射程の外からクルセイダー隊の先頭、ローズヒップ車に命中した一撃――それは装甲に弾かれるか軽く突き刺さるだけに終わるか、いずれにせよ、クルセイダーには通用しないはずだ。
――否。
“本来なら”通用しないはず“だった”。
しかし結果は違った。
着弾の瞬間、クルセイダーがつんのめった。一瞬、一撃で足を止められ、行き場を失った前進ベクトルが車体の後方を跳ね上げたのだ。
辛うじて転倒は免れたが、まるで某近未来レースアニメのリフティングターンでもやってみせたかのように、クルセイダーが前後反転した形で停車して――
ぐしゃりっ。
――と、イヤな音を立て、衝撃で空中に投げ出されたローズヒップが、頭から大地に叩きつけられた。
「ローズヒップ!」
いわゆる“車田落ち”、しかも硬い岩地に――極めて危険な落ち方をしたローズヒップの姿に、ジュンイチが思わず立ち上がって声を上げる。
「何、今の……!?」
「あの勢いで突撃してきたクルセイダーを、一撃で止めた……!?」
「あれが、ブラックプリンスの17ポンド砲の威力……!」
一方で、今の強烈な一撃に驚いている面々もいる。沙織や典子、カエサルが口々につぶやいて――
「そんなワケあるか!」
ジュンイチの叫びが、そんな彼らを一喝した。
「ま、柾木くん……?」
いつになく荒々しいジュンイチの剣幕に華が困惑していると、
「あんな威力……17ポンド砲でも出せませんよ」
そう答えたのは優花里だが、彼女もまた表情は険しい。
「しかも、着弾の瞬間、“撃ち込まれた中から爆発してました”……」
「徹甲榴弾……装甲を貫いた後、相手の中で爆発する榴弾だ。
当然、戦車道に用いるには危険すぎるとして、プロリーグですら禁止砲弾に指定されているシロモノだ」
うめく優花里に補足する形で、まほが大洗の面々に説明する。
「それに、砲そのものも17ポンド砲で出せる威力じゃなかった……
たぶんアレ、それっぽく偽装した現代戦車の砲を使ってるわよ」
「そ、それって反則なんじゃ!?」
「えぇ、そうよ!」
そして、後に続くエリカがついに爆発。思わず聞き返してきた沙織に、声を荒らげて答えた。
「日戦連のお膝元にいる身として、信じたくなかったけど……っ!」
「あぁ……もう間違いねぇ」
エリカに答えて、ジュンイチは歯噛みしながらオーロラビジョンをにらみつけた。
「アイツら……やりやがった、“下の下”を!」
「レギュレーションチェックを買収して……違反改造車を山ほど持ち込みやがった!」
◇
〈きゃあっ!?〉
「――――っ」
三度目の悲鳴と共に通信が途絶――それが意味するのは、クルセイダー隊の全滅。思いもよらない事態に、オレンジペコは動揺を隠せない。
彼女達からすれば耐えられると思っていた攻撃でいきなり痛打されたのだ。観戦しているジュンイチ達と違い直接その場を見ていない彼女達には、相手が違反車輌を持ち込んでいるとは知る由もない――
(……これは……)
しかし、事前にジュンイチからそれとなく警告を受けていたアッサムは、この撃破劇に言い知れない違和感を覚えていた。
「オレンジペコ」
「アッサム様……?」
「何か変です。
ここは一度退いて様子を見るべきです」
「……わかりました。
各車、一旦下がって相手の出方を見ます! 後退を!」
アッサムの提案にうなずき、オレンジペコが指示を出すが、
〈………………〉
「え……?
どうしました? みなさん、応答してください!」
無線の向こうからの返事がない。それどころか、聞こえてくるのはノイズばかりで――
(無線が、通じない……!?
そんな!? さっきまで通じていたのに!?)
◇
「…………あれ?」
その異変に最初に気づいたのはみほだった。
「聖グロの戦車の動きが……?」
「みぽりん……?」
「クルセイダー隊の壊滅と前後して、聖グロリアーナの動きが乱れ始めた」
首をかしげる沙織にはまほが代わりに答えた。
「関国商の反則に気づいていないだろう彼女達にとって、クルセイダー隊のやられ方は確かに想定外だったはずだが……いくらダージリンを欠いているとはいえ、屋台骨のしっかりした聖グロリアーナがその程度で揺らぐとも思えない。
彼女達の動きを乱しているのは、別の何か……」
だが、そのまほもすべてを見通せているワケではない。つぶやき、推理をめぐらせて――
「まるで、何をしたらいいかわからなくなってるみたい……」
『――――――っ!?』
ポツリ、ともらした梓のつぶやきに、そのまほが、みほが、エリカが――そしてジュンイチが目を見張った。
「まさか……オレンジペコさんの指示が届いてない……!?」
「まさかアイツら、無線にも細工を!?」
「いや……もっと単純な手がある」
みほやエリカの声に、ジュンイチはうめくように答えた。
「今度は通信妨害かよ……っ!」
◇
「くっ、我が聖グロリアーナが、この程度の工作で――きゃあっ!?」
己を奮起させようと放った言葉も、情け容赦なく悲鳴へと塗り替えられる――関国商のP40から放たれた徹甲榴弾と近代戦車砲の一撃は、文字通り反則レベルの威力をもってルクリリのマチルダを吹き飛ばした。
無線通信を断たれ、連携のとれなくなった聖グロリアーナに、関国商側は一斉に襲いかかった。
無線が使えないのは関国商側も同じだが――そんなことは関係ない。
レギュレーションの枠に押し込められた聖グロリアーナの戦車では、その枠を根こそぎ無視して強化に強化を重ねた関国商の戦車と真っ向から戦っても勝ち目はない。懸命の抵抗も一切意に介さず、容赦のない反撃で聖グロリアーナの戦車を一方的に狩っていく。
しかも、無線を封じられているので審判団に抗議どころか、降参を申し出ることもできない。
もはやこれは試合ではない。関国商による一方的な蹂躙だ。成す術もないオレンジペコの目の前でまた一輌、マチルダが軽々と吹き飛ばされた。
◇
「あぁっ! またやられた!」
その光景は、オーロラビジョンを通じて観客席にも中継されていた。マチルダが撃破されたのを見て、沙織が声を上げる。
聖グロリアーナ側も懸命に応戦しているが、その一切が通じない。すべて装甲で弾かれてしまう。恐らく装甲もレギュレーションを無視して徹底強化されているのだろう。
「攻撃を受けたら耐えられない。反撃しても通じない。
逃げても追いつかれるし、無線が使えないんじゃ降参もできない……っ!」
「どうすることもできないじゃないですか……っ!」
エリカや華がうめくが、彼女達にもどうすることもできない。ただ聖グロがなぶり殺しにされるのを見ていることしかできなくて――
「…………っ!」
しかし、それでも黙っていられなかった。決意と共に立ち上がり、みほは観客席を離れて走り出し――
「待て、西住!」
そんな彼女を、観客席の裏手に回ったところで追いついてきた桃が止めた。
「どうするつもりだ!?
お前が出て行ったところで……」
「でも、このままじゃ聖グロのみんなが!」
みほが桃に反論するが、
「彼女の言う通りだ、みほ」
追ってきたのは桃だけではなかった。杏と共に追いついてきたまほがみほに告げる。
「オフィシャルの一角にまで食い込まれているとすれば、おそらくここで私達が騒いだところで聞き入れてはもらえないだろう」
「それどころか、私達が“そこ”まで気づいていると知られたら、口封じとして失格処分にして大会から締め出す、くらいはされかねないよ――そうすれば、私達が何を叫ぼうが『失格にされた逆恨みで根も葉もない言いがかりをつけてきてる』ってしらばっくれることができるからね。
一般人から見たらまったくの外様な私達が試合を止めようっていうんだ。失格の理由にはじゅーぶんなるだろうね」
「そうなってしまえば、それこそ我々は関国商の暴挙を止める手段を失ってしまう。
アレを許せない気持ちも私も同じだ。だが、そこを曲げて頼む――みほ、今は耐えてほしい」
「でも……でも……っ!」
まほと杏の言葉に、みほは悔しげに目を伏せて――
「ま、そうは言ったけどさ」
そんなみほやまほを前に、杏はそう告げてため息をついた。
「今さら西住ちゃん止めたところで、手遅れではあるんだけど」
「角谷……?」
「だってさ……」
眉をひそめるまほに対し、杏は告げた。
「西住ちゃんよりも先に、私達じゃとうてい止められっこない子が、とっくにブチキレて飛び出してっちゃった後だから」
◇
「くぅ……っ!」
衝撃に耐えるオレンジペコの前で、ついに随伴のマチルダ、その最後の一輌が吹き飛ばされ、大地を転がった。
これで、聖グロ側で残っているのはフラッグ車であるオレンジペコらのチャーチルのみ。対する関国商は十輌すべてがほぼ無傷で健在だ。
(彼女達の戦車なら、一気に私達を叩いて試合を終わらせることもできたはず……
なのにあえて私達を叩かず、他の戦車ばかりを……
私達は言わば“見せしめ”――自分達の力を見せつけるための生贄として、なぶり殺しにしに来たということですか……)
そしてこの状況は、関国商側によって意図的に作り出されたものだった。相手の目的を読み取り、アッサムが胸中でうめく。
と――その時、アッサムの懐で携帯電話が震えた。
通話の着信だ。試合中の通話は禁止されているが――
「……もしもし」
しかし、アッサムはあえて通話に出た。
電話してきた相手に心当たりがあったからだ。
「これだけ反則の山を積み上げた今、携帯電話の通話程度の反則はどうでもいいということですか?」
「董卓さん?」
「――――っ、アッサム様……!?」
その名前に通話相手の正体を悟ったオレンジペコが息を呑む――董卓、それは関国商戦車道チームの隊長が名乗っていたソウルネームだ。
〈あら、『反則の山』って何のことかしら?
私には何の心当たりもないし……この通話が反則ってことは今あなたから言われて初めて知ったわ。そう、携帯電話での通話って反則だったのね。知らなかったとはいえ失礼したわ〉
しかし、相手も簡単には認めはしなかった。あっさりとシラを切るその言葉に声を上げたくなるのをグッとこらえ、対応するが、
「……それで、何の御用ですか?」
〈何、大したことじゃないわ。
ただ隊長がひとり欠けた程度で簡単に総崩れになってしまうような情けない醜態をさらしたあなた達を哀れに思っただけよ。
強豪だなんて言われていたけど、落ちぶれたものね。よほど隊長の指導が悪かったのかしら?〉
「………………っ!」
〈しかも、最初にやられたクルセイダーの子なんて、戦車から簡単に放り出されちゃって、フフフ……♪〉
「――っ、あなた達はっ、どこまでっ!」
だが、親友でもある隊長と手塩にかけた後輩を直接貶められては黙っていられなかった。さすがのアッサムも声を荒らげずにはいられない。
「……見ていなさい。
必ず、あなた達の行いを、事の真相を白日のもとにさらしてみせますから」
〈あら、怖い怖い。
さすが、泣く子も黙る聖グロ諜報部“GI6”を束ねる副隊長サマね……そっちの悔しがる声が聞きたかったのだけど、却って怒らせてしまったわね〉
しかし、アッサムのその言葉に対しても、董卓はあくまでひょうひょうとしたもので、
〈でも、そんなあなたがそこまで本気になっちゃったら……〉
〈もう、そちらを舐めた試合はできないわね〉
「――――――っ!?
ルフナ、逃げt」
終わらせるつもりだ――気づき、操縦手に出そうとした指示は手遅れであった。放たれた砲弾がチャーチルの左の転輪を直撃、破壊されてしまう。
これでもう、チャーチルはほとんど動けない。次の一撃はかわしようがないとアッサムが覚悟する中、董卓の乗る隊長車にしてフラッグ車、ティーガーTが砲撃を放ち――
外れた。
ティーガーTの砲撃はチャーチルを捉えなかった。少し脇に外れたところに着弾、チャーチルの車体を揺らす。
(外れてくれた……!?)
ここで外れたところで痛みの先送りでしかないのだが、それでも安堵せずにはいられなかった。内心で息をつくアッサムだったが、
「きゃあっ!?」
再び至近弾がチャーチルを揺らす。オレンジペコが悲鳴を上げる中、反対側にも至近弾が着弾する。
それからも三発目、四発目とやはり至近弾――ここに至って、アッサムは自分の考えが、関国商チームへの認識がいかに甘いものであったかを思い知らされていた。
まさか彼女達がここまで悪辣だったとは――彼女達は攻撃を外しているのではない。
当てずにいるのだ。
◇
「じゃあ、アレわざとってこと!?」
「えぇ、そうよ!」
観客席の面々も、関国商チームの狙いに気づいていた。声を上げる沙織にエリカは八つ当たり気味に声を荒らげた。
「至近距離への着弾で揺さぶって、怖がらせて、完全に心をへし折るつもりなのよ……
聖グロが、関国商に二度と歯向かう気にならないように……っ!」
「そんな……ひどすぎます!」
華が声を上げるが、観客席の彼女達にはどうすることもできない。
そうしている間にも、チャーチルの周囲には何発もの砲弾が降り注ぎ、巻き起こる衝撃がチャーチルの巨体を揺さぶり続けている。
「ダメ……っ! もう見てられない……っ!」
まさに凄惨と言う他ないなぶり殺しの光景に、たまらず目を背ける梓だったが、
「……見ててあげて」
そんな梓の肩を抱き寄せ、典子が告げた。
「無線が通じなくても、自分で判定装置をいじって白旗を揚げれば降参できるはずなのに、アッサムさん達はそれをしてない。
あきらめてないんだよ……あんな状態でも、反撃の、逆転のための何かを狙ってる」
典子の言葉に、梓の震えが止まった。
「約束したんでしょ? 『三回戦で戦う』って。
最後まで約束をあきらめてない、あの子達の姿を……見届けてあげて」
「…………っ、はい……っ!」
うなずいて、梓は顔を上げた。涙をぬぐってオーロラビジョンを見つめる。
映像の中では、動けないチャーチルに向けて、関国商の戦車隊は少しずつ包囲を狭めていく――
◇
「くぅ……っ!」
立て続けに襲いくる衝撃で、チャーチルの車内は少しも休まる暇がない――至近弾によって間断なく揺さぶられる中、アッサムはじっと照準スコープをのぞき込んでいた。
その狙いは、関国商のフラッグ車にして隊長車、董卓のティーガーT。
そう、この試合はフラッグ戦。殲滅戦ではないのだ。
味方の戦車が何輌撃破されようが関係ない。相手のフラッグ車さえ叩いてしまえば勝ちなのだ。
そして今、関国商側は勝利を確信し、フラッグ車も含めた全車がこちらに向けて前進してきている。
そんな彼女達の油断につけ込む。いくら装甲が規格を超えて強化されていようと、チャーチルの主砲を至近で浴びせてやれば――
(あと、少し……)
今までの戦いから、ティーガーTがどのくらい装甲を強化してあるかはある程度見極めた。もう少しで、チャーチルの主砲での撃破可能距離に達する。
あと3メートル。
あと2メートル。
1メートル――
(――ここっ!)
達した。アッサムが主砲の引き金を引いて――
チャーチルの主砲が吹っ飛んだ。
「…………え?」
何が起きたというのか――呆然とするアッサムの目の前で爆煙が晴れると、そこには“横向きに”ひしゃげ、断ち切られたチャーチルの主砲の成れの果て。
(横から……砲身を狙い撃たれた……!?)
悟る――関国商に、またしてももてあそばれたと。
そう。董卓達はアッサムの狙いに気づいていたのだ。
気づいた上で、近づいてきていたのだ。
一発逆転のフラッグ車狙い――最後の最後まで勝負を捨てないこちらにギリギリまで希望を抱かせ、最後の一瞬、その希望が最高潮に達したところで、その希望を容赦なく踏みにじり、あざ笑うために。
最後の最後まで、自分達は関国商の手のひらの上で踊らされていたのだ。
今度こそ残された希望を叩き折られ、残るは絶望のみ。成す術なく沈黙するチャーチルに向けて、ティーガーTからとどめの一撃が放たれて――
跳ね上がった。
ティーガーTが発砲した瞬間、真上から“何か”が落下――砲弾と交錯した瞬間、砲弾がほぼ直角、真上へ向けて軌道を変えたのだ。
そして――
「いい加減にしとけよ、お前ら」
砲弾を蹴り上げた張本人であるジュンイチが、董卓に向けて言い放った。
◇
『………………え゛』
その光景は、オーロラビジョンを介して観客席にも――ジュンイチのその行動に、彼を知る一同は文字通り開いた口がふさがらなかった。
「……な、何やってるのよ、アイツ!」
「や、やっちゃったわ……」
「って、試合会場入っちゃったの!?」
「警備の人は何やってたんですか!?」
「いや、あの人そんなの余裕でかいくぐるでしょ!」
「仮に見つかっても、日戦連の警備レベルじゃむしろ瞬殺で突破されるって!」
それは間違いなく、彼の今までの所業の中でもぶっちぎりで最大級の“やらかし”――エリカの叫びを皮切りに一同が頭を抱えていると、
「会長! あれ!」
「あー、やっぱりやっちゃったかー……」
その声に一同が振り向くと、みほ達が戻ってきたところだった。声を上げるみほに杏がため息まじりにうめく。
「柾木のヤツ、とうとうやってくれた……!
これで我が校は失格だ……っ!」
だがそれ以上に絶望している人がいた。桃がその場に崩れ落ちるが、
「……いや」
対し、それに異を唱えた者がいた。
「……ひょっとしたら……柾木は、そうはならないと確信しているんじゃないだろうか……?」
「お姉ちゃん……?」
◇
「ま、柾木さん……!?」
砲塔から顔を出し、声を上げるオレンジペコだったが、ジュンイチは応えない。対峙するティーガーT、その上の董卓へと鋭い視線を向けている。
「あらあら、誰かと思えば大洗の」
だが董卓の方も動じない。余裕の態度でジュンイチのことを見返してくる。
「いったいどういうつもりかしら?
他校の選手が乱入して手助けなんて、重大な反則行為よ?
そんな不正が許されていいのかしら?」
「――っ、それをあなた達が
「いいワケねぇだろ」
思わず言い返そうとしたオレンジペコだったが、それより早くジュンイチが言葉をかぶせてきた。
「外部の人間の助けを受けたことで、聖グロリアーナ・フラッグ車、チャーチルは失格になる。
つまり――フラッグ車の脱落で、お前ら関国商の勝利が確定する」
「あ…………」
ジュンイチのその言葉で、オレンジペコは彼の意図に気づいた。
(柾木さん……私達を守るために……)
おそらくはそういうことだろう――自分達を無理矢理失格にすることで、トドメの一撃が自分達を傷つける前に試合を終わらせたのだ。
そんなことをすれば、乱入した自分もペナルティを受けることになるかもしれないのに……
「もう力は十分見せたはずだ……もういいだろ」
一方、ジュンイチは静かに、しかし有無を言わせるつもりなど一切ないとばかりにプレッシャーをかけながら告げる。
対し、董卓はジュンイチの言葉を吟味するように目を閉じ、黙考し、
「……えぇ、そうね。
確かにこれ以上続ける意味もないわね。それじゃあ――」
言って、董卓は手にした指示棒で自らの収まっている砲塔の装甲をトンと叩いて――
轟音と共に、チャーチルが“背後から”撃ち抜かれた。
「な………………っ!?」
さすがのジュンイチにも思いもよらない一撃――振り向くと、撃破されたチャーチルの背後に、関国商のブラックプリンスが迫ってきていた。今の一撃はあのブラックプリンスの手によるものか。
「あら、ごめんあそばせ?」
と、そんなジュンイチに対し、董卓は笑いながら告げた。
「部下に攻撃停止を命じようとしたのに、間に合わなかったわ」
「――――っ、てめぇ……っ!」
言って、ニヤリと口角を吊り上げるその姿に確信する――わざとだと。
おそらくは先ほどティーガーを叩いたあの指示棒、あれが合図だったのだ。
『ジャマが入った。コイツの手の届かない位置にいるヤツ、代わりにチャーチルをつぶせ』――と。
ジュンイチの手による強制終了ではない。『自分達の手で聖グロの戦車を一輌残らず叩きつぶした』という、自分達の力を知らしめる事実――否、“宣伝材料”を作るために。
「ん? 何をにらんでるの?
別に“これは”反則じゃないでしょう?――だって、まだ試合終了の合図は出てないんだから」
いけしゃあしゃあと言ってのける董卓だが、ジュンイチはかまわない。きびすを返して跳躍、炎すら上がっているチャーチルに飛び乗ると、砲塔から中をのぞき込む。
「ペコ! アッサ――っ、ぐ……っ」
「……ぅ……っ」
だが、のぞき込んだ彼が言葉を詰まらせた。そんな彼の声に、オレンジペコが我に返って――
「……あ、柾木さん。
いったい、何が……」
――べちゃりっ。
身を起こそうとしたところで、床についた手が何かで濡れた。
何だろうかとその手を見て――息を呑んだ。
なぜなら、その手は真っ赤に汚れていたから。
そんな彼女の目の前、見下ろすジュンイチの眼下――オレンジペコをかばったのだろうか、彼女の足に覆いかぶさるようにアッサムが倒れている。
そして――
その背中は吹き飛んだカーボンの破片に貫かれ、パンツァージャケットを赤黒く染めていた。
◇
最低限の照明に照らされる中、その赤い輝きが強く目立つ――「手術中」のランプを、ジュンイチは拳がうっ血するほど強く握りしめながら見つめていた。
あの後、試合は異様な空気のまま終了した。
重傷を負ったアッサムは頭を強く打ったローズヒップと共に最寄りの救急病院に緊急搬送。それでも気丈に試合後の整列に臨もうとした他の聖グロの選手達に、董卓は告げた。
曰く、「ここはいいから、早く副隊長さん達のところへ行ってあげなさい」――言葉だけを聞くなら相手選手を気遣うスポーツマンシップに溢れたものだが、そんなものが単なる対外的なリップサービスにすぎないことはその場の誰もが理解していた。
何しろ、その言葉を放ったのは、他ならぬ事故の……否、“事件”の実行犯その人なのだから。爆発しそうになる怒りを必死にこらえ、聖グロの面々はあいさつを辞してアッサム達へと付き添った。
そして今まさに、アッサムの命を救うための緊急手術が行われている真っ最中。ローズヒップも精密検査室で検査が行われているはずである。
「アッサム様……っ!」
ジュンイチの背後では、観戦からそのまま同行した大洗メンバーや聖グロの主だった面々が手術が終わるのを待っている。
一心に祈るオレンジペコだが、そんな彼女も、念のため数日の検査入院が言い渡されている身の上だ。頭に包帯が巻かれ、入院着に着替えた彼女に対し、梓はあまりのことにかける言葉が見つからず、彼女を落ち着かせるように抱きしめてやるしかない。
「…………こんなの……」
と――そんな空気の中、悔しげに口を開いたのは優花里だった。
「こんなの、ひどすぎます……っ!
こんなの戦車道じゃありませんっ!」
「優花里さん……」
彼女の気持ちはみほにもよくわかる。確かに戦車道選手の中にはあまりほめられたものではない戦い方をする者はいるが、そうした者達だって、決められたルールの枠組みの中で、知恵をしぼった上でのことだ。
だが、関国商はその一線を軽々と踏み越え――否、踏みにじった。選手の闇討ち、相手戦車への細工、果てはオフィシャルまで抱き込んでルールという大前提すら自分達に都合のいいように無意味なものへと変えてしまった。
優花里の言う通り、こんなものはもはや戦車道ではない。
かつてサンダースのケイは「自分達のしているのは戦車道であって戦争ではない」と語った。その言葉を借りるなら、これはもはや戦争であって戦車道ではない――いや、ルール無視が関国商側のみに適用されるのなら、一方的な虐殺であるとすら言えるだろう。
「柾木くん! このまま黙ってていいの!?」
「そうです!
やっぱり抗議するべきです!」
優花里の声を皮切りに、他の面々からも不満が噴出。沙織や華が背を向けたままの、手術室の方を向いたままのジュンイチへと詰め寄るが、
「いらねぇよ」
ジュンイチはあっさりと答えた。
「そんな……っ!
このまま黙って見ていろと言うのか!?」
「聖グロのみんながこんな目に合わされたんだよ! 悔しくないの!?」
「病院で騒ぐなてめぇら。
いつぞやのオレらみたいに怒られっぞ」
カエサルや典子も声を上げるが、ジュンイチは背を向けたままそう釘を刺し、
「お前ら、まさか忘れちゃいないだろうな?――」
「次アイツらと当たるのはどこのチームだ?」
『あ…………』
「そういうことだ」
思い至った一同に告げるジュンイチだったが、あくまでこちらを向こうとはしない。
「わざわざ向こうから出てきてくれるんだ。
ヘタに刺激して、その機会をこっちからつぶそうとするんじゃないよ」
なぜこちらを向こうとしないのか――理由はひとつ。
「アイツらは……」
「ルールに則った上で、正々堂々叩きつぶす」
とても彼女達に見せられないような、悪魔の如き形相でブチキレていたから――
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第21話「30分だ」
(初版:2018/08/20)