「……そろそろ、試合の始まる時間ね」
 ぴくりっ、と目の前の肩が震える――体育座りの姿勢でうつむき、顔をみせないまま反応を示したみほに、エリカは軽くため息をついた。
 二人がいるのは、どこかの廃棄倉庫。そのド真ん中に置かれた、運搬可能な鉄檻の中に入れられている――今時そうそう見られないような典型的なフィクション的拉致監禁の構図。
 最初こそさんざん抵抗したものの、力及ばずここに放り込まれてからはずっとこの調子だ。
 だが、みほの性格上捕まったことや、このまま試合に出られなくなることで落ち込んでいるワケではないだろう。彼女が気にしているのはきっと――
「……諸葛明のことが気になるんでしょ?」
 ぴくりっ、と再び肩が震える――やはりそうかと、エリカはもう一度ため息。
 そう。ここに入れられたのは二人だけ。明だけは別室に連れて行かれた。みほはそんな彼女の身を案じているのだろう。
 まったく、自分だってそれどころではない、大変な状況の中にあるというのに――
(……いや、それは前からか)
「変わらないわね、アンタは。
 自分が大変なことになっても他人のことばっかり――」



「去年のことだって」



 三度、みほの肩が震える――ただし、先ほどまでとは比べ物にならないほどに大きく。
「……あれは……違うよ……」
 そして、ようやく反応を見せる――ほんの少しだけ顔を上げて、みほはエリカに答える。
「あれは、私が選択を間違えたから……」
「――っ、間違えた、ですって……!?」
 しかし、みほのその言葉は却ってエリカの逆鱗に触れた。立ち上がると、エリカはみほの胸倉をつかみ上げて至近距離からにらみつける。
「アンタのそういうところが、前々から気に入らなかったのよ……っ!
 周りの人間のためなら、自分のことなんておかまいなしで……その挙句が、その言葉ってワケ……!?」
「い、逸見さん……」
「その呼び方だってそう!
 前は名前で呼んでたでしょうが! 何しれっとよそよそしくしてるのよっ!
 去年のことを申し訳ないとでも思ってんの!? 仲良くする資格なんてないとでも思ってんの!?
 後からそんなこと思うぐらいなら――」







「私の命なんか助けてんじゃないわよ!」







「………………っ」
 エリカの言葉に、みほの肩が震える――が、エリカのことを直視できず、顔を伏せてしまう。
 そんなみほに舌打ちし、エリカは彼女を放り出して、彼女に背を向けて座り直す。
 と――その時、倉庫の一角に変化があった。
 突然、コンクリートの壁面に映像が投影されたのだ。
「これって……!?」
「まさか……!?」
 どうやら、どこかにプロジェクターが仕込まれていたようだが、みほ達を驚かせたのはそこではなかった。
 問題なのは投影された映像の内容だ。これは――



〈これより、三回戦、大洗女子学園、対、関西国際商業高校の試合を始めます!〉



 今まさに始まろうとしている、大洗と関国商の試合の中継映像だった。



    ◇



「じゃあ、あのエリカって子が、去年の“あの戦車”に乗ってたの?」
「あぁ」
 ダージリンの手配した運転手の運転する車で、みほ達の救出作戦のために移動中、聞き返すケイにまほがうなずいた。
「去年の決勝で水没したあの戦車の車長を務めていたのがエリカだ。
 あの時、みほが動いたおかげで、エリカは命を救われたんだ」
「じゃあ、西住……みほは命の恩人ってことじゃないか。
 それが何で、みほのことを毛嫌いするようになってるんだ?」
「……恩人、だからだ」
 首をかしげるアンチョビに、まほは静かにそう答えた。
「あの時、周囲はみほへの非難一色に染まっていた。
 私も、みほを非難し、見切りをつけて戦車道から離れようとする者達を引き留めて回るので精一杯で、とてもみほのフォローに回れる状況ではなくて……そんな中で動いてくれたのがエリカだった。
 みほに味方してくれる人を探し回って、証言を集めて……
 しかし、エリカはみほを助けられなかった……」
「彼女の救いの手が届くよりも早く、みほさんが転校していってしまったから……」
 つぶやくダージリンにうなずき、まほは続ける。
「だからこそ、エリカは怒ってるんだ。
 自分には味方はいないと思って転校していってしまった……自分のことを味方だと思ってくれなかったみほに。
 そして何より……」



「みほに味方だと思ってもらえなかった、自分自身の無力に……」

 

 


 

第22話
「私には出来ない芸当だ」

 


 

 

「もうすぐ……始まる……っ!」
 舞台は試合会場に戻り、大洗側のスタート地点。M3の車内で、梓は深く深呼吸。
 しかし、胸の動悸が収まる気配はない――だがそれも無理はない。
(うぅ……私が総隊長だなんて……)
 拉致されたみほに代わる総隊長に、自分が指名されてしまったのだから。
 フラッグ車が相変わらずの38(t)というのがせめてもの救いだ。この上フラッグ車まで任されていたら、きっと自分は緊張の余り思考停止に陥っていたに違いない。
「私にできるのかなぁ、総隊長なんて……」
 思わずポツリとつぶやいて――



「できると思ってなきゃやらせねぇよ」
「んひゃあっ!?」



 唐突にかけられた声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
「まっ、柾木先輩!?」
「どっか行ってたみたいですけど……」
「何してたんですかー?」
「んー、ちょっとね♪」
 梓に加えあや、優季からも声が上がるが、ジュンイチは笑いながらそう答えると梓のとなりにしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。
「だーいじょうぶだって。
 お前は総隊長代理を任せられるだけの力をしっかりと――自信以外はしっかりと身についてるから」
「今一番大事っぽいものが省かれませんでしたか!?」
「でもねぇよ。
 自信なんて、これから経験積んで身につけていけばいいんだよ」
 ツッコむ梓に答え、ジュンイチは軽く肩をすくませ、
「日頃から家でも戦術について勉強してるお前さんなら、十分に代理を務められるさ」
「って、なんで知ってるんですか!?」
「お前らの部屋の前通る度に、お仲間のみなさんがやたらとアピールしてきてたから」
「みんなーっ!?」
 ジュンイチの答えに眼下を見下ろすが、チームメイト達は悪びれるどころかそろってサムズアップ。しかも紗希以外の全員がものすごくイイ笑顔で。
「そーゆーワケだからさ。
 いい機会だと思って、やってみろよ」
「で、でも、相手は関国商だし……」
 相手は違反改造バリバリの関国商だ。いくら戦術を勉強していたとしてもまともな戦いになるのだろうか。
 そんな不安を口にする梓だったが、
「あぁ、それなら心配いらないよ」
 ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「アイツらの反則は気にしなくてもいいから。
 お前はお前で、勉強したことを思いっきり発揮すればいいんだよ」
「………………」
 ニヤニヤ笑いながら告げるジュンイチに、梓は確信した――「あぁ、この人何かやったな」と。
「先輩……何したんですか?」
「なぁに、ちょっとした意趣返しさ」
 尋ねる梓に、ジュンイチは彼女の予想通り“工作”をしてきたと宣言してくれた。
 だが、いくら相手が反則や裏工作に遠慮がないからといって、こちらまでやり返してはただの泥沼ではないのか。こちらまで相手と対等に堕ちては意味がないのではないのか。
 そして何より、そんなことが明るみに出れば、ジュンイチがいらぬ汚名を着ることに……
「心配すんな」
 が、そんな梓の心配はお見通しだったようだ。答えて、ジュンイチは梓の頭をなでてやる。
「お前の心配してるようなことはしてねぇよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。
 ちょっとばかり――“強制的にルールを守ってもらった”だけさ」
「…………?」
「聖グロのみんなは、アイツらに反則されて苦しんだ」
 ジュンイチの答えだけでは何をやったかまではわからなかった。首をかしげる梓に返し、ジュンイチは立ち上がって続けた。
「なら……」



「アイツらには、反則“できない”ことに苦しんでもらおうじゃないか」



 ジュンイチのその言葉と同時――試合開始を告げる号砲が鳴り響いた。



    ◇



「……始まった……っ!」
 映像の中で両チームの戦車が動き出した。投影される試合の映像を前に、みほが不安げにつぶやいた。
「大洗が叩きつぶされるのを見せつけて、私達の心をへし折ろうってワケ……?
 相変わらず胸糞悪いことやってくれるじゃない……っ!」
 苦々しげにつぶやくエリカだが、オリに閉じ込められたままではどうしようもない。このままでは大洗もまた、聖グロリアーナのように――気遣わしげにみほへと視線を向けるが、
「……大丈夫……っ!」
 心配を隠しきれていない震える声で、祈るように胸の前で両手を握り――しかし、それでもみほはつぶやくようにそう口を開いた。
「柾木くんなら、きっとなんとかしてくれる……っ!」
「まぁ、確かにアイツならね……
 今朝までアンタ達を守りきったぐらいだし、アイツらのやり口をしっかりと把握してそうだわ」
 仲間達の身を案じながら、それでも勝利を信じているみほの姿に、エリカは息をついて同意して、
「それどころか、ことごとく完封してぶちのめしてくれそうだわ」
「…………っ」
 続く言葉に、みほの動きが止まった。
 口元がひきつり、ダラダラと冷や汗まで流し始める――どうしたのかとエリカがその顔をのぞき込むと、
「……大丈夫かな、柾木くん……
 やりすぎたりしないよね? 相手が相手だからって、限度を忘れて暴れ回ったりしないといいんだけど……」
「いきなり心配のベクトルが明後日の方向に方向転換したように聞こえるのは私の気のせいかしら?」
 何しろ相手はジュンイチだ。むしろ関国商側に同情するような暴れ方さえやりかねない。頭を抱えるみほに、エリカが困惑まじりにツッコんだ。



    ◇



「……こちらに気づいた様子はないな」
「えぇ。
 まほさんは準備よろしくて?」
「大丈夫だ」
 トレーラーに擬装した指揮車の中でダージリンと言葉を交わし、まほは拳銃をホルスターにしまう――さすがに実弾は使えないから戦車道・対歩兵用のペイント弾だが、相手を無力化するだけなら顔面に一発ぶち込んでしまえば十分だ。
 彼女達がいるのは、試合会場から最寄の港、その倉庫区画――みほ達の捕まっていた場所の内装もそうだったが、どこまでも典型的なシチュエーションだ。
 だが、逆にだからこそ盲点とも言えた――マジメに探そうとするなら、こんな“いかにも”な場所は心理的に、真っ先に候補から外れるだろう。
 すでに他のメンバーはそれぞれの役目のために動いている。後は作戦決行のタイミングを待つばかりだ。
 と――
「……っ、始まったわね……」
 モニターのひとつで流していた試合の中継に動きがあった。試合が始まり、両校の戦車が一斉に動き出す。
「柾木は30分もすればスキが生まれると言っていたが……」
「でも、肝心の大洗が30分もちこたえられなければ意味はない……」
 返してくるダージリンにうなずき、まほは映像へと視線を戻し、
「さて……どうするつもりだ、あの男は……?」



    ◇



「フンッ、どこへ隠れたのかしら……?」
 戦場はかつてマジノとやり合った演習場のような、荒野と森の複合ステージ。
 荒野を進むブラックプリンスの車内で、車長、ソウルネーム“陳宮”は余裕の笑みと共につぶやいた。
 すでに通信妨害を仕掛け、無線は通じていない――だが、関係ない。特定周波数帯だけをピンポイントで妨害できる最新鋭の妨害装置だ。無線は使えなくても携帯電話で話せばいい。反則? ナニソレオイシイノ?
 しかし、律儀にルールを守っている大洗側はそうはいかない。情報のやり取りを断たれて孤立した相手を、まともにぶつかっても十分圧倒できるだけの性能差を誇る戦車をもって叩きつぶすだけの簡単なお仕事というヤツだ。
 増してやこの三回戦から、投入できる戦車の数も最大15両に増えている。相変わらずの五輌だけの大洗など、赤子の手をひねるようなものだと、陳宮は自分達の勝利を疑いもしない。
 と――
「――いました!
 V突です!」
「大洗の火力の要……ちょうどいいわ。
 まずはアイツから絶望させてあげるとしましょうか」
 操縦手が相手戦車を見つけた。笑みを浮かべて、陳宮は指示を出す。
「V突に向けて正面から突撃。
 ただし攻撃はまだしないで」
「撃たないんですか?」
「どーせ撃たれても効かないわ。
 大洗最強の火力も、私達には何の意味もないということを思い知らせてやるのよ」
 聞き返す砲手に陳宮が答え、ブラックプリンスはV突に向けて突っ込んでいく。
「V突の有効射程に入ります!」
「さぁ、撃ってきなさい!
 そして自分達のゴミクズっぷりを思い知るといいわ!」
 自分達の絶対的優位を確信し、早くも勝ち誇った陳宮が言い放ち――







 V突の砲撃が、ブラックプリンスを至近距離からブッ飛ばした。



    ◇



〈関西国際商業、ブラックプリンス、走行不能!〉
「なぁ!?」
 会場に流れたアナウンスはまさに寝耳に水。信じられず、董卓は思わず声を上げた。
「なんで撃破されてるのよ!?
 判定装置からセンサーへの線は全部切ってあるでしょうが!」
 そう――白旗が揚がるはずがないのだ。白旗を揚げるための判定装置が、機能しないようにしてあるのだから。
 となると、考えられるのは物理的に走れなくなるほどの大ダメージ――しかしこれもあり得ない。装甲の内側にチタン合金を仕込んで強化した戦車を、戦車道規格の砲弾で撃ち抜くことなど物理的に不可能だ。
 いずれにしても――
「……日本人ごときが、ウチの戦車を……っ!
 全車、大洗の戦車を見つけ次第攻撃開始!
 徹底的に叩きつぶしてやr

〈関西国際商業、ソミュア、走行不能!〉

「なぁ――っ!?」



    ◇



「すごい! ホントに撃破できた!」
 ソミュアを仕留めたのは八九式によるダクト狙いの至近砲撃――二回戦での聖グロとの試合で相手の防御力を知っていただけに半信半疑であったが、実際に撃破できたのを見てあけびが声を上げる。
 そして――
「てぇーっ!」
 M3も一輌撃破。一回戦でサンダースにやられた意趣返しとばかりに、関国商のファイアフライの後部ダクトに砲弾を叩き込んだ。
「やった! 一輌撃破!」
「おぅ、上出来上出来♪」
 車長席で可愛らしくガッツポーズする梓に答え、ジュンイチが近くの木から跳び下りてきた。
「あ、先輩。
 見つかりましたか?」
「んにゃ、まだ。
 ちょうど近くでお前らが戦ってるのが見えたからさ、ちょいと寄り道」
 梓に答えて、ジュンイチは手にしたテレビのアンテナのような機器を軽く振ってみせる。
 否、『のような』ではなく、実際にアンテナだ――事件報道の特集番組、盗聴事件を扱ったものでよく見る探知装置だ。
 こんなものを持ち出して、いったい何を探しているのかというと――
「通信妨害かけてるヤツを叩ければ、もっと楽になるんだけどなー」
「お願いしますね」
 ジュンイチに答えて息をつき、梓は気を取り直してジュンイチに尋ねる。
「それにしても……先輩、本当に何したんですか?
 関国商の戦車、違反改造してたはずじゃ……」
「あぁ。
 違反改造“してた”
 問われて、ジュンイチは過去形を強調してそう答えた。
「お前にも説明したろ? オレの異能について。
 “再構成リメイク”――物質を別のモノに作り変える能力」
「は、はい……」
 説明しながら、手にした手榴弾を実際に握り飯に作り変えてみせる――かじりつき、本物の握り飯に変えてみせたとアピールするジュンイチだが、梓はそれが今の状況とどう結びつくのかわからず、あいまいな返事を返すしかない。
 そんな梓の心情はわからないでもないが、異能に触れたことのない人間としては標準的な反応だ。こればっかりは慣れてもらうしかないとあっさり放り出し、ジュンイチは続ける。
「で、その能力をもって、さっき連中の陣地にもぐり込んで、アイツらの戦車と砲弾、レギュレーション通りの仕様に作り変えてきてやったのさ。
 防御力にエンジン性能、砲の仕様はもちろん、徹甲榴弾もただの徹甲弾に、って具合にね」
「あー……」
 ジュンイチの話に、梓は思わず苦笑した。
 今頃関国商サイドは大混乱に違いない。知らない内に戦車の性能が自分達の想定よりも下がっているのだから。
 増してやそれを成したのが異能の力ともなれば原因もわかるまい。今までの数々の行いを思えば、報いとしてはまだ軽い方だとも言えるだろうが――
「とはいえ安心すんなよー。
 あくまで戦車道のレギュレーション内に収まる形にしただけだからな。
 元々の性能が高いんだ。楽に勝てる相手じゃねぇぞ」
「えー? そうなんですかー?」
「どうせなら思いっきり性能ダウンさせちゃってくださいよー」
「あのなぁ……」
 下の方から口を挟んでくる優季やあやに、ジュンイチは軽くため息をついて――
「それじゃ意味ないでしょうが」
 そんなことを、ジュンイチよりも早くたしなめたのはあゆみだった。
「相手のジャマのために工作してたら、アイツらと同じじゃない。
 先輩はそれじゃダメだから、アイツらにルールを“守らせる”ために、ルールの範囲内でちゃんとした形になるように工作したんだよ。
 ――ですよね、先輩?」
「あ、あぁ……」
 あゆみに話を振られて、ジュンイチはうなずきながら、しかし気まずそうに頬をかく。
「先輩……?」
「いや……言いたいこと全部言われて、立場ないなー、と」
 そんなリアクションに首をかしげる梓に、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。
「こりゃ、お前らに教えることがなくなる日もそう遠い話じゃないかな?」
「そ、そんなこと言わないでくださいよ!」
 と、そんなジュンイチの言葉にあわてて待ったをかけたのはあやだった。
「私達には、まだまだ先輩が必要なんですから!
 だから、もっとずっと、私達の教官でいてくださいよ――主に澤ちゃんのために!」
『澤ちゃんのために!』

「うん! 絶対そーゆーオチに持ってくだろうと思ってたよっ!」

 (紗希を除く)他のメンバーまで口をそろえてのボケ倒しに、梓は顔を真っ赤にしてツッコミを入れて、
「………………?」
 そしてやっぱりわかっていないジュンイチであった。



    ◇



「どういうこと!?
 どうして、戦車が弱くなってるのよ!?」
 一方の関国商側は梓の予想通り大混乱――立て続けに味方の戦車が撃破され、董卓はティーガーTの車上で声を荒らげた。
「わ、わかりませんが、確かに……
 どの戦車も、防御力、火力共に低下……ただ……」
「『ただ』……何?」
 聞き返す董卓に、ティーガーTの通信手は困惑まじりに答えた。
「各車の報告を統合すると、どうもどの戦車も決定的な障害は発生していないみたいなんです。
 どうも、“戦車道で使うなら”問題ない程度の性能低下に留まっているらしく……」
「……何ですって?」
 その言葉に、董卓は露骨にその顔を不快感で歪めた。
 どうやったのかは知らないが、どこの連中がこの工作を仕掛けてくれたのかはだいたい想像がつく。
 そしてその上で、“戦車道の試合なら”まともに戦える程度に工作の手を緩められたこの状況の意味を考えると――
「……『まともな戦車道なら勝てる』とでも言うつもり……!?
 ふざけたうぬぼれじゃない……島国の下等なゴミクズの分際で、世界一優秀な民族である私達と対等を気取るか!」
 強烈なナショナリズムと自民族至上主義を隠しもせず、董卓が声を荒らげて――
〈関国商、KV-1、走行不能!〉
「なぁっ!?」
 さらなる被害の報告に、董卓の顔色が変わった。
 なぜなら、今やられたと報せのあった一輌は――
「通信妨害装置が、破壊された……!?」
 そう、通信妨害担当だった戦車だ。これで戦車の改造だけでなく、通信妨害の優位まで失ったことになる。
 そして――
「……あくまで、戦車道としてとことんやりたいって……!?
 どこまでも、こっちをなめくさってくれるじゃない!」
 それは同時に、大洗側の意図を明確に伝えていた。あくまでこちらの反則の手段を封じることを最優先、互角の条件で戦おうという姿勢を見せる相手に、董卓の怒りはますます燃え上がる。
「上等よ!
 各車に通達! 性能では未だこちらが上よ!
 たかだか五輌、さっさと叩きつぶしてしまいなさい!
 敗北は死! 戻ってきたら我が国伝統の処刑法、ギロチンが待ってると思いなさい!」
「あのー、ギロチンってヨーロッパの……」
「ギロチンの起源は我が国よ!」
「はぁ……」



    ◇



「やった、また一輌!」
 中継される映像の中には、ジュンイチに強襲され、両の転輪を破壊されて各坐、走行不能で失格となるKV-1の姿――状況も忘れ、興奮したみほが声を上げる。
 囚われた廃倉庫の中、大洗チームが叩きつぶされる様を見せつけることでこちらの心をへし折るつもりで流したのだろう試合の展開は、彼らの思惑とは真逆の方向に進んでいた。
「今のところは、何とかなってるわね……」
「うん……」
 聖グロリアーナ戦のようなことにはならず、ホッと一息ついたエリカに、みほはうなずき、画面へと視線を戻した。
 関国商に一方的にやられる展開にならなかったことにも安堵したが、それ以上に――
(よかった……
 柾木くんが、“おとなしくしててくれて”……)
 ジュンイチが“やりすぎて”いないことに、ホッと胸を撫で下ろす。
 今回の一連の騒動に誰よりも腹を立てていた彼のことだ。その上自分達がこんなことになってしまって、怒り狂ってムチャクチャしたりしないかと不安だったのだが――
「でも、問題はここからよ」
「うん……」
 しかし、危機は去ったワケではない。エリカの言葉にうなずき、自らを落ち着けるように深呼吸。
 ジュンイチが何かしたのだろうが、相手の戦車は違反改造がなかったことになっているようだが、それでも戦車自体の基本性能は向こうが上なのだ。
 それに、相手がまだ他にも何か、前回見せなかった反則を仕掛けてきている可能性だって――



    ◇



「はいはい、鬼さんこちらーっ!」
 挑発する典子を乗せた八九式を追いかけてくるのは、ハンガリー製の重戦車、トゥラーンUこと41Mトゥラーン重戦車だ。
 が――不意にその速度が落ちた。八九式に追いつけないどころか、不自然に急減速がかかる。
 ぬかるみにはまったのだ――八九式にとってはまだ駆け抜けられる程度のものであったが、中戦車の中でもとりわけ軽い八九式と重戦車であるトゥラーンUとでは重量差は歴然。あっけなく足をとられてしまったというワケだ。
 そして――
「あんこう! 今!」
「了解!
 華!」
「はい!
 五十鈴華――目標を狙い撃ちます!」
 そのスキを突くのは、今回隊長車の座をウサギさんチームに託すことになったあんこうチームのW号だ。
 典子の合図を受ける、みほに代わる車長代理を務める沙織――みほを除くとあんこうチーム唯一の車長経験者ということで通信手と兼任で選ばれた彼女の指示で、華がトゥラーンUに砲撃。背後からエンジン部を撃ち抜き、撃破する。
「よぅし、いけるよ!」
「トゥラーンUは元々中戦車である40Mから強化された戦車ですから。
 後付の強化な分、一から重戦車として開発された戦車に比べればどうしても粗が出ちゃいますよ」
「柾木の異能のおかげで、性能もレギュレーション通りのレベルに留まってるみたいだしな」
 一輌撃破し、ガッツポーズを決める沙織に優花里や麻子が口々に返すが、
「でも……」
 その一方で懸念を口にしたのは華だ。
「さすがに、相手の方も驚きから立ち直ってくるんじゃ……
 そうしたら、現状の戦車の性能に合わせて戦い方も変えてくる可能性も……」
「あ、そっか……
 柾木くんの話の通りなら、反則された状態をあるべき状態に直しただけだから……」
「同じ条件なら、戦車の性能で上回るあちらが有利です。
 しかもこちらには西住殿がいない……」
 華の指摘に、そのことに気づいた沙織や優花里がつぶやく――それを受け、麻子は前方を見据え、
「いわゆる、『本当の戦いはここからだ』というヤツか……」



    ◇



「さーて、次はどこで暴れてやろうかねー♪」
 通信妨害を行っていたKV-1を撃破し、通信は復活。次の獲物を探し、ジュンイチは単独で戦場を駆けていた。
 敵戦車の性能もレギュレーション通りに“作り変えて”やったし、無線も使える。戦車道の試合としては遅ればせながら互角の条件まで持っていけた。
 もっとも、戦車の基本性能で上回られている以上、まだ油断はできないが――
(ま、アイツらなら大丈夫か)
 しかしその点についてはジュンイチは特に心配していなかった。もちろん、ちゃんとした理由があってのことで――
「…………ん?」
 と、ジュンイチの視界に、こちらに向けて駆けてくる土煙が見えた。
(戦車……オレを狙ってる……?
 オレの位置を捉えたのか? でも、アイツらに見つかるような動き方した覚えは――)
「…………あ」
 一瞬眉をひそめるが、ジュンイチはすぐに気づいた。
 そうだ。アイツらが見つける必要はないのだ。何しろルールなんて糞食らえという連中だ。外の、試合を観戦している仲間に見つけてもらい、教えてもらえばいいのだ。
 そして、敵戦車はもちろん、オーロラビジョンや日戦連の試合記録用のカメラからも隠れるように動いていた自分を見つけられる“目”があるとすれば――
「…………おいおい、ちょっと待ったのしばし待てい。
 いくら国がひとつバックについてるからって……“そこ”までやる……?」
 うめき、頭上を――“彼の目を持ってしても視認できないほどの遥か上空の彼方にあるモノ”を見上げる。
 さすがにアレを黙らせようと思ったら“グレーゾーン”にまで足を突っ込まなければなるまい。どうしようかと考えて――しかし、ジュンイチはすぐにその思考を明後日の彼方へと放り捨てた。
「……それよりも、まずはあっちか」
 先に、こちらに向かってくる土煙の主を叩く方が先決だと判断したからだ。目をこらし、その正体を確認して――
「………………っ!」
 思わず言葉を失った。
 しかし、それは驚きによるものではない。憤りによって――なぜなら、こちらに向かってくる土煙の主、敵戦車の正体は――
「……クルセイダー、Mk-W……っ!」
 自分のよく知る戦車だったから。
 否応なく、あの戦車を愛用していた少女の姿が連想される――まるで子犬のように自分に懐き、駆け寄ってきた愛くるしい姿。
 対戦に負けて悔しがり、それでも再戦での勝利を宣言する前向きな姿。
 そして――



(アイツをあんな目にあわせておいて……よくもその戦車でオレの前に出てこれるな!)

 先の試合で自車を理不尽に叩き伏せられ、無残に地面に叩きつけられる姿。



 自分と彼女の関係を知っていれば、あの戦車で目の前に出てきたのが挑発目的なのは明白だろう。
 そうとわかっていても、怒りがこみ上げてくるのを止められない。あんな挑発をされて、怒りが沸かないはずがない。
 しかし――
「……いいぜ。
 乗ってやるよ、その挑発」
 ジュンイチは、その挑発に乗ることにした。
 怒り任せの破れかぶれではない。連中のやり口を理解した上での意図的なものだ。
 どの道連中の手口はすべてつぶさなければならない。こんなやり方が自分達には通用しないと思い知らせてやるために。でなければ、関国商はここで敗れたとしても別のところで同じことを繰り返しかねない。
 関国商に徹底的に勝利するため。後の憂いを完全に断ち切るための選択であった。
 怒りによっていつも以上に冷徹さに磨きのかかった思考で連中の次の手を推測しながら、一歩を踏み出す。
 そんなジュンイチの反応を確認し、クルセイダーは反転、ジュンイチの目の前から逃げ出した。それに付き合ったジュンイチも後を追って地を蹴り、跳ぶ。
 クルセイダーの向かう先は――
(……なるほど。
 こりゃまたあからさまな)
 フィールド上に点在する森のひとつだった。
(こんなところでオレに襲われたら戦車の方が不利だろうことは今までの試合見てたらわかるだろ。
 その上でオレを誘い出した……“戦車じゃない”戦力を伏せてますって言ってるようなものじゃないか)
 だが、同時に納得する――あまりにもあからさますぎるからこそ、クルセイダーでこちらを挑発してきた。あれでこちらが激怒して追いかけてきてくれれば……という算段だったのだろう。
 つまり――
(……諸葛さんが抜けても、少なくとも、自分達の作戦の粗を自覚できる客観性と、その打開策をオレとローズヒップの関係を絡めてひねり出せる程度には回る頭は残ってるってことか……)
 相手の思考能力を推し測り、ジュンイチはクルセイダーが森に突入、茂みが踏みつぶされてできた突入口を前に少し考えて、
「……うし、行くか」
 あっさりと決断した。迷うことなく足を踏み入れ、進むことしばし――
「ん」
「ぎゃあっ!?」
 先制。茂みに苦無を投げ込んで――聞こえた悲鳴は男の声。
 そして、姿を現す伏兵達、どう若く見積もっても成人以上確定という男達がジュンイチを包囲する。
「やれやれ、本職の軍人さん達を伏せてたか……ま、どーせ非正規部隊イリーガルだろうけど。
 試合が始まってからもぐり込んだとは考えづらいし……やっぱどー考えても昨日の内から伏せてたよね……お疲れ様っス」
 しかしジュンイチは動じない。そんなコメントと共に頭まで下げてみせる。
「フンッ、ふざけたヤツだ」
「この程度のヤツのために、オレ達が投入されたってのか?」
 対し、男たちはそんなジュンイチの態度に与しやすしと見たようだ。口々に余裕のコメントをもらしているが、
「……装備品の生産国をうまく散らして、どこの国の方々か隠してるつもりなんだろうけどさ」
 かまうことなく、ジュンイチは口をひらいた。
「口の利き方には気をつけるんだな。
 “半島なまりが隠せてない”ぜ」
『――――――っ!?』
 指摘され、男達の間に動揺が走る――そんな彼らの態度に、ジュンイチは軽くため息。
「口の利き方だけじゃなく、駆け引きもなっちゃいねぇな。
 この程度のカマかけにあっけなく引っかかるとか、程度が知れるな」
「な……っ!? だましやがったのか、このガキ!?」
 その一言で、男達の動揺がさらに広がる――その姿に、ジュンイチは眉をひそめた。
(どういうつもりだ……?
 こんな、言い訳もしようのない反則、勝ち進もうと思ったら絶対にバレるワケにはいかないはず……
 そんな重要な役目に、送り込んでくるのがこの程度のレベルのヤツらなんて……暴いてくださいって言ってるようなモンじゃねぇか……)
「……ま、いっか」
 しかし、ジュンイチはその疑問をあっさりと棚上げした。
「出てきたのが10人……さらに奥に隠れてる予備戦力が40、周辺警戒に20……ってところか。
 こんだけいれば、何考えてるかゲロらせるには十分すぎらぁ」
「あぁん?
 何だよコイツ。この状況でオレ達から情報聞き出すつもりかよ?
 この人数相手に、そんな余y
 ジュンイチに返す男の言葉は、骨の砕ける音と共に途切れた。
 一瞬にして間合いを詰めたジュンイチが、その男のアゴを蹴り上げたからだ。アゴを砕かれながら、男の身体が縦方向に数回回転。これまた骨の砕ける音と共に、後頭部から地面に叩きつけられて停止した。
「………………あ。
 しまった。アゴと頭蓋砕いちゃ話してもらえないじゃないか」
「てっ、てめぇ!?」
 しれっと言ってのけるジュンイチに、別の男が銃を向け――その視界からジュンイチの姿が消え、
「しょうがないなぁ」
 セリフと同時、「ザクリ」と音が――銃を握る男の手が、ジュンイチの手にした苦無によって貫かれたのだ。
 痛みに悲鳴を上げる男のヒザを蹴り砕く――仰向けに倒れた男の顔面を踏みつけ、ジュンイチは周囲を見回し、
「ここから先は、ちょっと壊し方考えて壊していかないとな」
「何だ、コイツ……!?」
「この人数に、勝てると思ってるのか!?」
 あくまで自分が勝つことが前提のジュンイチの言葉に、男達の間から声が上がり――
「思ってますが何か?」
 ジュンイチはむしろあっさりとうなずいてみせた。
「だって……お前らが出てきたってことは、ここ、中継カメラの死角になってるんだろう?――見られたら困るもんな、お前ら」
 言って、ジュンイチは静かに息をつき、
「つまり、だ……」



「オレも、人目を気にしないで遠慮なく、“グレーゾーン”フルパワーで暴れられるってことだろう?」



 その言葉と同時――ジュンイチの身体から、赤い光があふれ出た。



    ◇



「……そろそろ、か……」
「30分、ね……」
 一方、みほ達の救出作戦に備えて待機中の面々――指揮所で時間を確認、つぶやくまほにダージリンが同意する。
 そして、口火を切る切り込み役を任されたアンツィオ組もまた、待機場所で待機中。
「柾木のヤツ、頃合になったらそうとわかる攻撃で合図するって言ってたが……」
 携帯電話のワンセグ中継で試合を見守り、アンチョビがつぶやくと、
「それはいいんですけど、ドゥーチェ……」
 と、口をはさんできたのは共に潜伏しているカルパッチョだ。
「いいんですか? “コレ”持ち出してきちゃって……」
「えー? でも、こんな事件起こすような連中にただの女子高生のアタシらが対抗するには、このくらいやんなきゃダメだろ」
「あのね、ペパロニ。
 そうは言うけど、こんなの持ち出したら絶対目立つよ?
 後で問題になるんじゃ……」
「あー、そこは問題ない」
 首をかしげるペパロニに答えるカルパッチョだったが、アンチョビはあっさりとそう答えた。
「アイツらのバックの“本国”としては、万が一事が公になった場合、末端の実行犯である関国商にすべての責任を押しつけてトカゲの尻尾切りで済ませる算段だろうからな。
 その点を考えると、非正規部隊イリーガルとはいえ本国の戦力を直接持ち出してきているこの場での出来事については何としても隠したいはずだ。
 つまり、私達がここでどれだけ暴れ回ろうが、向こうが勝手に隠蔽してくれるというワケだ」
「なるほど!
 さすがドゥーチェ! 頭いいっスn
「――って、柾木とダージリンが言ってた」
「台無しですよ、ドゥーチェ……」
 カルパッチョがアンチョビにツッコんだ、その時――アンチョビの携帯電話が光った。
 ――否。携帯電話の画面が光に埋め尽くされたのだ。試合を中継していた、その画面が。
「なっ、何だぁっ!?」
 見れば、画面の光が収まってきて――森の一角からとてつもない規模の爆煙が上がっている。
 それを見て、何らかの大爆発が起こったと理解して――同時に直感した。
「必要以上の大爆発――これだ!
 柾木の合図だ! いくぞーっ!」
「おぅっス!」
 アンチョビの号令にペパロニが答え――



 ペパロニの操縦で突撃したP40が、目標の倉庫の正面シャッターをぶち破った。



    ◇



「なっ、何だぁっ!?」
 いきなり、目の前のジュンイチが自爆でもしたんじゃないかという大爆発――衝撃で吹き飛ばされ、身を起こした男のひとりが声を上げると、
「せっかく煙で姿隠れてんのに声出して位置知らせんな阿呆」
 背後からジュンイチが一打。突き抜けた衝撃が肺を叩き、男が呼吸困難に陥り悶絶する。
 その顔面を踏みつけて男を黙らせると、ジュンイチは懐を探り、
「同じ理由で煙をかき分けて進むのもNGだ――煙の流れで位置がバレる」
 取り出したのはショットガン――懐に忍ばせられるほど小型な代わりに再装填もできない、一発限りの使い捨てのものだ。それを突っ込んできた別の男の胸板に突きつけた。
 迷うことなく発砲。密着状態で叩きつけられたゴム弾は、アーマーの防御力もおかまいなしに男のアバラを粉砕する。
 すかさず身を沈め、左右から仕掛けてきた新たな二人のナイフをかわす――彼らの腹に手を添えると、“力”を練り上げ――炎を燃焼させることもなく、ただ解き放った精霊力の渦が衝撃波となって男達を吹き飛ばす。
 衝撃で煙が吹き散らされ、ジュンイチの姿があらわになる――ジャキンッ、と銃をかまえる音が聞こえたので、すかさずその場から離脱する。
 狙いをつけるために集中していた男達には、こちらの姿が消えたように見えたことだろう――付き合ってやるつもりもないので、迷わず男をひとり、背後から殴り倒す。
 そのまま二人、三人……と、そこまで叩き伏せたところで再び狙いがつけられた。四人目はあきらめて地を蹴り、茂みへと飛び込む。
 相手がマシンガンを手にしているのに気づいたからだ――直後、ジュンイチが身を隠したものを含めた一帯の木々に向け、銃弾の嵐が浴びせかけられる。
 だが、ジュンイチは落ち着いたものだ。取り出したリモコンのスイッチを入れる。
 その信号は遥か頭上へ。さっきの煙の中、こっそり打ち上げていた風船が破裂して――



 くくりつけてあった手榴弾(振動感知式)が落下。男達の輪の中心で爆発を巻き起こした。



    ◇



「アンチョビ達が動いた!」
「わたくし達も続きますわよ!」
 正面から突撃したアンチョビ達の動きは、すぐに他のチームにも伝わった。ケイの率いるサンダース隊、エクレール率いるマジノ隊が左右から倉庫に向かう。
 狙い通り、P40まで持ち出して突撃したアンチョビ達に気を取られ、警備は皆その場を離れてしまっていた。あっさりと侵入に成功する。
 倉庫の背面に陣取った指揮所から出たまほ達黒森峰隊もだ。倉庫に侵入し、みほ達を探す。
 そして、エクレール達は――
「……見つけた」
 倉庫の奥の事務所区画、その一室、連中が作戦室に使っていたのだろう部屋を発見した。
「さぁ、連中の悪事の証拠を探しますわよ!」
『はい!』
 エクレールの指示にフォンデュやガレットが答え、三人はそこかしこに放り出された書類を調べ始めた。



    ◇



「くっ、このぉっ!」
 焦りもあらわにマシンガンを乱射。もちろん実弾だが――しかし、木々の間を高速で駆けるジュンイチには当たらない。
 さらに、ジュンイチは走りながらあちこちに“糸”を張っていく。男達は“糸”を駆使したジュンイチのトリッキーな機動を捉えることができず、さらに自分達も暗い森の中では“糸”を判別できず、自ら引っかかってしまい、完全に翻弄されている。
 そして――またひとり、目の前で空中の“糸”を引っかけ一回転したジュンイチの蹴りで、防御のタイミングをずらされた男が、顔面を蹴り抜かれて昏倒した。
 着地したジュンイチに、残る男達がマシンガンの銃口を向ける――が、引き金を引いた時にはすでにその姿はない。駆け出したジュンイチの姿を見落とし、そのまま放たれた銃弾が地面や木々を無意味にえぐる。
 一方、ジュンイチは男のひとりの真上に跳んでいた。身をひるがえし――打ち落とした拳を脳天に受けた男が顔面から地面に突っ込んだ。
 と――
「――――っ!?」
 着地と同時、気づき、真横に跳躍――直後、一直線に噴射されてきた炎が“糸”を焼き払う。
「火炎放射器――“糸”対策かよっ!」
 サンダース戦、アンツィオ戦と大活躍だった“糸”だ。当然知られていると思っていたが案の定――うめき、ジュンイチが苦無を投げつけ、火炎放射器を持つ男を討ち倒す。
 そのまま、次の獲物に向けて地を蹴r
「――――っ」
 しかし、ジュンイチは不意に足を止めた。
 覚えのある気配に気づいたからだ。
 向き直るジュンイチの目の前に、その気配の主が姿を現す――今朝、みほ達を助けようとしたジュンイチを襲い、倒した男だ。
「ずいぶんとやってくれたな」
「そのセリフ、そっくり返すぜ。
 聖グロぶちのめしてくれるわ、西住さんやエリカをさらってくれるわ」
 男に言い返し、ジュンイチは不機嫌さを隠そうともせずに苦無を一閃。
 投げつけた苦無は一直線に男の眉間に――しかし、命中の直前、バチッ、と音を立てて散った火花が苦無を弾く。
「……電撃、こうして見るとけっこう制御できてるみたいだな。
 導体は……イオンを使ってると見た」
「冷静な分析だな。
 やはり同類なだけあるか」
「今朝も言ったよな……てめぇらと一緒にすんなって!」
 男に言い返すとジュンイチは“力”を解放。赤いオーラがジュンイチの周囲で巻き起こる。
「てめぇにゃ、西住さん達を助けるのをジャマしてくれた借りがあるからなぁ……
 悪いとも思わねぇし、速攻で叩きつぶさせてもらうぜ!」
 告げると同時、ジュンイチの足元の地面が砕け散る――踏み砕くほどの力で地を蹴り、ジュンイチが男へと突撃する!
 一気に距離を詰め、繰り出した拳を男は身を沈めてかわす――が、それはジュンイチのフェイントだった。顔面を狙った膝蹴りはガードされたが、男を吹っ飛ばすことに成功する。
 すかさず苦無を投げつけて追撃。男の腕のアーマーに突き刺さる中、ジュンイチがさらに突撃する。
 ――が、直感的に足を止めた。急停止したジュンイチの目の前で、男の身体から電撃が放たれる。
(帯電型――距離を置いての放電はできないのか……?
 ――いや、イオンを使うなら、まだ警戒は解くべきじゃないか……)
 一旦距離を取り、分析するジュンイチの目の前で、立て直した男がゆっくりと立ち上がる。
「どうした、来ないのか?」
 男の問いにも答えない。慎重にその様子を伺っていて――
「……時間稼ぎか」
「――――っ!?」
 その目的を、男は正しく看破していた。
「捕らえたヤツらの救出作戦が動いているな?
 お前らが素直に試合に出てきたのは、向こうの警備の注意をこの試合の中継に引きつけ、油断を誘うためか」
「…………正解」
(大丈夫……合図はもう送った。
 もう作戦は始まってる。アイツらなら……)
 男の言葉に答えつつ、ダージリン達なら大丈夫だと内心で自身に言い聞かせるジュンイチだったが、
「残念だったな」
 しかし、男はそんなジュンイチに非情な一言を放ってきた。
「貴様ほどの男が信じて託したんだ。救出に動いたヤツらもそれなりに腕が立つのだろうな。
 だが――」



「この国に来ている“機械化兵”が、オレひとりだけだとでも思っていたのか?」



「――――――っ!?」
 男のその言葉は、ジュンイチの背筋を凍りつかせるには十分すぎた。
 もし、彼の言葉がこちらを動揺させるためのハッタリなどではなく、正しく事実なのだとしたら――
(みんなが――危ねぇっ!)
「心配か?」
「――――っ」
 焦るジュンイチに向けられる冷徹な声――とっさにスウェーしたジュンイチののど元を、男のナイフがかすめる。
「おいおい、いきなり急所狙いとか、殺すマンマンじゃねぇか……っ!」
「上は、さんざん邪魔してくれた貴様に大層ご立腹でな」
 うめくジュンイチに返し、男が拳銃を発砲。ジュンイチが苦無で防ぐ――もちろんそのすべてが実弾で、
「心配するな。
 死んだところで――ミンチにして事故として処理される!」
「ざけんなっ!」
 男とジュンイチ、二人の投げた手榴弾がちょうど中間で衝突、爆発を巻き起こす。
「てめぇがオレを殺す、だぁ……?」
 爆煙が周囲に立ち込める中、ジュンイチは静かに立ち上がり、
「ずいぶんとなめられたもんだな」
「な――っ!?」
 男が驚いたのも無理はない。
 ジュンイチは、煙に紛れて襲いかかってきた男のナイフを、生身のその腕で受け止めてみせたのだから。
 ナイフは皮を、肉を斬り裂き、骨にまで達している――が、そこまでだ。ナイフは骨に阻まれ、ジュンイチの腕を斬り飛ばすには至らない。
(バカな――戦車の装甲も斬り裂くナイフだぞ!?)
「オレの腕を斬り落としたいなら――」
 さすがに動揺し、動きの止まった男に一撃。腹を思い切り蹴り飛ばす。
「歴史に名だたる剣豪を名刀とセットで連れてくるか、高周波ブレードでも持ってこい」
 セリフの続きと共に、左手に炎を燃やす――流れる血があっという間に乾き、カサブタとなって傷をふさぐ。
「上等だ。
 オレを殺す気でかかってくるって言うのなら――」



「そんなことは、不可能だって教えてやる」



    ◇



 倉庫の正面で暴れ回るP40に相手が気を取られているスキに倉庫へと三方から突入したマジノ、サンダース、まほの三者。
 エクレール達マジノ隊が関国商一派の不正の証拠を探しているように、サンダース隊は――
「――いた!
 隊長! ナオミ! この部屋です!」
「アリサ、でかした!」
 アリサが見つけた部屋は独房のように中をのぞけるよう扉に細工がされていた。呼ばれたケイがのぞき込むと、確かにそこには明が倒れているのが見える。
「下がって、アリサ」
 見つけてしまえば後は助け出すだけだ。アリサを下がらせると、ドアノブに取りつけるのは火薬量を減らして威力を調節した専用のプラスチック爆弾。
 ボンッ!と音を立ててドアノブを、鍵を破壊すると、中に入る――ケイ達が入っても、明はピクリとも反応しない。
「大丈夫なの……?」
「……とりあえず、生きてはいますね」
 尋ねるケイに、明を軽く診たアリサが答えるが、
「ただ……意識の混濁が見られます。
 暗くてハッキリとした確認はできませんが、何か薬を使われている可能性も……」
「それって……」
 アリサの報告にケイが眉をひそめると、
「――っ、何だ、貴様――ぐわっ!?」
「ナオミ!?」
 廊下から聞こえてきたのは、見張りとして残してきたナオミの声と衝撃音――振り向いたケイが見たのは、吹っ飛ばされ、宙を舞うナオミがちょうど入り口の前を横切っていく光景だった。
 そして――
「やっぱり表の戦車は囮だったか」
 明らかに義手とわかる機械の腕を持った軍人が、入り口に姿を現した。



    ◇



「そらそら! 反撃できるもんならやってみな!」
 ペパロニが吠え、P40が倉庫前の荷下ろし場で暴れ回る――男達を追い回しながら、停めてある車を主砲で吹っ飛ばす。
「いいぞ、ペパロニ、カルパッチョ!
 そのまま派手に暴れるんだ!」
「りょーかいっス!」
「たかちゃんの助けになるなら!」
 車内で声を上げるアンチョビにペパロニやカルパッチョが答えて――異変はその直後。いきなりの爆発が至近からP40を揺らす。
「なっ、何だぁっ!?」
 突然の反撃にアンチョビが声を上げると、
「情けねぇなぁ。
 後はオレに任せとけよ」
 周りの男達に告げて、戦闘服の両袖を燃やした軍人が前に出てきた。



    ◇



「な、何が起きてるのよ……?」
「襲撃……?」
 繰り返し起こる衝撃と轟音は、彼女達のもとにも届いていた。さすがに投影された試合を見るどころではなく、エリカとみほが声を上げると、
「みほ! エリカ!」
「お姉ちゃん!」
「隊長!」
 声を上げ、彼女達のいる庫内に姿を見せたのはまほだった。救出のために用意した小道具や武器を詰め込んだカバンを手に、こちらに向けて駆けてくる。
「アンチョビ達が注意を引きつけてくれている。今のうちに」
「アンチョビさん達が……?」
 檻に張りつき、鍵を調べながらのまほの言葉にみほが声を上げ――気づいた。
「そうだ!
 お姉ちゃん、諸葛さんも――」
「大丈夫だ。
 サンダースが捜索を担当している」
「ケイさん達も……?」
「ケイだけではない。
 マジノも来ているし、作戦の指揮はダージリンだ……下がっていろ」
 みほに答えると、まほはケイも使った小型爆弾を取り出した。みほ達を下がらせ、鍵を爆破する。
「まったく、対戦した相手を次々に友人にしてしまうな、お前は……
 私には出来ない芸当だ」
「お姉ちゃん……」
 まほの言葉に、みほは覚えがあった。

 『西住さんの優しさは……』

 かつて、ジュンイチにも同じことを言われたことがあった。
 ちゃんと見てくれていたのだ――まほも、ジュンイチと同じように、みほの優しさを、彼女の“強さ”を。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
「礼を言うのは後だ……あぁ、もう、泣くな。
 こういうところは変わっていないな」
 目頭が熱くなってきたみほの涙をぬぐってやり、まほは彼女の肩をポンと叩き、
「さぁ、脱出しよう。
 エリカも……大丈夫だな?」
「はい!」
 まほの問いにエリカが力強くうなずいて――



「そううまくいかれちゃ、困るんだよなぁ!」



「――――っ!」
 いきなりの声に、まほはとっさにみほを突き飛ばし――直後、一瞬前まで二人のいた場所に何者かが飛び込んでくる!
「くっ!」
 少なくとも敵なのは間違いない――まほは懐から、ジュンイチも使っていた使い捨てのゴム弾ショットガンを取り出した。
 迷うことなく相手に向けて発砲し――
「ぬれぇっ!」
 言い放ち、男が腕を一閃――それだけで、ゴム弾は失速し、地面に落下した。
 真っ二つに両断され、男の左右へと――
(刃物……!?
 だが、どこにそんなもの……)
「所詮はスポーツ選手だな。
 人を殺すような武器は使えねぇってか」
 一閃の正体を探るまほに言い放ち、男は一歩を踏み出し、
「つまんねぇなぁ……
 せめて、いい声で泣いて死んでくれよ」
 そんな物騒なことを言い放ち――



 ジャキンッ、と音を立て、男の腕に仕込まれた刃が姿を現した。



    ◇



「てぇーっ!」
 エルヴィンが咆哮、V突が主砲を発砲するが、
「当たんなきゃ、あなた達なんかにっ!」
 敵隊長車であるティーガーTはそれを回避。董卓が吠え、逆に自らの主砲でV突を狙うが、こちらもかわされる。
「カバさんチームを援護するよ!」
 そこへ駆けつけてくるのはW号だ。沙織の指示で華がティーガーTを狙うが、
「隊長! 狙われてます!」
「――――っ!」
 こちらもブラックプリンスが駆けつけてきた。ブラックプリンスの車長からの声に董卓がW号に気づき、華の砲撃をかわす。
 試合は現在一進一退――今までの試合で着実に力をつけてきているものの、戦車の性能差を覆しきれないでいる大洗と、戦車の性能では圧倒しているものの、今まで明の作戦や反則に頼りきりで技術、経験の蓄積がまるで足りていない関国商。両者互いに決め手を欠き、現在は大洗優勢だった当初の状態からこう着状態にまで盛り返されていた。
「柾木殿は!?」
「相手が歩兵の伏兵たくさん隠してたみたいで、その相手をしてるって!」
「この期に及んで、まだ反則を……っ!」
 優花里に答える沙織の言葉に華がうめくと――
〈大丈夫です!〉
 そんな華には、梓が答えた。



    ◇



「問題はありません!
 “今のところ、柾木先輩の予想通りに進んでます”!」
 ブラックプリンスはもう一輌、彼女達のもとにも現れていた。交戦するM3の車内で、梓が全体通信で一同に告げる。
 そう、現状のこの展開はジュンイチの読み通り――違反改造を帳消しにしただけでは、戦車の性能において劣る自分達は苦戦必至であろうこと。どこかで歩兵を投入し、主力かどうかは別にして(本人談)大洗の特徴のひとつには違いない自分のことを抑えにかかってくるであろうことも。
〈そうなのか!
 ならば澤、お前柾木から何か対策を授かって――〉
「ませんっ!」
〈もうダメだよ柚子ちゃあ〜んっ!〉
 希望を期待して口を挟んできた桃の心が一言でへし折れた。
「大丈夫です!
 確かに単純な戦力の比較じゃ私達が不利ですけど、選手としての力は私達の方が上です!」
 しかし、そんな桃の姿はいつものことなので迷わず放置し、梓は続ける。
「対する向こうは、反則頼みで勝ち上がってきたから、経験もなければ根性もない……
 そんな人達が、格下とバカにしてる私達にここまで手こずり続けたら、絶対にどこかで焦れったくなってゴリ押しに出てきます!
 その時がチャンスです! それまでは何としても耐えてください!」
〈しかし……〉
 と、告げる梓に口をはさむのはカエサルだ。
〈大丈夫なのか? 私達が勝ってしまっても〉
〈何も問題ないでしょ! スポーツなんだから!〉
〈向こうはスポーツだと思ってないだろ〉
 反論してきた典子に対し、カエサルはあっさりとそう返す。
〈もし彼らに勝った時、報復として隊長に何かされでもしたら……〉
〈なっ、何かって何ですかーっ!?〉
 カエサルの話に優花里が声を上げると、
〈んー、たぶん大丈夫なんじゃないかなー?〉
 そう答えたのは杏だった。



    ◇



〈どういうことですか、会長?〉
「連中、ムチャクチャやってくれてるけどさ、それは決して考えなしにやってるワケじゃない。
 ちゃんと、“ムチャクチャのやり方”は考えてムチャクチャやってくれてる」
 聞き返す梓に、杏は38(t)の車内で干し芋をかじりながらそう答えた。
「大会はもちろん、試合が中止になるようなトラブルをアイツらは望んでない。
 なぜなら、アイツらは試合に勝つことで自分達の存在をアピールすることが目的だから。
 そんな彼らにとって、今回諸葛ちゃんの拉致に西住ちゃんや逸見ちゃんが巻き込まれたことは誤算もいいとこのはずさ――誘拐ともなれば話が大きくなりすぎる。増してやそれで何か危害を加えられたり、帰ってこなかったりすればなおさらだよ」
〈つまり……彼らは隊長達のことを扱いかねている、と?〉
「そゆコト」
 カエサルに対してうなずき、杏は続ける。
「できてせいぜい、何か脅しをかけて口を封じることぐらいだろうね。
 傷つける類の口封じは今言った通りアイツらにはリスクにしかならない。どうすることもできずに西住ちゃん達を持て余す――そのスキに、ダージリン達の救出作戦がうまくいってくれれば……っ!」
 まだ望みはあると告げる杏だが、希望を感じさせるその言葉の内容とは裏腹にその表情は硬い。
「会長……?
 何か問題でも……?」
 尋ねる柚子に、杏は答えない。言葉にせず、心の中で思い返すのはある懸念。
(ジュンイっちゃんを倒したっていうヤツ……
 ジュンイっちゃんの話の通りの存在だとしたら……そんなバケモノが他にいる可能性は……
 もし、それが向こうの警備についていたら……)



    ◇



「きゃあっ!?」
「フォンデュ!?」
 投げ飛ばされ、フォンデュが壁に叩きつけられる――小柄な少女とはいえ、人がひとり、“片手で”投げ飛ばされる光景に、エクレールが思わず声を上げ――
「いけないなぁ。
 表であんな騒ぎを起こしておいて、火事場泥棒なんて」
 言って、エクレールやガレットの前に立ちふさがる男がひとり。
「これは……“オシオキ”が必要かな?」
「く……っ!」
 男の言葉に、エクレールが彼に銃口を向ける。
 と言っても、込めてある弾はペイント弾だ。こんなもので、この男を止められるだろうか――
「エクレール!」
 と、そんな不安をかき消したのはガレットの声だった。
「もう長居は無用、そうでしょう!?」
「――――っ」
 ガレットの言葉に思考を切り替える――迷いを捨て、男の顔に向けて発砲。
 込めてある弾がペイント弾とは知らない男がそれを金属製の腕で受けている間に、ガレットと共にフォンデュを支えて部屋から脱出する。
 まだこの誘拐と関国商のつながりを示す証拠を手に入れられていないが、どの道あの状況であの場に留まっていても探せたとは思えないし――
「――っ、エクレール! 止まって!」
 と、またもや思考に囚われかけていたエクレールをガレットの声が現実に引き戻した。
 今度は何――そう尋ねようと顔を上げるが、その疑問は問うまでもなく晴れた。
 凍っているのだ。
 行く手の壁の一角、そこだけがピンポイントで凍っているという異様な光景――だが、その場所が持つ“意味”には心当たりがあった。
 そこは壁の向こう側、すなわち自分達の踏み込んだ部屋の中で、“彼”が立っていた場所のすぐそばで――
「逃げんなよ」
 予想通り、何をしたかまではわからないが、“彼”の仕業だったようだ――凍結し、もろくなった壁を殴り壊し、男が廊下に姿を現す。
「こんな身体にされて以来、機密扱いでカンヅメ生活させられてうっぷんたまってんだ。
 ようやくの実戦投入、じっくり楽しまないと損ってもんだ――せいぜい悲鳴を上げて、なぶり殺されてくれよ!」



    ◇



「みなさん、どうしたんですか!?
 応答してください!」
 突入した三班からも、陽動のアンチョビ達からも連絡が途絶えた。
 それも通信妨害などではない。皆、「通信どころではなくなる」という形で。ダージリンが呼びかけても、どのチームからも応答がない。
「いったい、何が――」
 それぞれのもとで、いったい何が起きているのか――状況がつかめず、ダージリンがうめいた、その時だった。
〈おい! 聞こえているか!〉
「――――っ!?」
 聞き覚えのある、“しかしこの場で聞くことのないはずの声”が、無線から聞こえてきたのは。
〈状況はどうなってる!?
 特に、大洗の隊長さんの救出は!?〉
「え!? ち、ちょっと!?
 どうして今、あなたがこの場に現れるんですか!?」
 声の主が状況を問い合わせてくるが、ダージリンにしてみればそれ自体が意味不明だ。思わず大声で聞き返すと、
「ダージリン様!」
 そんなダージリンに向けて声を上げたのは、駆け込んできたルクリリだった。
「逃げてください!
 何かとんでもないものが――
 しかし、その言葉も途中で途切れる――背後から叩きつけられた“何か”によって吹っ飛ばされたルクリリが、ダージリンの目の前に倒れ伏す。
 見れば、ルクリリに叩きつけられたのは人――ルクリリの指揮のもと、外、この指揮所の守りを任せていたボディガードのひとりだ。
 そして――
「いったい何者かと思えば、聖グロリアーナのダージリンか」
 言って入ってきたのは、指揮所の天井に頭が届きそうな巨漢であった。ダージリンの姿を見て、納得したようにうなずいてみせる。
「そういえば、聖グロリアーナと大洗は戦車道チームを通じて親交があったな。
 大洗の隊長を友人として救いに来たということか……」
「そこまでわかっているのなら、みほさん達を返してくれませんこと?」
「それはできない。
 それを決める決定権はオレにはない」
 少しでも時間が稼げれば助けが来るかも、もしそれがムリでも、少しでも情報を引き出せれば後々何らかの逆転の一手に使えるかも――こっそり録音のスイッチを入れながら返すダージリンに対し、巨漢はそう答え、
「オレの任務は貴様の排除だ。
 それも生死を問わず、だ――我々に向かって面と向かって襲撃までしてくれたんだ。当然だろう」
 言って、男はダージリンに向けて踏み出し、
「日本人ごときが、それもたかだかガキどもが、我々に戦いを挑むなど……自らの愚劣さを呪いながら死んでいけ!」
 その拳が、ダージリンに向けて振り下ろされて――



    ◇



「くっ……!」
「お姉ちゃん!」
「隊長!」
 なんとか直撃は避けたが、かわしきれなかった――足をもつれさせ、床を転がるまほの姿にみほやエリカが声を上げる。
 しかしまほもやられてばかりではない。素早く傍らのカバンに手を伸ばすと、中に詰め込めるだけ詰め込んでいた使い捨てショットガンを取り出してゴム弾を発砲する――が、
「ムダだっての!」
 男には通じない。腕の一振りで、そこに仕込まれた刃でゴム弾を斬り落としてしまう。
「あきらめろ。
 てめぇじゃオレには勝てねぇよ――おとなしく斬り刻まれな」
「全身刃物で、人を斬りたくてしょうがない、か……まるで切り裂きジャックだな」
「ほぉ、言うねぇ」
 挑発的な物言いと共に――みほとエリカを守るため、自分に注意を向けさせるためだ――立ち上がるまほに、男は獰猛な笑みを浮かべ、
「まぁ、あながち間違っちゃいねぇかな。
 何せオレのコードはそのまんま――そいつにちなんで“ジャック”なんだからな!」
 言って、男、改めジャックが地を蹴り、まほへと襲いかかり――











 しかし、その刃がまほの美しい顔を斬り裂くことはなかった。











「あぁ、そーかい」



 そんな、あっさりとした一言と共に、ジャックの方が吹っ飛ばされたからだ。
 しかし――
「え? え……?
 今の声……」
「まさか……アイツ!?」
 みほ達はそんな異変よりも、放たれた声のほうに気を取られていた。
 なぜなら――声の主が自分達の思い浮かべた通りの人物なら、ジャックを吹っ飛ばすことくらい、簡単にやってのけてくれそうだから。
 その一方で、本当に“彼”だとしたら、今まさに試合会場で大暴れしている真っ最中のはず。この場に現れるはずがないのだから。
「なっ、何だぁ!?
 誰だ! 何をしやがった!?」
 一方、状況がわからないのはジャックも同じだ。身を起こして声を上げて――
「オレが、お前を、吹っ飛ばした」
 そんな風に説明してやる声と共に、ジャックは再び不可視の力によって吹っ飛ばされた。
「やれやれ、どうした?
 さっきまでそこのおねーさん相手に粋がってた元気はどこ消えたよ?」
 言って、一撃の主が暗がりの中から姿を現して――
「――――っ!
 柾木、くん……っ!?」
 それは、自分達の思っていた通りの人物だった。みほが思わず声を上げるが、
「……まぁ、『柾木くん』には違いないけどさ……」
 当の本人は、聞こえた声に思わず苦笑。頬をかきながらそう返してきて――
「てっ、てめぇ……っ! よくm
「うっさい」
 身を起こしたジャックの反論には聞く耳持たず、“ジュンイチ”が告げると同時――ジャックの頭がひとりでに床に叩きつけられた。
「なっ、何だ、コイツぁ……!?
 頭が……重い……!?」
(『重い』……?)
 ジャックのうめき声にみほが首をかしげるが、“ジュンイチ”はかまわずみほ達へと向き直り、
「まぁ、それほど外しちゃいないんだけどな……残念ながら『柾木くん』違いだな。
 オレは――」



「柾木鷲悟だ」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第23話「フィニッシュをご希望ということで」


 

(初版:2018/09/03)