「――――っ!?」
 ダージリンに向けてその拳を振り下ろし――しかし、その手ごたえに男は思わず目を見張った。
 止められたのだ。
 ダージリンと自分の間に割って入った人影が男の拳を受け止めたのだ。
 しかも――
(片手だと……!?)
 驚愕する男だが、受け止めた本人はかまいはしない。男が警戒し、距離を取ったのに対し、彼のことをろくに警戒もしないでダージリンへと向き直り、
「ケガはありませんか?」
「は、はい……
 ところで、あなたは……?」
 思わず聞き返しながら、ダージリンは自分を救ってくれた相手の姿を観察する。
 年の頃は自分と同じくらいの――少女だ。少し暗め、栗色寄りのブロンドをセミロングに切りそろえ、整った顔立ちに笑みを浮かべている。
「大丈夫。
 私達はあなた達の味方ですから」
「いえ、そこは疑ってませんが……って、『達』……?」
「えぇ。
 ここ以外のチームの応援にも出向いてますし――」
「ここにももうひとりいるよーっ!」
 ブロンドの少女の言葉に続く形でもうひとり、新たな少女が顔を出した。
 栗色がかった黒髪の長髪をポニーテールにまとめた、人懐っこい笑顔の中学生くらいの少女だ。
 が――
(…………?
 この子、何か……似てる……?)
 ダージリンはその少女の姿に、言い知れぬ既視感を覚えていた。
 髪の色。気を許した相手の懐にすべるようにもぐり込んでくる人懐っこさ――それはまるで“彼”と同じ……
「見たところ、ここはあの人さえ片づけてしまえば終わりみたいですね……」
 そんな、ブロンドの少女の言葉がダージリンの思考を現実に引き戻してきた。
「じゃあ、さっさと終わらせて他のみなさんの無事を確かめにいきましょうか」
「お前ら……」
 そんなブロンドの少女の言葉に、気分を害したのは巨漢の方だ。
「何者かは知らないが、たった二人の小娘が、オレに勝てると思っているのか!」
 言って、男が突っ込んでくる。ブロンドの少女に向けて力任せに拳を繰り出して――



 宙を舞った。



 栗色の髪の少女が前に出て、殴りかかってきた男の手をとり、投げ飛ばしたのだ。
 男の身体が描く芸術的な放物線――その光景に、ダージリンは覚えがあった。
 この見事な体さばきは――
「……柾木くん……!?」
「あ、やっぱり知ってるんだ、お兄ちゃんのこと!」
「お兄、ちゃん……?」
 自らのつぶやきを聞きつけ、振り向いてくる栗色の髪の少女の笑顔に再び幻視するのはもちろん“彼”の姿で――
「初めまして!
 私、柾木あずさっていいます! お兄ちゃんがいつもお世話になってます!」
「妹さん……?
 じゃあ、そちらの方は……」
「私ですか?」
 話を振ってくるダージリンにブロンドの少女が聞き返して――
「戦闘中に、自己紹介か!」
 当然ながら、対峙している相手にとってその光景は面白いワケがない。咆哮し、男が襲いかかってきて――
「『戦闘中』?
 バカ言わないでもらえますか?」
 ブロンドの少女のカウンター一閃。顔面の急所のひとつ、人中めがけて打ち込まれた、しなるようなジャブを受けた巨漢がたまらずのけぞって――
「あずささん」
「はーいっ」
 いかな巨体でも、最初から重心の崩れた相手を投げ飛ばすなど、彼女にはたやすいことだった。素早くブロンドの少女と交代すると、あずさが男を指揮所の外へと投げ飛ばす。
「戦いにもなってないじゃないですか、どー見ても」
 大の男、それも巨漢が小柄な少女にいとも簡単に投げ飛ばされる――まるで漫画の一場面のような光景にダージリンが目を丸くするが、ブロンドの少女はそれが当たり前のように、もはや興味すらわからないかのように事もなげに言ってのける。
「さて……自己紹介の途中でしたね」
 だから――ダージリンに向けて、平然と名乗った。
「私は、ジュンイチさんと元々チームを組んでいた――」



「ジーナ・ハイングラムといいます」

 

 


 

第23話
「フィニッシュをご希望ということで」

 


 

 

「逃げんな!」
 吠え、つかみかかってくる男から逃れ、エクレールは地面を転がった。
「エクレール!」
「早く立って!」
 と、そこへガレットとフォンデュの援護――ペイント弾だがないよりマシだ。男に向けて発砲するが、
「そんなもんで!」
 男がペイント弾を両手で受け――手のひらで受けたペイントが一瞬にして凍りつく。
 これまでの攻防で、相手が触れたものを何らかの方法で凍結させていることはわかっている――が、だからといって状況は何ひとつ改善されてはいないのだが。
 あと、わかったことはもうひとつ――
「手こずらせてくれるじゃねぇか……っ!」
「死にたくはありませんから。
 あなただってそうでしょう――フリーズさん?」
 相手のコードネームだ。先ほど、ご丁寧に向こうから名乗ってくれた。
「なぁに、心配はいらねぇよ。
 死ぬのは、てめぇらだけだからよ!」
 そんなフリーズが、エクレールに向けて地を蹴った。ガレットやフォンデュの迎撃もむなしくエクレールに迫り――



「残念でした」



 そんな一言と同時、フリーズの顔面に拳が叩きつけられた。
 流れるように淀みない動きで、エクレール達の脇を抜け、カウンターの一発。迷いのない反撃を受け、フリーズの身体が大地に叩きつけられ、跳ね返る――バウンドしたフリーズの身体を、“彼”は容赦なく蹴り飛ばす。
 大人の男性だ――おそらく20代。前髪を書き上げながら、立ち上がるフリーズと対峙する。
「あ、あなたは……?」
「ジュンイチの仲間だよ」
 エクレールの問いに答えると、男は軽く肩をすくめて、
「とりあえず、下がっててくれるか?
 ここは、オレが引き受けてやるからさ」
 そう告げて、男は――青木啓二はフリーズに向けて一歩を踏み出した。



    ◇



「……何だ、お前ら?」
 ケイ達サンダース組の前に現れた敵――だが、そこに現れたのは敵だけではなかった。
 巫女服を着た黒髪の少女と、小学生くらいの金髪の少女――そんな二人が、ケイ達を守るように立ちふさがっている。
「大丈夫ですか?」
 と――巫女服の少女が動いた。敵に背を向け、ケイ達のもとへとやってくると、先ほど吹っ飛ばされたナオミの様子を診て、
「……大丈夫ですね。
 骨に異常はなさそうですし、頭をぶつけた様子もありません。
 ただ……」
 言って、巫女服の少女が見るのはケイに背負われた明だ。
「そっちの子は、あまりよくないですね……
 自白剤を適正用量を超えて投与されてます。どこまで情報をもらしたのか吐かせようとしたんでしょうけど……
 それにこの感じ……麻薬も打たれてます」
「まや……!?」
「大方、薬物依存に陥れて自分達のところから逃げ出せないようにするつもりだったんでしょう」
 思わず絶句するアリサに答えると、巫女服の少女はもうひとりの少女に声をかける。
「すみません、そちらの“お相手”はお願いしていいですか?
 私はこの子の処置をしますから」
「ガッテンしょーちっ!」
「てめぇが、オレの相手だと……!?」
 快く引き受ける金髪の少女に、男は眉をひそめて――
「あー、その腕には気をつけてくださいね。
 周りの空気を吸って圧縮空気弾として放つ仕組みみたいですから」
「なぁ!?」
 続く巫女服の少女の言葉に、男が目を丸くする。
 つまり――
「なっ、なんでわかった!?」
 正解だということだ。
「そういうのには目ざといんですよ、私。
 機械には詳しいので」
「その身なりで……?」
 男に答えた“巫女服の”少女の言葉にアリサがツッコむ――まぁ、巫女服着て「機械に詳しい」などとのたまわれても、ミスマッチ感が半端ないのは事実だが。
「あなた達、いったい何者なの? えっと……」
 一方でケイも巫女服の少女に尋ねかけて――ふと気づいた。
「そういえば、まだお互いに名前知らないままよね?
 私はケイ。あなたは?」
「って、隊長!?
 自己紹介なんかしてる場合ですか!?」
「だって、『人に名乗る時はまず自分から』でしょ?
 それに、名前わかんなきゃお互い指示出す時に困るでしょ」
「なるほど、その通りですね」
 アリサに答えるケイの言葉に、巫女服の少女は笑いながら納得し、
「あの子はファイ・エアルソウル。
 そして私は、水隠鈴香。
 よろしくお願いしますね、ケイさん」



    ◇



「ぅおぉぉぉぉぉっ!?」
「逃げんな――よっ!」
 アンチョビの悲鳴と共に逃げるP40に向け、男がかまえる――そこから撃ち出されるのはグレネードの実弾。
 前腕部全体が砲に改造されているのだ――さすがに装弾数はそれほどでもないようだが、腕自体が砲ということで取り回しはとても良さそうだ。
 そんな取り回しのいい砲で、対戦車グレネードを次々にブッ放してくるのだ。P40でいつまでも逃げ切れるような攻撃ではない。
 なので――
『ぅわぁーっ!?』
 ついに被弾。左の転輪を破壊され、片足をもがれたP40がスピンして各坐する。
「オレ達にケンカを売るからそーなんだ!
 神に祈る時間もやらねぇよ! くたばれぇっ!」
 それぞれに余裕を見せていた他の戦場と違い、男はすぐにトドメに動いた。次弾を装填、P40の砲塔、その中にいるアンチョビ達に向けて対戦車グレネードを発射して――







 P40に届くことなく爆発した。







「何だ、ありゃあ!?」
 しかも、ただ届かなかったという話ではない。
 P40の前に突如漆黒の壁が出現し、グレネード弾を受け止めたのだ。
 ゆらゆらとカーテンのように揺らめくそれは、一見グレネード弾を受け止められるようには見えない。というかそもそも物質なのか、アレは。
 しかし、あの“壁”がグレネードを防いだのは事実だ。警戒する男の目の前で、“壁”は霧散するように解けていき――



「よぅ」



 その向こう――P40の前に、ひとりの少年が立っていた。
 名は橋本崇徳――それぞれの場に現れた救援の面々と同じく、ジュンイチの仲間のひとりである。



    ◇



「柾木……鷲悟……!?」
「柾木くんの……家族……!?」
 突如現れ、まほの危機を救った、ジュンイチにそっくりな少年を前に、エリカとみほが思わず声を上げて――
「――っ、がぁぁぁぁぁっ!」
 そんな一同の前で、ジャックが自身を押さえつけている“力”を押しのけて立ち上がった。
「へぇ……
 あの体勢から重力五倍を押しのけるのか……やるじゃん」
「重力、だと……?」
 そんなジャックに感嘆の声を上げながら、鷲悟はまほに手を貸してやる――その手を取って立ち上がったまほが眉をひそめるが、
「重力を操っただと……何をバカなことぬかしてやがる!」
 鷲悟のつぶやきは相手にも聞こえていた。こちらをにらみつけ、ジャックが声を荒らげた。
「そんな技術が、日本なんかにあるワケねぇだろ!」
「さーて、どうだかね。
 自分達の見えているものだけが世界のすべてだと思わねぇ方がいいぜ――あと、勝手に人の改造のされ方決めつけてんじゃねぇ」
 ジャックに返す鷲悟だったが、ジャックの方も収まらない。
「うるせぇっ! 日本人ごときが偉そうにっ!
 そいつら助けて余裕こいてやがるがなぁ、ここから無事に帰れるとでも思ってるのか!?」
 ジャックが鷲悟に向けて言い放ち――



「それってさぁ」



 そう答える声は――鷲悟の声ではなかった。
 それどころか、男子の声ですらなくて――
「この倉庫のあちこちに伏せてたザコ連中のことを言ってるのかしら?」
 そう言って現れたのは、赤い長髪をツインテールにまとめた、ラフな格好の少女だった。
「だったらおあいにく。
 呼んでも誰も来ないわよ――その子達の退路を確保するために全員ノシちゃったから♪」
「な……っ!?」
 少女の言葉にジャックが絶句する――かまうことなく、少女はみほとエリカ、まほのもとへと向かい、
「もう大丈夫だからね」
「え、えっと……?」
「あぁ、私?
 私はライカ。ライカ・グラン・光凰院。
 ジュンイチの仲間……と言えばわかるかしら?」
「ジュンイチの……!?」
 みほに答える少女――ライカの話にエリカが声を上げると、
「そ、それがどうした!」
 ここまで打つ手をつぶされてもなお、ジャックは気丈に言い返してきた。
「助けがこなくたって関係ねぇよ!
 お前ら日本人ごとき、オレひとりで皆殺しだ!」
「あぁ、そうかい」
 ジャックの言葉に返すと、鷲悟はその場にひざまずいた。
 右手で床に触れて――みほ達は見た。
 床から何かが“生えて”くる――吸い上げるように周囲の床の構造材を取り込み、細長い何かが作り出されていくのを。
「重天戟」
 そうして作り出されたのは、一振りの槍……否、戟だった。手に取って、鷲悟がその切っ先をジャックに向ける。
「こっ、こけおどしがぁっ!」
 対し、ジャックが鷲悟に向けて地を蹴って――
「ところでさぁ」
 鷲悟が重天戟を一振り――同時、ジャックの全身を、先ほどとは比べ物にならないほどに強烈な重圧が襲った。抵抗もままならず、なす術なく床に叩きつけられた。
 言うまでもなく鷲悟の重力場によるものだ。重天戟が媒介となって増幅、より強力な重力場をジャックに叩きつけたのだ。
 顔面からいったか、あっさり意識を手放すジャックに対し、鷲悟は重天戟を肩に担ぎ、告げた。
「英語のコードネームとか生産国バラバラの装備とか、所属隠そうといろいろやってるみたいだけどさ……
 そこまでやるなら、その日本人嫌い極まる教育の賜物を隠す努力はした方がいいと思うぞ? 最後のソレで一発バレだバカヤロウ」



    ◇



「このぉっ!」
 咆哮し、フリーズがつかみかかってくる――が、
「つかむことにこだわりすぎなんだよ」
 つかまれなければ問題ない。啓二は冷静にその手をさばきつつ顔面にカウンターのジャブを叩き込む。
「くそっ!」
 しかし相手もあきらめない。それでもなおつかみかかってくるのを啓二がかわし、フラついたフリーズは床に倒れ込む。
「やれやれ……」
 そんなフリーズに向け、啓二はため息まじりに一歩を踏み出して――
「…………ん?」
 止まった。
 否――“止められた”。
 見ると、啓二の足元が――いや、フリーズの周辺一帯の床が凍りついている。それに巻き込まれて、啓二のブーツが床に縫いとめられてしまったのだ。
「いけない!」
 あれでは動けない。次の攻撃をかわすことは――思わず声を上げるエクレールだったが、
「お嬢ちゃん達、大丈夫かー?」
「え、えぇ。わたくし達は……って、危ないのはあなたの方でしょう!?」
 当の啓二は余裕だ。尋ねる彼に答えかけ、エクレールが我に返ってツッコミを入れる。
「虚勢のつもりか!」
 だが、相手も待ってはくれない。今がチャンスだとフリーズが飛びかかり――
「んにゃ、ただの余裕だよ」
 その言葉と同時、フリーズの腕が、“腕だけが”宙を舞った。
 啓二が、腰に差していたナイフで斬り飛ばしたのだ――それも、フリーズの機械の腕の中ほどから。
「バカな……!?
 たかがナイフで、オレの腕を……!?」
「ま、ジュンイチの強化内骨格をブッタ斬るのを目指して作られた高周波ナイフだしなぁ」
 うめくフリーズに答えると、啓二はあっさりと足元の氷を蹴散らして脱出。足元に転がるフリーズの腕を手に取り、
「……やっぱ液体窒素か」
「液体……窒素……?」
「ほれ」
 声を上げるフォンデュに答えると、啓二は彼女に機械の腕の残骸、そのもう一方を投げ渡した。
「手のひら、針の仕込まれた穴があるだろ?
 それ注射針だよ――相手に刺して、液体窒素を流し込むことで、目標を内側から凍結させていたのさ。
 さっき足元を凍らせたのは、流し込まずに垂れ流したんだろうな」
 そう解説すると、青木はあっさりと自分の持っていた腕の残骸を放り出す。
「ま、ロクに異能も知られちゃいない世界じゃ、改造手術の程度もこんなもんか」
「知ったような口をっ!」
 事もなげにつぶやく啓二に、フリーズが咆哮と共に地を蹴った。距離を詰め、啓二に向けて連続で蹴りを繰り出す。
 と、その蹴り足から何らかの液体が飛んだ。青木のジャケットにかかると、その部分がたちまち凍りつく。
「足にも仕込んでるのか……」
 その正体をあっさりと看破する啓二に向け、フリーズはさらに蹴りを繰り出し彼を狙うが、
「あきらめが――悪いな!」
 青木には通じない。相手の蹴りをかわし、逆にフリーズの軸足のヒザを蹴り砕き、
「いい加減――沈めっ!」
 崩れたフリーズの頭に鉄拳一発。顔面から床に叩きつける。
 バックステップで距離をとり、様子を伺う――五秒、十秒……
「……大丈夫だな」
 相手が完全に沈黙したのを確認、フリーズに歩み寄ると拘束バンドを取り出し、フリーズを拘束――両足はもちろん、両腕も上腕部が残っているのを考慮して、こちらも拘束する。
「……よし、と。
 さて、お嬢さん方」
「はっ、はいっ!?」
 突如声をかけられ、エクレールが居住まいを正して声を上げる――が、少し声が裏返って真っ赤に赤面。
 そんな彼女にツッコむようなことはせず、啓二は彼女の頭をポンと叩く――刺激を受け、緊張していた意識が現実に戻ってきたエクレールに告げる。
「連中の悪さの証拠探してんだろ?
 オレも目的は同じなんだ――手分けしてさっさと済ませちまおうぜ」
「……はいっ!」



    ◇



「何だぁ、てめぇ?」
「見てわかんない?
 ジャマしに来たんだよ――アンタらのね」
 各坐し、撃破されるのを待つばかりだったP40を、アンチョビ達を守ったのは、ひとりの少年だった――眉をひそめる敵に対し、橋本崇徳はあっさりとそう答えた。
「そこの戦車の人達、大丈夫ー?」
「だ、大丈夫だが……っ!」
 崇徳に答えると、アンチョビはP40の中から顔を出し、
「だが、お前はいったい……?」
「柾木ジュンイチ、知ってるでしょ?
 アイツの仲間だよ――オレ達の地元での、ね」
 うめくアンチョビに答えると、警戒を強める男へと向き直り、
「とはいえ……戦い甲斐的な意味じゃハズレ引いちゃったかなー?
 腕にランチャー仕込んだだけとか、ありがちな上にレベル低すぎっしょ」
「なめたこと言ってくれるじゃねぇか……っ!
 この、ショット様を相手によぉっ!」
 ため息をつく崇徳に対し、ショットと名乗った男が左腕のグレネードランチャーを発砲し――
「“撃つ”でショットか。
 コードネームまでありがちかよ」
 崇徳には届かない。目の前に漆黒の壁が出現、グレネード弾を受け止め、防いでしまう。
「なっ!?
 何だそりゃ!? バリアか!?」
 うめいて、ショットが右腕を向け――左腕と同じように手首が外れ、銃口が現れる。
 左手で榴弾を込め、発砲。放たれた榴弾が、やはり漆黒の壁に阻まれる――が、そこからが違った。爆発ではなく、薄い紫色の煙をまき散らす。
「煙幕……じゃないな。
 ガスか……?」
「がっ、ガス!?」
「あぁ、そうさ!」
 その正体に気づいた崇徳のつぶやきにアンチョビが、ショットが声を上げる。
「ありがちだ何だと、よくもバカにしてくれたな!
 てめぇがバカにした技術でくたばりやがれ! ざまぁみろ!」
「しかもガチの対人殺傷系ときたか」
「お、おいっ、ヤバイだろコレ!?」
「だーいじょうぶですって」
 あわてるアンチョビだったが、崇徳はあくまで余裕で――
「周り、見てくださいよ」
「え?………………あ」
 言われて――気づいた。
 ガスが自分達のもとまで届いていない。崇徳の漆黒の壁に阻まれて、その周囲に漂うばかりだ。
「オレの力場は空間そのものを断絶する絶対防御。
 ガスだろうが何だろうが、その壁を抜けることは絶対にできない」
 驚くアンチョビに答えると、崇徳は笑って肩をすくめて、
「ま、その代償としてこっちからも壁を抜けられないんだけど。
 つまりオレ達も、この壁を展開してる限り、壁を抜けてアイツに攻撃することはできない」
「ダメじゃん!」
「でもないよ」
 しかし、続く説明にツッコミの声を上げる――そんなアンチョビに笑って、崇徳は頭上を指さし、
「こうすればいいんだから」
 その言葉と同時、全方位を覆っていた漆黒の壁に変化が。天井の壁が消失し、青空があらわになる。
 確かに、空気より重いのか周囲に漂うばかりのガスはあそこまでは届いていない。外につながる出入り口を作れたことには違いないが――
「フンッ、上だけ開いてても、そこから出られないだろ、お前ら!
 それとも何か!? 迫撃砲でも持ってきてんのか!?」
「まさか、そんなのいらないよ」
 ショットに答えると、崇徳は腰に下げていたそれを手に取った。
 解いた三節棍だ。素早く連結してかまえて、
「影天棍!」
 鷲悟が重天戟を作り出したのと同じ、物質の再構築。手の中の棍が一瞬霧散し、より頑強な棍へと再構築され、
「からの……影天鎌!」
 さらにそこからもう一段変化。棍の一方、前方に向けた先端部に弧を描く刃が作り出されて大鎌となる。
「ハッ、何だそりゃ! どーゆー技術だ!?
 つか、そんな大鎌作ったって、そこから出られなきゃ意味ねぇだろ!」
「関係ないよ」
 言い放つショットだが、崇徳はあっさり答えて鎌を振りかぶり、
「コイツはオレにとって……魔法の杖みたいなもんでね!」
 言って、影天鎌を振るって――それは起こった。
 突如、ショットの足元から伸びた漆黒の、細長い何かがショットの身体に絡みついたのだ。
「なっ、何だ、コイツぁ!?」
 いきなりの異変に戸惑い、ショットが声を上げ――気づいた。
 漆黒の帯は自分の影から、その影の黒い部分がそのまま伸びて形成されている。これは――
「影が、変化して……!?
 ウソだろ!? どんな技術ならこんなことができるんだよ!?」
 思わずショットが声を上げ――
「そりゃ、科学技術の賜物じゃないからね」
「――っ!?」
 その声は頭上から――全身を縛られ、唯一動く首だけで見上げると、そこには影天鎌を振りかぶった崇徳の姿が。
(防壁を足場に、ガスを跳び越えて――!?)
 ショットが考えることができたのはそこまでだった。影天鎌の刃――ではなくその根元、刃の接続部分の反対側がショットの脳天に叩きつけられる!
 影天鎌の刃の重さがふんだんに乗せられた、鎌をハンマーのように使った一撃はあっさりとショットの意識を断ち切った。力なく崩れ落ちるショットを前に、崇徳は影天鎌を肩に担ぎ、告げた。
「影を操ったのは――オレ自身の異能だよ」



    ◇



「オォォォォォッ!」
 咆哮し、殴りかかってくる巨漢の拳を、軽快なステップでかわしていく。
 焦れて大振りになったところで、軸足を、地につく直前でスパンと払う――あずさにバランスを崩され、男は顔面から地面に突っ込んだ。
「フフンッ、大したことないねー。
 パワーはすごいみたいだけど、力任せじゃ当たらないよー♪」
「小娘が……っ!」
「す、すごい……」
 「大の男」なんて表現も生ぬるいような巨漢が中学生程度の少女にいいようにあしらわれている光景に、見守るダージリンが目を見張ると、
「まー、驚くのもムリはありませんね」
 そう答えたのは、ダージリンのガードについたジーナだった。
「何しろ、あのジュンイチさんが『投げ技“だけ”なら自分より強い』と太鼓判を押すくらいなんですから」
「あの柾木くんが!?」
「えぇ。
 投げの基本である重心の操作――彼女にかかればあの通り、裏のプロが相手でもお手の物ですよ」
 ジーナの評価にダージリンが目を丸くして――
「それ以外が人並みなので、普通に組み手をすると瞬殺されるんですけど」
「ダメじゃないですか……」
 話にはちょっとしたオチがついていた。
「まぁ、大丈夫ですよ。
 あずささんもそうした自分の特色を理解した上で立ち回ってますから」
 ジーナに言われて見てみれば、あずさは鬼ごっこのように男の周りをチョコマカと駆け回り、挑発まじりの立ち回りを見せている。
 怒らせ、頭に血を上らせることで冷静な思考をさせまいとしているのはわかるが――
「あぁしているところを見ると、柾木くんの妹さんなんだとしみじみ実感しますねー……」
「えぇ、本当に……」
 ダージリンに苦笑を返すジーナだったが、懸念はないワケではない。
(あの男の人が、ただのパワーファイターなら、何の問題もないんですけど……
 もし彼らが、改造人間兵士のテストタイプだとしたら、何らかの特殊機能が仕込まれている可能性も……)
 ジーナがそんなことを考えている一方で、殴りかかった手を取られ、重心を崩された男があずさの手によって宙を舞う。
「ぐ……っ、くそ……っ!」
「うぇ、まだ立つの?
 いい加減倒れてよぉ」
 背中をしたたかに打ちつけ、衝撃で肺から空気が叩き出される――それでも立ち上がってくる男に、さすがにうんざりしてきたあずさがうめくが、
「そうは、いくか……っ!
 お前みたいなガキに負けたとあっちゃ、いい笑いものだろうが……っ!」
 そんなあずさに言い返し、男は彼女と正対すると両手をやや開いた、ファイティングポーズにも似た形のかまえをとる。
「このクエイク様をコケにしてくれたこと……後悔しやがれ!」
(『クエイク』……?)
 男の叫びに、眉をひそめたのはジーナだった。
 おおよそ人の名前としては考えられなさそうな名前――だとすれば、それは彼のコードネームだと考えるべきだろう。
 もしそうなら、その由来は――
「あずささん、距離を取って!」
「――――っ」
 ジーナの叫びに即座に反応、あずさがバックステップで距離を取る――が、
「逃がすかよっ!」
 咆哮し、クエイクが両手を地面に叩きつけ――地面が揺れた。
 クエイクが手をついたところで強烈な衝撃が発生したのだ。その威力で地面が割れ、銃弾の如き勢いで破片を撒き散らしながら、小規模な地割れとなってあずさに迫り――足元で爆ぜたコンクリートの足場が彼女を上空に跳ね上げる!
 勢いよく飛ばされ、あずさの身体が宙を舞い――
「危ない!」
 ジーナがフォローに入った。あずさの落下地点に回り込み、彼女を受け止める。
「油断しすぎですよ」
「えへへ……ごめんなさい」
 ごまかし笑いと共に謝るあずさを下ろしてやると、ジーナは彼女と共にクエイクと対峙する。
「とはいえ……さすがにあの攻撃はあずささんには対処できそうにないですね……」
「アレ、何やったの?」
「たぶん……あの衝撃、高速振動を、一定の方向に指向性を持たせた上で地面に叩きつけたんですよ」
 尋ねるあずさに、ジーナはクエイクの動きを警戒しながら自らの予測を述べる。
「言ってみれば、通常地下深くで起きている地震が地上で直接起きているようなものですからね。表面だけなら、砕くために必要なエネルギーはずっと少なくてすみます。
 とはいえ……それでも、それなりに大きなエネルギーが必要なんですけど……それを、あの両腕の中に仕込めるほどコンパクトなシステムにまとめるなんて……
 攻撃の目新しさよりも、システムのダウンサイジング……目立たせず、相手に気づかせないことに重きを置いた試作シリーズ、ってところですか……
 鈴香さん辺りが見たら、よだれを垂らして調べたがりそうですね」
「……さすがによだれは垂らさないんじゃ……」



    ◇



「ファイさん! 両腕は壊さないでくださいね!
 女の子とはいえ人ひとり吹っ飛ばすくらいの圧縮空気砲をあんなコンパクトに……ぜひとも調べたい!
 さぁさぁさぁ! 早く叩きのめしちゃってください! ハリーハリー!」
「鈴香お姉ちゃん、よだれヨダレ!」

 垂らしてました。



    ◇



「さて、ここからは選手交代といきましょうか。
 あずささん、あの人達のガードをお願いします」
「はーい」
 改めて、ジーナがクエイクの前に――彼女の指示で、あずさがジーナに代わってダージリンや意識を失ったままのルクリリの守りにつく。
「あ、あの……
 彼女は、大丈夫なんですか?」
「え? 大丈夫ですけど?」
 表層的なものとはいえ、地割れを武器にするような相手に勝てるのか――尋ねるダージリンだったが、あずさはあっさりとそう答えた。
「むしろ、私は相手の方が心配かなー?
 ジーナさん、怒ってなきゃいいけど」
「怒る……?」
 あずさの言葉に、ダージリンは思わずジーナの後ろ姿へと視線を向けた。そんなダージリンに向け、あずさが続ける。
「地面はジーナお姉ちゃんの土俵だからね。
 お兄ちゃんの知り合いを、それも女の子を遠慮なく傷つけるような人がその土俵にずけずけ踏み込んできたんだもの。そりゃおもしろくないよねー」
「……そこで『自分がやられかけたこと』をあっさりと省く辺り、ジュンイチさんの妹ですよねー……」
 あずさとダージリンの会話はしっかりと聞こえていたようだ。苦笑しながら、ジーナは懐から小ぶりの鉄扇を取り出した。
 一瞬にして霧散、集束して新たな形に――より鮮やかな装飾の施された扇を広げ、クエイクと対峙する。
「フンッ、何の手品だ?
 そんなモノで、オレの攻撃を止められると思ったか!?」
 そんなジーナに言い放ち、クエイクが両手を地面に叩きつける。先ほどと同じように地割れを起こし、ジーナへと差し向け――
「それで――大地を操ったつもりですか?」
 対し、ジーナが扇を一閃して――



 大地が突き上がった。



 両者の間の地面が突如隆起し、クエイクの地割れ攻撃を受け止めたのだ。
「な…………っ!?」
「この陸天扇を、甘く見ないでください。
 大地を操るというのは――こういうことを言うんです!」
 クエイクに告げ、ジーナがもう一度扇を、陸天扇と呼んだそれを振るった――瞬間、クエイクの足元、拳大の範囲だけがピンポイントで隆起、クエイクのアゴを打ち上げ、
「派手なのがお好みなら……こういうのも!」
 もう一閃。今度はジーナの目の前から隆起、一列に、一直線に、規模を大きくしながらクエイクに襲いかかり、吹っ飛ばす!
「どうです?
 少しはお手本になりましたか?」
「なめるなよ、この程度で……っ!」
 尋ねるジーナに言い返し、クエイクはよろめきながら立ち上がり、
「いくら派手でも、扱いが正確でも、相手を仕留められなければな!」
「自分だって似たようなものでしょうに……」
 クエイクの、自分のことを棚に上げたような物言いに、ジーナは軽くため息をつき、
「わかりました。
 それじゃあ、フィニッシュをご希望ということで」
「………………は?」
 あっさりと告げたジーナの言葉に、クエイクが思わず呆けた声を上げる。
 しかし、かまわない。かまう理由がない――ジーナは広げた陸天扇を頭上に掲げて――



 腕が生えた。



 ジーナの背後の地面が隆起し、巨大な、左右一対の両腕を形成したのだ。
 その大きさは、腕だけにも関わらずゆうに6メートルは超えている。あんなもので殴られたら――
「さぁ、いきますよ」
「ち、ちょっと待て!」
 告げるジーナに対し、クエイクがあわてて待ったをかけるが、
「待ちません♪」
 笑顔で告げると、ジーナは陸天扇をパチンと閉じて――



 左右から襲いかかった巨腕がクエイクを、まるで蚊を仕留めるかのようにその平手で押しつぶした。



    ◇



「この、ガキがぁっ!」
 咆哮し、男がその両手から圧縮空気弾を放つ――が、
「当たらないよ、そんなのっ!」
 目に見えないはずの空気の弾丸を、ファイは余裕でかわしていく。
 そう――不可視である“はずの”空気弾を、である。
「アレ、まさか見えてるの……?」
「まさか、ジュンイチさんじゃあるまいし」
 思わず声を上げるケイに対して答えるのは、「治療する」と言って明に向けて手をかざしたままの鈴香である。
「でも、彼女には攻撃の軌道を感じ取れているはずですよ。
 何と言っても、彼女の属性は“風”ですからね。空気の流れには、私達の中でも特に敏感なんですよ」
「属性……?」
 鈴香の言葉にアリサが眉をひそめると、
「ねー? 鈴香お姉ちゃん!」
 そこへ、ファイが男の攻撃をかわしながら声をかけてきた。
「もうやっつけちゃっていいかな!?
 いい加減終わらせたいんだけど!」
「ダメです」
 しかし、ファイの提案を鈴香は迷うことなく一蹴した。
「もう少し疲れさせて、弱らせてください。
 その腕を壊しちゃダメですよ! そのために、ファイちゃんなら瞬殺できる程度の敵を相手にわざわざこんな回りくどいマネしてるんですから!」
「あー、もうっ!
 ホントにブレないメカフェチさんだよね!」
 目を輝かせる鈴香の言葉にファイが声を上げると、
「オレをぶちのめすこと前提かよ!
 『バキューム』のコードを与えられた、空気を武器にするオレの攻撃を、いつまでも見切れると思うなよ!」
 そんなやり取りになめられていると感じたか、声を荒らげ、“真空バキューム”と名乗った男が再び空気弾を放ち――
「思ってるんだよね――これがっ!」
 ファイが答えると同時――“空気弾が蹴り砕かれた”
 もちろんファイの仕業だ。見れば、彼女の足にはいつの間に身につけたのか、大きなアンクレットが着けられている。
 風天環――風に干渉する能力を持つ、アンクレット型の精霊器である。
「空気弾を、蹴っただと!?」
「空気を操れるのが、自分だけだと思ったら、大間違いだよっ!」
 バキュームに答え、ファイが蹴りを一閃。そこから放たれた巨大な空気の塊が、突風となってバキュームを吹っ飛ばし、
「もっとも、制御技術はまだまだ未熟ですけど」
「もーっ! 水差さないでよ! “水”のブレイカーだからって、なんてうまいこと言う気はないけどさ!
 去年より上手になってるでしょ!?」
「そう思うなら彼のように空気弾を圧縮して撃つ、ぐらいの芸当はしてもらわないと」
「そりゃ確かにできないけどさっ!」
 鈴香のツッコミに言い負かされ、ファイが思わず悲鳴を上げる。
「く……っ、そ……っ!」
 一方、それでもファイの一撃はバキュームに大きなダメージを与えていた。吹っ飛ばされ、叩きつけられた壁を支えになんとか身を起こす。
「何だ、今の……!?
 ぶちかました空気量、オレの比じゃねぇだろ……っ!」
 本人達は「まとめてみせろ」「できません」と騒いでいるが、それは単に「空気を圧縮できるか」という点“だけ”を見た話にすぎない。
 操った空気の量、放った攻撃の規模で言うなら、むしろこちらが子供だましなレベルだ。空気を武器にする者としてのレベルが違いすぎる。
 しかも、自分を戦慄させた今の攻撃は軽口まじりに放たれたものだ――つまり、まったく本気ではなかった。
 これで本気になられたら、いったいどれほどの攻撃を叩きつけられるというのか――
(ダメだ……真っ向からじゃ勝てねぇ……っ!
 何か……何かないか、アイツをブッ殺せる方法……っ!)
 感情よりも兵士としての理性が、目の前の少女に対する勝機の有無を、意地を張ることなく厳然たる事実として理解する――それでも勝利する道はないか、周囲に視線を走らせて――
(――――っ)
 見つけた。
 力の差を埋められる、ひっくり返せる――相手の足を引っ張るその存在を。
「………………?
 ねぇ、まだやるのー?」
「あぁ、そうだな……」
 一方、そんなバキュームの内心に気づかないファイが首をかしげて尋ねる――答えて、バキュームは口元に笑みを浮かべ、
「まだまだやってやるさ。
 ただし――ここからは、アイツらも巻き込んでな!」
 言い放ち――明の治療を続ける鈴香や、ケイたちに向けて空気弾を放つ!
「――――っ、危ない!」
 もちろんファイも動いた。とっさに鈴香達の前に飛び出し、風の防壁で空気弾を受け止める。
「あぁ、そうだよな!
 お前はそうするしかないよな!」
 そう、ファイが鈴香達をかばうことは想定の内。むしろそうして動きを止めることこそがバキュームの狙いであった。
 鈴香達を守るためにその場を動けないファイに向け、言い放つと共にさらに空気弾を乱射する。
 もちろん、ファイの防壁に弾かれるが、かまわない。
 弾かれ、圧縮が解けてまき散らされる空気が突風となって荒れ狂い、周囲の壁を軋ませているのだ。
 基本、建造物は内部での突風の発生、なんて異常現象を想定してない――当然と言えば当然だが、それ故に内部からの気圧変化には非常にもろい。
 このままいけば、彼女達の周囲の壁は、天井は遠からず崩壊するだろう。その時を期待して、バキュームがほくそ笑む――



 ――しかし、バキュームはどこまでも不幸であった。



「……ファイさん」
 防壁で攻撃をしのいでいるファイに、静かな声がかけられる――その一声だけで、ファイは悟った。
 あ、鈴香お姉ちゃんキレた――と。
 そう。バキュームは彼女を見誤った。
 自分の腕のメカニズムに興味を示し、はしゃぐ姿に気を取られ、彼女の本質を見落とした。
 確かに、鈴香はメカフェチと言われるほどの機械好きだ。代々優秀な巫女を輩出してきた、それ故神道に厳格な家のあり方に子供心から反発し、反抗心のままに足を踏み入れた機械いじりの道に今ではすっかりハマっている。
 しかし、それでも彼女は巫女なのだ。
 チーム中随一の治癒スキルを誇る癒しの者――母性を司る“慈愛”のブレイカーなのだ。
 それが、今まさに治療中というところをジャマされたのだ。頭にこないはずがない。
「下がっていてください。彼は私が相手をします」
「……はーい」
 触らぬ神に祟りなし。素直にうなずいて引き下がったファイに代わり、鈴香がバキュームの前に出る。
「フンッ、何だ、あのチビスケの出番は終わりか?」
「えぇ。
 治療のジャマをする不届き者を退治するのも、私の役目ですから」
 そんなやり取りを鼻で笑うバキュームに鈴香が答える――「そうなの?」と視線で尋ねるケイにファイがブンブンと首を振って否定しているが、そんなことはどうでもいい。
 懐から取り出すのは伸縮式の指示棒だ――霧散、集束して一回り大きなそれへと変化する。
「陰天鞭!」
 再構築して作り出した自身の武器、精霊器“陰天鞭”を振るう――と、目の前に突如水の塊が出現。一気にその量を増やすと空中を奔り、バキュームを直撃、押し流すように吹っ飛ばす!
「ぐぉっ!?
 水を、生み出しただと……!?」
「生み出すだけじゃないですよ!」
 うめき、身を起こすバキュームに答え、陰天鞭をもう一度振るう――今度は壁から天井から床から、水の帯が飛び出してくるとバキュームの身体に絡みつくとその動きを拘束する。
「こっ、これは……!?
 まさか、水道管の水を……!?」
「えぇ。
 生み出すだけじゃない――すでにある水を、操ることもできるんですよ!」
 うめくバキュームに答え、鈴香が陰天鞭を振るう――水の帯がバキュームを振り回し、壁や天井、床に何度も叩きつける。
「終わりです」
 そして、鈴香がフィニッシュの体勢に。バキュームへと陰天鞭を突きつけると、その先端に巨大な水球を作り出す。
「よっ、よせっ!」
「お断りします」
 あわてるバキュームに言い放ち――攻撃。放たれた水球がバキュームを吹き飛ばし、壁に叩きつける!
 そのままバキュームを壁とのサンドイッチで圧しつぶす――やがて水球が弾け、意識を刈り取られたバキュームがその場に倒れ伏し、
「…………あ」
 そこでようやく、怒りの収まった鈴香が我に返った。
「あぁぁぁぁぁっ!」
 そして悲鳴を上げる――そんな彼女の視線の先には、自身の一撃でグシャグシャにひしゃげたバキュームの両腕。
「しまったーっ! 彼の両手ぇーっ!
 あんな威力を出しながらこんなコンパクトにまとめた圧縮空気砲なんて私達の世界にだってないのにーっ!
 未知のテクノロジーがーっ! どっかの驚異のメカニズムがーっ!」
「……えっと……」
「うーん……」
 さっきまでとは打って変わって、自分が叩きつぶしたバキュームを前に泣き崩れる鈴香の姿に、ケイはコメントに困ってうめくしかない――助けを求める視線を受け、ファイはどう答えたものかしばし考えて、
「とりあえず……あと5分くらいで“戻って”くると思うから、それまで待っててもらっていい?」
 この場は、ひとまず問題を棚上げすることにした。



    ◇



「――――っ」
 暗かった倉庫の中から外へ――青天の下に出て、エリカはその明るさに目を細めた。
 その後にみほが、そしてまほと彼女を支える鷲悟、ライカが続いて――
「おぉ! 逸見! 無事だったか!
 西住は一緒なのか!?」
 先頭を行くエリカを見つけて、アンチョビがペパロニ、カルパッチョと共に駆けてきた。
「アンチョビさん!」
「おぉ、西住!
 お前も無事だったか!」
「はい……
 アンチョビさん達は大丈夫だったんですか?」
「あぁ。
 持ってきたP40がやられた時はもうダメかと思ったんだがな」
 みほに答え、アンチョビは倉庫正面の広場の一角で各坐しているP40を見て、
「だが、柾木の知り合いだというヤツが助けに来てくれてな」
「そっちにも出たの?」
「『そっちにも』……?」
 聞き返すエリカにアンチョビが眉をひそめると、
「『出た』って、人のこと柳の下の幽霊みたいに言わないでくれるか?」
「ハハハッ、試合に出ているはずのお前がこんなところにいればそうも思うだrって柾木ぃーっ!?
 おまっ、なんでここに!? 試合はどーしたんだ!?」
「……一応、『柾木』には違いないけどさ……
 これ、絶対オレのことジュンイチだとカン違いしてるよね」
「それだけそっくりじゃ仕方ないだろ」
 口をはさんだとたんにアンチョビからノリツッコミを受け、肩を落とす鷲悟に答えるのは合流してきた崇徳で、
「ま、鷲悟のこの扱いはいつものことだからどーでもいいとして」
「オイ!?」
 さらにライカからもバッサリと一刀両断。
「それより、三人が無事救出されたことをジュンイチに報せる方が先でしょ」
「それなら、ダージリンに任せてある――ダージリン」
「えぇ」
 ライカに答えたまほに話を振られ、ダージリンは携帯電話を操作し、
「もしもし?
 みほさん達の救出は完了したわ――合図を」



    ◇



「了解しました」
 ここは今まさに大洗が関国商と試合を行っている会場を見渡せる丘の上――ダージリンから連絡を受け、聖グロリアーナのソウルネーム持ちのひとり、ニルギニは背後に控えた車輌に向けて手を挙げ、合図する。
 それを受け、車輌の荷台に積まれていたものがホロを取り払われてその姿を現した。
 巨大なスピーカーだ。スイッチが入り、鳴動を始める――が、音は聞こえない。
 明らかに作動しているのに、何も――
「これ、何やってるんですか?」
 これは聖グロリアーナの面々にも意味がわかっている者は少なかった。尋ねる部下の問いに、ニルギニは答えた。
「あぁ、これはですね……」



「犬笛ですよ」



    ◇



「――――っ」
 身をひるがえし、苦無手榴弾をばらまく――試合の場、対人で使うにはあまりにも危険な攻撃だが、かまわない。
「くらうかっ!」
 どうせ相手には効かないからだ――関国商側が試合会場にひそませていた伏兵のひとり、鷲悟達が戦ったのと同類の改造人間兵士の放った電撃に迎撃され、ひとつ残らず空中で爆発し――
「――そこだっ!」
 それこそがジュンイチの狙い――そして相手もそれをお見通しであった。爆発に紛れて距離を詰めたジュンイチの、ククリナイフから放たれた斬撃は間一髪でかわされた。
 反撃とばかりに放たれた電撃に対し、ジュンイチは手にしたククリナイフを手放す――ククリナイフに電撃が引き寄せられている間に距離を取る。
「フンッ、攻めあぐねているな」
「言ってろ」
 男に答え、ジュンイチは改めてかまえて――



 ――――――



「――――っ」
 “それ”が聞こえた。
(これ……ダージリンからの合図の超音波!)
 人間の耳が聞くことのできる音の周波数はおおむね20〜2万ヘルツの間。その周波数域から外れた、人間の耳には聞こえない音を超音波という。
 だが、ジュンイチの強化された聴覚はその超音波を聞くことができる。なので、今回の件に対して、みほ達の救出に成功したことを、関係ない者達を避けて大洗チームだけに報せるための手段として、この超音波を使うことにした。
 暴徒鎮圧用の指向性スピーカーを使用した音響装置――音波砲とも揶揄されるそれを使い、試合会場に届くほどの超音波を放ったのだ。
 そしてそれをジュンイチが聞き取った――それは、みほ達の救出成功の情報が、大洗陣営に無事伝わったことを意味していた。
 だから――
「……ハッ」
 ジュンイチは口元に笑みを浮かべてかまえを解いた。怪訝な顔をする相手に対し、尋ねる。
「お前……名前は?」
「…………何?」
「名前だよ、名前。
 別に本名でなくてもいいけどさ、どーせコードネームとかコールサインとかあるだろ?」
「なぜそんなことを聞く?」
「決まってんだろ」
 聞き返す男に、ジュンイチはあっさりと答える――
「てめぇをぶちのめしたことを記録に残すのに、名前がわかんねぇと不便だろ」
「何だと……?」
「みんな」
 またもや男が眉をひそめるが、ジュンイチはかまわず咽喉マイクのスイッチを入れ、
「今までガマンさせて悪かったな。
 “もう本気で戦っていいぞ”――」



「――“抜刀”、解禁だ」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第24話「女の顔面は殴らねぇよ」


 

(初版:2018/09/10)