「“抜刀”って……」
一方、W号の車内で、沙織はジュンイチからの指示に目を丸くした。
ジュンイチの言葉が意味することは――
「みぽりん達、無事だったんだ……っ!」
「ダージリンさん達が、やってくれたんですね……っ!」
つぶやく沙織に華が同意する――みほ達が救出されたことで、何の遠慮もなくなった。本気で戦ってもらっても一向にかまわないということだ。
しかも、ジュンイチは“抜刀”まで許可した。彼もいよいよ本気だということか。
「よぅし、いくよ、みんな!」
一方、M3リーのウサギさんチームも動く。頬をぴしゃりと叩いて気合を入れた梓が声を上げる。
「全車輌、これより――」
「白兵戦に移行します!」
「あや! 優季! 紗希! 出て!
白兵戦隊の指揮は――カバさんチーム!」
〈任せろ!
こちらからは私が出る! 車長はカエサルに移す!〉
〈こちらアヒル!
忍以外全員出るよ! どーせ八九式じゃレギュレーション通りでも攻撃通らないし!〉
〈カメさんは私が出るよー。かーしまとこやまは手一杯だし〉
「わかりました!
あんこうは……」
〈もーっ! 私が出ればいいんでしょ! 私がーっ!〉
梓の呼びかけに各車から応答が返ってくる――W号からは半ばヤケクソだったが。
「柾木先輩!」
◇
「ほいほーい。
オレはちょっと手ェ放せないかな」
状況は先程から引き続き対峙中。男を前に、ジュンイチはあっさりと答える。
「ま、代わりにこっちからそっちに敵は回さねぇからさ。
お前らはお前らで好きに暴れてやんな」
〈了解ですっ!〉
「言ってくれるな」
梓とジュンイチのやり取りに、男は静かに、しかし明らかに気分を害したようにそう口を開いた。
「あくまでオレに勝てると思っているワケか……」
「それだけだと思ってる?」
「…………何?」
あっさりと返されて男が眉をひそめる――かまうことなくジュンイチは続ける。
「お前ら選手じゃないだろ。
そんなお前らが今ここでオレと戦ってるのがバレたら、前の試合でオレが乱入した時みたいに試合は強制終了だ。関国商の反則負けでな」
「貴様らにとってはいいことじゃないか。勝ち進めるんだぞ?」
「よかねぇよ」
男に答えて、ジュンイチは彼と正対し、
「それじゃこっちの気が済まねぇんだよ。
そちらさんのチームは試合の場で、ルールに則って正々堂々叩きのめす。お前らの余計な茶々で中断なんてさせてたまるかよ。
だから――」
言って、ジュンイチは“力”を解放。体内で練り上げられ、高められ、ふくれ上がり――体内に内包しきれなくなった“力”が真紅のオーラとなってあふれ出す。
「ルール外の場外乱闘は全部オレの担当だ。
てめぇらは、ひとりもこの森から外には出さねぇ――」
「全員この場で、きっちりつぶす」
第24話
「女の顔面は殴らねぇよ」
「大洗のヤツら、どこへ消えた……?」
単騎で荒野を離れ、丘陵地帯を進むのは、関国商のティーガーUだ。砲塔から身を乗り出し、車長の女子生徒が周囲を見回す。
さっきまで、こちらに向けて効きもしない砲撃をしつこく繰り返していた八九式がいきなり姿を消した。
仲間達とのやり取りからすると、どうやら他の大洗の戦車達も同様に姿を消したようだ。何らかの作戦指示によるものなのは間違いなさそうだが――
「…………ん?」
と、丘のふもとの森、その木々の間に動く影を見つけた。
あれは――
「八九式! 見つけた!」
そう。自分達と戦っていた八九式だ。
「逆落としよ! 逆落とし!
今度こそ逃がすんじゃないわよ!」
「勝手に動いていいんですか?
相手の、何かの作戦なんじゃ……」
「あんな非力な戦車に何ができるって言うの!?
たかだか八九式一輌ごときに指示を仰いだりしたらいい笑いものだわ!」
操縦手の上げた疑問の声も、車長はかまわず一蹴する。
「さぁ、行くのよ!
我が国起源の逆落とし、あのザコどもに見せてやるのよ!」
「は、はいっ!」
言い放ち、車内に戻る車長の言葉に、操縦手はティーガーUの進路を左に向けた。山道を外れ、眼下の八九式に向けて急斜面を勢いよく駆け下っていき――
宙を舞った。
斜面の中腹に小さな山道が通っており、そこから改めて急斜面――横切る形になる自分達にとって踊り場のようになっている部分があったのだ。
上からは見えづらかったその山道に気づかずに逆落としを仕掛けたティーガーUは、下り坂の勢いで最高速以上に加速した状態でそこへ突っ込んでしまった。
その結果が、スキージャンプさながらの大ジャンプ――しかし、言うまでもなく戦車という乗り物はそんな大ジャンプができるようには作られていない。幅跳びならなんとか着地もできただろうが、大きく空中に身を躍らせる形となったティーガーUは長い滞空の中でバランスを崩し、つんのめるように坂の途中に鼻っ柱から落下。そのまま坂を転げ落ちていく――
◇
一方、森の別の場所では関国商のソミュアがウサギさんチームのM3を追跡していた。
「フン、大したことないわね!
どうせ小細工するなら、戦車を全部使い物にならなくしてしまえばよかったものを!」
ジュンイチは、確かに工作を施して関国商の戦車の違反改造を軒並み無力化した――しかし、それ以上はやらなかった。
あくまでレギュレーションの範囲内まで能力を落とすだけに留めた――むしろ、レギュレーションで許されるギリギリまで高水準に仕上げたぐらいだ。
盤外ではなく、試合できっちり叩きつぶし、決着をつける。そのための配慮であったが、関国商側からすれば愚かな愚行、ただの甘さにしか見えなかった。
「その甘さが命取りよ!
まずは、あのM3から血祭りに上げてやる!」
車長の指示と共に、ソミュアが主砲の狙いを定めて――不意に、M3がほんの少し、進路を脇にそらした。
「その程度の動きで逃げられるとでも!?
それとも、ただフラついただけ!?」
車長が叫び、ソミュアがそのまま直進し――
急に、ソミュアが減速した。
「きゃあっ!?」
いきなりの減速に、車長は砲塔の上でつんのめる――その間に、M3はそのまま走り去り、森の奥へと消えていってしまった。
「ち、ちょっと!?
何やってるのよ!?」
「わかりません!
急に、何かに足をとられて……っ!」
「足……っ!?」
操縦手の答えに、車長は外を見て――気づいた。
ソミュアがぬかるみにはまっている。先程、M3が進路をそらしたのは、このぬかるみをかわしたからだったのだ。
「くっ、こんな程度のぬかるみで……っ!」
うめき、車長がM3の走り去っていった先をにらみつけ――
「あたた……
いったい、何が……!?」
一方、八九式を追いかけて盛大に転げ落ちたティーガーUもようやく停止。うめいて、車長が状況を確認しようと顔を出して――
大洗にハメられた二輌の戦車、それぞれの車長の背後に、典子や紗希が音もなく降り立った。
どちらも相手が気づくよりも早くチョークスリーパーをかける。頚動脈をしめられ、あっけなく意識を手放した車長は妙子とあけび、あやと優季がそれぞれ引っ張り出す。
さらに車内に放り込むのは衝撃波を放って相手を吹き飛ばす、歩兵道用の手榴弾。大洗側が離れてすぐに炸裂。密閉空間でまき散らされた衝撃は、残る乗員の意識を根こそぎ刈り取った。
◇
「やだもーっ!
なんで私ばっかりこんな役ーっ!?」
一方、沙織はたったひとりでP40から逃走中。幸い木々がジャマしてP40も追いつけずにいるが、逆に引き離すこともできずに一定の距離を保ったままの状態となっている。
「ひとりで戦車をどうにかしろって、どういう無茶振りかな!?
柾木くんじゃあるまいしーっ!」
言って、沙織は倒木を跳び越えた。そのまま駆けていく沙織を追って、P40も倒木を蹴散らして突き進み――
止まった。
ジュンイチ自慢の“糸”だ――あらかじめ倒木に隠れる形で左右の木に張っていたその糸をP40が踏みつけた結果、履帯に引っかかったその糸が転輪に絡まり、P40をその場に引き留めた。
そう――沙織は逃げていたのではない。このトラップを仕掛けた場所まで誘導していたのだ。
そして――
「ま、それよりも――その“無茶振り”をどうにかできちゃうくらい鍛えられたってことの方が私的にはショックなんだけどさ」
言いながら、沙織は手にした糸を引いて――その糸につながった安全ピンを引き抜かれ、木の根元に仕掛けられた手榴弾が爆発。倒された木々が、P40の上に倒れ込んでその動きを封じ込めた。
◇
「きゃあぁっ!?」
上がった悲鳴はファイアフライの車長のもの――ライフルで転輪を撃ち抜き、破壊したエルヴィンの仕業だ。
そして動きの止まったファイアフライを、ウサギさんチーム&アヒルさんチームと同じように仕留めるのは杏だ。
「うまくいきましたね、会長」
「ま、ざっとこんなもんだよ」
合流し、声をかけてくるエルヴィンに対し、杏は胸を張ってそう答え、
(とはいえ……けっこう危ないもんだよね、コレ)
ひょうひょうとしたいつものノリは表面だけ。エルヴィンに不安を与えまいといつものノリを見せてはいるが、内心では生身で戦車に立ち向かうことの危なっかしさに冷や汗をかいていた。
なるほど、高校戦車道が男子の歩兵道との合同活動を行わなくなったはずだと実感する。平然と突っ込んでいけるジュンイチや、その彼から戦車を生身で倒す術を叩き込まれた自分達の方が異質なのだ。
だが、今はその異質さこそが頼みの綱だ。関国商を相手に、絶対に負けるワケにはいかない。
自分達の掲げる目的のため――そして、関国商によって傷つけられた友人達のためにも。
「さぁ、敵はまだ残ってるし、サクサクやってこうか」
「了解!」
「いや、指揮とってんのエルヴィンちゃんでしょ」
「おっと」
杏にツッコまれ、いつの間にか彼女に引っ張られていたエルヴィンが我に返った。苦笑まじりに咽喉マイクに手をあて、
「誰か! 敵フラッグ車を見ていないか!?」
〈見てませーん!〉
〈こっちも同じくーっ!〉
「ふーむ……
いつもみたいに反則で無双できないと見て、臆病風にでも吹かれたかな?」
返ってきた答えは梓や典子からだ。杏のつぶやきに、エルヴィンもうなずいて同意を示す。
〈見つけたら攻撃しちゃっていいんですかー?〉
「いや、今は放置しておこう」
尋ねる優季だが、エルヴィンはあっさりとそう答えた。
「短絡的なヤツらのことだ。フラッグ車が攻撃を受ければ全車一斉にフラッグ車を守りに殺到するだろう。
戦車の性能は向こうが上だ。集結されれば手がつけられなくなる――今は泳がせて、その間に随伴車を叩いてフラッグ車を孤立させる!」
《了解っ!》
◇
〈すみません!
転輪をやられて動けません!〉
〈た、助けて!
車長が引きずり出されt【バンッ!】……〉
無線を通じて聞こえてくるのは、次々に襲われる仲間達からの悲鳴――破裂音と共に沈黙した無線に、董卓は苛立ちもあらわに砲塔に拳を叩きつけた。
「くっ、何やってるのよ、どいつもこいつも!
ちょっと、ブリッツ!?」
◇
「どうかしたか?」
〈どうもこうもないわよ!〉
ブリッツと呼ばれたのは、ジュンイチと戦っていた電撃を放つ改造人間兵士だった――聞き返すと、ヒステリックな答えが返ってくる。
〈何やってるのよ!?
歩兵を黙らせるのがあなたの役割でしょう!?〉
「今まさにここで抑えているが?」
〈他にもいるのよ!〉
「…………何?」
董卓の答えに、ブリッツはジュンイチを見返す――
「その様子だと、向こうが泣きついてきたみたいだね」
対し、ジュンイチは笑顔で答えて――足元で苦悶の声を上げる別の兵士の顔面を踏みつけ、黙らせる。
「“男子が”オレひとりだけだからって、“歩兵が”オレだけだとでも思った?
悪いが、こちとら戦車要員にも軒並み歩兵戦闘スキルを叩き込み済みなんだわ」
「我々への対策にそこまでやってきたのか……?
ずいぶんと用意周t
「あー、違う違う」
うめくブリッツに対し、ジュンイチは手をパタパタと振ってその認識の違いを訂正した。
「歩兵戦スキルを叩き込んだのは元からさ。
戦車が走れなくなっても白旗まではいかない――そんな状況になっても最後まで戦い抜けるように。
生身で戦車と相対しても、無事に帰ってこられるように。
むしろ、それがこんな形で役立つなんて、こっちにとっても想定外なくらいさ」
言って、ジュンイチのまとう“力”が勢いを増した。舞い上がる枯れ葉すら燃やしながら、ジュンイチはブリッツに向けて一歩を踏み出す。
「その熱放射が始まってから、身体能力が劇的にはね上がった。
フル稼働させると各部のオーバーヒートを起こすようだな。所詮日本ごときの技術ではそんなものか」
「何度も言わせんなよ。
一緒にすんなっつってんだろうが――試作品ふぜいが!」
あくまで自分達の同類であるという前提で(「ジュンイチが改造人間である」という点では決して間違いではないのだが)ジュンイチのオーラを分析するブリッツに言い返し、ジュンイチはさらに“力”を高める。
地を蹴り、一足飛びにブリッツへと突っ込む――繰り出されたワン・ツーからの右上段回し蹴りはいずれも防がれる。
反撃の、電撃を伴った拳をバックステップでかわし、水平に振るった右手から炎を放つ。
ブリッツがそれを防ぎながら突撃。その炎の向こうにいるはずのジュンイチへと迫り――
そこには、ジュンイチの代わりに、ピンを抜かれ、宙を舞う手榴弾があった。
直後、手榴弾が炸裂。爆発と衝撃、そして外殻の破片をまき散らす。ガードを固めたブリッツの両腕が破片を防ぎ――
「足元が――お留守だぜ!」
ジュンイチはブリッツの背後で、彼を盾に手榴弾の破片を防いでいた。背後からの足払いで、ブリッツの姿勢を崩し、
「本命っ!」
炎を放った。勢いよく叩きつけられた炎は衝撃すら伴ってブリッツの巨体を押し流す。
倒れるブリッツの真上へと跳躍、踏みつけるように蹴り――しかしこれはかわされた。転がってジュンイチの追撃をかわすと、距離をとって立ち上がり、改めてジュンイチと対峙し――
「だぁりゃぁっ!」
すでにジュンイチは彼の目の前に飛び込んでいた。渾身の拳が、ブリッツを殴り飛ばす!
◇
「ちょっと、ブリッツ!? 応答しなさい!
もうバレてもいいから助けに来なさい! 早くしろこのクズ鉄!」
こちらが一方的に翻弄され、叩きのめされているのは疑いようがない。いずれ自分達のもとにも敵が殺到してくるだろう――完全に余裕を失った董卓がヒステリックに叫ぶが、今まさにジュンイチに圧倒されているブリッツに答えることができようはずもない。
「各車応答しなさい!
今すぐ集結するのよ! 私を守りなさい!」
〈しっ、しかし、こちらにも敵の歩兵が……っ!〉
「そんなのひき殺せばいいでしょ! どうせ事故として処理されるんだから!
日本人みたいな虫けら相手に何配慮してるの! そのくらい言われなくても判断しなさいよ、この脳なしどもが!」
返ってきた答えにも、董卓はとんでもないことを言い出して反論する。
「それがムリなら、敵戦車見つけて、道連れに自爆でもしなさい!
あなた達雑兵は大将の私のために存在してるのよ! その私を守るためなんだから、命のひとつや二つさっさと投げ出しなさいよ!
どうせアンタ達みたいな使い捨て、代わりなんていくらでもいるんだから、安心して死ね!」
もう言っていることはムチャクチャだ。通信が沈黙したのは、やられてしまったのか、それとも董卓の言葉に絶句したのか――
「くぅっ……どいつもこいつも役立たずな!
終わったら全員、監督に言って解任させてやる!
操縦手! 前進! こうなったら敵フラッグ車をつぶすのよ!」
「はっ、はいっ!」
未だ自分の戦車の操縦手の名前すら知らない董卓の言葉に、操縦手はあわててティーガーTを発進させて――直後、ティーガーTを衝撃が襲った。
「きゃあっ!?
なっ、何!?」
思い切り車体を揺さぶられ、振り落とされそうになりながらも董卓は衝撃の正体を探り――
「命中!
――くそっ、耐えられたか!」
「気にするな! さらに当てればいい!」
「距離さえ詰めればいけるぜよ!」
左衛門佐、カエサル、カバさんチームのV突だ。
さらに――
「見つけました!
ティーガーT――フラッグ車です!」
「アレが最前線の親玉ですか……麻子さん!」
「任せろ。
絶対に、逃がさない……っ!」
優花里、華、麻子が口々に言いながら、W号が姿を現した。
◇
「…………ん?」
その異変に最初気づいたのは、アヒルさんチームの中で唯ひとり、操縦のために八九式に残った忍であった。
車外活動中の典子達のためにもここでやられてはと、P40から懸命に逃げ回っていたのだが、そのP40に異変が起きたのだ。
突然、P40が急減速し、停車――何のつもりかと様子を伺っていると、シュボンッ、と音を立ててP40の白旗がひとりでに揚がったのだ。
そう、ひとりでに――操縦手の忍しかいない八九式が砲撃を当てられようはずもないし、そもそも当てたところで撃破できるほどの火力は八九式にはない。
他の誰かが援護して砲撃を当ててくれた、というワケでもなさそうだし、見たところエンジントラブルが起きたようにも見えない。
これはまさか――
「……降参、した……?」
◇
「え……?」
異変は他所でも起きていた。梓らのM3の目の前で、チャーチルが停車、白旗を揚げたのだ。
どうしたのかと様子を伺っていると、車内から乗員達が、明らかに苛立った様子で出てくる。
「何なのよ、アイツ!
私達のこと捨て駒扱いして!」
「こんなのやってられるか!」
「誰よ、あんなの隊長にしたの!
あんなの隊長にするぐらいなら、私が隊長やった方が百倍マシよ!」
「ハァ!? アンタが隊長!?
アンタなんかに隊長が務まるワケないでしょ! だったら私の方がいいに決まってるわ!」
「なんですってぇっ!?」
「……えっと……」
降参したかと思ったら隊長に悪態をつき、さらには乗員同士でつかみ合いまで始めた関国商側の様子を前に、梓はどうしたものかと困惑するしかない。
ただ、ひとつ言えるのは……
「向こうの人達……仲間割れしてる……?」
◇
「オォォォォォッ!」
咆哮し、ブリッツが周辺に向けて電撃を放ち――
「気合入れたからって威力上がるワケじゃねぇだろ、お前の場合」
ジュンイチには通じない。ものともしないで距離を詰め、ブリッツを殴り倒す。
「電撃はぶちまけるばっかりで指向性も持たせられない。
てめぇ自身の動きも今朝見せてもらったしな――オマケに今朝みたいに他所に気ィ回さねぇといけないような状況でもねぇ。
てめぇをぶちのめすのに思う存分集中できるんだ。負ける要素なんざカケラもねぇんだよ」
「ぐ……っ!」
言い放つジュンイチに対し、ブリッツはうめきながらも身を起こし、
「だ、だとしても……なぜ電撃が効かない……!?
全方位に放射しているんだ……装備を絶縁体にしたからって、防げるものじゃないはず……
そうでなくても、電撃が届いているなら装備の火薬類への引火だって……」
「あぁ、そこに期待してたのか」
ブリッツの言葉に、ジュンイチは不敵に嘲笑し、
「おあいにくさま。
こちとらバリアっぽいものを周囲に張っててな――てめぇの自慢の電撃は、全部そこでシャットアウトさ」
「バリア、だと……!?
バカな、この国にそんな技術があるはずが!?」
「だーかーらー、この能力についてはお前らの同類じゃねぇっつってんだろうがっ!」
ブリッツに言い返し、ジュンイチが突撃。殴る、蹴るのラッシュを叩き込み、仕上げの蹴りでブリッツを吹っ飛ばす。
しかしブリッツもしつこい。受身を取って立ち上がるとジュンイチに向けてかまえ直す。
「人のことさんざん言っといて、てめぇだってじゅーぶんたいがいじゃねぇか。
さすが全身金属骨格。殴ってるこっちの手の方が痛くなってきたわ」
「イヤミにしか聞こえんな……ん?」
ジュンイチの軽口にブリッツが答えかけた、その時だった。
答えかけたブリッツが口をつぐみ、顔を上げる――ジュンイチもだ。そんな二人の耳に、砲撃の着弾音が立て続けに聞こえてくる。
その音はみるみる内に近づいてきて――
『――――――っ!?』
二人が同時にバックステップで後退し、距離をとる――そうしてできた空間を、飛び込んできた一輌の戦車が駆け抜ける!
董卓のティーガーTだ――さらに、彼女達を追って大洗のW号やV突もその姿を現した。
「柾木殿!?」
「ここにいたんですか!?」
「お前ら……?」
と、W号の中から優花里や華が顔を出してきた。声を上げる二人に、ジュンイチもまた声を上げる。
「お前らこそ、なんでここに……って、そりゃアイツが原因に決まってるわな」
「あぁ。
あのフラッグ車を追って……」
ジュンイチの問いにカエサルが答える一方、関国商側も……
「こんなところで油売ってたの!?
あんなガキ相手にいつまでも遊んでないで、さっさと私を助けに来なさいよ!」
ブリッツが董卓から一方的に罵られていた。
「まぁ、いいわ。
ここでアイツと出くわしたのは千載一遇のチャンス!」
と、そこで董卓の狙いがジュンイチに向いた。彼をにらみつけながら手で合図。ティーガーTの主砲がジュンイチに向けられた。
「アイツ……!」
「柾木くんを、主砲で直接!?」
その狙いに気づき、カエサルと華が声を上げる。
あの至近距離、相手がティーガーTの主砲ともなれば、ジュンイチの“砲弾返し”も通用しない。さすがに勢いをさばききれずにジュンイチが吹っ飛ぶことになるだろう。
「撃たせるな!
その前にこっちの砲を叩き込め!」
「五十鈴殿! 我々も!」
ここは自分達が阻止しなければ――カエサルと優花里がそれぞれの戦車の砲手に告げて――
「待て」
それを止めたのは、他ならぬジュンイチであった。
「オレがやる」
そう告げると、ゆっくりとティーガーTに向けて歩き始める――かまえもしないで、無造作に。
「フンッ、いい覚悟ね!
それじゃあ、望み通りつぶしてやるわよ!」
対し、董卓の口元に浮かぶ笑み――砲弾が装填され、改めて狙いが定められて――
「あのさぁ」
不意に、ジュンイチが口を開いた。
「最後にひとつ、質問があるんだけど、いい?」
「フンッ、かまわないわよ。
あなたの人生最後の質問だもの。答えてあげるわ。私って寛大よね」
『人生最後の』――もはや殺意を隠しもしない董卓に対し、ジュンイチは尋ねる。
「お前のソウルネームだよ。
董卓って、三国志の董卓だろう? なんでまたその名前さ?
だって、お前らの“スポンサー様”の母国って中国じゃねぇだろ」
「あぁ、何かと思えばそんなこと?」
ジュンイチのその問いを、董卓は鼻で笑い、
「そんなの、三国志が中国発祥だと思ってるあなた達日本人が馬鹿なのよ。
覚えておきなさい。三国志は、我が国が起源なのよっ!」
言い放つと同時、砲撃が放たれた。砲弾がジュンイチへと襲いかかり――
「あ、そゆこと」
消えた。
淡々と告げるジュンイチの左手が――そして、ティーガーTの放った砲弾が。
「よーするに、いつもの国民病か」
――否、ジュンイチの左手は消えていない。ただ目にも留まらぬ速さで振り抜かれただけだ。
そして、砲弾は――
「ホント、人の手柄を横取りするのが大好きだよねー、お前さん達の国ってさ」
告げながら、チラリと向けたジュンイチの視線の先で、“ドロドロに溶けて”茂みをその熱で焦げつかせている。
「な……っ、何をしたの、あなた!?」
「何って……」
董卓に答えて、ジュンイチは彼女に向けて左手をかざし、
「溶かしただけですが何か?」
「はぁ!?」
その左手に炎を燃やす――そう、溶かしたのだ。
その気になれば『炎』の域を超えてプラズマ化させることすら可能な、温度を司るジュンイチの異能“万能温度”――その能力をもってすれば、砲弾を一瞬にして溶かしてしまうことなど造作もない。
本来なら異能であるが故に自重してきた、そしてその遠慮のいらない現在の状況や相手だからこそできた防御法である。
「とっ、溶かしたって……そんなバカな!?
飛んできた砲弾を一瞬で溶かすなんてどんな熱量よ!?」
当然、そんなトンデモな防御法で防がれたなど、信じることなどそう簡単にできるはずもない。董卓の困惑もある意味当然のものであったが――
「そんな熱量、ウチのモルモットどもですら不可能よ! こんな島国の原始人どもにそんなことができるワケが――」
しかし、董卓がしゃべることができたのはそこまでだった。
巻き起こった炎の渦が、彼女の、ティーガーTの脇を駆け抜けたからだ。もちろん――
「…………何か言ったか?」
ジュンイチのぶっ放したものである。
彼の放った炎は、射線上の木々を焼き尽くす――どころか消し炭すら残さず、まさに“えぐり抜いた”。なるほど、今までの試合でずっと自重してきたはずだ、と、その場に居合わせた仲間達はそろって冷や汗。
そして同時に確信する――ジュンイチが自重をやめた、と。
だが考えてみれば納得だ。元々ジュンイチが今までの試合で異能の使用を控えていたのは、強力すぎて危険だから、というだけではない。異能という特異すぎる案件が万一反則を取られては困る、という事情があっての話だ。
カメラがない、オフィシャルの目が届かないこの場所ではその心配もないし、相手は一連の事件の実行犯、その主犯だ。気遣いの必要も皆無。むしろ手加減する理由そのものがないのだ。
「く……っ!
各車応答なさい! 私のいる場所はGPSでわかるでしょ! 早く来て私を守りなさい!」
そんなジュンイチに恐れをなして、董卓が無線に向けて呼びかける――が、
〈………………〉
〈………………〉
〈………………〉
「……って、アレ?」
そんな彼女に応える声は一切なかった。
董卓は知らない――先程の自分の、まさにチームメイトの命を一切省みない自分本位の暴言によって、チームの空中分解を招いたことを。
「くっ、もういいわ! あんな出稼ぎ予備軍の貧乏人どもに期待した私がバカだったわ!」
当然、自身の暴言が自身を追い込んでいることにも気づきはしない。インカムをむしり取ると背後に振り向き、
「ブリッツ! 何をしているの!
早くアイツを殺しなさい! それがアンタの役目でしょうが!」
「……わかっている」
「だったらさっさと殺しなさいよ!
本当に使えないわね、このクズ鉄が!」
応えるブリッツに董卓がわめき散らして――
「本当に救えねぇな、てめぇは」
ジュンイチの声のトーンが一段下がった。
「映画とかだと、悪手を山のように積み重ねて状況を悪化させまくった挙句、最後には何の責任も取らないままくたばるタイプだな」
言って、ジュンイチは静かに一歩を踏み出す。
腰に差した木刀――実家の管理する神木の剪定の際に手に入れた枝から削り出して作った霊木刀、“紅夜叉丸”を抜き放ちながら。
「何よ……何するつもりよ!?
何やってるの! 早く何とかしなさいよ、クズ鉄が!」
「言われなくても!」
危険を感じ、悲鳴を上げる董卓に答え、ブリッツがジュンイチに向けて地を蹴る。
「オレにとっても、アレはヤバそうだからな!」
その身に電撃をまとう。防がれるとわかっているが、至近ならあるいはとジュンイチにつかみかかり――
「ヤバイ……ね」
告げるジュンイチの手から、“紅夜叉丸”の姿が消えて――
「いいカンしてるわ、お前」
ジュンイチは、一刀のもとにブリッツを斬り捨てていた。
「もっとも――対応するには、力不足だったみたいだけどね」
ただし、機械化部位だけを正確に、生身の肉体を一切傷つけることなく――他メンバーと違い胴にまで及んでいたブリッツの金属の部分だけを斬り捨てたジュンイチの手には、“紅夜叉丸”とは似ても似つかない剣が握られていた。
菱形の角を取り、十手のような鉤を前後に備えた大柄な鍔から伸びる両刃、直刀の片手剣。
“紅夜叉丸”を再構築して作り出した、ジュンイチの専用精霊器“爆天剣”である。
「バカ、な……!?」
「安心しろよ、殺さねぇから」
うめき、崩れ落ちるブリッツに言い放つと、ジュンイチは董卓――ティーガーTへと向き直り、
「さぁ、これで残るはてめぇだけだぜ」
「ぐ……っ!」
告げるジュンイチの言葉にうめき、董卓は逃げ道を探して周囲を見回すが、
「見つけたぞ、フラッグ車!」
「あ――っ! 柾木くん、こんなところにいた!」
よりにもよって退避に使えそうなルートから増援出現。杏を伴ったエルヴィンや沙織が別々の方向にから現れ、声を上げる。
生身の女子高生がたった三人。普通なら物の数ではないと一笑に付すところだったが、大洗相手にそれはできないと思い知らされたばかりだ。
何しろ、大半の戦力を歩兵につぶされているのだから――と、
「…………あ」
気づいた――この状況を脱する方法を。
自分から見て右前方に現れた沙織、そして彼女の前には――
「……これは……いける!
右の歩兵に突っ込みなさい! ひき殺してやるのよ!」
「えぇっ!?」
いきなり自分を指さされて驚く沙織だが、そんな彼女に向けてティーガーTが走り出して――
「させるかよっ!」
もちろんジュンイチだって黙っていない。それよりも早く、沙織を守るようにティーガーの前へと立ちふさがり――
「――――フッ」
それを見た董卓の口元に笑みが浮かび、
「ありがとう!
“そこに来てくれて”!」
跳ね上がった。
ティーガーTの車体前方が、まるでウィリーでもするかのように。
草に隠れてわかり辛かったが、沙織の前には少し大きめの岩が転がっていた――それにわざと乗り上げることで、わざと車体を跳ね上げたのだ。
その狙いは――
(オレ達をまとめて踏みつぶすつもりか!)
気づき、ジュンイチは迷わず動いた――すなわち、沙織を突き飛ばし、ティーガーTの下から逃がす。
そう――
沙織だけを。
「柾木くん!」
声を上げる沙織の目に、自分を逃がしたジュンイチがティーガーTへと向き直るのが見えて――
ティーガーTが、そんな彼を容赦なく圧しつぶした。
「――――フッ」
戦車があっけなく人を踏みつぶす光景に、目撃した誰もが言葉を失う――そんな中、ただひとり口元に笑みを浮かべたのは董卓だった。
「バカね! 自分から踏みつぶされに来るなんて!
おかげで楽に殺せたわ! 本当にありがとう!」
「…………っ、アイツ……ッ!
柾木が、武部さんをかばうと計算ずくで……っ!」
勝ち誇る董卓の言葉に、カエサルは悟った――狙われた、と。
いかに対戦車戦もこなせるように鍛えられたと言っても、大洗メンバーの白兵戦能力は本職として実際の戦場でバリバリ暴れてきたジュンイチにはさすがに及ばない。そんな彼女達が狙われれば、必ずジュンイチは守りに動くだろう。
だから沙織へと狙いを切り替えた――ジュンイチが守りに入る対象であり、且つ、ちょうど目の前にウィリーに使えそうな岩が転がっていたから。
その目論見は図に当たった。沙織を守ろうとしたジュンイチの目の前で岩を足場に車体の前方を跳ね上げた。
そのまま、二人を圧しつぶそうとのしかかり――沙織を逃がしたことで離脱の遅れたジュンイチを圧しつぶしたのだ。
「……そん、な……っ!
私のせいで……柾木くんが……っ!」
そんな光景を目の当たりにした沙織は、ショックで立ち上がることもできなくて――
「安心なさい」
沙織に言い放ち、董卓は狂気すら宿し始めた笑みと共に告げた。
「すぐに会わせてあげるわよ。
こっちとしても“そうしてもらわないと困る”しね」
「――――っ!
逃げろ、武部さん!」
董卓のその言葉に、その意図を察したエルヴィンが声を上げた。
「口封じに、我々のことも皆殺しにする気d
「大丈夫だよ」
しかし、そんなエルヴィンの叫びに、傍らの杏が冷静に答えた。
「アイツは、私達に手出しなんかできない。
ううん――“ジュンイっちゃんがさせない”」
「ハァ?
何を言い出すかと思えば……柾木ジュンイチはもう」
「キミね……」
当然、董卓も怪訝な顔――しかし、杏は動じることなく告げた。
「私の“義弟”、なめないでほしいかな?」
――グラリッ。
その瞬間――ティーガーTが揺れた。停車したままなのに、ひとりでに。
「なっ、何……!?」
思わず声を上げ――董卓は今まさに杏から投げかけられた言葉を思い出した。
『私の“義弟”、なめないでほしいかな?』
「――まさか!?」
そんなこと、あるはずが――だが、董卓が否定の言葉につなげるよりも早く、ティーガーTの前方が“持ち上がった”。
そう――
「ぐぐ……ぬぎぎ……っ!」
ティーガーTの下で懸命にその車体を押し上げ、圧死を免れたジュンイチの手によって。
「うっ、ウソでしょ!?
ティーガーTよ! 重戦車よ!? 何トンあると思ってるのよ!?」
「戦闘重量……57トン!
プラス、お前らの体重……計400キロ!」
「ちょっと待て! 今ひとりあたり何キロで計算したアンタ!?」
「ヒントぉっ!
ティーガーTは定員五名っ!」
「やかましいわっ!」
こんな時でも“余計な一言”を忘れないジュンイチだが、もちろん彼とてその57トン+αの重量をすべてその腕力のみで支えているワケではない。
(とっさの重力制御術式が間に合ってくれたおかげで、つぶされずに済んだけど……っ!)
以前、大洗の学園艦で戦車運搬時のリフト事故を防いだ時にも使った、兄直伝の重力制御術式のおかげだ。
だが――
(2%まで削って、それでもこの重さかよ……っ!)
現在ティーガーTの重量は50分の1。2%まで軽減されている――が、それでも1トン以上の重さがある。
ベンチプレスの世界記録が500キロに届くか届かないかというところをウロウロしていることを考えれば、支えられているだけでも驚異的なことなのだ。
(鷲悟兄なら、こんなのキロ何円単位まで軽くできたんだろうけど……やっぱ自分の属性じゃない力を使うのはきっついわー……っ!)
正直、今こうして立っているだけでもかなりの瀬戸際だ。いつ圧しつぶされてもおかしくないが――
(そうなれば……)
(杏姉達狙うつもりだろ、てめぇっ!)
それだけが、今の彼を支えていた。
(そんなこと……っ!)
「やら、せるっ、かぁぁぁぁぁっ!」
声に出して咆哮し――その手に、ジュンイチの精霊力が集束していく。
「柾木、流……っ!」
狙うのは、異能に目覚めて以来ずっと考案してきた“とっておき”のひとつ。
「精霊、闘術……っ!」
精霊力を、気功の技法をもって練り上げる――ブレイカーとしての異能と、人間・柾木ジュンイチとして磨き上げてきた技とのハイブリッド。
すでに重力制御の術式を展開している中で、さらにもうひとつの“力”の制御をはさむ――制御はともかく、異なる二つの“力”の板ばさみとなった両腕の経絡系が悲鳴を上げるが、かまわない。
激痛が走る中、重力制御を左手一本に集中。右手には新たに練り上げた“力”を集め、燃焼させる。
巻き起こる“力”を、熱を拳に――さらに、その拳の打撃面の中心、針の先ほどの極小の一点に集中。余波で燃える炎に包まれた拳がまばゆい真紅の光を放ち始める。
「え!? ちょっ!? 何ソレ!?」
(何かわからないけど……アレは絶対にヤバイ!)
「ち、ちょっとタンマ!
それらめぇぇぇぇぇっ!」
ジュンイチが放とうとしているのが何なのか、直感的にその危険性を察知した董卓が声を上げる――が、かまう理由などあるはずもない。
思い切り右半身を引き、拳を振りかぶる。拳の光が、炎が、その周囲すら焼き払わんばかりに荒れ狂い――
――龍災煉獄拳!
撃ち貫いた。
戦車の底に叩きつけられたジュンイチの拳――撃ち込まれた熱と炎と“力”の塊は、底面装甲を一瞬にして溶解。そのまま車内を駆け抜け、同じように砲塔を溶かして貫いていく。
そのまま、ジュンイチの放った一撃は空を貫いて飛び去っていく。そしてティーガーは――支えを失い、ズズンッ!と音を立てて地面に着地した。
ティーガーTを支えていたジュンイチはどうなったのか――
「よぅ」
その姿は、ティーガーTの車内にあった。自分の空けた大穴を抜けて、こちらが見上げる形で車内にいた董卓と対峙していた。
ちなみにジュンイチの一撃は董卓や他の乗員達のちょうど中間を貫いた。ティーガーTの装甲を一瞬で溶かしてしまうほどの高熱も、ジュンイチによって完璧に制御され、董卓達は誰ひとり、火傷のひとつも負ってはいない。
「よーやく手の届くところに来てくれたな」
「ひ…………っ!?」
ジュンイチの言葉にノドを恐怖で引きつらせ――だが、董卓は気づいた。
両腕がボロボロなのだ。
やはり、重力制御で50トン以上の重量を支えながらの大技にはムリがあったのだ。パンツァージャケットの両袖は吹き飛び、露出した両腕は全体が内出血で赤黒く変色。その上でさらに出血まで起こして血まみれになっている。
「…………ハッ!
脅かすんじゃないわよ! 今ので両腕スクラップじゃない!
そんな腕で私を殴るつもり!?」
「心配すんな。
仮に両腕健在でも、女の顔面は殴らねぇよ」
「あら、紳士なのね。まぁ……私に言わせればただのバカだけどねっ!」
答えるジュンイチに返し、董卓はジュンイチの額に拳銃の銃口を突きつけた。
撃鉄を起こし、シリンダーが回転――その音で、ジュンイチは確信する。
「実弾か」
「えぇ! そうよ!
この状況で、その両腕で! 何かできるっていうならやってみなさいよ!」
「じゃあ遠慮なく」
即答され、思わず「え……?」と呆ける。そんな董卓の手から拳銃が弾かれた。
ジュンイチの周囲に、いつの間にか多数の炎弾が生み出されている――その内のひとつによるものだ。
そして当のジュンイチは――ゆっくりと身をかがめた。
ヒザをつくほどではない。しゃがむほどでもない。まるで跳躍前の“溜め”のように――
「――――って!?
まさか!? ちょっと待って!
もういい! 降参! 私達の負けでいいから!」
意図を察し、あわててジュンイチを止めようとする董卓だったが、対するジュンイチはただ一言。
「まだ――試合終了の合図は出てないよな?」
その言葉に、董卓の脳裏に先の試合でチャーチルにトドメを刺した時のことが思い出されて――
「柾木流……」
告げるジュンイチの足元に炎が巻き起こった。
「精霊、闘術……っ!」
炎は全身に広がり、そして――
――大炎上怒髪天!
跳んだジュンイチの脳天が、董卓の顔面を直撃した。
しかも勢いはそこで止まらず、吹っ飛んで天井とジュンイチの頭とのサンドイッチ――たっぷり3秒はそのまま静止し、ようやく勢いを失ったジュンイチが落下、着地した。
「が……顔面は……殴らないって……」
遅れて、董卓も落下――遠のきつつある意識の中でつぶやく彼女に、ジュンイチは淡々と告げた。
「『殴って』ないだろ?」
審判団から関国商のフラッグ車撃破と試合終了のアナウンスが流れたのは、その直後のことだった。
◇
「柾木くん!」
「柾木先輩!」
董卓達の処遇については迷うことなくオフィシャルの回収班に丸投げした。W号に乗せてもらってチームの待機所に戻ってきたジュンイチに気づき、柚子や梓が声を上げて駆け寄ってくる。
「両腕、大丈夫なんですか!?」
「会長から、ひどいケガしたって……」
「あぁ、大丈夫じょぶジョブ。
もう治癒は始まってるし、痛いのガマンすれば動かすのも不可能じゃないから」
言うまでもなく、二人の反応の理由は董卓を叩きのめす中でボロボロになったジュンイチの両腕だ。心配してくる二人に大丈夫だと答えるが、
「ふーん」
つんっ。
「ぴぎぃっ!?」
脇から杏が、ジュンイチの右腕を人さし指でつんと一突き――とたん、ジュンイチの口から珍妙な悲鳴が上がる。
「何が『大丈夫』なのかねぇ。
こんな軽くつついただけで悲鳴上げるような有様で」
「『ガマンすれば』っつったろうが……っ!
痛いことは痛いんだから、不意を突かれりゃそりゃ悲鳴も上がるわ……っ!」
呆れる杏の言葉に、ジュンイチは今の痛みでちょっぴり涙目になりながら反論する。
「つか、せっかく平気を装ってるんだから、そこは意図を察して話合わせてくれないと……」
そんなジュンイチが視線を向けるのは――
「……ごめん、柾木くん……
私を守るために……」
「ほら凹んだー」
沙織だ――自分をかばった結果両腕がオシャカになったと気に病んでいる彼女の様子に、ジュンイチは「こうなるのがわかってたから平気なフリしてたのに……」と軽くため息。
「責任感じて凹む子がいるんだから、そこはウソでも芝居に乗っとけよ。
その場にいたから知ってるだろ。『逃げればよかったのにムリして立ち向かった結果こうなったんだから、武部さんは悪くない』って言ってもコレなんだぜ」
「いや、そうは言うけどさ……」
苦言を呈するジュンイチだったが、そんな彼に返す杏もまたため息をひとつ。
どうしたのかと彼女を見ると、杏は自分の方を見ていなかった。杏の視線を追ってみると――
「みんな!
心配かけてごめんなsぅえぇぇぇぇぇっ!? 柾木くん、手ぇっ!?」
「…………あー……」
こちらに駆けてくるなりジュンイチの両手を見て悲鳴を上げるのは、無事救出され、取るものもとりあえず駆けつけてきたみほだった。
「西住殿!
ご無事でありましたか!」
「う、うん……
心配かけちゃって、ごめんなさい……
……って、柾木くん、その手大丈夫なの!?」
「みぎゃあぁぁぁぁぁっ!?
どー見ても大丈夫じゃねぇのに不用意に触んなぁーっ!」
「ごっ、ごめーんっ!」
「ごめんね、みぽりんっ!
そのケガ私のせいなのーっ!」
「関係してるだけで責任割合ほとんどないんだから気にすんなお前もーっ!」
優花里がみほの無事を喜んで駆け寄るが、当のみほはジュンイチの両腕の有様にそれどころではない。あわててその手を取ったおかげでジュンイチを絶叫させ、さらにそれを受けて沙織まで――とカオスの坩堝が展開されていると、
「まったく……あなた達にかかると生還や再会の感動も台なしね」
苦笑まじりに現れたのは、ルクリリに車イスを押されたダージリンだ。もちろん、みほ達の救出に加わった面々も一緒だ。
「試合お疲れさま。
その腕は大丈夫?」
「そっちこそ。
なんかそーとー暴れたみたいだけど」
「えぇ、ホントよ。
まったく、ひどい目にあったわ」
両腕を気遣うダージリンにジュンイチが返すと、ダージリンに代わってケイが答える。
「マッキーの言ってた改造人間、こっちにも出たのよ」
「えぇっ!?
大丈夫だったんですか!?」
「危ないところだったけど、助けが来てくれてな、何とかなった」
驚く梓にアンチョビが答えると、エリカがジュンイチをにらみつけ、
「まったく……“仲間”を差し向けてるなら、最初から言っておきなさいよ。
隊長達、本当にビックリしてたわよ」
「オレの差し金じゃねーし、驚いたのはお互い様だよ。
戦いながらお前らの気配トレースしてたら、いきなりアイツらの気配がポンと出てきたんだから」
「え? 何? 何の話?」
「それは直接“本人達”から聞いた方が早いんだろうな」
口をはさんでくる沙織に答えると、ジュンイチは振り向き、
「そーゆーことだから、そろそろ会話に加わってきてくんない?
今まさにお前らの話をしてるんだからさ」
「あ、いいんですか?
再会のジャマしちゃ悪いと思って黙ってたんですけど」
ジュンイチに答え、脇に控えていた仲間達の中から進み出てきたのはジーナだった。
「初めまして、大洗のみなさん。
私達は“元の世界”でジュンイチさんの仲間として戦っていた者です」
「元の世界……?」
「それって……柾木と同じ……?」
ジーナの言葉に、ジュンイチの“事情”を知る典子やカエサルが顔を見合わせると、
「お兄ちゃん!」
声を上げ、ジュンイチへと飛びついてきたのは――
「に゛ゃあぁぁぁぁぁっっ!?
コラあずさ! どー見ても大ケガしてんだから不用意に飛びついてくんな!」
「えへへ、ごめんなさーい」
「え…………?」
ケガに響いたジュンイチの悲鳴にあずさが謝る――が、そんなジュンイチの叫びに反応したのはもうひとりの“あずさ”だ。
(私と、同じ名前……?
じゃあ、あの子が……)
前に聞いたことがある――ジュンイチの妹の存在のこと。
名前が同じだということも、聞いていたが――
「で?」
そんな梓の思考を断ち切ったのは、ジュンイチの問いかけの声だった。
「今までカゲも形も見せなかったお前らが、こうして全員集合の上で姿を見せたってことは……」
「えぇ」
そして、ジュンイチの問いにうなずいたのはライカだった。
「あたし達はアンタと同じように“飛ばされて”きたんじゃない。
アンタが飛ばされてきた先が“ここ”だって突き止めて、みんなで来たのよ」
「オレを連れ戻すため……か?」
ジュンイチの返しに、大洗メンバーの間に動揺が走り――
「いやー、最初はそのつもりだったんだけどね」
しかし、ライカの答えは違った。
「けど、こっちに来てみたらビックリ。アンタが女子高で戦車道なんて競技に参加してるじゃない。
どういうことかと学校のこと調べてみて、納得したわ――自分を助けてくれた学校なんだもの。アンタの性格上、“学校を守るために”奔走するわ」
「学校を……?」
ライカの言葉に、ジュンイチが首をかしげる――その一方で、顔色を変えた者がいた。
「ま、まぁまぁ、積もる話はそのくらいで……」
杏だ。二人の間に割って入り、話を切り上げさせようとするが――
「え? 何よ、知らないの? アンタにしては情報遅いわね。
大洗って、今年中に対外的に何かしらの成果を出さないと――」
「廃校になるんでしょ?」
『…………え?』
瞬間、空気が静止した。
思いもよらない情報に、目を丸くするみほ達。
困り果て、頭を抱える杏達カメさんチーム。
苦虫をかみつぶしたような顔で眉をひそめるジュンイチ。
そして――
『えぇぇぇぇぇっ!?』
みほ達の驚きの声が響き渡り――
「え? 何?
私……何かマズイこと言っちゃった?」
思いっきり“やらかした”ライカが、目を丸くしてつぶやいた。
To The Next Stage...
ガールズ+ブレイカー&パンツァー
3rd stage
〜全国大会・決着編〜
COMING SOON
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第25話「負けるのはもっとイヤなんだ」
(初版:2018/09/17)