「廃校!?」
「学園艦は維持費も運営費もかかりますので、全体数を見直し、統廃合することに決定しました」
 それは、年度の変わる直前、今年の3月のこと。
 文部科学省、学園艦教育局に呼び出された杏、桃、柚子の三人は、局長の辻廉太から大洗廃校の旨を言い渡されていた。
「特に成果のない学校から廃止します」
「つまり、私達の学校がなくなるってことですか!?」
「納得できない!」
「今納得できなくても、来年度中に納得していただければけっこうです」
「じゃあ、再来年度には……」
「急すぎる!」
「一年度丸々猶予を持たせているのが急だと?」
 声を上げる柚子や桃にも、辻は一切取りつく島もない。
「大洗は近年生徒数が減少し、目立った活動実績もない。対象になって当然です。
 昔は戦車道が盛んだったようですが、それも過去の話とあっては……」



「じゃあ戦車道やろう」



 そんな会話の流れをぶった斬ったのは、杏のその一言であった。
「ぅえぇっ!?」
「戦車道ですか!?」
 いきなりのことに驚く柚子や桃にかまわず、杏は辻に告げた。
「まさか――」



「全国大会の優勝校を、廃校にしたりしないよね?」

 

 


 

第25話
「負けるのはもっとイヤなんだ」

 


 

 

「それで戦車道を復活させたんですか……」
「実績がない、生徒が減ってる……
 それが廃校の理由だって言うなら、実績を作ればいい。
 実績を作って、それを宣伝材料に生徒数を集めれば……って」
 時は現在に戻り――あの試合会場での衝撃の事実の発覚について、大洗に戻った一同はジュンイチの家の旧作戦室、現AVルームで杏から事情の説明を受けていた。
 あいづちを打つみほにうなずき、杏は続ける。
「戦車道を始めれば助成金も出るし……学校の運営に回してもOKって話だったから、学校の方も少しは楽になるかも、とも思ったしね」
「じゃあ、世界大会の話ってウソだったんですか!?」
「いや、それは本当だ」
 声を上げる典子にはジュンイチが答えた。
「つか、どーも関国商の連中が馬鹿やらかしたのも、その辺に理由があるみたいだしな」
「関国商が……?」
「どういうこと?」
「それについてはまた後で。
 ウチの廃校の話とは直接絡まんからな――安心しな。話を放り出したりはしないよ。
 後始末について、ちょっと詰めなきゃならん話もあるし」
 梓や沙織に答え、ジュンイチは視線を同席しているまほへと向ける――意図を察してくれたか、まほがうなずいたのを受け、杏へと視線を戻し、
「と、ゆーワケで話を大洗の廃校の件に戻そうか」
「そういう柾木くんは知らなかったの?」
「調べてる中で可能性のひとつとして浮上。裏付け調査中……って段階だったんだよ」
 尋ねるみほの問いに、ジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
「杏姉達が、強引に西住さんを戦車道に引きずり戻した件、よもや忘れちゃいないだろうな?
 あの杏姉達の強引さがやっぱりちょっと引っかかってな――何か裏があるんじゃないかと思って、少し調べに動いてたんだ。
 で、その中で学園艦の統廃合の話を知って……これについては聖グロとの合同合宿の時に少し話に挙がったから覚えてるヤツもいるんじゃないかな? その話を知ったことで、ひょっとしたら……と思ったんだ。
 けど、杏姉達のことだ。言い逃れのできないくらいの証拠を突きつけてやらないと口を割らないだろうと思ってさ……」
「それで、ぐぅの音も出ないくらいの証拠を得ようとしていたら、それよりも先に口を滑らせてくれた人がいた、と」
「う゛…………っ」
 ジュンイチの話に乗っかってきたのはジーナだ。二人の冷たい視線に、口をすべらせた張本人たるライカは気まずそうに身を縮こまらせる。
「事情はわかりましたけど……でも、それでもいきなり出場して優勝なんて無茶ですよ」
「いやー、昔盛んだったんなら、もっといい戦車が残ってるかと思ったんだけどねー」
 また無茶を言い出したものだと呆れる華に、杏はカラカラと笑ってそう答え、
「でも、戦車道をやめてから今までの間に、予算の足しにいい戦車はみんな売っちゃったらしいんだよね」
「じゃあ、私達の使ってる戦車って……」
「ん。売れ残り」
「大洗の戦車が車種バラバラだった理由がようやくわかったわ……」
「まさか本当に、正真正銘の寄せ集めだったとはね……」
 優花里に対する残酷な答えに納得するのは他校の、大洗の懐事情を知らなかった面々だ――つぶやき、ケイやエクレールが苦笑する。
「無謀な話なのはわかってる……
 でも、他の方法は思いつかなかったんだ……」
「一年嘆いて暮らすより、希望を持ってすごしたいじゃん?」
「みんな、黙っていて、ごめんなさい……」
 桃が、杏が、柚子が――生徒会の三人が口々に告げて頭を下げるその姿に、みほ達は何も言えなくて――



「確かに、黙ってたことはゴメンナサイ案件だろうけどさ……」



 そう口を開いたのはジュンイチだった。一同が注目する中、めんどうくさそうに頭をかきながら、告げる。
「でもさぁ、このお通夜ムードはないんじゃねーの?
 まだ敗退したワケでも、廃校が決定したワケでもねぇんだからさ」
「そうは言うが、柾木……」
「いくら何でも優勝なんて……」
 ジュンイチの言葉に、カエサルや妙子が口々に反論するが、
「下馬評でさんざん『絶対勝てっこない』って言われた試合をひっくり返してここにいるんだぜ、オレ達」
『あ…………』
 ジュンイチの言葉に、大洗の一同が声をそろえて――
「なぁ、そう思わないかね、サンダースの諸君っ!」
「そこで私達に話振る辺り相変わらずのドSよねアンタ」
「うん。もうすぐ別れて一年になろうってのにぜんぜん変わってなくて安心したわ」
 いらんネタ振りに走ったジュンイチに、アリサとライカからのツッコミが飛んだ。
「あと二回――あとたった二回だ。
 準決勝のプラウダ、そして決勝――下馬評根こそぎひっくり返して、世間サマのドギモを抜いてやろうってことで、最初から話は進んでたんだ。
 やることは変わらないんだ――ただそこに、『学校を救う』って目的がプラスされるだけだよ」
 ジュンイチの言葉に、大洗の面々に元気が戻り――
「言ってくれるわね」
 そんな話の流れを断ち切ってくれた人が約一名。
「それは、順当にいけば決勝に勝ち上がるだろう私達黒森峰に対する挑戦状と受け取っていいのかしら?」
「いいから、こーゆー場ではもう黙ってろ、お前は……」
 前にも“やらかした”ことのあるエリカだ。アンチョビが「空気を読め」とたしなめるが、
「あー、いいよいいよ、アンチョビ」
 ジュンイチはむしろアンチョビの方を止めた。エリカに、そしてまほに向き直ると、ニヤリと笑みを浮かべ、
「あぁ、そうだ。
 勝つぜ――お前らにも、当然な」
「確かに、大洗を救う方法が他に思いつかない以上、そのくらいの気持ちで挑まなければな」
 一方、そんなジュンイチの“挑戦状”を堂々と受けて立つまほだったが、
「あー、別にそこはどーでもいい」
 相変わらず、ジュンイチは容赦のない肩透かしをくらわせてくれた。
「最初からそのつもり、大洗を救う云々は後付け――そう言ったろ?
 別に、大洗を守りたいって気持ちがないワケじゃないさ。
 でもな……アンタらに“挑戦状”を叩きつけるのは、もっと根本的な理由さ」
「ほぅ……?
 その心は?」
「確かに、大洗がなくなるのはイヤだけどさ……」



「負けるのはもっとイヤなんだ」



 キッパリと、自信に満ちた笑みと共に言い切るジュンイチの言葉に、さすがのまほもキョトンとした顔を見せて――
「……プッ。
 アハハハハッ!」
 吹き出した。こらえきれず、腹を抱えて笑い出す――意外なまほのそんな姿に、今度はその場のほとんどの面々がキョトンとする。
「え、あー……西住?
 アイツ、あんな大笑いするようなキャラだったか……?」
「えっと……
 対外的なところでは、しゃんとしてるようにお母さんから言われてるんだけど……」
「身内しかいない場だと、貫き切れずにたまーに崩れるのよねー……」
 代表して、アンチョビがまほのことを一番よく知っているだろうみほに尋ねる――苦笑するみほと共に、エリカが「やっちゃった……」と額を押さえてうめく。
 試合やテレビで見る凛とした姿しか知らない面々は、そんな説明に改めて目を丸くする――が、動揺が収まってくると、その言葉の意味に気づいた。

『身内しかいない場だと……』

 エリカのその言葉、そして“それ”が今この場で適用されたという事実――
「この場の全員身内認定して、気が緩んだか」
「学校は違えど、同じく戦車道を愛する同志。
 その上、共に手を取って今回の危難に立ち向かった仲間達だ。受け入れない理由などありはしないさ」
「いやー、器のおっきなお姉ちゃんだねぇ、西住ちゃん」
「はい、自慢のお姉ちゃんです」
 ジュンイチに返すまほの言葉に、耳打ちしてくる杏にみほがうなずく――聞こえたのか、まほの頬に一瞬だけ朱が散ったのを見逃しはしなかったが、ダージリンは武士改め戦車乗りの情けとしてツッコまず流すことにした。
「だが、試合は別だ。
 廃校のかかったそちらの事情は理解したが、だからと言って試合で手心を加えるのは戦車道精神に反する。
 大洗を守り抜きたければ、実力をもって勝ち取ってみせろ」
「上等だ。
 とっとと準決勝を勝ち上がって、大いにお祭りを盛り上げてやろうじゃねぇの」
 まほに答えて、ジュンイチは立ち上がった彼女と握手を交わして――
「と、この話はこれでまとめるとして、関国商の後始末なんだけど」
「あ、あぁ?」
「うん、私は慣れたからいいけど、そのいきなり話題転換するクセ、何とかした方がいいと思うよ、柾木くん」
「本当に相変わらずだね、お兄ちゃん……」
 コロッと話を変えてくるジュンイチにまほが動揺、みほとあずさがツッコミを入れる。
「でも、関国商の後始末って……」
「そんなの、アイツらの不正を公にして、処罰してもらうんじゃ……」
 しかし、ジュンイチの振ってきた話題もそれはそれで気になった。顔を見合わせ、沙織や優花里がつぶやくが、



「んにゃ、ほっとこう」



『…………は?』
 しれっと言ってのけたジュンイチの言葉に、一同の目がテンになった。
 ――否、『一同』ではない。その言葉を予想していた者達がいた。
「やっぱり、そういう話になるわよねー」
「まぁ、それが一番彼らのダメージになるみたいですからね……」
「どういうことですか、ケイさん、エクレールさん?」
 つぶやくのはケイやエクレール、他にもダージリンにアンチョビにまほも――要するに今回のみほの救出に当たった面々の隊長格が一様に難しい顔をしている。あけびが疑問の声を上げると、
「ちょっと、どういうこと!?」
 ジュンイチに食ってかかったのはある意味「案の定」の相手。
 そう――風紀委員長でもあるそど子である。
「あれだけルールに違反して大暴れしてくれた相手を、まさか放っておけっていうの!?」
「まさにそう言ってますが何か?」
「『何か?』じゃないわよ!
 風紀委員としてルール違反は見過ごせないわ! 通報するべきよ!」
「そうは言うけどな……」
 そど子の言っていることは正論だ――しかし、ジュンイチはそれでもそど子に告げた。
 曰く――
「わざわざ、アイツらの望みを叶えてやる必要あるの?」
「え…………?」
「事件を起こして、それを明るみに出すこと――そんなマッチポンプが連中の本当の狙いだ。
 ここでオレ達が事を公にすれば、連中の企みに加担することになる――それじゃ罰したことにはならんだろ」
「どういうことだ、柾木?」
「関国商は、反則してでも全国大会に優勝しようとしていたんじゃ……」
「それは少し違うな」
 首をかしげるカエサルや柚子に、ジュンイチはそう返した。
「正しくは、『反則した上で優勝しようとしていた』だ。反則と優勝がセットでなきゃならなかったんだ。
 後で、すべてをバラした時の世間に対するインパクトをより大きくするために」
「つまり、関国商は優勝した後、わざと自分達が反則していたことをバラそうとしていた……?」
「でも、そんなことをして、関国商に何のメリットがあるっていうんですか?」
「何もないよ――“関国商には”
 確認する華のとなりであゆみが尋ねるが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「けど、アイツらのバック――スポンサーになってる国営企業を牛耳ってる某国にとっては、これ以上ないぐらいの旨みだよ。
 それも今じゃない。何年も先を見据えた場合に、ね」
「そうか――世界大会!」
 ジュンイチの言葉に、声を上げたのはみほだった。
「なるほど……言われてみれば確かに」
「よその国がバックについてるって話なら、そうもつながるか……」
「え? 何? どういうことっスか?」
 そしてみほの上げた声に、カエサルやエルヴィンも思い至る――その一方で、ぜんぜんピンと来ていないのがペパロニで、そんな彼女に呆れるのがライカだ。
「あのねぇ……
 さっきちょこっと話題にも挙がったし、戦車道については外様のあたし達ですら知ってる話なんだから、とーぜん世界大会のことは知ってるわよね?」
「そんなの知ってるっての! バカにするなよ!
 世界大会ってのは――」



「世界の大会だっ!」



「……うん、アンタがどーゆーキャラかはだいたいつかめたわ」
 ペパロニはやっぱりペパロニだった。
「えっと……
 私も、ちょっとよくわからないんだけど……」
「な……っ!?
 あずさ……まさかお前も“そっち”側だったのか!?」
「ちっ、違うよ!? 世界大会のこととかはちゃんとわかってるよ!?
 何年か先に、この日本で戦車道の世界大会をやるんだよね!?」
 さらに手を挙げたのはあずさだ。ジュンイチに驚かれ、あわてて弁明する。
「ただ、それが今回の話とどうつながるのかがわからなくて……」
「要するに、その『何年か先』のために、今からせっせと妨害工作に励んでくれてるワケだよ」
 首をかしげるあずさに、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「世界大会の開催国に決まって、日本は今、世界の戦車道界から注目の的だ。
 けど、そんな中で、悪質な反則で相手チームをつぶして回るチームが出てきたら、どうなると思う?
 増してや、そんなチームに、全国大会の優勝を反則でかっさらわれたら?
 トドメに、そんな反則行為に、買収されたオフィシャルまでもが加担していたと明らかになったら?」
 ジュンイチの言葉に、彼の言いたいことを悟ったらしい何人かが顔をしかめるのがわかった。
「そう――そんなことになれば、日本の戦車道の面目は丸つぶれだ。
 イメージも悪くなり、スポンサーは減るだろうし、幻滅して競技から去る選手も出てくるだろう。
 もちろん新たに始める選手も減る――そうなれば、日本の戦車道の力はますます先細っていく。
 さて――今からそんなことになったら、世界大会が始まる頃には、日本チームはどれだけ弱体化してるかね?」
「それだけではないぞ、柾木。
 選手だけの、チームの力だけの問題で済めばいいが、最悪開催国そのものの辞退という可能性も……」
「あー、やっぱそっちの可能性も“アリ”っスか」
「あぁ。
 自他共に厳しい母のことだ。十分考えられるだろう」
 話に加わり、ジュンイチと意見を交わすまほのとなりで、エリカが顔をしかめる――かつてジュンイチから聞かされた、“戦車道のifの未来”と重なって見えたのだろうか。
「……と、以上が大まかな連中の企みなワケだけど……さて、今の話を踏まえた上で質問だ。
 この状況で連中が一番されたくないこと――何よりも“オシオキ”になることって何だと思う?」
「え? それは……」
「やっぱり……作戦が失敗することだよね?」
「あの人達がしたかったのって、日本の戦車道チームの評判を落とすことで……」
「その方法として、『全国大会に優勝して』『その後で自分達の反則をバラす』って流れを狙った……」
「あの人達が嫌がるのは、それができずに終わることなんだから……」
 ジュンイチの問いに、ウサギさんチームが顔を見合わせた。桂利奈、あや、優季、梓、あゆみが口々につぶやいて――
「……『試合に負けて』……『反則のこともバラせずに終わる』……?」
「はい、ウサギさんチーム最適解」
 それを受けて結論に至った梓に、ジュンイチは軽く拍手して答える。
「今のウサギさんチームの答えでだいたい正解だ。
 連中の目的は日本の戦車道つぶし。そしてその方法は不祥事をわざと起こして評判を落とす、マッチポンプによるネガティブキャンペーン。
 ならそれを阻止するにはどうすればいいか――すでに“やらせ”の仕込を済まされている以上、その先の段階、悪評を広められる前にその情報をシャットアウトするしかない」
「でっ、でもっ!」
 語るジュンイチだが、そこにそど子が食い下がる。
「それじゃ、不祥事を隠蔽してるのと同じじゃない!
 いくらアイツらの悪巧みを阻止するためだからって、そんなやり方が許されていいはずないわ!」
「言われなくてもわかってんだよ、ンなコトぁな」
 風紀委員として清廉潔白を至上とするそど子にとって、この話が納得できるものでないことなど百も承知。あっさりとジュンイチはうなずいた。
「不正は組織にとって毒となる――オレだってそれはわかってる。
 だけど、不正を正すタイミングを誤れば、正すどころか自滅するだけだ」
「つまり、『彼らの不正を暴くことは必要だけど、それは今この時ではない』……ということね?」
 話に加わるダージリンに、ジュンイチは静かにうなずいた。
「今バラしたところで、連中とのつながりを示す証拠はまだ乏しい。言い逃れられてこっちばっかりが一方的にダメージを被るだけだ。
 すべてを明らかにするのは、連中が言い逃れのできないぐらいの動かぬ証拠をつかんだ後でも遅くない――幸い、放置したところで他所に傷口が広がるような話でもない。せいぜいウチへの報復を企まれるぐらいだろうけど、今回の痛手を考えればそれもまだ先の話になるだろうな」
「向こうがバラしてきたらどうするのよ?」
 と、そこに口をはさんできたのはアリサだ。
「何しろ、あっちは仕掛けてきた張本人よ。不祥事を起こすこと自体が目的だっていうなら、敗退した今公表をためらう理由は何もないんだし。
 今まで動いた分、“元”をとろうとバラしにくる可能性は十分に考えられるんじゃ……」
「お、さっすが通信傍受で情報戦を仕掛けてきただけあって、そういう視点には目ざといな」
「うっさいわよっ!
 というか! その“情報戦”でこっちをさんざんオモチャにしてくれたヤツに言われたくないわよっ!」
 しかし速攻でジュンイチにいぢられた。
「で? そんな情報戦の鬼サマは、ちゃんと打つ手は考えてあるのかしら?」
「とーぜん♪」
 気を取り直して尋ねるアリサに対し、ジュンイチはニヤリと笑ってそう答え、
「ちゃーんと、“釘”は刺させてもらうよ。
 いや……」



「今頃、ちょうど刺してるところかな?」



    ◇



「……チッ、役立たずどもが……」
 そこは日本ではない、海を渡った先の某国――その大統領府。
 自らの牙城、その一室で、この国のトップに立つ大統領は舌打ちまじりにつぶやいた。
 今まさに、日本で動いていた工作チームが壊滅させられたと報告が入ったところだ。もうすぐ床に就こうかという時になんて不愉快な報せを持ってくるんだと、気分を害された大統領の機嫌は最悪だ。
 捕まった連中からある程度情報がもれてしまうかもしれないが――所詮は中東の戦災孤児を拾ってきて“作った”使い捨ての鉄砲玉、自国民でないのだから、いくらでもごまかしはきく。
 日本側が追求してきても、いつものようにしらばっくれた上で『日本はでっち上げで我が国を貶めようとしている』とあちらへの口撃に利用してやればいい。
 経済政策の失敗で国民からの突き上げの厳しい中、彼らの不満をそらすちょうどいいネタになる、とほくそ笑む――そんなふうに気が緩んでいるから、気づかない。
 自分の背後に、ゆらゆらと揺らめく“ナニカ”が存在していることに。
 その一部が人の手を形作り、音もなくテレビのリモコンを手に取る――しかし、音がしなかったから、気づかない。
 パリッ、と“ナニカ”の手からリモコンに電流が走り――信号を受けたテレビが反応した。いきなり点灯したテレビに驚き、リモコンを探したことで、ようやく大統領は“ナニカ”の存在に気づいた。
「なっ!? 何だ!?
 何者だ、貴様!?」
 リモコンを持つ手からそれが人だと判断した大統領が声を上げるが、“ナニカ”はかまわずもう一本、反対側の手を形成するとテレビを指さして、
〈臨時ニュースをお伝えします〉
 テレビから、アナウンサーの声が流れてきた。
〈先ほどから、国内のネットワーク上のパソコンに、銀行のオンラインの取引記録のデータが無差別に転送されているとのことです。
 情報によると、流出した取引データはすべて大統領の政治献金の送金記録であるとのことですが、確認されたものはすべて公式に公表済みの献金のものであり、献金の違法性は確認されておりません……〉
「な……っ!?」
 放送されたニュースに大統領が絶句していると、
「安心シナヨォ。
 流シタノハゼェンブ、くりーんナヤツダケダカラサァ」

 “ナニカ”が、まるで機械を通したかのような無機質な声でそう告げた――同時、まるで内側から浮上してくるかのように、真っ白な仮面が現れる。
 だが、大統領にとっては只事ではない。
 今、目の前の“ナニカ”は言った。「流出させたのはクリーンなものばかりだ」と。
 それはすなわち、逆の意味――「クリーン“でない”ものは手元に残している」という意味にも取れるからだ。
 つまり、流出の犯人はコイツか、その仲間で確定。そしてコイツらの手には、決して流出させてはならない、自身の政治生命にも関わるデータが未だ握られている可能性がある――
「だっ、誰かいないのか!?」
「声ヲ上ゲテモムダダヨォ。
 ジャマガ入ッテモ面倒ダカラ、護衛ノミナサンニハ先ニ眠ッテモラッテルカラサァ」

「何!?」
「マァ、モットモ……起キタトコロデ、結界ヲ張ッタコノ部屋ニ異能者デモ何デモナイタダノ人間ガ入ッテクルコトハ不可能ナンダケドサァ」
「なっ、何を言っている!?」
「ワカンナクテモ別ニイイヨォ。
 ドーセアンタノ常識ノ外ノ話ナンダカラサァ」

 大統領に答えると、“ナニカ”はまるで笑っているかのように全身の揺らめきを大きくする。
「デ……今日ノ用件ナンダケドサァ。
 アンタ……チョットバカリ“オイタ”ガスギタネ」

「おいた、だと……!?」
「ンー? 心当タリナァイ?
 マ。別ニイイケドネェ。ドッチミチ今回ハ直接動イテル連中ヲツブスダケノ予定ダシ」

「何……?」
 思わず聞き返し――その時、室内備えつけの電話が鳴った。
「――――っ!
 お、おい、誰か! 侵入者が――」
〈大統領! 聞こえますか、大統領!?〉
「聞こえている! お前こそ――」
「ムダダヨォ。
 コッチカラノ音声ハ根コソギかっとサセテモラッテルカラネェ。向コウガ一方的ニ話スノヲ聞クダケサァ」

 そうだ、電話で助けを呼べばいいんじゃないか――あわてて電話に出るが、“ナニカ”の言う通りこちらからの声が届いている様子はない。
 そして、電話してきた部下からの報告は――
〈大変です!
 機械化兵の研究開発をさせていた研究所が、すべて襲撃を受け、破壊されました!〉
「な…………っ!?」
〈報告によると自爆テロのようですが……どこも、連絡が途絶える前に『幽霊が襲ってきた』と……大統領!? 聞こえていますか、大統領!?〉
 部下からの報告はもう耳に入っていなかった。『幽霊』というキーワードに、大統領はゆっくりと振り向いて、
「アレェ? オカシイナァ?
 ボクラハ“オイタ”ヲシテクレタ実行犯ヲツブシタダケナノニ、ドーシテソノ報告ガアンタノトコロニ来ルノカナァ?
 アンタ何モ知ラナインダヨネェ? 無関係ナンダヨネェ? オカシクナイカナァ!?」

 一方の“ナニカ”は馬脚を現したと大喜び。一気に詰め寄ってきて、恐れおののく大統領の鼻先に仮面が触れるほどの至近距離から楽しげに告げる。
「わっ、私をどうするつもりだ……!?」
ンー? アンタハ別ニィ?」
 大統領に答えると、“ナニカ”は空中に浮かび上がり、
「今回ハタダノ警告ダヨ。ケーコク。
 アンタハネ、コノ世界デ今現在モットモ怒ラセチャイケナイ男ニ真ッ向カラけんかヲ売ッチャッタノサ。
 デモ……彼モ今回実行犯ヲ叩キノメシタコトデ少シハ溜飲ガ下ガッタミタイデネ。今回ハ警告ダケデ終ワラセテアゲルッテサ。ヨカッタネェ」

「な、何者だ、お前達は……!?」
「世界ニハネ……ドコノ世界ニモ、人間社会、物質社会ノ裏側ニ生キルすぴりちゅあるナ者達ノ社会ガアルノサ。
 ソシテ彼ハソンナ社会ニ友好的ダカラネ、自然ト僕ラミタイナ協力者ニモ恵マレル。
 持ツベキモノハ多彩ナ人材。人間社会デモ通じる話ダヨネ、コレェ?」

 言いながら、“ナニカ”は大統領に背を向け、
「デモ、温情ハココマデサ。
 今度彼ヤソノ周リノ人間ニ手ヲ出シタリ、人ノ命ヲモテアソブヨウナマネヲヤラカシタラ、ソノ時ハ今度コソソノどてっ腹ブチ抜クッテサ」

「『今度こそ』だと……!?」
 “ナニカ”に聞き返して――次の瞬間、大統領の頬を“死”が掠めた。
 巻き起こった灼熱の渦が、彼の脇を駆け抜けたのだ――自身の張った結界すらも撃ち抜いて、部屋の壁を爆砕する。
「“次”ハ、アンタガコウナルッテコトサ」
 そう告げる“ナニカ”は、その右手を大統領に向けてかざしている――今の炎は、まさにその手から放たれたものだった。
 そう、まるでどこかの誰かのように――
「ソノ壁ミタイニナリタクナケレバ、ヨケイナコトハ考エナイコトダネ。
 ソレジャ……永遠ニ、あでゅ〜♪」

 改めてそう告げて――“ナニカ”が爆ぜた。内側からふくれ上がり、炎をまき散らして自爆、焼滅する。
 後に残るは大統領ひとりだけ。静寂の中、ヘナヘナとへたり込む。
 あまりにも現実離れした出来事に、すべては夢だったと思いたかった。
 しかし、背後で焼き尽くされ、焼滅した壁と、そこから吹き込んでくる初夏の生温かい風が、すべてが現実に起こったことであると物語っていた。



    ◇



「こうして、落ち着いて話すのも久しぶりだな」
「うん……」
 話し合いは一段落し、もう時間も遅いということで、まほ達も少し手狭だがこのまま泊まっていくこととなった。今頃それぞれに寝るスペースの確保に動いているはずだ。
 そんな中、比較的落ち着いているのがこの二人――つい昨日まで明の使っていたベッドに腰かけ、まほはみほに対して切り出した。
 当の明は、鈴香の治療で薬物は取り除かれたものの、体力の消耗が激しく、念のためしばらくは艦上学園都市の病院に入院することになった。なので今、この部屋にいるのはみほとまほの二人だけだ。
「今回、こんなことになってしまったが……とにかく、無事でよかった」
「うん……」
「それから……よく勝ってくれた。
 大洗には、大きな借りができてしまったな」
「うん……」
 しかし、まほが何を言ってもみほはただうなずくばかりで――そんなみほに、まほは思わず苦笑した。
「……ダメだな。
 今回の件以外の話題が思いつかない……いざ自由に話しても大丈夫となると、なかなか言葉が見つからないものだな」
「そ、そうだね……」
「話したいことは山ほどあるのに……いや、山ほどあるからこそ、何から話せばいいかわからなくなるのか……」
「う、うん……」
 まほの言葉に、みほがうなずいて――



『……あぁぁぁぁぁっ、もうっ! 焦れったいっ!』



『――――っ!?』
 いきなりの声に驚き、二人そろって身をすくませる――見れば、部屋の入り口にはジュンイチとエリカの姿があった。
「まっ、柾木くんっ!?」
「エリカ!?」
 みほやまほ、姉妹そろって声を上げるが、そんな一方、みほへとエリカが詰め寄って、
「まったく、何やってるのよ!?
 隊長が積極的に話すタイプじゃないのはアンタが一番よくわかってるんでしょうがっ!
 こういう時こそアンタが話をリードしなくてどうするのよ!?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るのは私じゃなくて隊長にっ!」
「え、エリカ……私なら気にしないから……」
 みほを叱るエリカにまほがフォローを入れるが、
「そうだぞー。
 それを言うなら、まほさんこそ去年の一件でトラウマ抱えてる西住さんをフォローしなきゃなんないのに何やってんだって話になるんだから」
「うぐぅっ」
 そんな彼女も、脇からジュンイチに(精神的に)ぶん殴られた。
「……まさか、のぞいていたのか?」
「ちゃんとノックもしたしエリカに声かけてもらったんですけどねぇ?
 それでも返事のひとつも返さないどころか何事かと入ってきても気づかないほどにガッチガチに緊張してたのはアンタら二人の方なんですが?」
「……疑ってすまなかった」
 自分達の方に原因があったと知ったまほは素直に頭を下げた。
「やれやれ。姉妹水入らずと思って二人きりにした気遣いが裏目に出たか」
「そう言うキミこそ、妹や仲間達とはほぼ一年ぶりなのだろう? 放っておいていいのか?」
「あぁ、ウチは大丈夫っスよ。
 アイツらのことだから、どーせ大会終わるまでは大洗に居座るつもりでしょうから」
 まほに答えると、ジュンイチは軽く息をつき、
「それより、ここに来た本題。
 メシできたぞ、二人とも――気まずいって言うなら、メシでも食って仕切り直したらどうだ?」
「う、うん……そうする」
「では隊長、私達は先に食堂に行って並べてますので。
 ほら、行くわよ、ジュンイチ」
「お前が仕切んな」
 みほがうなずいたのを受け、エリカがジュンイチを促して部屋を後にする――かくて、部屋には再びまほとみほだけが残された。
「私達を見かねて、声をかけてくれた……のかな?」
「そのようだな。
 エリカもそうだが、彼も……助けられたな、いろいろと」
 互いに苦笑し、みほは食堂に行こうとまほに先駆けて立ち上がり――
「さすがはみほの選んだ相手だな」
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
 すっ転んだ。
 さらりと続けたまほの一言で、真っ赤になってパニクって。
「お、おおお、お姉ちゃん!?」
「ふむ、やはり“そういうこと”だったか」
 あわてて振り向くと、まほはしてやったりとしたり顔――が、みほからすれば予想外の相手からの予想外の指摘に、カマをかけられたことにも気づかない。
「まぁ、みほは人を見る目があるからな、心配はしていなかったが……」
「お、お姉ちゃん!?
 私は柾木くんは、別に、そんな!?」
「なんだ、違うのか?」
「違うよぉ!」
 まほの指摘は図星もいいところなのだが、残念ながらみほ自身にはその自覚はない。まほからツッコまれて思わず頭を抱えた。
「お姉ちゃん、こういう話にこんな乗ってくる人だったっけ……?」
「こら、みほ。私を何だと思ってるんだ?
 私だってお前とひとつしか違わない女子高生だぞ。こういう話題にだって、その……それなりに、興味はあったりするんだぞ。
 ただ、今まではそういう話をする相手に恵まれなかっただけだ」
 みほのつぶやきにそう返すと、まほはコホンと咳払いし、
「そういうワケだから……私としてはめったにない機会だ。
 この際思い切り『コイバナ』というヤツを楽しませてもらおうか――とりあえず、彼との馴れ初めから聞かせてもらおうか」
「え、えっと……
 そっ、そうだ! ご飯! ほら、みんな待っててくれてるんだから!」
「おっと、そうだったな。
 では行こうか」
 みほの提案に、うなずいたまほが立ち上がる――話題をそらすことに成功し、みほはホッと安堵の息をt
「では、戻ってきてからゆっくり聞かせてもらおうか」
「………………」
 逃げることは、できそうになかった。



    ◇



「へぇ、先輩って、“地元”でもあんなノリだったんだー」
「うん。
 こっちでもまったく変わってなくて安心したよー」
 その頃、食堂では一足先に集合したウサギさんチームがあずさと談笑中。あゆみの相槌に、あずさが苦笑まじりにそう答える。
 もうすっかり打ち解けたようだ。当初は「年上なんだから」と敬語でウサギさんチームと接していたあずさの口調が完全にタメ口になっている――のだが、
「それはそうと……」
 しかし、そんなあずさには、今この時非常に気になることがあった。チラリとそちらに視線を向け、
「………………」
「えっと……澤さん、でしたっけ。
 どうしちゃったんですか? さっきからじっとこっち見て」
「あ、ごっ、ごめんっ!」
 そう、何やら気難しげに眉をひそめてこちらを見つめている梓だ。ツッコまれてようやく我に返ったのか、パタパタと手を振ってごまかすが、
「あー、うん、そうだね。
 澤ちゃんってば、あずさちゃんと下の名前が同じなのが気になってるんだよねー♪」
「わーっ! わーっ!」
 となりの優季があっさりと暴露。あわてた梓がその口をふさぐが時すでに遅し。
「あー、えっと……」
 そんなやり取りを前に、あずさははて、自分と下の名前が同じなことが何か問題なのだろうかとしばし考えて――
「……うん。
 とりあえず、お兄ちゃんが“こっち”でもいろいろと“やらかした”んだってことはよくわかったよ……」
「へぇ、先輩って“地元”でもあんなだったんだー」
「うん。
 こっちでもまったく変わってなくて安心したよー」
 先ほどと同じやり取りがくり返された――そこに込められた意味はまったく違ったが。



    ◇



 翌日、みほ達の救出に協力してくれた各校の隊長達はみほ達に見送られて大洗の学園艦を後にした。
 そして、それからさらに数日――聖グロに戻ったダージリンのもとを来客が訪れていた。



「三回戦は残念でしたね」
「ありがとう、ノンナさん」
 自分は退院したとはいえ、ギプスはまだ外れない。練習はオレンジペコやルクリリに任せ、隊長室でひとり学校への報告書を作成していたところへやってきた来客。
 そのひとり――ダージリンに声をかけた彼女の名はノンナ。プラウダ高校戦車道チームの副隊長だ。もてなそうとしたところを「怪我人にそんなことはさせられない」と止められ、代わりに紅茶を淹れてくれたノンナに対し、ダージリンは礼を言いながら紅茶の注がれたティーカップを受け取った。
 そして――
「あんなヒキョーな手に頼らなきゃ勝てないよーな連中に負けるなんてねっ!」
 ノンナをよそに応接ソファにふんぞり返っている、小学生と見まごうような小柄な少女こそ、プラウダの現隊長、カチューシャその人で、
「あぁ言ってますけど、あなた達の受けた被害を聞いて、顔を真っ青にして心配していたんですよ」
「あら、そうなの?
 ありがとうね、カチューシャ」
「のっ、ノンナ! 余計なこと言わなくていいのよっ!」
 あっさりとバラすノンナと謝辞を述べるダージリンに、顔を真っ赤にして可愛らしく反論してきた。
「アッサムさんは?」
「無事に意識も戻ったわ。
 戦車道はさすがにまだできないけれど、退院するだけなら、準決勝までには間に合うだろうって」
「そ、そう……」
 しかし、ノンナに答える形でダージリンから知らされた一番の重傷者についての朗報には素直に安堵――我に返って、コホンと咳払いするカチューシャの姿に、ダージリンはクスリと笑みをもらす。
「それにしても……次は準決勝なのに、余裕ですわね。
 練習しなくていいんですの?」
「燃料がもったいないわ!」
 気を取り直し、ダージリンは相手の近況へと話題を振る――が、カチューシャの答えは余裕そのものだ。
「相手はついこの間まで名前を聞いたこともなかった弱小校よ。
 三回戦を勝ち抜いたのだって関国商が反則なしじゃ所詮その程度だったってことでしょ!」
 完全に大洗を舐めきった態度に、ダージリンはかつての大洗との練習試合を思い出していた。
 あの時の自分も、こんなふうにみほ達のことを侮っていた――その結果どうなったのかは周知の通り。
 しかし、みほ達が今や大切な友人であるように、目の前のカチューシャもまた大切な友人のひとりだ。同じ徹を踏まないよう、忠告する。
「でも……隊長は家元の娘よ、西住流のね」
「え゛」
 案の定、「少女」どころか「幼女」と言われても通用しそうなカチューシャの可愛らしい顔が引きつった。
 だが無理もない。昨年勝利できたとはいえ、それは天候やみほのフラッグ車放棄といった幸運に助けられたところが大きい。
 そしてそのことを誰よりもよくわかっているのが、その幸運に乗っかった張本人。ちょうどみほの放棄したフラッグ車の正面にいた、その撃破の功績をもって現隊長に就任したカチューシャ自身であろうから。
「そっ、そんな大事なことをどうして黙ってたの!?」
「何度も言いました」
「聞いてないわよっ!」
 あわてて傍らに控えるノンナにくってかかる――が、話を聞く限り、彼女が知らなかったというよりは弱小校とタカをくくってノンナの忠告に耳を貸さず聞き流していたカチューシャの自業自得のようだ。
 なので――もう少しつついておく。
「まぁ、妹さんの方だけど」
「え……?」
「黒森峰から転校して、無名の学校をここまで引っ張ってきたの」
「な、なーんだ。
 西住まほじゃないなら、怖がることなんt
「大洗は彼女と……生身・単騎で重戦車とも渡り合う歩兵の男子の二枚看板のチームなのよ」
「むしろもっとトンデモナイのがいた!?」
 ダージリンのもたらしたジュンイチの情報に、カチューシャはますます目を丸くした。
「ノンナ! そんな大事なことをどうして黙っt
「何度もお話ししました」
 やはり、みほのことと同様に適当に聞き流していたらしい。
「ダージリン! そんな話して何のつもり!?
 私を怖がらせてそんなに楽しい!?」
「まさか。
 彼じゃあるまいしそんなこと」
 ちょっぴり涙目のカチューシャに答えると、ダージリンは自分の分の紅茶のカップを手に取り、
「私はただ、そういうとんでもない相手だから油断しないようにと忠告しているだけ。
 期待しているのよ――」



「あなた達プラウダとみほさん達大洗が、どんな試合を見せてくれるのかを、ね」



    ◇



「全治二週間です」
「ぅげ」
 舞台は再び大洗――鈴香からの宣告に、ジュンイチは思わずしかめっ面でうめいた。
 試合からすでに数日。関国商のティーガーTを撃破するために無茶をやらかし、結果内側からズタズタになってしまったジュンイチの両腕は、彼の身体に備わる自己再生能力によってすでに元通りに完治していた――かに見えた。
 しかし、それは表面上の話にすぎなかった――そのことに気づいたのは、みほと沙織であった。
 見た目はすっかり元通りに見える。しかしその動きがどこかぎこちない。
 他のみんなが気づいていないあたり、本当に小さな差異でしかなかったのだろうが、それでも確かな違和感を感じる。
 どうしてもその違和感を拭えなかった二人はジュンイチの仲間達の中でも治癒に長ける鈴香に相談。ジュンイチを(みほの泣き落としで)連行し、診てもらった結果――それが全治二週間。
「二週間って……」
「柾木くんのケガ、そんなにひどかったんですか!?
 一晩で元通りに治っていたから、てっきりもう大丈夫なんだとばかり……」
「その見立ては間違ってませんよ。
 傷そのものはその『一晩』で問題なく治っています」
 絶句するみほのとなりで聞き返してくる沙織に答え、鈴香は息をつき、
「そもそも、見た目に反して傷そのものはそれほどひどいものじゃなかったんです。
 腕全体の、体表近くの毛細血管という毛細血管がほとんど全滅する勢いで破裂して、あちこちで筋肉が繊維単位で断裂を起こしていただけで……」
「いや待って待って待ってください。
 その時点でじゅーぶん大事だと思うんですけど」
「でも、深い傷はひとつもありませんでした。
 『毛細血管の破裂』とか『筋肉の断裂』なんていう言い方をすると大げさに聞こえますけど、要は軽度の内出血と筋肉痛にすぎません――ただ、それが腕全体で起きていただけなんですよ」
「それでもやっぱり大事だと思うんですけど……」
 要約されたせいで逆にリアルすぎるぐらいにイメージできてしまった。我が事のように思えてしまい、みほは思わず身震いして――
「あの程度のケガなら、ジュンイチさんの自己再生能力をもってすればほんの二、三時間で完治できますよ」
(…………え?)
 ふと、その鈴香の言葉に違和感を覚えた。
「え? ちょっと待ってください」
 同じく沙織も気づいたようだ。鈴香に向けて手を挙げ、声を上げた。
「二、三時間で治ってた“はず”なんですか?
 いや、それも十分トンデモだってわかってますけど」
「はい。
 ジュンイチさんの自己再生能力ならそのくらいで……いえ、これは彼が大洗に来る前の、私達と一緒に戦っていた頃の回復力を基準にしたシミュレーションですから、今ならもっと早く治っていたと思っていいでしょう――“本来なら”
「でも……二、三時間、もっと早く治っていたはずのケガの回復に、“実際は一晩かかった”……」
 沙織の指摘に鈴香が、みほが言葉を交わして――三人の視線がジュンイチに集まった。
「身体の方には異常はありません。
 問題があるのは“力”……彼の異能の方です」
「やっぱり、関国商のフラッグ車を撃破した時のムチャのせいで……?」
 聞き返す沙織に、鈴香はうなずいた。
「属性のまったく違う異能を二つも、同時に、しかも両方ともフルパワーで解放したせいで、経絡系……つまり“力”の伝達系がグチャグチャに混乱してしまっているんです。
 そのせいで彼の細胞に生命力がうまく流れず、十分な活力が発揮できずに治癒にも時間がかかってしまったんです。
 今彼の腕の動きが悪いのもその影響ですね」
「治るんですか?」
「そこは問題ありません。
 感覚が乱れているだけですからね。さっき言った通り、二週間ほど異能を使わずいれば、経絡系の乱れも収まるでしょう。
 身体そのものに異常はないので、試合の方も問題なく出られますよ」
 鈴香の診断に、みほ達はホッと胸をなで下ろして――
「あ――でも」
 ふと、鈴香が何か思いついたように口を開いた。
「せっかく、ジュンイチさんがこんな有り様なんですから……」



    ◇



「……と、いうワケで。
 本調子でないジュンイチのフォローとして、私達もみんなの訓練見るよーっ!」
 戦車道の練習のために集合、整列した一同に対し、そう高らかに宣言するのはライカだ――さらにその傍らにはジーナ、崇徳、鷲悟と、ブレイカーズ高校生組が勢ぞろいしている。
「……大丈夫なのかね?」
「今のお前がやるよりはよっぽどマシだろ」
 そんなライカ達の様子を見守るジュンイチには啓二が答える――上下つなぎの作業服姿なところを見ると、自動車部による戦車の整備を手伝っていたのだろうか。
「ところで……そこの三人」
 だが、ジュンイチには今現在もっと気になる相手がいた――傍らに控える鈴香とファイ、あずさの三人だ。
 ジュンイチがツッコむのは、そんな三人が腕につけている腕章で――
「腕の腕章、鈴香さんの『医療班』はわかるとして……あずさとファイの『監視役』って何さ?」
「もちろん、お兄ちゃんの監視役に決まってるじゃない」
「放っておくと、ジュンイチお兄ちゃんすぐ腕に障るレベルで首突っ込むだろうから、二人でやりすぎないように見といてって、ライカお姉ちゃんが」
「………………」
 あずさの、その後に続くファイの答えにぐぅの音も出ないジュンイチであった。



 さて、何はともあれ練習に入ろうと各自戦車に向かうが――
「♪〜♪〜」
「優花里さん、機嫌いいですね」
「はいっ!」
 そんな一同の中でテンションが高いのが優花里だ。華に指摘されて元気にうなずいてみせる。
「うんうん、わかるよ、ゆかりん。
 ここに来て男子がポンと増えたもんね。テンション上がるよね!」
「いえ、それでテンション上がるのって武部殿とウサギさんチームぐらいじゃないですか、ウチの場合」
 そんな優花里にうんうんとうなずきながら同意を示すのは沙織だ――が、その“同意”はカン違いだったようで、優花里は冷静にそう返してきた。
「忘れたんですか?
 昨日、自動車部にW号を強化のために預けたじゃないですか!
 リニューアルしたW号にいよいよ乗れるんですよ! テンション上がるじゃないですか!」
「あー、うん、そうだったね。
 そーだね。ゆかりん的にはそっちだよね……」
 そう。
 アンツィオ戦の前に見つけた砲身パーツ――あれの取り付けの準備がついに整ったということで、昨日の練習の後、W号を自動車部に預けていたのだ。
「これでW号の攻撃性能はますますアップです!
 今まではV突にお願いするしかなかったところも代わってあげられますからね。カバさんチームの負担を減らせます!」
「うん。そうだね。
 フィニッシャーが増えるのは、それだけで攻撃バリエーションの増加につながるから……」
 みほも優花里に同意し、ガレージのW号のもとへとやってくると、
「あぁ、あんこうチームのみなさん」
 そんなみほ達に気づき、声をかけてきたのは自動車部のナカジマだ。
「どうですか?
 長砲身に交換したついでに、外装もいじってみたんですけど……」
「F2っぽくなりましたね!」
「ありがとうございます、自動車部のみなさん」
「いえいえ。
 大変ではありましたけど、すごくやりがいがありましたから」
 見れば、W号の改造は砲身の交換だけで終わっていなかった。本体にも手が加えられ、W号はW号でもD型であった以前からF2型に近い外観に変化している。はしゃぐ優花里をよそに礼を言うみほに、ナカジマは笑顔でそう答える。
「それに今回は助っ人もいましたから。
 ジュンイチさんのお仲間の青木さん、整備にも詳しいし力仕事で頼りになるし、すっごく助かりました!」
「なんだ、このW号青木ちゃんが手がけたのか?」
「この子達と同じ、自動車いじりの技術の転用だけどな」
 ナカジマの言葉に振り向くジュンイチに、ついてきた啓二が答える。
「元自衛隊の整備屋って言っても、戦車いじったことはなかったしなぁ……実質手探りの部分が大半で大変だったぜ。
 正直、戦車いじり舐めてたわ」
「あー、そっか。
 整備員は整備員でも、いじってたのは空自のF-15イーグルだもんな」
「青木殿、自衛官だったんですか!?」
「上官ともめてやめちまったけどな」
 W号をいじる中での苦労を思い出したか、ため息をつく啓二にジュンイチが返す――それを聞きつけて驚く優花里に、啓二は「大した経歴じゃない」と苦笑する。
「W号の強化に加えて、ルノーB1bisもレストア完了……」
「なんとか戦力の補強はできたな」
 あんこうチームとは別にW号を見上げて柚子や桃がつぶやくと、
「それはいいんだけどさ」
 と、口をはさんできたのはやってきたライカだ。
「ルノーに乗る子達の訓練の方はどうなってるの?」
「あぁ、それなら柾木くんが一手に引き受けてくれてましたけど……」
「……だそうだけど、どうなの?」
「とりあえず、準決勝には間に合いそうかな」
 柚子の答えに話を振るライカに、ジュンイチはそう答えた――が、
「さすがに“新人研修”までやってる余裕はなかったけど、試合を無難にこなせる程度には……」
「ストップ」
 続く言葉を聞き逃すワケにはいかなかった。
「今何つった?
 “新人研修”がどうとか……」
「言ったぞ。
 西住さん達、年度当初から戦車道履修してる連中にはやったからさ」
「ハァ!?
 あの地獄のデスマーチをただの女子高生相手にやらかしたんか、アンタは!?」
 ジュンイチにあっさりと返され、ライカが悲鳴に近い声でツッコミの声を上げる――その様子にみほ達は「あぁ、アレやっぱりトンデモな訓練だったんだ」と改めて冷や汗。
「心配すんなよ。
 “新人研修”っつっても、アイツらの身体能力に合わせて判定の基準は調整した。お前らにやったのよりはマシだったよ――ノルマは」
「つまり調整したのはノルマだけで、メニュー自体は私達の時と同じデスマーチに変わりなし、と。
 ちなみに……脱落は?」
「なし。
 さすがに最終評定で追試者は出たけど」
「まぢか」
「ちなみに科目別ならSランクもいるし」
「……まぢか」
「まぁ。信じられんのも無理ないわな。
 お前、総合AのSなしだし、研修中もファイより先に逃げd
「わーっ! わーっ!」
 ジュンイチの言葉をライカがあわてて止める――もっとも、何があったか、だいたい読み解くことができる程度には聞こえていたが。
「まっ、まぁいいわ!
 とりあえずルノーの子達がちゃんと戦えるってのはわかったし!」
 これ以上ジュンイチにしゃべらせてたまるかとばかりにまくし立てると、ライカはみほへと向き直り、
「それで……みほ!」
「は、はい……?」
「総隊長はあなたよね!?
 ルノーのコールサインは決まってるの!?」
「え、えっと……」
 いきなり話を振られて戸惑うが、みほはライカの問いに少し考えて、
「……B1って、カモっぽくないですか?」
「カモ!?
 私達の乗る戦車カモ!?」
「じゃカモでけってーい」
「会長! そんな即決しないで!」
「ネギでもつける?」
「柾木くんまでノらないで!」
 みほの案に悲鳴を上げるのはもちろん当事者、件のコールサインを与えられることになる風紀委員チームのそど子だが、さらに杏やジュンイチまで乗っかってきてさんざんにいぢられてしまい――
((あぁ、いつも通りだなぁ))
 関国商関連のごたごたですっかり沈み込んでいたドタバタな空気が戻ってきたことにほっこりする周りの一同であった。
 と――
「…………ん?」
 ふと気づき、杏が懐から携帯電話を取り出した――マナーモードにしてあったそれが震えているのを見て、開き、応答する。
「もしもし?
 はい……はい……わかりました。
 西住ちゃーん」
 シンプルな用件だったようで、数度のやり取りであっさり終わる――そして呼ぶのはみほの名前。
「どうしたんですか?」
「今日は練習はみんなに任せて、ついて来てくれる?」
「どこへですか?」
「びょーいん」
 その答えに、用件はすぐに予想できた。
「諸葛ちゃんが、目ェ覚ましたってさ」



    ◇



「諸葛さん!」
「西住さん!」
 関国商を巡る一連の騒動の間保護していた責任者として杏、そして「こっちでウズウズされるよりマシだからみほの護衛でもしてこい」とライカによって訓練から追い出されたジュンイチと共にやってきた艦上学園都市の病院。
 入室してきたみほに気づき、明は笑顔で出迎えた――と言っても、動けないのでベッドの上で身を起こしただけだが。
「よかった……もう大丈夫なんだね」
「うん……おかげさまで。
 ありがとう、西住さん、柾木くん……角谷会長」
 みほに答えて、明は微笑んでみせる――打たれたという薬の影響ももうすっかり抜けたようだ。
(ま、処置したの鈴香さんだし、そこは心配してなかったけどな)
 内心でつぶやくジュンイチをよそに、みほと明は互いの無事を喜んでいたが、
「ところで……諸葛ちゃん」
 そんな二人のやり取りに割って入ってきたのは杏だった。
「キミのこれからのことなんだけど」
「……はい」
 さすがに話題が話題だ。居住まいを正した明に対し、杏は彼女の目の前、ベッドサイドのイスに腰を下ろし、
「試合の後、諸葛ちゃんはウチで保護してることを関国商に報せた。
 そして……今朝、その返事が返ってきたよ」
「――――っ。
 会長、それっt
 思わず声をかけたみほはジュンイチが制した。目でジュンイチに謝意を伝えると、杏は視線を明に戻し、続ける。
「大雑把に要点だけ伝えるね。
 『そちらで保護している諸葛明は、戦車道の特待生でありながら試合を放棄し、その結果チームを敗退させた。
 よって、諸葛明の特待生資格を本日付けで停止。退学処分とする』……って。
 後日荷物の方は送ってくれるってさ」
「……そう、ですか……」
「…………っ」
 杏が告げられた内容に、明が顔を伏せる――その姿に、みほは思わず唇をかんだ。
 何という勝手な理屈だ――明をだまして反則の片棒を担がせた上に用済みになったら放り出し、大洗側に保護されたらされたで情報漏洩を恐れて拉致して薬漬け。その挙句がこれか。
 完全に明ひとりに全責任をなすりつけてトカゲの尻尾切りに走った形だ。これでは最後の最後まで捨て駒にされた明があまりにも報われないではないか――
「……だから、ね」
 そんなみほの憤りをよそに、杏は明に向けて告げた。
「諸葛ちゃんさえよければと思って、編入試験の準備を進めさせてるんだけど」
「え……?」
 杏の提案に、みほは思わず首をかしげた。
 と言っても、別に明の転入受け入れに反対なワケではない。むしろ、戦車道の戦術について語り合うことのできる人間がジュンイチ以外にも増えることになる明の転入はみほとしても願ったり叶ったりだ。
 驚いた理由は別にある――彼女を受け入れるという話はすでに、彼女を保護した時点で“そういうこと”でまとまっていたはずだからだ。
 なのに、なんで今さらその話を繰り返すのか――
「一応の体裁合わせってヤツだよ」
 そんな疑問を見透かしたか、ジュンイチが答えてくれた。
「関国商の一件、ひとまず闇に沈めておくって決めたろ?
 だから、対外的に事の成り行きを説明する上で『関国商を退学になったから、大洗に転入することにした』って筋書きが必要になったんだよ」
「あ、なるほど。
 退学処分の後に転入を決めたことにするのか……」
 みほが納得すると、ジュンイチは明へと向き直り、
「もっとも、高体連系のスポーツと同様に転校直後は公式戦に出られない制約があるから、戦車に乗って全国大会に出ることはできないけど……」
「あぁ、それは大丈夫。
 元々関国商でもどんくさくて戦車に乗せてもらえなくて、事前の作戦を立てるのが役目だったから……」
「ん。そっか。
 じゃ決まりだねー」
 ジュンイチに答える明の言葉に、杏が満足げにうなずいてみせる。
 そしてみほは明の前に進み出ると彼女の手を取って、
「改めて……これからよろしくね、諸か……ううん。
 よろしく、明さん」
「うん!」
 みほに改めて名前で呼ばれ、明は文字通り花のような満面の笑顔でうなずいてみせた。



「……ま、もっとも。
 どんくさかろーが運動神経切れてよーが戦車に乗らなかろーが、“新人研修”は受けてもらうけどな。
 風紀委員共々大会後にでも」
「柾木くんはそこでドギツいオチをつけないでっ!」
「私、ホントに何されるんだろう……」
「『地獄を楽しみな』ってヤツ?」
「会長――っ!?」



    ◇



「……さすがに、これ以上の放置は難しくなってきたわ」
 所変わって、九州は熊本――西住流本家。
 呼び出したまほに対し、彼女は開口一番そう切り出した。
 まほがそのまま成長したかのような、凛とした妙齢の美女――彼女こそ、まほやみほの母である、西住しほ、その人である。
「……みほのことですか」
「えぇ。
 あの子が戦車道を再開したことについて、流派の中から厳しい声が多く上がっていることは、あなたの耳にも入っているはずね?」
 しほの言っていることは、確かにまほにもまた心当たりがあった。
 みほの行動が原因で黒森峰が十連覇を逃し、結果みほが戦車道に背を向け、黒森峰を去ったことは西住流のみならず、傘下の流派にも知れ渡っている。
 しかし、そのみほが大洗の隊長として戦車道に舞い戻ってきた。そればかりかサンダースにアンツィオ――近年は黒森峰の躍進によって振るわずにいるものの、それでも全国大会に長らく出場し続けている伝統ある古豪を二校も撃破。さらに聖グロリアーナを破った関国商まで撃破して準決勝まで駒を進めてきている。
 伝統を重んじる層にはそれがたまらなく目障りなのだ。家元の娘、次期家元候補という立場を放り出しておきながら、いけしゃあしゃあと戦車道に戻ってきたこともそうだが、それ以上に大洗という無名校の隊長として戻ってきたことが彼らの怒りに拍車をかけていた。
 戦車道に戻ってくるにしても、黒森峰に戻り、関係者に謝罪して――と伝統に配慮した筋の通し方をしていれば、あるいは大洗が早々に敗退していれば、こうはならなかったかもしれない。
 しかし現実には戦車道から離れて久しい、もはや伝統などないに等しい大洗の隊長として復帰。しかもあとひとつ勝てば決勝で黒森峰とぶつかるところまで来てしまった。それが彼らには、まるで飼い主にかみつくかのような裏切り行為に見えるのだろう。
 そして、当然その影響はまほ達黒森峰の戦車道チームにも及んでいる。関国商の一件でまほとエリカがみほの救出に動いた件が「隊長と副隊長はすでに去年の遺恨を水に流している」と解釈されたらしく、みほを非難する声はその勢いを著しく削がれた感はある。
 が、やはり西住流やOG達が未だみほへ批判の目を向けているのが大きな圧力になっているようで、大人達の顔色を伺って態度を決めかねているような、浮足立った雰囲気が散見されているのは、まほにとっても頭の痛い問題であった。
「『西住流の名を背負っていながら勝手なマネを』……
 『これ以上生き恥をさらすことは許されない』……
 そんな声が、全国大会であの子が戦車道に戻ってきて以来、日増しに勢いを強めている……」
 そう告げると、しほは深く息をつき、
「『撃てば必中、守りは堅く進む姿は乱れなし』。
 鉄の掟、鋼の心……それが西住流。
 それは個人の心のみの話ではないわ。全体がひとつに、強くまとまることも、同時に意味している……西住流全体が、ひとつの鋼の心にならなければならない。
 しかしそれが今、あの子のために揺らごうとしている……」
「……お母様は」
 告げるしほに対し、まほは恐る恐る口を開いた。
「お母様は……どう考えているのですか?」
「それは母親として? それとも西住流の家元として?」
「そ、それは……」
「……まぁ、いいわ」
 聞き返され、口ごもるまほに対し、しほはあっさりとそう返し、続けた。
「母親としては、あの子が自分で考え、決断したのであればとやかく言うつもりはないわ」
 まほは確信した――「あ、これ角谷がみほを無理矢理引き戻したと知られたらまたこじれる流れだ」――と。
「でも、西住流の家元としては、あの子の行動でこれ以上西住流の結束が揺らいでいくのを無視することはできないの」
 そして、しほは深く息をつき、まほへと視線を戻し、
「……準決勝は、私も見に行くわ」
「お母様、それは……」
 その意図を察したまほが声を上げるが、それを手で制して、しほは告げた。
「決断を先送りにしてきた、そのツケを支払う時が来た――そういうことよ」



    ◇



 そんな、実家の方で自分を巡る動きが起きていることは露知らず、みほは今日も今日とて戦車道の練習である。
 模擬戦を一戦終え、監督していたライカやジュンイチ(安静継続中)とその内容について意見を交わしていると、
「お兄ちゃーん」
「戦車道チーム宛てに荷物届いてたよー。
 はい、これあんこうチームの分ね」
 言って、それぞれに段ボール箱を抱えて姿を現したのはあずさとファイだ。
「何ナニ? どうしたの、それ?」
「戦車道チーム宛てってことは、備品ですよね……?」
「次の試合で使う防寒具よ。
 今度の試合、雪原ステージなんでしょ?」
 気づき、やって来た沙織や華に答えて、ライカはあずさ達から荷物を受け取るとそのひとつを開封する。
 中から出てくるのは手袋やマフラー、そして……
「カイロまで用意してるんですね……」
「戦車の中は暖房ないから、できるだけ準備しておかないと……」
 華に答えて、ライカは中身を確認していく――と、毛糸のパンツまで出てきた。「さすがにここまでは頼んだ覚えないんだけど……」と首を傾げるが、裏返したところお尻の部分にボコられグマのボコのプリントを発見。そうかお前の仕業かとライカににらまれ、みほは思わず視線をそらす。
「でもでも、エンジンの熱とか利用して戦車の中暖めたりとかできないの?
 確か、車の暖房がそういう仕組みなんだよね?」
 そんなみほの様子に気づかず、そう疑問を投げかけるのは沙織だが、
「それは無理ですね」
 そう答え、作業着姿の鈴香がやってきた。どうやら自動車部を手伝っていたようだ。
「確かにエンジン熱を利用したカーエアコンの技術はWW2終戦前からありますから、レギュレーション的には問題ありません。
 ただ、戦車の装甲は断熱なんて考慮していないから、外気で冷えた装甲がせっかく暖めた車内の空気を冷やしてしまうんです。
 結果、カーエアコン程度の暖房能力では車内を暖めきることはできません――それよりも、各自で厚着して暖をとってもらった方がよほど効率がいいんです」
「あー、なるほど……」
 鈴香の説明に沙織が納得すると、
「その点、柾木くんは便利でいいですよね」
 そう口を開いたのは華だった。
「華さん……?」
「便利って、何が……?」
「だって、柾木くんは戦車道であると同時に歩兵道選手でもあるじゃないですか」
 首をかしげるみほや沙織に答えて、華はジュンイチへと視線を戻し、
「歩兵道は、戦車道と違って装備レギュレーションないじゃないですか。
 だから、防寒装備も最新技術のものを使い放題なんじゃないですか?」
「確かに、オレは装備好き放題できるけどさ……」
「そういえば、歩兵道ってどうして装備制限ないの?
 戦車道と違って生身なんだから、むしろもっと安全に気を遣わないといけないんじゃ……」
「その考え方は間違ってないよ。
 ただ……そのための方法として装備制限、ってのはちょっと的を外してるのさ。
 たとえば……」
 言って、ジュンイチが壁際に向かい、手に取ったのは近接戦闘訓練で使ったスポーツチャンバラ用のウレタン製の小太刀である。
「仮にコイツを真剣だとする」
「うんうん」
 うなずく沙織の目の前に、ジュンイチが戻ってきて――投げつけた。ウレタン刀を、完全に油断しきっている彼女に向けて。
 突然のことで理解の追いつかない沙織はともかく、傍で見ていたみほ達は誰もが沙織に当たると目を見張り――



「よっ」

 沙織の眼前に迫ったウレタン刀は、投げつけたジュンイチ自身によって蹴り上げられていた。



 空中に蹴り上げられ、クルクルと回転しながら落ちてきたウレタン刀をジュンイチがキャッチする――ようやく事態を把握して、顔を引きつらせた沙織がヘナヘナとへたり込む中、みほ達へと向き直り、
「今の見て、どう思う?」
「ど、どうって……」
「危ないじゃないですか!」
 答えに困るみほに代わって声を上げたのは優花里だった。
「今、武部殿完全に油断してましたよ!?
 柾木殿が蹴り上げなきゃ、命中して大変なことに――」
「そう、そこだ」
 しかし、優花里の抗議はジュンイチの言いたいことをまさに言い当てていた。彼女の言葉をさえぎってジュンイチが告げる。
「あのままじゃ、武部さんに当たってケガしてただろう。
 けど――オレはそれを蹴り上げて彼女を守ることが可能だった。
 “傷つけるような攻撃でも、傷つけないような配慮ができる技術を身につけていた”
 その言葉に、みほ達はようやくジュンイチの言いたいことに気づいた。
「装備がどれだけ進歩しようが、結局生身の戦いで最後にモノを言うのは各自の技量だ。
 極端な話、ヘアピンひとつでも使い方次第で人は殺せるんだ――装備に制限かけても、安全性の担保としてはカケラも役に立たねぇんだよ。
 そんな無意味なことするぐらいなら、“選手の殺害禁止”なんて当たり前のことを明確に条文化した方がよほど効果が見込めるさ」
「……あ、ホントです。
 歩兵道の反則行為に、“選手の殺害”、ちゃんと明記されてます」
 ジュンイチの説明に、歩兵道のレギュレーションブック(“新人研修”の時、近接戦闘訓練の参考として各自に配ったもの)で確認した華が声を上げる。
「そ、それはわかったけど……もうちょっと実演の仕方は考えてほしかったよ……」
「え? 何?
 寸止めパイルドライバーの方が良かった?」
「……ちゃんと配慮してくれてたってことはわかったよ……配慮してアレか、とはツッコみたいところだけど」
 我に返って苦言を呈すものの、聞き返すジュンイチに沙織はため息をつき――
「ま、どっちにしても今の本題の防寒については何もする気はないけどね。
 防寒装備なんて着込んだら着ぶくれして動きづらくなっちまう」
「えぇっ!?」
 しかし、続いたジュンイチの言葉には思わず声を上げていた。
「ってことは、そのカッコで出るってこと!?
 大丈夫なの!? 風邪ひいちゃったら大変だよ!? ちゃんと厚着しないとダメだって!」
「落ちつけ、沙織。
 言動が完全にオカンだぞ」
「ぅえぇっ!?
 まっ、麻子! いきなり何言い出すの!? わ、私と柾木くんが、そのっ、新妻と旦那さんみたいって!」
「そこまで言ってない」
 ジュンイチを心配する沙織だったが、麻子にツッコまれて大あわて。改めて麻子がツッコミを入れると、
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
 そう答えてやってきたのは、他のチームにも防寒アイテムを配り歩いて戻ってきたあずさだ。
「大丈夫……って、どういうことですか、あずさ殿?」
「だって、お兄ちゃんの能力はこういうことに向いてるから……でしょ? お兄ちゃん」
「まーな」
 優花里に答え、話を振ってきたあずさに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「オレの属性が“炎”だってのは前に話したろ?
 その属性の行使のために操るのは熱――もちろん効果範囲に限界はあるけど、熱を加えることで温度を上げ、熱を奪うことで温度を下げることもできる。
 “万能温度”――それがオレの属性特性だ」
「つまり、柾木くんは自分の周りの温度も自在にコントロールできるから……」
「今回みたいな寒いところでも、周りの温度を上げられるからへっちゃら、と」
「そういうことだけど……」
 みほに、沙織に答えると、ジュンイチはチラリと背後に視線を向けた。
 そこには、今の話を聞いていたらしい、瞳をキラキラ輝かせた仲間達がせいぞろいしていて――
『次の試合ではぜひ私達とチームを!』
「この流れで誘われても暖房目的だってのがバレバレなんだよ馬鹿どもが」
 ジュンイチは冷静にツッコミを入れた。



    ◇



「15輌対六輌……
 それに向こうは、76、85に、KV-2……IS-2も……」
 その晩、帰宅したみほはAVルームでプラウダの試合の映像を見ながら試合の対策を検討していた。
 別に自室でもよかったのだが、元とはいえ作戦室で作戦を考えた方が落ちつく。やっぱり自分は戦車道選手なんだな、と思わず苦笑して――
「進出して、一気にフラッグ車を叩く――ってのも手だな」
 声がかけられた。振り向くと、ジュンイチがホットココアの入ったマグカップを二つ、両手に持って入ってきた。
「地の利は向こうにあるんだ。
 ナニカサレル前に先手を打った方がよくないか?」
「うん……
 でも、プラウダは退いてからの反撃が得意だから、受け流されたら取り返しがつかなくなるし……」
「なるほど……一理あるな。
 突撃にはリスクが高く、慎重にいけば地の利のある相手に準備万端で攻められる……どっちに転んでもこっちの不利に変わりなし、か……」
 マグカップを受け取ったみほの答えに、ジュンイチは彼女の座るテーブルに腰を預けてため息をもらす。
「柾木くんなら……やっぱり、向こうを調子づかせてそのスキをつく感じ?」
「そっちの方が非常にオレ好みではあるけどな……今回はそのルートを通るにゃこっちの戦力が足りねぇな」
 尋ねるみほだったが、ジュンイチの答えは否定的だった。
「さっきも言った通り、地の利は向こうにある。
 その上こっちは雪上戦闘の経験が致命的に足りないときた。
 不安要素の方がはるかにデカイ――油断によるプラス要素じゃ補いきれないぐらいにな」
「んー、そうか……」
 納得するみほに対し、ジュンイチは何やら気まずそうに頭をかいていたが、
「……あのさぁ、西住さn



「ここにいたのね」



 だが、ジュンイチの声は新たにかけられた声によってさえぎられた。その主は――
「ライカさん……?」
「ジュンイチ、みほ、とっくにご飯できてるわよ。早く食べに来なさい」
「あぁ、わかった。すぐに行k
「あと、作戦会議なら私にも声かけなさいよ。
 これでもコマンダー・ランク――参謀適性持ちなんだから」
「は、はい……」
 うなずくみほに「よろしい」と笑顔を返すと、ライカは一足先に戻っていった。
「……そういえば、柾木くんはご飯の支度手伝わなくてよかったの?」
「関国商のゴタゴタが片づいて、メンバーの大半が元の寮に戻ったからな。残ってるのはウサギさんチームとカメさんチームだけ……
 その上ライカ達が来てくれたおかげで料理できるメンツも増員ときた。交代制に移行するには十分すぎらぁ」
 みほに答えて、ジュンイチは彼女に笑顔を見せて――
「もっとも、西住さんがもーちょっと手際良ければ、シフトに入れてみんなの余裕もーちょっと増やせたんだけどな」
「うぅっ、ごめんね、調理スピード遅くて……」
 笑顔は笑顔でも“みほいじりモード”の笑顔でした。
 ともあれ、みんなを待たせるワケにもいかないと二人で部屋を出て――
「あ、そうだ」
 ふとみほは思い出した。
「柾木くん。
 さっき……何か言いかけてなかった?」
「んー? 何がー?」
 しかし、ジュンイチから返ってきたのは疑問の問い返し――「気のせいだったかな?」と首をかしげて、みほもそれ以上問いただすことはしなかった。



    ◇



 準決勝の舞台は北。まだ雪の残る大地で行われる雪上戦だ。
 冷夏も予想される中、初夏にも関わらず降雪どころか吹雪の可能性すら天気予報で言及されるその戦いの場に、大洗戦車道チームは学園艦で乗り込んでいた。

 ――のだが。
「そーれっ!」
「ぅわっ!
 やったなぁっ!」
 雪合戦に興じているウサギさんチーム。
「よし、雪濠作りの訓練だ!」
「誰が最も早く作れるか、勝負!」
「負けないぜよ!」
 雪濠作りと言いつつ作っているのはただのかまくらなカバさんチーム。
「あなた達、遊ばないの!
 これは授業の一環なのよ!」
「自分の人生は、自分で演出する(キリッ」
「何バカ言ってるの!?」
 そんな彼女達を注意しようとするもエルヴィンにあっさりあしらわれてしまうそど子以下カモさんチーム。
 いつものように試合前の馬鹿騒ぎを繰り広げる面々の姿がそこにあった。
「まったく、アイツら……
 負けたら廃校だということを忘れていないか……?」
「まぁまぁ。
 緊張してガチガチに固まられるよりはいいじゃない」
 そんな後輩達の姿に苛立つ桃をなだめる柚子だったが、
「果たしてそうなのかね〜?」
「……?
 会長……?」
 杏の意見は違ったようだ。もう自分達の危機的状況を隠す必要がなくなったとはいえ、いつになく真剣な表情の杏の姿に柚子が首をかしげる。
 しかし、問いただそうとした柚子の声は聞こえてきたエンジン音にかき消された。見ると、こちらに向けて走ってくる雪上仕様のカーゴ車が一台。
 今までのパターンから考えると、アレは――なんとなく確信するジュンイチの見つめる先で停まった車から降りてきたのは予想通りの相手だった。
「あ……」
「西住さん……?」
 気づいたのはジュンイチだけではない。みほもまた、降りてきた二人に気づいて声を上げた。首をかしげる華に対し、答える。
「あの二人は、プラウダの隊長と、副隊長……」
「“地吹雪のカチューシャ”と、“ブリザードのノンナ”ですね」
 優花里がみほに補足すると、一同の視線が件の二人に集中する。対するカチューシャとノンナはそんな視線など意に介さず、みほ達の前に進み出て――
「あははははっ!」
 いきなりカチューシャが大笑い。
「この私を笑わせるために、こんなヘボ戦車隊を用意したの!?
 気の利いたジョークね! そう思うでしょ?」
 傍らのノンナに同意を求めるカチューシャだったが、元々戦車の性能は相手より劣っていて当たり前、舐められて当たり前、といった試合を繰り返してきた大洗の面々としては“いつものこと”なので今さら腹も立たない。
「……ちょっ、何とか言ったらどうなの!?
 バカにされてるのよ!? 腹立たないの!?」
 一方、そんな大洗側のノーリアクションぶりは予想外だったか、カチューシャは思わずくってかかってきて――
「そんなセリフが出るってことは、天然じゃなくて意図的にバカにしにきてたってことだよな」
 言って、当のカチューシャの前に進み出たのはジュンイチだ。
「ダージリンから聞いてるぜ、カチューシャ。
 あの人、わざわざ見舞いに来たお前さんらに油断しないように忠告したらしいじゃねぇか。
 さしづめ、自分達の目で確かめに来たら貧弱な戦車しかないのを見てこんな戦車で勝ち上がってきたのかとビックリ。となればその強さは戦車より乗り手の腕だと判断。侮っちゃいけない相手と見て、怒らせてペースを乱そうと、わざと無礼な物言いでこっちを挑発する精神攻撃に出た――そんなところか」
「え? え? え?」
「いやはや、さすがは“地吹雪のカチューシャ”と恐れられるだけのことはあるね。大した慧眼と判断能力だ」
「そ、そーよっ! カチューシャは偉いんだから!」
 ジュンイチの話に一瞬ついていけていなかったカチューシャだったが、ほめられているとわかると一転、気分よく高笑いを上げて――
「……相変わらず、えげつないマネするわよね、アイツ」
「……はい……」
「え? 何? どういうこと?」
 苦笑いと共に小声で会話するのはライカとみほだ。同じく小声で尋ねる沙織にはライカが答えた。
「ジュンイチはちゃんとわかってるのよ――あのカチューシャってチンクシャが完全にこっちを舐めくさって、本気でバカにしてくれたってこと。
 その上で、あんなあのガキを持ち上げるようなことを言い出したのよ」
 沙織は確信する――「あ、この人はこの人でガチで頭にキテる」と。
「もしあの子が、自分の思惑を知られた上であんなことを言われたんだと気づくことができたなら、痛烈なイヤミの叩き返しになるし、気づくことのできないバカだとすれば、素直にチョーシこいてくれるでしょうね。どっちにしてもあの子の仕掛けてきた精神攻撃に対するカウンターになるってワケ。
 そして何より――どっちに転ぼうが、やり返したジュンイチの溜飲が下がる事実に変わりはないときた」
「あのほめ殺しにそんなえげつない思惑が!?」
 ライカの解説に、沙織が思わず声を上げる。
 見た限り、効果のほどは後者のようだ。ジュンイチに(表向き)ほめられて、カチューシャはすっかり機嫌を良くしていて――
「あなた! このカチューシャのすごさを理解するなんてなかなか見所があるわね!
 “気に入ったわ”!」
『…………え?』
 何やら話が思わぬ方向に舵を切り始めた。
「それにあなた! 聞けば歩兵道選手としてもひとかどの実力者だそうじゃない!
 ますますこんな無名の弱小校に埋もれていていい人材じゃないわ!」
 そう告げると、カチューシャは大洗チームの面々を見渡し、
「でもカチューシャはかんだいだから、特別にチャンスをあげるわ!
 賭けをしましょう! もしこの試合で私達プラウダが勝ったら――」



「彼は、このカチューシャがもらうわ!」



『………………は?』
 最初、誰もがその言葉の意味を理解できなかった。
 そう、『誰もが』――みほ達はもちろん、いつもは突拍子もないことを言い出す側のジュンイチも目を丸くしているし、プラウダ側もプラウダ側で、対面してからずっと眉ひとつ動かすことなく冷静を貫いていたノンナもさすがに驚きの表情を見せている。
 平然としているのは、我ながら名案だと言わんばかりに胸を張るカチューシャただひとりで――



『……えぇぇぇぇぇっ!?』



 大洗側の、驚きの絶叫が響き渡った。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第26話「まだ終わってない」


 

(初版:2019/07/01)