「大丈夫?
 身体に障りないかしら?」
「えぇ。
 問題ありません……ありがとう、ダージリン」
 試合開始が目前に迫り、見る見るうちに埋まっていく観客席――そこから離れた野外観客スペースには、いつものようにティーセットを持ち出して陣取る聖グロの面々の姿があった。
 今日は先日無事退院したアッサムやローズヒップの姿も――雪すらちらつく寒さの中、病み上がりの身体を気遣うダージリンにアッサムが答える。
「しかし、この状況……
 大洗にとっては不慣れな寒冷地戦、いつものことながら性能で劣る戦車、その上今回は数の差もさらに開いている……」
「えぇ……
 みほさん達がこの状況をどうひっくり返すのか、楽しみね」
 冷静に状況を分析したアッサムのつぶやきにダージリンが答えると、
「……ダージリン様」
 そんなダージリンに、オレンジペコが声をかけてきた。
「どうしたの、オレンジペコ?」
「その大洗なんですけど……なんだか大変なことになってるみたいで……」
 ダージリンに答え、オレンジペコが見せた携帯電話の画面には、あるメールの文面が表示されている。
 発信者は梓だ。どうやら激励に対する返信のようだが――
「……あら?
 あのカチューシャが……?」
 その文面に目を通したダージリンは、実に楽しそうにつぶやいた。

 

 


 

第26話
「まだ終わってない」

 


 

 

「とにかく、相手の数に呑まれないで、冷静に行動してください」
 あの後、カチューシャはこちらの反論も待たずに帰っていってしまった――ジュンイチの肩をポンと叩いたノンナの「あきらめてください」という一言を置き土産に。
 もちろん大洗側は何ひとつとして了解も納得もしていない。普通に考えて、負けたところでジュンイチを引き渡す義理はない――のだが、あの様子ではカチューシャの中では完全に決定事項なのだろう。もし“そう”なった時には、力ずくでジュンイチを連れ去ろうとしかねない。
 そんなことになれば、さらに話がややこしいことになるのは火を見るより明らかだ――主に「抵抗したジュンイチによって勝ったはずのプラウダの方が壊滅させられかねない」的な意味で。
 そうならないためにも、ジュンイチを連れていかせないためにも――そしてもちろん、大洗女子を、学校を守るためにも、その試合、負けるワケにはいかない。
 だからこそ危ない橋は渡れない。いくつか立てていた作戦の内、慎重路線のものをチョイスしたみほが一同に作戦を伝える。
「フラッグ車を守りながら慎重に前進して、相手の出方を伺いまs
「それもいいが、ここは一気に攻めたらどうだろう?」
「うむ、妙案だ」
「先手必勝ぜよ」
 しかし周りの意見は違った。みほの話をさえぎり、カエサルが提案。左衛門佐やおりょうも同意する。
「気持ちはわかりますが、リスクが……」
「大丈夫ですよ!」
「私もそう思います!」
「勢いは大事です!」
「ぜひクイックアタックで!」
 カバさんチームだけではない。説得するみほにはアヒルさんチームも声を上げ、
「なんだか負ける気がしません!
 それに敵は私達のこと舐めてます!」
「ぎゃふんと言わせてやりましょうよ!」
「えー、いいね、ぎゃふん!」
「ぎゃふんだよね!」
「ぎゃふ〜んっ!」
「よし、それで決まりだな」
「勢いは大事ですもんね」
 さらにはウサギさんチームも乗ってきて、桃と柚子までもがそれに同意する。
「あ、あの、えっと……」
 話は完全に突撃の流れだ。どうしたものかとオロオロするみほだったが、
「……わかったわ。
 なら、突撃の方の作戦で」
「ライカ殿!?」
 ため息まじりに口を開いたライカの言葉に、優花里は思わず声を上げた。まさか彼女まで突撃に賛成とは――
「いいの、それで?」
「慎重にいくんじゃ……」
「『の方』って言ったでしょーが。
 ちゃんと突撃のパターンを想定した作戦も立ててたのよ。
 もちろん、ちゃんとみほの監修も入ってる……でしょ、みほ?」
「あ、は、はい……」
 沙織や華に答え、話を振ってくるライカに、みほは戸惑いながらもうなずいた。
「確かに、突撃という選択も決して間違ってません。
 長引けば雪上戦に長けるプラウダが有利になるかもしれないですし、みんなが突撃を望んでいる中で慎重な作戦を執るのは、みんなの気性的に暴発を招きかねないですから」
「オレも突撃に賛成だ」
 説明するみほに付け加えたのはジュンイチだった。
 見れば、ジュンイチは一同ではなく頭上の空の方をじっと見つめていて――
「柾木くん……?」
「後で説明する」
 声をかけるみほに、ジュンイチは小声で答える――あえての小声での答えに、みほは察した。
 ジュンイチは何か、自分の気づいていない、そして勝負を急がなければならないような不安要素に気づいている。
 小声で答えたのはその不安をみんなに知らせない方がいいと判断したためだろう。みんなを不安にさせて、みんなの今の勢いを殺してしまわないようにするために――
 ジュンイチにそこまで警戒させるほどの不安要素とは――そんなことを考えるみほをよそに、ジュンイチは一同を見渡して音頭を執る。
「失敗した時のことは考えるな。その時はオレがケツを持ってやる。
 お前らの勢い、あてにさせてもらうぞ――勝ちにいくぞ、野郎どもっ!」
『野郎じゃないけど
、了解っ!』



    ◇



 北国の寒い中での試合でありながら、観客席は多くの観客でにぎわっていた。
 なので、当然、そんな観客達をあてにした屋台街も盛況で――
「へい、らっしゃいらっしゃいっ!
 アンツィオ名物、鉄板ナポリタンはいかがっスか〜っ!」
「……何やっとんじゃ、おのれら」
 そこには当たり前のように彼女達も参加していた。鉄板ナポリタンの屋台を取り仕切るペパロニに鷲悟がツッコむ。
「あぁ、柾木の……おにーさんの方っスか。
 いやー、二人そろって並んでくれないと、どっちがどっちかまったくわからないっスねー」
「ほほう?
 つまり、オレとジュンイチが同じカッコしてても二人そろってればちゃんと見分けがつくと?」
「スミマセン。服で見分けているのでそーゆー横着はかんべんしてくれるっスか?」
「素直でよろしい。
 まぁいいや。ひとつちょーだい」
「毎度ありー」
 ともあれ、鉄板ナポリタンを注文。支払いを済ませて受け取ると、鷲悟はかつてジュンイチも絶賛したその味に舌鼓を打ちながら屋台街の散策を続けていく。
 と――
「ちょっと」
「ん……?」
 いきなり声がかけられた。
 振り向くと、そこにいたのは――
「あなた、大洗の選手でしょう?
 こんなところで何をしているの? 早く待機場所に戻りなさい」
 自分に向けてそう告げるのは西住しほだ――すぐに自分をジュンイチと間違えていると気づき、訂正しようとする鷲悟だったが、
「まったく……みほは何をしているの。
 自分のところの選手の手綱を握れないなんて……」
「……『みほ』……?」
 続くしほの言葉に、鷲悟は眉をひそめた。
「あの……すみません。
 もしかして、西住……みほさんの、ご家族の方ですか?」
「え…………?
 ……そう、あの子、私のことは……」
 しほの顔を知らない鷲悟の問いに、しほの顔に寂しさがよぎる――が、それも一瞬のこと。すぐに気を取り直して続ける。
「失礼。自己紹介が遅れたわね。
 私は西住しほ。みほの――」



「お姉さんですか?」



 しほのことを知らないが故の、鷲悟のカン違いが炸裂した。
「……姉、さん……姉……?」
「そうなんでしょう?
 だって、お母さんって言うにはどー見ても若いし……」
 思わず固まったしほに答え、鷲悟はそう思った根拠を述べて――
「……あ、でも、ウチの母さんみたいに見た目若々しいままの母親ってのもいるのk



「姉です」



 鷲悟の中に芽生えた疑念をかき消すように、しほは鷲悟の手を取って力説した。
「あぁ、みほの目に狂いはなかったのね。
 こんな正直な若者をチームに加えるなんて……」
「え、えっと……?」
「あ、ね、で、すっ」
「……ア、ハイ……」
 しほとて女だ。「母親とは思えないくらい若い」などと言われて嬉しくないワケがないし、それを訂正してもらいたいなど、なおさら思うはずがない。力強く詰め寄られ、圧倒された鷲悟は思わずコクコクとうなずいて――
「ここにいましたか、家元」
 と、そこへ声がかけられた――しほの部下と思しき、黒服のエージェントだ。
「そろそろ時間です。お席の方へ」
「わかりました。
 じゃあ、私はこれで――キミも早く試合の方へ」
「は、はい……」
 言い残し、去っていくしほに対し、鷲悟は見送ることしかできなくて――



 ここで、互いのカン違いを訂正できなかったことが、後々余計な悶着を引き起こすことになる。



    ◇



「柾木くん」
「んー?」
 試合開始直前。スタート地点にて待機中のW号の車内で、みほはとなりに窮屈そうに身を収めているジュンイチに声をかけた。
「ここなら、聞いてるのは私達だけだよ。
 教えてくれないかな?――さっき『後で話す』って言ってた、突撃策に賛成した理由」
「……その話か」
 納得し、息をつくジュンイチに、みほはうなずいた。
「さっき、空を見てたよね?
 そのことと関係あるの?」
「大アリだよ」
 みほに答えて、ジュンイチは天井を、その向こうに広がっている空を指さした。
「この後荒れるぜ」
「荒れる……って、天気が?」
「柾木くん、気象予報士か何かですか……?」
「お前らにゃまだ教えてないけど、戦術かじってりゃ天気を読むスキルはどうやったって必要になってくるんだよ。作戦立てる上で、気象条件もそれなりに重要な要素のひとつだからな」
 断言するジュンイチに沙織や華がツッコむ――答えて、ジュンイチは肩をすくめてみせた。
「とにかく、今はこの天気の問題だ。
 この後、そう遠くなく荒れる――それもそーとー激しく。
 もし、慎重な作戦をとった結果相手の先手を許して、相手有利のまま悪天候で試合中断、なんてことになったら……」
「それまでの有利を根拠に、プラウダの判定勝ちになりかねない……」
 結論に至った麻子のつぶやきに、ジュンイチがうなずく。
「本音を言えば、オレだって西住さんと同じ慎重策派だ。
 けど、状況がそれを許してくれない。天気が崩れる前に優位に立たなきゃならん以上、強引にでも攻めていかにゃどーにもならん」
「なるほど……」
「もちろん、戦力差に見合わない戦い方な以上、リスクは今までの戦いの比じゃないけど……まぁ、そこは心配するな。
 突撃策を後押しした責任はきっちり取らせてもらうさ――フォローしっかり入れて、勝ちに行こうぜ」
 言い切るジュンイチだったが――彼は気づいていなかった。
(そうだ……勝たなきゃいけないんだ……
 だって……)



(負けたら学校だけじゃない。柾木くんまで……)



 みほの……いや、自分以外の大洗メンバーの中でくすぶる“もうひとつの負けられない理由”に――



    ◇



 試合開始の号砲が鳴り響き、両チームの戦車が走り出す――大洗チームを探すプラウダの戦車隊の中央、カチューシャの姿は隊長車であるT-34/85(T-34中戦車85ミリ砲搭載型)の車上にあった。
「いい!?  アイツらにやられた車輌の子は、全員シベリア送り25ルーブルよ!」
「日の当たらない教室で、25日間の補習ってことですね」
 そんなカチューシャが、チーム全体に「やられたら懲罰だ」と檄を飛ばす――そしてノンナがその懲罰の内容を補足説明。
「あえてフラッグ車だけを残して、殲滅してやるわ!
 力の差を見せつけてやるのよ!」
『Ypaaaaaa!』
 カチューシャの音頭に全員が応え、プラウダの車輌は全15輌、きれいな隊列を組んで雪上を進んでいく――



(…………さっすが、きれいな隊列組んでやがる。
 この雪の路面でよーやるわ)
 そんなプラウダの動きは、ジュンイチの気配探知スキルの前に筒抜けとなっていた。W号の車上にあぐらをかいて腰かけ、軽くため息をもらす。
 プラウダ側を視認しているワケではないが、気配の並びに少しも乱れが生じていないのは感じ取っている。交戦中でそれどころじゃないならともかく、こうして気配探知に集中できる状況ならこのくらいはたやすいものだ。
 それにしても見事な行軍だ。さすが北国・青森に本拠をかまえ、高緯度海域を縄張りにしているプラウダ高校。雪上走行もお手の物か――そんなことをジュンイチが考えていると、
「柾木くん」
 コンコンとハッチがノックされ、開かれる――顔を出してきたみほの手には、ホカホカと湯気を立てているカップが握られていた。
「優花里さんがホットココア持ってきてくれていたの。柾木くんも……」
「って、それ、ウチのココアじゃねぇか」
「ぎくっ」
 みほに返すジュンイチの言葉に、車中からわかりやすいリアクション――「対関国商の合宿生活も終わり、またジュンイチとの生活に戻るみほを心配して」という名目で今も度々柾木家に泊まっている彼女なら、柾木家のキッチンで、ジュンイチのココアをこうして用意することも容易というワケだ。
 ため息をつき、ジュンイチはココアを受け取ると温度を確かめた上で一口。
(……さて、それはともかく、どーしてくれようか……)
 その一方で考えるのは、傍らの、こちらを見下ろせる小高い丘の上から“こちらを見ている二つの気配”
 おそらくはプラウダの斥候だろう――だとすれば、一丸となって全速前進しているこちらの意図はすでに悟られていると思っていいだろう。
(あちらさんの、あのプライド“を高く持とうとしている様子”からして、この試合、圧倒的大勝で終わりたいに違いない。
 となると、自分の被害は小さく、相手の被害は最大に……戦術のセオリーに則りつつ全滅狙ってくると思っていい。真っ向勝負の線はないと思っていいな)
 ただ勝つのではなく、そこに『圧倒的大差で』と条件をつけるなら当然の選択だ――と胸中で付け加える。
(考えられるのは待ち伏せ……となると、こっちはどう出るべきか。
 誘いにまったく乗らないもよし、ハマったフリをして逆襲してやるもよし、さてどうしてくれようか……)
 相手の、予想される出方に対し、こっちはどうするべきかと考えて――
「……“布石”のひとつぐらいは打っておくか」
「柾木くん……?」
 気づけば、思考が口に出ていた。みほが反応する一方、走るW号の上で立ち上がり、
「西住さん。
 たぶん相手は待ち伏せしてくる……斥候ついでに引きずり出してくる」
「うん。
 他の方向にも出した方がいい?」
「みんな慣れない雪上行軍に悪戦苦闘してるのに、人手割けないだろ。
 それに、予想される居場所も絞れてるしな」
 言って、ジュンイチはその“予想される居場所”の方へと視線を向けた。
「こうも雪が深くちゃ、雪に紛れようにも紛れるどころかそのまま埋没して動けなくなりかねない。
 森とかもないだろう。樹氷すらできかかってる状況じゃ、迷彩カラーの戦車はむしろハイライトで目立つ。木々の間に紛れるのも難しい。
 となると……」
「この先の、廃墟エリア……」
「そういうこと。
 そんじゃ、行ってくらぁ」
 みほに対してそう告げると、W号から跳び下り、着地と同時に地を蹴る。
 目指すはみほの考えが至った通り、この先の市街地ステージ――度重なる試合で廃墟と化しているその一帯が、現状でもっとも兵を伏せやすい。
 雪だまりを跳び越え、新雪で普通なら歩くにくいだろう雪原をものともしないで突き進む――大した時間もかけず、市街地ステージに到達する。
 一帯に人気はなく、雪上にキャタピラ痕も見られないが――
「……うまいこと隠してくれてんなぁオイ」
 ジュンイチは、足元の雪の“積もり具合”のわずかな違いを見逃さなかった。
 気配を探る――いた。建物の跡や地下に潜む気配が多数。
「……仕掛けるか」
 元々引きずり出すつもりだったのだ。みほ達が追いついてくる前にさっさと叩き出して、待ち伏せを無意味なものに――

『一年泣いて暮らすより……』

「――――っ」
 しかし、脳裏によみがえった杏の言葉がジュンイチの動きを止めた。
 そうだ――この試合には、そして次の決勝戦には、大洗の命運がかかっているのだ。
 そのためにも、異能の運用には今まで以上に慎重でいなければならない――うかつに異能頼みの行動に出て、反則や審議案件入りなんて事態を引き起こすワケにはいかない。
 そんな中で、「何の手がかりもなかったけど気配でわかりました」なんて流れは避けた方がいいに決まってる。
 偶然を装うにしても、きちんと目視で相手の戦車を確認するくだりをはさまなければ――
「くそっ、先手を取れれば楽なもんを……っ!」
 舌打ちまじりに、雪に埋もれつつある廃墟の中を、あちこち調べるフリをしながら歩いていく――そしてやってきたのは、いかにも戦車を隠せそうな大きめの建物の前。
 中はガレージかそれとも倉庫か。朽ちかけている大きな木の扉に手をかけて――



 砕けた。



 木扉の向こうから、大量のペイント弾が浴びせかけられた――たかがペイント弾でも間髪入れずに大量に当てられれば、朽ちかけた木の扉などひとたまりもなかったのだ。
 もちろん、すでに相手がいることは承知の上だったジュンイチは一発の被弾も許すことなく離脱済みなのだが――
「おいおい……ちょっと待ったのしばし待てい」
 相手の姿を確認した、その顔が引きつった。
「そりゃ確かに、気配だけじゃ相手がどの戦車に乗ってるかまではわからないけどさ……よりにもよって……っ!」
 右半身を大きく引き、左手に防御、右手に攻撃を明確に割り振った、本気モードのかまえで出迎えるジュンイチの前に現れたのは――
「天気のことでちょっとは予感してたけどさ……今日のオレ、呪いレベルで運悪いだろ……っ!」
 旧ソ連軍のIS-2、英表記JS-2。
 つまり――
「せっかく“それ”用の装備用意したのに、持ってない時に出くわすとか最悪じゃねぇか……っ!」
 重戦車である。



    ◇



 一方、みほ達は今頃になってようやく廃墟エリアにたどり着いたところだった。
 慣れない雪上行軍に手間取り、逆に経験があったジュンイチと大きく差をつけられてしまったのだ。
「柾木くんは、どこに……?」
 すでにジュンイチは探索を開始しているはずだが……まだ探索中なのか、その姿はどこにもない。
 さてどうしようかとみほが考えていると、そんな彼女の耳に機関銃の銃声が聞こえてきた。
 IS-2が扉越しにジュンイチを攻撃した銃声によるものだ。
〈こちら斥候!
 敵発見! IS-2だ!〉
「重戦車……っ!」
 次いで、ジュンイチから報告――だが、その言葉にみほは思わずうめいた。
「どうしよう、みぽりん!
 柾木くん、“アレ”持ってってないよ!?」
 それはジュンイチも愚痴っていたこと――彼らの言う『ジュンイチの対重戦車用装備』はW号の後ろに積まれたままだ。みほと同じ懸念を抱いた沙織もあわてて声を上げる。
「まったく、自動車部がアレを積むのにどれだけ苦労したと思ってるんだ……」
「どうしましょう、西住殿?」
 ため息まじりの麻子をよそに尋ねる優花里の問いに、みほは少し考えて、
「……柾木くんが先手を打たれたということは、相手はすでに迎撃準備を整えていると考えていいと思います。
 だとすると他にも伏兵がいる可能性も……ここは柾木くんを信じて、慎重に合r
〈いや、行こう、西住隊長!〉
 しかし、みほのその指示にエルヴィンが異を唱えた。
〈そうです、行きましょう!
 柾木先輩に“アレ”を届けないと!〉
「で、でも……」
〈ここで行かずにいつ行くんだ!〉
 エルヴィンに賛同する梓を制止しようとするみほだったが、そんな彼女を桃が一喝する。
〈忘れたのか!?
 ここで負ければ、大洗は、学校はなくなってしまうんだぞ!〉
「わかってます。
 だからこそ慎重に……」
〈大丈夫です、私達なら!〉
 懸命に説得するみほだったが、もう止まらない。典子が返し、八九式が先陣を切って突撃を始めてしまう。
〈八九式に続け!〉
〈大洗は、私達が守るんだ!〉
<<おぉーっ!>>
〈学校を守るのは風紀委員の務めよ!〉
 さらに他の面々も――エルヴィンと桃、ウサギさんチームにそど子と続き、彼女達の戦車も突撃に加わってしまう。
「ど、どうしよう、みぽりん!?」
「何としても止めましょう!
 このままじゃプラウダの思うツボです!」
「わかった。
 ぶつけてでも止める――それでいいか?」
「やむを得ません!」
 沙織に、麻子にみほが答え、W号が先行する仲間達を追う。みほが咽喉マイクを押さえ、呼びかけるのは――



    ◇



〈トラさん! 聞こえますか!?〉
「聞こえてたよ!
 ったく、何やってんだ、アイツら!」
 みほに答えて、ジュンイチは機銃をかわして苦無手榴弾を投げつける――かわされた。
 わかっていたことだが、やはり雪上の動きに長けている――否、むしろ過去の試合の映像で見たものよりもさらに上達している。
「腕上げてるのは、向こうも同じか……っ!
 こっちにしてみれば、迷惑以外の何モノでもないけどさっ!」
 うめいて、周囲にばらまくのは、前回の関国商戦で“抜刀”した面々が使った衝撃波タイプの歩兵道用手榴弾。
 炸裂、巻き起こった衝撃波が雪を巻き上げるのに紛れて距離を詰める――が、逃げられた。素早く後退され、距離を詰め損なった。
 思った以上に手こずらされている。さすがは――
「やるじゃねぇの。
 こっちを舐めているようで、しっかり研究済みってワケかよ――ノンナさん?」
 ジュンイチの問いかけに、砲塔のハッチが開いた。
 そして顔を出すのはやはりノンナ――しかし、すぐに元通り戦車の中に引っ込んでしまった。
「……車長が自分だと見抜いたオレへの、最低限の礼、最低限の回答ってワケかい」
 その意図を読み取り、ジュンイチは軽くため息。
(今んトコ、必要以上に会話に乗ってくる気配はねぇか……挑発しにくいなー、あーゆータイプ)
 考えている間に、IS-2の方から仕掛けてきた。ばらまかれたペイント弾を、ジュンイチはバック転でかわしていく。
 そんなジュンイチを追ってIS-2も機銃の照準を彼に合わせ直し――しかし、そんなIS-2の視界に真っ白な壁が現れた。
 雪だ。先のバック転に紛れて雪中に仕込んだ衝撃波タイプの手榴弾が雪を吹き飛ばし、ジュンイチとIS-2の間を遮るブラインドになったのだ。
 舞い上がった雪は周囲に広がり、壁から煙幕へ。ジュンイチの、IS-2の姿を覆い隠して――
「――――っ!?
 彼は……!?」
 それが収まった時、ジュンイチの姿は消え失せていた。
「いったい、どこに……!?
 まさか、カチューシャのところへ!?」
 さすがにこの状況では車内から探すにも限界がある。やむなく外に顔を出して、ノンナがうめいて――と、その瞬間、IS-2の左方の雪面が衝撃音と共に吹き上がる!
 とっさにペイント弾を込めた拳銃を向ける――が、吹き上がった雪の中にジュンイチの姿はない。
(違う!
 これはフェイント――手榴弾!)
 ノンナが気づき――まるでそれを狙いすましたかのように反対側、右方からも同様の雪の吹き上がり。拳銃を向けるもやはりジュンイチの姿はない。
 そして――
(後ろだぜ)
 ジュンイチの後ろは、ノンナの背後にあった――さながら、一進一退の駆け引きの果てにンドゥールの背後をとった承太郎の如く。
 チョークスリーパーで締め落としてやろうと、彼女の両側からその首に腕を回s



「そうくると思ってましたよ」



 しかし、その腕はノンナによってしっかりとつかまれていた。
「――――っ!?」
(読まれた――!?)
 戦慄するジュンイチに対し、ノンナは捕まえた彼の手を――











 自らの豊満な胸に押し当てた。











 それも、握っている、もんでいるワケではない、ただ押し当てているだけにもかかわらず、その手がぐにんと沈み込む、そのくらいに強く。
 さらにそれをぐにぐにと動かす――まるで、「男に背後から胸を揉みしだかれている」というシチュエーションをノンナ自ら再現しているかのように。
 一方、ジュンイチはあまりにも予想外のノンナの行動に目がテンに――それでも、遅れてノンナのやっていることを理解し、今度は頭が瞬間沸騰。
「っ、だぁぁぁぁぁっ!?」
 ノンナの手を振り払い、全力で後退――IS-2から転げ落ち、へたり込んだままゆうに10メートルは後ずさり。
「いっ、いいいっ、いきなり何やってんのアンタぁっ!?」
「あなたに私の胸を堪能していただきました」
「堪能ゆーな!
 あと、その理由を聞いてんのオレわっ!」
「カチューシャがあなたを欲していますので」
 大あわてのジュンイチだったが、対するノンナは仕掛けた張本人なせいか余裕の態度でそう答える。
「カチューシャが望む以上、あなたには何としてもプラウダに来ていただかなければなりません」
「い、いや、それだったら試合で賭けを……」
「そちらの返事を聞いてませんでしたから。
 私達が試合に負けるとは毛筋ほども考えていませんが、その時に賭けを了承していないことを理由に反故にされる可能性がありましたので」
(ちぃぃぃぃぃっ! 読んでやがったか!)
 告げるノンナの冷静な分析に、ジュンイチは内心で舌打ち。
「なので、試合の結果に関わらずあなたがプラウダに来ざるを得なくなるように、この試合が終わらない内に既成事実をと」
「キセイジジツ」
「あなたがカチューシャの誘いを断る理由があるとすれば、あなたがカチューシャの可愛らしい未発達な肢体ではなく私のような肉づきのいい女性が好みだからに違いないと判断しました」
「思いつく理由それだけかいっ!」
 ノンナの話に、ジュンイチは思わず頭を抱えた。
「つか、お前はそれでいいのかよ?
 カチューシャのために、自分の身体も差し出すってか?」
「当然です。
 私はカチューシャのためにすべてを捧げた身。あの子の望みを叶えるためなら、処女のひとつくらい惜しくありません」
「……聞いたオレが馬鹿だった。
 そしてアンタも阿呆だったか」
 ノンナの迷いない返事に、ジュンイチは思わずため息をついて――
(…………ん?)
 ふと気づいた。
(んん?)
 今のやり取りの記憶を脳内でリピート。そこに一本通った、ある“前提”を確かめて――
「…………へぇ」
 気づけば、動揺はすっかり収まっていた――それどころか、獰猛な笑みを浮かべてIS-2へ、ノンナに向けて一歩を踏み出す。
「ようやくその気になりましたか。
 では遠慮なくどうぞ――とはいえ、私も初めてですのでできれば優しくしていただければ助かります」
「あぁ、そうだな。
 遠慮なく、優しく――叩きつぶしてやるよ」
 あくまで“そっち”方面前提で話を進めるノンナに対するジュンイチの答えは、彼女の言い回しを借りつつもその意味は真逆、交戦を宣言するものだった。
「『自分達が負けるとは毛筋ほども考えてない』……だっけか?
 言ってくれるじゃねぇか。そうやってこっちを舐めくさって、今までいったい何チーム痛い目見てきたと思ってんだ?
 まさか自分達だけは大丈夫だとでも思ってる? ヤだねー、そんなふうに根拠もなく危機感投げ捨ててる連中はさ」
「問題ありません。
 大洗の戦車隊なら……」
「待ち伏せだろう?」
 答えるノンナに、ジュンイチも挑発的な態度を崩さない。
「気づいてるに決まってんだろ――だからここに来たんだぜ、オレは。
 まー、気づいててアイツらが逸るのを止められなかったのも認めるけどさ。それでも切り抜けられる自信があるからこーしてるワケで」
 言って、ジュンイチは咽喉マイクのスイッチを入れ、
「あーあー、西住さん?」
〈柾木くん!?
 ごめんなさい! みんなを止められなくて……っ!〉
「みたいだね」
 すでにみほ達の気配、その位置はつかんでいる――他の車輌が先行、W号が何度も回り込んでの制止を試みていたことも。
「いーよ、そのまま突っ込んで来させて。
 先手のひとつくらいくれてやれ」
〈柾木くん!?
 でも、それじゃあ……っ!〉
 ジュンイチの言葉にうめくみほだったが、ジュンイチはかまわず続けた。
「ま、もっとも……」



「プラウダ側に、そんな余裕があれば、の話だけどな」



    ◇



「柾木くん!?
 いったいどういうこと!?」
 無線の向こうのジュンイチに尋ねるみほだったが、こっちがそれどころではなくなってきた。先行する――否、血気に逸って暴走する大洗チームはすでに廃墟エリアの中央区角に入り、さらに奥の方へと突き進んでいこうとしている。
「みなさん、気をつけて!」
〈敵が潜んでいるんだろう!? わかっているさ!〉
〈最初から潜んでいるとわかっていれば!〉
 警告するみほだったが、エルヴィンや典子が自重する様子はなくて――
「柾木くんが何か仕掛けてます!」
<<え゛>>
 しかし、続くみほの言葉に一同が固まったのが声だけでもわかった――「プラウダよりも柾木くんの方がよっぽど恐れられてるような……」とみほが内心苦笑した、その時だった。
 轟音と共に壁が、扉があちこちで吹き飛んだ。そこから姿を現すのはプラウダの戦車達で――



 その直後、そのプラウダの戦車達を爆発の嵐が飲み込んだ。



    ◇



「あれは……!?」
 巻き起こった爆発は彼女のもとからも確認できた。声を上げると、ノンナは無線で呼びかける。
「何がありました!?
 応答してください、カチューシャ!」
〈ばっ、爆発が! 爆発がっ!
 どうなってるの!? ノンナーッ!?〉
 無線の向こうのカチューシャは大あわて。ハッと気づいたノンナがそちらを見ると、仕掛けた張本人は満面のしたり顔。
「そーゆーこと♪
 先手を打つワケにはいかない事情があっただけで、お前らが隠れてること、それ自体はわかってたからな。
 悪いが、お前らの潜伏場所、ここ以外は周り一帯トラップまみれにさせてもらったよ。
 幸い“糸”のおかげでワイヤートラップの材料に不自由はしなかったんでね――もっとも、同じ“事情”のせいで『念のため』って風を装わなくちゃならなかったから、正確に仕掛けることはできなかったんだけどね」
 そう――「気配探知に依らずに戦車を見つけた」という流れを演出するために廃墟を調べるフリをしながら散策していたあの時、しっかりトラップを仕込んでいたのだ。
「そういうワケだ――西住さん!」



    ◇



「うん!」
 ジュンイチからの呼びかけに、みほはすぐにその意図を察した。
「全車、今のうちに全速後退してください!」
〈何を言ってるんだ!
 敵は浮き足立っているというのに――〉
「今だけです!」
 反論してきたエルヴィンに、みほはそう答える。
「柾木くんのトラップで出鼻を挫かれただけで、数で勝る相手にこちらが包囲されている状況に変わりはありません!
 今の状態のままプラウダ側に立て直されたら、私達に勝ち目はなくなります!」



「だがっ!」
 ここは退くべきだと、懸命にみほは一同を説得する――が、日頃からみほの言うことを聞かない桃は案の定、真っ先に反論の声を上げた。
「だからこそ! この場のチャンスを逃さず、ヤツらを一気に叩いてしまうべきだろう!」
〈だっ、ダメです!
 このままここにいたら――〉
「ここで退いたら、その後確実に勝てるのか!?」
〈そ、それは……っ〉
 しかし――日頃おバカキャラで通っている彼女だが、おバカだからこそややこしく考えないで直球でズバズバ斬り込める強みがある。痛いところを突かれ、口ごもるみほだったが、
「……西住ちゃん」
 そこで口をはさんだのは杏だった。
「ここで退いても、“確実に”勝てるとは断言できない――そうだよね?」
〈は、はい……〉
 杏にも問われ、うなずくみほだったが、
「じゃあ、このままここに留まって戦ったとしたら?」
〈……“確実に”負けます〉
 しかし、みほは気づいていた。
 杏が『確実に』の部分を強調したこと、そしてその意味に――だから、重ねられた問いにはハッキリと断言した。
「よし。
 そーゆーことなら、後退しようか」
「会長!?」
「だって、ここにいたら“確実に”負けるんだよ?」
 声を上げる桃に、杏は冷静にそう返す。
「でも、ここで退いて仕切り直せば、勝てるかどうかはわからなくても、少なくとも勝てる可能性は“確実に”残るんだ。
 “確実な負け”と“あり得るかもしれない勝ち”――どっちを選ぶかなんて、考えるまでもないでしょ」
 現状の要点をまとめた杏の言葉に、桃は反論できなくて――
〈……あのー……〉
 無線の向こうから声をかけてきたのは梓だった。
〈この場を離れなきゃ勝てないんですよね?
 でも、相手が混乱してる今なら攻撃することも……
 だったら……〉



〈両方取る、ってのは、ダメなんですか?〉



「〈え…………?」〉
〈だ、ダメですか?
 同じ逃げるなら、後ろよりも前を突破しちゃえばいいんじゃないか、相手が混乱してる今ならそれも可能なんじゃ、って、そう思ったんですけど……〉
 W号戦車の車内――杏と共に思わず声をそろえたみほに、梓があわてて弁明するが、
「あ、ううん、大丈夫。
 『その手があったか』って思っただけだから……」
 態勢の立て直しにばかり意識が行って、そこまで考えられなかった――自分の目の届かなかったところをフォローしてくれた梓に頼もしさを感じながら、みほは外に顔を出して突破口を探る。
 どこか、突破できそうなところ――
「――――っ、11時方向!
 ここを突破して、廃墟エリアを抜けます! 続いてください!」
 告げると同時、W号が先頭に立って走り出す――即座に発砲。行く手にいた敵戦車に命中、浅かったのか撃破には至らないが、怯んだのか、砲塔を大きく揺らしつつわずかながら後退する。
「我々も行くぞ!」
 続いてV突もみほ達の狙ったもののとなりの戦車を砲撃――かわされたが後退させることに成功、包囲の崩れた一角を大洗が突破する。
 当然プラウダ側もそれを阻止しようとするが、ジュンイチのトラップによる混乱からまだ完全には立ち直っていない上に、運の悪いことにひるんで動きの乱れた味方の戦車がちょうど大洗を守るブラインドの役目を果たしてしまう。
 結局、大洗に突破を許してしまい、あわててその後を追いかけ始める。
「みぽりん! 追いかけてくる!」
「私達で殿になります!
 冷泉さん、華さん!」
「わかった」
「牽制します!」
 沙織に返したみほの指示に、麻子がW号を隊列の最後尾につけ、華が主砲で追ってくる敵戦車を追い払う。
 しかし、プラウダも逃がしてたまるかと大洗側へ激しい砲撃を浴びせてくる。
 それはW号を飛び越えて隊列前方の戦車にも降り注ぐ。その中を懸命に逃げる大洗チームだったが、
「ぅわぁっ!?」
 W号の先を行くV突が被弾。白旗こそ揚がらないが、一方の履帯が千切れ、大きく減速してしまう。
 しかも、そのV突はW号の正面に位置していた。つまり――
「ぶつかるーっ!?」
「かまいません!」
 このままではW号は擱坐したV突に激突する――声を上げる沙織だったが、みほはかまわず声を上げた。
「麻子さん、そのまま突っ込んでください!」
「わかった」
「みぽりん!?」
「V突の白旗は揚がってません!」
 むしろV突に突っ込めと言い出した麻子がすぐに意図を察する一方で、気づいていない沙織の声に答える。
「私達でV突を押していくんです!」
「な、なるほどっ!」
 ようやく納得した沙織をよそに、W号がV突に激突、そのままV突を後ろから押していく――が、そのためにW号は大きく減速してしまう。
「このままじゃ逃げ切れません!」
「…………っ」
 優花里の言葉に、みほは車外に顔を出し、どこかに逃げ道はないかと周辺を見回す。
「――――っ!
 あそこです! 一時方向!」
 みほが見つけたのは廃墟エリアの一角、一際大きな建物だった。工場跡だろうか。
 建物自体も大きいし、正面シャッターが壊れていて突入も容易そうだ。あそこなら大洗の戦車も全車逃げ込めるだろう。
「全車、あの建物の中へ!」
 みほの指示に各車進路を変えて、指定された建物の中へ。砲塔を回せる戦車が総出でプラウダの追撃を牽制する一方、W号に押されるV突が砲撃で建物の正面シャッターを破壊、突入口を開く。
 そして、大洗チームは出来た突入口から次々に建物の中へと逃げ込む。プラウダ側は――
「全車停止!
 ――あ、こら!」
 カチューシャが停車を指示――しかし一輌血気にはやって突撃。
 その結果――
「撃て!」
 みほの号令一下、V突以外の全車の一斉砲撃を受けて撃破されてしまう。
「だから言ったのに!
 おかげで突入できなくなったじゃない!」
 その結果にカチューシャは憤慨。理由は彼女の言う通り。
 不用意に突っ込んで大洗側からカウンターをもらい沈黙――結果、撃破された戦車は建物の入り口をふさぐ形で擱坐してしまった。これでは建物の中への突入はおろか、外から建物の中を狙い撃つこともできない。
 こうなるとオフィシャルの回収班が撃破された戦車をどかしてくれるのを待つしかない。
 さてどうするか。別の場所の壁を吹き飛ばしてそこから突入するか、それともこのまま外から撃ちまくって、建物そのものを崩してやるか――
「……よぅし」



    ◇



「……撃ってきませんね」
「味方の戦車が入り口ふさいじゃったからじゃないですかね?」
 こちらが無事建物に逃げ込み、追ってきた一輌を撃破――と、そこで相手からの攻勢が止んだ。どういうことかと顔を見合わせた華と優花里が意見を交わす中、みほもまた相手の意図を推し測る。
(建物を崩して私達をいぶり出しに来るかと思ったけど……
 何か別の目的がある……?)
「柾木くん、どう思う?」
 咽喉マイクに手をあて、どうせこの状況を把握しているであろうジュンイチへと尋ねるが、
〈………………〉
「……柾木くん?」
 当のジュンイチからの応答はない。思わずみほがもう一度呼びかけるが、やはり応答はない。
 無線が切れているワケではない。向こうの物音も聞こえないから、こちらが必死に逃げている間に向こうも離脱したと思っていいだろう。どこかに潜伏しているのだろうか――
「隊長!」
 と、みほの思考を遮ったエルヴィンの声は通信ではなく肉声――V突から顔を出した彼女が外を指さしているのを目で追うと、白旗を掲げたプラウダ側の選手がこちらに向けてやってくる。
 あれは――
「伝令……使者……?」



    ◇



「大洗は厳しいですね、エクレール様……」
「えぇ……」

「ケイ、どう見る……?」
「そうね……
 包囲から脱出すること自体はできるかもしれないけど……」

「問題は包囲をしのいだ、その後だな」
「どういうことっスか、ドゥーチェ?」
「大洗は珍しく、一気に勝負を決めようとしていた――まぁ、この天候の悪化を予想していたんだろうな。柾木ならそのくらいはやってのけるだろう。
 だが……」

「結果は一気に決めるどころか、誘い込まれて包囲されてしまった……
 戦車のダメージよりも、乗り手の精神的なダメージの方が大きいでしょうね……」
 観客席では前回観戦し損ねた面々がそれぞれに試合を観戦していた――エクレールやフォンデュ、ナオミとケイ、アンチョビとペパロニがそれぞれの場所で意見を交わす一方で、ダージリンもオレンジペコに説明して紅茶を一口。
「でも、プラウダ側が大洗に攻撃をしかけないのはなぜなんですの?」
「彼女の――カチューシャの悪いクセが出たのよ」
 首をかしげるローズヒップに、ダージリンはそう答えてため息をひとつ。
「彼女、搾取するのが大好きなのよ――プライドもね」



    ◇



「ふざけるな!」
 プラウダの使者は、カチューシャからの書簡を手渡すとそそくさと引き上げていった――書簡に目を通し、憤慨する桃の姿に、みほは「あぁ、この怒りに巻き込まれたくなかったのか」と使者が早々に退散していった理由を看破していた。
 だが、桃の怒りももっともだ。なぜなら、書簡の内容というのが――

 甲伏しなさい!
 カチューシャは感大だから、前員土毛座して正木ジュンイチを刺し出せばゆるして上げる!
 三時関だけ魔ってあげるから、よく感変えなさい!

 誤字だらけでほとんど暗号に近い状態と化している点には大いにツッコみたいところだが、その内容は屈辱的以外の何物でもなかった。
「誰が土下座など!」
「全員自分より頭を低くさせないと気がすまないようだな……っ!」
 『土下座』の意味するところを理解し、エルヴィンや左衛門佐がうめく――他の面々も思うところは同じなのかその表情は一様に険しい。
「降伏など誰がするか!」
「徹底抗戦ぜよ!」
「そうだよ!」
 こういう時に勇ましいのがカバさんチームだ。カエサルやおりょうが声を上げ、後に続くのは典子だ。
「バレー部復活も果たせずに終わってたまるか!」
「そうです!」
「こんなところで負けられない!」
「ここが踏ん張りどころです!」
 典子の音頭に妙子や忍、あけびが口々に同意する。
「やりましょう、西住殿!」
「そうです。
 負けたら学校が……そうなったら、わたくし達はバラバラに……っ!」
「そんなのヤだよ!」
 あんこうチームの面々もだ。優花里や華、沙織が口々に声を上げるが、
「……気合が入ってるところを悪いんだが」
 と、そこで口を開いたのは麻子だった。
「どうやら、天も我々を見放したらしいぞ」
「麻子! なんでこの空気の中そんな弱気なこと言っちゃうかな!?」
「弱気も何も、言葉通りの意味だ――外を見ろ」
 沙織に答え、麻子が指さした建物の外は――
「雪が……」
「それに風も……これ、まさか吹雪になる!?」
 あやとあゆみのつぶやいた通り、外では降り始めた雪が吹き始めた風によって舞い踊っている。
 しかも、こうして見ている間にも、雪も風もどんどん勢いを増している。あゆみの言葉通り、完全に吹雪へと移行しつつある。
「柾木はまさにこれを心配していた――たぶん、プラウダ以上にだ。
 私だって負けたくはないが、こればっかりはどうしようもない。このまま悪天候で試合が中止、判定にもつれ込めば、プラウダによってここへ追い込まれてしまった、現在包囲されて圧倒的不利な状況の私達は……」
 挽回の、逆転のチャンスすら与えられないままの、判定負け――試合前にジュンイチから聞かされた最悪の可能性がみほ達あんこうチームの脳裏をよぎり――
「……柾木先輩は?」
 気づいた梓の声に、全員がようやくそのことに思い至った。
「そういえば……ぜんぜん姿見せませんね、あの人」
「まさか、包囲の外に?
 それで入ってこれずにいるとか?」
「いや、アイツそんなの意にも介さずすり抜けてくるだろ」
 優花里のつぶやきに典子やエルヴィンが顔を見合わせて、
「……沙織さん、どうですか?」
「…………ダメ。
 無線で呼んでみたけど、ぜんぜん応答がないよ」
 尋ねる華には、W号の自分の席に頭を突っ込んでいた沙織が答えて、
「……まさか……柾木くんの身に何かあったんじゃ……」
『………………っ』
 口にした――口にしてしまった柚子の不吉なつぶやきが、一同の間に不安に満ちたイヤな空気を運んでくる。

 この建物に追い込まれ、包囲された圧倒的不利。
 吹雪に阻まれ、試合続行も危ぶまれるこの天候。
 そして――頼みの綱であるジュンイチとも連絡が取れない。

 今自分達の置かれている状況は最悪だ――誰もがそのことを理解しているのか、誰も、何も言葉を発せられない。
 誰からなのか、すすり泣く声も聞こえてきた。
 もう終わりなのか。大洗は、学校はなくなってしまうのか。そんな絶望的な空気が一同の間に蔓延して――











「まだ終わってない」











 みほの一言が、そんな空気を振り払った。
「まだ、試合は終わっていません。
 吹雪も、試合を止めるところまでいかないかもしれない。
 柾木くんだって、あの人のことだから絶対無事です。
 希望はまだ消えてなんてない……まだ私達は戦えます!」
 みほの言葉に、一同が顔を見合わせる――彼女の言葉は、確かにみんなの胸に届いていた。視線を戻してきた時、その顔には確かな希望の色が戻っていた。
「そうですよね!
 私達の負けは、まだ決まってなんかいないですもんね!」
「そう考えれば、この吹雪もむしろ天の助けか」
「そうか! V突の履帯、今の内に直しちゃえばいいんだ!」
「『どんなに悪い状況でも、利用できるならそれはプラスと変わらない』――柾木先輩も言ってたことだよ!」
『柾木先輩、ね〜♪』
「もーっ!」
 優花里が先陣を切ってみほに同意し、沙織がエルヴィンの意図を察し、会話に加わった梓がチームメイトにいじられる――声が上がる度に、大洗チームにいつもの空気が戻ってくる。
「では、今の内にできることをしましょう!
 各車、先の戦闘で戦車に不具合が出てないかチェック。不具合があれば修理マニュアルに従って修理を。
 V突も各部チェックから始めてください。履帯はその他の部分のチェックを済ませた後、みんなで協力して直しましょう」
 一同に指示を出すと、みほは改めて息をついて呼吸を整え、
「では、各自取りかかって下さい。
 絶対に勝ちましょう――このメンバーで、大洗で、これからも戦車道を続けていくために!」
『はいっ!』



    ◇



「ねぇ、降伏する条件に、ウチの学校の草むしりと、麦踏みと、ジャガイモ掘りの労働もつけたらどうかしら?」
「すでに勧告を出した後で条件を付け足すのは交渉のマナーとしてどうかと。
 あと――汚れてますよ」
 天候の悪化を受け、大洗の回答期限である三時間後までを過ごすために張った天幕の中。
 待っている間の腹の足しにと用意したボルシチを食べながらカチューシャが思いつく――たしなめながら、ノンナはスープで口元を汚したカチューシャにハンカチを差し出す。
 それを受け取り、口元をふくと、カチューシャはふわぁとあくびをひとつ。
「お腹がふくれたら眠くなっちゃった」
「降伏の時間に猶予を与えたのは、お腹がすいて、眠くなったからだったんですね」
「ちっ、違うわよ!
 カチューシャの心が広いからよ! シベリア平原のようにね!」
「広くても寒そうですね」
「一言多いわよっ!」
 ノンナに言い返すカチューシャだったが、やはり睡魔には勝てなかったようだ。時間になったら起こすように言って、簡易ベッドに横になって――

 3

 2

 1

「くー……」
 まさに某のび太くん状態で即座に寝入ったカチューシャに、ノンナはロシア民謡の子守唄を歌ってあげる――



 その歌声を隠れみのに、ひっそりとその場を離れた人物の存在に、ノンナは気づくことができなかった。



    ◇



 一方、こちらは大洗チームの待機所。
 ここからもオーロラビジョンが望めたことから、ライカ達は観客席に移動することなくこの場で試合を観戦していた。
「大洗のみんな、大丈夫かな……?」
「精神的には持ち直したみたいだけど……戦況は厳しいまま。難しいわね」
 そんなオーロラビジョンの映像――音声までは拾えていないが、みほに鼓舞された大洗チームの一同が元気を取り戻していくのは見ているだけでも十分にわかった。尋ねるあずさに、ライカは眉をひそめてそう答えた。
「勝つにはもう一押し、何かしらの要素が欲しいところだけど……」
「だ、大丈夫ですよ。
 きっとジュンイチさんが……」
「そのジュンイチが影も形も姿がないの、気にならない?」
「………………」
 返そうとしたジーナだったが、ライカの言葉に思わず沈黙した。
「あのバカ、どこで何やってるんだか……
 またロクでもないこと考えてなきゃいいんだけど……」
「だ、大丈夫ですよ…………………………たぶん」
 うめくライカに答えるジーナだったが――その実、ジーナ自身もまったく安心できていなかった。



    ◇



「直りそう?」
「なんとかなると思うけど……」
 チェックの結果、八九式は足回りに不具合が見つかった。自動車部の用意してくれたマニュアルに従って修理する妙子があけびに答え、
「さすがに、これは直せないよね……」
「かわいそう……」
「包帯巻いとく?」
「いや、意味ないから」
 M3は敵の攻撃で下部主砲がオシャカに。出番を失ったと肩を落とすあゆみの背後で交わされる桂利奈や優季のやり取りにあやがツッコむ。
 そんな中、みほと梓は建物の入り口で荒れる吹雪を見つめていた。
 みほは優花里から「西住殿は再開に備えて体力を温存していてください!」と、梓はチームメイト達から「柾木先輩を出迎えてあげなくちゃ!」と、それぞれに戦車のメンテナンス作業の輪から追い出されてしまったからだ。
「柾木くん、遅いですね……」
「はい……
 無線がつながらないのは、隠密行動中だからなんでしょうけど……」
 二人とも、「ジュンイチに何かあった」とはみじんも考えていない。
 問題は「ジュンイチが何をしているか」ということ――ムチャクチャやっていなければいいんだけど、とみほが内心でため息をもらしていると、
「…………西住隊長」
 ふと、となりの梓がみほへと声をかけてきた。
「澤さん……?」
「柾木先輩のこと……どう思います?」
「うん……
 すごく強くて、頭も回って……私が見落としちゃうようなところにもよく気がついて……頼りになる、チームメイトだよ」
「じゃなくて……」
 答えるみほだったが、それは梓の望む答えではなかったようだ。
「西住先ぱ……じゃなくて、“みほさん”は、“ジュンイチさん”のことを、どう思ってるんですか?」
「………………」
 あえての名前呼び――その意図を読み解くのは容易であった。
(戦車道のチームメイトとしてじゃない……
 『先輩』って言おうとしてやめたってことは、学校の仲間としてでもない……
 ……“西住みほ”、ひとりの人間として、“柾木ジュンイチ”のことをどう思……)











(………………ん?)











 と、そこでみほの思考が停止した。
(柾木くんは、戦車道の中まで、同じクラスの友達で……
 でも、そういうのを抜きにした、柾木くんのこと……?)
 自分は、柾木ジュンイチのことをどう思っているのか――
(……あ、あれ?)
 瞬間、胸が高鳴った。鼓動が加速していくのがハッキリとわかる。
(これ……柾木くんのことを考えたら……)
 クラスメイトでも、チームメイトでもなく、ジュンイチ自身のことを――
(……あぁ、そうか……)
 理解した――梓が聞きたかったのはこのことだと。
 そして――自分の中の、自分自身の気づいていなかった感情を、理解した。



 関国商を巡るゴタゴタの中で、自分達を守るために奔走していた姿を思い出す。

 秘密にしていた異能を、沙織達を助けるために迷わず解き放った時の事を思い出す。

 聖グロ戦の後、独りで悔しさを背負っていた彼の姿を思い出す。

 自分の優しさを、自分の力だと認めてくれた時の事を思い出す――



(そっか……
 自分では気づいていなかっただけで……きっと、最初から……)
 だから――
「…………負けないよ……“梓ちゃん”
 あえて、そう答えた。
「みほさん……」
「うん……そう。
 やっと気づけた……これが、私の気持ち」
 梓に答えると、みほは彼女へとしっかりと向き直り、
「私は、柾木くんのこと……」
 しかし、みほの言葉はそこで止まった。どうしたのかと首をかしげる梓の肩をつかむと、クルリと背後を向かせて――
『あ』
 様子を覗きm……もとい、見守っていたウサギさんチームの面々と目が合った。
「こらーっ!」
 自分を戦車の整備から追い出して何をしているのか――梓に叱られ、ウサギさんチームは散り散りになって退散。固まって逃げず、散開することでこちらに誰を追跡すればいいかと迷わせてくる辺り、ジュンイチの教えがいらんところで活きている。
「まったく……」
 ため息をもらし、梓はみほへと向き直り――
「………………あれ?」
 今度は、梓が何かに気づいた。
 振り向いた、その過程で視界の中に何かが見えたのだ。
「澤ちゃん……?」
「みほさん、アレ……」
 みほに答えて、梓は外を指さす――そこには、雪に覆われた建物の正面広場の中ピョコンと突き出た不自然なふくらみが。
 しかも、観察しているとそれはゆっくりとこちらに近づいてくるではないか。
 それはまるで、マンガでよく見る「モグラが地中を掘り進んで近づいてくる光景」のような――
「あれって……」
「まさか……」
 その正体を察したみほと梓がつぶやくと、雪の盛り上がりは二人の目の前、雪の途切れる直前で停止し、
「…………よぅ」
 その先端から顔だけ出してきたのは予想通りの人物だった。
「柾木k」
「し――っ!」
 どうやら雪中で仰向けになっているようだが、そんな彼は声を上げかけたみほを「静かに」のジェスチャーと共に止めた。
「声上げんな。
 プラウダだってこっちの様子伺ってんだぞ。オレが包囲網すり抜けて合流したのがバレるだろうが」
「あ……
 ごっ、ごめん……」
「まったく……
 それで? こっちの様子はどんな感zあ」
 気づいて、謝るみほに現状を尋ね――ようとしたジュンイチがなぜか停止した。
 その顔がみるみる内に真っ赤に。どうしたのかと顔を見合わせ、みほと梓はジュンイチの顔を見下ろして――気づいた。
 ジュンイチは自分達の足元で寝転がっている。
 仰向けに、寝転がっている。
 つまり、今彼の視界には――
『〜〜〜〜〜〜っ!』
 フリーズしたジュンイチに、顔を真っ赤にした二人の踏みつけを避けることはできなかった。



    ◇



「……すごい……敵戦車の配置が全部……」
「これ、柾木くんが調べてきてくれたんですか……?」
「どーせ合流が遅れたんなら、それを利用する手はねぇからな」
 手渡された紙には、辺りの建物の配置や敵戦車の布陣が詳細に書き込まれていた。感嘆の声を上げる柚子やみほに、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。
 なお、合流時の“一件”については、澤が覗き見していた面々を追い散らした後だったことが幸いして目撃者がいなかったため、三人だけの秘密ということに落ち着いた。
「しっかし、お前ら……」
 ともあれ、今はこの試合のことだ――軽くため息をつくと、ジュンイチは気を取り直してチーム一同を見渡した。
「ずいぶんとまぁ、勢い余って包囲の中に飛び込んできたじゃねぇの。
 オレの仕掛けたトラップがアイツらの出鼻を挫かなかったらどうなってたか……
 学校の存続がかかった事情を知ったからって、少し前のめりが過ぎたな」
 言って、ジュンイチが軽く肩をすくめて――



「それだけじゃないよ」



 それに異を唱えたのは杏だった。
「杏姉……?」
「ジュンイっちゃん、忘れた?
 試合前に、向こうの隊長さんがおかしなこと言い出したでしょ」
「あぁ……『自分達が勝ったらオレをもらう』ってヤツだろ?
 でも、あんなのアイツらが勝手に言ってるだけだろ。勝とうが負けようが、オレは大洗を離れるつもりはないぜ?」
「それでも……だよ」
 返すジュンイチに、杏はさらに答えた。
「ジュンイっちゃんにその気はなくても、『プラウダに移る』って選択肢が生じたことに変わりはないんだ。
 しかも、ジュンイっちゃんが他校から誘われたのはこれが初めてじゃない――忘れた? 前にサンダースのおケイからも誘われてるでしょ。
 一度だけならおケイの好みなだけって可能性もあったけど、これで二度目だ――ジュンイっちゃんが他校が欲しがるような人材であることが、これで証明されちゃったワケだよ。
 みんな、不安になっちゃったんじゃないかな?――『この試合に負けたら、ジュンイっちゃんに愛想を尽かされるんじゃないか』……ってね」
 杏の言葉に、ジュンイチは黙して返さない――先を促していると判断し、杏は続ける。
「もちろん、ジュンイっちゃんがそんな人じゃないって……みんな理屈じゃわかってる。
 でも、不安ってのは理屈じゃないんだよ――わかっていてもやっぱり不安で、それが今回みんなを走らせた」
「………………」
「試合前、みんなムリしてはしゃいでたから、精神的にあんま余裕ないなー、とは思ってたんだけどね。
 そこへあんな提案されて、いてもたってもいられなくなっちゃったワケだよ」
「あ…………」
 と、杏の話に声を上げたのは柚子だ。試合前に杏がもらした一言を思い出す。

『んー、それはどうだろう?』

 自分が、みんながふざけているのはリラックスしている証だと言った時、異を唱えたのは杏だった。
 あの時から、彼女はみんなに余裕がなかったことを、あれが空元気なのだと気づいていたというのか――
「完璧超人なジュンイっちゃんの、数少ない弱点だね。
 戦闘能力の評価がきっちりしてる反動なのか、事人間関係については自己評価が異様に低い――そのせいで、みんなからの、自分に向けた想いの強さを低く見積もりすぎちゃう。
 今回だって、みんなの空元気には気づいてたみたいだけど、カチューシャ達の提案でみんなが先走っちゃうほど追い込まれちゃうとは予想できなかった――違う?」
「……降参だ」
 杏に問われ、ジュンイチは諸手を挙げて敗北宣言。
「まぁ実力差は歴然だし、『頼れ』なんて言える立場じゃないのはわかってるよ。
 でもさ……みんなががんばる理由の中に、ジュンイっちゃんの存在があるってことは、わかってほしいかな。
 友情とか、チームメイトとしての仲間意識とか、それに……まぁ、そこはいいか。
 とにかく……形はいろいろあるけどさ」



「みんな、ジュンイっちゃんのことが大好きなんだから」



「…………っ」
 言い切る杏の言葉に、ジュンイチは思わず一同を見回した。
 若干名、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてうつむいてしまったが、他の面々は皆一様にうなずいてみせる。
「あ、あのっ、柾木くん!」
「柾木先輩!」
 そんなジュンイチに声をかけるのは、赤面フリーズ状態から復活したみほと梓だ。
「私達……みんな、柾木くんの仲間なんです。
 大洗で、このチームで、今まで一緒に戦ってきた仲間なんです!」
「ただ学校を守りたいんじゃない……
 私達みんなで、このメンバーで守りたいんです!」
『だから、一緒に戦ってください!』
 声をそろえて、頭を下げる二人に対し、ジュンイチは――
「まったく……
 打ち合わせしたワケでもあるまいに、息ピッタリだな、お前ら」
 ため息まじりにそんなつぶやきをもらした。二人の前に進み出ると、二人の頭の上にポンと手を置き、
「だっ、けっ、どっ!
 なぁにナマ言ってんだ! カラかぶったまんまのヒヨッコどもがっ!」
『ふみゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 かき乱した。髪をワシャワシャとかき回され、みほと梓がそろって声を上げる。
「けど、ま……」
 だが、ジュンイチはそんな二人の頭をポンポンと叩くようになでてやり、
「ありがとな」
 サラリと告げられたのはお礼の言葉。一瞬キョトンとした二人だったが、告げられた言葉の意味に思い至ると、笑顔でうなずき返して――
「でもやっぱナマイキ」
『ふみゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 ワシャワシャ再開。コミカルな悲鳴を上げる二人をひとしきり堪能すると、ジュンイチはようやく二人を解放し、
「『オレと一緒に』――そう言ったな?
 オレと並び立つって、自分達から言い出したんだ。
 置いてかれないよう、しっかり喰らいついてこい」
『…………はいっ!』
 告げるジュンイチの言葉に、みほと梓はボサボサにされてしまった頭のまま元気にうなずいて――
「話がまとまったところを済まないが」
 そう口をはさんできたのは麻子だった。
「まだ、プラウダに包囲された現状の問題が何ひとつ解決していないんだが」
『…………あ』
 素で忘れていたらしいみほと梓から間の抜けた声が上がった。
「だっ、大丈夫だよ、みぽりんっ!」
「わたくし達みんなで戦う――そう決めましたものね」
「う、うん……ありがとう」
 沙織に優花里、華――チームメイトからの励ましに、みほの目頭が熱くなり――
「……あー、それなんだけどな」
 そんな彼女達に声をかけたのはジュンイチだった。
「柾木くん……?」
「もしかして、何か作戦が?」
 沙織と華が聞き返す中、ジュンイチはみほへと向き直り、
「西住さん。
 前に、家で作戦会議やった時……言い出せなかった作戦があるんだけど」
「ひょっとして、ライカさんが来てうやむやになっちゃった時の……?」
 聞き返すみほに、ジュンイチはうなずいた。
 正直――今でも、これを提案することにためらいはある。
 この作戦は、みほ達のためにならないかもしれないから。
 でも、今のみほ達なら、きっと――
「それ、今の状況からでも……?」
「あぁ、使える。
 と、いうワケで……」
 みほ達に答えて、ジュンイチはその“作戦”を提案して――



『…………え?』



 みほ達の目がテンになった。



    ◇



 そして、大洗とプラウダ、それぞれの時間は過ぎていき――

「カチューシャ、カチューシャ」
「…………ん……?」
 眠っていたところを起こされ、カチューシャは目を覚ました。まだ眠たそうに目をこすりながら、起こしに来たノンナを見上げた。
「もう三時間……?
 大洗からは?」
「まだ何も。
 確認の使者を送ろうと思いますので、カチューシャの許可を得ようとこうして」
「さっさとあきらめちゃえばいいのに。
 どうせ、私達にはかなわないんだから」
 ノンナの答えに、カチューシャはそうつぶやくとふわぁとあくびして――



「たぁのもぉーっ!」



 天幕の外から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 外に出ると、そこにはジュンイチの姿が――ただひとり、立てこもっていた建物から出てくると、正面の包囲の中央で腕組みして仁王立ちしている。
 その傍らには、何やら巨大な荷物が――引きずってきたのか、グラウンド整備に使うトンボでもかけたみたいに雪をかき分けてそこまで運ばれてきたようだ。
「あら、あなたが自らお出ましなのね。
 降伏の申し出ついでに、自分からこのカチューシャのものになりに来るなんて、なかなかしゅしょーな心がけね!」
 そんなジュンイチの前に進み出て、カチューシャが告げる。対し、ジュンイチは、
「んー♪」
 カチューシャに向けて笑顔を見せた。ゆっくりと両手を挙げるその姿に、やっぱり降伏だとカチューシャが満足げにうなずいて――
「――ハッ!」
 一転。毎度おなじみ“悪魔の笑み”と共に、挙げた両手で思いっきり中指をおっ立てるフ○ックサインをぶちかました。
「降伏だぁ? お前らんトコ行くだぁ?
 よくもまぁ、そこまで自分本位に物事が進むと信じられるもんだな」
「当然よ!
 だって私達の方が強いんだから! 私達が勝つってわかりきっt



「去年の決勝前の下馬評を見たんだがな」



 ジュンイチのその一言で、カチューシャが笑顔で胸を張った姿のまま硬直した。
「酔狂な馬鹿が、ブックメーカー立ち上げてたらしいな。
 それによるとプラウダの勝ちはオッズ20倍だっけか? 大した大穴だことで。
 その他スポーツ報道も軒並み黒森峰優勝を予想ときた。いやはや、いくら当時は十連覇目前で注目浴びてたからって、ずいぶんと一方的な評価だことで」
「なっ、何が言いたいのよ!?」
「去年の決勝、お前らの勝ちと見ている人間はほとんどいなかった。
 まぁ、間違った見立てじゃなかったと思うぜ。オレも去年の試合の映像見たけど、単純な戦力では完全に黒森峰が上を行っていた。
 まともにぶつかったんじゃ、万が一にもプラウダに勝ち目はなかったろうな」
 カチューシャに答えると、ジュンイチはそこで息をつき、
「でも――お前らはその“万が一”を勝ち取った。
 策で黒森峰を翻弄して、降って沸いたチャンスを逃さずつかみ取って……唯一、事故が起きてる真っ最中にブッ放したことには大いにツッコみたいところだけど、それだって試合が早々に終わって、レスキュー班が迅速に駆けつけられたことを考えれば結果オーライだしな。
 ――けど」
 言って、ジュンイチは改めてカチューシャをにらみつけた。
「気づかないのか?
 今回の試合、下馬評に戦力差、悪天候に試合が左右されるこの状況――去年の決勝にすんげぇよく似てるよな?
 さて、そこまでおさらいしたところで質問だ。
 この状況を去年の決勝にあてはめた時――強者を喰らった側にキャスティングされるのは、どっちの学校だろうな?」
「そ、それは……」
「ん? どーした?
 去年の当事者なんだし、とっても賢いお前さんなら、わからないなんてことはないだろう……それとも答えたくない?
 まぁ、答えたくない気持ちもわかるけどな。自分が喰われる側だなんて、認めたくないよな。
 特に――」



「おこちゃまの、カチューシャちゃんにはさ」



 びしぃっ!――と空気が凍りつく音を、その場の全員が聞いた気がした。
「……今、何て言ったの?」
「おや、白々しい。
 ちゃんと聞こえてたんだろう?――お・こ・ちゃ・ま♪」
 震える声で尋ねるカチューシャに、ジュンイチは実に楽しそうに返す。その態度にプラウダ側の誰もが確信する――この話題がカチューシャにとって逆鱗であることを知ってて、わざと煽っていると。
「いやはや、名は体を表すとはいうけれど、性格も体を表すのかねぇ……いや、この場合は体の方が性格を表してるのか? まぁ、そこはいいや。
 しょっちゅうノンナさんに肩車してもらって、相手の目線より上を保って、ご苦労なこった。ナポレオン・コンプレックスだっけ?」
「…………し」
「『し』?」
 カチューシャの発したわずかな声を拾ったジュンイチが首をかしげると、
「……しゅくせーよぉぉぉぉぉっ!」
 ジュンイチの煽りにまんまと引っかかったカチューシャが涙目で咆哮し――



 ノンナが、ジュンイチの背後に回り込んでいた。



「――――――っ」
 鋭い呼吸と共に、手刀がジュンイチの首筋を狙って――
「へぇ、この新雪の上でそこまで動けるんだ」
「………………え?」
 ノンナが呆けたのも無理はない。
 何しろ――ジュンイチの背後をとったと思ったら、そのジュンイチに見下ろされる形で、雪原に仰向けに倒れていたのだから。
 ジュンイチの首筋を狙った右手はジュンイチにつかまれている――あの一瞬でこちらの手を取って投げ飛ばしたというのか。しかも、こちらに、自らが投げ飛ばされていることにすら気づかせないほどに自然に。
「けど、所詮は戦車道選手。戦車道の片手間に鍛えたんじゃこの程度だわな。
 ウチの評価基準で言うなら……近接Aの中ってところか。
 まぁ、それでもウチのトップ10に喰い込めるぐらいの実力はあるワケだから、じゅーぶん誇っていいレベルだとも思うけどね」
「く……っ!」
 ノンナの強襲など何でもないかのように平然と評価してくる――そんなジュンイチに対し、ノンナはその手を振り払うと距離をとって立ち上がる。
「あれ、今の状況で放すのか。
 てっきり、さっきみたいに色仕掛けにくるかと思ったけど」
「してほしかったですか?」
「まさか」
「それは良かった」
 ジュンイチに答え、ノンナは軍隊式格闘術のかまえをとり、
「こちらとしても、先ほどまでとは事情が変わりましたから。
 あなたはカチューシャを侮辱した。カチューシャからも、あなたを粛清するよう命令が下りました。
 もはやあなたは引き抜きの対象ではなく、殲滅すべき害悪です」
「カチューシャをコケにするとそこまで扱い変わるのかよ……
 まったくもって愛が重いな、お前」
「それほどに、カチューシャが偉大だということ――ですっ!」
 答えると同時に地を蹴り、ジュンイチとの距離を詰める――しかし、くり出したワンツーも、手刀と蹴りも、ジュンイチはその場からほとんど動くことなく、体さばきだけでことごとくかわしてしまい、
「でーこー」
「――――っ!?」
「ぴんっ!」
 プチ反撃。ノンナの防御などまるで意に介さず、あっさりかいくぐったジュンイチのデコピンが、その技名の通りにノンナの額に軽く一撃を見舞う。
「こっ、これは……!?
 動きのキレが、先ほどとはまるで違う……!?」
「そらそーだ」
 たまらず一旦後退。額を押さえてうめくノンナに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「事情が変わったのはお互い様さ。
 こっちも、今までしてた手加減、もうしなくても良くなったから」
「手加減……?」
「ま、こっちの事情を知らないお前らがわかんないのもムリないわな。
 西住さん達の経験値のために――“相手を適度に生かして見逃す”必要がなくなったって言ってんの」
 ノンナに答えると、ジュンイチは周囲を見回して、
「そーゆーワケだ、プラウダの戦車隊のみなさん。
 もうみんな乗り込んだだろう?――ノンナさんが襲ってきたのがカチューシャの粛清命令だけじゃなくて、それに便乗して殺る気マンマンのオレからお前らを守るため、お前らが戦車に乗り込む時間を稼ぐためだったってのはお見通しなんだよ」
 ジュンイチの指摘に、プラウダ側に走った動揺は、果たして図星を突かれたからか。それとも戦車の装甲越しにも関わらず明瞭に伝わったジュンイチの声に驚いたからか。
 まぁ、後者については仕掛けをバラすと肉声と思念通話による同時発声だったりするのだが。かつての練習試合からこっち、ジュンイチと各チームの戦車乗り達との会話がやけにクリアに成り立っているのは、そのほとんどがこのトリックによるものだ。
「と、いうワケで。
 ノンナさん、アンタもさっさと戦車に戻れよ。開戦に出遅れっぞ」
「……本気で、私達と戦うつもりですか?
 失礼ですが、大洗に勝ち目は……」
「……どーも、こっちの言ってることが正しく伝わってないみたいだな」
 返してくるノンナの言葉に、ジュンイチは軽くため息をついた。
「誰が『大洗が』お前らと戦うっつったよ?
 てめぇらなんぞ、手加減する必要のなくなった今、オレひとりでじゅーぶん片づくわい」
「それこそ正気ですか?」
「あぁ。
 本気も本気、ちょー本気」
 改めて尋ねるノンナに、ジュンイチはあっさりと答えた。彼女に、プラウダの戦車隊に向けてかまえると、前に軽く突き出した、防御を担う左手で軽く手招き――カンフー映画でよく見る挑発のアレである。
「証明してやるから、さっさとまとめてかかって来やがれ、アマチュアども――」



「誰にケンカを売ったか、教えてやる」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第27話「『ごめんなさい』は?」


 

(初版:2019/07/08)