「……ブラフですよね、アレ?」
「おそらくは……ね」
 声は拾っていないが、彼女達ほどになってくると映像から唇の動きを読むことなどたやすいことだ――ジュンイチが何を言ったかを理解し、つぶやくオレンジペコにダージリンがうなずいた。
「どういうことですの、ダージリン様?」
「彼は元々、大洗の選手であると同時に教官も務めていた――だから試合の上でも、みほさんや他のみなさんの経験、血肉になるような試合展開に貪欲なまでにこだわっていたわ」
 首をかしげるローズヒップに、ダージリンが説明する。
「でもそれ以上に、彼は自分の異能の力が反則扱いになることを警戒して、その力を“使わない”ように戦っていた……
 そしてそれは、単純に“使えない”ということ以上に彼にとって足かせになっていたはずよ。
 何しろ、使うことはできるのに、それをあえてしない、ということだから……うっかり使ってしまうようなこともないように、常に意識しながらの戦いを、彼は“今でも”強いられている……」
「………………?」
「要するに、彼が全力で戦えない状態は未だ継続中だということです」
 首をかしげるローズヒップに答えるのはアッサムだ。
「つまり、今の彼の言葉通りみほさんの育成を度外視した戦い方に切り替えたところで、生まれる余裕はそれほど大きくはないわ。
 正直、それでプラウダをたったひとりで撃退しようなんて、大風呂敷もいいところだと言いたいところなのだけど……」
 言って、映像を注視するダージリンの姿に、オレンジペコは眉をひそめた。
「何か気になることでも?」
「もし彼が宣言通りにプラウダをひとりで相手取るつもりなのだとしたら、みほさん達の育成から離れる以上の何かが必要になるわ。
 そこで――アレよ」
 言って、ダージリンが指さすのは、ジュンイチの傍らに置かれた“荷物”――彼の持ってきた正体不明の物体だ。
「そういえば、何か持ってきてましたね、柾木さん……」
「『持って』と言うより『引きずって』って感じでしたけど」
「布か何かにくるまれているようですが……あの大きさと長い持ち手……ハンマーでしょうか……?
 まさか二回戦でハンマーを使っていたのは、アレを使うための予行……?」
 ダージリンの指摘に“荷物”のことを思い出したオレンジペコ、ローズヒップ、アッサムが口々につぶやくと、
「ハンマーと思われる形状……
 そして、“彼の腕力をもってしても持ち運ぶことが困難な、引きずって運ばなければならないほどの超重量”……」
「ダージリン様……?」
「まさか、ダージリン様はアレが何か知ってるんですの?」
「現物を見たことはないから、あくまで『心当たり』の域を出るほどではないけれど……」
 ダージリンの反応は違った。オレンジペコやローズヒップに答えると息をつき、
「でも、もしアレが私の考えている通りのものだとしたら……
 そして、彼がアレを使いこなせるとしたら……」



「“狩られる”のはむしろ、プラウダの方かもしれないわね」

 

 


 

第27話
「『ごめんなさい』は?」

 


 

 

「フンッ! 何を用意してるか知らないけど、そんなもので私達に勝てるワケないじゃない!
 実力の差を、見せつけてやりなさい!」
『Ypaaaaaa!』
 一方、試合の現場でもカチューシャがジュンイチの“荷物”に気づいていた。
 しかし、自分達の有利を信じて疑わないカチューシャは脅威ではないとあっさり判断。各車にジュンイチへの攻撃を命令する。
 それを受けて、プラウダの戦車が動き出す――対し、ジュンイチは件の“荷物”の柄に手をかけた。
「………………っ」
 歯を食いしばり、力の入った腕の筋肉が過負荷に抗い、隆起、緊張する――渾身の力で持ち上げたそれは観客席でアッサムが見立てた通りまさに巨大なハンマー。
 それを肩にかついで――その衝撃だけで、彼の足元の新雪が大きく跳ねる。
「フンッ、こけおどしが!」
 それだけでもジュンイチの持つハンマーの重量がうかがい知れる――が、カチューシャの自信に背中を押されたプラウダは怯まない。
 先頭のT-34/85の車長が叫ぶ中、ジュンイチはハンマーを振りかぶる。しかし、さすがのジュンイチもあまりのハンマーの重さにその動きは鈍い。
「そんなハンマーで何をしようっての!?
 こっちはすべて中戦車以上! アンツィオの豆戦車ならともかく、中・重戦車の装甲がそんなハンマーで!」
 カチューシャがそんなジュンイチを嘲笑い、プラウダ戦車隊は進路を変えずジュンイチに向けて突っ込んでいく。
 機銃の攻撃はない。ハンマーなど通じないとあえて受けてみせるつもりか、突っ込んでいけばあわてて逃げ出すと思っているのか――
「……ちょうどいいや。
 コイツの初陣、初打撃! ドハデに殺らせてもらおうかっ!」
 だが、ジュンイチにとってはまさに“飛んで火に入る夏の虫”というヤツでしかなかった。タイミングを合わせ、ハンマーを一閃。逃げないのかと驚き、戸惑いのあまり進路を変え損ない、そのまま突っ込んできたT-34/85へとハンマーが叩きつけられ――



 爆発した。



 ハンマーのヘッド部分が、熱と衝撃を巻き起こし、爆煙がジュンイチとT-34/85の姿を一瞬覆い隠す。
 そして――爆心地からスピンしながら叩き出されてきたT-34/85が、近くの雪だまりに突っ込んだ。
「な…………っ!?」
 シュポンッ、と音を立て、T-34/85の白旗が揚がる――思わず目を見張るカチューシャだったが、T-34/85を見てさらにあることに気づいた。
 尻から雪だまりに突っ込んだため、T-34/85の正面、ハンマーを受けたところが正面から確認できたのだが、そこに“突き刺さっている”のは――
「砲弾――!?
 砲撃!? いつの間に!?」
 声を上げるカチューシャだったが、すぐに思い至った。
 あそこは、ジュンイチのハンマーの一撃を受けたところだ。だとしたら――
 そんなジュンイチへと視線を向けると、ジュンイチは一撃を見舞ったハンマーを軽く振るい――ガコンッ、と音を立て、打撃部位からすべり出てきたのは砲弾の空薬莢だ。
 見れば、今の一撃でハンマーを包んでいた布が吹き飛び、その全貌があらわになっている――ヘッドの前後、打撃面の一方には、今空薬莢を排出した穴が口を開けている。
 そしてヘッドの側面には排気口と思われるスリットが複数。先ほど爆発したように見えたのはあそこからの排気――否、“排炎”によるものか。
「あれは……っ!?」
 そんなハンマーの形状に覚えがあったのか、ノンナがうめくように声を上げ――その声を聞きつけ、ジュンイチが笑顔で彼女のIS-2へと振り向いた。
「へぇ、知ってるんだ、コレのこと」
「データの中で、ですが。
 まさか現物が作られていたなんて、知りませんでした――そんな“スペックを見ただけで明らかに失敗作とわかるシロモノ”を、実際に作る人間がいたなんて」
「変態技術者民族・日本人の血のなせる業だよなぁ」
「ノンナ!?
 知ってるの、あのハンマー!?」
「はい」
 ジュンイチとのやり取りに乱入してくるカチューシャに、ノンナはうなずいた。
「あれは……」







「七五式、接射徹甲砲撃鎚」



    ◇



「な、ななじゅう……せっ……
 ……何ですの?」
「七五式、接射、徹甲、砲撃、鎚……です」
 一方、聖グロの面々の間でも件のハンマーの名前が挙がっていた――が、ローズヒップには少し難しすぎたようだ。首をかしげる彼女にはオレンジペコが、単語をひとつひとつ区切って答える。
「その名前ですと……日本製ですの?」
「えぇ。
 歩兵道には装備のレギュレーションがないから、新たな装備を開発することも許されている……その関係で、歩兵道の装備は戦車道のそれと違って活発に行われているわ。
 その中には、奇抜なアイデアから生まれた迷品、珍品も少なくなくて……アレも、そうした流れの中で生まれたもののひとつなの」
 ローズヒップにそう答え、ダージリンは続ける。
「彼のような“規格外”でもない限り、基本的に歩兵道は歩兵同士の戦いか、戦車のサポートがセオリーと言われているわ。
 でもそれは、単なる役割分担ではないわ。生身で戦車を相手取ることの厳しさが、自然とそんな形を確立させていったからなの」
「ジュンイチ様はどうなんですの?」
「確かに、彼はかなり好き勝手している方だけど……“自ら戦車を撃破する力があるか”という点では、実はそれほど変わらないわ。
 あの暴れぶりに隠れて見えづらいだけで、彼自身の戦力だけで直接敵戦車を撃破することは、彼の実力をもってしても難しい――攻撃の結果戦車を走れなくしてリタイアさせたり、“砲弾返し”のような相手の攻撃を利用したカウンター攻撃に頼ってようやく、というのが実情だわ」
 自分の問い返しに答えるダージリンの言葉に、ローズヒップは「そういえばわたくしの時も……」と練習試合で対峙した時のことを思い出す。
「あのハンマーは、そうした歩兵の攻撃力不足という“壁”に風穴を開けるために考案されたものなの。
 内部には軽戦車の戦車砲の薬室部分を埋め込んであって、打撃の衝撃をトリガーに装填した砲弾を撃発、その名の通り接射で砲撃を叩き込む。
 砲撃の反動については、本体の重量が生み出す遠心力と、砲撃の際の燃焼ガスの一部を無反動砲の要領で衝撃の相殺に用いることで対応する仕組みよ」
「へぇ、すごい武器なんですのね」
「えぇ……確かに、すごい武器です。
 ……致命的な弱点さえなければ」
 納得するローズヒップだったが、そこに口をはさんだのはアッサムだった。
「弱点……ですの?」
「えぇ」
 もう一度ローズヒップにうなずき返し、アッサムの見つめる先、オーロラビジョンの映像の中で、ジュンイチがパンツァージャケットの背中に、襟のところから左手を突っ込んだ。
 そこから引っ張り出すのは戦車の砲弾だ。中世の大砲のようにハンマーの砲口から装填し、かまえる。
「あのハンマーの弱点――それは単純にして明快」
 振りかぶるジュンイチに対し、今のはまぐれだろうとばかりに別のT-34/85が襲いかかり――



「800キロを超える超重量です」

 再びの一撃が、迫る敵戦車をブッ飛ばした。



「はっ……!?」
 アッサムの明かした“弱点”は衝撃的に過ぎた。T-34/85が痛打されてスピン、沈黙する光景をよそに、オレンジペコが絶句する。
「まぁ、驚くのも無理はないわよね」
 しかし、そんなオレンジペコの反応は想定の内だったようだ。つぶやき、ダージリンは紅茶を一口飲んだ上でため息をひとつ。
「元々薬室自体がそれなりの重量である上に、その保護のための補強と反動に耐える遠心力を得るためにその周囲を重金属で徹底的に固めたことで、あのハンマーの重量は武器として、どころか持ち運ぶことすら困難なほどに増大してしまっているの。
 現在、非公式も含め、記録として残っている人が生身で持ち上げたものの重量の最“重”記録はベンチプレスの世界記録で約500キロ……
 でもこれは、動き回ることのないベンチプレスだからこそ出せる数字よ。動き回ることを想定するなら、限界はもっと下になる……たとえば、鍛え抜かれた自衛隊の特殊部隊ですら、基本装備でおおよそ40キロ、長距離行軍を想定した最重量装備でも100キロは超えないと言われているわ。
 それを踏まえれば、800キロを超えるという“アレ”の重さがどれだけ非常識なものかわかるでしょう?」
「非常識にも程がありますよ……
 そんなの、武器として使えないじゃないですか……」
「そう。
 だから失敗作なのよ」
 呆れるオレンジペコに、ダージリンはうなずき、答える。
「あまりにも重すぎて、武器としては使えない。
 だから世に出ることもなく、企画倒れに終わった……はずだったのだけど、ね……」
「でも、ジュンイチ様は使ってますよね?」
「えぇ、そうね」
 聞き返すローズヒップに、ダージリンは苦笑した。
「あの武器がお蔵入りになったのは、あの武器を使える人間がいるなんて考えられなかったから……
 なら、その“ありえない”という前提が覆ったら……」
 言って、ダージリンはオーロラビジョンに映るジュンイチの姿へと視線を戻した。
「そして……彼には、覆す“手段”があった……」



    ◇



「それにしても、すごいですね、異能の力って」
 その頃、大洗の待機所では、戦車を送り出してヒマなナカジマがライカに声をかけていた。
「あんな重いハンマーでも、ちゃんと使えるようにしちゃうんですから」
「んー……」
 しかし、ライカはナカジマの言葉に何か思うところがあるようだ。何やら眉をひそめてうめき声を上げている。
「ライカさん?」
「……あー、アンタの言ってる『異能』って、ひょっとして重力制御のこと言ってる?
 以前使ったことがあるって生徒会のみんなから聞いてるんだけど」
「え? あぁ、はい……
 私達、前に戦車の運搬中に事故りかけた時に、その力で助けてもらったんですけど……」
「使ってないわよ」
 あっさりとライカはそう告げた。
「あのハンマーに重力制御はかけてないわ。
 だって、あの重さが生み出す遠心力こそが砲撃の反動に耐える要なんだから。それを軽減しちゃったら、砲撃の度に反動で振り回されてキリキリ舞いよ」
「え? じゃあ……」
「異能を使ってるのは別のところよ」
「って、別のところ……?」
 聞き返すナカジマに、ライカはうなずいた。
「重力制御とはまったく正反対の発想よ。
 重くて自分の腕力じゃ持てないっていうなら――使えるレベルまで腕力を引き上げてやればいい」
「それって……」
 その“意味”を察し、口元を引きつらせて苦笑するナカジマに、ライカはうなずいた。
「単純に、アレを振るえるレベルになるまで身体能力にブーストかけてんのよ、アイツ」
「そ、そんなことできるんですか!?
 いくら何でも、800キロですよ、800キロ!」
「さすがに私達じゃそこまではムリねー」
 驚くナカジマに答え、ライカはカラカラと笑い、
「アレはジュンイチだからこそよ。
 土台の身体能力は同じでも、増幅の倍率が上がれば、それだけ高みに至る。
 強化人間になった結果、人間やめたレベルで鋭敏な感覚を獲得しているジュンイチは、自分の能力の固有特性である“エネルギー制御特化”をさらに繊細に行うことができる――より高い倍率での身体能力強化も、通常のそれと変わらないレベルで安定して行えるくらいにね。
 そんなジュンイチだからこそ、アレを使えるレベルに達することができたのよ」
 言って――ライカはため息をつき、
「もっとも……本人の技量も一緒に追いついてなきゃ、あんまり意味ないんだけどね。
 慣熟訓練、アイツにしては手ェ抜いたみたいね」
 映像の中でハンマーを振りかぶった拍子に少し――本当にほんの少しだけ――フラついたジュンイチの姿に、軽くため息をついた。



    ◇



(……今頃、ライカ辺りに慣熟訓練足りてねぇのバレてんだろーなー……)
 一方のジュンイチもジュンイチで、待機所でライカが抱いている感想をズバリ読み当てていた。
(仕方ねぇだろ! 関国商周りのゴタゴタで、さすがに修行を仕上げる時間がなくなっちまったんだから――)
「――さっ!」
 その思考、その語尾が思わず声に出る――心の中でごちりながらハンマーを一閃、さらに一輌叩き伏せる。
「く…………っ!
 距離を取りなさい! ハンマーの間合いの外から機銃斉射!」
 対し、プラウダ側もそう何度もやらせてはくれなかった。ノンナの指示で各車ジュンイチから離れる。
「そのハンマーは確かに強力です。
 しかし――その代償として、あなたの機動力を削いでいる!
 自身の最大の武器を失ったあなたには、やはり勝ち目はありません!」
 物静かなノンナがあえて声に出したのは仲間達の鼓舞のためだろう――が、
「勝ち誇ってるところを悪いんだけどさ」
 ジュンイチは一向にかまわない。言いながらジュンイチが取り出したのはチェーンマイン……ではなく、それっぽく数珠つなぎにした手榴弾。
 振り回し、遠心力でピンの外れた手榴弾がばらまかれた。炸裂し、一帯の雪を舞い上げて――
「たかだかその程度のこと、対策立てるまでもねぇんだよ」
 その雪に紛れて、ハンマーを手放したジュンイチが一気に距離を詰める。敵戦車の一輌に取りつくと、砲塔のハッチをククリナイフでいともたやすく斬り飛ばす。
 中身を隠すもののなくなった砲塔から車内に放り込むのはおなじみペイント手榴弾。ジュンイチが離脱した直後に炸裂、車内に被弾判定のペイントをぶちまける。
「次はどいつだ!?」
「ひ……っ!
 はっ、離れて! アイツから距離を取るのよ!」
 次の獲物を探して周囲を見回すジュンイチに恐れをなしたのは別の戦車の車長だ。あわててジュンイチから離れるよう後退を指示するが――
「――っ! いけない!」
 その動きに、ノンナは部下の失策に気づいた。
「戻りなさい! そっちは――」
「おいおい、いいのかよ? “そっちに逃げちゃっても”
 しかし、ジュンイチが行動に移す方が速かった。大きく跳躍すると、“空中に着地する”
 戦いのドサクサに紛れて空中を渡すように張っていた“糸”だ――跳躍の勢いに押され、弓矢の弦を引き絞るように押し込まれるが、そうして溜め込んだ運動エネルギーをもってジュンイチを地上に向けて押し返す。
「そっちは――」
 その勢いに乗って、ジュンイチは逃げる戦車を追い越してその先に着地。そこには――
「立ち入り禁止の、暴風圏だぜ!」
 そこに置きっぱなしになっていたハンマーを手に取り、振り回す――すでに次弾の装填してあったその一撃が、追い込まれたとようやく気づいた件の戦車、T-34/76をブッ飛ばす。
「えっと……これで何輌つぶしたんだっけか?
 ……まぁ、いっか。どうせ全部つぶすんだし」
「く……っ」
 あっさりと言い放つジュンイチの言葉に、ノンナは思わず歯がみした。
(これは……思った以上に厄介な……っ!)
 ハンマーのインパクトに印象を持っていかれて失念していた――否、ジュンイチによって、意図的に失念させられていた。
 単に戦車を撃破するだけでいいなら、ジュンイチはすでに“砲弾返し”を始めとして多数の手段を有していた――ハンマーの存在は、その中に新たに加わった一手にすぎない。ハンマーを封じたところで、少しも安心できる話ではなかったのだ。
 近づいてくるならハンマーでブッ飛ばし、間合いの外に逃げれば機動戦でかき回す。何ならハンマーの方へと逃げていくように仕向けることだってできるのだ。ちょうど今そうしてみせたように。
 増えたのはたった一手。されど一手――どれだけパターンがあろうが「かき回してそのスキをつく」という基本は変わらなかったところに「力ずくでブッ飛ばす」というまったく新しい基本が加わったことで、今までの戦い方との組み合わせでそのパターンが激増。ますます手に負えなくなってしまった。
 このままでは……というか……
「本当に、我々をひとりで全滅させるつもりですか……!」
「できねぇことを言った覚えはねぇなぁ」
 砲塔から顔を出し、ジュンイチをにらみつけるノンナだが、ジュンイチもジュンイチで、いつもの獰猛な笑みと共にあっさりと答える。
「逃げたかったら逃げてもいいんだぜ。
 もっとも――逃げることができれば、の話だけどな」
「さすがにそれはハッタリをきかせすぎではないですか?
 いかにあなたでも、雪上行軍に不慣れな大洗チームはともかく、我々の行軍スピードに追いつくことはでk
「追いつく必要なんかねぇさ」
 ジュンイチの挑発にノンナが返す――が、ジュンイチは皆まで言わせない。
「いい加減気がつけよ。
 自分達が、とっくの昔に袋のネズミなんだってよぉ」
「何を……――っ!?」
 ジュンイチに返しかけたノンナの目が見開かれる――気づいたからだ。
 建物を包囲した自分達をさらに囲んでいる森――その森の木々の間を走る、キラキラと光る多数の筋。
「糸――!?
 いつの間に!?」
 そう、サンダース戦でもケイ達の足を止めた、“糸”によるバリケードだ――森に入るのを阻むように張り巡らされているそれが、雪を浴びた上に凍結、キラキラと輝いているのだ。
「『いつの間に』ねぇ……
 おいおい、お前らがそれ聞いちゃう?」
 一方、仕掛けた張本人たるジュンイチにしてみれば特に驚くには値しない。肩をすくめて先のノンナの言葉にそう返す。
「よぉっく思い出してみろよ。
 オレに三時間も時間をくれたのは、いったいどこのどちらさん達でしたっけねぇ?」
「………………っ」
「降伏なんて選択肢はハナっからなかったんだ。
 なら、丸々空いた三時間をどう使うか?
 答えは簡単だ――てめぇらをぶちのめすために、てってー的に準備させてもらったよ。
 メシ食ってぐーすか寝てたどっかのお子ちゃまと一緒にすんじゃねぇよ」
 痛いところを突かれて顔をしかめるノンナに、ジュンイチが答える。
「まさに『ウサギとカメ』の童話そのものだな――強者の余裕を気取ったんだろうが、ものの見事に裏目に出てれば世話ねぇや。
 『40秒で支度しな』とネタを振られたら、20秒で支度してみせる――そんなオレに、三時間も与えたのは失敗だったな」
「――だったら!」
 ジュンイチの言葉に、車長のひとりが言い返し――T-34が三輌動く。ジュンイチを包囲するように展開してくる。
「先の砲撃で、そのハンマーの弾倉は空になったまま!」
「それに、さっきからの連発でさすがに懐の予備砲弾も尽きたはず!」
「ただのハンマーで、私達を倒せると!?」
 車長達が口々に言いながら、ジュンイチに向けて機銃を撃ちまくりながら襲いかかる――が、
「せっかくの攻撃チャンスだと粋がってるところを悪いんだけどさ……」
 対するジュンイチは余裕だった。ペイント弾の雨アラレをあっさりかわすと近くの岩の上に降り立つと、
「ところがどっこい、存外そーでもないんだな、コレが」
 足元の岩、根元を覆い隠している雪の中に手を突っ込むと、そこに隠された木箱を取り出した。
 迷わず箱を岩に叩きつけ、割る――と、中から出てきたのは雪対策の吸水クッションの中に包まっていた砲弾が一発。
「そんなところに!?」
「いつの間に!?」
「時間はタップリあったって、言わなかったっけ!?」
 驚く車長達に言い放つと、ジュンイチは砲弾を素早く装填し、
「お前らの目ェ盗んで――そこら中に予備の砲弾隠させてもらったわっ!」
 間合いに入ってきたT-34に一撃――が、これは浅かった。大きくぐらついたものの、T-34の白旗は揚がらなかった。
「チッ、仕留め損なったか……やっぱまだ完全には使いこなせてないな……
 ……まぁいい。次だ次」
 言って、ジュンイチは振り向いて、
「そろそろ、隊長車に一撃くらい入れとこうかねぇ?」
「ひ――っ!?」
 ハンマーのヘッドを向けられたカチューシャが引きつった声を上げた。
「まー、『一撃くらい』っつっても、その一撃で沈んじまうかもしれないけどな。
 この七五式接射徹甲砲撃鎚の威力なら……」
「させませんっ!」
「おっと」
 しかし、カチューシャのT-34/85のもとに向かおうとしたジュンイチの前に、ノンナのIS-2が立ちふさがった。
「ノンナ!」
 頼れる副官の救援にカチューシャが表情を輝かせる――が、
「へぇ、立ちふさがるんだ。
 いいのか? いくらIS-2の装甲でも、この七五式接射徹甲砲撃鎚の一撃はシャレにならないぜ?」
(…………ん?)
「そううまくはいきませんよ。
 いかにあなたがその、七五式接射徹甲砲撃鎚を振るえるだけの腕力を獲得しようと、最大の弱点である“重さによる機動性の低下”を完全に解消できたワケではないでしょう」
(…………んん?)
「あなたがその、七五式接射徹甲砲撃鎚を一振りする間に、こちらは五手は仕掛けられます。
 一撃を受ける前にあなたを墜とせる可能性は、未だ残されています」
(んんん?)
「さぁて、そいつぁどうかな?
 オレだってこの、七五式接射徹甲砲撃鎚にばかり頼りきりってワケじゃ――」
「ちょっとちょっと! ストップストップ!」
 挑発し合うジュンイチとノンナのやり取りに、カチューシャはたまらず待ったをかけた。
「……何だよ、話の腰折りやがって」
「どうかしましたか、カチューシャ?」
「長いっ!」
 言って、カチューシャはジュンイチを指さした――正確には、ジュンイチの手にしたハンマーを。
「長い……って、何が?」
「それよっ!
 それの名前! 何よ! ななじ……なな……」
「ななじゅうごしきせっしゃてっこうほうげきつい」
「そう! それ!
 長すぎるのよっ! 覚えられないわ! もっと短い名前ないの!?」
「あるよ」
「あるの!?」
「正式な名前じゃないけどな」
 あっさりと答えるジュンイチの言葉に、カチューシャは思わず声を上げた。
「大洗の方でも、桃姉が同じこと言い出してね。手ェ加えたついでに名前も改名したのさ」
「じゃあなんでその名前で呼ばないのよっ!」
「正式な名前じゃないって言ったろ。
 仲間内でのあだ名みたいなモンだし、そんなローカルな名前で呼んでもお前らには通じないと思ったから正式名称で通してたんだけど……そういうことなら教えてやるよ」
 言って、ハンマーのヘッドをカチューシャに向けてかまえる――かかる超重量を支える、前に出した左足が地面のアスファルト舗装を踏み割る中、告げる。
「七五式接射徹甲砲撃鎚・改、改め――」



「タイランツ、ハンマー」



『Tyrant's Hammer』……“暴君の鉄槌”ですか。
 なるほど、先ほどの暴れぶりをまさに体言した名前ということですか」
「命名者の阪口さん曰く、まさにその通りの由来だそうな」
 ノンナに答え、ジュンイチは笑みを浮かべ、
「さて、そんじゃ新しい名前もわかってスッキリしたところで、これからどうするよ?
 このまま、タイランツハンマーを手にしたオレひとりを相手にボコボコニされるか、おとなしく降参するか……好きな負け方を選ばせてあげるよ」
「――っ、誰が降参なんて!」
「んじゃ徹底抗戦をお望み?
 別にかまわないけどいいことないよ。オレひとりにチーム丸ごと壊滅させられるハメになって、プライドを中心にいろいろへし折られるだけだって」
「フンッ! そのハンマーのおかげでちょっとくらい暴れ回れたからって、チョーシに乗らないことね!
 いくらあなたでも、私達をひとりでやっつけるなんて……ん?」
 ジュンイチに言い返そうとしたカチューシャだったが、唐突に気づいて首をかしげた。

『タイランツハンマーを手にした“オレひとりを”相手に……』

『オレひとりにチーム丸ごと……』

(そういえば……彼、さっきから『自分ひとり』ってところを妙に強調してるような……)
 目を凝らして、彼の背後、本来包囲していた建物の中をよく見てみる。
 先にやられたT-34はすでにこの三時間の間にオフィシャルの回収班によって撤去済みだ。おかげでよく見える建物の中は――



 真っ暗だった。



 明かりのひとつすらついていない。自分達の姿を隠すため、明かりを消して身を潜めているという可能性もあるが――カチューシャにはそうは思えなかった。
 なぜなら――
「ちょっと!
 あなたの仲間はどうしたのよ!?」
「さぁて、ね。
 今頃いったい何してるやら」
(――――っ!
 やられた! ダージリンもやられた手を、私達にも!)
 この状況に、“前例”があったから。
 ダージリンの見舞いに行った時に彼の存在を知って、あわてて確認した過去の試合。
 その最初、大洗と聖グロリアーナとの練習試合で同様の局面があった。
 待ち伏せに失敗し、窮地に立たされた大洗チームを救うために立ちふさがったジュンイチが大立ち回り。自分に注意が向いているその間に戦車隊を裏から逃がしていた。
 今のこの状況はあの時にそっくりだ。だとしたら――
「全車、建物の裏手へ!
 アイツはオトリよ! 戦車隊は裏から逃げた!
 裏に“糸”の包囲が途切れてるところがあるはず! そこから追撃よ!」
 叫ぶカチューシャの指示で、プラウダの残存車輌が動き出し――
「カチューシャ」
 不意に口を開いたのはジュンイチであった。
「“ありがとよ”」
「え――――?」
 しかし、その口から続いたのは感謝の言葉――意味がわからず、思わずカチューシャが止まり――
「“わざわざ自分達から正面を薄くしてくれて”」
「――――っ!?
 しまっt
 気づいたカチューシャの顔から血の気が引いて――しかし手遅れだった。ジュンイチの背後、建物の奥の暗闇の奥から飛び出した多数の砲弾が、隊長車の傍らのT-34を一輌、集中砲火でブッ飛ばす!
「悪いな、カチューシャ」
 そして、そんなプラウダ側に、カチューシャにジュンイチが告げて――
「さんざん『オレひとりで』って言ったけどさ――」







「悪い。ありゃウソだ」







 建物の中、黒いホロで車体を隠していた大洗の戦車隊が、ホロを取り払ってその姿を現した。
「だっ、だましたわね!?」
「おー、ウソついたぞ」
 抗議の声を上げるカチューシャに、ジュンイチは平然とそう答えた。
「けど安心しろ。他の部分についちゃウソは何ひとつ言ってないからさ」
「ウソ!
 『戦車はみんな逃げちゃった』みたいなこと言ってたじゃない!」
「『みたいな』だ。
 そのものズバリを言った覚えはねぇな」
 言い返してくるカチューシャに、ジュンイチはいけしゃーしゃーとそう答えた。
「西住さん達の行方聞かれて、オレは『何してるやら』としか答えてないぜ。
 建物の中にいたことについても場所を断言したワケじゃないし、息をひそめて隠れてる間、アイツらが何してたなんて知るよしもないから、『何してるやら』って言葉もウソにはならん。
 ウソなんかつかなくたって、知られたくないことをごまかすことなんてそう難しい話じゃないんだよ。
 最低限、言葉の裏を読めるようにならないと、オレとの出し抜き合いには勝てないぜ――」



「駆け引き下手の、お子ちゃまカチューシャちゃん♪」



「…………っ! また、お子ちゃまって……っ!
 二回も言ったわね! パパにも言われたことないのにっ!」
「正しくは三回目だ」
「…………あれ?」
「気にしてんなら言われた恨みの数くらい覚えとけよ……」
 ジュンイチに訂正され、思わず毒気の抜かれたカチューシャにジュンイチが呆れて――
「カチューシャ! 乗せられてます!
 彼らは包囲を突破するつもりです!」
「――――っ!」
「もう遅い」
 ノンナに指摘されてカチューシャが我に返る――が、ジュンイチの言う通り、それはすでに手遅れだった。ジュンイチの茶番にプラウダ側が気を取られているスキに再装填を済ませた大洗側の一斉砲撃が、再び不意を突かれたプラウダ側に新たな混乱をプレゼント。
「柾木くん!」
「おぅよ」
 そのスキに、大洗が動く――建物から飛び出した戦車隊の先頭、W号から呼びかけるみほに答え、ジュンイチがW号の上に跳び乗る。
 タイランツハンマーは置き去りだ。というか、急いでこの場を離れなければならないこの状況ではデッドウェイトにしかならない。
「まっ、待ちなさい!
 ――何やってるの! 早く隊列組み直して! 追うわよ!」
 一方、プラウダ側もカチューシャの号令のもと態勢を立て直しつつあった。カチューシャのもとへと一旦集結。脱出した大洗の戦車隊の追跡を開始する。
「おーおー、追ってきやがる♪
 んじゃ、冷泉さん」
「わかってる。
 この先だな?」
「そーそー」
 ジュンイチに答え、麻子がW号を走らせる――ジュンイチの投げつけた手榴弾で“糸”の包囲網を破り、廃墟エリアの中央方向へ。そのまま廃墟エリアを縦断して抜けるとその先の森へと入っていく。
 大洗の他の戦車もそれに続き、さらにプラウダも――森の中、戦車が通ってもそこそこの余裕がある道幅の林道を走ることしばし。
「ん。ここだね。
 じゃあ、みんな――あとは手はず通りに!」
 そう告げて、ジュンイチは宙に身を躍らせた。
 軽く跳躍し、自らその場に残る。慣性で新雪を蹴散らしながら着地し、追ってくるカチューシャ達を出迎える。
「――――っ!
 全車停止! アイツがいる!」
「よっ」
 対し、こちらに気づいたカチューシャが進軍の停止を命じる――そんな彼女に、ジュンイチは実に軽いノリで声をかけた。
「さっきぶりだなぁ、カチューシャ。
 とりあえず、目の前の相手に油断しないことは覚えたらしいな。感心感心」
「フンッ! 誰が油断したって!?」
 告げるジュンイチに対し、カチューシャは戦車の中から顔を出してきてそう返してきた。
「私はいつだって全力よ!
 毎日牛乳飲んでるし、ぶら下がり健康法も欠かしてないし、おっきくなった後何着たらいいか、ファッションの研究だって!」
「戦車道はどーした」
 ジュンイチが迷わずツッコんだ。
「やれやれ、ちょっと見直したと思ったらコレだ。
 あと何回ボコってやれば、気を引き締めるってことを覚えるのかね、このチビスケは」
「まっ、またチビって言ったわね!
 せっかく認めてあげたのに、どうあってもカチューシャのところに来ないつもり!? 大洗なんて弱小校の味方なんかしちゃって!」
「言ってるそばからまた油断。
 バカは死ななきゃ治らんか」
 ジュンイチの挑発にヒートアップするカチューシャに、ジュンイチは軽くため息をつく。
「オレがわざわざ“ここ”でお前さん達を出迎えた意味、わからないかな?」
「フンッ、そんなの!」
 ジュンイチに答え、カチューシャが周囲を見回す。
 少し開けた広場になっており、プラウダの戦車だけなら――否、プラウダの残存戦車とジュンイチだけなら余裕で大立ち回りが出来るだけのスペースになっている。
「あなたが私達をここで迎撃するためでしょう!?
 でも、甘く見られたものね!」
 つい先ほどさんざん煮え湯を飲まされたというのにカチューシャは余裕だ。というのも――
「あなた、あのハンマーさっきの場所に置いてきたでしょう! 見てたんだから!
 アレさえなきゃ、あなたなんて怖くも何ともないんだから!」
 カチューシャが言い放つと同時、プラウダの戦車隊が動いた。ジュンイチをグルリと包囲して――
「そーゆー考えがまず甘い」
 ジュンイチはかまわず右手を一閃。投げつけた小石が“一本の木の根元で“糸”を留めていた小枝を”弾き飛ばして――







 プラウダ戦車隊の周囲で、雪中に隠されていた“それ”が姿を現した。







「なっ、何!?」
 枝のしなりを活かした仕掛けによっていきなり飛び出してきたそれにカチューシャが驚く。何が出てきたのかと目をこらすと――
「――燃料タンク!?」
 そう、それは大洗の各戦車の予備燃料タンクだった。
「言ったろ? 『お前らが三時間も時間をくれた』って」
 ジュンイチの言葉に、あの三時間の間にこんなところにもトラップを仕掛けていたのかと驚愕する。
 しかし、それでも時間がなかったのか少しやっつけ仕事気味だ。本体とつないであった燃料パイプのバルブがしめられておらず、ガソリンがもれ出ていて――
「――――っ!?」
(違う――これわざとだ!)
「顔出してる子達! 全員車内に退避! 急いで!」
 気づいたカチューシャが声を上げ、各車の車長達があわてて車内に引っ込んで――
《ありがとよ》
 自らも車内に入ったカチューシャにジュンイチの声が届く――思念通話によるものだが、そうとは知らないカチューシャはどうしてジュンイチの声が聞こえるのかと驚くばかりだ。
《こっちから警告するまでもなく、“安全対策”してくれて》
 が、ジュンイチはかまわない。空中に放り投げたのは、火のついたオイルライター。当然気化したガソリンに引火、爆発的な急速燃焼を起こして――







 すべての燃料タンクが爆発。火のついたガソリンが飛び散り、プラウダの戦車へと降り注いだ。







 一般的なイメージとして、ガソリンと言えば引火したら無条件で爆発するものと思われがちだが、厳密には必ずそうなるとは限らない。

 ガソリンの燃え具合は、基本的に引火した際のガソリンの状態によって変わる――爆発的な燃焼を起こすのは、揮発、気化して酸素と程よく混じり合った状態で引火した場合だ。
 そうなる前、揮発していない液状のままでは液内に酸素が存在しないため引火すらしない。火を近づけたところで、揮発するそばから引火していき、液状のガソリンの表面で単純な燃焼が続くだけだ。
 一回戦でケイが率いるサンダース戦車隊がジュンイチの“糸”による包囲網を焼き払ったのも、こうしたガソリンの燃焼の仕方を逆手にとったものであった。

 そして今、今度はジュンイチがそれをやった。低温で揮発が進みづらい環境を逆手にとって、すでに揮発して周囲の空気と混じり合ったガソリンに着火――それを通じて、燃料タンク内でまだ十分に揮発していない状態のガソリンにも火をつけ、周囲にぶちまけたのだ。
 結果、飛び散った引火済みのガソリンを浴びせかけられたプラウダの戦車隊はそのことごとくが炎に包まれてしまう。
「まったく! なんてムチャクチャやってくれるのよ、アイツ!
 けどおあいにく様! そんな攻撃じゃ、私達の戦車に通じるワケがないじゃない!」
 しかし、燃えているのはあくまでガソリンであって戦車ではない。装甲の上でいくら火を炊かれたところで何するものぞと息巻くカチューシャだったが、
「そいつぁどうかな?」
 ジュンイチが淡々と告げた、その時だった。



「…………こほっ」



 足元で、操縦手の子がせき込んだのが聞こえたのは。
「ちょっと、どうしたのよ?」
「す、すみません、同志カチューシャ」
 まさかこの寒さで体調を崩したのか。心配になって声をかけるカチューシャに、操縦手は心配をかけてしまったことを謝罪して――
「少し、煙で息苦しくて……」
「――――――っ!?」
 しかし、続く説明はカチューシャを戦慄させるには十分すぎる“意味”を持っていた。
(ちょっと……!?
 なんてえげつないこと考えつくのよ、アイツ!?)
 気づいたのだ――ジュンイチの“狙い”はまさにこれだと。
(アイツが狙ったのは戦車じゃない――)



(私達だ!)



 言うまでもないことだが、火を燃やすのに必要なのは“燃料”と“熱源”、そして“酸素”の三つだ。
 その内、燃焼によって消費されるのは燃料と酸素。そして、人体に影響を及ぼすのは――
(アイツ……私達自身を、酸欠で行動不能にするつもり!?)
 そう、酸素だ――通常、空気中の酸素の含有率は二割余りで、人体はこの環境化での呼吸を前提とした身体の造りとなっている。
 そしてその“造り”は非常にデリケートだ。二割余りの含有率、それを上回っても下回っても、いずれの環境下でも人体に悪影響を及ぼす。
 ジュンイチはまさにそこを突いてきた――具体的には後者。ガソリンを燃やして一帯にぶちまけることでこの広場全体を火の海に変え、さらに戦車にまとわりつく形で炎を燃やすことで、戦車周辺、さらには戦車内の酸素を重点的に消耗させ、自分達を酸欠に追い込むつもりなのだろう。
 そして自分達はそれに抗う術を持たない。確かに大戦当時の運用下では毒ガス対策として気密性の強化や酸素マスク、ガスマスクなどの装備が用意されていたが、言うまでもなく毒ガスなど使用禁止に決まっている戦車道で使う戦車にそんな用意がされているはずもない。
「ど、どうしよう!?
 こんなの、どう防げばいいっていうのよ!?」
 完全に戦車道の常識の外側に外れた攻撃だ。こんなもの、カチューシャに対処の経験などあるはずもない――というか、そもそも対処の経験のある戦車道選手などいるかどうかすら疑わしいレベルだろう。
 どの戦車も、車上にかかったガソリンが燃え尽きるまでしばらくかかりそうだ――前述の「低温でガソリンの揮発が阻害された環境」がガソリンの燃焼を遅らせているためだ。
 このままでは、確実に炎が燃え尽きるよりも先に自分達が酸欠で倒れることになる。ジュンイチはそうなる危険に気づいた自分達が降参するのを狙っているのか――
(そうだ! 酸素があればいいんじゃない!)
 が、何も思いつかなかったワケではなかった。ハッチを開けて外気を取り込めばいいと思ったカチューシャがハッチに手を伸ばし――

 ――むわっ。

「う゛っ」
 伝わってきた“それ”に気づいて手を止めた。
「カチューシャ、何を……?
 ――そうか! ハッチを開ければ空気が!」
「ダメ!」
 そんなカチューシャの様子に、彼女のやろうとしていたことに気づいた通信手がハッチに手を伸ばす――が、それをカチューシャはあわてて止めた。
「ハッチに触っちゃダメ!
 外の火でメチャクチャ熱くなってる! 火傷しちゃうわよ!」
 そう。彼女が手を止めたのは、その熱気に気づいたからだ。カーボンコーティングがされている他の部分と違い、構造上どうしても外気に触れるハッチのハンドル部分には外の熱が直接伝わってきているのだ。
 気づかず触れようものなら、確実に火傷していた――と“その時”を想像したカチューシャが身震いすると、
〈カチューシャ!〉
 無線で呼びかけてきたのはノンナであった。
〈二時方向の炎が薄いです!
 そこからなら抜けられます! この炎のフィールドから脱出してください! 早く!〉
「わっ、わかったわ!
 全車、全速前進! この炎から脱出するのよ!」
 ノンナに言われ、カチューシャは全車に指示。ノンナの見つけた突破口から炎に包まれた一帯からの脱出を図る。
 ジュンイチからの追撃は――ない。そのまま炎の中から飛び出して、見慣れた雪に覆われた森の中へと飛び出して――
〈木に体当たりしてください!〉
「ノンナ!?
 いきなり何を――」
〈雪です!〉
「――――っ! そうか!
 木に体当たりしなさい! 上の雪を落として被るのよ!」
 続く指示でノンナの意図に気づいた。カチューシャの指示で戦車が木々に次々と体当たり。頭上の枝に積もっていた雪を片っ端から戦車の上に落としていく。
 と――雪に覆われた部分の火が、まだガソリンが残っているにもかかわらず消えてしまった。
 火の上に一気に覆いかぶさった雪が、一時的に炎への酸素供給を阻んだからだ――酸素を失い、弱まったところへ雪の冷たさで一気に冷やされたことで、酸素と熱、火が燃える上で必要な三つの要素の内二つまでもを失った火が一気に鎮火したのだ。
 加えて、火によって加熱させられていた装甲も雪によって冷やされた。じきにハッチも開けられるようになるだろう――



「火攻めを乗り越えて、一安心って顔だな」



「――――っ!?」
 聞こえてきた声に、カチューシャの心臓が跳ね上がる――まだ熱いんじゃないかとおっかなびっくりハッチを開け、外に顔を出して周囲を見回すと、
「ここだよ、ここ!」
 声は上から――見上げると、木の枝の上にジュンイチの姿がある。
「いやぁ、やってくれるじゃねぇか。
 正直、あの火攻めで終われると思ってたんだけど、まさかしのがれるとはねぇ。
 的確な判断、恐れ入るよ」
「フフン、そうでしょう!
 ウチのノンナはすごいんだからっ!」
「つまりあの“的確な判断”はお前じゃなくてノンナさんのもの。
 つまりノンナさんはすごいけどお前はすごくないと」
「ムキーッ!」
 奇策は破ったと勝ち誇るカチューシャだったが、口ではジュンイチの方が一枚も二枚も上だ。あっさりと揚げ足を取られてしまう。
「まっ、まぁいいわ!
 戦車の予備燃料タンクまで使ったんだもの! さすがに作戦もネタ切れでしょ!
 あとは、あなたをやっつけてから、燃料の残り少ないそっちの戦車を追い詰めて叩くだけよ!」
 しかし、有利なのは自分達だと気を取り直す。そんなカチューシャの言葉を合図に、プラウダの各戦車の車長達が、マシンガンを手に姿を現す。
「……すっかり、オレ対策=マシンガンが当たり前になってきたなー……」
 その光景にジュンイチがため息まじりにつぶやいて――銃撃が始まった。



    ◇



「終わったわね」
「え…………?」
 唐突につぶやいたのはダージリンだった。いきなりの一言に、オレンジペコは不思議そうに振り向いた。
「『終わった』って……もう決着ってことですか?」
「正確には『終わらせる準備が整った』と言うべきかしら」
「どういうことですの?」
「彼の策はしのがれてなんかいない。
 未だ継続中――そして、最終段階に至りつつある。
 そのことにカチューシャか、もしくはノンナか……どちらかが気づけなければ、プラウダは彼の前に敗北することになる……」
 オレンジペコに答えるダージリンだったが、断片的すぎて何のことだかさっぱりだ。ローズヒップが首をかしげるのも無理はなかろう。
「あのハンマーで強烈な印象を与え、火計で仕込みを打つ……
 みほさん達を逃がしたのもそう――あれはただ逃がしたんじゃない」
 言って、ダージリンの見つめたオーロラビジョンの一角、フィールドのマップを見て――
『あ』
 ようやく気づいた。声をそろえるオレンジペコとローズヒップにうなずき、ダージリンに代わってアッサムが告げる。
「そう。
 彼はみほさん達をただ逃がしたんじゃない――」



「次の作戦のために、移動してもらったんです」



    ◇



「いやー、柾木のにーさん、大暴れっスね、姐さん!」
「あぁ……」
 一方、アンツィオ組――ジュンイチの暴れっぷりに大興奮のペパロニが声を上げるが、対するアンチョビのリアクションは薄い。
「ドゥーチェ……どうかしたんですか?」
「お前ら……」
 尋ねるカルパッチョに返す形で、アンチョビは尋ね返した。
 曰く――



「どーにも、アイツらしくないと思わないか?」



    ◇



「らしくない……ですか?」
 マジノ組でも、エクレールが同様の疑問を抱いていた。聞き返すフォンデュにうなずき返す。
「今までの彼は、良くも悪くも『使えるものは全部使う』というスタイルで戦ってきました。
 地形も、戦況も……そして敵の戦術や心理ですらも。
 そして、今までの試合……三回戦は例外として、二回戦までは、それが西住さん達大洗チームのチームメイト達を鍛えるために発揮されてきたワケだけど……」



    ◇



「ここに来て、作戦上のそういった意味が一気に薄れた。
 もっと言うと……戦車組の役割の割合が一気に削られた、彼の独壇場とも言える戦いにシフトしていて、彼女達の出る幕が、経験を積む機会が見当たらない……」
「Yes.」
 サンダースの面々の間でも――つぶやくアリサに、ケイがうなずいた。
「戦車組を鍛える必要がなくなった、とか……?」
「だとしてもおかしいわ。
 ミホ達を鍛える必要がなくなった……それが彼の指導からの卒業を意味するなら、今やミホ達も立派な戦力のはず。
 そして、使えるものは何であろうと使ってきた彼なら、そんなミホ達を戦力として活用しないはずがない。
 それなのに、役目こそ与えていても、戦いのメインはあくまで彼……」
「戦車を温存しているのか……?
 もしくは、育成の完了した西住達の実力を、決勝で戦うだろう黒森峰か継続に対して隠している……?」
「いくらミホ達が強くなったと言っても、戦車の性能差の不利が解決していない以上、大洗側にそんな余裕があるとは思えないけど……」
 アリサに、ナオミに返し、考え込むケイだったが――いくら考えても、答えは出なかった。



    ◇



「よっ、ほっ、はっ――からのっ、ちゃーっ、しゅーっ、めんっ!」
 自分に向けてばらまかれるペイント弾を、ジュンイチは新雪に覆われた足場をものともしない軽快な動きでかわしていく――思いっきりネタをはさんでいる辺り完全に余裕である。
 もちろん、その合間に反撃も――苦無手榴弾を投げつけるが、カチューシャ率いるプラウダ戦車隊もそう簡単には当たってくれない。ジュンイチの奇策にさんざんに翻弄された彼女達だが、真っ当に戦えば真っ当に強いのだ。
「フンッ! やっぱりハンマーがなくって決定力が足りてないじゃないっ!
 このまま押しつぶしてやりなさい!」
 そんなジュンイチの姿に、カチューシャは警戒すべき攻撃はないと判断。このまま攻め立てるよう命じるが、
「オレに決定力がない、ねぇ……」
 そんなカチューシャの声はジュンイチにもバッチリ聞こえていた。間合いを取って着地、攻防が一区切りついた中そうつぶやく――もちろん、その声は思念通話でカチューシャにも伝わっている。
「何よ、違うっていうの!?」
「いんや、その通りだよ」
 だから、カチューシャも聞き捨てならなかった。ジュンイチの返答次第では改めて警戒しなければならない要素について聞き返す――しかし、対するジュンイチはあっさりと先のカチューシャの言葉を肯定した。
「お前さんの言う通りだよ。
 仕方なかったとはいえタイランツハンマー置いてきちまったからなー。今のオレにできることと言ったら駆動輪なり履帯なりをブッ壊して走れなくしてやることぐらいさ」
「しっかりヤなことできるじゃないっ!」
「いやいや、それだってさっきから狙ってるのに、お前らの動きがいいからちっとも決まりやしない」
 ツッコんでくるカチューシャに返し、ジュンイチは肩をすくめ、
「だからさ――」



「フィニッシュはウチの教え子どもに譲ることにするよ」



 その一言と同時――T-34/85が一輌、大きく揺れた。
 砲撃だ――見れば、森の中にこちらへ側面をさらし、主砲だけをこちらに向けた八九式の姿があった。
 その主砲からは煙が上がっている。どうやら今の砲撃はあの八九式が放ったもののようだが――
「……フッ!
 何かと思ったら! 脅かさないでよね!」
 カチューシャはあくまで余裕だ。なぜなら――
「今さら八九式の主砲で何ができるのよ!?
 どうせならW号かV突で狙ってこればよかったのに! ここへ来て初めて詰めを誤ったわn

 ――シュポンッ。

 音を立てて、今八九式に撃たれたT-34/85から白旗が揚がった。
〈プラウダ高校、T-34、走行不能!〉
「な――っ!?」
 審判からの撃破判定にカチューシャが言葉を失う――しかしそれも無理はない。
 何しろ相手は対歩兵戦を想定した八九式だ。その主砲も当然歩兵のバリケードを破ったりする使い方を想定していて、それほど強力なものが積まれているワケではない。T-34の装甲の前には歯が立たないはずなのだ。
 それなのに、こんな――と、そこでカチューシャは思い至った。
 撃ち抜けるとは思っていなかった攻撃で撃ち抜かれる。これは――
「まさか、あなた――関国商みたいに反則を!?」
「一緒にすんなよ。
 ちゃあんと、試合が始まった後、合法的にやらせてもらったわ――しかも、てめぇらの目の前で堂々とな」
 問い詰めるカチューシャだったが、ジュンイチは心外だとふくれっ面でそう答える。
「思い出せよ――オレがお前らに何したか。
 そして――」



「お前らが、それに対してどうしたか」



「え…………?」
 ジュンイチのその問いに、カチューシャは思わず眉をひそめた。彼が何かしたというならまだしも、自分達の行動も関係していたというのか――
「な、何したかって……
 私達は、アンタが火攻めにしてきたから、雪でそれを……消し、て……」
 ジュンイチに返し、声に出す形でカチューシャがつい今しがた交わされた攻防を思い返し――が、その言葉は尻切れトンボにかすれていき、
「――あぁぁぁぁぁっ!?」
「よーやく気づいたか。
 ま、今となっちゃ手遅れだけど」
 「やっちゃった」と驚きの表情で声を上げるカチューシャに、ジュンイチはフンと鼻を鳴らした。
「お前らが消火してから今まで、ドンパチやらかしてしっかり時間稼がせてもらったからな。時間かけた分、ダメージもじっくりと浸透してくれたろうからな。もう頃合だろ。
 と、ゆーワケで――」
 言って、ジュンイチは軽く右手を掲げて――
「ヤッチマイナー」
 その手を振り下ろして合図して――カチューシャ達がジュンイチに気を取られているスキに包囲を終えた大洗戦車隊が、一斉砲撃を開始した。



    ◇



「ぅわぁ」
 観客席――そんなうめき声を上げたのは果たして誰なのか。
 しかしそんなうめき声が上がるのも無理はない。そのくらい、大洗によるプラウダ戦車隊への包囲は完璧にハマっていた。

 ジュンイチは、プラウダがあの火攻めからどちらに逃げ、どこで雪による消火を試みるか、木々の生え方や位置、積雪の具合から完全に読んでいた。
 そして、その読みに基づいてみほ達を先回りさせておいて、自分は相手の注意を引きつけつつ足止め。
 十分にダメージが“染み込んだ”ところを見計らい、八九式に撃ってもらってその効果の程を確認。
 ついでにカチューシャに己の失策に気づかせ動揺を誘い、そこへみほ達戦車隊による本命の包囲・波状攻撃――
「よ、容赦ないですね……」
「カチューシャったら、試合前に思いきりみほさん達を小馬鹿にしたらしいから……
 彼を怒らせたらどうなるか……前の試合で彼自身が証明してみせたのに、それを知らないままに手を出してしまったのは、失敗だったと言わざるを得ないわね」
 口元を引きつらせるオレンジペコに答えると、ダージリンは紅茶を一口。
「でも……」
 と、その時、突然首をかしげたのはローズヒップであった。
「どうして、いきなり大洗の攻撃が効き始めたんですの?」
「あぁ、それはですね……」
「ローズヒップ」
 答えようとしたオレンジペコだったが、そんな彼女を制したダージリンが口を開いた。
「あなたのご実家は、ご兄弟がたくさんの大家族だそうね?
 だとすると……冬はやっぱり鍋を?」
「あー、やりますねぇ。
 みんなで具の取り合いになりますけど、にぎやかで楽しいですわ」
「なら、その時……後片づけに関して、お鍋の取り扱いで何か注意されたりしなかったかしら?」
「あぁ、はい。
 土鍋が熱い内は水をかけたりして冷やしてはダメだって。
 何でも、お鍋が割れちゃうからだとか……」
「そう」
 答えるローズヒップに、ダージリンは満足げにうなずいた。
「それと同じことが、プラウダの戦車の装甲に起きたのよ」



    ◇



「……熱膨張、ですね」
「あぁ」
 アンツィオ組も、ジュンイチの“仕掛け”に気づいていた。確認するカルパッチョに、アンチョビがうなずいた。
「あの火攻め――あの狙いは、ビビらせて降参させようとか、酸欠でダウンさせようとか、それだけが目的じゃなかった。
 今言ったような形でそのまま終わってくれればそれでよし。だが、そうならなかった時のことまで考えてあったんだ」
「それが……アレっスか?」
「あぁ」
 聞き返してくるペパロニに答え、アンチョビは続ける。
「降参しないとしても、プラウダ側としては戦車に放たれた火は何とかしたいところだ。
 だが、モノがモノだ――何しろ火のついたガソリンを頭からたっぷり浴びせかけられたんだからな。あくまで応急対処用でしかない車載の消火設備で太刀打ちできるレベルじゃない。
 あの場、あの状況でプラウダがあの火を消せる方法があるとすれば……」
「雪を被って、燃焼に必要な酸素を遮断すること……」
 つぶやくようなカルパッチョの答えに、アンチョビはうなずいた。
「だが、それも戦車にとってはあまりいいこととは言えない。
 物質ってのはよほどの特殊な素材でもない限りは加熱すれば膨張し、冷えると収縮するものだが、金属や陶器といった硬質の物質の場合、それは決して無視できない負荷になる。
 当然、戦車の装甲もだ。急激な膨張と収縮が深刻な金属疲労となってダメージを与えてしまう――結果、プラウダの戦車は軒並み装甲をボロボロにされてしまった。
 大洗の戦車の砲撃が急に通り始めたのはそのせいだな」



    ◇



「くっ! 反撃よ! 反撃!
 あんな戦車にいつまでも好き勝手させるもんですか!」
 何発か被弾、幸い白旗が揚がることはなかったが、装甲がもろくなっていることがわかっているだけに毎回肝が冷える――これ以上やらせてなるものかと部下に反撃を命じるカチューシャだったが、
「ど、どの戦車を狙えば!?」
「え!?
 そ、それは、えっと……」
 部下からの問い返しに言葉を詰まらせる――原因は大洗の動きだ。
 自分達のいる広場の周り、森の中を周回しながらこちらを狙ってきている――手前の木がその姿を隠すブラインドになって、こちらからの戦車の判別を困難にさせているのだ。おかげで狙う戦車を指示しようにも、狙いを定めた戦車の車種を見定めている間に狙える範囲から逃げられてしまう。
 唯一、砲塔を横に向けられない、そのためにこの包囲に参加していないであろうV突なら動き方も違うだろうしすぐ見つけられるだろう……とも思ったが、大洗側もそんなことは百も承知。包囲のさらに外側、森のさらに奥から、包囲のすき間を突いてこちらを狙ってきているようだ。
 しかも頻繁に位置を変えた上で撃ってきているらしく、射線から位置を特定するのも不可能に近い。
「くっ、させませんっ!」
 それでも状況を打開しようとノンナが動いた。正面を通りかかったM3に向けて、タイミングを合わせて砲撃を放つが、
「さぁ、油断せずに往こう」
 ジュンイチには通じない。先読みしていた彼の“砲弾返し”を受け、ノンナのIS-2もリタイア。
「ノンナ!?
 ――きゃあっ!?」
 そしてついにカチューシャも。彼女のT-34/85が被弾。白旗こそ揚がらなかったものの、衝撃でカチューシャの小さな身体が戦車から放り出されて宙を舞い――
「おっと」
 それを受け止めたのはジュンイチだった。
 ただし――



 お姫様抱っこで。



「え…………?」
「よっ」
「え? 柾木……ジュン……ぅえぇっ!?」
 一瞬、何が起こったかわからなかったカチューシャだったが、自分がジュンイチに、しかもお姫様抱っこで抱きかかえられていると知ってその顔が一気に紅潮する。
「あ、あああっ、あなたっ、何をっ!?」
「『何を』……って、お前が落っこちたからレスキューしたんだけど」
「………………」
 が、そこで安易なラブコメ展開に向きかかった流れを平然と叩きつぶすのがジュンイチクォリティ。気にすることもなくあっさりと真相を告げられ、カチューシャの動揺は一気に鎮まった。
「……レスキュー?」
「おぅ。
 関国商のバカどもじゃあるまいし、別にお前さんらをケガさせたいワケじゃねぇんだ――勝敗に影響しない範囲なら、対戦相手だろうがレスキューすんのは当然だろう?」
「………………っ」
 だが、気にすることがないからこそ、放り込まれる爆弾もある――あっさりと断言されたその言葉に、『“隊長である”自分を助けても、今さら自分達の勝ちは揺るがないとでも言うのか』とカチューシャの機嫌が急転直下。
 しかし――カチューシャがそれを実際に追求することは叶わなかった。
「よっと」
 お姫様抱っこから体勢を移行。いきなりジュンイチがその両手でカチューシャの身体を頭上に掲げるように持ち上げたからだ。
「え!? ちょっ!? 何を!?」
「『レスキュー』っつったろーが」
 あわてるカチューシャに、ジュンイチは平然とそう答え、
「このままここにいたら流れ弾とか危ないからな。
 と、ゆーワケで――」
 そのまま、カチューシャを持ち上げた両手を大きく後ろへと振りかぶり――



「キャッチぃっ! アンドぉっ! リリぃぃぃぃぃスぅっ!」



 ぶん投げた。
 カチューシャの小さな身体を、広場のすみの雪だまりへ――まるでサッカーのスローインのように、思いっきり。
「ひゃあぁぁぁぁぁぶっ!?」
 もちろん、カチューシャにしてみればたまったものではない。悲鳴と共に宙を駆け抜け――つぶれた悲鳴と共に頭から雪だまりに突っ込んだ。
「ぷはぁっ!」
 雪の中必死にもがき、なんとか脱出――雪の中からカチューシャが顔を出すと、
「あー、今黒ひげ危機一髪っぽく車長が宙を舞ったT-34、しばらく殺らないでくれる?」
 咽喉マイクでみほ達に呼びかけながら、ジュンイチがカチューシャの前に立ちはだかった。
「さて。
 これでお前の戦車はしばらく放置だ。
 つまり――」
 言って、ジュンイチは右手を頭上へとかざし、
「オレがお前さんをぶちのめしてリタイアさせる時間ができたワケだ」
「ひ――っ!?」
 かざした右手が振りかぶられた手刀だと気づいたカチューシャが、恐怖で悲鳴を詰まらせた。
「まっ、待ちなさいっ!
 私を叩く気!? しゅくせーするわよっ!」
「今チーム総崩れなんだけどそんな余裕あるの?」
「う……
 そ、そうだ! 見逃してくれたら、さっき食べたピロシキの残ったのあげるからっ!」
「作り置きの余りなんぞいるか。
 冷えたピロシキもらって持って帰って家で温め直すくらいなら、材料買って帰って自分で作るわ」
「理由が家庭的!?
 じゃ、じゃあ……」
 ジュンイチに一蹴されて、カチューシャはなんとか手刀の一撃を免れようと交渉材料を探して周囲を見回して――
「――殴られたくないか?」
「え――?」
 告げられた一言に一瞬面食らうも、その意味を理解したカチューシャはブンブンとものすごい勢いで首を縦に振り――



「『ごめんなさい』は?」



「………………え?」
 続く一言に、カチューシャの目がテンになった。
「お前、試合前にウチの子達をさんざん小馬鹿にしてくれたよな?
 しかも、もう勝ったつもりで『オレをもらう』宣言まで。オレぁモノじゃねぇんだぞ。
 トドメが降伏勧告の土下座要求――以上、こっちに対してぶちまけてくれた無礼の数々に対する侘びがまだなんだが?」
「ハァ!? 何よ、それ!?
 どーしてこの私があなたたc
 しかし、カチューシャの言葉はそこで途切れる――振り下ろされた手刀が、カチューシャのすぐ脇の雪だまりを斬り裂いたからだ。
 そう、“斬り裂いた”――衝撃で飛び散った雪はほんのわずか。鋭い手刀の一閃は、雪だまりを、そしてさらにその先の雪原、広場と森を隔てる立ち木までもを斬り裂いている。
「……チッ、外したか」
「あっ、あああ、あなたの手刀は聖剣エクスカリバーか何か!?」
「どっちかっつーと聖剣っつーより妖刀村正な気がするが――自分で言うのも何だけど」
 ウソつけ、絶対脅し目的にわざと外しただろ――とツッコむ余裕もない。それ以上に手刀の威力に恐れおののいたカチューシャにジュンイチが返す。
「さて、それはともかく改めて聞くぞ。
 『ごめんなさい』は?」 
「うぅ……っ」
 カチューシャが口ごもっている間にも、プラウダ側はみほ達の攻撃で少しずつその数を減らしていく。
「『ごめんなさい』は?」
 プラウダ側の誰もが、フラッグ車やカチューシャ不在となった隊長車を守ろうと奮戦しているが、ここまで戦線を崩されてはもはや時間の問題で――
「さぁ……
 『ごめんなさい』は?」
 殺気(脅し)に満ち溢れた視線が、ねっとりとカチューシャの全身にまとわりつく――











「……ごぉめんなさぁいっ!」











 ほとんど絶叫に近い勢いでカチューシャの謝罪の声が上がり――まさにそれを待っていたかのようなタイミングで、隊長車とフラッグ車がまとめて撃破された。



    ◇



「……ごめんなさいゴメンナサイ御免なさいGOMENNASAI……」
「……ジュンイチ。
 最後の辺り、集中砲火で上がった雪煙でよく見えなかったんだけど……アンタ何やった?」
「チョーシこいてた馬鹿にちょいとお灸を据えただけだよ」
 あの一言でいろいろと決壊したらしく、試合後、自陣にあいさつにやってきたカチューシャは恐怖で半ばブッ壊れていた。ノンナの後ろに逃げ込み、うわ言のように謝罪の言葉をくり返すカチューシャを前に、ジュンイチはしれっとライカに答えた。
「だーいじょーぶだって。
 ちゃんと、直接手は出さずに済ませたから」
「うん。とりあえず、“直接手を出された方がよほどマシなこと”をやらかしたってことはよくわかったわ」
 もちろんカチューシャ至上主義のノンナからは思いっきりにらまれているが、そんな視線で怯むジュンイチではない。そんな彼にライカがため息をついて――
「えっと……カチューシャさん?」
 こういう時のフォローの役目はだいたい彼女に回ってくる。目線を合わせてしゃがみ込み、みほがカチューシャに声をかけた。
「ごめんなさい。
 うちのジュンイチさんが……」
「……うぅ……っ」
 ジュンイチによって思いっきり恐怖を植えつけられたカチューシャの心に、みほの優しさはよく染みた。カチューシャの目に、これまでは違った意味での涙が浮かび、
「ぅわ〜ん、ミホーシャぁっ!」
「み、みほ……え?」
 泣きついた。すがりついてきたカチューシャにいきなりあだ名を命名されたみほが戸惑い、
「計 画 通 り」
 どこぞの自称“新世界の神”の如き笑みを浮かべているのはジュンイチだ。
「柾木くん……?」
「なぁに、前回の関国商戦で“横のつながり”に助けられたから、その辺もーちょっと広げとこうかと」
 聞きつけ、眉をひそめる華に、ジュンイチはあっさりとそう答え、
「人間、思いっきり凹まされたところから肯定されると、ころっとほだされちまうモンだからなぁ。
 オレが叩いて西住さんの優しさで篭絡。完璧な布陣だぜ」
「それって、カルト宗教の洗脳の手口……」
「しっ」
 ポロッとツッコミの言葉をもらした優花里を沙織が止めた。
「うぅっ、アイツはひどいヤツだったけど、あなたは優しいのね、ミホーシャ。
 決勝戦、応援させてもらうわ。がんばってね」
「はいっ!」
 一方、ジュンイチの目論見通りカチューシャはすっかりみほに懐いていた。応援の言葉にみほがうなずいて――



「ついに決勝まで来たな」



 そんな和解ムードの空気の中に、その言葉は唐突に投げ込まれた。
「お姉ちゃん……」
「西住、まほ……っ!」
 そう、まほだ――みほやカチューシャがその名を口にする中、エリカを伴って二人の前に進み出て、
「残念だったな、カチューシャ。
 だが、勝つも負けるも兵家の常。あまり気にしないことだ」
 カチューシャに告げるまほだったが、その声色はどこか元気がなさそうで――
「フンッ、気にしてるのはどっちよ。残念そうな顔しちゃって。
 去年自分達を倒した相手が脱落したのよ。優勝に一歩近づいたんだから、もっと喜びなさいよ」
「喜べるものか。
 できることなら、今年の内に雪辱を果たして、遺恨なく大学に進学したいと思っていたからな。
 残念だが、決着は大学に持ち越しだな」
「フンッ! 大学でもカチューシャが勝つわよ!」
 まほの言葉に、すっかり元の元気を取り戻したカチューシャが答えて――







「みほ」







「――――っ」
 新たな声が乱入――そのとたん、みほの全身が強張った。
「お、お母、さん……っ!」
 そう、西住しほの登場だ――現れた彼女の威厳に圧倒されて自然と誰もが道を開ける。まるでモーゼの十戒のように、しほは悠々とみほの前に進み出てくる。
「久しぶりね、みほ」
「は、はい、おk
「今日は、西住流の家元としてここに来ました」
「は、はい……」
 母と呼ぼうとしたみほに対して先手を打つと、しほは深く息をつき、
「西住みほ。
 あなたを――」



「西住流から、破門します」



『…………っ』
 単刀直入に突きつけられたのは厳しい処分。しほの言葉に、その場の誰もが息を飲んだ。
「……は、もん……!?」
「みほ……あなたは、西住流を継ぐかもしれない身でありながら、一度戦車道から背を向けた。
 すべての戦車道選手の規範とならなければならない立場で、それが決して良い目で見られない行動であることはわかりますね?」
「は、はい……」
 中でも、当事者であるみほのショックは格別だ。呆然とつぶやくみほに告げ、しほは続ける。
「しかも、それだけのことをしておきながら、何事もなかったかのように戦車道に戻ってきた……そのことで、流派の中から厳しい声が多数上がっている――家元として、この問題を放置することはできません」
「だから、西住殿を破門にして事を収めようっていうんですか!?
 そんなの、西住殿は生贄も同然じゃないですか!」
「そんなのひどすぎないですか!?」
 しほの言葉に憤慨し、声を上げる優花里と沙織だったが、
「……あなた達の言い分はわかったわ。非常に友情溢れる素晴らしい意見ね。
 でもね……」
 そんな二人に告げるのはライカだ。そう告げると軽くため息をつき、
「そーゆーセリフはあたしの後ろから出てきて堂々と吐きなさいよっ!」
「だって、すごい勢いでにらまれて怖いんだもの」
 ツッコむライカに、優花里と二人で彼女の背後に隠れた沙織はあっさりと答える――「怖……」とその言葉に一瞬しほの肩が震えたのに気づいたが、まほはあえて指摘の言葉を飲み込んだ。
「……流派を背負うということは、そういうことなのです。
 たとえ実の娘であっても……いえ、実の娘であるからこそ、私情をはさむことなく、厳正に対処することで示しをつけなければならないのです。
 ……あなたなら、私の言っていることがわかりますね?」
 だが、ショックを受けたことなどおくびにも出さず、しほが続ける。そして同意を求めたのは――
「……はい。
 あなたの、言う通りです」
「華!?」
 華だった――うなずき、しほに同意してみせた華に、沙織が思わず声を上げる。
「沙織さんも、あの場にいたじゃないですか……
 戦車道を続けることに反対していた母に、わたくしが勘当を言い渡されたあの場に」
「……ぁ……」
 だが、華の言葉に思い出す――そうだ、華もまた、今のみほと同じ立場なのだ。
 あの時、華は母からの勘当の宣告を甘んじて受け入れた。あの時すでに、華はしほの言う『流派を背負うことの意味』を理解していたのか。だから、流派を守るためには仕方がないと、あの勘当を受け入れたというのか。
 しかし――
「……ごめん、華。
 やっぱり、私にはわかんないや。
 だって……今でも私、華が勘当されたのひどいと思ってるもん」
 それでも、沙織は華にそう答えた。
「そりゃ、私んち家元でも何でもない、普通の家だよ。
 流派を背負うとか、そんな責任のある大きな家じゃない……華やみぽりんがどれだけ重要な立場なのか、なんて、きっと知識でしかわかってない。
 でも……だからって、それが家族の縁を切ってでも守らなきゃならないようなものだなんて、私にはどうしても思えないよ!
 だって、家族なんだよ! 家族だからこそ、家族が大変な状況になってたら、守ってあげなきゃいけないんじゃないの!?」
 もはやライカの背後に隠れるのも忘れて、沙織が華やしほに告げて――



「だから破門したんじゃん」



 あっさりとそう告げたのはジュンイチだった。
「柾木、くん……?」
「だって、おかしいじゃねぇか。
 逃げ出したクセしていけしゃーしゃーと、どの面下げて戻ってきてるんだ――そんな程度の理由で今さら破門にするなんて」
 いきなり何を言い出すのか――振り向くみほに告げながら、ジュンイチは前に進み出てしほと対峙する。
「『そんな程度の理由』ですって……?」
「あぁ、『その程度の理由』だ。
 だってさぁ、それで破門にするくらいなら……」



「黒森峰の十連覇を試合放棄でぶち壊して、西住流の看板に泥ぶちまけた時点で破門になってなきゃおかしいだろ」



『………………あ』
「ついでに言えば、西住さんが家を出るのを止めなかったのも不自然だ。
 なんたって家元の娘が、流派を放り出して逃げ出したってんだからな……学業云々じゃなく流派として見るならとんでもない不祥事だ。
 あの一件で学校に居辛くなったにしても、学校だけ辞めさせて、対外的な場に出て行かないよう実家に囲っちまえば済む話だ。なんでわざわざ外に放り出した?」
 しほに返したジュンイチの指摘に、一同が思い至る――さらにたたみかけると、ジュンイチはしほへと視線を戻し、
「全部、西住さんを守るため――そうでしょう、しほさん?」
「………………っ」
 ジュンイチの言葉に、しほが思わず息を呑む。その反応が意味するのは――
「柾木くん、どういうこと?」
「『西住さんを破門にした』って形でけじめをつけることで、古株さん達の顔を立てた。『ちゃんと罰したんだから、これで文句はないだろう』って――そこまではみんなの言ってる通りさ。
 けど、しほさんの本当の狙いはその先――『だからみほには、大洗には手を出すな。もう西住流じゃないんだから』ってところに話を持っていくことにあったワケだ」
 柚子に答えて、ジュンイチは一旦息をつき、
「それに、西住さんに自由に戦車道をさせてあげたいって魂胆もあるだろ。
 誤解も、西住さん傷つけるリスクも恐れずに言うなら、西住さんの戦車道は邪道もいいところだ――十分な戦力を整えて、一気に叩きつぶす西住流にとってはね。だって完全に対極のスタイルじゃん。
 当然『西住流を名乗っていながら何つー戦い方してんだ』みたいな声も上がってることだろう――けど、破門しちまえばそれも解決だ。さっきも言った通り、もう西住流じゃなくなるんだから、西住流の戦い方にこだわる理由はなくなるってもんだ」
 ジュンイチが語るのをよそに、杏はチラリとしほを見た。
 ジュンイチの推理に対するリアクションを気にしてのことだが――
(あ、図星だコレ)
 しほは顔を真っ赤にして停止中。
 その姿に確信する――そのプライベート周りのザルっぷり、確かに西住ちゃんの血筋だと。
「それだけじゃない。
 西住さんを破門にすることで、去年の出来事でギクシャクしちまった二人の関係にも変化が期待できる」
「どういうことですか?」
「破門にするんですよ? むしろ火に油を注ぐだけな気が……」
「確かに字面だけ見るとそうだわな。
 家元の血筋が破門されるってことがとっても重大な意味を持つこともわかってる。
 でも――ちょいと裏をうがった見方と屁理屈こねくり回してやれば、その意味はあっさり反転するのさ」
 聞き返してくる梓や優花里に、ジュンイチは笑ってそう答えた。
「よく考えてみろよ。
 しほさんは『西住さんの家族であると同時に、西住流の長』――つまり西住さんとしほさんは『家族』であると同時に『西住流の師弟』でもある。
 さて、そんな前提を確認したところで質問だ――」



「そんな二人が“西住流の師弟”じゃなくなったら、二人の関係には何が残る?」



『…………あ』
 全員が、ジュンイチの言いたいことを理解した。
「破門になったってことは、つまり西住さんは“西住流の西住みほ”ではなくなったってことだ。
 でも――逆に言えば『それだけ』だ。“西住しほの家族の西住みほ”という立場まで否定されたワケじゃない。
 ケンカ別れってワケじゃないんだからなおさらだ――西住流の看板気にする必要がなくなる分、思う存分家族水入らずを楽しめるってワケだ」
「……本当に屁理屈ですねぇ」
「『理屈』とつくからには屁理屈も理屈だよ。
 文句があるなら、それ以上のド正論をもって否定してみろってんだ」
 分野は違えど同じ家元の血筋である華が「そんな簡単な話じゃない」と苦笑するが、ジュンイチも柾木流の宗家の血筋だ。彼女の言い分など先刻承知だと、その上で言ってるんだと鼻をフンと鳴らしてそう答える。
「破門という形で世間に対して厳しい裁定を下したように見せつつ、その実西住さんの周りの諸問題を一気に解決。
 さすが西住流家元。思い切った手での逆転満塁ホームラン、感服するよ」
「柾木! もういい! もうやめろ!」
「ジュンイチ! もうやめて!
 家元の(羞恥心の)ライフはとっくにゼロよ!」
 目論見を根こそぎ暴露され、しほの赤面フリーズはさらに悪化。まほとエリカが元凶たるジュンイチをあわてて止めた。
「え、えっと……
 すみません、ウチの馬鹿が失礼を……」
「い、いえ……かまいません。
 おかげで、こちらとしてもいろいろと踏ん切りがつきました」
 (いろんな意味で)余計なことをいろいろと暴露してくれたジュンイチはライカ達によってオシオキ。代わって頭を下げる杏に再起動したしほが答える。
 『踏ん切り……?』と杏が首をかしげる一方で、そんなしほはみほの前へと進み出て、
「みほ」
「は、はい……」
「大洗で、あなたにもいろいろな出会いがあったことでしょう。
 だから……私から『戻って来い』と言うつもりはありません。残るか戻るか……決めるのはあなたです」
 恐縮するみほに告げると、クルリときびすを返して――
「それから」
 思い出したかのように、しほは付け加えた。
「今までは気まずかったかもしれないけれど……これからは、たまには連絡を入れなさい。
 お父さんが心配しているわよ」
「……はいっ!」
 告げられたのは“家元”ではなく“母親”としての言葉――うなずき、笑顔を見せるみほに、しほは背を向けたままうなずき返して、
「……せっかくの久しぶりの西住さんの笑顔なんだから、正面からたんのーすりゃいいのに」
「アンタはまだこりてないんかい」
「いひゃいいひゃい」
 そしてまた余計なことを言い出すのは、“オシオキ”の結果ちょっとボロボロになっているジュンイチだ。ライカに背後から頬をつねられていると、
「柾木ジュンイチ」
 しほは、今度はそんなジュンイチに声をかけてきた。
「あ、しほさんもオシオキします? どうぞどうぞ」
「い、いえ、私は……
 まぁ、先のやり取りについて、思うところがないワケではないけれど」
 ジュンイチの背を押し、身柄を差し出してくるライカに答えると、しほはコホンと咳払いして話を仕切り直し、
「しかし、攻めどころと見たら迷いなく切り込んでいくその姿勢は、戦車道選手として見ればとても好ましいものです。
 どうかしら……ウチに来る気はないかしら?」
「黒森峰に……?
 なんか、どこも人のこと妙に買ってくれるけどさ……他の連中にも言ったけど、誘うだけムダ無駄。
 オレにとっては『大洗で』って部分が重要なんであって、よそ行ってまで戦車道する気はないっスよ」
 提案してくるしほに返すジュンイチであったが、
「いえ……『黒森峰に』ではありません」
 そこには、少しばかりの認識のズレがあったようだ。
「あなたの、大洗チームに対する思い入れの強さは、今までのことで十分に見せてもらいました。
 でも……“卒業後まで”チームに残ることはできないでしょう?」
「え……?
 『卒業後』ってことは……“黒森峰に”じゃなくて?」
「はい。
 卒業後でかまいませんから、西住流へ……いえ、“西住家へ”
 聞き返すジュンイチに、しほが答える――その意図を察し、ジュンイチの頬が引きつった。
「えっ、ちっ、ちょっと待ったのしばし待……ってくださいな、家元サマ。
 それって、まさか……」
「はい」
 確認しようとするジュンイチだったが、しほは無慈悲にも彼の予感を肯定した。
「あなたを、西住流本家に連なるに相応しい猛者と見込んで――」



「まほの婿として、迎えたいと考えています」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第28話「私がアプローチかけちゃいますね♪」


 

(初版:2019/07/15)