「ついに、来たか……」
「決勝戦、だね……」
 生徒会室に貼り出したトーナメント表――大洗女子の枠からトーナメント表に沿って走る赤線が頂点の目前にまで至っているのを見つめながら、桃と柚子が口々につぶやく。
「この決勝に勝てなきゃ、私達は……」
「あぁ……
 絶対に勝つ――勝たねばならんのだ」
 つぶやく柚子に答える桃――だったが、
「……だというのに……」
「困ったことになっちゃったね……」
 前途は多難だった。同時にため息をつくと、二人は振り向いて――
「………………」
 杏は、心ここにあらずといった感じに焦点の合わない瞳のまま、会長席の豪華なイスにその身を沈めていた。

 

 


 

第28話
「私がアプローチかけちゃいますね♪」

 


 

 

「どうしてこうなった」
 問題はこちらでも――というより、こちらが“震源”。昼休み、戦車のガレージで、ジュンイチもまた頭を抱えていて、
「それはこっちのセリフだよ」
 そんなジュンイチに言い放つのはみほだが、その機嫌は明らかに悪い。彼女にしては珍しくその声にはトゲがある。
 彼女だけではない。共にジュンイチを包囲している沙織や優花里も見るからに不機嫌そうだし、その外で見守る華や麻子も気持ちはわかるとばかりに放置のかまえだ。
「柾木くん、いったいいつの間にお母さんに取り入ったのかな?」
「『取り入った』とかゆーな。
 つかこっちが聞きたいわ」
 みほにツッコみながら、ジュンイチはそう返してため息をつく。
「こちとら、しほさんのことは顔知ってただけで、あの時が初対面だったんだ。
 それなのに、どーしてアレで『娘のムコに』なんてレベルまで好感度跳ね上がってんだよ? むしろ本心根こそぎ暴露して恥ずかしい思いさせたぐらいなのに」
「あ、恥かかせた自覚はあるんだ」
 ジュンイチの言葉に、沙織はこんな時でもツッコミを忘れない――そう。この状況の原因は先日のプラウダ戦、その試合後のやり取りであった。
 試合後、両チームが健闘を称え合って(?)いたところに現れたみほの母・西住しほは、西住流の家元としてみほに破門を言い渡した。
 しかし、ジュンイチによってその意図がみほに西住流のしがらみから解放され、自由になってほしいという親心にあったことを暴露されてしまった。
 本心を根こそぎ暴かれて、一時は恥ずかしさでフリーズまでしてしまったしほだったが、何を思ったのか、復帰するなりジュンイチを認め、西住流に来ないかと誘いをかけてきたのだ。
 しかもただ誘われたのではない。西住流本家に。すなわち――



 西住まほの婿として、本家の血筋に加わる気はないかと誘われたのだ。



「本当に、どーしてこうなった」
 考えれば考えるほどわからない。いったい何がどうなれば、あのやり取りでしほにあそこまで好感度を抱かれるようなことになるのか――
「それはいいんだけどさぁ」
 新たな声がかけられた――何やら紙面の束を持ってやってきたライカだが、やはりその機嫌は悪そうだ。
「ジュンイチはどーするつもりなのよ?
 まさか――話を受けるつもりじゃないでしょうね?」
 シン――ッ、と、その場が静まり返った。
 誰もがジュンイチの答えを待つ中、ジュンイチの答えは――
「行くワケねぇだろ」
 一刀両断であった。
 キッパリと言い切るジュンイチの言葉に、みほ達は一様に安堵して――
「お前ら、忘れてねぇか?――」



「オレが、“どこ”の人間か」



 ジュンイチのその言葉に、場が先ほどとは別の意味で静まり返った。
「それって……」
「柾木くん、帰っちゃうの!?」
「そりゃ最終的にはな」
 声を上げる華や沙織に、ジュンイチはあっさりと答える――そうだ、ジュンイチは元々大洗の人間ではない。
 というか、そもそもこの世界の人間ですらない――元の世界での“事故”が原因でこの世界に流れ着いた次元漂流者。大洗の学園艦に拾われ、その恩を返すために滞在を続けているにすぎないのだ。
 自分を捜索しに来てくれたライカ達と合流できた今、それが済めば帰ることになる。そんなことは前々からわかっていただろうに――と、そんなことを考えていたジュンイチだったが、ふと気づいてフォローを入れる。
「……あぁ、安心しろ。
 大洗はちゃんと卒業することにしたから」
「そうなんですか?」
「あぁ。
 龍雷の方は、まぁどうとでもなるからな」
「りゅうらい……?」
「私立龍雷学園。
 “向こう”でオレが通ってた学校だよ」
 優花里に答え、さらに聞き返してくるみほにもそう答える。
「バリッバリの武道推奨校でね――修行で出席に難儀することがないように、その辺の救済システムは充実してんのさ。
 出席日数足りなくても、休んでまで積み重ねた修行の成果がちゃんと出てればその評価が出席日数の代わりとして認められるのさ」
「具体的には?」
「専用の進級試験試合で大暴れしてやればOK」
『ぅわぁ』
 沙織への答えに全員が納得する――そりゃあ余裕でいられるはずだ、と。
「……柾木」
 いや――ひとりだけリアクションの異なる人物がいた。静かにその名を呼ぶと、麻子はジュンイチの手を取り、
「その龍雷という学校に転校していいか?」
「確かに近接Sのお前さんなら楽勝だろうけど、向こうで高卒してもこっちの学歴に書けるモンじゃねぇってところを忘れてるだろ」
 提案はジュンイチによって一蹴された。
「と、ゆーワケで、学業に関しては龍雷も大洗も両方取る。そして通学はちゃんと通わないと進級もままならんこっちを優先ってことで。
 まぁ、拠点についてはまだ考え中だけどな。向こう在住でこっちに通い、って選択肢も生まれたワケだし」
 改めて告げるジュンイチの言葉に、彼が帰ってしまうのではないかと気が気ではなかったみほ達はホッと胸をなで下ろし――
「だからこそ、しほさんの誘いが大問題なんだよなぁ……」
『う゛っ』
 話が本題に戻ってきた。
「西住さんを守るために、周りへの喧伝も兼ねていたとはいえ破門なんてインパクト抜群なやり方で泥を被ろうとしたぐらいだ。しほさんってけじめとかそーとーしっかりした人なんだろ?
 そんな人がまほさんを嫁にしてまで迎えるって言い出してんだ――よっぽどガチだと思っていいんだよな? アレ……」
「う、うん……」
 改めて頭を抱えるジュンイチに、みほもまた困り果てた様子でうなずく。
「攻めてナンボの西住流が相手だ。やっぱ早々に断った方がいいよな……?」
「お母さん、お父さんと結婚した時もお父さんへのアプローチとか周りの説得とか、そうとうグイグイ押したって……」
「まぢか」
 みほの語る“武勇伝”に、ジュンイチの頬が引きつる。
 これはマズイ。一刻も早く断りの連絡を入れなければ話が一気且つ勝手に進められて外堀を埋め尽くされてしまうのが目に見えている――すぐに連絡を取ろうと携帯電話を取り出すジュンイチだったが、
「………………」
 しかし、その手は携帯電話を取り出したところで止まってしまった。
「どうかしたんですか、柾木殿?」
「まさか、やはり婿入りした方がいいと心変わりを……」
「ちげーよ」
 優花里と共に声をかけてくる麻子にそう答える。
「好感度爆上げの原因もわからんままに連絡入れて、もしまた好感度上がって決意を新たにされたらどうしよう、と」
『………………』
 珍しく不安げなジュンイチの言葉に、その可能性に思い至った一同が顔をしかめた。
「……ありえるよね」
「柾木くんの場合『ない』と言い切れないのがまた何とも……」
「それどころか、まほさん通り越してしほさん相手にまでフラグ立てかねないわよ、このフラグメーカーは」
『確かに』
「オゥちょっと待ったのしばし待てい」
 沙織、華、ライカの言葉に残る面々も一様にうなずく――不本意極まる評価に、ジュンイチのこめかみが引きつった。
「言いたい放題言ってくれるなぁオイ」
「自覚のないヤツは黙ってなさい。
 でも確かに、何の対策もないままぶつかっても、あの女傑相手じゃ押し切られるのがオチだわ」
 ジュンイチの反論をピシャリとシャットアウト。その上でより前の発言には説得力があると認め、ライカが思考を巡らせる。
「やっぱり、何が原因であそこまで気に入られたのかがわからないことには……」
「みぽりん、西住流……いや、元西住流か。元西住流的には柾木くんのあのノリがあそこまで好かれるとか、アリだと思う?」
「うーん……
 攻めの姿勢が評価されるのはわかるけど、それで婿入りまで話が進むかは、ちょっと……」
 華の提案を受けて話を振ってくる沙織に、みほが考え込みながらそう答える。
「やっぱり、他にも何か、後押しするようなものがあったと思うんだけど……」
「ジュンイチ……アンタ、本当にあの場が初対面だったの?
 どっかで好感度稼ぐようなことやらかしてないでしょうね?」
「やらかしてねぇっつの。
 正真正銘、あの時が初対面だっての」
「本当に?」
「話断ろうとしてるオレがここでウソついてどーすんだよ」
「んー、それもそうか」
 くり返し尋ねるが、答えの一貫しているジュンイチの言葉にライカがようやく納得して――
「あー、いたいた」
 そんな声と共に姿を見せたのは鷲悟だった。
「ジュンイチ〜、戦車道チーム宛てに鋼材届いてるって連絡があったけど」
「あぁ、それか。
 自動車部に教えといてやってくれ。使うのはアイツらだ」
「おぅ」
 ジュンイチの返事にうなずき――ふと、鷲悟は一同の間の微妙な空気に気がついた。
「…………? どうした?
 なんか深刻そうだけど」
「まぁ……深刻と言えば深刻か」
「実は、例の西住流本家からの婿入りの話をどう断ったらいいかと……」
「あぁ、その話か」
 麻子と華の答えに、鷲悟が納得して――
「しっかし、思い切ったことする人だよな、しほさんって。
 いくら気に入ったからって、本人の了承もなしに――」



「“妹さん”の婿に、ジュンイチを迎えようってんだから」



『………………ん?』
 その鷲悟の言葉に、全員の動きが止まった。
 何か今、決して放置できない違和感があったような……
「ん。ちょっと待って柾k……鷲悟くん。
 今何て言った? まほさんが、しほさんの何だって?」
「え? 妹だろ?
 しほさんって、一番上のお姉さんじゃないのか?」
 聞き返す沙織に対して首をかしげる鷲悟の言葉に、みほとジュンイチは思わず顔を見合わせて――
「え? 何? 違うの?
 だってあの人、プラウダ戦の前に会った時に――」
「STOP」
 言いかけた鷲悟の肩を、ジュンイチが捕獲した。そして――告げる。
「詳しく聞かせろ」



    ◇



「……あー、つまり、こういうこと?
 プラウダ戦の前、屋台巡りをしていたところにしほさんとバッタリ遭遇」
「鷲悟さんのことを柾木くんとカン違いしたしほさんに対して、鷲悟さんもしほさんのことをみほさん達のお姉さんだとカン違いして……」
「結果、そのカン違いは今日に至るまで解消されないまま……というか、誰にも気づかれないまま放置されていた、と……」
 一通りの事情を聞いたところ、あらかたの謎は解けた。確認する沙織に華や麻子が続き、
「まぁ、鷲悟殿の方は、こうして私達が気づいて無事カン違いを解消できたワケですけど」
 言って、優花里の見つめた先の鷲悟は――

 ジュンイチとライカによって“オシオキ”され、出来上がったクレーターの中央で、サイバイマンの自爆をくらったヤムチャ状態となっていた。

「これでよーやく、しほさんのオレに対する好感度が妙に高かった理由がわかったぜ……」
「ジュンイチと鷲悟のことを混同したまま、その鷲悟に若い人扱いされたことで舞い上がっちゃったのね……」
「そして、柾木と鷲悟をカン違いしたままだったことで、その好感度がそのまま柾木にスライドした、か……」
「お母さん……」
 意見を交わすジュンイチ、ライカ、麻子の言葉に、みほは真っ赤な顔で頭を抱えた。
 思わぬところで、思わぬ形で見えた母の“オンナノコ”としての一面――同じ女性として気持ちはわかるが、それが騒動の種になっていては当事者としてたまったものではない。
 というか、この流れで『ジュンイチをまほの婿に』まで話がすっ飛ぶとは、全力疾走にも程がある。自分に対する破門宣告とその真意の一件といい、なんであの人はこうも加減というものを知らないのか――
「けど……まぁ、とりあえず、やるべきことは見えたな」
「う、うん……
 お母さんの、誤解の解消……だね」
 しかし、おかげである程度の方向性が見えた。ジュンイチの言葉にみほがうなずく。
「けど、具体的にはどうするの?」
「まぁ、鷲悟兄連れてって双子だと証明しつつ互いのカン違いを説明……かな?
 となると黒森峰か西住流本家に直接乗り込むことになるし、ついでに試合前に軽くスパイって来るわ」
「抜け目ないなぁ」
 ジュンイチの言葉にみほが苦笑して――
「ところでライカさん」
 ふと気づき、華がライカに声をかけた。彼女の持ってきた紙面を指さし、
「その束はいったい……?」
「あぁ、これ?」
 華の問いに、ライカはあっさりと紙面を差し出してきた。
 どうやら秘密に関わるようなものではないようだ。受け取り、優花里が最初の数枚に目を通し、
「これ……私達の試合の記録ですか?」
 そう。それは今までの試合の度にジュンイチやみほ、各チームの車長達がまとめ、提出してきたレポートの数々だった。
「そう。
 決勝戦に向けてみんなを鍛える上で、一度最初から見直しておこうと思って」
 どうせプラウダ戦後の戦車の修理が終わるまでは戦車戦の訓練もできないしね――と付け加え、ライカは肩をすくめる。
「でも、最初の方の試合とか参考になるの?
 最初の方とか、今よりずっとできること少なかったし……特にマジノとの練習試合から一回戦のサンダース戦の間なんてガラリと変わってるし」
「え? なんでそこピンポイント?」
 ライカが聞き返すと、沙織は遠い目をして、
「その間にやったんですよ、“新人研修”……」
「あー……」
 納得した。
「でも、参考になるかどうかって話なら……うん、十分に参考になるわよ。
 できてなかったことができるようになった――それはつまり、その部分の能力がそれだけ伸びたってことだもの」
「なるほど……そうやって各自の成長の具合を知ることで……」
「誰が何に向いているか、何に向いていないかのを知ることができるのか」
「そういうこと」
 華や麻子に答えて、ライカはレポートの束を返してもらい、改めて一枚目から目を通し、
「にしても……アンタ達もけっこうムチャクチャやってるのね。
 最初の授業、全員ズブのド素人の身なのにいきなり戦車動かして模擬戦ってどういうことよ?」
「アハハ……
 あれは、蝶野教官が強烈だったワケで……」
「私達も、後で柾木くんからアレがそうとうなムチャだったって聞かされてビックリしたよー」
 みほや沙織のコメントに苦笑して――ライカは気づいた。
「……れれ?
 この模擬戦の時、アンタ達、みほが車長じゃなかったのね」
「あぁ、あの時は……」
 ライカの答えにみほが答えに困り、事情を知る沙織達もどうしたものかと顔を見合わせて――
「西住さんの事情は知ってるだろ?
 それ絡みで当時まだ自信を取り戻していなかった西住さんが、車長になるのを嫌がったのさ」
 あっさりバラすのはもちろんこの男。ジュンイチが何の迷いもなく事の真相をぶちまけてくれた。
「ちょっ、柾木殿!?」
「話すのためらった私達の気持ちを少しは察してくれないかな!?」
「んー? 別にいいじゃねぇか」
 抗議の声を上げる優花里と沙織だが、ジュンイチはあっさりとそう答える。
 というのも――
「あの時の模擬戦が、西住さんが自信を取り戻すきっかけになったんだから」
「それは、まぁ、そうだけど……」
「あの時の西住殿、今思い返してもカッコよかったです〜っ!」
「あはは……」
 結局、ジュンイチに説得された二人の方が折れてしまった。納得する沙織のとなりで当時を思い出してトリップしてしまった優花里の姿に、みほは思わず苦笑する。
「まぁ……うまいこと話が運んだんならいいんだけどね。
 というか……この頃からすでにジュンイチがムチャクチャやってることの方がよっぽどツッコみどころ満載だし」
「えっへんっ!」
「ほめてないから」
 胸を張って威張るジュンイチがツッコまれた。
「ま、仰る通りほめられるほどすげぇことでもないんだけどな。
 実際、そこまでやっても勝てなかったのが直後の聖グロ戦だし」
「う、うん……」
 ジュンイチの言葉にみほが思い出すのは、あの試合の日の夜、独り敗戦の悔しさに身を震わせるジュンイチの後ろ姿――
「あー……確かにけっこう好き勝手やってるわね……
 ……って、“砲弾返し”、この頃からやってたんかい」
「むしろこの時が初披露だったんだよ……ん?」
 一方、そんなみほに気づかずライカは資料のおさらいを続けていく。彼女のコメントに返すジュンイチだったが、ふと、ライカの手の中のレポートの束、その一角から何かがはみ出ているのに気づいた。
「何じゃい、コレ……ライカ、ちょっち」
「ん?」
 ライカに断りを入れた上で、手を伸ばし、こぼれ落ちそうになっていたそれを引き抜いてみる。それは一枚の写真で――
「ぶっ!?」
 それを見たジュンイチが吹き出した。何事かとライカやみほが件の写真をのぞき込み――
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
 顔を真っ赤にしたみほの、言葉にならない悲鳴が上がる――しかしそれも無理はない。
「……何、この写真」
「えっと……“罰ゲーム”ですね。
 負けたら、ちょうど同日開催だった本土の祭りで“あんこう踊り”をやってもらうって……」
 首をかしげるライカに優花里が説明する――そう、その写真というのは、まさにその“罰ゲーム”の時のもの。あんこうスーツを着て踊る、みほの姿を写したものだったのだ。
「なっ、なななっ、なんで私の写真〜っ!?」
「大洗チームの代表としてじゃない?」
 大あわてでジュンイチの手から写真をひったくるみほにライカが答えて――
「……柾木?」
 彼が成すすべなく写真をひったくられるなんて珍しいと、麻子がジュンイチの顔をのぞき込んだ。
「どうした? 動きが止まってるが」
「ん、あぁ、すまん。
 ちょっと、報告書の中から出てくるとは思わんかったモノがいきなり出てきたもんだから動揺した」
 麻子に答えて、我に返ったジュンイチは心を落ち着けようと深呼吸――
「なんだ、そうか。
 てっきり、みぽりんの全身ぴっちりスーツ姿に見とれたのかと」
「ぶほっ!? げほげほっ!?」
 思い切り息を吸い込んだところで放たれた沙織の言葉に思わずむせた。
「いっ、いきなり何つーコト言い出しやがる!?
 むしろそっちの方が驚いたわっ!?」
「え? 違うの?」
「違うっつーの。
 何でもかんでも色恋沙汰に結びつけんじゃねぇ」
 沙織に返し、ジュンイチは呼吸を整えて――
(……違う、よな……?)
 なぜか、みほのことを直視できなくて、
(……そっか……違ったんだ……)
 なぜか、沙織は内心でホッとしていた。
「まぁ、ジュンイチはこーゆーのに対してはとことん紳士だからねぇ……」
 一方、ライカも普段のジュンイチの朴念仁ぶりをよく知っているが故にジュンイチの内心の動揺に気づけなかった。「何やってるんだか」と肩をすくめて――
「…………ん?」
 ふと気づいた。眉をひそめて沙織に尋ねる。
「……ねぇ。
 まさか……ジュンイチも踊ったの?」
「え? うん……」
「…………“コレ”着て?」
「あぁ、そこは大丈夫。
 その選択のヤバさを察した会長の判断で、柾木くんは急遽欠員が出たアライッペの中の人の代理を」
「それで踊ったっていうのもまたどうかと思うけど……とにかく杏グッジョブ」
 沙織の答えに、ライカはおぞましいものを見ずにすんだ、とホッと胸をなで下ろし、
「にしても……仲のいい学校の中でも聖グロは特に、とは思ってたけど、なるほど、いわゆる宿命のライバル、“強敵”と書いて“とも”と書く関係ってワケね」
「ライカさん、両方書いてますよー」
「それを言うなら『“強敵”と書いて“とも”と読む』だ」
 華と麻子からツッコまれた。
「でも、まぁ……ライバルっていうか、西住さんとダージリンが仲いいのは確かだな。
 最初の練習試合以来、オレらの試合欠かさず見に来てたみたいだし」
「次のマジノ戦から、さっそく来ていたようだな」
「マジノ……って、エクレール達のところ?」
 ジュンイチの話に麻子が乗ってきた。聞き返すライカには華がうなずいた。
「あの試合も激戦でしたね。
 策の読み合い仕掛け合いで……」
「それって……」
 華の言葉に、ライカは何となく察しがついた。チラリとそちらに視線を向けて――
「…………何だよ?」
「いや……
 ジュンイチの底意地の悪さが炸裂したんだろうなぁ、と」
 微妙な視線を向けられ、眉をひそめるジュンイチに答える。
「フンッ、何を言い出すかと思ったら、ずいぶんと失礼なこと言ってくれるなぁ、オイ」
 対し、ジュンイチも不満そうに口を尖らせて――
「そんなのいつものことだっつーの。
 あの試合だけが特別みたいな言い方してんじゃねぇよ」
「え!? 『失礼』ってそっち!?」
「策士は底意地が悪いぐらいがちょうどいいんだよ」
 ツッコんでくる沙織にも、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「まー、その辺の話をするなら、両極端なのがそろってたのが、その次、全国大会の一回戦で戦ったサンダースだな」
「あぁ、通信傍受してたんだっけ?」
「しかも、そーゆーのが好みでない隊長に無断で、ね」
「なるほど、だから『両極端』……」
 こちらの問い返しに捕捉していたジュンイチの言葉に納得すると、ライカはサンダース戦のレポートに目を通して、
「……ふぅん、無線でニセ情報を流しつつ、本命のやり取りはメールで……
 反則じゃないとはいえ、よく思いついたわね、メールなんて」
「あぁ、それな」
「実は、それ最初に気づいたの、ウサギさんチームだったんですよ」
「そうなの?
 あの一年生達がねぇ……」
 ジュンイチとみほの答えに、ライカは思わず口笛を吹いて感嘆の声を上げた。
「一番最初の模擬戦の時、アイツら、無線が完全オープンだったのに、オレ達にやり取りに気づかれることなく結託しやがったんだよ。
 で、後からどーやって連絡取り合ってたのか聞いてみたら……」
「無線の使い方がわからなかったから、メールで連絡取り合ってたって……」
「なるほどね。
 機器やルールに無知だったおかげで、偶然にもルールの盲点を突くことができたワケだ」
 ジュンイチとみほ、二人の話に、ライカは納得してうなずいた。
「正直、私は最初あの子達のノリ見て『こんなんで大丈夫か』と思ったもんだけどね。
 なかなかどうして。育ててみたらけっこうな逸材だったのね」
「はい。
 とても頼りになる子達で、助けられてます」
「柾木くんも特に目をかけてるみたいだしね」
「別にひいきしてるつもりはねぇんだけどなぁ……」
 答えるみほの傍らで、ジュンイチは沙織の指摘に頬をかき、
「けど……まぁ、鍛え甲斐があるのは確かだな。
 アイツら、何だかんだで物覚えいいからなぁ……アンツィオ戦の時なんて、まだ澤ちゃんに『こんなのあるよ』って話題にしただけだった弾着観測射撃を完璧にキメてくれたし」
「そーゆーのを『目をかけてる』ってゆーのよ。ベタ褒めじゃない」
「あれー?」
 ライカにツッコまれてジュンイチが首をかしげる――そんなジュンイチの姿に、みほ達が思うのはひとつのツッコミ。
((……『親馬鹿』ならぬ『師匠馬鹿』……))



    ◇



「……よしっ。
 河嶋さん、部品発注関係の書類、できましたよ」
「そうか、すまない。プリントアウトしておいてくれ」
 所変わって、こちらは生徒会室――報告するジーナに桃が答えると、
「ごめんね、生徒じゃないのに手伝わせちゃって」
「いえ……
 むしろ生徒でもないのに滞在させてもらってるんですから、このくらいは……」
 そこへ、二人の分のお茶をお盆に乗せて現れたのは柚子だ。答えて、ジーナは手渡されたお茶を受け取ってノドを潤す。
「戦車の整備には鈴香さんと青木さんが行ってますし、私ができることといったらパソコン関係だから、こっちかな、と」
「うん、おかげで助かってるよ」
 ジーナに答えると、柚子は傍らのメモの束を手に取った。
 今まさにジーナがデータにまとめていたもの――自動車部から回ってきた、自作で対応できない、注文してほしい戦車の部品をメモしたものだ。
「特にウチは、戦車が統一されてないから使い回せる部品も少なくてね。
 注文する量も種類も膨大になっちゃってるから……」
「まぁ、戦車が寄せ集めじゃ仕方ないですよ。
 試合ができるだけの数が集まっただけでも幸運だったと思いましょう」
「うーん、その辺は割り切ってるつもりでいたんだけどね……」
 ジーナの励ましに、柚子は苦笑して肩をすくめ、
「聖グロリアーナはイギリス、マジノはフランスで、サンダースはアメリカ、アンツィオはイタリア、プラウダがロシアで黒森峰がドイツ……
 みんな、開発国そろってる分、部品の規格もそろってるんだろうなぁ……」
 どうやら、本人が思っているほど割り切れてはいなかったようだ。「きっと部品注文も楽なんだろうなぁ」と思わず遠い目をする柚子に今度はジーナが苦笑する。
「そういえば……
 戦車もそうですけど、校風や戦い方も、各校それぞれの戦車の母国の色が出てるんですね」
「そうだね。
 まぁ、一番の根っこは校風だろうけどね――各校が校風に合わせてモデルにしてる国の戦車をそろえて、その戦車の得意な戦術を磨いてる……って感じかな」
「なるほど」
 柚子の答えに、ジーナが思い出すのは関国商戦の裏側で共闘した面々のこと。
「ダージリンさん達聖グロリアーナのみなさんは落ち着いていて優雅な感じでしたよね。
 まさに英国淑女って感じで」
「あぁ、そういえばジーナさんってイギリス人と日本人のハーフだったんだよね」
 ジーナが真っ先に挙げた名前に、柚子が「やっぱり自分と同じルーツのところが気になるのか」と苦笑する。
 だが、苦笑の理由はそれだけではなくて――
「でも、ダージリンさん、その“英国淑女らしさ”について、柾木くんからこっぴどく言い負かされてるんだよね」
「そうなんですか?」
「最初の練習試合の時に、私達だけじゃなくてサンダースやプラウダまで悪く言ったものだから、腹を立てた柾木くんが『ノブレス・オブリージュが聞いて呆れる』って」
「あー……なるほど。
 それはジュンイチさんなら怒りそうな案件ですね」
 柚子の話に、ジーナは納得してそうつぶやいた。
「柾木家の家訓……の名を借りたジュンイチさんの人生訓に、こんなのがあるんですよ。
 『人をほめる時は本人のいないところで。人をけなす時は本人の目の前で』
「何その人間関係に波風しか立てそうにない人生訓」
「人間、ほめられると調子に乗るから面と向かってほめるべきじゃない。
 けなされたら『何くそ』と奮起してがんばれるから、けなすのは本人の目の前の方がいい……って、そんな意味だそうです」
「なるほど、一応ちゃんとした意味があったんだね……」
 柚子が納得すると、そのとなりで桃がポツリ、と、
「人間関係といえば……」



「柾木は、西住しほからの誘いをどうするつもりなんだろうか……?」



「…………っ」
「………………」
 桃の言葉に、柚子とジーナは思わず顔を見合わせた。
「まさか、話を受けようとか思ってはいないだろうか……?」
「いやぁ、それはないんじゃ……」
「わからないだろ!
 だって西住流だぞ、西住流! 絶対ウチより待遇いいぞ!」
 苦笑する柚子に桃が言い返すと、
「心配ないですよ」
 そう断言したのは――
「ハイングラム……」
「仮に話を受けることにしたとしても、卒業後にって話じゃないですか」
 そう。ジーナだ。振り向いてくる桃にそう答える。
「だっ、だがっ、その辺の話で気兼ねして、決勝で本気で戦えなくなったりしたら……」
「そういう心配ならそれこそ無意味ですよ」
 反論にもキッパリと返され、桃はホッと胸をなで下ろす――が、
「そんなの、とっくに手遅れですから」
「…………は?」
 ジーナの意図は、桃の解釈とは違っていた。
「ど、どういう意味だ!?」
「柾木くん、試合じゃきっちりケジメをつけてくれるとか、そういう話じゃなくて……?」
「はい。
 相手に気兼ね云々の話をするなら、ジュンイチさんが黒森峰を身内認定した時点でアウト――今回の話以前の問題なんですよ」
 桃と柚子の問いに、ジーナはため息まじりにそう答える。
「柾木くん、そういうところはきっちり線引きする子だと思ってたけど……」
「もちろん、本人もそうあろうとしてますし、ちゃんと線を引こうとしてますよ」
 しかし、柚子のコメントには「ちゃんとけじめはつける」と答える。相反する話に桃はもちろん、柚子もワケがわからず首をかしげるしかない。
 一方で、ジーナもそんな二人の困惑は承知の上だ。苦笑した上で、どういうことか説明する。
「ジュンイチさんの身内至上主義は、もう本能と言ってもいいレベルでジュンイチさんの身体にしみついちゃってるんですよ。
 だから、本人がどれだけけじめをつけようと、本気で戦おうとしても、意識よりももっと根本、本能的なところでブレーキがかかっちゃうんです」
「柾木くんは手加減しない、ちゃんと本気で戦おうとしても、身体が勝手に手加減しちゃうってこと?」
「はい。まさにその通りです」
 聞き返す柚子に、ジーナがうなずく。
「しかも、その手加減は本能的に勝手にやってることですから、手加減の度合いも調整が利かない……結果、あくまで本気で戦おうとしているジュンイチさんにとっては、意識と実際出せる力とのギャップは余計に彼を振り回すことになります。
 そのため、ジュンイチさんの出せる力は全力とは程遠いものになってしまう……」
「しかも柾木くんはルールに縛られたまま……そんな状態で、黒森峰と戦わないといけない……?」
「もうダメだよ柚子ちゃ〜んっ!」
 ジーナの話は、そんなジュンイチと共に戦うことになる身としては不安を覚えずにはいられなかった。逆境に弱い桃の心がさっそくへし折られているが、
「ジュンイチさんも承知の上ですよ」
 そんな桃をなだめるように、ジーナは肩をすくめてそう告げた。
「たかだかパワーダウンした程度で勝てなくなるような人間が切り抜けられるほど、私達の戦っていた戦いは甘くありませんでしたから。
 力が出せないなら力を使わず戦えばいい――ジュンイチさんはそういう人です」
「あー……」
 ジーナのその言葉に、柚子は思わず天(井)を仰いだ――何というか、心当たりがありすぎた。
「さすが、チーム歴が私達よりも長いだけあって、柾木くんのことをよくわかってるね」
「どうですかね?
 案外、ただあのノリの被害にあった期間が長かっただけかもしれませんよ?」
 肩をすくめて柚子に答えると、ジーナは席を立ち、傍らのファイルの山を抱えて持ち上げた。
「それじゃあ、私はこの資料を片づけてきますね」
「うん、ありがとう」
 言って、生徒会長室を出ていくジーナを見送って――柚子は背後へと振り向き、
「……だ、そうですよ、会長」
「……なんで、そこで私に振ってくるかなぁ?」
 こちらに背を向けたまま、会長席の、大きなイスに身を沈めたままの杏が、かけられた声に返してくる。
 仕事に加わってこないのはいつものこととしても、雑談に加わってこないのはかなり珍しい。
 それに、こちらを向こうとしないこともそうだ。彼女の身体に対し明らかに不釣り合いなほどに大きなイスの背もたれに隠れて、その姿を直接見ることはできないが――
「『なんで』って……そんなの、会長自身が一番よくわかってるんじゃないですか?
 “そんな顔しちゃって”、現状に戸惑ってるのがバレバレですよ」
 直接は見えなくても間接的には――会長室から外を見渡せる窓には、感情の持っていきどころに困り、困惑する杏の姿がしっかりと映り込んでいた。
「ただでさえゴチャゴチャしてるのに、会長までそんなんじゃまとまる話もまとまりませんよ。
 柾木くんをしっかりとつなぎ止めたいなら、いい加減腹を括ったらどうですか?――娘さんのために破門までした西住しほさんを見習えとまでは言いませんけど」
「言ってるじゃないのさ……」
 柚子に言われ、杏はようやくこちらへと向き直った。不満げに口をとがらせると、机に突っ伏した。
「そりゃ、私だってこのままでいいとは思ってないよ――今のままじゃ、卒業したら離れ離れにもなりかねないし。
 でも……」
「西住さん……ですか?」
「う゛」
 柚子の指摘は図星だったようだ。杏の表情がさらにしかめられた。
「……こやまにはかなわないね。
 うん。そうだよ……西住ちゃんのこと、どーしても気になっちゃうんだよね」
「やっぱり……戦車道のことで?」
 聞き返す柚子に杏はうなずいた。
「今でこそ西住ちゃんも納得して、結果オーライな形に落ち着いてるけどさ……それでも最初、西住ちゃんをムリヤリ戦車道に引きずり戻した、西住ちゃんのトラウマをさんざん抉った罪が消えるワケじゃない。それこそ西住ちゃんのトラウマにトドメを刺す恐れだってあったんだからね。
 そんな私が、この上さらに西住ちゃんを差し置くなんて……」
「まったく……」
 それは、めったに見せない杏の“本音”か――いつになく弱気な杏だったが、そんな彼女の姿に柚子は苦笑をもらした。
「そういう、傍若無人に見えて肝心なところで一線引いちゃうところ、そっくりですよね、会長と柾木くんって。
 まるで、本当の姉弟みたいに」
「アハハ、ホントの姉弟じゃ、ますます私が手ェ出すワケにはいかないねー」
 柚子の指摘に、杏はカラカラと笑って――
「西住さんや他のみんなも踏み出せずにいるみたいだし……」



「ここは、私がアプローチかけちゃいますね♪」



「…………はぁ!?」
 柚子の言葉はまさに不意打ち――予想だにしなかった柚子の宣言に、杏は思わず声を上げて立ち上がった。
「こっ、こここ、こやまーっ!?
 まさか、こやまもジュンイっちゃんのことを!?」
「はい。いいなー、とは、前々から思ってたんですよ。
 一見するとムチャクチャやってる子ですけど、本音はすごく優しい、いい子なのは私達みんなが知ってることじゃないですか。
 会長もみんなも狙わないっていうなら、私がもらっちゃっても――」



「ダメ!」



 しかし、そんな柚子の言葉は杏の上げた声によってさえぎられた。
「ダメダメ! ダメのダメダメ!
 いっくらこやまでもそれだけは! ジュンイっちゃんだけは絶対ダメ!」
 そのまま、柚子に向けて矢継ぎ早にまくし立てて――
「ようやく本音が出ましたね」
 そんな杏の鼻先を人さし指で軽く小突き、柚子が告げた。
「え……?
 こや、ま……?」
「まったく……
 何割り切った感出してるんですか……譲る気なんてぜんぜんないじゃないですか」
「え? あれ……?」
 柚子の言葉に、しばし困惑する杏だったが――悟った。
(もしかして、私……担がれた?)
「『担がれた?』って顔してますね」
 しかし、今この場ではどこまでも柚子の方が優勢だった。本心を隠すことをすっかり忘れてしまった杏の内心をズバリ言い当てるのもたやすいことだ。
「そのくらいわかりやすいですよ、今の会長。
 柾木くんのことが自分の中でどれだけ大きいか、今の動揺ぶりでわかりませんか?」
 たたみかける柚子に、杏は答えない――だが、しかめっ面のその表情が、言い返せなくて悶々としている彼女の内心をこの上なく表していた。
「最初ムリをさせてしまった手前、西住さんに申し訳なく思うのはわかります。
 けど……わかるけど、私は“わかりたくありません”
 そんな杏の手を取って、柚子は諭すように告げる。
「いくら負い目があったって、譲っていいものとダメなものがあります。
 そして、会長が譲ろうとしてるのは明らかに後者だと私は思います……会長だって幸せになってもいいんです。人としても、女の子としても」
「……まったく」
 柚子の言葉に、杏は苦笑まじりに頭をかいた。
「ずいぶんとアグレッシブなこと言うじゃないのさ。
 要するに『ジュンイっちゃんを西住ちゃんと取り合え』っていうんでしょ? こやまってこんなグイグイ来るタイプだっけ?」
「恋は人を変えるんですよ。
 たとえそれが、友人の恋でも……ね」
「それでケツ蹴っ飛ばされるこっちとしては、たまったもんじゃないんだよ……あぁ、もうっ。こうなったら腹括るしかないじゃないのさ。こやまの言う通りに、さ」
 言って、杏はようやくいつもの自信に満ちた笑みを見せて――ふと気づいた。
「そーいえば、かーしまは?」
「え…………?
 そういえば……さっきから静かですね?」
 いつもなら杏がらみの話となると一際やかましい人がずいぶんと長いこと沈黙したままだ。不思議に思って彼女の席を見てみると、
「かっ、会長が……交際……
 柾木と、交際……?」
 当の桃は顔を真っ赤にしてオーバーヒート中。つぶやきの内容から、杏とジュンイチの付き合っている姿を妄想しているようだが――
「知り合い同士とはいえ、他人の恋愛をイメージしただけでコレってね……
 相変わらずウブだね、かーしまは」
「他人のでこれじゃ、いざ自分が恋愛する立場になっちゃったらどうなっちゃうんだろう……」
「かーしまの恋愛か……」
 苦笑まじりにつぶやきながら、杏は目を回している桃の頭をなでてやる――心なしか、桃の表情が穏やかになった気がする。
「私は西住ちゃんなもかーしまにも幸せに笑っててほしいんだ……もちろんこやまにも。
 でも……現実はなかなかそううまくは動いてくれない。困ったもんだね」
「会長も西住さんも桃ちゃんも……みんなまとめて幸せになれる方法が、あればいいんですけどね」
 杏の言葉に柚子が苦笑して――







「話は聞かせてもらったわ!」







 唐突に、新たな声が乱入してきた。
 振り向くと、生徒会室の入り口にひとりの少女が立っている。
 茶色がかった黒髪は腰まで伸ばしたロングヘアー。ミニスカートにジャケットという動きやすさ重視のファッションで身を固めている。
 傍らにライカが控えているところを見ると彼女がここへ案内してきた、そして案内してきても問題ないと判断できるぐらいには信頼のおける相手だということだろうが、杏達は初対面で何者かなど見当もつかない。
 いったい彼女は何者なのか。というかライカはどうして頭を抱えているのか。そして『話を聞いていた』と言うがいったいどこで、どこから聞いていたのか。
 いろいろとわからないことが多すぎて、杏と柚子は(オーバーヒートしている桃を放置して)顔を見合わせることしかできなくて――対し、件の少女は自信たっぷりにニコニコと笑みを浮かべ、高らかに告げた。
 曰く――



「私にいい考えがあるわっ!」



 ――もうこの時点で騒動の予感しかしない、ネタ臭とフラグ臭あふれる一言であった。



    ◇



「ちわーっス」
 プラウダ戦のダメージを癒すべく、戦車はみんな自動車部に預けてある。
 というワケで今日は戦車道の練習はお休み。午後、空いた時間を利用して自動車部を訪れて――
「お、来たな西住ジュンイチ」
「ていっ」
 すかさず茶化す啓二にジュンイチは傍らのスパナ一閃。狙い違わず顔面に命中する。
「あ、柾木くん」
「みんなの戦車の調子はどう?」
「まずまずですよ。
 柾木くんが率先して大暴れしてくれたおかげで、戦車のダメージもさほどじゃありませんでしたし」
 そんなジュンイチを出迎えるのはナカジマだ。尋ねるジュンイチにそう答えて、
「――“アンタらの”は?」
「そちらも問題なく」
 付け加えられた問いにもそう答えた。
「予定通り、決勝戦に向けての練習にも参加できそうです」
「そうか。それは何より」
「ただ……問題は私達の腕ですかね。
 戦車を走らせる分には問題ないと思いますけど、砲撃とか戦いに関する部分はさすがに……」
「心配いらねぇよ。
 その辺は最初から想定済みだ。ちゃんと、決勝までにはモノなるよう鍛えてやるさ」
「ハハハ……お手柔らかに」
 ジュンイチの言葉にナカジマが苦笑すると、
「頼りになるねー。
 いよっ、未来の西住流家元の伴侶!」
「まだ言うか……っ!」
 はやし立てる啓二に、ジュンイチがこめかみを引きつらせてうめく。
「その話なら断るつもりだから、オレが西住流に入ることはねぇよ」
「何だよ、断っちまうのか?
 どうせこっちの世界とオレ達の世界、行き来できるようになったんだから、受けても別に問題ないだろ。婿入りしたって帰ってこれるんだから。
 せっかくいい話なのに、もったいないなぁ」
「もったいあるとかないとか、そーゆー話じゃねぇよ」
 啓二に答え、ジュンイチは頭をかきながらため息をつく。
「まほさんがオレのこと何とも思ってないのに、家の都合で結婚とかまほさんがかわいそうだろうが」
「あ、柾木くんって恋愛結婚派?」
「まぁな。
 見合いだってオレに言わせりゃ相手に恵まれなくて、それでも結婚したい人が最後に頼る最後の砦であるべきだ。
 もちろん政略結婚なんて論外だよ。今回の話に乗るワケねーじゃん」
 口をはさんでくるナカジマに、ジュンイチは肩をすくめてうなずき、
「つまりまほさんに“その気”があれば、お前としては文句ないワケだ」
「『“その気”があれば』の話だろ、それは」
 なおもジュンイチとまほのカップリングを推さんとする啓二にはキッパリと否定を続ける。
「オレみたいなのにまほさんが惚れるワケないだろ。
 今までずっと一緒にやってきた大洗のみんなとだって“そんな話”はないんだし」
「そうなのか?」
 尋ねる啓二に対し、ナカジマは苦笑まじりに首を左右に振るばかり――その意味するところは推して知るべし。
 まぁ、ジュンイチが“こんな”なのは前からだし、その“理由”も知ってる。本人に自覚がない以上、この辺の話を真っ向からつついても不毛な論争になるだけだと理解している 啓二は別の切り口から攻めることにする。
「その割には仲のいい子もそれなりにいるみたいじゃないか」
「まぁ、それなりにいろんなことやってきたからな」
「いろんなこと、ねぇ……たとえば?」
「それこそいろいろありすぎるからなぁ……
 『たとえば?』なんてポンと聞かれても、さて何から話せばいいのやら……」
 かかった――内心でニヤリとほくそ笑み、啓二はジュンイチに対し続ける。
「なら時系列順でいいから。
 たとえば、みほちゃんとは何がきっかけで仲良くなったんだ?」
「西住さんとか?
 そうだなぁ……」
 啓二の問いに、ジュンイチは自身の記憶を掘り返し、
「直接のきっかけは、西住さんの落とした筆箱を拾ってやったことだけど……」

 

 キーンコーンカーンコーン……
「……んっ、んー……っ!」
 “自分達の世界”でも聞き慣れていたチャイムを聞きながら、ジュンイチは自分の席で大きく背伸びして――
 ――コロコロコロコロ……
「………………?」
 ジュンイチの耳が拾ったのは、常人ならまず聞き逃すであろう、小さな何かが転がる音――見ると、自分と同じようにのんびり教科書を片づけていたクラスメイトのひとりが、シャープペンを床に落としてしまったところだった。
 しかもそれで終わりではなかった。シャープペンを拾おうと机の下にもぐり込んだはいいが、その机の下で何度も机にぶつかっているらしく、定規や消しゴムが次々に落ちていってしまっている。
 そしてついに筆箱まで――さすがにこれを見過ごすのは後々寝覚めが悪そうだ。ため息まじりに立ち上がると、筆箱を拾って彼女の元へ。
「ほら、西住さん」
「え……? あ……」
 ジュンイチに筆箱を差し出され。彼女――西住みほはようやく自分の机の上から筆箱もなくなってしまっていることに気づいたようだ。
「あ……ありがとう、柾木くん……」
「どういたまして〜」
 異性への照れか筆箱の一件の気恥ずかしさからか、顔を赤らめながら筆箱を受け取るみほの謝辞に対し、ジュンイチは手をヒラヒラと振りながら適当に返して――
「ヘイ、彼女! 一緒にお昼でもどう?」
「…………へ?」
 いきなり軽い口調でナンパされ、みほの目がテンになった。
 筆箱を拾ってくれたと思ったらいきなりナンパ?――と困惑しながらジュンイチを見返すみほだったが、ジュンイチは手をパタパタと振って「オレじゃない」とアピール。そしてその場から横にどくと、ジュンイチの身体でみほから見て死角になっていたナンパ発言の主が姿を現した。

 

「あぁ、そうそう。そこに武部さんと五十鈴さんが来たんだっけか」
「あの二人だけ?
 あんこうチームの残り二人は?」
「秋山さんと冷泉さんはもっと後だな。
 まず武部さん達二人と西住さんが友達になって、そこにオレが巻き込まれたんだわ」
 聞き返してくる啓二に答えると、ジュンイチは回想を続ける。
「で、ちょうどその頃杏姉達が戦車道を復活させるって言い出してさ。それで経験者の西住さんを強引に引き込もうとしたんだよ。
 でも、その頃はまだ西住さん、去年の決勝のトラウマ引きずってたから……」
「あー、うん。
 だいたいそこからの流れは想像ついた」
 ジュンイチの話に、啓二は苦笑まじりに口をはさんできた。
「ジュンイチが代わりにやるって言い出して、見かねたみほちゃんがやるって言い出したんだろう?」
「その通りだけど……オレはともかく、よく西住さんの行動まで読めたな?」
「お前の行動なら想像つくからな。
 みほちゃんについてはそこからの推理の発展だよ――お前が身代わりになるって言い出して黙ってられる子じゃないだろ」
「まぁ、その通りだけど」
 啓二に答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「そのクセ自己評価はやたらと低いんだよなぁ、西住さん」
「お前はその辺何ひとつ言える立場じゃないだろ。
 プラウダ戦の時に杏ちゃんから説教もらったばっかりだろ、お前」
「う゛ぐっ」
 ため息まじりにつぶやくも、啓二からすかさずカウンター。痛いところを突かれたので、さっさと次の話題に移って――
「で、西住さん達と組むようになって……聖グロ戦で大暴れしてやったのを買われて、教官に任命されて……」
「マジノ戦で足並み乱れたのをきっかけに同棲するようになったと」
「どーせいゆーな。
 相互理解を目的とした同居だ、同居」
(あんまり変わらないと思うなー)
 ジュンイチが難しい言い方をするので別物に聞こえるが、要するに「今よりもっと仲良くなるために一緒に暮らす」ということだ。違いがあるとすれば当事者達に恋愛感情の自覚があるかどうかだろう。
 啓二に答えるジュンイチの言葉に内心でつぶやくナカジマだったが、ジュンイチはこの手の話については自分の感情に対し無自覚もいいところだ。あえてツッコみの言葉を飲み込むナカジマであった。
「それで、全国大会が始まって……二回戦の前だったかな、みんなにオレの素性やブレイカーのこと話したの」

 

「ま、柾木くん、それ……!?」
「言ったろ? 説明は後。
 さんざん話脱線しちまって、時間かかっちゃってるしな……まずはいい加減武部さん達レスキューせんと」
 目の前で特撮ヒーローもかくやという変身をトリックなしで見せられ、困惑もあらわに声をかけてくるみほに答えると、ジュンイチは背中の翼、マルチツール“ゴッドウィング”を広げ、頭上へと飛び立った。
 眼下のみほ達からまたもや驚きの声が上がっているのが聞こえるがかまわない。腰だめにかまえた右の拳に集めるのは、空間に干渉し、歪めることのできる空間湾曲エネルギー。
 さらにそれを身にまとう鎧、“装重甲メタル・ブレスト”で増幅する――眼下に広がる住宅街、その一角、狙うべき一点へと狙いを定める。
 頭に思い描くのは一本の杭。この身を杭と化し、貫くイメージ。
 そして、偉大な先輩として尊敬してやまない、とある“勇者王”の持つ“聖なる左腕”のイメージ――
「いくぜっ!」
 “力”を高め、練り上げ、“形”を作る――すべての準備を整え、ジュンイチは一直線に急降下。目標の一点へと突っ込んでいく。
「危ない!」
 このままでは地面と激突する――みほが思わず声を上げるが、
「空間――湾曲!」



「ディバイディングッ! バンカァァァァァッ!」



 激突よりも一瞬早く、ジュンイチが自らの拳で地面を殴りつける――瞬間、地面が“口を開けた”
 空間を歪める力が、打ち込まれた一点の空間をかき分けるように押し広げたのだ。
 地面が円形に口を開け、分厚い地表階層の地盤を成す甲板の向こう、一階層下の床が視界に入る。
 しかしそれも、拳を繰り出した勢いで打ち出され、先行する空間湾曲エネルギーが同じように“広げ”、さらに下の階層の床が、そしてさらにその床も同じように――
 イメージ通りその身を一本の杭と変え、ジュンイチは最下層目がけて突き進む――



「お前から話したのか?
 ということは……みんなの前で異能を使うしかなくなって、目撃したみんなに説明……ってところか」
 「お前こーゆーの自慢するタイプじゃないし」と付け加え、啓二は肩をすくめてみせる。
「にしても、お前が異能を使わないとどーにもならんようなことになるなんてな。
 いったい何があったんだ?」
「聞くな」
 力強く拒絶したジュンイチの姿に啓二は「あぁ、これはnotシリアスな意味で何かあったな」と確信する。
 しかしこうなるとジュンイチの口を割らせるのは難しい――なので迷わず「後で他の子に聞こう」と決断する。ウサギさんチームとかならドーナツでもおごって買収してやればベラベラ話してくれそうだ。
「で、アンツィオ戦の後は関国商がらみでゴタゴタして……お前らが合流してきて、現在に至る、と」
「ふーむ……」
 話をしめくくるジュンイチに、啓二は腕組みして息をついた。
「オレ達と別れてからも、それ以前に負けず劣らず濃ゆい人生送ってんなぁ」
「『濃ゆい』とかゆーな」
「こりゃジーナやライカもうかうかしてられないな……アドバンテージなんてないも同然じゃんか」
「ん? なんでそこでジーナやライカが出てくんだ?」
「自力で気づけ」
 耳ざとくジーナやライカの名前を聞きつけておきながら、その意味にはまるで気づけないでいるジュンイチの疑問は迷わず一蹴する。
「とにかく……まぁ、お前が大洗のみんなといろんなことを乗り越えてきたことはよくわかった。
 けど……そこまでいろいろやってきたなら、その中でも特に仲よくなった子とかいるんじゃないのか?」
「そうかねぇ?
 これでもできるだけ公平を心がけて接してきたからなぁ……それに、それが度がすぎてこじれたこともあったし。
 そんな有り様だったんだ。オレの好感度なんてせいぜい友達だか師匠だか、そんなところだろ」
「……で、ナカジマちゃんの見解は?」
「『こじれた』ってのは澤ちゃんのことですね。
 むしろ『雨降って地固まる』で好感度爆上げでしたね」
「だろーねー」
 耳打ちして尋ねたナカジマの答えには予想通りと苦笑する。
「まぁ……“みんなから”については仮にお前の考えどおりにしておこうか……そうしないと話進まないし。
 で、その逆……お前からみんなへはどう思ってるんだよ?」

 

「選手、兼主任教官の柾木ジュンイチだ。よろしくな」
 応える杏に促され、ジュンイチもまた名乗り――と、それを受けたエクレールがなぜか一瞬キョトンと目を丸くした。
「……? 何?」
「あ、失礼。
 思ってたよりも、その……普通の対応をされたのが少し意外で」
 首をかしげるジュンイチに対し、エクレールの返した答えはそれはそれで失礼と言えるものだったが――
「聖グロリアーナとの練習試合の、あの容赦のない戦いぶりから、もっと凶暴な方なのかと」
『あぁ』

「納得すんな外野」

 周りからはむしろ納得されてしまった。
「だっ、大丈夫ですよ! 柾木先輩、ぜんぜん怖くないですから!」
 そんなジュンイチにフォローの声を上げたのは梓だったが――
「そーそー。いざ実際話してみるとぜんぜん怖くないし」
「それどころかすっごく紳士だよね。
 これだけ女子高生に囲まれてて不純な話ぜんぜん聞かないどころか一線守るのにいつも全力だし」
「むしろ紳士を通り越して……枯れてる?」
「お願いだから黙って外野っ!」



「ウサギさんチームの子達から『枯れてる』なんて言われるくらい頑なに一線引いてるくらいなんだ。
 警戒してるんだろ? “間違い”が起きないように――それって、つまり“間違い”が起きる可能性を警戒しなきゃならんぐらいには『いい』と思ってる子がいるってことじゃないのか?」
「ノーコメントで」
「今の流れでそれは『追求されたら困る』って言ってるようなもんだぞー」
「おっとそーいえば西住さんとしほさんからのお誘い対策の打ち合わせしなきゃだったーそーゆーことであでゅー」
 啓二の追及に対し、ジュンイチは棒読みで一気にまくし立てるとその場を後にした。つまり――
「……図星を突かれて逃げ出したか」
「意外でしたねー。
 柾木くんそういう素振りぜんぜん見えなかったから、みんなのことそういう目で見てないと思ってたんですけど」
「あぁ見えて、異性への興味はじゅーぶん人並みだよ」
 苦笑するナカジマに答えて、啓二は肩をすくめた。
「ただ……思い込んじゃってるんだよ。
 『自分が、人からLoveな意味で好かれるはずがない』『そんな好かれるような人間じゃない』って……」
「西住さんを始めとしていろんな人からガッツリ好かれてると思うんですけど……」
「ソレ全部ジュンイチの脳内じゃ『Like』の好きだって変換されてんだよ」
 首をかしげるナカジマに対しため息をひとつ。
「こればっかりは本人の心の問題だからな、外野がどうこう言っても始まらないよ。
 実際、オレ達も何とかしようといろいろ手ェ尽くしてきたけれdあ」
 が――言いかけた啓二はそこで固まった。
「……青木さん?」
「……忘れてた」
 尋ねるナカジマに答える余裕もない。青ざめた啓二は小さくつぶやく。
 曰く――

「……“あの人”が来てるの、伝えるの忘れてた」



    ◇



「…………ん?」
 啓二のいる自動車部から戦略的撤退、校舎に戻ったジュンイチは、廊下の向こうから知った顔がやってくるのに気がついた。
「あ、柾木くん」
「西住さん、武部さん達も。
 今から帰りか?」
「うん。教室で話してたら、少し遅くなっちゃった」
 そう。みほ達だ――尋ねるジュンイチにみほが代表して答える。
「今日の晩御飯何かなー?」
「当番の鈴香さんはカレーにするって言ってたから、周りが余計な要望入れてなきゃそのまま採用だと思うぞ。
 あと、なんか『秋山さんは期待してくれていい』って言ってたけど」
「ということは呉の海軍カレーでありますか!?
 水隠殿、確か御実家が広島なんですよね!?」
「ゆかりん、戦車以外もOKなんだ……」
「ミリタリー全般いけます!
 でも戦車が一番好きですっ!」
 みほに答えるジュンイチの言葉に優花里が目を輝かせた。ツッコんでくる沙織にも笑顔で答えて――



「ふーん。
 それが今のジュンイチのハーレムなんだ」



 瞬間――炎が荒れ狂った。
 その声を認識した瞬間、ジュンイチが炎をブッ放したのだ――抜き打ちとは思えないほどの規模と正確さをもって放たれた炎は、廊下に置かれたものや掲示物には一切の焦げ目すらつけずに標的だけを飲み込んだ。
「まっ、まままっ、柾木くーんっ!?」
「いきなり何してるのーっ!?」
「…………あ。
 すまん。聞き覚えのある声が聞き捨てならないことを言い出したもんだから……つい」
「『つい』でこれですか……」
 みほや沙織に答えたジュンイチの言葉に、華が周辺に一切の被害が出ていない廊下を見回してつぶやく。
「いやいや、そーじゃなくてっ!
 いきなりナニ人に向けてブッ放してるの!? 危ないじゃない!」
「心配いらねぇよ」
 さらに追求してくる沙織だったが、ジュンイチは肩をすくめてそう答え、
「まったく、相変わらずだなぁ、ジュンイチは」
『ぅひゃあっ!?』
「どーせ、かわすか防ぐかしてんだから」
 ひょっこりとみほ達の後ろから件の人物が現れた――みほ達が驚く中、ジュンイチがうめく。
 一方、件の人物はみほ達のリアクションに満足げにうなずくと一同の前に改めて進み出てくる――先ほど生徒会室に姿を現した、あの少女である。
 そんな少女を前に、ジュンイチと沙織のやり取りは続いて――
「いや、だとしても人に向けていきなり……」
「いーんだよ、こんな馬鹿母」
「いやいや、お母さんっていうならなおさらアウトなんじゃ……」



『………………あれ?』



 何やら引っかかりを覚え、沙織はみほ達と共に首をかしげた。
「お母……さん?」
「それはつまり……」
 みほと麻子がつぶやき、一同の視線が少女に集まる――対し、少女はニコニコと笑って名乗った。
「初めまして。
 ただ今ご紹介に預かりました、ジュンイチの母、柾木霞澄でっす♪
 『霞澄ちゃん』って呼んでね♪」







『えぇぇぇぇぇっ!?』







 「その見た目の若さで母親か」とか「今のジュンイチの対応が紹介といえるのか」とか「『ちゃん』付けで呼んでって」とか。
 あまりのインパクトに「そもそもどうしてここに?」という当然の疑問がキレイサッパリ消し飛んだみほ達の、驚きの叫びが廊下に響き渡った。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第29話「ペットじゃないやいっ!」


 

(初版:2019/07/22)