「いやー、ライカちゃんから話聞いて焦ったわよー。
“こっち”に飛ばされたジュンイチを見つけたと思ったら、女子校にいるっていうんだもの」
すっかり日も沈み、夜を迎えた大洗――柾木家で鈴香のカレーを堪能しながら語る霞の言葉に、ジュンイチは「そうか、またテメェか」とライカをにらみつけた。
「それで、いてもたってもいられなくて、私も来ちゃった♪」
「まぁ、確かに心配だよね、母親としては」
「“普通の”思春期の男子が暮らすには、いろいろと毒な環境ですしね……“普通の”男子なら」
顔を見合わせてそんなことを語るのは沙織と華だ――が、
「あー……
たぶん、お前らの考えてる“心配”、この人の考えてる“心配”と意味ぜんぜん違うと思うぞ?」
『え……?』
ジュンイチのその言葉に、みほ達が疑問の声を上げて――
「心配? そりゃするわよ。
母親として、こんな状況見過ごせないもの」
対し、霞澄はあっさりとそう答えると、立ち上がって力説する。
「ここは母親として、きっちりジュンイチを導いて――」
「男の本懐、ハーレム成就を果たさせてあげないと!」
「まさにそーゆートコだよ! オレが問題視してんのわっ!」
ジュンイチが全力でツッコんだ。
第29話
「ペットじゃないやいっ!」
「え、えーっと、柾木くん……?」
「私の聞き間違いでなければ、霞澄殿、ハーレムがどうとか……」
「秋山さん、残念ながらそれは聞き間違いでも何でもなく現実だ。
そーだよ。こーゆー人なんだよ、この人わ」
みほと優花里に答え、ジュンイチは頭を抱えた。
「そっちの世界の日本はハーレムOKなのか……?」
「だったらジュンイチがあんな頭抱えてるワケないでしょ。アウトよ、アウト。
私の気づいた限り、“こっち”と“向こう”の違いなんて、戦車道の有無と傭兵業が合法か否かぐらいのものよ」
麻子の問いにライカが答え、みほ達の視線が霞澄へと集まる――対し、霞澄はフンと鼻を鳴らし、
「アウトかセーフか? ンなもの関係ないわよ。
そんなものはね……愛の前には木っ端の如く吹き飛ぶモノなのよっ!」
『おぉ……』
「いやそこで感心しないで! この人ますます暴走するからっ!」
自信たっぷりに断言する霞澄の、そのあまりの威風堂々っぷりにみほ達が圧倒されて思わずコクコクとうなずいてしまう――ジュンイチにツッコまれ、何とか現実に戻ってきた。
「まぁ、見ての通り聞いての通り、この人ガチモンのハーレム容認派でな。
一応、『恋愛感情の上でのハーレム結成が絶対条件。財にモノを言わせてのハーレムなんぞ邪道』とか一線引いてる辺り、アウトラインのギリギリ真上のところで踏みとどまってるみたいだけど……」
「それ明らかに一線引くところ間違えてない?」
「あと、『ラインの真上』って暗に『見ようによってはアウト』って言ってますよね」
沙織と優花里にツッコまれ、ジュンイチは迷わず視線を逸らした。
「西住隊長……」
「うん……」
一方で、いろいろと察しがついた人も。声をかけてきた麻子にうなずき、みほはそっぽを向いたままのジュンイチへと視線を向けた。
「柾木くんの身持ちが硬い理由がわかった気がする……」
「あの母親を反面教師にしたんだな……」
心から「そういうことなんだろう」と納得できた。
「それで……いざ来てみたら、なかなかおもしろいことになってるじゃない。
戦車道ってヤツの大御所から婿に来ないかって誘われてるんだって?」
「それについては断るつもりだよ」
一方、ジュンイチは霞澄の相手を継続中。憮然とした顔でそう答えるが、
「そうね。
だってそんなお堅いところに婿入りしちゃったら、女の子とっかえひっかえできないもんね」
「そーゆー理由で断ってんじゃねぇよ!」
霞澄の暴走は止まらない。迷いなく断言するその言葉に、ジュンイチが力いっぱい言い返す。
「あ、あのー……霞澄殿?」
と、そこへ口をはさむ勇者がひとり。優花里が霞澄へと声をかけるが、
「つーん」
「え? あの……霞澄殿?」
「つつーんっ」
当の霞澄は何が気に入らないのか、擬音を口にしながらそっぽを向いてしまった。改めて声をかけても結果は同じだ。
これは――
「……霞澄“ちゃん”」
「ん? 何ナニ? どしたの?」
呼び方を本人の希望通りにしてみたらあっさりと手のひらを返してきた。「あぁ、こういうところは柾木殿のお母さんだなぁ」と思わず納得する。
「えっと……どうして柾木殿のハーレムにそんなにこだわるんですか?
別にハーレムでなくても本人が幸せならそれでいいと思いますし……というか、霞澄どn……霞澄、ちゃん、が逆ハーレム、とかは考えないんですか?」
「だって、ハーレムは男の夢じゃない」
霞澄は迷わず断言する――外野で沙織から「そうなの?」と尋ねられ、ジュンイチが頭を抱えているが当然のごとく無視である。
「まだまだウブだなー、優花里ちゃんは。
でもそこがカワイイわねー。どう? ジュンイチのハーレムに入らない?」
「ぅえぇっ!?
わっ、私のことはいいんですよっ! それよりっ!」
「うーん、まだまだ押しが足りないかー」
顔を真っ赤にして否定の声を上げる優花里に、霞澄はあきらめる気ゼロなつぶやきと共に引き下がり、
「ジュンイチや鷲悟のハーレムにこだわる理由、ねぇ……」
「あぁ、やっぱり鷲悟くん(さん/殿)もやられてるんだ……」とみほ達が苦笑する中、霞澄はもったいつけるように息をつき、
「私はね、ジュンイチ達に幸せになってほしいのよ――可愛い女の子に囲まれて暮らすなんて、男の子にとって幸せなことに違いないわ。
それにね……」
「その想いに負けないくらい、目の前で繰り広げられるハーレムイチャラブが見たいのよっ!」
「そこは負けとけ、頼むからっ!」
ジュンイチが全力でツッコんだ。
「あぁ……だからこの人にはこっちに来てほしくなかったんだ……
勝手にカップリング捏造して盛り上げて、人間関係さんざん引っかき回してくれるんだから……」
「アハハ……」
頭を抱えるジュンイチに対し、コメントのしようもなく苦笑を返すしかないみほだったが、
「…………ん?」
そのとなりの沙織がふと何かに気づいた。眉をひそめるとジュンイチの肩をチョンチョンとつついて声をかける。
「ねぇねぇ、柾木くん」
「ん?」
「柾木くんは、しほさんのお誘いをお断りしたいんだよね?」
「あぁ」
「で、霞澄s……霞澄ちゃんは柾木くんのハーレムのために今回の話を阻止したい」
「ハーレム云々についてはオレぁ何ひとつ納得しちゃいないけどn……ん?」
沙織に答えかけ――ジュンイチも気づいた。先の自分のように眉をひそめる彼に対し、沙織は本題へと切り込んだ。
「……『今回の話をなかったことにしたい』っていう意味じゃ……二人の利害、一致してない?」
「母さんと手を組めってのか?」
「確かに、全力で協力してくれそうですけど……」
「この際ぜいたくは言ってられなくない?
しほさん、すっごく意思強そうだったじゃない。当事者のお母さんって立場も、今の状況には強力な手札になるんじゃない?」
顔を見合わせるジュンイチと華に、沙織が付け加える――が、この選択も問題がないワケではない。
「でも……その後が面倒だぞ。
母さん絶対チョーシに乗るぞ。捏造したカップリングの山、全部実現させようと暗躍しまくるぞ。外堀片っ端から埋められまくるぞ。
お前らだってターゲットなんだぞ。オレのところになし崩しに、みんなまとめて嫁入りしたいか?」
「う゛っ、そ、それは……」
ジュンイチの指摘に、思わず答えに詰まる沙織だったが、
(確かに、なし崩しって言うのは……
でも、みぽりん達とケンカしなくて済むのはありがたいし、ちゃんと恋愛した上でのことなら私は別に……って、いやいや待って私。そもそも私は柾木くんのことは……)
「…………?
どうかしたか、武部さん?」
しかし、心の中でつぶやいたその声は残念ながら(?)ジュンイチに届くことはなかった。
「でっ、でも、今はまずしほ殿からのお誘いを何とかするのが先決でしょう?
対戦相手の側からのスカウトを受けているこの状況は、みんなの士気にも障りますし、それでもし、プラウダ戦のように誰かしら先走るようなことになったら……」
「だからって、しびれる程度の麻痺毒を制するのに大量殺人バッチコイ級の致死毒持ち出すのもなぁ……」
一方でチームの利害の面から提案するのは優花里だ。しかしジュンイチにとってはそれでもまだデメリットの方が大きいようで――
「私は別にかまわないぞ」
と、唐突に麻子がそんなことを言い出した。
「って、冷泉さん……?」
「『かまわない』とは……?」
しかし、主語の欠けたその言葉から彼女の意図を察することは難しかった。みほや華が聞き返して――麻子は迷わず一言。
「嫁入り」
『………………えぇっ!?』
その一言で、ジュンイチも含めた一同が驚きの声を上げたのも無理はあるまい。
「まっ、まままっ、麻子ぉ!?
嫁入りって正気!? 何か悪いモノでも食べた!?」
「相手は柾木殿ですよ、柾木殿!
もっとよく考えた方がいいですよ! ヤケになっちゃダメです!」
「そこの二人、後で少しOHANASHIしようか……逃げるなよ」
そして、驚きの余り二人ほど地雷を踏み抜いた。
「…………?
お前達、何をそんなにあわてている? 別におかしなことでもないだろう」
しかし、麻子は少しも動じていない。むしろ首をかしげて聞き返してくる。
「よく考えてみろ。
家事全般万能で商才においてもすでに社会に出ていて経験豊富――夫としてこれ以上の優良物件はそうはないだろう。
その上……私の寝坊にもバッチリ対応可能ときた」
「あー、うん、納得した。
そうだね。麻子的には最重要だよね、最後のひとつ……」
「でも、優良物件な代わりに性格ものすごくブッ飛んでますよ?」
苦笑する沙織のとなりでなおも心配そうな優花里だっだが、
「それこそ今さらだろう。
ブッ飛び具合で言うなら、私達全員、すでに人のことは言えない領域に達しているだろう?」
「何よりも認めたくない現実を突きつけないでっ!」
沙織が頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ハーレム云々についても、そんなに苦労するとは思ってないしな。
考えてもみろ。相手に、中心に据えられようとしているのは誰だ?
柾木だぞ、柾木――この異性関係には超がつくほどのド誠実・ド不器用男が、受け入れた人間を誰かひとりでもないがしろにすると思うか?」
『確かに』
思わずその場の女子一同が納得した。
「……オレ、そんなに女の子とっかえひっかえしそうな人間に見えるのかな……?」
「え、えっと……
確かに、目に見える行動だけだけで判断するなら、そう見えてしまうかもしれませんけど……」
「でっ、でもっ、柾木くんの場合、それが全部下心のない善意からだって、私達もちゃんとわかってるからっ!」
一方で、ショックを受けているのが評価された張本人たるジュンイチだ。すっかり凹んでしまった彼を前に、華とみほがあわててフォローを入れる――華の言葉は『フォロー』と言ってしまっていいのか正直微妙だが。
「フフンッ、見なさいっ。ちゃんとわかってくれる子はいるのよ。
麻子ちゃん、見どころあるわよ〜♪」
「わっ、私はただ、自分なりにメリットとデメリットを考えて、そちらの方が得だと判断しただけだ。
あなたの思惑に乗ったワケじゃない」
一方、味方(?)の登場に霞澄は大喜び。抱きつかれ、スリスリと頬ずりされて、麻子は過剰なスキンシップに辟易しながらそう答える。
「そもそも、私達全員、柾木との共同生活は経験しているからな――正直な話、今の私達がハーレムにどうこう言われても、あの共同生活がそのまま戻ってくる予感しかしない。
問題があるとすれば、ハーレムという生活形態に対し世間から後ろ指を指されるぐらいだが、それもメリットを考えればささいな問題にしかならないだろう。
そのくらいメリットの方が大きい。さっきも挙げた柾木の優良物件ぶりと……」
「みんなと、“家族”として一緒にいられることを思えば」
『あ…………』
その言葉に、みほ達は理解した――どうして、ハーレムに真っ先に同調したのが彼女だったのか。
母親とケンカ別れして、そのまま事故で両親を喪ってしまった麻子にとって、家族というものはとても特別な意味を持つ。
そんな彼女だ。ジュンイチとだけではない、心を許した沙織やみほ達とも家族として一緒に暮らせるかもしれない選択肢が生まれたことは、確かに世間体というデメリットなどたやすく吹き飛ばしてしまう、それほどまでに魅力的なものに見えたことだろう。
そしてそれは同時に、自分達のことをそれほどまでに大切に想ってくれているということでもあって――
「それに……朝起こしてくれる人も大量ゲットできるしなっ」
「結局そこかいっ」
だから、続く言葉がただの照れ隠しにすぎないことはすぐにわかった。ツッコむ沙織もどこか楽しげだ。
「んー♪ 麻子ちゃん、カワイイこと言ってくれるわね♪
ハーレムの話を抜きにしても娘に欲しいわ〜♪」
「おばぁと一緒でいいなら考えないでもない。
だがそれも……」
そして霞澄は惚れ直したとばかりに大はしゃぎ。抱きついてきた彼女をヒラリとかわし、麻子が視線を向けるのはジュンイチだ。
「柾木が納得したら、の話だ。
悪いがそこだけは譲れない――ただでさえ、すでに一度自分を起こしてもらうためだけに転がり込んで迷惑をかけてしまった前科のある身だ。これ以上彼の負担になるのは御免被る」
「一応反省はしてたんだな……すまん、正直ずっと、その辺開き直ってやがると思ってた」
麻子の言葉に、ジュンイチも気まずそうに頭をかきながら軽く謝罪。それに対し首肯を返すと、麻子は霞澄へと視線を戻し、
「しかし、それもすべては西住流からの誘いをどうにかしてからだ。
柾木を西住流に持っていかれては、ハーレムも義娘もないだろう」
「それもそうね!
いいわ! 協力してあげる! 柾木流が一流なのは戦いだけじゃないってところを見せてやるーっ!」
麻子の言葉に、すっかりやる気になった霞澄が吠える――対し、麻子は背後、霞澄から死角のところでグッと拳を握ってガッツポーズに代える。
「やったね、麻子!」
「霞澄どn……霞澄ちゃんの協力を得られましたね!」
そんな麻子に飛びつくのは一番の付き合いである沙織だ。盛り上がる優花里をよそに麻子へと顔を寄せ、
「ねぇ麻子」
「ん?」
「ひょっとして霞澄ちゃんに力貸してもらうために、わざとハーレムの話に乗っかって誘導したとか?
今、『作戦通り』とばかりに拳握ったよね?」
「まぁ……そんな思惑がなかったと言えばウソになるがな」
小声で尋ねるのは、今のガッツポーズ代わりの握り拳の意味――対し、麻子も小声で沙織に答える。
「だが、表向き語った理由も十分に本気だ。
これでも……その、沙織達のことは……嫌いじゃ、ないし……」
「うん!」
「だが」
笑顔でうなずく沙織だったが、麻子の話には続きがあった。霞澄に聞かれても気にすべき話ではないのか、通常音量で続ける。
「柾木次第……そう言ったのも本心だ。
今のところ、ハーレム云々は霞澄さ……ちゃんが勝手に言って、勝手に手を回してる話でしかない。
当事者の柾木次第で話はいくらでもひっくり返る余地が残っている。たとえば――」
「柾木に好きな女子ができる、とか」
『――――っ』
その麻子の言葉に、みほ達の間に衝撃が走った――自然と、女子一同の視線がジュンイチへと集まる。
「……あのなぁ」
一方、ジュンイチも今のやり取りはしっかりと聞こえていた。ため息まじりに頭をかき、応える。
「お前らがいったい何に期待してるのかは知らねぇけどさ……お前らだって知ってるだろ。
オレの周りに、そんな浮いた話が転がってないことは見てりゃわかるだろ」
『…………はぁ』
「って、何だよ!?
何でいきなり全員からため息つかれるワケ!? オレ何かした!? なぜにwhy!?」
自覚がないにも程があるジュンイチの言葉にみほ達がため息。ジュンイチが心外だと声を上げる。
「ったく、何なんだよ……」
「まぁ、そこはまるで成長していない自分が一番悪いってことで納得しておきなさい」
頭を抱えるジュンイチの肩を、霞澄は笑いながらポンと叩き、
「ともあれ、善は急げ。さっそく今度の週末にでも熊本に……といきたいところだけど」
「あぁ。
今度の週末は先約済みだ――来週だな、行くのは」
「…………?
柾木くん、この週末何かあるの?」
「前に話した、“向こう”の学校のこと、覚えてるか?」
霞澄に返すジュンイチに、沙織が聞き返してくる――答えるジュンイチの言葉に思い出しながら答えるのは優花里と麻子だ。
「“向こう”……柾木殿達の世界で、柾木殿達が通っていた学校ですよね?
えっと……確か、龍雷学園っていう……」
「腕っぷしさえ強ければ、出席日数が足りなくてもどうとでもなるという、夢のような学校だろう?」
「冷泉さんの覚えるポイントには大いにツッコみたいところだけど……まぁ、いいか。
だって、まさにその『出席日数を腕っぷしでどうにかする』話のことなんだから」
二人に答え、ジュンイチは頭をかき、
「幸い、ライカ達が休学届を出しておいてくれたおかげで、オレも進級試験試合をクリアすれば、向こうでも留年することなく二年に進級だ。
まさかこんなことになるとは思ってなかったからなぁ……その試合の予約を、この週末にとってたんだよ」
「なんで大洗の未来のかかった決勝戦の前にそんな大事な試合の予約取っちゃってるんですかーっ!」
「悪かったな!
さっさと進級決めて、後腐れなく決勝戦に臨みたかったんだよっ!」
思わず悲鳴を上げる優花里に、ジュンイチも力いっぱい言い返す。
「とにかくっ!
そういうワケだから、今週末オレは一旦“向こう”に帰らないといけないんだよ」
「まぁ……そういう事情じゃ、私達が無理強いはできないよね……」
「わたくし達の都合で、柾木くんの進級に障りがあってはいけませんしね」
改めて告げるジュンイチに、みほや華が顔を見合わせて――
「あ、それじゃあ……」
ポンと手を叩いて声を上げたのは沙織だ。手を挙げて、立候補するようにジュンイチに提案する。
「柾木くん!
私達もついてっていい!?」
「ついて……って、オレ達の世界にか?」
「うん!」
聞き返すジュンイチに、沙織は元気にうなずいた。
「だって、別の世界だよ、別の世界!
どんなところか気になるじゃない!」
「ライカも言ってたろ――別にそれほど違いはないぜ」
「別の世界ってところが大事なの!」
呆れるジュンイチだったが、沙織の方はすでにノリノリだ。
「ね!? みんなも行ってみたいよね!?」
「えっと……それは、まぁ……」
「興味のあるなしの話をするなら……確かに……」
沙織に話を振られたみほや優花里も、少なくとも反対ではないようで――
「まー、いいじゃない、連れていっても」
ため息まじりに沙織の味方をするのはライカだ。
「別に、とって食われるような危険な場所に連れてこうってワケじゃないんだから」
「そうは言うけどなぁ……」
ライカの言葉にも、ジュンイチは何やら乗り気ではないようだ。難しい顔で腕組みして考え込んでしまう。
「あの……やっぱり御迷惑だったでしょうか……?」
「あー、大丈夫大丈夫」
そんなジュンイチの態度に不安になる華だったが、それに答えるのは霞澄だ。
「確かに迷惑は迷惑だけど……たぶん、いや間違いなく、迷惑に思ってるポイント違うから」
「ポイント、か……?」
麻子が首をかしげ、みほ達は考え込んでいるジュンイチのつぶやきに耳を傾ける――
「まずいなー、週末限定の帰郷について来られても、もてなせる時間なんて限られてくるぞ。
しかも試験を受けに帰るワケだからオレの自由な時間はさらに……
その状況下で何ができる? 都内の観光までいけるか?
いや、土日帰る予定だったのを金曜日放課後出発に前倒しすればまだ……」
((全力でもてなしプラン立てていらっしゃるーっ!?))
「うん。そういうことだろうと思ったわ」
まだ何日も先の話だというのに、今から総力をもってもてなす気マンマンのジュンイチを前にみほ達が戦慄。となりで霞澄が苦笑する。
「ジュンイチが、『あなた達がついてくること』を迷惑がるワケがないじゃない。
あの子が困ってるのは、急に同行するって言い出されたから、今から週末までにおもてなしの準備を整えなくちゃならなくなったことに対してよ」
「いや、帰るの週末ですよね?
今日まだ火曜……」
「今日からの準備でそんな急ぎじゃないと間に合わないような“おもてなし”って……」
霞澄の説明に、優花里や沙織が頬を引きつらせる――そんな彼女達に向け、ライカが一言。
「止めるなら今すぐ止めた方がいいわよ。
ほっとくとアイツ、平然と人数分の満漢全席とか用意し始めるから」
『ま゛っ!?』
その後、華以外の全員でジュンイチを止めたのは言うまでもない。
◇
「んじゃ、準備はいいかー」
そのまま日付は一気に進み、金曜の放課後――柾木家の屋上で“ついて来る面々”を見渡し、ジュンイチが告げる。
この平日の間に、ジュンイチが一旦“向こう”に帰るという話は一気に広まった。あんこうチーム以外にも何人かが同行を希望。誰が行くかで軽くすったもんだがあったものの、なんとか同行メンバーも無事決まり、ジュンイチの前に集合を完了している。
まず、言い出しっぺ特権で無条件に同行決定のあんこうチーム。
「会長、気をつけてくださいね。
桃ちゃんの会長ロスは私が何とかしておきますから」
「ん。頼んだよ、こやま」
大洗での保護者として改めて“向こう”の実家にあいさつを、と言い出した杏。
「ファイトだよ、梓!」
「これをチャンスに、一気に柾木先輩と距離を縮めるんだよ!」
「むしろ婚前旅行のつもりで!」
「目指せ、正妻の座!」
「あいーっ!」
「………………(こくり)」
「もーっ!」
チームメイトから背中を押され――というか、背中を蹴っ飛ばされて同行者枠に転がり込んだ梓。
そしてブレイカーズ側からは柾木家の面々、つまり霞澄とあずさ、鷲悟が一旦戻ることに。ライカ達残りのメンバーはこのまま“こちら”で大洗チームの手伝いだ。
「霞澄さん。この度はお世話になります」
「いーわよいーわよ。万事任せて♪」
さっそく大洗から出向くメンバーの代表として、杏が霞澄にあいさつする。対する霞澄も笑顔で返す――そんな二人の間で何やらアイコンタクトが交わされていたりするのだが、幸か不幸か、ジュンイチを含めて気づいた者はいなかった。
「それじゃ、行きますよ」
そんなジュンイチ達を送り出すのは鈴香による転送術式だ。彼女の号令と共に、集合したジュンイチ達の足元に青色に輝く“力”が走り、全員をすっぽりとカバーする規模の円形魔法陣、否、術式陣が描き出される。
「だ、大丈夫なの……?」
「大丈夫だって。
“水”属性の精霊力は、元来こういう転送系の異能とは相性がいい。だから鈴香さんにお願いしたんだよ」
沙織の問いに、ジュンイチはカラカラと笑いながらそう答え、
「それより」
「なっ、何……?」
そんなジュンイチの表情が不意に鋭くなった。真剣な視線に射抜かれて、沙織は思わず胸を高鳴らせながらたじろいで――
「本当に満漢全席はいらなかったのか?
まぁ今から食べたいって言われても用意間に合わんけど」
「いらないからっ!」
真顔でボケたジュンイチに沙織がツッコんだ。そんな二人を、そしてみほ達を青い光が包み込んで――
「きっ、消えた……!?」
柚子がつぶやいた通り、光が消えた時、ジュンイチ達の姿はその場から忽然と消え失せていた。
◇
「もう目ェ開けても大丈夫だぞ」
まぶしくて目を開けていられなくなってから異変の終了を告げられるまで、体感時間で三、四秒ほどか。
「…………ん……」
ジュンイチにもう大丈夫だと告げられ、みほは閉じていた両の目を開いた。
視界は目をつむる直前のまぶしさによってまだ少しくらんでいる。徐々にピントが合ってきて――
「……庭?」
そう。そこはマンションの屋上などではなく、地上、一軒家の庭先だった。
「うん、ちゃんと庭のポートをつかまえてくれたねー、さすが鈴香さん」
「大丈夫じゃないワケがあるかよ。鈴香さんだぞ、鈴香さん」
ジュンイチが鷲悟に答える声が聞こえるが、肝心のその姿が見当たらない。どうかしたのかとみほが周囲を見回して――
「――――っ」
気づいた。
庭に面する形で建つ、三階建ての一軒家とそれにとなり合う木造の武道場。
これが――
「ここが……柾木くんち……」
「そーだよー」
みほの心の内を代弁した沙織に、やはり姿が見えないジュンイチの声が答える――と、みほは気づいた。
ジュンイチの声は下からだ。あと、妙に弱々しい。
まさかと思い、みほは足元を見下ろして――
『ようこそ、柾木家へ〜』
「って、柾木くん!? 鷲悟くん!?」
「二人そろってブッ倒れちゃって、どうしちゃったの!?」
「そんなザマでよく『ようこそ』なんて言える余裕あったな」
「冷泉殿、そんなこと言ってる場合じゃなくてっ!
衛生兵! えーせーへーいっ!」
ジュンイチと鷲悟は二人そろって地面に突っ伏すように倒れていた。シュールなその光景にみほと沙織、麻子や優花里が声を上げて――
「あぁ、戻ったのか」
不意に、そんな声がかけられた。
見ると、住宅の方、庭に面した縁側のガラス戸を開け、ひとりの中年男性がこちらをのぞき込んでいる。
状況から見て、明らかにこの家の家人であろう。ということは――
「柾木くんの……お父さん……?」
「あぁ。
ジュンイチ達の父、柾木龍牙だ。
ジュンイチから聞いてるよ――よろしく、お嬢さん方」
つぶやくみほに、龍牙は庭に出てくると改めてあいさつして、
「いや、そうじゃなくて!」
そこへ梓がツッコんだ。
「柾木先輩達、大丈夫なんですか!?」
「あぁ、心配いらないよ。
転送系の異能のお世話になった後はいつも“こう”だから」
しかし、龍牙は動じない。あっさりと梓に答え、続ける。
「これは、この二人特有の――“転送酔い”だ」
『転送酔い……?』
◇
「さて、と……」
とりあえず、庭で立ち話も何だ、ということで、龍牙は一同を家の中へと招き入れた。
促される形で、リビングにL字に配置された四人がけのソファ×2にあんこうチームと梓、杏が腰かける――すぐ脇の、一枚余分に絨毯が敷かれたスペースがあり、そこにジュンイチと鷲悟が転がされたのを見て、そこが“こう”なった二人の介抱用スペースだと理解する。
「改めて自己紹介……といきたいところだけど、それよりキミ達、ジュンイチ達の様子が気になってしょうがないみたいだな」
そんなみほ達の前に立ち、龍牙は落ち着きのない彼女達を前に苦笑する。
「なら、まずはジュンイチ達の話をしようか。
キミ達は……知ってるんだよな? ジュンイチの、身体のことは」
「はい……
私達だけじゃありません。戦車道チームのメンバーは全員、ジュンイっちゃんから直接明かされてます」
「それは話が早い」
代表して答える杏の言葉に、龍牙は満足げにうなずいた。
「知っての通り、ウチの息子二人は改造人間ってヤツでね。
その身体は戦うための部分以外でも、生きていくための器官の多くが我々常人とは違った仕組みとなっている。
その中には、自分達の位置を把握する空間認識能力も含まれる」
「位置を把握……?
それって、GPSみたいな?」
「そう、まさにそれだよ」
聞き返すみほの問いはまさに正鵠を射ていた。うなずき、龍牙は続ける。
「まさにそのGPSのシステムを利用した能力を、ジュンイチは持っているんだ。
ネットワーク介入能力の応用でGPS用の衛星にアクセスし、自分達の位置を計測させている。
そしてもうひとつ。地形把握と衛星にアクセスできない環境下のフォローを目的としたサブの位置観測能力もある――コウモリのエコーロケーションやレーダーのように特殊なエネルギー波を放ち、反響を観測することで地形とそれに対する自分の位置を把握する。
この二つを併用して、ジュンイチ達は常時自分達の位置を把握しているワケだが……」
「転送によって現在位置が一瞬にして、大幅に変われば――そんな二人はどうなると思う?」
『あ…………』
龍牙の言葉に、みほ達は“その先”に何が起きるか思い至った。
「もしそんなことになったら……」
「先輩達の位置把握システム、大混乱になっちゃいますよね……」
「なるほどねー」
つぶやき、みほと梓がブッ倒れたままのジュンイチと鷲悟を見下ろす――そんな二人をよそに、杏も納得して声を上げた。
「衛星にはアクセスし直さなきゃならないわ、エコーでの地形計測は全部一からやり直しになるわ……
うん、そりゃ頭への負担になるよね……それもけっこうデカく」
「そういうことだ」
杏の言葉に、龍牙がうなずいた。
「転送によって位置が大きく変われば、それまでの位置情報は何の役にも立たなくなる。すべてのデータが取り直しとなる。
当然、そのためにやることは山積みだ――決して処理しきれないワケではないが、それでも瞬間的に急増した情報処理量は脳機能の混乱を引き起こす」
「脳機能の混乱……すなわち酔い。
なるほど、それが転送酔いの正体か」
納得する麻子に、龍牙はうなずいた。
「処理能力の、それ自体の問題じゃない。処理される情報量が急増するのが問題――
ジュンイチ達の身体に備わる自己進化能力をもってしても、さすがに容易にクリアできる問題じゃないようでな――今日までこのまま、というワケだ」
「それ、自己進化でどうにかなるような話なんでしょうか……」
「進化してどうにかするより、根本から新しくシステム作り直した方が早いような気が……」
龍牙の言葉に、みほや梓が苦笑して――
「…………ん?」
麻子が、ふとリビングの外の廊下、入り口からこちらをのぞき込んでいる小さな影に気づいた。
「麻子?」
「アレ」
そんな麻子の様子に気づき、声をかけてくる沙織に返し、麻子が視線を戻す――気づかれていると知った影があわてて引っ込むのが、沙織にも見えた。
「ペットかな?」
「さぁ」
首をかしげる沙織に麻子が返して――
「ペットじゃないやいっ!」
『わぁっ!?』
廊下の向こうで聞こえた声と共に、“ナニカ”が複数体、後ろかから突き出されるように転がり出てきた。
「なっ、何っ!?」
「ぬいぐるみ……?」
驚くみほや華の言葉通り、それは一見するとまるでぬいぐるみのように見えた。だが、妙に生気を感じるし……というか動いているし、今上がった声も……
「い、いたた……」
「ぬ、ぬいぐるみがしゃべった……!?」
その先頭、ライオンの姿をした“ナニカ”が身を起こして声を発するのを見て、梓が驚いて――
「ぬいぐるみでもなければペットでもないよ」
言って――転がり出てきた一団とは別に、ドラゴンの姿をした“ナニカ”がフヨフヨと宙に浮いた状態で姿を現した。
最初みほ達がぬいぐるみかと思った通り、どの個体も身長50センチ程度の小さな身体をしている。
数は七体で、ドラゴン型、ライオン型の他に、モチーフ違いの鳥型が三体、金色の飾り毛を持つ銀の馬型に翼の生えた犬型と、全員が違う姿をしている
「カワイイ!
何、この子達!」
「この子達も、柾木くん達の異能――ブレイカー関係ってことですか?」
「うん、そうだよ!」
見た目の可愛らしさに梓が目を輝かせる一方、華が冷静に思いついた可能性に言及する――対し、ドラゴン型の個体が宙に浮いたまま、器用に胸を張って肯定する。
「オイラはブイリュウ!
ジュンイチのパートナープラネルだよ!」
「パートナー……相棒?」
「プラネルって……?」
「ふーん……そこは聞いてないのか」
自らの名乗りに首をかしげる沙織とみほのリアクションに、ドラゴン――ブイリュウは納得してうなずき、
「けど、まずはその前にみんなの紹介ね。
じゃあ……鳳龍からいってみよーっ!」
「だからなんでブイリュウが仕切るの! プラネルのリーダーは私なんだからねっ!……っと。
今紹介された通り、私の名前は鳳龍。ライカのパートナーよ。
それで……」
ブイリュウに言い返したのは赤い鳥型のプラネルだった。
そして、鳳龍はライオン型プラネルの頭上でより強く羽ばたいてみせる――ので、ライオン型プラネルはみほ達の前に進み出て、
「ボクはライム!
ジーナのパートナープラネルだよ!」
「では次は私が。
私はソニック。ファイのパートナーを務めています」
「ガルダーといいます。
私の相棒の鈴香がお世話になってます」
ライムに続くのは残り二羽の鳥型。それぞれに名乗って、ライムの両隣に舞い降りて一礼する。
「えっと……水色の鳥さんがソニックで、紺色の鳥さんがガルダー……だね。
二人とも、よく似てるけど……ざっくばらんにどっちも鳥型、ってことでいいの?」
「まぁ、それでかまいませんけど……あえて厳密に言うなら私、ソニックが鷹型、ガルダーが鷲型……ですね。
本体であるブレイカービーストがそれらをモチーフにしていますので」
尋ねる沙織にソニックが答えると、
「じゃ、次はオレだな!」
言って進み出たのは馬型のプラネルだ。
「オレはファントム! 啓二のパートナーなんだぜ!
ちなみにモチーフは麒麟だ!」
『キリン……?』
「うん、そのイントネーションでどうカン違いしたかだいたいわかった。
オレのモチーフは“キリン”じゃなくて“麒麟”。アフリカのあの首の長いヤツじゃなくて、伝説獣、神獣の方」
そろって首をかしげるみほ達にファントムが答える――手慣れた訂正ぶりに「あぁ、しょっちゅう誤解されてるのか」とみほ達は思わず苦笑い。
「あとは……って、あれ?」
これで自己紹介したプラネルは六体。あと一体……というところで、ブイリュウはその“あと一体”の姿がないことに気づいた。
「……あれじゃないですか?」
と、それに気づいたのは梓だった。指さした先――リビングの出入り口の陰に、さっきと同じように隠れてこちらの様子を伺っている。
「ずいぶんとシャイな子みたいだねぇ」
「え、えっと……
……ヴァイト、です……」
その様子にカラカラと笑う杏に対し、ヴァイトは出入り口の陰に隠れたまま自己紹介。
「以上七体、ジュンイチ達のパートナーとして活動してますっ!」
「の割には、今回留守番なんですねー」
「だって、『向こうの世界に異能があるかどうかもわかんないのに連れて行けるか』ってライカが止めるんだもん」
最後に改めてブイリュウがしめくくる――優花里にツッコまれるが、気にする様子もなく、むしろ“留守番の理由”の方に口をとがらせる。
「で、オイラ達プラネルがどーゆー存在か、って話だけど」
しかし、すぐに気を取り直すとブイリュウは先程保留した、自分達プラネルについての説明に戻った。
「ジュンイチ達ブレイカーにはそれぞれ、パートナーとなる獣型の機動兵器、ブレイカービーストがいるんだけど……その辺の説明は?」
「直接は聞いていない。
実際に目にした澤さんが説明され、それを又聞きしただけだ」
「ブレイカーとしての異能は、大昔こちらの世界に実在していた精霊達から授かり、装備の方は当時栄えていた古代文明が生み出した……柾木くんから直接聞いていたのはそこまでです。その、ブレイカービーストそのものについては何も……
確か、私達の感覚でいうところのファンタジーの力を、テクノロジーによって制御することを目指した文明だったんですよね?」
「……相変わらず、現物見せた範囲内しか説明しないなぁ、ジュンイチは」
今度は麻子と華の言葉に呆れて、ブイリュウは倒れたままのジュンイチを一瞥。ため息をついて説明する。
「で、そのブレイカービーストなんだけど、けっこうな大きさでね……まぁ、人が乗り込んで戦うものだから当然って言えば当然なんだけど。
でも、そんな巨体じゃ相方のブレイカーと四六時中一緒に行動ってワケにはいかないからね――代わりに相方と行動を共にさせる小型の分身体を、自分達の精霊力を使って作り出したんだよ」
「それがプラネル……
じゃあ、ブイリュウちゃん達の身体は生身の肉体じゃないってこと?」
「ちゃ!?
……っ、う、うん。そうだよ……オイラ達の身体は生まれ持った天然の肉体じゃない。
ブレイカービーストから供給される精霊力を肉体に物質変換して作られてるんだよ」
杏からいきなり『ちゃん』付けで呼ばれて驚くも、その動揺をなんとか抑え込んでブイリュウは続ける。
「だから、オイラ達はブレイカービースト達からの精霊力の供給が断たれない限りは消滅しないし、ブレイカービーストも、事件が起きて相棒のブレイカーのところに駆けつける時、オイラ達を目印に、オイラ達が自分の身体を構成してる精霊力を使って作り出したゲートを通ってすぐに駆けつけることができるんだ」
「あ……」
ブイリュウのその説明に、声を上げたのは梓だった。
「そういえば……前に柾木先輩が私達の世界でゴッドドラゴン……先輩のブレイカービーストを呼んだ時なんですけど」
「あぁ、その時の移動データを基に、ライカ達が私達の世界を特定したっていう、アレ?」
聞き返す沙織にうなずいて、梓は続ける。
「あの時、先輩、直接自分が呼ぶのは『疲れるからあまりやりたくなかった』って言ってて……実際、戦ってる最中もその疲れから苦戦して……
ひょっとして……」
「うん。
オイラ達なしじゃ、ブレイカーはブレイカービーストを自分達で、召喚術式を使って直接呼ばなきゃならない。
何の補助もなく、自分達の力だけで30メートル級のブレイカービーストを呼び出せる規模の召喚術式なんて使えば、それだけでガス欠寸前になるのは当たり前だよ――オイラ達には、そうならないために、代わりにブレイカービーストを呼び出す役目もあるんだよ」
「なるほど……
ブイリュウくん達は、柾木くん達とブレイカービーストをつなぐ、大事な役目があるんだね」
「そういうことっ!」
納得するみほに答え、ブイリュウは胸を張り、
「……なのに、ウチの相方はそんな相棒をほったらかしにして、一年近くも何やってるんだか。
しかも、帰ってくるなりこのザマだし」
だが、その元気もあっという間に霧散。未だブッ倒れたままのジュンイチや鷲悟を見てため息をひとつ。
「言われるまま放置してるけど……柾木くん達、本当に大丈夫なの?」
「転送酔いの仕組みは聞いたでしょ? へーきへーき」
心配そうにジュンイチの顔をのぞき込む沙織に、ブイリュウは気を取り直してそう答え、
「それに、オイラ達が何かしなくても……」
と、ブイリュウがそこまで語った時だった。
「お兄ちゃん達、お待たせ!」
言って、やってきたのは帰ってきて以来姿の見えなかったあずさだ。
その手には、お盆に乗ったジョッキと見紛うばかりの大きさのコップが二つ――
「元気の出るスペシャルドリンクだよ!
これ飲めば大丈夫だから!」
「へぇ、どれどれ?」
あずさの言葉に興味を持ったのは杏だ。お盆の上のコップをひとつ、手に取って――
「………………」
中身を見たとたん、目が死んだ。無言でそっとコップをお盆へと戻す。
「か、会長……?」
「西住ちゃん……」
そんな杏のリアクションに首をかしげはしたものの、あずさはすぐに気を取り直してジュンイチ達のもとへと向かう――その一方で、何があったのかと声をかけるみほに、杏は力なく答えた。
曰く――
「アレを止められない私の無力を許して」
「一目見ただけで会長の心が折れた!?」
「え? 何!?
アレそんなにヤバイものなの!?」
みほや沙織が声を上げ、一同の視線があずさの方へと向けられる――それに気づいているのかいないのか、あずさはかまうことなく目を回している兄二人に件のドリンクを順番に飲ませていく。
ジュンイチに、次いで鷲悟に。飲ませ終わって、待つこと数秒――
『ぐふぁおぉっ!?』
ビクンッ!と、飲まされた二人の身体が跳ねた。
「※○△×◇*〜っ!」
「☆+□●※▽〜っ!」
二人そろって口を押さえて床をゴロゴロとのた打ち回って悶絶――と、唐突にそれ動きが止まった。
恐る恐るみほ達が見守る中、ジュンイチが見るからに力が入らない様子で身を起こし、
「な、何だ……何の攻撃だ……!?
毒か……!? それとも爆弾か……!?」
「……薬だなんてカケラも認識されてない……」
「良薬口に苦し、なんてレベルじゃないでしょ、コレ……」
ジュンイチのリアクション――ちなみに、鷲悟は未だピクピクと痙攣したままだ――にみほや沙織が冷や汗。その一方で、麻子はジュンイチのそばに転がるコップを手に取り――刺激臭に顔をしかめた。振り向き、あずさに尋ねる。
「これ……中身はいったい何だったんだ?」
「んー? ごく普通に身体にいいものいろいろ」
「その内訳は?」
「えっと……」
「リポビタンDとアリナミンVとオロナミンCと青汁をビン一本ずつ入れて、にぼしともやしとマンドラゴラをミキサーにかけて作ったペーストと混ぜてレンジでチン」
「いろいろとアウトすぎるぞっ!?」
さすがの麻子も声を荒らげてツッコんだ。
「いったい何をブチ込んでるんだ、お前はっ!?」
「え? 聞こえなかった?
しょーがないなぁ、リポビタンDと……」
「そーゆー意味じゃないっ!
柾木達を元気にするはずの薬膳ドリンクを作るために、なんていう劇物を練成してるんだ!?」
「えー? そんなの作ってないよぉ。
身体にいいものをとにかくたくさんいろいろ入れてあるんだよ。身体に良くないなんてことないよ」
「組み合わせを考えろ!
あと栄養ドリンクはそれ一本で飲むものだから! チャンポンなんかもってのほかだっ!」
「えっと……」
彼女にしては珍しくエキサイトしている麻子に戸惑うものの、そんな麻子の脇からみほが声をかけた。
「味見とか……してないの?」
「え? 味見?」
その問いに、あずさは不思議そうに首をかしげて、
「何を今さら、そんなこと……」
「味見なんて、料理できない人が失敗しないためにする確認作業でしょ?」
((あ、ダメだコレ))
典型的な“味見をしない料理下手”の論理を持ち出されて、いろいろと察した一同であった。
◇
「ふぅっ……」
「よーやく落ち着いたねー」
「はい」
結局、あれからジュンイチ達が完全に回復するまで30分ほどかかった。こうなることを見越して「どうせジュンイチ達に作る余裕ないだろうから」と霞澄が作っておいてくれた食事にみんなでありつき、女性陣が入浴――道場を併設してるだけあって、浴場はみほ達が全員一緒に入ってもまだ余裕があるほど広かった――風呂上り、各自が思い思いにすごす中、みほは杏と二人で涼んでいた。
と――
「ん? お前ら……」
「あ、柾木くん」
そこへ、食事と入浴を経てようやく復活したジュンイチが通りかかった。
「今上がったところ?」
「あぁ」
「私達美少女七人が入ったお湯は美味しかった?」
「そうか。
黒こげになってもう一回風呂に入りたいか」
「ゴメン。
私が悪かったから迷わず右手に火ィ燃やさないで」
杏とジュンイチのやり取りに、「あぁ、いつものノリだ」とほっと胸をなで下ろすみほであった。
「やれやれ、遠慮がないねぇ。
ここがジュンイっちゃんにとってホームグラウンドだからって」
「当然だ。
こっちじゃ異能の存在隠さなくても問題ないからなぁ。遠慮なくオシオキできるってことを忘れないこった」
「オシオキ自体は向こうでも別の形でしっかりやっていたような……」
杏に答えたらみほからツッコまれた。コホンと咳払いしてごまかすと、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「まったく、そんな馬鹿話してるヒマがあったら、もう休んだらどうだ?
明日は東京観光の予定だろ? 寝過ごしても知らねぇぞ」
「フフンッ、心配無用さ。
私達はジュンイっちゃんみたいに転送酔いでブッ倒れたりしてないからねー」
ジュンイチに答える杏の言葉に、「ジュンイチこそ体調辛いだろうし早く休んだらどうだ」という気遣いを察して、みほはクスリと笑みをもらす――が、ジュンイチのことが心配なのはみほも同じなので、ここは杏に乗っておくことにする。
「というか……柾木くんこそ大丈夫なの?
明後日には試験試合なのに、私達の観光案内なんて……
元々明日は一日休んで試合に備えるつもりだったんでしょ? 案内ならあずさちゃん達に頼むから、休んでても……」
「体調管理以外の準備は万端だから安心しろ。
あずさのドリンクのダメージも、明日中には抜けるし、観光ぐらいどうってことねぇさ」
しかし、そんなみほ達の気遣いを知ってか知らずか、ジュンイチはあっさりと答えると「大丈夫」とばかりにガッツポーズで回復をアピールしてくる。
「こんなところでつまずいてられるかよ。
さっさと進級決めて、黒森峰戦に備えないとな」
「はい」
「がんばってねー」
うなずくみほと気楽な杏、二人の返しに肩をすくめると、ジュンイチは冷蔵庫から牛乳を取り出すと、右斜め45度の確度で1L紙パックをラッパ飲み。空パックをゴミ箱(分別)に放り込むと自室へと引き上げる。
と――
「『黒森峰戦に備えて』ねぇ」
突然、そんな声がかけられた。
「ンだよ、母さん?」
「いや別に。
ただ、本気で戦車道に打ち込んでるんだなー、って」
答えて、二階に続く階段に腰かけていた霞澄は軽く肩をすくめてみせる。
「悪いかよ?」
「まさか。
息子が新しく熱中するものを見つけたのよ。応援するのが親ってもんでしょ」
聞き返すジュンイチに、霞澄はあっけらかんとそう答えて、
「ただ……」
「ただ?」
「みほちゃん達にカッコイイところを見せつけようとか、そーゆーこと考えてるのかなー、と思ってたから、そうじゃないのは残念だなー、と」
「何だ。
何かと思えばそんなことか」
霞澄の言葉に拍子抜けだとばかりにそう返すと、ジュンイチはキッパリと、
「そりゃアイツらにはいいトコ見せたいさ。当然だろ?」
「へぇ、意外な答え。
ついにジュンイチにも、あの中の誰かのことが好k
「オレの強さ見せつけとけば、黒森峰戦でのアイツらの安心にもつながるかもしれないだろ」
「………………」
ジュンイチの答えに一瞬色めき立つ霞澄だったが、続くジュンイチの言葉に期待はあっけなく砕け散った。
「…………?
どーした、母さん?」
「ううん。何にも。
ジュンイチは相変わらずジュンイチなんだなー、って」
「…………?
よくわかんねぇけど、話終わりならもう行くぞ――お休み」
「うん、お休みー」
霞澄の反応は気になったが、特に追及する気にもならず、ジュンイチは彼女の脇を抜けて階段を三階まで上がり、自室へと戻った。
「にしても、母さん、何が言いたかったんだ……?」
しかし、霞澄からかけられた言葉が頭の片隅に引っかかっていた。
「西住さん達にいいカッコ、って言われてもなぁ……」
そんなことは言われるまでもない。試験試合で大暴れして、「こんな強い仲間が一緒なんだから、安心して黒森峰戦に臨めばいい」とアピールするつもりだった。
だから、霞澄の言葉など気にする理由はない。言われなくてもやるつもりだったのだから、適当に聞き流しておけばいい。
だが――なぜかスルーできなかった。
「どうせ、ハーレムがどうのってつもりなんだろうけど……」
霞澄の魂胆など知れている――だが、それでも。
「オレが力見せつけたところで、アイツらがオレなんかを“そんな”目で見るワケないだろうに……」
――ズキンッ。
「――――――っ」
瞬間、胸が――いや、心が痛んだ。
それと共に脳裏をよぎるのは“彼女”の笑顔――思わず道着の胸元を握り、ジュンイチはよろめき、壁に背を預けた。
なぜかはわからない。わからないが――何か、すごく辛い感じがした。
自分が好かれるはずがない。そんな考えと、“彼女”の笑顔が浮かんだとたんに――
(……何だよ、これ……!?
なんで、いきなり、こんな……)
(西住さんのこと思い出しただけで、こんな……っ!)
◇
「ぅわぁ!」
明けて翌日、龍牙の運転する車で一路都心へ――ワゴン車の車中から外を見て、沙織が楽しそうに声を上げた。
「見て見て! 東京タワーだよ、東京タワー!」
「はしゃぐな沙織。おのぼりさんじゃあるまいし。
東京タワーぐらい私達の世界にもあるだろう」
「だって、私達元の世界でも東京タワーの実物見たことないじゃない!」
「元の世界と違うところが見たかったんじゃないのか」
「いーの!
帰ってから私達の世界の東京に行けば、見比べたことになるじゃない!」
「まったく、あぁ言えばこう言う……」
麻子がツッコむが、沙織のテンションは止まらない。ダメだこりゃと首を振り、麻子は制止をあきらめた。
「すみませんねー、お手数おかけして」
「かまわんよ。
私も今日はこっちに用があったからな」
後ろの席の喧騒に苦笑しながら、送ってもらったことに礼を言うのは助手席の杏だ――彼女からの謝辞に、龍牙は車を運転しながら気にすることなくそう答える。
「夕方には迎えに行く。場所を教えてもらえれば向かうから、好きに東京を見て回るといい。
ジュンイチ――彼女達のことは任せるぞ」
そして、龍牙はみほ達を案内することになるジュンイチへと声をかけるが、
「………………」
「……ジュンイチ?」
「――え、あ、何?」
当のジュンイチは何やら上の空。龍牙に改めて声をかけられ、ようやく我に返った。
「柾木殿……?」
「悪い、話聞いてなかった」
優花里に返すジュンイチだったが、その言葉に首をかしげたのは杏と梓だ。
「ジュンイっちゃんにしては珍しいね、そんなに気を散らすなんて」
「まさか、昨日のダメージがまだ!?」
「いや、そーゆーんじゃないから。
ホントにボーッとしてただけだから」
杏や梓にジュンイチがそう答えて――
「それならいいけど……」
「………………っ」
と、そんなジュンイチの顔をのぞき込んでみほが告げる――思いもよらない接近に、不意を突かれたジュンイチの胸が高鳴った。
「柾木くん、何かあっても自分の中に抱え込むところがあるから……
本当に何かあるなら、ちゃんと話してほしいな」
「お、おぅ……っ」
(ちょっ! 近い近い近い近いっ!
心臓に悪いからいきなり距離詰めてくんなーっ!)
一応なんとか返事を返すことはできたが、その思考はパニック寸前だ。
(ったく、何なんだよ、コレ……
西住さんが心配してくれたってだけで、嬉しいやら恥ずかしいやら……っ!)
「うん、大丈夫大丈夫。
本当に大丈夫だからっ」
何となく、みほにそんな自分の顔を見られたくなくて顔をそらす。
らしくないと、自分でもわかっている。まさに今みほに言われた「何かあった」状態なんだろうともわかってる――しかし、自分でも何がどうなっているのか、ワケがわからないのだ。手がかりも何もない中ただ『何かおかしい』とだけ相談されても、みほ達だって困るだろう。
相談するにしても、もう少し自分の状態を把握してからの方がいいだろう――そう判断し、ジュンイチは可能な限り平静を装ってみほに応対する。
(柾木くん……?)
(今、西住先輩に反応していたような……?)
時すでに遅く、沙織や梓に異変を勘づかれていたことに気づかないまま。
◇
「さて、とりあえずこうして都心に出てきたはいいけど……
降りる場所まで指定したんだ。これからどうするか、プランとかあるんだろうな?」
指定された“降車場所”は大江戸線は赤羽橋駅――さすがに駅前に直接というのは混雑するため避けて、少し離れたところに降ろしてもらったところで、ジュンイチが赤羽橋駅を指定した沙織に尋ねる。
なお、ジュンイチはすっかりいつもの調子を取り戻したようだ――少なくとも、表面上は。
「フフンッ、その辺はぬかりなしだよ、柾木くん」
対し、沙織はそんなジュンイチの問いに自信タップリに笑い、
「ちゃんと、ゆうべの内にインターネットで観光プランは考えてあるんだよ〜♪」
「準備のいいことで」
「そういうワケで、最初の目的地は――あそこだよっ!」
言って、沙織が指さした施設は――
「ま、赤羽橋駅から行ける定番の観光スポットって言えばここではあるけどさ……」
「定番だからこそだよ!
……ぅわぁ! すごい景色!」
つぶやくジュンイチに答えて、沙織は目の前に広がった景色に簡単の声を上げた。
「これが東京タワーから見た景色……
テレビでしか見たことなかった景色が、今私達の前にあるんだよ! すごい!」
そう。ここは東京タワーの展望室――赤羽橋駅は、東京タワーから徒歩ルートでもっとも近い駅。だから沙織は、龍牙に赤羽橋駅の近くで降ろしてもらうよう指定したのだ。
「ひょっとして、この後もド定番の観光スポットばかり巡るつもりなのか……?」
「今回の武部殿の目的は、『私達の世界との違いを見比べること』ですからねぇ」
「どちらの世界にもある観光施設、となると、どうしても定番の場所に限られるさ」
「うん、ちょっと待ったのしばし待てい。
それってまさか、オレ“向こう”に戻った後でまた“向こう”の東京連れ回される流れになったりしない?」
優花里と麻子の答えに、ジュンイチの頬が引きつった。
「すみません……
こっちの、とはいえ、一番東京の地理に明るいのは柾木くんですから……」
「デスヨネー……
まぁ、オレとしても地元のクセして行ってなかったところに行けるし、良しとしておこうか」
「行ったことないところとかあるんですか?」
「そもそもここがそうだし」
華の指摘に頭を抱えるが、自分なりに妥協点を見つけて納得する――聞き返す梓に、足元を指さして答える。
「傭兵になってからは最近まで来るような余裕なんかなかったし、それよりも前は、子供心に怖くて来たがらなかったんだよ」
「へぇ、ジュンイっちゃんの武勇伝にしては珍しいパターンだね」
「高いところがダメだったの?」
「いや、そーゆーんじゃなくてだな……」
杏とみほに答え、ジュンイチは少し恥ずかしそうに頬をかき、
「展望台に上がってる間に怪獣が出てきてタワー襲われたらどうしよう、と」
「え? 心配ってそーゆー?」
「まぁ、ジュンイっちゃんみたいな趣味の子の、さらに子供の頃となれば……」
「あー、信じちゃいそうですね、怪獣の実在とか……」
沙織にツッコまれる一方で杏や梓に納得され、ジュンイチは顔を赤くしてそっぽを向いた。
◇
その後も一行は交通機関をフル活用し、東京のあちこちを見て回った。
皇居、勝鬨橋、浅草寺……そして、
「……うん、渋谷駅のハチ公像、よしっ!」
「おのぼりさん丸出しな観光の仕方しやがって……」
待ち合わせ場所の定番である某忠犬の像を携帯電話のカメラで撮影し、ホクホク顔の沙織であったが、ツッコむジュンイチは少々疲れ気味だ。
だがそれもムリはない――何しろ、沙織の立てた観光予定というのが実に穴だらけだったのだから。
行きたいところをリストアップしただけで、順番も交通機関の利用プランもまったくの無計画――おかげでどういう順番で、どの交通機関をどのタイミングで利用して回るか、ジュンイチがすべてプランを練り直す羽目になったのだ。
ちなみに、そうしている間にも美少女七人に囲まれたジュンイチに対し、通りすがる一般男性のみなさんから嫉妬に満ちた視線を向けられている――が、ジュンイチは別に気にしない。絡まれても全力で迎撃するだけだから。
「えっと……ごめんね、柾木くん……
明日試合なのに、休むどころか疲れさせちゃって……」
「まー、そこは今さらな話だし、別に気にしちゃいねぇけどさ……」
そんな自分を気遣ってくれるみほに答えると、ジュンイチは夕焼けに染まった空を見上げた。
「さて、と……
お嬢さん方や。そろそろ移動の準備しろーい」
「え? 柾木くん……?」
「移動、って……行きたかった場所、もうここで最後だけど……?」
「晩メシ」
聞き返してくる華や沙織に、ジュンイチはそう答える。
「時間が時間だ。喰って帰るぞ」
「あぁ、じゃあ、霞澄どみ……霞澄ちゃんに連絡しないと……」
「もーしとる。
武部さんの(穴だらけの)プラン見た時点で、こうなることは予想できたんでな」
納得し、家への連絡を提案する優花里にそう答える。
ちなみに、連絡を入れた際「そのまま朝帰りでもぜんぜんオッケーだからねー♪」などと言われたので迷わず電話を切ったことは、ジュンイチだけの秘密である。
「んじゃ行くぞ。
下町に知る人ぞ知るいい店知ってるんだ――“今一飯店”っつーんだけどな」
「ネーミングの時点で微妙な気配がするんだが」
「実際には美味いから安心しろ。
まぁ、オレも最初はネーミングからネタ感覚で食いに行ったことは否定しないけど」
「柾木くんって……食べに行く時はけっこうそういう冒険したがるところあるよね……」
麻子に答えるジュンイチの言葉にみほが苦笑して――
――――――
「――――っ」
不意に、ジュンイチの動きが止まった。顔を上げ、ビル街の一角へと視線を向ける。
「ジュンイっちゃん……?」
「……お前ら」
いきなりの異変に杏が首をかしげるが、ジュンイチはかまわず、真剣な表情で告げる。
「全員ここで待機。
避難誘導の指示とかがあればそれに従え」
「え、ちょっと!? 柾木殿!?」
「避難って、何かあったの!?」
いきなりの指示に何事かと目を丸くする優花里と沙織に答えることなく、ジュンイチはその場から駆け出し、人ごみの中へと消えていってしまった。
「いったい、何が……」
ジュンイチは何に気づいたというのか。みほが思わずつぶやくと、
「みほさん、あれ!」
華が、ジュンイチが消えていった方角の空を指さした。
そこには、建ち並ぶビル群の向こうに何本もの黒煙が上がっていて――
〈臨時ニュースです〉
突然、駅前の街頭モニターがニュース画面に切り替わった。
〈ただ今、都内にて瘴魔獣が出現したとの情報が入ってきました。
付近の皆様は警察の誘導に従って――〉
「瘴魔獣って……」
「柾木が前に話してくれた、こっちの世界で柾木達が戦っていたという、闇の勢力の尖兵……っ!」
「じゃあ、柾木くんはそのことに気づいたから……!?」
梓や麻子の会話に、みほはジュンイチが向かっていった板橋の方へと視線を向けた。
「柾木くん……気をつけて……っ!」
◇
悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う――混乱する街を、そいつは悠々と闊歩していた。
人型で、全身にキノコを生やした瘴魔獣だ。一目で何を媒介にしたか予想できるそいつが、次の獲物を探して街を歩く。
と、何も知らないまま通りかかってしまったのだろう、一台の車がこちらに向かってくる。
対し、瘴魔獣が自身の息を突風の如く吹き、向かってくる車に全身からまき散らしている胞子を浴びせかける――と、それを受けた車の前面に、瞬く間に大量のキノコが生えてきた。視界を失い、進路の乱れた車が縁石に乗り上げ、横転する。
そこへようやく、対策本部指揮下の警察が到着。パトカーを横向きに停車させて何重ものバリケードを作り、その向こうから拳銃で瘴魔獣を狙う。
「撃て!」
号令一下、一斉に発砲。放たれた銃弾が瘴魔獣に迫り――止まった。
瘴魔獣が周囲に放っている“力”、瘴魔力の力場が防壁となって銃弾を受け止めたのだ。
攻撃を防ぎ、反撃とばかりに瘴魔獣が警官隊に向けて一歩を踏み出す――が、警察側のターンはまだ終わってはいなかった。
伊達に一年間、多数の犠牲を払いながら瘴魔獣への対処を続けてきたワケではないのだ。通常の銃弾が効かないことは百も承知だ。
目の前の警官達は足止め役。本命は配置を完了したスナイパー達による狙撃だ。
ライフルに専用の銃弾を装填し、狙いをつけて――
撃ち抜いた。
地上から四人、ビルの屋上から四人、上下から包囲するように展開した八人のスナイパーによる狙撃で左足を集中的にめった撃ちにされ、瘴魔獣がたまらずヒザをつき――動きの止まったところへ、身体に第二射が撃ち込まれる。
拳銃の銃弾をものともしなかった瘴魔獣の力場をいとも簡単に撃ち抜いた――その秘密は、彼らの使った銃弾にあった。
瘴魔獣の力場が実体壁でなく微細なエネルギー粒子の集合体であることに目をつけ、先端をナノメートル単位まで鋭く削り込むことで力場を“かき分けて”その先に抜けることを可能とした対力場特化弾、通称“異能殺し”。
その力は見ての通り。さらに――
「撃て!」
警官達による追い討ち。撃ち抜かれ、防壁が失われたその身に拳銃の銃弾が次々に撃ち込まれる。
しかし――
「雑魚どもが……なめるなぁっ!」
瘴魔獣が吠え、全身から胞子を吹き出した。
先ほどまでのような、息に乗せて標的に吹きかけるのではない。全方位への無差別攻撃――胞子は警官達の全身にキノコを生やし、養分を奪われた警官達が次々に倒れていく。
「くそっ、人間どもの分際でやってくれたな……
切り札まで使わせやがって……これ、胞子を一気に使い切るからしばらく使えなくなるんだよなぁ……」
あっという間に周囲の警官達を全滅させたものの、それでも代償は大きかった。瘴魔獣がため息をつき――
「そいつぁいい」
「――――っ!?」
突然かけられた声に警戒――しかし、手遅れだった。巻き起こった炎の奔流が、瘴魔獣を押し流す!
そして――
「つまり、オレはその攻撃をくらう心配がないって、そういうことだろう?」
瘴魔獣の前に立ちはだかり、ジュンイチが前髪を書き上げながら言い放つ。
「お、お前、ブレイカーか!?」
「はい、そーですよー。ブレイカーですよー。
と、ゆーワケで、とっととぶちのめされろテメェ!」
◇
「ブレイク、アァップ!」
ジュンイチが叫び、眼前にかまえたブレイカーブレスが光を放つ。
その光は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むと人型の龍の姿を形作る。
ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
最後に頭の炎が立ち消え、ヘッドギアを装着したジュンイチが叫ぶ。
「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」
◇
「いくぜ!」
咆哮と共に、抜き放った霊木刀“紅夜叉丸”が姿を変える――爆天剣をかまえ、ジュンイチが瘴魔獣へと襲いかかる。
「くっ!」
対し、瘴魔獣も胞子を息に乗せて放つが、やはり胞子の量が先ほどよりも減っていて、
「ぅおぉっ、らぁっ!」
ジュンイチの放った炎によってあっさりと焼き払われてしまった。炎はそのまま瘴魔獣に襲いかかってその全身を焼き、
「香ばしい匂いさせてんじゃねぇっ!」
ジュンイチが斬りかかった。爆天剣で立て続けに斬りつけ、ひるんだ瘴魔獣を蹴り飛ばす。
「くそっ、胞子も残ってないんじゃ勝ち目なんてねぇっての!」
形勢不利と見て、瘴魔獣はきびすを返して逃げの一手。跳躍し、その場から逃げ出そうとするが、
「逃がすか、よっ!」
ジュンイチもそうはさせない。投げつけた苦無が四肢を貫き、さらに爆天剣まで投げつけた。胴を貫かれ、完全にバランスを崩した瘴魔獣が墜落する。
だが、瘴魔獣もこのぐらいで死んだりはしない。身を起こし、なおも逃げ出そうとするが、
「人の剣、返しやがれ!」
「自分で投げつけといてその言い草はnぶぐふぉっ!?」
ジュンイチが追いついてきた。言い返してくる瘴魔獣の顔面を思い切り殴りつける。
さらに何度も殴る、蹴るを繰り返し、最後に背後に回り込むと胴に突き刺さったままの爆天剣に手をかけた。
引く抜くのではない。そのまま真上に斬り上げる――胴の中ほどから上が、左右にバックリと斬り開かれる。
「とどめだ!」
それでも、瘴魔獣はまだ生きている――とはいえ、上半身が左右真っ二つでまともに動ける状態ではない。フィニッシュの叩き込みどころだと判断し、ジュンイチは精霊力を高める。
高めた“力”は炎となって燃え上がり、ジュンイチの背後に炎の竜を形作る――その頭部にジュンイチが跳び込み、
「煉獄――蹴撃!」
「ブレイジング、スマッシュ!」
炎の竜の口から撃ち出された。竜を形成していた炎をも巻き込んで、瘴魔獣に強烈な“翔び”蹴りを叩き込む!
さらに、ジュンイチのまとっていた炎も瘴魔獣へと襲いかかった。改めて全身を焼かれた瘴魔獣が大地を転がる中、ジュンイチは背を向けた状態で着地した。
右の人さし指と中指で堂々と天を指し示して――告げる。
「Finish Completed.」
宣告と同時、右手を地へと振り下ろし――
「ぐぁあぁぁぁぁぁっ!」
断末魔の叫びと共に、瘴魔獣の身体が爆発、四散し、焼滅した。
◇
「…………うし。
復活はなし、と……」
瘴魔力が凝縮、物質化される形で身体を作り出している瘴魔獣は、その力を徹底的に削ぎ落とさなければ何度でも復活する。
が、今回はそこまでの相手ではなかったようだ。警戒を続けていたものの、相手の復活の気配がないのを確認し、ジュンイチは満足げにうなずいた。
解決したのなら長居は無用だ。瘴魔獣によって全滅させられた警官達に向けて合掌し、そそくさとその場を離れる。
ビルとビルの路地裏に入り込むとそこから飛び立ち、ビルの屋上へ――人目を逃れて離脱すると、携帯電話を取り出した。
大っぴらにブレイカーブレスで連絡できないところにいるはずの相手と話すためだ。おそらくこちらのことを心配しているであろう――
「……あぁ、西住さん?」
〈柾木くん!?
大丈夫ですか!? ケガとかしてないですか!?〉
予感的中。
「大丈夫。片づいたよ。
これからそっちに戻るから」
〈はい。
気をつけて戻ってきてくださいね〉
「りょーかいっと」
みほに答えて、ジュンイチはきびすを返して――
「……けほっ」
軽く咳が出た。
気づけば、何やらノドに違和感がある――あれだけ胞子やらほこりやらが立ち込めた中で戦ったのだからムリもないとため息をつき、帰ってからうがいでもすればいいやと納得したジュンイチは、みほ達と合流するために地を蹴った。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第30話「OK, My Boss!」
(初版:2019/07/29)