「決勝戦は20輌まで出られますから、相手の編成はティーガー、パンター、ヤークトパンター……」
「戦車の数も性能も違いすぎますね……」
 大洗に戻った翌日、月曜日――さっそく黒森峰戦に向けての作戦会議が開かれた。
 黒森峰のことを一番よく知るみほが黒森峰の編成を予想するが、それは大洗とは比較にならないほどの圧倒的差があった――ため息をつき、ジーナは考え込むようにうめいた。
「どこかで戦車の叩き売りとかしてないかなぁ」
「いや、戦車買っても乗り手がいなきゃ意味ないでしょうが」
 思わずこぼす柚子にツッコむのはライカだ――そんなライカのとなりから、今度はファイが手を挙げた。
「えっと……戦車道って、どこの学校も部活とか、授業のひとつとしてやってるんだよね?
 だったら、そういう学校向けのマーケットとかってないの?」
「あるにはあるんだけど、予算がね……」
 ファイに答えて、杏は肩をすくめてみせた。
「いろんなクラブが義援金を出してくれたけど、さすがに戦車はねぇ」
「ジュンイチお兄ちゃんはお金出してくれないの?
 どうせこっちでもフリーランスでしっかり稼いでるんでしょ?」
「いよいよとなったら考えるけど、できればその手は使いたくないかなぁ」
「ただでさえ、試合でジュンイっちゃんの果たしてる役割が大きい状態だからねぇ。
 この上財政面でもジュンイっちゃんに頼ったりしたら、優勝しても『勝ったのは大洗の力じゃない。ジュンイっちゃんの力だ』って話にもなりかねない。
 廃校する・しないの決定権はあくまで文科省側が握ってるんだ。ツッコまれて、廃校撤回を言い逃れられる材料は、できるだけ作りたくないのさ」
 聞き返すファイには柚子が答えた。杏が詳しく補足し、ファイは「なるほど」と納得した。
「そういうワケだ。
 戦車を買うには予算が足りないし、ライカの言う通り乗員の確保も問題だよ。
 それよりも、今ある戦車の補強や改造に回した方がいいだろうね」
「だねー。
 戦車の確保の方は、今まで通り艦内に忘れられてるものを探すくらいでいいでしょ」
「そうですね……」
 崇徳に同意する杏にみほもうなずいて――と、ふと思い出した桃が顔を上げた。
「そういえば、アンツィオ戦の前に武部と一年生チームが見つけた戦車はどうなっている?
 最近とんと音沙汰がないが」
「まだレストア中です。
 柾木くんがタイランツハンマーの調整ついでにちょくちょく見に行ってますけど……」
 みほが桃に答えて、一同の視線がジュンイチへと集まって――
「………………」
「……柾木くん?」
「――え?」
 当のジュンイチは、資料を見据えて黙り込んだままだ。みほに声をかけられて、ようやく我に返った。
「あぁ、悪い。
 例の88ミリな――組み立て自体は終わってるんだが、調整で難儀しててなぁ……」
 しかし、話自体は聞いていたようだ。乗り遅れることなくやり取りに追いついてくると、軽いため息まじりに立ち上がり、
「まぁ、見てもらった方が早いか。
 ちょうど、今日から演習場での試運転の予定だったんだ――もう今頃持ち出してきてると思うから、見に行こうぜ」
 言って、会議室を出ていくジュンイチにみほ達も続く。全員で演習場へと向かう道すがら、ジュンイチが考えるのは先ほどのこと。
(あー、いかんいかん。
 西住さんのこと、意識しないようにしてたのに……)
 先日自覚した、自分の中でのみほに対する感情の変化。
 しかし、ジュンイチはその感情の正体には未だ気づけてはいなかった。なぜみほのことを意識すると気持ちが高揚するのか、自分でもわからないでいる。
 誰かに相談すべきだろうかとも考えたが――ジュンイチはそれを自ら却下した。元々確証のない話はしたくない性分だということもあるし、今回はそれに加えて、なぜだか知らないが誰かに相談した方が余計にやっかいなことになりそうな予感がしたからだ。
 そんなワケで、当面は自分の中のこの感情の正体を独力で探りつつ、その間それが態度に出ないよう、極力みほのことを意識しないように心がけることにした――のだが、さすがに昨日の今日では自分の中で消化しきれていなかったようだ。「意識しないように」ということを逆に意識しすぎて、会議に集中できていなかった。
 これでは前に梓との関係がこじれた時の二の舞ではないか。もっと気を引きしめなければと内心で反省する――
「……ふーん……」
 そんな自分に意味深な視線を向ける杏に気づかないまま。

 

 


 

第31話
「シュルツェン万歳」

 


 

 

「すごーい!」
「強そーっ!」
 すでに、演習場では自動車部が試運転を始めていた。運搬車の上でホロの下から姿を現し、エンジンが始動した件の戦車を前に、桂利奈やあやが歓声を上げている。
「これ、レア戦車なんですよねー♪」
 当然、一番はしゃいでいるのはこの人だ。みほとジュンイチの間に陣取った優花里がはしゃいでいるのを見て、沙織が鈴香に尋ねる。
「アレ、そんなに珍しい戦車なんですか?」
「えぇ。
 ポルシェ社製の試作戦車、VK4501(P)――通称“ポルシェティーガー”です」
「ポルシェって、あの高級車のポルシェですか!?」
「ポルシェって、戦車も作ってたんですか!?」
「そう珍しい話でもありませんよ。
 過去二回の世界大戦はどちらも国を挙げての総力戦でしたから。重工業系の企業も多くが兵器製造に動員されていたんです」
「日本のメーカーで言うなら、スバルや三菱も当時は戦闘機を作ってた飛行機屋だぞ」
 驚くあゆみや優季には鈴香だけでなく啓二もそう答える。
「で、あの戦車ですけど……
 第二次大戦当時、次期主力戦車開発の中で生まれたドイツ戦車で、ヘンシェル社のVK4501(H)と採用を争い、敗れたんですよ」
「で、VK4501(H)がティーガーTとして正式採用された一方、アレは“ポルシェ社製のティーガー候補”として、ポルシェティーガーの愛称で呼ばれるようになったんだ」
「なんで採用されなかったんですか?」
「見てればわかるよ」
 啓二が梓に答える一方、ポルシェティーガーが運搬車から降りてきた。運搬車の車輌を、タラップを大きくきしませ、大地へと踏み出して――
「……あれ?」
 進み出して数秒でポルシェティーガーの動きが鈍った。あずさが首をかしげる目の前で、履帯に土がまとわりつき始める。
 車体が動かなくなり、それでも回り続けている履帯が大地を削っているのだ。底部に何か引っかかったのだろうか。
 不思議に思い、梓はポルシェティーガーの前へ。正面はいきなり動き出した場合危ないので、斜め前から車体をのぞき込んで――
「――って、えぇっ!?」
 結論から言うと、車体の下の様子を見ることは叶わなかった。
 なぜなら、車体の下には何もなかったから。
 そう。本当に何もなかった――“空間さえも”
 引っかかっている、どころの騒ぎではない。本来キャタピラ――履帯や転輪、駆動輪によって成る駆動系によって支えられ、持ち上げられているはずの車体が、地面ピッタリに接地している。その結果底面全体で抵抗を受けて進まなくなって、回り続ける履帯が地面を削る事態になっているのだ。
「え!? なんで!? どうして!?」
 履帯が問題なく動いているということは、足回りが外れて地面に落ちている、というワケでもあるまい。なのにどうして底面が……ワケがわからず梓が声を上げると、
「沈んだんだよ」
 答えたのは優花里である。
「ポルシェティーガーって、車体がものすごく重くって――それで足回りから地面にめり込んじゃって、とうとう地面が底面に届くまで沈んじゃったのがあの状態」
「そんなに重いんですか?」
「本体だけでも戦闘重量、つまり燃料弾薬満タン状態のティーガーTとほとんど同じ……装備によってはそれ以上の重さになる、って言ったら、すごさわかる?」
「本体だけで!?」
「もちろん、戦闘重量ともなればもっと重くなる……
 そのせいで、こういう不整地だと重すぎてめり込んじゃうんだよ」
 驚く梓に苦笑すると、優花里はポルシェティーガーへと視線を戻し、
「しかも、問題は他にもあってね……ほら」
 言われ、梓も視線を戻すと、ポルシェティーガーのエンジン部分から煙が上がっていて――発火。炎を上げて燃え始め、エンジンも停止してしまった。
「過熱して炎上したり……欠点が多いんだよね」
「だから採用されなかったんですね……」
「そういうこと。
 ……ところで」
 梓にうなずくと、優花里はクルリと振り向いて、
「柾木殿、さっきからまるで信じられないモノを見てるような顔してますけど、どうしたんですか?」
「い、いや……だってそうだろう?
 お前が、他人に対してタメ口で話してるんだぞ!? 何その天変地異!?」
「私のタメ口は天災ですか!?」
「秋山先輩、私達……というか、一年生にはだいたいタメ口ですよ?」
「マジで!?」
「柾木殿は私を何だと思ってるんですか!?」
 ジュンイチと優花里が梓を交えてぎゃあぎゃあと騒いでいる一方で、当のポルシェティーガーの方もマシントラブルに大わらわ――
「あ〜ぁ、まぁたやっちゃったー。
 おーい、ホシノ、消火器消火器!」
 と思いきや対応が手馴れている。どうやら同様のトラブルは工廠でさんざん経験しているようだ。
 だが――目ざとい者達は気づいていた。目の前の状況が意味するところに。
 大洗女子自動車部の整備技術はハッキリ言って異常だ――「高校生レベルで持てる技術レベルではない」という意味で。
 そもそも最初の“スクラップ同然の戦車五輌をたった四人、たった一晩で完璧にレストアする”という不可能もいいところな無理難題をきっちりこなしてみせた時点でおかしかったのだ。彼女達の超高校生級の整備技術がなければ、大洗チームはたちまち立ち行かなくなってしまうことだろう。
 だが、そんな彼女達の腕をもってしても、ポルシェティーガーの問題を解決させられずにいる――それはつまり、ポルシェティーガーの抱える欠点がそれほどまでに大きいことを示していた。
 なので――
「戦車と呼びたくない戦車だねぇ」
「で、でもっ! 足回りは弱いですが、88ミリ砲の威力はバツグンですから!」
「まぁ、『“動かなきゃ”ティーガーTとも互角に戦える』なんて評価もあるから、間違っちゃいないんだけどな、そのフォロー」
 杏のようなコメントも出る。反論する優花里に、ジュンイチはため息をついた。
「まぁ、仕方ないわよ。
 元々ポルシェティーガーは、“必要としていた技術”に“当時の技術”が追いついていなかったんだから」
「どういうことですか、ライカさん?」
「ポルシェティーガーがあんなに重い原因の大部分は、エンジンだけじゃなくてモーター駆動も組み込んであるからなのよ」
 聞き返す華に、ライカは肩をすくめてそう答えた。
「モーターとエンジン……ハイブリッドカー?」
「エコカーってヤツか?」
「おりょうは正解。カエサルは不正解だ」
 首をかしげるおりょうとカエサルにはエルヴィンが答える――うなずき、ライカは続ける。
「エルヴィンの言う通りよ。
 ポルシェティーガーは、確かにモーターで動く……そこだけを見ればおりょうの言う通りハイブリッドカーと言えなくもないけど、カエサルの言うようなエコ目的じゃないから」
「ま、兵器って時点でエコもへったくれもないけどねー」
「杏さん話の腰折らないで。
 ……で、エコカーってのは、“エンジンを回さないためにモーターを回す”ワケよね?
 でも、ポルシェティーガーは“モーターを回すためにエンジンを回す”のよ。発電機としてね。
 つまりエコカーとは目的、というか、それぞれの役割が逆なのよ」
「言うなればエコカーの逆、逆エコカーってところですかね」
 杏の茶々に肩をコケさせながらのライカの説明に、鈴香も苦笑まじりに付け加える。
「でも、なんでそんな、車体を重くしてまでモーター積んじゃったの?」
「当時の戦車が抱えていた、“将来の不安”を解消するためのテストケースでもあったんですよ」
 尋ねる沙織に答え、優花里はポルシェティーガーへと視線を戻した。
「当時、中戦車から重戦車へと戦車が大型化していくにつれて、当然その重さもどんどん増していました。
 そんな中で、『このまま戦車が大きく、重くなっていったら、その内現行のトランスミッションではその重さを受け止めきれなくなるのでは』っていう不安が技術者の間では持ち上がっていたんですよ」
「トランスミッションって……ギアチェンジとかしてる部分だよね?」
「はい。
 そこが重さで歪んじゃうと、ギアチェンジどころか、ギアがかみ合わなくなって走ることもできなくなっちゃいますから……」
「そうですね……
 お花も、活けるお花に適した花器を使わなければいいものは活けられませんし……」
「それはたとえとして適切なんだろうか……」
 沙織に答える優花里の言葉に、独特の感性で納得する華に麻子がツッコんだ。
「なるほど、それでモーター駆動か……」
「はい。モーターなら電力の調整で回転数を変えることで、ギアチェンジすることなく速度を変えられますから」
 一方で、優花里の説明に納得したのは杏だ。うなずき、みほが補足して、
「ただ、当時の技術ではいろいろと問題が……
 エンジンもモーターも小型化できなくて、その分重量が激増してしまいましたし、見ての通り安全性も」
「ライカちゃんの言ってた『“必要としていた技術”に“当時の技術”が追いついていなかった』って、そういうことだったんだねぇ」
 鈴香の追加の説明にも納得。杏はうんうんとうなずいて、
「でも、目の付けどころとしては悪くなかったんじゃない?
 『ひとつの方法がダメでも、別に使える方法を探せばいい』。まるでジュンイっちゃんみたいな柔軟な発想だねぇ」
「あ、そういえば」
「べっ、別にフツーだろこんなの」
 杏は唐突にジュンイチへと話を振った。同意するみほに、ジュンイチはそう答えて――
(――やっべぇぇぇぇぇっ!
 杏姉! いきなり西住さん巻き込んで話振ってくんなぁぁぁぁぁっ!)
 その内心では思いっきり動揺していた。
 何となく顔も赤くなってきている気がして、顔をそらす――そんなジュンイチの態度に、みほは不思議そうに首をかしげるのだった。



    ◇



 一度は却下した新戦車導入だったが、ポルシェティーガーがあの有り様では本番に間に合わなかった時の穴埋めのことを考える必要が出てきた。
 と、いうワケで――
〈大洗の皆様!
 皆様の風紀を守る、皆様に愛される、皆様の風紀委員です!
 ただ今、戦車道チームは戦力増強のために戦車を探しています!〉
 風紀委員でもあるカモさんチームは、備品運搬用のトラックで校内を回り、戦車の情報提供を呼びかけていた。
〈戦車を見かけたら、風紀委員までお知らせください!〉
「……『みんなに愛される』って、風紀委員ってそーゆーモノだったっけ……?」
 拡声器を通じて呼び止めるそど子にツッコむのは、運転役として同行、現在進行形でハンドルを握っている崇徳である。
「むしろそういうのって嫌われてナンボじゃないのか……?」
「そんなことないわよ! 嫌われるどころか、私達の活動で風紀が保たれていることにきっと感謝しているはずよっ!」
「……こーゆー思考が独裁を生むんだろうなぁ……」
 一切の迷いなく断言するそど子の言葉に辛辣な感想がもれる――後ろの席に乗り合わせているゴモ代やパゾ美からフォローの声が上がらない辺りに、ちょっとだけそど子へ同情する崇徳であった。



    ◇



 もちろん、戦車を探しているのは風紀委員だけではない。他のチームも同様に、三度目となる戦車の大捜索に乗り出していた。
「戦車を見つけたらぜひご一報くださーい」
 そんな中、ウサギさんチームはカモさんチーム同様に情報提供の呼びかけを担当。カモさんチームが車で乗り入れられない校舎エリアの内側を歩きながら、梓が拡声器で呼びかける。
 と――
「みんなー、やってるー?」
「戦車見つかったー?」
 合流してくるのは、あずさとファイ、ブレイカーズの年少コンビである。
「お、Wあずさがそろったね」
「って、人をお笑いコンビみたいにセット扱いしないでよ」
「でもー」
 あゆみのリアクションに苦笑する梓だが、そこで優季が一言。
「将来、義理の姉妹になるかもなんだし、そうなっちゃえばセットだよねー」
『なるほどっ!』
「『なるほどっ!』じゃなーいっ!」
「姉妹……スールの誓いとかした方がいい?」
「それ姉妹の意味違うよあずさちゃん!?
 ってゆーか受け入れの方向!?」
「まぁ、ジュンイチお兄ちゃんだしねー」
 あずさにまで容認的なコメントをもらされ、梓がツッコむ――返してくるファイの言葉に思わず一瞬納得するが、咳払いでごまかす。
「ところで、戦車は見つかったの?」
「ううん、ぜんぜん」
「探せるところは、もうアンツィオ戦の前の戦車探しであらから探し尽くしちゃった感じするもんねー」
 尋ねるあずさに桂利奈やあやが答えると、
「じゃあ……アレは?」
 言って、ファイが指さしたのは近くの、教員用の屋根付き駐車場だ。一同がそちらに目を向けて――
『…………あ』
 気づいた。



    ◇



 戦車探しの一方、既存の戦車の強化についても、生徒会、そしてアドバイザーとして呼ばれたみほや優花里を擁するあんこうチームによって着々と進行していた。
 と言っても――
「とりあえず、義援金でヘッツァー改造キット買ったから、これを38(t)に取り付けよう!」
「……けっこうムリヤリですね……」
「確かに、サイズ的に一番近いのは38(t)ですけど……」
「プラモデルじゃあるまいし、またそーゆーことを……」
 最初に取りかかった案件からいきなり無理難題であった。柚子やジーナ、ライカがツッコむのも無理はない。
「そんなにムリヤリなの?」
「ジーナ殿の言う通り、確かに38(t)とヘッツァーではサイズは近いですけど、構造はぜんぜん違いますから……」
「というか、そもそもシャーシのサイズも違いますし……」
 そして繰り広げられるのはいつものやり取り。戦車に疎い沙織の疑問に、知識の豊富な優花里や鈴香が説明する。
「ったく、まぁた魔改造案件増やしやがって……
 ただでさえポルシェティーガーのことがあるのに、さらに自動車部への負担増やしてどーすんだよ?」
「まーまー」
 しかし、優花里達の言うように規格違いにもほどがあるこの改造案を手がけることになるのは当然ながら自動車部になるワケで――ため息まじりに苦言を呈するジュンイチだが、杏も杏でどこ吹く風で、
「お詫びと言っちゃ何だけど、W号にシュルツェン付けてあげるから」
「よし許す」
「そこ許しちゃうんですか……?」
「お前らの生存率が上がるなら大歓迎。シュルツェン万歳」
 むしろジュンイチの買収に走った。あっさり買収されたジュンイチの、その理由に華が苦笑すると、
「あ、あの……西住さん」
 唐突に、みほへと声がかけられた。
 だが、その声は戦車道チームの誰かのものでも、ブレイカーズの誰かのものでもなかった――だがしかし、みほにとっては聞き覚えのある声だった。
 というのも――
「あぁ、猫田さん」
「誰……?」
「同じクラスの猫田さんだよ」
 声の主はクラスメートだったから――面識のない柚子にはジュンイチが答える。
「どうしたの、猫田さん?」
「えっと、その……」
 だが、猫田は元々コミュニケーションに積極的な方ではなかった。聞き返すみほに対し、しばしモゴモゴと言いよどんでいたが、
「……ボクも、今から戦車道の選択授業、取れないかな……?」
『え……?』
 意外といえば意外な申し出に、みほとジュンイチは思わず顔を見合わせて――我に返ったジュンイチは顔を赤くしてみほから視線をそらした。
「ぜひ協力したいんだけど……
 操縦はね、慣れてるから……」
「おぉ! 西住の他にも経験者がいたのか!」
「それは助かります!」
 一方で猫田の話は続いていた。経験があると聞いて色めき立つ桃と柚子だったが、
「で……乗ってもらう戦車は?」
『う゛…………っ』
 ライカにツッコまれて、そんな二人が声をそろえてうめいた。
「…………?
 どうか……したの……?」
「実は……戦車の数に余裕がなくて……」
 猫田の質問は、先のジュンイチの反応に首をかしげていたみほを現実へと引き戻した。そう猫田に答えると、猫田は首をかしげ、
「“あの戦車”は試合には出ないの?」
『「あの戦車」……?』
 そんな猫田の言葉に、ジュンイチとみほが“顔を見合わせ、我に返ったジュンイチが赤面して目を逸らす”と先のやり取りを繰り返していると、
「みほさーんっ!」
 自分を呼ぶ声にみほが振り向くと、梓を先頭にウサギさんチームとファイ、あずさがこちらに向けて駆けてきた。
「どうしたの、梓ちゃん?」
 聞き返すみほに、梓は呼吸を落ちつけ、答えた。
「あ、ありました! 戦車!」



    ◇



「あぁ、うん。
 ボクが言ってたのこの戦車」
「こんなところに三式中戦車が……」
 猫田が言っていた戦車とは、まさに今、携帯電話で知らせることも忘れて全員で呼びに来た梓達の見つけた戦車のことだった――屋根付きの駐車場、その一角にしれっと混ざっていた 日本製戦車・三式中戦車を見上げ、みほがつぶやく。
「じゃあ、コレ本当に使えるんですか?」
「ファイちゃん達が『一度聞いてみた方がいい』て言うから、呼びに行ったんですけど……」
「ずっと置きっぱなしになってたから、使えないと思ってましたー」
「まぁ、これはしゃーねぇか。
 “こんなん”貼ってあったら、そりゃゴミだと思うわな」
 桂利奈やあゆみ、あやが話す中、ジュンイチが苦笑まじりに戦車からはがした貼り紙には『ここに粗大ゴミを捨てるな!』との注意書き。これのせいで、どのチームも戦車探しの中で見つけても使えないものとしてスルーしていたらしい。
「とにかく、一度自動車部に見てもらいましょう」
「あんまりアイツらの負担増やしたくないんだけど……仕方ないか」
 ともあれ、状態を詳しく見てみなければ話が進まない。みほの提案にため息まじりに同意すると、ジュンイチは携帯電話を取り出した。



    ◇



 ともかく三式中戦車を戦車ガレージに運搬。一晩かけて自動車部によってチェックしてもらった結果、幸い三式中戦車に深刻なダメージは確認されなかった。雨風をしのげる場所に置かれていたのがよかったようだ。
 と、いうワケで、簡単なパーツ交換だけで、翌日の朝練の時間にはすでにレストアは完了していた。
「悪かったな。
 ポルシェティーガーやヘッツァーのこともあるのに、その上さらに面倒を任せちまって」
「いえいえ、好きでやってることですから!
 私達の戦車のことも任せてください!」
 労うジュンイチにナカジマが答えると、他のメンバー、ホシノやナカジマ、ツチヤからも続々と声が上がる。
「コーナーリングは任せて!」
「ドリフトドリフト!」
「戦車じゃムリでしょ」
「してみたいんだけどなー」
摩擦抵抗ミューの低い場所で、モーメントを利用すればできないことはないけど……
 雨が降ればなおいいねー」
「アクセルバックはどうかな!?」
「ラリーのローカルテクニックだねー」
 自動車部ならではの専門用語と欲求が飛び交う会話は、戦車道畑のみほにはわかるようでわからない微妙なところだ。ジュンイチの傍らで苦笑をもらすしかない。
「と、ところで猫田さんは……」
 気を取り直して、レストアを終え、洗車のためにガレージの外に出した三式にホースで水をかけている猫田に声をかける。
「戦車の、他の乗員はどうするんですか?」
「あぁ、もう仲間を呼んでるから」
「仲間……?」
 猫田の答えに、彼女の指さした先を見てみると、
『ぅわぁ、カッコイー!』
 三式を前に、目を輝かせている二人の女子がいた。
 ひとりは髪を後ろで束ねたおとなしそうな子。もうひとりは、ファッションなのか桃のデザインの眼帯を右目に着けた快活そうな子だ。
「みんなオンラインの戦車ゲームしてる仲間です」
 そうみほに説明すると、猫田は二人へ声をかける。
「あ、ども。
 ボク“ねこにゃー”です」
「あ、あなたが!?
 “ももがー”です!」
「私、“ぴよたん”です!」
 猫田の言葉に、眼帯の少女“ももがー”ともう一方の“ぴよたん”が応えて――
「…………ん?」
 ふと、みほは今のやり取りに違和感を覚えた。
 今のやり取り、どう聞いても自己紹介だったような。仲間だったのではないのか――
「おぉっ!
 ももがーにぴよたんさん! “リアルでは”初めまして!」
「『初めまして』!?」
 ホントに初対面であった。
 と――
「ね、“ねこにゃー”、だと……!?」
「…………?
 柾木くん……?」
 反応しているのがもうひとり――ワナワナと動揺しているその姿にみほが首をかしげるが、当のジュンイチにしてみればそれどころではない。
「お、おいっ! 猫田さん!?
 アンタがあの“ねこにゃー”なのか!?
 先月の“ワールド・オブ・パンツァー”日本サーバー全国大会、関東地区予選優勝の!?」
「は、はい……」
「あの決勝でW号使ってたのオレだよ!」
「な、何ですと!?
 あの最後まで私と競り合った……私を敗北寸前まで追い込んだ、“M・ザ・ジェノサイダー”はあなたでしたか!?」
「は、ハハハ……」
 世間ってせまい――盛り上がる一同を前に、思わず苦笑するしかないみほであった。



    ◇



 もちろん、他の戦車のことも忘れてはいない。各チーム、自分達の乗り込む戦車の整備は万全。今までの活動の中で、通常の整備程度なら余裕で、改良などの特別な作業であっても指示さえあれば問題なくこなせるようになっていた。
「うぅっ、こんなの私のイメージしてたモテ女と違う〜」
「まだ言ってるんですか……?」
 もちろん、彼女に取っては(いろんな意味で)不本意この上ない。愚痴をこぼしながら作業を進める沙織に華が返すと、優花里がツッコんで曰く――
「でも、作業自体はちゃんとやってくれるんですよねー」
「ぅわーんっ!」
「それでもやっぱりやってくれる……」
 ツッコまれて泣き出すが、それでも沙織の作業の手は止まらない。それどころかもうヤケクソだとばかりに加速すらしている。
 と――
「これがシュルツェン?」
 かけられた声に見下ろすと、ファイが興味深げにW号を、その両側に今まさに取り付けている装甲版を眺めている。
「うん。そうだよ、これがシュルツェン」
「戦車と少し間を開けて付けるんだね。
 追加装甲って言うよりは……人間が盾持ってる感じ?」
「言い得て妙、だなぁ」
 ファイの感想に返すのは優花里だ。手を止めないままファイに説明する。
「ファイ殿の言う通り、装甲を鎧とするならシュルツェンは盾。単語の意味は『エプロン』なんだけど。
 元々は対戦車ライフルから身を守るための装備なんだよね……貫かれることは貫かれるけど、そこで弾の勢いが弱まったり、弾の軌道がずれたりするから……」
「威力が弱くなった銃弾を、本体の装甲で防げる!」
「正解!」
「えー? それじゃあ戦車道じゃ意味なくない?」
「いーえ、そんなことはありませんよ、武部殿!
 榴弾対策として、シュルツェンは戦車道でも十分に有効な装備です!」
「榴弾……なるほど、そういうことですか」
 ファイとの会話に声を上げた沙織に優花里が力説。その言葉に納得したのは華である。
「華、ゆかりんの言ってる意味わかるの?」
「はい。
 ほら、戦車道の榴弾って命中した瞬間、命中したところで爆発するじゃないですか。
 だから、シュルツェンで砲弾を受けて、そこで爆発させれば……」
「そうか!
 装甲で直接爆発させるワケじゃないから、ダメージを抑えられるんだ!」
 華の説明に沙織が納得する一方で、ファイは優花里の足元までやってきて、
「ねぇねぇ、何か手伝えることない?」
「ありがとう、ファイ殿。
 でも大丈夫。気持ちだけもらっておくね」
「むーっ! 私だって何やるか教えてくれればお手伝いぐらいできるよーっ!」
「あー、えっと、そうじゃなく……ってっ」
 自分はあてにならないのかと頬をふくらませるファイに対し、優花里は苦笑まじりに締めていたボルトを最後の一締め。
「これでもう終わりだから、お願いできることがないんだよね。
 マークWスペシャル、完成ですっ!」
 言って、優花里が立ち上がって――
「あぁ、もう終わってしまったか」
 声をかけながら現れたのは麻子だ。
 今日は「用事がある」と言って戦車道の授業は休んでいた。ちゃんとジュンイチに話を通した上での欠席だったから、沙織もとやかく言わなかったのだが――
「麻子、もう用事はいいの?」
「あぁ」
 沙織に答えると、麻子は背中に背負っていたそこそこの大きさの風呂敷を下ろし、
「これ、おばぁからみんなに。
 手作りのおはぎ」
「いただきますっ!」
「先に手ェ洗ってこい」
 真っ先に麻子のもとへ駆け寄ろうとした華だったが、ジュンイチが「作業で汚れた手で食いつくな」とえり首をつかんで止める。
「――って、差し入れにおはぎ作るような余裕があるってことは……」
「退院されたんですか?」
「うん。
 『みんなによろしく』って」
「よかったー」
 一方で、麻子の持ってきた“差し入れ”の意味するところには沙織と優花里が気づいた。肯定する麻子の言葉に、みほはホッと胸をなで下ろす。
「決勝戦は見に来るって」
「まじか。元気だなー、あのばーちゃん」
 続く麻子からの報せに、ジュンイチが風呂敷を受け取って苦笑すると、
「……あら?」
 言われた通り手を洗って戻ってきた華が、時計を見て何かに気づいた。
「すみません、みほさん、柾木くん。
 わたくし、今日はこれをいただいたら失礼させていただいてよろしいですか?」
「ん? 別にいいけど……お前さんが早退なんて珍しいな」
「何かあるんですか?」
「実は、来週の週末、生け花の展示会があって……」
「それに備えて、練習とか作品の試作とかしたい……ってこと?」
 聞き返すジュンイチやみほに、華は申し訳なさそうに説明。沙織の問いにうなずいた。
「華お姉ちゃんの活けたお花も展示されるの?」
「えぇ」
「…………ん?」
 華がファイに答えている一方、ふと気づいて眉をひそめたのは麻子だ。
「ひょっとして……こないだの“アレ”はそのためのものだったのか……?」
「はい」
「え? 何? 何の話?」
「こないだ、五十鈴さんウチの工房借りに来たんだよ。
 『花器を作りたいから工房貸してくれ』って」
「花器……って、お花を活ける器のことですよね?」
「あぁ」
 話に割り込んできた沙織や優花里にはジュンイチが答えた。そして華へと向き直り、
「けど、まぁ……うん。そういうことなら了解だ。
 来週の週末だっけ? じゃあそれまでは早退前提の練習メニュー組んでやるし、展示会も見に行くよ」
「え? 柾木くんも見に行くの?
 意外。前に『自分はセンスない』的なこと言ってなかったっけ?……まぁ、私も人のこと言えるほど華道とかわかんないけど」
「興味もセンスも程度の差はあるけど、基本的にモノ作り全般何でも好きだぞ。技術系も芸術系も。
 それに――」
 返してくる沙織に答えると、ジュンイチはフンと鼻を鳴らし、
「ウチの工房で作った花器を使うってーなら、なおさら評価とか気になるじゃん。花器の」
「あ、そっち」
「柾木殿って時々職人方面でもプライドこじらせますよねー」
 呆れる沙織や優花里のコメントに、みほはただ苦笑するばかりで――
「ま、それも今週末の熊本行きを無事乗り切ったらの話になるんだけど」
『う゛……っ』
 ジュンイチの言葉に、全員が現実を――決勝戦よりも展示会よりも目の前に迫る問題を思い出した。
 みほの生家、西住家からの誘い。西住流に加わらないかと、みほの母、西住しほから直々に、プラウダとの準決勝の後に提案された。
 しかも、みほの姉にして次期家元最有力候補、西住まほの婿として。どう控えめに見ても本気の提案であることは疑いの余地はなかった。
 さらに面倒なことに、そんなガチの誘いを受けるほどに気に入られた、そのそもそもの原因がカン違いにあるということが話をさらにややこしくしていた。ジュンイチの双子の兄、鷲悟がしほと出会い、ジュンイチだと誤解されたまま彼女の好印象を稼いでしまったのだ。最後の一押しこそジュンイチ自身の手によるものではあったが、こちらも放置はできまい。
 そんな誤解の解消と誘いを断るため、この週末、ジュンイチとみほは(鷲悟を連行して)熊本のしほのもとを訪れることになっていた。
「そっか……それがあったよね」
「西住殿、本当に西住殿と柾木殿の二人だけで大丈夫でありますか?」
「わたくし達もついて行きましょうか?」
「ううん、私達だけで大丈夫。
 心配してくれてありがとう」
 気遣い、声をかけてくる沙織、優花里、華に、みほは安心させるようにそう答えて――そこへジュンイチがポツリと一言。
「……本音をドウゾ」
『ついてくついでに熊本観光できれば最高っ!』
「ンなこったろーと思ったよ」
「たくましくなったなー、みんな……」
 声をそろえて即答する三人に、「間違いなく柾木くんの影響だろうなー」と苦笑するみほであった。



    ◇



 と、いうワケで、あっという間に週末――
「……なるほど。
 話はだいたいわかりました」
 熊本、西住家――互いに正座して相対。ジュンイチ達を前に、西住しほは静かにうなずいた。
 だが、その顔は少し赤い。ジュンイチ達からカン違いを明かされた結果なのは言うまでもない。
 もっとも――
「すみません、人違いとはとんだ失礼を……」
「い、いえっ、そんなかしこまらなくても大丈夫ですからっ!」
 それ以上に動揺しているのがひとり。頭を下げるしほに、鷲悟はあわてて待ったをかけた。
「しかし、この誤解の連鎖の根本は私にもあるワケですし……」
「それ言い出したら、オレだってしほさんのことを姉だなんて……」
「いえ……そこは別に何とも……むしろ嬉sコホンッ」
「お母さーん……」
「本音もれてまっせー」
 鷲悟に返して――うっかりもれかけた本音を咳払いでごまかすが、みほとジュンイチにはしっかり聞きつけられていた。
「……さて」
 しかし、本当の本題はここからだ。落ち着き、場を仕切り直したしほの言葉に、ジュンイチとみほは表情を引きしめた。
「今日来たのは、そんなカン違いを正すためだけではないでしょう?」
「はい」
「つまり……それは先日の話の返事を聞かせていただけると思っていいのかしら?」
「その通りです」
 しほからの問いに、ジュンイチはひとつひとつ答えていき――
「これから叩きのめす相手に、遠慮なんてしたくありませんから」
「……ほう?」
 ジュンイチの言葉に、しほの目が挑発的に細められた。
「それは……“そういうこと”と受け取っていいのかしら?」
「試合とはいえ、未来の婿入り先に挑戦状叩きつけるバカはいないでしょう?」
 しほに答えて、ジュンイチは一旦深く息をつき、
「ま、そんなワケなんで……
 今回の西住まほさんとの縁組の話……お断りさせていただきます」
「そう」
 対し、しほは静かにうなずいて、
「理由を、聞いてもいいかしら?」
「その前に」
 しほの問いに、ジュンイチは横目に部屋の外、庭に面した廊下へと視線を向け、
「その理由、一緒に聞かせたいヤツがいますんで。
 まほさん、エリカ、入っといで」
 その言葉に、障子に落ちる影が二つ――となりの部屋の前に控えて隠れていたまほとエリカが、障子を開けて入室してきた。
「よく私達のことに気づいたな」
「障子に影を映さない、くらいでオレから隠れられるとは、そっちだって思ってないでしょう?
 エンジン音響かせる戦車に気配もへったくれもないけれど、武に生きる者なら自分自身の気配を消すぐらいのことは、もーちっと覚えた方がいいと思うよ?」
 まほに答えて肩をすくめてみせると、ジュンイチはしほへと向き直り、
「そんじゃ、ま……
 “百聞は一見にしかず”って言いますし」



「“答え”、見に行きますか」



 その言葉と同時――ジュンイチを中心に、真紅の光が走った。



    ◇



 ジュンイチの突発的、突拍子もない行動はすでに慣れっこだし、彼女自身は“二度目”だ。事前に予想し、目をつむっていたみほが目を開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。
 見れば、不意を突かれる形になったまほやエリカ、しほはまだ目を開けられずにいる――とはいえ、正座していたしほはさすがに“足に伝わる芝生の感触”に気づいたか、あわてて立ち上がって周囲を警戒している。
 そして、この状況を作った張本人の“状態”も予想通り。なので特にあわてることもなく待つこと数秒。ようやく目がくらんでいた面々の視界が戻ってきて――
「――こっ、ここは……!?」
「オレんちですよー」
 そう。ここはジュンイチ達の世界の、柾木家の庭先だ。驚くしほにジュンイチが答えて――
「って、ジュンイチ!? 鷲悟まで!?」
「大丈夫か、二人とも!? しっかりしろ!」
 案の定ブッ倒れているジュンイチと鷲悟の姿に、エリカとまほが大あわて。
 と――
「あー、大丈夫大丈夫。
 心配しなくても二人なら平気だから」
「あなた達をここに連れてくるのに使った手段が原因だから。
 ただの転送酔いだから、しばらく休ませとけば回復するわ」
 そう二人を落ち着かせながら姿を見せたのは、ライカと霞澄である。
「ライカさん、霞澄s……ちゃん?
 二人とも、どうして……?」
「そんなの、ジュンイチの仕込みに決まってるでしょ。
 “こういう方法”を取る以上、この二人が“こう”なるのは目に見えてるんだから」
 ライカがみほに答える一方で、霞澄はしほの前へと進み出て、
「みほちゃんのお母さん……ですよね?
 初めまして。ジュンイチと鷲悟の母、柾木霞澄といいます」
「え…………!?
 みほ、あの人が柾木のお母さんなのか……!?
 どう見ても、私達と同年代に見えr
「霞澄ちゃんが……ちゃんと自己紹介してる……!?」
「え!? 驚くトコそこ!?」
 まほとみほとでは驚くポイントが違っていた。エリカがみほにツッコんで――
「私のことは『霞澄ちゃん』って呼んでね♪」
「あ、よかった、いつもの霞澄ちゃんだ」
 霞澄はやっぱり霞澄であった。



    ◇



 それから30分後――彼女達の姿は雲の上にあった。
「どうかしら、しほちゃん。
 空の上のお散歩は?」
 髪を風になびかせている霞澄が尋ねるが、当のしほは正直それどころではない。
 何しろ、彼女達は今、身長30メートル級の真紅の巨大人型ロボットが手にしたゴンドラに乗せられ、霞澄の言葉通り空中を“散歩”しているのだから。
 西住家の屋敷にいたと思ったらいきなり柾木家にいて、さらにそこへ現れた霞澄の仕切りであれよあれよという間にこの状況。
 飛び立ってから今までの間に一通りの説明は受けたが、果たしてどこまで頭に入っているか――
「まぁ、いろいろパニクってるみたいだけど……うん、ごめんね。
 でも、“そっちの世界”の常識から外れた話だし、しほちゃんその辺頭固そうだったから、先手必勝で現物見せた方が早いと思って」
「だからって、あたしを巻き込まないでほしいんですけど?
 あたしのカイザーブレイカーは遊覧飛行機じゃないのよ」
 しほに語る霞澄にツッコむ声は頭上、真紅の鋼の巨人から――ライカのユナイトした彼女専用のブレイカーロボ、カイザーブレイカーである。
「そもそもなんであたしなんですか?
 ジュンイチや鷲悟が一緒なんだから、二人に頼めば……」
「二人が転送酔いから復活するまで待てって?」
「まぁ……それはそうなんですけど……」
 霞澄の反論に、ライカはカイザーブレイカーの“中”でため息をつき――
「……個人的感情としては、まだ受け入れがたくはありますが……ひとまず、理解はできました。
 ここが、私達の世界とは別の世界であることや――あなた達が超常の力や技術と関わりを持つ人間であることも……」
「ま、そういうことっスよ」
 そうしほに答えたのは、転送酔いでダウンしたままゴンドラに放り込まれていたジュンイチだ。
「柾木くん!
 もう大丈夫なの!?」
「あぁ。
 十分休んだしな……もう大丈夫だ」
 あわてて寄り添うみほに、ジュンイチは急接近に少し顔を赤くしながらそう答えて――
「今回はあずさのドリンクの追撃もなかったし」
「ハハハ……そうだね……」
 付け加えられた言葉に苦笑せずにはいられないみほであった。
「まー、詳しいことはブッ倒れている間に母さんが説明してくれたと思うけど……この通り、二つの世界それぞれに生活のあるダブルフェイスでね。
 どっちの世界にもオレの居場所があって、待っててくれるヤツらがいる……『他人をダシにしてる』と言われてるのを承知の上で言わせてもらうが、オレぁそのどっちも捨てる気はない。
 けど、西住流の家元なんて大きくて重い立場を背負えば、それは難しくなる……ま、早い話、両方を好き勝手に行き来できる自由な身の上でいたいんですわ」
「そう……
 あなたにとってはそれが、家元の家系に名を連ねることよりも大切なことだということね……」
「それに」
 “家元の夫”という名誉よりも大切なものがあると言われ、少し残念そうなしほに、ジュンイチはさらに付け加えた。
「こないだの関国商の一件、事後処理について、そっちでもいろいろ動いてくれたんでしょ?
 マスコミを抑えるのに鶴の一声を放ってくれたって蝶野さんから聞きました。感謝してます」
「いえ。身内も関わった話ですから、取れる限りの責任を取るのは当然のことです。
 ですが……なぜ今その話を?」
「それが、“家元だからできたみんなの守り方”だからですよ」
 聞き返すしほに、ジュンイチはそう答えた。
「証拠をつかむまで事件の公表を自粛してもらうよう各報道機関に働きかけるくらいなら、文科省にも……呼びかけるだけならオレにだってできる。
 けど、それを了承まで持っていったのも、その後もずっと守らせ続けていられるのも、西住流の家元であるしほさん、アンタの発言力があるからこそできたことだ」
 言って、ジュンイチはそこで息をつき、
「でも……家元として西住流を、西日本の戦車道を背負っているその立場が足かせになって、事件中は動くことができなかった。
 西住さんがさらわれても、まほさん達に託すしかなかった」
「……返す言葉もないわね」
 ため息をつくしほに、ジュンイチも肩をすくめ、
「オレにマスコミを説得する力がなかったように、アンタには裏工作をどうにかする力はなかった。
 けど、マスコミはアンタがどうにかできたし、裏工作はオレがどうにかできた。
 お互いにできないところを補える状況が今現在出来上がってんだ。わざわざ崩すこともないでしょう」
 言って、ジュンイチは自信タップリの笑みを浮かべ、
「裏はオレが引き受けます。
 だから、権力がモノを言う表はそちらにお願いします。
 戦車道を、大洗を、黒森峰を、まほさんを、エリカを……」



「西住さんを、守るために」



「そんな考えがあるから、オレは西住流には入らない。入れない。
 裏の担当がいなくなっちゃいますから」
「みほを守る、そのための手段として戦車道を守る……
 あの子だけでなく戦車道全体を……そんなこと、表裏の一方だけとはいえ、あなたひとりだけで可能だと言うの?」
「『できるかどうか』を論じる前に、まずは『目的のためには何が必要か』、そして『それをやるかやらないか』でしょう?
 『できるかどうか』なんで、その後で考えますよ――できないことがあっても、できるようになればいいし、それでもムリならできるヤツを巻き込むまでっスよ」
 しほに答えて、ジュンイチはニカッと笑ってみせる。
「ただ西住流に誘われたってだけの話じゃない。まほさんとの縁談って形だった――それを断るってことが、まほさんに恥をかかせることだってのはわかってます。
 けど、オレはまほさんだけじゃない。オレとつながりがある、みんなを守りたい。西住流に入れば、西住流の外には手が届きにくくなる……それじゃダメなんです。
 オレの知り合いがどこかで困ってるんなら、カッ飛んでって助けてやりたい。そのために必要なら、まほさんに恥かかせるような汚れ役くらい、安い代償ですよ」
「欲張りね」
「否定はしませんっ」
 しほのツッコミも何のその。むしろ誇らしげに胸を張って見せる。
「……仕方ないわね。
 家元としてはあまり認めるべきではないのでしょうけど……あなたのその生き方は、西住流という括りの中に収めておけるようなものではなさそうだし……
 それに、この話の元をたどれば、そもそもの出発点は私のカン違いにあるのだし……今回の話は、なかったことにするのが最善のようね」
 言って、しほは頭上の、自分達を乗せたゴンドラを運ぶカイザーブレイカーを見上げた。
「異能の力、そして私達の世界はもちろん、こちらの世界の技術水準をも大きく上回る機動兵器……
 こちらの世界でもそうそう大っぴらに見せていいものではないでしょうに……そんな秘密を、私達に対して明かしてくれた。
 弁舌に長けるあなたなら、もっともらしい言い訳で煙に巻くこともできたものを、こうして正直に明かしてくれた……その信に報いましょう」
「ありがとうございます」
 ジュンイチが返し、しほは握手を交わして――
「ところで……お兄さんは大丈夫?
 未だに起きてこないけど」
「オレほど転移の経験ない分、オレほど耐性ついてないからなー、鷲悟兄は」
 ブッ倒れたままの鷲悟が、見事なオチをつけてくれた。



    ◇



 その後、柾木家に戻るとそこからさらに西住家へと転移で戻る(もちろん柾木兄弟は再びブッ倒れた)――霞澄やライカも加わり、奉公人の菊代が用意してくれた夕食をいただく。
 今日は西住家で一泊して、明日大洗に戻る予定だ――風呂もいただき、鷲悟は貸してもらった浴衣を身にまとい、あてがわれた部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。
 と――
「えっと……鷲悟、よね……?」
「ん……?」
 声をかけられ、振り向くとそこにはエリカがいた。ジュンイチとの見分けにイマイチ自信がないようなので、目印代わりの、ジュンイチとは色違いの白いバンダナを指して鷲悟だと教える。
「で? 何?
 ジュンイチじゃなくて、オレに用事ってこと?」
「そうよ」
 鷲悟に答え、エリカは大きく深呼吸。落ちついてから改めて口を開いた。
「アンタに……頼みたいことがあるの」



    ◇



「熊本に残る?」
「あぁ」
 翌朝、西住家での朝食の席。
 聞き返すジュンイチに対し、鷲悟はうなずいた。
「ゆうべ、思いついたんだ。
 お前にくっついて東京に行ったみほちゃん達と同じだよ――オレも“向こう”でお前が行った時の記憶でしか知らないし、せっかくだからブラブラ九州観光でもしながら帰ろうかな、と」
「まぁ……鷲悟兄は戦車道チームの一員でもなければ大洗の生徒じゃないし、オレに強制する権利はない。好きにすればいいよ。
 ……ただし」
 告げる鷲悟に対し、ジュンイチはあっさりと了承し――ただ、話には続きがあった。真剣な表情で鷲悟を見返し、
「みんなへのお土産を忘れんなよ。
 オレはともかくみんなへのお土産忘れると後が怖いぞ――鷲悟兄だって見てただろ」
 思い出す――先の帰郷から戻った後のことを。
 あの時、キノコ瘴魔獣との戦いに端を発するゴタゴタによって、みんなへのお土産のことを完全に失念してしまっていたのだ。
 ジュンイチだけではない。みほ達もまた、ジュンイチの身を案じてハラハラしていたことや無事解決したことへの安堵で、同様にお土産のことが頭からスポーンと抜け落ちていた。
 そのことに気づいたのが、大洗に戻ってみんなで囲んだ夕食の席でのこと――しかし当然後の祭り。結局、お土産を楽しみにしていた居残り組から思いっきりふくれっ面されて、ジュンイチ達はご機嫌取りに大変だったのだ。
 その時のことを思い出し、若干目が死んでいるジュンイチを前に、鷲悟は思わずコクコクとうなずいて――
「みほ」
 そんな兄弟をよそに、口を開いたのはまほだった。となりに座るみほへと告げる。
「学校の存続がかかっているそちらの事情はわかっている。
 その上でこんなことを言うのは、その……不謹慎かも知れないが……正直、みほと競い合えることを楽しみにしている」
「お姉ちゃん……?」
「『背負ってるモノが大きいからって、あまり気負うな』ってことだろうよ」
 なぜいきなりそんな話を――首をかしげるみほにはジュンイチが答えた。
「ガチガチに固まってたら、出せる力も出せないだろ。
 姉ちゃんが楽しみにしてるってんだ。最高の状態でぶつかって、その期待に応えてやろうじゃねぇか――もちろん、こっちが勝つのが前提でな」
「うん!」
「とはいえ……だ」
 ジュンイチの言葉に笑顔でうなずくみほだったが、そんな彼女に向けてまほは続けた。
「前にも言った通り、勝ちを譲るつもりはないからな」
「うん。わかってる。
 私も、全力で勝ちに行くよ。
 大洗を守りたいから……そして、お姉ちゃんとも、全力で戦ってみたいから」
「……そうか」
 静かに、しかしハッキリと言い切るみほの言葉に、まほはやわらかな微笑を浮かべた。
「強くなったな、みほ。
 大洗での生活が、みほを成長させたのか」
 言って、まほはみほの頭をなでてやる。
「その大洗の行く末を左右する戦いを前に、余計な手間をかけさせてしまったな。
 ……柾木も」
「別に、余計な手間ってワケでもねぇさ」
 まほの言葉に、ジュンイチは食事の手を止めないまま答えた。
「どの道、決勝前に一度は西住さん連れてこようと思ってたからな」
「どういうことだ?」
「プラウダ戦の後の一件で一部手間は省けたし、婿入りの話に絡んで急ぐ必要が出てきたりはしたけれど、あの出来事がなかったとしても、どの道決勝前に一度西住さんとしほさんの間のゴタゴタを解消しておきたかったんだよ」



「オレの打った一手で親子関係にトドメを刺すのは、さすがに良心が痛むからさ」







 そのジュンイチの言葉の意味はすぐにわかった。
 数日後――



 発売された月刊スポーツ誌に、黒森峰を徹底的にこき下ろしたジュンイチのインタビュー記事が掲載されたことによって。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第32話「婚約してみせるっ!」


 

(初版:2019/08/12)