「柾木くん!」
その日、みほ、麻子と共に登校する途上。
ジュンイチは、出くわした沙織から早々に詰め寄られていた。
「んー? どしたー?」
「これ!」
そのあわてぶりに対し、首をかしげて尋ねるジュンイチに向けて、沙織が突きつけたのは月刊スポーツ誌。
「今月戦車道の特集記事組まれてて、決勝戦に向けてのことも書かれてるってことだったから買ってみたら……これ!」
言って、沙織は雑誌のとあるページを開き、改めて突きつけてくる――その内容に、横からのぞき込んでみたみほは思わず目を見開いた。
それは、準決勝を突破し、決勝進出を果たした喜びと決勝戦に向けての意気込みを語ったジュンイチへのインタビュー記事だった。
そういえば、試合直後、カチューシャ達があいさつに来る前にどこかのマスコミのインタビューにジュンイチが答えていた――そんなことを思い出すみほだったが、問題はその内容だ。
『伝統に凝り固まったカビの生えた過去の遺物なんかに負ける気はしない』『西住流の時代は終わった』『決勝の相手が雑魚でよかった』『黒森峰に比べたらプラウダの方が百倍勝てる気がしなかった』等々、とにかく黒森峰を徹底的にこき下ろしているのだ。
「なんで、こんな……」
思わずつぶやいて――みほは数日前のことを思い出した。
熊本、西住家に共に帰郷した時、ジュンイチがまほに告げた一言――
『オレの打った一手で親子関係にトドメを刺すのは、さすがに良心が痛むからさ』
だから、気づく――ジュンイチが西住家からの誘いについて早期の決着をつけたがっていたのはコレが原因だったのだと。
西住家からの誘いを受けたのはこのインタビューの後。まさか自分が婿入りを考えられるほど気に入られているとは思っていなかったからこんな挑発的なコメントを流したのだろうが、先方の好感度の高さを知って、みほを含むお互いの関係がこの記事でこじれるのを懸念して早い解決を図ったのだろう。
だが、沙織が心配しているのはもっと根本的なところで――
「いつもいつも、なんで相手を挑発するようなことばっかりするかな!?
これじゃまほさん達絶対本気で来るよ! 九連覇のものすごく強いチームが、本気で!」
「まー、“本気”にはなるだろうな」
「それがわかってて!」
「でも」
なお声を上げる沙織だったが、ジュンイチの答えには続きがあった。
「“万全”で出てこれるかは、これでわからなくなったよ」
『え…………?』
そろって首をかしげるみほと沙織に対し、ジュンイチは立ったままうつらうつらと舟をこいでいる麻子を揺り起こしてやりながら告げる。
「そのインタビューの狙いは“挑発”じゃないよ。
そいつぁ――」
「“攻撃”だ」
◇
(……なるほど)
所変わって、熊本――西住家の屋敷で、しほは内心で納得していた。
「家元! この記事は何ですか!?」
「この小僧、西住流を相手に言いたい放題!」
「こんな無礼を許していいとお思いか!」
件の雑誌を手に押しかけてきた、西住流の重鎮達を前にして。
「これは西住流、そしてこの黒森峰への明確な挑戦状よ!」
そして、黒森峰の学園艦にも、戦車道チームのOG達が怒り心頭といった勢いで押しかけてきていた。
「こんな新参校に、こんな無礼な物言いを許していては黒森峰の名折れよ!」
「いい!? 決勝戦では向こうに大きな顔をさせてはダメよ!」
「黒森峰の名にかけて、総力をもって叩きつぶしてやりなさい!」
口々に檄を飛ばす先輩達に、まほが、その後ろに控える一同が思うのはひとつの思い。
((そう思うなら練習させてください……))
ひっきりなしに訪れるOGの方々に呼び集められ、檄を飛ばされるのは今朝からすでに四回目。その度に練習の手を止められてしまうのだからたまらない。
(そういうことか……)
だから――まほもまた、しほと同じ結論に至っていた。
((あの記事の狙いは“これ”か……っ!))
第32話
「婚約してみせるっ!」
「今頃、黒森峰もしほさんトコも、あのインタビューでブチキレた古株さん達が大挙して押し寄せてることだろうよ。
何だかんだで戦車道も体育会系の縦社会だからな。しほさんもまほさん達もシカトするワケにはいかない。連中の気が済むまで延々と付き合わされて、その分オレ達との対戦への備えを整える時間が削られるってワケだ」
授業前の朝練の時間――当然沙織以外にも件の記事について聞きたがる者が続出したので、ジュンイチはきちんと説明してやることにした。
「なるほど。
プラウダ戦での“アレ”の時も、そんなこと言ってたね。
あの時からもう、この流れを考えてたってワケだ」
「そゆコト♪」
杏のコメントに、ジュンイチはニヤリと笑ってそう返す――その言葉に、一同は「そういえばそんなこともあったっけ」とその時のことを思い出した。
◇
「西住さん。
前に、家で作戦会議やった時……言い出せなかった作戦があるんだけど」
「ひょっとして、ライカさんが来てうやむやになっちゃった時の……?」
それは、あのプラウダ戦の中盤、吹雪で試合が中断されていた間のこと。聞き返すみほに、ジュンイチはうなずいた。
「それ、今の状況からでも……?」
「あぁ。使える。
と、いうワケで――」
「この試合、オレのワンマンゲームにしちゃっていい?」
『………………え?』
そのジュンイチの提案に、一同の目がテンになった。
「えっと……柾木くん?」
「それって、どういうことですか?」
「どうもこうも、言ったまんまの意味だよ」
思わず聞き返すみほと梓に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「作戦考えるのもオレ。メインで暴れるのもオレ。
作戦上出番のないもの以外、切れる手札全部切って、実質オレひとりの力で勝った“ように見える”形で勝ちに行く」
「なんでそんなことを?」
「そりゃもちろん、優勝するためさ」
優花里の疑問にも、ジュンイチの答えは迷いがない。
「そうか!
決勝に向けて私達を休ませておこうってことだね!?」
「必要ねぇだろ。
決勝戦何日後だと思ってんだ」
一方で的を外した沙織の推理に対してはバッサリと一刀両断。本当に答えに迷いがない。
そして、ジュンイチはみほへと視線を戻し、
「西住さん。
今の大洗が黒森峰とぶつかって、勝率はどのくらいを見る?」
「え…………?」
突然の問いに戸惑うみほだったが、ジュンイチの性格上気休めを含んだ評価は求めていないだろうと判断し、務めて冷静に答える。
「黒森峰と大洗とでは、戦車の性能が違いすぎます。
乗り手の腕も、こちらが“抜刀”込みという条件でようやく互角に近いところに届くかどうか……正直、勝率はあまり高くないと思います。
甘めに見積もっても、二割……」
「そんな……っ!」
みほの、お世辞にも希望的とは言えない評価に、桃が言葉を失って――
「ま、“現時点のままぶつかってたら”、そんなところだろうな」
対し、ジュンイチは平然とそんなことを言ってのけた。
「柾木くん! 何をのん気な!」
「っていうか、なんで今その話を?」
「そんなの決まってる」
声を上げる柚子のとなりから尋ねる杏に、ジュンイチは答えた。
「ここでワンマンゲームをやらかすのは、その決勝戦の勝率の話だからだよ。
つまり――」
「20%の勝率を、21%にするためだ」
「西住さんの見立てにはオレも全面同意だ。
いつものことだけど、戦車の数もその性能も届いてなければ、乗り手の技術もまだまだ及ばない――黒森峰は特にだ。他校同士で比べたって、あそこは頭ひとつ抜きん出てる。
今のオレ達がそんなところに勝とうと思ったら、いつもより早い段階から、いつもよりも幅広いところから勝てる要素をかき集めなきゃどーにもならん」
「それで、さっきの提案ですか……?」
「でも、先輩がひとりで無双するのが、どうして私達の勝ちにつながるんですか?」
「それが、黒森峰にとってひっじょ〜にめんどくさい事態を招くからだよ」
梓とあゆみの問いに、ジュンイチは笑ってそう答えた。
「黒森峰のみなさんのことだ。全力で大洗対策を整えてくることだろうよ。まほさんの性格上勝負事に手ェ抜くとは思えないし、何より西住さんの実力を、間違いなく今まで戦ってきたどの隊長よりも理解してるだろうからな。
当然、オレ達の試合を徹底的に分析して、情報まとめて、対策を考えていることだろう。
さて、そんなことを今現在されてるとして――」
「もう次で対戦だっていうこのタイミングで、対策しなきゃならない内容が一気に爆増したら、どうなると思う?」
『あー……』
ジュンイチの指摘に、彼の意図を察した一同が一様に声を上げた。
「そう――そんなことになれば、黒森峰のみなさんの作業量、イコール負担はその分マシマシだ。
どうせ対策立てられるのが避けられないなら、対策しきれないほど情報増やして、逆に負担にしてやろうじゃねぇの」
「相変わらず斜め上の方向から攻め込むなぁ、柾木くんは……」
みほが苦笑するのも無理はない。
すでに何度も繰り広げてきたように、戦車道では事前の諜報戦も重要だ――しかし、言うまでもなく、その在り方は手に入れた情報を元に対策を立てることを前提に、情報を奪われないよう守ったり、ニセの情報を流したり……すなわち情報を入手できるかどうか、入手したのは正しい情報かどうか、といったところだ。
そんな中、まさかわざと正しい情報を与え、対策を立てさせて――その行動そのものを、負担になるほどの量をぶつけることで場外での“攻撃”に転用しようとは、相変わらず発想が突飛にもほどがある。
「で、でも、大丈夫なの?
ここで手の内一気に使っちゃって……その分決勝で使える隠し玉が減っちゃうことになるんだよ?」
「あー、大丈夫ジョブJob」
しかしそれも問題がないワケではない――その“問題”を指摘する沙織だったが、ジュンイチもそんなことは想定の内だった。
「だからオレひとりのワンマンゲームに持ってくんだよ。
オレ個人のソロで暴れる分には、この一試合程度じゃ使い切れないほどの手札抱えてる自信あるし……」
「もしネタ切れても、その場で即興で新しいの考えれば済む話じゃん」
◇
「あの一件で、ジュンイっちゃんはタイランツハンマーまで動員する大盤振る舞い。今までの試合の内容を参考に対策を立てていただろう黒森峰に、対策を立てないワケにはいかない新しい手札の情報を大量に見せつけた。
特にタイランツハンマーだよ。確かにジュンイっちゃんの機動力を大きく削ぐっていう弱点はあるけど、その攻撃力とジュンイっちゃん自身の応用力は、その弱点を補って余りある――当てどころによっては重戦車すら走行不能にできるアレの存在は、黒森峰にとっても無視できない。
熱膨張を利用した戦車の弱体化もそう。決勝で同じことはできないだろうけど、場の環境を最大限に利用した時のジュンイっちゃんがどれだけタチが悪いのかを、黒森峰は存分に思い知らされたはずだよ」
回想は終わり、時間は現在に戻る――解説する杏の話に、意味するところを悟ったらしい何人かはすでに渋い顔をしている。
「当然黒森峰側も対策に動き出しただろう――そこにコレだよ。
対策を立てなきゃヤバいような手札を、決勝前のこの追い込みの時期に大量に見せつけられた――当然対策を立てたいだろうけど、ジュンイっちゃんの記事のせいで激怒した先輩達に押しかけられてそれもままならなくなる」
「もっとも、しほさんまほさん……それからエリカ辺りは、とっくにオレの仕込みによるものだってことは気づいてるだろうけどね。
でも、気づいたところで追い返すワケにもいかない。さっき言った縦社会の悲しい性ってヤツでね。
さーて、そんな中で残り二週間、どこまで対策できるかねー♪」
「またえげつないことを……」
「あえて情報を流すことで逆に負担を増やしたり、間接的な挑発で自分がそそのかすことなく鉄砲玉を仕込んだり……」
「まほさん達が大変なことになってる光景が目に浮かぶよ……」
「逸見殿とか、キレてなきゃいいんですけどね……」
杏に続いて語り、ケタケタと笑うジュンイチには、麻子、華、沙織、優花里の順にツッコミが飛んだ。
「知るかよ、ンなもん。
もうすでに、準備って形で決勝戦は始まってるんだ。手なんか抜いてられるかっての。
それでなくても、元々の戦力が違いすぎてんだ。ルールの範囲内でできることは何でもやっていかないとな。
まほさん達には悪いけど、今回ばっかりはこっちも見境なしだ」
「『今回ばっかりは』……?」
「むしろ今まで見境あったんですか……?」
今度はみほと梓からもツッコミが入った。
「日頃アンタがどーゆー目で見られているかがよくわかる評価ね」
「うっせ。
それよりそろそろ時間だ。朝練始めっぞ」
ライカにも辛口コメントをお見舞いされ、ジュンイチは口をとがらせながらも場を取り仕切る。
「わかってるだろうけど、今週中、朝練は砲撃訓練中心だ。さっさと準備に入れ」
『はーい』
ジュンイチの指示に一同が動く――と、ジュンイチのもとへとやってきたのは華だ。
「すみません、柾木くん。
わたくしのために、練習メニューを変更していただいて……」
「気にすんな。練習の順番入れ替えただけだ。
それより……オレにここまでやらせたんだ」
「えぇ」
告げるジュンイチに、華はうなずいた。
「今週末……わたくしの見せられるすべてを、お見せいたします」
◇
「ぅわぁ、素敵ー」
「はい、きれいです……」
時は流れ、週末――きれいに生けられた花がズラリと並んだ光景に、みほと梓が感嘆の声をもらす。
華も作品を出典している、生け花の発表会の会場でのことだ。
「お花の香り、いい感じ♪」
「いつも鉄と油の匂いばっかりかいでますからね、私達」
沙織や優花里も口々に感想をもらす中、ファイがキョロキョロと周囲を見回し、
「ねぇねぇ、華お姉ちゃんのお花は?」
「いや……探すまでもなく“アレ”でしょ」
ファイに答え、ライカは迷うことなく作品のひとつを指さした。
なぜ断言できたのか?――答えは簡単。
「うん、確かに華のだわ。
……戦車の形した花器なんて使うの、華ぐらいだろうし」
沙織の述べた通りの理由である。
だが、花器のインパクトに負けないぐらい、花の方も見事だ。まるで砲弾の爆発のように勢いよく花器の外に飛び出した花は、しかし見苦しくもなく適度な間隔で色とりどりに作品を彩っている。
と――
「来てくれてありがとうございます」
声がかけられた――振り向けば、出展者として一足先に会場入りしていた華が着物姿でこちらへとやってくる。
「あ、華さん。
このお花、すごく素敵です」
「そうですね。
もう大地とつながっていないのに、こんなにも活き活きと……」
「命の息吹が、私達にも伝わってくるみたいです。
華さんがとても花を慈しんで生けてくれたからこそですね」
あずさやジーナ、鈴香が口々に感想を伝える中、みほも華の作品である花をのぞき込んで、
「力強くて……でも、とても優しい感じがする。
まるで、華さんみたいに」
「わたくし……ですか?」
「……オレ、花に関しちゃあんまり美的センスねぇけどさ」
みほに聞き返す華に返すのはジュンイチだ。彼女の方を向くことなく、彼女の作品をじっくりと観察して、
「これが、五十鈴華というひとりの女の子の心情を体言したものだってのは、何となくわかる。
……うん。オレは好きだな、コレ」
「そ、そうですか……?」
その言葉に華が赤面するのも無理はない。何しろ「華自身を体言した」と評した花のことを「好きだ」と言ってのけたのだ。ジュンイチ本人は気づいていないようだが、それではまるでそのイメージの元となった華のことが好きだと言っているようなものではないか。
そんな華に対し、目ざとく色恋の気配をかぎつけて意味深な視線を向けてくるのは沙織だ――気づき、コホンと咳払いしてごまかすと、華は一同を見回し、告げる。
「この花は、みなさんのおかげで生けることができたんですよ」
「私達の、おかげで……?」
「そうなんですよ」
思わず首をかしげたみほに答えたのは華ではなかった。
「今日この子の生けた花を見て、以前この子が言っていたことがよくわかりました」
言って、みほ達のもとへとやってきたのは五十鈴流華道家元にして華の実母、五十鈴百合だ。
「この子の生ける花は、清楚で、可憐で……五十鈴流のあり方を体現したものでした。
でも、それは逆に言えば“それだけ”……“五十鈴流らしく”はあっても、“この子らしく”はなく、個性と新しさに欠ける花でした」
言って、百合は華へと向き直り、
「それが、こんなにも活き活きとした花を……
これが、あなたの生けたかった花なのね」
「はい」
「こんなにも力強い花を生けることができたのは、あなたが五十鈴流の外に飛び出したから……
あなたに新しい世界を見せてくれた、戦車道のおかげかもしれないわね」
うなずく華に告げると、百合が次に視線を向けたのはジュンイチだ。
「『流派を受け継ぎ、次に伝えるだけでいいのか』――あなたの言っていたことの意味、今ならわかる気がするわ。
ただ伝えるだけじゃない。より高みへと至った上で、それを伝える……そのための研鑽、試行錯誤を怠ってはならなかったのね」
「少なくとも、オレはそう考えてます」
百合に答え、ジュンイチは肩をすくめた。
「もっとも、これが正解だって確信もないですけど。
間違ってるかもしれないし、正しいとしてももっといい方法があるかもしれない。自分にとっては改善したつもりでも、後の世代の人達にとっては前の方がよかったかもしれない」
言って、改めて華の生けた作品へと視線を向ける。
「その辺の答えを出すためにも、オレ達は歩みを止めちゃいけないんだ。
“道”を“求”める者――“求道者”ってのは、きっとそういうことなんじゃないっスかね?」
「そうかもしれないわね」
ジュンイチに返すと、百合は華へと向き直り、
「華。
あなたの生けたこのお花……新しい世界に踏み入れたあなたの新境地。
まだまだ開拓し始めたばかりのこの道にも、もっと“先”があるはず……これからも精進なさい」
「はい」
「それと」
うなずく華に付け加え、百合は彼女の耳元に口を寄せ、彼女にしか聞こえないように、
「“ライバル”は多いみたいだけど……“がんばって”ね」
「おっ、お母様!?」
まったく思いも寄らないところから、思いも寄らなかった方向へ背中を押され、その意味を理解した華が真っ赤な顔で声を上げて――
「………………?」
その人間辞めてる聴覚でしっかり聞き取ったものの、その意味にはまるで思い至らなかったジュンイチが、不思議そうに首をかしげていた。
◇
そして――
「さぁ、いよいよ明日は決勝戦だよーっ!」
ついに決勝戦前日。最後の練習だ――整列したみほ達を前に、杏が音頭を取る。
「目標は優勝だよ!」
「大それた目標なのはわかっている。
だが、我々にはもう後がない。負ければ……」
杏のとなりから桃が続き、彼女の言葉の“先”を自覚した一同が表情を引きしめる。
「んじゃ、みんなの気合が入ったところで。
ジュンイっちゃん、何か一言」
「オレか……?」
「どうせみんなに励ましの言葉、贈るつもりだったんでしょ?
練習後にでも、と思ったんだろうけど、そっちは隊長の西住ちゃんにお願いしようと思ってるからさ……ジュンイっちゃんはこっちで」
「別に分ける必要なくね……?」
杏にツッコみながらも、ジュンイチはため息まじりに一同の前に出た。
大きく息を吸い――吐き、口を開いて、
「お前らは異常だ」
第一声からいきなりの暴言であった。
「乗り方もろくに知らなかった連中が、いきなり模擬戦なんてやらされたってのに、難なく乗りこなしてみせた。
それがどれだけとんでもないことか――今のお前らなら理解できるだろう。
『才能があった』なんて表現じゃとても足りない、まさしく『異常』としか言いようのないところからお前らの戦車道は始まった」
そして、ジュンイチは一度言葉を区切って一同を見渡す。
「その『異常さ』こそがお前らの最大の武器だ。
断言してやる――その、戦車道の枠にとらわれないお前らの発想に技術が伴った今、オレ抜きでも黒森峰と渡り合うことは不可能じゃない。
そこにオレまでいるんだ。決して勝てない勝負じゃない。下馬評ひっくり返せる余地は十分にあるんだ」
言い切り、フンと鼻を鳴らして胸を張るジュンイチの軽口に、みほ達は思わず苦笑する。
「自信を持て! お前らは強い!
相手が黒森峰だろうがビビんな! 勝ちに行くぞ!」
『はいっ!』
一同がうなずいたのを受け、ジュンイチもうなずき返し、改めて告げる。
「明日の試合――勝って、笑顔で帰ってこようぜ!」
『はいっ!』
◇
「んじゃ……お世話になりました」
所変わって熊本、西住家――ブーツを履いて立ち上がると、鷲悟は振り向き、しほに向けて一礼した。
「滞在中宿を貸してくれて、助かりました」
「いえ。
あなたには先日の件で迷惑をかけましたから。
それに……」
答えるしほの、その言葉の続きは声に出さずとも伝わった。うなずき、鷲悟はしほに告げた。
「決勝戦……オレも楽しみにしてますんで。
まほさん達に、『いい試合を見せてくれ』って伝えといてください」
「わかりました。
確かに伝えておきます」
しほの言葉に改めて一礼すると、鷲悟は西住家を後にした。
◇
「やるべきことはすべてやった。
あとは明日、今まで積み重ねてきたものを全部出し切るだけだ」
最後の練習だという感慨によるものか、いつも通りだったはずの練習時間はあっという間にすぎていった――後片づけも終わり、目の前に整列したみほ達を前に、ジュンイチはそう一同へと告げた。
「各自、明日に備えて今夜はしっかり身体を休めておくように」
『はい!』
「と、ゆーワケで。
西住さん、カモ〜ン」
「うぅっ、やっぱりやらなくちゃダメ……?」
「ダメ。
というか、練習前にオレがやらされた後だからな。お前も巻き込まれやがれ」
ジュンイチが呼んだ理由は察しがつく。何しろすでに予告されたことだから――できれば忘れていてほしかったと内心で涙しながら、みほは手招きするジュンイチのとなりへと進み出てきた。
当然、一同の視線がみほへと集まる――相変わらずこれには慣れないとたじろぎながらも、気を取り直して口を開く。
「……明日対戦する黒森峰女学院は、私のいた学校です。
お姉ちゃんがいて、逸見さんがいて……関国商との戦いでは、助けてくれた……
でも、今はこの大洗女子学園が、私の大切な母校で……
だから、あの……」
語るその間にも、みほの心の中で様々な想いが去来する。
去年の出来事、大洗で再び戦車道を始めたこと、それからの戦い。
去年の出来事で向き合い方がわからなくなっていた戦車道を、またやりたいと思えるようになった。また楽しいと思えるようになった。
素人どころか本当に何も知らないみんなに振り回されることもあった。だが、何も知らないからこその自由な発想で戦車道に取り組むみんなの姿が、戦車道のあり方がひとつだけではないと教えてくれた。自分なりのやり方で戦車道と向き合えばいいのだと気づかせてくれた。
そして――
(それも全部……)
チラリ、ととなりへと視線を向ける――そう。ジュンイチがいたから、自分は再び戦車道の世界に足を踏み入れることができた。
時に厳しく、時に優しく、自分達を支えてくれた彼がいたからこそここまで来れた。
(だから、好きになったんだろうなぁ……)
もっと一緒に戦車道がしたい。もっと一緒に、同じ学校に通っていたい。
そして――
(もし叶うなら、その先も……)
そのためにも、明日の試合には負けられない――決意を新たに、みほは口を開いた。
「……だから、私も一生懸命、落ち着いて、冷静にがんばりますので……
……みなさん、がんばりましょう!」
『おーっ!』
「そんじゃ、最後に一仕事残ってる自動車部以外は解散っ!」
みほの音頭に、一同が拳を振り上げて応え、ジュンイチが締める――各自が三々五々に動き始めると、
「あー……あんこうチームのみなさんや」
ジュンイチが、みほと共に沙織達のもとへとやってきた。
「何ですか、柾木殿?」
「オレじゃなくて……こっち」
優花里に返す形で話を振られたのはみほだ。ちょっと遠慮気味に、一同へと提案する。
「えっと、あのね……
今日……みんなでご飯会しない?」
「え……?
私達ここ最近いつも“みぽりんちで”みんなで食べてから解散してるじゃない。今さら?」
「あー、そうだなー。
お前ら、すっかり“オレんちで”晩飯食ってから帰るのが定番だよなー」
「そ、そうじゃなくてっ!」
聞き返す沙織にジュンイチがツッコむ――そんな二人に、みほは言葉が足りなかったとあわてて付け加える。
「久しぶりに……料理から、みんなでやって食べようかな、って」
「あぁ、いいですね。
私も久々に沙織さんから料理教わりたいです」
「前夜祭ですね」
「祭ではないだろう」
「もののたとえですよ!」
賛同する華のとなりで優花里と麻子がコントを繰り広げていると、
「そういうことなら、私達もぜひ!」
話を聞きつけたのはウサギさんチームだ。代表するようにあやが参加を表明する。
「久しぶりに武部先輩の料理食べてみたい!」
「先輩達! また料理教えてくださいよー」
「五十鈴先輩と柾木先輩のフードファイトやろう!」
「ち、ちょっと、みんな!
そんないきなりじゃ、先輩達に迷惑だよ!」
さらにあや、優希、桂利奈からも声が上がる――桂利奈のは少し方向性がおかしい気もするが――そんなチームメイトをあわてて止める梓だが、
「何言ってるの、梓!」
「ただでさえ柾木先輩と同棲してる西住隊長に遅れをとってるんだから、こういうところで巻き返さないと!」
「あいーっ!」
「だから、そういう方向性の話はナシで!」
あゆみや優希に返され、桂利奈がはやし立てる。それでも制止する梓にあやが一言。
「柾木先輩と一緒に台所に立って、新婚さん気分を先取りして味わえるチャンスだよ?」
「行く」
プラウダ戦中のみほとの“宣戦布告”以来、だんだん恋心の自制が利かなくなってきている梓であった。
◇
結局、ウサギさんチームも夕食会へ参加となった。帰りにスーパーで食材を買いそろえ、全員でジュンイチ達の暮らす旧教員寮に戻ってきて――
「……やっぱ待ちかまえてたか」
「やっぱ予想済みだったかー」
ため息をつくジュンイチに対し、柚子、桃を連れて待ちかまえていた杏がカラカラと笑いながら返してきた。
「いやねー、ジュンイっちゃん達のことだから、本番前の景気づけにパーッとやるだろうと思ってね。ぜひ混ぜてもらおうかな、と。
あぁ、食材なら大丈夫だよ。ちゃんと自腹でネット注文して宅配してもらったから。妹ちゃんからちゃんと受け取ったってメールももらってる」
「準備のいいことで。
でも、オレらが何作るかわかってんのか? 自分達だけ作るの違うと料理も手間だぞ」
「んー、その心配はないんじゃないかな?」
指摘するジュンイチだったが、杏は平然とそう返してきた。
「だって、今日みたいな日に食べるメニューなんて“アレ”しかないじゃん」
「ま、それもそうか」
一方、ジュンイチも承知の上での指摘だったようだ。あっさりと納得すると杏と二人でニカッと笑い、
『トンカツ!』
声をそろえて、同じメニューを言い当てていた。
「いやー、大一番の前のゲン“カツ”ぎといったらコレだもんな。
“カツ”“カツ”食って、力をつけて試合に“カツ”! なお“カツ”、“カツ”校守って、“カツ”コよく帰ってこようじゃねぇの」
「まったく……カツカツ言えばいいってものじゃないだろ」
「まぁまぁ、かーしま。
そう“カツ”“カツ”言いなさんなって」
「会長まで!」
杏もジュンイチにノって桃をいじる――緊張も何もなくいつものノリのやり取りに、みほ達は顔を見合わせて笑みをもらす――と、みほの携帯電話が着信音を奏で始めた。
取り出し、相手を確認――とたん、みほの表情が輝いた。まさに喜色満面、笑顔で応答する。
「もしもし、明さん?」
◇
「いよいよ明日は決勝だね」
病院の一角、携帯電話の使用が許されている区画で、歩行補助器に身を預けた諸葛明は携帯電話越しにみほへと話しかけていた。
〈明さんの方はどう?〉
「リハビリ辛いよぉ〜」
〈ハハハ……〉
「でも、がんばったおかげで先生の許可は勝ち取ったよ。
明日、外出と現地観戦OKだって!」
〈本当!?〉
「試合前には間に合うように移動手配してもらったから、試合前にも顔出せると思うよ」
〈うん〉
「だから……」
みほに答えると、明は深く息をついた。気持ちを落ち着け、一番言いたかったことをみほに告げる。
「守ってね。
私が西住さんと……みんなと通うことになる、大洗を」
〈…………うん〉
対し、みほも電話の向こうで息をついたか、少しの沈黙の後にうなずいた。
〈守るよ。
みんなと……明さんとも、もっと一緒にいたいから……〉
◇
「そっかー。
諸葛ちゃんがねー」
「会長は知らなかったんですか? 明さんが明日来るつもりだったってこと」
「うん。なーんにも。
たぶん、西住ちゃんへのサプライズ狙いで先生達にも口止め頼んでたんじゃない?」
出来上がった料理を並べながら、杏は聞き返してくるみほにそう答える……料理も終盤に差し掛かったところで、杏が先の電話について興味を示したので、軽く説明したのだ。
「諸葛殿、リハビリがんばってるんですね」
「うん。
終業式には間に合わないみたいだけど……退院も近いだろうって」
「よかったー。
私達も負けてられないよ、みぽりん!」
「うん!」
優花里や沙織にみほがうなずき、そうこうしている間に配膳完了。厨房で後片づけをしていたジュンイチやライカ達も合流してきた。
テーブルを並べ、即席の食堂と化したビデオルームに全員集合。それぞれに席について合掌。
『いただきます!』
号令もなしにピタリと声をそろえると、一同が真っ先に手をつけるのはもちろん本日のメインディッシュであるゲン担ぎメニュー。
それぞれにトンカツを一口――
『おいしーっ!』
「カラッと揚がってますね」
「味付けもいい感じ!」
「この巻きカツもジューシー♪」
「これ、私達が作ったんだよね!? スーパーやコンビニで買ったヤツじゃなくて!」
「女子力上がってるーっ!」
「フフンッ、教えた私に感謝するがいいよっ!」
「巻きカツ教えたのはオレなんだけどなー」
ウサギさんチームから上がる歓声に鼻高々といった様子の沙織に、負けん気を起こしたジュンイチがツッコミを入れた。
「いやでも、実際腕上げてるよねー、武部ちゃん。
一年生に教えてる様子もサマになってたし」
「そうですか?
戦車道やってる時のみぽりんを真似てみたんですけど」
「わっ、私!?」
会話に入ってきた杏に返した沙織の言葉に驚いたのは、もちろん当事者であるみほだ。
「わっ、私あんなに堂々とできてないよ!?」
「無自覚とは怖いな」
「指揮してる時の西住殿、本当にカッコイイですよ!」
あわてて謙遜するみほだったが、麻子や優花里からも賞賛の声が上がる。
「いやー、戦車道は乙女のたしなみってのはホントだねー。
可愛くてカッコよくて器量よし! 西住ちゃん見てるとつくづくそう思うよ」
「会長までぇ〜」
杏にまで持ち上げられ、顔を真っ赤にして泣き言をもらすみほだったが、
「……その、“乙女のたしなみ”について、重大な発表があります」
不意に、沙織の声のトーンが変わった。
今のやり取りからワードを拾っている辺り、ずっと話を切り出すタイミングを探っていたようだが、その声色はとても真剣なもので――
「実は、私……」
「また失恋したのか?」
「違うわよっ!
というか柾木くん、『また』って何!?」
速攻でジュンイチから茶化された。
だが、おかげで張り詰めていた空気が少し緩んだ――方法にはツッコみどころ満載だが緊張をほぐしてくれたのだと察し、内心ちょっとだけ感謝しながら沙織が取り出したのは一枚の免許証。
何の免許かというと――
「アマチュア無線二級に合格しました!」
「まぁ」
「四級どころか二級なんて!」
嬉々として報告する沙織に、華や優花里が感嘆の声を上げる。
「ぅわぁ、二級ってすごく難しいんじゃ!?」
「難しいぞ」
「先輩、持ってるんですか?」
「“向こうの世界”でな」
みほに答えたのはジュンイチだ。聞き返す梓にも答え、トンカツをかじる。
「“こっち”に来た時にはもうブレイカーブレス持ってたからそっちで代用利いたし、戦車道始めてからも通信手になったりしない限りは出番ないと思って取らなかったんだけど……
オレ達の世界と試験内容同じだとすると、そうとうな難度のはずだぞ」
「本当だよ。
麻子にも勉強教えてもらってさー」
「教える方が大変だった」
ジュンイチに答えた沙織の言葉に、麻子はその時の苦労を思い出したのか、ため息まじりにツッコミを入れてくる。
「すごい、武部さん!」
「通信手の鑑ですね!」
「フフンッ、もっとほめてほめて!」
感嘆の声を上げるみほや優花里に、沙織は誇らしげに胸を張る。というのも――
「決勝戦では任せて!
どんなところでも電波飛ばしちゃうから!」
「…………?
どういうことですか?」
「正式に資格を取ったことで、沙織は無資格のままじゃ使えなかった範囲の周波数帯も使えるようになったの。
だから、W号戦車の無線もそれに応じて、周波数制限が解除された、有資格者用の無線機が使えるようになったってワケ」
「えへへ、実はもう自動車部の人達にお願いして、対応の無線機も用意してもらってるんだよねー♪」
尋ねる優季にはライカが答え、沙織の鼻はますます高くなって――
「まさかそんな資格を取っていたなんて……
重大発表がそんなことだとは思いませんでした」
「うん。
てっきり柾木くんの言う通り失恋の報告かと」
「あーっ! みぽりんひっどーいっ!」
その鼻は思いもよらない人物によってへし折られた。華に同意したみほの言葉に、沙織が思わず抗議の声を上げる。
「……わかった」
しかし、それがかえって沙織の中の何かに火をつけたようだ。拳を握りしめ、力強く宣言する。
「試合に勝ったら、私、告白……ううん!」
「婚約してみせるっ!」
小一時間後。
「やっちゃった……」
食事も終わり、解散――とはならず、時間も遅くなったので、寝坊による遅刻防止という意味も兼ねて全員泊まりとなった。割り当てられた部屋で、沙織は頭を抱えていた。
「勢い任せに何言っちゃってんの、私……
告白だけでもアレなのに、婚約なんてーっ!」
大風呂敷を広げるにも程がある。自分の発言のあまりの頭の悪さに、頭を抱えてベッドの上を転げ回る――居室区画にはジュンイチがプライバシー保護を目的とした防音施工を全部屋それぞれに、徹底的に施してあるため、幸い彼女のこの痴態に気づく者はいない。
「こんな宣言しちゃってどうするのよ、私ってばーっ!
そもそも相手もいないのにーっ!」
なので、沙織の悶絶を止める人間もおらず、ますますヒートアップしていく――
(本当に?)
――かに見えたが、その動きは唐突に、ピタリと止まった。
半ば連想に近い形で、ひとりの人物の顔が思い浮かんできたからだ。
(うぅっ、そして案の定頭に浮かんでくる柾木くん……)
今までの彼女であれば、顔を真っ赤にして否定したことだろう。
(ここまで事あるごとに出てくるってことは……もう、認めるしかない……よね)
しかし、恋愛について勉強に勉強を重ね、豊富な知識を得ている彼女だ。自分の中で起きている感情のうねりの正体にはすでに見当がついていた。
ただし――
(どうしよう、私……)
(みぽりんと同じ人を、好きになっちゃったよ……)
その“見当”は、彼女にとって重過ぎるものであった。
◇
悶々とする沙織の苦悩をよそに、決戦前夜は刻一刻と更けていく。
柾木家に集まった面々だけではない。他のメンバーも、それぞれの場所で、カツにちなんだメニューを手に過ごしていた。
バレーの練習に励むアヒルさんチームはカツサンド。
歴女トークに花を咲かせながら明日の決勝に向けての立ち回りを確認するカバさんチームはカツ丼。
ポルシェティーガーの最終調整に余念のない自動車部の傍らにはカツカレー。
練習がてら三式で演習場のド真ん中に繰り出し、見晴らしのいいそこで月見と洒落込むオンラインゲーマーズの手には串カツ。
応援に来るだろう風紀委員の仲間達のために応援のマナーをまとめるカモさんチームはトンカツバーガー。
それぞれに、勝利への思いをカツに込めて胃袋の中に放り込み――
ついに、決戦当日の陽が昇った。
◇
いつも通り、最寄りの港に学園艦を入港させたら、そこから現地へは陸路での移動だ。日戦連の手配による専用列車で戦車と共に現地へ向かう。
そうしてやってきた決戦の地。そこは――
「ここで試合ができるなんて!」
「そんなにすごいところなんですか?」
「戦車道の聖地です!」
「戦車道に限らずミリ好きにとっちゃ聖地だろココ」
「陸上自衛隊、富士演習場……」
華に答える優花里にジュンイチがツッコみ、麻子が眼前に広がる富士の裾野を見渡した。
「東演習場と北演習場、全体を使って戦うんですね……」
「市街地フィールドがあるね」
「オレ達の世界にはないよなコレ」
「こっちには戦車道があるからな。その分陸自の訓練環境がオレ達の世界よりも充実してるのかもしれないな」
地図を見せてもらったジーナとファイが気づき、自身の記憶を掘り返す崇徳には今朝一番に大洗に戻っていた鷲悟が答える。
と、待機場所への戦車の搬入が完了したと知らせが入った。さっそく各自戦車のチェックに取りかかる。
当然みほ達もだ。W号戦車のチェックを進めていると、
「…………ん?」
みほが、こちらに近づいてくる気配に気づいた。振り向き、やってきた相手に声をかける。
「おはようございます、ダージリンさん」
「ごきげんよう、みほさん」
そう。オレンジペコを連れたダージリンだ。そして――
「久しぶりですわね、ジュンイチ様!」
「てめぇもすっかり元気そうで何よりだ」
「とーぜんですわ!
このローズヒップ、あの程度のケガでまいってられませんわ!」
「だからって、退院しようと大暴れして再三隔離病棟に放り込まれてた件についてはさすがに反省しとけよお前」
彼女は案の定ジュンイチのもとへと突撃。元気いっぱいのローズヒップに、ジュンイチはタイランツハンマーの薬室をチェックしながら答える。
「これがウワサのタイランツハンマーですのね!?
ちょっと持ってみてもよろしいかしら!?」
「別にかまわんぞ。どーせお前に動かせるようなシロモノじゃねーし」
まるで飼い主にかまってほしい子犬のようにかしましいローズヒップに対し、ジュンイチは手馴れた様子であしらっている――そんな兄妹のような二人を微笑ましく見守っていたみほに、ダージリンとオレンジペコが声をかける。
「いよいよ決勝ね」
「みなさんがここまで来れるなんて、思ってもみませんでした」
「ハハハ……私もです」
苦笑を返すみほに、ダージリンもクスリと笑ってうなずいた。
「えぇ、そうね。
あなた達はいつも、私達の予想を超える試合を見せてくれた……今度は何を見せてくれるのか、期待しているわ」
「はいっ!」
みほが笑顔でダージリンに答えて――
「いいのか? そんなこと言って。
そう期待されたら、“本気”出さないワケにはいかないんだけど?」
「あなたは少し自重なさい」
ローズヒップを“お米様抱っこ”してやってきたジュンイチを、ダージリンはピシャリとシャットアウト。
と、
「おーっ! 西住!」
「お久しぶりですね」
それぞれに副官達を連れてやってきたのはアンチョビとエクレールだ。
「アンチョビさん! エクレールさん!」
「わたくし達マジノは、大洗を応援しますわ」
「我々に勝ってここまで来たんだからな! ここは勝ってもらわないと!」
「それはいいんだが……」
代表してエールを贈るエクレールとアンチョビに答えるのは、“お米様抱っこ”から脱出しようとしているローズヒップの抵抗をものともしていないジュンイチだ。
「お前らがセットで登場ってのも珍しい取り合わせだな」
「まぁ……偶然と言えば偶然なんですけど……」
ジュンイチに答える形で、エクレールはなぜか遠い目。そんな彼女のとなりでアンチョビが語った事の経緯は――
◇
「よぅし! 我々が一番乗りだ!」
前夜、富士演習場の一角――毎年恒例の総合火力演習では一般観客用の観覧スペースが設営されるエリア。
決勝戦でも路地の観戦スペースとして開放されるそこへ、アンチョビ達アンツィオ高校戦車道チームはスペース開放と同時に乗り込んでいた。
「これで明日の決勝は悠々見れるっスね!」
「でも、少し早すぎませんか?」
「物事を進めるには、慎重なくらいがちょうどいいんだ!」
「さっすが姐さん! ぬかりないっス!」
ペパロニにツッコんだアマレットにはアンチョビが答えた。ペパロニがそんなアンチョビを持ち上げ、他の面々もそれぞれに盛り上がる。
「メガホンと双眼鏡持ってきた!」
「横断幕も用意した!」
「私達、本当に準備いいよな!」
決勝は日が昇ってからだというのに早くもお祭り騒ぎだ。というワケで――
「よぅし!
時間もタップリあるし、お前ら、宴会だーっ!」
『おーっ!』
アンツィオの悪いクセが出た。
「湯を沸かせ! 釜を炊けーっ!」
『オォォォォォッ!』
◇
「…………で、夜通し騒いだ結果思いっきり爆睡してしまってなー」
「観戦の場所取りに来たエクレール達が起こしてくれたってワケっスよ!」
「割と頻繁に思うけど……アホだろお前ら」
アンチョビとペパロニが締めくくった話を、ジュンイチが割と容赦なくぶった斬った。
「エクレール達も災難だったな。“こんなの”見つけちまって」
「そのコメントに、当人達を前にどう答えろって言うんですか……」
「おい! 『こんなの』とは何だ! 『こんなの』とは!」
ジュンイチの言葉にエクレールが胃を押さえ、アンチョビが抗議の声を上げる。そんなカオスな光景に、みほは口をはさめず苦笑するしかなくて――
「Hey! ミホ!」
そこへ割って入った救世主、それは――
「ケイさん!」
ナオミの運転するジープにアリサと共に乗って現れたケイだ。みほの前に停車したジープからヒラリと降り立ち、
「またエキサイティングでクレイジーな戦い、期待してるわ! Fight!
じゃ、Good luck!」
それだけ言うと、ケイはまたジープに跳び乗って去っていった。
「まったく、あわただしいヤツだなぁ」
「アンツィオの隊長のお前がそれを言うのか……?」
来たと思ったらあっという間に去っていったサンダース組を見送り、肩をすくめるアンチョビにジュンイチがツッコむと、
「ミホーシャ!」
「カチューシャさん……?」
この特徴的な呼び方は誰かすぐにわかる。みほが振り向くと、そこには予想通りノンナに肩車されたカチューシャの姿があって――
「あ、チンクシャ」
「誰がチンクシャですっtイヤァァァァァッ! 柾木ジュンイチぃーっ!」
ジュンイチに反論しかけて、相手が彼だと気づいて悲鳴を上げる――あの準決勝は、カチューシャの中で完全にトラウマとなってしまったようだ。
「ノンナ! ノンナ!」
「大丈夫です、カチューシャ。
その位置では彼の手はカチューシャには届きません」
「そ、そう?
なら安心ね! 柾木ジュンイチ、おそるるにたらz
しかし、ノンナのフォローで持ち直した。カチューシャが気を取り直して胸を張り――が、その言葉が終わらない内に、彼女のすぐ横を灼熱の塊が駆け抜けた。
言うまでもなく、ジュンイチの放った炎弾だ――恐る恐る視線を戻してくるカチューシャに対し、ジュンイチは笑顔で、
「ダージリンから聞いてない?
戦車道じゃ反則とられかねないから使えないだけで――オレ、人ひとり消し炭にすることぐらい楽勝の異能者だぜ?」
「イヤァァァァァッ! ノンナァァァァァッ!」
「あなたは……」
「前回無礼を働いた結果オレ達を怒らせてひどいめにあったクセに、その教訓がちっとも活きてないみたいだから改めてお灸をね」
せっかく立ち直らせたカチューシャを……にらみつけてくるノンナに、ジュンイチは動じることなくあっさりと答える。
「えっと……カチューシャさん?」
「うぅっ、ミホーシャぁ」
そして、そんなジュンイチに凹まされたカチューシャをなぐさめるのはみほだ。声をかけられ、カチューシャはみほに泣きついた――ノンナに肩車されたままだったため、実際にすがりつくことは叶わなかったが。
「私達プラウダもあなた達の味方よ!
黒森峰なんてバグラチオン並みにボコボコにしてあげなさい!」
「は、はい……」
「じゃあねー、ピロシキ〜」
「до свидания」
「なぜピロシキ……」
うなずくみほにあいさつし、カチューシャとノンナも引き上げていった――カチューシャのあいさつにジュンイチがツッコんでいると、
「……不思議な学校ね、大洗は」
不意に、ダージリンが口を開いた。
「戦った相手みんなと仲よくなる……
私達みんな、黒森峰ともそれなりに親交があるのに、この決勝はみんな大洗の応援についた……まほさん達が少しかわいそうだけど」
「フンッ、別に、応援しなくてもじゅーぶん強い黒森峰より、明らかに不利なオレ達を……っていう同情票だろ」
「もう、そういう心にもない憎まれ口叩いちゃダメだよ」
鼻を鳴らすジュンイチを、みほは軽くたしなめる――そんな二人に、ダージリンはクスリと笑って告げた。
「みほさん。あなたに、イギリスのことわざを贈るわ。
『四本足の馬でさえつまずく』――強さも勝利も永遠じゃないわ」
「向こうがつまずくのを待つ気はねぇさ」
そうダージリンに返すのはジュンイチだ。
「お返しに、こっちもあるロボットアニメの名言をプレゼントだ。
『可能性なんてものは単なる目安だ。後は勇気で補えばいい』
『モビルスーツの性能差が、戦力の決定的差でないことを教えてやる』」
「『勇者王ガオガイガー』に、『機動戦士ガンダム』ね」
「って、え……?」
「ダージリン様、ジュンイチ様のアニメ名言に対抗意識燃やしたらしくて、最近はそちらの方面の名言の勉強も」
「まぢか」
まさか出典元を言い当てられるとは思っていなかったジュンイチが目を丸くする――オレンジペコの説明にさらに驚くが、
「……それはそれは」
その驚きの表情は一変。意地が悪そうな笑みを浮かべたジュンイチの姿に、みほは察した。
(ダージリンさん経由で聖グロを“染める”気だなぁ、アレ……)
トップのダージリンをしてこの影響のされやすさだ。聖グロのみなさんがおかしな方向に突っ走らなければいいのだが――いろいろな意味でこの先が心配になってきたみほがため息をついていると、
「西住さん!」
「明さん!」
車イスに乗った明がやってきた。歓迎するみほだったが、
「あら、諸葛さん」
「元気そうだな!」
「お久しぶりですね」
「だ、ダージリンさん!?
ごっ、ご無沙汰してます! あとアンチョビさんとエクレールさんも!」
「おいおい、なんか私達オマケみたいな扱いじゃないか?」
「ちょっと聞き捨てなりませんわね」
「あっ、あのっ、すみませんっ!」
そこにいるのはみほだけではない。さっそくダージリン達からいじられ、みほへのエールどころではなくなってしまった明の姿に、ジュンイチとみほは顔を見合わせ、肩をすくめて苦笑するのだった。
◇
「隊長、副隊長、前へ!」
試合前の最後の準備時間も終わり、いよいよこの時が来た――整列に赴いたその場では審判団の先頭に蝶野亜美の姿があった。彼女の号令で、大洗からはみほと桃が、黒森峰からはまほとエリカが中央へと進み出る。
「……大洗の試合の度に思ってたけど、なんで副隊長がジュンイチじゃなくてアンタなのよ? 役不足もいいトコじゃない」
「こら! 他校とはいえ仮にも上級生に対して『アンタ』とは何だ!」
さっそくジャブの応酬を繰り広げる副隊長二人の姿に、まほとみほはそろってため息をもらし、
「元気があってよろしいっ!」
そんな両者に、亜美が声をかけてきた。
「本日の審判長、蝶野亜美です。よろしく。
では、両校あいさつ!」
『よろしくお願いします』
「では、両チーム開始地点に移動してください」
まずは形式どおりのあいさつだ。一礼する両チームに告げると、亜美は息をつき、
「泣いても笑ってもこれが最後。がんばってね。
両校の健闘を祈ります」
「……最後に抜け目なく私情を挟んでくる辺り、相変わらずだな、あの人も」
「ハハハ……」
さりげなく個人的なエールを交えた一言を残して去っていく亜美を見送るまほの言葉に、みほも思わず苦笑して――
「みh……“元”副隊長」
そんなみほに、エリカが声をかけてきた。
あえてかつての呼び方に戻しての呼びかけ。関国商の一件を経て、まだしこりが残るとはいえ改善の方向に向かいつつある個人的な関係ではなく、黒森峰の“現”副隊長としての話と判断し、みほも居住まいを正した。
「前に隊長が言ってたわよね?
『廃校のかかった大洗の事情は理解したけど、だからって試合に手を抜くのは戦車道精神に反する』って」
「う、うん……」
「私も同じよ。
黒森峰の副隊長として……あなた達に勝つ」
「うん。
私も……負けるつもりはないよ」
「上等。
……あと」
うなずくみほに対し、エリカはさらに続けた。
「アイツに伝言」
「『アイツ』……柾木くん?」
「そ。
『よくもやってくれたわね』って」
「…………やっぱり、すごかった?」
「すごかったなんてもんじゃないわよ。
お偉いさんや先輩方がひっきりなしで、どれだけ練習時間を削られたことか」
事情を察したみほの問いに、エリカはこめかみをひきつらせて答える。
「さんざん好き勝手やってくれたけど、この試合ではアイツの好きにさせるつもりはないわよ。
家元は認めてるみたいだけど、あんな戦い方、西住流からすれば邪道そのもの――王道を築いた黒森峰の、西住流の名にかけて、アイツは私が叩きつぶしてあげるわ」
そう告げると、エリカはきびすを返して去っていく――と、
「あんなこと言ってますけど」
不意にみほへと声がかけられた――見れば、死角からこっちに向かってきていたのだろう、黒森峰の選手がひとり、こちらに歩み寄ってきた。
知らない顔ではない。彼女は――
「赤星さん……?」
「副隊長、すごく感謝してるんですよ。
あの去年の決勝戦で……私達を助けてくれたこと」
エリカと共に、去年の決勝で水没したあの戦車に搭乗していた者のひとりだったのだから――そう告げると、彼女、赤星小梅は優しく微笑み、
「だから、西住さんがまた戦車道を始めたって聞いて、最初はすごく喜んでたんです。
でも、黒森峰じゃない、別の学校で再開したことには複雑みたいで……それであんな風にこじらせちゃっt
「ふーん」
後ろからかけられた声に、小梅がぴしりと固まった。
「移動だっていうのにひとり離れて何やってるかと思ったら、なぁに敵の隊長とよろしくやってるのかしら〜?」
「いっ、いひゃいいひゃい、いひゃいへすいひゅみひゃん」
背後に現れたエリカに両の頬をつめられた小梅が悲鳴を上げる――止めた方がいいかとみほがオロオロしていると、エリカは今度はそんなみほをキッとにらみつけ、
「今聞いたことは忘れなさい――いいわね?」
「は、はいっ」
思わずコクコクとうなずくみほにうなずき返すと、エリカは小梅を連れて去っていき――
「…………ん?」
ふと、みほは今のやり取りに違和感を覚えた。
(今、エリカさん、赤星さんにまるで気取られずに……)
いや――“違和”感ではない。
(あの動き、まるで……)
“既視”感だ。
◇
「相手はおそらく、火力にモノを言わせて一気に攻めてきます」
スタート地点に移動すると、作戦の最終確認。一同を前に、ジュンイチと共に説明を始めたみほがそう切り出した。
「そこでオレが、開幕ダッシュで偵察に出る」
「偵察……ですか? 先輩が?」
「オレとしても突撃したいところだけど、それを読まれて別働隊を放たれてたらたまったもんじゃないからな」
「それにお姉ちゃんのことだから、柾木くんの開幕突撃は真っ先に警戒してるはずです。
となれば、開始早々の奇襲は、たとえうまく決まっても出鼻をくじくことは難しいと思います」
意外な選択肢に思わず聞き返す梓に、ジュンイチが、みほが答える。
「もちろん、可能な限り足止めの策はとらせてもらうけど、まずは相手の出方をつかむのが第一だ。
そして――」
「柾木くんの情報をもとに、有利な場所に移動して長期戦に持ち込みます。
速攻と言っても向こうのスタート地点とは離れてますから、偵察に徹するのなら柾木くんの行動が間に合わないということにはならないと思います。
当面の目的地は207地点。開始と同時に速やかに移動して、そこからは柾木くんの情報に応じて適時対応します。
目的地の変更も含めて状況が目まぐるしく変わることが予想されます。通信手のみなさんは、くれぐれも指示を聞き逃さないようにしてください」
『はいっ!』
「では、各自戦車に乗り込んでください!」
締めくくるみほの号令に、一同はそれぞれに自分達の戦車のもとへと散っていく。
もちろんみほもだ。自分の乗るW号のもとへと向かい――
「あ…………」
杏達カメさんチームが、自分達のヘッツァーを感慨深げに見上げているのに気づいた。
そうだ――自分達にとってはここが正念場。大洗の未来をかけた最終決戦の場なのだ。
中でも、大洗を救うために戦車道を再開させた張本人である彼女達の思い入れは格別なのだろう。
結果論とはいえ逃げていた自分にもう一度戦車道と向き合う機会をくれた彼女達の恩に報いたい。
そして何より、自分自身、大洗女子学園を守りたい。再出発の舞台となり、数多くの出逢いをくれた、かけがえのない場所だから。
「……がんばろうね」
ここまで共に戦ってきた相棒、W号戦車をなでてやり、語りかけ――その手に、別の手が重ねられた。
「まっ、柾木くん!?」
「負けられないよな……こいつのがんばりにも応えなきゃだし」
「…………っ、うんっ!」
そう、ジュンイチだ――思いもかけない接触に一瞬胸が高鳴るが、かけられた言葉からその行動に込められた想いを察した。
同じように、沙織や優花里、華に麻子も手を重ねてくる。六人――否、W号戦車も含めた“七人”で組んだ円陣を見渡し、みほは高らかに告げる。
「いこう――みんな!」
『オーッ!』
◇
「これより決勝戦だ」
一方、黒森峰側も準備は完了。自身の乗るティーガーTの上から、まほはチームメイト達へと呼びかけた。
「相手は初めて戦うチームだが、今までの戦いを見ればわかる通りとことん何をやってくるかわからないチームだ。決して油断しないように」
まほのその言葉――特に『何をやってくるかわからない』の部分にやたらと力が込められているのを察して、一同が苦笑。ジュンイチによって間接的にけしかけられたOGのみなさんを相手にさんざん苦労させられたのは、彼女達にとっても記憶に新しいところだ。
「まずは迅速に行動せよ。
グデーリアンは言った。『厚い皮膚より速い足』と」
言って、まほははるか彼方、みほ達のいるであろう大洗のスタート地点の方角へと視線を向けた。
思うところはいろいろあるが、今は――
「――いくぞ!」
“姉”と“妹”である前に、一戦車道選手同士――全力でぶつかるのみだ。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第32話「覚悟はいいか? オレはできてる」
(初版:2019/08/19)