「パンツァー、フォー!」
開始の号砲が鳴り響き、みほの号令一下、大洗の戦車隊は一斉に前進を開始する。
すでにジュンイチの姿はない。号砲が鳴り響いた瞬間W号から飛び出し、宣言通りの開幕ダッシュで黒森峰のスタート地点の方角へと走り去っていった後だ。
とりあえず、当面は当初の目的地である207地点を目指しながらジュンイチの連絡待ちだ。隊列を維持したまま、207地点に向けて進撃していく。
「こちらはあんこうチーム。
207地点まであと2km――今のところ、黒森峰の姿は見えず、柾木くんからの発見の報告もありません。
ですがみなさん、油断せず、気を引きしめていきましょう。以上、交信終わります」
「……あれ?」
そんな中、一同に無線で現在の状況を報告するのは沙織だ――と、その沙織の話し方に、優花里は軽く首をかしげた。
「何か……話し方変わりました?」
「本当。
余裕を感じます」
「え!? 本当!? プロっぽい!?」
優花里や華のコメントにはしゃぐ沙織だが、そこに麻子がしれっと一言。
「ぜんぜんプロっぽくない」
「ひっどーいっ! 何でそんなこと言うの!?」
「“アマチュア”無線だしな」
「誰がうまいこと言えとーっ!」
麻子の返しに沙織がツッコむと、
〈はーい、総員警戒〜〉
突然、ジュンイチから通信が入った。
〈黒森峰を捕捉した。
お前ら目がけて森をショートカットして直進中。
お前らから見て九時方向の森だ――どーやら207地点に向かうのを読んで、横っ腹にドカンと一発ぶち込むつもりだったみたいだな〉
「えぇっ!?
じゃあ早く逃げないと!」
〈だったら真っ先に『逃げろ』っつーわい〉
あわてる沙織だったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
〈とりあえず警戒しとく必要はあるけど、行動に移すのは相手のリアクション待ちで大丈夫だよ――〉
〈先制パンチはいただいたから〉
ジュンイチが告げると同時――森の中で爆発の嵐が巻き起こった。
第33話
「覚悟はいいか? オレはできてる」
「なっ、何!?」
「柾木くん、何したの!?」
〈どこぞのヤマトの真田さんじゃないけどさ――『こんなこともあろうかと』ってヤツだよ〉
沙織が驚く一方で尋ねるみほに答え、ジュンイチはあっさりと続ける。
〈隊列乱れるからあんまやりたがらないだろうとは思ってたけど、森の中をショートカットって可能性はゼロじゃなかったからな。
あちらさんのスタート地点に向かう途中に通りすがって、手榴弾しこたまぶら下げといた♪〉
「ぶら下げ……?」
〈そ。
手榴弾のピンに“糸”を結びつけて、その反対側を苦無に――後は苦無を頭上の枝に投げつけてブッ刺して、手榴弾を吊るすだけ。
対人じゃ簡単に対処されちまうようなシロモノだけど、戦車相手にゃ十分だ。下を通った戦車が勝手に“糸”を引っかけて、勝手にピンを引き抜いてくれる。
手榴弾と“糸”の準備は試合前に済ませておいたからな――後は通りすがりにひたすら“糸”をつないだ苦無を投げまくるだけの簡単なお仕事さ〉
「またそーやって嫌らしいことをしれっと……」
みほへの説明に沙織が苦笑して――
〈とはいえ、油断すんなよ〉
ジュンイチの話には続きがあった。
〈所詮は通りすがりに、念のために仕掛けたってだけの“間に合わせ”だ。
居場所の把握と不意打ちの阻止ぐらいの役にしか立たないよ――〉
〈連中、すぐに仕掛けてくるぞ〉
ジュンイチのその言葉とほとんど同時だった――みほ達の周囲で、衝撃が次々に巻き起こったのは。
トラップに引っかかっていた黒森峰の戦車隊が、大洗の戦車隊に向けて攻撃を開始したのだ。
「もう撃ってきた!?」
「立ち直りが早い!?」
「いきなりモーレツですね……っ!」
「これが西住流……っ!」
梓が、桃が驚き、華や優花里がうめき――
〈アヒルさん、10秒後に右に少しずれて〜〉
「え……?」
いきなりのジュンイチからの通信は八九式へ。受けた妙子が戸惑って――
〈復唱っ!〉
「はっ、はいっ!
10秒後に右にずれますっ!」
〈よし。
つか今のやり取りで少し時間使ったからな、タイミング合わせるぞ。忍ちゃんにも聞こえるように、5〜〉
「よっ、4っ!」
「〈3、2、1――ゼロっ!」〉
ジュンイチと妙子が声をそろえてカウント、忍がそれに合わせて戦車の進路をずらして――八九式のすぐそばに着弾。
もし進路をずらさずに直進していたら、今の一撃でオダブツだったろう。つまりジュンイチの指示の意図は――
〈ヤベーのはオレがナビする。
西住さんは他の子達を頼む〉
「うっ、うんっ!
各車、ジグザグに動いて! 前方の森に入ってください!
柾木くんから指名されたチームは、彼の指示に従って!」
〈じゃ、さっそく。
ウサギさん、5秒後に全力ブレーキ2秒。その後アクセル全開〜〉
「はっ、はい〜っ!」
みほの指示に続く形でさっそくナビに入ったジュンイチの指示に、ウサギさんチームの通信手、優季があわてて応じる。
と、減速した彼女達のM3の前方に着弾。続いてアクセルをふかして加速したその後方に新たに一発着弾する。
〈カバさん、5秒加速。後は元の速度に。
カモさん、アヒルさんは九時方向に実弾で機銃掃射――地面だ。土煙で煙幕を〉
「心得た!」
「りっ、了解っ!」
「アターック!」
〈レオポンさんは機銃掃射開始から十秒後にアクセル全開。
十秒全開がもてばいい。その後はエンジンの様子を見ながら出せる限界ギリギリの速度を維持。西住さんの指示した森に先行〉
「はっ、はいっ!」
ジュンイチの指示に各自が従う。ナカジマが応え、レオポンさんチーム――自動車部の駆るポルシェティーガーが一気に加速する――
◇
「……いいぞ、食いついた!」
ポルシェティーガーの動きに気づいたか、黒森峰側の戦車が次々に砲をその背中に向け始める――その様子を遠方から眺め、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべた。
彼の現在位置は大洗戦車隊の前方、みほ達の逃げ込もうとしている森の入り口だ。木の上から各車の位置、黒森峰の攻撃間隔を確認しながら指示を出している。
カモさん、アヒルさん両チームの起こした煙幕は無風のためその場に留まり、大洗と黒森峰を互いに隠すブラインドとなっている。現在両チームの状況を等しく見られているのは、この場ではジュンイチただひとりというワケだ。
そんな中から戦車が一輌だけ飛び出せば、黒森峰の注意がそちらに向くのは自然な反応だ。
そして、飛び出したのがポルシェティーガーだとわかれば――
(ま、そうなるわな)
“動かなければティーガーTに匹敵する”とも言われるポルシェティーガーが森の中に逃げ込もうとしている――森の中に陣取られれば、厄介なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
もちろんあからさまなオトリだと黒森峰は気づいているだろう――だが、ここでポルシェティーガーを森に逃がすリスクを考えれば、火力的に脅威度の低いみほ達をひとまず放置してでもポルシェティーガーに対応せずにはいられない。
みほ達の動きを警戒していた戦車も一斉にポルシェティーガーへと砲を向けるのを見て、ジュンイチは内心でほくそ笑む。
「今だ、西住さん!」
〈はいっ!
レオポンさん以外の全車輌、転進! これより――〉
◇
「なぁっ!?」
ジュンイチの合図でみほが、彼女達がとった行動は、エリカ達を驚かせるには十分すぎるものであった。
なぜなら――
「突っ込んできた!?」
ポルシェティーガーを除く大洗の全車輌が、煙幕の中を突き抜けて自分達の方へと突っ込んできたからだ。
百戦錬磨の黒森峰が完全に裏をかかれた。というのも――
(いくらこっちがポルシェティーガーを狙ってスキを見せたからって、この戦力差で真っ向から突っ込んでくる、普通!?)
大洗と黒森峰とでは戦力差が違いすぎる。元々戦車一輌一輌の性能差も圧倒的な上、最大20輌まで投入できるこの決勝戦では戦車の数も倍以上の開きがある。
こんな有り様では、不意打ちを仕掛けたところで効果のほどなどたかが知れている。だからこそみほ達は、こちらと対峙するよりもまず有利に戦える場所に向かおうとしていたのではなかったのか。
それなのに、いきなりそれを放棄してのこの行動。あまりにもセオリーから外れすぎて意図が読めない。いったい何が狙いなのか――
(……いいえ、そんなことはどうでもいい!)
だが、エリカはすぐにそんな考えを頭から振り払う――今はとにかく、こちらに向けて突撃してくる大洗に対応しなくては。
ポルシェティーガーの森への逃げ込みを阻止しようと、そちらに狙いを集中していたために砲の狙いはすべて大洗本隊から外してしまっている。第一波の砲撃は許すしかないだろうが――
(でも、こちらの装甲なら耐えられる! ここをしのいで反撃よ!)
しかし、そんなリスクはポルシェティーガーに狙いを集中させると決めた時から計算の内。それでも大丈夫だと判断したからこそ、みほ達を放置してでもポルシェティーガーを狙うべきだと判断したのだ。多少の攻撃を受けようが自分達は揺るがないとエリカは判断。すぐに狙うべき獲物を見定めにかかる。
一方、大洗からの砲撃は――ない。砲撃を仕掛けてくることなく、全速力で突っ込んでくる。
(至近距離からぶちかましてくるつもり!?
足りない威力を距離を詰めて補うつもりだろうけど、その程度で補えたら苦労は……ん?)
そこまで考えて、エリカは気づいた。
(ちょっと待って! いくら何でも突撃思考すぎない!?)
そう――あまりにも大洗側が猪突猛進に過ぎるのだ。
(自分達の攻撃がこっちの戦車に通じるかどうかなんて、あの子が気づかないワケがないでしょうに!)
みほはおそらく承知しているはずだ。いくら不意を突こうが、いくら至近距離から砲撃を叩き込もうが、大洗の戦車の大半の火力では、正面からの突撃では大した効果は見込めないことくらい、彼女が気づかないはずがないのだ。
なら、この突撃は何のためなのか。
効果の薄い突撃を仕掛ける以上、仕掛けるなりの理由があるはず。攻撃以外に目的があるとするならそれは何か。
この状況下で、突撃に見せかけて何らかの、別の目的を果たそうとしているとするなら、それは――
「――――っ!
全車、大洗の進路をブロック!」
気づき、エリカは指示を出した。
「大洗は、攻撃のために突っ込んで来るんじゃない!
私達の間を抜けるつもり――あくまで離脱狙いよ!
進路をふさいで、逃がさず叩く!」
◇
(んー、対応が妙に場当たり的だな。
あの場の指揮執ってんの、まほさんじゃねぇな)
その様子は、ジュンイチからも見えていた。黒森峰の動きから、ジュンイチは情報を読み取り眉をひそめた。
(この直情的な反応は……エリカか?
まほさんはどこに……え? 後退?)
森の中に陣取られた状況では、目視での確認には限界がある――が、ジュンイチの気配探知スキルはまほの“力”が後方に下がり始めたのを捉えていた。
少し後退し、もたつき、先程以上の速度で後方へ加速。この動きは――
(エリカにこの場を任せて、反転して移動開始、ってところか……)
「エリカに指揮させて経験を積ませるため……じゃねぇな。
待機させてる別働隊の指揮を執るために、エリカにこの場を任せたか……」
声を出すことで自ら確認をはさみながら推理を進める――そう。まほだけではない。すでに黒森峰側の選手の気配が数グループ、隊列を離れている。
ひとつのグループが戦車一輌にまとめて乗っていると考えると三輌。最初から離れていた一輌に合流しようと動いている。まほのグループの気配もその後を追うルートを辿っている。
彼女達の動きから見えてくるのは、彼女達の実力の一端――
(普通なら通り抜けようとするこっちの動きを阻んで、叩きつぶしてチェックメイトのこの状況……その上でなお、しのがれることを想定しての二の槍、三の槍を仕込むか……
無駄に終わる可能性を理解しつつ、それでも備えを怠らない――隊長の鶴の一声じゃなく、全員一丸でそれができる黒森峰は間違いなく強い)
なるほど、全国大会九連覇の力は今なお健在というワケかと納得するが――
「よかったな、まほさん」
「その備え、無駄にならずに済みそうだぜ」
◇
「全員、準備はいいですか!?」
〈準備OKです!〉
〈こっちもいけるよー♪〉
W号から呼びかけるみほに答えるのは梓と杏だ――続いて、他のチームからも次々に準備完了の報が入る。
その“準備”とは、各車の砲塔の上に磁石とフックで取りつけた木製・手作りの小道具だ。先の煙幕は一輌だけ飛び出したポルシェティーガーの存在感を強調するためだけではない。この装置の取り付け作業を黒森峰に気取られないためでもあったのだ。
その装置、小道具の正体は――
「《しみもく作戦》、開始です!」
小型の投石器だ――みほの号令でセットしてあった球体を投げ飛ばし、黒森峰の布陣のド真ん中に投げ込んだ。濃淡様々な赤色と黄色の入り混じった煙幕を発生させる。
しかも――
「ケホッ! ケホッ! 何よコレ!?」
「しみる〜っ!」
催涙効果のオマケ付だ。運悪く車外に顔を出していた車長達がせき込む中、エリカは気づいた。
ひるまず指示を出そうと口を開くと、そのエリカの口――舌に、煙幕を構成している粉末が触れたのだ。
とたんに舌にしびれるような辛味が広がる。これは――
「辛子ぃ!?」
◇
〈ワハハ! 苦しんでやんのーっ!
一味に七味、練り辛子の乾燥粉末にタバスコ、ジョロキアその他もろもろ! 香辛料マシマシの特製煙玉は効くだろう!〉
「まったく、もう……」
通信越しに聞こえてくるのは、実に楽しそうなジュンイチの声――あの煙幕に突っ込むのに備えて車内に退避したみほは、ため息まじりに苦笑する。
もちろん、自分達の戦車はこの煙幕の使用を想定して、スパイスたっぷりの煙が入ってこないように気密性の補強済みだ。
「それにしても、黒森峰がむざむざ煙幕の展開を許すとはな」
「まぁ……戦車道のルール“だけで”煙幕を前方に張るのは、簡単なことではありませんから……」
一方、意外そうなセリフを淡々とつぶやく麻子には優花里が答えた。
「基本的に、戦車道の煙幕といえば後方へのスモークか、機銃や砲撃による爆煙、土煙で、というのが定番の手段になります。
他にはサンダース戦でアヒルさんがやったみたいな発炎筒による煙幕ですけど……人の手で投げるものですから、どうしても飛距離の関係で有効範囲が限られてしまいます。
その上、進行している前方への煙幕なんて、自分の進路を見えなくしちゃうも同然ですから……」
「方法、手段が乏しい上に危険を伴う、普通ならとても選ばない手段……
なるほど、だから黒森峰は読めなかったんですね」
優花里の説明に華が納得して――そんな車内のやり取りはジュンイチの耳にも届いていた。後を引き継ぐ形で説明する。
〈事前の作戦通り、あちらさん、十分な対策がとれなかったみたいだな。
オレ以外のメンバーも白兵戦に通じてる、戦車道の枠を外した手段をとることが可能だってことは、関国商戦の映像で把握できてたろうけど、元々みんなの白兵戦の情報があの一戦の分しかない上に、オレがプラウダ戦で盛大に情報偏らせたからなぁ。
増してや、こんな“戦車道と歩兵道のハイブリッド装備”なんて想定できたかどうか〉
『ハイブリッド……?』
◇
「戦車道において、煙幕弾にあたる砲弾はレギュレーション外になるわ。
規格砲弾としては存在しないし、砲弾の加工が禁止な以上自分達で作ることもできない。
発炎筒などもあるけど手投げ装備。飛距離なんてたかが知れているから、サンダース戦で八九式が使ったように、追跡戦の中で追ってくる相手への目くらましが主な使いどころになる……」
観客席では、大洗チームへあいさつに出向いた流れで聖グロ以下ライバルチームが勢ぞろい。聖グロの面々が設置していたティーセットを囲んで一同が観戦する、その中心でダージリンが一同へと説明する。
「つまり、手投げの煙幕弾も基本は前方ではなく、後方に向けて使うものなんだけど……」
「アイツら、手作りの小型投石器なんてモノまで用意して、あっさりとその定番を覆してみせたワケだ」
「でも、投石器なんて反則にならないんスか?
戦車に普通ついてないでしょ、あんなの」
「なりませんわよ」
ケイやアンチョビに聞き返すペパロニにはフォンデュが答えた。うなずき、エクレールがその後を引き継ぐ。
「確かに、普通に考えれば戦車に投石器なんてミスマッチもいいところですわ。
でも、だからと言って、反則かと言われたらそうでもありまんわ――ですわよね、カチューシャさん?」
「え? えっと、えっと……」
「戦車道のレギュレーションでは、使用していいのは1945年8月15日までに試験運用も含め形になっていた技術のみとされています」
いきなりエクレールから話を振られて戸惑うカチューシャだったが、そんなカチューシャにはノンナが助け舟を出してくれた。
「それは逆に言えば、それよりも前に生み出された技術であれば、“それがどれだけ古くても、どれだけ戦車と関係なくても”、使ってしまってかまわないということ……
投石器のような古い技術、しかも木製の手作り品ともなれば、レギュレーションに引っかかりようがありません」
「そして投げつけるのは歩兵道用の煙玉。こちらは装備のレギュレーション自体が存在しないから、調合も好き放題にいじくれる……
結果、ルール上何の問題もない催涙煙幕弾発射装置の出来上がり、というワケよ」
ノンナの説明を引き継ぎ、そう締めくくったダージリンは紅茶を一口。
「戦車で煙幕弾は撃てない……そんな問題を、歩兵道の装備と組み合わせることですり抜けてしまうとは、黒森峰どころか私達だってそうそう思いつくものじゃないわ。
まったく……相変わらず、ルールのすき間を『突く』どころか『抉り抜く』勢いで攻めるのが大好きね、彼は……」
◇
「抜けられた!?」
スパイスたっぷりの催涙煙幕に、さすがの黒森峰も対応しきれなかった――自分達の周りを大洗の戦車が次々にすれ違っていくのに気づき、エリカが声を上げた。
この煙幕で視界が利かない中でも、大洗は迷いなく、正確に自分達の間を抜けていく。この動きは――
(誰かがナビした……!?
……アイツかぁぁぁぁぁっ!)
心当たりにはすぐに思い至った。ジュンイチの関与を確信し、エリカが心の中で怨嗟の声を上げる。
「追いなさい! 急いで!」
だが、それでもすぐに立て直せる屋台骨の強さはさすが九連覇の強豪校。エリカの指示、みほ達を追うべく黒森峰の戦車が次々に反転を始めて――
〈――キャアッ!?〉
「――――っ!
どうしたの!?」
〈砲撃受けました! 横から!〉
「何ですって!?」
無線から上がったのは仲間の悲鳴――そう、大洗側はただ単純に黒森峰の布陣を突破していっただけではなかった。
煙幕と森の中という視界の利かない状況を活かし、伏兵を残していたのだ。煙幕対策に口元をハンカチで覆いながら、周囲を見回して確認すると、
「ヘッツァー!?」
相手の正体を確認したエリカが驚いたのも無理はない。
なぜなら――
「アレ、ベースは38(t)でしょ!? 向こうの生徒会チームの!
あのノーコン副会長が、なんで命中させてきてんのよ!?」
◇
「アハハ、慌ててる慌ててる〜」
一方、ヘッツァーの車内では、杏が拍手喝采の大喜びであった。
「いや〜、ここまできれいにハマってくれると、いっそ爽快だねぇ。
黒森峰も、まさか思わなかったんじゃないかなぁ?」
「私が、カメさんチームの本当の砲手だって♪」
「まぁ、柾木くんの今までが今まででしたからねぇ。
ダミーの砲手に試合を任せて戦力を隠す、なんて手口は……」
「オーソドックスすぎて、ジュンイっちゃんの手口としちゃおとなしすぎるよねー。
相手の思いもよらない手口を次々繰り出してきたジュンイっちゃんが、まさかこんなありがちな手を使ってくるとは、完全に想定外だったんじゃないかな?
奇想天外な手ばかりを警戒した結果、オーソドックスな手段こそが“思いもよらない手段”と化していることにも気づかないで……ね」
となりで苦笑する柚子に答えながら、杏は照準をのぞき込み、砲撃――命中。
いくらヘッツァー仕様に改装していると言っても、元々のベース車は38(t)。その攻撃能力は本物のヘッツァーには及ばない――が、問題はない。
目的は撃破ではなく、彼女達の戦車の履帯を破壊し、追撃を遅延させることになるのだから――そしてその目論見は正確に達せられている。
その狙いは大洗No.1スナイパーである華ほどではないにしてもかなりの精度だ。しかしそれもある意味当然。なぜなら――
「見事です会長!
さすがは射撃訓練次席!」
「いやー、それほどでもあるかなー?」
杏が砲手についたために装填手に専念できている桃からの賛辞に、杏はすっかり鼻高々――そう。杏は華と並び、大洗で二人しかいない射撃Sランク保持者。フィジカルの成績不振に泣かされて総合ではBランク止まりに終わっているが、華に次ぐ射撃の名手なのだ。
崇徳、鈴香、ライカに鷲悟――ブレイカー達の射手・砲手勢ですら最高でもAランク止まりであることを考えればかなりの腕前と言えるだろう。
そんな杏を、ジュンイチはこの決勝戦まで温存していた。杏が腕を上げてきても、桃を砲手の座に据え続け、黒森峰に対する隠し玉のひとつとして隠し続けた。
「しかし、なぜ柾木は会長を温存したのか……
どうせなら射撃主席の五十鈴を隠しておけば……」
「仕方ないよ。
指揮官の西住ちゃんには最後まで生き残っててもらわないと。W号の戦闘力は落とせないよ」
もっと杏を活躍させてくれてもよかったのにと不満をもらす桃に杏が答えるが、
(それだけじゃないと思うなー……)
柚子は、内心でもう少し深く踏み込んだところまで推測を巡らせていた。
なぜジュンイチが華ではなく杏を温存したのか、それは――
(ノーコンの桃ちゃんを目立たせた方が、カモフラージュとしての効果が高いと思ったんだろーなー……)
こちらの対外試合の記録を調べるなら、聖グロとの練習試合で至近から外すという大失態をやらかした桃のノーコンはインパクト絶大だろう。
元々最初からそこそこ当てていた華の腕前を隠すよりも、桃のノーコンを隠れ蓑に、遅れて頭角を現してきた杏を隠した方が、隠し玉としての効果が期待できると判断したのだろう。
そんなことを考えていた柚子だが、黒森峰の戦車の何台かがこちらへと砲を向け始めたのに気づいた。
「会長!」
「さすがにこれ以上は欲張りすぎるかね〜。
んじゃ、撤収てっしゅ〜」
柚子の呼びかけの意味は杏もすぐに気づいた。彼女の指示で、ヘッツァーは急いで反転し、その場から逃げ出した。
◇
「ずいぶんとあっさりと高所の確保をあきらめたわね……?」
「あ、カチューシャもそう思う?
あれだけいろいろ備えてたんなら、まだ陣地構築を狙えたと思うんだけどねぇ」
観客席でも、大洗の動きについて意見が交わされていた。首をかしげるカチューシャにケイが同意すると、
「……なるほど。そういうこと……」
「エクレールさんも気づいた?」
一方で、何かに気づいた者もいた。つぶやくエクレールに、ダージリンが声をかける。
「たぶん、みほさん達は本気で207地点を取るつもりはなかったのよ。
せいぜい、黒森峰が来る前に確保できれば利用しよう、くらいで……」
「何でよ?
ただでさえ戦力的には不利なのに、それを補える高低差をほーきするなんて」
「その代わり、戦力で圧倒的に優る黒森峰と、真っ向から殴り合うハメになりますよね?」
ダージリンに聞き返すカチューシャに返すのはエクレールだ。
「いくら大洗が戦車を増強して、高所を確保したとしても、果たしてそれだけで黒森峰と互角に撃ち合えると思いますか?」
「そ、それは……」
「だとすると、大洗は仮に207地点の高地を取れても、そこで正面きってやり合うつもりはなかった……と見るべきか」
「少なくとも、長居するつもりはなかったのは確かね」
エクレールの問いに口ごもるカチューシャとは別に、アンチョビも気づいたようだ。答えて、ダージリンは告げた。
「おかげで今回の大洗の骨子が見えてきたわ。
たぶん、みほさん達は……」
「『黒森峰に付き合うつもりはない』……でしょう?」
そうダージリンに告げたのは――
「あら、ジーナさん」
「ライカに鈴香……ファイちゃんも」
「オレらは無視か……」
「まぁまぁ」
ブレイカーズの面々や彼らの介添えを受ける明だ――ダージリンやケイのリアクションに凹む鷲悟を崇徳がなだめながら、ダージリン達のもとへとやってくる。
「『付き合わない』……? 黒森峰にですか?」
「はい」
だが、今はジーナの発言の方が気になった。聞き返すオレンジペコに、ジーナがうなずいた。
「どういうことよ?
相手しなきゃ戦えないでしょ?」
「『真っ向から』って意味よ」
言葉を額面通りに受け取ったカチューシャに答えるのはライカだ。そして明が引継ぎ、説明を続ける。
「戦車の数は倍以上。しかも相手は中・重戦車主体の重量級編成。大洗の火力では、たとえ高低差の有利を得たとしても、とてもこの不利を補うには足りません。
みほさんも柾木くんも、真っ向から黒森峰と撃ち合う状況には可能な限り持っていかないように立ち回るつもりなんですよ」
「つまり、さっきアンチョビやダージリンが言っていたみたいに、仮に207地点に陣地を構築しても、そこに長々と居座るつもりはなかったってこと?」
「そういうこと」
聞き返すケイに再びライカがうなずいた。その場の一同を見回し、
「ジュンイチは言うに及ばず、みほもあぁいう力押しをいなすのが得意だからねぇ。真っ向からバカスカ殴り合うより、相手の勢いを受け流して振り回す方がよっぽど戦いやすいのよ。
その辺は、アンタ達も身をもって経験してることだと思うけど?」
ライカの言う通り、大洗と戦った面々はすでに経験済み――ダージリン達が一様に苦笑すると、
「もちろん、それだけじゃありませんよ」
付け加えたのは鈴香だった。
「黒森峰をかき回し、戦場を一箇所に留めず走り回る――そうすることで、黒森峰の……というか、あの編成が抱えるもうひとつの弱点が露呈することになります」
◇
〈すみません、逃げられました!〉
「何やってるの!」
横からちょっかいを出してきていたヘッツァーに対し、パンターを三輌ほど差し向けたが、どうやら取り逃がしたようだ。報告に対し、エリカは苛立ちもあらわに声を上げた。
「ポルシェティーガーは!?」
煙幕の収まってきた外へと顔を出し、周囲を見回す――どうやらあのまま森に逃げ込んだようだが、大洗の本隊がこの場を離れ、戦場がこの場から移りつつある状況で森の中に留まり続けるとは考えづらい。
となれば――
「まぁ、いいわ。
ちょうどいいから、あなた達はそのままポルシェティーガーを追いなさい!
私達は大洗本隊を追うわよ! ついてきなさい!」
すぐに判断、指示を下す――そして、エリカは自分達のティーガーUで、先行して大洗本隊を、みほ達を追いかける。
森を抜けると、みほ達はまだそれほど離れてはいなかった。今ならまだ、主砲で狙うことも不可能ではない。
「逃がすものですか……っ!
目標! 1時方向、敵フラッグ車!」
大洗のフラッグ車――みほ達のW号を見つけるのは簡単だった。
何しろ殿として後方を警戒しながら、隊列の一番後ろ、自分達に最も近い位置を走っているのだから。
(戦力不足の大洗で、総合力トップの戦闘力……だからこの大一番でフラッグ車を担った。
けど、一番強いから殿まで務めなきゃならない。私達相手にそれが務まる子が自分達しかいないから。
まったく、戦力さえ十分足りていれば、そんなリスクも負わなくて済んだのにね!)
「この一発で終わらせてやるのよ!
砲撃準備!」
「完了してます!」
「照準よし! こっちもいけます!」
エリカの指示には装填手、砲手からそれぞれに答えが返ってくる。
後は、エリカの号令で砲手が引き金を引くだけ。たったそれだけのことで、みほ達はフラッグ車であるW号のエンジンを撃ち抜かれ、敗北することになる。
(これで、大洗は敗退、学校の廃校が決定する……
……そうしたら……)
これで終わらせる――勝利を確信し、エリカが勝った後のことに一瞬だけ想いを馳せる。
そして――
その一瞬が明暗を分けた。
「――――っ!?」
突然、ティーガーUの車体が揺れた――突然左に転進、いや、旋回を始め、道からも外れて路肩に突っ込んでしまった。
「ちょっ!? 何やってるのよ!?」
「左駆動系に異常!」
当然、照準もW号から外れ、仕留め損なってしまった――声を上げるエリカに、操縦手が答える。
「故障です! 操縦不能!」
「――――っ!
しまった……っ!」
その報告に、エリカは気づいた。
「やられた……っ!
大洗が追いかけっこを選んだのは、これを狙ってのことか……っ!」
◇
「そうか――みほさん達の狙いは!」
「足回りか!」
「さすが、走り回ってナンボのマジノとアンツィオは理解が早いわね」
その頃、観客席でも答えが出ていた。声を上げるエクレールとアンチョビに、ライカが満足げにうなずいて、
「…………?
どういうことっスか?」
「うん。アンタはそーくるわよね。うん、わかってた」
一方、“走り回ってナンボのアンツィオ”なのにわかっていない人も。首をかしげるペパロニに、ライカはため息まじりにツッコミを入れた。
「あのね、ペパロニ。
重戦車が軽・中戦車とまともに追いかけっこなんてしたら、足回りどうなると思ってんのよ?」
「ンなのわかるワケないっスよ。
ウチ重戦車持ってないんスから」
「ぅおぉいっ!?
P40入れただろ今年ぃっ!」
ダメだこりゃ――ライカに返すペパロニにアンチョビがツッコむ光景に、他校の一同は行く行くはペパロニが一翼を担うであろうアンツィオの未来に思わず同情。
「あのねぇ……
中・軽戦車相手に同じ土俵で追いかけっこなんかしたら、重たい分負担のかかる重戦車の足回りの方が先にイカれちゃうでしょうが」
「あぁっ! なるほどっ!」
「プラウダが勝ち上がることを見越して重戦車中心の編成を準備していたみたいだけど、逆に裏目に出たようね……
……いえ、それを予測していた西住さんか柾木くんのどちらかが逆手に取った、と見るべきかしら」
ようやく納得したペパロニが声を上げる一方で、ダージリンはそう告げて紅茶を一口。
「こうまで走り回らされては、黒森峰からすればたまったものじゃないわね。
足回りの問題だけじゃない。燃料切れを起こす車輌が出てくる可能性だって……」
◇
「…………来た!」
一方、無事脱落もなく黒森峰から逃げおおせたみほ達は、十分に引き離した上で川の前でその足を止めていた。
と言っても、別に背水の陣を気取ったワケではない。渡河する前に、“彼女達”の合流を待っていたからだ――自動車部、レオポンさんチームのポルシェティーガーが川沿いにやってきたのを見つけたみほが声を上げる。
「お待たせしました!」
「追撃はありませんでしたか!?」
「パンターが三輌ほど。
柾木くんが来て、足止めしてくれました!」
「絶対、足止めどころか撃破するつもりだな、あの男の場合」
みほとナカジマのやり取りにツッコむのは麻子だ――否定する要素がなさすぎて、沙織は思わず苦笑する。
「まぁ、柾木殿のことだから心配はいらないとして……私達はこれからどうするんですか?」
「川を渡った後は市街地フィールドへと向かいます。
レオポンさんは上流へ。アヒルさん、アリクイさんチームは下流側に並んでください」
「なるほど、軽い戦車が流されないようにするんですね?」
優花里に返すみほの答えに、華が納得する――そう、追いつかれるリスクを抱えてまでレオポンを待っていたのはこのため。重量のあるレオポンのポルシェティーガーで川の流れを受け止め、軽量の戦車が流されるのを防ぐためだったのだ。
みほの指示通り、ポルシェティーガーが上流側に、八九式やアリクイさんチーム――ゲーマートリオの三式が下流側に移動。一斉に川に入って進み始める。
黒森峰はまだ現れない。この分なら、渡河中に攻撃を受けることは――
「…………あれ?」
しかし、天はそうそういつまでもみほ達の好きにはさせてくれなかった。
足を止めたのはウサギさんチームのM3。川の中ほどまで来たところでのことだった。
「え……?」
静まり返った車内で、操縦手の桂利奈が青ざめる――そう、“静まり返った”車内で。
エンジンが動いていない。エンストしてしまったのだ。
あわててイグニッションスイッチを引く――駄目だ。何度やってもエンジンがかからない。
「ぜんぜんエンジンがかからないよ〜っ!」
「このままじゃ、黒森峰が追いついてきちゃう……っ!」
桂利奈の悲鳴に、優季が後方を気にしてうめく――その様子に、梓はすぐに決断した。
となりのあやとアイコンタクト。同じ結論に達したあやがうなずいたのを受け、W号へ、みほへと通信する。
「隊長! 私達にかまわず行ってください!」
「私達も後から追いかけます!
それがムリでも、“抜刀”すれば足止めくらい!」
梓の進言にあやが続く――しかし、現実はどこまでも意地悪だった。川底のぬかるみと自身の重量で、M3の車体が傾き始める。
「このままじゃ横転しちゃうよ!?」
「“抜刀”したとしても、横転して水没すればM3が失格になって澤さん達もリタイアだ。
それに……」
沙織の声に返す麻子だったが、その先はさすがの麻子も言い淀んだ。
なぜなら、M3が水没するということは、単にウサギさんチームが失格になるだけではすまないから。
戦車を空にできない戦車道のルール上、“抜刀”したとしてもどうしても誰か、最低でもひとり、戦車に残らなければならない。
順当にいけば、その場合残ることになるのは操縦手である桂利奈だろう。もしM3が水没してしまえば、彼女も一緒に――
◇
「……くそっ!」
苦無手榴弾を投げつけるが、相手も巧みに車体を旋回させ、苦無が装甲に刺さるのを避けてくる。
受け流された攻撃が、相手の周囲で爆発を起こす――パンター三輌を相手に、思いの外手こずりながら、ジュンイチは思わず悪態をついた。
プラウダもそうだったが、こちらの動きをよく研究している。小回りで圧倒的に劣るハンデを、細やかな操縦でこうまで補ってくるとは――
「一筋縄じゃいかないだろうとは思ってたけど、こうまで手こずらされるかよ……っ!」
加えて、ジュンイチもいつになく焦りを見せている。だが、それも無理はない。
ウサギさんチームの危機は、すでにジュンイチにも知らされている。一刻も早く駆けつけたいのだが、黒森峰のパンター隊の機銃掃射に阻まれてそうもいかない。
このままでは梓達の身が危ない。しかも問題はそれだけではなくて――
(決勝戦で、味方の戦車が川のド真ん中で水没の危機とか……)
(西住さんのトラウマの再現じゃねぇか!)
◇
「柾木くん、パンター隊と交戦継続中だって!」
「あの過保護バカが、この状況で駆けつけようとしないはずがない。
パンターを放り出して駆けつけたいが、あくまで自分達と戦うつもりだと考えるパンター隊が決死の抵抗……ってところか。
足止めに行った人間が逆に足止めされてどうするんだ、アイツは」
「仕方ないですよ。
柾木殿、優しいですから……こういう状況だと心配しすぎて判断力鈍っちゃうのが、あの人じゃないですか」
「どうしますか?
このままじゃ、ウサギさんチーム、黒森峰が来るまですらもたずに流されてしまうかも……」
W号の中でも、この危機を前に紛糾していた。ジュンイチと連絡をとった沙織の言葉に、麻子や優花里、華が次々に声を上げる。
そんな中、みほはじっとうつむき、唇をかみしめていた。
このままここに留まっていては、黒森峰に追いつかれて王手をかけられてしまう。試合に勝つことを考えるなら、ウサギさんチームを残して先を急ぐのが最善の判断だろう。
だが、それは去年のあの事件での自分の行動の全否定も同然だ。あの時、自分はチームの勝利を二の次にしてでも水没した戦車に乗っていたエリカ達を救出した。
その結果辛い思いをすることにもなったが、大洗に転校してからすべてが変わった。
復活した戦車道に巻き込まれる中で、自分なりに戦車道と向き合うことができた。
出会いにも恵まれた。新しい友達、新しいライバル。そして――大好きな人。
そのどれもが、あのまま黒森峰にいては手に入れられなかったであろうものだ。
今なら胸を張って言える――正しかったかどうかじゃない。あの日の出来事は、今の自分達にとって決して欠くことのできないパズルの一ピースだったのだと。あの出来事があったからこそ、今の自分があるのだと。
なのに、ここであの出来事に背を向けるような決断をしていいのか。
しかし、だからと言ってこのままここに留まっていたら、黒森峰に追いつかれてしまう。そうなれば――
でも、ウサギさんチームを見捨てるワケにも――
(……どうすれば……私は、どうしたら……!?)
相反する選択肢を前に、みほの思考は堂々巡りに陥って――
〈助けろ!〉
無線越しに、そうみほの背中を押したのは――
「柾木くん!?」
◇
「『ジョジョの奇妙な冒険』にこんなセリフがある。
『「任務は遂行する」「部下も守る」、“両方”やらなくちゃあならないってのが“幹部”のつらいところだな』」
ようやくパンターの一輌、その駆動輪に苦無手榴弾を命中させることに成功。足回りを破壊して擱坐させると、ジュンイチはみほに向けて続ける。
「そしてそのセリフはこう結ぶ。
『覚悟はいいか? オレはできてる』」
◇
「――っ」
ジュンイチのその言葉に、みほはハッと顔を上げた。
彼の引用したセリフにはこうあった。『“両方”やらなくちゃ』と。
『覚悟はいいか? オレはできてる』と――自分はみほの判断に委ねると、腹を括ったと伝えてきた。
すなわち――
「……柾木くんの言う通りだよ、みぽりん」
そんなみほに、沙織もまた告げた。
「行ってあげなよ。
こっちは、私達が見ておくから」
「沙織さん……」
「『試合に勝つ』『ウサギさんチームも守る』。
“両方”やらなくちゃならないのが、“隊長”のつらいところ――だよね!」
みほに対し、ジュンイチの引用したセリフを今の自分達にあてはめて言い直すと、沙織はニッコリと微笑んでみせる。
ジュンイチも、沙織も、迷っている自分の背中を押してくれている。
あの日のみほの判断は間違ってなんかいない。だから今回もそうするべきだと、尻込みする自分の手を引いてくれる。
だから――
「ううん、沙織さん。
一ヶ所、当てはめ方間違えてるよ」
「え? どこ?」
「『試合に勝つ』『ウサギさんチームも守る』。
“両方”やらなくちゃならないのが――“私達”の辛いところ、だよ」
自分も、それに応えなければ。
「優花里さん!
ワイヤーにロープを!」
「――はいっ!」
◇
「やれやれ、これであっちは大丈夫か」
通信の向こうのみほは完全に決意を固めたようだ。力のこもったみほの声に、ジュンイチは安堵の息をつく――二輌のパンターからぶちまけられるペイント弾の雨アラレを平然とかわし続けながら。
「ホント、世話のかかる隊長さんだよね――っと!」
一際大きくジャンプし、パンターから距離を取り、両手を腕組みするように懐へと突っ込む。
(合理と感情の板ばさみでフリーズしてたら世話ねぇや。
“合理”の部分はオレの担当だろうがよ)
自分がリアリストならみほはロマンチスト。そんな話をしたのはいつだったっけ。あ、聖グロとの合同合宿の時か――などと思い出す。
「チームメイトは大切。けど学校のみんなも守りたい……優しすぎだろ、アイツ」
(ま……その優しさに心を動かされた自分が言うのもアレだけどさ)
自分のことを棚に上げて、我ながらズルいなぁと苦笑するジュンイチに向けて、パンター二輌がペイント弾を掃射して――
「んじゃ、心配のタネもなくなったところで」
閃光が走り――ジュンイチの目の前に“壁”が生まれた。
三角形にくり抜かれた地面がはね起きて、ジュンイチを守る盾となったのだ。
走行するパンターの車内で、何が起きたのかと乗員一同が驚く中、ペイントまみれとなった“壁”の周囲に再度光が走り――
「正直言うとさ、もーちょっと先まで省エネ運転で体力温存したかったんだけど……ちょっと早めのマジモード解禁だ」
役目を終えた“壁”を、両手に握るククリナイフで解体したジュンイチがその姿を現した。
「一分だ。
残り二輌、一輌あたり一分以内――お前らまとめて秒殺したらぁっ!」
◇
「……よっ、と」
手で持っていくよりはこちらの方が助走のジャマにならない――外に出ると、みほは用意したロープを手際よく腰に結びつける。
目指すM3は四輌向こう。つまりその間の三輌を飛び移っていくことになる。
「……前進するより、仲間を助けることを選ぶ。
やはりこうでなくてはな」
「みほさんはやっぱり、みほさんです」
そんなみほに不在の間を任されたW号の車内に残った四人――麻子に返す華の言葉に、優花里は笑顔でうなずいた。
「だからみんな、西住殿についていけるんです。
だから……私達はここまで来れたんです!」
「うん……そうだね」
優花里の言葉に沙織も同意して――
「わたくし……この試合、勝ちたい理由がひとつ増えました」
華が、ポツリとつぶやくようにそう告げた。
「学校を……大洗を守るためだけじゃない。
みほさんのしてきたことは間違ってなかったと、証明するために……
そのためにも、この試合、絶対に勝ちたいです!」
「そもそも負けるつもりはない」
「その通りです!」
「もちろんだよ!」
◇
「早く! 早くしないと黒森峰が!」
「ローズヒップさん、少し落ち着いて……」
「そーゆーオレンジペコ様だってさっきからハラハラしっぱなしじゃありませんの!?」
「そっ、それは……」
「あらあら、ウチの一年生は、すっかり大洗の味方ね」
黒森峰とも親交があるのに……と内心で苦笑しながら、ダージリンは自分の後継者候補達が大洗を応援する姿に軽く肩をすくめる。
「ミホーシャったら、ぜんぜん変わらないわね! 素敵な優しさだわ!」
「去年その『素敵な優しさ』につけ込んで優勝かっさらっていったのはどこの誰だったかしら?」
「うっ、うるさいわね!」
去年のみほの行動も直接目の当たりにしているカチューシャも、この光景には絶賛の嵐だ――が、ケイに痛いところをツッコまれ、ノンナに肩車されたまま顔を真っ赤にして言い返す。
「よく決断したわね、あの子。
去年、同じことして周りからつるし上げられて、それで大洗に転校したんでしょ?」
「あぁ……そうらしいな」
映像の中のみほ達を見守りながら尋ねるライカに、アンチョビがうなずく――そんなやり取りを耳にしながら、エクレールは自分の手にしているそれへと、胃薬へと視線を落とした。
「きっと、わたくしなんかよりもずっと大変な思いをしたんでしょうね……」
「それでも、彼女は自分の信じた道を曲げなかった。
……ううん、きっと違う」
エクレールに同意し、明は映像へと視線を戻した。
「大洗で、みほさんは自分のやり方を認めてくれる人達に恵まれた。
大洗に転校したからこそ、みほさんは自分の戦車道を見失わずにいられた……」
「“みんなで勝つ”、みほさんの戦車道を……」
◇
「――っ、と」
テンポよく戦車の上を跳び移り、みほは無事にM3の上へと降り立った。
「みほさん!」
『隊長〜っ!』
M3の車上には梓達ウサギさんチームが、操縦手の桂利奈を車内に残して出てきていた。自分達のもとへとやってきてくれたみほを歓喜の涙と共に出迎える。
そして――
「どう、ですか……?」
「うん、大丈夫。
エンジンに異常なし。正真正銘、ただのエンストだねー」
みほに先駆けてM3のもとへと駆けつけ、エンジンを見ていたのはレオポンさんチームのナカジマだ。尋ねるみほに答えてエンジンのカバーを閉じる。
「このワイヤーでM3で引っ張ります。
手繰り寄せるのを手伝ってください」
『はいっ!』
みほの指示で、梓達とナカジマが協力してロープを、その先のワイヤーを手繰り寄せていく。
「6時の方向より敵集団が接近中!
距離2500! 間もなく攻撃が始まります!」
「みんな! みぽりん達を援護して!」
一方、黒森峰の追撃は優花里が捕捉していた。報せを受けた沙織の指示で、大洗の全車が砲塔を後方に向けて砲撃を開始する。
――いや、『全車』ではない。
「今ほど思ったことはない。
回転砲塔がうらやましいと!」
「口より手を動かせ!」
砲塔を後ろに向けられないV突は攻撃には不参加だ。愚痴るエルヴィンをカエサルが叱り、左衛門佐と共にみほ達の手伝いに加わっている。
と――
〈こちらカメさ〜ん〉
連絡してきたのは、黒森峰から逃れたきり別行動だったカメさんチームの杏だ。
〈“アレ”やっちゃう〜?〉
「はい!
“おちょくり作戦”、開始してください!」
〈りょ〜か〜いっ!〉
◇
「んじゃ、おちょくり開始〜っ!」
カメさんチームのヘッツァーは、黒森峰の戦車隊の後方から、こっそりとその後をつけてきていた。それが、みほのGOサインを受けた杏の号令で発進。隠れていた茂みの中から飛び出して黒森峰の戦車隊のもとへと向かう。
最初の獲物は――
「はぁ……やっと追いついた……って!?」
先の奇襲で杏達に履帯を破壊され、修理を終えてようやく追いついてきたヤークトパンターだ――が、後ろから迫ってくる杏達のヘッツァーに気づき、車長がその顔を引きつらせた。
「またあんなところに!
七時方向! 例のヘッツァーよ!」
あわてて指示を出す――が、手遅れだ。桃と違って正確な杏の砲撃で、再び左の履帯を破壊されてしまう。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!? 直したばっかりなのにーっ!
こんのぉっ! ウチの履帯は重いんだぞーっ!」
車長が絶叫し、追い抜いていくヘッツァーに文句を言うのも無理はない。何しろ重戦車ぞろいの黒森峰の戦車の履帯は比喩でも何でもなく本当に重いのだから。
例を挙げれば戦闘重量57tのティーガーTの履帯が“一枚”30kg。片側の総重量で3tというシロモノだ。若干軽い45tのヤークトパンターでも少しはマシといった程度だ。
それを一度破壊され、苦労して直してきたものをまたすぐに破壊されたのだ。これをまた直さなければならないとなれば、文句のひとつも言いたくなるだろう。
「とっつげ〜きっ!」
だが、当然ながらそんな苦情に付き合う理由はない。杏の号令で、ヘッツァーは黒森峰の戦車隊の中へと突っ込んでいく。
そう――高校戦車道最強の呼び声も高い黒森峰の戦車隊の中へ、たった一輌で。
「こんなすごい戦車の中に突っ込むなんて、生きた心地がしない……っ!」
「今さらながら無謀な作戦だ……っ!」
当然、柚子や桃は不安でしょうがない様子だが、
「あえて突っ込んだ方が安全なんだってさー」
「それ、誰の受け売りですか……?」
「ジュンイっちゃん」
あっさり答える杏に柚子は納得する。というか――
「それ、信頼に会長の恋心補正入ってません?」
「こ、恋っ!?」
「まー、否定はしないけどねー」
ツッコミにあわてたのはむしろ桃の方。当の杏は笑いながらもあっさり認めて――
「でも、言ってたのはあのジュンイっちゃんだからねー。
ちゃんと根拠があってのことだと思うよ?」
「信じますからねーっ!」
杏に返し、柚子は半ばヤケクソ気味にヘッツァーを黒森峰の中へと突っ込ませる――その効果は、そしてジュンイチが『大丈夫』と言い切った理由はすぐに表れた。
「ぅわぁっ!?
11号車! 15号車! 脇にヘッツァーがいるぞ!」
自分達の隊列の中に紛れ込んだヘッツァーに気づき、車長のひとりが声を上げる。当然、間に入られた二輌の戦車がヘッツァーへと砲を向け――ようとするが、
「――――っ!
くそっ、同士討ちになるから撃てない……っ!」
――と、そういうことである。
ヘッツァーがいるのは敵陣のド真ん中。黒森峰側からすれば、ヘッツァーの向こう側には味方がいる構図だ。
おまけに相手は小回りがきく。ヘタに撃ってかわされてしまったりすれば、その砲弾はその先の味方を直撃することになる。
フレンドリィ・ファイアのリスクを、堅実な黒森峰はそう簡単には犯せない――ジュンイチが杏に『突っ込んだ方が却って安全』と語った理由はそこにあった。
「こちら17号車! 自分がやります!」
だが、比較的ヘッツァーから離れたところに布陣していた者なら狙い撃ちも不可能ではない。W号をベースにした駆逐戦車、W号/70ラングがヘッツァーへと向き直るが、
「――っ! ダメ!」
「おやおやー? いいのかなー?」
気づいたエリカの制止の声と、ニヤリと笑う杏のつぶやきはほぼ同時だった。
『その位置は――』
「西住ちゃん達の間合いの中だよ?」
「大洗本隊から撃たれる!」
そう。それは、自分達が“大洗本隊に向けて距離を詰めていた”ことを失念していたラングの車長の失策――ポルシェティーガーから狙い撃たれ、ラングはエンジンを撃ち抜かれて沈黙した。
「申し訳ありませーんっ!」
「私がやりますっ!」
「待て!
向こうの本隊からの砲撃、また来るぞ!」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
ヘッツァーに引っかき回され、さらには大洗の本隊からも砲撃の雨アラレ――陣形をメチャクチャに崩され、黒森峰側はまさに絵に描いたような大混乱である。
「――作業、完了です!」
そうこうしている間に、みほ達も作業を完了。M3を中心に、左右すべての戦車にワイヤーをつなぎ終えた。これで、渡河中の戦車総出でM3を引っ張るのだ。
「みなさん、お願いします!」
ワイヤーのセッティングを行っていた面々がそれぞれの戦車に戻り、みほの号令で渡河再開。全車でM3を牽引しながら進み始める。
「カメさん、もう大丈夫です!」
「りょ〜か〜い。
そんじゃ、また後でね〜」
みほからの報告に杏が返答。本隊が進軍を再開した今長居は無用と、黒森峰が立ち直る前にそそくさと退散する。
「動け〜っ!」
一方、M3の車内では桂利奈が懸命のエンジンの再始動を試みていた。イグニッションスイッチを何度も引っ張ることしばし――
「――かかった!」
願いは届いた。低い、うなるような音と共に小刻みな振動が走る――やがて足回りも力を取り戻し、M3が自らの力で動き始める。
「――っ!
みんな! ウサギさんチーム動き出したよ!」
「っ、よかったぁ!」
そしてその報せはすぐにあんこうチームのもとへと届けられた。報告する沙織の言葉に、優花里が歓喜の声を上げる。
「全車、ウサギさんチームと歩調を合わせて進軍してください!」
全体通信で指示を出しながら、みほは後方の、黒森峰の様子を伺う。
もう混乱から立ち直り、隊列を立て直している。さすがは黒森峰というべきところだが、あの分ならこちらの渡河完了の方が早い。
そんなみほの目算の通り、黒森峰の態勢が整う前に大洗チームは無事に川を渡りきった。手早くM3を牽引していたワイヤーを取り外し、発進――間一髪、その直後に黒森峰が一斉砲撃。数秒前までみほ達のいた場所に砲弾が降り注いだ。
「チッ、逃がした……っ!」
大洗チームが対岸の茂みの向こうへと消えていったのを双眼鏡で確認すると、エリカは地図を取り出した。
「大洗の連中、どこに行くつもり……?」
みほ達の走り去った方向にあるのは――
「……市街地ステージ……
市街戦に持ち込むつもり!?」
◇
「お待たせ〜」
再び黒森峰の手から逃れ、大洗チームは森の中の道を進んでいた――そんなみほ達のもとへ、カメさんチームがようやく合流。
これで別行動なのはジュンイチだけとなるが――
「ジュンイっちゃんは〜?」
「もう市街地へ向かってもらっています。
ただ、私達の方が元々の位置が近かったので、到着は私達の方が先になると思います」
尋ねる杏にみほが答えると、行く手に石造りの橋が見えてきた。市街地ステージはこの橋を渡り、さらに森を抜けた先になる。
「この橋を渡ります。
後に続いてください」
「かしこまり〜」
みほの指示に杏が返し、W号の後にヘッツァーが続き、他の戦車も続々とその後に続く。
最後に橋に入ったのはポルシェティーガーだ――が、何を思ったのか、橋の真ん中で突如停車してしまった。
「レオポンさん!?」
「だいじょーぶ! 見てて!」
まさかまた、ウサギさんチームのようなマシントラブルか――あわてるみほだったが、ナカジマはあっさりとそう答えた。
「ツチヤ!」
「OK!
ここが腕の見せ所!」
ナカジマに答えるのは操縦手のツチヤだ。ブレーキをかけたままアクセルを踏み込んで――
「いっ、けぇっ!」
モーター音が最高潮に達したところで急発進。車で言うところの坂道発進の要領で瞬間的に大きな力を加えられた橋は、ポルシェティーガーが走り去った後で音を立てて崩落してしまった。
「ぅわぁ……」
そのまま、一気に加速したポルシェティーガーは大洗の仲間達まで追い抜いていく――まさかこんな方法で橋を落とすとは思っていなかった。これにはみほも目を丸くするが、それでもまったく代償なしというワケにはいかなかった。
今の急加速の負荷が祟ったのか、ポルシェティーガーの動力部から煙が上がり始めたのだ。
「レオポンがぐずり出したぞ!」
「ちょっとなだめてくるね」
しかしそこは大洗が誇る自動車部。ちょっとやそっとのトラブルでは動じなかった。煙に気づいた砲手のホシノに答えると、ナカジマはそそくさと外に出た。
そして、ポルシェティーガーの動力部へと向かうと――
「えぇっ!?」
結果、追いついてきたW号の車内で、みほはまたもや目を丸くすることになった。
「ハイハイ、大丈夫でちゅよー」
まるで赤子をあやすかのように言葉をかけながら、ナカジマが故障箇所を修理し始めたのだ。
走り続けているポルシェティーガーの動力周辺を、である。
「壊れたところ、走りながら直してる……」
「さすが自動車部です!」
「良い子はマネしちゃ駄目だからねー……いや、悪い子ならOKってワケでもないけどさ」
みほのつぶやきに優花里が感嘆の声を上げるが、ナカジマがやっているのはエンジン部なら指を巻き込まれかねないし、モーター部なら感電するかもしれないという危険な行為だ。自動車部の変態的(※褒め言葉)技術があって初めて可能となるその光景に、沙織が誰にともなくツッコミを入れる。
「とにかく、これで追撃を妨害できましたね!」
「でも、すぐ下流に別の橋がある。
稼げた時間は、そう多くは……」
華が歓声を上げるが、みほは楽観視はできないと眉をひそめて――
「大丈夫だよ」
そこに声をかけてきたのは杏だった。
「たぶん、西住ちゃんの目算からプラス10分くらいは足止めできるから」
◇
「橋が!?」
先行させていた偵察からその報せを受け、エリカは思わず声を上げた。
「わかったわ!
橋は迂回して追う! ついてきなさい!」
だが、橋が落とされた以上はどうしようもない。今は少しでも早く大洗に追いつくことを考えなければ――エリカの指揮の下、黒森峰本隊は件の橋から一本下流の橋へ向かうよう指示する。
「戦ってるよりも逃げてる時間の方が長いんじゃないの……?」
今のところ完全に大洗側に翻弄されている流れだ。苛立ちもあらわにエリカが毒づくと、やがて目指す橋が見えてきて――
「ここも!?」
渡ろうと思っていた橋は、真ん中で爆破され、寸断されていた。
◇
「通りすがりに、一本下流の橋、爆破しといたから♪」
「さすが会長! えげつない!」
「柾木先輩のお義姉ちゃんは伊達じゃないっ!」
「年の功ってヤツですか〜?」
「ハッハッハッ、言いたい放題言ってくれるねコノヤロウ」
仕掛けを明かしたらウサギさんチームから微妙な賛辞が返ってきた。あや、桂利奈、優季の上げた声に、杏は「そっちこそジュンイっちゃんの影響受けてるじゃないか」とツッコみ返す。
ともあれこれで時間は稼げた。森を抜けた大洗戦車隊は舗装された道路に出て、一気に市街地ステージを目指す。
「これで市街地戦に持ち込める……え?」
しかし、W号から顔を出したみほがそれを見つけた。
市街地の入り口に広がる団地エリア――マンションの影に黒森峰の戦車がいる。すでに別働隊を差し向けられていたということか。
数は一。車種は――
「V号だよ!
Hかな? Gかな?……って、一目で戦車の種類がわかるようになっちゃった私ってどうなの……?」
「ぜんぜん見分けがつかなかった最初の頃からは大きな進歩ですよ、武部殿!」
「そりゃ、ゆかりんにとっては仲間が増えてバンザイ案件だろうけどさー、もーっ!」
「V号なら突破できます!
後続が来る前に撃破します!」
<<はいっ!>>
沙織と優花里のやり取りをよそに、みほは一同に指示。逃げ出したV号を追う。
さすがに単騎では分が悪いと判断したか、V号は団地の中をぬうように逃げていく。対し、みほ達も早急に撃破しようと砲撃を繰り返すが、巧みにかわして団地のさらに奥へと向かっていく。
角を曲がり、姿を消したその後を追い、みほ達も同じ角を曲がって――
「え…………?」
唐突にV号が動きを止めた。行く手の十字路の向こう側で停車する。
「よぅし!」
「待ってください!」
一気に叩きつぶしてやると意気込むそど子だったが、前に出ようとした彼女達をみほが止めた。
「どうして、あんなところで停車を……!?」
あんなところで足を止めていれば、追いついてきたこちらからの砲撃であっという間に撃破されてしまうだろう。
それに、砲をこちらに向けようともしていない。戦う意思そのものが、あのV号からは見られない。
まるで――
(もう、自分達の役目は終わった、みたいな……まさか!?)
ここに至り、ワナの可能性がみほの頭をよぎる――が、どんなワナがあるというのか。
黒森峰の本隊ははるか後方に置き去りだ。先回りしている戦車はそう多くはないはず。
そんな状態でこちらを撃退できるワナが用意できるとは思えない。それこそジュンイチ級のトンデモ技でも持ってこない限りは――
しかし、その答えはすぐに出た。
それは、V号のすぐ手前の角から現れた。
地響きと共に、V号と大洗チームとの間を横切るように、巨大な鋼鉄でできた“何か”が姿を現したのだ。
「壁……? 門……?」
いったいこれは何なのかと、そど子が首をかしげながら“何か”の出てくる方へと視線を向けて――
“何か”の上に乗る、これまた巨大な砲塔がそこにあった。
「戦車ァ!?」
そう、そど子が驚きの声を上げた通り、それは戦車だ。しかも――
「[号戦車、マウス……!?」
「すごい……マウスが動いてるの、初めて見ました……っ!」
ねこにゃーと優花里がうめくようにその名を口にする中、史上最大の超重戦車マウスは、ゆっくりと大洗チームに向けて転進を開始した。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第34話「だって、大好きなんだもの!」
(初版:2019/08/26)