「何アレ!?」
 オーロラビジョンに映し出された光景にあずさが声を上げたのも無理はない。
 何しろ、出てきた敵戦車のサイズが明らかにおかしいのだから――大洗の戦車がまるでミニカーのよう。1/144スケールのプラモデルが並ぶ中に1/60スケールのプラモデルを放り込んだかのような有様で、自分達の遠近感が狂わされたかのような錯覚すら覚える。
「戦車が乗っかりそうな戦車が出てきた……」
 むしろ戦車ではなく、それを搭載する母艦が出てきたと言われても納得できそうだ。思わずファイがつぶやくが、それ以上に深刻なのが、その正体や脅威を理解している戦車道経験者の面々だ。
「来ちゃった……」
「史上最大の超重戦車、マウス……!」
「いや、重戦車まではわかりますけど、『超』って……」
 うめくカチューシャやダージリンの言葉に返しながら、ジーナはオーロラビジョンへと視線を戻した。
「あんな巨大なものが……当時の技術で動かせたんですか……!?」
「レオポンのポルシェティーガーのハイブリッド駆動について話した時のこと、覚えてる?」
 うめくジーナに答えたのはライカだった。
「確かにポルシェティーガーはティーガーTとの開発競争に敗れはしたわ。
 でも、その技術的発想は決して負けてはいなかった……発想の転換によって、ハイブリッド駆動システムは日の目を見ることになった……」
「それって、まさか……」
「そういうことよ」
 ジーナに答え、ダージリンはうなずいた。
「当時の技術で、従来の重戦車にハイブリッド動力を組み込むには技術的な問題が生じる。
 だったら……」



「必要なものを全部積み込めるぐらいまで、戦車を大型化してしまえばいい」

 

 


 

第34話
「だって、大好きなんだもの!」

 


 

 

「たっ、退却してくださいっ!」
 突如現れた予想外の相手にたじろぐ大洗チームを前に、マウスがゆっくりと動き始める――あわてて指示を出すみほの様子に、マウスのことは知らずともそのあわてぶりからただ事ではないと察した一同が急いで後退を開始する。
 そんな大洗チームに向け、転進を完了したマウスが主砲の狙いをつけて――発射。放たれた砲弾は大洗チームの間を駆け抜け、背後のマンションの一室を木っ端みじんに爆砕する。
「や〜ら〜れ〜た〜っ!」
「やられてませんっ!」
「近くに着弾しただけですっ!」
 声を上げる杏に柚子と桃がツッコむ――だが、杏が声を上げたのも無理はない。すぐそばを砲弾が駆け抜けた、その衝撃だけでヘッツァーが簡単に宙に浮かされてしまったのだから。
「どっちにしてもすごいパワーだねぇ」
 もしあんなのが直撃したら……軽口とは裏腹に杏の頬を冷や汗が伝う。
「……っ、でっ、でっかいからっていい気にならないでよっ!」
 いつもひょうひょうとした杏ですら笑っていられないほどの一撃――気圧される一同の中、気丈に声を上げたのはそど子だ。B1bisの主砲をマウスに向け、
「こうしてやる!」
 B1bisを突っ込ませて、至近距離から砲撃を叩き込んで――



 一撃を受けて宙を舞ったのは、B1bisの方であった。



 そど子達の攻撃は、マウスにはまるで通じなかった。せいぜい表面の塗装をはいだくらい――逆に、砲塔を向けたマウスの一撃をくらい、“縦回転で”吹っ飛ばされた。上下ひっくり返って大地に叩きつけられ、B1bisから白旗が揚がる。
「カモさんチーム、大丈夫ですか!?」
「そど子無事です!」
「ゴモ代、元気です!」
「パゾ美、大丈夫で〜す!」
「みんな、ごめんね!」
 沙織の問いかけに返ってきたのはカモさんチーム各自からの無事の報告と、脱落を詫びるそど子からの謝罪――ケガはないようで安堵するみほだったが、状況は深刻だ。
 撃破したB1bisを尻目に、マウスがみほ達に向けて進撃を開始したのだ。放たれた砲撃は外したものの、至近に着弾した八九式が衝撃で大きく揺さぶられる。
 もちろんみほ達だって黙ってはいない。一斉砲撃でマウスに反撃――しかし、通じない。V突やポルシェティーガーを中心に据えての集中攻撃ですら、マウスに満足なダメージを与えられない。
「おのれ! カモさんチームの仇!」
「あの世で見ていてくれ! そど子先輩!」
「死んでないわよ!
 あと私は園みどり子!」
 咆哮する左衛門佐やカエサルにそど子からのお約束のツッコミ――しかし、カバさんチームの攻撃もやはり通じない。それどころか、マウスからの応射によって左の駆動系を粉砕されながら横転、横倒しになったV突からも白旗が揚がる。
「二輌撃破された……
 残り、六輌……っ!」
 思わずみほがうめいて――
「あ、あれっ!?」
 戸惑いの声が上がった。
「アリクイさんチーム、どうしましたか!?」
「ギア固っ! 入らない〜っ!」
 三式中戦車――ねこにゃー達アリクイさんチームだ。みほからの問いかけに、ねこにゃーのマイクが拾ったももがーの声が答える。
「ゲームだと簡単に入るのに……っ!」
 ねこにゃーのうめきに「ゲームと一緒にされても……」とツッコみたいところだが、
「西住殿!」
 優花里の悲鳴が、それどころではないと知らせてきた――見れば、マウスの主砲がゆっくりとこちらに向けられつつあるではないか。
(フラッグ車狙いで終わらせるつもり――!?)
 黒森峰の練度を考えれば、すでに次弾の装填は終わっていてもおかしくない。
 つまり、照準が合い次第いつでも撃てるということだ――最悪の結末がみほの脳裏をよぎる。
「うっ、動いtひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「ど、どこ行ってるの!?」
 アリクイさんチームのトラブルはまだ続いているようだが、こちらもそれどころではない。マウスの主砲がW号へと向けられて――



 放たれた砲弾が、三式中戦車をブッ飛ばしていた。



「………………え?」
 一瞬何が起きたかわからなかったが――みほは先ほど無線が拾っていたアリクイさんチームのあわてた様子を思い出した。
(ひょっとして、暴走した戦車が偶然……?)
 みほの察した通りだ。悪戦苦闘の末なんとかギアを入れることに成功したももがーであったが、シフトレバーを何とか入れようと両手で力いっぱい操作していた。
 当然、操縦桿はまったくの放置――結果、三式は手放し運転であらぬ方向に暴走。それがちょうど、盾になるようにW号とマウスの間に割り込む形になったのだ。
「アリクイさんチーム、大丈夫ですか!?」
〈だ、大丈夫……みんな無事。
 ごめんね、西住さん……大して活躍もしてないのに、ゲームオーバーになっちゃった〉
「みなさんが無事なことの方が大事です。
 後は任せてください」
 力になれなかったと謝るねこにゃーに答え、みほは意識を切り換えた。
 今は三式に助けられたが、たまたま運が良かっただけだ。マウスを何とかしない限り、この危機的状況は変わらない。
 まともにやり合わなかったとはいえ、ここまで一輌も失うことなく、それどころか黒森峰を翻弄し、数の不利を地形で補える市街戦にようやく持ち込めるというところまで来たのに、ここに来てマウスの登場とは想定外にも程がある。
 一気に三輌も蹴散らされ、未だに対抗策も見つからない――圧倒的不利な状況に、みほの頬を冷や汗が伝う。
(市街地戦に持ち込むには、マウスを何とかしないと……
 でも、どうしたら……!?)



    ◇



「さすがはマウス……」
「大洗女子は、ここが正念場ですね……」
 マウスの圧倒的な力は、オーロラビジョン越しでも十分に伝わってきた。観客席で試合を見守るアリサやオレンジペコがつぶやくと、
「正念場を乗り切るのは、勇猛さじゃないわ」
 そんな二人に、ダージリンはそう告げた。
「冷静な計算の上に成り立った、捨て身の精神よ」
「どんな戦車にだって、攻められたら弱いウィークポイントはある。
 マウスだってそうだ。そこを突ければ……っ!」
 ダージリンの言葉にアンチョビが同意して――
「盛り上がってるところを悪いんだけどさ」
 そう口をはさんできたのはライカだった。
「あの程度、『正念場』って言うにはまだまだだと思うんだけど」
「どういうことよ?」
「大洗と黒森峰の戦力差を考えれば、野戦での撃ち合いでは大洗に勝ち目はありません。
 大洗が勝利するには、市街地戦闘に持ち込んで黒森峰を分断することが必須条件となります」
「でも、その市街地にはマウスがいる……
 マウスを何とかしない限り、大洗は市街地には陣取れません」
「それに、こうしている間にも黒森峰の本隊が追いついてきてるのよ。
 仮にマウスをどうにかできたとしても、立て直す前に追いつかれたら……」
 カチューシャが聞き返したのを筆頭に、ノンナ、エクレール、ケイが続く――しかし、そんな一同にライカはため息をつき、
「戦車戦一辺倒だったアンタ達のことだから、『戦車でどうにかしなきゃ』って発想が真っ先に出るのは、まぁ仕方ないけれど……“アイツ”の存在、そろそろ思い出したらどうなの?」
「柾木のことか?」
「けど、パンター隊を相手に足止めされてたでしょ。
 片づけて駆けつけるにしても……」
 アンチョビやケイが首をかしげるが、ライカはオーロラビジョンのひとつ、マップに表示された各戦車の配置図を指さし、
「アレ見ても、同じこと言える?」
 ライカが指さしたのは、マウスの登場によって完全に忘れられていた、みほ達をおびき出したV号戦車の――



 “撃破済み”を示す、グレーのマーカーであった。



    ◇



 マンションの間を抜け、大きな十字路に差しかかる――顔を出したとたん、マウスの正面に大洗からの集中砲火が浴びせかけられた。
 が――やはり通じない。爆煙の中から、ほとんどダメージを受けていないマウスがゆっくりと姿を現す。
「こっち狙ってる!」
「身を隠せ!」
 マウスの主砲が自分達の方へと向けられ、典子や桃が声を上げた。盾にしていた物置や駐輪場の陰に身を隠すが、マウスの主砲の一撃はカメさんチームのヘッツァーが隠れた物置を一発で粉砕。さらにヘッツァーをかすめた砲弾はヘッツァーの背後のアパートすらも撃ち抜いてみせた。
「せっ、戦術的てった〜いっ!」
 これは駄目だ。幸い直撃しなかったが、盾にしたつもりの遮蔽物が盾としてまったくあてにならない。桃の悲鳴と共に、行動を共にしていたカメさん、アヒルさん、ウサギさんの三チームがアパート区画に逃走。マウスもマンション区画を出てその後を追う。
 その先で、あんこう、レオポンと合流。再び残存する五輌の全火力をもって総攻撃――やはり甲高い音と共に砲弾を弾かれて終わりだ。
「何をやっている! さっさと叩きつぶせ!
 図体ばかりでかいウスノロだぞ!」
 桃が叱咤するが、再度の一斉射もやはり弾かれて通じない。
「砲身を狙ってください!」
 みほもせめて攻撃手段を奪えればと指示を出すが、細長い砲身を狙うとなると腕を上げてきたと言っても戦車道歴半年にも満たない大洗の砲手達ではかなり難しい。
 華の精密射撃なら可能性はあるだろうが、それもこちらの砲撃によって巻き起こる爆煙によって困難な状況だ。
 かと言って、華のために砲撃を緩めることもできない。そんなことをすれば、すでに装填済みであろうマウスの主砲によって確実に一輌はやられることになるだろう。もしそれでフラッグ車であるW号がやられてしまったら――
 結果、今のみほ達にできるのは、ひたすら砲撃を叩き込んで、爆煙で相手の視界をふさいで正確な砲撃をさせないようにすることぐらいだ。そんな大洗チームの決死の抵抗をものともせず、マウスは悠々と進軍を続ける。
 距離を詰められ、大洗チームも後退。再び距離をとって一斉射撃。しかしやはり通じずマウスが前進――そんなことを繰り返す内、一行はアパート区画をグルリとUターンする形で、再び団地エリアへと戻ってくる。
 大洗チームは闇雲に撃ちまくるだけ。打つ手はないと判断したのか、マウスはここにきて進軍の速度を上げた。それまで以上の圧力をもって大洗チームへと迫る。
「きっ、来ます!」
「ここで一気に蹴散らすつもりだな」
「やだもーっ!」
 優花里と麻子のやり取りに、頭を抱えて声を上げたのは沙織だ。
「早く何とかしてよ!
 “ちゃんと指示通りここまで誘導してきたんだから”さーっ!」







「柾木くんっ!」



「言われるまでもねぇよ」







 答えはあっさり返ってきた――言い放ち、みほ達の、大洗戦車隊の背後から、その頭上を跳び越えた人影がみほ達の目の前へと降り立つ。
 そして――
「よぅ、クソネズミ」
 マウスに向けて、ジュンイチは不敵な笑みと共に声をかけた。



    ◇



『キタ――ッ!』
 観客席では、いろんな意味で注目の人物の登場に、一気に場の空気が盛り上がっていた。
 今まで様々なトンデモを披露してきた人物が満を持しての登場。今度はどんなトンデモを見せてくれるのかと、期待のこもった声が上がる。
「ついに出てきたわね……」
「ジュンイチ様ならマウスなんてメじゃありませんわ!
 やっちゃってくださいまし!」
 つぶやくダージリンの傍らでローズヒップが声援を上げるが、
「そんなことはわかってるんだよ」
 そんなローズヒップにツッコんだのはアンチョビだ。
「柾木のヤツ、大雑把に見えても実態は一切抜け目のない慎重派だからなぁ。
 すでにマウス対策は万全に整えた上であの場に現れたと思っていいだろう。アイツに十分な準備を許した時点で、マウスが“狩られる”のは確定だ」
『確かに』
(誰もマウスが勝てると思ってない……)
 アンチョビの言葉に、その場の誰もが迷うことなくうなずく――戦い始める前からすでに咬ませ犬扱いされているマウスの乗員達に対し、あずさは思わず内心で同情する。
「あの場で我々が注目すべきポイントはそこではなくて……」
「えぇ、そうね……」
 アンチョビにうなずき返し、ケイがオーロラビジョンへと視線を戻す。一方、画面から眼を離さず、耳だけで会話を聞いていたノンナがつぶやくように結論を口にする。
「問題は、彼が生身で、どうやってあの史上最大の超重戦車マウスを撃破するのか……」



    ◇



「ずいぶんと派手に暴れてくれたみたいだねぇ。
 やられたのはカバさんにカモさん、アリクイさんか……」
 マウスに向けて言い放ちつつ、ジュンイチは背後のみほ達の陣容を確認する――
「柾木ジュンイチ……っ!
 機銃は!?」
「準備よし!」
「よし!
 後退しなさい! 近づけちゃダメ! 下にもぐりこまれる!」
 対し、マウスの側はジュンイチの登場で警戒を強めていた。先ほどまでの強気がウソのように進軍をためらい、後退の動きすら見せている。
 だがそれも無理はない。相手がジュンイチだということ、それ以前の話として、歩兵という兵種自体がマウスにとって相性の悪い相手なのだから。
 巨大な図体に見合い、マウスの車高は他の戦車に比べて高い。少なくとも、人ひとり寝そべってその下にもぐり込むぐらいなら余裕なほどには――すなわち、歩兵に取りつかれた場合、一番装甲の薄い底面に工作を仕掛けられてしまうリスクが非常に高いのだ。
 従って、マウスにとって採るべき対策はまず第一に“近づけない”ことだ。機銃で牽制しながら後退するのは、決して間違った判断ではないのだが――
「……ありがとよ。
 “そっちに逃げてくれて”
 それは、『相手がこの男でなかったら』の話であった。
 おもむろにかざしたのは一本の苦無。迷うことなくそれをマウス――ではなく、自分から見てマウスの右側のマンションに向けて投げつける。
 飛んでいく苦無が断ち切るのは一本の糸。その糸によって宙にぶら下がっていた砂袋が地面に落下する。
 そして、砂袋にはさらに別の糸が大量につながっていた。砂袋の落下によってその糸が引っ張られ、その先に仕掛けられていた手榴弾のピンを一斉に引き抜く。
 数秒後、巻き起こった爆発がマンションの一階を吹き飛ばして――



 一階の柱の大半を失ったマンションは、マウスに向けて轟音と共に倒壊した。



    ◇



『………………』
 その光景に、観客席は先ほどまでの喧騒がウソのように静まり返った。
 もちんダージリン達もだ。予想の斜め上にも程がある展開に、目を丸くして固まっている。
「……ま、マウスを、倒すために……」
「マンション丸ごと、倒壊させた、だと……!?」
「そこまで、やる……!?」
「『そこまでやる』のが、アイツでしょーが」
 たっぷり十秒以上は呆然としていただろうか――ようやく言葉をしぼり出したカチューシャ、アンチョビ、ケイの三人に対し、ライカがあっさりと答えた。
「マウスの重装甲を前に、大洗の戦車の火力はまるで歯が立たなかった。
 でも……」
「“大洗の戦力の中には”なくても、“あの場には”マウスにダメージを与えられる武器はあった」
 ライカの説明に重ねてきたのはダージリンだ。オーロラビジョンの、巻き起こる土煙で視界の閉ざされた現場の映像を見つめながら続ける。
「そう……あの場にはあった。
 マウスの上から、それも高所から叩きつけることのできる、数十トンもの鉄とコンクリートの塊が……」



    ◇



「名づけて、“びるでぃんぐ・はんまぁ”
 もうもうと立ち込める土煙の中、ジュンイチはしてやったりと笑みを浮かべて姿の見えないマウスに向けて告げる。
「てめぇらの敗因は二つ。
 オレを警戒する余り手堅くいきすぎたな。オレにそれを読まれていることを想定せずに、堅実な王道の対策に走った結果、距離を取ろうと後退して自分からキルゾーンに足を踏み入れてしまった――その反応を予見して、オレが後方に仕掛けていたキルゾーンに、ね。
 周りに目を配ってなかったのも減点だ――西住さんが自分達にかかりきりな中、誰がV号を狩ったと思ってんだよ?
 V号がやられたことに気づいていれば、少なくとも西住さん以外の戦力――オレがこの団地に到着してることに気づくことぐらいはできただろうに。警戒する機会を自分から逃したてめぇらの不明を悔やむがいいよ」
「あ、あのー……柾木くん?」
 悠々と語るジュンイチに対し、沙織が無線越しに恐る恐る尋ねた。
「マウスの子達、大丈夫なの……?」
「あー、大丈夫じょぶJOB。
 走れるかどうか、戦えるかどうかはともかく、乗り手の安全って意味じゃ、マウスがあの程度で……」
 ジュンイチがそこまで語った、その時――ガレキの山が動いた。
 ガラガラと音を立て、砕かれてもなお何百キロもありそうなガレキが積み重なってできた山が“内側から”崩れていく。
 異変の原因は考えるまでもない。そう――
「……あらまー……」
 マウスだ。崩れたガレキを押しのけながら、ゆっくりとその姿を現した。
「まぢかー。
 撃破はムリでも、動けなくする、ぐらいは期待してたんだけどなー」
「動けなくするためだけに、マンション一棟倒壊させたんか、アンタわっ!」
 ジュンイチの発言は、思念通話も併せたのでちゃんと“相手”にも伝わっていた。砲塔から顔を出し、マウスの車長が抗議の声を上げる。
「ムチャクチャやってくれるわね、相変わらずっ!」
「いやー♪ それほどでもー♪」
「ほめてないわよっ!
 でも残念だったわね! マウスがあの程度でどうにかなるワケないでしょうがっ!」
 定番のボケツッコミをはさみつつ、ジュンイチの策は不発に終わったと勝ち誇るマウスの車長だったが、
「うん。
 まぁ、今の一発でどうにかなってくれれば嬉しいなー、とは思ってたけどさ」
 対するジュンイチのリアクションは、彼女の予想していたものとは違っていた。
「一応、耐えられた時用にもう一セット用意しておいて良かったわ」
「…………え……?」
 思わず、ジュンイチが懐から苦無を取り出すのを見送ってしまう。そんなマウスの車長にかまわず、ジュンイチは苦無を振りかぶり――
「今度こそ、沈黙してくれることを祈るよっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 先ほど倒壊させたものの反対側、道路をはさんだ向かい側のマンションにも施してあった仕掛けによって“びるでぃんぐ・はんまぁ”二発目発動。左右反転する形で、車長があわてて車内に逃げ込んだマウスに向けて、先ほどの光景がくり返された。
「え、えーっと……」
 マンションを丸ごと倒壊させて武器にするだけでもたいがいなのに、それを二度も――相手が相手とはいえ、無茶苦茶な戦いをやってのけるジュンイチに、みほもさすがにコメントに困るが、
「……まぢかー」
 ジュンイチのつぶやきに我に返った。
 見れば、再びマウスを生き埋めにしたガレキの山が、再びガタガタと動き出している。
 まさか、まだ――そんなみほの予感は的中した。ガレキの山を崩しながら、マウスがゆっくりとその姿を現したのだ。
「ターミネーターか、アイツは」
 ポツリ、と通信越しに流れてきた桃のツッコミに異論を挟む者はいなかった。いくら撃っても意にも介さず、今の攻撃すらも耐えしのぎ、獲物を狩り尽くすべく執拗に迫る抹殺者――今のマウスは、まさにあの某有名SF映画のターミネーターそのものだ。
 だが、それとそのネタが笑えるかどうかは別の話だ。何しろそのマウスの抹殺対象は他ならぬ自分達なのだから。
「さすがにこれは誤算だったなー。
 いくらマウスでも、二発も“びるでぃんぐ・はんまぁ”かませば足を止めるぐらいはできると思ったんだけど」
「ちょっ、柾木くん!?」
 そんな中で、ジュンイチのこの発言は聞いた者の肝を凍てつかせた。あっさりと放たれたその言葉に、沙織が思わず声を上げる。
「何それ!?
 まさか、今ので決まると思ってたの!?」
「それって、もうダメってこと〜!?」
「もうダメだよ柚子ちゃ〜んっ!」
 沙織の叫びを皮切りに、優季や桃が、他の車長や通信手からも次々に悲鳴が上がる。
 だが、今までどんな逆境だろうと、誰も考えつきもしないような珍策奇策でひっくり返してきたジュンイチが、策が通じなかったと言い出したのだ。彼女達が戦慄するのも当然だろう。
 だから――
「あぁ。
 今ので決まると思ってたし、決まってほしいと願ってたさ――」
 だからこそ――



「最後の一手は、できれば使いたくなかったからさぁ」

『紛らわしい言い回しヤメテーっ!』



 続くジュンイチの言葉に、全員がツッコミの声を上げた。
「何よ! まだ手は残ってるんじゃない!
 もう打つ手がないみたいな言い方しないでよ! 本気でもうダメかと思っちゃったんだからね!」
「ある意味間違ってねぇよ、ソレ」
 代表して抗議する沙織に、ジュンイチはゲンナリした様子でそう答えた。
「オレにとっちゃ正真正銘の『打つ手ナシ』なんだよ。
 “この手”を使いたくなかったから、“びるでぃんぐ・はんまぁ”を二発も仕掛けたのに……」
「柾木くんが使うのをためらうぐらいの手って……」
「何をする気だ、何を……」
 ジュンイチの言葉に、みほや桃が先ほどとは別の意味で戦慄する――が、ジュンイチにとっては彼女達よりもマウスだ。目をこらし、強化された視力でマウスの状態を確認する。
 今の二発の“びるでぃんぐ・はんまぁ”で“下ごしらえ”はできたと思うが――
「……よし」
 問題はない。満足げにうなずくと、懐から何かを取り出す。
 細長い、筒状の保護ケース――その中から取り出したのは一本の試験管。
 中に何らかの液体が入ったそれを振りかぶり――しかし、まだ投げない。
 こちらに向けて進撃してくるマウスに対し、彼にしては珍しく、じっくりと狙いをつける。
 先ほどの発言、そしてこの慎重な取り扱い――ジュンイチにここまでやらせる“アレ”は何なのかとみほが不安になる中、
「――――ッ!」
 ジュンイチが動いた。右手を一閃、投げつけた試験管は狙い違わぬ放物線を描いて飛んでいく。
 落ちていく先はマウスの車体前面にぽっかりと空いた縦穴。操縦手用ののぞき窓、潜望鏡と同じ原理で車上から周囲を見回すペリスコープ――があった場所だ。二度の“びるでぃんぐ・はんまぁ”で破損、失われて内側とつながる形になっているそこから、ジュンイチの投げつけた試験管はマウスの車内へと飛び込んでいった。
 カシャンッ――と、ジュンイチの聴覚が、マウスの車内で試験管が割れた音を拾う。
 それはつまり、あの試験管の中身がマウスの車内にまかれたことを意味していて――
「はい、しゅーりょー」
 だから、ジュンイチはマウスの無力化の完了を確信した。今なおこちらに向かってくるマウスに対し、あっさりと背を向けた。
「え!? ちょっ!? 柾木くん!?」
「来てる来てる! マウス来てるーっ!」
「あー、心配ないNAI。
 大丈夫だから、みんな、道空けてあげて」
 いきなり戦闘態勢を解いたジュンイチに、典子や梓が大あわて――が、ジュンイチは平然とそう答えた。
 そして、彼の言う通りだった。脇道にそれたみほ達の戦車の間を、マウスは砲撃を放つこともなくただ通り過ぎていく。
 その先、T字路に差し掛かってもマウスは止まらなかった。突き当りのマンションに正面から突っ込み、それでもなお止まらずに強引な前進を試みた後、車体の半分ほどがマンションにめり込んだところでようやく停止した。
「柾木くん……何したの?」
「五十鈴さん」
「華……?」
 尋ねるみほだったが、ジュンイチはなぜか華の名前を口にした。どういうことかと沙織が華の方を見て――
「――って、華!?」
 その華が、真っ青な顔で口元を押さえているのに気づいた。
「どうしたの!? 真っ青じゃない!
 大丈夫!? 華、ねぇ!?」
「だ、大丈夫です……」
 沙織が華を介抱するのを、みほも心配そうにのぞき込んで――
「あー、やっぱ影響出ちゃったか……
 だから使いたくなかったんだ。絶対五十鈴さん巻き添えくらうと思ったから」
(え…………?)
 気まずそうにつぶやいたジュンイチに、みほはピンときた。
 自分達の中で華だけが気づくことができるもの、そしてジュンイチもそのことを知っているもの。そんなものがあるとすれば、それは――
(…………匂い?)
 試しに、スンスンと周りの匂いをかいでみて――
「…………う゛」
 “匂い”ではなく、“臭い”だった。
 華はともかく、自分達の鼻では意識して、かいでみなければわからないほどのかすかな臭い。
 しかし――不快感が半端なものではなかった。こんな薄い臭いでも、気づいてしまったが最後顔をしかめずにはいられないほどの。
「……柾木くん。何コレ」
「マウスの中からもれ出た残り香だよ。
 五十鈴さん鼻がいいから、真っ先にかぎつけちゃったんだよ」
「じゃなくて。
 『マウスの中から』ってことは、さっき投げ込んだアレだよね?
 もれ出ただけでコレって、いったい何を投げ込んだの?」
 尋ねるみほに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「シュールストレミングとキビヤック」



シュールストレミング
 主にスウェーデン北部で食べられているニシンの発酵食品。
 塩の希少なスウェーデンでニシンを長期保存するために考えられたもので、塩の代わりに海水を使い塩水漬けにして作られる。



キビヤック
 エスキモー諸民族に伝わる。海鳥の発酵食品。
 皮下脂肪だけを残し中身をくり抜いたアザラシの中に海鳥を詰め込み、地中に埋めて二ヶ月から数年間熟成させたものである。



 そして、このシュールストレミングとキビヤックは――







 “世界一臭い食べ物”の座をツートップでほしいままにしている、超悪臭珍味である。







「この二つを鍋にぶち込んでじっくり煮込んだ煮汁だよ。
 ただでさえ強烈な臭いの二つをかけ合わせた上に濃縮して濃度倍プッシュ」
「そんなものを戦車の中に投げ込んだの!?」
「ほぼ密閉空間の戦車の中になんてモノを!?」

 ジュンイチはあっさりと告げるが、その内容はやられた側からすればたまったものではない。みほや優花里が思わず全力でツッコんだ。
「えっと……じゃあ、マウスの子達って……」
「ん。
 気絶してるね、ありゃ」
 恐る恐る尋ねる沙織に、ジュンイチはそう答える――見れば、そのジュンイチはマウスに向けて合掌中。「勝手に殺すな」とか「合掌するくらいなら最初からやるな」とかいろいろツッコみたかったが、実際に助けられた手前あまり強くは言えないみほ達であった。
「ともかく、これでマウスは片づいた。
 あとは黒森峰の本隊が来る前に立て直して――」



 それは、一瞬の出来事であった。



 突然口をつぐんだジュンイチが身をひるがえしてかまえた。どうしたのかとみほが声をかける間もなく、突っ込んできた影がジュンイチに激突する!
「柾木くん!?」
「行け!」
 声を上げるみほに、ジュンイチは影もろともはね飛ばされながら言い放つ。
「黒森峰だ!
 まほさん達もすぐに来るぞ!」
「はっ、はいっ!」
 ジュンイチに答え、みほは各車に指示、急いでその場を離れる。
 そして、ジュンイチは影から距離を置く形で転がるように受身をとり、立ち上がる――パンパンと服のホコリを払い、
「そっちは頼むぜ、西住さん。
 オレも――エリカを片づけてから、後を追うからさ」
 身を起こすエリカや、追いついてくる、彼女が車長を務めるティーガーUと対峙しながらそう告げた。
「言ってくれるじゃない。
 あたし達じゃ、アンタの相手は務まらないって?」
「まさか、その逆さ。
 今ので、今のお前がどんだけ“ヤバい”かわかったから、西住さん達のところには行かせないって言ってんだよ」
 エリカに答えると、ジュンイチは彼女に向けてかまえる。
「オレに一切気取られないレベルで気配隠しての強襲。
 そして、今の強襲を可能とした跳躍力……導き出される結論はひとつしかねぇよ」



「気功による身体能力の増幅と隠蔽――“気”のコントロールを覚えやがったな?」



 ジュンイチの問いに対し、エリカは言葉ではなく、不敵な笑みをもって答えてきた。
「なるほど。
 こないだ鷲悟兄が熊本に残りたいって言ってた本当の理由はコレか。
 オレ対策に、鷲悟兄に弟子入りして異能戦のお勉強ってワケだ」
「大洗に勝つには、まずアンタ対策が第一でしょうが。
 みほもみほで放っておけないけど、ウチの場合隊長がいるから、そっちは何とかなるもの」
「分業ってワケか。
 けど……なめられたモンだな」
 エリカの答えに返して――ジュンイチは彼女をにらみつけた。
「決勝までそれなりに日はあったとはいえ、かと言って技術ひとつ慣熟させられるぐらいの余裕ってほどじゃなかった――そんな短期間で“気”のコントロールを覚えただけでも大したもんだ」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
「あぁ、受け取っとけ。
 実際ほめてるよ――その一点だけは」
 フンと自慢げに鼻を鳴らすエリカに対し、ジュンイチは否定も訂正もすることなくそう答えた。
「けど――それだけだ。
 まだ身につけて日が浅いだろ――才能の賜物だろうが努力の賜物だろうが知らないけど、どっちにしたって『経験が足りてない』ってところは変わらない。
 オレを相手に、そんな付け焼刃がどこまで通よ
 しかし、ジュンイチが告げることができたのはそこまでだった。
 エリカの指揮下のティーガーUが機銃を発砲。ばらまかれたペイント弾の雨がジュンイチの言葉をさえぎったのだ。
「『経験がない』?
 そんなのわかってるわよ」
 ペイント弾をかわし、距離を取るジュンイチに対し、エリカはそう告げた。
「でも、代わりに私には、アンタがこの場に用意できないものがある――」



「戦車よ」



    ◇



「…………鷲悟」
 マウスを撃破したジュンイチへの、生身でのいきなりの強襲――その際に見せたエリカの女子校生離れした身体能力を目の当たりにして、ライカは鷲悟へと声をかけた。
「アンタ……みほの実家に残って、今朝まで戻ってこなかったのって……」
「あぁ。
 オレが教えた」
 迷うことなく、鷲悟はライカの指摘を肯定した。
「あの晩、エリカから頼まれたんだ。
 『ジュンイチに対抗するために、自分にできる範囲でいいから異能戦について教えてくれ』って。
 だから鍛えてやったのさ――どーせ戦車道の試合じゃ目に見える形で気功系の技使えないから、思い切って身体能力のブースト一辺倒でね」
「いくら頼まれたからって、対戦相手をわざわざ鍛えちゃう辺りが、血筋ですよねー……」
「失礼な。
 ジュンイチみたいな、教え甲斐があれば敵味方関係なく鍛えたがる“育て魔”と一緒にすんな」
 指摘するカルパッチョに、鷲悟はフンと不満げに鼻を鳴らす――「あぁ、身内からも彼はそーゆー認識なんだ」と“こちらの世界”でジュンイチと知り合った面々が苦笑する。
「オレはただ、エリカの“本気”を汲んだだけだよ」
 そんな一同に語り、鷲悟はオーロラビジョンの映像の中でジュンイチと対峙するエリカへと視線を向けた。
「確かに、オレは“こっち”のみんなとはほぼ同時に知り合った。付き合いの長さ的には全員ほぼ対等の中立状態――だけど、ジュンイチが大洗の生徒な以上、どうしても立ち位置は大洗寄りになる。
 つまり、この試合の上ではオレは黒森峰側からすれば敵側の人間ってことになる――それでも、エリカはそんなオレに教えを請いに来た。
 あの負けん気の強いエリカが、だぞ。本音なら、オレ達になんて意地でも頭なんて下げたくなかっただろうに……しかも相手側だ。断られる可能性だってあったんだからなおさらだ。
 それでもアイツは、オレに向かって頭を下げた。チームの勝利のためにはジュンイチを抑えることが必要で、そのためには異能戦込みの白兵戦スキルが必須だからって。
 そこまで腹括ってきたアイツの覚悟を無碍にしろって?」
「でも、それでジュンイチさんが負けちゃったら……
 普段のジュンイチさんの戦いなら何の心配もいらないんでしょうけど……今回は試合のルールに縛られている上に黒森峰の人達を“身内”認定してさらに制限がかかってる状態なんですよ。
 いくらジュンイチさんでもそんな状態じゃ……」
「んー、そこはあまり心配してないかな」
 懸念を口にするジーナだったが、鷲悟は落ちついた様子でそう答えた。
「仮にやられたとしても、エリカを引きつけるって目的は果たしてる。
 その間にみほちゃん達がまほさんを倒せばいいだけの話だろ?」
「確かに、それもそうね」
 鷲悟に同意し、ダージリンは紅茶を一口。
「でも、それは逸見さんにも言えること。
 仮に負けたとしても、彼を足止めすることはできる――その間に、まほさんがみほさんを倒してしまえば黒森峰の勝ちになる」
「つまり……マッキーにしてもエリカにしても、この戦いは長引かせた方がどちらにとっても都合がいいってこと?」
「戦略上はね。
 もっとも……」
 ケイに答え、ダージリンは苦笑して、
「当の二人は、さっさと決着をつけて隊長を助けに行く気満々みたいだけど」
『確かに』
 どちらも獰猛な笑みを浮かべて対峙するジュンイチとエリカの姿に、その場の全員が納得した。



    ◇



〈黒森峰本隊、あと三分でこちらに到着します〉
「了解しました!」
 エリカとティーガーUの登場は、黒森峰の本隊到着を意味していた――かに見えたが、本隊はもう少し後方に控えていたようだ。偵察に出したウサギさんチーム、梓からの報告に、みほがうなずいて――
〈……あ、本隊に合流する一団があります!
 フラッグ車がいる……柾木先輩が言ってた、先にこの住宅街エリアに陣取ってた別働隊です!〉
「やっぱり……」
 続く梓からの報告は、エリカがこの場に現れた以上予想できたものだった。
「みぽりん、フラッグ車がいるってことは……」
「うん……たぶん、お姉ちゃん。
 エリカさんを柾木くんにぶつけるために、本隊の指揮に戻ったんだ……」
 沙織に答えて、みほは思考を巡らせる。
 先ほどのエリカのあの動き――明らかに女子高生の身体レベルでできる動きではなかった。
 エリカもボクササイズを趣味にしているだけあってそれなりに身体は鍛えられている方だが、あくまでエクササイズの域。あんな動きができるほどではなかったはずだ。
 それが、この短期間にあそこまで身体能力を伸ばしてきた。あれではまるで――
(まるで、柾木くんみたいな……)
 そして思い出す。試合前、小梅の背後に、こちらに一切気取られずに忍び寄ってきていたエリカの姿を。
 既視感を感じるはずだ。あれはまさに、気配を断っていつの間にか近くにいたり姿を消したりといった、ジュンイチが度々見せる穏行にそっくりだったのだから。
 つまり、あのエリカの動きの正体、考えられるのは――
(柾木くん達も使ってる、“力”を使った身体能力のブーストや隠蔽……
 異能者じゃなくても、やり方を覚えれば使えるって言ってた……たぶん、鷲悟くんが熊本に残ったのは――)
 みほもまた、ジュンイチと同じ推論に至っていた――エリカ自身か、もしくはまほに頼まれ、観光と称して熊本に残り、黒森峰でエリカを鍛えていたのだろう、と。
 この短期間に万全の状態に仕上げられたとは考えづらいが、博打を嫌う黒森峰が、それでもこうして投入してきたということは、何かしらの形で、少なくともジュンイチを抑えておくぐらいのことができるレベルには達したと思っていいだろう。
 つまり――
(少なくともしばらくの間は、柾木くんはこちらに参戦できない……
 私達でやるしかない!)
「こちらは残り五輌……黒森峰とはまだ倍以上の戦力差があります。
 でも、フラッグ車はどちらも一輌です!」
 決断し、行動に移すべく指示を出す――自分達の力だけで、黒森峰と戦うために。
「黒森峰はあくまで、フラッグ車であるあんこうチームを狙ってきます。
 みなさんはできるだけ、相手の戦力を引きつけて、分散してください」
〈そううまく敵さんノッてきてくれるかな?
 私達が散ってもなおあんこうに殺到されたら、西住ちゃん達ヤバくない?〉
「西住流の戦い方を黒森峰が貫いてくるなら、たぶんそれはないと思います」
 聞き返してくる杏に、みほはそう答えた。
「鉄のように質実剛健――戦車の戦力を高めつつも、決してその性能に頼らず、上げられる勝率は上げられるだけ上げて、確実に勝ちに行くのが西住流です。
 みなさんが分散すれば、フラッグ車を守る戦力を着実に抑え込むために、みなさんの方にも自分達の戦力を割くはず……むしろ、こちらが一ヶ所に固まったまま、黒森峰との真っ向勝負に持ち込まれる方が恐いです」
〈なるほどね、りょーかいっ!〉
〈みんな! 黒森峰を挑発するよ!〉
 みほの説明に杏が納得、典子も無線の向こうでチームメイトを鼓舞する。
「あんこうチームは、敵フラッグ車との一対一の機会をうかがいます。
 ポルシェティーガーの、レオポンさんチームの協力が不可欠です!」
〈お任せっ!〉
「前方はもちろんですが、後方のヤークトティーガー、特にエレファントの火力にも十分注意してください!」
〈隊長! 後続の方、任せてもらっていいですか!?〉
<<やぁってやるぞーっ!>>
 レオポンやウサギさんチームもやる気は十分だ。みほの指示に次々に決意表明の声が上がる。
「麻子さん、袋小路に気をつけながら相手をかく乱してください」
「オッケー」
「沙織さん、互いの位置の把握、情報を密にしてください」
「了解!」
「華さん、優花里さん、HS0017地点までは、極力発砲を避けてください!」
「はい!」
「わかりました」
 車内の面々にも細かく指示を出し、ジュンイチにも声をかけ――ようとしたところで、みほはそれを思い留まった。
 おそらく、ジュンイチは今まさにエリカと交戦中のはずだ。単純な両者の実力差を考えれば、白兵戦のキャリアで大きく先を行くジュンイチの優位は揺るがないようにも見えるが――
(でも、エリカさんのティーガーUが援護につくなら話は違ってくる……
 ティーガーを叩いてエリカさんもろともリタイアさせようとしても、エリカさんだって当然妨害する……妨害を受けながらとなると、いくら柾木くんでも、油断できる相手じゃなくなってくる……)
 となれば、今頃ジュンイチも気の抜けない戦いを強いられているに違いない。ここで声をかけ、彼の集中を乱す結果になったら元も子もない。
 それに――
(大丈夫。
 柾木くんなら、きっと勝ってくれる……っ!)
 エリカには悪いが、みほはジュンイチのことを信じていた。
 きっとエリカとティーガーUを相手に勝利してくれると。
 だから――ジュンイチには声をかけることなく、みほは一同に宣言した。
「それでは、これより最後の作戦――」



「“フラフラ作戦”を開始します!」



    ◇



 ティーガーUの砲撃がマンションの外壁を粉砕し、土煙が巻き起こる――だが、その狙いは攻撃ではない。
 煙幕、そして相手の動きを止めるため――爆風に耐え、踏んばっていたジュンイチを狙い、エリカが強襲をかける。
 だが――
「あめぇよ」
 ジュンイチには通じない。背後から殴りかかってきたエリカの拳をあっさりかわす。
「このぉっ!」
 だが、エリカとしてもこの結果は予想済み。ひるむことなく左右のラッシュで追撃。対し、ジュンイチはスウェーとさばきを駆使してそれをしのいでいく。
 もちろん、ジュンイチもやられっぱなしではない。一瞬の間隙をついて反撃。逆にエリカに向けて怒涛のラッシュを仕掛ける。
 元々がボクシング由来のスタイルであるエリカは蹴りへの対処に慣れていない。拳と蹴りを織り交ぜて攻め立てるジュンイチを相手に防戦一方に――
「副隊長!」
「――――っ!?」
 だが、そうはならなかった。ティーガーUからの援護の機銃掃射を受け、ジュンイチはエリカへの追撃を断念して後退する。
 なおもこちらを狙ってくるティーガーUに向けて手榴弾をばらまく――先のティーガーUの砲撃と同じくその目的は目くらましだ。
 巻き起こった爆煙がティーガーUの視界をふさいでいる内にエリカを叩く。ペイント弾なりペイント手榴弾なりでさっさと死亡判定を叩きつけてやりたいところだが――
(そううまくは、やらせてくれねぇか!)
 エリカも、そうはさせまいと距離を詰めてくる。これでは拳銃は近すぎて狙えないし、ペイント手榴弾も自分を巻き込んでしまいかねない。
(だったら!)
 だが、これは逆にチャンスだ。エリカがこちらに詰めてきているということは、その分彼女がティーガーUから離れるということを意味するのだから。
(狙うならエンジン部……チッ、ここからじゃ砲塔がジャマか)
 エリカをかわしてティーガーUを叩きたいところだが、ティーガーUはこちらに正面を向けている。有効打を狙えるエンジン部を叩きたいが、この位置取りでは砲塔が壁になって狙えない。
 かと言って、左右に回り込むにはエリカがジャマだ。ならば――
(上!)
 方針が定まれば後は行動あるのみ。エリカのラッシュをかわすと、近くの足場、街灯へと跳び移っていき、そこからさらにジャンプ。
 上からティーガーUを狙うつもりだ。視界に捉えたティーガーUに向け、苦無手榴弾を――
「させない!」
「っとぉ!?」
 だが、エリカがそれを阻んだ――ジュンイチが苦無手榴弾を投げつけるよりも早く、エリカが拳銃で銃撃。迫るペイント弾はなんとか身をよじってかわしたが、おかげでジュンイチは攻撃のチャンスをつぶされてしまった。
「私が前に出てる間に戦車を――そんなの、警戒してないワケがないでしょうが。
 ティーガーがやられたら、私も一緒にリタイアだってのに」
 攻撃に失敗し、着地するジュンイチに対し、エリカは拳銃の銃口を彼に向けたまま言い放つ。
「増してや、その苦無手榴弾は大会前の練習試合からずっと使い続けてきた定番の攻撃手段。
 そんな使い古された曲芸が、いつまでも通じるとは思わないことね!」
「曲芸ときたか。
 言ってくれるじゃないのさ」
 エリカの挑発に返しながら、ジュンイチはチラリと傍らに視線を向けた。
 そこあるのは、道の真ん中に放置されたタイランツハンマー。先程みほ達が立ち去る前に置いていってくれたのだ。
(このままじゃ埒があかねぇ。
 なんとかタイランツハンマーの間合いにティーガーを誘い込んで、一撃ぶちかましたいんだけど……
 さて、どうしたもんかね……)



    ◇



「敵発見!」
 行く手に大洗戦車隊の姿を発見し、先頭車両の車長がまほへと報告する――場所はマウスと交戦した団地エリアから数ブロック先、一戸建て住宅の並ぶ住宅街エリアにそった幹線道路。
 目の前のT字路を横切った四輌の戦車を追って、まほ達もT字路を左折する――
「……行った?」
「行ったね」
「行っちゃう?」
「行っちゃおうよ」
「あいーっ!」
「………………」
 T字路を横切らず、その手前に潜んでいたウサギさんチームのM3に気づかないまま。
 一方、前方のみほ達は住宅街に入り、入り組んだ道を右へ左へ。追う黒森峰は見失わずついてきているが、さすがにこの細い道の続く住宅街では陣形を組めず、どうしても隊列が長くなってしまう。
 そうしている内に、まず先頭のW号が大洗の一団から離脱。気づいた何輌かがそれを追いかけ、
「こちらあんこう、448ジャンクションを左折。
 レオポン373左折。アヒルさん、373を右折してください」
 沙織の伝達するみほの指示で、ポルシェティーガーと八九式も次の十字路で離脱。直進のヘッツァーと三手に分かれて黒森峰の分断に取りかかる。
「最後尾発見!」
 そして、隊列後方を側面から突こうと先回りしていたウサギさんチームもいよいよ動き出す。行く手を横切る隊列、その最後尾のエレファントを確認し、梓が声を上げる。
「いくよ、あや!」
「OK!」
 口火を切るのは上部主砲を担当するあやだ。主砲を側面に向けながら、黒森峰の隊列、エレファントの前に割り込み、
「え!?」
「そりゃあ!」
 不意を突かれた車長が声を上げるエレファントに向けて一撃。そのまま目の前を走り抜ける。
「このぉっ!」
「怒ってる怒ってる!」
 さらに砲塔を後方に向けて第二射――が、一撃目もそうだったが、エレファントの正面装甲には通じない。反撃の砲撃をかわすM3の下部砲手席から相手の様子を伺い、あゆみが声を上げる。
「桂利奈ちゃん、次右折ね!」
「あいーっ!」
「その次も次も次も右折ね!」
「あいあいあい〜っ!」
 一方、優季のナビで桂利奈はエレファントの砲撃をかわしながらM3を走らせる。
 優季のナビの通りなら、住宅街のブロックを一周して元の場所に戻ってきてしまうコース取りだが――
「見えた!」
 むしろそれが狙いだった。小回りで劣り、曲がり角でもたついた結果周回遅れとなっていたエレファントの後ろ姿を発見し、梓が声を上げる。
「回り込まれた!」
「信地旋回!」
 当然、エレファント側もすぐに気づいた。その場で旋回し、M3へと向き直――ろうとするが、
「…………あれ?」
 できない。せまい住宅街の道路はマウスほどではないにしてもかなりの巨体を誇るエレファントが旋回するには道幅が足りなさすぎたのだ。
 こうなるとエレファントは行く手のT字路なり十字路なりに出て切り返すしかない。回転砲塔を持たない構造が仇となり、M3に対抗する手段がない。
「すごいよ、梓!
 エレファントの後ろを取った!」
「地形を利用するなんて、柾木先輩みたい!」
「伊達にいつも見てるワケじゃないね!」
「まぁね!」
 はやし立てる優季やあや、あゆみに、梓はかまうことなくうなずいた。
「あれー?
 いつもみたいにツッコミ入れてこないのー?」
「もういいよ、それでっ!」
 そんな梓のリアクションに、珍しいと桂利奈が首を傾げる――が、梓はやはり動じることなくうなずいた。
「いつも見てるに決まってるじゃない……
 だって、大好きなんだもの!」
『キャアァァァァァッ♪』
 ハッキリと自分の気持ちを言い切ってみせた梓に、車内で歓声が上がる――ついでにテンションもだだ上がり。そのテンションに任せてエレファントに思い切りぶちかましをかけ、至近距離から砲撃を叩き込む――が、
「ウソ、効かない!?」
 エレファントの装甲の硬さは想像以上だった――正面よりも薄いはずの背面装甲に、至近距離で叩き込んだにも関わらず焦げ目ぐらいしかつけられていないのを見て、あやが思わず声を上げる。
「ゼロ距離でもダメだなんて!」
「どこか、狙えるところ……っ!」
 あゆみもまた声を上げる中、梓はエレファントを観察し、
(――――あれ?)
 気づいた。
 エレファントの背面中央に据えられたハッチだ。
 試合前に調べたところによると空薬莢を捨てるところだったはずだ。背面ですらこの防御力であることを考えると、ここもかなりの強度だろうことは想像がつくが――
(だとしても、他よりはっ!)
「あや、あゆみ!
 あのハッチを狙って!」
「なるほどっ!」
「りょーかいっ!」
 望みがあるとすればここしかない。梓の指示で、あゆみが、あやがハッチに狙いをつける。
「『せーのーで』で撃とう!」
「同時攻撃だね!」
「燃えるね!」
 タイミングを合わせての砲撃を梓が指示。砲手二人もそれに応えて、
『せーのーでっ!』
 無口な紗希を除く全員で号令。エレファントの背部に上下の主砲を同時に叩き込む!
 そして――



 シュポンッ、と音を立て、エレファントの白旗が揚がった。



    ◇



〈こちらエレファント!
 すみません、M3にやられました!〉
「――――っ!
 何やってるのよ!」
 耳に着けたインカムから聞こえてきたのは、部下からの再起不能になったリタイアしたとの報告――悲鳴に近い勢いで報告してきたエレファントの車長の言葉に、エリカが思わず声を上げ、
「はっはっはーっ!
 ウチの一年坊にやられたみたいだな、おたくのゾウさんチーム!」
「うっさいわよ!
 勝手に他所の学校のチームに名前をつけるな!」
 一方、梓達から同様の報告を受けたジュンイチは思い切り高笑い。言い返し、エリカがジュンイチに殴りかかる。
「おいおい、オレなんかにかまってていいのかよ。
 他の救援に行った方がよくね?」
「アンタとみほを野放しにする方がよっぽど危険でしょうが!」
 ジュンイチに言い返し、エリカはジャブの連打でジュンイチを牽制する。
「オレをお前が、西住さんをまほさんが抑えとけば勝てると?
 ずいぶんと他の子達を安く見てくれるじゃねぇか。今まさにエレファントをM3につぶされたばっかりだってのにっ!」
「別に、甘く見てるつもりはないわよ!」
 ジャブを大きく弾くようにさばき、ラッシュの途切れたエリカに反撃の右ストレート――しかし、スウェーでかわされた。そんなジュンイチに再びジャブの連打を再開し、エリカがジュンイチに言い返す。
「関国商戦の映像見たわよ!
 戦車の性能頼みのへっぽこ軍団だったとはいえ、戦車の性能頼みだったからこそ、戦力では圧倒的に劣っていた――それを大洗はひっくり返した! アンタとみほ抜きで!
 アンタ達以外も十分な腕を持ってることはあの試合でハッキリした! なめてかかれる相手じゃないってのは、重々承知よ!」
「教え子ほめてくれて、ありがとよっ!」
 ジャブの連打から放たれたエリカのストレートを身を沈めてかわす――身を起こすついでに放ったアッパーはエリカにガードされた。さすがに見え見え、読まれていたようだが、
(――ここっ!)
 エリカの攻勢を断ち切るという目的は達せられた。追撃を警戒して後退するエリカを追って地を蹴り――
「――――っ!?」
 しかし、ティーガーUがそれを阻んだ。ジュンイチとエリカの間合いが開くなりジュンイチに向け機銃掃射。ペイント弾の嵐を前に、ジュンイチの方が後退を余儀なくされる。
 そんなジュンイチへと、ティーガーUが主砲を発砲。近くの地面を撃ち砕き、再び爆煙と土煙で煙幕を張る。
 が――
(そろそろ来ると思ったぜ!)
 先のティーガーUのものも、ジュンイチ自身が張ったものも――どちらの煙幕も晴れつつあった。再度煙幕を張りに来るのは想定済みだ。
 だからこそ対応もたやすい。土煙に紛れて接近してきていたエリカを気配で捕捉し、その拳をさばくとジャブからの回し蹴りで追い払う。
 エリカはそのまま距離を取り、土煙の中に消えるが、今は追わない。それよりも――
(よし、いい位置!)
 ジュンイチを追って接近してきていたティーガーUが、タイランツハンマーで狙える位置に差しかかってきたのだ。
 ティーガーUを叩けばエリカも一緒にリタイアだ。この土煙の中ならタイランツハンマーを取りに行くのもたやすい――こちらの視界をふさぐための煙幕で逆に自分達の首をしめていたら世話はないと苦笑しながら、タイランツハンマーへと走る。
 すぐにタイランツハンマーのもとへと到達。その怪力で1トン近くあるその超重量ハンマーを持ち上げて――

 ――カッ。

 振りかぶったタイランツハンマーの、ヘッドの方から音がした。
 そこに突き立てられていたのは――
(苦無手榴弾!?)
 もちろん自分のものではない。ジュンイチがこんなところに苦無手榴弾を設置する意味はないし、取りつけてある手榴弾も大洗で使っているものではない。
 まさか――
(エリカ!?)
 視線を向けて――エリカがこちらに何かを投げつけた後の姿勢でいるのを見て、その仮説が正しかったと確信する。
(鷲悟兄の入れ知恵か!)
 ついでにもうひとつ、仕掛け人の正体に気づいて――
「ぅわぁっ!?」
 炸裂した手榴弾の爆発が、ジュンイチを巻き込んだ。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第35話「ゆっくりでいーよー」


 

(初版:2019/09/02)