「大洗を調子づかせるな。フラッグ車を狙え」
エレファントが撃破されたと聞いても、さすがにこの人は冷静だった。まほが指示を出し、彼女の率いる黒森峰の本隊はW号を追う。
「挑発に乗るな!」
「でも、こいつ、しつこい……っ!」
しかし、まほの直接の指揮下にない、他の戦車を追いかけた別働隊はそう簡単にはいかない。小回りのよさにモノを言わせてチョコマカと自分達の周りを走り回り、チクチクといやらしく攻め立ててくるアヒルさんチームの八九式が、黒森峰側を実にイイ感じに苛立たせている。
「このぉっ! 八九式のクセに!」
「押さえ込んでやる!」
左右の戦車で挟み込んでやろうとするが、八九式は減速して後方に逃げることでそれを回避。左方の一段高い側道へ駆け上がると、黒森峰側と併走しながら上から彼女達を狙う。
その狙いは――
「ダクト狙われてる!」
「させるか!」
上からエンジン部の排気ダクトを狙うつもりだ。あくまでこちらを撃破する気マンマン、強気の攻めを見せる八九式に黒森峰側も砲塔を向けて反撃。しかしアヒルさんチームも前後にしかかわせない状況で加減速を巧みに使い分けて黒森峰の反撃をかわし続ける。
「やーいやーいっ!」
「このぉっ!」
さらに、八九式は加速・先行して側道を出ると広い車道をフラフラと蛇行運転。あからさまな挑発だが、さんざん苛つかされた黒森峰側への効果は抜群だ。ムキになって八九式を追いかけて――と、そんな黒森峰側の一輌、ヤークトパンターが突然側面から砲撃を受けた。
「やっりーっ♪」
住宅街をチョコマカと走り回りつつ、八九式と黒森峰の進路の側面に回り込んでいたヘッツァーの、杏による砲撃だ。
「くぉらぁっ! またアンタらか、ヘッツァー!」
そんな杏に対して顔を出して抗議の声を上げるのは、先に二度ヘッツァーにしてやられているあのヤークトパンターの車長で――
「って、あぁぁぁぁぁっ! また履帯がぁぁぁぁぁっ!」
杏の攻撃はまたしてもパンターの左履帯を、三度破壊していた。右に旋回する形で、ヤークトパンターがかく座する。
「へへんっ、どんなもんだいっ!」
「会長! こっちも追いつかれます!」
「おっと、長居がすぎたね。
そんじゃトンズラしようか!」
勝ち誇る杏に桃が警告。杏が柚子に指示を出し、ヘッツァーも身を潜めていた路地から発進。自分達を追ってきた敵を引き続き誘き寄せていく。
「桃ちゃん、敵は!?」
「ついて来てる!
あと桃ちゃん言うなーっ!」
「こちらカメさん。
224左折したよ〜」
後ろの様子を尋ねる柚子に桃が答えつつツッコミを入れるいつものやり取り――その一方で、杏があんこうチームへと報告する。
とりあえず、回転砲塔を持たないヘッツァーでは後方への攻撃ができない。ぶっちゃけ砲手はこの状況ではすることがなくてヒマだ。ここはみほに倣って外の様子を見てみようと車上に顔を出して――
「――――っ!?」
そのおかげで、気づけた。
十字路を突っ切った際、通りの向こう側を横切る数台の戦車の姿に。
「こちらカメさん!
誰か212近くを逃げ回ってる人いる!?」
〈こちらアヒルさん、違います〉
〈ウサギさんもです!〉
〈あんこう、引き続きHSを目指してます!〉
〈レオポン、あんこう追いかけてまーす〉
「会長……?」
「私達を追いかけてないのが……囮に引っかかってない連中がいる」
柚子に答えて、杏は懐から地図を取り出し、
「それに、あの方向って……
――っ! やっぱり!」
見かけた戦車の向かっていった方向が、自分の予感通りであったことを確認した。
「こやま! 次の角左!
その次も! さっきのヤツら追うよ!」
「会長!?」
「アイツらを、向こうに行かせちゃいけない! 意地でも止めるよ!」
声を上げる柚子に、杏は真剣な顔でそう答えた。
「今の状況であっちに向かうとしたら、目的なんかひとつしかない!
アイツら――」
「ジュンイっちゃん達のところに向かってる!」
第35話
「ゆっくりでいーよー」
「見つけた! ヤークトティーガー!」
一方、他の面々も戦闘を続行中――その一角、ウサギさんチームのM3が住宅街の狭い道を進む黒森峰のヤークトティーガーの背中を捉えていた。
「このぉっ!」
「くらえぇっ!」
エレファントと同様に固定砲塔であるヤークトティーガーはこの状況ではこちらを狙えない。反撃される心配がない今ならやりたい放題とばかりにあややあゆみが砲撃を仕掛けるが、ヤークトティーガーの装甲には通じない。
「エレファントの時と同じだよ! 後ろのハッチ狙って!」
梓が指示を出すが、相手もやられてたまるかと加速。M3を引き離すと行く手の十字路を右折。曲がり角の向こうに消える。
「逃がすか!」
「追えぇっ!」
もちろんこちらもせっかく背後をとったのを逃がすつもりはない。吠える桂利奈を優季がはやし立て、M3も後を追って加速して――
(――――っ!)
梓は気づいた。
この十字路は左右に横切る道が二車線だ。つまり――
(旋回するスペースがある――こっち向ける!)
「いけない!
停止!」
「あ、あい〜っ!」
梓の指示で、桂利奈があわててブレーキをかける。火花を散らしてアスファルトを削りながら、M3は惰性でなお前に出続けながらも減速して――
止まり切れず、十字路に顔を出してしまったM3に向け、ヤークトティーガーの砲撃が炸裂した。
――が。
「……助、かった……?」
判定装置が作動しなかったのに気づき、梓が思わずつぶやいた。
そう。それはまさに紙一重――ヤークトティーガーの砲撃はギリギリで外れた。M3の装甲前面、桂利奈の操縦席を守る辺りをかすめ、その先の地面を打ち砕いていた。
「こっ、後退後退っ!」
しかし、それは所詮今の一撃から生き延びただけ。危機は去ったワケではない。あわてて梓が指示し、M3は元来た道に隠れるように後退する。
だが相手も逃がしてくれない。ヤークトティーガーもその後を追い、M3はヤークトティーガーに正面から砲を突きつけられたまま追われる形になってしまう。
「ちょっと!?
128ミリチョー怖いんだけどっ!」
「桂利奈ちゃん、このままバックね!」
「ってゆーかどうすんのコレ!?」
このまま撃たれれば即終わる。生きた心地がしない車内であや、梓、あゆみの声が交錯して――
〈お前……戦車道は好きか?〉
ジュンイチの声が、無線から聞こえてきた。
◇
「……っ、つー……っ!」
とっさに手放して離脱したおかげでダメージは軽減できたが、それでもかなりのダメージを受けた――全身に痛みを覚えながら、ジュンイチはフラフラと身を起こした。
タイランツハンマーは……ダメだ。ヘッドの全壊は免れたようだが、今の爆発ではおそらく薬室の機構は死んでいるだろうし、柄が根元からへし折れている。あれではただのハンマーとしても使えない。
「まぁ、しのぐだろうとは思ってたわよ。
おかげで遠慮なくやれたわ――相変わらずのトンデモね。普通死んでるわよ、アレ」
「信頼してくれて、ありがたいんだか迷惑なんだか……!」
そんなジュンイチに、エリカが告げる――口の中を切ったのか、口元を流れる血に気づき、ジュンイチはそれをぬぐってエリカに向けてかまえる。
「と、ゆーワケで続き行こうか」
「予想はしてたけど、やっぱりあきらめないか……
上等よ。こーなったらとことんやってやるわよ」
告げるジュンイチに対し、エリカもまたかまえた。トントンとステップを踏みながら仕掛けるスキを伺う。
「アンタがここからどうあがこうが、悪いけど好きにさせるつもりはない。
たとえそれで大洗が廃校になるとしても、私は黒森峰を勝たせる――隊長の高校最後の大会を、絶対に優勝で飾ってみせる」
そんなエリカの宣告に、ジュンイチは軽く息をつき、
「エリカ」
「お前……戦車道は好きか?」
「え――――?」
「オレは好きだぜ、戦車道」
いきなりの質問に、エリカは眉をひそめて困惑する――そんなエリカに、ジュンイチはあっさりと告げた。
「まぁ、最初からそうだったワケじゃねぇけどさ。
最初は西住さんのためだった。トラウマ抱えてる戦車道をまたムリヤリ始めさせられそうになってた西住さんの力になってやりたかった。そのために選んだ手段が『戦車道に一緒に参加すること』だった――それだけの話だった。
正直言えば、戦車については知識や運用の経験はあったけど、戦車道にはカケラも興味なかったよ――それが今じゃすっかりドハマリ中さ。
初めての試合で負けて、悔しくて……でも、同時にテンション上がったよ。ルールにしばられていたとはいえ、オレの力の及ばない世界がまだあったことに心が躍った。
もっと自分は上に行ける。もっと強くなれる余地があるって思ったらワクワクした。
――けどな」
本当に楽しそうに告げて――ジュンイチはそこで表情を引きしめた。
「それも全部、アイツらがいてくれたからなんだ。
オレが戦車道をやる理由をくれた西住さん。
オレを拾って、大洗に入れて……そんな西住さんと出逢うきっかけをくれた杏姉。
他にも、あんこうのみんなや、ウサギさんチーム、カメさんチーム、カバさんチーム、アヒルさんチーム、でもってカモさん、レオポン、アリクイさん……誰が欠けても今のオレはなかった。
みんながいたから……あの大洗チームだったから、オレは今、ここにいられる。それをそう簡単につぶされてたまるかよ」
言って、エリカに向けてかまえる。
「大洗はつぶさせねぇ。
てめぇも、まほさん達もブッ飛ばして、優勝かっさらって守ってやる。
これからも、大洗で戦車道を続けていくために」
「やれるもんなら、やってみなさい!」
言い返し、エリカが突っ込む――カウンターを狙ったジュンイチの拳をさばいて距離を詰め、
「――――っ!?」
瞬間、エリカの視界が回転した――ジュンイチに足を払われたのだと、一瞬遅れて気がつく。
背中を打ちつけつつも、ジュンイチの追撃の踏みつけを転がって回避。間合いを取りつつ立ち上がると改めてジュンイチへと突っ込む。
左右の連打でジュンイチを攻め立てる――が、届かない。ジュンイチの間合いに飛び込んだ拳は、そのことごとくが飛び込むと同時にジュンイチによってさばかれる。
「防がれた!?」
「確かに、てめぇにはしてやられたよ。
正直ダメージもでかい。今でも全身痛くてしょうがねぇや。おかげで防御のキレも半減だ」
驚くエリカにジュンイチが返す――が、エリカも気づいていた。
彼が自ら言う通り、確かにジュンイチの防御の動きは明らかに鈍っている。が、それでも自分の攻撃がさばかれている。
技術的な工夫で補えるような鈍り具合ではないのに、それでも――コンディションでも技術ではないなら、考えられる可能性は、ひとつしか思い浮かばなかった。
(思考――意識の反応速度……
動きを、読まれてる……!?)
「鷲悟兄にしごかれたとはいえ、実戦は未経験。実戦を経験すりゃあ、それを糧に化けるだろう、とは思ってたけど……さすがにここまで化けるとは想定外だったわ」
気づいたエリカに向けて淡々と告げて――次の瞬間、直前で気づき、のけぞったエリカの鼻先をジュンイチの蹴り上げがかすめる。
「柾木流――蹴技!」
が、ジュンイチの攻撃は続く。蹴り上げた足を、そのままエリカへと振り下ろす。
(カカト落とし――!?
でもそんなの、距離を詰めれば!)
対し、エリカもそれを封じるべく前に出て――
「――――っ!?」
その背筋が凍りついた。
カカト落としを仕掛ける右足――それとは別に、“こちらの腹を狙って蹴り上げられる左足に気づいて”。
出だしはただの、蹴り上げから派生したカカト落とし。逃げられればそれで終わり。威力を殺すついでに距離を詰めようと前に出てくるなら、もう一方の足で跳躍、蹴り上げを叩き込む。相手はカカト落としに気を取られ、まんまと腹に一撃をもらうというワケだ。
空中でどんな動きをとろうとも、問題なく重心を保てる、そんなバランス感覚があって初めて可能となる、両足で、二種類の蹴りを同時に放つこの技。その光景はさながら“龍”がその“顎”をもって“咬”みつくが如し。
故にその名は――
――龍顎咬!
「――――っ!」
完全に不意を突いた攻撃――しかし、エリカの反応はかろうじて間に合った。勢いよく交差するジュンイチの二つの蹴りから、バランスを崩して地面を転がりながらもなんとか左に逃げることに成功した。
しかしジュンイチも逃がすつもりはない。追撃の踏みつけ――エリカはそのまま地面を転がって難を逃れ、距離をとって立ち上がり、改めてジュンイチと対峙する。
「そう――面食らったよ。最初はな」
まだこんな隠し玉を隠していたとは――改めてジュンイチの底知れなさを思い知らされ、警戒を強めるエリカに、ジュンイチもまた油断せず警戒しながらそう告げる。
「けど、それも時間が経って慣れてこれば話は別だ。
悪いな――適応完了だ」
「何が適応完了よっ!」
言い返して、エリカが立ち上がると同時に地を蹴った。ジュンイチとの距離を詰め、ジャブで牽制し――
「ほっ」
「――――っ!?」
投げ飛ばされた。
放った拳、その手をつかまえたジュンイチによって。
「適応したっつったろうが。
確かに、ボクシングのジャブはあらゆる格闘技のパンチの中でもトップクラスの速度を出せる打ち方だ。並の人間の反射神経で対応できるモンじゃない」
再び地面を転がるエリカに、ジュンイチが言い放つ。
「けどな――打ってくるお前の動き、そのリズムさえ把握しちまえば、どーってコトぁないのよ。
打ってくるタイミングはだいたいわかるようになるし、速度を上げても動きのクセまではそうそう変えられるもんじゃないから、単にリズムがテンポアップするだけ。
先読みして反応を間に合わせるのは、そう難しい話じゃない。増してや、銃弾や戦車の砲弾を“見てから回避”できるオレの反応速度ならなおさらだ」
「く――――っ!」
そんなジュンイチに、エリカが襲いかかる――が、
「それに――だ」
もはや、ジュンイチはエリカの動きを完全につかんでいた。スパパパパァンッ!と小気味よい音と共に彼女の拳をことごとくさばいていく。
「戦車道については、確かにお前さんの方が先輩だよ。
でもな――白兵戦については、オレの方が大先輩だ。
先輩として、後輩にいつまでもデカイツラされてたまっかよ」
エリカの打撃をぬって彼女の胸に掌底。ノドのすぐ下、胸の中央を痛打され、肺に衝撃を受けたエリカがせき込みながら後退する。
「そして――先輩として、ウチの後輩連中がまだまだ健在なのに一足先にリタイアなんてしてらんねぇんだよ。
意地があんだよ――先輩にゃあなっ!」
言い放ち、エリカの背後に回り込む――せき込みつつも振り向きながらの裏拳を放つが、ジュンイチはそんなエリカの裏拳を、その手をつかむと一本背負いの要領で投げ飛ばす。
「何が、先輩よ……っ!
先輩気取るなら、さっさと後進に跡目譲って隠居でも何でもしてなさいよっ!」
「まだまだ現役だっつーのっ! 先輩なめんなっ!」
受け身をとって立て直すエリカにジュンイチが言い返し――エリカの拳とジュンイチの掌底がぶつかり合った。
◇
〈まだまだ現役だっつーのっ! 先輩なめんなっ!〉
おそらく、連絡を常時取り合っているW号の、みほか沙織の仕業だろう――無線の向こうから聞こえてきたジュンイチの言葉は、W号側の意図を汲んだ優季によってスピーカーにつなげられ、128ミリ砲を懸命にかわしながら後退を続けるウサギさんチーム全員のもとにも届いていた。
彼女達の耳に、彼女達の胸に、彼女達の心に――
「……やるよ、みんな!」
『おーっ!』
彼女達の、魂に。
ジュンイチは自分達のために戦ってくれている。大洗のために、同じ目的のために戦う自分達の心を支えるために……そして、自分達と一緒に、これからも戦車道を続けていくために。
ならば、自分達がその想いに応えなくてどうするというのか。
「――っ、そうだっ!
くっつけばいいんだ!」
そんな、奮い立った魂が、持ち直した心の余裕が、今まで見えていなかった活路を指し示す――気づいた桂利奈が後退をやめた。減速したM3に、ヤークトティーガーは正面衝突する形で追突する。
「すっごぉいっ!
桂利奈ちゃん頭いい!」
距離が詰まったことで、M3は長砲身の128ミリ砲の砲口よりも内側へ。これでもうヤークトティーガーは主砲でこちらを狙えない――相手の懐に安全圏を見出した桂利奈の機転に優季が歓声を上げるが、
「あぁっ! 離れる!」
「そうはさせるかっ!」
ヤークトティーガーとてこのままくっついているつもりはない。減速し、M3から離れようとする――あゆみの声に桂利奈はすぐさまギアを前進へ。むしろ前に出て、惰性で離れかけたヤークトティーガーに再び突っ込む。
「お相撲さんみたい〜っ!」
もちろん、もう離れまいとギアはそのまま前進に入れっぱなしだ。ヤークトティーガーとガッシリ密着し、押し合いを始めるその姿は、優季の言う通りさながら押し相撲の様相だ。
だが――
「ぅわわっ! 今度は押されてる〜っ!
電車道だぁっ!」
馬力も重量もヤークトティーガーの方が上だ。懸命に踏んばっているのにどんどん押し込まれていく。声を上げた桂利奈が思い切りアクセルを踏み込むが、それでもヤークトティーガーを止められない。
主砲で狙われる心配がないとはいえ、これではジリ貧だ――しかし、それでもあきらめるワケにはいかない。
自分達と同様に、自分の戦いで懸命に踏んばっている“あの人”のように――
「一年なめんなっ!」
「なめんなっ!」
己を鼓舞するようにその“彼”の言葉を自分達に重ねる――あやとあゆみ、砲手二人が吠え、上下の主砲を立て続けに叩き込む。
短砲身であるM3の主砲だからこそ、こうして密着状態でも遠慮なく攻撃できる。自分の戦車の利点を活かした攻撃だが――しかし通じない。密着した超至近距離からの砲撃も、ヤークトティーガーの正面装甲の前には歯が立たない。
むしろ、それがどうしたとばかりに加速。M3をさらに押し込みにかかる。
「強引〜っ!
このままじゃエンジンが焼きついちゃうよ〜っ!」
「なんとか踏んばって!」
M3が完全に押されている状況に悲鳴を上げる桂利奈に、梓がそれでもと指示を出す。
「ヤークトを、西住隊長のところに行かせちゃいけない!
ここでやっつけよう!」
言って、梓はキューポラから顔を出した。
『倒さなきゃ』とは言っても、正面からでは密着状態から主砲を叩き込んでも通用しないし、装甲の弱い側面や背面にも回り込めない。この状況で勝つには、どこか、有効打を叩き込めるウィークポイントを見つけなければ。
そのためにも少しでも広い視野で情報を得たい。そう考えてのことだったが――
「――っ! あぁっ!」
その広い視野によって――気づいた。
先程かろうじてかわした、M3の正面をかすめたヤークトティーガーの砲撃の跡。
M3の正面装甲に横切るように刻まれたその傷が――
前面に描かれていた、ウサギさんチームのシンボルマークをぶった斬っていた。
◇
「そっか!
この台紙の上からペンキを塗れば、この穴のところから塗りたいところだけ戦車にペンキが届くんだ!」
声を上げた桂利奈が手にしているのは、自分達のチームのシンボルマーク――包丁を両手にかまえたウサギのマーク、その内ウサギの部分だけがくり抜かれた厚紙。
サンダース戦の前、戦車の色を塗り直すついでに各チームのシンボルマークを描いていた時のことである。
台紙は他にも、包丁のところだけをくり抜いたもの、輪郭線だけをくり抜いたもの等何枚もあって――
「ステンシル、って技法だよ」
そこへ、様子を見に来たジュンイチがやってきた。感心する桂利奈にそう説明する。
「輪郭線は一番最後なんですよね?」
「そーすりゃ、目や口みたいな内側のラインも楽に描けるからな。内側を塗ったその上から重ね描きすればいいんだから。
それに、内側が多少はみ出しても、この輪郭線で上書きしてごまかすことも可能になる」
あやに答えると、ジュンイチは台紙の一枚を手に取り、
「ペンキ塗りに慣れてないトーシロのお前らでもきれいに描けるからな、この方法なら。
それに何ヶ所も描くならこの台地使い回せばコピーも楽だし。オレみたいに完コピできるんなら話は別だけど」
「えー?
先輩、完コピできるんですかー?」
「ホントなんですかー?
実際やってみせてくださいよー」
「お、言ったな?
センスならともかく、テクの方を疑われたら黙ってられないなぁ」
あゆみや優季の言葉に、ジュンイチは不敵に笑ってハケを手に取り、
「だったら見せてやろうじゃねぇか。
潜入調査の偽装身分のために覚えたペンキ塗りテクを前にもっともっと尊敬するがよい」
「やたっ」
「描くマークひとつ、押しつけ成功〜」
「何やってるの、二人とも……」
すっかりやる気のジュンイチの背後でハイタッチを交わすあやと優季に、梓がため息まじりにツッコんだ。
◇
……と、そんな経緯でジュンイチが手掛けたのが、前面に描いたウサギさんチームのシンボルマークだったのだ。
「………………」
だが、それも今はヤークトティーガーの砲撃で見るも無残に抉られている。横切った傷はウサギさんの首の辺りを駆け抜けており、さながら打ち首になったかのよう。
「…………よくも」
そしてそれは――
「……よくも、先輩のウサギさんをぉぉぉぉぉっ!」
梓を激怒させるには、十分すぎる理由であった。
ヤークトティーガーの乗員達からすれば何のことやらサッパリな雄叫びと共に車内に手を突っ込み、他のチームも(主に対ジュンイチ対策で)使っているマシンガンを取り出した。迷うことなく引き金を引き、ペイント弾をこれでもかというぐらいにぶちまける。
あっという間にヤークトティーガーの前面はペンキまみれに。のぞき窓もふさがれて、これでヤークトティーガーの視界は封じた――だが、まだまだ止まらない。
当然、それだけ撃ちまくればマガジン内のペイント弾はあっという間に撃ち尽くされる――しかし、梓は迷うことなく新たなマガジンへと手を伸ばした。
だが、そのマガジンは――
「ちょっ!?
梓、それ実弾!」
「乗ってる人脅かすだけっ!
ビビらせて顔出せないようにしてやるっ!」
物騒な弾丸を持ち出したと気づき、慌てるあやに即答し、梓は慣れた手つきでマガジンを交換。ヤークトティーガーの正面装甲に向けて撃ちまくる。
一応、視界を奪ったり、それで車長が顔を出すことがないよう脅しをかけたりと頭は回っているようだが、その一連の攻撃はまったく容赦がないし、言葉使いも少し粗くなっている。これは――
「…………ヤバい」
梓に何が起きているか悟り、あゆみの頬を冷や汗が伝う。
「梓がキレた」
「ぅわ」
「あーぁ。
ヤークトティーガーの人達もかわいそうに」
あゆみのうめきに、あやと優季も苦笑するしかない。
なぜなら――その理由を口にしたのはあゆみだった。
「あーなったら止まらないよ。
何しろ……」
「“あの状態”の梓は、あの柾木先輩から一本取ってるんだから」
それは、全国大会前の“新人研修”の中での一幕。
徒手格闘の近接戦訓練の中で、ジュンイチによって追い詰められた梓が、プレッシャーのあまり“爆発”したのだ。
ブチキレて、ヤケクソになった梓の戦いぶりはすさまじく、さすがのジュンイチもさばききれずに一本を許すことになった。
結局その一度きりで、その後“弾ける”こともジュンイチから一本取ることもなく、実質まぐれだと言える勝利ではあったが、キレた時の梓の爆発力のすさまじさは、大洗チーム全員の心に畏怖の念と共に深く刻まれることとなった。
そんな梓がブチキレた――ジュンイチの描いてくれた、ウサギさんチームのシンボルマークを台無しにされた怒りで。
交換した実弾マガジンも撃ち尽くすと、手榴弾(実弾)を三発ほど投げつける――車内に飛び込んで爆風をやりすごすと、梓は脇の武器ケースから二振りの刃を取り出す。
ジュンイチが使っているのと同じククリナイフだ。
「みんな!
私はヤークトに“抜刀”するから、そうしたら――」
爆風をやり過ごしている間に仲間達に指示を出すと、梓はハッチを開けて顔を出す。
ヤークトティーガーは依然M3と密着したまま。迷わず外に出ると、ヤークトティーガーに向けて跳び、乗り移る。
先程の梓の猛攻からこちらの“抜刀”を警戒したのか、ヤークトティーガーはすべての乗降ハッチを固く閉じている――だが、逆に言えばヤークトティーガーに取りついた梓は邪魔が入ることなく殺りたい……もとい、やりたい放題だ。ジュンイチ直伝の一閃で、キューポラのハッチの蝶番を破壊する。
ハッチのロックがかかっているため、それが引っかかってハッチをこじ開けるにはまだ足りないが、十分だ。相手に『梓がハッチをこじ開けようと悪戦苦闘している』と思わせられればそれでいい。
チラリと後方へと視線を向ける――ヤークトティーガーとM3が向かう先には突き当たりのT字路。
横切る道は用水路に沿ったもの。おそらくヤークトティーガーの狙いも――
(でも、そうはさせない!)
「みんな、そろそろだよ!」
無線でM3の車内に知らせる。ガンガンと足元のハッチを蹴り、こじ開けようとしている演出も忘れない。
そして、二輌の戦車はT字路に差しかかり――
「――今!」
「えぇいっ!」
「このぉっ!」
「くらえぇっ!」
梓の合図で桂利奈が思い切り操縦桿を倒し、同時にあやとあゆみも主砲を発砲――砲撃でヤークトティーガーに目くらましを仕掛けつつ、進行方向から見て右方、後退中の自分達から見て左方へ曲がり、ヤークトティーガーの押し込みを受け流す。
結果――
「お達者でっ!」
かつてローズヒップ達を似たような目にあわせた時の“彼”の見送りの言葉――ジュンイチのそれを真似た梓が車上から跳び下りて離脱。ヤークトティーガーはそのままT字路の先の用水路へと突っ込んでいく。
正面から転落し、ヤークトティーガーは主砲をへし折りながら、前転するようにひっくり返ってしまう――文句なしの走行不能だ。
「やったぁっ!」
「ヤークトやっつけた!」
「重戦車二輌目っ!」
急激なターンに主砲二門の同時発射の反動が加わり、危うく横転しかかったが、何とか耐えきった――M3の車内で、あゆみ、桂利奈、あやが声を上げ、
「みんな、大丈夫!?」
そこへ梓が戻ってきた。
「って、梓! キレたままキレたまま!
戻って戻って〜っ!」
「あ、ごめん」
ただし、“爆発”したままで――まだ少し怒気をまき散らしながら戻ってきた梓に、優季が気圧されながらもツッコミを入れ、言われた梓はあわてて自分の顔をほぐしてリラックス。
「梓、キレるとホントにすごい……」
「怒りすぎてワケがわからなくなったりせずに、自分が何やってるかちゃんと理解した上でキレるからねー」
「将来旦那さんになる人は大変そうだよね……誰とは言わないけど」
「柾木先輩とは言わないけど」
「言っちゃってるよね!?」
順番に桂利奈、あゆみ、優季、あや――口々につぶやく四人、特に最後のあやの言葉に、梓は顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。もうすっかり元通りのようだ。
「それでー?
これからどうするの?」
「西住隊長のところへ……っていうのは違うよね?
私達の役目は黒森峰の分散なんだから、私達が集まったら意味ないもん」
いつものように梓をいじったところで話は本題へ。尋ねる桂利奈にあゆみが考え込みながら返して、
「……よぅし!」
梓が決断した。
◇
「あー、やっと直ったー……」
杏達のヘッツァーによって左の履帯を破壊され続けること三回――三度目の修理を終え、ヤークトパンターの車長は車内に戻ってため息をついた。
この短時間に三回も履帯の修理をやらされたせいですっかり手際が向上してしまった。おかげで修理自体はすぐにできたが、履帯がイヤになるほど重い事実は変わらないし、経緯が経緯なだけにちっとも喜べない。
「これからどうする……?
隊長達に合流するか、それとも……」
それに、修理にかかっている間に、完全に試合の展開から置き去りになってしまった。とにかく状況の把握が第一かと考えていると、
「――――っ!
アイツら!」
視界に入ったのは、行く手の十字路を横切っていく憎き怨敵の姿だった。
そう――
「発進しなさい! アイツらを追うわよ!
何度も何度も好き勝手してくれちゃって! この恨み晴らさでおくものかーっ!」
カメさんチームの、ヘッツァーである。
◇
「オォォォォッ!」
咆哮と共に拳を一閃、エリカのアッパーカットがジュンイチのアゴを打ち上げ、
「やり……やがったなっ!」
アッパーが届く距離ということは、たいがいの近距離向けの打撃攻撃は届く距離だということだ――ジュンイチはアゴを打ち上げられ、のけぞった姿勢からそのまま反撃に移行、振り下ろした額での頭突きが、エリカの額を痛打する。
「……っ、ぐ……っ!」
「――ッ、のぉっ!」
だが、アッパーで脳を揺さぶられた直後に頭突きというのは、さすがのジュンイチもこたえた。ふらついたところに、エリカが反撃のボディブロー。ひるんだジュンイチを改めて殴り倒す。
そこへティーガーUが機銃掃射――が、ジュンイチはそれを転がってかわし、距離をとって立ち上がって銃撃から逃げ切ってみせた。
「ったく、つくづくしぶとい……っ!
いい加減あきらめて、リタイアしなさいっての」
「ジョーダン。
鈍っちゃいても、まだ動けるんだ――できることが残ってるのに、なんで早々に放り出さなきゃいけないのさ?」
ため息をもらすエリカに対し、ジュンイチも息を切らせてそう答える。
エリカもそれなりに攻撃を受けているが、やはりジュンイチの方がダメージは深い。ダメージの差し引きで、お互いの現在の力の差はほぼ互角といったところか。
しかし、戦況はエリカとティーガーUのタッグの側に傾いている。エリカとジュンイチの差が互角まで詰まったことで、戦車の有無のアドバンテージがより大きくなっているのだ。
と――
〈黒森峰、ヤークトティーガー、走行不能!〉
「な…………!?」
審判団からの宣告の通信に、エリカは思わず声を上げた。
「エレファントだけじゃなく、ヤークトティーガーまで……!?」
「だーかーらー、言ったろうが。
『オレひとりにかまってていいのか』ってさ」
うめくエリカに告げ、ジュンイチが地を蹴る――エリカに向けて襲いかかるが、ティーガーUからの機銃掃射に足を止められ、
「アンタも、しつこいわね!」
動きの止まったところへエリカの反撃。逆に距離を詰められ、殴り倒される。
「万全の状態のアンタなら、また持ちこたえられたんでしょうけどね……今のアンタなら話は別よ。
それにしても、ヤークトティーガーまでやられたなんて、さすがに向こうを放置しすぎたかしらね……」
「ようやく、気づいたかよ……っ」
つぶやくエリカに対し、ジュンイチはよろめきながら身を起こした。立ち上がるなりエリカに向けて突撃するが、ダメージでキレを失ったその拳はエリカに届くことはない。
エリカの反撃に対しても、しのぐので精一杯だ。一旦後退して跳躍、ティーガーUの砲塔を足場に再びエリカへと跳ぶ――しかし、くり出された跳び蹴りもたやすくかわされ、逆に殴り倒される。もはや、エリカの動きを見切った先読みのアドバンテージもコンディションの差を埋めるには足りないところまできてしまっている。
「もういい加減あきらめなさいよ。
アンタの人外体質なら、そこまでの大ケガでもさっさと回復しちゃうんでしょうけど、それだってすぐに治るってワケじゃないでしょ。
少なくとも……アンタのそのケガが治るよりも先にこの試合の決着がつく。それは断言してあげるわ」
「それについちゃ、同意見だな……!」
言い放つエリカだったが、ジュンイチはそれでも立ち上がる――痛みに顔をしかめながら、エリカの言葉に同意する。
「確かに、オレのこのダメージが回復するまでには決着がつくだろうよ。
……ウチの、大洗の勝利でな」
「言ってなさい。
すぐに答えは出るわ」
ジュンイチに返すと、エリカはティーガーUの上へと跳び乗った。
「と、いうワケで……悪いけど、勝負はお預けよ。
今はアンタとの決着よりもチームの勝利を優先させてもらうわ」
「行かせるかよ!」
市街地の戦いに、みほ達への攻撃に合流するつもりだ――対し、ジュンイチもそれを阻止すべくエリカに向けて地を蹴る。
が、やはり通じない。ジュンイチの拳はかわされ、逆に腹に左拳の一撃。ひるんだところを路上に叩き落とされる。
「ムダよ。
今のアンタの状態じゃ、もう私達は止められない。
アンタの足を止める――この場での私の役割は完了したわ。
行きなさい!」
落下したジュンイチに言い放ち、エリカはティーガーUを発進させる。
「市街地に砲撃!
私達の復帰を報せて、大洗チームの戦意をくじくのよ!」
それは大洗とサンダースの試合でケイ達も使った手だ。自分達が戦線に復帰したということは、ジュンイチが自分達を止められなかったことを意味している。彼の存在を拠り所のひとつとしている大洗チームにとってはこの上ないプレッシャーになることだろう。
そんなエリカの思惑に従い、ティーガーUが主砲を市街地へと向ける。両陣営の戦う市街地中心部まで砲撃が届くよう、主砲の角度を調節するのも忘れない。
そして――発砲。砲弾が勢いよく撃ち出されて――
止まった。
「な――っ!?」
撃ち出された砲弾が、空中で急停止した――そう錯覚させるほど急激に、砲弾が減速した。いったい何が起きたのかと目を見張るエリカだったが、すぐに気づいた。
砲弾から自分の横を抜け、後方へとまっすぐに伸びる白い筋。これは――
「“糸”!?」
そう。ジュンイチの装備のひとつ。足場にトラップにとこの大会中大活躍だったあの“糸”だ。
おそらくは、サンダース戦でジュンイチが自らの移動に使ってみせたのと同じ手口だろう。“糸”で作った網を砲口にかぶせておき、撃ち出された砲弾を引っかけたのだ。
(あの時か!)
そこまで思考が到り、気づく――先ほどの、ティーガーUの砲塔を足場にした三角跳び。
あの時に、砲口に網をかけていたのだろう。相変わらず抜け目のない男である。
だがその目的は何なのか――エリカの脳裏をよぎったのは、サンダース戦の時と同じくジュンイチの移動手段として、という可能性。
あの時と同じように自身を運ばせ、市街地に先回りしようと――しかし、エリカはすぐに違うと察した。
ジュンイチが引っ張られているにしては、砲弾の減速の度合いが大きすぎる。ジュンイチどころではない、“もっと重いものに引っ張られているような”――
「――まさか!?」
気づき、振り向いたエリカに……彼女の乗るティーガーUに向けて、それが飛んできた。
音速に達するほどの砲弾の勢いによって引っ張られ、宙を舞う1トン近い金属の塊――タイランツハンマーのヘッド部分が。
さすがに勢いを使い切り、落下してきたそれがティーガーUの車体後方、エンジン部分に命中した。まるでシーソーのように車体前面が浮き上がってしまうほどの衝撃がティーガーUを襲う。
車体が後方に大きく傾いたこともあり、タイランツハンマーはティーガーUの車上から地面に転げ落ちた――あらわになった直撃部分の装甲は、排気ダクトの部分が大きくひしゃげ、内部に向けて押し込まれている。
幸い、エンジンまで届いてはいない。走行は可能だが、
(アイツ……っ!
どさくさ紛れに、こんな仕掛けを……!)
ジュンイチに自分達の行動を読まれ、それを利用した策を仕掛けられていた――そちらの方が問題だ。
少なくとも、“自分が敗れる”“エリカが自分との対決よりチームの勝利を優先する”という二つの可能性は想定されていた。そして、そのどちらにおいても、戦車に乗って戦線に復帰した際、移動するより先に威嚇の砲撃を放つであろうことも――でなければ、今のトラップの説明がつかない。
いったい自分達の行動はどこまで読まれているのか。そして、その読まれた行動に対してどこまで対策をとられているのか。
ジュンイチの底知れない深慮遠望を見せつけられた形だ。エリカが思わず戦慄し――
(――――っ!?
アイツは!?)
気づいた――先程叩き落としたその場から、ジュンイチの姿が消えている。
(後ろ――!?)
ダージリンやノンナに仕掛けたような背後からの強襲か――警戒し、振り向いたエリカだったが、そこにジュンイチの姿はなく、
そんなエリカの背後に、ジュンイチが音もなく滑り込んだ。
車長の背後への強襲は何度も見せている。警戒されるのはもはや前提の内――回り込まれるのを警戒し、背後を確かめたエリカのそのまた背後に改めて回り込む時間差強襲。
「――――っ!?」
が、エリカもギリギリで気づいた。背後からのジュンイチの拳を身を沈めてかわし、起き上がりついでのアッパーで反撃。
対し、ジュンイチはそれをサイドステップでかわし、ティーガーUの正面側に回り込むと、ついでに機銃を踏み壊す。
車体前面に突き出た形の機銃への踏みつけで、さすがのジュンイチもバランスを崩す――とっさに砲身をつかんで落下を免れるが、発砲直後の熱を帯びた砲身を鷲づかみしてしまい、その熱さに思わず顔をしかめる。
そのスキを見逃さず、エリカが距離を詰めてくる――ジャブの連打をかいくぐって懐に飛び込もうとするが、動きのキレの鈍った今のジュンイチではしのぎきれなかった。一発の被弾を皮切りに連打を浴び、車上から転落する。
「今の内に威嚇を!」
車中のチームメイトに告げて、エリカもまたティーガーUの上から跳び下りる――やはりあの抜け目のない男を放置はしておけない。この場で確実に死亡判定を叩きつけなければ。
エリカが懐のホルスターからペイント弾入りの拳銃を抜き、ジュンイチへと向ける。その一方で、ティーガーUが市街地に向けて威嚇の砲撃を放ち――
エリカが宙を舞った。
衝撃はエリカの足の下から――爆発などではない。彼女の足の下から勢いよく跳ね上がった何かが、エリカの足を持ち上げる形で吹っ飛ばしたのだ。
「なぁっ!?」
ワケもわからず宙を舞い――その最中、エリカは見た。
先ほどと同じように、空中で急減速する砲弾と、“糸”によってその砲弾に引っ張られ、再び宙に持ち上げられ、舞うタイランツハンマーのヘッド部分を。
自分がはね飛ばされたのは、おそらくその“糸”を踏んでいたから。砲弾に引かれ、張られた“糸”に足を取られたのだろう。
だが、エリカを何よりも驚かせたのはそこではなくて――
(同じ手を、二度も――!?)
奇策・珍策の豊富な引き出しを強みのひとつとしているジュンイチが。応用した策を使ってくることはあっても、そっくりそのまま同じ策を使ってくることのなかった彼が、まさか――
(いや――“だからこそ”か!)
エリカは気づいた――そんな自分の、今までのジュンイチの戦いぶりから抱いてきたイメージにつけ込まれた、と。
彼は同じ策をくり出してこない。だから“ティーガーUの砲撃でタイランツハンマーを引っ張り、ぶつける”という策はもう使ってこないだろう――そんな意識の裏をかかれた。
だが――
(いや――まだだ!)
先程の一撃を思い出す。あの時、宙を舞ったタイランツハンマーの一撃を受けても、ティーガーUの装甲は耐えた。比較的もろい排気ダクトへの直撃だったにも関わらず、自由落下の勢いだけではその装甲を破ることは叶わなかった。
そうだ。砲撃機構が壊れた、柄すら失ったアレは今やただの金属の塊だ。それを闇雲にぶつけたところで、ティーガーUの装甲が破れるはずもない。
同じ場所に――すでに一撃を受け、もろくなっている部分に命中でもすればまだわからないが、そんな偶然、そうそうあるはずもないとエリカはティーガーUの無事を確信していた。
「リバウンドぉっ!」
若干のネタを交えつつ、ジュンイチが宙を舞うタイランツハンマーに跳びついたその瞬間までは。
「アイツ――!?」
一瞬、何のつもりかわからなかった――が、すぐに気づいた。
自分も考えたことだ。「同じところに命中でもしない限り、この一撃でティーガーUがやられることはない」と。
そう――
“同じところに命中しない限りは”。
(アイツ――誘導するつもり!?)
同じところに当てなければ通じない。ならば同じところに当てればいい。
ならば、そのためにはどうすればいいか――ジュンイチの意図に気づいたエリカの背筋が凍りついた。
止めなければと焦るエリカだったが、“糸”に足を取られ、転倒したままの彼女にはどうすることもできない。
そして――
「オォォォォォッ! ラァッ!」
ジュンイチがつかまえ、振り下ろしたタイランツハンマーが、バスケットボールのダンクシュートの如くティーガーUに叩きつけられた。
反動でジュンイチが吹っ飛び、タイランツハンマーもティーガーUの上から転げ落ちる。そして、ティーガーUはそこから惰性で十メートル近く前進したところで停止して――
(白旗は――揚がってない!)
無事だった。ティーガーUの白旗が揚がっていないのを確認し、エリカが内心で安堵する。
駆け寄って確かめてみると、ジュンイチのダンクは一撃目の痕から微妙にずれたところに叩きつけられていた。これが幸いし、かろうじて装甲を抜かれずに済んだようだ。
「残念だったわね。
でも、ここまできたらさすがのアンタももう打ち止めでしょ」
「あぁ――そうだな。
できることはもう全部やり尽くしたわ」
告げるエリカに対し、ジュンイチはボロボロの身体に鞭打って立ち上がり、答える。
「なら、もう思い起こすこともないでしょ。
さっさとリタイアして、待機所で大洗が負けるのを見てなさい」
そんなジュンイチの言葉に、勝利を確信したエリカが拳銃を向け――
「だから――警告だ」
「え…………?」
突然のジュンイチの言葉に、エリカは思わず眉をひそめた。
「死にたくなかったら、今すぐティーガーから離れろ」
「――まさか!?」
そこに至り、エリカはようやく気づいた。
ジュンイチの『できることはやり尽くした』という発言。アレはもう打つ手がない、刀折れ矢尽きたことを意味するものなんかではなかった。
むしろその逆。『勝利への布石はすべて打ち終えた。後はその結果を待つばかり』――そんな意味が込められたものだったのだと。
考えてみれば、超がつくほどの負けず嫌いであるジュンイチが、「もう勝つのはムリだ」なんて弱気な発言をするはずがない。そんなニュアンスを匂わせる発言が出た時点で疑うべきだったのだ。
言葉巧みに相手の意識を思考のエアポケットに誘い込む、ジュンイチの常套手段にまんまと引っかかった。悔しさでエリカの頭に一瞬血が上り――その一瞬が明暗を分けた。
背後から聞こえた、カカンッ、という金属音が、そんなエリカの意識を現実へと引き戻す。振り向けば、ティーガーUの、二度に渡りタイランツハンマーの直撃を受け、ひしゃげてしまったダクト部分の装甲に、まっすぐ突き刺さった苦無手榴弾が複数。
さっきのタイランツハンマーによるダンクシュートの時だ。あの時、宙を舞うハンマーに飛びつく前に上方に投げていた――最初からこれで仕留めるつもりだったのか、それともタイランツハンマーで仕留めきれなかった時のための保険だったのかはわからないが。
そこまで理解したエリカの目の前で、落下の衝撃で外れるよう細工された手榴弾の安全ピンが宙を舞い――
「離れろっつったろバカ!」
そんな叫びと同時、エリカの腰に巻きつけられた何かが彼女の身を引っぱり――直後、ティーガーUの後部で手榴弾が炸裂した。
爆発から数秒が過ぎ――
ビビ――――ッ!
ティーガーUの白旗が揚がると同時、エリカの懐で歩兵用の判定ビーコンがアラームを鳴らした。
そして、そんなエリカは――
「ふぅっ、セーフ……」
手榴弾の爆発から彼女を救うため、帯でからめ取り、引き寄せたジュンイチの腕の中に抱きかかえられていた。
「よぅ、ケガはねぇか?」
「え…………?」
ジュンイチに声をかけられ、エリカはようやく我に返り――状況を理解して、その顔が瞬く間に紅潮した。
「きゃあっ!?」
「ガッ!?」
だから、こうなるのはある意味必然――思わずくり出されたエリカのショートアッパーが、ジュンイチのアゴを打ち上げた。
「ちょっ、てめぇっ!?
何すんだコラ! もうリタイアだろお前!」
「うっさい、バカ!」
そして、ジュンイチがひるんだスキに脱出。抗議の声を上げたジュンイチに言い返す。
「これはアンタのセクハラに対する正当防衛よ!」
「ハァ!? ざけんな!
せっかく爆発からレスキューしてやったのにっ!」
「――――っ」
だが、ジュンイチの指摘に、エリカは言葉を詰まらせた。
振り向き、自分の戦車を――エンジン部から煙を上げ、白旗を揚げたティーガーUを前に、思い知らされる。
「あぁ……そうか。
負けたんだ、私……」
「あぁ、そうだな。
負けだよ、お前のな」
うめくエリカに対し、ジュンイチは容赦なく言い放った。
「オレとの闘いに集中できなかったのがお前の敗因だよ。
エレファントにヤークトティーガーと立て続けにやられたことで焦ったな――オレの『仲間を放っておいていいのか』って揺さぶりを無視できなかった。一度は無視したけど、それでも頭の中に残り続けた。
“仲間の救援”って選択肢が生まれたことで、オレの排除に徹しきれなかった――おかげでオレを、ダメージを与えたからって安易に無力化できたと決めつけて放置するって愚策をやらかした。確実にオレに死亡判定を下すべきだって判断が遅れた。
正直言って、けっこうヤバかったんだぜ、オレ。あのまま徹底して攻めてこられたらやられてたかもだし、そうでなくても、オレの手口をよく考えていれば、フィニッシュに苦無手榴弾を選んでくることは読めただろうにな」
「…………?
どういうことよ?」
「お前、自分の言ったこと覚えてねぇのかよ?」
聞き返すエリカに対し、ジュンイチは不機嫌そうに眉をひそめた。
「人の自慢の技のひとつを、こともあろうに『曲芸』呼ばわりしやがって。
挑発だって言うなら笑って聞き逃すところだけど、素で言われたとあっちゃ黙ってられるかよ。
そんな輩にゃ、その“曲芸”で仕留めてやるのが、一番の意趣返しってモンだろ」
「あ……」
ジュンイチの言葉に、エリカはようやく自分の見落としていた要素に気がついた。
最後、ジュンイチの心理誘導を見抜けなかった時と同じだ――どうしてジュンイチの負けん気の強さを考慮に入れなかったのか。
ジュンイチの性格なら、自分の『曲芸』呼ばわりを根に持たないはずがなかったのに――
「だけどお前にはそれができなかった。
あくまでも目的はチーム全体の勝利。そこにばかり意識が向いて、この場での勝利っていう、そのために必要なひとつのステップを疎かにした。
オレを倒す、それが無理でもここに釘付けにするっていう自分の役割に忠実に動けていれば、また違った結果になってただろうな」
「……まったく、完敗ね」
ジュンイチの講評に、エリカは深々とため息をついた。
「アンタを止めることが大洗攻略の鍵になる――そう思って、鷲悟に頭下げてまで気功を教えてもらったっていうのに……
それがかえって、私を戦車道選手として中途半端にしてたら世話ないわ」
「あぁ、そうだな」
自嘲の言葉に対し、あっさりと同意された。思わずムッとするエリカだったが、
「けど、次はそうはいかない――だろ?」
「え…………?」
ジュンイチの言葉には続きがあった。
「今回は今日の試合に間に合わせるために突貫で仕上げてきたんだ――今まで磨いてきた戦車乗りのスタイルには引きずられるし白兵戦の経験値だってからっきし。そりゃ中途半端にもなるだろ。
だったら、次は中途半端にならないよう、改めてしっかり鍛え上げてくればいいだけの話だ。
今回オレとここまでやり合えたって言っても、お前が気功を、白兵戦を学んだ期間はごくわずかだ。経験を積むことも含めて、この先もっと伸びる余地は間違いなくあるだろうな」
言って、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「で、その経験はこの先きっと活きると思うぜ。
だって、大学の戦車道は歩兵道チームとの合同編成だろ? 歩兵と戦車乗り、両方の立ち回りを今から知っておくことは、大学行ってからも戦車道を続けるなら大きなアドバンテージになるはずだ。
そして……」
と、そこで一度言葉を切ると、ジュンイチはエリカを見返した。ニヤリと笑って、告げる。
「何よりお前自身、このまま負けっぱなしで終わるつもりはないだろ?」
「……っ、当然よ!
こんな半端なまま終わってたまるもんですか!
見てなさい! 次は必ず私が勝つ!」
「その意気その意気。
オレもけっこう楽しめたしな。またやろうぜ♪」
ムキになって言い返してくるエリカに対し、ジュンイチは笑いながら返すと彼女に対して背を向けた。
「……行くの?
正直、今のアンタが行っても役に立てるとは思わないんだけど。私達との闘いでボロボロだし、タイランツハンマーももうないんだし。
何より――今から行っても間に合うワケ?」
「さぁね」
自分に背を向けたその意図を察したエリカに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「間に合わないかもしれないし、間に合うかもしれない。
できることも、ないかもしれないし、あるかもしれない。
だから、とりあえず行くだけ行ってみるさ」
そう告げて――ジュンイチはエリカほと振り向き、
「それに――だ。
『西住さんVSまほさん』なんて金払ってでも見たい黄金カード、特等席で見ない手はないだろ」
「…………あ」
ジュンイチのその言葉に、エリカの動きが止まる――そんな彼女の反応に気づいたジュンイチは、すぐにその意味まで推察できた。
なので――ニタァッ、と“悪魔の笑み”が彼の口元に浮かぶワケで。
「いやーっ、残念だったな!
あの二人の対戦、“オ・レ・は”特等席で見させてもらうぜ!」
「ちょっ!? 待ちなさいよ!
私も行くわよ! 隊長が勝つのを見届けなくちゃ!」
「ハッ! 何言ってやがる! 勝つのはみほに決まってんだろうがっ!
リタイアしたお前はこの後待機所に戻んなきゃだろ! 生で見られなくて残念だったなーっ!」
「ぐ……っ!」
完全に調子に乗っているジュンイチだが、彼の言う通りだ。もう試合のフィールドに留まる資格を失ったエリカには反論する術がない。
「ま、もっとも! 今から待機所に戻るまでの間、試合が長引いてくれる保証はどこにもないけどなっ!
待機所に戻ったらもう試合終わってた、なんてこともあったりしてねーっ!」
「回収班! 何やってるの、急いで!」
「ゆっくりでいーよー」
「うっさいバカ! 行くならさっさと行けーっ!」
キレたエリカが足元の石を投げつけるが、ジュンイチはあっさりとかわす――続けての投石からも逃れ、すたこらさっさと逃げていった。
「まったく、何なのよ、アイツ!」
さっきまでの、ライバル同士が健闘を称え合うかのようなあの空気は何だったのか。相変わらずのシリアスクラッシャーぶりに、エリカは深々とため息をついて――
「…………ん?」
気づいた。
「……アイツ……」
「さっき、『みほ』って……」
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第36話「やろうぜ! 戦車道!」
(初版:2019/09/09)