あの全国大会の激戦から、一週間が経った。
 長らく休止していた戦車道で、再開していきなりの全国制覇という快挙は地元に大フィーバーをもたらした。
 直接の御膝元である艦上学園都市はもちろん、本土の大洗も大いに盛り上がりを見せ、夏休みには様々なイベントを企画しているという。
 夏祭りで予定されている奉納戦車戦もそのひとつだ。さぁどうやって盛り上げてやろうかと戦車道チームの間でも話題が尽きることはなく――



 “その話”が舞い込んできたのは、ちょうどそんな頃のことだった。



    ◇



「ちーっス」
 その日の昼休み、そんな軽いあいさつと共に、ジュンイチは大洗女子学園の生徒会長室を訪れていた。
「何の用だよ、杏姉?
 “その人”が来てるのに、なんで西住さん呼ばずにオレだけ呼んだんだよ?」
「あら、気づいていたのね」
「前にもダージリン相手に似たような反応されたなぁ……」
 だが、そこにいたのは杏らいつもの生徒会トリオだけではなかった。応接用ソファに座る“来客”からの返しに、ジュンイチはため息まじりにつぶやいた。
「で? いったい何の用なんスか?
 さっきも言ったけど、西住さん呼んでないってことは、プライベートじゃなく公用、しかも西住さんの出る幕のない話ってことでしょうけど……さっさと本題に入ってもらえますか?」



「しほさん」

 

 


 

第37話
「ムカデさんチーム……参る!」

 


 

 

「えぇ、そうね」
 改めて指摘し、杏に促される形で彼女と共に対面のソファに腰かけるジュンイチの言葉に、来客こと西住しほはあっさりとうなずいた。
「今回来たのは、戦車道連盟の一員として、あなたに頼みたいことがあったからです」
「日戦連の? 西住流じゃなくて?」
 しほのその言葉に、ジュンイチは思わず首をかしげた。
「何かあったんスか?
 関国商のことなら、あれ以降も監視と追跡調査は続けてるし、その経過報告もちゃんとしてるでしょ?」
「頼んでもいないのに……ね。
 まぁ、助かっているのも事実だけど」
 ジュンイチの質問に対して、しほはため息まじりに返して、
「でも……そうね。そちらから話を振ってくれたのは助かるわ。
 今回の話は、そんなあなたの調査能力をあてにしてのことだから」
「というと……?」
「夏休み明けの、優勝記念杯についてです」
 聞き返すジュンイチに、しほはそう前置きする形で説明を始めた。
「柾木くん。
 あなたのことだから、あの決勝戦以来、文科省や日戦連に届け出があった、戦車道の授業実施認定の申請が何件あるか、すでに把握してるんじゃないかしら?」
「五件でしょう?」
「本当に把握してたのね……」
「当然でしょ? 未来のライバル校になるかもしれない連中の話なんスから」
 本当に、どこから情報を仕入れてくるのかと呆れるしほに、ジュンイチはあっさりと答える――二人が話しているのは、各学校が授業という形で戦車道を始めるにあたり、文科省や日戦連の認可を得るために出される届け出のことだ。
 これを行うことで、学校側は正式な学校での授業であると認められて両組織からのバックアップを得られるようになる。対し、文科省や日戦連側も、そうしたバックアップを対価に申請を促すことで、戦車道に取り組んでいる学校の数やその規模を把握できるというワケだ。
「たった五件?
 あれだけ盛り上げてあげたっていうのに、ずいぶんと寂しいねぇ」
「ンなワケあるかよ。
 “たった一週間で”五件“も”申請出てんだぞ。
 数だけ見れば『たった』と言えないこともないけど、ペースも含めて考えれば、十分に『異常』と言える数字だよ」
 となりの杏に返すと、ジュンイチはしほへと視線を戻し、
「おそらく、この時期に申請してきてるのは、前々から戦車道をやりたいと思ってたところだろう。
 あの決勝戦が、踏ん切りがつかずにいたそいつらの背中を押した――そしてそれはおそらく、これからもうしばらく続くだろう。
 それに、今までは何とも思ってなかったのに、あの決勝戦を見て新たに戦車道をやりたいと思い立った連中もいるだろうし――これから先、まだまだ申請は増える一方になるでしょうね」
「私も同意見です」
 ジュンイチの仮説に同意を示し、しほは柚子の淹れてくれたお茶をすする。
「ですが、それらの学校が認可を得て戦車道の授業を始めるのは来年度以降の話になります。今からなら期間にも余裕がありますし、そう問題にはならないでしょう。
 問題は――」
「すでに認可を得ていて、でも活動が下火になってた学校――でしょう?」
 あっさりと、ジュンイチはしほの言う『問題』を言い当ててみせた。
「そいつらにとっても、あの決勝戦が発奮材料になってる可能性は高い。
 そして、そのテの学校はもう今からでも活動を再開できる。もちろん大会への参加も可能――特に、今後の大会は優勝記念杯といい秋・冬季大会クリスマス・ウォーといい参加の敷居はこないだの全国大会よりもはるかに低い。
 つまり、この二つの大会においては、今後活動再開校による大量のエントリー増が見込まれる」
「見込まれるって……どのくらい?」
「あくまでオレの予想って前提で言わせてもらうと……たぶん、今年はエントリー校多すぎて地区予選復活するんじゃないかな?」
「地区予選って……」
「安心しろよ、桃姉。
 少なくとも優勝記念杯については確定で、オレらはシード組だ」
 また長い戦いになるのかと早くも青ざめる桃だが、ジュンイチはあっさりと即答した。
「何たって“優勝記念”杯だぜ。全国大会の優勝校は無条件でシード枠、予選免除だよ。
 しほさん、時期的に、もう他のシード枠も決まってるんじゃないスか?」
「えぇ。
 優勝記念杯については、予選が復活した場合に備えてすでに運営協議による選考枠を決定済み――その結果、黒森峰とプラウダ、それと聖グロリアーナが地区予選免除のシード権を得ています。
 クリスマス・ウォーのシード枠は優勝記念杯の成績も含めて文科省の運営委員会が決めることですから、今の時点ではまだどうとも言えませんが……」
「そのままスライドする可能性は高いでしょうね。
 その三校と枠を取り合うとすれば、サンダースやアンツィオ……あと継続あたりが可能性濃厚って感じですかね。
 個人的には知波単を推したいところですけど、あそこは最近成績芳しくないみたいだし」
「知波単を? 意外なところを推薦するのね」
「嫌いじゃないですよ、あーゆー突撃馬鹿は。
 それに、使いどころをわかってないからアレなだけで、一点に対する突破力は黒森峰以上ですよ、あそこ」
 本当に意外だったか、眉をひそめるしほにジュンイチが答える。
「で……まぁ、話を戻しますかね。
 さっき話した通り、優勝記念杯もクリスマス・ウォーも大量のエントリー増が見込まれるワケだけど……そうなると当然、運営の負担も激増する。
 クリスマス・ウォーは秋以降の開催でまだ日程的に余裕があるし、何より文科省主催だから運営は向こうに丸投げできるけど……日戦連の直接運営、且つ夏休み明け開催の優勝記念杯はそうもいかない。
 察するに、依頼っていうのはその手の活動再開組の学校の調査ってところですか」
「その通りです」
「調査……試合に向けての情報収集ということですか?」
「他校に日戦連を通してする依頼じゃないよな、それ。自前の間諜使えばいいだろって話だ。
 それに、今までの話とぜんぜんつながらないだろうが」
 口を挟んでくる桃だが、その意見はものの見事に見当外れ。ジュンイチはため息まじりにそう否定した。
「しほさんが言ってるのは、試合に勝つための情報収集とかそういう話じゃないよ。
 日戦連として大会を取り仕切る上での、広報的な意味でだ」
「広報……」
 ジュンイチの言葉に、桃はしばし考えて――
「……って、何だ?」
「ちょっと待ったのしばし待ていっ!
 アンタ自分の役職思い出せ!」
 何かトンデモナイことを言い出した。
「要するに宣伝だよ、宣伝っ!
 優勝記念杯関係の事前の宣伝のために広告塔にできそうな学校を見繕いたいから、その調査の手伝いをしてほしいって、そーゆー依頼なの!」
「おぉっ! なるほどっ!」
「でも、どうしてそんな依頼を柾木くんに?
 いくら優勝記念杯のエントリーが増えるだろうとは言っても、黒森峰やプラウダみたいな強豪はもう注目されてるでしょう? 日戦連の広報が対応できなくなるほどになるとは思えないんですけど」
 と、ジュンイチの説明に納得する桃のとなりで当然といえば当然の疑問を口にするのは柚子だが、
「あー、何だ。
 極端なこと言っちゃうと……オレ達のせいだよ、たぶん」
 そんな柚子の疑問に対し、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「大方、オレ達大洗が戦車道再開したてで優勝、なんて話題性盛りだくさんな勝ち方しちゃったせいで、優勝記念杯の話題もおかしな方を向いちゃったんだろ」
「新たに参戦してくる学校の中から、ウチみたいな“隠れた強豪”がまた出てくるんじゃないかって?
 で、そんな学校を見つけて宣伝材料として売り出そうってワケか……いやはや、取らぬ狸の皮算用、二匹目のどじょうってヤツだねぇ」
「私も、そう思うのだけどね……」
 ジュンイチの意図を読み取り、呆れる杏にしほもため息まじりに同意した。
「ですが、あなた達の存在が、今の戦車道界で注目の的であることが確かな以上、その話題に乗るのも、宣伝の方向性としては正道でしょう」
「ところが、今まで黒森峰や聖グロ、プラウダみたいな“隠れてない強豪”が幅を利かせてきた高校戦車道をずっと見てきた今の日戦連に、そんな“隠れた強豪”を見出せる審美眼は期待できない。
 だからオレへの依頼……か」
「えぇ」
 ジュンイチの言葉に、しほは静かにうなずいた。
「“記念杯”と銘打たれている通り、この大会は最強の頂を目指すだけのものではなく、全国大会の優勝校をたたえるイベント、興行としての側面を持っています。
 故に、その運営には滞りない進行だけではなく、大会を大いに盛り上げることも求められます。
 そして、そのためには大洗の優勝によって必然的に注目される『第二の大洗は果たして現れるのか』という話題は決して避けては通れないものとなるでしょう」
「それでジュンイっちゃんってワケか。
 強いトコを探すだけでいいなら自前の黒森峰の諜報部や聖グロのGI6みたいな、実力も人手も豊富なところはいくらでもあるんだし。
 でも、大会を盛り上げることも考慮しなくちゃならないとなると、生粋のエンターティナーでもあるジュンイっちゃんの出番だよね」
「そういうことです」
 杏に答えて、しほは改めてジュンイチへと視線を戻し、
「もちろん、手に入れた情報はあなた方の大会対策に利用してもらってかまいません――立場上金品の報酬を出せない中であなたの訓練の時間を割く依頼をしているのですから、そこは当然の対価でしょう。
 どうでしょう? 引き受けて……いただけますか?」
「もちろん」
 ジュンイチの答えにはまさに即答であった。
「オレとしても各校改めて、手広く調べなきゃならん用事があったしな。ついでにやりゃあいいだけの話だ」
「『用事』……?」
 首をかしげるしほだったが、そんな彼女の向かいで顔をしかめたのは杏だった。
「ジュンイっちゃん……まさかまた“やる”つもり?」
「いやいや、そういう類の話じゃないから」
「どうだかねー。
 ジュンイっちゃんのことだから、このテの話は少しも信用ならないんだよね」
「…………?
 何の話?」
「いえ、全国大会の時の話なんですけど……」
「この馬鹿、サンダースやアンツィオにスパイしに行ったまではいいんですけど、スパイするだけじゃなくアドバイスや指導までして盛大に敵に塩を送りまくった前科がありまして」
 尋ねるしほに柚子や桃が答える――それを聞いてジュンイチに向けられるしほの視線は見事なまでの呆れ一色。
「まったく、お兄さんといいあなたといい、あなた達兄弟はどうしてこう対戦相手に甘いのかしら……」
「どうしようもないくそったれでもない限り、実際対峙するその場以外はノーサイドがオレの主義なんで。対戦控えてる相手だろうが、貸せる力があれば貸しますよ」
 ため息まじりのしほに答えると、ジュンイチもまたため息をつき、
「というか、そもそも今回は偵察とかそーゆー段階ですらねぇし。
 だって相手すら決まってない話で、その相手を探すためにほうぼうの学校を見て回ろう、って話なんだから」
『………………?』
「おぅ、しほさんはともかく生徒会トリオまで首かしげんな」
 しほとそろって首をかしげた杏、柚子、桃の三人へとツッコんだ。
「杏姉達、その様子だと完全に忘れてるだろ。
 夏休みに入ったら、本土の夏祭りで奉納戦車戦やるだろうが」
「あぁ、そうだったそうだった」
「え、ちょっと待って、柾木くん。
 まさか、よそから対戦相手を招待するつもり? 私達大洗のチーム同士で模擬戦やるんじゃなくて?」
「それじゃ、見てる観客はともかくオレらはいつもの訓練での模擬戦と変わらんだろ。
 やってる人間が面白みを感じられないような試合じゃ、お祭りに来てる人達を楽しませることなんてできないよ。
 やっぱ、やってる人間も楽しめるようなものじゃないと」
 本気で忘れていたらしい桃のとなりから尋ねる柚子に、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。
「それで、対戦相手の招待……なるほど、外に刺激を求めたか」
「そ。
 その相手探しに、盛り上げ役にピッタリで、なおかつこっちの経験にもなる戦いのできそうな相手を探したいと思ってたんだ」
 納得する杏にジュンイチが答える――が、ちゃっかり自分達に経験を積ませようとも考えているその言葉に杏達は相変わらずだなぁと苦笑する。
「ま、そんなワケで、広報の件はりょーかい。
 とりあえず奉納試合の絡みで、単騎で強いヤツがいるところから見繕ってくことになりますけど、かまわないっスよね?」
「かまわないけど、単騎……?」
「奉納試合はあくまで祭の中のイベントのひとつって扱いですから、他のイベントとの兼ね合いであまり規模を大きくできないらしくって。
 まだ詳細はこれからっスけど、少なくとも少数対少数になるのは確定――最悪一対一の決闘形式も視野に入れておいてほしいって」
「………………」
 ジュンイチの言葉に、しほは思わず眉をひそめた。
「柾木くん、まさか……」
「あ、やっぱ単騎を視野に入れた少数精鋭って話になると“あそこ”を思い浮かべますか」
「ジュンイっちゃん……?」
「柾木くん、“あそこ”って……どこ?」
 しほとジュンイチのやり取りに、置いてきぼりをくらった杏や柚子が尋ねて――ただ一言、ジュンイチは答えた。



「タンカスロンさ」



 強襲戦車競技――タンカスロン。
 それは、戦車道にして戦車道にあらず。有志同士が集まって繰り広げる非公式戦――要するに、やりたい者が勝手に集まって好きに戦う野良試合である。
 レギュレーションはただひとつ、“10トン以下の戦車であること”、それだけ。
 非公式故の広報の弱さから未だ知る人ぞ知る、といったレベルの知名度しかないが、公式戦の枠にはまらない自由な戦いから、年々人気の高まりを見せていた。
「でも……まぁ、しほさんがあっさり連想できたのは、意外っちゃあ意外ではありましたね。
 しほさんマジメだから、あーゆー非公式でドンパチやってる手合いは興味ないかと思ってましたから」
「西住流の家元なんて立場にいると、嫌でもそういう話は耳に入ってくるのよ。
 個人的には、あまりいい印象を持っていないわ」
 タンカスロンの概要を杏達に説明し、話を振ってくるジュンイチに対し、しほはため息まじりにそう返してきた。
「うわさに聞く限りでも優秀な戦車乗りが多数参加しているという話だけど、トッププレイヤーの中には公式戦で名前を聞かない選手が多くいるわ。そんな子達が日の当らない非公式戦の世界に埋もれたままなのは戦車道界にとって大きな損失だと思っているし、公式戦を嫌ってタンカスロンへ、という態度も、公式戦をタンカスロンよりも下に見られているようで面白くはないわ。
 そして何より……レギュレーションが戦車の重量制限だけというのは問題よ。安全への配慮がなさすぎる。
 さすがに日戦連非公認の砲弾を手に入れるのは難しいだろうけど、その他の事故が起こらない保証はどこにもない。そのためのレギュレーションなのに……それでもし、参加している子達に何かあったら……って、何かしら、その何か言いたげな笑いは?」
「いやいや、大したことじゃないですよ」
 尋ねるしほに対し、ジュンイチはニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべたまま答えて、
「参加者の子達の身の安全を『そして何より』なんて一番大きな理由に持ってくるあたり、以前に比べて優しさ表に出すのに慣れてきてますよねー、と」
「…………っ」
 続くジュンイチの指摘に、しほは思わず押し黙る――が、その頬に一瞬だけ朱が散ったのを杏は見逃さなかった。
「いやはや、去年の決勝戦の一件で西住流のお偉方と西住さんとの間で上手く立ち回れなくて、西住さんにトラウマ植えつけるハメになってた一年前とは大違いだねぇ」
「……もしかして、その一件をまだ根に持ってるのかしら?」
「まさか。
 純粋に知人の成長を喜んでるだけですよ」
 容赦なく以前のやらかしを掘り返され、苦虫をかみつぶしたかのように顔をしかめるしほだが、掘り返した張本人たるジュンイチも平然とそう返す。
「まぁ、ともあれしほさんがタンカスロンをよく思ってないのはよくわかりましたけど……しほさんも言ってる通り、あそこ割と人材の宝庫なんで。
 だから今度見に行ってきますよ。試合日程も入手済み」
 言って、ジュンイチが懐から取り出したメモを受け取り、しほが目を通し、
「なるほど、今週末に……
 でも、このチーム名……“フライングタンカース”……?」
「“タンカース”……どっかで聞いた韻じゃないっスか?」
 返したジュンイチの言葉に、しほは対面の杏と顔を見合わせた。
「タンカース……韻……」
「まさか……サンダース?」
「そ。
 大人の事情でサンダースの名前使えないから、チーム名変えてるみたいっスよ」
「あぁ、大人の事情……」
 ジュンイチの説明に、目の前で渋い顔をしていた“大人”を見ていろいろと察した柚子であった。
「仕切ってるの、アリサだってさ」
「タンカスロンで経験を積ませようというつもりでしょうか……?」
 続くジュンイチの説明に、桃が杏に尋ねるが、
「でも……」
 当の杏が気になったのは別のところだった。桃はひとまず放置してジュンイチに尋ねる。
「アリサちゃん目当てってワケじゃないよね?
 だって、全国大会で対戦済みなんだし」
「モチロン」
 あっさりとジュンイチは肯定した。
「観戦に来てるめぼしい連中と話をしてみるのも悪くないけど……今回のオレの目当ては相手の方」
「相手……?」
 ジュンイチの言葉に、しほはもう一度メモへと視線を落とした。フライングタンカースの名前に気を取られて読み進めていなかった、その対戦相手の名前を確認して――
「…………っ、これは……」
「いかにも大洗リスペクトな名前じゃん。興味わくに決まってるでしょ」
「『大洗リスペクト』……?」
 しほへの答えに首をかしげた杏が、しほからメモを受け取って、
「……なるほど」
 納得した。
 そんな杏の手の中のメモに記された、フライングタンカースの対戦相手の名前は――



 楯無高校、ムカデさんチーム。



    ◇



 そんなこんなで週末――
「おーおー、にぎわってるねぇ」
 やってきたのは、本土のとある演習場――今日の試合を観戦に訪れたギャラリーでにぎわう一帯を見渡して、ジュンイチは楽しそうにつぶやいた。
 もちろん、人々の目当ては今日行われる試合であろうが――
「……そして、相変わらずのケータリングの山……」
 観客達の集まる一帯の周囲には、サンダース所有のキッチンカーの数々がズラリと並んでいる。こちらも大盛況なようで思わず苦笑をもらし、
「相変わらず、サンダースが動くと規模がとにかくデカくなるよねぇ。
 このお祭り騒ぎ、アンツィオをとやかく言えないんじゃないの――ケイさん?」
「あら、脅かそうと思ってたのに、お見通しだったのね」
 唐突に“背後に向けて”話を振って――そこにいたケイが、不意打ちに失敗して苦笑しながらそう答える。
「あと、アンツィオの屋台をどうこう言うつもりはないわよ」
「向こうはとやかく言いたくてしょうがないみたいだけどね。
 こないだタンカスロンについて教えてもらいに行ったら、しこたま愚痴られたんスけど。『一緒に屋台出すと客を二分されてもうけが減る』って」
「向こうは味、こっちは量。棲み分けできてると思うんだけどねぇ」
「ま、そこはしょうがないよ。向こうは活動資金がかかってるワケだし。
 いくら棲み分けできていても、客がそれぞれに流れることは事実でしょ」
 そう答えて――ジュンイチは、ケイがしきりに周囲を気にしているのに気づいた。
「どしたの?」
「いや……ミホは?」
「あぁ、そーゆーこと。
 けど残念。今日は西住さん来てないよ」
「あら、そうなの?
 珍しいわね。戦車がらみであなた達二人がそろってないなんて」
 ジュンイチの答えにケイが本当に不思議そうに首をかしげて――
「期末テストに向けての勉強会よ」
 そう答えたのは、サンダースのキッチンカーで買ってきた串焼き肉を両手に持った霞澄であった。
「みほちゃんは来たがってたんだけどね……一年生の子達から、戦車道の期末テストの筆記試験対策を頼まれちゃって」
「なるほどねー」
 霞澄の説明に納得すると、ケイは霞澄の前へと進み出て、
「ところで……あなたも大洗の生徒なのかしら? 初めて見る顔だけど」
「あー、そういえばケイさん初対面だっけか。
 母さんだよ、オレの」
「…………え?」
 ジュンイチのその答えに、ケイが思わず固まった。
「もう、何でさっさと言っちゃうかなー?」
「さっさとバラさないと、同級生のフリしてケイさんを煙に巻きかねないからな」
 あっさりとネタバラシをされて不満げな霞澄とそうはさせるかと答えるジュンイチ、二人のことをケイは交互に見比べて――
「た、確かに、言われてみれば二人ともよく似てるけど……
 え? 本当に母親? 若っ!?」
「フフフ、ありがと♪
 あなたなかなか見どころありそうね。どう? ジュンイチのハーレムに入らない? 今結成に向けて絶賛メンバー募集中よ?」
「だから、そーゆーのをやめろって言ってんだよっ!」
 驚くケイに告げる霞澄を止めるべく蹴り飛ばそうとするジュンイチだったが、霞澄はそれをあっさり回避――近接戦のエキスパートたるジュンイチの攻撃をかわす霞澄の身のこなしにますます驚かされるケイであった。
「毎度毎度、誰彼かまわずそーゆー勧誘をするんじゃないよ!」
「失礼ね。
 誰彼かまわず、なんて……ちゃんと見込みのある相応しい子をハーレムに誘ってるじゃないの」
「そもそもハーレム作って息子にあてがおうとすんなっ!
 あーっ、もうっ! それはそうとっ!」
 答える霞澄にツッコむと、ジュンイチは強引に話を変えた。
「ケイさん、ファイのヤツは一緒じゃないんスか?
 昨夜の内にはそっちに着いたと思うんですけど」
 ジュンイチが尋ねるのは仲間のひとりの動向――目の前のケイから誘いを受けていたファイは、この週末を利用し、サンダースの戦車道を見学させてもらうことになっていた。
 ファイはまだ小学生だというのに気の早いことだとは思うが、ジュンイチと同じブレイカーであり、身体能力も高いファイに今の内からツバをつけとこうという算段なのだろう。いずれにせよ結論については当人同士でつける話なので、ジュンイチとしてはとやかく言うつもりはなかったが、
「あぁ、ファイ?
 アリサに任せてあるわよ」
「…………なぬ?」
 ケイのその答えは、さすがに聞き捨てならなかった。
「アリサって……アイツこれから試合だろ?
 まさか……」
「えぇ。
 今日の試合、あの子にも戦車の乗員として参加してもらうことにしたわ」
 声を上げたジュンイチに、ケイはあっさりとうなずいた。
「聞けば、戦車の乗り方はそっちで教わったっていうから。
 だったら、もう実際乗ってもらった方が早いかな、って」
「あー……」
 そういえば、ウサギさんチームの面々が嬉々としてファイやあずさに教えてたなー、と思い出す。
「ってことは、さっきド派手に登場した戦車に乗ってんのか……」
 ともあれ、ケイの説明でファイの居場所はわかった。納得し、ジュンイチはフィールドとなる原野へと視線を向けた。
 そこにはすでにサンダース……もとい、フライングタンカースの戦車が入場しているのだが、ジュンイチの言う通り、先ほどずいぶんと豪快な入場を見せてくれた。
 なんと、輸送機による空輸と降下によって空から登場してみせたのだ。金持ち学校の本領発揮と言わんばかりの金をかけた入場に、ギャラリーは大いにわき立っていた。
 そんな、フライングタンカースの使用戦車は――
「にしても……サンダースってM22ローカストなんて持ってたってけ?
 前にスパイしに行った時には見かけなかったと思うんだけど」
「あぁ、レンドリースしてたのよ。
 今回の試合のために、ムリ言って返してもらったの」
 M22軽戦車が三輌。これまたサンダースの名前を出さないためのカモフラージュのためか、前面にファンシーなトラの顔が描かれている。
 だが、以前の全国大会でのサンダース戦、試合前に偵察のために潜入しに行った時にはシャーマン系ばかりでM22は見かけなかったはず――その時のことを思い出し、首をかしげるジュンイチだったが、ケイは「その時には手元になかったから」とその理由を説明してくれた。
「さて、と……
 それじゃ、これからアリサを激励に行くけど、どうする?」
「おー、行く行く」
 気を取り直して提案してくるケイに、ジュンイチは快く同意する――もちろん、ケイについて行けば対戦相手の“ムカデさんチーム”に会えるかもしれないとの打算があってのことである。
 そんな思惑を秘めたままケイの運転するジープに同乗させてもらうと、フライングタンカースのローカストは隊列を組んで動き始める。どうやらアリサ達も対戦相手にあいさつに行くつもりのようだ。
 やはりケイに同行したのは正解だった。「計 画 通 り」とほくそ笑むジュンイチを乗せ、ケイがジープを走らせることしばし。やがて先行するフライングタンカースが速度を落とし始めた。
 相手の戦車、待機所と思われる天幕が見えてきたからだ――が、その戦車を見て、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
 九七式装甲車――通称“テケ車”。
 しかし、ジュンイチが眉をひそめた理由は戦車の車種の問題ではなく――
「……なんか、ものすごーくデジャヴを感じる……」
 その戦車が、真っ赤に塗装されていたことであった。
 大洗でも、以前カバさんチームがV突を同じように真っ赤に塗っていた。結局目立って撃破されてしまったことで元に戻したのだが、アレと同じようなことをやらかしているということは――
「ムカデさんチームにも歴女がいるのか……?」
 そう連想せずにはいられなかった。停車したケイのジープから降りたジュンイチが苦笑して――
「いや、歴女っていうか……」
 そんなつぶやきに答える声があった。
「なんか、本当にご先祖様が武士だったらしいですよ、姫」
 そう続けてやってきたのは、女子高生の二人連れ――今の発言はその一方、金髪の女子の方が発したものだ。
「あんたらは……?」
「あぁ、私は楯無高校二年、松風鈴っていいます。
 テケ車の操縦やってます」
「私は松風はるか……あぁ、私は別に戦車には乗りませんよ。
 私はただ観戦に来ただけの、姫や松風さんのクラスメイトだから」
 ジュンイチの問いに先に答えたのは金髪の女子、鈴だった。続いてもうひとり、はるかが答え、二人でジュンイチやケイのもとへとやってくる。
「で? さっきの話ってどーゆーこと? ていうか、“姫”……?」
「あぁ、学校じゃまるでお姫様みたいに礼儀正しくて物静か、でもなんだか時代がかった話し方をするものだから、いつの間にかそういうあだ名が。
 それに……ご先祖様が本当に武士だったとか。あと武田がどうとかも言ってたなー」
「武田……ムカデ……
 ……ひょっとして“百足衆”か?」
「そう、それです」
 言い当ててみせたジュンイチに鈴がうなずいて――
「あぁっ!」
 そんなやり取りを交わす二人を――正確にはジュンイチを見て声を上げた人物がいた。
「ジュンイチお兄ちゃん!」
「おぉ、ファイ、ここにいたか」
 そう、ファイだ。駆け寄ってくる彼女に対し、ジュンイチも気軽に応じる。
「聞いたぜ。この試合に出るらしいな」
「うん。アリサお姉ちゃんの戦車の通信手で。
 もう、いきなりだからビックリしたよー」
 ジュンイチの話にファイがため息をついて――
「…………え?」
 そんなやり取りに動きを止めたのは鈴だった。
「……ジュン……イチ……?」
「………………?」
 どうしたのかと訝るジュンイチをまじまじと観察して――
「……えっと……
 そういえば、お名前をまだ……」
「あぁ、そういえば。
 オレぁジュンイチ。柾木ジュンイch
「えぇぇぇぇぇっ!?」
 しかし、ジュンイチが皆まで名乗るよりも早く、ジュンイチの正体を知った鈴が驚きの声を上げた。
「まっ、柾木ジュンイチ!?
 全国大会優勝の大洗チームのひとり! 大会総合MVP筆頭の!?
 それに、一緒にいるのはサンダースのケイ隊長!?」
「私は引退近いけどねー」
 さらに、ローカストの足元でアリサと話していたケイにも気づいて二度ビックリ。ケイが笑いながら返すが、鈴は落ちつくどころではないワケで、
「姫! しずか姫!
 出てきてよ!」
「応ッ!」
 あわてて天幕に声をかける鈴には、中からの勇ましい声が答えた。
 そして、天幕の中から姿を現したのは――
「よ、鎧武者!?」
 驚き、声を上げたアリサの言葉そのままの姿で現れた少女がそこにいた。
 整った容姿と大きなリボンが特徴的な、十人が十人認めるであろうレベルの美少女――なのだが、そのいでたちは楯無高校の制服の上から朱塗りの鎧と長弓で完全武装という個性的極まるものであった。
 もちろん戦車戦でするような格好ではない。アリサが驚くのも無理はないが――
「Fantastic!
 古式ゆかしい騎馬鎧! まさしく現代の騎馬武者たる軽戦車にぴったりだわ!」
 ケイには大ウケであった。
「あ、あの……姫?
 その弓何? やるのは戦車戦だよね?」
「あー、別に問題ないぞ。
 全国大会見たんだろ? オレずっと白兵戦やってたろ」
 一方で鎧武者の少女――“姫”に尋ねるのは鈴だが、そんな彼女にはジュンイチが説明する。
 そんなやり取りが聞こえたか、“姫”がジュンイチへと視線を向けて――
「――――っ!?」
 驚き、その目が見開かれた。
「……姫?」
「松風さん。
 その殿方は、まさか……」
「うん。柾木ジュンイチさん。
 サンダースのケイ隊長についてきたんだって」
「ほぅ……」
 鈴の答えに、目の前の人物が自分の予想通りの相手だとわかった“姫”の目が興味深げに細められた。
「なるほど、貴殿が大洗の懐刀の……」
「え、ちょっと待って。
 懐刀って、オレってそんな認識なワケ?」
「不満なりや?」
「あぁ、不満だね」
 時代がかった口調で聞き返してくる“姫”に、ジュンイチは口をとがらせてそう答え、
「懐に隠れてるつもりなんかねぇよ。
 むしろメインの一振りだわ。ガンガン前出てぶった斬るわ」
「フッ、勇ましいな。
 やはり男子おのこ武士もののふたる者、そうでなければな」
 ジュンイチの言い分は彼女のお眼鏡に適ったようだ。満足げにうなずくとジュンイチの前へと進み出て、
「名乗りが遅れて失礼致した。
 楯無高校二年、鶴姫しずかと申す」
「大洗女子の特例在校生、柾木ジュンイチ。二年だ」
 自己紹介する“姫”改めしずかに、ジュンイチもまた不敵な笑みと共に名乗り返す。
 握手は交わさない。代わりににらみ合うような勢いで挑発的な視線を交わし、
「……フッ」
 矛を収めたのはしずかの方であった。
「“やめておこう”。
 今の私では、貴殿にこの牙を突き立てるにはまだ未熟が過ぎるようだ」
「安心しろ。
 それがわかる時点で、お前もじゅーぶん“こっち”側に片足突っ込んでるから」
「え? え?
 何? どういうこと?」
「アレ」
 しずかと彼に返すジュンイチのやり取り、主語が欠落しているにもほどがある会話に首をかしげる鈴には霞澄が、しずかの腰に差された脇差を指さしながら答えた。
「彼女、アレでジュンイチに斬りかかろうとずっとスキを伺ってたのよ。
 けど、ジュンイチもジュンイチでそれに対するカウンターの気配をバシバシ放ち返して――どうあっても打ち込むのはムリだと判断した姫ちゃんの方が白旗を揚げた、と」
「いつの間にそんな攻防が?
 私にはただあいさつして、その後しばらく見つめ合ってたようにしか見えなかったけど」
「そりゃ、視線や手足のわずかな動きでのフェイントの掛け合いだったんだもの。傍目にはただ話してるようにしか見えないわよ」
 思わず聞き返すケイにも、霞澄はあっさりと答えた。
「だからこその、さっきのジュンイチのセリフよ。
 本当に力の及ばない未熟者なら、ジュンイチのカウンターの気配に気づくことなく、斬りかかって迎撃されてたでしょうね」
「けど、あの子は、それを察して矛を収めた……
 アイツの実力を見抜ける“目”と、自分の力の不足と負けを認められるだけの潔さを持ってるってことね……」
 続く霞澄の説明に、アリサが納得してつぶやく――が、アリサは気づかなかった。
 そんな自分の姿に、満足げな笑みを浮かべる、ケイの視線の意味に――



    ◇



〈ヘーイ、みんな! 調子はどーだいっ!?〉
 ともあれ、事前に取り決めてあった試合開始時刻が迫ってきたので、ギャラリー向けの選手紹介である。マイクを持った進行役の少女が高らかに声を上げる。
 ちなみに進行スタッフはすべて有志というのが慣例だ。今回は勝敗の判定に関わる審判だけをギャラリーの中にいた戦車道経験者の人達にお願いし、それ以外の面々はすべてサンダースの生徒達によって賄われている。
〈何でもアリのタンカスロン! ある意味ルーキー同士の戦いだぁ!〉
「……『ルーキー』? 『ある意味』?」
「あぁ、アリサはタンカスロンは初めてよ。
 ギャラリーとしては何度も来てるから、勝手はわかってるはずだけど」
「なるほど。
 そりゃ確かに“ある意味”“ルーキー”だわな」
 首をかしげて尋ねたところ、ケイが説明してくれる――ジュンイチが納得する中、話題は両チームのリーダー紹介へと移る。
〈戦車道連盟にはナイショだぞ! 義勇戦車チーム“フライングタンカース”アリサッ!
 サムライコスチュームガール! チーム“ムカデさん”鶴姫しずかァッ!
 三対一のフラッグ戦! こいつぁスパルタンだ!〉
「……よーやるわ」
 流れる実況の内容に、ジュンイチは軽くため息をついた。
 そう、この試合は三対一のハンディキャップマッチなのだ。
 物量作戦を得意とするサンダースには明らかにに有利なこのルール、すでに周囲のギャラリーからはフライングタンカースの勝利を確信する声が多数上がっている。
 そんな周りの様子に、しずか達は大丈夫なのかと心配するはるかだったが、
「……さて、それはどうかしらね」
 ケイの意見は違った。周囲の声に対し、否定の言葉を口にした。
「単純に考えればアリサの勝ちは揺るがないだろうけど……そう簡単にはいかないことを私達は知ってる。
 何しろ……これ以上の戦力差であってもひっくり返した例を、最近見たから……私達は」
「それって……」
「まー、十中八九、大洗ウチだろうな」
 つぶやき、視線を向けてくるはるかに対し、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめた。
「いや、十中八九どころか確実に大洗でしょ!
 全国大会見たよ! 本当にすごかった!」
「ハハハ、そう言ってもらえると光栄だね」
 はるかの賛辞まじりのツッコミに、ジュンイチはカラカラと笑う。
「まぁ、確かにケイさんの言う通りさ。
 オレ達はサンダースもプラウダも黒森峰も……圧倒的に戦力で上回ってる連中を蹴散らして優勝までやってのけた。
 けど……言うまでもないことだけど、それは誰にでもできることじゃない。
 普通は、自分達の三倍の戦力なんて出されたら勝ち目なんてありゃしない。オレ達はむしろ異常な特殊例と考えるべきだ。
 つまり――」
「『つまり』……?」
「この試合は、どっちが勝とうがオレにとっては好都合ってことさ」
 続きを促すケイに、ジュンイチは答えた。
「この試合がどんな結果になろうが、オレが見たいモノは見れるからな――」



「ムカデさんチームが“どっち側”なのか……ってところをな」



    ◇



 公式戦とは違い、タンカスロンでは(主に「開始の号砲の花火は誰が用意するんだ」的な理由から)基本的に敵味方顔をそろえた状態からスタートする。公式戦で言うところのスタート地点に一度移動し、そこから戦いに向かうことになる。
 つまり、スタート地点への移動が早かった方が先に戦闘態勢に入ることができるということだ――と、いうワケで、先制のアドバンテージを得るべくムカデさんチームのテケ車は全力疾走中。
 なおポジションは鈴が操縦手、しずかがそれ以外のすべて、である。しずかの負担の大きな分担に見えるが、テケ車は元々二人乗りなのでこれが正規である。
「……ねぇ、しずか姫。
 どう戦うの? 相手は三輌だよ?」
 そんなテケ車の操縦手席から尋ねる鈴だが、しずかからの答えはない。
「ちょっと、聞いてるの、しずか姫!?」
 改めて尋ねるが、やはり答えはない――代わりに、獰猛な笑みを浮かべ、しずかは一言だけ、
「ムカデさんチーム……参る!」
 あ、コレダメなヤツだ――高揚したテンションに完全に身を任せ、こちらの話を聞いてもいないしずかの姿に、鈴は意見を求めることをあきらめた。



    ◇



「――Hey、ジュンイチ」
「ウッス、ナオミさん」
 声をかけられ、振り向いたそこには両手にドリンクを持ったナオミだった――すでに気配を捉えていたジュンイチがあわてることなく平然とあいさつを返した。
「すまないね。
 来てるって知らなかったから、ドリンク買ってこなかったよ」
「いや、そこまで気ぃ遣わなくていいから」
 ジュンイチがナオミに答えると、ナオミからドリンクを受け取ったケイが声をかけてきた。
「ところで……マッキーならどう戦う?」
「あの“ムカデさんチーム”の立場だったとしたら……か?」
「Yes.」
「ふーん……」
 ケイの問いに対し、ジュンイチは少し考え、
「オレなら……しこたまトラップ仕掛けたキルゾーンに誘い込むかなぁ」
「うん、そうね。
 話振っといて何だけど、たぶんそうだろうとは思ってたわ」
「あらら、読まれてたかー」
「そこまではね。
 あなたの場合読めないのはその手段の方だからね――ワナの内容とか、キルゾーン突入を回避不可能な方向に持ってくその手段とか」
 ケイの答えに肩をすくめるジュンイチだったが、
「けど……それはあくまで“オレなら”って話だ」
 ジュンイチの話には続きがあった。
「さっきオレといきなり水面下でやり合ったところから見ても、そーとー血の気が多そうだからなぁ、あの姫さん。
 加えてあの時代がかった思考パターン……」
 つぶやき、考え込んで――ジュンイチは顔を上げ、ケイへと視線を戻し、
「ケイさん。
 前に言ってたよな? 『自分達がやってるのは戦争じゃない、戦車道だ』って」
「えぇ」
「そして、関国商は『戦車道じゃなく戦争』をやらかしてくれた」
「……そうね」
 一瞬、その件については部外者のはるかがいるのに何口をすべらせてるんだと胆を冷やすが、幸い当のはるかは気づかなかったようだ。不思議そうに首をかしげているはるかの姿に内心で安堵し、ケイはうなずく――そんな彼女に対し、ジュンイチは続けた。
「おそらくあの姫さんの望みはその中間だ。
 別に戦争がしたいワケじゃない――けど、かと言って安全に配慮された公式戦車道じゃ物足りない。
 だからこそタンカスロンに首を突っ込んできたんだろう」
 言って、ジュンイチは息をつき、
「もし、あの姫さんの人物像がオレの考えてる通りなら――」



「アリサは、またまた未知の戦い方にさらされることになるだろうね」



    ◇



 その後、しずか達はスタート地点に到達。すぐにその場を離れ、茂みの中へと潜伏していた。
 定石として考えるなら、数で劣るムカデさんチームの行動の最適解はこのまま相手を待ち伏せての奇襲、といったところだろうが――しずかにはそんなつもりはさらさらなかった。
 ただ、これからやることのために、その間だけ戦車の安全が確保できればそれでよかった。テケ車から離れ、様子を伺いながら懐を探る。
 そして取り出すのは発煙筒だ。矢に括りつけると作動させ、煙を吹き出させて――



 その矢を、天高く射放った。



    ◇



『な……っ!?』
 そんなしずかの行動は、アリサ達はもちろん誰の目にも意外としか言いようのないものであった。
「自ら位置を暴露した!?」
「正気か!?」
「三対一なんだぞ!?」
 ギャラリーからも口々に困惑の声が上がるが、
「……挑発、ですね」
「そうね」
 一方で、気づく者は気づいていた。つぶやくナオミに、霞澄は迷わずうなずいた。
「今頃、あのお姫ちゃん、こう思ってるでしょうね。
 『かくれんぼに非ず、合戦が所望』ってね」
「だろうねー」
 霞澄の言葉にうなずいたのはもちろんジュンイチだ。
「そういうリアクションするってことは……さっき言ってた人物像のイメージ、ドンピシャだったみたいね」
「まぁね。
 アイツの思考は、どっちかっつーと戦車道よりも実戦、ガチの戦争寄りだ。
 ただ……」
 ケイにもうなずいて、ジュンイチは戦場へと視線を戻し、
「アイツのそれは、近代戦闘を基本としたオレとも、反則上等できやがった関国商とも違う。
 武人、侍寄りの戦場観――武士道と言ってもいい。
 あのお武家様口調は、ポーズだけじゃなかったってことだな」
 ジュンイチの言わんとしていることは、ケイにもなんとなく理解できた。
 戦車道……というか、近代戦車戦の常識で考えるなら、数で劣るムカデさんチームがとるべき戦術は基本的には真っ向勝負を避けての奇襲が主軸となる。
 そして、対するアリサ達フライングタンカースはムカデさんチームに奇襲をかけられるよりも早く見つけ出して狩り立てる見敵必殺サーチ・アンド・デストロイが基本だ。
 だが――しずかはそれを否定した。自ら位置をさらし、アリサ達を自らのもとへと誘導するような行動に出た。
「オレがムカデさんチームなら、さっき言ったみたいにトラップマシマシのキルゾーン作って誘い込むところなんだけど……」
「でも……彼女達はあなたじゃない」
 意図を読み取ったケイの言葉に、ジュンイチはうなずいた。
「オレはアイツらじゃないし、アイツらもオレじゃない。
 さて、アリサはそれに気づけるかね……?」



    ◇



「アイツ……!」
 しずかの放った発煙筒付きの矢――出来上がった煙の柱の根元にしずか達がいるのは想像に難くない。すぐに移動したとしても、そう遠くには行けないはずだ。
 だが、アリサはそちらに向かうことを躊躇していた。
 なぜなら――
(この戦車道の常識を無視した戦い方、まるで……)
 同じような相手に突っ込んでいって、痛い目を見た経験があったからだ。
 全国大会で対戦した際、ジュンイチに自分の策を逆手に取られてさんざんに弄ばれたことを思い出す。
 しずかの行動からは、ジュンイチと同じものを感じる。うかつに突っ込めば、勝っても負けてもロクなことにならない予感しかしない。
 ここは相手に付き合わず、事前に決めた作戦の決行を保留して様子を見るのもアリかと考えるが――
「アリサお姉ちゃん……?」
「………………」
 足元から声をかけられ、我に返る――正規の担当に代わって通信手席に座るファイに見上げられ、アリサは思い直した。
「……いくわよ。
 小細工上等。まだ主導権は私達にある!」
 まるで己に言い聞かせ、鼓舞するようにアリサが言う――いや、実際に自らへと言い聞かせ、己を鼓舞していた。
(そうだ……ここで臆してどうするの!
 隊長が引退した後、サンダースを引き継ぐこの私が!)
 そんな自分が、いつまでもあの敗戦を引きずっているワケにはいかない。
 しずかの戦いがジュンイチのそれに近いものだというなら、むしろ好都合ではないか。彼女に勝利することができれば、あの敗戦によって植えつけられた苦手意識に打ち克つことだって――
「予定通りヤツの鼻面を引きずって……ケツを蹴り飛ばす!」
<<『了解!>>』
 アリサの言葉に、車内から、無線から仲間達の声が答える――当初の作戦通り、仲間の二輌がアリサ達のフラッグ車を置いて動き出した。



    ◇



「二輌が先行した!?」
「フラッグ車がガラ空きだ!」
「……ふーむ……」
 ギャラリーからも、アリサ達の動きは見えていた。周りから声が上がる中、ジュンイチは軽く息をついた。
「アイツにしては、思い切った作戦に出たな」
「当然よ。
 アリサは私達が引退した後サンダースを率いる女よ。いつまでもあなた達と戦った頃のアリサじゃないわ」
「えっと……『思い切った手』って……?」
「一言で言うなら、囮作戦ね」
 首をかしげるはるかには霞澄が答えた。
「アリサちゃんはわざと護衛の二輌を先行させる形で遠ざけて、フラッグ車をガラ空きにしたのよ。
 フラッグ車――つまり大将首が無防備になれば、数の面で不利なムカデさんチームとしては絶好のチャンスよ。何しろアリサちゃん達を仕留めれば勝ちなんだから。
 そうやって、自分自身を囮にムカデさんチームを誘い出して、食いついてきたところで先行する二輌が反転、挟み撃ちの形へと持っていく……そんな作戦なんでしょうね」
 霞澄がはるかにそう説明して――
「まぁ、それも“あの姫さんが乗ってきてくれたら”って話だけどね」
 そう口をはさんできたのはジュンイチだった。
「マッキーは乗ってこないと思うの?」
「少なくともオレなら乗らない」
 ケイの問いに、ジュンイチは迷わず断言した。
「オレがアリサの立場なら、囮作戦なんかしないで三輌一丸になって正面突撃かますね」
「力ずくで押しつぶすのかい?
 からめ手が得意なジュンイチにしては珍しい判断だね」
「あのねぇ、ナオミさんや。
 いくらオレがからめ手好きだからって、使わなくてもいいところでまでからめ手盛り込んで作戦ややこしくする趣味はないよ」
 首をかしげるナオミに対し、ジュンイチは心外とばかりにフンと鼻を鳴らし、
「それに……からめ手を使った方が危険だとなればなおさらでしょうが」
『危険……?』
 周りの全員が首をかしげてくれたので、ジュンイチは答えた。
「オレがムカデさんチームの側だとして、今のこの状況、アリサ達のあの動きを前にしたら、とるべき選択肢はズバリ――」



「手当たり次第だ」



    ◇



「さぁて……お手並み拝見ってところかしらね」
 斥候にして囮である、先行するローカスト二輌――その一方の上で、戦車長はテケ車の姿を探していた。
 あんな真っ赤に塗られた戦車が、こんな草原や森の緑の中で目立たないはずがない。すぐに見つけられるはずだと周囲を見回し――結論として、相手の姿はそれから対して間を置くことなく見つかった。
 というか、向こうが再び自らの居場所を強烈にアピールしてくれた。
 ローカスト二輌に向けて――



 勢いよく放った、鏑矢によって。



「きゃあっ!?」
 狙いは自分達から明らかに外れていた。おそらく相手も当てるつもりはなかったのだろう――が、いきなり矢が飛んでくれば当たる当たらないの前にとりあえず驚くのが普通だろう。
 だから、思わず可愛らしい悲鳴を上げてしまった彼女はきっと悪くない――そんなローカスト戦車長の脇を、鏑矢は甲高い風切り音を立てて駆け抜けていった。
 我に返るとすぐに矢の飛んできた方を確認すると――いた。
 茂みから、真っ赤に塗られたテケ車が茂みから姿を現した。それどころか、車上の、弓を携えたしずかはこちらに向けて手招きまでしてくるではないか。
「敵発見! 追尾します!」
〈OK!
 私も行く! 囲い込め! ヤツの尻尾を放すな!〉
 報告の言葉に、アリサからの指示が返ってくる。アリサ達が誘い出すという当初の手はずとは違ってしまったが、それならそれで、数の優位にモノを言わせて追い立てるだけだ。
 アリサの指示に従い、ローカスト二輌はテケ車に向けて突撃する――



 それが、判断ミスだと気づかないまま。



 彼女達は、もっと疑問に思うべきだったのだ。
 なぜ、しずか達がこの場に現れたのか。
 フラッグ戦のルールを考えれば、単独でうろついている(ように装っている)アリサ達のフラッグ車を叩きに行くのが筋だろう。「アリサさえ倒せばムカデさんチームの勝ち」というルールをわかっているなら、三対一という劣勢を跳ね返す手段は何かと考えたら、むしろそれが自然であろう。
 にもかかわらず、しずか達はこの場に現れた。
 フラッグ車ではなく、随伴車の前に――その意味に、フライングタンカースの面々は考えを振り向けることができなかった。
 ただの偶然だろうと――アリサ達のもとへと向かう道中でたまたまこちらと遭遇した、程度の話だろうとタカを括ってしまった。
 そんな自分達の考え違いに気づいたのは、しずか達が最初から自分達を狙ってこの場に現れたのだと、彼女らが遅まきながらに気づいたのは――
「押せやぁっ!」
 しずかの号令で鈴の操るテケ車が、逃げるどころかこちらに向けて突っ込んできたのを目の当たりにしてようやく、であった。



    ◇



「……へぇ」
 それはまさに抜き打ち、すれ違いざまの一撃必殺――逃げると思いきや逆に突撃を受けて動揺するローカストに肉迫、至近からの砲撃を叩き込みつつそのまま駆け抜けるテケ車の姿を見て、ケイは感嘆の声を上げた。
 当然、もう一輌のローカストは黙ってやられるつもりはない。すぐにテケ車へと主砲を向けて――しかし、そこで発砲をためらってしまった。
 テケ車が、撃破したローカストを背にしていたからだ。すでに撃破された後とはいえ、外したら味方に当たるその状況につい躊躇してしまう。
 そして――その一瞬は致命的であった。すぐに「当たってもカーボンコーティングがあるから乗員は大丈夫」と思い直して再度照準、今度こそ発砲するが、すでに鈴はしずかの指示でブレーキをかけていた。進路を予想する形で放たれた砲弾は寸前で停車したテケ車を捉えることなく、その先の地面をえぐるだけの結果に終わる。
 これで、ローカストは再装填が終わるまでは何もできない――そのスキを見逃すムカデさんチームではなかった。すかさず距離を詰め、至近からの一撃でローカストを撃破するその姿はさながら白兵戦の組み討ちの如し。
「なるほど。
 マッキーの言ってた『手当たりしだい』ってこういうことだったのね」
「各個撃破、か……」
 ケイが言ってるのは先ほどの会話のこと――彼女やそのとなりで結論を口にするナオミにうなずくと、ジュンイチは周囲を見回した。
 周りでは「ローカスト二輌を喰った!?」「なんでそっちに喰いつく!?」とムカデさんチームの行動に驚きの声が上がっている。どうやらギャラリーのみなさんもしずか達のこの動きは予想外だったようだ。
「でも、よくわかったわね。
 やっぱり、戦車道の枠にはまらない者同士、考えも近いのかしら?」
「枠云々とは別の話だよ、これに関しちゃね。
 どちらかと言えば、戦車道よりもプロファイリングの域の話さ」
 そうケイに返すが、当のケイは今ひとつピンとこないようだ。
 見れば、はるかもワケがわからないようでしきりに首をかしげている――今までの言動で、はるかの戦車道の知識が浅いのは何となく察しがついていたので、ケイですらこの有様では無理もないと苦笑したジュンイチは詳しく説明してやることにした。
「この展開に至った一番の原因は――ズバリ、『お互いの望みの食い違い』だ」
「望みの……」
「食い違い……?」
「そう。
 アリサはあくまで目的を“この試合の勝利”に据えて、勝つために囮作戦をとった。
 けど……姫さんの目的は違った。
 忘れてないだろ? あの姫さん、試合前にオレに突っかかろうとしてたろ――これから試合だってのに、おかまいなしに」
 ケイとはるかに答えるジュンイチの言葉に、その時その場にいなかったナオミを除く一同が「あぁ」とその時のことを思い出す。
「あの好戦的なノリから、姫さんのご要望は試合の勝利じゃなく、戦いそのものだと推測できる。
 勝ち負け、そんな“結果”よりも“過程”の方が大事。戦いの中のスリルと興奮がお望みなんだろうよ」
「やけに言い切るわね?」
「知り合いにひとり“同類”がいるんスよ。
 それも、あの姫さんよりも軽く百倍以上は強烈なヤツが」
 尋ねるケイに、ジュンイチはげんなりした様子でそう答える――関国商との一件からもわかるように嫌いな相手はハッキリ嫌うジュンイチにしては珍しいその嫌がりように首をかしげるケイだが、その“同類”の正体に思い至った霞澄は思わず苦笑する。
「話を戻すと……だ。
 あの姫さん的には、大将さっさと叩いて試合終了、じゃぜんぜん食い足りないんだろうよ。
 大将叩いたら終わっちまうっつーなら、他をおいしくいただいてから、最後にじっくりメインディッシュ、ってワケだ」
「そうした、あのサムライガールの戦闘狂じみた思考を、アリサは読めなかった。
 アリサとしては戦術として真っ当に包囲殲滅戦を仕掛けたつもりなんだろうけど、それが結果として、むしろ彼女の望む通りのシチュエーションを提供してしまった……か」
「ま、ざっくり言うとそーゆーことだね」
 ナオミに答え、ジュンイチは軽くため息をつき、
「しかも、始末の悪いことに戦術的にも姫さんの行動はアリサの作戦への対抗策として有効だったりするからなぁ。結果オーライにも程があるだろコレ」
「有効? 各個撃破が?
 でも、大洗は全国大会じゃ戦車を分散させた時にはだいたいフラッグ車狙いに徹してなかった?」
「現状、長期戦向きじゃない事情抱えてるからね、ウチは」
 自分達との試合を始めとした全国大会での大洗の試合の数々を思い出して尋ねるケイに、ジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
「ウチは急造で鍛え上げた連中が大半だからなぁ。
 実力やフィジカル的には十分な形に仕上げられたと自負しちゃいるが、経験値ばっかりはどーにもならん。
 メンタル的にはまだまだひよっこの域を出ちゃいないんだ――そんな状態で分散させた敵を一輌一輌チマチマつぶしていくような長丁場の作戦なんて、どこで誰の集中力が切れるかわかったもんじゃねぇ。
 だから、そうなる前に勝負を決める必要があったんだよ」
 言って、ジュンイチはフィールドへと視線を戻し、
「そういう制約がないのなら、こういう状況での対応としてはあの姫さんの行動は正解だよ。
 まともに相手しようと思ったら三対一だけど、包囲するために分散したところにそれぞれ各個撃破すれば一対一×3。連戦にはなるけど少なくとも数の不利は消滅する。
 加えて今回の場合、フライングタンカースの方は姫さん達が単騎でウロウロしてるアリサのフラッグ車を狙うだろうと思ってたろうからな。予想を裏切られた驚きもあって効果はさらに倍プッシュだ。
 ただ……」
「……『ただ』?」
 聞き返すケイに対し、ジュンイチは視線でフィールドを指した。それに従い、テケ車をよく観察して――
「…………あ」
 ケイも気づいた――うなずき、ジュンイチが告げる。
「継戦能力って意味じゃ……かなりギリギリだったみたいだね、アレ」
 そう告げるジュンイチの視線の先では――この距離でもわかるほどに右の駆動輪をぐらつかせているテケ車の姿があった。



    ◇



「……姫、マズイ。
 足回りが変……今のでイカレたみたい」
 テケ車の足回りの不調は、操る鈴が一番よくわかっていた。
 そして、その原因にも心当たりがあった。やはり、ぶちかまし覚悟の突撃二連発は、衝突せずに済んだとはいえそれでもけっこうな負担だったようだ。
「どうするの、姫!?」
 こうなっては先ほどのような突撃はおろか、まっすぐ走ることも難しい。戦い方を変えるべきではないかとしずかの判断を伺うが、
「やぁやぁ、我こそは楯無高校は百足組、鶴姫しずか也!
 いざ尋常に勝負!」
「……デスヨネー」
 足回りの異常、“その程度のこと”で戦いを放棄する人間ではないことぐらい、とっくにわかっていたことだ――砲塔、キューポラから身を乗り出して堂々と名乗りを上げるしずかに、鈴は思わずため息をつく。
 そう――わかっていたことだ。
 何しろ、自分をこの世界に引き込んだその時から、ずっとこのノリに付き合ってきたのだから――







 松風鈴は、どこにでもいるただの女子高生だった。
 好きなもの、得意なことはあれど特に目立つほどのものでもなく、ただただ“その他大勢”に埋没していくだけの、ただの女子高生だった。
 そんな自分だから、何事もなく平凡な毎日が、これからずっと続いていくんだろうと思っていた。



 つい、先日までは。



「サンダース高が負けた!?」
「相手は!?」
「大洗!? 誰か知ってる!?」
「そんな無名校が!?」
 何か、大変なことが起きている――騒ぐ他の生徒達の姿にそう感じた。
 だが、“大変なこと”はそれだけでは終わらなかった。
 二回戦、対アンツィオ高校戦――勝利。
 三回戦、対関西国際商業高校戦――勝利。
 準決勝、対プラウダ高校戦――勝利。
 そして――

 決勝戦、対黒森峰女学院戦――勝利。

 大洗は伝説を打ち立てた。
 ついこの間まで、自分達と同じように目立つこともなく“その他”大勢の中に埋もれていたであろう彼女達が。
 その姿は、鈴の、そして彼女達と同じように今回の騒ぎをきっかけに戦車道に触れた少女達の中の“何か”を動かした。
 だからだろう――考えずにはいられなかった。
 自分達も、戦車で輝いてみたい、と――



「えぇぇぇぇぇっ!?
 ウチ戦車道部ないの!?」
 だが現実は非情であった。早朝、教室で遠藤はるかから知らされたその事実に、鈴は思わず悲鳴に近い叫びを上げていた。
「そう。
 授業としてやってないのは知っての通り。
 部活の方も十年前に廃部だって。部員不足が原因だったってさ」
「なによう。
 せっかくやる気になったのにぃ」
「一時期本当に廃れてたからねー、戦車道。
 あの大洗も、20年間戦車道から離れてたって話だよ」
 肩を落とす鈴にはるかが答えると、
「おはよう、松風さん」
 そんな二人――というより、机と机の間の通り道をふさいでいた鈴に声がかけられた。
「後ろ失礼」
「あ、ごめんなさい。
 おはよー、しずか姫」
 そう、しずかだ。謝罪からの流れであいさつする鈴に会釈を返し、鈴のどいた後を抜けて自らの席につく。
 ともあれ、このやり取りはこれで終わりだ。鈴ははるかとの話に戻り――
「――ときに松風さん」
 否。しずかの方が鈴に用があったようだ。
「あなた……戦車、始めるつもりなりや?」
「あ、いや、何というか、ちょっと興味が出て……」
 しずかの問いに、話に加わってくるとは思っていなかった鈴が動揺するのも無理はない。が――
(…………ん?
 戦車の話に混じってきた、ってことは……)
 しずかが話に加わってきた、その“意味”を考える――ひょっとして、しずかも戦車道に興味があるのではないか、と。
 だから――
「……あ、あの、しずか姫……?」
 鈴は、思い切って声をかけてみることにした。
「一緒に戦車道……しない?」
「断る」
 即答であった。
「戦車道ならば断る。
 私は『道』がつくものは好かぬ」
「そ、そうっスねー……」
 キッパリと捕捉してくるしずかに対し、鈴はごまかすように笑い――
「…………ん?」
 ふと気づいた。
「でも、姫……?
 確か、弓道やってたんじゃ……」
 そうだ。しずかは誰もが認める弓道部のエースだったはず。「『道』とつくものは好かない」と言うのなら、弓道だって同じはず――
「しずか先輩!」
 鈴のその疑問には突然割って入ってきた声が答えをもたらした。
「なんで弓道部辞めちゃうんですか!?」
「大会前の一番大事な時期なのに!」
「戻ってきてくださいよ〜っ!」
「……あー……」
 後輩らしき女子達が静かを囲んで騒いでいるその光景に納得する――本当に『道』とつくものを好いていなかった、と。
 だが――鈴はそんな先の疑問の答えよりも、まるでまったく違う光景を見ているようなしずかの視線の方が気になっていた。







 結局、その時はそれ以上話すこともできず、断られたこともあって、しずかとの戦車道の話はそれで終わったかと思われた。
 だが――
「松風さん」
 決して終わっていなかったことを知ったのは、放課後――昇降口で待っていたしずかから声をかけられた時のことだった。
「朝の件……本気なりや?」
「え……?」
 一瞬何の話かと記憶を掘り返して、すぐに今朝の戦車道の話だと思い至る。
「戦車は甘くない。
 輝くどころか、鉄の棺桶の中で、生きながらにして松明のように焼き尽くされるやもしれぬ」
 しずかの言っていることは、決して大げさな話ではない。
 確かに、戦車道では特殊カーボンによる保護加工や規定砲弾によってある程度の安全性は確保されているが、あくまでそれは“ある程度”というレベルでの話でしかない。
 事故の可能性は他の武道・スポーツと変わらないし、万が一事故が起きた際の危険性は他競技の比ではない。ケガはもちろん、下手をすれば生命に関わる事態に直面するリスクは、他の競技よりもずっと高いのだ。去年の全国大会決勝戦で、エリカや小梅の乗る戦車が川に滑落、水没しかけたあの事故のように。
 今年の決勝戦にもかかわる話だったということでマスコミも盛んに取り上げていたから、鈴も去年の決勝戦の事故のことは知っていた。だから、しずかが何を言わんとしているのかは何となくわかった。
 要するに、しずかは覚悟を問うているのだ。去年の全国大会で水没した戦車のように、戦車に乗ることで自分達の命が失われるかもしれない。それでもなお、戦車に乗りたいのか――と。
 だが、その問いは突然問われて答えられるような問いではなかった。いきなりの重い問いかけに困る鈴に対し、しずかは答えを急かすよりもひとまず話を先に進めることにした。
「それでもなお、突き進むというのなら――」



「戦車は、ある」







「ぅわぁ……」
 「とにかく見てみるといい」としずかに案内されたのは、艦上学園都市の住宅街の一角、彼女の暮らす屋敷である。
 そう、“屋敷”だ――寮住まいではなく家族ぐるみで学園に居住しているクチであり、しかも何代にも渡ってそれを続けているけっこうな名家だったのだ。
「しずか姫、本当にお姫様だったんだ……
 でっかいお屋敷〜」
「大したことではない。代々造り酒屋なだけぞ。先祖に聡い人がいたらしい」
 感嘆の声を上げる鈴に答え、しずかは彼女を庭の方へと案内する。
「そして……先代の世代に、戦車趣味に足突っ込んだ数寄者がいてな……」
 連れてきたのは、庭に面した土蔵の前。重い扉を力ずくで押し開けて――
「九七式装甲車――“テケ車”……!」
 そこに置かれていた戦車を前に、鈴は思わずその名を口にしていた。
 なぜその名を知っていたのか――答えは簡単。
「不足ないか?」
「最高です!
 テケたんは二人乗りだし、故障も少なくて扱いやすかったって――まぁ、初心者向けの教本の受け売りだけど」
 興味がわき、やってみたいと思い立ち、調べてみた時、初心者向け戦車として真っ先に紹介されていた戦車だったから。
 二人しかいない手前、操縦手以外の役目はすべて車長に集約されて大変なことになるものの、逆に言えば二人しかいないからこそ指揮系統は単純だし、ほとんどの役目が集約されているからこそ、車長は多くのポジションの作業をまとめて経験できるし、これがこなせるようになればもっと乗員の多い戦車に乗り換えて分担が広がった時かなり楽になる。
 そのため、連携を覚える前、基礎の鍛え上げの段階の練習に向いた戦車のひとつとしてそれなりに名が知れているのだが――
「でも、戦車道の大会に出るのはキツいかな。軽いし、連携を取ろうと思ったら車長はいろいろ忙しくなっちゃうし……」
「かまわぬ」
 それはあくまで“練習用として”という話だ。試合に出るには心許ないと眉をひそめる鈴だったが、しずかは特に気にしていなかった。
 なぜなら――
「私達がやるのは、戦車道にあらず――」



「タンカスロンなり」

 彼女の求める“戦場”は、戦車道の世界にはなかったから――



    ◇



 こうして、しずかと鈴はタンカスロンの世界に足を踏み入れた。
 テケ車を再整備し、色も塗り直し、家系にあやかった百足の旗印のマーキングから大洗に倣い「ムカデさんチーム」を名乗った。
 そして、試運転に出かけた本土の演習場でアリサと出会い、試合をすることになり、現在に至る。
 そう――しずかは最初から、自分をこの道に誘い入れにきたその時から、己が魂を揺さぶるように激しく、燃やし尽すように熱い戦いを望んでいた。
 そんなしずかが、たかだか足回りの調子が悪いぐらいで消極策に転じるだろうか?――
(…………うん、ないね)
 否――断じて否である。
 ならば自分はどうするべきか――もはや考えるまでもない。
 ただ単に興味がわいただけ、技術も何もなく、軽い気持ちでしかなかった自分を相棒と見込んでくれたしずかの期待に応える――それだけだ。
「しっかりつかまっててよ――姫!」
 告げると同時、アクセルを思い切り踏み込む。急加速に加えてぐらつく履帯の影響も重なり、テケ車は荒れ地をまるで暴れ馬のように跳ねながらアリサのローカストへと突っ込んでいく。
「アイツら――正気!?」
 当然、常識的に考えればトンデモナイ暴挙だ。擱坐どころか転倒のリスクすらおかまいなしの突撃に、アリサがムカデさんチームの正気を疑うのも無理はない。
 戦車道の常道から考えれば、ここは後退が正解だろう――あんな無茶、いつまでも続くはずがない。右の駆動系が壊れるか転倒するか、いずれにせよそう遠くない内に自滅するだろう。
 が――
「行こう!」
(ファイちゃん!?)
 提案したのは通信手席のファイだった。常道とは正反対の提案に一瞬戸惑うが、
(そうだ――行く!
 また臆してた――乗り越えるんでしょうが、私は!)
 しずかを倒すことで、常道の外の戦いへの苦手意識を払拭する――そう誓ったのを早くも忘れていた。
 ファイの声に、己の目指すものを思い出したアリサは、突っ込んでくるテケ車を真っ向からにらみつけた。
「迎え撃つ!
 でもまだ撃たないで――ギリギリまで引きつける! 根性を見せろ!」
 後退はしない――しかし前進もしない。
 確実に迎え撃つために、ここはしっかりと腰を据える――迫るテケ車を見据え、アリサは着実に、最大級の威力で至近砲撃を叩き込むべくそのタイミングを伺う。
(まだだ……! まだ反応が間に合う距離!
 もっと引きつけろ――もっと!)
 腹を括り、迫るテケ車を待ち受ける。
 彼我の距離――30メートル。
 20メートル。
 10メートル――
(ここ!)
「撃t



 バギィンッ!



 アリサが命令を発するのと、その甲高い音はまったくの同時であった。
 命令を受けた砲手が引き金を引くよりも早く、テケ車の右駆動輪が弾け飛んだのだ。
 同時にそれによって履帯も引きちぎられ、テケ車は完全に擱坐、数秒の間を置いて、テケ車から白旗が揚がった。



    ◇



 これから最後の激突かと思われた瞬間、まさかの一方の突然の自滅――予想外の結末に、ギャラリーの誰もが状況について来れないでいた。
〈擱坐判定――戦闘不能!
 よって――フライングタンカースの勝利!〉
 しかし、審判からのアナウンスによって明言され、状況の理解が広がり――歓声が上がった。
「いやー、すごいモン見た!」
「ムチャするなぁ!
 でも善戦だよな!」
「最後の突撃、熱かったぜ!」
「これからはフォローするねーっ!」
 口々に上がる歓声の中、ジュンイチはアリサのローカストとしずか達のテケ車を交互に見比べた。
 車上に顔を出したしずかは、彼女に次いで顔を出した鈴の頬をなでてやっている――その顔は実に満足げだ。
 対し、勝者であるはずのアリサは憮然とした表情でしずか達をにらみつけている。ファイはもちろん、他の乗員達もそんなアリサの姿に戸惑うばかりだ。
「……アリサからすれば、“試合に勝って勝負に負けた”ってところか」
「え…………?」
「勝ったのはアリサだよ――そこは間違いない」
 自分のつぶやきに反応したはるかに、ジュンイチはそう前置きした上で続ける。
「だが、それはムカデさんチームにも言えることだ。
 確かに試合には負けたけど、元々勝敗は二の次だったムカデさんチームには関係ない話だ。
 見ろよ、あの満ち足りた顔――よっぽど今の戦いに満足がいったと見える。
 満足できる戦いができた――それ自体を目的にしていたムカデさんチームにとって、その目的が無事達成されたって意味じゃ紛れもない勝利だし、それを阻めなかったって意味じゃそれはアリサ達の敗北を意味してる。
 どちらにとっても、“自分達の目的を果たし、相手の目的を阻止できなかった”ってことだ。実質的には一勝一敗のイーブン。事実上、痛み分け寄りの引き分けだよ」
 言って、ジュンイチはケイへと視線を向け、
「ケイさん的にはどーよ、今の試合?」
「うーん、そうねぇ……」
 ジュンイチのその問いに、ケイはしばし考えて、
「……確かなのは、もし、フライングタンカースを率いていたのが私だったら、負けてたってことね」
「えぇっ!?」
「マッキーもそう思うでしょ?」
「異議なーし」
 驚くはるかをよそに話を振り返してくるケイに、ジュンイチはあっさりとうなずいてみせた。
「ケイさん、多数で少数を攻めるの嫌いっスからね。
 きっと、あのムカデさんチーム相手にも一輌だけで挑んでったでしょうね――三輌がかりでかかっていっても紙一重でギリギリ一輌生き残るのがやっとだったようなヤツを相手に」
「正解」
 ジュンイチに答え、ケイは肩をすくめて苦笑した。
「対して、アリサは迷わず三対一を選んだ。
 ムカデさんチームを倒すために二輌をトレードオフ。相手を消耗させて試合の勝利をもぎ取った。
 それは、私には決してできない勝ち方よ」
 言って、ケイは軽く息をつき、
「でも……私はそれでいいと思う。
 私達現三年生が引退したら、アリサが後を継いで隊長になる。
 だけど、私の戦い方まで継ぐ必要はない。アリサはアリサで、あの子の戦車道をやればいい」
「それでいいと思うよ、オレも。
 幸いアリサもその辺は心得てるみたいだし、実力的にも順調に成長してるみたいじゃんか」
 同意するジュンイチの言葉にはケイも同感だ――そう。ジュンイチの目から見ても、ケイの身内びいきを抜きにしても、アリサは全国大会を境に明らかに変わっていた。
 先ほどの、試合前のジュンイチとしずかのやり取りから、アリサはしずかの実力の一端を推し量っていた――全国大会の組み合わせ抽選会の時、無名だった大洗が相手だというだけで油断しきって馬鹿みたいに喜んでいたあのアリサが、である。
 今の試合でも、大洗戦ではパニックに陥って逃げ回るばかりだったのが一転、随伴車を全滅させたしずか達を相手に臆することなく迎え撃った。
 油断しないことを覚え、さらに胆力まで身につけた――大洗との試合は、敗れこそしたがアリサを確かに成長させていたのだ。
「なるほど。
 試合前、アリサちゃんを見て満足そうだったのは、アリサちゃんの成長が目に見えて嬉しかったからか。
 後輩思いだねー、ケイちゃん」
「隊長ですから。引退前ですかけど」
 霞澄の指摘に、ケイは肩をすくめて笑顔を返す――そんなケイに霞澄はうんうんとうなずき、
「やっぱりケイちゃんもいい子ねー。
 ねぇ、さっきも言ったけどジュンイチのハーレムに
「勧誘すんなっ!」
 腰に差した霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放って打ちかかるジュンイチだったが、霞澄はそれをあっさりかわす。
「アハハ、なかなかアグレッシブなお母さんじゃない」
「『アグレッシブ』の一言で済ませていいのかよ?
 ターゲットにされてんのケイさんなんだぞ」
 楽観的なケイにため息をつくが、ケイはそんなジュンイチの顔をのぞき込み、
「ちゃんと愛してくれるなら……私はOKよ?」
「ちょっ!?」
「アハハ、顔真っ赤ににしちゃって、カワイイ♪」
 あわてるジュンイチを前に、ケイはカラカラと笑う――そこに至ってようやくからかわれたと気づくジュンイチだがもう遅い。
「マッキーの弱点、ひとつ見つけちゃったかしら?」
「だったらどーすんのさ?
 次の対戦では色仕掛けでもする?」
「そーいえば、プラウダとの試合でノンナからやられてたわね」
「………………」
 反撃に出たつもりがまさかの墓穴。ジュンイチは思わず頭を抱えた。
 このまま相手をし続けるとますますドツボにはまるのが目に見えている。意識を本来の目的へと切り替え、改めてムカデさんチームへと視線を戻す。
 さて、ムカデさんチームは果たして奉納試合の相手として相応しいか否か――
「…………ん?」
 思考を巡らせる一方で気配探知に感アリ――“それ”に気づき、ジュンイチは顔を上げた。
 だが、それは自分達に向けられたものではない。フィールドから視線を外し、ギャラリーの人波の向こう、離れたところにいるその気配の主を探る。
(タンカースかムカデさんチームか……どっちに向けてか知らねぇが、ずいぶんと剣呑な空気を放ってるのがいるな。
 今の試合の、何がそんなに気に入らなかったんだか……)
 心当たりは……ないワケではなかった。
 もし視線の主が自分の考えている通りなら、理由の方にも察しがつく――だから、ケイに確認をとる。
「ケイさん」
「ん?」
「アリサ達の使ってたローカスト三輌――『レンドリースしてたのを無理言って返してもらった』って言ってたよね?」



「そのレンドリース先、どこの学校か……聞いてもいい?」



    ◇



「……チッ」
 ジュンイチの見つめる先――ムカデさんチームとフライングタンカースの戦いの一部始終を見届けたその少女の口からもれたのは、実に苛立たしげな舌打ちであった。
「なんと醜い戦いざます。
 戦車道の風上にも置けないざます、サンダースの成り上がりども!
 私達から取り上げた戦車を、無様に浪費するなんて!」
 苛立ちを隠しもしないで吐き捨てる彼女に、傍らに佇むもうひとりの少女もまたうなずき、同意を示す。
「いかがします、アスパラガス様?」
「よろしいざます」
 副官らしいその少女の問いに、最初に舌打ちした、アスパラガスと呼ばれた少女は自らを落ちつけるように深々と息をつき、答えた。
「我が輩達が、戦車道の何たるかを教育してやるざます」
 そう告げるアスパラガスのまとうのは青色のパンツァージャケット。
 そしてその腕に留められた腕章には――

 中央のラインで左右に区切られ、それぞれに「B」「C」の二文字が書き込まれた、校章と思しきマークが描かれていた。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第38話「オレも混ぜろ」


 

(初版:2020/04/06)