「へぇ、そんなことがあったんだー」
「まぁね。
なかなか実入りのいい視察だったよ」
週明け、月曜日の昼下がり――いつものようにW号戦車のもとへあんこうチームが集合しての昼食の席で、ジュンイチは沙織にそう答えた。
「じゃあ、奉納試合の相手はそのムカデさんチームで決まりですか?」
「んにゃ、あくまでまだ“候補のひとつ”って段階だよ。
決定の期限にゃまだまだ猶予があるし、じっくり検討するさ」
華に答え、ジュンイチは自分の弁当の卵焼きを箸でつまみ――その華が物欲しそうに見ているのでアイコンタクトで交渉。彼女の弁当のアスパラベーコン巻と交換する。
「他の候補にはどんな連中が挙がってるんだ?」
「タンカスロンで探すとなるとボンプル高校が有名どころですね」
「んー、ボンプルかー」
麻子に答える優花里だが、ジュンイチは何やら乗り気ではないようだ。ため息まじりのリアクションに、沙織と華は思わず顔を見合わせる。
「あの……柾木くん?
何だか不満そうだけど……」
「何か問題でも?」
「確かに強いことは強いけど……今回の話向きではないんだよなー、アイツら」
そんな二人に答え、ジュンイチは茶を一口。
「あそこのタンカスロンチームは、戦車道のルールが甘っちょろいっつってより過激なタンカスロンに転向したクチ、いわゆるガチ勢だからな。
特に現世代じゃ隊長さんがその辺の認識キョーレツらしくってさぁ。“地元の祭の盛り上げ役”なんて依頼、受けてくれるかどうか……」
「んー、なるほど……」
ジュンイチの説明に納得する沙織のとなりで、みほは寂しそうに視線を伏せる――そんなみほの反応には気づいていたが、ジュンイチはあえて触れない。
心優しいみほにとって、安全への配慮が行き届いた戦車道のルールはみんなを守ってくれる大切なものだ。それを真っ向から否定する形となるボンプル高校戦車道チームの考え方はいい気分はしないのだろう。
「でも、柾木殿。
そういうことなら、ムカデさんチームに対しても奉納試合のオファーは難しいんじゃないですか? 同じような理由でタンカスロンに参戦してるんですよね?」
「かもしれないけどさ」
ともかく今は奉納試合の話だ。優花里に答え、ジュンイチは自分のサラダに向けて伸びてきた華の箸をブロックしながら続ける。
「でも、ボンプルよりは希望も、声をかけてみるだけの価値はあると思う。
新進気鋭ってことでやる気に満ちあふれてる今のアイツらならボンプル以上に試合に飢えてるだろうし、それに……」
言って、ジュンイチが思い出すのはフライングタンカースとムカデさんチームの試合の直後の光景。
目の前で繰り広げられた戦いに対するギャラリーからの声援。もちろん両チームに向けられたものではあったが、どちらへの声援が大きかったかと問われたら――
「公式にはフライングタンカースの勝ちだし、実質的には痛み分けだ。
けど、どっちがギャラリーの心をつかんだか、どっちが魅せたか……って話なら、文句なしにムカデさんチームの勝ちだと思う。
祭の盛り上げ役としても、かなり期待できるし……」
言って、ジュンイチは軽く息をつき、
「自分で言うのもアレなのは重々承知で言わせてもらうと、だ。
20年戦車道から離れていたところから復帰早々に優勝をかっさらっていったオレ達大洗は、今後高校戦車道界の台風の目になるだろうと思ってる」
いきなり話を変えてきたジュンイチの言葉に、みほと沙織は顔を見合わせた。
ジュンイチの言っていること自体はわかる。全国大会が終わった直後、一度ジュンイチがチーム全員に語っていることだから。
だが、なぜ今その話を持ち出してきたのか――
(…………あ)
だが、ピンと来なかったのは最初だけ。みほはすぐにジュンイチの言いたいことに気がついた。
「柾木くん……
ひょっとして、公式戦における私達みたいに、ムカデさんチームがタンカスロンの“台風の目”になるって?」
「まだ予測の域を出ちゃいないけど……可能性は高いと踏んでるぜ。
あれだけ強烈なキャラクター見せられちゃねぇ」
みほに答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「実力的にもまだまだ伸び代があるように見えたし……もっと強くなれば、タンカスロン界隈に対する影響力はますます増していくだろう。
もちろん、そうなるって決まったワケじゃない。そうなる前にトッププレイヤーのみなさんにつぶされてリタイアするかもしれないし、アイツら以上の新星が出てくる可能性だってゼロじゃない。
でも、『今この時点で』って条件で言うなら、次の“台風の目”の最有力候補は間違いなくアイツらムカデさんチームだ。
そしてもうひとつ確かなことは……アイツらの影響だろうが他のヤツらがやらかそうが関係なく、今このタイミングでタンカスロン界隈に大きな動きが生まれれば、オレ達公式戦畑の人間も決して無関係ではいられなくなるだろうってことさ」
「どういうこと?」
「原因から話すと――これまたオレ達のせいだよ、ぶっちゃけた話」
沙織からの問い返しに、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「お前ら……決勝戦の前の最後の練習の時、オレが杏姉から任されたスピーチの内容覚えてるか?」
「え? それはまぁ、覚えてますけど……」
「わたくし達が戦車道の枠にはまらない、特異例とも言えるチームだと……」
優花里と華の答えにうなずき、ジュンイチは続ける。
「そして、そんなオレ達が全国大会で優勝した。
他の学校のヤツらの作戦の裏かきまくって、それでいてあくまでルール上合法の枠内を維持しまくったまま、な。
連中にゃさぞやいい刺激になったことだろうよ――何しろ、ルールの範囲内ですら、自分達には見えてなかった戦い方の鉱脈が山ほど埋もれてることを、オレ達が結果的に証明してみせたワケだからな」
ジュンイチのその話で、一同は彼の言いたいことに気づいた。
「そっか……
私達みたいにセオリーに捉われない自由な戦車道……とまではいかなくても、見方をちょっと変えるだけで戦い方の幅を劇的に広げることができると、あの全国大会で他の学校の人達も知ることになった……」
「そして、そうした新たな戦術を試すのに、ルールの縛りがゆるく、しかも非公式故の身軽さで試合も組みやすいタンカスロンは絶好の舞台というワケか……」
「ハイ、西住さんと冷泉さん正解。
唯一、重量制限だけは公式戦より厳しいから、100%公式戦を想定することはできないけど……ルールに引っかからない範囲でどこまでできるか不鮮明な新戦術を試すには、反則負けを気にせず暴れられるタンカスロンはうってつけなんだ」
みほと麻子に答え、ジュンイチは不敵に笑い、
「つまり、今後は公式戦同様、タンカスロンも公式戦の強豪達が多数参入する群雄割拠の巷と化すことが予想される。
そんなタンカスロンの界隈が、あのムカデさんチームに引っかき回されるようなことになれば……おもしろいことになると思うぜ」
「おもしろいこと……?」
「界隈眺めてりゃ、近い内に動きがあるだろうよ」
聞き返すみほに答え、ジュンイチは少し考え、
「最初に動くだろう、全国大会にもタンカスロンにも顔出してる学校……
オレの予想だとそれは――」
「BC自由学園」
第38話
「オレも混ぜろ」
一方その頃、楯無高校の学園艦。
ジュンイチから今後の波乱の中心に立つことになるだろうと予想される件の人物、鶴姫しずかと松風鈴がどうしているかというと――
「いいね〜いいね〜♪
目線くださ〜い♪」
写真撮影をしていた。
「OK、バッチリ!
さっそく業者に発注するね!」
「おつかれー」
撮影をお願いした写真部の女子がテキパキと機材を片づけ、引き上げていく――それを見送ると、はるかは被写体たるムカデさんチームの二人、すなわちしずかと鈴へと向き直った。
場所はしずかの家の、今やテケ車のガレージと化した旧酒蔵。テケ車を背景に二人のツーショット写真を撮影していたのだ。
それも、テケ車に腰かけたしずかが鈴を背後から抱きしめるというなかなかに絡みが濃厚なヤツを――おかげで撮影の間中ずっとしずかと密着していた鈴はすっかり真っ赤にのぼせ上がっている。
が、その一方でしずかは平然としたものだ。撮影のために着込んだ鎧姿のまま、撮影で凝り固まった身体を背伸びしてほぐしている。
だが、そもそもなぜ、彼女達がそんな写真撮影などしているのか。それは――
「そう恥ずかしがるでない、鈴。
すべては軍資金稼ぎのためぞ」
「そう! グッズよ、グッズ!
ムカデさんチームでグッズ展開してひと財産築くのよ!
有名にもなれて一石二鳥!」
――と、まぁ、そういうことである。
非公式戦であるタンカスロンで活動する彼女達は学校、ひいては日戦連の支援を受けられない。戦車の維持費や燃料、弾薬代、試合会場への移動費用といった活動資金は自前で調達しなければならないのだ。
さらに、はるかの言う通りグッズが出回る、すなわちムカデさんチームを目にする機会が増えればその分知名度も上がり、試合が組みやすくなる。資金も、試合の機会も欲しているムカデさんチームとしては、この宣伝戦略は使わない手はない。
そして、その効果は早くも表れていて――
「その甲斐あって、さっそく試合も決まったわ。
次の相手はBC自由学園!」
「ほほぅ」
もうすっかりマネージャーのポジションに収まっているはるかからの報せに、しずかは不敵な笑みと共にうなずいて――
「…………はて。
鈴、BC自由学園とはどんな奴らぞ?」
そもそも、相手のことをロクに知らないことに気がついた。
「んー、私もよく知らないんだよねぇ……」
だが、知識不足なのは鈴も同じだ。何しろはるかも含めた三人が三人とも、戦車道に興味を持ったのはつい最近の話なのだから。
「……あ、そういえば」
しかし、光明がないワケではなかった。最初に思いついた鈴が声を上げる。
「大洗女子には秋山優花里っていう名参謀がいて、試合前に相手校に潜入して情報収集したりするんだって!
女スパイみたいだよね!」
「ほぅ。
なるほど、理に適っているな――戦の前には“草”を放ち物見をさせ、敵の懐を探るは常道」
「“草”?」
「鈴にわかる言い方をすると、忍……つまり忍者のことだ」
首をかしげる鈴に答え、しずかは軽く息をつき、
「よし、では早速参るぞ、鈴」
「え……?
『参る』って……どこに?」
「決まっている」
鈴に返すしずかの答えに迷いはなかった。
「故曰く、『彼を知り己を知れば百戦危うからず』。
つまり――物見じゃ!」
◇
時期は間もなく学期末。さすがにこの時期はどこの学校も生徒を期末テストに専念させるため、戦車道の活動には制限をかけるのが一般的だ。
――が、それはあくまで公式な活動の話。有志が好き勝手に集まり好き勝手に活動しているタンカスロンには関係のない話である。
そしてそれは、BC自由学園タンカスロンチームも変わらない――というワケで、そのBC自由学園チームが試合をすると聞きつけたジュンイチは、さっそく観戦にやってきていた。
なお前回居合わせたケイに対して堂々とハーレム勧誘をやらかしてくれた霞澄は今回は置いてきた。
代わりに同行をお願いしたのは柚子だったのだが――
「えっと……未だにわからないんだけど……なんで私を付き添いに?」
当の彼女はなぜ自分が指名されたのか不思議でならなかった。首をかしげる彼女に対し、ジュンイチが答えて曰く――
「期末が問題なさそうで、且つ他の子に勉強教える予定も入ってない子達の中で、一番マジメに偵察してくれそうなのが柚子姉だったから」
「あー……」
納得した――できてしまった。
確かに、みほはもちろん近代戦史歴女のエルヴィン、戦車ゲームからそれなりに知識のあるねこにゃー以下アリクイさんチームは他のメンバーから筆記試験対策の勉強会に引っ張りダコの状態だ。
杏や麻子などはテスト対策は問題なさそうだがサボり癖がひどい。逆にマジメにやってくれそうなのは風紀委員のそど子らカモさんチームだが、まったくの無知の状態から遅れて参戦してきた彼女達は知識も技術も急ごしらえ。残念ながら今回は教わる側でこんなところに出張っている場合ではない。
梓などは日頃から勉強しているしマジメだから適任に思えるが、想い人と一緒に偵察に出かけるとなると絶対にウサギさんチームのチームメイト達が黙ってはいまい。はやし立てられてデート気分を植えつけられた結果、偵察どころではなくなってしまうだろうことは容易に想像がついた。
確かに、考えれば考えるほど、現状で動ける適任者となると自分しかいない。疑問も解けたことだしと気を取り直し、柚子は試合へと視線を向ける。
BC自由学園と相手チームの戦車が激しく入り乱れて戦っているが――ひとつ、気になることがあった。
「ねぇ、柾木くん。
フラッグ車が見当たらないんだけど……ひょっとして、殲滅戦?」
「そ。
タンカスロンは公式の運営団体がいないから、ルールは基本的に当事者同士の話し合いで決まるんだが……こないだのムカデさんチームとフライングタンカースの試合みたいによほどの戦力差がない限りは殲滅戦ルールが選ばれることが多いんだ。
フラッグ戦とかだと一発終了もあり得るワケだけど、タンカスロンに参加してる連中の中には勝つにせよ負けるにせよ短期決着は困るヤツが多いからな――たとえば、腕を磨くのを目的に参加してる連中は練習する間もなく試合が終わっちまう形になる」
「でも、それって腕試しが目的じゃない人達にしてみたらあまり関係のない話なんじゃ……?」
「それはその通りなんだけどさ……そこはそれ。“じゃない”人達にとっても、殲滅戦ルールで試合を長引かせた方が助かる事情がそれなりにあったのさ。
しずか姫みたいな戦いそのものが目的みたいな人達は、長引けばその分長く試合を楽しめるし……」
柚子にそう説明すると、ジュンイチはそこで一度言葉を切ると柚子の顔に自らのそれを寄せた。突然の急接近に柚子が胸を高鳴らせるが、ジュンイチは当然のようにそんな彼女の動揺に気づくことなく、耳打ちするように告げる。
「ちょっと汚い話になるけど……タンカスロンもそれなりに金が動いてるから」
「お金……? それに汚い話って……
――っ、まさか、ギャンブル……!?」
「ご明察」
すぐに思い至り、胸の高鳴りも忘れて目を見張る柚子にジュンイチがうなずく。
「それって、八百長……!?」
「そこは、見ようによっては……かな?
幸い勝ち負けの操作に手を出すところまでは堕ちてないよ……というか、そもそもそれ以前の問題の段階だし」
「それ以前の……?」
「八百長するにせよしないにせよ、まずは賭けに乗ってくる客がいなきゃ話にならないってことだよ」
首をかしげる柚子に答え、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめた。
「最近盛り上がってきてるとは言っても、まだまだタンカスロンの規模は発展途上――それもまだ右肩上がりのほんの序盤だ。ギャラリーの規模だってタカが知れてる。
そんな状況下で、裏で賭け事が行われていることに気づいた人、そこからさらに興味を持った人、参加を検討する人、実際参加する人……と絞り込まれていけば、実際に賭け事をやってる人の数なんてお察しレベルさ。
そもそも賭けを成立させるだけでも一苦労の現状、まずは分母である全体の観客数を増やさんことにはどーにもならん……ってなワケで、賭けに一枚かんでるプレイヤーにしても、八百長以前に観客を盛り上げるための魅せプレイの方が重要視されてるのが今のタンカストロンの裏側の現状さ。
そして、魅せプレイである以上、それを少しでも長く観客に見せて、楽しませる必要がある……自然と、そのテのプレイヤー達も殲滅戦大歓迎、ってなコトになる」
「なるほど……
人によって理由は違っても、『試合が長引いた方が都合がいい』って部分では認識が一致してたから、試合の長引きやすい殲滅戦ルールが一般的になってるんだね」
ジュンイチの説明に柚子が納得すると、
「……あれ? 柾木くん……?」
不意に、ジュンイチに向けた声が上がった。
柚子が振り向くと、そこには私服姿の見知らぬ女子が二人――対し、二人の存在にすでに気づいていたジュンイチはあわてる様子もなく振り向き、応える。
「よっ、ムカデさんチームのお二人さん。
BC自由学園の偵察かい?」
「ムカデさんチーム……?
それって、柾木くんが言ってた……」
「あぁ。そのムカデさんチーム」
そう、鶴姫しずかと松風鈴、ムカデさんチームの二人だ。ジュンイチと、彼の反応に納得する柚子のもとへと合流してきて――柚子の姿を見て眉をひそめた。
「この間とは、違う女の人……?」
「前回の連れは母親と言っていたな。
だとすると、彼女は……」
「……嫁、か?」
………………
…………
……
「……って、よっ、嫁!?」
「なんでそーなるっ!?」
しずかの推理がいきなりすぎて、理解に数秒を要した――ほぼ同時に再起動、思わず顔を真っ赤にする柚子のとなりで、ジュンイチが全力でツッコんだ。
「この人先輩! でもって戦車道のチームメイト!
偵察の付き添いで来てもらったんだよっ!」
「あぁ、そういうことか」
力いっぱい力説するジュンイチの話に納得すると、しずかは柚子へと向き直り、
「下世話な早とちり、失礼した」
「う、ううん、いいよ。驚くことは驚いたけど、もう気にしてないから……」
仰々しく謝罪するしずかに対し、柚子は深呼吸して自らを落ちつけながら答えるが、
(よっ、よよよっ、嫁!? ヨメ!? 嫁ェ!?
誰が!? 誰の!? 私が!? 柾木くんの!?)
落ちついたのは表面的な態度だけ。内面はちっとも落ちついてなどいなかった。
確かにジュンイチのことは嫌いではない。むしろ好感すら持っていると言ってもいい。
だがそれは後輩にして年下の友人、そして学校を救ってくれた立役者であり、戦車道でみほと共に自分達を鍛えてくれた師に対する友愛、敬意としてだ。LIke、またはリスペクトであって、Loveではないのだ。
ジュンイチの周りの恋愛模様がなかなかに複雑怪奇なことになっているのは大洗チームの人間ならば(当事者達以外は)誰もが知るところだ――が、少なくとも自分がその渦中に放り込まれた覚えはない。一度杏(と居合わせた桃)に対してアプローチの意思を匂わせたことはあったが、それも煮え切らない杏に対し発破をかけるためであったはずだ。
そんな認識であったからこそ、今の不意打ちはことのほか効いた。顔は真っ赤だし、胸はドキドキと動悸が速まって収まる気配がない。
これは気まずい。思わずとなりのジュンイチの様子を伺って――
「ところで、試合の方はどうなっている?」
「あー、完全にBC自由学園チームが押してるな。
この分だとこのまま決着かな?」
「………………」
ジュンイチはもはや少しもあわててなどいなかった。驚いたのは最初だけ、もうすっかり元の調子に戻ってしずかに応えるその姿に、柚子は自らの心が意図せずして、急速に冷えていくのを自覚していた。
(会長や西住さん達が柾木くんの鈍感ぶりに怒る理由がわかった気がする……)
なるほど、これはムカつく――自分との関係を突っ込まれたというのに、自分がこうまであわてていたのに対して平静そのもの。本当に自分のことを“そういう”対象として見ていないということだ。
まぁ、だからこそ異性と二人きりで外出というシチュエーションでも緊張せずにいられるのだが、これはこれで、自分の女性としての魅力をガン無視されているようでおもしろくない。腹のひとつも立とうというものだ。
「む…………?
どうしたの、柚子姉?」
「何でもないよ」
「………………?」
なので、こちらの異変にようやく気づいたジュンイチへの対応がぞんざいになってしまうのも仕方のないことなのだ――なおも首をかしげるジュンイチの姿に「異性関係以外ならちゃんと気遣いもできるいい子なのになー」と内心でため息をつき、苛立ちよりも呆れの方が勝ってきた柚子は気を取り直して観戦に戻ることにした。
情勢は先ほどジュンイチが評した通り、BC自由学園側に傾いている。この分なら、相手側によほどの秘策がない限りこのまま決着がつくだろう。
だが――
「…………あれ?」
「柚子姉も気づいた?」
「うん……」
大洗側の二人には気づいたことがあった。ジュンイチにうなずき、柚子がそれを指摘しようと口を開き――
「……解せぬ」
それよりも早く、しずかが口を開いた。
「あそこの部隊……なぜ動かさぬ?」
言って、指さしたのはBC自由学園の戦車道チームの部隊のひとつ。
戦車の車種はマジノも使っていたルノーR35だが、気になったのはそこではない。
というのも、なぜか彼女達は戦闘に参加せず、それどころか明らかにヒマそうにだらけきっているのだ。
「今投入すれば、一息で勝負がつくのに……」
「鶴姫さんも気づいたんだ?」
「うむ」
それはまさに、ジュンイチと柚子も気づいていたこと――声をかけてくる柚子にしずかがうなずいた。
「しかも、あのたるみよう……まるで、最初からこうなると、自分達がこの試合で投入されることがあり得ないと確信しているような……」
「柾木くん。
アレに何か、作戦以外の理由があるんだとしたら……柾木くんのことだから、もう事情をつかんでるんじゃない?」
「まぁね。
アレは――」
しずかの傍らから尋ねる柚子にうなずき、ジュンイチが説明しようと口を開いて――
「そこのお嬢さん! そこに気づくたぁ通だねぇ!」
先の柚子に続き、今度はジュンイチがセリフを遮られた。
ただしその場の四人の声ではない――振り返り、ジュンイチが声の主へと声をかける。
「その乱入はアレか? 『どうせ話すなら、ウチの店で食事しながら』とでもいう客引きか?――ペパロニ」
「あ、バレました?」
「こら! ペパロニ、サボるな!」
そう、出店のキッチンカーからこちらを見かけて出てきたペパロニだ――そしてウェイター姿のアンチョビから叱られていた。
「まったく……
柾木も相手しないでやってくれるか? いちいちかまうからコイツも調子に乗る」
「アハハ、りょーかい。
……って、カルパッチョの姿が見えないけど?」
「あぁ、カルパッチョには留守を任せてる」
「……ペパロニよりカルパッチョに隊長継いでもらった方がよくない?」
「実務的にはな。
ただ、ウチの連中を引っ張っていくには、ペパロニくらいのノリの方がいいんだよ」
「あー……うん、よくわかった」
「……って!?」
いきなり現れた二人にも動じることなく応対するジュンイチだったが、その一方で驚き、目を丸くしたのは鈴である。
「アンツィオ高校の、アンチョビさんにペパロニさん!?」
「お、ウチらのこと知ってるの? うれしーね」
「当たり前だろ。
柾木と一緒にいるんだぞ。大方大洗チームの新入りか何かだろう」
「残念、ハズレだよ。
ちょっと前に知り合ったばっかりの、他校の戦車乗りだよ」
ペパロニに突っ込むアンチョビの言葉をジュンイチが訂正すると、
「お初にお目にかかる」
しずかが動いた。アンチョビとまっすぐに対峙し、あいさつする。
「楯無高校、百足組――鶴姫しずかと申す」
「ムカデ……あぁ、こないだサンダースのチームとやり合ったっていう……
だが、楯無に戦車道チームなんてあったか……?」
「なかったから自分達で集まったんだと」
「なるほど」
しずかの名乗りに首をかしげるアンチョビにはジュンイチが補足。納得したアンチョビはしずかへと視線を戻し、
「私達のことはもう知ってるみたいだけど……そっちが名乗った以上、こっちも名乗るのが礼儀だよな。
アンチョビ高校隊長、アンc
「安斎千代美」
「アンチョビだ! ドゥーチェ・アンチョビ!」
すかさず本名バレに走るジュンイチがアンチョビにツッコまれた。
と――
「ちょっとーっ!」
「って、え……?」
新たな声が乱入――屋台のキッチンカーの中から聞こえてきた声に、ジュンイチは目を丸くした。
こんなところで聞くとは思っていなかったが、一応は聞き覚えのある声だ――具体的にはアンツィオはもちろん大洗の面々の誰でもない、それ以上に付き合いの長い“身内”の声だった。
「二人とも、早く帰ってきてくれないかな!?
特にペパロニさん! オレじゃペパロニさんの味再現できないんだからさーっ!」
「橋本くん!?」
そう、ジュンイチの“元の世界”での仲間のひとり、橋本崇徳だ――キッチンカーの厨房から悲鳴に近い勢いでアンチョビ達を呼ぶその姿に、柚子が思わず驚きの声を上げる。
「なんで橋本くんがここに!?」
「ここでこうしてキッチンに立ってる時点で想像つきません?
カルパッチョさんが今回は学園艦で留守番だって言うから、厨房の手伝いに駆り出されたんですよ」
(あぁ、関国商戦の時の縁か……)
彼がアンチョビ達から指名された理由に思い当たった柚子が納得する――そう、関国商がらみで、全国大会の水面下で起きていたゴタゴタに対処した際、アンチョビ達は崇徳に危機を救われている。そのおかげで、アンツィオの戦車道チームの隊員達からは「ドゥーチェの恩人」としてすっかり懐かれてしまっているらしい。
今やその人気は彼女達を指導したことがある“師”、もうひとりの“恩人”であるジュンイチと人気を二分するほどで――水面下では彼らを描いた、いわゆる薄い本が作られ、出回り、“ジュン崇”派、“崇ジュン”派、“ジュンチョビ”派、“崇チョビ”派の四派を主流派閥としたカップリング論争が日夜繰り広げられていたりするのだが、そのことを当事者達が知らないのは幸か不幸か。
「あぁ、悪い悪い。
すぐ戻るっスよー」
「やれやれ……
しかし、どういう風の吹き回しだ?」
ともかく今は屋台だ。崇徳に謝りながら屋台のキッチンカーへと戻っていくペパロニを見送ると、アンチョビはジュンイチへと向き直った。
「いつも個人的に見に来ていたお前が小山を連れてきてるってことは、大洗の戦車道の活動か何かだろう?
何だ? 大洗もタンカスロンに参戦か?」
「ちげーよ。
ちょっと頼まれごとが絡んでてね」
アンチョビに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめる――ともあれ立ち話も何なので、アンチョビ達の屋台にお邪魔することにした。
もちろん、ちゃんと料理を注文することも忘れない。ジュンイチがおごってくれるというので、遠慮なく高額メニューを注文する鈴に柚子が苦笑していると、
「で、BC自由学園の話だけど」
改めて、ジュンイチが話を本筋に戻してきた。
「元々あの学校は、BC高校と自由学園っていう二つの学校だったんだ――そして、そのどちらもがマジノの分校筋でもあった」
「エクレールさん達のところの?」
いきなり知り合いの学校の名前が出て驚く柚子にうなずき、ジュンイチは続ける。
「ただ……アイツらの場合、それが悪い方向に作用した。
老朽化した学園艦の更新に際して、学園艦の統廃合を進める文科省の指示で、無理矢理統合させちまったのさ。
『同じマジノの分校』ってところが共通してるだけで、それぞれ独自にやってきた二つの学校が、『同じマジノの分校だから』ってだけの理由でね」
ジュンイチのその話に、柚子の表情がくもる――つい先日まで廃校撤回をかけて戦っていた自分達と重ねたのだろうと察して、ジュンイチはあえて触れずに話を進める。
「まぁ、これが陸の学校ならまだよかった。『生徒数の少なくなってきた学校が隣町の学校と統合』なんて話は昔からあったんだし。
だけど、海の、船の上っていう閉鎖的な環境のせいで独自の校風、文化が醸成されやすい学園艦じゃそうはいかない。海外文化にかぶれた学園艦ともなればなおさらだ」
「海外文化を取り入れたところはどこも個性が強いから……
そんなところがある日いきなりひとつに統合されたりすれば……うん、文化がケンカするよね」
「はい、松風さん正解。
しかも、悪いことにBC高校と自由学園にはもうひとつ、両校の対立をあおりかねない要素があった。
片や中高一貫のエスカレーター式お嬢様校学校、片や一般入試の普通校――差別的な言い方を承知で言うなら、それぞれの学校の“世界”が、経済的な意味で違いすぎた。
そんな二校を、『どっちもマジノの分校なんだから、マジノの分校同士で統合しちゃいなYO♪』なんて安直発想のお役所仕事で強制的に統合しちゃったりしたもんだからさぁ大変。
結果、もう世代を何周もまたいで、旧BCも旧自由もなくなった現代まで続く、エスカレーター組と受験組の対立構図の出来上がり、と」
「なるほど。
では、あのタンカスロンチームは……」
鈴に返したジュンイチの説明に、しずかはその意味するところを理解した。
「そういうこと。
アイツら、互いに足引っ張り合いながらドンパチやってるのさ。
エスカレータ組も受験組も、相手側の作戦に協力しない、協力を求めないのは当たり前。試合に負ければ即座に隊長から見た対立派閥からの突き上げに隊長の解任要求ときた」
ジュンイチの話に、しずかと鈴は思わず顔を見合わせる――対戦を控えた相手の内部抗争なんて情報、値千金にもほどがある。
だが――
「……なぜ、その情報を我らに流す?
先日知り合ったばかりの我らにその情報を流すことで、どんな利がある?」
「まぁ……思惑が一切ないとは言わないけどさ」
ジュンイチがそんな有益な情報を自分達にポンと話してくれた、その意図がわからない――尋ねるしずかだが、ジュンイチはそう答えてカラカラと笑い、
「でも、一番の理由は単純な興味さ。
お前さん達が、その情報をどう料理してみせるか……っていう、ね。
オレ達がBC自由学園と戦うことになった場合、今話した情報を元にどう立ち回るかは、すでにある程度は考えてある。
けど……それはオレ達の場合だ。お前らとは戦力も状況も思考パターンも、何もかも違う。
お前らが、お前らに与えられた条件の中で、今話した情報を元にどう勝ち筋を見つけるか――オレが見たいのはそこだ」
「なるほど。
要するに、我らは貴方に器を測られている、と」
「気分を害したかい?」
「否」
聞き返すジュンイチに、しずかは不敵な笑みと共に答えた。
「そうして器を測られているということは……裏を返せば、あなたは我らと相対する機会がある可能性を少なからず想定しているということであろう?
あなたのような武人から敵手と認められるとは、未だこの戦場に足を踏み入れたばかりの若輩の身には余る誉れ」
「そりゃよかった。
アイツらとの試合でどんな立ち回りを見せてくれるか……楽しみにさせてもらうよ」
ジュンイチもまたニヤリと笑って返す――傍目にはにこやかに談笑しているように見えるが、そのやり取りを一部始終目の当たりにしていた面々は、両者の間にバチバチと散る火花を幻視していた。
と――
「ん…………?」
“それ”に気づいたアンチョビが顔を上げる――重厚なエンジン音が、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。
その正体は――
「アンチョビ、おひさ〜」
「あ、さっきのルノーR35……」
先程放置されていたBC自由学園チームの面々だ。どうやら試合が終わったようで、アンチョビに気さくなあいさつとしてくるその姿に鈴が思わず声を上げる。
「あー、ずっとじっとしてたから、全身こっちゃったよ!」
「つまんない試合だったねー!」
「一発も撃てなかった……」
「大人のブドウジュースひとつーっ!」
「……『大人のブドウジュース』……?」
口々に言いながら、BC自由チームの面々は屋台の前に並べられたテーブルに次々と着席しながら注文する――その注文の意味を察したジュンイチにギロリとにらまれ、アンチョビはプイと視線をそらした。
ともあれ、BC自由チームは自分達で打ち上げだとばかりにテーブルを囲んで談笑を始めて――
「………………」
しずかがスッと席を立った。サーブしようとアンチョビが持ち出してきた“大人のブドウジュース”をトレイごと受け取るとBC自由チームのテーブルに向かう。
「鶴姫さん……?」
「そちらの秋山殿と同じだ。
我らは“草”としてここにいる」
何のつもりかと声をかける柚子に答えると、しずかは改めてテーブルに向かい、
「どうぞ! 栄光あるBC自由学園のみなさん♪」
(誰だお前ーっ!?)
BC自由学園の面々に朗らかに話しかける、いつもとは180度反転したかのようなノリの良さで話しかけるしずかの姿に、ジュンイチは内心でツッコミの声を上げた。
(き、教室ではあんなに無愛想な姫が……)
当然、ジュンイチよりも付き合いの長い鈴の驚きはそれ以上だ。しずかの態度のあまりの変化に目を丸くするが、
(……ううん、違う。
姫は“草”として、あんなことをしてまで情報を引き出そうと……)
ジュンイチよりも付き合いが長いからこそ、ジュンイチよりも強くしずかの“本気”を感じ取っていた。
(なら……私も!)
「アンチョビさん! ワインあるだけ持ってきて!」
「しっ! 大人のブドウジュース!」
“そのものズバリ”を口にしてしまった鈴をアンチョビがたしなめ、
「……『大人のブドウジュース』ねぇ……」
ジュンイチににらまれて、アンチョビはプイと視線をそらした。
と――
「貴様ら!」
突然の声が、しずかや鈴を交えて盛り上がろうとしていたBC自由チームの面々を一喝した。
「撤収もしないで何をしているざますか!
栄えあるBC自由学園戦車道部として恥を知るざます!」
特徴的な『ざます』口調で部下達を叱りながら現れたのは、先の試合を指揮していたBC自由チームの隊長だ。副隊長らしき少女が運転するジープから降りてくると、こちらに向けて歩いてくる。
「チッ、アスパラガスめ……」
「アスパラ……って、野菜の?」
「あの隊長さんのあだ名だよ――のっぽだから。
ちなみに副官の子はムール。ムール貝のムールだね」
騒いでいた面々の中からもれた悪態を聞きつけ、柚子が首をかしげる――答えるジュンイチの目の前で、アスパラガスは騒いでいた面々に詰め寄っていた。
「さっさと戻れ!
後で懲罰にかけてやるざます!」
「まぁまぁ。
アスパラガス、ここは穏便に……」
「あら、アンチョビ」
だが、たまったものではないのが自分達の店で騒ぎを起こされることになるアンチョビだ。アスパラガスをなだめようとするが、
「あなたのお店だったのね。
またタンカスロンでお小遣い稼ぎざますか? 相変わらず涙ぐましい努力にすがりついてるざますね、アンツィオは」
「何を、このノッポ!」
口をはさんだ結果、その矛先はアンチョビにも向けられた。アンチョビを、アンツィオを小馬鹿にした物言いにペパロニが腹を立てて――
チィーンッ。
響いた甲高い音が、一同のやり取りを断ち切った。
振り向いた、その場の全員の視線が、音を発した張本人、ナイフでグラスを軽く叩いてみせたしずかへと集まる。
が――当のしずかの様子がおかしい。瞳はうるみ、顔も上気したように赤い。
そして、テーブルの上の、空になった“大人のブドウジュース”のビン――
(ひょっとして……酔ってる……?)
「何よ、この酔っ払い……」
気づいた柚子の心のつぶやきを、ムールが声に出してもらしたつぶやきが肯定する――そんな二人にかまわず、しずかは立ち上がり、フラフラとおぼつかない足取りでアスパラガスへと歩み寄ると、彼女に尋ねる。
曰く――
「アスパラガス殿。
御身にとって、タンカスロンとは――何ぞや?」
「いきなり何よ、アンタ。
酔うのはいいけど、こっちに絡んでこないでほしいんだけど」
「かまわないざますよ、ムール」
そんなしずかを追い払おうとしたムールだったが、アスパラガスがムールを制した。改めてしずかへと向き直り、
「タンカスロンとは何か――ざますか……」
しずかの問いを確認、フッと笑みをもらし、
「決まってるざます――」
「楽な狩り場ざます!」
キッパリと言い切ってくれた。
「今日のように、正統派の戦車道でチンピラどもを追い回すのは、実にいいストレス解消ざます!」
(やれやれ……)
本当に楽しそうに言ってのけるアスパラガスだが、やってることはただの弱い者いじめ。どっちがチンピラなんだかと、ジュンイチが内心でため息をついて――
「その点、先日のサンダースは実に無様ざましたわ」
「――――――」
(あ)
続くアスパラガスの言葉に、ジュンイチの動きが停止した――そして、そのことに気づいた柚子の顔から血の気が引いた。
「あのアリサとかいう態度のでかい小娘が、我が校から戦車を取り上げた挙句、たった一輌の豆戦車に苦戦など……」
「あ、あの、アスパラガスさん、そのくらいで……」
“身内”認定した相手を馬鹿にされて、この男が腹を立てないはずがない――そして、そうやって彼を怒らせた人間が無事で済んだ先例は未だ皆無。あわてて柚子が止めようとするが、そんなジュンイチの人となりを知らないアスパラガスは止まらない。
だから――
「だから、言ってやったざます。
私達なら――」
「あの百足チームとやら、ひとひねりざます♪」
何のためらいもなく、地雷を踏み抜いた。
――ギシリッ。
そんな、何かのきしむ音を聞いたのは、果たして何人いただろうか。
ジュンイチのまとう空気が、さらに一段階変化した。柚子のみならず、アンチョビや鈴もまたジュンイチの異変に気づいて頬を引きつらせて――
ギリッ。
(って、こっちもーっ!?)
今の発言が逆鱗に触れたのはもうひとり。聞こえた歯ぎしりの音、その主に気づいた鈴が心の中で悲鳴を上げる。
(酔っ払ってたんじゃなかったの!?)
思わず、先程までしずかの座っていたテーブルへと視線を向ける。そこには、しずかがアンチョビに代わってサーブした“大人のブドウジュース”のビンが空になって転がっていて――
(…………あれ?)
ふと、その下――テーブルの足元に異変を見つけた。
テーブルの直下の地面、それもしずかの座っていたイスの傍らだけが、ピンポイントで変色しているのだ。
そして、そこに生えた草の葉の上で光る、“赤紫色の滴”――
(――飲んだフリして捨てていたの!?)
おそらくはそういうことだろう――BC自由チームの打ち上げの輪に加わりつつも、しずかは“草”として接触した、その目的を決して忘れてはいなかったのだ。
親睦を深めて気を許させ、“大人のブドウジュース”で判断能力を鈍らせて――しかし自身は決して自らを見失わないよう、“大人のブドウジュース”は自身は決して口にせず、飲んだフリをして捨てていたのだ。
つまり、今のしずかは酔っているように見えるのはすべて演技。実際には完全なシラフということだ。
と、いうことは、先の、アスパラガスが自分達やアリサを真っ向から侮辱した発言も、一語一句もらすことなく聞いていたワケで――しずかの性格を考えれば、そりゃあ、歯ぎしりのひとつももれようというものだ。
「…………?
ところであなた、そのリボン……」
一方で、アスパラガスも(ようやく)しずかに対して違和感を覚えていた。しずかのトレードマークである頭のリボンに見覚えがあると首をかしげて――
「それは頼もしい!」
抱いた怒気などみじんも感じさせることなく、しずかは顔を上げてアスパラガスへと声援を送る――もちろん、正体に気づきかけたアスパラガスにそれ以上の詮索を許さないためであることは言うまでもない。
「次の試合、“期待しておりますぞ”♪」
言って、アスパラガスに対し握手を求める。そんなしずかに、アスパラガスはなおも首をかしげていたが、
「……メルシー♪」
結局はしずかの思惑通り――思い出せないなら大したことはないだろうと判断し、笑顔で返すとしずかと握手を交わすのだった。
◇
「……ふぅっ、行ったか……」
しずかのエール(?)に気を良くしたか、アスパラガスはそれ以上騒ぎ立てることなく、部下達を引き連れて去っていった。その後ろ姿を見送り、アンチョビは大事にならずに済んだと安堵の息をつくが、
「でも……」
「あぁ……」
ある意味、“問題”はここからだ。声をかけてきた柚子にうなずき、アンチョビは二人で振り向いて――
「おーい、姫さんや」
((あぁ、やっぱり……))
懸念的中。しずかへと声をかけるジュンイチの姿に、二人は内心で頭を抱えた。
「……何か?」
「いや、お前ら、次BC自由学園と当たるんだろ?」
聞き返すしずかに、ジュンイチはそう確認して――
「オレも混ぜろ」
次に放たれたセリフは、柚子やアンチョビの予想通りのものだった。
◇
「……と、ゆーワケで。
ムカデさんチームと組んでBC自由学園のタンカスロンチームをブッ飛ばすことになりました」
「うん。
途中まで話聞いた時点で、そーゆー流れになるだろうなって予想ついてたよ、私」
翌日、大洗女子学園――いつもの昼食の席で先日の出来事を語って聞かせたジュンイチに、沙織はため息まじりにツッコんだ。
「でも……まぁ、気持ちはわかるけどね」
「友達が馬鹿にされたんですから、いい気分はしませんよね……」
一方で、ため息まじりに同意も示す――そんな沙織に華もまた同意するが、
「ハァ?
別に、アリサもムカデさんチームも『友達』とは思ってないけど?」
あっさりと、そして意外そうに、ジュンイチはそう返してきた。
「アイツらは“仲間”だろ。
オレにとっちゃ、“友達”はお前らだけだよ」
当然のように言い放ち、ジュンイチは食事を再開する――そんなジュンイチに、みほ達は「そういえばこういう人だった」と顔を見合わせて苦笑する。
“身内”の中でも“家族”“仲間”“友達”を明確に区別する、ジュンイチの独特の対人観――さらに過去にジュンイチが言っていたところによると、自分達よりも前に“友達”にカテゴライズされた人間はいなかったとか。
つまりジュンイチは自分達を他のメンバーとは違い、初めての“友達”として見てくれているということで――それ自体は恥ずかしいやら誇らしいやら、いずれにせよ悪い気はしないのだが、
((『友達』かぁ……))
ジュンイチに対し特別な想いを抱く若干名は「お前は友達」と言い切られてちょっぴりショックでもあったり。女心は複雑なのだ。
「まぁ、アリサやムカデさんチームをバカにされて腹立ったのも事実だけどな。
そもそも、今回ムカデさんチームとBC自由チームの勝負に首突っ込んだのもそれが理由だし」
「でも、現実問題として、そのムカデさんチームと連携できるのか?」
「オレの方は問題ねぇよ。
傭兵業なんてやってると、まったく見ず知らず、初対面の相手といきなり組むなんて日常茶飯事だからな。どんなに知らない相手とも、即興一発で合わせられるようじゃなきゃやってらんないんだよ」
麻子に答え、ジュンイチは巻きカツをひとつ、口の中へと放り込み、
「……っ、とはいえ、向こうがそれをできるかって話になると……うん、冷泉さんの言いたいこともわかるよ。
だから……」
◇
「……と、ゆーワケで。
楯無高校のムカデさんチームが、しばらく練習に合流することになりましたーっ!」
「『と、ゆーワケで』第二弾……」
「またアンタはそーやって突拍子もない行動に走る……」
放課後、戦車道の訓練の時間――集まった一同を前に、昼休みの時と同じ前置きからそんなことを言ってのけたジュンイチに、沙織とライカがため息まじりにツッコミを入れる。
「え、えっと……
初めまして、松風、鈴です……」
「鶴姫しずかという」
一方、もう片方の当事者たるムカデさんチームは両極端なリアクション――自分達が戦車に乗るきっかけとなった憧れのチームを前にこれ以上ないぐらいに緊張している鈴に対し、しずかは落ちついた様子でそれぞれが名乗る。
「まったく、お前はまたそうやって敵に塩を送るようなことを……」
「別にいいでしょ。
今回は特に公式戦でやり合う相手ってワケじゃないんだし」
そして、ジュンイチに対し苦言を呈するのは桃だが、そんなことはいつものことだ。だからジュンイチもいつものようにあっさりと返す。
しかも――
「そうですよ、桃ちゃん先輩!」
「そりゃ確かに他の学校ですけど、アリサさんだって関国商との戦いの時に助けてくれた恩人で、友達じゃないですか!」
「友達をバカにされたら、そりゃ怒るじゃないですか!
柾木先輩の気持ち、わかります!」
「先輩だって、会長をバカにされたら頭にきますよね!? それと同じですよ!」
「あい〜っ!」
「い、いや、それとこれとは……」
今回はジュンイチ以外にも同意見の面々がいた。ジュンイチの話にあったアスパラガスの物言いに腹を立てたウサギさんチームに詰め寄られた桃が反論を試みるが、六対一ではさすがに分が悪いのかその勢いはちょっと弱い。
と――
「………………っ」
しずかが唐突に動いた。大洗チームが並ぶその一角へと歩を進め、
「あなたが西住みほ殿か?」
「え……?」
そうしずかに問われ、困惑の声を上げたのは――
「わたくし、ですか……?」
華だった。
「他の皆が我らの参加に戸惑う中、威風堂々と受けて立つ胆力……
只者でない空気を放つ者は他にもいるが、その中でも私はあなただと見たが……相違ないか?」
「え、えっと……」
「『相違ないか?』なんて聞かれても……」
「むしろ相違しか見当たらないんだが」
どうやら自分達の存在に動じないその姿から、彼女こそがみほに違いないと判断したようだが――実際のところはものの見事なカン違い。華が答えに困るのも、沙織や麻子がツッコミのつぶやきをもらすのも無理はない。
なので――
「あ、あの……」
当人が訂正に動いてくれた。おずおずと手を上げ、みほがしずかへと声をかけた。
「何か?」
「えっと、その……」
「本人だよ」
しかし、そこは引っ込み思案のみほだ。しずかの鋭い視線に気圧されてしまう――なので、そんな展開をあらかじめ予見していたジュンイチが助け舟を出した。
「……今何と?」
「だから、こっちが本物の西住みほ御本人」
だが当然、華のことをみほだと誤解したままのしずかからは眉をひそめられるワケで――もちろん、そんなしずかのリアクションは想定内。ジュンイチは動じることなく改めて告げる。
そんなジュンイチの言葉に、しずかは確認するように華へと視線を向け、
「はい。
私は五十鈴華と申します」
みほだとばかり思っていた本人から否定された。次いで名乗り出たみほへと向き直り、
「では、本当に御身が……」
「はい……
私が、西住みほ、です……」
………………
…………
……
「見ろ、鈴!
決勝戦で黒森峰のティーガーTを討ち取ったW号戦車があるぞ!」
「現実から逃げるな向き合え若人よ」
ジュンイチがすかさずツッコミを入れた。
◇
「申し訳ない。
あれほどの偉業を成し遂げた方なのだから、きっと見るからにそうとわかる覇気あふれる豪傑だとばかり……」
「うぅっ、俗物でスイマセン……」
その後なんとか誤解の訂正に成功。誤解を詫びるしずかに対し、みほも余計な期待を抱かせてしまってゴメンナサイと頭を下げる。
「っていうか、憧れてたのにみぽりんの顔知らなかったなんて……」
「えっと……実は私も……
だって、みほさんの写真とか、雑誌やニュースはもちろん、ネットでもぜんぜん見かけなくて……」
「そりゃムリねーよ。
全国大会からこっち、西住さん一貫してメディアへの露出から逃げ回ってたし」
一方でそもそもの疑問に首をかしげる沙織だったが、鈴やジュンイチの答えに「そういえば」と納得した。
言われてみればその通りだ。元々みほは注目されるのが苦手で、マスコミの取材はおろか、学校の新聞部からの取材からすらも逃げ回っていて、それらの対応はもっぱら生徒会やジュンイチが引き受けていた。
挙句決勝戦後の優勝旗授与の時ですらジュンイチを同行させて盾にする始末。アレでは世間に顔が知られていないのも無理はない。
そうした弊害をモロにくらった形のしずかだが、これで誤解も解けたことだろう――
「しかし、御身が西住殿とわかって納得したところもある。
そうも覇気に欠けた姿を見せていれば相手も油断する。
見事な昼行灯。大石内蔵助にあやかりましたか」
「え? アレ……?」
訂正。今度は別ベクトルでの誤解が生じていた。
「“兵は詭道也”。そして将たる者常に“常在戦場”……
日頃から敵を欺くための努力を欠かさぬとは、まさに将の鑑……感服しました、西住殿」
「え? いや、そうじゃなくて……」
どうやら対戦相手を油断させるための凡人のフリを日頃から徹底していると解釈したらしい。あくまでこちらを持ち上げてくるしずかに、みほはどうすればいいのかと心の中で頭を抱えた。
このテのノリは自分の手に余ると、助けを求めてジュンイチへと視線を向ける――その視線の意味を正しく汲み取ったジュンイチだったが、
「別にいいんじゃね、ほっといても」
「柾木くーん!?」
「正しくみほの困惑を理解した」のと「助けるか否か」は別問題だ。あっさりと放置を宣言してくれたジュンイチの言葉に、みほは思わず悲鳴を上げた。
「それほど間違ってないだろ。
わざとか素かの違いだけで、それが何度も相手を油断させる方向に作用してきたのは紛れもない事実なんだし」
「いや、その『わざとか素か』って部分が一番問題だと思うんだけど私!?」
「そうは言うけどさ……たぶん、今訂正するのはムリだと思うぞ」
みほにそう答えて、ジュンイチはしずかへと視線を戻す――『今』とタイミングを限定されたのが気になって、みほはジュンイチの視線を追いかけて――
「わかりますか!
そうなんです! 西住殿、いつもはポヤッとしててかわいらしいのに、いざ試合となると凛としてカッコイイんですよ〜!」
「そうそうか。
やはり西住殿は本物の武人であったか」
「約一名、姫さんのカン違いに思いっきりブーストかけてるアホがいるから」
「優花里さ〜ん……」
みほを持ち上げられて大喜びの優花里が、しずかとすっかり意気投合している。誤解を解きたいのにむしろ火に油を注いでくれるその姿に、みほは思わず頭を抱えた。
◇
「部屋は好きに使ってくれ。
オレのプライベートエリアに入らなきゃ、基本的に自由だから、ウチは」
なお、大洗滞在中のしずか達の宿泊先には、当然のようにジュンイチの家が選ばれた――すでにみほという“先例”があっただけに予想済みだったジュンイチは動揺しないどころかすっかり諦めムードだ。
だが居室に通されて説明を受ける鈴はそれどころではない。いくら同室ではない、他にも女子はいるとはいえ、あくまでここは“ジュンイチの家”なのだ。男子の家に泊まる、この事実だけでも動揺するには十分すぎるというのに――
「まさか、この建物全部丸ごと、柾木くんの家だなんて……」
「元々は大洗が戦車道から一時撤退する前に使われていた、教官用の宿舎なんだ。
最初はそういうふうに使うつもりもなく、食いぶち稼ぐための仕事に絡んで事務所的な建物がほしくて、建物の維持管理を引き受けるのを条件に杏姉……ウチの生徒会長から格安で譲ってもらったんだ。
ただ……建物の出自が出自なもんだから、戦車道の復活以降はそっち関係でチームのみんなが集まることも増えて……気づけばフリースペースはすっかりみんなの溜まり場さ」
かつてのみほ達と同様に驚いている鈴に、ジュンイチもまたかつてと同じ説明を、最近の状況も付け足して説明する。
「それにしても、会長さんもすごいこと考えるね。
いくら互いをよく知るためとはいえ、私達をここに泊めるなんて」
「今に始まったことじゃねぇよ。
西住さんがウチで暮らしてるのも、全国大会に向けて同じような話になったからなワケで」
「西住さんもここに!?
じゃあ、私達西住さんとも一緒に暮らすってこと!?」
ジュンイチの答えに、驚いた鈴が声を上げる。まさかあの西住みほと同じ屋根の下で宿泊することができるとは――
「姫! なんかすごいことになってきたね!」
そんな、興奮せずにはいられないこの状況に、鈴は鼻息を荒くしながらしずかへと向き直り――
「――って、姫……?」
そのしずかが、さっきからずっと黙り込んでいることに、そこでようやく気がついた。
「どうしたの、姫……?」
「そーいや、さっきからずっと黙りこくったままだけど……」
首をかしげ、鈴とジュンイチはしずかの顔をのぞき込んで――
「……男子の家に泊まる男子の家に泊まる男子の家に泊まる……」
「あらら……」
「意外とウブなネンネだことで」
静かなはずだ。先ほどの鈴以上に、まともに思考も回らないほどに緊張しているのだから――真っ赤な顔でうわ言のように繰り返すしずかの姿に、ジュンイチと鈴は苦笑まじりに肩をすくめるのだった。
◇
「へぇ、そんなことがあったんだー」
「しっ、仕方あるまい。
ただの一時的な仮住まいとはいえ、男子の家に泊まることになるとは……」
杏を始めとした、日頃から柾木家で夕食をいただいている面々が遅れて合流、夕食が出来上がる頃には、しずかはひとまず行動可能なくらいには再起動を果たしていた。まだ緊張は残るものの、「宿を借りるのだからその恩に報いなければ」とそれを押して配膳の手伝いを申し出たしずかが、先の出来事を知った杏に「軟派男を追い払うのとは訳が違う」と答える。
「今まで男子との接点なかったの? 明らかに免疫足りてないけど」
「ないこともなかったが……知り合い程度しか。
造り酒屋とはいえ、代々続く家だからな。今にして思えば、蝶よ花よと大事に育てられていたのだろう。悪い虫がつくのを危惧されたのかもな」
「ふーん。
歴史のある家はどこも大変なんだねー」
そんなしずかとコミュニケーションを図りに動くのは、もちろん大洗チーム随一のコミュ力を誇る沙織だ。
『ハハハ……』
そして、そんな沙織としずかのやり取りに苦笑するのは、大洗チームにおける“歴史ある家の出身”枠のみほと華で、
「そういうもんか?」
「うん。アンタはいい加減自分ちが特殊例の極みだってことを自覚なさい」
首をかしげるジュンイチの疑問はライカがぴしゃりとシャットアウト――だがライカの言うことももっともだ。代々続く古武術の家系という母方の血筋だけでも中二病感あふれる家系だというのに、対する父方も父方で、刀剣・鈍器に始まり銃に兵器にと時の流れと共に手がける分野を広げていった武器職人の家系ときた。かつての優季ではないが、『どれだけ設定盛ってるんだ』とツッコみたくもなろうというものだ。
しかも、そんな“歴史ある家”事情だけでもたいがいだというのに、件の「悪い虫」関係についても霞澄が“あんな”だからむしろ大歓迎、気にするはずもないときた。本当に特殊例もいいところだ。
と、そうこうしている間に配膳完了。改めて全員が席に着き、合掌して食べ始める。
今日はしずかと鈴の滞在初日ということで、(イメージ的に)しずかの好きそうな和食にしてみた。鮭の塩焼きにほうれん草のおひたしを中心に副菜をいくつか用意した、典型的な和夕食メニューだが、
「……あ、おいしい」
「ほぅ……」
どうやら二人には好評だったようだ。
「うん、すごくおいしい!」
「そーでしょそーでしょ。
ウチの自慢のひとつなんだよ。コレ目当てで入りびたってる子もいるくらいだし」
「何でおのれが自慢しとんだそもそもおのれ自身入りびたる側のしかも筆頭だろうが」
改めて感嘆の声を上げる鈴に杏が答える――ので、ジュンイチがすかさず、ノンブレスで一息にツッコんだ。
「でも、入りびたりたくなる気持ちもわかるよー。だって本当においしいんだもん」
そんなジュンイチと杏のやり取りをよそに、鈴は先ほどから料理に大満足。舌鼓を打ちながら絶賛の嵐だが、
「西住さん、すごいね。
戦車道で強いだけじゃなくて、料理も得意だなんて」
『あー……』
そこにはまたもや大いなるカン違いが。鈴の言葉に、当事者のみほに加え“真相”を知る大洗サイドの面々はそろって苦笑。
「え? 何?」
「いえ、これを作った人なんですけど……」
首をかしげる鈴に対し、みほは“作った人”へと視線を向けて――
「ん。
オレが作った」
「柾木くんが!?」
「うん、驚くよねー。
これだけ女子が顔をそろえてる中で、唯一の男子が一番女子力高いっていうんだから」
作った本人たるジュンイチがあっさり告白。驚く鈴のリアクションに沙織が遠い目で、幾ばくかの敗北感と共に無理もないと納得する。
「しかも、それだけの女子力スキルを身につけてるクセに戦闘者としても一流だし。
どこにそんなにスキル磨く時間があるんだってツッコみたいよ」
「ツッコんでるツッコんでるもう現在進行形でツッコんでる」
なおも続く沙織のぼやきに、「その発言自体がツッコミだろ」とツッコみ返すと、ジュンイチは軽くため息をつき、
「第一、武部さん、そいつぁ順序が逆だ」
「逆?」
「お前さんが『女子力スキル』って言ってる、オレの家事スキルのアレコレは、全部戦闘スキルからの派生だよ。
野営絡みで料理や住居関係、装備の維持管理絡みで服飾関係……って具合にな。
家事スキルがあってさらに戦闘スキル……じゃなくて、戦闘スキルの中から日常生活にも活かせるアレコレを引っ張ってきてるだけ。身に付けた順番が、武部さんが思ってるのとは逆なんだよ」
「ふむ。なるほどな」
ジュンイチの説明に対し、しずかは満足げにうなずいて納得した。
「戦いにおいて、兵站は士気を高く保つ重要な要素。
それをまず第一に置くとは、やはり御身は生粋の武人」
直接戦うだけでなく、その下地も疎かにしないジュンイチの有り方を絶賛するしずかだったが、
「………………」
そんなしずかに対し、みほは今のジュンイチの話に素直にうなずくことができなかった。
◇
ジュンイチ達の暮らす旧教員寮は屋上が開放スペースになっている。
普段は洗濯物の干し場として使われているが、ジュンイチが屋根つきの休憩所を建ててくれたので、麻子などはよく昼寝に利用していたりもする。
「はぁ……」
そんな休憩所のベンチに腰かけ、みほは夜空――をさえぎる天井を見上げてため息をもらしていた。
と――
「ここにいたんですか」
そんなみほに声をかけ、やってきたのはジーナだった。
「ジーナさん……?」
「さっき……食事の途中から元気なくしてましたよね?
それで気になって……姿が見えなかったから、ここかなって」
みほに答えて、ジーナはみほのとなりに腰を下ろした。
「どうかしたんですか?
あの時していたジュンイチさんの話で、何か気になることが?」
「えっと……」
ジーナの問いに、みほはしばし言葉を選ぶかのように言い淀んでいたが、やがて意を決して口を開いた。
「柾木くんの、いろんな技術って……全部、戦うために身に付けたんですよね……?」
「私も、本人の証言でしか知りませんけど……そうらしいですね。
ひょっとして……そのことで?」
「はい……
なんていうか……哀しいな、って」
尋ねるジーナに対し、みほはそう答えて視線を伏せた。
「あんなにおいしいご飯が作れるのに……他にもいろいろなことで私達を助けてくれたのに……
それなのに、それが戦いの……戦車道じゃない、本物の、人を傷つけるための戦いのために身に付けたものだなんて……」
「まぁ……言いたいことはわかります」
つぶやくように語るみほの言葉にジーナは軽く息をついて肯定し、
「でも……心配はないと思いますよ」
「え……?」
「心配しなくても、ジュンイチさんはちゃんと考えてます。
戦うために身につけた力を、どうすればみんなの力になれるように使えるか……って」
思わず顔を上げたみほに、ジーナはそう答えた。
「この家でのみなさんのもてなしや、戦車道への協力もそう。
みなさんのためになるなら、たとえそれが殺し合いのために身につけた力でも、使うことに一切ためらわない人ですから、ジュンイチさんは」
「そういえば……」
ジーナの言葉に思い出す――アンツィオ戦の前、戦車探しの果てに学園艦内で遭難した沙織やウサギさんチームを救出するため、それまで秘密にしていた自身の異能を迷うことなく解禁したあの時のことを。
「私も、ジュンイチさんとの付き合いはそんなに長くありません……出逢って少ししたらジュンイチさんが“こっち”に来ちゃいましたから。
でも……私の方から目的があって接触したので、事前に調べましたから、少しはジュンイチさんの経歴はわかってる方です」
「『目的』って……柾木くんの異能のことですか?」
聞き返すみほにうなずき、ジーナは続ける。
「これから話すのはそうして知った経歴と、今のジュンイチさんの言動からの私の推測なんですけど……ジュンイチさん、きっと自分のそんな経歴を後悔してるんじゃないかと思うんです」
「後悔……?」
「はい。
自分の力で、いろんな人達を傷つけてしまったことを……
でも、ジュンイチさん、あんな性格ですから、否定したり、忘れたりもできなくて……だからせめて、これからはそうして手にした力で、できる限りのことをしたいんだと思います。
たとえ、相手を殺すために得た力だとしても……これからは、誰かの笑顔のために使っていけたら、って……」
「……そう、ですね。
柾木くん、いつも私達のために動いてくれている……そんな感じがする時が、よくあります」
「でしょう?
だから……西住さんが必要以上に気負う必要はないんです」
言って、ジーナはみほに向けて微笑んでみせる。
「確かに、力を、技術を手に入れた経緯は哀しいものだったかもしれない。
でも……だからって、この先まで哀しいものでなければならない訳じゃない。哀しいものじゃなければいけないはずがない。
これからは、哀しくなくしていけばいい。哀しいことをなくしていける方向に力を使っていけばいい。
どんなに哀しい経緯で手に入れた力でも、力は所詮力。哀しいものかそうじゃないかは、それをどう使うかで決まるもの……私はそう思います。
そして……きっとジュンイチさんもそう思ってるって、私はそう信じています」
「そう……ですね」
ジーナの言葉に、ようやくみほの表情に笑顔が戻ってきた。
「柾木くんは、今まで自分の力を私達のために使ってくれた……
どんな力だったとしても、柾木くんのその気持ちは変わらないですよね!」
「そういうことです。
ジュンイチさんのこと、好きなんでしょう? じゃあ、しっかり信じてあげなくちゃ」
「はいっ!」
ジーナの言葉にうなずいて――そこでみほの動きが止まった。
言われたこと、そして自分がそれに何と答えたか、ひとつひとつ思い返して――
「〜〜〜〜〜〜っ!」
理解した瞬間、一気に頭が沸騰した。
「じっ、じじじっ、ジーナさん!?」
「はい。
しっかりバレてますよ――西住さんの、ジュンイチさんへの気持ち」
顔を真っ赤にして声を上げるみほに、ジーナは(羞恥心的な意味で)死刑宣告。
「私以外にも、何人かは気づいてると思いますよ。
このチーム、聡い子が多いですし……それを抜きにしても、西住さんわかりやすいですから」
「え……
それじゃあ、まさか……」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。
ジュンイチさんにはバレてないです――そういうことにはとことん鈍い人ですから」
「あー……」
一瞬、ジュンイチにもバレているのではないかと不安になるが、ジーナがそれはないと否定してくれて――ついでにその理由に心から納得。
「あの人を射とめようとしたら大変ですよ。
こっちの気持ちはことごとく空振りする上に、本人の気持ちもどこを向いていることやら」
「え……?」
助言するように告げるジーナだったが、みほはその言葉の中に聞き捨てならないものを察した。
「『こっちの』って……
じゃあ、ジーナさんも……」
「はい。
私も好きですよ、ジュンイチさんのこと」
あっさりとジーナは肯定した。
「私だけじゃないですよ。
ライカさんもですし、見た感じの印象だけですけど、他にも怪しそうな子達から何人か……その子達に対してフェアじゃないから名前は伏せますけど、西住さんも心当たりあるんじゃないですか?」
「………………」
ジーナの指摘に、みほは思わず視線を泳がせる。
確かに、心当たりはある――プラウダ戦の時、互いにジュンイチへの想いを明かし合い、恋敵宣言を交わした梓とか。
「難攻不落ですよ、彼。
基本的にものすごく鈍い上に、本質的に人たらしですから、ライバルも増える一方……まぁ、人たらしは西住さんにも言えることですけど」
「わ、私もですか……?
いや、そんな、私なんてぜんぜん……」
「聖グロ戦から始まり対戦相手を軒並み友達にしておいてその発言。無自覚にも程がありますね」
謙遜するみほにツッコんで、ジーナは軽くため息をひとつ。
「とにかく。
そんなジュンイチさんを振り向かせようっていうのは並大抵のことじゃないですよ。
なのに今からそんな弱気になってどうするんですか。もっと強気に攻めなくちゃ」
「は、はい……」
ジーナに励まされ、うなずき――しかし気になることがひとつ。
「でも……あの、ジーナさん?
どうしてそんな助言をしてくれるんですか? 私達は、その……いわゆる、恋敵なのに……」
「みほさん……私達がバラバラに攻めて、あの人の鈍感の壁を突破できるとでも?」
「あー……」
納得した。
「要するに、一時休戦。強大な共通の敵を相手に共同戦線ということです。
まずはジュンイチさんに『自分のことをLikeじゃなくLoveの意味で好きになってくれる子はちゃんといる』って理解してもらわないと、恋の鞘当てにすらならないじゃないですか」
「……ですね」
「――というのが、理由の半分です」
「って、え……?」
納得しかけたところで唐突に付け加えられ、キョトンとするみほの頭を、ジーナは優しく撫でてやる。
「今のは、“恋敵としての”理由。
もう半分は“友人としての”理由――友人が悩んでいたら、助けになってあげたいじゃないですか。
たとえ、それが将来自分の首をしめることになるかもしれないとしても……西住さんだって、そうでしょう?」
「……はいっ!」
笑顔でうなずくみほに対し。ジーナもまた笑顔を返す。
「相手は強大……でも、私達が力を合わせれば!」
「みんなで、あの鈍感なジュンイチさんに私達のことを意識させてあげましょう!」
大仰な言い回しで互いにエールを送り合い、二人そろってクスリと笑みを交わす――
一瞬「あれ? この展開って霞澄さんの思惑通りの方向に進んでない?」と思ったが――まずはジュンイチの鈍感の壁を突破するのが先決と、みほはその疑念を棚上げすることにした。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第39話「惚れたのか?」
(初版:2020/04/13)